はてなキーワード: 呪詛とは
http://anond.hatelabo.jp/20111025204351
ただし、前回の外に向けた話と違って、こちらは私のどうしようもない妄想なので特に反応は期待してない。
私はこういう妄想をしている方が楽しい。外向けの話なんて所詮妄想の入り口付近で生じる副産物だ。
ホッテントリをとるのは常に副産物の方だが、私の成果はむしろこっちの妄想部分の側にある。面白いのも断然こっち。
こういう妄想を垂れ流しにして、あるいは垂れ流しにされてるのを観るのが増田の面白みだろうと思ってる。
増田論はここまでにして、以下は私は勝手にこのようなことを考えているという話。
私はネガティブであれ、特定の共通イメージを社会がそのひとに対して持つなら、それは社会的承認であると考えている。
社会的承認を求めながらネガティブなイメージを拒否する人は、承認ではなく受容欲求やら甘えとして区別するべきだ。
相手の中に自分の居場所を求めるのは、承認欲求よりさらに欲張りな別物であると考えないとややこしい。
社会的承認(期待)はよかれあしかれ、人をそれに縛り付け、固定させようとする。
これを求めるのはこの固定化作用をもって、自分の存在を社会の中に位置づけ、安定させようとする人だろう。
言い換えると、自分に自信がなく、自分のあり方やなスべきことを他人に決めてもらいたがるような人だ。
こういう人が自分自身が自分の主になるのではなく、他人にイニシアチブを求めるのが承認欲求なのだと思う。
自分で自分のことを決めて行動したい人は間違っても社会的な承認欲求などは持つまい。
その人達にとって社会的承認とは交渉や宣伝の手間を省略するための道具でしかなく、目的には成り得ない。
これを求めているという時点でそれは「何者にもなれない私」を自分の中に認めているということになる。
とはいえ、何者かになった人でも社会的承認を求める人はいる。それはその地位に安住しようとしている人だ。
一番わかり易いのはソーシャルゲームで、メーカーの思惑にはまってまんまとレベルを上げさせられた人たちの行動だが、これは外向けの素材であっても私の興味をあんまり惹かない。私が今興味があるのはハの字の人なのでこの話をする。
たとえばハゲのベストセラー作家の人が社会的承認を得ようとしていると仮定する。実際はどうかなんて知らない。
この場合、彼の目的は「誰にも理解されない自分」「つねに終わりと言われ続ける自分」をこそ本心では望んでいるということになる。
彼の今までのブログや著作に見られる現実におけるプロセスを軽視し理想めいた設定やなにかと革命を求める態度は、要するに現在を暗黒時代とみなし、そこに希望を見出せないというキャラクターを維持するためのポーズだ。
彼のなかのモチベーションはそういう復讐とか現実を見返してやるという気持ちが核であり、彼の言葉はそういった自分を否定するものへの呪詛で成り立っている。彼は周りを仮想敵とすることでキャラクターを成り立たせることで世に立っている。テクニックさえあればキャラクター性は必ずしも必要ではないが、彼はテクニック面は他のプロと比べると数ランク劣っているため、あくまでキャラクター性が売りということになる。
この場合、現実に取り込まれ、肯定され、それを受け入れてしまうことは彼の創作のモチベーションを否定し、彼の言葉に説得力を失わせることになる。彼は自分の力を護るためにも、絶対に肯定されてはいけないということになる。「ベストセラー作家の私」として作品を提出するためには、彼は作風を180度転換することが求められる。その自信がないか、それを求めていないならば、彼は今まで通り「はてな嫌い、現実嫌いの夢見がちな男」で在り続ける必要がある。
3:現状から自分を解き放ち、あるいは現状を破壊するためには孤独のようなものが必要ではないだろうか
しかし、私はハの字の人を見ていると、彼が承認を欲求しているとは全く感じない。
そもそも承認を欲求してはてなを利用してるならそれはただのバカであり、勘違いだからさっさと死ねと言いたい。
そうじゃなくて、彼はむしろ孤独を求めているのではないかと思う。
つまり、誰からも求められていない、期待されていない、そんなものを気にもせず、自分の思うところに従って行動することを求めている、ということだ。いわゆるアカギ的な何か。
