はてなキーワード: 副詞とは
今、『英語リーディング教本』読んでるけど、やっぱ文法って大事だな
SとかVとかOとかCの意味も知らなかったわ
確かに黒板で見た覚えはあるんだが
ネットのちょっとした英文見て「あ、これは受身の過去形だからこういう読むんだ」とかわかるようになって感動
受身の完了とか動詞がいろんな形になって連なってて混乱するけど、わかると面白い
まだ簡単な文しかわかんないけど、文法がわかってから、明らかに英文の単語の見え方が変わった
辞書に、副詞とか他動詞とか書いてあっても、何のことかわかんなかったけど、今ならわかる
>何かできないことがあったときに「あぁ…早生まれだから。他の子より育ちが遅いから」「仕方ないね」「かわいそうに」と親から言われることによって、それが本人の中にも内面化されるんではないかという分析だった。
えー、ご存じの通り(ですよね?)早生まれの私ですが、敢えて「異議あり!」と言わせて頂きます^^;というのは僕の場合、親から言われたことはなくて、自分で後から「早生まれは損だ」と思ったからなんです。もし敢えて親のせいにするのであれば「早生まれなんだから仕方ないよ」ぐらい言って欲しかったな、ということになるのかもしれません。
経験談の一例ですが、幼稚園から小学校にかけて、周囲に比べてダントツで運動能力が低かったんです。ですが、高校を出る頃にはいつの間にか体力テストなんかでは全国平均を普通に超えられるようになってました。まあ元々運動や外遊びが好きな子供ではなかったですけど、別にその後人と比べて特に運動していたわけでもなかったので。で、子供の頃は実年齢の差がかなり大きかったのではないかなということに気づいたのはかなり後になってからでした。無駄に運動苦手コンプレックスを持ってたもんだと後悔したものです。
ところで、N さんが誰だか見当がつかない私です。
そういえば、悪名高き私の母校では全学年を通して異様に4・5・6月生まれが多かったです。僕はどちらかというと年齢以上にガキなので、周囲のマセ具合に余りついて行けなかった記憶があります(苦笑)
あと聞いた話だと、少年サッカー英才教育の世界では、選手がやはり4・5・6月生まれに偏っていたので、選抜に誕生月を考慮するようになったとかいう話も聞いたことがあります。
そういうことから、すくなくとも一部の分野においては、無視できない程度の影響があるのかなとは思っています。ただ、どれも男の場合の話であるのは事実ですね。女性はその辺どうなのか、面白いデータがあれば欲しいですね。たぶん誰か既に研究してるんでしょうけれど。
例のあだ名ゆえにあのお方が「Nさん」であることを完全に失念していました^^;まあ、何となく「先輩」が女性であるという先入観があったのも事実ですが(何でだろう?)。まあでも確かに、女性だったらおめでたの話があるのにもかかわらずお酒を飲んでいるはずがありませんね。
いずれにせよ、おめでたいことで。
そういえばドイツでもシュレーダー政権ができたてのとき、首相が党の実力者を追放して一波乱という一幕がありましたね。そのときの状況と今の日本の状況は似ているのかどうか……。
たぶん noctifer さんの同期の「実家が尼崎の人」がデジタル化したデータ持ってると思いますよ。僕も自分が 3 回生のときの録音をその人にもらったので。
ちなみにこれ、一年掛けて準備したのに散々ボロクソに言われた演奏で、僕の中ではまさに「黒歴史」だったんですけど、5 年ぶりに聴いてみたら意外にも、自分としてはそれなりに納得のいくものだったので愕然としました。あれ以来自信なくして楽器にだんだん触れられなくなってたのはいったい何だったんだろう……、と。というか音楽以外すべてにおいても自信喪失してしまう悪循環に陥ったきっかけみたいな一件だったので、あれをもっと早く聴いてればひょっとしたら少しぐらい人生変わったかもなー、なんて思ってます。要はその録音を聴かなかったこと自体が「黒歴史」でしたという情けないお話ですが(苦笑)。
ああなるほど、定演以外の録音でしたか。そりゃさすがに尼崎の人に頼んでも持ってないですよねえ。
ところで全然関係ないですが、今日聴講した某研究会で、僕の2年下の「ヘアスタイルが独特の人」に会いました。彼は今年D3でしたっけ?月日が経つのはなんとやらとはこのことですね。
都合が許さず彼の晴れ舞台を見られなかったのはなんとも残念です。こんど会ったらよろしくお伝え下さい。
前回までの大会と違って、今回は自分が主力選手と同世代だから身につまされるものがありました。仮に自分にあの方面の才能があったとしても、この段階で最盛期なんてとても無理だろうなとか思うと、前回大会までとは違った意味で感慨深いです。
それでよく考えてみれば、サッカーの選手生命から考えて、僕らと同世代の選手のほとんどは今回が最後のチャンスだったわけですよね。今までよりも、負けて悔しがる選手の姿が一歩だけとはいえ身近に感じられて、その分切なくなりました……。
論文を添削するには内容を理解できないといけないわけですから、それをタダでやってくれる人となると本当に貴重ですよね……。
思うに、大人に言語を教えるのは経済的にも効率がよくないですよね。色々な場に応じてそれなりの言葉づかいができて、なおかつ幅広いスタイルの文章を読んで書ける人なんて、なかなか語学教師をやろうとは思わないでしょうし、そういう人を雇うには相当なお金がかかって当然、生徒の側もそれだけの教師を探すには苦労するわけですから。
子供の頃から、母語の習熟に準じて第二言語を(できれば複数)学べると、言語というものを相対化できるという意味でいいんでしょうけどね。(現状は英語崇拝と英語憎悪の二極化およびその裏返しとしての日本語特殊論、そしてそれ以外の外国語への無関心がはびこっていて本当によくないと思う今日この頃。
こんにちはー。
「絶対音感」って能力、実は個人的には言語能力と近いんじゃないかなと思ってるんですよね。少なくとも僕の場合は、ですが。実際、無調性に近い音楽を聴いていると途中で音がわからなくなったりずれてしまうことが多いですし、無調性は無調性でもそれなりに慣れているウィーン学派系よりも、あまり聴かないブーレーズとかのフランス現代音楽系とかのほうが苦手だったりするので。
あと、E-dur と F-dur を間違えることはほとんどないのに D-dur と Des-dur の区別にはたまに自信がなくなることがあるなど、多分にピアノの鍵盤(というか頭の中でつけている「読み仮名」的な音名)に引きずられる傾向があるんですね。いってみれば、日本人は /t/ と /d/ の区別には苦労しないが /l/ と /r/ には苦労するというような話なんですが、まいさんはそういう傾向ってないですか?
