はてなキーワード: 士官とは
けど、
これは違う。明治のはじめにはそれが「西洋的」だったんだよ。江戸時代の人たちには、「整列」や「号令」の概念もなかった。西洋式の軍隊を作るためには、体育をそこからはじめて教え込まないとダメだった。だからそういう「西洋的」教育をしたんだ。一説には、右手と左足を同時に出す「西洋的」歩き方をしていなかったという人もいるし(「ナンバ」とかでググるとおk)、足並みそろえて歩くという経験もおそらくなかったため、その教育は重要だった(たとえば、明治5年「歩兵内務書」には士官が兵卒に対して「体術歩法ノ教授及ビ距離ノ測量等ヲナサシメ、長短緩急共ニ一様ノ歩法ヲ取ラシム可シ」とある)。
もちろん、それが西洋の「軍隊的」ではあっても「学校的」であったかというとそうではないので、「西洋的軍隊体育」が「学校体育」の基礎になったこと自体は近代日本の事情によるものではあるけれども、園児にそういうことを教え込むのは単なる明治の名残り。
もっとも、日本の教育が日本的で何がいけないのかは若干よく分からない。「西洋」教育といっても、ドイツ・フランス・イギリスだけに絞ったって教育制度は各国事情により異なる。それが当たり前じゃないかと思うんだけど。
他国と比べることの意味は、それぞれの制度の成り立ち、意味や効果を基にして、それが現下の自国の制度にどのように取り入れることでどのような展望が開けるか、という、きわめて具体的な提案の中にしかないと思うんだけど、とりあえず「西洋と違うからダメ」という議論は感傷に過ぎないよね。
すぺっく
何の因果か、リーダーとかやるはめになったのでその経験を書いてみる。
「任務は遂行する。部下も守る。両方やらなくちゃならないのが『幹部』のつらいところだな。覚悟はいいか? 」
プブチャラティさん!俺やるよ!
…というわけで、尊敬するプブチャラティさんの姿勢をすべての行動の方針とした。
■実際にやったこと。
○作業日誌を送りつけた。
われわれたはちゃんとやってますよという言い訳と、問題が発生した場合に上司に詰め腹を切ってもらうため。
○朝会
これで、問題点を抱え込まない状況を作り出すのと、一体感、連帯感的なものを演出した。
○作業の目的を語る
作業の目的を語った。
これは、会社的なメリットだけじゃなくて、メンバーの利益になりそうな目的につなげた。
例:
人事権のありそうな上司の前でほめてたり、お礼のメールを出す際のBCCに上司のアドレスをこっそり入れていた。
ぶっちゃけ、報酬を私権限で払えない以上、それくらいしかできることはない。
例:
「~してくれてありがとうございます」
「あなたのおかげで、XXXがYYYになった。ありがとうございます」
「いいセンスだ」
「褒美におぷーな購入権をあたえよう」
例:
「~してくれてありがとう。ただ、ここについては私は、こう思うが、どう考えている?」
○話は聞くが、決めるのは私だ。
「~の意見は確かに正しい。ただし、現状はこういう状況なので、XXしてくれ」
ちなみに「話はきくが頑固」という称号を手に入れた。
どのような結果がでようとも、責任の所在は命令者にあるという基本を徹底させるため。
例えば、メンバーが私の指示での作業中でサーバーのデータを壊した場合、その責任は私にあるということ。
○ふりかえりをした。
Keep: いままでやっていることで引き続き続けるべきこと。
Problem:問題点
お前のやりかたが気に入らんという意見がいつでるかドキドキしながらやっていた。
○将来食っていけるようなスキルを身に着けてもらうに心掛けた
何年たっても単純作業しか割り当てられなかった。
その後、そのメンバーはスキルが低いという理由で会社を追われた。
なんで、将来の事を考えて、とりあえず、自分とこのメンバーはスケジュールが守れている限り、新しい事をチャレンジさせた。
もちろん、任務を遂行するという絶対条件があるので、チェックは行う。
メンバーから仕事を取り上げる判断基準として、自分が土日でてリカバリーが効かなくなった時点で、自分でやるようにした。
おかげで、最後の方は私より、上手くなった。
あと、派生として、新技術の自社でのプレゼンとか上層部受けしそうな作業はメンバーにやってもらった。
(もともとヒッキーなのでやりたくなかったという感情は否定しない)
「軍隊において、現場士官というのは、ただ、勇気を見せればいいんです。
誰よりも先頭で勇敢に戦い、撤退の時は最後まで居る。少なくとも、我々兵や下士官にとって理想の士官とは、それです。
鼻水だそうが泣きながらだろうが、あるいは何にも考えてなかろうが、常に先頭に立ち、あるいは最後まで粘る、それで満点です。
まあ、頭の足りんところは、我々も同じですからな。そんな姿を見て奮い立たん人間は、おりませんよ。
そこを良く覚えておいてください。」
基本、残業させんようにしてたが、メンバーが一人でも残っている間は、残った。
