はてなキーワード: 公益とは
報告です。
法的責任が発生する種類の事ではありませんが、ネットに名前も顔写真も載っているそちらの学生さんの人権意識や人道的配慮の無さに驚き、将来的に法曹を目指すのであれば、大変問題ではないかと思ったので、報告させていただきます。
私は、現在大変奇妙で困窮した状態にいるので、ネットで救済のための協力を求めて、ブログやサイトも作り、ツイッタもアカウントを取ってました。
そこで、偶然TPPに関してツイートしようとして、間違えてこの方に送ってしまったら、フォローされていたので、こちらもフォローを返した状態になってました。
私の画像は、アパートが半壊した画像で、異様な感じもすると思います。
フォローした後は特にやり取りは無かったので、アパート半壊に関しての話もしませんでした。ツイッタというところでは、そういう事もあるらしいからです。何百とか何千とフォローフォロワーと呼ばれる人たちがいる人もいるので、mixiなどのマイミクという人との関係とはちょっと違って、ネット上の知り合いや友達というより、ただのフォロワー、呟きを見たり見られたりする人、という感覚だったり、ツイッタ運営自身が、フォローはするのも外すのもご自由にと推奨しているところらしいからです。
それで、そのままに、しておいたのですが、アイコンの画像で半壊したアパートを載せ、アパート半壊拡散お願いします、と文字を入れ、ブログやサイトで更に詳しく説明を書いてました。
長い説明を要するややこしい話もありますので、そのあたりを色々と書いていました。
ですが、事情はややこしくても、問題は、住むのに危険な場所にされてしまったので、避難中であるという事と、区役所との関係がおかしいという事なので、そのあたりを何とかするような協力のお願いも書いてました。
xxさんという方ですが、その方には、「わからない」の一言で済まされましたが、日本語がわからないわけではないので、こちらがして欲しい事がわからないというのではないと思います。
ネットなので、色々な人がいて、そこで見ただけでは、事実かどうかわからない事もあるとは思います。
しかし、もし本当であった場合、人権に関する問題でもあるし、大変な事なのに、問題視されないのが不思議です。
私のアパートが半壊するに至った事情に関しては、弁護士の人に相談していたのに、保全ができないと嘘を言われてしまったせいもあります。弱者救済のはずの会の弁護士でした。電話相談で話した弁護士は保全できると言ってました。後で全然別の系統の弁護士に電話で聞いた時にも、おかしいな仮処分かけられるはずなのにな、と言われました。
その後も色々あり、訴訟すると言っていたxx党系の弁護士には、相手方に弁護士がついたので、訴訟じゃなく交渉したいと言われ、それが嫌なら降りると言われ本当に降りられました。
他に親の事でも非常に怖い事があり、親に対して、面談禁止の仮処分申請をして欲しいと言ったら、不作為の仮処分は通りにくい、と言われ代わりに内容証明を出しておきます、と言われそうされました。
その時は、信じていたので、そういうもんなのかと思ったのですが、内容証明では何の法的拘束力も無いので、怖いので、仮処分申請をして裁判所から近づかないようにしてもらうか、親戚に働きかけて親を何とかしてくれるかでないと怖いと言っていましたが何もせず、それどころか交渉じゃなければ手を引くと、おりてしまいました。
その後、xx党系の弁護士は、xx党系の大きな事務所がおりたと知ると、途端に仕事が立て込んだりして、どこも断られました。
その部屋にいろいろな意味で、怖くて住めないし、不安で不安で眠れない、恐怖で頭がおかしくなりそうだったりして抑うつ状態に陥り、寝たきりになったりして、区役所に相談し生活保護を申請しました。
申請時に、親のした事も証拠の画像つきで話してみせて、他の資料も見せて、説明し職員も異様さを認め、親に連絡せず申請を通しました。(許可を取り録音してます)
この時よく考えてみたら、通常連絡しないのは、居場所がわかる事を恐れるためなので、もう居場所がわかっていて、区役所職員も認める奇行があったような状態で、こちらに対し何らかの保護や専門家に親を診てもらうとか、親戚にも止めてもらうとか、何かないと可笑しいのではないかと思いますが、親の奇行は認めたものの、それ以上は何もしませんでした。
この時は、xx党系の弁護士にアパートの事では内容証明を書いて、引き受ける事を前提で相談に乗っていた形だったので、そういう怖い状態でも何とか保っていたのだと思います。(xx党は生活保護とは全く関わってません。これもおかしいと思いますが)
その後、通っていた神経内科の薬を内科の薬かもしれないと区役所の民生課係長に言われ、申請時から言っていて話もできていた内科で内視鏡検査と親の事を精神科もケースワーカーもいる総合的に相談できる病院で相談したいと言うのを、止められ、さらにショックを受け半壊アパートに居られなくなり、区役所にも恐怖と絶望を感じ、避難している状態です。保護費は支給されてません。
この半壊アパートには怖くて住めないので保護施設または病院、または引越しと言っても、何の対応もなく、病院の事も精神科はわからないと言われたり、他の事でも困った事があったので、総務に相談したところ、余計に酷くなり、上記のように言われてしまったわけです。(神経内科の医師はこれは内科の薬ではないと言いつつ、区役所から問い合わせがあればそう言うと言うだけでした)
xxさんという方とは、関係ないはてなの人に、一見親切そうに見える言い方で、ネットにありがちな人を観察対象として仲間うちで紹介して見るというのを、されてたみたいだったので、ショックを受け
xxさんにも、どうしてフォローしているのか聞いて見ようと思いました。
こちらも疑心暗鬼になってましたので、感情的になってましたが、言って悪い事は言ってません。
xxさんは最後に、言う必要のないこういう言葉まで吐かれました。
「もう二度と絡まないでね。バイバイ($・・)/~~~」
今見たら、また増えてました。
「どうぞ晒してください。あなた、そんな影響力ないし、信頼もないからいいよ。なんか、自分が被害者で可哀そうですぅって感じがうざいよね。それに、晒されても悪いことしてないから問題ないし。」
法曹を目指す方として、弁護士法にある弁護士像とかけ離れていると思うのは、私だけでしょうか?
最近、司法修習生の給付制度維持について、ツイッタでも様々な意見があり、弁護士被害者のサイトを作っている人は大反対で、ノボリまで作っています。
私は、給付制を無くすと、裕福な人しか法曹界を目指せなくなるので、益々良くない状況になるのではないか?というような内容の意見や、弁護士を目指す人や現在の弁護士の人も、基本的人権を守るお仕事を快く引き受けたり、公共性公益性があるお仕事としてお金を引っ張った分、それに答えるようにした方が国民の支持や賛同は得やすいのではないかと、言う意見を書いたり、togetterというものにまとめたりしていました。
弁護士の人の中にも、少数ですが、公共性公益性がある事をやっていると分かるような形を示さないと、国民が納得しないのではないか?という意見の方々もおられました。
今は、司法の矛盾が国民の目にも触れるような形で噴出していて、例えばwikipediaにも、元検事の河上和雄『正義の作法』講談社 に、”近年弁護士が実刑判決を受けるケースが増えており、暴力団を除けばわずかな弁護士集団から毎年これだけの実刑判決を受けるような組織はないとして、弁護士業界を厳しく批判した”と載ってます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%81%E8%AD%B7%E5%A3%AB
私は、xxさんに、基本的人権と言うのは、自他の区別がなく守られているかどうか不断の努力をしないといけないと、憲法の解釈としてはなっていると、書きました。
xxさんが、なんで自分が協力しないといけないかわからないとおっしゃったからです。 一応協力しないこともないけど、なぜしないといけないかわからない、というように書いてたと思います。
xxさんは、障害者としてのブログも作られて、障害者の権利などには敏感な方のようで、権利は主張したいような事も書かれておられました。
それで、障害者の人が拠っているのは、この基本的人権に自他の区別がないからではないのか?自分の人権だけと規定されてたら、あなたは権利を主張できないのではないか?というような事も書いたのですが
それに、私は、アイコン画像にも、アパート半壊拡散お願いします、と文字入れしていて、アイコンの見た目が異様と言えば異様なものです。このような状態を見て、怖いと思って近づかないならともかく、フォローだけして(困った状況に関しては放置で)平気という感覚を解せないと思うのは、私だけではないと思いますと送ったりもしました。
自分とはほとんどやり取りしていないので、揉めてはいませんでしたが、最初見た時も、xxさんはネット右翼のような主張をする人に挑戦的な言わなくて良いような事を書いてました。
その右翼のような方の主張にも偏りがあると思いますが、わざわざ煽ったり叩いたり挑発したりしなくても良いと思います。説明したりという事がなく、例えば話題になっているTPPについての意見でも「TPPはやるべき」と一言書くだけで説明はしてませんでした。そういう書き方をする人はいるし、ツイッタという短い文章のやり取りをするところなので、それほど珍しい事ではありませんが、ある程度の知性があると思われる人が通う大学で大学名も書いている方にしてはめずらしいと思いました。(たまたま見た時のツイートが一言だけだったあけで、TPPについては説明してる時もあるかもしれませんが、この話はこれ以上説明はないようでした)
xxさんが公然と書かれておられる事は、法律で罰せられる事ではありませんが、法曹界のイメージダウンではないでしょうか?