そういえば、高校生ぐらいの頃は基準音を 2Hz ぐらいの単位で聴きわけられたものでしたが、古楽を聴くようになって以来その能力はほぼ完全に破壊されてしまいました。
ちなみに僕も音に「色」のイメージがありますけど、その正体はかなり情けないものでして、おそらく子供の頃に買ってもらったおもちゃの鉄琴です。一音ごとに色分けされていたのですが、その印象を未だに引きずっているんですよね。
個人的には欧米でどうして "Hentai" 文化があんなに抑圧されてるのかが気になりますねー。ホラーの世界では日本よりよっぽどどぎつい表現が社会的に許容されている風土で、ポルノの方面になるとフィクションであってもある種の表現はまかりならぬ!というのは、日本に生まれて暮らしている限り根本的にどこかで理解できない面があると思うのですが、だからといって「ピューリタニズムの伝統」で片付けてしまうのも一方では乱暴な気がするんですよね。
似たようなことは、捕鯨問題とかその他の文化摩擦のときにも色々感じることではありますが、その辺のことで「住んでみてわかったこと」って何かありました?
>実際には日本のエロゲの守備範囲の広さはそんなのを凌駕しうるわけですが、それでもアニメでは女性はそのように子どもっぽく可愛く描かれる事が多い(ただでさえ若く見えるアジア人をベースにしているのでなおのこと)
なるほどありがとうございます。確かに現代の日本人はおしなべて幼形成熟的なものが好きですね。女性に限らずジャニーズ系とかも結構そういう気がしますが。向こうから見れば余計子供に見えるというのは盲点でした。
しかし個人的にもっと疑問なのは、その "Hentai" 文化を変なものとして片付けるのでなしに、禁止してしまおうという考え方の方なんですよね。そしてそれを日本でも禁止せよと圧力をかける動きもあるようですし。米国は基本的に他者に寛容を是としているのだと思ったら、ときどきいきなりその逆の面が見えることがあるので、いったいあのあたりはどういう感覚なんだろうなあと思いまして。
うーん。やっぱりそれなんでしょうかねえ。だとすると捕鯨と "Hentai" はちょっと性質が異なる問題なんですね。
どうも最近、英語圏のメディアを読むようになればなるほど、日本に対する悪意や蔑視が一部高級メディアにでも平気で蔓延していることに気づいて憂鬱なんですが、その根っこは必ずしも一つではなさそうですね。
やっぱりこういうと何ですけど、欧米がアラブに違和感を持っている(あえて「蔑視している」とは言わない)のと同じような意味で日本から欧米(といっても色々温度差はあるでしょうが)を見たときに違和感があるんだなあと最近思うんですね。あんな趣味を持っているぐらいなんだから当然私は西洋かぶれ的人間なんですけど、例の "The Cove" 以来やっぱりあばたはえくぼじゃなくてあばたなんだなということにようやく気づきだしたわけでして、その背景には最近ちょっと興味を持ちつつあるんですが、どうもなかなか一筋縄ではいかなさそうですね。欧米の天地は複雑怪奇なり。
ところで話は変わりますが、意外なところで結婚ラッシュが始まりそうな噂を耳にしました。詳しくはそのうちお聞き及びになると思いますが……。お楽しみ(?)に!
あれ、あそこバーベキューだめになったんですか?「新条例」がなんなのか気になります。
>知らない人が20人以上という状態で3時間おしゃべり持ちこたえたのは我ながらよく頑張ったと思う(たぶん英語スキルというより社交スキルの問題)。
最近あちらこちらで、アメリカでは(あるいは「国際社会」では)そういう状況で人間関係を作れるかどうかがものをいう、そういう場でやっていけないと通用しない、みたいな主張をよく見るもので。
本当だとしたら語学力以上に絶望的に高い壁だなあと思いつつ、そういうことを書く人は大抵すごく社交的だから、たまたまその人の回りでそういうことが起こりやすいだけのようにも思えるし、その辺の真相が少し気になってまして。
小説を書きたいと思った。早速書いてみる。
ダメだ。読みにくいし、つまらない。そもそもこの日本語は本当に正しい日本語なのだろうか?
