はてなキーワード: 千駄ヶ谷とは
午後4時すぎ、千駄ヶ谷区民会館を出発したデモ隊は叫びまくる。
「戦争に動員されないぞ! 」「仕事がないからって軍隊に入らないぞ!」「俺たちは人間だぞ!」
「奴隷じゃないぞ!」「モノじゃないぞ! 」「我々はワーキングプアだぞ!」「年収200万以下だぞ!」
「住むとこないぞ! 」「食うものないぞ! 」「着るものないぞ! 」「金寄越せ!」「メシ食わせろ!」
「着るもの寄越せ!」「住むとこ寄越せ!」。
デモコールを私が叫ぶと、みんなが大声で叫んでくれる。そうしてこの日のために用意したアシスタントデモコーラー、
ニート・初男(年収ゼロ円)がいきなり自作のラップを歌い出す。
「SAY-HO(生保)? 生活保護! SAY-HO(生保)? 生活保護! 同情するなら金をくれ! SAY-HO(生保)? 生活保護! 」。
みんなが手にするプラカード・横断幕には「貧者に対する攻撃を許すな!」
「だれのいうこともきかないよ」「怒」「貧」「好きな場所で寝させろ!」
「もう働かないぞ!」「反戦」「死刑執行するな!」「貧富拡大NO!」「LOHAS?糞食らえ!」
「命を商品化するな!」「YOUがCANしたいならDOしちゃいなYO」
「いらないものが多すぎる!」「米軍出ていけ!」「はたらかないぞ!」「働かせろ!」「政権交替」「戦争より恋がしたい」。
そうしてデモ隊にはためく
「フリーター全般労組」の旗や「氷河期世代ユニオン」ののぼり。赤や黒の大きな旗。
ハーゲンダッツ前では「ハーゲンダッツはガリガリ君と同じ値段にしろ!」と団交。
表参道のきらびやかさにいい加減うんざりしてくると「ルイ・ヴィトンは出ていけ! 」
もちろん「戦争反対」も随所にちりばめる。
H19年度収支
http://tswa-swc.or.jp/newsletters/pdf/tayori_12.pdf
本木荘 70人
けやき荘 33人
塩崎荘 105人
淀橋荘 73人
千駄ヶ谷荘 65人
一人当たり:822,129,438/346=2,376,096
塩崎荘(更生施設塩崎荘に併設) 0世帯(0人)〔平成22年2月末をもって廃止となったため〕
小豆沢荘 41世帯(99人)
葛飾荘 33世帯(45人)
一人当たり:175,658,011/264=665,371
一人当たり:73,847,885/265=278,671
千代田寮 59人
中央寮 52人
東京都のサイトではこの施設はすべて生活保護法で運営されるとなっている
いうまでもなくこれらの費用はすべて生活保護と税金で賄われ、現金で単身者に支給した場合にもらえる額をはるかに超えている
2チャンネルの生活保護スレッドでは集団生活させるべきだと意見がよく出るが、今のままだと、現金で支給するよりも金がかかることになってしまう
#追記
200X年X月、将棋ファンのMさんが著した「将棋進化論」は、将棋の可能性をポジティブに語り、国内の「将棋 2.0」ブームに火を付けた。
だがここ最近は、将棋について語ることは少なく、昨年11月には終盤まで優勢に進めた将棋を二歩で反則負けするという“読み抜け”も起きた。
指さない将棋ファンであるという立場を離れて言う。将棋ファンには、バカなものが本当に多すぎる。棋士を紹介しているだけのエントリーに対して、どうして対象となっている将棋を指さずに、指し手の批判や自分の読み筋を披露できるのだろう。そこがまったく理解不明だ。
一方、今年5月には、最新刊「千駄ヶ谷二丁目からチェスを観る」を出版。その名の通り、チェス観戦の魅力を語った本で、帯にはこうある。
「わたしが本当に書きたかったのはこの本でした」
同書で彼は、“指さないチェスファン”としてチェスを語り、第一線のGMの努力と天才性を「千駄ヶ谷二丁目の棋士と通じる」と賞賛。リアルタイム観戦記を自ら執筆し、チェスを将棋という日本文化を広げる媒体として位置付ける。
3年前、将棋を賞賛し、将棋の可能性を力強く語ったMさんが今、将棋について語ることを休み、一流のGMたちに魅了されている。
Mさんは日本の将棋に絶望し、チェスに“乗り換え”てしまったのだろうか――記者は新刊からそんな印象を受け、Mさんに疑問をぶつけた。
最近Mさんは、日本の将棋についてあまり語っていらっしゃいません。新刊を読んでいると、「日本の将棋はチェスのようにはなれないから、今度は世界のチェスに期待する」と思われているような印象を受けました。
今の将棋について、意図することがあるから語ってないわけではありません。
とはいうものの残念に思っていることはあって。英語圏のチェスと日本語圏の将棋がずいぶん違う物になっちゃったなと。
仮に今の将棋がネガティブなものになったとしても、それを分析しようというモティベーションがそもそもないんですよ。
(http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0906/01/news045.html 続かない、カッとなって書いた反省している、ゴメン)