それに、私のような状態に置かれている者に対し、基本的人権という観点や、人道的配慮を欠いた言葉の数々を公然と書かれていらっしゃる事に関しても、問題ではないかと思います。
弁護士被害者として、これから弁護士になる可能性のある方なので、その人格や言動を、これからも弱者に対して、向けるのは、新たな被害者を生むのではないかと思うので、今のうちに改めて欲しいと思います。
ネットという事で、高揚した気分でやっているのだろうと思いますが、実名や大学名や学部名まで公表し、障害者として社会に訴える事までしてらっしゃる方が、これでは、関係する機関や同じ立場の方がいろいろと迷惑を被る可能性もあると思います。
http://xxxxxxx
https://twitter.com/#!/xxxxxx
私のツイッタです。
https://twitter.com/xxxxx
ブログなどもプロフにありますが参考までにリンクしただけです。
では、失礼します。
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.pjnews.net/news/794/20100326_2
2010年03月27日 07:18 JST 【PJニュース 2010年3月27日】異例の再投票に持ち込まれた日弁連会長選挙(2010年3月10日)では、無派閥の宇都宮健児弁護士が主流派閥の支持した山本剛嗣・日弁連前副会長を破って当選するという快挙を成し遂げた。改革を訴える宇都宮氏の当選は、弁護士の置かれた状況への強い問題意識が背景にある。宇都宮氏を当選させる至ったエネルギーは弁護士会の内外で噴出している。 兵庫県弁護士会(春名一典会長)は3月23日の臨時総会で、司法試験の合格者数を年間3千人まで増やすとする方針を見直し、年間千人程度に段階的に減らすよう政府に求める決議をした。日弁連会長選挙で宇都宮氏は1500人程度への削減を訴えていたが、兵庫県弁護士会の求める削減幅は、それ以上である。これは宇都宮氏の改革に対する地方からの援護射撃となるものである。また、中途半端な改革に終わらせないためのプレッシャーとも読み取ることができる。 この兵庫県弁護士会の決議と同日に日経BP社が運営する安心・安全情報ポータル「SAFETY JAPAN」には悪の弁護士が増えているという衝撃的な記事が掲載された(夏原武「「モンスター弁護士」急増中。「借金整理を頼めばかえって損」「自ら詐欺主導」「夫婦で8億脱税」など。 今後弁護士が信用できなくなる「理由」を、全部書く!」SAFETY JAPAN 2010年3月23日)。 http://www.nikkeibp.co.jp/article/sj/20100318/216607/ 記事では依頼人を食い物にする弁護士や、偽造した代理権委任状で交渉の相手方から金を詐取した弁護士の事例が紹介される。このようなモンスター弁護士出現の背景として法曹人員増加を指摘する。また、避けた方がいい弁護士として「広告をばらまいているような弁護士」に言及する。これらは宇都宮氏の問題意識と重なる。
今気付いたが、この記者は私のツイッターをフォローした人だ。ユニオン告発だって別ユニオン関係者が横にいる弁護士告発の席で行われている。この林記者にツイッタ内で「追い出し屋対策で検索してフォローしてるのかもしれませんが、私は追い出し屋被害に遭ったのではなく、追い出し屋対策弁護士の被害に遭ったのですが、なぜか追い出し屋対策を書いている林さんにフォローされました」と言う意味の事をツイートしたら、反応は「○さんの幸福をお祈りしています。」だった。その後書き込みしたオーマイニュースをリンクしたが、、また幸福をお祈りだった。
下のはPJニュースの米しようとしたら、サインインできなくて入らなかったもの
それは殊勝な心がけだと思いますが、実践されなければ意味が無いと思います。そう言葉で言う事によって、イメージアップを図り外面を整えているだけではないですか?
そこまで言うなら、宇都宮弁護士さんも関わっておられた追い出し屋対策会議の他の地域の弁護士も見張られたらどうでしょうか?
私はそこの弁護士に法的に間違った事を言われ、他の弁護士に相談すれば仮処分申請してくれたかもしれないのに、その機会を失いました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1367730408
相互リンク http://b.hatena.ne.jp/entry/www.pjnews.net/news/794/20100326_2
苦情は責任者ではないが、アパートの保全ができると言って(電話相談時)実際に動く弁護士を紹介したこの地域の追い出し屋対策会の中心人物に、言っても「保全してくれると思います」(アパートが壊される前)
壊されてから事務所に電話しても、事務員しか出ません。向こうから折り返しの連絡は返ってきません。大変顔の広い方である政党の無料相談の弁護士も路上生活のボランティアに関わる人も名前を知ってました。
私が何年か前にボランティアで行った事務所と同じ名前だったので、そこの代表の弁護士ならその人に話ができるかと思い、電話したら、今はその代表者は居なくなり、そこの事務所ともう一つ違う市の事務所と両方その人が代表をやっているとの事でした。
電話相談に電話して苦情を言っても、ボランティアが出るとまだまともに聞きますが、弁護士だと相手にされません。ボランティアもまた聞いておきますと言いますが、会のまとめ役がその人なので、返事はありません。
過払いや債務整理や生活相談も追い出し屋対策と一緒にやってます。
私は家賃滞納はありません。大家が代替わりし息子さんが居住者付きで売却した業者が、立ち退き交渉もせず水が止まると言ったり、こちらが立てた調停中に、アパートを半壊にしたのです。半壊になるだいぶ前から相談していたので、仮処分申請する時間はありました。その時に「アパートの保全はできない」と言ったのです。こちらが京都の借家を半壊で勝訴した事件番号2455号の資料を持って相談に行っているのに!!(判例 2455 でぐぐる) ある政党の無料相談では、「勝てるだろうけど、賠償金が数十万だから弁護士が嫌がる。費用対効果、もっと言うと労力対報酬だわな」と言われました。それで今までの弁護士達の不可解な態度にも納得できました。電話相談では調停を立てた事をなじるように「自分で立てちゃって」という言い方をチンピラのような弁護士にされた事もありました。この人は名乗らずにPHS番号だけ教えました。今考えると変です。phsはいつかけても電波が通じない所にいるか電源が入っていませんになります。
自己管理できない状態の人が相談者に多いからと言って、自己決定権を奪っていいわけはないのではないか?とこっちの地域の路上支援の医者もこの会を紹介していたのでメールしましたが、全く返事はありません。
大阪のこの地方の会を紹介した電話相談に電話しても、聞く人もいれば聞かない人もいますが、聞いても上の者に言っておくというだけで、返事は無く、電話の返事はどうなったのか切手を同封した手紙を書いても、返事はありません。ボランティアは善良そうで、過払いばっかり拾いに来て!と怒ったら、テレビで宣伝しているような所のように2割も取ってません、とか、債務整理では本当に深刻に悩み自殺を考える人もいますので、と真面目に返されたりしました。ボランティアの人も騙していると思います。なぜか大阪の司法書士の電話番号を教えられたので、電話したらヘラヘラ、ヘラヘラして、こっちが水道止めると言われ、払う必要のない家賃に込みの水道代を「水道代払ってますか?」と言われたという話をしたら、「水道代払おうね」と言われました。こちらの地域の水道局まで電話しましたが、名義が大家のもの(その当時はまだ前大家)だったので、名義変更しなければ支払いを受ける事はできないと言われました。もっと色々ありますが書ききれません。
このように、ものすごく相談者を疑ってます。何か非がある人だろうと思ってます。
宇都宮先生、先生のやってらっしゃる弱者救済に群がる弁護士たちは、何とかなさらないんですか?
