「因果」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 因果とは

2012-02-10

スペイン仕事がないのがユーロのせい

http://blogs.bizmakoto.jp/hyas/entry/4223.html

20年前に英語圏人材流出してるのに改革を怠ったから高失業なんだみたいなこと書いてあるけど、

流出先の英語圏の英米でもリーマンショック失業が倍増してることから見ても20年前の人材流出が今の高失業のせいだとみなすのは無理があるじゃなかろうか

前半では通貨切り下げの話が出てるんだから普通に考えれば共通通貨金融政策使えなくなったからだろうに

それに景気のいい時移民が流入してたみたいなことも書いてるわけで20年前の流出マイナスの影響だけみて10年前の流入のプラススルーするのもおかし

景気が悪いから出て行ってよくなったら入ってくるだけのことを後知恵で因果をひっくり返してるように見える

2012-01-21

因果を履き違えないでください

ものサービスが削られて余裕のない社会ができるんじゃないんです

余裕のない社会になってきたから、ものサービスが削られるんです

2011-11-28

http://anond.hatelabo.jp/20111128151156

ますます意味不明なんですけどw

釈迦の目指したもののことどれくらい知ってるんだい?

彼はなにかの不正を正そうとしたというよりは、そういう因果から抜けることを目指したんじゃなかったっけ?w

「行くまで」の話の何をどう転がせば「正義」の話になるというんだ。



というか、彼岸まで行くとしても、行けるのは仏陀のほうではなく妄想産物のほうなので、これは最後まで正義の話でいられるんだよ。

妄想産物って誰の妄想産物だよ。お前のか? 釈迦のか。

釈迦妄想産物」なる怪物まで出してくるんなら、もう正義だなんて完全にお前のモンスターなっちまうんじゃないのかね。



肝心なのは正義は善の一端ではなく、憎悪の別名であることじゃないかな。

混ぜているのではなく、憎しみこそが正義本質ってこと。

どこまでもまどろっこしいやつだな。では正義ではなく憎悪と呼びたまえな。

引用しないけど、辞書的には言うまでもなく正義憎悪は別のページに書いてあるかんね。



ただ、燃えさかる憎悪の燃料に何かしらの正義が混ざっていないとはちょっとえんな。それは確か。

2011-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20111125163900

「今までがこうだったから、明日もきっとこうだろう」という因果から来る予感だぜ?

「幼いころからの予感」て言うから

幼いころから、「今までモテなかったから、俺一生童貞だろうなぁ」なんて予感してたのかい?て話だったと思うんだけど。

で、「俺は幼いころから予感してた!」て言うなら、別にその事実は否定しないよ(否定しようがない)、何度も言うように。

ただ面白い人だとは思うけど。


セックスのことで、黙ってても口説かれる可能性がある女ならともかく、男じゃ棚ぼたでもないかぎりそのままだ。

そんなレベルの話を運命とか予感とか言ってたの?

言葉遣いが大げさじゃね?

「俺はモテいから、黙ってても女の方からはこない、だから自分からいかないと!」て言って

積極的にアタックしてセックスしてる男だっていくらもいるだろう。

まぁキミは、「その男はそういう運命で、俺は違う」とか言うだけだろうけどさ。

http://anond.hatelabo.jp/20111125132400

キミは「因果は関係ない」と言ったのに、原因(運命)→結果の因果律を受け入れる発言をするから、そこが良く分からんのだよな。

一応言っとくけど、俺はキミの考え方なり、生き方なりを否定しようとしてるんじゃないから、そこんとこよろしくね。


で、因果何と関係ないんだ?

http://anond.hatelabo.jp/20111125124701

あ、続ける?

因果は関係ないの、関係あるの、どっちなの?


質問追加。

スパイラルの種となる原因

とやらが、スパイラルの外部から来たものだとキミが考える根拠は何?

http://anond.hatelabo.jp/20111125121820

自分から運命だの予感だの言い出しておいて今度は「因果は関係がない」か。

やっぱり面白いねキミ。

「質」が高いと思うよw

2011-11-18

忘れていたけれど

今、たぶん、恋をしている。

相手はかーなーり年下の学生

自分主婦

といっても、相手のことなんか殆ど知らないんだよ。

子供を通わせている習い事で、挨拶する程度の話しかしない。

の子供あしらいなんかを見ていて、体格がいいこともあって

なんとなく大人だと錯覚してしまうのね。

そんな気分で、なんか勝手妄想上で彼に口説かれている。

肉体関係のほうには妄想は行かないな。

たぶんそっちは欲してないんだ、わたしが。

勝手捏造した「彼」にのぼせるだけの、お手軽な恋。

一生、その言葉がこの口から発せられることはないだろう。

好きなのは、彼本人ではなく、彼のイメージをまとわせた妄想なんだ。

もうすっかり忘れていたんだけど

前夫との結婚記念日だったな、今日は。

何の因果か、別の友達が同じ日取りで結婚しやがって、忘れさせてもらえないらしい。

あの結婚では、失ったものが得たものよりはるかに多かった。

今の夫と子供との暮らしは、それを補っても尚余りある、淀みなく流れる暮らし

不満があるわけじゃない。

ただただ、胸の中に燻る、この奇妙な感情を、もうしばらく胸の中で転がしていたいだけ。

2011-10-18

http://anond.hatelabo.jp/20111018161845

万民がこの世に生を受けた因果だよ。

人は苦しむようにできているのだ。他の人間がそれで飯を食うためにな。

http://anond.hatelabo.jp/20111018160344

いや、固定化されても構わんよ。それが因果だ。

たとえ今の格差が逆転して、若いものが富み、老いたものが飢えて、自分が老いた側にいるなら、その現状を受け入れる。

というか、変えようがない。

2011-10-17

鈴木信太郎訳 ヴィヨン 疇昔の美姫の賦

語れ いま何処(いづこ) いかなる国に在りや、

羅馬の遊女 美しきフロラ、

アルキピアダ、また タイス

同じ血の通ひたるその従姉妹(うから)、 

河の面(おも) 池の辺(ほとり)に

呼ばへば応(こた)ふる 木魂(こだまエコオ、

その美(は)しさ 人の世の常にはあらず。

さはれさはれ 去年(こぞ)の雪 いまは何処(いづこ)。

 

いま何処(いづこ)、才抜群(ざえばつくん)のエロイース、

この人ゆゑに宮(きゅう)せられて エバイヤアルは

聖(サン)ドニの僧房 深く籠こもりたり、

かかる苦悩も 維(これ) 恋愛因果也。  

同じく、いま何処に在りや、ビュリダンを

嚢(ふくろ)に封じ セエヌ河に

投ぜよと 命じたまひし 女王

さはれさはれ 去年(こぞ)の雪 いまは何処。

 

人魚(シレエヌ)の声 玲瓏(れいろう)と歌ひたる

百合のごとく眞白き太后(たいこう)ブランシュ、

大いなる御足(みあし)のベルト姫、また ビエトリスアリス

メエヌの州を領(りやう)じたるアランビュルジス、  

ルウアンに英吉利人(イギリスびと)が火焙(ひあぶり)の刑に処したる

ロオレエヌの健(たけ)き乙女ジャンヌ

この君たちは いま何処(いづこ)、聖母マリアよ。

さはれさはれ 去年(こぞ)の雪 いまは何処。

 

わが君よ、この美しき姫たちの

いまは何処(いづこ)に在(い)ますやと 言問(ことと)ふなかれ、

曲なしや ただ徒(いたづら)に畳句(ルフラン)を繰返すのみ、

さはれさはれ 去年(こぞ)の雪 いまは何処。

2011-10-14

UN-GO(ノイタミナアニメ)がTOHO系劇場レイトショー

忘れないようにメモ

UN-GO episode:0 因果論」
(上映:約45分予定)
11月19日(土)よりTOHOシネマズにて2週間限定レイトショー上映
監督: 水島精二
ストーリー脚本: 會川昇
アニメーション制作: ボンズ
 
[上映劇場TOHOシネマズ六本木ヒルズTOHOシネマズ渋谷お台場メディアージュTOHOシネマズ府中TOHOシネマズ川崎TOHOシネマズららぽーと横浜TOHOシネマズ名古屋ベイシティ、TOHOシネマズ東浦、TOHOシネマズなんばTOHOシネマズ二条TOHOシネマズ伊丹天神東宝

