はてなキーワード: 外神田とは
発生現場付近で
○ 事件を目撃した
方は、どんな些細なことでも結構です。
03-****-0110 内線****、****、****
まで、ご連絡ください。
捜査にご協力をお願いします。
東京都千代田区神田から台東区上野に至る一帯が秋葉原と呼ばれる。行政区画としての秋葉原はもっと狭い範囲を指すのだが,一般的な認識としては,JR秋葉原駅を中心に,メトロ銀座線神田から末広町までのあたりを含む地名と言えるだろう。本メモでもこの広義の用例にしたがう。
JR山手線によって内神田と外神田に分割され,またそれと交わる神田川によって各々2分割される。だいたいこの4区画で考えるとわかりやすい。地図上でJR秋葉原駅を原点にみたてると,第1象限が佐久間町,第2が電気街,第3が須田町で第4が岩本町となる。オタショップやメイド喫茶などいわゆるAKIBA的なものは電気街に集中している。他の3つはビジネス街で,繊維や食品など軽工業のオフィスが群立している。
JRと日比谷線の秋葉原駅に加え,都営新宿線の岩本町駅が利用可能。また銀座線の神田・末広町駅も徒歩圏内にある。つくばエキスプレスの発車口でもある。どこに行くにしても交通の便は悪くない。
区役所は九段下にある。所轄警察署は万世橋。高い密度で交番が設置されており,徒歩やパトカーによる警察官の見回りも頻繁にある。公立小学校は昌平・千代田・和泉と3校あり,いずれも幼稚園併設。これらは教育時間外は住民に開放され,プールや教室として利用される。公立中学校は秋葉原内にはない。公園や広場といった運動用の施設については総じて乏しい。神田に区立体育館があり,水泳や武道がおこなわれている。岩本町には老人保養施設がある。
数字としての治安は悪くないが,電気街方面は休日ごとに奇抜な若者や外国人であふれ,若干の不安要素がある。事実,以前は空気銃の乱射事件などがあった。風俗店が軒を連ねており,屋外にまでパンツ絵を掲げていたりする。家族連れが住むにふさわしいとは言えない。4区画の中では岩本町がもっとも落ち着いている。
賃貸物件が絶対的に少ない。つまり選択肢が少なく,競争率は高い。家賃はワンルームから1Kでだいたい9万前後。好条件の部屋であれば10万は覚悟しておく。それ以上のグレード,たとえば家族向けとなるといっそう競争が厳しくなっていく。貸し手が強いため敷金礼金については交渉の余地が乏しく,2ヶ月ずつきっちりとられてしまう公算が高い。ただし,小金持ちが投資目的で運用している貸し部屋が多く,そうした物件では話の流れでどうにかできることもないとはいえない,かもしれない。
衣食ともに問題がある。ともに店が少なく,価格が高い。生鮮食料品を買うならUDX1階のワイズマートか,蔵前通りのハナマサ。ハナマサは24時間営業だが現金しか受け付けない。どちらも単価に地代が上乗せされており,郊外のスーパーでの価格が念頭にあると驚かされる。山崎製パンの本社があるためか,デイリーヤマザキが高密度で展開されておりコンビニには不自由しない。岩本町から神田にかけての一帯はかつての繊維街で,紳士服の小売店がいまだに残っているが,若者がカジュアルに着つぶせるような服がほしければ上野まで足を伸ばしたほうがいい。秋葉原からアメ横までは徒歩20分くらいで行ける。
家電製品に困ることはありえないが,机やタンスなどふつうの家具は入手しづらい。通販で購入するのが妥当か。日用雑貨については,電気街のドンキホーテとJR秋葉原駅の無印良品でどうにかまかなえる。書店はヨドバシAKIBAの有隣堂と神田川沿いの書泉が使える。
私はヌルい半オタで,秋葉原に住むようになったのは仕事上の都合によるもの。住み始めてから変わったことといえば,だんだんオタ趣味から遠ざかりつつあること。
祝祭空間としてのAKIBAに住んだからといって,毎日がお祭りになるわけではない。電気街の喧騒がだんだん嘘っぽく感じられてくる。美少女がにっこり笑う看板の下に山と積まれたゴミ袋,閉店してシャッターを閉めるときの店主の顔,そういったものに目がいくようになる。生粋のオタクで毎日AKIBAに通っています!というような人でも,自分の信仰を守りたければAKIBAに住むべきじゃないと思う。
2008年6月8日千代田区外神田の中央通りで起きた事件について
http://ameblo.jp/momoi-ktkr/entry-10104915057.html
http://d.hatena.ne.jp/monaka/20080610/1213108509
社会に対して鬱屈した末、「死なばもろとも」のルサンチマンを抱えた男の破滅的衝動に巻き込まれる形で、たまたま秋葉原に遊びに来ていただけだったはずの人が7名も亡くなる惨事が起きた。
そして、子供の頃から自分の慣れ親しんだ場所が、こんな惨劇の舞台になったことに悲しみを覚え、桃井はるこは献花台に花を供えに行った。
だがそんな心境も、待ち受けていたマスコミにとっては格好の餌食でしかなく、モモーイは悲しみと「思いの伝わらなさ・もどかしさ」をさらに感じることになってしまった。
もっとも今回の大量殺傷事件のような事態が起きた場合、マスコミ関係者、とくにカメラマンなどは、ある意味「ハイ」な状態になっていることは想像がつく。その場合、「報道」という大義名分がそこにある事も手伝って、取材対象者やその周辺に対しては、勢い余って無作法だったり無遠慮な態度をとったりすることが多いのは、今やそれほど業界について詳しくない一般人さえもが知っていることである。
モモーイを悲しませたのは、献花台周辺に張り付くマスコミのカメラマンらが、『うわべだけしか追っていない』事実―この場合は『献花をしに来る関係者の図』という構図を撮ることのみしか考えていない―を、いやというほど感じさせたからだ。
話は少し違うが、増田は現在、観光カメラマンをやっている。よく観光地などで、風景をバックにしてプロらしき人が観光客の写真を撮っている光景を見ることがないだろうか? もっとも、自分が撮る写真がマスコミのそれと違うのは、「撮る場合は相手の承諾を得ること」と、「金銭が動く相手が、目の前に居る人であること」だ。そうそう、「撮影に際して相手からの要求があるか無いか」という点もだな。
そもそも、金銭が動く場合はなおさらだが、「まっとうな撮影」をしたいのであれば、基本的には被写体と撮影者の間に“信頼関係”を築くことが必要だ、と自分は思っている。
しかしながら、献花台の周辺にいたマスコミのカメラマンの態度に対し、モモーイは“撮る側と撮られる側の信頼関係”を感じる事ができなかった。その裏にはマスコミ側の人間の、あくまで「自分たちが解釈可能な範囲の文脈を報じる」(理解できないものはステレオタイプの文脈に押し込めてしまう)という、おごりとも取れる態度があったことは言うまでもない。
おりしも今回の事件では、電化製品に知識・理解が比較的ある人たちが集う街という特性もあってか、多くの一般人からのマスコミへの画像の提供があったり、またマスコミ以外でも個人で動画中継をしたりした人もいて、その都度「撮る側に倫理感覚はあるのか」といった問題も論じられたりした。
ただ、今回問題となった、献花台周辺での取材のような「緊急性の比較的薄い報道」については、やはり「被写体との信頼関係」を重視すべきなんじゃないのか、とは思う。