自己管理できない容易に自己決定権を奪える相手だから、自分達のいいように利用して、ボランティアは外向きのイメージ戦略で誤魔化し、やってる事は弱者救済に名を借りた、貧乏な弁護士救済じゃないですかwww
法テラスの受任料わずか10万でも拾いたい、けど、調停イヤ訴訟絶対イヤ><だめ絶対>< みたいな。 やる事は何か書くだけ。
こっちは、図書館にあった弁護士が書いた本に、「法テラスは半分ボランティアみたいなもの」とかネットで見た「受任料が相場の半額になってしまう」とか そういうのを知っていたので遠慮もありました。
しかし、弁護士を一人作るために、公費がいくら使われているか考えると、疑問にも感じます。公共性や公益性がある高い倫理観を要求される仕事だからこそ、たくさんのお金を引っ張る事ができるのです。
今は、食い詰めた弁護士が多いから、弱者救済にマトモな人が周ってこないのではないでしょうか? 昔は企業の仕事をしてる余裕がある事務所でも、社会貢献みたいな(本来の弁護士法に謳ってある仕事はこっちですけど)つもりで、弱者救済の経済的合理性には欠ける仕事もやってたのが、食い詰め弁護士が仕事が無いから、社会貢献的にやってた分野で食っていこうとしているから余計ややこしくなるのではないですか?
早く弁護士にも保険制度を導入し、企業と個人で負担額を変えて、企業からたっぷり取って、個人は企業の負担分で賄えるようにして欲しい。 元々これに近い形で回せるようにしてきたんじゃないんですか? 賠償金が数十万だと弁護士が嫌がるとある政党の弁護士に言われたので、本当にそうなのかと裁判記録を閲覧しに行ったら、賠償金なしで家賃値上げに関する訴訟を見つけたので、その関係者に代理人も含め聞いてみた事もありました。 弱者救済と関係ない大きい事務所のようでした。原告側も被告側も不動産屋さんに弁護士を紹介してもらったと言ってました。
科学的裏付けの説明の記述が無い。このブログは全部この人の主観の垂れ流しだ。 こんなすごい元物理、数学専攻教授がいていいんだろうか?
http://blogs.yahoo.co.jp/prohitskh/folder/351784.html 脳の仕組みと健康
http://blogs.yahoo.co.jp/prohitskh/folder/926427.html 頭の良くなる方法
脱ブームの落とし穴 (上ブログの人じゃなく、脳に関して科学的じゃない事を言って儲ける事への警鐘)
2011年2月19日放送 「ガリレオチャンネル」 脳を鍛える大人のDSトレーニングは脳活性の根拠なし?/ゲーム脳はトンデモ?/脳内革命は脳科学と無関係?/脳活性しないほうが脳には良い?
http://www.youtube.com/watch?v=K2SaSXxkH6E
http://www.youtube.com/watch?v=yqFD-ueVgSU
あんまりはっきり書いて名誉毀損で訴えられても困ると思ったが、科学的ではないのは事実だし、公益性もあるから、これくらいは言っても大丈夫だよね?
http://homepage2.nifty.com/prohits/ ここに物理や数学が専門とある、神経網数学って聞いた事ないけどこんなのあったんだ。
今なお、商店街に店を構えていたり、住居として住んでいる人たちは、生存戦略の勝者なんよ。
商売していなくても生きていける。
ある意味勝ち組なわけで、そんな選ばれた人たちが、腰を低くして商売を続ける理由はあまりない。
生存戦略として、大手のフランチャズに加盟して、コンビニに転身した酒屋もいたし、郊外のロードサイドやショッピングモールに出店した本屋や靴屋もいたし、何も手を打たずに倒産して、街を出ていった人もいたし、それぞれが生存戦略にしたがって、行動した結果が、今のシャッター街だったり、歯抜けの駐車場だったりするわけです。
そこを活性化するとかいっても、どちらかというと勝ち組の地主さんしか残っていないわけで、その人にとっては、今の状況が一番収益が高くて手間がかからないのだろうし、新しいことをはじめるだけの探究心が残っていればいいのだろうけど、一定の年齢以上では無理でしょう。
個々の家とか店から見たら、今の状況は必然的な成功だけれども、駅前とか街の中心地に公益性があるとしたら、失敗なんだろうなと思います。
http://d.hatena.ne.jp/Francesco3/20110402/1301713157
フランチェスコ氏は
のいずれかの対処を取らない限り不公正な行いの上でソラノートの名誉を毀損していると判断されて致し方ないと思います。
まず、前提として私は公益のために何かを批判をする際にはその対象となる事実を正しく公にする必要があると考えています。フランチェスコ氏はそれを行っていません。
「ダダ漏れ」という名目のもとに放送倫理を無視し、個人をいたずらに傷つけておきながら、反省も謝罪もできない企業。それが「株式会社ソラノート」です。
フランチェスコ氏は上記のように、「反省も謝罪もできない」という事実の摘示をもってソラノートの名誉を毀損しています。この事実の真実性を正しく公にしているでしょうか。
ソラノートは、こちらの提示した和解案を完全に突っぱね、ウェブ上でもメールや電話のやりとりでもあれだけ繰り返していた「謝罪します」という言葉を撤回し、放送に問題はなかった、従って謝罪させられる謂われはない旨を代理人であるソラノートの顧問弁護士、宮本督氏を介して通達してきました。
上記のようにフランチェスコ氏自身の解釈と要約による説明があるのみです。
@ksorano 後から撤回する謝罪を何故したのでしょうか? 未確認なので謝罪は出来ない、と言うのならその時に保留にすべきではないでしょうか。 この事件はネットのリテラシー全般が問われています。当人だけの問題ではありません。
実際に、上記のブログをうけtwitter上でそらの氏からこのように異議がでています。
ソラノートの所業を広く知らしめる必要があります。引き続き代理人を通じて責任の追求をしていくと共に、すべての経緯をここに書きとめ、なるべく多くの人々の目に触れるよう、努めていきたいと思います。
フランチェスコ氏は自身が述べているように「すべての経緯」を書きとめ、正しく事実を公にしてください。それができないのであれば上記のブログや同内容のtwitterを撤回するべきです。
話は若干それますが、ソラノート側が事実を公開すればいいのでしょうか。ソラノートはそのようなことを現段階ではしないでしょう。なぜなら
(というかめがね王のはそもそも取材ですらなかったようなので論外として)
ふと思ったのだが、はてなの皆さんは事件報道自体は否定しないんだろうか。
特に加害者の実名報道は、取材時に敬意(定義は置いておく)を表し配慮に配慮を重ねたところで
場合によっては対象者の人生を終わりにする破壊力があるわけだが。
(取材時の配慮は不要と言っているのではありません。念のため。)
匿名でも市町村まで言及すればご近所さんや知り合いにはバレるだろう。
するなら自分の印象を少しでも良くする方向のものを望むと思われる。
といって加害者の意見を評価なし、あるいは加害者の意見に同調してダダ漏れすれば
そらの氏のUst状態になる。
あと事件報道は公益という場合の公の利益って具体的に何なのか?
こんな事件がありました皆さん気をつけましょう、だったら実名要らないのでは?