カニ光線にかぶれたとかそういう人間ではないつもりだけど
小選挙区では今で言う自民の「上げ潮派」的な人、比例では共産党に分けて入れてきた。
資本論も文庫版の一巻目で寝てしまう自分なので、彼らのイデオロギーがキライな方と論争する能力も持ち合わせていないし
今までの悪行をソウカツしろなんて増田もあったけど、正直この先数十年はできそうにないと思う。
で、そんな連中を支持する理由って何さ、といわれると、子どもの頃周囲に信濃町系の人が多くてヘキエキしたから。
今信濃町が与党の側にいるってこと自体虫唾が走る。ので、代々木にもう少し頑張って欲しいかな、と。
せめて千駄ヶ谷あたりで落ち着く、バランス・オブ・パワーを維持できるくらいになってほしい。
外苑東通りまで進軍しちゃっても、明治以来の日本のシステムだと宗教よりアカの方が潰しやすいでしょ、いいじゃん、という感じ。
カニ光線ビームのおかげで入党者増えても、長きに渡って取り込む懐の深さはないのが心配。
そんで取り込めないと団塊と一緒に消えてしまいそう。でも消えると真剣に信濃町が怖い。
カール・ローブとか呼べそうにないし、今の共産党に出来る範囲で面白いことをやってもらうほかない。
1.志井ちゃんをキャラクター化する
ムダに文化的素養のあるあの世代、連中が見下してるサブカルの海に放り込んでみると意外に良い反応を起こしそう。
志井ちゃんはエロの趣味濃そうだし、SPA!(グループ的にないけどさ)あたりに出てきて弄り倒すと人気出るはず。
あとは深夜番組か。
2.もっとデザインにこだわる
共産党にクセにロシアン・アヴァンギャルドのブームに完全に乗り遅れたのも痛い。
ポスターもそうだし、代々木の本部も予備校のビルか何かに見える。
3.スタイリストをつける
赤旗のポスターに出てる女が、いかにも性格とか面倒くさそうな女で正直引く。
4.
5.
途中で飽きた
別れ話がこじれた結果、「別に付き合う相手なんて誰でもいいんだからわざわざ君のような面倒な相手とつきあう必要はない」という趣旨の捨て台詞を吐かれてふられたことがある。結婚の話も出た相手だった。その言葉に私は自分でもびっくりするくらい深く傷つき、立ち直るまでには1年半時間がかかった。一時は誰とでも寝るということをやってみようかと思ったくらいだった。どうしてそう思ったのかはよくわからないけど、そのときはそうすると納得できるんじゃないかと思えたのだ。余計な話になるが、私の両親はとんでもなく保守的な考え方をする人達で、私は「結婚するまで処女でいるように」と躾けられて育った。つまらない冗談のようだが本当のことだ。さすがに20歳を過ぎてそれを額面通り受け取ることはできなかったが、それでも全く無視はできないという程度の束縛感はあった。だから自分がそう考えたこと自体が結構な驚きだった。
面倒な相手という点については、まあそう言いたくなる気持ちもわからなくはなかった。取り立てて異論はない。「面倒だから別れたい」と言ってもらえれば私もすんなり納得していたと思う。問題は「誰でもいい」の一言だった。我ながらいくら何でもそこまでショックを受ける必要はないだろうと思ったが、駄目なものは何をどう頑張っても駄目だった。悲しくてまともにものを考えられなかった。
時間が経って落ち着いてから、私は相手に何を求めていたのだろうとよく考えた。そして相手は私に何を求めていたのだろうと。
小学生の頃よく読んだ「赤毛のアン」シリーズに、何巻目だったかは忘れてしまったが、「人間は20歳くらいでその輪郭が決まってしまう」というような一文が出てくる。私はそれを真に受けて10代の数年間を過ごしたので、20歳くらいまでに何とか自分の方向性を確立しなければならないという強迫観念があった。そして20歳になる頃には本を読んでばかりいる生意気な理屈好きの小娘になった。ある時期からは手に取った本に書いてある映画を見て音楽を聴くようにもなった。村上春樹を読んでビーチ・ボーイズを聞きイオセリアーニやアルトマンを見るようになった。アーヴィングからヴォネガットに手を出し古典を読むようになった。そのうちペーパーバックも読むようになった。新しいものを知るたび少しずつ世界が広がっていくように感じられ、すごく楽しかった。でもそういう楽しみを誰かと分かち合うことはなかった。私の属しているところではそういうのは何と言うか、知的な気取りの一種のように見なされていたからだ。私は1人で図書館にこもり1人でタワレコに通い1人で映画館に出かけた。両親は極端に人付き合いが悪い娘にひとしきり説教を垂れたが、私としてはそれに特段不自由を感じなかった。友達がいて知り合いがいて1人の時間がある、それのどこが問題なのかと思っていた。確かにそういうのは客観的に見てあまり魅力的な姿とは言いがたかっただろうが、私は毎日いろいろと必死で魅力などというものについてじっくりと思いを巡らす余裕はなかった。そんなことについて考える暇があるなら丸善まで出かけて本棚を物色する方が100倍楽しい。私は何かの答えをそれなりに必死になって探している最中で、魅力なんてものは後回しにしておけばいいと考えていた。
