はてなキーワード: 嘱託とは
ulogは魚拓取らさないようにしてあるようだ。取れなかったので画像にしたが、ここも保存リンク用
画像はこれ http://kie.nu/1yo http://kie.nu/1yp http://kie.nu/1yq http://kie.nu/1yr http://kie.nu/1ys
Ulogで、ほんの少しやり取りした時は、ギークハウス関係者とは知らなかった。
人を精神病認定しつつ、チャットしたがる心理って、一体どういう心理なんだろう? それこそ正気を疑ってしまう。
http://togetter.com/li/208070 見られない時は保存用→ http://backupurl.com/uprs1n
この人が書いている道路拡張工事は、とっくに終わっている。 人に聞いたように書いているが、「「嘘」」だと思う。 google earth や map の画像がまだ工事中だからではないか? 人に聞いたらわかる事なのに。。。 こんな風に平気で、嘘や思い付きを確定した事実のように語っている。
失敗例です。何かしたいと考えている方の参考になれば(良い案あれば教えて下さい)。
既に福祉医療法律の知識がある方にとっては失笑モノかもしれませんがなんで黙って見てるんですか><
病院いけといっても行かない方をどうにかする施設は、無料法律相談所への連絡では見つからなかった。これがあれば解決すると思うのですが。。
目次
・感想(何の足しにもならないよ)
AtoMa
Re:する
精神障害者であることを前提に調べた。無料法律相談所へ連絡した。
■やったこと
・現地の人にネットで話して現場付近の事情を聞いた。無料法律相談所へのメールして対応することになる機関特定した。
■結論になる選択肢
・今、障害者手帳などをお持ちの場合、障害者世帯向公営住宅入居斡旋の制度があるので、瑞穂区役所で相談する。
・お持ちでない場合、まずは病院で診断を受けて下さい。病院のソーシャルワーカーさんに相談してみてはどうでしょう。
AtoMa
Re:する
名古屋市精神保健福祉センターに話を聞いた時の内容まとめ
目次に入れ忘れた。。
■名古屋市精神保健福祉センターに話を聞いた時の内容まとめ(録音はしてないです)
・保健所では診断を受けることはできないので第一にこちらに来られても、手帳がない場合は何も出来ない。
・何かの福祉的援助受けるには手帳が必要。病院で診断受けて下さい。
AtoMa
Re:する
■背景:現在瑞穂区では、道路拡張工事を行なっておりそのために立ち退きを命じられている人が居る(らしい・現地の人に聞いた話です)
■困っている人:その立ち退きを命じられている人で、何らかの障害を患っている疑いがあり、うまく対処できず不安があるようでインターネットで助けを求めている
■相談者(私):困っている人の話を聴いたので、対応できる公的機関などを探して連絡しようとしている。
私が、困っている人の話しをざっと聴いて、さらに現地の人の話しを伺って事実関係のあるところの確認(工事していること)と、通常の対応はどうなるかを調べましたが素人ができることにも限界があると思いますので、あとは専門家の力をお借りしたいと思い相談します。
住宅の立ち退きを受けた場合は、親族などに連絡して済めば良いと思いますが、困っている人は嫌がって、立ち退かなければならないアパートに居座っている様子です。
現在、困っている人はここ数ヶ月に起こった立退き関係や、家族との関係に満足が行かない様子でインターネットに情報を載せて、あっちこっちで助けを求める活動をしています。
時間に余裕がありましたら、その方が運営してるブログを読んで状況を把握してください。(ただし、大変読みにくく、解析に時間がかかります。)
参考URL http://d.hatena.ne.jp/oooquree/about
■わたしが考える対処の流れ(素人がひねり出したものですので、最適ルートの最検討をお願いしたいです。。)
1)統合失調などの疑いがある人を説得するような専門のNPOなどがあれば、そこに要請し、困っている人に精神病を患ってることの診断書を受け取るよう説得する。
2)診断書があれば、家を失った場合でも入ることができる施設がある?(すみませんがそこまでは調べていません)と思われるので丁寧に誘導する。
困っている方が早く安心できて、インターネットで迷惑書き込みを続けるのをやめる一番良い方法を探しています。
対応すべき期限などの詳しい情報までは分かりません。相談者の私はどこを調べればよいのか分からないので、できれば専門家の方に対処をお願いしたいと思う次第です。
AtoMa
Re:する
この度は、「名古屋おしえてダイヤル」にお問合せいただき、ありがとうございます。
以下の通り、回答をさせていただきます。
精神障害者の方を対象とした関係施設には、
社会福祉法人や医療法人等の設置する施設に入所又は通所し、社会復帰に向け各種の訓練を行っている施設、
地域社会において自立した生活を営むための居住の場を提供し、世話人が日常生活における援助を行っている精神障害者のグループホームなどあります。
また、市営住宅家賃・敷金の減額の制度や障害者世帯向公営住宅入居斡旋の制度などがあります。
お問い合わせのメールによりますと、「統合失調などの疑いがある人」と記載されていますが、まずは、お住まいの区の瑞穂保健所または精神保健福祉センターにご相談ください。
○各区の保健所において、週1回、予約制にて精神科嘱託医による精神保健福祉相談日を設けています。
また、随時、精神保健福祉相談員、保健師等が相談・訪問指導を行っています。
○精神保健福祉センターここらぼにおいて、予約制にて思春期の精神保健相談、ひきこもり相談、高齢期の心の健康相談、薬物リハビリテーション相談、自死遺族相談などをはじめとする精神保健福祉相談を行っています。
相談日の日時などについての詳細は、瑞穂保健所または精神保健福祉センターへ直接お問合せください。
≪ 問合せ先≫
【瑞穂区保健所保健予防課保健感染症係】電話番号 **********
【名古屋市精神保健福祉センターここらぼ相談援助係】電話番号 **********)
問合せ応対時間は、土・日・祝及び12月29日~1月3日を除く、午前8時45分から午後5時15分まで
※プライバシー保護の観点から電子メールによる相談は受付けておりません。
またのご利用をお待ち致しております。
AtoMa
Re:する
感想(何の足しにもならないよ)
わたしにあらゆるルートあたる力は無いので、今できることはここまでです。
あとはどうなるのか?病院行きは嫌がっているようなので、後は強制退去待ち?不明。誰か教えて!
長文メディア上では、説得には逃げ道を用意しない・意味をその都度確認できる環境などの条件が最低限整わないとと思うので、説得は無理と素人でも思いました。
他この件で、わたしがひと通りやった路線で調べようとしてる人を見かけたら、ここの内容を提示すると良いかもしれません。
以上です。違う路線で調べる力をお持ちの方の意見あれば聴いてみたいです。
わたしは名誉毀損っぽい発言受けたしそれを活用できる案でもあったら使って下さい(ただしわたしが損する案はいやだ)。
渦中の人には関わりたくないけど私へは文句言えるみたいな人とかも書き込んだって下さい誰かの参考になるかも。
わたしは福祉系医療系法律系の知識が薄いので言いたい放題できるでしょう。
あとこれ最後に
わたしの立場はボランティアです。そこのところよろしく。この件でこれ以上何ができるか検討付きませんし一生懸命調べる余裕無いです。
掲示板くらいは作れるので必要になったら呼んで下さいな程度です。ここもだいぶ前作った階層型掲示板が使えると思って活用してるだけです。
以上です。
AtoMa
Re:する
© AtoMa製 TreeBBS Ver0.2.2
| 地区 | 事業所数 | 従業者数 |
|---|---|---|
| 大田区 | -41.9%(×) | -42.7%(×) |
| 浜松市 | -39.6%(×) | -32.5%(×) |
| 東大阪市 | -31.7%(○) | -25.8%(×) |
| 全国平均 | -37.3%(×) | -25.6%(×) |
なんとなく重要そうな所を太字にしてみた。
「国際常識を身につけるため、国旗、国歌に敬意を」 国歌斉唱時の起立命令は合憲 最高裁が初判断
卒業式の国歌斉唱で起立しなかったことを理由に、退職後に嘱託教員として雇用しなかったのは違法として、東京都立高の元教諭が都に損害賠償などを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(須藤正彦裁判長)は30日、起立を命じた校長の職務命令を合憲と判断し、元教諭側の上告を棄却した。都に賠償を命じた1審判決を取り消し、元教諭側の逆転敗訴となった2審判決が確定した。
最高裁は平成19年2月、国歌伴奏を命じた職務命令を合憲と初判断したが、国歌斉唱の起立命令に対する合憲判断は初めて。
1、2審判決などによると、元教諭は16年3月の都立高の卒業式で起立せず、東京都教育委員会から戒告処分を受けた。19年3月の退職前に再雇用を求めたが、不合格とされた。
同小法廷は判決理由で、卒業式などでの国歌斉唱の起立は「慣例上の儀礼的な所作」と定義。起立を命じた職務命令について「個人の歴史観や世界観を否定しない。特定の思想の強制や禁止、告白の強要ともいえず、思想、良心を直ちに制約するものとは認められない」と指摘した。
「国際常識を身につけるため、国旗、国歌に敬意を」 国歌斉唱時の起立命令は合憲 最高裁が初判断
その上で、「『日の丸』や『君が代』が戦前の軍国主義との関係で一定の役割を果たしたとする教育上の信念を持つ者にとっては、思想、良心の自由が間接的に制約される面はあるが、教育上の行事にふさわしい秩序を確保するためには合理的だ」との判断を示した。
判決は4人の裁判官の全員一致の意見で、うち3人が補足意見を付けた。竹内行夫裁判官は「他国の国旗、国歌に対して敬意をもって接するという国際常識を身に付けるためにも、まず自分の国の国旗、国歌に対する敬意が必要」とした。
1審東京地裁判決は21年1月、職務命令の違憲性を否定したが、「起立しなかったのは1回だけで不採用は裁量権の乱用にあたる」として都に約210万円の賠償を命じた。2審東京高裁は同年10月、職務命令の合憲性を認め、命令がある以上、元教諭は従う職務上の義務があるとして、1審判決を取り消し、逆転判決を言い渡した。
だ、そうな。
http://www.asahi.com/edu/news/TKY201105300242.html
君が代訴訟、起立命じる職務命令「合憲」 最高裁初判断
卒業式で君が代斉唱時の起立を命じた校長の職務命令が「思想・良心の自由」を保障した憲法19条に違反しないかが争点となった訴訟の上告審判決で、最高裁第二小法廷(須藤正彦裁判長)は30日、「憲法に違反しない」とする初めての判断を示した。
訴えていたのは、東京都立高校の元教諭の男性(64)。2004年3月の卒業式で「国歌斉唱の際は、国旗の日の丸に向かって起立するように」と校長から命じられたが、起立しなかったことから戒告処分を受けた。07年3月に定年退職する前に「嘱託員」としての再雇用を申請したが、不採用とされたため、都に損害賠償などを求めて提訴した。
一審・東京地裁判決(09年1月)は、職務命令は合憲としながら、04年3月以降は職務命令に従っていた点などを考慮して「裁量権の逸脱」と判断し、約210万円の支払いを都に命じた。一方、二審・東京高裁判決(09年10月)は、「都には広範な裁量権がある」として元教諭が逆転敗訴したため、元教諭が上告していた。
「再雇用の拒否が裁量権の逸脱、乱用にあたるか」などの争点については、すでに第二小法廷が上告審として受理しない決定をしており、今回の判決は「職務命令が憲法に違反するか」だけが争点として残っていた。第二小法廷はこの日の判決の中で「合憲」と判断をしたうえで、損害賠償などを求める元教諭側の上告を棄却した。
この訴訟とは別に、市立小学校の入学式で「君が代」のピアノ伴奏をしなかったとして戒告処分を受けた音楽教諭が都教育委員会に処分取り消しを求めた訴訟で、最高裁第三小法廷が07年2月、「伴奏を命じた職務命令は合憲」との判断を示している。
26歳一人暮らし。
三人とも元気そうで良かった。
母は家計の足しにパートをして、妹は専門学校へ通っているが、学費はすべて自分でバイトをして稼いでいるとのことだった。
俺もなんとか就職することができ、今年で2年目。
今のところ、幸せだ。
同時に、この幸せがいつまで続くのだろう、この幸せが壊れる時はどんなときだろう、その時両親妹はどんな気持ちだろう?、そう考えると心が痛い。
両親は「孫の顔が見たいなあ」と冗談めかして言っていたが、「彼女いない歴=年齢」の自分が果たして結婚できるだろうか?