議論がしたいわけじゃないけど共感が欲しい人は専門家に頼った方がいいな。心のうちを開放することで心理的負担を和らげる療法か何かがあるでしょう、多分。オープンな場所で共感を得ようとすれば、反論が待っているし弱者の立場を利用して言論封殺すれば公益に反する。共感できる人だけでSNSとかのコミュニティ作るという方法もあるけど、その方法には疑問が残る。共感できる人間だけの閉鎖的なコミュニティはコミュニティの倫理観が一般社会の倫理観から離れていく傾向にあるからだ。しかも精神的に不安定な人を集めるわけだから負の感情をより強める結果になりかねない。そうなると専門家によるカウンセリングと「共感を元にしたコミュニティ」の折衷案として、専門家付きの支援団体が一番効率いいのかな。
専門家といえば、多くの偏見を含んでいる可能性を自覚しているが、専門家が共感のコミュニケーションに引っ張られていないか心配だ。被害者じゃない多くの人は、被害者か専門家の意見を聞くことで犯罪被害への理解が深まるのだけど、私はテーマが心の問題になると難しいと感じる。専門家も共感をベースにした説明をするだからだ。共感できた場合は大抵個別具体的な共感なので応用が効かないし、共感するから精神力が削られる。共感できない場合は全然心に残らないかあまりに押し付けがましいときには反発を生む。多分抽象化や一般化が足りないのだと思う。
一般社会に犯罪被害者心理の理解を求めるのなら、一般社会の倫理や常識、法律を根拠に論証した方がアンチを産み難いだろうから長期的には共感を得ようとする方法よりも効率いいんじゃないかな?犯罪被害者の生の声やそれを消化し切れていない専門家の話は感情的エネルギーが多すぎてマスに発信するにはあまりに危いと思う。
増田も寄付は大好きだよ! 施すほうじゃなくて、受け取る方としてならね!
なんだか一億総ポトラッチ化が進んできました昨今、増田が由緒正しきネトウヨであったら「ゲヒヒ、次は国を隣国に寄付ですか?」と揶揄の一つも売ってやるところだけどはてサは恐いし、増田はそもそも右翼じゃない。ただの逆張りが好きな女子中学生だ。そう考えて読むと気分いいよ?
流行ものをとりあえずdisとくのはウェブに生きる天邪鬼としてのたしなみだよ! みんなも若いうちは、無闇やたらに反発するといいんじゃないかな?
でも実際twitterとかでこの手の逆張りやってんのは三十代のピザデブハゲ女子中学生たちなので、きみたちの健康と精神に大ダメージを与えるよ! 貧弱な想像力は時にみずからの命を助けるね!
ところでなんでぼくらはタイガーマスクきどりどもが嫌いなのかな?
不思議? ふしぎだよね!? だって、寄付ってすごいいいことなんだよ? ただの偽善じゃない。誰も傷ついてない。与えるほうも貰うほうも、みんな得してる。死んだビジネス用語でいうところのwin-winってやつだね。そうそう、未だに会議でwin-winなんていう単語出してくる上司をみかけたら、さっさとその会社の四階から飛び降りたほうがいい。
なぜか。
まあそんなことは上でさんざん申し述べてきたように、ぼくらが「どうしようもない天邪鬼だから」で済むんだけど、世間はそれじゃあ納得しない。反対するなら説明すべし。感情論は排してな。
と、ぶっちゃけバカに理論的な説明求めるなんてバカなんじゃねえのと思うむねがあるかもしれない。けれど、ココは天下の往来はてな匿名ダイアリー。またの名を皆殺しの増田。
説明責任逃れは問屋がおろさない。せめて嫌悪感の根源くらいはつきとめないといけない。
とはいうものの、「なぜ私は寄付ブームが嫌いなのか」を論理的に説明するのは、おそらくアジを三枚におろすより難しい。
この手の喧嘩でよく使われる殺法は「だって被寄付者が迷惑がってるじゃないかやめてあげなよ白豚野郎」と「親切の押し売り、大きなお世話」を強調するやりかただ。
ここでぼくら天邪鬼は施す物-施される物、という図式を瞬時にして加害者-被害者という関係に塗り替えることでスペクタクルとカタルシスをおぼえるんだけど、それで非難される無辜の大学生ボランティアとかはいい迷惑だよね! いい気味ですね!
そう、善意の悪人は悪意を自覚している悪人よりも罪が重い。なんだかよくわからないけど、ぼくらはそう信じちゃってる。漫画か何かの影響ですよね。あるいはお母さんについて、何かトラウマがあるのか。
まあ、ともかくしかし、タイガーマスクについてはなかなか「迷惑してる」という話は聞かない。少なくともビル・ゲイツより広くておーつねさんより狭い増田の観測範囲では、見当たらない。被害者は存在しない。まあ「あの手の寄附行為ばっかり報道されて恒常的に寄付を行なっている人たちが無視されてる」って声もあるけど、そんなもん、もともと無視されてたわ。
「みんなが得した」ここが、今回の件でやっかいなところだ。火のない所に煙は立たないし、煙が高いところにのぼらなければバカもまた踊れない。
さて、実はここに今回のぼくらが抱えるフラストレーションの一端が隠されている。
つまり、「いつもとおなじように偽善者を叩けると思ったら、おあずけくらってしまった」ってわけ。これってとってもストレスフルな状況じゃない? 犬みたい? 哺乳類と比べられるだけマシさ。
偽善ってなんだろうね? 寄附行為に限定して考えてみよう。広辞苑の定義を持ってくるのは、頭の悪い学生にやらせておけばいい。ぼくらには集合知の究極体、wikipediaさんがいるのだから。
「寄付(きふ、本来の用字は寄附。寄付は代用字)とは、金銭や財産などを公共事業、公益・福祉・宗教施設などへ無償で提供すること」
「無償」とはつまり、見返りをもとめないということだ。税金控除される時点で見返りもクソもないだって? まあ、それはここでは関係ないから頭から弾いてくれ。
この議論は彼らが「見返りを得ているか」の一点に集約される。
もちろん、違うよね? 物質的な恩恵はもちろん、名誉すら得られない。だって、匿名だもの。キャラクターだもの。「タイガーマスクはえらいですね」っていくら古舘さんがつばはいてコメントしても、それは神奈川県在住の庭師・津田大介さん(48)を褒めたことにはならない。まあ、2chでアンカもらえたときみたいに「存在すること」の承認を貰える快感はあるかもしれないけど、自己承認欲求そのものが満たされることはない。ランドセルは一個9000円。六つで54000円。あなたは2chでアンカもらうためだけにこれだけの金額を払おうと思う?
でも、実際金髪……津田さん(仮名)は「いいこと」やったじゃん。子どもたちの反応はともかく、施設は受け入れてるじゃん。全然ひとりよがりな自己満足ちゃうやん。
自己満足っていうのは充足してるってことです。いわゆるリア充。
はいみんな思い出してー。
っていうか、今回に限らず「ボランティアフォビア」だの「NGO死ね」だの「人権団体とか環境団体とかバカヤロウ」だのを表層だけで叩いてるとか、
っていうか、ぼくらが何者かを叩くときの原動力は、たぶんだいたい、コレ。
だって妬ましいじゃないですか。嫉ましいじゃないですか? 死ねばいいじゃないですか?
自分が善人だって自覚するのはなにより強烈なうぬぼれですよ? ましてや、ヒーローに自分をかさねて? 「悪ふざけだもん」ってみんなにバレバレな形で照れ隠ししてたりして?
ハンッ!
そんな綺麗事、罪じゃないわけないじゃないですか。
彼らはまごう事無き「善人」であるからこそ、叩かれるに値するのです。
それがイヤならアラを探すんだ。マスクどものアラを。徹底的にひとりひとりの素性を洗いだして、瑕疵を探しだせ。これだけいるんだ、ひとりふたり後ろめたいのやら奇抜なのやらは混じってるだろう?