あれだけ成功した「マネジメント」というネタをさっさと手放すあたり、こちら側の人だと信じている。
こちらの場合、彼は承認など求めていないどころか意識さえしていない。
ただ、自分を安住の地に置き続けることをよしとしないため、社会的な承認を嫌っているだけ、ということになる。
孤独状態がずっと続くなら、そのうち他人に関わっている余裕などなくなって、自分の内なるものに突き動かされて、新しい何かを始めるだろう。
こういう人が作ったものは、質はともあれ、方向性としては非常に面白い物が多く、ゲテモノ好きの私には期待が持てる。
4:社会的承認を求めているかどうかは、自律性があるかないか面白いか面白く無いかでだいたい判断する
まぁ私としては彼の振る舞いがポーズであろうとガチであろうとどちらでもいい。
面白い間はガチであるとみなす。面白くなくなってきたら途中から安定を求めてポーズになったのだな、とする。
そうだとしたら、彼はいま社会的承認を求めるだけの俗物ということになる。
別にソレが悪いというわけではないが、もしそうだとしたら彼は大して面白くない下手な物書きとして興味の対象外になるだろう。全ては結果から判断する。それだけのこと。
蛇足。【祝】 「ハックルベリー」の検索結果でついにあのブログが1位に。
しかしお父さんお母さんの声を持ち出すあたり、そろそろ私の中では末期のような気がする。
ここから這い上がるために、お父さんお母さんを切り捨てる記事を書き始めたらそこがお別れ時かな。
ttp://anond.hatelabo.jp/20111025181753 (この記事はただの私の愚痴だからトラバは貼らないよ)
↑の人ご苦労様です。
↑の人は、多分社会人経験をされているせいか、かなり責任感が強いのか、少なくとも他人のことを悪く言わない良い人なのだろうなぁ。
私はあまり偏差値の高くない中学の教師を教師やってるけどすごくよくわかる。というかコレでもだいぶ控えめに書かれていると感じる。
煩わしい人間関係とか、頭痛くなる研修について書かれてないし、個人の事情についても愚痴らしきことが書かれていない。誠実だ。
ゆとりのない生活をしてるせいで家族を十分にかまってやれず、家庭内不和に陥りかけていたりと夢も希望もありゃしない生活を送ってる。
自分で言うのも悲しいが、子供の手本となるには役者不足というかむしろ最悪のモデルであると思っている。
だから、子供たちを胸を張って叱ったり励ましたりも出来ない。むしろ下手に口を開くと呪詛を投げかけてしまいそうで怖い。
そもそも、こんなことを言いたくないけど子供どころではない。
私(34です)より若い先生がうつになりかけた時ですら、私を含めてみんなで十分にフォローしてあげることが出来なかったくらいだ。
まして大人よりずっと難しくて、手間も時間もかけなければいけないはずの子供に対して十分なフォローなど出来ない。
したくないのではなくて、出来ない。申し訳なく思うけれど、言い訳してでも逃げないと自分がもたないと感じている。
教師の不祥事がニュースで取り上げられるたびに「ああ、この人も壊れちゃったか・・・」と思ってしまうくらいだ。
世間の人は、なんであんなに教師に対して厳しいのだろうか。私もだけどやっぱり学校や教師に悪い思い出を持っている人が多いのだろうか。
教育崩壊についてよく子供がダメに成ったとかいうけれど、子供は悪く無いと思う。
親だってよくネットで騒がれるほどひどい人は少ない。(たまにDQNネームの子がいて、その子の親はやっぱりちょっと・・・と思うことがあるが)
割合的には結構真剣に子供のことを考えてくれている親のほうが多い。
「大変でしょうけど」とこちらを気遣ってくださるなど、わが子のことだけでなく他人に思いやりもある親が多くて、それが励みになっているところもある。
一番の問題はやはり教師である私たちに在るのではないか。私がこうした期待や励ましにに十分に応えられてないのがつらい。
ここまで自分で書いてみて、意外と他人の悪口を書けないものだなと思う。
↑の人もそうだったのかもしれない。
しんどいとかツライとかあいつが憎いとか感情をぶちまけられれば楽なのかも知れないけれど、