日本語に自信がない。文系の大学に行っている人は、日本語に自信があるだろう。僕は底辺高校卒だ。大学に行きたくなった。文学部に行きたい。
とりあえず自分の人生を悔やんでも意味がないので、書店で中学校の国語の参考書を買ってきて、文法から勉強しなおすことにした。(中学校の国語の参考書をレジに提出したことは全く恥ずかしくない。それよりも知識がないことの方が恥ずかしい)
主語・述語の関係、修飾・被修飾の関係……自立語、付属語……品詞(動詞、形容詞、形容動詞、名詞、代名詞、連体詞、副詞、接続詞、感動詞、助動詞、助詞)……。今考えると、中学生ってかなり高度なことをやっていたんだなと思う。というか、当時の僕は文法の意味が分からなかったから、正解だと思われる回答を適当に選んでいた。本当に恥ずかしい。
いきなり全てを覚えるのは不可能だと思ったので、最初から少しずつ解いていった。毎日2、3時間勉強した。
勉強して驚いたことがある。それは、日本語が極めて論理的に構築されているということ。例えば、よく雑誌やネットの記事で指摘される、『間違いだらけの日本語』というやつを見ても、今までは、それを改善する方法が思いつかなかった。『ら抜き言葉』『~の方 の頻発』が好ましくないということは知っていても、では、どういう時に『ら』を使って良いのか、どういう時に『~の方』を使って良いのか、が分からなかった。それが、文法を勉強すれば、分かるのだ。文章の理屈、文章がどういう風に構成されているのかが分かった、というべきか。結局二週間ほどで文法の勉強を終えた。本当は中学生のうちに覚えておかなければならないことを、二週間かけてやっと理解できた。
しかし、文章力は全然向上しなかった。(『全然』の使い方はあってるのかな?それも分からない)そう、文法を覚えただけじゃダメなのだ。僕は言葉そのものの意味を全く知らなかった。相対? 普遍? 主体? 客体? 混沌? 秩序? パラダイム? どれも言葉として聞いたことはあるが、意味を深く知ったことはない。
僕はまた書店に行き、参考書を探した。高校の現代文の参考書を探してみた。文法の他に、『基本用語700』『重要語・頻出語』といった参考書があったので、パラパラとめくってみた。上記に挙げた、相対、普通、主体、客体、といった言葉がたくさん並んでいて、その一つ一つに丁寧に解説が書かれていた。なるほど、これで語彙を増やすのか。僕は一冊買って再び勉強することにした。
文法を勉強した時とは別の驚きがあった。それは、『言葉』には広がりがあるということ。言葉には意味以外にもプラスのイメージ、マイナスのイメージがあり、問題文で作者が使っている言葉から、事物に肯定的であるか否定的であるかを読み取れ、とその参考書は書いているのだ。はっきり言って僕は衝撃を受けた。言葉の意味さえ知っていれば文章は書ける(もしくは読解出来る)と思っていた僕にとって、『言葉に対するイメージ』という考え方はとても貴重なものに感じられた。日本語の根底に流れる奥深さ、豊潤さに触れたような気さえした。
また、普段普通に使っていた言葉が、実は全く違った意味を持っていた事も分かって、これにはかなり赤面してしまった。一義的であると信じていた言葉が、実はかなり多義的であることも分かった。勉強すればするほど、日本語というものが素晴らしく思えた。(ちなみに『一義』『多義』という言葉も今までは知らなかったので、早速使ってみた)
ただ、上記に挙げた日本語の広がりなども、文系の大学を受験する受験生からしてみれば当然の知識なのだろう。僕はどこまで知らないのだろう。そう考えると、何だか本当に死にたくなった。
それでも、何とか全ページ、700語を読み終えた。(これも2週間かかった)ただ、きちんと覚えた言葉はそのうち200語ぐらいだろう。残りの500語はおそらくうろ覚えだ
。覚えた200語も少しずつ忘れていくかもしれない。だから何度も反復して頭の中に言葉をたたき込まなければならない。(ちなみに『反復』という言葉もこの参考書で覚えた。『はんぷく』って読むらしい。今まで読書しているときは『はんふく』って読んでいた)
ただ、僕はまだ参考書を二冊勉強しただけだ。大学を受験する受験生は何十冊も何百冊も参考書をこなしているだろう。あとどれだけ現代文の参考書を勉強すれば、文系の大学生の文章レベルに追いつけるのだろう?
よく「語彙を増やすには小説を読むと良い」と言うが、小説を読んでも語彙は増えないと思う。あれは文法や言葉の意味を知っている人には良いかもしれないが、文法を正しく捉えていない、また、言葉の意味を理解していない人には意味がないと思う。小説の中に言葉の意味などは書かれていないからだ。それぐらいは分かる。
『論旨』を上手く伝えることが重要だと言うことも分かった。参考書の問題文はどれも上手くて上品で精密でユーモアのある文章ばかり。そして意味がちゃんと伝わる。おそらく『論旨』ってやつがうまく機能しているからだろう。『論旨』についても勉強しないといけない。
ライトノベルではなく、一般的な小説を書いてみたいと思う。ちゃんとした日本語で書かれた小説を書いてみたい。ただ……僕は頭が悪い。頭の精度が悪いというべきか。物覚えが悪いし、勉強したことを瞬時に頭から取り出すのが難しいときがある。今だってそうだ。この文章を書いている時だって、100%正しい日本語で書けているとは思えない。おそらくどこかしらに日本語の間違いかもしくは不適切な表現があるだろう。全ての言葉に間違いが無く、簡潔でウイットの効いた文章を書けるようになるのが目標だ。ある程度勉強したら、日本語能力試験も受けてみようと思う。とりあえずこの文章は格好付けず、出来るだけ素直に書いたつもり。
たぶん、人生で日記という物を書くのが初めてだ。改稿変だし、チラシの裏だが書く。
一昨年の高校最後の夏休みの初めに人生で初めての受験をする事を決意した。親からは驚かれた。
その時まで自発的に勉強した事もなかったし、高校も面接だけのところを選んだし。
中学高校のクラスでも最下位に近い実力であり、何より勉強が嫌いだった。
いざ「受験勉強」というのを取り込もうと思っても何をしていいかわからなかった。
今思えば当然だった。今まで勉強という事に対して真面目に取り組んだ事がなかったからだ。
中学レベルの知識すら自分にはなかった。副詞・形容詞・形容動詞の意味すらわからなかった。
それでも参考書を買い漁り、それに書いてある内容の熟読を試み、シャーペンを走らせた。