特殊な例を普遍化しろ。延焼させろ。大火がみたい。燃やし尽くせ。
でも今回はそれが通じるかしら? しょせんは匿名が個人を葬るための技術。
匿名が匿名を殺す、新しい時代の戦争に対して、ぼくらはあまりに無知でありすぎる。
それは、道を歩いてる人を監視し、一歩でも私有地に入れば不法侵入か何かで犯罪者にできると言ってるのと同じレベルだと思う。やろうと思えば可能だが実際にやる人はいない。
そんな人はいる。ありえる。他にも、警官と肩が当たりそうになっただけで、警官が大げさに転んで公務執行妨害など。
今の日本で目立つ事例は稀だと言うだけだ。過去や洋の東西に視野を広げてもらえれば理解できると思う。
そして、未来の日本が過去の日本や諸外国のようにならない保証は全くない。
とはいえどうしても仕方無ければ、僕は微罪逮捕もやむなしと思う。
しかし、これには条件が付く。
①まず、逮捕する警官。彼は、逮捕の根拠を述べねばならない。問われれば所属も氏名も明らかにせねばならない。
また、起訴や有罪に至った場合には、検察官や裁判官も同様である。
微罪といえども犯罪である以上、逮捕者には反省をさせねばならぬからだ。そして反省には理解が必要である。
根拠も解らず、誰の判断かも解らずでは、再犯したくなくとも、どうすれば良いか理解できない。
過剰な法権力の行使は控えるべきで、やるならそれなりの理由が必要だ。点数稼ぎなどでやってはいけない。情緒や意趣など以ての外だ。
これは大っぴらには公開されない(警官が自分で意趣返しというはずが無い)が、①によってある程度は担保される。
③最後に、対象に対する最低限の真摯さ。
上述の②によって、嫌がらせや意趣の類で無い事は前提として存在する。
しかし、当の逮捕者にそう思われては、反省を促す事はできない。よって最低限の真摯さを以って当たらなければならない。
これは②以上に微妙である。確かに警官たちにも問題のある人間がいる。しかし、一方で真摯な警官も多くいる。
具体的なの暴言等の証拠がない限り、十把一絡げに批難できるものではない。
この①~③が守られなければ、これはただの暴挙である。
よって、この要件は法によって守られている。(現実に③が守られているかどうかは曖昧であるが、少なくとも法律上はクリアしている)
ここまで御読みいただければ御理解できるだろう。
今回の都条例にはこれらが全て欠落している。
①は言わずもがな。役所は根拠も担当者氏名も明らかにする責任を負わない。
②、上述①の担保は望めない。また、推進派であるPTAなどは「たとえ数字的・論理的な根拠は無くとも、親の"気持ち"として規制したい」と、
完全に意趣・情緒である事を認め、あまつさえ、それを以って情緒以外の根拠が無くてもよしとすらしている。
③については更に明確である。都知事・副都知事のマンガ・アニメ関係者に対する態度は真摯の全く逆を行っている。
せめてこれだけでも守られていれば、現状のような手ひどい反発も抑えられたであろう。
青少年育成などと言いながら、およそ育成の指導にあたって最悪の態度と言わざるを得ない。
そんなの言い張ってるのもうネットの変なサヨだけじゃん。
てか省略しすぎ。
何にとって有害なのかはっきり言いなよ、
「日本がぶつけた」とかいう中国政府の厚顔無恥な嘘がバレてしまった。
「危機感を持つな」なんていうサヨのお馴染みの絶叫もいよいよ相手されなくなってしまった。
「中国のヤクザ行為や日本政府の弱腰に怒る日本人はハイガイシュギだぞうっ!」
サヨしかいない内輪で非サヨの批判もくぐらずサヨだけで作ったサヨ論理は一般人には四次元過ぎるよ。
ちゃんと仕事をしてない、もしくはその能力がない、もしくは個人的に外国に内通する閣僚が
中国と密約を結んで隠蔽することにした情報を、内部から告発したわけ。
反論あるならアレの何が「国家機密」で「公益」なんだか言ってみろって。
もっと重要なこととして、サヨちゃんてさあ
「政権が秘密だって言ったことは探っちゃなんねえ確かめちゃなんねえ国家機密に対して無礼であるぞ!」
なんて台詞、
日頃唱えてるサヨ的リベラル的お題目に1ピコリットルでも実があるなら言えねえはずだ。
どんなに脳が立ち腐れた異様な理屈のみもてあそぶタイプのサヨでも
反体制や政権監視という理念ぐらいはサヨとして魂の芯棒にあるのかと思ってたが、無かった。
お前等の矜持ってなんかあるの?
自由 リバタリアニズム 政治 多様性 社会主義 日本 考え パターナリズム
bradexさんが、ナチスの「25か条綱領」というのを紹介している。
ウィキペディア - 25か条綱領
http://ja.wikipedia.org/wiki/25%E3%82..
<25か条綱領(独: 25-Punkte-Programm)はナチス党(国家社会主義ドイツ労働者党)の党綱領。1920年2月24日、ミュンヘンのビアホールホフブロイハウスで採択された>。
その25か条綱領には、次のようなものが含まれている。
・我々は、老齢保障制度の大幅な強化を要求する。
・我々は、健全な中産階級の育成とその維持、および大規模小売店の即時公有化、小規模経営者に対するその安価な賃貸、全小規模経営者に対して最大限考慮した国家・州または市町村に対する納品を要求する。
・我々は、我が国民の要求に適した土地改革、公益目的のための土地の無償収用を定める法の制定、地代徴収の禁止と土地投機の制限を要求する。
・我々は、公共の利益を害する活動に対する容赦ない闘争を要求する。高利貸し、闇商人等の民族に対する犯罪者は、宗派や人種にかかわらず全て容赦なく処罰される。
・我々の要求をすべて実行するために:国家の強力な中央権力の確立。中央議会の国家全体および組織一般に対する絶対的な権威。公布された国家の大綱的法規を連邦各州において実施するための階級・職業別の団体の形成。
これを大雑把に言い直せば、「大企業は儲けすぎだからもっと税金を取れ」「老人への保障をもっと手厚くしろ」「大きな店は潰して、小さな店だけにしろ」「不動産を貸したり転売して儲けることは許さない」「高金利の金貸しは許さない」といった話だから、いまの日本でもよく言われているような話である。
これがナチスの綱領であることを隠して、「このような政党があったら支持するか?」というアンケートをもし日本でやったら、支持する人はかなりいるのではないか。「立派な考えだ」「なかなかいいことを言っている」といった反応がおそらく続出すると思う。
ナチスについて少し調べればわかることだが、ヒトラーは「ただの極悪人」ではない。ユダヤ人への弾圧や虐殺などがひどいのは言うまでもないが、上記のように、政策の方向性としては「左翼的な正義」が基調である。いわゆる「悪人」というよりもむしろ、「使命感に燃えた善人」に近いといってもいい部分がある。
実際、ヒトラーは自分が「善」だと強く確信していたからこそ、権力を握ることで「悪」を撲滅しようとしたのだろう。そして、それに一定の説得力があったからこそ、支持を集めて、権力を得ることができたわけだ。
もちろん、ナチスの政策だから全部間違っているということにはならないし、ナチスの政策にも正しいものはあるかもしれない。重要なのは、ナチスの政策が正しいか間違っているかというよりも、「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方そのものが危険だ、ということなのだ。
正誤・善悪によらず、何かを他人に「強制」するという考え方にこそ、全体主義やファシズムへの萌芽がある。何かを他人に「強制」してもいいと考えている人は、自らの無謬性(誤りがないこと)をまったく疑っていない。自らの正しさを確信すること自体は問題ないのだが、それを「他者に強制する」ことから問題が生じる。
自由主義やリバタリアニズムがこの「強制」を嫌うのは、何が正しいのか、何が善なのかということに関して、唯一の絶対的な基準があるということを疑っているからだ。自由主義者やリバタリアンは、つねに異なる意見、異なる価値観を共存させ、多様性を認めることで、社会は発展するし、また社会は安定する、と考える。
自由主義者が政府より市場を好むのも、政府は「強制」するものであり、市場は「自由」な取引で成り立つものだからだ。
私の見たところ、日本というのは「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方がわりと強い国だと思う。そういう考え方の人は、たいてい「悪人」ではなく、むしろ「善人」だったりする。「いい人」なわけだ。しかし、他人に「強制」すべきでないということや、異なる考え方をあえて共存させる「多様性」の重要性については、あまり理解されていないように感じる。
菅首相なども、「善人」なんだけど、「強制」することが問題だとわかっていない人の典型である。左翼的な考えの持ち主はわりとこのパターンが多くて、弱者を思いやる「善人」なんだけど、「強制」することでどういう問題が生じるかがわかっていない、と感じられる場合が多い。こういう人は、弱者を思いやるのはいいのだが、その一方で、金持ちや経営者を「悪」だと決めつけてしまいがちだ。
「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方は、まさに「パターナリズム」である。それは、親が子供に対しておこなう場合であれば許されるだろうが、社会のなかで他者に対して「強制」をおこなうことは許されない。しかし、この「強制」が唯一、合法的に許されているのが政府である。
