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はてなキーワード: 喜劇とは

2012-02-11

ルーゴンマッカール叢書を読破しないうちにバルザックにはまってしまった

エミール・ゾラの『ルーゴンマッカール叢書』

まだ全部読んでいないのにバルザックに目覚めてしまった

バルザックか 『セラフィタ』は面白かった

『谷間のゆり』でヒロインうんざりして『従妹ベット』の細かい描写で嫌になって

そのころ『ナナ』を読んで一気にゾラへ興味が移ったのだけれども

バルザックの『ゴリオ爺さん』でバルザックの方が面白いなと

ゴリオ爺さん』あらすじ

名家の流れを組む貧乏家庭の長男イケメン)がパリ大学勉強出世の為にやってきて

最初勉強に打ち込もうとするんだけど、コミュ力必要性に目覚め

カリスママダムとして活躍してる従妹に、コミュ力教えてもらい

下宿先のワルからは、勉強しても元手となる金が無いと望むような出世は出来ないという現実

を教えられ


社交界美人マダム愛人となり知名度をあげて

芸能界上流階級でもいるよね、有名お嬢様学校出たトロフィーマダムな奥様や

よく分けのわからない肩書きの芸能人の夫、夫や妻の知名度を利用して商売をしてる人

イケメンくんは貧乏でも貴族です)

社交界でやっていく事を目指すが

金持ちマダム愛人となるには身だしなみに

金をかけることが必要と悟り家族に金の無心して、「ゴリオ爺さんに金をせびる娘たち」と

同じ事をしていると気づきブルーになるが、腹をくくってこの世界に挑む

社会的成功する為にはイケメン高学歴かつ家柄があっても、身だしなみにかける金や

金持ち社会でのコミュ力が無いと厳しいという現実を書いてるのが面白い

下宿先のワルのその後を書いた『幻滅』や『浮かれ女盛衰記』はまだじっくりとは読まず

パラパラページをめくっただけだけど、かなり面白い。『幻滅』は現代のネットメディアステマ騒動にも

通じるところがある

早く人間喜劇シリーズの続きが読みたいのに市立図書館工事2月29日まで完全閉館

2月終わるまで続き待てない。

本屋ではバルザックまり種類置いてないから、電子書籍で『浮かれ女盛衰記』買うか

ルーゴンマッカール叢書」+「バルザック全集」だと本棚場所かなり取るから

こういうとき電子書籍っていいなと思う

2012-01-29

今頃鏡音三大悲劇の一『悪ノ』シリーズ

または希望絶望連鎖について書き捨て。




『悪ノ』シリーズって何ですか

音声合成DTM製品VOCALOID2 CVシリーズ」の第二弾である鏡音リン鏡音レン」を用いて作られた一連の楽曲作品。詳しくは検索

小説とか漫画とか劇化もされてるようだけどそっちはノータッチなので除外。なんか詳細設定とか山のようにあるらしいけどあくまで元動画とその歌詞情報源を絞る。

核となっている曲は『悪ノ娘』と『悪ノ召使』の二曲。

前者はある国で暴政を敷いた愛らしい王女革命によって倒されるまでのことを歌った歌、後者はその王女に仕えた召使い視点から同じ一連の出来事を歌ったもの

YouTubeとかに死ぬほど転がっているのでこの文章を読む人にはできれば聞いといてほしい。ネタバレを含むので。『悪ノ娘から先に。

英語版ならEnnという人? が歌ってるやつの歌詞が好きだな。情報量が多くて。



なぜ『悪ノ』シリーズを取り上げるんですか

身も蓋もない言い方だけど「売れてる」から

ニコ文化中高生とかOTAKU中心に大人気とは知ってましたが劇って。コミカライズくらいまではわからんくもないが劇。

ファンとはいえそこまでのめり込むほどか。何がそんなに優れてるっつーかウケてるのだろう、という話です。

「優れてるからウケてるんじゃねーよ」というお話はあるでしょうがまあそこはおく。ぶっちゃけ「優れてない」点はいっぱい挙げられるし。

たとえば物語終盤の交代劇とかバレねーわけねーから常識的に考えて、とか。

・仮にも国のトップなんだから、立てるならもっとマシな影武者を立てるのが普通というもので、脱がした瞬間バレるようなのに気がつかないとか革命が総崩れしかねない。

  いや史上の狂乱というのは往々にしてそういう熱狂が高じてもはや狂気〜みたいな面があんだろうことは否定しないけど、そんなの後世には物好きな歴史家とかにケツの毛までひんむかれるレベルまで分析されるのが当然なんだからさ。恥ずかしい性癖が伝わっちゃってる為政者が今どんだけいると思ってんの。読んでないけど正直小説版にはクビ落としてから替え玉と判った革命軍の偉いさんとか偽史として押し通してきた『召使』側の話を証明しちゃったアマチュア研究家とかが裏で始末されるドロドロとかがきっとあった! と信じている。三次創作

・本物も見物に戻ってくんなよ。そこでバレたらすべてがガチで水の泡よ。危険すぎるだろ。

…とか、突っ込みどころはとってもたくさんあるわけなんですね。文化ルーツしっちゃかめっちゃかだとかそもそも歌詞ちょっと拙いとかね。

にも関わらず、絶賛者とかいっぱいいる作品でもあるわけで。合唱とか英語版とかあって再生数すごいし。

何がそんなに人を酔わせるのかしら。それがロマンスというものなのか。

いやねーだろ。これロマンスじゃないじゃん。中世騎士物語とかほんのちょっぴり読んだことあるけどコレジャナイ感すごいじゃん。

三大悲劇って言われてるけど悲劇ですらねーだろと言いたい。少なくともwikipedia曰くの古典主義的・新古典主義的「悲劇」では絶対ない。

それでは「これ」は何なのか?