そんな馬鹿な俺でも必死にやったお陰か、クラスの定期テストで上から2番目になれた。
友人達には驚かれたし、先生に勉強の事で始めて褒められた。自分でもよくやったと思ったし嬉しかった。
そんな幻想に浸っていた私の優越感は全統模試によって吹き飛ばされた。ほとんど解けなかった。
学校単位で受けていたので学年の中では上位だったが、全国レベルでみると標準の下の下。驚愕した。
それでも勉強に対して諦めきれず、去年のセンターに挑むも惨敗。
私大も幾つか受けたが結局地元の俗に言うボーダーフリーの大学にしか受からなかった。
号泣した。自分はこんなものだったのかと。あれだけやってこの結果かと。やっぱり俺はどこまでいっても馬鹿だと。
諦めきれなかった。だから私は両親の同意を得て浪人をして、国立を目指す事を決意した。
その時決めた。この一年間は一人で生きていこう、友達を作るのはやめよう、受験一本でやっていこう、と。
夏休みぐらいまで自分を必死に追い込み勉強した。予備校で何度も周囲に声をかけられたが見向きもしなかった。
だけど不思議とやる気はあった。自分はまだ可能性がある。まだやれる。この頃はパソコンや漫画などに目も向けずひたすらに勉強を続けた。
先に大学に進学していった友人達、先輩や後輩も皆応援してくれた。お守りもたくさん貰った。とても嬉しかったしやる気もあがった。
そして夏休み終わりの記述模試。結果は去年に比べて毛が生えた程度。この頃から自分に対して失望し始めた。
勉強もし続けたがやる気がどんどん失せていった。毎日通っていた予備校の自習室も徐々に行かなくなっていった。
鍵付きのタンスに封印していたパソコンを起動させて、暇をつぶす事も増えてきた。
冬も間近に迫った最後の模試の結果を見て、完全にやる気がなくなった。目の前が真っ暗になった。
その時に思った。そうか、自分には勉強は向いてないのかもしれない、と。
徐々に行かなくなった予備校はほとんど行かなくなり、家で現実逃避する日がいくらか続いた。
センター間近だというのに、周りの受験生は必死だというのに、皆が遠くで応援してくれているのに、
やる気が沸いてこない。何もしたくない。死にたい。もう生きたくない。そんな事を思ってた。
結果は惨敗。しかし、この日を境に再び勉強をし始めた。何故だかわからないけどやらなきゃいけないんだと思った。
運のいいことに、センター利用で出していた日東駒専レベルの私立(去年落ちた)が何故かA判定が出ていた。
そして今に至る。昨日それより少し上のランクの入試を受けてきたがたぶん落ちてる。そしてこれからも入試が続く。
国立も足切りが無く、二次比率の高い所に出したので可能性はまだある。E判定だけど。
俺はもうどうしたらいいんだよ。
http://anond.hatelabo.jp/20100123193132
17歳の娘が摂食障害を罹患しており、克服の兆しが見えません。
好きな男の子に振り向かれたいという単純な動機からダイエットを始め、
BMI20から13を割るまで体重を減らし、
倒れて病院に運ばれ、本人もこのままだと危険だと判断して食をとるようになりました。
が、案の定過食嘔吐に移行。
体重はBMI17から18程度に戻り多少やせ気味ではあるものの健康体に回復しました。
痩せている時から一日も休まず登校しています。
手当たりしだい食物を買い漁り、際限なく食べては吐いています。
食費は月に20万近く。
家計を圧迫しており、頭に来て怒鳴り散らしてしまいます。
万引きをしないでいるのがまだ救いですが。
どうやったら完治するのでしょうか。。
毎日死にたい思いでいっぱいです。
本人に克服の意思と行動力がないとどうしようもないので、
なんとしてでもやめる意思と行動力を持ってもらいたいです。
本人もやめたいと強く願っていますが、やはり理性で制御できるものではないようです。
「が、案の定過食嘔吐に移行。」
あんのじょう【案の定】
元増田は過食嘔吐を予想していたし、予想していた通りになったと言ってる。
「手当たりしだい食物を買い漁り、際限なく食べては吐いています。
食費は月に20万近く。
家計を圧迫しており、頭に来て怒鳴り散らしてしまいます。
万引きをしないでいるのがまだ救いですが。」
なぜ手あたり次第に食べられるのか? お金の管理を元増田がしていないからだ。なぜ、お金を渡してしまうのか? 万引きが怖いからだ。娘が犯罪者になって、自分が世間から後ろ指をさされるよりも、お金を渡して過食させておいたほうが、元増田は楽なんだ。
摂食障害の問題を根本的に解決するためには、本人がコントロールを取り戻すまで、誰かがコントロールしてやらなくてはならない。だが、元増田はこうだ。
本人に克服の意思と行動力がないとどうしようもないので、
なんとしてでもやめる意思と行動力を持ってもらいたいです。
本人もやめたいと強く願っていますが、やはり理性で制御できるものではないようです。
本人もやめたいと強く願っていると言いながら「じゃあ、お母さんに任せなさい。言うこと聞かないときは縛っておくから我慢なさい」とまでする覚悟は出来ないでいるわけだ。
http://anond.hatelabo.jp/20091114001914
もしくはググれ。
以下wikipediaより。
動詞のに前置詞 "to" を付けて使用する to 不定詞 と、原形のみで使用する原形不定詞がある。
副詞的用法
名詞的用法
現在分詞
過去分詞
主に受動態および完了形を作る。
文章というのは順番通り全部読むだけが能じゃない。わかる部分から途中を読もう。
文章というのは自然な語感になる様に書かかれる物なのだ。発音や文法より語感が優先される。
前回:http://anond.hatelabo.jp/20091101220829 英語が分からない ←どこが?
英語のどこがわからないのか、それは解った。文法、単語の意味選択、この二つだ。そんでトラックバックで暗記しろとか言われたけどそれ無理。できたら愚痴こぼしてないよ。
それでまずは文法をやろうと思ったんだよ。でもやっぱり始めから挫折したよ。分けわかんない単語多すぎ。僕の言ってるの英単語じゃないよ、日本語だよ。「補語」とか「副詞」とか「代名詞」とか。あんさ、はてなーの好きなプログラミングにも言えることだけど、なんでわざわざワケのわからない単語を持ってくるわけ?そんでもって、さも当然のようにその単語を使う卑劣さ。こんなの常識だよね(^^)と。頼むから説明してよ。「関係副詞」って何なんだよ!