よって、政府は「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方の危険性や副作用をよく理解して、どうしても「強制」を行使しなければならない場合にのみ、きわめて慎重に行使すべきなのだが、日本政府はそれをあまり理解しているようには見えない。最近また大店法の話が出てきたりしているのを見ても、「これは善なのだから、他人に強制してもいい」ということを、むしろ無邪気に信じているかのようだ(特に民主党は、以前からこの傾向が目につく)。その規制が経済をブチ壊すことを理解できないのだろう。それも経済産業相が、である。
民間人は「ゲームプレイヤー」であり、政府は「ゲームデザイナー」である。企業や民間人は、政府のような「強制」力を一切持っていないのだから、社会問題になるような「構造」問題に対しては、企業や民間人には責任が生じようがない。これは「システム」の問題なのであり、よって責任があるのはもっぱら、「強制」力によって制度設計をおこなった政府である。それなのに、民間の企業を「ワルモノ」扱いして、その行動をさらに規制すれば問題が解決すると考えているのだから、まるで逆だ。セーフティネットは必要だが、市場を規制してもセーフティネットにはならない。
http://mojix.org/2010/10/11/national-socialist-program
関連エントリ:
http://mojix.org/2010/01/23/libertarianism_kimo
どんなに素晴らしい価値観であっても、価値観の「強制」には反対する
http://mojix.org/2009/08/01/kachikan_kyousei
地獄への道は善意で敷き詰められている(The road to hell is paved with good intentions)
当人が死ぬ事によって故意に損害を与えようとして「いようがいまいが」あまり関係ない。
これはありえない。
追い詰められて損害を”考えられない”事や
”考えた上で申し訳ない(選択できない)”って思って自殺する人と
それを関係ない、というのは自殺した人間の理由も存在もどうでもいいような人間だけで
多くの人にとって、それは関係ある事。
そんな重要な部分が関係ないなら、「金銭的・時間的に負担させられるから~」なんて、
それこそどうでもいい話。
追い詰められた人の自殺とは一緒にして欲しくないよ。
ここについて。
追い詰められた人の都合なんて考えてたら、自殺は止められない。
その人は「死んだ方がラク」なんだから。
当人が死ぬ事によって故意に損害を与えようとして「いようがいまいが」あまり関係ない。
で、もともとの意見は「何故止めるんだ?」なんだから、「金銭的・時間的に負担させられるから止めるんだよ」となる。
理由は個々人でイロイロとあろうが、死ぬのが自己都合なら、止めるのも自己都合だ。
都合同士がぶつかり合うので、(仮に機会が与えられれば)あとは折衝。
死ななくても済むような助力が出来るのか。
それは、そいつが死ぬよりもマシな提案なのか。
正直、病院で余命幾ばくもない人間が尊厳死を選ぶのだって、親族からしてみれば止めたくなる事もあるだろう。
生きているのに意味が無くても、生きてるのが本当の意味で苦痛しか産まなくても、親族は生きて欲しいと願うかもしれない。
何故って、そいつが死ぬのが精神的損害だから。
誤解を恐れずに言うと,人間には二種類ある。役に立つ奴と役に立たない奴だ。
ただし,時と場合によってその区分線は変わる。俺だって自動車のメンテナンスについては役立たずだし,オサレ関係にも役立たずだし,法務についても役立たずだろうし,・・・と,与えられる役割によって変わる。
議論の場においての役立たずはいらない。俺が車のメンテを自分でやろうとして壊してしまうのと同じレベルで。
工場で工員さんが車検整備してくれているところに俺が手を貸しても邪魔になるだけだ。能力差があるから。だから,役に立たない奴は一歩引かなくてはならない。俺は議論の場でも一歩引いている。何故か?主要な問題のいくつかに知見が不足しているからだ。彼らの話すことを理解するのに時間がかかるので,その場で応答できない。たとえば,Oracleのチューニングについては全くわからない。DB関係の知識が浅いんだ。SQL は一通りわかるしそれなりに効率考えたテーブル設計もできるけど,Oracleのパラメータいじるパフォーマンスチューニングなんかいらないような小規模案件しかやったことがないし。Oracle使う規模すらほとんどない。
つまり,そこで役に立てないからだ。技術的ないくつかのトピックと,まとめサイトの運営,昨日設置したボットの調整・・・そんな雑用なら役に立てる。
だから俺は自分を「ただのまとめ人」としているし,「まとめの成果はそれぞれの成果物を作った人のもの」と公言しているし,wiki記法なんてすぐ理解できるというか,はてな記法と大差ないんだからわりと誰でも書けるし,そう言う意味で俺はあの議論の場においては三下だと公言するし,ほとんど役に立っていないとも言う。事実に基づいて名乗っていたんだよ。
ついでにもう一個ばらしておくか。
わりと最初のほうでブクマしたとき「はじめてのアンチだわーい」とか書いた。ツイートでも「はじめてのアンチなので育てたいです」などと書いた。これわりと本心だったりする。
おまえさん,俺に向かってそれなりに意見できたろ?
そういう風潮があそこにはなかったからな。言葉は悪いが慣れ合いみたいなものができてきていた。少数の人らとはタグ外して裏で意見を交わすこともあるけど,古参同士であんまりぶつからないだろ?
俺に意見する形を通して,文章残して,あそこにある問題点で見落としているものを見つけられたらそれは価値のあることだ。
少なくとも古参の部類に入る俺に向かって「意見」できる場は無かっただろ。いつのまにかそうなってしまっていた。アンチってのはそういうのを無視して上げ足取ってくるもんだ。だからブクマでも「もう少し掘り下げてくれないと面白くない」と書いた。上げ足取りから一歩踏み込んでくれば,それなりに価値のある「意見」になる。それを求めたんだ。
意外なことに2ちゃんねるの関係スレでは俺はただのまとめ人として妥当に扱われている。だからツッコミもちゃんと入る。「まとめ人見ているならつっこんでおくか」みたいなノリで。2ちゃんねるをある程度信頼しているのは,そういう奴等がいるからだ。まあ,それは余談かな。
とにかく,単なる上げ足取りではなさそうだと判断したので,向かい合って対応しているというわけだ。
しかし、すこしイライラしすぎでは?イライラを簡単にぶつけ過ぎると回りも萎縮します。ヤクザが歩き回るような社会はイヤなのです。
こうかな?情報さんきゅう。ひとつ賢くなった。はてな記法はタイトルとカテゴリくらいしか使ってないからよく知らないんだ。
ヤクザとはねえ。まあ,そう見えたのなら仕方ないな。沸点が低いのは先にも認めた通りで,ある程度は自制するよう勤めてはいるんだよ,これでも。
なにも貴方に効いて欲しくて呟いているわけではないでしょう。彼らは自分の考えを述べている似すぎないし、Twitterなどそんなものです。
自分の考えを述べているにすぎない,本当にそうかな?どうしてタグをつけるんだろう?それはタグを見ている人に伝えたいからじゃないのかな?
俺もタグを外して好き勝手言う事はある。フォロワに突っ込まれて赤っ恥ってこともあるが,基本的にタグをつけるってのは能動的にそこに参加している人たちへの言動という意味があるんじゃないかな?
それに,「彼らは自分の考えを述べているにすぎない」ってのは危険だ。それは少なくとも対話する姿勢じゃあない。
「俺だって自分の考えを述べているだけだ」
ほら,対話できなくなる。議論の場に対話しない人はいらない。対話しなくてもいいのは実績を出してくる人だけだ。そういう人は対話しなくても,出してきたもので論を進めることができる。
説得力のある根拠を傾聴したいのであれば、それを丁寧語で伝えるべきです。うんざりしたりイライラしていて聞く気が無く、正直辞めて欲しいという場合であっても、丁寧語でそれを伝えるべきです。
ひとつの意見として聞いておこう。でもこちらの事情も汲んでもらいたいところだね。相手は初めてかもしれないけれど,こちらは何度か繰り返してきたことなんだ。
ああ,また馬鹿野郎一人のせいで議論が進まない,検証が進まない・・・そんなの勿体無いんだ。
時と場合と必要に応じて。叱ることは必要だ。メリハリをつけて叱るためには態度を急変させることもある。ただし,周りに気は使う。オンラインでは簡単に室外に連れ出してそこで叱るなんてことができないから,その場でやっている。
タグを外して Mentions 飛ばすこともあるが,基本的に相手がタグをつけているならそれにならう。
叱って相手がわかれば,そこでおしまいにできる。部屋に戻れば仕切りなおしだ。
まあ,幸いにして実社会では恵まれているのか,そこまで叱ることは滅多にないんだけどね。何年かに一度あるかないか。いい職場といい友人に恵まれている。
オンラインでは言葉だけが全てだ。だから,身振り手振りが使えない分,オーバーにやる必要がある。
ともあれ,四六時中ってわけじゃあない。レアケースだ。
相手は何もやっていないというのは貴方の思い込みではないかという事です。
それこそlibrahack事件の根幹部分を理解していないことを示す言動だ!