このまま孫の顔を見せることなく、両親を死なせてしまうのではないか?
父の嘱託は、年金が出るまでは続けたいが、半年ごとの契約のため、4月/10月が来るたびに、今回は更新されるかどうかをヒヤヒヤしなければならないとのこと。
もし、契約を切られたら、母のパートだけが唯一の収入源になってしまうが、正直、それだけでは生活していけない。
妹のバイトは学費で消えている。生活費などは両親からだしてもらっているくらいだから、経済的には期待できない。
必然的に俺が援助することになる。
俺はと言えば、そこそこの大きめの企業に就職したので、「現在は」経済的な余裕は多少ある。だから、もし父が仕事を続けられなくなっても、俺が援助することは「現在は」可能だ。
「現在は」と二度も強調したのは、普段の生活が7時出の25時着の激務で、将来続けられなくなる可能性があるからだ。
今回、GWで帰った時も、「少しやつれたね」「体には気を付けてね」と両親に言われた。
これでは、いつ仕事をやめることになるか分かったものではない。
そうなると、最悪、我が家は経済的に困窮する可能性があるのだ。
雨・・・嫌ですね。ただでさえ落ち気味の気分がさらに落ちる。
仕事→暇→時間潰す→他部署頑張ってる→情けなくなる→考える→仕事見つける→雑用→嫌いじゃない→でもむなしい→ほんんどの時間が暇→自己責任→帰宅→実家→連絡をしても7時過ぎに帰らないと騒ぐ馬鹿な父→そんなに遅くまで働く人が信じられない→民間→今どこかで嘱託採用→だから落ち着かない母→我関せズの妹→騒ぐ両親→こんな状況で何かあったらという思いばかりが先にたち色んな誘いを断り続けてきてしまった馬鹿な漏れ→そんなことはてめえが勝手にやったことだろとキチガイ扱いする両親→はけ口の無い漏れ→友達?何それわかんない→恋人?何それわかんない→アスペルガーと疑う→勉強をしようと思うがそのテキストを覗き見していた駄目父→息抜きの読書も落ち着いてできない→足音が聞こえるだけでまったく頭に入らなくなる→覗き見することで会話をした気になる糞親父→読書まで否定される→取りためたテレビを観る→それも否定→外出しようとする→それも駄目→後腐れなく死ねるのなら死にたいと思ってしまいます→ここ数年こんな状況が続きまともに睡眠をとったという感じがしない。
こんなことくらいで萎えてしまうのならやらなきゃいいしその程度の思いしかないってことなんだろうが、てめえのストレスのはけ口が無いがための説教であったり人格否定の言動であったりすることに実の両親が気がついていないのでもうどうしようもない。
だから暇でも休まず出社。あの家に関わっているよりかはましだし何かしらやることはある。考えることもある。ネットも落ち着いて自由に常識の範囲内で使える(本当は駄目なことだけどね。でも他の人もやっていること)勉強と読書が自由にできないのが辛いが、行き帰りの電車内のわずかな時間と週2の喫茶店の落ち着いてできる読書兼勉強が唯一の楽しみ。
http://anond.hatelabo.jp/20101111151244
トラックバックの中の内、http://anond.hatelabo.jp/20110202044044に対して、自分の分かる範囲で答えたいと思います。
自分もすべての事に関して詳しいわけではないので、わからないところもあります。その点はご容赦頂きたい。
ということで,
まさにその通りだと思います。
正社員職が(契約社員・派遣・フリーターなどの非正規雇用職に比べて)特権的なものであると薄々自分でもわかっているからこそ、解雇規制に反対する。まさか、自分の今の地位的経済的な裕福さが、非正規雇用の人の”犠牲”の上になりたっているという厳然たる事実を、正社員の人は明示的にでないにしてもわかっている。無意識的に理解はしていても、それを事実であるとは(口に出して、明示的に)認めたがらない。「自分が、他人の“犠牲”によって成り立たせるような”悪い”人間ではない」と思い込みたがるというバイアスがかかっているから。
実際に、民間企業に正社員として勤めてる友達に話そうとしても、仲がこじれそうで気軽に言えないわけですよ。理解力ある人ならいいけど、そうでない人に関しては絶交されるのも覚悟するくらいの意気込みで(それくらいの強い意志をもって)話さなきゃいけないのは辛いです。
ということで,
的確にまとまっていると思います。私にこれだけキレイにまとめるだけの文章力はないですw
解雇が比較的自由な理想的な労働市場を想像してみればわかると思うけど、今の正社員職と非正規職の垣根がなくなるわけです。つまり、(理想的な市場であれば)全員が正社員といってもいいし、全員が非正規雇用者になるようなものだと思います。解雇されやすい代わりに再就職もしやすい、そんな環境です。
解雇規制緩和に脊髄反射的に反対している人は、「会社に必要とされていない」と本人が一番感じているから反対するのかもしれない。解雇規制が緩和されたとして、会社が労働者を解雇しだすのかどうかというと実際はそんなことはないと思うのです。だって、企業が、その企業に固有の慣れ(職場の人間関係や慣習)を身につけている人をわざわざ解雇して失われる利益と、新しい人間を雇ってその企業に慣れさせるコストを比較したら、手間をかけて解雇して手間をかけて新たに雇うのはバカバカしくなるだろう。
だとしても、「自分は解雇されてしまう」と思う人は、「自分のやっている仕事は誰にでもできる仕事だ」ということに薄々感づいていて、言ってみればその会社に見切られたときに、他に行くあてがないということが分かっているのだと思う。つまり、その会社にしがみついていて、放り出されるのが怖い。クビにされたら再就職もままらないから怖い。それは労働市場において自分の価値が低い、と自分でもなんとなくわかっている人だと思う。
日本的雇用 -終身雇用・年功序列・新卒採用- を撤廃させるには、つまり雇用が流動化されるには少なからず混乱が起きるだろし、 落ち着きを取り戻したとしても決して全員の給料が良かった時代には戻れないだろう。 雇用流動化によって損をするのは既得権をもった人★29だ。誰も損をしない革命★30なんかありえない。 彼ら、いやあなた自身が血を流さなければ状況は全く変わらない★1-10。
「彼ら,いやあなた自身が」というのは誰なんでしょ?
上にも書いたとおり、労働者の大半をしめる正社員職の人にこそ、むしろ読んで欲しい、考えて欲しいと思って、先のエントリを書きました。
ちなみに http://anond.hatelabo.jp/20110130114254 のつっこみによると,
法的な問題は詳しくないので、あくまでも、一人の法律に関する素人として、日本社会の一人の市民としての意見として読んでください。
http://twitter.com/theophil21/status/26808239597289472#
(1)同感です。周知のように日本の法制度は、ドイツなどと異なり「正当な理由がない解雇は違法」というルールを設けてはいません。先進国ならどこでも違法である差別解雇や、期間を定めたにも関わらず期間途中で解雇する場合を規制しているほかは、労契法16条があるだけです。
http://roudoukeiyakuho.seesaa.net/article/89148150.html
◆ 定年制 ◆
就業規則に定めた定年制が、労働者の定年に達した日の翌日をもって、その雇用契約は自動的に終了する旨を定めたことが明らかであり、かつ、従来この規定に基づいて定年に達した場合は、当然雇用関係が消滅する慣行となっていって、それが労働者にも徹底している限り、解雇の問題は生じない。
☆しかし気を付けなければならいのは、定年後引き続き継続雇用されるという慣行があり、特定の労働者だけを継続雇用しないということになったら、定年による退職ではなく、解雇の問題が発生してきます。☆
まさにこの法律が反映された司法判決に関して城繁幸氏が指摘したことがある
http://twitter.com/joshigeyuki/status/8467969965297664
これ結構キツイかも。ますます内定率が落ちていく様子が目に浮かぶ。:定年後の雇い止めは無効「雇用継続期待できる」 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/economy/policy/467815/
http://twitter.com/joshigeyuki/status/8483360695394304
裁判官のコメント意訳「業績悪いから嘱託雇い止めしたいっていうけど、新卒採っちゃダメでしょ。まず新卒採用から中止しないと」 もう無茶苦茶。http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/economy/policy/467815/
http://twitter.com/joshigeyuki/status/8629180774227969
問題の企業、従業員46人の中小企業なんだな。よく中小はクビ切り放題って言う人がいるが、だいたいはこういう風に法律守ってる。つまり、この判例はそういった多くの中小企業にも「負の影響」を与えるということ。
この司法判決一つで、数百、数千の新卒採用の枠が狭まっていく。
それはつまり世代間格差を助長させる。
http://twitter.com/theophil21/status/26813074828697600#
(8)わかりやすく言えば、「雇用は保障するから企業に服従せよ」という使用者側の提示に労働者側も応じていた、というのが実態でした。したがって、それにもかかわらず使用者が「めったなこと」も生じていないのに解雇することは、約束違反になるので、裁判所はこれを「裏切り」と判断してきました。
終身雇用と年功序列賃金とは、若い時の給料を不当に安くされるかわりに、ある程度年をとってからその分を貰うという後払いのことだ。
今までなんとなくは分かっていたのだが認めたくなかった。
それはつまり、今まで(バブル以前まで)の経済発展はある意味虚構だったのだ。
それはつまり、使用者は本来支払うべき賃金を後回しにして、その分を設備や価格競争に投資して業務拡大してきた。それが通用したのは団塊世代が40を超えるころになる1990年ごろまでだった(下記の画像参照)。1990年代がバブルの後処理でおわれたのでなんとなくやり過ごした気になっていたかもしれないが、団塊世代が高年齢化していくにつれ構造的に人件費が膨らんでしまう。
そして、そのツケは先の氷河期世代が負ったわけだ。なぜ、1990年以前はそれが通用したのかというと、すべての人、低所得者も含めての人の賃金があがっていったからだ(少なくともそういう幻想を抱けた)。それができなくなったのは、先の構造的欠陥もあるのだろうが、一番大きいのは物価が上がらないことだろう。そういう意味で財務省・日銀が(インフレを目的とした)大胆な財政・金融緩和を打たないのかが皆目わからない。
団塊世代が引退していく2006-2008年だけは特に景気が良く新卒採用も活発だったが、2010年卒から次の就職氷河期がツケを払っている最中だ。
今、画面の目の前で「んなモン、今の大学生は勉強してなくて馬鹿なだけで自己責任だろ」なんて思ってるそこのアナタに朗報!