わけのわからない単語の羅列が続いた後には、いかにもな感じでサンプルな英文が載っているんだ。ん、でもこれ英語じゃねえか!(^^)<当然でしょ、英文法の説明なんだから。>いや英語わかんねえんだよ。日本語訳つけろよ。
不定詞、動名詞、現在分詞、過去分詞。とりあえずさ、これをさ、わけの解らない単語を使わないで、日本語を例にして説明してください><。それから関係代名詞、関係副詞、関係形容詞、複合関係詞・・・
機械翻訳ってまだ完全じゃないよね。もしかして辞書一冊+文法覚えても英文を書いたり、訳したりできないの?意味を考えないと単語の選択ってできないんかな?
確かに、意味の分からない単語は無視して前後のセンテンスから意味を推測し理解する。
と言うのを、すごいやっています。もう癖になっています。
そのこと自体はいいんと思うんだ。未知語はいつでも出てくるから、いちいち止まって辞書を引いてたんじゃ間に合わないからね。
ただ、その単語の意味は抜きで、文章全体の構造や、その未知語が他の語とどういう関係にあるか、がとっさに把握できるかが大事だと思う。
未知語が名詞なのか動詞なのか形容詞なのか副詞なのか、名詞なら主語なのか目的語なのか補語なのか、形容詞や副詞ならどこにかかってるのか、そのあたりまで、最初に聞いたり読んだりした時に見当がついているかどうか。その見当がついてる状態で未知語を推測してるならいいけれど、そこまで理解してないで拾えた単語の意味だけをつないで解釈しようとしてると、ちょっと苦しい。
動詞の用例に気をつけるといいよ。自動詞か他動詞か、SVOかSVOOかSVOCか、それによって意味が変わってくる動詞がたくさんある。この時主語や目的語の名詞が未知語でも、動詞がどうつかわれてるか分かってると大きく解釈を外すことはないけれど、わかってないとまるっきり誤解することがある。それと冠詞や単数複数、時制なんかも、日本人には苦手なところだけれど、大きな手がかりが含まれているので聞き落とさないようにする。あとは会話文では動詞+副詞の熟語をひたすら覚えまくるとかかな。
高校の頃、さっぱり英語が分からなかった。何が分かってないか分からないくらい分からなかった。けっして、英語の時間に怠けているわけではないんだけど。偏差値で言うと30代。
現在完了、形容詞、副詞、冠詞、仮定法、倒置...など、ばらばらと断片的な知識を習う。習ったときは「ふんふん」と分かった気になる。でもさっぱり頭に残らない。個別の内容は分かるんだけど、時間が経つと忘れて利用できない。
大学浪人が決まってから独学したら、なんとか分かってきた。半年ほどで、人並みの点は取れるようになった。10ヶ月もすると、英語は偏差値60以上が安定的にとれるようになった。
振り返って自己分析すると、(1)英単語や国語の能力はもともと人並み以上にあった、でも(2)文法が徹底的に分かってなかった。
その文法が分かってなかったのは、まず第1に、日本語を分解してとらえる経験がなかった。現役の時から現国はまったく勉強しなくても点が取れていたため、主語、動詞、形容詞、副詞とか考えたことがなかった。すなわち、文法を理解する前に、言語を分析的に見る態度がなかった。なまじっか、国語(読解、作文ともに)が努力なしでできたためだろう。
第2に英文法の全体像が、分かっていなかった。個別の項目の内容が、バラバラの状態でよく整理されてなかった。整理されてないから、ごっちゃになって思い出しにくい、思い出しても自信がない。教師も個別項目の特異条件(重箱の隅)について詳しくしゃべってた。項目間の関係や位置づけについて教えてくれたように思えない。教えてくれていたのかもしれないが、こちらの心には響かなかった。
文法を少し勉強し始めて、品詞、5文型、状態の変化(時制、疑問肯定、命令、仮定法、比較など)といった英文法の全体像が見えたら、あっという間に個別の文法知識が整理されて、自分のものになってきた。さらに、それぞれの文法項目におけるメインとサブの内容が区別できるようになると、覚えるのも使うのも楽になった。
同じような経験は、発音の時にもあった。中高の時に、個別の発音記号を習ったことはすぐに忘れた。大学に入ってから口を横から見た図に各発音記号に割り振ってある図を元に学習して、発音と発音記号の関係がよく分かり、覚えることが容易になった。
学習の全体像と個別項目の位置づけは大事。
等位 Coordinating Conjunctions
相関 Correlative Conjunctions
従属 Subordinating Conjunctions
お悔やみの言葉
褒め言葉
会話一般
(語学学習サイト個人的リンクメモ / Lists of Language Learning Links)
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E8%B3%A2%E3%81%84&dtype=0&dname=0na&stype=0&pagenum=1&index=03927003204200
1 (賢い)頭の働きが鋭く、知能にすぐれている。利口だ。賢明だ。
2 (賢い)抜け目がない。要領がいい。
3 恐れ多く、もったいない。
4 神や自然などの超越的なものに対して、畏怖の念を覚えるさま。恐ろしい。恐るべきだ。
5 尊い。ありがたい。
6 すばらしい。結構だ。りっぱだ。
7 都合がよい。運がいい。幸いだ。
「尊さ」が必要っぽい。
発話の内容が「過去」に起きて固定された出来事である「完了」した出来事でまだ流動的に持続していることなのか。それは結構重要な情報です。よってそれは文の頭に近い場所にある方が望ましい。
英語で、動詞にその情報を載せるのは、一般に英語の文において動詞が文頭に近い場所にあるからですね。一方日本語で、動詞にその情報を載せる慣習がないのは、日本語において述語動詞は文末に置かれることが多いからです。
よって日本語では、時制を表す副詞句などによってその機能を代行させてきました。
「I lost my key.」 については「3年前ここで鍵を失くしたのよ」
「I've lost my key.」については「今鍵失くしたの。」
持続を強調したい場合は、さらに補助動詞を補ったりする。「今、鍵を失くしててさあ。」
そんな感じです。だから
「日本人にその『感覚』がない」ということはないのではないでしょうか。古文における過去形と完了形にハッキリした違いがあったのかなかったのかと問われれば、それが英語の過去形・完了形とはまた全然違った意味合いで、ハッキリした違いがあった、ということは申し上げておきます。完了形にも、有意志と無意志、また生物に使う完了と無生物に使う完了も分かれてましたしね。それが消えたのは、最初に述べたとおり、重要な情報だけに文末に置かれると困るケースが増えたからでしょう。おそらく、貴族の時代から武士を中心とする時代に移り変わった頃にそうなっていったのではないでしょうか。
ついでながら、「楽しい5日間だったねえ」「や、まだ終わってないから」というツッコミは、現代日本語の動詞に完了と過去の区別がないことを利用した一種のジョークだと思っていたのですが、あれは真面目にツッコんでいるんだったんですか?