ウケた要因の私的解釈

まあアレじゃん。ジェンダー界隈でいう性役割意識がどうこうとかあと男の娘ブームとかなんかそんな。

あとこれ国家の皮をかぶった家庭悲劇なんですよね。一種のセカイ系というか。

このお話は王家に生まれた男女の双子のうち女が王家に残されて(おそらくは凄い抑圧とか受けて)暴君になって、男はどっか養子とか?出されて召使いとして戻ってきたつーことになっていますが、男をイエに残して女はよそに嫁がせるつーのがどっちかというと鉄板ですよねこういうの。

「なんでそんなことになっちゃったの」というのはきっと小説版とかが政治派閥抗争がどうのとかに絡めて辻褄つけてると思うのでおいといて、「よくこれでウケたな」ってーのをですね。

この作品は基本的にすごいストレスを(受けたくないに決まってるけど)受けなくてはならない人間が見るとツボに来るようにできてるんスね。

よく何かこう、最近の若者は〜的な文脈で、男が女っぽくなっただの女が強いだのと言われますよね。いや印象だけど。自分の観測範囲内の話だけど。観測範囲内でもいい加減下火っていうか言い古されて説得力がアレな言説だけど。

少なくともこの作中ではまさに男がやるようなことを女がやっているわけで、そこんとこのギャップがウケてるっていうのはあると思うの。

鏡音リンってキャラクタ的には妹系ってんですか? 笑顔がかわいくてドジで〜みたいな感じだと思うんだけど、それが女故子ども故の残酷さみたいなのを全力発揮してるあたりのギャップもあると思う。

そう、彼女は良い為政者ではない。聖母聖女は齢14で「お金が足りなくなったなら〜、愚民から搾り取れ〜♪」なんて言わない。普通の女でも言わない。

彼女はむしろ聖女みたいな女に恋人取られたら相手の国ごと潰して復讐する程度にはやりたい放題の女のコ☆です。

しかもそのレベル人格破綻者まで「最初は無垢だった、ホント彼女は悪くない」的な補足が入るわけです。これもウケたツボだろう。

イエのあれこれとか人間関係でむっちゃ我慢とか強いられてるけど正直破裂したい、けど破裂したらあとが面倒だけど破裂したいけどあああああとか思ってる人間にはとてもツボ。

破裂したい人間がなぜ破裂しないかって、破裂すると崩壊するナニカがあるわけで、この王女の話は破裂してナニカを崩壊させてしまったってことなので「ああ、あんな風にならないためにも我慢がんばらなきゃなー」とか、「私がしてきた我慢は正しかった!我慢しなきゃああなってた!ざまあwww」とかいろいろと解釈できて美味しい。

それだけなら単なる破滅劇なんだけれども、これを悲劇にするのが王女と対になる召使い存在ですね。『悪ノ召使い』は『娘』よりもあとに発表された作品ですが、何千回単位だった再生回数を100万くらいまで押し上げたらしいっす。

「顔の良く似た」召使いは(内緒になってんのか知らんが)召使いってことになってるが王女双子です。これをまず物凄く突っ込みたい。王家の血縁が人に使われる側に回ることのあり得なさとか。でもまあそれはいい。

召使いは破裂しそうな王女のそばであれこれ世話を焼くわけです。王女の命令なら惚れた相手も暗殺してくる。それくらい自分を殺している。

ある意味王家という枷つけられてる王女と完全に同類なわけですが、召使いはそれほど人格破綻してないというか暴君的な方向に爆発しそうではない。

彼には「王女のため」という大義があるからです。彼が背負っても良かったモノを彼女に背負わしたら歪んでしまった、王女がこんななってるのは彼にも責任がある。

からその責任を果たすためなら、ほんのちょっぴりの「自分」も捨てられる。盲目的に尽くせる。

完全に「家庭なるもの」の中で板挟みになるガキそのものですね。あとほんのりとした近親愛。これがツボをつく。

オチはもうその最たるものですね。自分を殺して殺して殺して…の召使いは本当に自分を殺してしまう。王女はその代わりに助かる。

要は例えば機能不全気味家庭のお子様らには神話のように美しい物語だということですおわり。



鏡音リン・レンなるソフトは作中やファン間でも双子ってことになってますが公式的には「鏡に映るもうひとりの自分」的な感じではっきり双子ではないらしい。

というのもなんかこう、意味深ですね。

「破裂したい自分」と「尽くしたい自分」の両面のような感じ。



怖ェなーと思うのがこの作品が世界規模ですごい再生回数稼いでるという事実

機能不全家庭の子どもにばかりウケてるわけじゃねーとは思うが、でも例えば上で述べたような「この身代わりはあり得ねーだろ常考」みたいな意見はたぶん野暮としてブーイング浴びるだろうし、きっと小説版あたりで「そうするしかなかったんだよ…」みたいなことが切々と説かれていたりして要するに反論として封殺されることが明らかなわけです。

実際には例えば召使いの行動として「二人で一緒に逃げる、最後まで王女のそばにいて守り通す」みたいなのがあっても良かったはずだし一昔前なんてそれで逃げ切れなくて死んじゃってーみたいなのが悲劇テンプレ化してたような時代があった気がするんですが、そうならない。

何というか、すごい絶望的で、しかもその絶望絶望のまま肯定されて同類間で共有されてる感がする。

そういう方法絶望連鎖して伝播しているような感じがするのです。



何が気に入らないの?

漫画家とり・みき氏の言葉(の引用引用)だけど、こういうのがある。

人が涙を流すのは必ずしも作品の出来とは関係がないのだ、と。

 かつて自分が何かに感動した時にできた涙腺回路のようなものが頭の中にはあって、そこにピタリとはまるような場面だの言葉だのを見聞きしてしまうと、涙というのはどうやら自然に流れる仕組みになっているらしいのである。歳をとると涙もろくなるというのは、つまりそういう回路のパターンが増えているからではないか

個人的にこれは結構ガチだと思っているんだけど、一点だけズレてる部分がある。

ここで書かれてる涙腺回路の起動スイッチである「感動」っていうのが、自分個人に限っていえば何か崇高なものに触れて心を動かされたとかではなくて単純に傷つけられたときのことを指すようになってんのね。

