はてなキーワード: 再犯率とは
平成23年の犯罪白書が公開されたらしいのだけど、報道には「少年院出所後の再犯」なる用語が。
統計における「再犯」なので、刑法56条の定義する再犯のように狭くとらえるものでもないだろうが、
しかし、少年院には、犯罪少年や触法少年以外にも虞犯少年が入所する。
虞犯少年(ぐはんしょうねん)とは、一定の不良行状(虞犯事由)があって、かつ、その性格又は環境に照らして、罪を犯し又は触法行為をするおそれ(虞犯性(ぐはんせい))がある少年(少年法3条1項3号)をいう。
虞犯少年は、犯罪をしたとは限らない。具体的には、家出や不良交友、不純異性交遊などが虞犯少年に含まれる。
どんなに広義にとらえても初めての犯行が含まれる「再犯」の定義はないだろう。
またマスコミの誤解しやすい報道なのかと思って法務省のサイトを見に行ったのだが、今年の犯罪白書は残念ながらまだネットには公開されてないらしい。
法務省は省庁の中でも相当に用語の細かいところ気にするので(冤罪に対する考えなどが象徴的)、たぶん犯罪白書なりの定義があると思うのだが。
再犯者(前に刑法犯又は道路交通法違反を除く特別法犯により検挙されたことがあり,再び検挙された者をいう。以下この項において同じ。)
虞犯少年で少年院行く人なんて少数だからあまり考慮に入れなくて良いと判断したとか、判例上要件が厳しいから犯罪を犯した者と同視してもかまわないと判断したとかも考えられるが、合理的でない考えはちょっと気持ち悪い。
その辺無視しても、昨今注目を浴びている「再犯」というキーワードを使いたかったということだろうか。
そもそも犯罪少年でありかつ少年院出所者の統計だったとか、マスコミの伝言ゲームのせいだったとかなら脱力する。適当な用語がなかったってのもありそうだ。
記事によると、少年院を出院した18~19歳が、25歳までに刑事処分を受けた場合を再犯と表現してるが、だいたい5年なのは刑法56条の再犯の定義に準じているようにも見える。考え過ぎか。
なんだか不正確な情報から間違える人の典型になった気分だが、ネット公開後に見てみたい。さすがに買う気はない。
なお、朝日は、わざわざ「非行や犯罪で少年院に入った少年が、再び罪を犯してしまう割合はどのくらいか」と冒頭に書いてた。少年法では、犯罪行為、触法行為及び虞犯を併せて非行というので、なんだかこれもわかりにくい表現だが、少年院出所者には、犯罪に当たる行為をした者以外もいると言うことを注意してるならなかなか短い中でがんばってるのかもしれない。「再び罪を犯してしまう」が微妙になるが。
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/kankon/1303793099/749-
749 :おさかなくわえた名無しさん :sage :2011/05/24(火) 18:37:06.93 (p)ID:DuCvSB3P(3)
一般の人が勘違いしがちなことに「ドラッグやってる人はいつもおかしい」
という思い込みがある。実際はそんなことはなくて、
捕まってから「ああそういえばおかしかったな」と後付してるだけ。
逆に素面なのに明らかに禁断症状などの兆候が見えるようになってたら、
もう素人では救いようがないんだ。
だからその友人の事をもし大事に思っているなら今のうちに匿名で通報してやってくれ。
751 :おさかなくわえた名無しさん :sage :2011/05/24(火) 19:21:48.19 ID:fuF9OUJK
>>749
目をじっと見てみて、瞳孔が開きっぱなしなら相当きてる
752 :おさかなくわえた名無しさん :sage :2011/05/24(火) 19:22:15.17 (p)ID:lcKobQFK(5)
通報は恨み買いそうで怖いなぁ
753 :おさかなくわえた名無しさん :sage :2011/05/24(火) 19:29:19.15 (p)ID:PL/FEe/9(2)
一人にしか打ち明けてないならバレるかもしれないけど
754 :おさかなくわえた名無しさん :sage :2011/05/24(火) 19:30:42.43 (p)ID:DuCvSB3P(3)
またやるにしたって「最悪でも捕まってる間は薬抜ける」と考えないと。