原案: 坂口安吾明治開化安吾捕物帖監督: 水島精二
ストーリー脚本: 會川昇
キャラクターデザイン: pako、高河ゆん
アニメーション制作: ボンズ
制作: 「UN-GO製作委員会キャスト結城新十郎: 勝地涼
因果: 豊崎愛生
海勝梨江: 山本希望
虎山泉: 本田貴子水星玄: 入野自由
海勝麟六: 三木眞一郎UN-GO episode:0 因果論」
(上映:約45分予定)
11月19日(土)よりTOHOシネマズにて2週間限定レイトショー上映
監督: 水島精二
ストーリー脚本: 會川昇
アニメーション制作: ボンズ
 
[上映劇場TOHOシネマズ六本木ヒルズTOHOシネマズ渋谷お台場メディアージュTOHOシネマズ府中TOHOシネマズ川崎TOHOシネマズららぽーと横浜TOHOシネマズ名古屋ベイシティ、TOHOシネマズ東浦、TOHOシネマズなんばTOHOシネマズ二条TOHOシネマズ伊丹天神東宝

原案: 坂口安吾明治開化安吾捕物帖監督: 水島精二
ストーリー脚本: 會川昇
キャラクターデザイン: pako、高河ゆん
アニメーション制作: ボンズ
制作: 「UN-GO製作委員会キャスト結城新十郎: 勝地涼
因果: 豊崎愛生
海勝梨江: 山本希望
虎山泉: 本田貴子水星玄: 入野自由
海勝麟六: 三木眞一郎

高河ゆんって久しぶりに見たわ。

最初見たのはカラートーンの美麗なイラストの頃(CLAMPも当時カラートーン多用で美麗だった)

漫画家としても活動しているのね。

コミカライズも読んでみようかな。

2011-09-23

「続 新しいプログラミングパラダイム」の目次


第1章 並行プログラミングGHC (上田和紀)
	1.1 はじめに
	1.2 ターゲットを明確にしよう
	1.3 はじめが大切
	1.4 GHCが与える並行計算の枠組み
		1.4.1 GHCにおける計算とは,外界との情報のやりとり(通信)である
		1.4.2 計算を行う主体は,互いに,および外界と通信し合うプロセスの集まりである
		1.4.3 プロセスは,停止するとは限らない
		1.4.4 プロセスは,開いた系(open system)をモデル化する
		1.4.5 情報とは変数と値との結付き(結合)のことである
		1.4.6 プロセスは,結合の観測と生成を行う
		1.4.7 プロセスは,書換え規則を用いて定義する
		1.4.8 通信は,プロセス間の共有変数を用いて行う
		1.4.9 外貨も,プロセスとしてモデル化される
		1.4.10 通信は,非同期的である
		1.4.11 プロセスのふるまいは,非決定的でありうる
	1.5 もう少し具体的なパラダイム
		1.5.1 ストリームと双方向通信
		1.5.2 履歴のあるオブジェクト表現
		1.5.3 データ駆動計算と要求駆動計算
		1.5.4 モジュラリティと差分プログラミング
		1.5.5 プロセスによるデータ表現
	1.6 歴史的背景と文献案内
	1.7 並行プログラミング効率
	1.8 まとめ


第2章 様相論理テンポラル・プログラミング (桜川貴司)
	2.1 はじめに
	2.2 様相論理
	2.3 時制論理
	2.4 多世界モデル
	2.5 到達可能性と局所性
	2.6 純論理プログラミングへ向けて
	2.7 Temporal Prolog
	2.8 RACCO
	2.9 実現
	2.10 まとめと参考文献案内


第3章 レコードプログラミング (横田一正)
	3.1 はじめに
	3.2 レコードと述語の表現
	3.3 レコード構造とφ-項
		3.3.1 φ-項の定義
		3.3.2 型の半順序と束
		3.3.3 KBLLOGIN
	3.4 応用――データベース視点から
		3.4.1 演繹データベース
		3.4.2 レコードプログラミングデータベース
		3.4.3 いくつかの例
	3.5 まとめ
	3.6 文献案内


第4章 抽象データ型とOBJ2 (二木厚吉・中川 中)
	4.1 はじめに
	4.2 抽象データ型と代数言語
		4.2.1 抽象データ型
		4.2.2 代数言語
		4.2.3 始代数
		4.2.4 項代数
		4.2.5 項書換えシステム
	4.3 OBJ2
		4.3.1 OBJ2の基本構造
		4.3.2 モジュールの参照方法
		4.3.3 混置関数記号
		4.3.4 モジュールパラメータ化
		4.3.5 パラメータ機構による高階関数記述
		4.3.6 順序ソート
		4.3.7 属性つきパターンマッチング
		4.3.8 評価戦略の指定
		4.3.9 モジュール表現
	4.4 おわりに


第5章 プログラム代数FP (富樫 敦)
	5.1 はじめに
	5.2 プログラミングシステム FP
		5.2.1 オブジェクト
		5.2.2 基本関数
		5.2.3 プログラム構成子
		5.2.4 関数定義
		5.2.5 FPプログラミングスタイル
	5.3 プログラム代数
		5.3.1 プログラム代数則
		5.3.2 代数則の証明
		5.3.3 代数則とプログラム
	5.4 ラムダ計算拡張
		5.4.1 ラムダ式拡張
		5.4.2 拡張されたラムダ計算の簡約規則
		5.4.3 そのほかのリスト操作演算子
		5.4.4 相互再帰定義式
		5.4.5 ストリーム(無限リスト)処理
	5.5 FPプログラム翻訳
		5.5.1 オブジェクト翻訳
		5.5.2 基本関数翻訳
		5.5.3 プログラム構成子の翻訳
		5.5.4 簡約規則を用いた代数則の検証
	5.6 おわりに


第6章 カテゴリカル・プログラミング (横内寛文)
	6.1 はじめに
	6.2 値からルフィズムへ
	6.3 カテゴリカル・コンビネータ
		6.3.1 ラムダ計算意味論
		6.3.2 モルフィズムによる意味論
		6.3.3 カテゴリカル・コンビネータ理論CCL
	6.4 関数型プログラミングへの応用
		6.4.1 関数型プログラミング言語ML/O
		6.4.2 CCLの拡張
		6.4.3 CCLに基づいた処理系
		6.4.4 公理系に基づいた最適化
	6.5 まとめ


第7章 最大公約数――普遍代数多項式イデアル自動証明におけるユークリッドの互除法 (外山芳人)
	7.1 はじめに
	7.2 完備化アルゴリズム
		7.2.1 グラス置換えパズル
		7.2.2 リダクションシステム
		7.2.3 完備なシステム
		7.2.4 完備化
		7.2.5 パズルの答
	7.3 普遍代数における完備化アルゴリズム
		7.3.1 群論の語の問題
		7.3.2 群の公理の完備化
		7.3.3 Knuth-Bendix完備化アルゴリズム
	7.4 多項式イデアル理論における完備化アルゴリズム
		7.4.1 ユークリッドの互除法
		7.4.2 多項式イデアル
		7.4.3 Buchbergerアルゴリズム
	7.5 一階述語論理における完備化アルゴリズム
		7.5.1 レゾリューション法
		7.5.2 Hsiangのアイデア
	7.6 おわりに


第8章 構成的プログラミング (林 晋)
	8.1 構成的プログラミング?
	8.2 型付きラムダ計算
	8.3 論理としての型付きラムダ計算
	8.4 構成的プログラミングとは
	8.5 構成的プログラミングにおける再帰呼び出し
	8.6 おわりに:構成的プログラミング未来はあるか?


第9章 メタプログラミングリフレクション (田中二郎)
	9.1 はじめに
	9.2 計算システム
		9.2.1 因果結合システム
		9.2.2 メタシステム
		9.2.3 リフレクティブシステム
	9.3 3-Lisp
	9.4 リフレクティブタワー
	9.5 GHCにおけるリフレクション
		9.5.1 並列論理言語GHC
		9.5.2 GHC言語仕様
		9.5.3 GHCメタインタプリタ
		9.5.4 リフレクティブ述語のインプリメント
	9.6 まとめ