あと、付き合い残業をさせないため、残っているようなら進捗を確認して問題なければ、帰させた。
次に、作業の責任者がとっとと帰るのはないだろJKという趣味の観点
最後に疲労度の観点。
メンバーが仕事で感じる疲労度をリアルなところで感じておきたいため。
当然、疲労度の感じ方は労働時間だけできまるものではないので、次の項目のような細工も併用した。
○疲労度とかモチベーションのチェック
…これは、強制じゃなくて、こういうのがあるよっていう感じで広めた。
ぶっちゃけ、半ヒッキーで人付き合いが苦手な私にとって数値でメンバーの疲弊を検知できるのはかなり助かったし、実際、大ごとになるまえに、問題を摘み取れた。
■結果
私の権限でできる任務は完了した。
・
・
・
でも残念ながら我々は特定派遣だった。
不思議なことに、ドナドナ先の仕事の成果は、あまり、関係ない。
社員の評価をサイコロで決めていたとしても、一向におどろかない。
私はメンバーに報いることもできずに、なんやかんやで、私は会社を去らざるをえなくなり職を失った。
てへぺろ(・ω<)
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追記。
また、就職面で、いろいろコメントをいただき、ありがとうございました。
組織に対する愛着とか、同僚に対する仲間意識とかの結果として、上記のようなマネージメントが可能だったのだと思います。
なお、規模については3~4人の少人数
そのため、私たちのところで有効だったことが、他のところで有効とは限らないです。
それでも、このやり方が有効だと感じていただけるのであれば、それは、そのやり方につきあってくれた人達のおかげであると覚えておいていただけると、助かります。
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追記2
「10年以上、『ブ』チャラティさんを『プ』チャラティと思い込むことなんてあるわけないじゃないですか!」
「この味は嘘をついている味だッ!!アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ、、アリーベデルチ!(さよならだ)」
NCISってアメリカの海軍出てくるドラマ見てたらそんなことをふと思った
廊下もぎりぎりすれ違えるくらいだし一般兵なんて個室どころかカプセルホテル並
こいつらどんだけでかいんだ?と不思議に思ってちょっと調べてみた
ニミッツ級原子力空母と全長がほぼ同サイズ(300m弱)で幅が2倍から3倍(ニミッツ40mWB約200mナ150m)
高さは空母のほうがwikipediaになかったけど最低でも2倍以上の空間があると考えていいと思う
まぁアニメの戦艦は空間占有体積に比べてデザイン上の無駄な空間多いけど便宜上倍以上の空間があることにする
排水量や重量から面積を予測するのは空想科学的に無意味である(ex:マジンガーZやウルトラマンの体積と重量の矛盾)
もっとバカでかいかと思ったらそれほどでもない感じだ
そして乗員は空母が船員3000名乗員2500名で5000人以上が乗っている
対してWBは225名ナデシコも214名
2倍以上の面積を1/10~1/20の人員で使用しているわけだからそら空間もあまるわけだわ
日本が嫌いなら・・・
ttp://copipe.info/archives/11068
日本が嫌いな奴は、アメリカ陸軍 グリーンカード兵士で検索しろ
いまイラクで兵が足りないから軍は35〜40才ぐらいまで取るぜ
外国人が志願すれば事務所でグリーンカードもらえて、兵士終えれば市民権もOK
日本人も結構いる
日本と違うから男女差別無しに意思あれば女も前線兵士として取るぜ。
こないだのタクシー雲ちゃん刺したアフリカ人は現地採用のグリーンカード兵士
そういうDQN男でもとるってこった
大統領変わってイラクが落ち着きそうなところで志願したら?いまんところ、月に死ぬのは数人らしいし
低学歴・在日・氷河期・混血いずれにしても現状から抜け出し日本人をやめるチャンス
ここ何年かでアメリカの軍艦がしずめられた話は無いし、今後もないだろうから
絶対に死にたくなければこちらがオススメ
海に出れば長期にわたり休暇もなく酒も飲めないし娯楽もないので日本で逃げたんだろう
ちなみに
留学生がアメリカの大学在籍中に州兵に志願すれば市民権がとれるだけでなく学費は只になり
http://anond.hatelabo.jp/20100123120122
こちらこそはじめまして。元増田です。英語が得意でないとおっしゃるにもかかわらず、紹介した論文に目を通す労を取っていただいてありがとうございます。そういう方がいるだけでも、2時間近くかけてあれこれ和訳した甲斐があるというものです。
(一応の確認ですが、この元増田さんの主張って「日本の植民地主義が他の帝国主義国家のそれよりも、被支配者にとって有益であった」ってことですよね?)