子どもへの性犯罪、出所者7人に1人再犯 (2010/11/4)
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4567949.html
子どもへの暴力的な性犯罪で服役し刑務所を出所したおよそ7人に1人が、再び性犯罪で摘発されていることが警察庁の調査で明らかになりました。
警察庁が今年5月までの5年間に子どもに対する強姦や強制わいせつなどの性犯罪で服役し、出所した740人を調査したところ、およそ7分の1にあたる105人が痴漢や下着を盗むなどの性犯罪で、再び摘発されていたということです。
再犯者の6割は20代から30代で、半分以上は出所から1年以内の犯行でした。
「再犯リスクの高い対象者については、同意を前提に面接を実施するなど、再犯をさせないためのかかわり方について検討する必要がある」(警察庁 安藤隆春 長官)
子どもへの性犯罪者が出所するという情報は法務省が5年前から警察に提供していますが、警察庁は今後、出所者の同意を得たうえで現在は行っていない警察官による面接を行うなど、再犯の防止対策を強化する方針です。(04日16:40)
※資料
再犯防止に関する総合的研究 第2編 犯歴・統計から見た再犯者の実態と対策 (2009年 ※データは2006年まで)
http://www.moj.go.jp/content/000049794.pdf
・(子供相手に限定しない)性犯罪者の性犯罪再犯率は5.1%で、他の罪名と比べて低い水準にある。
・3回以上性犯罪を繰り返すものの約9割が20歳代までに初犯を犯している。
それゆえ,性犯罪者の再犯危険性評価においては,少数ではあるが,このような傾向を示す者を的確に把握して,専門的な性犯罪者処遇の対象とすることが,その同種再犯防止に効果的であると考えられる。
下の資料の統計が
初犯で「大人や子供相手の」強姦や強制わいせつを犯した人が → 同じく「大人や子供相手の」強姦や強制わいせつを再び犯す率 が5.1%
初犯で「子供相手の」強姦や強制わいせつを犯した人が → 「大人や子供相手の」強姦や強制わいせつ+痴漢や下着ドロを更に犯す率 が14.2%
をカウントしているという違いがある。
なお上記資料には初犯とは異なる罪名も含む場合の再犯率も載っているので、付記しておく。
| 初犯の犯種 | 初犯と同犯罪の再犯率 | 初犯と異なる罪も含めた再犯率 |
| 窃盗 | 28.9% | 44.7% |
| シャブ | 29.1% | 41.6% |
| 傷害暴行 | 21.1% | 33.2% |
| 強盗 | 2% | 32.2% |
| 強姦のみ | 3% | 32% |
| 性犯罪(強姦or強制わいせつ) | 5.1% ※強姦→猥褻や逆も含む | 30% |
| 詐欺 | 11% | 29.7% |
| 風営法 | 20.7% | 28.6% |
| 強制わいせつのみ | 6.5% | 24.3% |
| 放火 | 3.7% | 20.2% |
| 殺人 | 0.9% | 16.6% |
■感想
もしも少数の累犯可能性の高い群にピンポイントに支援を行いたいということであるならば、方向性としては悪くないのかもしれない。
ただその場合、「警察官との面談」に何か効果があるのかはよくわからない。
(数年前再犯率で盛り上がっていた界隈って今どうなってるんだろう。)
先日、
http://anond.hatelabo.jp/20090603113041
という記事を書いた。別に「殺すべきだ」とは書いていない。
ただ、成人していようがいまいが、自分たちが産んだ子に対して
制裁を加えた、という事件を耳にしないのが意外だなと感じただけ。
最初はタイトルを、
「加害者の親は、なぜ加害者を殺して、自殺しないのだろうか?」に
するつもりだった。もちろん、ただの疑問であって、
加害者の親に、勧めているわけではないので、お間違いなく。
そろそろ「チンコを切る、という刑罰を作るべき」ではないだろうか。
何十人強姦したところで、20年くらいだ。
性犯罪の再犯率は高いと聞く(この辺、データはないので、探して)。
いや、「再び、再犯をしてほしい」くらいの刑罰に思えるくらいだ。
さて、加害者が、刑務所に入って、オナニーをするときはどうするだろう?