2011-09-15

http://anond.hatelabo.jp/20110915120025

混乱を助長させるために、横増田参上

因果の話だから、あんまり賛同できないね

集合住宅で、低音響かせて周りに迷惑かける奴が、壁叩かれると「うるさい」とか言い出す感じだ。

自分の音に関しては「この程度我慢しろ」と言うのに、行為へのリアクションである壁叩きは我慢できないって言うんだ。

一回そうしたトラブルに巻き込まれてみると良い。

加害者(今回の例では騒音最初に出した側)を擁護なんて、絶対にしたくなくなる。


クチャラーは、俺も擁護できない。

隣にいるだけで、食事が台無しになる。

クチャラーだって、周りからものすごく下品だと思われるし、まさに誰得

2011-09-10

@gl_nyan さんが新作ゲームを発売日当日にニコニコ生放送で配信して文句を言われたっぽい


生放送】【2日で】テイルズオブエクシリアPart10【60万Hitだと!?】 を開始しました。 http://nico.ms/lv63272018 #lv63272018

http://twitter.com/Gl_Nyan/status/112190298519650304


新作ゲームの配信について賛否両論がある(むしろ否定派のが多い)けど、生放送に至っては見たくなければ見るなっていう状況が成立するんだし、その放送を見ることによって購入意欲が増える可能性もあるわけじゃん。逆もしかりだけど、プラス効果の方が大きいと思うのよね

http://twitter.com/Gl_Nyan/status/112235035041595392


見たくない人は見なくてもいいシステムになってるんだし、文句言うならもとから開かなきゃいいだけでしょ。

http://twitter.com/Gl_Nyan/status/112235829388251136


世界にそのゲームを配信することで、何とか権がどーのって言う話があるのかねぇ。それでダメなら言うことはないけども

http://twitter.com/Gl_Nyan/status/112236547826401280




以下、まとめ箇条書き。



・新作ゲームの配信について賛否両論がある。

・否定派のほうが多い。配信者に対して文句を言う人もいる。

生放送に至っては見たくなければ見るなっていう状況が成立する。文句言うなら開かなきゃいいだけ。

・その放送をみることで購入意欲が増える可能性もある。逆もしかり。しかし、プラス効果のほうが大きい。




以下、4コママンガみたいな平易な私見。



※「配信」とは、ゲームプレイ動画インターネットを介して、不特定多数人間に公開することを指す。

※「新作」と「旧作」との比較は、同一のゲームソフトで行うとする。

 つまり、同じゲームソフトを発売日当日に配信するのと、発売日の幾年か後に配信する場合比較である

新作ゲームの配信について賛否両論がある


1.ゲームは発売直前と直後、「新作」と呼ばれる時期に人々の興味と購買欲が大きく高まる。

2.発売日をピークに、そのゲームに注目する人が一時的に増え、そのゲームを取り扱う様々なもの動画配信にも注目が集まる。

3.注目する人が増えると、意見を持って発信する人の数が増える。

4.だから、「賛否両論がある」と言われる。



『新作ゲームは、旧作ゲームに比べてたくさんの人が注目しているから、それに対する意見の送受機会が増える。だから賛否両論がある』



賛成意見がある理由

1.注目度が高いため、新作であるうちはそのゲームの中身を知りたがる人がそれなりの数いる。

2.配信を見ることによって、「興味はあるけど買うまでもないな」と思った人が、お金を払わずゲームの中身を知ることができる。

3.注目している人が多いので、お金を払わないでゲームの中身を知りたいと思う人も多くいる。

4.新作ゲームの配信は、そのような人の需要カバーする。



『新作ゲームは、旧作ゲームに比べてたくさんの人が注目しているから、その中身を無料で知りたいと思う人がたくさんいる。だから賛成意見がある』



反対意見がある理由

1.ゲームの一番の稼ぎどきである新作時期にゲームの中身を無料で配信されてしまっては困る人、嫌な気持ちになる人がいる、と思う人がいる。

2.ゲームの中身を売っている人は、誰かの勝手ゲーム配信によってゲームの購入者を減らされ、制作費や利益の回収ができなくなる。

3.ゲームお金を払って買った人は、無料ゲーム配信から生まれる無料ゲームの中身を得られる人に不平等を感じて、嫌な気持ちになる。

4.ゲームが新作であるうちにこれらのことが起きると、注目している人が多いので、たくさん困る人がいたり、嫌な気持ちになる人がたくさんいる、と思う人がたくさんいる。



『新作ゲームは、旧作ゲームに比べてたくさんの人が注目しているから、それを使って人に迷惑をかけたり、不平等を見せ付けたりすることを嫌う人がたくさんいる。だから反対意見がある』


否定派のほうが多い


1.新作旧作に関らず、ゲームプレイ動画配信について、民事、刑事での訴訟についての協議を公言しているゲーム会社がある。

2.「その行為知的財産権侵害だ」と指摘されれば、「これによってこういう利点がある」とは言い返せても、「知的財産権侵害ではない」とは言い返せない。

3.権利者に無断で配信をしている以上、ゲームの配信行為は少なくとも「正しいこと」ではない。権利者にとって不利益、損害だと判断されれば、ニコニコ生放送規約の禁止事項、知的財産権法の違反に該当する。

4.ゲームが新作である時期中は、これらの影響を最も受けやすいため、配信行為を「悪いこと」だと思う人、それを指摘する人が多い。



『そもそもゲームプレイ動画配信自体が規約違反違法行為となり得るもので、新作ゲームに関してはその影響や意見発信が顕著である。だから否定派のほうが多い』


生放送に至っては見たくなければ見るなっていう状況が成立する。文句言うなら開かなきゃいいだけ。


1.生放送に限らずとも、動画配信は見たくなければ見ないという選択をとることができる。

2.けれど、[反対意見が起きる理由]、<否定派のほうが多い>のとおり、新作ゲームの配信をよしとしない人はその行為を見る見ないに関わらず、その行為自体が「悪いこと」だと思っている。

3.彼らは、動画を見たから「悪いこと」だと思うのではなくて、「悪いこと」だと思うから動画を通して、配信者意見を言っているに過ぎない。

4.その行為が正当か不当かが問題なのであるから、「嫌なら見るな」は反論として的外れである



『嫌なのは新作ゲームの配信行為自体であって、見せられることではないので「嫌なら見るな」は通用しない』


その放送をみることで購入意欲が増える可能性もある。逆もしかり。しかし、プラス効果のほうが大きい。


1.新作ゲームの配信をみたことにより、購買意欲が高まり、そのゲームを購入する人がでる可能性がある。

2.新作ゲームの配信をみたことにより、購買意欲がそがれ、そのゲームを購入しない人がでる可能性もある。

3.これを、権利者の損害と判断し、違法行為として民事或いは刑事訴訟を起こすか否かを決定するのは配信者ではなく権利である

4.配信者はこの行為に関して、マイナス効果に対する懸念はしても、プラス効果に対する主張をする資格はない。



『配信を通じてゲームの購入者を増やす可能性、減らす可能性があるが、その可能性、因果、結果を判断するのは配信者ではなく権利であるから、配信者には主張の資格がない』





ゲームの中身」とか、「ゲームの中身を知る」とか、曖昧ものがたくさんあるので一概にはっきりと「悪いこと」だとは言えないけれど、「悪いこと」である可能性がある以上、文句を言われるのは当然だし、規約違反アカウントを剥奪されるのも当然だし、権利から訴訟されることも当然。もしこのままこんな態度を続けるのであれば、いつまでたってもニコニコ動画ニコニコ生放送ユーザーの印象は悪いままな気がするので、改めたほうがいいような気がする。

2011-09-07

ねこきもち

箱の中がすっかり暗くなってしまってから、もう随分と時間が経ちました。

入れられる以前に小耳に挟んだことなのですが、どうやらこの箱の中には猛毒の入った小瓶が置かれているそうです。小瓶は口を溶接されて密閉状態にあるものの、すぐ側には振り上げられたまま固定された金槌が設置されていて、その金槌とある時間がきた途端に振り下ろされるのだそうです

そのとある時間なる時がいつを指すのか、私には全くわかりません。いまこの瞬間にもその時が来ているのかもしれないし、あるいはもっと先のことだったり、考えたくないことではありますが、もう過ぎてしまったことだったりするのかもしれません。金槌は誰の影響を受けるでもなく、独立した一つの事象として、完全な確率五十パーセントで振り下ろされることになっているのです。小瓶は割れてしまうのかもしれないし、割れないままかもしれない。私は死んでしまうかもしれないし、生きたままいられるのかもしれない。

まったく、とんだ状況の中に押し込めてくれたものです

激しい憤りを覚えずにはいられません。私の生死という何よりもの大事項が、私はもとより誰からの手も離れて、唯一、五十パーセントなどという無機質極まりない確率だけに委ねられているなんて。ほとほと酷いにも程があるのではないのでしょうか。

加えて理不尽まりないことに、この五十パーセントという確率をより厳密なものにするために、箱に入れられた私には様々な枷が与えられたのです

例えば視覚について。小瓶と装置が見つかっては壊されかねないとのことから、箱には完璧な遮光が施されることになりました。完璧な暗闇。暗黒と呼んでも差し支えのない暗さが用意されたのです。よって私には、少し先の様子はもちろんのこと、私自身の輪郭さえ視認することができません。そこに本当に私の身体があるのかどうか、馬鹿げた話ではありますが、疑いすら持ち得てしまえる暗さなのです