有益であった、というのが学者(私が読んだのは私が土地勘を持つ経済学者のそれが多いですが、American J. of Socio.の論文でも韓国の資本主義の発展についての日本の寄与について言及がありましたので、経済学者という表現は避けました)の「コンセンサスである」というのが主張です。この点についてはhttp://anond.hatelabo.jp/20100121082524 に少し詳しく書いてありますのでご覧下さい。
1) ここでCumingsが書いているのは、「日本のviceはヨーロッパの帝国主義国家と似ている(かもしれない)けど、virtueは全然似ていないよ」程度のことであって、「日本の植民地主義がヨーロッパのそれよりも有益であった」なんてことは言っていないように思われます。
コンセンサスとしての有益性はReynoldsの論文に一言でまとまっていますので、そちらを参照してください(大学図書館でないと原文は見つからないかもしれませんが、上のリンクにごく一部ながら訳を乗せてあります)。または、同じリンク先のBooth(2007)の最初の数段落(上のエントリーに若干の和訳あり、原文アクセス可)を参照して頂いてもいいでしょうし、Kohli (1997)も農業の生産性向上、資本主義の萌芽としての植民地時代(Eckertの引用も含め)、国家権力を後ろ盾にしての労使関係の(強制的な)改善と、それに伴う生産性の向上、などを挙げています。特に、農業の労働投入の増加ではなく生産性の向上による収量の増加は、多くの論文で当時の植民地経営としてはユニークなものと指摘されています。また、韓国や台湾が資本主義を受容するための有形無形のインフラストラクチャーが植民地時代に整備され、それが戦後の韓国台湾の急速な成長を支えた、という点も、広く受け入れられた見解となっていることはBoothが指摘するとおりです。
Cumingsの著作の中からは、p486の第2段落を参照してください。また、有益の度合いは下がりますが、p489の「多くの植民地ではde-developmentが進行したが、日本の統治下の韓国で起こったのはover-developmentであった」という指摘はなかなか興味深いので一読をお勧めします。
2) で、virtue=美徳ですが、一般的には「あのひとは勤勉だ/勇敢だ」のように、人間が持つ性質や姿勢のことを指すと思います。
virtueにはいくつか意味があり、どれも日本語では美徳の言葉でくくりえるように思えたので、一番一般的な訳を用いました(それでも疑問が残ったので訳出元の単語を併記しました)。この単語はモラルの高さを示す意味のほか、長所や有意義であること、のような意味合いも持つので(後者の場合、必ずしも人間の姿勢や性質を表すことに用いられるとは限りません。ODEで念のために確認しました)、そちらの意味で取るのが正しかろうと思います。
"The virtues that the Japanese shared"を元増田さんは「軍事的な成功、急速な経済発展などの、日本がもたらした美徳の数々」と訳して、日本が朝鮮半島にいいことをした!と主張されていると思うのですが、実際はこれ「軍事的な成功、急速な経済発展といった、日本人が持っていた優れた点」ぐらいの意味じゃないでしょうか。
その訳ではsharedの単語がそっくり抜けてしまいますし、その直後のwere hard to justify philosophicallyと繋がらなくなってしまいます(日本の急速な経済成長や近代的工業構造といった日本人の優れた点それ自体がunjustifiableだというのはおかしいですよね)。
軍事的成功というのは私も少し引っかかりましたが、p479にある、韓国の指導者の幾人かが日本の訓練した軍を率いていたり日本軍に参加していたりしていたことを指している、と解釈したのですが、いかがでしょうか。多くの朝鮮人が日本軍で訓練を受けたことは確かですし、その中には士官がいたことも事実なのですから。