まりこの文章に則って言うと、自分はある一定の場面とか言葉だのを見聞きしてしまうと自動的に繰り返し繰り返し傷つくようになってしまっている。

恐ろしいことなんだけれどこの「回路」が結構強固で、俺はこいつを潰しておかないと日常生活が送れないっていうレベルでいろいろと不便。具体的にいうとAED講習で実際の救命現場の録音(子どもが突然心停止して倒れたそばで手当てする人とか救急車呼ぶ人とかその子名前を狂ったみたいな大声で必死で呼び続ける母親の声)聞いたときとか、アレ本当は命が助かる感動的な場面のはず(「とりあえずはもう大丈夫です」まで録音されてたはず)なんだからすごくイイ話だと理屈では思うしわかってるんだけど生々しいやりとりそのものがあまりにもショッキングでしばらく「親子」みたいなキーワードで突然ぼろぼろ泣くようになって本当に困った。もうすぐ一年になる例の津波関連も未だにいろいろな場面でダメージ。直に被災したわけでもないのに。

閑話休題

から例えば映画とか小説なんかで「泣ける」みたいのを売りにしてるのは基本見ない。

そういう作品は大体が回路起動ツボを外していて(かつ、他の例えば大爆笑回路の起動とかには結びつかないので)白けるが故に、そしてごく少数の作品は客観化が十分でツボ自体から適切に距離を取れるが故に、涙腺回路起動までに結びつくことは滅多にないんだが、それでも見ない。

何が楽しくてそんな自傷行為をせねばならんねん。

でも例えばナイフは指を切るだろうとかわかるけど、この作品で泣くようになるだろうとか普通は読んだり聞いたりするまではわかんないわけじゃん。

で、『悪ノ』シリーズも回路の起動スイッチになってしまったので、困ったなー。と思っている。前述の録音ほどの威力はないしもうだいぶ整理して削いだんだけども未だに人前ではこの曲聞けねえ。

あの召使い台詞で泣かねー奴は人じゃねーみたいなコメント動画についていたりして、それを「気持ちはわかる」と思ってしまう。

気持ちはわかるけど、実際問題召使い馬鹿だし王女馬鹿でみんな馬鹿すぎて救いようがないと思う。「崇高なもの犠牲になる」みたいな楽しみ方は視点が狭すぎて阿呆だと思う。

いろんな人が感動してファンになって翻訳とかされてるのはわかるけど、作品としては全然優れてないと思うのです。

他の作品と比較してどうとかではなく、あの物語自体にもっと洗練の余地があるということ。

そして洗練されるとたぶんあれは悲劇オチ(と取ってつけたようなハッピーエンド後日談)じゃなくてちゃんと喜劇にもなれたはずだなー、悲劇にしてももっとレベルの高い悲劇になれたはずだなーと思うということです。



何を望むの

物語の洗練」を。

機能不全家庭の傷なめ的なものでなくて、もっとちゃんと救いとか絶望とかが欲しい。

あわよくば希望を手に入れて、それを連鎖させて伝播させたい。

具体的にいうとこのネタ小説でも書いてそれで旅行のためのおこずかいとか稼いでみたいんだけども、まあおこずかいにならなくてもいいから二度と回路起動スイッチにこのネタで手を触れられる奴がいなくなるように自分でパテを塗っておきたい、そのために小説を練ってみたい、ということでした。

すでにやってる人いるけどねそれ。舞城とかね。でも最近なんか舞城も振るわないっていうか、「その先が欲しいんだけど!」みたいなあたりで止まっちゃってる感するからね。ジョジョノベライズ期待してます

2012-01-22

[]ハイテンションな人が手放しで賞賛される社会はしんどい

http://d.hatena.ne.jp/Lobotomy/20120121/p1

むちゃくちゃ同意

人の笑いや泣きがどれだけ簡単に操作できるかについては

http://www.nicovideo.jp/watch/sm8905211  でも見れば一発で分る。



しかし、上の記事に同意するからこそ残念に思うことがある。

世の中って、感動屋の方が人を動かすことが多いのだよね。

というか、本当に

・「嘘だとかって言う前に感情が動くほうが人生充実してない?」

・より多く感動した方が素晴らしい人生を送っているというのが正しいとすれば、我々の大半の人生オウム真理教信者よりもつまらないことになってしま

こういう人多い。

で、こういう人が多く集まって、それが正しいのだって空気が形成された空間、プチ社会は本当に息苦しい。

私にはこれが形を変えた体育会系とか吉本喜劇のクソヒエラルキーのように、脳が酸素欠乏になればなるほど偉いみたいなドMの集団にしか見えない。




はてなは、そういうのが苦手な人が多いと思う。他人に笑顔を強いられるくらいなら自虐することを選ぶくらいそういうのが嫌いな人が多いと思う。

上の記事のような、ユーモアアイロニーでこういう空気に冷水を浴びせる記事が人気になりやすい。

多くの人が批判記事を書いて抵抗の意思を示す。

しかし基本的にはてなの人たちの努力はか弱い。

ハイテンションな人がちょっと本気をだせば、あっという間に2500ブクマ越えを達成してしまう。

ゲーセン少女など可愛く思える、病弱な少女を酷使して死に至らしめておいて、泣けばすべて許されるという初期ケータイ小説的な道徳を描いた虐待推奨小説が300万部のベストセラーになることを止めることはできない。

ハイテンションな人の熱狂には結局勝てないのだ。

その理不尽現実ますますはてな民を苛立たせるが、早いところ受け入れざるを得ないのも事実だろう。




頭が冷えているときは、「人と人って簡単に分かり合えないよね、というか絶対に分かり合えないよね、みんな一人で生きて一人で死んでいくんだよね」ということと向き合わざるをえない。