http://anond.hatelabo.jp/20090404174809
を読んで、結局どういうほめ言葉があるねん、と欲求不満になったので無駄に頑張って調べてみた。
結果としては、これというほめ言葉は見つからなかった。
よく考えれば、よいか悪いか単純に二分すると形容詞の半分はほめ言葉。
せいぜい決め言葉くらいは用意しておいてもいいかもしれませんが、
どちらかというと、飾った言葉ではなくたどたどしくても本心から褒めた方がいいのでは。
結局は、言葉や容姿にこだわらず、その女性の魅力をもっと観察し、理解することが必要ということかな。
とりあえず美醜について。
この3点の使い分けはマスト。
美しい、優美=魅惑的で、いつも見ていたい、誰もがそうありたいと思う感じ。
綺麗 =整っていて接する人に満足感や清潔感を与える感じ。
麗しい =整った美しさに心打たれる意味
あとは適当に。
清楚
精粋たる
楚々たる
艶っぽい/婀娜っぽい(使いどころに注意)
ほれぼれする
いじらしい/いたいけな
愛おしい
他にも、雅俗、品、美麗、香(芳しいはこちら)といった雰囲気に属するものから、
笑い方、目つき、話ぶりといった動作、
さらには、一緒にいて楽しいとか、努力の内容など受け取り手の感覚に属するものまで多くあります。
とにかくたくさんのカテゴリで女性に対する褒め言葉が豊富にあります。
「八面玲瓏」「眉目秀麗」などの四字熟語を加えれば、そのバリエーションは1000にとどまらない。
こんなもん、適宜最適なものを覚えて使いこなせるか、というと無理と言わざるを得ない。
しかし「雅俗」や「品」に関する、日本ならではの形容詞は覚えておくと自分の感覚が豊かになるような気がする。
暇なときにでも、ちょこちょこ覚えておきたい。
英語の形容詞は元記事の指摘にあるように、かなりあいまいです。
しかしその分自由度が高く、その場で適切な表現を生み出しやすいようです。
日本語のように、知らないと適切な言葉を出せないというわけではないようです。
容姿そのものについては
beautiful
lovely
handsome /good-looking
pretty
attractive
gorgeous/delux
slender/slim/skinny/
印象については
smooth
suave
refined
slick
sophisticated
polite
courteous
nice
brilliantのような単純な視覚表現を使ったり、
もっと単純にlook great!といった良し悪しをそのまま表現したりするようです。
それにabsolutelyとかreallyのようないろんなバリエーションの副詞を用いたり、
「like a cindellera」とか「with a ~ face」のように、
比喩表現を使うことでバリエーションを持たせているようです。
しかも、terrificとかawesomeのような表現をほめ言葉につかったりするので、
文脈や態度から判断する必要があります。
日本語のように、「清楚」とか一対一で対応する表現があるわけではなく、
そのつど表現を作っていく感覚とでも言うべきでしょうか。
まあ日本語でも大体同じようなものだと思いますが。
個人的に思うのは、結局のところ大事なのは
どれだけそれをほめることに抵抗がないか、ということではないでしょうか?
いろいろ調べてみて、日本人はいくらなんでもほめなさすぎ、ほめ方が偏り過ぎだという印象を受けました。
結局こういうのは練習したり、ほめるつもりで相手を見ていなければ上達しない気がします。
もうちょっといろんな面で女性を観察できるようになりたい。
http://q.hatena.ne.jp/1129453288
・気持ちをわかってもらえるほめ言葉
・外見や性格をほめられると、そこばっかり執着してしまいます。存在を認められる(ような言葉)
・顔格好じゃなくて、しぐさとか行動について、でしょうかね
・「抱きしめたくなる。」と言われるのがうれしいです。
容姿だけではなく、行動や発言、性格全てが可愛いと言われている気に
・「その洋服とても似合うね」
自分の顔が余り好きではないので、かわいいとか何とか言われても素直に受け取れないのですがこれは大変嬉しい
・自分が好んでやっていることを褒められると嬉しい気がします
・小さな気使いをしたときに、気づいて誉めてもらえたらうれしいです
・自分が頑張っているところを見てくれていて、それを認めてくれて、言葉にしてくれるというのが
・期待されると嬉しい/人間必要とされるとうれしいもの/頼りにされると嬉しい
・「そのものを誉める」より「プロセスを労」って欲しのです
適切なサンプルかどうかはともかく参考になる。
上記のように容姿以外の、個性的な部分や努力している部分をほめられるとポイントが高い様子。
これは裏返しに「外面ばかりで内面を評価されていない」と感じている可能性も?
男性の立場から言うと、こういうのはわかっているけれど言葉にしにくい、という感があるのですが
女性の方はやはり言葉にされることを強く望んでいることがわかります。
容姿については、意外性を与えたりコンプレックスを癒すような言葉がポイント高いようです。
ただ、こういう言葉は、テクニックというより深い思いやりが必要な気がします。
やはり大事なのは「しっくりくる言葉」「自信を強める言葉」なのかな?