やはり、いつも子供に対してキレイゴトを教えている手前、この一線を超えたら戻れないという恐れもある。
ままならないな。
ミサンドリーを女性からぶつけられなければ、自分の男性性を承認できない。
誰か女性がミサンドリーを男性全体に呪詛としてばら撒いている、その対象にカテゴライズされたことで、ようやく自分の男性性をネガティブながら承認した。そんな自分の特性に、今日気が付いた。
別にネットでもリアルでもミソジニーをあからさまに振りまいてるつもりはないし、どっちかと言うと草食系で通っている。
ただ、どんどん希薄になっていく自分の男性性が、ミサンドリーのような女性側からの攻撃や批判を通じてでなければ、実感できない。これは自分が女性と付き合った事の無い童貞だから、自分の性的価値を誰からも認証されたことがないのもあると思うけれども。
あるいは、母親からの「汗臭い」「ガサツ」なんて言葉から、ネガティブに自分の男性性を発見して来た事に由来する、マザコンの延長線上にあるのかもしれない。
まあいいや、ミサンドリーなんてそうそうぶつけられることがないし、そんな観念的な男性性なんぞ振り回すより、建設的な関係とやらでも築けるように努力した方がいいだろう。その損得勘定じみた恋愛観そのものが、フェミニストから見たらミソジニーだ!ってお叱りを受けそうだが。
http://anond.hatelabo.jp/20110725004759
おれの弟は生まれながらの重度のそれで言葉も解せず寝たきりの状態だったが、おれが中学のときに何の前兆もなく死んだ。享年12歳。
そういう子をもつ家庭の負担を知っているから、生まれる前に流す人のことは理解できる。
むしろその苦労を知っていながら、それを回避しようとする事を非難する人の気がしれない。同じ苦労を味わえという呪詛か。
まぁしかしこういう人って愚かな衆生に同情しない上に愚民扱いだからおもしろい。人をバカ扱いして近寄ってくるのは、同業者か、バカ扱いされたい奴隷だけだ。
気持ちが揺れる
「どうして」「行かないで」「ごめん」と
そんな嗚咽を漏らしながら電車は進んだ
積み重ねてきた年月は、ほんの数分前の、数秒の言葉で綺麗に消え去った
綺麗に終わらせなかったのは自分なのに、口から漏れる不平不満の呪詛の声
数年後
風の噂で存在を感じる
そこにいる彼女は懐かしくも、かつてとは違って
多くの出会いと別れをする彼女にとっては、自分などとうに忘れ去られてるのだろう
彼女が現在を踏み越えて行くたびに、自分の居た記憶は砂浜の足跡のように遠くの風景となってしまう
不特定多数の他人となり果てて、もう二度と繋がる事はないのだろう
それならばいっその事、消えてなくなりたくて
毎夜思い出して胸を打つ痛みに耐えるくらいならいっそ、記憶さえ手放したくて
彼女と自分が共に歩んだ記憶をこの世界からなくしてしまいたくて
捨て損ねた、置き損ねた気持ちをいつまでも引きずって
気に食わなくはないけど、あいさつの魔法よろしく「直ちに影響はない」が魔法の言葉で『長期的には影響がある』へと意味が変換され、それにより「直ちに影響が無い」とされた対象が妖怪(妖しきもの)に化ける、って話だろうよ。
言葉自体は全く問題ないんだが、現時点でそれがバズワードとして機能しちまってるから問題が無い発言すらも発言するだけ妖怪に取り込まれる。言葉の正否はともかくとして、「タダチニエイキョウハナイ」とされたものは全て妖怪と化す。
長期的な観点を持てる人間なんかいないからな。安全神話は構造的な欠陥が見つかったらしいし。
転じて、「タダチニエイキョウハナイ」と呪詛を吐き続けるその人も砂掛けババアよろしく禍の元凶とされ、妖怪と看做せるわけだ。
必死で連続ツイートして小池に投票すべき旨を丁寧に説いたのに読んでないのかよ!
真面目に言うけどさ、
君らバカサヨってどうしてそうコミュニケーション能力がないの?
君の小池を推す文、ていうのを俺はまだ読んでないから内容は知らないけどさ
いや、たまたまめぐり合わせで流れてしまったってこともネットなんかじゃ普通にありうるのに
理由はわかってる。
君達はさあ、説得しようとする相手を最初から見下してるじゃん。
「カシコイオレサマがおまえらばかどもを啓蒙しちゃる!」なんて気分だろ?