そういうのは人気がでない。人気が出ないと言うか、あまりオススメしない。

特に今みたいに、支えとなるものが金くらいしかなかったのに金すらもない状態で、そういう訓練したことがないのにいきなり一人で向きあうのはむしろ危険だとすら思う。

ある程度みんなそれがわかってるから、すごくつまらないことでも共有して盛り上がってハイテンションにはしゃぐ。

とにかく泣く、怒る、やばいやばい黄色い声で絶叫する。そうやってうすっぺらい経験を少しでも濃いものとして錯覚しようとする。

自殺しないで生きていくためにはこういう必死努力が必要なんだろう。 

そういうことを考えると彼らは彼らなりに生きるのに精一杯なのであって、愚か者といって批判するのもなんか違う気がする。



命がけではしゃぎまわり、群れようとする彼らには勝てない。

勝てないのだから最初から勝とうと思ってはいけない。

でも負けを認める必要もない。負けを認めて、彼らのルール適応しようとして頑張ってモテ系の記事を読んでも、どうせ一度冷めた熱は上がらない。

自分が楽な生き方を考えるしかない。

日本人のうち9割はドMなんだ、でも僕はMじゃないんだ、体育会系ではないんだ、とはっきりとカミングアウトする勇気が必要。

意識して別路線を選ばないと、その自覚を持ってないと、生きるのが苦しくなる。




そんなことより今週のハンターハンターがめちゃくちゃおもしろくて生きるのが辛い

うわーそうきたかー。 蟻編とはなんだったのか、どころか、24巻あたりの伏線がこんなところで生きてくるとは。富樫神すぎるだろ。




追記

感動してる人たちを斜めに見て自分を高みに置こうとするのも嫌いという結論にしかならないな。

から、私はその上下とか高低ってのがいやだから、横に広げようとしてるわけよ。ヨコのものをむりやり縦に考えないといけない病気でないならそこは理解してください。


H×H単行本シリーズ累計5500万部でていてケータイ小説トリプルミリオンなんか鼻で笑えるくらいハイテンションな人御用達コンテンツと思うけど。あたなが横と思ってるものこそ縦かもしれんぜ

系のツッコミありがとう。それについては一つ目のトラバの返信に書いてあるから読んでね♪

ハンターハンターを好きなオレは縦社会から抜けだしたヨコの人間だと主張するつもりもないし、どんなマイナーな作品が好きだろうが、それはただのマイナー好きです。

あと、文中でも述べているように、ハイテンションな人たちを批判するつもりは全くないんですよ。それどころか彼らの気持はよくわかるつもり。

私が言いたいのは、「ただそこしか場所がない」という考えから抜け出したい、ということなんですね。 

必要ならみんなで盛り上がっていい。 何かをきっかけにして、人とつながりあう感覚は時々必要になりますキャッキャウフフな人たちを批判するつもりなど毛頭ない。



分かりやすいように話をぐっと傾けると、「・・・してたら楽しかった!」が逆転して盛り上がることやつるむこと自体が目的化され、常態化されるような状態は嫌だってことです。

これずっとやってると感情が薄まるんですよね。良い方向でも悪い方向でも自分の頭が麻痺してくる。

形的的を追い求め過ぎて、外からみるとリア充だけど中身は・・・って経験は誰にでもあるでしょう?

・・・と、ココらへんまで話を傾ければ誰にでもわかってもらえるとは思うんだけれど、私がいいたいのはそこまで傾けない状態のことです。

ここまで極端な話をシなくても、もうちょっと手前の微妙なところで、しんどいって言うくらいはいいじゃない、と思うんですがどうでしょう

単純に言えば、あんまり周りに振り回されずに、好きでないものや、必要でないもの、必要でないタイミングにはNoという。 

その代わりに好きなものやここだというタイミングではワッと楽しみたいです。感情を濃くしたい。そんだけ。




追記2 

反応が帰ってくるのは予定していたとおりだけれど、内容は予想以上。我ながらナイスアシストができたと胸を貼りたい気分。

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20120124/1327388248

彼がまともな記事を書くと、普段の彼とバッティングするというのが非常に味わい深い。

私はこれから岩崎さんの綺麗な面を際立たせるような、彼がまともな記事をかけるような問題提起をしてきたいと思います

今回は、直接作品について、しかも悪口の形で触れてしまったのである意味反則です。

そうではなく、岩崎さんの正義の心を激しく揺さぶるようなテーマ提供していきたい。

最近岩崎さんはスランプらしく、自分で考えて記事を書くことができないみたいなので、みんなもアシストして行きましょう。


あと非常に悲しい誤解があります

またぼくの悪口がはてなに書かれていた。

私は岩崎さん個人は大好きですよ。

大好きすぎてハックルブログが富樫化してる最近は生きるのが辛いくらいです。

岩崎さんは好きだけど、もしドラゴミだと言ってるだけです。その点だけは誤解して欲しくないな。

2011-10-20

理由もなく感動

POPドン三郎という無名喜劇俳優がいる。


彼の舞台が好きでいつも通っているのだが、

観ていて関心すうることが3つある。



アドリブうまい

同じ舞台を観てもいつもセリフが違う。

野菜が好き

だいたい舞台では野菜をかじっている。

・未だに水中クンバカを鍛錬している

30秒が限界ってオチがひどいw

2011-07-13

http://anond.hatelabo.jp/20110711193536

いやいや、そんな難しく考えちゃいけない。

元増田は要するに暇人なんだよ。

生きるか死ぬかの生存競争をする必要もなく、よっぽどの事をしなければ仕事もクビにはならない。

でも人間としての心が安全で安心で永遠に続く日常に正直うんざりしてて

悲劇でも喜劇でもいいから、とにかく心がざわめくエピソードが欲しくて無理やり作った。

それがこれ。

感受性の失われていく子供たちを悲観する自分。っていう無理やり作った悲劇。それだけ。

悲劇に打ちひしがれる自分っていうどうでもいいエピソードを作り上げただけだよ、この増田は。

2011-02-12

生まれて初めて好きな人ができて毎日楽しくて浮かれてた。

したら去年その人が事故に遭った。今はリハビリ中。


神ではないけれど、世界俯瞰して人の悲劇や喜劇を娯楽として楽しんでる奴はいるんじゃないか

2011-01-10

疑問に答えるための疑問と、その回答から導き出された仮定のいくつか

(疑問1)「万能」である「神」には「失敗すること」ができるか?