個人的に注目しているのは「結果よりプロセス」のところ。最近読んだ齊藤孝の本でも
結果よりもプロセス。特に変化率をほめろ
というのがあって、これは参考になる。
とにかく「ちゃんと見ている」ことを示すと成長を促しやすいとか。
個人的に悩むのは、親しくない相手にこんなことを言っていいものかどうかということ。
「褒め言葉を言えるほど親しい女性がいない」という問題がまずあります。
親しくならないことには、褒めるべき内面も見えてきませんしねー。
最初は褒めるべきところ探しとか、その人がチャレンジしていることを知るところから努力するべきかな。
http://tokyotoday.net/column/post-81.html
http://tokyotoday.net/column/post-115.html
直接的に容姿をほめるよりも、雰囲気やセンス、精神性をほめるのがよいのだそうな。
また、日本人女性はどうかしらんが、イギリスの女性は40過ぎてcuteと呼ばれることは好まないみたい。
元記事の人は、この人の立場に近い気がする。帰国子女とかだったりするのかな?
http://woman.sanin-navi.jp/2954.html
(参考)口説き文句も
http://woman.sanin-navi.jp/2893.html
http://d.hatena.ne.jp/asami81/20090218/p1
相手によって使い分けるという当たり前の話。
でも、恥ずかしいことに男はころりとだまされたり、舞い上がったりします。
冷静になって、相手がどう受け止めているかを理解する必要がありますね。
http://listfreak.com/list/search/%A4%DB%A4%E1%BE%E5%BC%EA
相手の長所や美点に目を向ける
ほめ言葉に実感をこめる
具体的にほめる
うまくいったその瞬間にほめる
当たり前のことを実行している人をほめる
相手の欠点をほめる
結果だけでなく、プロセスもほめる
第三者を通して間接的にほめる
ほめた後に、次の目標を示す
最後の項目は女性に対してはやめた方がいいかも。
相手のいいところに目を向け、相手に喜んでもらうことを意識するといいようです。
間違っても、自分が格好つけたり、相手に好感をもってもらうことを目的にしないこと。
タイミングを逸したなら、無理に言わないほうが良いということも大事なようです。
以前私が書いたこちらもよろしく
留学を批判する上記増田記事だが、内容よりもまず目を覆わんばかりの日本語表現のつたなさに軽く目眩を感じる。それはまた『文法的には誤りではないものの日本語的ではない』表現が余りにも多いせいでもある。とてもネイティブの書いた日本語とは思えん。英語で書いて機械翻訳したものをベースに書いている感じがする。
一応以下に修正案を提示する。「○」が原文、「→」が修正案である。
[前文]
○個人的には見識を広めるというのも一つの利点であることは否めない。
→「ことを認めるのは吝かではない」または「と思う」で良い。「個人的」と「否めない」は不調和。
○だが、しかしながら…少し反対である。
→逆接を重ねるのは否定を強める場合なので、文末に「少し」がくるのはおかしい。「少し」だけ反対なら、逆接を重ねるような大げさな表現をする意味がない。
○もし君が…なのではないかと私は疑う。
→「と私は疑う」は、日本語的表現の場合、大抵は不要。ちなみに、その次の一文「アメリカ人でXXな連中は……たいてい□□する連中だ」などにも見られるこの手の『英語的重複表現』があなたの文章にはとても多い。日本語ネイティブなら、そこは普通「アメリカ人でXXな連中は……たいてい□□する」という。
○「確かに遥かに羨望に値するぐらい勉強をしないで私より良い成績を残す人はいる。」
→日本語ならこれは一文でなく二文に分けて表現した方が良い。例「確かに、私より遙かに勉強しないのに良い成績を残す人はいる。そんな人を羨ましく感じないでもない。」
○「不幸なことに…」から始まる段落
→この段落はことにひどい。日本語の文章を意識しない翻訳調が、(たとえば「しかし」の重複、未来形が推量(義務)の助動詞に置き換わることへの無配慮、など)文章の意味自体を破綻させている。完全に再考(再訳?)を求めたい文章。ちなみに「…授業の参加しなくても卒業できるように…」は「に」の間違いだろう。常識的に考えれば。(ついでながら、この「の」と「に」の誤用は、このあとも執拗に登場する。あなたの使っている翻訳ソフト(たとえそれが脳内ソフトでも)を修正した方がよい。)
○「もし君の母国が英語であったならば」
→おそらく多くの人が突っ込むと思うが、「母語、母国語」と言うべきだろう。この誤った表現は繰り返し用いられているため単なるケアレスミスではないと思われる。
○「だが日本の高校を出て大学受験をしていた君には、そして私には簡単は簡単ではないし、なかった。」
→翻訳調過ぎる。「だが日本で高校を出て大学受験をした人間には――あなたと同様、私にとっても簡単なことではなかった。」で良い。
○「年間安くても250万以上かかる留学を少なくとも4年するわけだ。それはとても安くはない。」
→これはもはや日本語ではない。修正案「それはとても安いとは言えない額だ。」(注:この「とても」は『途轍もなく』から来た副詞veryではなく、『とてもかくても』の省略形であるところの呼応の副詞でneverの意。)
→「課せられる」。百歩譲って「課される」。
○「勉強をしないという選択は甘美なほどに甘い選択だ。」
→『あなた自分が何を書いているか分かってますか?』と聞きたいレベルの重複。「甘美だ」で良い。
○「君は最初の1年を乗り越えられれば…君はたぶん生き残ることができるかもしれない。」
→冒頭の「君は」及び文中の「たぶん」を削除すれば、まだ読めるレベル。
○「だが君は本当に生き残られるのか?」