サヨなんて大多数は頭良くもなんともないくせにさあ。
というより、サヨの中のかなりの割合の人のサヨに走った理由って
「頭良くない人間が、それでも大衆を見下す特別な人になる」ためのツールとして
サヨ思想やサヨ仲間に飛びついただけだよね。
そういう人間の書く文ていうのは
相手の考え方が理解出来ないまま自分の考えを押し付けることになる。
呪詛と怨念と悪罵と脅しと上から目線が凝集した、見るもおっかない変なアジになる。
サヨたちは「知能の低い愚民ども」を作り出して見下すことで自分達を慰撫してる。
そんな、自分達だけが気持ちよくなるための設定を、外部の人間が受け入れてくれるわけないじゃん。
サヨたちの設定は必ず見下すべき相対劣者、知能や人格に劣る反動分子を必要とし続けるから
ちょっと仲間が多くなるとすぐ破綻する。だから内ゲバなんかが起きる。
普通に生活してる人には
本当に現実を変えたいなら、普通に生活してる人に通じる言葉や論法を考えて作文してごらん。
私は両親が離婚している。
小さい頃は、それはやや特殊ではあるけれど、不幸な事では別にないと思っていた。
あるいは、思おうとしていた。
いずれにせよ日々の暮らしの中で、親の離婚を嫌だと思う事はほとんどなかった。
高校生くらいになって親を色々鬱陶しく感じるようになると、少し事情が変わった。
私は、離婚について親を内心で責めるようになった。
自分の精神的な欠点のいくつかは、離婚のせいで出来たのだと思い込んだ。
ヘタレなので表立ってはそんな事は言えず、胸の内に恨みつらみを溜め込んでいた。
そして、その恨みがましい気持はいつの間にか私の一部になってしまった。
大学卒業後、しばらく一人暮らしをした後で、何人かの家族と同居した。
だが同居を始めると、その相手にこの理不尽な恨みをぶつけてしまう。
その前までは特に恨めしいと思わなかった相手なのに。
今は父と同居中だが、先日もまた無意味に父の言動を上げつらい、不快にさせてしまった。
実際の所、自分の欠点が親の離婚のせいかどうかなんて分からない。
ただ何でも適当なターゲットのせいにして、思考停止しているだけなんじゃないかと思う。
仮に離婚が私に何らかの影響を与えていたとしても、両親を責めるのは酷だ。
彼らも私をいじめるために別れたのじゃなく、それなりに事情があったのだから。
冷静に考えればそれは頭では理解できるが、自分の一部となったこの恨みは消えない。
こんな理不尽な恨みをぶつけられる同居相手には申し訳ないと思う。
結婚相手はその気になれば私と離婚できるのでまだいいだろうが、子供は本当に駄目だ。
子供にこの理不尽な感情をぶつけてしまったら、と思うと恐ろしい。
「親が離婚してる人とは結婚しない方が良い」なんて言う人間を昔は軽蔑していた。
けれど、今の自分を見ると、それは当たっているのかもしれないと思う。
他の両親離婚組には本当に申し訳ない。
私が歪んでいるのは私の問題であって、離婚とは関係ないと言い切りたい。
でもそれができない。
前回http://anond.hatelabo.jp/20101116220627
tarako3016さんのダイアリhttp://d.hatena.ne.jp/tarako3016/20101118
えーと、ようは「お前の態度が気に入らない」とのことで。
でもいつtarako3016さんの態度が俎上に上ったんだろう?
2つとも、他者に何かのアクションを要求するエントリで、要求の際に要らん攻撃要素を入れてる。
これについて元増田は
「悪態抜きで要求できないの?」
「どうしても悪態突きたいなら突いてもいいけど、それで何が返ってきても被害者顔は出来ないね」
と言ってる。
男性への要望がこんなにも、攻撃と受け取られるというのが気になる。
と。
・元増田「こいつらなんでチョコチョコ悪態ついてんの?それ喧嘩売ってるんだから相手に買われてもしょうがないよね?」
・tarako3016「いつもいつもへりくだり、低姿勢でお願いする態度でないと、ダメなのだろうか!?」