そもそも、いつの時代も8割の大学生は勉強なんかしてないでしょう。団塊の世代は学生運動ばっかだったし、バブル期入社の人も研修旅行と称した拘束旅行に行ってたわけで。ちゃんと勉強している2割の人はいつの時代でもちゃんと就職出来てるわけで。ダメ人間で何もしない2割の大学生はいつの時代でも就職できないわけで。で、俺が問題にしているのは、遊んでいたとしても6割の普通の人は昔は就職できたのに、今の時代に生まれちゃっただけで就職できないっていうのは可笑しな話でしょう?
百歩譲って、そのことは認めたとしよう。それでも、この上下の世代間格差と同一世代内の格差をどうにか吸収できるシステムを構築しないと、勝ち組のアナタも結局不幸になるんですよ?え、だって、今の30代(=氷河期第一世代)って、世代内でものすごく格差があるでしょ?(参考→格差世代 - Chikirinの日記 http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080421)
これ、ほっとくと危ないですよ。まだ、30代で派遣だったら今のところ問題がないように見えるかもしれないけど、20年後、30年後は間違いなく社会に負担が掛かる。それは生活保護受給者の激増という形に現れてくるだろう(予言)。正直、今の生活保護制度が問題ありすぎるから、そのころまで今のままの制度っていうのはありえないと思うけど、それに変わるセーフティネットに負担がものすごく掛かるだろう。それを負担するのは「自己責任だ!」と叫ぶ我々自身だろう。
この国の労働構造を変えないで、子ども手当も何もあったもんじゃない。
そもそも定職につけなければ子供を生もうなんて思えやしない。
それが大半の人の思うところだろう。
(日本のGDP:画像)http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/04122001/013/image/001_002_01.gif
(ソース)http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/04122001/013/001.htm
http://twitter.com/theophil21/status/26814303956897793#
(10)これに対して、濱口桂一郎先生が強く指摘されているように、中小零細企業では、「解雇の自由」という原則がずっと定着しており、国際的にみてもそれほど日本が異質なわけではありません。 他方で労働者の移動も頻繁であり、雇用保障と絶対的人事権の取引関係は希薄です。
中小企業にとっての解雇規制と大企業にとっての解雇規制は大きく異なる。
大企業は、裁判沙汰になって信用が失墜するのを恐れて今の法制度(法律、司法判断、省令等)では整理解雇をできない。事実上倒産したJALですら整理解雇が違法であるとして元従業員から訴えられている。普通に考えればそこまでリスクを取って整理解雇しようと思わない。
一方で、中小企業は社会的信用はそこまで気にしなくてもよいので、バシバシ解雇してしまう。
下でも言うように法律による解雇規制はそこまで厳しくないが、規制を頑なに守って身動きがとれない大企業と規制を建前として遵守しようとしないブラックな中小企業に二分化されている。
参考↓
“規制”と“規制の監視監督”の違い - Chikirinの日記
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090112
「世代間格差~若者は犠牲者!? 老人天国ニッポン~」 - BLOGOS編集部 - BLOGOS(ブロゴス) - livedoor ニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/5061847/?p=7
一方で、解雇規制の緩和方向に法律を変えたら、状況も変わると言う人が多いけれど、もっと根深い問題ですよね。実は法律上の解雇規制はそんなに厳しくない。大部分は司法でやっています。しかも、その司法判断を支えているのが、マスコミ的正義感です。労働弁護士とか、昔ながらの左翼的な人がたくさんいますよね。現在の日弁連の会長を含めて、正義の味方でメシ食っている人がいっぱいる。そういう人たちがマスコミは大好きなんですよ。
解雇規制に関しては、法律による規制が問題・なんじゃなくて、それの法律を元にした(城繁幸氏が指摘したような)司法判断が問題になっている。
このことは池田信夫氏が言うように非常に根深い。そして、私自身は(法律に疎いので)法律をいじれば解決するのかどうかはわからない。解雇規制は法律上の問題ではなくて、司法判断の問題だとしたら、そしてそれがマスコミ的正義感(つまり日弁連や社民党や共産党のように、正義を実践しれいるつもりなのだがそのことによって構造的に不幸を作り出している偽善的な正義感)に支えているとしたらマスメディアの問題でもあるし、そのマスメディアの情報を無批判に受け取っている我々自身の知性の問題であると思う。
参考↓
http://blog.tatsuru.com/2010/04/02_1243.php
「正社員の既得権ってまだタブー視されてるの?」というタイトルだけど,
>個人的には別にタブー視なんてされていないけど,それでメリットを受けている人がたくさんいるのでつっこまない
私は、上にも書いたように、頭の硬い友人には「話せない」わけですよ。
別に本人は自分が幸せならいいのかもしれないけど、彼は社会がどうあるべきか、という理念がない(ようにみえる)。
で、鋭い友人は先のエントリとこのエントリくらいのことなら大体分かっている。
で、大半の人(私の周りの友人含めて)は前者なわけであって、リアルではカンタンに話せることじゃない。
http://anond.hatelabo.jp/20101229031540 について
それがこれまでの既婚女性が築いてきた評価だから。私は違いますと言われても会社だってリスクは背負いたくない。
旦那がいるならもう生活も安定。昇進させる必要もないだろうという目線で見られ、自然とキャリア構築のコースから外されていくことがある。
苗字を変えることからくるアイデンティティの問題。仕事上、旧姓を通称で使える職場もすっかり増えたが、例えば幼い頃からずっと苗字からくるニックネームで友人に呼ばれてきたような場合、苗字を変えることが自分が自分でなくなる感覚に繋がることがある。
「上記のような問題(人によっては他にもいろいろあるだろう)に直面させられ、苦しむ場合があるのだ」
「「既婚女性」になることによる、社会の壁に苦しんでいるのだ。」とありますが、
結婚を嫌がる男性の心情も既婚男性の苦しみも少しは理解してあげてくださいね。
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20101229031540 へ。
nannimonai リストラの時「ご主人がいらっしゃる方」「ご両親と同居の方」は「食べさせて貰える」のだから辞めてほしいと言っていた。病気で働けない両親と同居の人もいるのにな。夫がいることで諸手当が無くなったりもする。
ぶっちゃけ要らない人を辞めさせることができれば理由は何でもいいので。
未婚女性が退職を余儀なくされて所得の糧がないから夜の商売に行くケースと比べると、
やっぱり生活保障の意味で結婚はしておいたほうがいいでしょう。
reirei 仕事, 人生, 日本, 社会, 生活, 結婚, 女性, 増田 専業主婦より働く女性が多い世の中だけど、なかなか管理職オジサン連中の意識って変わらないものなんですね…。正直、子供は働く女性の足枷になりますしね…。
足枷と思うなら出産しないほうがいいです。子供をどこかに預けたり、ネグレクトできないなら仕事辞めた方がいい。
管理職オジサン連中は女性だけじゃなく男性のことも嘱託で雇った高齢者のことも関係会社のこともまとめて面倒見ないといけないので。
小さい子どもの育児と仕事の両立が問題なく出来てる女性は育児休暇など設けられない中小企業では殆どおらず、
負担が増えすぎて千切れそうなゴムのような状態になってる女性を目にする事があります。
ご存知の通り、全企業数のうち中小企業が占める割合は99.7%です。
http://www.chusho.meti.go.jp/faq/faq26.html
全体像を見て、他の利害関係者とのバランスとご自身の有限なエネルギーをどこに分配するかという考え方をしていただきたい。
あれもしたいこれもしたい、できないのは社会のせい、と言われて付き合ってられるほど余裕がありません。
Exactly.