(回答1)論理的には矛盾が発生するように見えるが、それは言葉の不完全性からくるもの。

     実際には「失敗することはない(従って、「失敗すること」はできない)」とする方が妥当。

(仮定1)「神」は「失敗すること」をやらせるために「自らに似せて」人間を創った。



(回答2)「神」は遍く時空に存在するのであるから、同じコトについて失敗することも成功することも、常にしているし、できる。

(仮定2)我々もまた、「神」の失敗作であり成功作である。従って、神は我々を「このように創りたかった」のかもしれないしそうではないのかもしれない。現実の我々を見ても、そこに神の意図を読み取ることはできないかもしれない(たとえば我々が「こんなふう」なのは、神の狙いではなく、悪魔がきてしっちゃかめっちゃかにしてしまったせいかもしれない。もっともその「悪魔」も、「神」が自らを失敗させるために創ったものなのであるが(訳が分からないと思われるかもしれないが、実際上記の定義に従えば、神は我々から見ると統合失調的に見えるはずだ))。



(回答3)「神」は「試行」しない。完全な存在であり「可能性」の中に無い以上、「~してみたら"成功"した(or"失敗"した)」という概念自体がない。決定論的宇宙の中では前提となる疑問1自体が成り立たない。全宇宙の全時間をたとえば一つの小説」と考えてみよう。作者は「小説」の『中』に『失敗を書くこと』はできるが、作者が小説において『失敗すること』はできない(書き直せばすむことだから)。

(仮定3)従って「神」はまさに「こう創った」だけであって、それが悲劇であれ喜劇であれあるいは不条理劇であれ、全ては「すでに書かれたもの」として在る。物語の登場人物が作者の意図を推測するのは勝手だが、そうすることも含めて作者の狙いでありあまり意味はない。

それでも「この宇宙」はどのような物語か?と問うてみたい気持ちは分かる。とりあえず、あらゆることが総合して入っているところを見ると一種の総合実験小説とも言えなくはないが、意外とただのしょーもないラノベかもしれない(何しろ我々が神に似ている以上、神の振る舞いは我々に似ているかもしれないのだから、我々が生み出すものが神の生み出すものに似ていることは充分考えられることである)。油断してはいけない。




http://anond.hatelabo.jp/20110110092013

に対して回答するための、手続きとして。

2010-12-09

書き捨ててるくせに文章を消すな

増田匿名ダイアリーから、自ら実名を書き込みでもしない限り誰が書いたのなんか分からない。誰が分からないんだからトラバを撃たれたところでそれは個人宛ではなく「記事に」あてたトラックバックに過ぎない。

なのに、それなのにトラバの一つ二つがついたくらいで記事を消す心の弱い人間が後を絶たない。

「お前」の記事で「お前を」特定することはできない。会話などしていない。トラバのツリーに有機的な何かを見出すことは可能だ。

漏れらがトラバを打つのは、コミュニケーションのためではなコンテンツはてな匿名ダイアリー)のためだ。枯れ木も山の賑わい。駄文トラバ喜劇と化す。

それを理解してるのかしてないのかわからんが、記事を消す輩がいる。記事を消されるとトラバ元がなくなるからツリーが壊れ、コンテキストまで破壊される。

漏れらが作成した文章は、手間は、徒労に終わる。

それって、増田たちに無駄骨を折らせていることであり、つまり信用を損ねている行為なんだぜ?

心が弱く、トラバが個人への攻撃に見える場合もあるかもしれない。しかし、だ。自分だけではなく周りを思いやるという気持ちがあるなら、今一度思いとどまってみてほしい

その記事を消すことで、喜ぶ人と悲しむ人、どちらが多いだろうか?

賢明増田の諸君なら理解できると思う。

その記事は、消すべきじゃない!

2010-08-10

ブス小説が読みたい

シラノ・ド・ベルジュラック

ノートルダムのせむし男』

オペラ座の怪人

醜い男が恋をする悲劇は古今東西ありふれているのに

醜い女の悲劇は見たことがない

身を弁えない女を笑いものにして喜劇にするか、魔法で美しくなるかだ

ブスがブスのまま苦しむ悲劇を読みたい

増田増田、本好きのお前らなら俺におすすめタイトルを教えてくれるね?

2010-07-01

死にたい」と100万回思えば

単純接触効果で死ねるようになると信じて

1時間毎に「死にたい」と思っていたら

大分年をとってしまいました

悲劇で喜劇です

2010-06-17

歴史は繰り返す、一度目は悲劇、二度目は喜劇

民主支持者「テニアン移設が本命ソースは総理のブレーン!普天間移設とか言ってるやつは情弱!」

鳩山総理普天間に移設します」

民主支持者「所得税引き上げが本命ソースは総理のブレーン!消費税引き上げとか言ってるやつは情弱!」

菅総理消費税引き上げます」

2010-03-30

「言及するなら許可をとれ」というエロ漫画家

この件で唯一面白いのは以下の漫画家tweet

仕事の合間にTVをちょっと観る。僕の漫画がテーブルに置かれている!おい!誰に許可取っているんだ!

松山せいじ

いきなりテレビ自作が叩かれたので気が動転したのかもしれないが、自作が公の場で非難されたからといって「許可をとってない」と泣くのは愚かすぎる。いかに酷く誤読されようが理不尽言いがかりをつけられようが、公刊して天下に問うたものに対する批評を制限する権能など作者にありはしない。この漫画家が「猪瀬直樹誤読している」と猪瀬の許可なしにブログに書くことのできる自由と同じ自由がそこにあるというだけのこと。

エロ漫画家自作の「誤読」をヒステリックに訴える、というのは喜劇的ですらあるが、人生かけて描いている作品が昼間のテレビ有名人槍玉にあげられたというのは、そんなに過敏に自己弁護すべき状況でもないように思う。いかがわしい表現意識的にやっているならむしろ誇ってみせてもよいはずだ。自分ブログで生活とか家族がどう、とかそういうところに同情を求めているところからみると、そんなに鷹揚に対応する度胸も生活力もないのかも知れないが。

そしてこの発言について思ったのは、「無断リンク禁止」とか「検索よけ」的な陽の下で一般人に言及されるのを嫌う態度と相通じるような気がする、ということ。狭い自分サークルの圏外からの「勘違い」な言及を過剰に嫌悪する、というのは二次元界隈の皆さんには共有された感覚なんだろうか。

今回の件は話題が話題だけに「叩かれてナンボだろ」というつもりはないが、「表現者」が擁護するに足らない存在だと思わせてしまう対応は間違いなく逆効果2ch にもブックマークにも「許可はとれよ」というコメントがけっこうあるが、引用にも紹介にも批評にも非難にも誤読にも不買運動にもファシズムにも「許可」は要らんですよ。もちろんこの漫画家ヒステリックに殉難者を気取ることも自由なわけだが、いかなる表現であれそこには常に文脈に依存した政治性が付随するということは批評表現も同断なわけで、名のあがった、すなわち猪瀬と同じ言語空間で発言できる可能性のある今こそうまく振る舞うべき。