この反論、と言うか擁護の仕方は不貞腐れた子供のようにしか見えないんですが。
泥んこの手を叱られたら顔真っ赤にして1時間手を洗うガキンチョのような。
この、tarako3016さんによる擁護のレベルを「非道い」と言いました。
私はそこが一番気になったわけです。
私自身はキレてもないし、実際に誰かにもし何かをお願いするときは
前述の通りだけど
tarako3016さんの生活態度は端から俎上ではないし、知り合い以外はそんなの知り得ないから語る訳がないです。
少なくとも、「人に要求するときに悪態を突く人種」を保護する立場ではあるんですよね。
というよりまるで悪態を攻撃と認めてないように見えるんですが、
元増田への
男性への要望がこんなにも、攻撃と受け取られるというのが気になる。
この反論は。
もし「KY」とか「日本の男の子は~」とかが攻撃じゃないということであれば
それはまた論を述べてください。
でもとにかく『助けられる側』の態度が気に入らないとして、そこに腹が立って
「助けようと思ってたのにそんなんじゃ助けねえよ!」ってなるのか、
それは悪態を突かれた側の心意気の問題であって、
元増田が論じているのは悪態をつく側の被害者ヅラについてですよね。
悪態突きながらの依頼だったけど応じました。という立派な人が居るのはいいことかもしれません。
また、悪態突く人間の非を認識した上で「ある種の障害者として酌量しよう」という擁護があるならそれは理解は出来ます。
でも実際は、悪態を「悪態ではない」「攻撃ではない」と誤魔化して擁護する人達ばっかりですよね。
一個前のtarako3016さん含め。それってどうなの?っていう。
あとから「丁寧に言ってくれ“れば”助けたのに」とか
「普通に言ってくれ“れば”助けるのに」って
悪態を問題視して怒っている人たちに対して
「助けたくないから言い訳でそんなこと言ってるんだろう」とのゲスの勘繰りを堂々と書いた人達がいます。
「普通に言ってくれれば助けたいけど、こんな悪態ついて大威張りの奴等は助けたくありません」というのは立場の説明です。
ちなみに私は老人を中心に極力駅や電車でサポートするようにしています。
相手に負担をかけないサポートの仕方については子供の頃から研究してるので語ると長いです。
これ、わざわざ書いておかないと勘繰りで反撃してくるでしょう。tarako3016さん含め。
こういうふうに丁寧にお願いしたとて、手を貸してくれない人は貸さないのです。
そうでしょうよ。
で、だからなんですか?
「だから世間に向けて呪詛を吐いていいのだ」って言うならまー好きに吐けばいいけど
「そのかわり同じように呪詛が返ってきても被害者ヅラはするなよ」っていうのが元増田の話です。
なので、蜷川氏やかん吉氏の書き方が攻撃的だったとかそういうことより、
「助けないということにいろいろ理由をつける人の考え」
のほうが気になったわけです。これ、逆ギレですか?
「どんなに丁寧にお願いしても手を貸してくれない人」は一定数居ます。
今わかったけど、
悪態を突く蜷川氏やかん吉氏(とそれを見て溜飲を下げるtarako3016さん達)は前者を想定してるのですね。
実際にはあなた達の吐く呪詛、飛ばすツバは盛大に後者にぶっ掛かっていますが。
何かで大変だった、
そのときに手伝ってくれない人が居た。
恨んでるんでしょう?単純に。
それを咎めはしませんよ。
ただ、それをその時に当人に言うんでもなく、世間に向けて無差別に悪態を垂れ流したらもう被害者じゃない。
A子さんに振られたB男くんが女全体に悪態突くのと何が違うの?
A子さんが酷い悪女で結婚詐欺師だったとしても、B男くんが「女はゴミ」って言い出したら女はみんなB男くんと敵対するでしょ?
B男くんに抗議して「怒るってことはお前らも結婚詐欺やってんだろ」って言われたらどう?
「お前らが結婚詐欺やってないなら俺に食って掛かることないじゃん」て言われたらどう?
「俺にかまうってことはお前らもなんかうしろめたいんやろー!」とかずれたこと言われたら、どう?