一方、というか当然というか、私は「若い女性」という自分の属性にどうしてもうまく馴染めなかった。若い女性であることをすごく窮屈に感じた。そしてその窮屈さをなかなか言葉に表すことができなかった。人並みにフェミニズム関連の本も読んだけど、それはどれも目の前のあまりにもベタな現実とはうまく切り結ばなかった。例えばがつがつと本を読む若い女性は私の周囲にはいなかった。有り金全部を使う勢いで映画を見る若い女性もいなかった。本当にものの見事に誰一人としていなかった(たぶん趣味に関して引きこもっていたせいだろう)。私の周囲では、一般的に若い女性はそういうことはあまり好まないものだという観念が割と根強くあった。そういうのは趣味として上品に嗜む程度に留めておくべきものであって、没頭するべきものではなかった。もちろん若い女性の精神分析の専門家だとか映画監督だとかいう人がいるのは知っている。統計の授業を担当なさった先生はUCLA帰りで、とんでもなく優秀な上におよそ文化と名の付くものなら何にでも博識な女性だった。でも彼女たちは言ってみれば「私の履歴書」みたいなものだった。自分に特段優れた才能が備わっているわけではないことにはとっくに気づいていたので、それらはただ単に雲の上の出来事でしかなかった。たぶんそういうのは選ばれた若い女性だけに許された特権なのだ。それに特権を維持するのは見るからに大変そうだ。そう思っていた。私は自分の置かれた状況にはそれなりに満足していた。家族は私に呆れながらも基本的には好き勝手にさせてくれていたし、友達も私がよくわからない何かにかまけているからといって意地悪をするようなこともなく優しく放っておいてくれる。環境にはずいぶん恵まれたと思っていた。もし私が男の子だったらもっと堂々とできたのかもしれないが、男の子は男の子でいろいろと大変そうだとも思った。ここから出て行きたいとは思わなかった。うまく言えないのだが、どこかにあるはずの理想の地を探すことではなく、今いる場で何とか居心地のいい状態を確保することの方が建設的な考えのように思えた。
そんな状態にもかかわらず、お付き合いする相手が現れることがあった。縁があったのは同級生や会社の先輩といった人達で、音楽や映画の話がきっかけになることが多かった。好みが似ている人とは話がしやすい。自分が基本的に聞き手に回ることしかできないとしても、親しみのある世界の話ができることはとても嬉しかった。社会人になってからはなおさらそう感じるようになった。女の子同士がお茶だけで何時間でも話しまくるように、好きなことの話だけで1日中笑ったり驚いたり考え込んだりできるのは本当に楽しかった。でもそれと同時に、1人で楽しむことを選んだ領域に人を介在させるのは少し怖いことだと感じた。そこでは1人で過ごすことを選んだはずだ。そのルールを変えたりしてひどい目にあったりしないだろうか。でもひどい目ってどういうことを言うのだろうか。よくわからなかった。でも、はっきりと意識に上らないくらいぼんやりとした一瞬の感覚だったにもかかわらず、その嫌な感じはなかなか消えなかった。
相手との距離が近づいてしばらくすると、私はびくびくするようになった。付き合い始めて1年も経つと、仲良くなるきっかけだったはずの私の趣味嗜好のようなものが、次第に相手を苛立たせるようになってきたのがはっきりと感じられた。私が何の気なしに漏らす一言に相手がすごい剣幕で「普通の女の子はそういうことは言わないものだ」と怒り始めることも珍しくなかった。その都度、私がどちらかというと普通じゃないことは私もあなたも承知しているはずだったと思いますが、あなたの言いたいことはたぶんそんなことじゃないんでしょうね、と思いながら黙って聞いた。自分でこんなことを言うのはばかみたいなのだが、私が縁あった男性は目立たないけれどしっかりしていて人の気持ちを察するのが上手な人達だった。どうしてそんなに人当たりがいいんだろうと思ってよく見てみると、誰と接するときでもフェアであることを優先させているのがわかった。女の人からの評判はよく(ただし決してモテるという訳ではない)、マッチョな男の人からは幾分軽んじられているふしがあった。そういう人をここまで怒らせるからにはたぶんこちらに非があるのだろう、と私は思った。だから相手を怒らせそうなことは片っ端から控えるようになった。でも、そうなるとそこにあるのはただの力関係だけだ。会話の内容が当たり障りのない世間話のようなものになり、映画館やレコードショップを避けて出かけるようになり、そうして程なくして別れることになるのだった。