→ティス ティーチャー マスト ビー シャンピニオン(『この先生きのこる』)…という冗談はさておいて、「ら」を抜く、または「生き残ることができるのか?」とした方が良い。
○「授業で全く内容を触れられなかった悲しみを君は耐えれるのか?」
→ネイティブならそこは「悲しみに」だよね。この人、本当に「に」が苦手だね。ちなみに耐え『られる』だね。
○「君の懐かしい友達は簡単なモラトリアムを謳歌しているのを聞いて君は耐えられるのか?」
→「は」の重複があると文意が不明になる。友達「が」が適切。
○「たぶんだが君は宿題を諦めて寝ているか諦めないで宿題と云う名の怪物に挑んでいるかだ。」
→これは単なる悪文。「たぶん君は宿題という名の怪物に挑んでいるか、あるいは諦めて寝ているかしているだろう。」という順番の方が良い。
○「君は安易な留学という選択をしたことに後悔したことに気づくのにはすでに遅すぎた。」
→ごめん、もう意味が分からない。英文自体の意味が破綻していると思う。たとえば「君は、安易にも留学という選択をしてしまったことに気づき後悔するが、そう気づいた時には既に全ては終わっている。」とかならまだ分かる。「後悔したことに気づくのに遅い」では意味が分からない。
特定の綴りの組み合わせにミスを入れるんじゃね? dとtとか、tの重ねとか、auとouとか。
あとは文法のミス。常に語順がちょっと変だとか、過去形がうまく表現できなかったりとか、副詞のレパートリーが異常に少ないとかないとか。
Engrishは時として、面白くする効果やエキゾチックな効果を狙ってわざと使われる。漢字、ギリシア文字や偽キリル文字が西洋のラテン文字アルファベット社会において(大抵は間違った使い方で)そういった目的で使われるのと同じである。これに似た用法で、Mötley CrüeやHägar the Hørrible、もしくはHäagen-Dazsのように、普通の英語の句にウムラウト、アクセント符号、Øや誤字を加えて、エキゾチックな外見にすることがある。
まあもともとその他の話題もツッコミ満載なブログなわけですが…。
で、英文。なんだろう、タメ口英語っぽいというか、単語、とくに動詞、関係代名詞、副詞が浮いて見える。具体的にどうおかしいかちょっとわからないんだけど、文脈上なんでこんなとこに?っていう違和感がある。というのがぱっと見の印象。
前後の話題を理解してないと、英文単体では意味がわからないってのも同意。つか、人に読んでもらう文章の礼儀として、Thatとか、指示代名詞多用するのはやめたほうがいいとおもう。日本語でも、あれ・それ・どれ・これで書いた文章はわけわかんないのと同じ。
インターネットの各所で話題になっている“わたし彼女”ですが、お前ら、なんであの小説があんな文体で書かれているのかわかっていないで書いているとすれば本当の馬鹿だ。まあ、冒頭の文はみんなもう読んでるとおもうから、省略するとして、以下のあとがきの文章をまず読んでくれ。
ここまで読んでくれた皆様に大変感謝いたします。
お疲れ様でございました。
本当にありがとうございます。
書いていて
違う…こんな事書きたい訳じゃない
やっぱりこんなの面白くないなぁと
途中
でも無事に完結出来て本当に嬉しく思いました。
読んでくれた皆様の
コメントくれた皆様の
お陰だと
あたくし本当に思います。
何度お礼を言っても
足りません(;Д;)
本当にありがとうございます。
読みやすいお話を書きたかった
分かりやすいお話を書きたかった
だけど
書いて気付いた
感情伝わってる?
はてしなく不安がつのりました。
だけど、伝わっていないのは自分の力が無いだけで読んでくれる皆様は何にも悪くない!
そぉ思いとにかく一生懸命書かせてもらいました。
行間をつめたりはしたけれども、あとがきの分をそのまま掲載した。これをみてもらって分かると思うけど、この文章は結構普通の文だ。(太字は筆者註)つまりこのことから、あの小説本文の文章は、“意図的に”書かれたものだということが分かると思う。
じゃあ、何故、本文の文章は、あんな風に、意図的に、一行の、文章が、1??3単語で、副詞がなく、5行に、一回、「みたいな?」が、はいるのか。
一部では“携帯電話で見たとき、スクロールしながら読めるように最適化されてる”って言われてるけど、読みにくいだろ?実際。それ本気でいってるの?自分の感覚でいうと、単語単語で切られてる短い文章をぶつ切りで読まされるよりは長い文章にして改行なしに一気に読んだほうが読みやすいとおもってる。試してみたところ、村上龍の昔の小説、コインロッカーベイビーズの時みたいな改行を一切しないで変質的に一つの分で息もつかさないように、一気に読まされる文章のほうが今の話題の携帯小説の文章よりも格段に読みやすかった。試してみるといい。
理由はひとつ。
それは「携帯で小説を読むメインの層の思考のトレースをしたらそうなった」そしてそれはつまり、その“層の思考が2bit”だってこと。
まあ、これを読んでるひともちょっと考えてもらえると分かるんだけれども、脳内でモノを考える時の文章ってあるじゃん。“あれがこうなってこうなって??”とか“今日は○○を処理してそれをするにはまず××と△△に連絡を??”とか。そういう脳内でものを考える時の思考の文章がそもそも携帯小説を読んでいる層では
家に
帰る間
鳴らない
持って歩いた
トモから
連絡が
来るように
だけど
もぉ
夜中
それでも
来るんじゃないかと
少しでも
信じてた
もちろん
くる
ハズ
ないんだけど
っていう脳内思考の単語と、処理速度になってる。いや、マジに。
自分、仕事で、結構若い連中と仕事をすることが多いんだけど、彼らの思考、というか話しかたがこんな感じ。
こっちから説明しても、一回に話す単語が3つを超えると急に処理速度が落ちる。CPUの小さなパソコンで思いアプリを動かしているような感じ。
多分、これが、一番、ストレスなく処理できる文章なんだと思う。