全体の事を考えた意見が言える賢い女性ほど寿退社。私が私がとミーイズムの権化なタイプほど会社で不良債権化。
http://twitter.com/pukuma/status/20666557940105216
いや、言ってることは正しい。皆、言葉だけ先走ってて生の人間が見えていない。
水泳が得意な人も短距離走が得意な人も全員野球をやれ!って言ってるのが今の男女平等だから。
「わたしがかんがえただんじょびょうどう」のアピール大会に意気揚々と参加する痛い女に
何でそんな考え方をするようになったのか突っ込んで聞いたら
はっきり言って、公務員とそれ以外に別けられる。言ってみれば、公務員と公務員を支える奴隷に別けられる。
奴隷どもは張り切って納税して、公務員様を養う。公務員様は結婚して、子供をつくり、そだてて未来につなぐ。もう公務員以外は結婚はできないし、当然子供ももてないのだよ。公務員になり損ねた連中は公務員に希望を託して納税して死ぬ。
二番底におびえるステイツにしても、大量カットを発表したブリテンにしても、民間部門と公務員との給与の差は1.5倍を越えていた。納税して自分よりいい給料を払ってるんだから恐れ入る。
公務員になり損ねた奴は嘱託か、生活保護を狙え。もうそれしかない。民間企業で働くのってばかばかしいよ。公務員のほうが給料いいのに。なんで自分よりいい給料の公務員がしていない苦労をしないとだめなんだよ。公務員が増えても、研究は進まないし、技術革新はないし、ものは生産されないし、野菜は取れないし、魚は取れないし、米もとれないけど、その職業の奴らは全員公務員より給料安いんだぜ? 頭おかしいんじゃね? 心底奴隷根性が染み付いてるとしか見えない。
公務員最高。
就活支援職員が女子学生にセクハラ 芦屋大芦屋大学(芦屋市)で昨年、学生の就職活動を支援していた40代の男性嘱託職員が、当時4年生で就職活動中の女子学生にセクハラをしたとして、諭旨免職処分になっていたことが16日、分かった。女子学生は今春卒業したが、セクハラのショックなどで就職活動を中断。就職できなかったといい、今年5月、同大学と男性職員に損害賠償など330万円を求め、大阪地裁に提訴した。
同大学広報課によると、男性職員は、就職課にあたる「キャリア支援センター」で面接の指導や相談を担当していた。
女子学生の弁護士によると、女子学生は昨年6月ごろからセンターに通っていたが、間もなく男性職員から携帯電話やメールで呼び出され、カラオケ店などで体を触られるなどの被害を受け始めた。「家に行くから待っていろ」と電話がかかってきたこともあったという。同じ職員から、ほかの女子学生もセクハラに遭っているという。
女子学生から相談を受けた大学側は昨年7月、男性職員らから事情聴取。同9月に諭旨免職処分にした。同大学広報課は「裁判前なので詳細は明らかにできないが、再発防止に努めたい」としている。
(2010/06/16 20:11)
こういうAVって、よくあるよね。面接官がセクハラ面接するとか。
たぶん、大きな力関係の差が、おとこごころをくすぐるのでしょう。南無
土曜の午後という多くの人が見ている時間帯に、地上波中継で「わかりやすいゲーム」で
勝てた事の意味というのはとても大きかったと、日本チームの勝利に心から酔いしれた。
ただ、Twitterなんかを見ていると、素人の自分でもいくつか答えられそうな話題があったので、ちょっとそれらをまとめてみようと思う。
(技術、戦術については、それっぽく話す事もできるが自分には無理)
ラウンドロビン後半戦に向けて、観戦者にとって何かの足しになってくれれば幸い。
(2/23 多くの皆様にお読みいただきありがとうございます。お礼を兼ねて続きを書きましたので、よろしければご覧ください。)
ずいぶん話題になったあれだが、別に意味もなくかっこつけて「Yeeeeees!」と叫んでいたわけではない。
ハウス(サークル)の中央に、その後ろにある石を弾いて散らす事なしに自分の石を持ってくるには、
投擲時の力(ウエイトという)を弱めにして、スイープ(ブラシワーク)で距離を調節しなければならない。
「Yes」というのは、石の進路を掃いて距離を伸ばすためのかけ声で、弱めのウエイトであそこまで
石を伸ばすには、通常2人で行うスイープを3人にして、さらにいつもよりもハードに行う必要があった。
(中国女子チームは、必要とあれば4人全員でスイープする。これは見どころのひとつ。)
であればこその、「激しくスイープしろ」という意味の指示を、自分がスキップになったつもりで
行っていたのであって「近年のテレビ的な過剰なキャラクターづくり」「我を失った絶叫」というわけではない。
各局のテレビ報道、今日のスポーツ新聞なんかを読んでも、その辺に触れた記述はなかったのが残念だった。
「Yes」「Yeah」「Yap」が「スイープしろ」(ストーンをまっすぐ、遠くまで)
「Clean」が「ごみ、ほこりをはく程度の軽いスイープ」(髪の毛一本でストーンはあらぬ動きをする。)
「Whoa」が「スイープするな」(ストーンのウェイトが強い、あるいはもっと石を曲げたいとき)
「Hurry」が「全力スイープ」
となる。だいたいどの国も英語のコールをするけど、これから日本が試合をするロシアはロシア語のコールをする。
「Hurry」は小林源文の漫画の読者ならおなじみの「Давай」(ダヴァイ)になる。
これも別に装っているのではなくて、カーリングというのはそうしなければならないと要求するもの。
世界カーリング連盟のホームページにある「THE RULES OF CURLING(PDF)」の冒頭には
「The Spirit of Curling」というのがある。ルールブックの冒頭にあるくらいで、ルールの上位概念というか、
法律に対する憲法のような存在だと理解すればいいだろう。これを引用する。
Curling is a game of skill and of tradition.
A shot well executed is a delight to see and it is also a fine thing
to observe the time-honoured traditions of curling being applied in the true spirit of the game.
Curlers play to win, but never to humble their opponents.
A true curler never attempts to distract opponents, nor toprevent them from playing their best,
and would prefer to lose rather than to win unfairly.
Curlers never knowingly break a rule of the game, nor disrespect any of its traditions.
Should they become aware that this has been done inadvertently, they will be the first to divulge the breach.
While the main object of the game of curling is to determine the relative skill of the players,
the spirit of curling demands good sportsmanship, kindly feeling and honourable conduct.
This spirit should influence both the interpretation and the application of the rules of the game
and also the conduct of all participants on and off the ice.
日本カーリング協会の公式訳や、Wikipedia日本語版の訳などもあるが、こういうのを置いておくとid:dankogaiが嬉々として訳しそうな気もする。
ともあれ、ここで述べられているのは「カーリングの伝統」であり、これは「守るべきもの」として謳われている。
その中に「A shot well executed is a delight to see」とあり、「Curlers never to humble their opponents」とあり、
そして「This spirit should influence the conduct of all participants on and off the ice.」とまとめられて
いるからには、「マイナースポーツとしてのカーリング」を解説する上で、そこから外れた態度を取る事はありえない。
あれは小林さん個人の信条やスタイルというのを超えて、「あのスタイルでなければカーリングの解説にはならない」、
「あの解説スタイルそのものがカーリングのメタ的な解説である」ということを示しているわけだ。
個人的に、ゴルフとよく似たこの「プレイヤー自らが審判である」という意識は興味深い。
同じスコットランド発祥のスポーツ、スコットランド人の気性と関係するのだろうか。
長野五輪で日本男子チームが多少注目されたのを覚えている人がいるかもしれないが、男子はもちろんやってる。ただ、日本代表が出てないので放送してない。
#ちなみに長野の時のスキップ、敦賀信人さんは今でも現役のカーラーで、日本カーリング協会強化指定チーム「Iceman」のスキップ。
#当時は少年の面影が残る20歳でしたが、今では立派な漁師の貫禄が身につきました。
ただ、NHKはインターネット中継で男子の準決勝(26日)と決勝(28日)を生中継してくれるので、興味があればぜひ。
男子と女子の差は、ストーン投擲時のウエイトの強さと、スイープの強さにはっきりと表れる。
つまり、膠着した場面をハードヒットで打開できる可能性が高いので、より積極的かつ攻撃的なゲームが見られる。
トリノ五輪男子決勝でカナダのマーク・ニコルスが見せたショット。石を二つ動かして目的のストーンをテイクアウトし、
かつその他の石を動かさない、これは単に力を乗せるだけではダメで、コントロールが必要になる。
このウエイトを乗せかつコントロールすることが女子では難しい。
バンクーバー五輪の日本対イギリス戦の8エンド、イギリスサードのジャッキー・ロッカートの1投目を小林さんが
09年男子カナダ選手権で、カナダ男子最高のスキップ、グレン・ハワードが見せた一投。
やや長いので、時間のある人向け。上の動画のグレン・ハワードのチームと、チームハワードと並び立つカナダ屈指の強豪、
ケヴィン・マーティンのチームの対戦。バンクーバー五輪には、チームマーティンがチームハワードを破って出場している。
けっこうこの疑問は多いんだけど、いくつかの観点から答える事はできる。
まず、昔の全日本女子バレーチームのように、日紡貝塚や日立の強さが抜けているような状態なら、
単独チームをそのまま代表にしたほうがチームの熟成の意味では優れている。
ただ、個人的にはこれは皮肉だなと思うのだけれど、チーム青森はもちろん単独チームではあるのだけれど、
ある意味では「選抜代表チーム」であって単独チームの強みを活かした熟成があるのかというと、個人的にはちょっと、
と見える部分がある。
カーリングにおける熟成というのは、それこそ10年単位のものなのであって、2002年のソルトレークの日本代表だった
「シムソンズ」も、彼女たちが中学生のときに結成された10年来のチームだった。
トリノ五輪時のチーム青森が、どん底に落ちそうになりながらも復調したのは、シムソンズ以来の長い信頼が、
また、長年にわたって「シムソンズ」「チーム青森」の最大のライバルだった「チーム長野」(Pictic)にしても、
これも最終的には10年以上の長きにわたってひとつのチームを組み続けたというのが大きい。
そこへいくと、今のチーム青森は、最大でも目黒萌絵と本橋麻里の5年であって、後のメンバーはトリノ五輪後の加入。
そんなにチームとしては熟成されていない。
もちろん、他の国内チームとは比べものにならない手厚い支援体制の下、長期の合宿も組んで補ってはいるけれど。
チーム青森の「選抜チーム」としての特徴は、あまり年の離れていない複数のスキップ経験者がひとつのチームに
なっているというところにある。これがなかなかチームとしての意思決定に大変なところがある。
とりわけ、トリノ後の最初の一年は、ほとんどキャリアに差がなく、嗜好する戦術がそれぞれ全然違う目黒、本橋、
山浦麻葉の3人の息が合うのにかなり苦労した。
スキップの目黒のショットのときには、副スキップの本橋がショットの目安となる位置を指示するのだけれど、
それが二人で相談したときと全然違う場所に指示をするものだから、慌てて目黒がもう一度コートを逆戻りして
