はてなキーワード: 大富豪とは
世の少女マンガとか読んでると、お金持ちor玉の輿andイケメンとか、すばらしく素敵な条件の男の人と最終的にハッピーエンドになるお決まりのパターンが多い。
世の中に大富豪とか王族の結婚適齢期なお相手など、そんなにいっぱいいるわけもないのにと、醒めた目で見てしまうのは私だけなのかしら?
しかも、ストーリーが「ヒロインが勝手に思い込んだイメージや思い込み」でドタバタとすれ違ったり、衝突したり…。
現実的にそんなに思い込んでしまいたがりの短絡思考で、恋愛時and結婚後のコミニュケーションをうまくとっていけてるとは思えないんだけどな。
それ以前に、思い込みたがり病な女の子を、いくら綺麗だったり可愛かったりスタイルが良かったりだけで、そんなに愛せたりするのかしら??いたって疑問。
一般の人たちが思い描く恋愛や結婚へのイメージの層の薄さに愕然とする思いだ。
そういう私自身も独身から結婚へと移行する際に、これといった本物感など全くなかった。
結婚さえすればすべてがきっとうまく回っていくだろうという幻想を持っていた、すごく浅はかでおばかな女のひとりだったことも本当。
だからもちろん結婚がうまくいくはずもなく、生身の男と女のぶつかり合いで互いにすり減り傷つけあっていた。
そもそもみんな「男の人は働いて女の人は家庭で子供を産んで育て家を整える」という幻想的な価値観を、世界の普遍的な幸せの究極の姿だと世界中が誤解しているのではないか?
少なくとも私は、「男の人は女性よりも力があって、だから夫が妻を守る」というイメージをずっと持ち続けてきた。
結婚して、そのイメージが一つ一つ裏切られていくその過程で、私は心で不安感や違和感を感じないように閉ざす努力をし続け、そして結婚生活に色がなくなっていった。
相手のせいにする気はない。
全ては私が自分自身の力を「権威者」であるとオートマティックに認めた「主人」に譲り渡してしまったのが原因だ。
私が私自身の力を持ったままでいれば、二人の間の現実をもっと冷静に『幻想メガネ』なく見つめられただろうし、ダメージは最小限に抑えられていたと思う。
多分、近隣でもそんな家ない。老朽化した家を建て直したら「よくお金あったね!すごいね!」って言われるくらい。
田舎では逆に、30年前、40年前に比べると生活水準が上がってるから、
「今の子は物があふれてて恵まれててイイねえ」ってなる。
ちょっと話それるけど、代わりに風邪を引いて学校を休む子供が格段に増えた。秋冬にちょっとマラソンさせるとすぐ風邪ひく。
で、まあ確かにそんなお金に不自由のない環境で育ったら、却って結婚すんの難しいのかもね。
世相を反映して、それを日々日々描く4コマ漫画なんだから、我々と同じ世界観が無い方がおかしい。
うーん・・・
戦闘でも、恋愛でも、成長物語でもなく、キャラの掛け合い(キャラにとっての日常)を淡々と描くのが日常系だと思うんだけどな。
この『キャラの掛け合い(キャラにとっての日常)』を、『我々の(現実的な)日常』に近い形で描いているって認識が、私とはずれてるんだと思われ。
なんだか知らないが大富豪がいて、とんでもない天才がいて、狂言回しの大馬鹿がいて、そのなかで没個性ともとれる普通の人が居て。
それらキャラの存在になんら疑問を持つ必要がない世界で、キャラの掛け合いに特化したような話を展開するのが、日常系だと思うんだが。
若者が大人しい事について、世代間の話がよく言われている。
まず第一に、若者の数が圧倒的に少ない。数は力だ。アラブの春も、若者の数が多いから成しえた。日本で例え、若者の意見を反映した議員が選挙に出たところで、そして全若者がその議員へ投票したところで、当選しないだろう。その事を知って、立候補する候補者はいない。初めから勝負の土台にすら立てない。
ウォール街のデモは、若者の力があるから行われている。アメリカは若者の力で作られた国だ。大学生に力があり、権威がある。大人も手を貸す。皆が皆ではないが、才能を評価する。アイデアを評価する。情熱を評価する。世界的な企業家も大学から生まれ、政治家も若い。