自ら不用意に吐き散らした悪態やそれが招いた対立は引っ被るしかないと思います。
1悪態は突かない方がいいです。
3突く時はよくよく対象を捕捉して、正確に狙いをつける。関係無い人を撃たないようにする。
「ちょっとぐらい無関係な奴撃ってスッとしてもいいじゃないか」とか甘えない。
簡単な話じゃないでしょうか。
ものの道理としても護身術としても。
末梢神経が痛い。身体の節々が痛い。痛くて痛くて、身体が曲がってしまいそうだ。
今年もまた冬が来る。子供の頃は平気だった。僕の地方ではあまり雪が降らない。
雪が降ったら、みんな大喜びで走り回ったものだ。
それが今では、ただひたすらに寒さから逃げ回っている。あの時の快活さはどこへ行ったのだろう。
二十代後半で未だに工場の仕事をしているが、年を取るごとに寒さが僕の中で重大な問題になっていく。
神経が痛くて、手が思うように動かない。仕事もはかどらない。
『ちょっとトイレ』と言って、トイレの中で手を首と衣服の隙間に入れて暖める。血行が良くなっていく。
これも仕事だ、これも仕事だ…そんな言葉を呪詛のように何度もつぶやきながら、
僕はトイレの中で手を暖めた。
僕は何をやっているのだろう。
僕はふと、トイレの中を眺めた。
日の光がわずかしか入らないので、仄かに薄暗い。窓からは斜陽と、斜陽によって気だるさを増した
田舎道が見える。
寒さによって、空気がしんと張り付いている。
遠方からは、つまらない仕事の作業音が聞こえてくる。
少し、幻想的だ。
可能性がないこと、不可逆的なこと、絶望的なことは、幻想的になりえるのだろうか。
田舎町の閉塞感は、とてもつらい。しかしなぜだか、自分が死んでいくような心地よさも感じる。
さて、仕事に戻ろう。
今日も僕は死んでゆく。
草食系とか非モテとかそういう談義が大変盛んで、みんなモテたいんだろーなと思うんだけど。
ふと、わたしは一石を投じてみたくなった。それは「どこ」での話なんだろうか。
かくいうわたしはマジでモテない。ルックスは並以下だし、少々学歴は良いものの「とーだい」というレベルではなく、
女の子の好む話題など到底出来ない。テレビは見ない、読書オタク、少々創作文芸も嗜むという
いわゆる「文学部によくいるアレ」である。趣味は一人酒と喫茶店巡りだ。
もちろん、読書が好きな人間がまともな青春など送るわけがなく、中学高校と大変に恵まれない日々を生きて来た。
あんまり恵まれなさ過ぎて、蔵書が日々増えた。いわゆるオタク趣味のような仲間の作れるジャンルではなかったため
独り黙々と本を読み、文章を書いて暮らして来た。高校時代、女性と話した時間は断言できるがゼロである。
男女問わず、友人と話した時間で1時間行くかも怪しい。グループワークの必要な授業が何より嫌いで修学旅行は不参加だった。
そんなわたしだが、現在既婚者である。
というのも、わたしは大学では「モテた」とは言えないまでもそこそこ女性と縁が出来たのだ。
わたしの通った大学では「文学に詳しい」とか「ドイツ語が出来る」というのは、そこそこのモテ要素だったのである。
大学に入ったわたしはとりあえず、文芸サークルに入ってみた。折を同じくして、自作小説がとある文芸賞の佳作に引っ掛かった。
これで、人生にバーストがかかった。「なんかすごい奴」という風評が立ったのである。
わたしの挙動不審な喋り、垢抜けない服装、無駄な知識量などは尊敬を持って世間に受け入れられた。いわゆる「何かの間違い」である。
ひとたびそうなってみると、世界は全く変わって見えた。わたしは「原著で読むカント勉強会」を主催してみたり、
「物語論を読み込む会」を主催してみたり「サルトル再評価勉強会」を主催してみたりと、ニッチジャンルの帝王と化したのである。
自分で雑誌を主宰してみたり、あるいは「同人誌」(本来の意味での)を主催してみたりとまさに文学部、リア充大学生活を送った。
最終的には自主ゼミを二つ持ち、見事フル優で大学を卒業した。その勢いで就職は奇跡と呼ばれるほど良い場所に決まった。
あの時のわたしは輝いていたと思う、今でもたまに大学生活を夢に見ては枕を涙で濡らしている。
その後といえばわたしは就職前に学生結婚し、赴任地となった職場では見事スタートダッシュに失敗したかと思えば追走も空しく
見事なる「職場のキモい奴」として単身寮でゴミのような暮らしを送っている。(ヨメは介護の都合でついてこれなかった)
筆で食う、などという野望はとっくに四散し、その後は送れども送れども何の賞にも引っ掛からず。
ダイガクインニイキタイシゴトヤメタイオレハクリエイティブナニンゲンナンダと呪詛をはきながらはてなを汚して暮らしている。
職場の飲み会があれば何とか逃げる手段を模索し、定時になればそわそわと落ち着かず、モテるとかそういう以前に
まず人間関係が無い。いわば、高校時代に見事逆戻ったわけである。支店にテポドンでも落ちればいい。
要するにどういうことかといえば、人間には向いた場があるということだ。
ある場所ではクズであっても、ある場所では輝ける人材ということも決して少なくない。
モテたければ、「自分を変える」というのも一興だが、「環境を変える」というのも一つの手である。
要するにわたしは今すぐ環境を変えたい。「辞職届・書式」で検索しながら酒を飲む夜は今夜で最後にしたいのである。
人間というものは栄光の時期がひと時でもあると、その後の凋落が圧倒的に耐え難いものとなる。
誰でも、探せば特技の一つくらいはあるはずだ。「モテる」というのは「場に合っている」という意味である。
君が単に、処女が趣味で、処女じゃない奴は趣味じゃないって言うだけなら何も問題ないんだよ。
私みたいに、処女厨が好みじゃない、って人間もいて、処女でも非処女でも気にしないって人々もいて。
単純に趣味の問題だ。
問題は、自分と同じ価値観を共有しない奴は、中年か不細工か芸能人みたいにどちらでもないなら、ビッチだ!! みんな嫌え!! 何故嫌わない!! 不幸になれ 離婚しろ、呪われろ!! っゆーか、俺の脳内では処女性に価値観置かない奴はもう不幸ってことにする。それ以外認めない!!