また聴覚についても、同様の理由からか、自ら発した声さえ聞きとれない程に徹底した遮断が施されています。どのような原理が働いているのかは不明です。そもそもなにも見えないのですから、確認のしようがありません。ですから以下は推測になりますが、もしかしたらここに入れられる前に鼓膜を破られたのかもしれないし、あるいは箱を形成する外壁に特殊な吸音板が使用されているのかもしれません。

兎にも角にも、防音吸音共に優れすぎた暗い箱の中で、私の視覚聴覚は文字通り死んでしまっているのです

極めつけとばかりに、全身を支配する身じろぎひとつ取れない虚脱感もまた、私に与えられた枷のひとつでした。暴れないようにとの理由から、箱に入れられる際に何かしらの弛緩剤を投薬されたのでしょう。半ば強制的に同じ姿勢のまま横たわらねばならなくなったので、次第に皮膚感覚麻痺していきました。

何も見えないし聞こえない。嗅覚も味覚もあてにならない上に、触覚までも機能不全に陥った。つまるところ私は五感を全て支配されてしまった木偶のような有様を晒しているのです非情まりない状況です。これほどまでに不自由を徹底するくらいなら睡眠薬を投与してくれたらよかったのにと思わずはいられません。一つも外傷を与えられないまま生殺しにされている気分なのです。私という生命存在について、これ以上ないほどに蔑ろにされているという屈辱感が、辛うじて私の精神を狂わせず律してくれているのです

私は、私の生命を、その生き死にを決定する何よりも重大な決定権があからさまに奪われてしまっていることが憎い。生命の存続を決定づける要素というものが、たった一つ、誰から意図から独立した、純粋まりない確率にだけ寄っているという事実が、憎くて憎くて堪らないのです

どうして私はこんな箱の中に入れられなければならなかったのでしょう。こんな馬鹿げた箱の中で、徹底して自由を奪われたまま生死の恐怖に怯えなければならないのでしょう。

こんなに理不尽なことがあっていいのでしょうか。こんなに残酷なことがあっていいのでしょうか。

はいま、とても孤独です。胸にぽっかり穴が開いたとか、むせび泣いてしまうとか、そんな孤独よりももっと深淵にある、一面の虚空とでも言うべき孤独感にやられてしまっているのです。すごくすごく、ものすごくさびしいのです。独りぼっちのまま、永劫の暗黒に投げ出されてしまったものですから絶対零度にも等しい肌寒さに打ち震えることしかできないのです

箱の中からは一切の遠近感が失われています。暗黒だけが広がっていて、どこかにあるはずの小瓶と金槌は当然のごとく、箱の壁も底も天井も全て消えさってしまたかのようです。無論、実際にはそこにあるのでしょう。けれども、ありとあらゆる感覚器が閉ざされ麻痺してしまった私には、当然のようにそこにあるはずの物ども(実際にはそれ自体に何かしらの存在意義が与えられているはずなのに)が、ないも同然になってしまっているのです

正直に告白しましょう。私にはもう、箱の中に私がいるという前提にさえ自信が持てなくなってきています。確かに私というもの存在している。こうして取り留めもないことを考え、あるいは空想している私の自我ないし意識とか精神などと呼ばれている唯一性は確保されている。けれども、その唯一性が本当に箱の中に閉じ込められているのかどうか。本当はもっと違う、どこか異質な空間を漂っているのではないか。疑念を払拭し切ることができないのです

しかしたら、いまこうしてここにある私は、どこか遠く宇宙の果てを漂っているのかもしれませんし、マリアナ海溝の水底に横たわっているのかもしれない。あるいはキラウェア火山の火口からマントルの方向に向かって沈下しているのかもしれません。

私には私自身を覆う箱がどうなっているのか知る術がないし、五感が死んだままではここが箱の中なのかどうか判別がつかないのです

加えて、いまここにある私が本当に生きているのかどうか。そんなことさえも私には確認する方法が与えられていません。ともすれば私は、二分の一の確率をすでに通り過ぎてしまっているのかもしれないのですから。私はもう死んでしまっているのかもしれませんし、運良く生き残っているかもしれません。弛緩剤を打たれた身体で浅い呼吸と僅かな拍動を続けているのかもしれないし、その全てが停止したままだらんと横たわった肉塊になっているのかもしれません。

私は私自身の肉体を自由にできるだけの力を奪われてしまっているのです。私という思考が生命活動を続ける健全な肉体に宿っているなどと、一体誰が認めてくれるのでしょう。完璧な暗闇に毒された五感は、すでに感覚器としての意義を失くしています。私にはもう本当を確かめるだけの機会さえ与えられていないのです。ありとあらゆる想定は、もしかしたら私自身が作り出した捏造なのかもしれない。私を巡る様々な状況や、そもそもの私という唯一性についても、プログラムされたロールプレイにすぎないのかもしれない。

私という存在について、口惜しいことに、ゆらぎの只中にある私には振る舞い方を決めることができないのです

叶うことなら、誰かに私を見つけ出してほしいくらいです。私を閉じ込めた狭い箱をこじ開けて、私がどうなっているのかを観測して、私の有り様を決定して欲しい。私にはもうそれだけの力が残されていませんから。身動きも取れないまま、孤独に身を震わせ続けることしかできないのですから

全能の神であれば、光あれと呟くこともできることでしょう。無茶な願いだと承知のうえですが、そう告げることができたのならどんなによかっただろうと感じずにはいられません。

自身を巡るありとあらゆる不確定なゆらぎを自らの意思で確定できるなんて!

あこがれは、しかし一方で臆病な陰影を生み出すものです。箱が開かれ、私が見つけられて観測され、結果的に私の有り様が決まることについて、嘘偽りなく告白すると、確定されるいまに不安を感じていることから目を逸らすことができなくなるのです

生きているのか死んでいるのかさえも自分自身では確かめようのない私ではありますが、それでもやっぱり死ぬことは怖いのです。死んでいると決定してしまうことが生理的に恐ろしいのです。どうしても受け付けられない。きっとそれは私がまだ具体的な死という現象を体感することも想像することもできていないからなのでしょう。

いいえ、なにも私に限った話ではないのでしょう。人徳有望な仁君名君であっても、極悪非道殺戮者であっても、遍く存在する人畜無害一般人であっても、誰だってそうだろうと思うのです。年老いた人や、病床に伏せる難病患者であるのならば、もしかしたら限りなく近しい想像を働かせることが可能かもしれません。が、それでもやはり具体的な体験については一生不明なままだと思うのです

結局、死とはゆるがせにできない圧倒的な意味を持つ終着点だと思うのです時間というもの、あるいは意識というものが絶対的な不可逆性を有しているように、たとえそれが儀礼的な通過点や他に類を見ない印象深いイベントであったとしても、決して覆すことのできない絶対的な事柄に違いないのです

私は、いまここにある私という思考は、私を巡る様々な有り様が決まった瞬間にここから存在しなくなります。頭までどっぷりと浸かった、熱くも冷たくもない、温度を感じることのできない完璧ぬるま湯を抜かれてしまって、否応なしに外気に触れざるを得なくなってしまからです

そんな取り返しの付かない変化が恐ろしい。死んでいると決定づけられるだけに限らないのです。私にはもう、生きていると決まってしまうことさえ不安不安でたまらないことなのです

きっといまここにある私は、永遠とも感ぜられる点に留まった小さな小さな幻想のようなものなのでしょう。それ以上広がることもなければ縮まることもない、伸びることもなければ短くなることもない。拡散することも閉塞することもない、数学的に正しい唯一一点に留まったまま自己同一性勘違いしてしまった幽霊のような存在なのでしょう。

その点は、座標平面上の至る所に存在し、同時にとある一箇所には存在していないのです一心同体も同然となった私のことなんて気にも留めないで、ある特定の事象が起こった瞬間に、その事象が起こったありとあらゆる時空間の中のたった一つに、まるでバスから降ろすかのようにして私を収束させるのでしょう。

またそんな点に留まってしまった幻は、実物になる可能性も、霞となって消え去る可能性も平等に有している。

はいま、どんな時空間にも存在し、ありとあらゆる性質を有していながら、同時にどんな性質からも見放された孤独に苛まされています。誰かに見つけて欲しいと願う一方で、その時一体私がどこにいるのか、どのような姿になっているのかが不安でならないのです

因果の理から放たれてしまった私は、何時迄経っても不確定なままなのです

2011-09-06

http://anond.hatelabo.jp/20110906171743

因果だよね~。

父方の親戚って子供苦手な人多いし(可愛いと口ではいいながらも、近寄ると避ける感じ)

そういう環境が連綿と受け継がれてきたのかな、と思う。

血だとは思いたくない。

http://anond.hatelabo.jp/20110906092917

まぁ傾向としてそういうことは言えるよね

自分が親に愛されなかった故に扱い方を知らないこともないわけではないだろうし、

親にそういう育てられ方をして、いろいろあった結果、極端に自分に自信がなく、周りの顔色を窺うような人だとそういうことも起こりやすいんだと思う。

前者のようなことって考えにくいしさすがに因果ではないかな~と思うけど。

2011-09-05

フクシマが放射性廃棄物の最終処分場になる日はくるか?