日本はどうか。
大人は誰も手を貸さない。耳を傾けようともしない。日本の大人が若者に行って来た事は、今も昔も自分たちの都合の良い道へ引きずり込もうとする事だけだ。善意もある。大人の世代の成功経験を踏んだ上での助言のつもりの人もいるだろう。しかし、それは今の時代に通用するだろうか。その時、あなたは上手くやれたかもしれない。しかし、今はどうだ。 今からそれが通用すると思うか。あなたの会社では通用するかもしれない。では、あなたの会社はこれからの世界に通用するのか。内需。日本の老人だけをマーケットにしていないか。そんな老人の戯言について行く若者はいるだろうか。いる。けれど、それは本心からでは無い。力のある老人の前に、手も足も出ずただついて行かざるを得ない奴隷のように覇気のない若者が跡を絶たない。
老人が求めている事と、若者が求めている事は違う。老人はいい。お山の大将を気取って年少者をバカにして、外圧に耳を塞いでいても高度成長期の蓄えであと数年は安泰だろう。そして数年後は死ぬだけだ。残された人間の事など当然知る由も無い。日本人の子孫繁栄なんて考えるわけもない。大和民族が滅ぶより、明日の我が身、死ぬまでの蓄えが大事だ。
若者の諦めは、自分たちの力の無さから来ている。同世代の数を増やす事は出来ない。頭の凝り固まった老人が明日の未来に力を貸すこともない。突然大富豪になる事も出来なければ、先導者になる事も出来ない。
もともと若者は老人に力で劣る。経験の差、劣らなけらば、成長を重ねなければ年を重ねる意味が無い。
今の老人は若返ろうと必死だ。年相応を知らない。若かりし頃の幻影ばかりを追っている。 その姿は醜く、見るに堪えない。そしてその若さにも隔絶がある。彼らの若さとは、彼らの若かった頃であり、今の若者とは全く別物だ。理解はない。
知識で負け、経験で負け、人数で負け、さらに若さでもある意味負けている。団塊の老人の血気盛んさは、金と体力と自信の余裕があってのことか、今の若者に勝る。若者は、勝機の無い勝負を挑むような気が狂ったことはしない。
それは、大人が教えた「大人しさ」でもある。
かく言う自分も若者の代表のような口ぶりをして、来年で30になる。もう若くはない。今の大学生はおろか、中高生の文化や考えていることなど全く知らない。自分は酒鬼薔薇と同い年だ。ネオむぎはいっこ下だ。そういう世代だったからよくわかるのは、この隔絶こそが問題の本質であり、無理解の原因である。大人は大人の世界を作る。分かる者どうしだけで心地良い世界をつくり、子どもが大人の仲間入りをしようとすれば洗礼を浴びせる。そして、昔はそれでも大人の世界に入らざるを得なかったのが、今は入る隙間すらなくなった。はみ出された若者は、力のない若者同士だけでやっているから、大きなことが出来ない。もう、この垣根は早いうちから崩さなければならない。
うちの兄貴がよくあるIT成金の1人なのだが、この前あったときに「兄貴は寄付とかしないの?」みたいな話をしたときに、日本の金持ちが多額の寄付をしたり金持ち増税を主張したりしない理由がわかった気がしたので、ここに書く。まあ参考例が兄貴とその経営者仲間だけなので、一般論として語るには無理がある気がしないでもないが、参考になれば。
ノブレス・オブリージュとかあるんじゃないの的なことを聞いた返答がこれ。直訳すると「高貴なる者の義務」なんだから、「高貴」じゃないオレとか関係なくない?と。逆に日本で「高貴」なのはどういう人かと聞くと、官僚、政治家、大企業の経営陣、大学教授、医者とかとのこと。ネット企業の社長が「高貴」とかギャグかよ、と。
これ、ワタシ的には凄く腑に落ちた。もちろん普通に考えると「お金持ち」ってのはそれだけで現代に適用したところの「ノブレス」に該当するんだろうけど、確かにネット企業の社長(たとえばGREEとかMixiとかドワンゴとか)が、「ノブレス」かっていうと、本人たちもあまりそう思ってないような気がするし、確かに世間もあんまりそう思ってない気がする。ちなみにうちの兄貴は「オレは金持ってるだけの庶民だ」と言っていた。