みたいな呪詛を吐きまくる人が処女厨(処女好きではない)なわけで。
わざわざ不必要な蔑称を使うなど、攻撃的な態度は、何かを恐怖しているととれる。
人間が何かに攻撃するのは、対象を恐れている時だからね。
(嘲笑も攻撃の一種なので、嘲笑がという表現形態を取る場合も、恐怖心に裏打ちされていると言える)
まぁ、その恐れの原因が何なのかは知らない。攻撃的態度を取る以上は、何かを恐れてはいるのだろうけれど。
さっきみたいに、恐れている対象を勝手に推測するのはまずかったな。それは謝る。ちと早とちりした。
ただ、処女性に価値を置く生き方が、女性に受け入れられる時代は、多分来ないので、その手のことは隠し持って生きるくらいでないと、キモがられるのは仕方ない。
もちろん、君がもの凄くルックスが良かったり、大金持ちだったら、それくらいのキモさはオッケー我慢するって人もいるだろうし、それはそれで良いと思うけど。
ちなみに自分はセックスっつーか、ものつっこむ行為が気持ち悪いからいやなので、その案も微妙っつーか嫌だ。キモイ。
うん、我が侭なのは分かってる。
無い物ねだりはお互い様かもなぁ。
起きて半畳寝て一畳、缶詰の如き部屋は暗い。
味気のない味付け鰯に成り果て、夢も希望も無い俺は夢うつつのまま、湿る布団から起き上がるなり、
日曜の朝に延髄蹴りを食らわしたつもりが壁に足を打った。本当に辟易としている。
こんな足の指の痛みにも、慰めにもならない僅かな休日にも。それらに誤魔化される俺にも。うんざりだ。
昼は近所のハンバーガー屋に向かった。
洋風肉挟みパンの類など滅多に食わない俺は、店に足を踏み入れると、爽やかで騒がしい音楽や複雑な注文形式に戸惑った。
暖色の制服に清潔なエプロンを引っ掛けた笑顔の奴さん、開口一番「店内でお召し上がりですか?」言うに事欠いてこれだ。
前言を翻訳すれば(お前みたいなドブ臭い下種がミーのハイセンスな店内で犬食いしてると美的景観を損ねるから
買うもん買ったらさっさとお引取り願いたいのだが、どうだね?)となる。明らかに。
勿論、俺だって人間の端くれ、恥や理性の欠片くらいは残っている。分相応に野良で食うさ。いいえ。
間髪入れず俺は「チーズバーガー」と一言。そこへ奴さん笑いながら、被せるようにして清涼飲料や揚げ芋なんかを勧めてくる。
他人様の食生活に干渉してまで売り上げを伸ばしてえのかくの社畜め、とは口には出さず、
口に合いもしない身の丈に似合いもしない「ポテトとジンジャエール」を追加した。
―――先週の日曜日の事だ。
蛍光ピンクのチョークでドアに大きく書かれた《それ》に度肝を抜かれた。
全く意味が分からない。
ただ、その呪詛めいた断言が、全く根拠の無い為に却って凄まじい説得力を持ち、
トイレットペーパーが彫刻刀となって頭骸骨の内側に透かし浮き彫りされた。
俺のウンコ同然の自意識が、人々の青春や幸福といった光明に晒される度に、
腹の底で波打つコールタール状の胆汁に、火傷のような二十文字を打ち込んだ。―――
本当かどうか、試したくて堪らなかった。
だが、チーズバーガーを手に入れ、いざ実行出来る体勢が整うと、はたと思い止まった。
公衆電話の上からドバトが言った(怖気付いたか馬鹿者よ)いいえ。
そのイケメンとやらには、何の縁も恨みも無い。
通りすがりの該当者に実験の協力を仰ぐ事も出来るが、もし万が一、相手方を死なせてしまったら取り返しが付かない。
俺は殺人者になりたい訳ではない。事の真偽を確かめたいだけだ。
しかし、死を勧めるに値する知人も憎悪する個人も居ないからには、手近で試す事が出来ない。