再確認して無駄に時間を浪費したりとか、そんなことを世界選手権の試合の中でやったりしていた。
その辺はだいぶ改善されてはいるのだけれど、今でも目黒と本橋の息があってるかといえば、必ずしもそうじゃないような。
本橋の投擲の時に、スイーパーに対する指示が目黒と本橋で正反対のことがしょっちゅう試合中にある。
これは、実況を見ているときに注意してみると面白いと思う。
スイーパーも困るだろうと思うが、当然ながら目黒に従うわけで、そしてだいたい目黒があってる。
ちょっと話はずれたのだけれど、かように高レベルの選手になればなるほど、チームとして熟成させるのは難しい。
スコットランド(イギリス国内3協会では最強の協会なので五輪ではイギリスとして出てくる)は世界選手権では
選抜チームを組むのだけど、大会中に息が合わなくて選手が帰国して残りの試合を3人で戦った事もあった。
(ルール上は認められている)
だから、同年代の選手で組むときは10年以上の長い信頼関係を結ぶか、若くて優秀な選手を入れるときは
圧倒的なカリスマを持ったベテランと組む、というのが強豪チームの常。
チーム青森はこのどちらでもない、「常設チームながら選抜チームっぽい」ところが面白いのだけれど、
つまりサッカーのような代表チームを組まないのはこのため。
実はこの疑問に対する答は共通で、要するに「エリート選手として競技を続ける環境が日本にない」ということに尽きる。
2005年から今年までの6年間で、女子カナダ選手権を4回優勝、1回準優勝し、世界選手権で金1、銀1と、
現在のカナダ最高のカーラー、ジェニファー・ジョーンズのチームが初めてカナダ選手権を取ったときの、その最後のショット。
wikipedia英語版の彼女の項目では「The Shot」(カーリング史上最高のショット、くらいの意味だろう)と書かれている。
#恐ろしいのは、このチームが五輪代表選考会で敗退してしまうカナダの層の厚さなんだが。
さて、この見目麗しいスーパーカーラーJJの職業は弁護士だ、と聞くとなんだその漫画に出てきそうな嘘っぽいキャラクターは、
と思うんだけど、だいたい強豪国の女子選手は、収入のある自営業であることが多い。
地域社会におけるスポーツクラブ単位での活動ということも合わせて、そういう時間を自己管理できる職業だからこそ、
カーリングにおいて技量を磨けるということはあるのだろうけど。
ひるがえってわが国のことは今更説明するまでもないけれど、アマチュアスポーツのエリート育成は学校の部活動と実業団スポーツに
頼ってきた中で、マイナースポーツのカーリングを支援する企業などこれまであるわけもなく、就職したり結婚したりすれば必然的に
女子選手は第一線を退かざるを得なかった。
ソルトレーク五輪のあとで、シムソンズが20代半ばのカーリング選手としてはまだまだ青二才の年代で解散を余儀なくされたのもそのためだった。
ちょうどその頃、多分に偶然ではあったのだろうと思うけど、2007年に世界選手権をやるということになった青森市が、
どうせやるなら地元から、ということで、シムソンズの中で現役続行を希望した小野寺と林を引っ張ってきた。
カーリング競技を行う事を前提として職を得る、と言う事自体が当時としてはとても珍しい事だったのだけれど、
それにしても「青森市の嘱託職員」という立場の二人の月給は、およそ月給と呼べる額ではなかったらしい。
そんな環境でさえ、まだ恵まれていたといえるのは、ライバルのチーム長野(Pictic)を見ればわかる。
こちらは、「就職も結婚もあきらめて」アルバイトで生計と強化費を捻出して、五輪出場権をかけてチーム青森と
長年にわたって戦い続けてきたわけだ。
とくにトリノ五輪の後は、職という安定した身分でも強化体制の違いでも青森に圧倒的な差をつけられながら、
それでも互してきたこと自体が奇跡的ではあるのだけれど、最後には息切れしてしまった。
(結局チーム長野は、中心となる3人に加えた、4人目のメンバーを固定できなかった。これが大きかった。)
ともあれ、今のチーム青森は、「エリート選手としてカーリング競技を行うこと」を前提として職を得られた、
自分の知る限りにおいて日本女子では初めてのチームではないかと思う。
(もちろん、実業団単位で組まれた女子の強豪チームもあったけれど、「仕事のウェイトの大きさ」が圧倒的だった)
天才少女が、カーラーとして全盛期を迎える30代半ばから後半まで、ひとつのチームを組み続けたまま、エリートとして
競技を続けられる状態自体がこれまでなかったということ、それが日本チームが欧米のチームに比べて圧倒的に若い原因である。
今、技術や戦術面で、素人ながらに見ていても海外のチームと比べて足りないように見える面があるとするなら、
それは競技生活と練習にかけてきた時間の差でもあるのかもしれない。
そして、だからこそこういう環境のある青森に、北海道から選手が来る。
もっとも、だからといって、北海道が選手を取られてばかりで手をこまねいているとか、青森県が他県から
引っこ抜いてくるばかりかというと、そうではない。
北海道では、一年間通して使える専用カーリング場が2012年に、初めて札幌市にできる。
北海道で、大人の女性が職を得ながらカーリングを続けようと思えばやっぱり札幌が一番有利だし、
その札幌に専用のカーリング場ができるのは、これは北海道のカーリングの悲願でもある。
青森県は、本橋が在学していた明の星短大を有する明の星学園が、青森明の星高校にカーリング部を作っているし、
まだまだ歩みはゆっくりだけど、ジュニアからの強化を図っている。
やっぱり、いずれは青森県のカーリング場で育った選手をチーム青森に入れたいんだろうね。
(追記)
目黒と山浦の二人が青森県下で有数の企業に入り、近江谷が高卒で非常勤ながら市役所勤務というのは、
官民一体の就職支援といえると思う。
30近くなって青森に加入した石崎に、これも契約社員ながら職が斡旋されたというのも、近年の就職事情を考えれば
やはり支援の賜物だと思う。
#チーム青森のメイクがきれいなのは、木浪学園の指導と支援によるもの。のはず。
本橋のNTTLSとの契約は今年の6月まで。彼女は実質的にプロカーラーと言っていい立場。契約は延長されるのだろうか。
トリノの後もそうだったんだけれど、カーリングがあれだけ露出していたのに、それが普及・強化につながらないのは、
トリノの後で「カーリングを体験してみたい」という問い合わせが施設に殺到して予約半年待ちなんていうニュースが
少なくとも、通年で使える専用のカーリング場というのはまだない(上記の札幌の施設は、その意味でも大きい)。
#岡山や福岡で、共用ながら通年カーリングができるというのは意外のようにも思う。
なんでまあ、「実際にプレイする」のは一番だし、なにより楽しいのだけれど、いかんせんまず場所がないし、
上手くなるのに練習が必要なのに練習もろくにできない、となると、なかなか草の根の強化は難しい。
となると、まずはお金なのかなあ、手っ取り早いのは。
チーム青森単位でも、日本協会単位でも、いろいろ募金をつのってはいるので、調べてみてください。
五輪以外でも世界レベルの試合を見てみたい、という人もいるだろうね。
海外遠征中のチーム青森の試合なんかも、有料だけどストリーミング配信で見たりする事ができる。
#と言いたいところなんだが、日本のテレビ局が放映権を買うためにリージョンブロックがかけられる。
#日本戦でさえ全部放送しないんだから、解放しろと思うんだけど。
生で見たいとなると、3月6日から10日まで北海道北見市常呂で今年の日本選手権が男女共催で開催される。
簡単に行ける場所ではないけれど、北海道・オホーツク観光を兼ねて行ってみてはどうだろう。
チーム青森の帰国後国内初戦だしね。
本当の意味で日本女子のカーリングの強化、ということになると、チーム青森に互す実力と体制を持った
チームが複数出て、国内で日本リーグを毎年行えるくらいのことができればいいんだろうけど、それは
ここ数年レベルでは望み薄。これまで青森と覇を競ったチーム長野も、代表決定戦の敗戦以降は
活動しておらず、少なくとも日本代表を狙うような活動は当面休みっぽい。
だけれども、女子に関してはジュニア世代でチーム青森を追うだろう優秀なチームが複数あるので、それを紹介したい。
(カッコ内は全国大会に出てくるときのチーム名)
2009年度の日本カーリング協会強化指定チーム(B代表相当)で、2009年日本選手権準優勝。
バンクーバー五輪代表決定戦にも進出し、BS-TBSでも取り上げられた目下一番の注目株。
スキップの吉村紗也香さんがかわいいと、そっちでもちょっと話題になったりする。
今年の3月で常呂高校を卒業した後は、4月から全員が札幌国際大学に進学してカーリングを続行。
北海道を拠点としてチーム青森に並ぶ強豪チームを作ろうという北海道の期待も背負う。
同じ常呂の同じ高校3年生でも、全国に名前を売ったのはこちらのチームが早かった。
2006年、中学2年の時に日本選手権に出場すると、予選リーグではチーム青森に続く2位。
決勝トーナメントではチーム長野に完敗して3位に終わったけれど、小さい身体で大人と互角以上に
渡り合い、テレビカメラの前でも物怖じせずに話す肝っ玉とか、個人的には期待していた。
高校に入ってからはWINSに抜かれた感じもあったけれど、それでも常呂町のリーグでは
海千山千のおじさんカーラーの中で上位に来るように、実力はある。
今日まで開催されていた北海道選手権でも優勝したし、地元開催の日本選手権でWINSとどちらが上位に来るか楽しみ。
昨年12月の日本ジュニア選手権では上記WINSを破って優勝し、今年2月の高校選手権でも優勝。
毎年軽井沢で開かれるアジア唯一の国際競技大会「軽井沢国際」には今年ジュニアながら
日本代表として出場して4位。
日本ジュニアではAIM、WINSに続く3位だったが、日本選手権へはAIMを抑えて中部ブロック代表として出場。
もし日本選手権を観戦に行くのだったら、WINS、Permalink | トラックバック(13) | 22:17
以前,交際相手と心中するかのように話を進めておきながら自分だけ死のうと画策したが,失敗したことがある.
しばらく付き合ってきた中,直接顔を合わせているときはほとんど別れ話は出なかったが,電話やメールでやりとりするときにはかなりの頻度で(それこそ毎日と言っても過言でないくらい),別れ話が出ていた.それらはその都度立ち消えになっていたが,その日,メールから始まって,その後電話で数時間断続的にやりとりしたときは,タスクが溜まっていて時間もない中で焦りが出てきた.そのせいかどうかは分からないし,そんなことを理由にしたらそれこそ後ろ指を指されかねないが,ついには,別れるくらいなら死のう,と言ってしまった.すると肯定的な返答があり,そのまま話が進んだ.
心中について肯定的な返答が来るだろう事はある程度予想していた.勿論自殺願望はお互いあるはずもない.そこまで悲観的な生き方はしていないことは分かっている.また生活が貧窮していたわけでもない.曖昧な認識ではあるが,そういった事に関してあまりアレルギーになっておらず,既に自身としての死に対する認識がある程度構築されていたのではないかと思う.
そんなのはほとんど憶測で,それこそ身勝手だと言われかねないが,ここについてはあまり引っかかりたくない.そこについては,互いにあまり認識がずれているわけでもないと判断していいようだからだ.
前段落がどうやら詭弁に終始しているようにも思えるが,いずれにせよ,現実に心中するという話を進めた.話は次第に具体的になり,いつ行うのか,どのように行うのかということを話した.結果として,私が具体的に手を下すということが決まった.しかし,この,具体的な部分を話し合った時点で,私は本当に相手を殺める意思を持っていなかった.言い訳がましいかも知れないが,こう思っていた.相手に手を下すことはしない.相手の目の前で自殺する.
その意思を相手に打ち明けることはしなかった.何故か.また,相手の前で自殺する理由は何なのか.
まず,相手に打ち明けなかったのは,打ち明けると実行に際して何らかの障壁が生じるだろうと考えたことに起因する.その障壁が,私と相手,どちらによるものなのかは分からなかったが,そう判断した.
相手の前で自殺しようと思ったのは,端的には,私だけでは確実に死ぬ自信がなかったからだ.自らの手だけでは失敗するのではないか,との不安要素を最小限にしたかった.相手の手を借りようとしたのだ.勿論,相手が罪に問われないよう,私なりの考慮はした.直前まで自殺の意思を告げず,実行に際しても私が強引に包丁を握らせ,それにぶつかっていくという形を採ることにした.嘱託殺人や自殺関与,自殺幇助に問われなければいいのだが,と思い,相手が自殺を助長するようなことは一切しなかった,という旨を,手頃な紙が無かったためレポート用紙に記し,なくさないよう持ち歩いた.そんなことをするのであれば1人でやるべきだと言われそうだが,前述の通り,できる限り確実に実行したかった.もしかすれば,死ぬ直前くらいは愛する人と一緒にいたかったという甘え,我が侭があったかのも知れない.