まあネット自体がまだまだ世間から少なからず偏見の目で見られてるってのもあるけど、確かに富豪が多い業界:ITとかパチンコとか消費者金融とか健康食品とか、いくらお金を持っていても「ノブレス」とは思われない気がする。逆に医者とか官僚とかは、年収1000万なくてもなんとなく「ノブレス」なイメージあるし。職業の"貴賎"と、収入・資産の乖離。
うちの兄貴とか、ワタシから見れば10億以上も資産持ってて、明らかに「成功者」だと思うんだけど、なんだろう確かにどことなく卑屈なところがある気がする。本人の中の価値観的に、医者や官僚になった同級生とかと比べて"賎"だと思ってるような。だからか知らないけど、寄付したりとか社会貢献とか、自分の仕事だとは思ってないみたい。従業員や取引先を大切にする的なところでの利他的なモラルは結構あるみたいだけど。
アメリカで暮らしたことないんで、アメリカについて詳しく知ってるわけじゃないが、アメリカは価値観が多様すぎるので、共通の価値観としての「貴賎」は収入・資産の多寡がベースになっている的なところがあるらしい。このシステムだと、金持ちの社会貢献意識がすっごく強くなるから、結構うまく回る気がする。ただ逆に、収入は低いけど社会的に必要な職種については、結構モラル的にまずいことになりそうだけど。
ヨーロッパの場合、こっちも詳しく知らないwけど、こっちはそもそもの階級がはっきりしていて、上の方の階級じゃないとそもそも金持ちになれる可能性が低ければ、やっぱり「貴賎」と収入の多寡は一致する。ただこっちはこっちで下の方の階級がやばいことになりそうだけど。
日本は・・・、うーん、どうすりゃいいんだろうね。アメリカみたいに収入の多寡をベースに「貴賎」を再定義すると、やっぱり労働強度の割に収入の低いセクターが崩壊する気がするなあ。ヨーロッパ式は論外だし。「貴賎」はとりあえず無視して、強制的に高税率かけて再分配するって手もあるけど、上述したように、日本の金持ちってそれに耐えられるような自尊心みたいのないと思うんだよなあ。別に日本は高所得者の税金低くないしね(源泉分離以外)。
少なくともうちの兄貴は、税金に関しては「何の罰ゲームだよ」くらいの被害意識持ってるし、積極的に寄付したり多く納税したりとか、絶対やんねーだろーな。まあかといって海外出て稼げるかっつーと、微妙だから、ふてくされて徹底的に節税やりまくって愚痴いいながら、国内に残りそうだけど。
たぶん一番いいのは、収入・資産の多寡に限らず寄付・社会貢献文化をつくることで、庶民でも社会貢献が普通なら、「金持ってる庶民」はもっと貢献すると思うんだよね。これまた伝聞情報だけど、アメリカって共和党のメイン支持層のロウアーミドルあたりの人たちの寄付っぷりハンパないらしいじゃないですか。年収300万とかなのに、毎月5万とか寄付したりするとか。そういう文化があると、「金持ってる庶民」たる大富豪とか、そりゃ兆円単位で寄付するわなって話ですよ。
原子炉の冷却作業にあたっていた東電職員2名と作業員2名が爆発で負傷し、
二次災害に巻き込まれる危険を冒しながら被災地で活動をしている。
家族も心配しているだろう。本当に頭が下がる。
働いて死ぬ人がいる。
炭鉱で働き、肺が粉塵にまみれて早死にする人がいる。
彼らの両親が大富豪で、一生働かずに暮らせる生まれだったとしたら、
もしくは教育費をかけられて、代替の難しい知的技能を身につけていたとしたら、
好き好んでそんな職には就かなかっただろう。
食っていくため、家族を養うために、命を削って働いている。
生まれつきの運が良く、資産や教育や家庭環境に恵まれた人々は、
そういった人々が命を削って生み出したものを享受して、そこに依存して、便利な生活を送っている。
職務のために死ぬ人々はあまりにもおろかにうつることだろうと思う。
仕事ごときのために死ぬ。収入ごときのために自由を犠牲にする。
私もそういった、危険な仕事に就かなくてもとりあえずは生きていける。