自分が家で観ていたエロ動画を、思い出してオナニーするのだろうか?
違う、と思う。
強姦した場面を想像しながら、オナニーするのではないだろうか?
毎日、毎日、刑が3年間なら、のべ1000回は、
胸くそ悪い?
でも、それが、彼らにとって一番のリアルな出来事ではないだろうか?
刑務所にエロ動画などがなければ、「それしかない」とも言える。
いくらでも、脳内で犯して、射精するだろう。そこに、反省はあるのだろうか?
快楽しかないのではないだろうか?
盛り込むべきだと思う。そうすれば、一生反省することになるのは
想像つくだろう。
チンコがある限り、彼らは、出所後「ふと思い浮かべたように
そこに、反省、更生はあるのだろうか?
彼らに残るのは、快楽だけではないだろうか。
最後に。
チンコを切る、という刑罰を作るためには、どうしたら良いのだろう?
特に、去年、そして今年卒業する京都教育大学の男って、全員レイパーみたいなイメージしかないので、
可哀想な感じもする。「京都教育大学出身です!=あ、レイプ」みたいな脳内変換になるのも仕方ない。
まぁ、未成年なのに酒飲んで、しかも潰れて廻されたほうに責任がないかって言ったら、
責任はある(かもしれない)し、他の参加者も「未成年者がいることは知っていた」だろうから、
レイプを推進したようなものとも言い過ぎではないような言い過ぎのような。
まぁ、加害者の中には動画とか撮っている人が何人かいるだろうから、
警察は「携帯、パソコン、USBなど」チェックしておいたほうが良いと思うけれど(そんくらいチェックしてるか)。
その内、これをネタにしたAVとかも出る気もする。そしてそれを観て射精する人もたくさん出てくるわけで、
何が何だか、1つの事件が、1つの経済になるわけですね。世の中そんなもん。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1269965.html
大学「加害者たちが自殺するかも知れないから、公表しませんでした。教育的配慮です」
この辺って、結構不思議。息子が犯罪起こしても守ろうとするのが親なのだろうか?
加害者が反省していたら、自殺するべきだと思う。どうせ刑務所から出てきても、
再び集まって、「あの女イキまくってたよな」とか酒とか飲みながら
乾杯するんだろう。そして、また同じような事件を、今度は捕まらないように、
何度も何度も繰り返すんだろう。なぜ、加害者の親は加害者を殺さないのだろう?