包丁で自殺するという案は,比較的早期に決定した.以前にも,自殺について真剣に検討したことがある.そのときは「迷惑をかけない自殺」を主題にしばらく検討を重ねたが,結論は出せなかった.それも踏まえ,更に,実行のしやすさを重視すれば,最も失敗しがたいのは水死であったが,水死体になるのはできれば避けたかったし,実行しやすい水死というものが,何の問題もなく完遂される見込みがなかった.しばし考えた結果,家庭にある包丁を使うと結論づけた.具体的には,左胸の肋骨のあたりに刃を寝かせてまず2回.その後,痛みに耐えられるのなら,できればそのちょっと下に刺し,そのまま右に.殺人についての知識はほとんど無く,成功するかなど全く見当もつけられなかったのだが,当時は,素人の出来合いの案としては悪くはないように思えたのだから不思議だ.
話が逸れたが,いずれにせよ,私は自殺の意思を伝えないまま,相手との間では心中の話を進めた.
実行当日の朝,風呂からあがり,実行の準備を私は始めた.準備といっても,相手に非がないことを記したレポート用紙がコートのポケットに入っていることを確かめる程度だった.相手に電話をかけようと,携帯電話に目をやると,丁度相手から電話が掛かってきた.
いよいよか,というやりとりを少々した後,何か必要なものはあるかと問われ,私は台所の包丁を用意して欲しいと頼んだ.電話口から物音が聞こえたのち,刃渡り20-30cm程度のものしかないが,と言われ,それでいい,と答えた.その後,他愛のない会話をしているうちに,様子がおかしくなった.
相手の口調が,随分と弱々しかった.携帯電話のスピーカーにぴったりと耳をくっつけ,やっと聴き取ることができるような声だった.消え入りそうな声で告げられたのは,私に殺されるくらいなら自らの手で死んだ方がいい,ということだった.
至極当然な考えに思われた.それと同時に,焦った.そんなことは絶対にしてほしくなかった.心中の話を進めておいてそれはバカげているだろう,そう思われるかも知れないが,相手の死だけは絶対に望んでいなかったのだ,絶対に.やめろ,と私が何度か呼びかけた後,電話は切れた.
私は更に焦った.私が相手のために死ぬのは,私としては全く構わなかった.しかし,相手が死ぬことだけは何があっても避けたかった.
何度もかけ直し,遂に電話に出た相手は,とても言葉少なだった.さっきよりもか細い声で,途切れ途切れに,さっきと同じ事を相手は私に告げた.
相手は携帯電話を落とした.確証はなかったが,相手の携帯電話のマイクが,ごく近いと思しき硬く大きな音を断続的に拾ったことから,私はそう判断した.電話が切れた.
私は何度かかけ直したものの,相手は出なかった.
電話を切ったのだから,相手の意識はあったのだろう.もしかしたら,何もしていないのかも知れない.しかし,このまま何もせず,予定した時刻になって相手宅に向かい,もし相手が何かしていたとすれば.
自宅の電話番号を調べる余裕はなかった.もし見つけたとしても,それが転居前のものという懸念があり,そのリスクを抱えてでも時間を浪費するよりは,真っ先に行政を動かす方がいいと判断した.
私は確実に動転していた.救急ではなく,警察に通報してしまった.事情を話しているうち,無根拠な涙が流れた.無根拠だったが,流さずにいられなかった.警察とのやりとりを終えて数分後,消防から電話が掛かってきて,警察に話したこととほぼ同等のことを伝えた.既に救急も警察も向かっているとのことだった.消防との電話が切れてすぐ,また消防から電話があった.相手宅の詳しい位置などを伝えた.もうすぐ着くとのことだった.
十数分が経過した.無根拠な涙が止まらなかった.自宅から相手宅までは自動車で20分ほどの距離だったが,体が動かなかった.
相手は生きていた.傷一つ無く元気,とのことだった.
その後のことは,割愛する.要するに,いろいろ謝ってまわった.
以前,交際相手と心中するかのように話を進めておきながら自分だけ死のうと画策したが,失敗したことがある.
しばらく付き合ってきた中,直接顔を合わせているときはほとんど別れ話は出なかったが,電話やメールでやりとりするときにはかなりの頻度で(それこそ毎日と言っても過言でないくらい),別れ話が出ていた.それらはその都度立ち消えになっていたが,その日,メールから始まって,その後電話で数時間断続的にやりとりしたときは,タスクが溜まっていて時間もない中で焦りが出てきた.そのせいかどうかは分からないし,そんなことを理由にしたらそれこそ後ろ指を指されかねないが,ついには,別れるくらいなら死のう,と言ってしまった.すると肯定的な返答があり,そのまま話が進んだ.
心中について肯定的な返答が来るだろう事はある程度予想していた.勿論自殺願望はお互いあるはずもない.そこまで悲観的な生き方はしていないことは分かっている.また生活が貧窮していたわけでもない.曖昧な認識ではあるが,そういった事に関してあまりアレルギーになっておらず,既に自身としての死に対する認識がある程度構築されていたのではないかと思う.
そんなのはほとんど憶測で,それこそ身勝手だと言われかねないが,ここについてはあまり引っかかりたくない.そこについては,互いにあまり認識がずれているわけでもないと判断していいようだからだ.
前段落がどうやら詭弁に終始しているようにも思えるが,いずれにせよ,現実に心中するという話を進めた.話は次第に具体的になり,いつ行うのか,どのように行うのかということを話した.結果として,私が具体的に手を下すということが決まった.しかし,この,具体的な部分を話し合った時点で,私は本当に相手を殺める意思を持っていなかった.言い訳がましいかも知れないが,こう思っていた.相手に手を下すことはしない.相手の目の前で自殺する.
その意思を相手に打ち明けることはしなかった.何故か.また,相手の前で自殺する理由は何なのか.
まず,相手に打ち明けなかったのは,打ち明けると実行に際して何らかの障壁が生じるだろうと考えたことに起因する.その障壁が,私と相手,どちらによるものなのかは分からなかったが,そう判断した.
相手の前で自殺しようと思ったのは,端的には,私だけでは確実に死ぬ自信がなかったからだ.自らの手だけでは失敗するのではないか,との不安要素を最小限にしたかった.相手の手を借りようとしたのだ.勿論,相手が罪に問われないよう,私なりの考慮はした.直前まで自殺の意思を告げず,実行に際しても私が強引に包丁を握らせ,それにぶつかっていくという形を採ることにした.嘱託殺人や自殺関与,自殺幇助に問われなければいいのだが,と思い,相手が自殺を助長するようなことは一切しなかった,という旨を,手頃な紙が無かったためレポート用紙に記し,なくさないよう持ち歩いた.そんなことをするのであれば1人でやるべきだと言われそうだが,前述の通り,できる限り確実に実行したかった.もしかすれば,死ぬ直前くらいは愛する人と一緒にいたかったという甘え,我が侭があったかのも知れない.
包丁で自殺するという案は,比較的早期に決定した.以前にも,自殺について真剣に検討したことがある.そのときは「迷惑をかけない自殺」を主題にしばらく検討を重ねたが,結論は出せなかった.それも踏まえ,更に,実行のしやすさを重視すれば,最も失敗しがたいのは水死であったが,水死体になるのはできれば避けたかったし,実行しやすい水死というものが,何の問題もなく完遂される見込みがなかった.しばし考えた結果,家庭にある包丁を使うと結論づけた.具体的には,左胸の肋骨のあたりに刃を寝かせてまず2回.その後,痛みに耐えられるのなら,できればそのちょっと下に刺し,そのまま右に.殺人についての知識はほとんど無く,成功するかなど全く見当もつけられなかったのだが,当時は,素人の出来合いの案としては悪くはないように思えたのだから不思議だ.
話が逸れたが,いずれにせよ,私は自殺の意思を伝えないまま,相手との間では心中の話を進めた.
実行当日の朝,風呂からあがり,実行の準備を私は始めた.準備といっても,相手に非がないことを記したレポート用紙がコートのポケットに入っていることを確かめる程度だった.相手に電話をかけようと,携帯電話に目をやると,丁度相手から電話が掛かってきた.
いよいよか,というやりとりを少々した後,何か必要なものはあるかと問われ,私は台所の包丁を用意して欲しいと頼んだ.電話口から物音が聞こえたのち,刃渡り20-30cm程度のものしかないが,と言われ,それでいい,と答えた.その後,他愛のない会話をしているうちに,様子がおかしくなった.
相手の口調が,随分と弱々しかった.携帯電話のスピーカーにぴったりと耳をくっつけ,やっと聴き取ることができるような声だった.消え入りそうな声で告げられたのは,私に殺されるくらいなら自らの手で死んだ方がいい,ということだった.
至極当然な考えに思われた.それと同時に,焦った.そんなことは絶対にしてほしくなかった.心中の話を進めておいてそれはバカげているだろう,そう思われるかも知れないが,相手の死だけは絶対に望んでいなかったのだ,絶対に.やめろ,と私が何度か呼びかけた後,電話は切れた.
私は更に焦った.私が相手のために死ぬのは,私としては全く構わなかった.しかし,相手が死ぬことだけは何があっても避けたかった.
何度もかけ直し,遂に電話に出た相手は,とても言葉少なだった.さっきよりもか細い声で,途切れ途切れに,さっきと同じ事を相手は私に告げた.
相手は携帯電話を落とした.確証はなかったが,相手の携帯電話のマイクが,ごく近いと思しき硬く大きな音を断続的に拾ったことから,私はそう判断した.電話が切れた.
私は何度かかけ直したものの,相手は出なかった.
電話を切ったのだから,相手の意識はあったのだろう.もしかしたら,何もしていないのかも知れない.しかし,このまま何もせず,予定した時刻になって相手宅に向かい,もし相手が何かしていたとすれば.
自宅の電話番号を調べる余裕はなかった.もし見つけたとしても,それが転居前のものという懸念があり,そのリスクを抱えてでも時間を浪費するよりは,真っ先に行政を動かす方がいいと判断した.
私は確実に動転していた.救急ではなく,警察に通報してしまった.事情を話しているうち,無根拠な涙が流れた.無根拠だったが,流さずにいられなかった.警察とのやりとりを終えて数分後,消防から電話が掛かってきて,警察に話したこととほぼ同等のことを伝えた.既に救急も警察も向かっているとのことだった.消防との電話が切れてすぐ,また消防から電話があった.相手宅の詳しい位置などを伝えた.もうすぐ着くとのことだった.
十数分が経過した.無根拠な涙が止まらなかった.自宅から相手宅までは自動車で20分ほどの距離だったが,体が動かなかった.
相手は生きていた.傷一つ無く元気,とのことだった.
その後のことは,割愛する.要するに,いろいろ謝ってまわった.
以前,交際相手と心中するかのように話を進めておきながら自分だけ死のうと画策したが,失敗したことがある.