生きる死ぬどころか、どうにも気に入らないことがある、それぐらいで今の仕事をやめる可能性もある。
はてな界隈で「仕事はクソ」と言っている人々からすれば、それは正しい働き方なのかもしれない。
自分を犠牲にして働く人をおろかだという人は、"自分の運の良さを「正しさ」だと勘違いしている"のだ。
http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20110306
ニートや、私のように働いても働かなくてもいい状態で気楽に働いている人間が、
自分を犠牲にして働いている人を笑うのは、みにくく、おろかなことだ。
私たちはみな、職務のために死ぬ人々に依存して生きている。
運営とプレーヤーを比べたら、圧倒的に数でプレーヤーに分がある。
数がすべてとは言わないが、運営にあまり統制権を偏らせすぎると、多すぎるプレーヤーの統治が出来なくなるのではないか。
そもそもプレーヤーというのは、現在では多くのゲームを渡り歩いてきた人間が多数で、運営よりもずっと知識やアイディアを持っているのではないかと思ってしまう。
プレーヤーの自治に必要なのは、自由度の高さで、自由度の高さはシステムの崩壊というリスクを高める。
つまりここは徹底的に考えなければならない。面白いシステムや斬新なシステムというよりは、徹底して「崩壊しない」システム、そのさじ加減を考えて考えて考えまくること。
あと、運営があまり出てこないこと。
運営はあくまで管理者であって、フレンドリーな神であってはいけないと思う。
運営がプレーヤーに接近すればするほど、なんというか、そのゲーム自体が安っぽく見える。底が浅いというか。
下手すれば運営の裁量一つでパラメータも集めたアイテムも全部リセット出来るというのに、そんな奴がなぜプレーヤーに媚びを売るのか。理解できない。
畏怖すべき存在、下手したらリセットされるかもしれない恐怖。運営は絶対なのだという前提を覆してはいけないと思う。そうじゃなきゃ、皆作られた世界に飽き飽きしてしまう。
そのうえで、運営は単に恐怖であってはならない。運営とは全知全能の神であり、プレーヤーを過度に苦しめて収益を上げるような存在ではない。それでは逆の意味でプレーヤーに接近してしまっているから。
運営はあくまで世界を創造しそれを維持することだけに集中すべき。
イベントなどいらない。イベントとは運営ではなくプレーヤーが作るべきもの。
イベントを連発すれば、プレーヤーは怠惰になる。イベントとは言ってみれば運営が媚びを売った結果であり、運営の言うとおりにすればアイテムがもらえるなんて、もはやそれは仮想世界でもなんでもない。
情報は表に出してはならない。そして常に新しいアイテム、システムを創造し続け、さらにそれを隠ぺいしろ。
全てプレーヤーに見つけ出させる。当たり前だが、一か月遊んで廃人がすべてのシステムを見つけ出すような薄っぺらい世界ではいけない。
FF11のような膨大かつありえないほどの広がりを「嘘でも」感じさせる世界が重要だ。
アイテムはまず10万種類は作れ。5年かかっても廃人はその3割しか見つけられないような難易度にしろ!
世界の広がりは途方もなくしろ。新しいフィールドを踏破した人間はプレーヤーの間で伝説として語り継がれるくらいの難易度でいい。
そうやって歴史を積み重ねろ!資金はいくらあっても足りない。大富豪にたかれ。世界には腐るほど金を持ってる奴はたくさんいる。とにかくたかれ。
基本無料でもいいが、必ず金を払いたいと思う要素を取り込んだほうがいい。
たとえば、レベル制限、フィールド制限、アイテム制限。そういったものを段階的に組み込んで、結局は月額で何千円かは払わなくてはいけないようにしたほうがいい。
すごいゲームが無料で楽しめるわけがない、と思わせることが重要。レベル10制限にひっかかってもうやめたと思ったらそれは運営の怠惰だ。
とにかく離れられないようにしなければならない。このゲームを、寝食を忘れ職も失い友達も失い、それでもやらなければならないと思うほどのものにしろ!