被害者は反省されたとして何か救われるのだろうか。なぜ、法は、彼らを殺さないのだろう。
性犯罪者の再犯率は高いというのに、なぜ、チンコを切り落とさないのだろう。
レイプするような人を死刑に出来ないのなら、チンコを切り、目をつぶし、
手を切り落とすべきじゃないのだろう?そこまでしからレイプも出来ないだろう。
いまいち法というのが理解できない。
理解できないのが、他人というものか。そういえば、そうなのかもしれない。
追記:
http://anond.hatelabo.jp/20090605224140
「チンコを切る、という刑罰を作るべき」を書いた。
2009年5月から施行される裁判員制度。重大な刑事事件の第一審を6人の裁判員と3人の裁判官で"事実の認定""法令の適応""量刑の判断"を決定しなければなりません。そんな裁判員制度、なぜ日本でしなければならないのか、誰が得をするのか、もしかして一定数の利権の為に国民が利用されるだけなのか、反対賛成という議論ではなく、施行する事で社会がどう変わるのかをドグマ的メモとして言及したいと思います。 (半分パラノイアです)
まぁ、一般的に知らないのが当たり前だと思います。「法律なんか分からない」「私には無理だよ」というのが大多数ではないでしょうか。しかも、マスコミ、特にTVや新聞で報道される過激な犯罪、無罪を主張する被告人、嘆き悲しむ被害者遺族の姿、少年犯罪などを見て勝手に、「最近では、変な犯罪が増えたよね~」などと思い込まされているし、悪いことをすれば、全員が逮捕され刑務所に入れられると思っていたりもする。
しかし、マクロ的に見ると全く違う。むしろ逆のロジックなのかもしれない。逮捕されたところで刑務所のキャパシティが決まっているので数パーセントしか入れられない。少年院を合わせても想像以上に少ないのが現状だろう。
それからマスコミで報道される事件というのは、万人受けする記事を書く上での選別をしているので、つまらない殺しとか、話題性のない強盗とかは一切取り扱わないし、教育上使えるものを選んでいる程度だと思われます。だから実際裁判員として法廷で担当する案件はもっとえげつない事件に当たる可能性は十分にあります。
例えば、4人で銀行強盗をして帰りに仲間3人を殺したなど、マスコミでは報道していない(できない)事件を目にすることになると思うし、事件現場の写真や、証拠写真、バラバラ遺体写真も見ることになるかもしれない。言うまでもないが、これもTVで見ることはできない。
そもそも日本というのは、犯罪率や再犯率が非常に少ない国であります。重大事件といっても年間で何百件程しかないですし、その内7割が全面自供をしているので、裁判員として法廷に参加しても、7割の確立でただ見ているだけという授業参観状態になると考えられます。国民が想像している「無罪を主張している被告人」などというのは1%にも満たないですし、それがマスコミで話題になり報道されるので、人々が誤解をし勝手なイメージで司法を捉えてしまっているのではないでしょうか。
刑事事件というのは、警察が逮捕して検察庁に送られます。そこの執務室で検事が起訴するかを判断します。起訴された被告人は裁判所で裁かれる流れなのですが、この時の裁判所での有罪率が99.9%と言われています。ということは、検事が起訴すれば有罪。逆にいうと、犯罪者でも起訴されなければ無罪になるということなのです。つまり、裁判所で白黒を決めているのではなく、検察で有罪か無罪かを決め、裁判所で量刑を決めているのです。
少し話が脱線しますが、被害者遺族が法廷で被告人に質問などができるようになりました。しかし、この制度も明らかに奇妙なのです。例えば、こんなシーンを見た事ないだろうか。自分の子供を殺された母親が被告人を恨んで殺してやると涙してる姿を。しかし、実際にはこんなケースは希有で、殆どの殺人は身内殺人や遺族殺人ですから意味がないのです。しかも、色々時間掛けて参加しても最終的に無罪になれば被害者遺族は無残な事になります。このことから被害者参加の意味というのは私には理解ができないのです。
ご存知だと思いますが、国民の殆どが裁判に興味がなく参加したがらないのが現状です。これは施行後も変わらないでしょう。なのに裁判員制度は走りだしています。検察も弁護士も判事も政治家かも、これといって得をする組織がありませんし、国民も得をするとは思いません。