2010-02-13

スノーボーダーの「品格

ttp://blog.livedoor.jp/augustoparty/archives/51400071.html

“IOC国際オリンピック委員会)は官僚組織である。

スノーボードはFIS(国際スキー連盟)の傘下に押し込まれている。

スノボ界にとってこれは容認しがたい屈辱だ。

彼らは「スノーボード独立した競技、文化」という誇りを持っている。



だから有力なスノーボーダーはFISのW杯に出ない。

主たる活躍の場はXスポーツイベントだ。

日本選手はどういう事情か知らないけどFISの大会にちゃんと出る。

有力選手の出ない大会だからいい成績を残す。

トリノ五輪ではこれが大きな誤解、喜劇を生んだ。

日本メディアW杯の成績を根拠に「優勝候補」を祭り上げた。

実際の結果はご存知の通りである。日本選手は惨敗した。

だらしないから、気持ちが弱いからそうなったんじゃない。

W杯の成績は全く意味の無い指標だったというだけである。

この国のスポーツメディアはまだ「鎖国」が続いているようだ。

「お前らそんなことも知らないのか」と呆れた。

2010-01-16

効率至上主義

もう哲学とか歴史とか文学とか研究してもダメなんやなw

就職スキルを身につけなかった「自己責任」にされてしまうんやなw

資本主義万歳やなw 悲劇やなw 喜劇やなw

2009-10-28

http://anond.hatelabo.jp/20091028210459

元増田の文章を衒学的と揶揄した俺が推敲してみた。

 

 

俺はたぶん頭が悪い

人間の脳にはスーパーコンピューター並みの処理能力があるらしいが、俺の頭脳はその説に異を唱えたくなるような代物だ。

そんな俺が頭の良さってやつを論じてみるわけだ。

こんなものを誰が読みたがるのか、その意味からして真っ向から否定されても当然な行為ではあるが。

 

本題に入る。

つい先日夜遅くまで増田で議論を戦わせていたのだがその間、頭が悪い罵倒をされること数回。

いや困った。傷ついたとかそういうことももちろんあるのだが、それ以上に困ったのは、

俺が俺自身のことを多少なりとも賢明だと思っているからなのだ。

冒頭と言ってることが違うのは承知しているが、仕方ない。

客観的に頭が悪そうなやつの主観が、現実と大きく食い違ってるなんてことはありがちなことだ。

 

恐らくこれからも繰り返していくのだろう。「俺って頭いい!」→「すいません馬鹿ですみません」なんて出来損ないの喜劇を。

 

まあ人間だからそういうこともあるわな、とかそういう話で終わっても良いんだけど、何度となく人から馬鹿馬鹿と言われ続け、

それじゃ「頭が良い」ってどういうことなのか言ってみろよ! と行き場のない怒りを覚えてしまった俺を誰が責めよう。

 

その条件をひとつあげるならば、それは他人を納得させることができる、ということなのだろう。

少なくとも議論の場では、プロタゴラスは頭の良い人間だったのだ。

その上に正義なんてものが付けばもはや最強ではないだろうか? 正義あるプロタゴラス。うん、最強だろコレ。

http://anond.hatelabo.jp/20091028205635

俺は頭が悪い

人間の脳にはスーパーコンピューター並みの処理能力があるというそうだが、俺は頭が悪いと分析されても仕方ないような奴だ。

そんな俺が頭の良さってやつについて論じていたところで意味などない。



本題に入る。

つい先日夜遅くまで、増田で議論を戦わせていたが、頭が悪い罵倒をされること数回。

困った。

俺が傷ついたとかそういうことも勿論ある。が、それ以上に、俺は自分のことを多少なりに賢明だと思っているから困ったんだ。

冒頭と言ってることが違うのは承知している。すまない。

頭が悪そうだと思われる奴ほど、得てして、自分の中では頭がいいと思いがちなんだ。

恐らくこれからも繰り返していくのだろう。

「俺って頭いい!」→「すいません馬鹿ですみません」なんて出来損ないの喜劇を。

人間だもの、そういうこともあるわな……とかそういう話で終わっても良いんだ。

けど、何度となく人から馬鹿馬鹿と言われれば、じゃあ「頭が良い」ってどういうことなのか言ってみろよ!

と行き場のない怒りを覚えたってまったく仕方がないというものである。



つまり一言でいうならば、頭が良い人とは他人を納得させることができる人物である、ということなのだ。

議論の場の上では、プロタゴラスは頭の良い人間だったのだ。

その上に正義なんてものが付けばもはや最強ではないだろうか? 正義あるプロタゴラス。うん、最強だろコレ。






やってみた。今の俺の限界

「頭が良い」とはどういうことか

俺は多分頭が悪い

人間の脳がついている分スーパーコンピューター並みの処理能力があるとは言え、頭が悪いと分析されても仕方ないような奴だ。

まあそんな俺が頭の良さってやつについて論じてみる訳だ、必要性としては皆無といっても差支えのない提言ではある。


本題に入る。

つい先日夜遅くまで増田で論議をしていたわけだが、頭が悪い罵倒をされること数回。

いや困った、傷ついたとかそういうことも勿論あるのだが、それ以上に困ったのは、俺が俺自身のことを多少なりに賢明だと思っているからなのだ。

冒頭と言ってることが違うのは承知しているが、いや仕方ない。客観的に頭が悪そうなやつの主観現実と大きく食い違ってるなんてことはありがちなことだ。

恐らくこれからも繰り返していくのだろう。「俺って頭いい!」→「すいません馬鹿ですみません」なんて出来損ないの喜劇を。

まあ人間だからそういうこともあるわな、とかそういう話で終わっても良いんだけど、でもまあ何度となく人から馬鹿馬鹿と言われれば、じゃあ「頭が良い」ってどういうことなのか言ってみろよ! と行き場のない怒りを覚えたってまったく仕方がないというものである。