ここは(古今の開拓的科学者達がしばしばそうしたように)自らを実験体とする他に術は無い。
近隣公園に着き、脚部が太いスプリングになっている青い馬に跨った。
紙袋からチーズバーガーを取り出し、柑橘類の皮を剥く要領で包み紙を開いた。
食欲をそそる匂いカタチ温度のソレを、空中に向けて低く放った。
頭上を見上げながら、空に跳ねっ返るソレ、落下地点に照準を合わせて首を体を傾けた。
息を飲んだ。
目を瞑った。
当たった感触。
どうなったか。
目を開ける。
地面には二つに割れたパンが転がり、チーズのついたハンバーグが砂まみれになっていた。
何より、俺は生きていた。
この結果から、いくつかの可能性が考えられる。
まず「俺が《イケメン》という条件に該当しなかった」か(これは当然の大前提だが)、
あるいは「この《チーズバーガー》とは違う《チーズバーガー》でなければならない」か、
そもそも「《イケメン》は《チーズバーガー》が当たっても死なない」のか、色々と仮説が立てられる。
ただ一つ確実に立証されたのは「俺にチーズバーガーをぶつけても死なない」という事だ。
本当にどうでもいい。一体何をしているんだ。青馬を嗾けて、前後に揺れた。何も進まない、何も起こらない。
非道く悲しくなって、俺は泣いた。
汚れたパンとチーズハンバーグを拾い、雑に整形して紙袋に入れた。
帰り際、生け垣の中からドバトが言った(思い知ったか馬鹿者め)はい。
どんなに有り得ない事だと思っても、誰かに言われても、笑われても、
こうして一つずつ着実に確かめていくしかない、誤魔化しの利かない現実に俺は味を占めた。
Sさんは絶対に自分の誤りを認めない。こちらの反論やツッコミに対して屋上屋を架す形で自分の都合のいいように話を捻じ曲げていき、それを積み重ねていくうちに自分が最初に言ったことを忘れていく。今日は最初私がいった話を彼が言ってて、私はその反対派ということになっていた。自分の意見は忘れても自分に反論した目の前のクソガキが敵であるという条件だけは絶対に変わらないようだ。
結局最後は「人格」とか「今現在の実績」に落としこんで勝利宣言するどころかこちらの将来に呪いをかけてくる。それでいて普段は自分のことを理性的で良識派だと思っているから素晴らしい。
Sさんが人の話を聞かない人であることは分かっているから普段は全力で関わりを避けていたのだが、今日は体調を崩して休んでいた女の子に対して、彼女の話を聞かずに自論に基づいて「どうしてこんなことなる前に相談しないの」とか「勝手に休むのは不利だよ」などと彼女の弱った心に追い打ちをかけるような無神経な発言ばかりして労りがないなかったため、もう少し彼女の話を聞いてあげましょうよ、と口を挟んでしまった。
結論は「Sさんは彼女のことを気遣う優しい上司」であり、「私が人の話を聞かないで生意気ばっかり言ってどうしうようもないクズ人間で、それを改めない限りお前は一生ダメ人間のままだ」という呪詛めいた話になった。この人本当にすごい。
まぁおかげでSさんはゼイゼイ息を吐きながら顔を真っ赤にして血圧が上がって体調崩したみたいなのでこちらは満足した。悪口はいつものことだし。何が「僕は温厚な人だけど」だ。とりあえずこの人は皆の前で私に恥をかかせた代わりに、彼女の味方で、彼女の話を良く聞く宣言もしたわけなのでいいや。
・・・ごめん嘘。これで彼のことをスルーできたら方法論はともかくちょっとしたヒーローになれるかもしれないが私は器が小さいので今めっちゃむかついてる。はらわた煮えくり返ってる。Sさんマジ殴りたい。ぶっちゃけこのおっさんのせいで働いててストレスたまる一方なんで、そろそろ会社辞めたくなってきた