結婚してて、最近子供が出来たそうだ。そういう人生の順調っぷりが妬ましい。
大富豪みたいな手の届かない状態じゃなくて、自分でも手の届きそうな生活だからそう思うんだろう。
人を妬んでる自分は情けない。
近況をブログで見られるから自分と比べてしまうんだと思って、ひとまずリストを非表示にして、ブクマから消した。
考えてみると落ち込んだり疲れているときに嫉妬している気がする。
「かわいそうな自分」を演出して、行動を起こさなくてもいいという言い訳にその子のことを妬んでいるのかもしれない。
友達の結婚や出産には嫉妬しなかったのにな。その差は何なんだろう。
知人の事を下に見ている(見ていた)訳ではなくて、いい子だと思ってるのだけれど。
羨ましいから嫌いって思ってもいいんだろうか。負けを認めるようだけれど、その子を意識しないですむ気がする。
ビル・ゲイツがアスペルガーっていうのは、単に協調性が欠ける奴やオタクっぽい奴に「アスペルガー症候群」という
否定的なレッテルを貼っているか(レッテル貼りとして「アスペルガー症候群」という言葉が使われることがいかに多いことか)、
そうでなければ発達障害を支援する側の人々が「アスペルガー症候群=天才・偉人」説を宣伝するための作り話だろう。
よく学者や芸術家にはアスペルガーが多いといわれているが、こと(本物の)アスペルガーはビジネスには全く向かない。
そうなんだよね。そんなに処女が重要なら、処女をゲットできた男はみんな処女と結婚すると思うんだけど、実際には処女と付き合ってた男もあっさり別れて別の非処女と結婚することが多いわけで、体感としてあんまり説得力がないんだわ。
女にしてみたら、処女を一生懸命守ってもリア充男にモテるということもないわけで、さえない男に大切にされてもうれしくない。いや、さえない男が貢いでくれたりいい目にあわせてくれるならいいけどさ、せいぜいストーキングされるぐらいでしょ。気持ち悪いって。
一方、非処女になったとしてもリア充男はあんまり気にしないし、さえない男からネットで悪口言われてもたいていの女はそんなもの気にしないし。
もし、誰もが憧れるようなリア充男が「結婚相手は処女じゃなくちゃ!」ってこぞって言い出せば、あるいは日本が没落して産油国の大富豪が「処女でないと第二夫人にデキマセーン」とか言い出せばがんばって処女を守る女も増えるかもしれないけどねえ。処女膜再生手術が流行しそう。
芸能界とか有名人を見回しても処女と付き合って結婚したと思われるのは宮崎あおいの旦那ぐらいでしょ。海老蔵の嫁は処女ぶってたけど誰が見てもフェイクだし。今の世の中「生涯一人の男しか愛さず幸福に暮しました」といえるロールモデルがいないのよ。皇室ぐらいしか。(皇室すら微妙になりつつあるし)
http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/pilotis3104/status/7554365023
http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/pilotis3104/status/7560856339
http://getnews.jp/archives/43799
http://www.kajisoku.org/archives/51335243.html
このpostは正直つまらないし、うかつなことを書いたなという印象。
犯行予告なんてしないほうが良いに決まってる。誰にも得がない。
でも、破滅系の人が「死ね」「殺す」「破滅させる」って言葉をよく使っていて、キャラクターとして認められていたように
それが(少なくとも私にとって)面白い表現になりうることもあるわけで。
少人数が8切り有りルールでやってた大富豪に、倍の人が混ざってきて、