いいかい。「示されていない事実は認識できない」んだ。librahack氏がサーバの不調に気付けなかったように。
なのに何故か「プログラマならこれくらい気付いて当然」と扱われた。
何かやっていたなら示せばいい。それが論拠や証拠になってくる。2ちゃんねらーが電凸した,その事実はレスに書かれないとわからない。
こちらから「新参者だけど何かやっているのかも知れない」と想定するなら,新参者も「古参はたくさん実績を積んだかもしれない」と想定してもらわないとね。
それが俺の言ってきた「そこで議論している人たちへの敬意」に繋がる。
しかも,まとめサイトにはそれらがしっかり詰まっている。ちょっとググればいっぱい出てくる。
新参者のあるかないかわからない実績より簡単にみつけられるのに!
俺の言うことはおかしいかい?
ただ,フェアにやってくれと望んでいるだけなんだ。
超能力や過剰な保護を求めないでくれ。一方的に「新参者だからわからなくて当然,教えてもらって当然」と言外であっても主張しないでくれ。
無知であるならそれを理由にすればいい。まとめにあるなら誘導する。そうでないなら説明する。だが,そこに甘えるな。リソースは有限で,少ない。
知ったかぶりをするな。口先だけ立派な事を言う前に手を動かせ。邪魔をするな。
俺はそんなに間違った事を望んでいるのか?
Librahack氏を心から気の毒に思って見てきた一人として、彼の味方は暴言を撒き散らすような人であって欲しくないと願っていることをお伝えしたかったまでです。
貴方も予断にまみれたタイプかもしれませんよ。私が叩くのは大抵短時間です。それはメリハリをつけないと,あなたのように「こいつはそういうやつだ」という予断を許してしまい,いざ叱ろうとしても普段と同じだと思われてしまうからです。
私は相応の期間様子を見ています。
最初は「そうではありませんよ」と下手にも出ています。
叱る,と表現した事に「何を上から目線な」と反発する向きもあるかもしれませんが,正直,ループの元凶と対等だとは思っていません。
私はネットウォッチ板の住民だ,とツイートしたこともありましたが,要するに観察するのです。その人の行動を,主張を,言葉を。
まずは知ろうとして,理解しようとします。その上で,見切りをつけた場合は,叱ります。おさわり厳禁とは言いますが,残念ながら私もクソコテの一人,最早踊子の一人でしかありません。
では,このような知識はいかがでしょう。
インターネット上の行為においては,それが実名であると証明されていない,あるいはそのハンドルネームで社会性のある活動をしていると認められない場合は,侮辱罪や名誉毀損罪の成立は困難です。
さらに,反論の機会が与えられており,少なくとも私が関係した生島・崎・杉森については,当方についても相当な暴言を吐いています。このような場合,一方的な訴えは退けられる運用がほとんどです。
加えて言えば,それが公益に適う場合には訴えは退けられます。生島,崎についてはログを読めばわかるように,実際は彼らのほうが先に侮辱行為を行っています。杉森についてはまず私が彼の妥当ではないラベリングについて「問題を不明確にする」などと指摘を行いましたが,彼は理解できませんでした。議論において,彼のいい加減な決め付けはその時点でノイズとなっており,彼の行動の誤りを指摘,是正しようとすることで議論が止まる可能性が充分に予見できました。
こちらは本名を出し,履歴を示し,ハンドルネームと社会性を紐付けています。さすがに住所までは出していませんが,まとめサイトの私の名前に貼ってあるリンクはGoogle検索結果です。容易に私が誰か知りうるようにしています。10年間使いつづけたハンドルネームとも紐付けています。
あらかた相殺されると思いませんか?下手すると私をヤクザ呼ばわりしたあなたのほうが危ない。お気をつけください。
さて。
10年程前ですが,ある大規模なシステムの開発に携わりました。
システム設計をやったわけですよ。ところが運用がまるでなってない。ワクチンソフトすら入れない。いやそれいるだろ,ライセンスあるだろ,入れろよ。運用設計に書く。「ワクチンソフトのアップデート手順」ところが通らない。何故だ。「できないから」いやそれできるようになれよ。運用設計に書く。丁寧に。手順を守れば誰でもできるように。通らない。「できないから」おいおい。
予算が足りないはずはないし,メーカーの担当者が二名常駐するはずだった。できるだろこれくらい。
できないから。
一応上司にあたる奴だったが叱りつけた。お前,お客様に納めるシステムの運用手順だぞ。個人情報大量に扱うんだろ。これやんないとあとでどんなリスク抱えるか解ってるのかと。
で,飛ばされた。
一年後,そのシステムはウイルス騒ぎを起こして新聞沙汰になっていました。
叱るときには叱る必要がある。俺はあのとき本当は石にかじりついてでも踏みとどまって毎週の運用手順をねじ込むべきだったのかも知れない。でも,あそこで叱らなかったら,半年に一度のアップデートさえ盛り込まれなかったかもしれない。
心の片隅にでも置いておいて頂けれはそれで十分ですので。
だから,だめだと思ったら叱る。その時以外はなるべく丁寧に対応するよう心がけはしましょう。
とりあえず,自分で思っていたより声がでかくなっていたことには気付かされた。ありがとう。
■http://anond.hatelabo.jp/20100809011728
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■で
昔の「欧米に追いつけ追い越せ」「日本を文化国家に」からずいぶんおちぶれたな。
Permalink | トラックバック(0) | 16:52
■http://anond.hatelabo.jp/20100808160707
おまえばかだな。
公共の福祉じゃないか。
Permalink | トラックバック(0) | 16:14
それでは人権と同じになってしまう。公共の福祉が指示しているものはたんなる日本人全体の欲求であってはいけない。もっと日本人の欲求に反するキチガイみたいな目標をもち、それでもって人権を虐げる必要がある。もともと高度成長期の不必要に難解な入試問題も大学受験競争も経済界も邦楽界も日本人離れした目標による日本人の抑圧だったはず。なのに今ではそういう公共の福祉がないのではないか。
Permalink | トラックバック(0) | 15:43
■http://anond.hatelabo.jp/20100808120540
公共の福祉が消えるかもしれないという未曾有の事態になってるんだな。数十年前までは公共の福祉はあって当たり前だった。しかしここ最近ずっこけて日本が統率者不在のただの集団になった。それを戻すための統治行為論的状態になっている。
Permalink | トラックバック(1) | 12:07
■http://anond.hatelabo.jp/20100808115014
確かに、公共の福祉が特別感をなくしているよな。政府権力者が国民の中に埋没して憲法が想定していない状況が生じている。
Permalink | トラックバック(1) | 12:05
■http://anond.hatelabo.jp/20100808114639
つまり、一心同体の国民がこれで幸せだ、と思える利益の外に、政府権力担当者の利益というのがあって、そいつでもって国民の利益が抑圧されているのが日本だよ。だから学校にせよ何にせよ、国民が「これで幸せになるのに何でそうしないんだ」って場合は、政府が絡んでいるんだよ。そういうことでしか憲法は説明できない。
あと、憲法を説明するには、政府権力担当者というのは国民の支持や意識により生まれたらいけないものであり、国民から分離ないし乖離し、別の利益共同体を形成し、常に国民の利益に相反していないといけない。でないと人権と公共の福祉が混同して憲法が崩壊する。早い話、政府権力担当者的利益共同体は、一般国民の幸福を抑圧する形でこの社会の中に入り込み、領分を確保してなければならないわけ。
そういうふうに、日本人一般の利益が、政府権力者という特別な人間の利益に抑圧され、政府権力者は自己利益だけを追求し、国民を益したらいけないわけだ。しかしここ最近、その構造が感じられなくなってきた。これは一体どういうことなのか。
Permalink | トラックバック(2) | 11:50
■http://anond.hatelabo.jp/20100808114039
だから政府権力担当者の利益と国民の利益は同じじゃいけないんだよ。政府権力担当者には一心同体の日本国民とは別の特別の利益があって、それが公共の福祉になるんだから。
Permalink | トラックバック(1) | 11:43
■http://anond.hatelabo.jp/20100808113024
だから、人権は金になる、と言ってる奴の利益が公共の福祉だろ。つまり公共の福祉というのは政府権力担当者の頭の中の都合だよ。そうであるとすれば、日本国民の中に政府権力担当者という特別な領域を置いて、国民全体とは関係のないそいつらの利益が公共の福祉であると言える。
Permalink | トラックバック(1) | 11:35
■http://anond.hatelabo.jp/20100808111925