それから、私は日本の植民地政策が朝鮮にとって有益であったというコンセンサスがある、と書いていますが、『いいことをした!』とは書いていませんし、思ってもいません。良いか悪いか、善か悪かは、有益かどうかとはまた異なる評価基準が介在するでしょうから、ここでは議論の対象にしていません。だからこそ「善政かどうかはともかく」という但し書きを入れています。そもそも、「日本の植民地政策は正しかったというコンセンサスがある」と主張するなら、私がCumingsの『日本人には、信じるに足る「自らを正当化する神話」は存在しない。』という言葉を引用した段階で、その主張は破綻してしまいます。
3) 論文冒頭(479ページ)でCumingsは、
「アメリカが朝鮮半島に深く関わるようになって長い時間(日本の侵略期間と同じくらい)が経つのに、自由選挙・自由民主主義・基本的人権の尊重といったことが根付かないのは、日本の侵略の影響がいまだ継続している、つまり、日本の侵略の影響が、大戦後の韓国・北朝鮮の両国家をさまざまな方法で形作っていったからなのだ」
この点は私の引用部とほとんど同じことを書いていると思います。日本は自主独立のよき教師でもなければ、民主主義のよき規範でもなかったのです。ですが、Cumingsはそのような「悪い」側面を鋭く批判する一方で、ヤヌスの顔のもう片方、practical virtues(実用面における長所、有意義性、有益性とも訳せるでしょう)についても語っているのです。個人的な感想になりますが、こういうバランスの取り方は大切だと思います。このバランスは専攻分野の違いによって左右されるものの、学界で一般的な態度といってよいのではないかと思います。
あぁ、俺って書いても内容がくだらないからか返信率激低なのよ。だから書かなかった。
んで書いてみると、役割分担を自覚させるのが第一だと思う。
教師(トップ)が言っていることを自分たちの頭で考えてみよーやっていう仕切り屋の出番を促すのが第一。
軍隊で言えば将校と下士官と兵卒の自覚な。教師だって馬鹿は言いっぱなしだけど、きちんと考えて言うのだっていないわけではない。
(ちなみに馬鹿にしての「二等兵タイプ」と書いたわけではない。戦争には将校と士官だけじゃ戦争できないわけで)
この疑問に限定すればな。他の事では自分の頭で考えて問題クリアに爆進してるんだろうけど。
行進もその一つで、ナンバ歩きから近代的歩行法を叩き込んでいる。外国じゃほとんどやってないって。アメリカとドイツはやってそうな感じもするが未確認。
昔マンガっつーか劇画で「サンクチュアリ」って政治&ヤクザマンガがあってな、アメリカの高官を日本の小学校に案内してな。
(以下略)
国家機構の中のお公家となるには、戦前は三つの登竜門があった。東京大学と陸軍士官学校と海軍兵学校である。戦争に負けた結果、陸海のエリート(士官)養成学校は廃止されたので、戦後60年、唯一の登竜門として君臨してきたのが、泣く子も黙る東京大学法学部である。
それとは別に、氏(うじ)はさまざまながら、きわめて自然にお公家さんに成っていくグループもある。政界とか大手企業の三代目がそれにあたる。
三代目の特徴は、いろいろあるが、「売り家と唐様で書く三代目」と江戸川柳にもあるように、まず経営能力(戦闘能力)が欠けていることを挙げることができる。企業でいえば、一代目が築き二代目が拡大した事業を、三代目でぶち壊す、というのが江戸期からの伝統的な有り様(ありよう)である。
彼ら三代目は極めて「ジコ中」であり、他人は自分に奉仕するために存在していると思っているようで、特に弱者へ配慮する心と言うのは、まったく育っていない。注意されても、その意味さえ理解できないように見受けられる。
また、「ボクちゃん、凄いんダゾ」症候群に冒されているのも多くに共通する特徴である。何しろ大物であった初代や先代の話を、子供の時から何かにつけて聞かされてきたものだから、そのイメージが頭の中に定着してしまっている。そのため、自分の力量を勘案せず、ついつい背伸びして、「ぼくちゃんだっておじいちゃんのようにすごいんだぞ!」と力みかえる癖が見に染み付いてしまっている。なにか目立つことをやりたくてたまらなくなる。たとえば、戦後60年、誰も手をつけられなかった憲法9条を「ぼくちゃんが改訂してやる」なんてリキミもその一つの現れである。
ともあれ、科挙の試験(東大法学部入試)を通ってきたお公家と、この生まれながらの金持ち貴族の自然体で変身したお公家さんは、出てきたところが違うとはいえ、同じお公家として共通項をたくさん持ってるから、互いに連合して、やりたい放題やることになる。政官財、三位一体である。