うっかり8切りをしてルール違反扱いで大貧民にされた人を見たような感じ。
それでも代わりになるものもないし、築いた人間関係もあるのでtwitterは使い続けるけれど、
そろそろどこか良い遊び場を探す時期に来てるのかなと思う。
誰得だけど。
ゲイ向けの漫画や小説と腐女子向けのBL本って、どっちも男性同士の恋愛を描くって意味で同一視されがちだけど、本当は全然違うものなんだ。
以下ではA/Bの相違について考察する。
| 性嗜好 | 本人の性 | 恋人の性 | 男同士 | 男女 | 女同士 |
|---|---|---|---|---|---|
| ゲイ | 男性 | 男性 | [A]ゲイ作品 | - | - |
| ノンケ男性 | 男性 | 女性 | - | 美少女漫画とか | 百合 |
| ノンケ女性 | 女性 | 男性 | [B]ボーイズラブ | 少女漫画とか | ?(*1) |
| ビアン | 女性 | 女性 | - | - | ビアン作品(*2) |
*1 女性が百合作品を読むことはあるんだろうか?ないとしたら、対称な表になるね。
*2 レズビアン向けの漫画や小説には全く詳しくないのだけど、本稿の趣旨が正しければ、百合とは別物のはず。
ゲイ作品は読者が体験したいシチュエーションを描くけど、BLの読者は体験したいわけではなく、見ていたいだけ。
このことが具体的にどういう違いになるかというと、例えばノンケが誘われてゲイに目覚める話があった場合、ゲイ作品では普通ゲイ側が主人公になる。BLではノンケ側が主人公になることもあり得る。
BLは「現実を思い出させないこと」に価値があるから、大富豪とか、御曹司とか、現実離れしたシチュエーションでの作品が成立する。
ゲイ作品は「現実にあったらいいな」と思わせることに価値があるから、少なくとも主人公は普通の人間になる。
むしろ、関係性に萌えるのがBLと言ったほうがいいのか。ゲイは漫画に好みのキャラが一人出てきただけで萌えられるけど、BLでは必ず二人以上のキャラクターがいなければならない。
ゲイ作品にはタチとウケ(凸/凹)の2種類しかないが、BLでは攻めと受けの他に、誘い受けとか鬼畜攻めとかの属性がつく。
で、ゲイ作品では基本的にタチが積極的な態度を取るのに対し、BLではどちらが積極的かは決まってないようだ。
| 積極的 | 消極的 | |
|---|---|---|
| 攻め | 俺様攻 鬼畜攻 | ノンケ攻 へたれ攻 |
| 受け | 誘い受 小悪魔受 | 健気受 姫受 |
属性の例。参考資料 http://www12.atwiki.jp/dh_bl2/pages/33.html
BL漫画は愛情表現が濃い。「俺はお前が側にいなきゃ駄目なんだ!」と口に出して言ってみたりとか。
ゲイ漫画では、クサい台詞はリアリティがないから、モノローグとか表情・仕草で間接的に描写される。
BLでは、プレーンな友情が恋愛感情に発展したりするが、ゲイ漫画ではそういうシチュエーションはない。
現実のゲイの視点では男性が「恋愛可能」と「恋愛不可能」に最初から分かれてしまうので、愛情が育つことはあっても、突然発生することはない。
当然だがゲイ作品にはゲイが好む男性が登場するのに対し、BLには腐女子にとって好ましい男性が登場する。
だからBLでは体毛はあまり描かれず、「綺麗な足」みたいなフレーズが登場したりする。
これって、穿った見方をすれば、「病気を掘り起こして作り出している」のではないか?
まあそうすることによってクスリが売れればいい、というのが製薬会社のスタンスなんだろうなあ。
アメリカでは「内気は病気です、薬で治ります」と製薬会社がキャンペーンしているらしい。
義務教育課程においては、発達障害に対して特別支援教育をするとかしないとかという
法律ができたそうだが、これも一種の「病気を作り出している」状態じゃないか?