しばらく付き合ってきた中,直接顔を合わせているときはほとんど別れ話は出なかったが,電話やメールでやりとりするときにはかなりの頻度で(それこそ毎日と言っても過言でないくらい),別れ話が出ていた.それらはその都度立ち消えになっていたが,その日,メールから始まって,その後電話で数時間断続的にやりとりしたときは,タスクが溜まっていて時間もない中で焦りが出てきた.そのせいかどうかは分からないし,そんなことを理由にしたらそれこそ後ろ指を指されかねないが,ついには,別れるくらいなら死のう,と言ってしまった.すると肯定的な返答があり,そのまま話が進んだ.
心中について肯定的な返答が来るだろう事はある程度予想していた.勿論自殺願望はお互いあるはずもない.そこまで悲観的な生き方はしていないことは分かっている.また生活が貧窮していたわけでもない.曖昧な認識ではあるが,そういった事に関してあまりアレルギーになっておらず,既に自身としての死に対する認識がある程度構築されていたのではないかと思う.
そんなのはほとんど憶測で,それこそ身勝手だと言われかねないが,ここについてはあまり引っかかりたくない.そこについては,互いにあまり認識がずれているわけでもないと判断していいようだからだ.
前段落がどうやら詭弁に終始しているようにも思えるが,いずれにせよ,現実に心中するという話を進めた.話は次第に具体的になり,いつ行うのか,どのように行うのかということを話した.結果として,私が具体的に手を下すということが決まった.しかし,この,具体的な部分を話し合った時点で,私は本当に相手を殺める意思を持っていなかった.言い訳がましいかも知れないが,こう思っていた.相手に手を下すことはしない.相手の目の前で自殺する.
その意思を相手に打ち明けることはしなかった.何故か.また,相手の前で自殺する理由は何なのか.
まず,相手に打ち明けなかったのは,打ち明けると実行に際して何らかの障壁が生じるだろうと考えたことに起因する.その障壁が,私と相手,どちらによるものなのかは分からなかったが,そう判断した.
相手の前で自殺しようと思ったのは,端的には,私だけでは確実に死ぬ自信がなかったからだ.自らの手だけでは失敗するのではないか,との不安要素を最小限にしたかった.相手の手を借りようとしたのだ.勿論,相手が罪に問われないよう,私なりの考慮はした.直前まで自殺の意思を告げず,実行に際しても私が強引に包丁を握らせ,それにぶつかっていくという形を採ることにした.嘱託殺人や自殺関与,自殺幇助に問われなければいいのだが,と思い,相手が自殺を助長するようなことは一切しなかった,という旨を,手頃な紙が無かったためレポート用紙に記し,なくさないよう持ち歩いた.そんなことをするのであれば1人でやるべきだと言われそうだが,前述の通り,できる限り確実に実行したかった.もしかすれば,死ぬ直前くらいは愛する人と一緒にいたかったという甘え,我が侭があったかのも知れない.
包丁で自殺するという案は,比較的早期に決定した.以前にも,自殺について真剣に検討したことがある.そのときは「迷惑をかけない自殺」を主題にしばらく検討を重ねたが,結論は出せなかった.それも踏まえ,更に,実行のしやすさを重視すれば,最も失敗しがたいのは水死であったが,水死体になるのはできれば避けたかったし,実行しやすい水死というものが,何の問題もなく完遂される見込みがなかった.しばし考えた結果,家庭にある包丁を使うと結論づけた.具体的には,左胸の肋骨のあたりに刃を寝かせてまず2回.その後,痛みに耐えられるのなら,できればそのちょっと下に刺し,そのまま右に.殺人についての知識はほとんど無く,成功するかなど全く見当もつけられなかったのだが,当時は,素人の出来合いの案としては悪くはないように思えたのだから不思議だ.
話が逸れたが,いずれにせよ,私は自殺の意思を伝えないまま,相手との間では心中の話を進めた.
実行当日の朝,風呂からあがり,実行の準備を私は始めた.準備といっても,相手に非がないことを記したレポート用紙がコートのポケットに入っていることを確かめる程度だった.相手に電話をかけようと,携帯電話に目をやると,丁度相手から電話が掛かってきた.
いよいよか,というやりとりを少々した後,何か必要なものはあるかと問われ,私は台所の包丁を用意して欲しいと頼んだ.電話口から物音が聞こえたのち,刃渡り20-30cm程度のものしかないが,と言われ,それでいい,と答えた.その後,他愛のない会話をしているうちに,様子がおかしくなった.
相手の口調が,随分と弱々しかった.携帯電話のスピーカーにぴったりと耳をくっつけ,やっと聴き取ることができるような声だった.消え入りそうな声で告げられたのは,私に殺されるくらいなら自らの手で死んだ方がいい,ということだった.
至極当然な考えに思われた.それと同時に,焦った.そんなことは絶対にしてほしくなかった.心中の話を進めておいてそれはバカげているだろう,そう思われるかも知れないが,相手の死だけは絶対に望んでいなかったのだ,絶対に.やめろ,と私が何度か呼びかけた後,電話は切れた.
私は更に焦った.私が相手のために死ぬのは,私としては全く構わなかった.しかし,相手が死ぬことだけは何があっても避けたかった.
何度もかけ直し,遂に電話に出た相手は,とても言葉少なだった.さっきよりもか細い声で,途切れ途切れに,さっきと同じ事を相手は私に告げた.
相手は携帯電話を落とした.確証はなかったが,相手の携帯電話のマイクが,ごく近いと思しき硬く大きな音を断続的に拾ったことから,私はそう判断した.電話が切れた.
私は何度かかけ直したものの,相手は出なかった.
電話を切ったのだから,相手の意識はあったのだろう.もしかしたら,何もしていないのかも知れない.しかし,このまま何もせず,予定した時刻になって相手宅に向かい,もし相手が何かしていたとすれば.
自宅の電話番号を調べる余裕はなかった.もし見つけたとしても,それが転居前のものという懸念があり,そのリスクを抱えてでも時間を浪費するよりは,真っ先に行政を動かす方がいいと判断した.
私は確実に動転していた.救急ではなく,警察に通報してしまった.事情を話しているうち,無根拠な涙が流れた.無根拠だったが,流さずにいられなかった.警察とのやりとりを終えて数分後,消防から電話が掛かってきて,警察に話したこととほぼ同等のことを伝えた.既に救急も警察も向かっているとのことだった.消防との電話が切れてすぐ,また消防から電話があった.相手宅の詳しい位置などを伝えた.もうすぐ着くとのことだった.
十数分が経過した.無根拠な涙が止まらなかった.自宅から相手宅までは自動車で20分ほどの距離だったが,体が動かなかった.
相手は生きていた.傷一つ無く元気,とのことだった.
その後のことは,割愛する.要するに,いろいろ謝ってまわった.
自死扶助法を制定施行するために、(社会的でも政治的でもなく)純法律的にクリアしなければならない点ってなんだろうか。
本人の意思表示が他者に強制されていないことの立証かなあ…
しかし「ないこと」の立証って悪魔の証明だからなあ。無理なのか?
自死の意思表示前の3年内に効力を発した保険契約は無効とする。
(可能ならば払込み済掛金から事務経費を除いた額の相続財団への組入れは可能にしてあげたいけれど、それはさすがに生保がのまないだろうし、捨ててもいいでしょう)
あとは借金の問題か… 自死の前に借りまくって遊びまくった挙句自死、遺族は相続放棄してしまう場合(いわゆる自死前提での遊び逃げ)。これは貸し手側が可哀想だ。うーん、消費者庁(後述)の自死後の証拠調べの中で、債務がある場合にはその契約及び使途を洗い出したうえ、遊興費にあてていた場合は相続放棄を認めない、などの手当てが必要か? いや、何か無理筋っぽいな…
かと言ってここには何らかの歯止めが絶対に必要だよな。仕込んでおかないと市場から個人相手の貸し手がいなくなってしまう。それは「生きたい人たちにはできる限り迷惑をかけない」という原則に反してしまうよね。上手い手はないかな…
あー、刑法の殺人罪(未遂を含む。)について、自死扶助の場合は違法性阻却事由にあたるものとして可罰性を取り除いてやらんといかんのか。
だって自死について、痛いし苦しいしそうでない手段を選ぼうとするとえらく手間隙がかかって、とにかくハードルが高い、コスト(金額換算だけでなく、面倒くささをも含む。)がかかる。このコストを低下させることができたら、もっと気軽に自死を選べると思うのだ。BJのドクターキリコのような方に自死扶助を委託するコストが5万円ならば、これは素敵。
++++++++++
追記:あ、刑法にそのものずばりの条文があったから、殺人より何よりこちらを何とかしないとダメだよね。本当に隙だらけだ。すまん。
第202条 人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、6月以上7年以下の懲役又は禁錮に処する。
(未遂罪)
第203条 第199条及び前条の罪の未遂は、罰する。
すると… この手当ては最低限必要なのか?
第1条 刑法の一部を次のとおり改める。
同中「若しくは幇助し」及び「、または又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺し」とあるを削る。
…う~ん、やっぱりだめだ、第202条の立法者意思が分からないと小手先で条文に手を入れてもだめだろう。削る方向では本来網をかけなければならない場合を落としてしまう。A「Bさん、私を殺してください」 B「はい、分かりました」でBさんがAさんを殺すと6月以上7年以下の懲役又は禁錮になる。それはAの死後では結局「死人に口なし」となりAのBに対する嘱託の存否が確認できないからか? そうであれば「ただし、AのBに対する嘱託がAの真正の意思表示に基づくものとして他の法令に定める手続きが履践されている場合はこの限りでない。」とただし書をあてれば良いのか?