まあ一言でいうならば、それは他人を納得させることができる、ということなのだろう。

少なくとも議論の場の上では、プロタゴラスは頭の良い人間だったのだ。

その上に正義なんてものが付けばもはや最強ではないだろうか? 正義あるプロタゴラス。うん、最強だろコレ。

2009-09-18

敵は記者クラブだけではない(改題)

人民情報を持たず、情報を入手する手段をもたないような人民政府というのは、喜劇への序章か悲劇への序章か、あるいはおそらくその双方への序章であるにすぎない。

知識を持つ者が無知な者を永久に支配する。そしてみずからの支配者であらんとする人民は、知識が与える権力でもってみずからを武装しなければならない。

ジェームズ・マディスン(※1)

昨日我が国では民主党による新政権が発足した。前与党自民党による置き土産の中で最も重要なものに「公文書管理法案」(公文書等の管理に関する法律)というものがある。これは公文書問題をライフワークとしている福田康夫官房長官時代から懇談会を開くなどして(※2)取り組んでいたもので、首相になってからは有識者会議公文書管理担当ポストを新設しトップダウンでこの法案策定を押し進めていたものだ。(※3)

日本における公文書問題とは、国の機関による文書の作成、管理・保存、廃棄が適正に行われず、民主主義国家の運営に支障を来しているという問題である。重要文書が隠されていた薬害エイズ問題、記録が失われた年金記録問題、存在が否定されている沖縄返還交渉における密約などはよく知られた代表的な例である。

民主主義の根幹は、国民が正確な情報に自由にアクセスし、それに基づき正確な判断を行い、主権を行使することにある。国の活動や歴史事実の正確な記録である「公文書」は、この根幹を支える基本的インフラであり、過去歴史から教訓を学ぶとともに、未来に生きる国民に対する説明責任を果たすために必要不可欠な国民の貴重な共有財産である。

(※4)

日本でも2001年より情報公開法施行されているが、文書の作成、廃棄の権限が行政機関自身にあるためにちゃんと機能していないのが実態である。情報公開法施行直前の官庁による文書大量廃棄や公文書トイレットペーパーという話題などはよく知られているところである。そこで「真実国民の目に触れないのは民主主義にとって問題がある」とこの公文書管理の向上に乗り出したのが前述の福田康夫である。

地元から依頼されて探していた終戦直後群馬写真が、訪米した際にアメリカ国立公文書館で簡単に手に入り驚いたという経験が、福田公文書問題に関心を持つきっかけとなっている。(※5)福田が驚いたというアメリカ国立公文書館Webページにアクセスしてみると「民主主義はここから始まる」という言葉が掲げられている。

Democracy Starts Here.

http://www.archives.gov/

日本国立公文書館の職員42人に対し、アメリカ国立公文書館の職員は約2500人である。韓国約130人、中国約560人、カナダ約 660人)(平成15年時)(※6)かけられているコストが桁違いなのである。

さてこのように民主主義を支えるための重要な手続きに関して大きなコストがかかるという話が出ると、決まってそれを嫌う下記のような意見が出てくる。

(しかし文書管理コストをかけていないため、年金記録問題や質問主意書残業問題などで他の余計なコストがかかっている事、逆に、文書を適切に作成・管理する事で業務の効率が上がる面もあるという事も忘れてはならない。)

これらは全て、住民が行政に対して「もっと正確に」「もっと公平に」「もっと透明に」を求めた結果なのだ。確かに正確も公平も透明も大事だけど、これじゃ「正確な仕事」ではなく「正確“が”仕事」だ。「仕事」の部分はもはやサブである。

ひょっとすると、人件費を減らすためには、住民がガミガミ言うのをやめるのが一番の策なんじゃないだろうか。

来年公務員試験を受けるつもりだったけれど、このままモチベーションが保てるのか、微妙だ。

http://anond.hatelabo.jp/20090916185052

この方は役所でバイトをし、さらには公務員を目指しているらしいが、すでに我が国の行政において正確さ、公平さ、透明さが十分に確保されているとお考えのようだ。

はてなブックマークでの反応の一例。

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20090916185052

このような人たちだけではなくマスコミ認識も似たようなレベルである。民主党が政策策定過程などを全面文書化し情報オープンにしていこうと提案した事に対して。

「閣僚の指示すべて文書化します」民主党方針 公文書管理法先取り

民主党が、平成23年施行公文書管理法を先取りし、閣僚や副大臣らの政策判断や指示などを原則として全面文書化し、公開する方針を固めたことが1日、分かった。

(略)

各省庁は文書化や文書管理などにより事務作業が増大し、「行政スリム化」と矛盾が生じる可能性もある。

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090802/plc0908020101000-n2.htm

やはりコストがかかる事を嫌うようだ。はてなブックマークでの反応の一例。

  • roadman2005 politics 人気取りの政策をやりすぎると文書作成のため会議になり、事務機能を無駄に疲弊させる. 2009/08/02

http://b.hatena.ne.jp/entry/sankei.jp.msn.com/politics/policy/090802/plc0908020101000-n1.htm

日本民主主義(この人たちにとっては民主主義(笑)なのかもしれないが)を最低限機能させるためには記者クラブだけではなく、情報公開コストをかける事を極端に嫌うこのような人たちとも根気強く戦っていかなくてはならない。

※1.松井茂記著「情報公開法入門」より孫引き

※2.http://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/index_k.html

※3.http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080229/plc0802291213003-n1.htm

※4.http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/koubun/hokoku.pdf

※5.http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080302/plc0803021842003-n1.htm

※6.http://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/kenkyukai/tyousahoukoku/houkokusho0.pdf