今のところ、福島県脱原発宣言をしたり

細野原発事故担当大臣福島県内に最終処分場を作ることはしないと言ったりしているわけですが   (ただし、中間貯蔵施設は作ろうとしようとはしている様子)




しかし、福島に放射性廃棄物の最終処分場を作るのが合理的な選択だとは誰しも分かっているはずだと私は思う

これからというか今、除染をしていくにあたって、土砂の入れ替えなど埋められるものは埋めても

汚染されたガレキが出ることは避けられないことだろう   (ひまわりを植えたってどこか埋めないといけないわけで)

それに、県外のどこがに受け入れるというのかと

お金を積んだらモンゴルなりインディアン居住区なりに持ってけるのかもしれないけど、

それにしたって、低線量のだけで高線量のものは運べないだろう   (他に運べるようになるまで中間貯蔵施設で保管するのだろうか、十年単位の話だろうか)




また、県外の放射性汚泥などの問題はどこへ向かうのか興味深い

福島かどこかに最終処分場ができたら、そこへ持って行けるだろうけど、現状ないのでさてどうする

因果的には福島原発からものだとはどこからどう見ても明らかではあるが、放射性物質が急に湧きだしたとも言えなくもない

福島に運ぶにはお金がかかるし、いろいろと越えなければならない問題もあるだろう

それに放射線的にはコンクリ詰めして埋めればそこそこ大丈夫だとは言えるだろうということで、各々が処理するのが現実路線なのか

かくしてみんなで痛みを分かち合う。誰も責任を取らない幸せなやり方であることなかれ主義万歳




というか、福島に最終処分場を作るなんて言ったら、福島県民の県民感情を逆撫でして、そんな発言しただけでも政治家生命が終わる気がする

(2、3ヶ月前に福島に最終処分場をどうたらを官僚が発言してて記事になってた気が)

しかし、これは民主主義の勝利なのだろうか。ヒステリック感情論からくる安易なポピュリズムに流されているのではないか




私は福島に放射性廃棄物の最終処分場を作るべきだと思う

それが汚染されて他に使いようのない土地を有効活用し、原発を受け入れるということの代償である

事故を起きたからといって足抜けしたうえ、被害者面してこれから廃炉までたからせてはならない

最終処分場を受け入れたことによる対価で復興すればいい。これで全部元通りである

そうすべては日本経済のために

2011-09-04

はてなサヨクウォッチ

https://twitter.com/flurry/status/110154365943283713

研究成果自体はともかく、末尾の一文がひどすぎる。>『電離放射線1895年レントゲンによるX線発見からわずか110年余の歴史しかない。それにも関わらず、発見時に既にヒトの細胞を電離放射線から防護するDNA修復機構生命存在……』

引用元は 放射線の修復蛋白NBS1によるRAD18を介した損傷乗り越えDNA合成の開始 — 京都大学 で、ここには

電離放射線1895年レントゲンによるX線発見からわずか110年余の歴史しかない。それにも関わらず、発見時に既にヒトの細胞を電離放射線から防護するDNA修復機構生命存在していたことは驚きである

と書いてあるけど、普通に読めば「人間発見するよりはるかから自然には放射線を処理する仕組みがあるのだ。不思議だ」という感じだと思う。けど彼の解釈は、

https://twitter.com/flurry/status/110155013535436800

えーと、その、レントゲンX線発見するまで、たとえばベータ線ガンマ線も飛んでなかったとおっしゃるわけ……? 論文の筆者、ひいては研究成果まで疑いたくなるという。

だそうで。どう読んだらそうなるの?いや、わかるよ。「人間X線発見たかX線世界を飛び始めた。それから110年、生物はこんなに早く進化したのだ」って読んだんでしょ。でもさ、そのひねくれた読み方をひねくれているという認識を持たないで普通に書き出しちゃうの、ちょっと面白いなあ。

んでこれ。

https://twitter.com/apesnotmonkeys/status/110170002589630464

@flurry 進化歴史も『種の起源からはじまる、と思ってるとかw

https://twitter.com/flurry/status/110175456388583424

@apesnotmonkeys ぎゃー。目的論的な発想と親和性が高そうで、この先生進化についてどのように理解しているか、というのも……

ここまでいくとよりひどさが増す。今まで彼が確認していたのは、時間軸、つまり起源」と「発見」を混同してしまっているのではないか、ということであった。

そこにさっそうとapemanが「種の起源」を持ち出す。これも「起源」つながりだからまあ、議論にそくしているとはいえる(「人間にとっての進化というのは『種の起源』で始まったが、それ以前から進化それ自体は存在する」という誤解(あるのか?)と類似性があるなんて話だからつじつまは合ってるけど、この後の反応に注目)。

でも次、「目的論的な発想」とか言い始めて、さっきまで時間軸上で混同してるんじゃないといっていた話が、いきなり別の議論、つまり手段と目的の混同に飛躍するという面白さ。進化論のよくある誤解=目的論的発想だから脊髄反射しちゃったかな?でも、先ほどの研究者の文章には、確かに「時間軸上の混同」は100人中1人は間違えるレベルの書き方はしているけれど、目的論的なことは一切書かれていない(だいたい「親和性が高い」なんて、科学者であれば相関と因果の違いくらい誰でも意識してるだろうし、自然科学の議論全般が「目的論と親和性が高い」のだからこじつけにもほどがある)。いくらなんでもここまで拡大解釈されたら研究者も「こいつに説明しても意味がない」となるだろう。

で、ふたつを合体。すると「人間がX線を発見してから110年、その放射線適用するために人間は処理の仕組みを持ったのです」なんてことに。こんな読みをした奴は、お前くらいだよ。

2011-09-01

高収入の人ほどSNSを使っている」という嘘が出来上がるまで


あるいは「SNSを使うと高収入になれる」というデマが流れるまで。



世の中は事実と異なる煽り記事があふれている。実際には嘘であることをそれとなくまかりとおすことは風説の流布になる。フィクションであるなら構わないが、それならば断っておく必要があるだろう。そのような煽り記事に対する傾向として、最近の記事を事例として「なぜ高収入の人ほどSNSを使っているのか 」を例に情報の歪みをまとめておきたい。

まず最初元ネタ記事。

ソーシャルネットワーク職場の人とつながっている? | DODA ホンネの転職白書

http://doda.jp/guide/ranking/044.html

を見てほしい。これから言えるのは

[煽り傾向その1 サンプルの質を述べない]

最初の歪みはサンプルの質であるDODAであればそもそも「転職を考えている人間」であろうことが明示されていない。転職を考えているのなら少なくとも、性質上、縁故採用を期待するのは当たり前である。ならば転職者のSNSの利用が高くてもおかしくない。

一部引用すると、

順位 職種別 SNSの利用率

1 メディア広告 75.6%

2 IT/通信 64.7%

3 金融 56.9%

順位 職種別 SNSの利用率

1 企画/マーケティング 82.1%

2 クリエイティブ 80.5%

3 ITエンジニア 62.8%

とあるが、これも転職者が前提であれば、あるいは、DODA顧客が前提であれば、SNSの利用率以前に流動性の高い職種が上位にくることは自

である。したがって、転職者ほどSNS利用率が高いということではないだろうか。

一部引用すると、

SNS上で仕事関係者交流するビジネスパーソンは、身近な同僚と会社内のコミュニケーションだけに留まらず、プライベートでも積極的にコミュニケーションをとっていることがうかがえます。一方で上司や部下、取引先については、SNS上では多少距離を置きたいと考えているようです

このことは転職検討者ならば当然(上司や部下に内緒にしたいため)のことであり、サンプルの質により曲解ではないか。これらはサンプルの質を述べないために起きることである


[煽り傾向その2 サンプルの量を述べない]

順位 年収別 SNSの利用率

1 900万円台 68.4%

2 800万円台 66.7%

3 1000万円以上 60.0%

4 700万円台 57.4%

5 400万円台 56.5%

だそうだが、そもそも900万円台が何人いるのかどうかが述べられていない。相対的には少ないはずというのは予想できるが、傾向その1のとおり、上記職種の年収比較的高いがゆえに利用率が高いだけではないだろうか。900万円台の人数と職種の比率を述べずして