今までの司法村のあり方にガタがきているからか?グローバル化によって日本が静寂してるからか?いくら考えても何の為に施行するか考えつきません。個人的には、裁判官と話ができるし、法廷の雰囲気を体感できるので前向きに参加するのでいいのですが、俯瞰的に見たときにこれといった理由が思い浮かばないのが結論です。
ここからは私の理想論なのですが、裁判員制度を施行するのであれば、もっと国民が司法に介入してもいいのではと思っています。今の裁判員制度だと一生に数回しか参加できないですが、国民一人ひとりが裁判員を年に1回参加する頻度にすればいいのではと考えます。確定申告みたいに。そして、取り扱う案件も幅広くし、裁判官の人事権も参加できるようにすれば良いのではないでしょうか。つまり、社会の当たり前として考える事により色々解決すると思う訳です。具体的に何が変化するのか考えて見ました。3つあります。
一つ目は、大企業は勿論の事、中小企業や個人で仕事している人でも裁判員制度で穴が開くことを前提で仕事を組み立てようとします。そのことで働きすぎの企業体系も、仕事のあり方すら変化するのでは考えます。
二つ目は、司法村の改革です。重大事件以外も裁判員制度にすることで保守的な司法をオープンにできればと願います。
三つ目はは、国民一人ひとりの意識改革です。日本人は極めて傍観者的であり、お任せ意識が強く、何事にも関わろうとしません。昨今では、グローバル化で日本は先進国と言われていますが新興国の追随で、このままでは淘汰の可能性もあります。裁判員制度をきっかけに、銘々が少しでも自立し国全体の温床になればと妄想します。
ショッキングな事に、裁判官は法律を調べて量刑を決めていません。判例と比較して量刑を決めているのが実態です。なぜかというと、司法村で個性的な事(判例を無視した量刑)をすると左遷やクビになるからです。冒頭で述べたように、基本的に検察が白黒を決めているようなものなので、裁判所ではセレモニーが行われているだけなのです。判事にとってノルマは絶対ですし、仕事を溜めるのはご法度、勾留を却下することもできない、そんなマニュアルを見ているが如く流れ作業をしている判事なので、裁判員制度くらいでは保守的な考えは直らないだろうと思う訳です。
何が言いたいかと申しますと、例え裁判員(素人)が参加したとしても、3人の裁判官の内一人でも無罪に入れないと過半数でも無罪にならないことから、判事は絶対の権限を持っていますし永山基準は変わらず、保守的な形態は緩和しないのではと懸念します。
先ほどでも述べましたが、私としては、判事の人事権や重大事件以外(勾留判断とか)でも国民の監視下に入れることにより、ブラックボックスの司法村の透明化、国民のインセンティブ、国の温床になると考えますので、やるのであれば徹底してやるべきだと私は思う訳です。
「練習です。死刑制度は存続させるべきかというテーマで論文書け」というから、おれはまず「廃止すべきだ」というゴールに向けて書いた。おれは「廃止しても凶悪犯罪は増えん」ということと「被告人の人権を侵害する」ということ、「そんな犯行するような被告人を作った社会にも責任の一端があり、社会も被告人を更正さすという形で責任を負うべき」などをちりばめた。
で次に「存続するべきだ」というゴールに向けてもうひとつ書いた。「目には目を、人権には人権を(ry」ということと「凶悪犯人は再犯率が高いので野に放てば再び市民に害なす可能性高い、殺すべき」ということ、「取り返しがつかないと廃止派はいうけど、それは懲役刑の服役期間も戻ってこないし根拠にならねえ」などをちりばめた。
見比べてできのよさげな方(どっちだっけ)を出し終えた後、おれはへんな気分になった。あたまがぐちゃぐちゃイライラして落ち着かない感じ。
「正しい」の正しさというのは「いまのところ」「おおくのひとが」「そう考えている」という程度の正しさしかもっておらず、だからこそ理屈をこねて共感を得ればなんでも正しいことになってしまう。
ある時代において絶大な共感を得た理屈が、後世では見向きもされないことがある。
自分の意見を持つその根拠は、自分がその意見に共感しているという以上のものではありえない不安。
逆に言えば、もし存置か廃止かに関して正しい理屈があったとしても、おれがそれに共感できる保障がない不安。
それで結局おれはどうしたらいいのか、なにができるのかというと、正しい結論を出すことが原理的に不可能な以上、この段落で思考停止して投稿ボタンをクリック、パソコンを閉じるしかない。あけましておめでとうございます。
なんで?