日本では、バレンタイン・デーは「女性が男性にチョコレートを配る日」として、完全に定着している。これが、初期キリスト教の聖人、聖バレンティノにちなんだ日で、欧米では恋人に花などを贈る日とされていることなどもごぞんじの方は多いだろう。では、なぜ日本ではチョコレートを贈る日になったかはごぞんじだろうか。一般には、神戸の菓子屋の「バレンタイン・デーにはチョコレートを」のキャンペーンが全国に広まったものとされている。しかし、実はこの前の段階がある。http://www2s.biglobe.ne.jp/~ttsyhysh/column.htmlこの行事はそもそも昭和21年の今日、進駐軍のバレンタイン少佐が子供たちにチョコレートを配ったという故事に由来しているのだ。意外と知られてないが、これは事実なのだ。
昭和20年冬、終戦直後の神戸にやってきた進駐軍士官の中に、彼、ヴァレンタイン・D・クラーク少佐はいた。クラーク少佐は1920年2月14日、ボストンに生まれた。誕生日の聖人、聖ヴァレンティノにちなみヴァレンタインと名づけられたクラークは、その名の通り慈愛に満ちあふれた青年に成長、陸軍に入隊した後もその性質は変わらず、太平洋戦線で戦ったにもかかわらず、日本人に対して常に敬意と愛情を持って接した。そんな彼の性格がもっとも表れているのが、このバレンタイン・デーのエピソードである。
敗戦後の混乱の中で飢えに苦しむ人々、特に子供たちの悲惨さを見かねた彼は、日本にいた3年間毎年、自分の誕生日である2月14日に、子供たちへのプレゼントとして5000枚のチョコレートを配ってまわった。かっての敵である自分たちに対しても愛をもって接する彼の姿にうたれた人々は、クラーク少佐を記念して、2月14日にチョコレートを贈り合うようになったのである。
その後、この習慣がチョコレート業界の戦略から全国的に広まり、いつしか女性が男性に贈るものとして固定化し、やがて義理チョコなどの儀式が生まれてくるに及んで、ヴァレンタインの精神も完全に形骸化してしまったわけである。クラーク少佐も草葉の陰でさぞや嘆いているだろう。どうだろう、みなさんも一度クラーク少佐の真の愛情あふれる心に思いをはせ、習慣化した義理チョコなどではなく、世界の恵まれない子供たちにチョコを贈ってみては。
海上自衛隊最大の問題点
このまま行くと抜本的な人事制度の改革をしないかぎり、海上自衛隊の組織は
立ちゆかなくなってしまうのではないだろうか・・・
組織になってしまっているのだ!
世の中のたいていの組織では出世=栄達だけど、海上自衛隊に限っては決してそうでは
ないのである。
現行では上級海曹→下級幹部になるとメリットよりもデメリットの方が
多くなってしまっているのだ。
海曹から下級幹部になると、増える給与や権限に対して書類仕事と責任が圧倒的に
多くなるので、みなできることなら海曹にとどまっていたいらしいのだ。
確かにCPO室の中心にいた人が、幹部になって士官室の隅に行くのでは
確かに居心地もよくないだろう。
(中3が高1になるようなものである)
結果要領の良い人は一曹より上に行きたがらずに、昇格のオファーを断り続ける
ことになってしまっているらしいのだ。
結果、
海曹が上に行かない→海曹の枠が空かない→海士が海曹になれない
→幹部が足りない→幹部の仕事がますます大変に→最初に戻る
というスパイラルが起きてしまっているのだ!
これを是正するためには戦前でいうところの「特務士官」の復活が必要ではないだろうか、
中堅どころの海曹は家族がいたりで、持ち家率も高いので転勤したがらない
傾向があり、現行の幹部の人事制度との相性はあまりよくない。
また練習員出身の海曹はその分野のプロフェッショナルであり、幹部として出身外の
職域に配属するのはそれまでの経験をムダにしてしまうことになり非常に
大きな損失である。
確かに上級幹部を目指すA幹やU幹の幹部には、オールマイティを指向させるのは
メリットは大きいだろうが、2尉3尉での業務が中心になる海曹出身の幹部に
畑違いの職域を経験させるのは非常に非効率である。
そろそろ非効率な人事制度を改め「特務士官」制度を復活させる
時期ではないだろうか?