2009-09-07

今まで「自公=悪、民社国=善」の単純な図式でやってきたから、

攻守ところを変えたとき自分達が大本営発表をしなきゃいけない

事実に直面してテンパってるというだけの壮大なブーメランだろ。

まさに麻生信者民主信者の立場が入れ替わるgokiburi喜劇

2009-08-17

日本オワタ\(^o^)/」=「ホロン部

政権交代が既定の事実らしいから、数年前には「ホロン部」を嗤っていた連中が自ら「日本オワタ\(^o^)/」を絶叫する喜劇ネットの各所で起こっている。

あー、ひねくれた解釈をしすぎたか。

日本オワタ\(^o^)/」を叫んでいる連中は「ホロン部」そのものである

いいんじゃないかな、もう。

2009-08-11

ニート海外就職日記の興味深さ

http://kusoshigoto.blog121.fc2.com/

もうはてブ常連だから改めて紹介するまでもないブログだけど、日本経営者搾取ぶりと、それを喜々として甘受する日本労働者社畜っぷりを徹底して批判しているブログ

まず前提として、このブログの主張内容にほとんど誤りはない。荒っぽい口調ながら、安易な反論は全然通用しない。逆に、批判するのに緻密な理論なんか必要ないほど日本労働シーンが歪んでしまっているのだとも言える。

ただ、ひとつブログの筆調に関して興味深いこと。

それは、スタンスが常に「諸外国に比べて日本は変」だってことだ。これはまったく揺らがない。

もともと、日本人サービス残業癖も過剰な職場適応も、「あいつはあいつ、おれはおれ」と自分労働観を貫けない横並び主義の影響が大だ。ここについては反論ないでしょう?

その結果の労働搾取に「日本も諸外国のようにならなければ」と横並び精神で立ち向かっている喜劇に、筆者は気付いているんだろうか。

それを考えると、世界的に労働者搾取されていた時代に「どこでもこうだし」と諦めずに「万国の労働者よ団結せよ」と言えたマルクスエンゲルスはすごかったんだ。

http://anond.hatelabo.jp/20090810012203

なにこいつ。釣りじゃなくて本気だったんだ。

あんた他人の夫婦関係に偉そうに口出ししてるから言わせてもらうけど、あんたんとこの夫婦関係全然対等じゃないよ。旦那に負担がかかりすぎだよ。あんたの旦那はあんたみたいな勘違い女と結婚して哀れだ。悲劇だな。いや、ここまでくると喜劇か。

旦那に捨てられるのも時間の問題だと思うけど、まあ頑張って。

2009-08-07

非モテが救われるのに異性は不要

何が問題って性欲が満たされないから問題なんじゃあないでしょう。

風俗の料金が安くなり続けても客は減り続け、「非モテ」は増えていた。



秋葉原でたくさんPKした加藤が「彼女が出来ないこと」の絶望日記に書き連ねてた件について

ある女性識者が「風俗を割引したらどうだ」と言ってて、面白い女性だとは思うが的は外れている。

加藤日記だってよく読めば不安定な生活に職場での疎外、友達の不在、絶望の種は具体的にたくさんあって、

彼女云々の話のときだけがむしろ抽象的・空想的な筆致で書かれていた。



今日の問題の構造はもう明らかだ。

恋人セックス相手としての異性との物語だけが我が物顔をしすぎていること」。



そうなった理由は

バブル期軽佻浮薄文化にどっぷりだった元若者が引きずり続けてる、でもあるし

デート文化で金使ってもらおうと企んだ企業マスコミ陰謀だー、でもあるし

恋愛白熱が自分達の価値高騰に繋がると睨んだ女性が加担したー、かもしれないし

惰性と無能と思考硬直でそれしか作れなくなっちゃっただけだー、もいくらかありそうだし

それ以外の物語が縮小・希薄化しすぎているせいだ、でもある。



とにかく、なんだかいろんな不自然な力が働いて

今日日本では物語と言えば

恋人セックス相手としての異性との物語」になってしまった。

恋人セックス相手としての異性を持っている人間

・もしくはそれを近日獲得予定でその途上の人間

でなければ物語に参加できない。



このメッセージが、社会から繰り返し繰り返ししつっこく与えられてきた。

そのせいで人の心に産まれた無用の疎外感や虚無こそが「非モテ」の正体ではなかろうか。



本来は恋愛に向いていなかった人、興味が薄かっただろう人まで恋愛SEX物語プレッシャーを受ける。

当然のように恋愛SEX相手の異性がいることが「まともな人間」の前提として求められる。

それ以前にその獲得のためのアクション努力が無制限に求められる。

人間の「型」が恋愛へのアクション努力に適していなければまず徹底した自己否定と改造が求められる。

努力して結果が駄目であったら人格領域にまで踏み込んだ自己批判が求められる。



これはウザかろう。最大与党物語としては薄っぺらいしポンコツ過ぎる。

異性は「非モテ」を救わない。その獲得はこのウザい物語の枠組みの強調でしかないから。

加藤が救われるには、安定した職場や彼を気にかけてくれる職場のオジサン、友や仲間としての男達、

やりがいのある仕事をしているというプライド社会に貢献していると言う自負、

そういうものこそが本当に必要だった。



昨今はさすがに、自分が選んだでもない恋愛物語価値上で努力や実現を強制されることについて

苛立ち・拒否の表明みたいなものも珍しくなくなってきたが

過去はこれを言うと「強がっているw」「すっぱいブドウw」などと言ったありがちな石がバラバラ振ってきて

 しかもそれを必死に投げてる人達をよく見ると恋愛物語下で苦しんでいる非モテもいっぱい参加してたり、という

 脱走奴隷と体制側奴隷ジレンマみたいな悲惨や喜劇があった)

それでもまだまだミソジニーだと言われたり無気力だと言われたり問題把握に混乱や誤解が多い。

加藤も彼自身が恋愛物語の支配的影響に毒されて、自分の不満や問題点概念としての「彼女」に集約していた。

自分を苦しめていることの本質がモヤで見えなくなってれば暴れるぐらいしか解決策が思いつかないこともあるだろう。



この不幸で有害恋愛物語支配はいつになったら打倒されるんだろう。

潜在的にはかなり支持率低下してるようにも感じられるのだが

対立野党選挙がない。

2009-06-25

http://anond.hatelabo.jp/20090624204116

女の感覚なんて、そんなもんだと思うよ。

http://anond.hatelabo.jp/20090110200321

自分の場合はこんな感じ。ここに書いた1人に対して以外は性欲って無かった。それでも絶対無理な人でなければなんとかなっちゃうし、それで結婚してずっとやってく人もいっぱいいるんだよね。悲劇でも喜劇でもなく、人生ってそんなもん。

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