はてなキーワード: 危いとは
ブクマにも林先生がどうのこうの書かれてるけど、そういう「危い」感じはあえて漂わせていると仮定するに、事が見えないことが無い事もないように思うよ。
漏れも追ってないから知らんけど、朴李朴られ「ではないか」という検証厨が言いがかりをつけていて、それを真に受けた人間が(業界内部にも)いくらかいた、ってだけの話じゃなかんべ。
昨今のラノベ作家若年化にともない、(剽窃かどうかを見抜けない)リテラシの低い若者(ラノベ作家)が、ワナビの煽りに絆されて~って展開じゃないのあれ。
議論がしたいわけじゃないけど共感が欲しい人は専門家に頼った方がいいな。心のうちを開放することで心理的負担を和らげる療法か何かがあるでしょう、多分。オープンな場所で共感を得ようとすれば、反論が待っているし弱者の立場を利用して言論封殺すれば公益に反する。共感できる人だけでSNSとかのコミュニティ作るという方法もあるけど、その方法には疑問が残る。共感できる人間だけの閉鎖的なコミュニティはコミュニティの倫理観が一般社会の倫理観から離れていく傾向にあるからだ。しかも精神的に不安定な人を集めるわけだから負の感情をより強める結果になりかねない。そうなると専門家によるカウンセリングと「共感を元にしたコミュニティ」の折衷案として、専門家付きの支援団体が一番効率いいのかな。
専門家といえば、多くの偏見を含んでいる可能性を自覚しているが、専門家が共感のコミュニケーションに引っ張られていないか心配だ。被害者じゃない多くの人は、被害者か専門家の意見を聞くことで犯罪被害への理解が深まるのだけど、私はテーマが心の問題になると難しいと感じる。専門家も共感をベースにした説明をするだからだ。共感できた場合は大抵個別具体的な共感なので応用が効かないし、共感するから精神力が削られる。共感できない場合は全然心に残らないかあまりに押し付けがましいときには反発を生む。多分抽象化や一般化が足りないのだと思う。
一般社会に犯罪被害者心理の理解を求めるのなら、一般社会の倫理や常識、法律を根拠に論証した方がアンチを産み難いだろうから長期的には共感を得ようとする方法よりも効率いいんじゃないかな?犯罪被害者の生の声やそれを消化し切れていない専門家の話は感情的エネルギーが多すぎてマスに発信するにはあまりに危いと思う。
「私は人間だよ。」
呆れたように女はつぶやいた。
このセリフを聞くのは何度めだろうか?
私はいささか他人に期待をしすぎてしまうようだ。
女性であるというだけで、私が抱く妄想をすんなりうけとめてくれるだろうという危い期待が今日も思わず口をついてでた。
そんな要求にはこたえられないとばかりにこの女も呆れたように言い放つ。
人権を覚えたての文明人気どりに我よ我よと人権だと言い始めるのだ。
だがそのささやかな期待にも答えられない女性にいかほどの価値があるだろうか?
もし私に人間らしい扱いをしてほしくばそれなりの成果をだすべきなのだ。
それもできずに権利だけもとめるとはなんとも浅ましい。
まったく。
なぜ、あいつらときたらアイマスにできることもできないのだろうか。
このような女性にあったときに諸君の対応の仕方を聞きたいところである。
その傾向がどうやっても周囲から変える事が難しい事から、適当に回避をしつつ十分な転職力がつけば辞めようと思っていたけれど。ぼちぼち潮時かもしれない。経営状態が悪くなればなるほど焦りが彼を泥沼に引き摺り込んで行く。逃げなければ自分の身が危い、そういうところまで来てしまったのかもしれない。
自己啓発セミナーや、宗教団体と企業との関連図ってどっかに無いのだろうかね。
ネット上に転がっている情報はある程度の規模、ある程度の知名度のある企業ばかりで従業員数が50名程度までの零細企業とかだと殆ど判らない。だけれど、せめてそういった団体やその関連企業などについて知っておくとその会社の景色を見れば何か判るかも知れない。あるいは経営者の自己愛の強さを見たりするとか。
何かを持たせるのが悪いわけではないし, それを持っている人が危いもわけではない.