だから実質的衡平の原理なんてなくて、人権それ自体が公共の福祉なのではないか。つまり、公益というものを、ここが人権で、ここが公共の福祉と分けられず、人権即公共の福祉になっているから、憲法は説明がつかないだろ。だから公共の福祉ってのは人権とは関係のない別の利益を指していて、その利益に反しない限りで人権が認められるというわけだが、じゃあその利益とは誰のどんな利益なのか。
Permalink | トラックバック(1) | 11:23
■http://anond.hatelabo.jp/20100808105728
つまり人権行使と別の利益が確保されていないといけないわけだが、問題は、その利益も国家行政の活動によりもたらされる以上、実は人権行使と同じじゃないかということ。つまり人権と公共の福祉は結果的に同じ公益になるわけ。その公益の中身を、ここは人権で、ここは公共の福祉というふうには分けられないんだよ。なぜならそれは別のものではなく同じものだから。
Permalink | トラックバック(2) | 11:04
■http://anond.hatelabo.jp/20100808104757
なら公共の福祉とは、国民の人権行使とは関係のない国家や行政の利益ということになるが、国家や行政の構成員も国民であって人権を行使できるんだが。それとも公共の福祉とは、人権行使とは別の、人権行使から結果的に得られる、国家や行政の利益なのだろうか。しかしアメリカで言う公共の福祉とは人権とは別にみんなで共通に実現しようという価値なので、国家や行政の利益でなくて、国家や行政の活動によって得られる、社会一般の人権行使とは別の利益なのではないか。
Permalink | トラックバック(1) | 10:52
■http://anond.hatelabo.jp/20100808103923
その人権相互のバランスをとる公共の福祉とやらはやはり特定の誰かになるのではないか。それは誰なのか。その人が国民であったならば人権論とは矛盾しないのか。その特定の誰かの考え方によって人権が調整されるとすると、その考え方と人権の問題はどうなるのか。
Permalink | トラックバック(1) | 10:42
■http://anond.hatelabo.jp/20100808103209
Permalink | トラックバック(2) | 10:35
■http://anond.hatelabo.jp/20100808102426
国民全員の人権行使による特定の誰かの利益が公共の福祉ということでいいの?それなら別に矛盾ではないが。公共の福祉がみんなの幸せという意味なら、人権行使の状態と一致するから矛盾。
Permalink | トラックバック(2) | 10:29
■http://anond.hatelabo.jp/20100808101319
その弁護士バカだろ。公共の福祉=他人の人権とか説明したらおもいっきり混同してるじゃん。何で「公共の福祉が憲法の最高価値で、人権はそれに適合するように行使しなきゃいけない」という真相を教えないのか?ってかそれ以外に実務を説明できる考えはない。
人権を金に接続して、人権も満足、金も回って満足ってのは同源だから、この最高状態を公共の福祉と呼び、人権がそれに適合的に行使されろってのが12条の意味だろ。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808100617
憲法には人権と公共の福祉が書き分けられているわけだよ。だったらそれに対応する何かが別異のものじゃないとおかしいだろ。しかしお前のいうとおりだと同じものを指示してるとしか思えんわけだが。仮に全ての概念はあいまいな部分を含むとしても、人権と公共の福祉の場合、同一感が強すぎる。
Permalink | トラックバック(1) | 10:08
■http://anond.hatelabo.jp/20100808100251
なら人権イコール公共の福祉になるだろ。おもいっきり矛盾してるわけだが。
Permalink | トラックバック(1) | 10:04
■http://anond.hatelabo.jp/20100808095706
公共の福祉は公益だろ。すると人権行使で金が回るってのは全部同じ公益だろ。だから人権と公共の福祉が同じものを指しているってことで矛盾する。
■http://anond.hatelabo.jp/20100808095235
じゃあそれと公共の福祉の関係はどうなるんだ。お前の言い分だと人権と公共の福祉が混同しているようだが。
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■結論
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808091041
金よりも、お前が犯罪をしたときに逮捕して獄に送る警察や裁判所、んでお前にどんな教育を施すかについて権限を持っている中央官庁の権限の方が強大なわけだが。
なんで人権は金より学歴、社会的地位や職務権限で差がついていることを認めないんだ?
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808090418
一概に金だけとも言えない。少なくとも世の多くのサラリーマンは学校で16年も勉強漬けにされ、本来の人格と乖離した高級な感情や言語を刷り込まれて虐待を受けている。だから妥協でしょ。だから裁判官とか役人みたいな上級職につけなかった落ちこぼれがやたら金を強調してるんだよ。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808090309
つまり金の論理で人権を制限しているんだろ。人間のクズは死ね。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808090043
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808085311
お前みたいな会社員は善良な市民に飯を供給する能力があるから天皇に存在を認められているだけであって、お前みたいな醜い奴が仕事以外の場所で人格を発露することは本来認められていない。天皇からすればお前みたいなサラリーマンは結果を出す能力があるからビルの中に隠れて仕事をしてもらうようになっているわけで、天皇が本当に評価しているのはお前じゃなくて宮崎駿とか学者のように素晴らしい芸術や研究をしている人間なんだよ。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808084349
会社員なんて掃いて捨てるほど居るんだから大きな視点からは人権はないよ。それにお前みたいな発想をしている奴は健全な市民や子供にバッシングされるように仕組まれてるから、地下でゴキブリのように這いずり回るしかない。結局常に評価され、最後に盛大に評価されるのは宮崎駿みたいな天才とか大学の学者とか森毅みたいな教養人だろ。要はゴキブリに人権はないんだよ。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808084006
お前が会社の書類とかで形だけでも最高級の語彙を使わないといけないのは、お前の卑劣な人権を高級な人権が抑圧している証なんだがな。そしてお前は高級な言語の中でいかに卑劣な目的を実現するか熟考を重ねるうちに自己欺瞞の矛盾に埋もれてゆき、歳をとってからNHKの教養番組などにいじめられ、鬱を発症して自殺することになる。つまり悪は働けるときに利用されるだけで利用されて、社会からポイされたら学者や教養人に人生を否定されて不満たらたらのジジイになっていくんだよ。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808083639
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808083021
ねーよ。人権の価値は、脳みそ筋肉にして働いているかどうかより、いかに難しい入試問題が解けたか、そして高度な教育を受けて人格が洗練されているかで決まる。お前は日ごろ使用しなければいけない言語を形だけでも最高級なものにすることを強制されて卑劣な人権を虐げられているんだからくやしさで泣き喚けよ。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808082701
人権の価値は正社員かニートかではなくどこの大学に入ったかで決まる。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808080401
人権を金の論理で制限するところが最悪。どうせ世の中なんて金につなげられるかどうかで全てを見ているんだろ。んでしまいには「お前も満足したし政府も金を生めて満足したしハッピーエンドじゃん」とか言うんだろ。要はお前が最悪。人間のクズだな。
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808080237
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■http://anond.hatelabo.jp/20100808075947
最低の発想だね。
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■政府の発想
人権は金になる。