性犯罪は再犯率高いのは周知の事実だろ?あんなんも更正とか無理なんだから死ねばいいだろ。
なんでそんなところの権利とかばっか守ろうとすんの?
それでいて沖縄事件では少女に夜歩いてたくらいで非がある非があるっつって人権なんてまるで無視して責め続けてついには被害届を出さなくさせたのに、
殺人者は殺しちゃダメだよ、あれでも人だから、やっぱり人が人を殺すなんて!とかいって人権守ってやがる。
意味わかんねーよ。バランスがおかしいだろ。なんでそう皆犯罪者に優しいの?俺は最近、この社会は被害者になる前に犯罪者になったほうが、寧ろ優しくされるんじゃないかって気がしてきたんだけど…
犯罪者の人権どうこういうのはいいけどそれ以前に非犯罪者の人権守ってよ
まるでペットのエサ代に金をつぎこむあまりに自身が栄養失調になる飼い主みたいな馬鹿らしさ。
まず力いれるべきはどっちだよ。
加害者ばっか守られる?
一生豚箱にぶちこむのもいいけど、それじゃ甘いよ。模範囚のふりしてればすぐでてくることもあるだろ。で、また犯罪を繰り返す。アホらし。大体、一人の人間一生閉じ込めて置けたとしても、その間の金は俺らの税金から出てんでしょ?はぁ?それこそふざけんなよ。なんで犯罪者どもの食い扶持払わなきゃいけないわけ?
つーか犯罪者は人として扱わなければいいんじゃないの?っていうと「じゃあ裁けなくなる」っていうかもしれないけど裁けなくていいよ、人じゃないんだから処分すればいいだけじゃん、人をかんだ野犬の末路と一緒さ。
更正できない人間なんてもう言葉とか通じないんだから人じゃない、単なる野性動物なんだから、そんなんは人に迷惑かけた時点で処分すればいいだろ。保健所で。
つーか、大体さ、死刑を廃止して何の利があるんだよ?ないだろ利なんて。
俺はかつて学生時代、ちょくちょく痴漢を繰り返していた。しかし今はしていない。
理由はただひとつ、捕まったから。
といっても逮捕されたわけではない。
大きなターミナル駅につく直前、OLにいきなり手をつかまれた。
「痴漢!」
頭が真っ白になる。
モーセの偉業のように人が避けていく中、俺は手を引っ張られながら駅員のもとへ引きずられていった。
細腕に似合わず、痛さを感じるほどのかなりの力だった。
その緊迫感、絶望感は未だに忘れることが出来ない。
もっとも、示談で慰藉料を支払った(きちんとバイトして賄った)し、学校バレして大学からは謹慎を命じられた。
しかし、それ以来、まったく痴漢などという行為をする気は起きない。
そういう罰が怖いということもあるが、自分のした行為の愚かさに気づいたということもある。
痴漢を常習していた頃は、「満員電車に乗る女が悪い」などと嘯いていたが、
そんな自分を謹慎中に冷静に客観的に振り返ると、一気に嫌悪感が生じたのである。
そしてなにより、被害者のことを思うと、彼女たちが不憫で、俺なんて死ねばいいと何度も思った。
身動きも出来ぬ電車の中で、見知らぬ男に体を弄ばれる恐怖はいかばかりか。
俺がたとえ死んだとしても、彼女たちの恐怖はいつまでも残り続けるのだ。
しかし、死ぬよりも、更生するほうに賭けてくれた皆、特に被害者を裏切ることは出来なかった。
そして半年の謹慎が明けた。
ところが、友人たちは普通に接してくれた。それどころか、いたわりすら感じた。
なぜかといえば、友人たちには胃腸を壊して入院していると伝えられていたからだ。
これが一番助かったかもしれない。
俺はこいつらも裏切ったことになるんだな、と思った。
期待を寄せてくれるみなの気持ちを正面から受け止め、過ちは繰り返すまいと堅く堅く心に誓った。
「性犯罪は再犯率が高いから、チンポ斬れよ」という言説がまかり通っているが、あれは間違いだ。