年収が高いビジネスパーソンは、SNSを積極利用する傾向に

と結論づけるのは、ないものをあるように見せているだけのようである。それならば、なぜ1000万円以上がなぜ下がっているのか?同じく500~600万円台で下がるのか?その理由も述べられていない。そうではなく「企画/マーケティングクリエイティブITエンジニアSNS利用率は比較的高い」というのなら理解できる。実際、この情報からはそれだけしか読み取ることができない。年収が高いビジネスパーソンSNSを積極利用というのは論理の飛躍ではないか。裏を返せば1000万以上職種は企画/マーケティングクリエイティブITエンジニアではないということをまず述べるべきであり、DODA顧客転職者としては母数が多くない職種ではないと推測できる。おそらく流動性の低い職種であろう。つまり高収入公務員医者と考えられる。これらはサンプルの量(と、それに対する比率)を述べないために起きることである


[煽り傾向その3 関係ないデータを持ってくる]

一部引用すると、

DODAに登録いただいた転職者約5000名の、TOEIC®テストの点数別に平均年収を見てみると、TOEIC®テストの平均点に近い550~599点の平均年収405万円に対し、900点台は528万円と、123万円も高いことがわかっていますDODA調べ)。これらの調査結果をあわせみると、Facebookなど海外ユーザーコミュニケーションをとる機会が多いSNSの普及と、語学力が高いユーザーの参加が増えたことが、年収別の利用率に関係していると考えられます

実際には別の調査であり、まったく関係がない。にもかかわらず、同じ記事で関係されている。なぜなら「550~599点の平均年収405万円に対し、900点台は528万円と、123万円も高い」ことは年収900万円が利用率の高い説明にはならないかであるTOEIC900点台が528万円であることならば、500万円台は54.3%でしかない。さらに「SNS利用率の高いユーザ英語できること」の調査結果はどこにもない。

蛇足だが「TOEICの点数と年収の相関」の調査はあるようだ。

http://www.english-resume.net/indiv/ent-41-10.php

しかDODAのこれらの調査記事は「転職検討者に限ったデータです」あるいは「企画/マーケティングクリエイティブITエンジニアに限り」などのバイアスに対する前置きさえあれば、特にいかがわしいものではない。間違った推論は余計だとしても、それが転職検討者のデータであるならば、理解できる部分が増える。そして、もっとも問題になのは事実を捻じ曲げたタイトルをつけてしまった次の記事である


年収900万円台」の利用率は68.4%!なぜ高収入の人ほどSNSを使っているのか

http://diamond.jp/articles/-/13776


[煽り傾向 その4 都合のいい抜粋と、嘘の組み合わせ]

このタイトルはつまるところ「年収高くしたければSNSを利用せよ」という錯覚を引き起こす煽りである。実際にはその相関も因果も何も説明

されていない情報二次コピーしかない。少し譲って「「年収900万円台」の利用率は68.4%!」は、DODAの調査からそうであったとしよう。しかし上記で説明したとおり、「なぜ高収入の人ほどSNSを使っているのか」というタイトルは嘘である。実に巧妙に、この記事にはタイトルに嘘が50%含まれている。たぶんこのような誘導に慣れているのだろう。文章中に「なぜ高収入の人ほどSNSを使っているのか」という説明はどこにもない。diamondの記事ならば、せっかくなのでば600万円台、500万円台の利用率がなぜ400万円台より低いのかを分析したらどうだろうか。忙しい500万円~600万円の人はSNSの利用率が低い。とでも書いたらどうか。


これらを真に受けないように対策も述べておく。

[煽り対策その1 過去データを探す]

日本SNS利用率、世界5か国中で「最低」

http://www.j-cast.com/2009/05/29042167.html

主な利用目的SNSであるのが36%と世界5か国中最も低い結果ということであり、直接上記の問題と関係はない。だが、どうやら思ったより熱

狂的ではないことは感じ取れる。震災後にSNSの利用ユーザー増えたという時期的なデータもある。

[煽り対策その2 全体のデータ比較する]

平均年収年収転職ならDODAデューダ

http://doda.jp/guide/heikin/

職業年収サーチ-職業ごとの最新給料調査-年収ラボ

http://nensyu-labo.com/2nd_syokugyou.htm

を比べればわかるが、DODAデータはやはり局所的であり、上記で推測したとおりの前提付きであろう。「流動性の高い職種ではSNS利用率が高い」あるいは「ITに関係する職種ほどSNS利用率が高い」という当たり前のタイトルがふさわしいのではないだろうか。それ以上ではない。


[煽り対策その3 批判記事を参考にする]

上記のとおり、年収SNS利用率の相関も因果も確認されていると言いがたい。これを別角度から説明した良記事がある。

本当かな? 「年収が高い人ほどSNSに積極的」

http://www.j-cast.com/kaisha/2011/08/24105238.html

このような疑問や批判精神から記事が作られることは、メディアの失われつつある機能であり、稀にしか書かれることはないが、もし存在するのならばそちらの記事を合わせて読むことが重要である

回答者の87.5%は600万円未満で、ボリュームゾーンは300~400万円です

ということであり、傾向その2は証明されたようだ。これでは確率的なブレの域を出ない。つまり次の調査では異なった結果が出る可能性が高い。

900万円台の人が占める割合は、わずか1.4%。1000万円以上も1.7%に過ぎない。30.8%を占める300万円台の20分の1。高収入者はもともと、SNSの利用率で一喜一憂する必要もないほど少数派だ。「自分SNSをこんなに使っているのに、なぜ収入が低いのか」と自信を喪失しないようにしたい。

まったくそのとおりである。自信を喪失する必要などまったくない。少数をあたかも全体のように説明してはいけない。


[最後に]

なぜかマスメディアはなぜかSNSの利用を煽る傾向がある。自らの利用率が高いものは良いと当然、適用しようと思うのかもしれないが、私はSNSに熱狂したり血道を上げている人間に立派な人を見かけたことがない。正しいかどうかはわからないが(と、あらかじめことわった上で)現状のSNSの利用率に関する私の感覚を言うのならば、



SNSの利用率と年収は関係ない

SNSの利用率が高い人ほど転職率は高い

SNSの利用率が高い人ほど離婚あるいは交際回数が多い

SNSの利用率が高い人ほど英語ができない

SNSの利用率が高い人ほど消費性向が高い

SNSの利用率が高い人ほど飽きっぽい



ではないだろうか。つまり極論としては日本においては


SNSの利用率が高い人ほど不幸である(不幸をアピールする場でもあることから


という気がしてならない。どなたか証明していただければ幸いである。

2011-08-28

http://anond.hatelabo.jp/20110828114627

つづき



一つには、先に書いたようにアイデンティティの欠如である

どうしても、だれかをバカにしなければ、自分存在が肯定できないのだ。

これは、想像してみると確かにつらいのだろうなと思う。

もしも僕がすべての実績を否定され、すべての肩書をはく奪され、すべての能力が消滅してしまえば、それは絶望だろうと思う。

彼らは今絶望しているのだ。そしてかすかな希望の光、かすかに自分癒してくれるものがあれば、偽物であってもそれに縋り付くしかないのだ。

まり彼らの矛盾は「強盗は犯罪だが、食う金がないので仕方なく罪を犯す」という状況に近いといえる。

もちろん誤った選択だが、そのような明らかな誤りをおかしそうな人間ネトウヨには多い。

いや、安易な誤りを犯す人間こそがネトウヨになるのだろう。

 

二つには、想像力の欠如である

彼らは自分憎悪をぶつけている相手が、自分と同じ人間で、エースと同じ人間だと想像することができないのだ。

よく説明されたフィクションの登場人物については自らの姿を重ねてまで同情するのに、目に見えない相手のことは何一つ想像できないのだ。

自分の書き込みを見て、悔しさに涙する同じ人間存在することを、想像することができないのだ。

日本人はバカだ」と中国人に言われれば烈火のごとく怒り狂うくせに、その手は「中国人愚民だ」と書き込むのだ。

 

三つには、知能の欠如である

彼らは自分自身が何をしているのかわかっていないのだ。

自分自身が何をしているのか考えたこともないのだろう。

難しいことは理解できず、自分にも理解できる単純化された偽りの言葉だけを真実だと思い込む。

もちろん、バカなことは必ずしも非難されるべきことではない。

彼らだって賢く生まれてきたかったのだ。

それでも何の因果がバカとして生まれてきてしまったのだ。

ある意味では運命被害者であるともいえる。

しかし、だからといって差別主義者であることが許されるわけではない。

今一度、立ち止まって、知能が一般人の半分なら2倍の時間一般人の1/3なら3倍の時間自分のしていることが正しいのか否か考えてみるべきだろう。

 