世界一の大富豪、マイクロソフトのビル・ゲイツも、見方を変えれば
昔のアメリカは「無理して病気のレッテル貼りする社会じゃなかった」から、
ビルゲイツは偏見視されることなくビジネス界に進出して成功を収めたが、
「発達障害扱い」をされ、そのまま特別支援教室送りとなり、
ビジネス界での成功はおろか、「まともな社会人扱いすらされない」危険性もある。
※誤解しないでいただきたいのは、
小生は決して「発達障害者は、まともな社会人ではない」と思っていない、ということ。
ただ、残念ながら、世間一般には「発達障害者は、まともな社会人ではない」という偏見が
「病気のレッテル貼り制度(=特別支援教育の促進)」が「逆効果」に
なってしまうのでは?という問題提起である。
ノーベル賞受賞者の半分以上は、何らかのアスペルガー的素質を有している、と言われていたりするが、
やくざ団体を手入れし地元の黒幕1400余名を逮捕、全国から拍手喝采
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薄熙来・重慶特別市党書記は、『重慶の平和と安定』のためと獅子吼して同特別市域内にはびこるマフィア、やくざ十四団体を一斉に手入れさせ、1544人を逮捕した。陳明亮、岳村、黎強らマフィアのボスを含む67名の手配中の大物も捕縛、これで悪は一網打尽と旨を張った。党の高官とやくざはぐるの地域が多いだけに、この措置が本当なら政治家のお手本として庶民の絶大な人気を得るだろう。
薄熙来の遼寧省省長時代に同地域内の黒社会撲滅に辣腕を振るった王立軍を重慶市公安局長に指名して、遼寧省から呼び押せた。王は着任早々からやくざへの手入れの機会をうかがっていた(香港紙『大公報』)。
重慶の十四の黒社会組織への捜索で、かれらのアジトからピストル48丁、弾丸900発、現金合計三億元を押収した(多維新聞網、8月17日付け)。このほか組織犯罪の銀行口座を凍結し、総額十五億三千万人民元を封鎖した。
かれらはみかじめ料を支払わない商店やレストランに放火したり、高利貸しで期日に遅れると見せしめの殺害など凶悪なことで知られ、麻薬、博打、凶器準備、売春など従来のマフィアの「ビジネス」を超えた商業活動は共産党の脅威でもあった。
とくに重慶は中央政府の特別配慮による開発予算が300億ドル。あちこちにモノレール、立体交差、政府建物、駅舎などを突貫工事、宇宙都市のような激甚な発展ぶりをみせ、同時に全土から儲かるとばかりマフィアが蝟集して利権をむさぼり、表向きは貿易、商社、銀行などを経営していた。
就中、建設土木が盛んで砂利、セメント、建材を扱う表向きの顔があった。巴南区などは黎強の組織が一手に支配しており、マフィアのボスでありながら財閥、大富豪としても知られる。なにしろ表の顔として黎強は重慶市全人代代表。陳明亮は重慶市古物商工会理事長兼地区人民代表だった。かれらの元には千もの企業がぶら下がり、不動産ビジネスの殆どを抑えていた。
また地下銀行、高利貸しビジネスでこれまでに貸し付けた額面は三百億元とも。こうなると地元警察、公安は買収されている可能性があり、アンタッチャブル。土地にしがらみのない政治家にしか大鉈(なた)は振るえまいと言われた。
組織が縄張りを決め、組織構成員は軍隊のような訓練を受け、上下の序列にうるさく、なかには昼は公務員という『白道』、夜はやくざに早変わりの『黒道』を兼務する手合いもいて「重道(白黒兼務)社会」だから重慶と自嘲気味なところもあった。
さて薄熙来である。かれは共産党大幹部だった薄一波の息子、「太子党」の代表的人物として、大連市長、遼寧省書記から胡錦涛の人事で重慶特別市書記に任ぜられた。直前までの商務大臣。来日回数も多く、かなりの日本通である。同時に世界貿易のネゴシエーターとしても活躍した。
辺地へ飛ばされて左遷かとおもいきや着々と政治的野心を秘めながらも中央への成績をあげた。
薄熙来の認識では次期総書記に有力とされる習近平よりも、自分がなる、ということだろう。野心を沸々と燃やしてきたことは華字紙でたびたび報道されてきた。
しかし薄熙来は「太子党」に勢力を扶植してはいても、上海派とはそりが悪い。だからポピュリズムに一気に打って出て、せめて次期首相くらいは射止めたい。おりしも次期首相後継最有力だった李克強に七月以降というもの、部下の汚職スキャンダルが多発し、任期急降下中でもある。
YAHOO!ゲームの大富豪をやったことがある人なら分かると思うが、
自分が富豪の場合、とにかく「2位狙いをするな!」という馬鹿が多い。
あのな、2位狙いも糞もカードがねーんだよ。
富豪だからっていつでも良いカードばっかり回ってくるわけじゃねーだろ。
2が1枚だけとか明らかに大富豪にジョーカーが2枚行っていると分かっている状態で
尚、勝負を続ける為に、出せるだけ出すようにしているが、
そもそもな、「2位狙い=悪」という考えがおかしい。
2位でもレーティングが上がるんだし、大富豪に成れなかったら2位を狙うだろ。
お前の為にゲームしてるんじゃないんだよ。自分の為にしてるんだ。
なんで自分を犠牲にして、貧民や大貧民の為に働かなきゃいけない??