++++++++++
しかし、するとなあ… 自死の意思表示が明示的にも暗示的にも他者からの強制によるものでないことという要件は、更に重要性を増すことになるわけで。ここをどう仕込むか。公証人の前での宣誓だけでは全然足りないよなあ。
公証人との完全な相対で自己が自死を選択する理由及び原因について口述し、録取してもらう。うち、自己に対し不法行為を為したがため自死を選ぶこととしたと主張する場合、その不法行為を為した者及びその不法行為があったことに係る証拠(になり得ると少なくとも本人が考えているもの)を公証人に預ける。このように不法行為に対する損害賠償請求権を国家に承継させようとする場合、それは国家のリソースを費消することになるから、自死の意思表示のオプションとして選択できるようにする。選択する場合別に手数料の納付が必要だよね。破産手続き開始決定の申立て並みに、40万円程度で良いんじゃないかなあ。
自死が確認できた後、公証人はこれを…そうだなあ、できれば専掌官庁(内閣府自死管理庁?)であれば良いけれど、難しいようならせっかく作った消費者庁に引渡し、消費者庁はこれら証拠を調べて、不法行為に係る損害賠償請求を行って取れる見込みがあると想定する場合、当該損害賠償請求の訴えを被告の居住地、自死者の居住地または死亡確認地を競合的管轄権を有する第一審裁判所としてここに提起する。そして得られた賠償額から必要経費(原告代理人費用も含む。この訴えに限り、原告代理人を検事以外でも可として、訟務の所管を法務省から外す …とすると設置法の一部改正も必要なのか? これは調整がえらく大変そうだなあ…)を控除したうえ、残余を相続財団に組入れる。
消費者庁の証拠調べの過程で、刑事として立件しなければ社会正義が保たれないと判断すべき証拠が発見された場合、検察官への告発を義務付ける。
あとは18歳未満の自死扶助制度の利用を禁止する規定は絶対に必要だよな。可哀想だけれど。成年被後見人や被保佐人などの能力制限者も利用禁止。
まだまだ、というか全然法技術的に詰めきれていないなあ…
先ほど措いてしまった社会的な同意の調達は難しいかなあ。40代前半以下の有権者について、全く無根拠だがきっと現時点で10%程度の支持は取れそうな気がするのだけれども。楽に死ねるものなら死んでしまいたい、死んでも良いな、と考えている層は、一定以上いると思うのだが。
嫌気がさして転職活動。
とりあえず中堅どころで知ってる会社をググってみた。
正直いって研究って自分には荷が重いとも思ったが、仕事とは別にそこそこに研究活動もしてたし、検査に関しては新規技術導入とかも頑張ったし、前職の知識も役立てれば研究職も夢じゃないかなってう思ったりして勇気をだして応募してみた。
「研究職は埋まっちゃったんですけど、製造でよろしければ」
ああやっぱりね。
研究職なんて学部も院も職もずーっと研究一本の人たちにしか無理なんだろうなと。
まあ、自信がなかったのは事実だし、応募。
ええっと、実はその後怪我して入院。
「いいですよ。」
さくっと二次面接。
二次面接もさっくり。
「すいません、仕事の引継ぎの都合上、入社を遅らせてもらっていですか?」
「いいですよ」
応募から一年以上、内定から半年以上待ってもらってようやく入社。
なんだなんだ、就職氷河期とかいってるけど、ヌルヌルじゃん。
で、実際に入社してみたら、30代前半くらいまでほっとんど正社員いないの。
自分の部署の中で言えば、27歳の俺と、4月に新卒で入った人が一人、あとは30代中盤くらいまでみな派遣とパートと嘱託。
100人くらいで製造をしてる部署なんだけど、正社員は30人いない。
今年の3月から直接雇用に切り替わるとかで、派遣からパートに切り替わるから時給が落ちるとか。
俺なんかが中途で正社員でや取って貰い恐縮してる。
正社員として雇って貰った俺がすべきことは、それに値するだけ頑張ることしかない。
そう思ってはいるんだが、ほぼ飼い殺されてる。
作業見学と雑用が少し。
その他の時間は法律とか国の製品基準とか、ガイドラインとか、製造管理の専門書とかを与えられてほぼ読書。
9月の頭からだから3週間近く。
なんか連休ももらっちゃったし、いいんかなホントに。
民主党政権になって補正予算が凍結されるのを見越して、生活保護を受けている世帯の締め付けをやらなきゃいけないらしい。
嘱託職員で窓口になっている叔母の話なんだけどね。
うちの町では、生活保護は国からの金に頼っている。それも、最近の失業者増によって補正予算にかなり頼っているそうで、凍結されると生活保護費の支出で他の部分かなりの影響が出る。
かといって窓口に来た人が保護要件に適合している場合「金が無いので支給できません」とは言えない。
なにせ国の義務だから。
道路工事とか激減して公共事業はショボい、本屋靴屋服屋といった商店がどんどん閉店、生活保護申請は増える、公共設備の耐震工事はしなきゃいけない、上下水道も直さなきゃいけない、ゴミ回収しないと町が物理的に腐る、ということでみんなが働ける場所は減りまくってるのに支出は変わらないどころか増えているので、町には金が無い。
ところが頼みの国は、三日たつと言うことが変わる政権(が誕生する見込み)で、こと予算に関しては正直いって固まるまで全然信用できない。もしかしたら固まった後も信用できない。
窓口に毎日人は来る、でも払う予算がどうなるかは現場どころか町長ですら分からない。
仕方がないので、生活保護に使う金を削るということになった。
生活保護は憲法で保護された権利だからいきなり打ち切ることはできないので、まず受けている世帯に就労指導というのを出して、とにかく働いてもらう。で、理由はどうであれ、指導に従わない世帯は生活保護を打ち切るという手順をふむことになった。
問題は、うちの町には働ける場所がないということ。
割と頻繁に募集しているのはコンビニだが、そこだって欠員が出ればすぐに埋まるほどなので、どうしたってあぶれる人が出るのは指導を出す方だって分かりきっている。
問題はそのあぶれる人間。雇う側としては長く続けてくれるバイトの方がいいのは当たり前。
すでに40代後半になっていて人生半分諦めているような人はともかく、真面目に就職活動やって正社員になろうとしている若い人や、まだ小さな子供抱えているシングルマザーは、バイトは従にせざるをえない。
かといって、そういった人たちを役場で緊急雇用みたいなことはできない。補正予算でやっていた事業だから、予算が凍結されたら当然消える。
つまりどうなるかというと、ちゃんと就活していたりやるべき役目を果たしている、本来保護しなきゃいけない人から生活保護を打ち切られる可能性が高くなる。
「民主党を支持したのは生活保護一歩手前とかすでに踏み込んでいる人が多いみたいだけど、こうなるって分かってたはずなのにねえ」
とは叔母の弁。かくいう叔母も、補正予算が凍結されたら来年度の契約更新はないらしい。
知らないことが罪ってこういうことなのかな、と漠然と思った。
「ミンス政権になったら、地方公務員の仕事は楽になる。だから地方公務員はミンス支持」とか言っている方がいますが、そんなわけがない。
正直、仕事の楽さだけを考えたら、政権交代なんてしない方がいいに決まっているんですよ。
例えば民主党は
を、訴えてましたが
その前に、概要
老人保健法を改正して生まれたのが、「高齢者の医療の確保に関する法律(高齢者医療法)」
これにより、「75歳以上は市町村単位の老人医療から、県域単位の独自の医療保険にしよう!」とか「メタボ健診をしよう!」となりました。
これが、廃止されるとどうなるか
法律一つが廃止になっただけで、通常業務に加え、これだけ(まだまだありますが)やることがでてきます。考えただけで恐ろしす。
というわけで、大事なことなので2回言います。
http://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/minkan2007/pdf/001.pdf
平成17年度と19年度に微増しているが、この時期に伸びている企業の収益に比べれば、マイナス成長といっても過言ではない。
しかし、雇用においては微増が続いている。
http://www.stat.go.jp/data/shugyou/2007/pdf/youyaku.pdf
増えたのは、高齢者と女性である。この二つの階層に共通しているのが、低賃金という条件である。高齢者は厚生年金と給料との二重取りを行う為に、フルタイムであっても低賃金の方が都合がよいし、女性は家計の補助という建前から、もともと低賃金労働者であった。
この二つの階層の労働者が増加すると同時に、派遣・偽装請負の一般化によって、若年層は、フルタイムで働いていても低賃金という状態になっている。
これが、労働者数が増えているのに、企業が支払った賃金総額が減少するという構造の正体である。
この構造は長続きしない。
長続きしない理由の一つは、厚生年金はネズミ講であり、それを受け取れる高齢者にとっては年金と賃金の二重取りが、企業にとっては厚生年金を低賃金で労働者を使える補助金として利用する事が、それぞれ合理的になるが、年金を支える若年・中年齢層が低賃金・不安定な労働環境に置かれる事から、ネズミ講が回らなくなる上に、消費が冷え込んで不況になる。
高齢者は支払った以上に受け取って逃げ切れるかもしれないが、支えさせられている若年層にとっては、踏んだり蹴ったりであるし、厚生年金を賃金の補助金として使う企業が少数派であるうちは問題は表面化しないが、統計的に有意なデータが出てしまう程に使われると、年金制度自体が不況の原因であるという解釈をしなければならなくなる。
夫婦で共稼ぎというのも、男女平等と言えば聞こえは良いが、共働きが一般化すると、労働者の過剰から、共働きでなければ生計が維持できない程度にまで賃金水準が下がっていく事になる。これも、共働きが少数の内は収入を増やせる裏技であるが、統計的に有意なデータとして出てしまう程になると、共働きでなければ生計が維持できない程の低賃金が常識となってしまう。
共働きになれない若年労働者は、親離れできない低賃金労働者でしかなく、共働きをしている夫婦においても、妊娠や病気や老親の介護といった問題が発生すると、途端に生計が破綻する脆弱性が存在するようになってしまう。
共働きや、年金と賃金の二重取りを禁止する事は不可能であるし、女性や、一定の年齢に達した人に、賃金を受け取る労働をしてはならないと決める事も不可能である。国会議員や医者だけは別というのは、成立しない。年金と賃金の二重取りを無くすだけならば、年金のネズミ講である部分を廃止するというのが、妥当な対策となりえる。
社会保障を、ネズミ講や丼勘定から自分が積み立てた分を受け取るだけという金額を明確にする積立方式に変えることで、年金と賃金の二重取りという発想は消え、共働きにおいては社会保障口座への義務的積み立て額を増やす実質的な増税策によって、低賃金での労働力のダンピングという発想は消えると思われる。
共働きが問題なのは世帯収入における不平等であるが、世帯が直接老親の経済的扶養義務を背負うのであれば、働くならば稼ぎの大部分を老親を支えるのに吸い上げ、働かないのに老親が居るならば借金が増えていくというやり方で、労働力のダンピングを止めさせられる。
同様に、定年退職して退職金を受け取ってから嘱託として低賃金で労働市場を荒らし、賃金と年金の二重取りをする高齢者を無くす事ができるようになるのである。
今日は、仕事が休みで、今は、PCにむかって他の増田たちのエントリ眺めてる。 暇なんで、自分のことについて考えてみることにした。
夜の動物園に行って、
別の日にデニーズで食事しながら女友達の過去話【元カレとの結婚話が無くなったこと】を聞いて、
実はその後、海を見に行こうとも誘われビーチへ行って、
昨日、それぞれの職場がそれほど離れていないので、ダメ元で仕事帰りに呼び出してみたら会うことができて、
で、今、その女友達からちょこちょこメールが入ってくるようになっている。
出会ったのは、今からおよそ1年前。
きっかけは、記述の通り市民団体の活動に参加したのがきっかけ。
当時は、名前を知っている程度だった。
ホントつい最近まで、会うことすらなかった。
それがどういう訳か、マメに連絡するようにる。
始まったのは、この2ヶ月くらいっていうか、今かも。
なんか、他の増田エントリみてると、自分のスペックを考えるだけで、恋愛とか結婚とかから話が遠ざかる。
でも、そろそろいい年齢だねと、周りからささやかれる。
そんな時に出会ったのがこの女友達。
これは、恋に発展する可能性があるのかどうかって考えてみてるんだけど…
正直今は、恋愛が怖いと思っている。これには訳があるんだけど。