俺のように、逮捕すらされていないのに更生できた奴もいる。
論ずべきは処罰の方法ではなく、どうすれば犯罪は生じないか、そしてどうすれば犯罪者は更生するかということだ。
そういう意味で、最近ここで女性専用車両についての議論が進んでいるのはよいことだと思う。
しかし2chなどで、延々と拷問の方法を考察している人々を見ると、寒気がする。
自慢できる話でもなんでもないが、これだけは伝えたかった。
こんなところでもなければ墓場まで持っていく話だ。
今話題の植草は何度も捕まって(しかもあれだけの社会的制裁を受けながら)いるのに繰り返している以上、
もう更生の見込みはないと思う。
痛いニュース(ノ∀`):「死刑で死ねる」 暴走車、次々に男女5人轢き殺傷→23歳男に無罪判決
フォーカスして空想する、世界を変えるには - 精神異常者を死刑にしたい人へ
再発の防止の役に立たないから、精神異常者を処罰すべきではない、とこの人は書いているけど、再発防止という意味であれば、「危険だと分かっている人物をもう一度野に放つのは危険」という判断は十分に妥当だと思うけれど。健常者であれば処罰が再発防止のための教育となるので、「もうこんな目に遭いたくなければ再犯するなよ」という”教育がなされた”と考えて釈放することもできるが、「精神をコントロールできない状況に陥ることを防ぐことをでき」ない人には”教育できない”と考えているのであれば、そんな危険物を身近(再犯可能な環境)に置いておくことはできない=死刑という考えもおかしくはないはずだ。
もう一つ気になったのは、心神喪失状態の者を罰するのは意味がない、わけではない、ということ。次のように意味がある。
自分も正常な状態になるまで拘束するということに賛成します。
ただ犯罪を犯した精神異常者の場合は、無罪となっても通常は入院措置になり、ある程度正常になるまで社会復帰は認められないはずなのでそこは心配ないと思います。
無罪、というと”拘束なし”というイメージが強いから、よけいに「腹立たしい」「再犯が予防されている気がしない」のだと思う。「精神異常で無罪(減刑)になるとこんなデメリットが!」「精神異常で罪を犯した人達はこんな治療を受けます、で再犯率はこれくらい!」という情報があるなら、きちんと流してやればある程度そのあたりは解消される気がする。
むしろ、退院した後のケア体制のほうが自分は心配です。
退院してしまえば病気を発症した以前と同じ環境に戻ってしまう。
そういう人たちをケアしてあげる組織が必要なのかもしれません。
これも「ケアする仕組みが無い」現状で、「仕組みができるまで野放し」か「仕組みができるまで拘束状態に」か、という判断ができると思うし、拘束状態=終身刑or死刑 と素人が考えるのも無理はない。
私は、一番大事なのは自分(や家族や身近な人)で、自分が将来的に事故に遭う確率はなるべく減らしたい。そのために「自分が将来的に精神病になる可能性」も考えた上で、「精神病者は無罪な社会」よりは「精神病が原因で事故を起こした者にも同等の刑罰を与える社会」の方がよい。受刑が困難な場合も、他の受刑中の病気の場合と同じくされるべきだ。
もちろん「神病が原因で事故が起こせないようになっている社会」の方が望ましい。が、現状はそうなっておらず、そのために私たちが何を負担しなければならないかが分からない現状では、前の二択からの選択になるだろう。
あとこの事件だと、刑法ではなくて道路交通法とかでは処罰されてるのかな?道路交通法できちんと5人を轢いた分の処罰がされていて、普通の事故と同じように賠償責任などが生じているのであれば、とりあえずそれで納得なんだけど。