僕の考えたことは以上だ。

 

終わりに一つ、ネトウヨに伝えたい。

 

この文章の、何が正しくて何が誤っているのか理解できなかったものもいるだろう。

この文章こそが、差別的だと感じたものもいるだろう。

反論したくてたまらない、叫びたい人間もいるだろう。

僕が何を伝えたかったのか、理解できたものもいると信じたい。

  

とにかく、最後まで読むことができたのだ。

中傷であれ的外れ避難であれ、なんらかを考えながらこの文章を読んだはずだ。

それをきっかけに、ネトウヨとは何か、改めて考えてみてほしい。

 

これからもずっと

情報に踊らされ続けるのか。

・誤った非難と誤った賞賛だけを繰り返すのか。

・偽りの栄光だけを抱えて生きていくのか。

見えない敵と戦い続けるのか。

ネトウヨであり続けるのか。

2011-08-22

読者の読解力の問題じゃなくて作品の魅力の問題

今更もしドラの話。あのブログリンク貼りたくないから言及先がどこかは察して。


結局もしドラの細かい描写であーだーこーだもめるのは、

もしドラ小説なのかノウハウ本なのかがよく分からないってところに原因があると思う。

ただの読み物として見れば文章がド下手で有ることは議論の余地がないのだが、それだけで決着付けられない正体不明なところがもしドラの特徴だろう。

既存の評価方法では決着を付けられないからいつまでたっても議論があーでもないこーでもないと長引き、それによって肥えるのは作者だけ、という構図。




で個人的な感想だけど、作りものであるなら、あの描写でぜんぜん問題なかったと思っている。

http://kaoriha.org/nikki/archives/000733.html

説明しないと何を考えているのかわからない? では、わかることにどんなメリットがあるのか。

その場かぎりの作り話にすぎないものをわかることが、そんなに重要なのか。

わかることと楽しいことのあいだに、どんな関係があるのか。前者が後者必要条件だと思い込むのは、いったいどんな因果あってのことなのか。

普通は私もこういう態度を取ると思う、でも、もしドラの例のシーンについては、なぜかこの主張が通じないな、と思ってしまった。

理由は2つある。1つは、作者自身が現実の話を持ちだしてきて、あの作り物めいたシーンを現実でも妥当なものだと抜かしたから。

リアリティを主張するなら、説明不足は論外だろう。読めない奴は可哀想だとか何を言ってるのかわかりませんね。どこの仕立屋だよ。





それともう一つ。それは単純に「そのシーンに想像力を働かせるほどの重要性や魅力を感じなかったから」ってのが大きい。

そのシーンが重要だと思って、「描写が不足している」ではなく「もっとこのシーンについて理解したい」と思ったら、その先は読者が好みに応じて二次創作すればよろしい。

そう、解釈じゃなくて、二次創作の段階。小説の読み方の話じゃなくて妄想力の問題。

この段階において、読者がどこまで想像力を働かせられるか、まして「原作に忠実につじつま合わせをしてくれるかどうか」は、基本的には読者の読書力に関係しない。

完全に作品の魅力の問題だ。つまり

1 原作の描写がどれだけしっかりしているか

2 原作の登場人物や雰囲気がどれだけ読者を惹きつけたか

依存する。

そして、日本ってめちゃくちゃ二次創作能力に長けた人がたくさんいるわけで。

ちょっとした情報きっかけがあれば、そのくらい想像してくれると思うんだ。

でもほとんどだれもそういう反応してくれなかったわけだから、そりゃなにか別に問題があると思うよね。



私は原作読んだけど、例のシーンが重要かどうかって分からなくね?と思う。

全部通しで読んだ上で、作者の主張を全面的に受け入れてもう一回読み返してみて、キャラのことを好きになって、って条件を満たさないと

そもそもそのシーンについて想像力を働かせようって気にならないと思う。

じゃあ、この作品、2回目、3回目と読み返すための仕掛けがあっただろうか、と。そういう演出や魅力があっただろうか、と。

・・・なくね?




そういう意味東方とか一部のエロゲってうまいなぁと思う。

何度も繰り返し同じ道中を体験させるしな。

キャラクターのことを細かく説明するわけじゃないけど文章だけじゃなくていろんな演出で感覚的に理解させてくれるしな。

繰り返しの中で気に入ったキャラについては、二次創作したくなるよな。




岩崎さんはネプテューヌの制作に関わっていらっしゃたようなので、想像力を働かせたくなるな作品の作り方を学ばれたことと思います

次回作に期待。

2011-05-20

http://anond.hatelabo.jp/20110520123412

元増田も書いてるけど、まおゆう魔王勇者はまどかじゃなくてインキュベーターの方だろ。まどマギはそういうテクノクラートが構築したシステムを否定した話。話のベクトルがまったく逆。まどか結果として支配者にならなかったんじゃなくて、魔王勇者のようにシステムを構築して支配する気は最初からない。

http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20110425/p1

まどかは、ホロコーストの悲惨を知らないし、非正規雇用の悲惨も知らない。両親の愛を存分に受けて育ち、またさやかのように失恋の痛みもない。彼女がその眼で見たのは、魔法少女の悲惨であり、魔女の悲惨であるキュウべえは、それが歴史の最善である彼女に教える。人類進歩彼女たちの犠牲によって達成されたのであり、そのような犠牲は世の中にいくらでもある。もしその悲惨を許せないとするならば、かのじょは牛や豚を食べるべきではない。

 キュウべえが試みたのは、自分自身の無力さをまどかに対して刻印づけることにあったのであり、彼女内面に一つの法を措定することである。それが、神話暴力とよばれるものの力なのであるキュウべえの口から語られる人類歴史は、キュウべえによって因果付けられた道徳物語としての神話であり、それまでの法の説明であるとともに新たな法を打ち立てるものでもある。この法は、たとえばエネルギーなんちゃらの法則といったものとはなんら関係はない。

 だが、まどかは願いによってその法を破壊するのである彼女は、世界摂理に対して考えるのをやめる。そして、目の前の魔法少女魔女の悲惨だけを見る。目の前の悲惨は悲惨であるがゆえに、救済しなければいけない。彼女魔法少女魔女を救いたかったのであり、そしてやりたかったことをやったのである母親ほむらの制止があったとしても。そして、かのじょたちがどれだけ自分を愛しているか知っていたとしても。まどか自分自身以外のものを言い訳にせずに、自分のやりたいことをやるのである。かのじょは、どのようなダイタイアンも提示していない。まどかの願いが、それ以外の世界摂理に関係していたという説には一切根拠がない。

2011-04-23

まどか最終話個人的まとめ(ネタバレ注意)

1112話を見て分かった事と分からなかったことの纏め



分かったこと

ワルプルギスの夜は単体魔女

まどかが撃った不思議矢で最初に撃たれた緑の子がワルプルギスの夜魔女化前の魔法少女

周りにサーカステントがあったことから推測

ただし、その魔女の性質が「他の魔女魔法少女を取り込んで巨大化する」といった性質を持つなら、複数魔女とも考えられる

ほむらまどか魔女化後の姿だとしたら、同等同量の因果を持つはずだからループでの強さ増減はないと思われる

そもそも、ループで強さが変わった描写はなかったような





まどか魔法少女化と願いについて

まどかの願いは「全ての魔女を生まれる前に消し去りたい。すべての宇宙過去未来の全ての魔女をこの手で(原文そのまま)」だ

この願いに至ったのは、もちろんQBが「魔法少女歴史に居なければ文明はなかった」と言ったのも一因としてある

ただ、それだけだったら「文明を残しつつ、魔法少女システムを消して、全宇宙時間魔女魔法少女を全て消したい」と願うはず

なんでも叶う程の魔力量、因果律ねじ曲げるほどの力なら都合の良い改変だって可能だったはずだ

それをせずに、あえて魔女化する前に消す願いをしたのは、魔法少女の祈りを無駄したくなかったからだろう

今日まで魔女と戦ってきたみんなを、希望を信じた魔法少女を私は泣かせたくない。最後まで笑顔でいて欲しい。それを邪魔するルールなんて壊してみせる、変えて見せる(原文そのまま)」

さやか杏子ほむらも(巴マミは自身のために願ってるので少し違うが)