相手の年齢や社会的な属性が違っても別れる理由は同じだった。ある時の別れ際に冒頭のことを言われた。私がショックだったのは、いつの間にか関係がすっかり塗り替わってしまっていたことだった。友達の延長みたいにして付き合い始めたつもりだったのに、それとはかけ離れた関係を作り上げていた。最終的に私は規格外の若い女性でしかなかった。更にショックだったのは、「誰でもいい」と言われて最大限に傷ついている自分だった。仲良しの友達に言われたとしても十分ショックなフレーズだとは思うが、私の受けたショックはそれだけでは説明がつかなかった。付き合っていた相手にだけはコンビニで飲み物を選ぶように私を選んだと言ってほしくはなかった。でもいつの間にかそうなっていた。相手が最終的に私に求めたのは女の子らしい女の子であることだった。それと呼応するようにいつからか私も、私が私であることの担保を相手に求めるようになっていた。いつの間にそれを求めるようになっていたのか、自分のことなのにまるで理解できなかった。付き合い始めた時の気持ちははっきりと思い出せるのに、その時は担保なんて関係なく楽しいことや嬉しいことはその意味を意識する必要もなくシンプルにそれだけだったはずなのに、見た映画に興奮して渋谷から千駄ヶ谷まで意味なく歩いてしまった私は相手に会うとうまく口がきけなくなっていた私とまるで矛盾なく同じ私だったはずなのに、それらがきれいさっぱり失われてしまっていることがうまく飲み込めなかった。でも、お互いに求めるものがそれだけになった時点でそこにはもう役割だけしか残っていない。確かにそうなってしまえばいくらでも代わりはいるのだ。お互い相手にその望むものを差し出す余地がないのは嫌になるくらいよくわかっていた。何だか騙されてたちの悪い契約を結んでしまったような気分だった。でもそれに荷担したのは他ならぬ自分だったのだ。
日本語ドメインが貼られると、重くなる模様。(筆者の環境だと、激重だった。)
【YouTube】TubePlayer Part6【ニコニコ動画対応】http://pc11.2ch.net/test/read.cgi/software/1184008233/
470 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/07/19(木) 21:11:24 ID:o33zv23o0
アド書き忘れた
ttp://www.jdna.jp/jdn/browsers/
ここらへん参照
ちなみにIE7は対応済み
471 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/07/19(木) 22:30:50 ID:Ji96rVxT0
日本語ドメインはねーよ
厨房以外で使ってる奴いんの?
472 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/07/19(木) 22:57:42 ID:o33zv23o0
>>471
473 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/07/19(木) 22:57:53 ID:waPHfRP30
firefoxでも見れるな
474 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/07/19(木) 23:31:18 ID:5cCqcZ2C0
案外覚えてるんだよな
日本語ドメイン効果ある
475 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/07/19(木) 23:33:07 ID:5cCqcZ2C0
下間違えたw
476 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/07/19(木) 23:34:23 ID:b7UVmc8N0
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2005/12/15/10238.html
こんなのもあるね
477 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/07/19(木) 23:39:54 ID:5cCqcZ2C0
http://日本語.jp/case/accessible/all.html
478 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/07/19(木) 23:45:56 ID:v0npGJjX0
おまいらスレ違いも大概に汁。
で、不具合はもう大体無くなったのかねぇ?
479 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/07/19(木) 23:53:35 ID:3Tsw0z840