「誰かの幸せを祈った分、他の誰かを呪わずにはいられない」運命を背負ってしまった

まどかは願いを叶える事とその代償である魔法少女化(魂のSG化と戦う運命)は否定しなかった

願いと祈りを無駄したくなかったし、その代償を背負うのはしょうがないと思ったのかも知れない

それは契約直前の「絶対に今日までのほむらちゃんを無駄したりしないから」という台詞からも推測できる



その願いによって、まどかは「全宇宙と全時空の魔女を"生まれる前に"消せる」ようになる

それが願いだから、それが叶うまではSGの穢れと関係なしに全ての魔女を"生まれる前に"消せる

具体的な描写からすると、SGの穢れを吸収した上で、魂の入ったSGを消しているようだ

そして、消すと言っても肉体は残るようである

これは、本体である魂が肉体ではなSGにある為だと思われる

穢れを吸収するのは、そうしないと魔女が生まれてしまう為だろうと推測する

かくして全ての魔女分の穢れを吸収したまどか魔女化してしま

だがまどかの願いが"全ての魔女"なので、自分自身すら消す事が出来た

(生まれる前に消せるのだからまどか魔女したのは演出上の問題だと思われる)




まどかの願いが叶ったあと、まどかは誰にも認識されなくなり、ほむら記憶の中にしか存在しなくなった

QBは「1次元上の領域にシフトした」と発言した

これは推測である

しまどかが通常の時間軸上で存在し続けるのなら

何度因果律を集約したまどかが生まれてしまう事となる

(もちろん、ほむらによってある程度の時間軸は集約されているが、時間軸は無限なので物の数ではない)

その為に、まどかは通常の時間軸や因果律存在しない次元存在せざるを得なくなったのだろう

なので、まどか誕生時点から存在することが出来ず、その為に誰の記憶にも存在しないのだと推測される

では、まどかは具体的にどのような振る舞いをするのだろうか

通常の時間軸や因果律がない世界にいるのだから、当然実世界における実体はな

それでも、魔女化する前に消す願いは有効であるため、意思に関わらずそれは遂げられる

結果として、まどか物理法則自然現象と変わらない存在になり、まさに概念存在となる



魔法少女システムとインキュベータとの関係について

再度書くが、まどかの願いは「全ての魔女を生まれる前に消し去りたい。すべての宇宙過去未来の全ての魔女をこの手で(原文そのまま)」だ

まどか概念体になり実世界には存在しなくなってしまったので、まどか認識出来る存在は居ない

(アニメにいおいてまどか存在魔女化直前の魔法少女が視認出来ていたのは、まどか概念体になる前である為だと思われる)

なので、まどか概念体になったあとの世界での魔女化は

「穢れが一定量溜まると、SGが消える」という現象に認識される

もちろん、SGが消えるだけなので肉体はそのまま残る(魂はSGに入ってるために肉体は残る)

魔法少女魔女化に関してはこういう変更がされた



では、他の魔法少女システムについてはどうだろうか

インキュベーターは、穢れを吸わせたGSを摂取したり、魔法少女魔女になるエネルギーを回収していた

しかし、まどか概念体となった世界ではGS魔女存在しない

魔女化する際にはまどかの願いの効果(以下、まどかシステムとする)によってSGが浄化された上で消滅する

なので、魔女化自体が行われず、エネルギーを回収できない

また、GSをを生み出す魔女存在できないので、GSを回収する事も不可能となる

世界に何の変化もなければ、インキュベーター魔法少女システムによるエネルギー回収が不可能であるため、人類に接触する意味を失う




(ここからは例の流出した画像を元に推測するので、不正である可能性が高くなる)

そこで、魔獣という存在が新たに生まれたと思われる

例の画像に記載されている文章の一部をそのまま書くと

「マジュウ

小粒グリーフシードは四角い

魔法とは違う力で動いている

ぐねぐねになった世界バランスを戻すため、グリーフシードを集めている

魔法の元となる感情を吸い上げ体内でグリーフシード化させる

吸われた人間廃人になる

ほむら EDver コラージュ的なオーラたくさんついてる

マホウのちから

とされている

12話において白いローブのような物を羽織った"マジュウ"と呼ばれた存在の説明だと思われる

「例え魔女の生まれなくなった世界でも、それで人の世の呪いが消え失せるわけではない。世界の歪みは形を変えて、今も闇の底から人々を狙っている」とはアニメにおけるほむら言葉

世界の歪みとはつまり、人の世の呪いが生み出すマジュウだと思われる

悲しみや憎しみなどの負の感情、穢れが世界に溜まるとそれが魔獣となるのではないだろうか

SGの穢れが魔女を産んだように、この世界ではそういう法則と成ったのだろう

おそらく、まどかシステム以前も魔女はそういう形でも生まれていたのかも知れない

キュゥべえは「願いから産まれるのが魔法少女だとすれば、魔女呪いから産まれた存在なんだ」 としている

魔女魔法少女システム上のみの産物ではなく、自然発生的に生まれるものだとするのなら、ほむら表現自然な形となる



つまり、まどかシステム後の世界では魔女に変わり魔獣がその役割を担っていると考えるのが自然だと思われる

1.世界の負の感情から魔獣が生まれる

2.魔獣は人の感情を奪いGSを作る

3.魔法少女インキュベーター契約し、絶望希望相転移によるエネルギーで願いを叶えて貰う

4.その余剰エネルギーインキュベーターは回収する

5.魔法少女は魔獣を倒してGSを奪い、SGを浄化する

6.浄化をして穢れのたまったGSインキュベーターが回収し、エネルギー回収をする

7.SGの浄化が限界に達すれば、消滅する

変わったのは、魔女化の消滅と魔獣の出現だ



からなかったこと



まどかシステム後にさやかまどかが会話出来ていた描写

あの描写はまどかシステムごの世界だろうか、それ以前の世界だろうか

まどかシステム後の世界であるなら、さやかはまどかを認識できないし、友人として知り合ってもないはずだ

にもかかわらず、さやかまどかは知り合いのように会話をしている

しかし、その後の描写ではさやかが魔獣と相打ちになったとされているし、マミも杏子まどかの事が誰だか分からないとされている

(ここでさやかの肉体自体がないと描写されてるが、魔獣のいる空間に取り残されたと解釈)

さやかちゃんを救うには何もかもなかったことにするしかなくて。そしたら、この未来も消えて無くなっちゃうの。でもそれは多分さやかちゃんが望む形じゃないんだろうなって(台詞そのまま)」

また、二人の会話とコンサートがが終わり、魔獣が燃え尽きる描写の後にほむらが目覚めるような演出がされた

以上から、流れを推測する



まどか魔法少女

有史以前から魔女化を食い止め始める(ここでは自分を消してないので概念体ではない)

魔法少女になってない、何の因果もないまどかが誕生し、成長しさやかと友人となる(魔法少女となったまどかは別に存在する)

アニメ本編とほぼ同様の流れでさやか魔法少女になる

さやかが相打ちで魔女化、魔法少女まどかが出現しさやかと会話し、その後消滅(アニメのシーン)

まどか概念体となり認識されなくなり、初めから居なかったものとして扱われる

ほむら目覚める

杏子・マミが「まどかって誰だ」と発言

矛盾を少なくしようとすれば、この説明が適当だと思われる

ただし、杏子とマミとまどかケーキ食べるシーンはどう考えてもあり得ない光景なので演出だと思われる

もしくは、死後の世界まどかが行けるようになったと仮定するのが自然



ほむらまどかを覚えていた理由

これはまだ説明のしようがあるかもしれない

まどかがあれほどの力を持てたのは、ほむら時間軸をまどか中心に束ねたからだ

時間軸と因果律を無視した領域に存在しても、その力の根源であったほむら時間遡行であることも相まって特別とされたのかも知れない

もしくは、奇跡が起こったのかも知れない

さやかが3周目で魔女化してないければ

その時点で、まどかも、ほむらは詰んでいた

合理の対極、感情暴走で、一見最悪の状況でしかない、さやか魔女化が

長い目で見ると、まどかほむら最後可能性を与えた

そのあたりの、合理を越える不合理の積み重ねによる奇跡テーマだと思うよ(まどかwikiレス引用)」

合理的でない、不確かでぐねぐねした無秩序な世界からこそ、時としてあり得ないとされることでも起こってしまうのかも知れない

それは、秩序化された世界では存在できない"可能性"というものなんだろう

からこそ悲しみや憎しみから呪いが生まれ、願いや祈りからマホウが生まれる

インキュベーター文明において魔法少女システムが使えず、エントロピーを凌駕できなかったのは

理性や合理化の世界であるが故に、あらゆる法則ねじ曲げる"可能性"が存在出来なかったからだろう

逆に"可能性"の最たるものである魔法少女であるほむらからこそ覚えていられたのだろうか

奇跡も、魔法も、あるんだよ」とは、その為の言葉だったんだろう

- 転職ならen
- 派遣ならen
8ページ中1ページ目を表示(合計:177件)