はてなキーワード: 公務員試験とは
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大学選びのコツ。
この先、キビしくなっていく世の中で「学歴」っていうのは非常にコスパのいい資格で、その一方ある程度以上の
ものがないと「無いも同然」になりかねないものだと考えた方がいい。具体的にはマーチ-駅弁未満の特色のない大学とか入るだけ無駄。あと、美大・音大に行く奴は夢と心中する覚悟を持っとけ。文系院志望は更にだ。東大でも進路に自殺が見えてくる。
「偏差値」が重要なのではなく、大学名の肩書きが重要だってことは覚えておいた方がいい。
高校生だとピンと来ないだろうけど、最早「まともな暮らしがしたければ学歴は絶対必須」って世の中に突入してる。
「普通の暮らし」って高校生が思う以上にハードルが高い。親世代のようには我々生きてけないだろうから。
①進路が明確な場合
例えば「船乗りになりてえ」とか「教員!」とか言うなら、それぞれベストに近い大学があるのでそこに行こう。出来れば、その界隈最高峰の大学へ行こう。教員なら学芸大、船乗りなら海洋大学みたいな「就職超強い大学」が一個くらいはある。しかし、この場合覚えてほいて欲しいのは「現場作業員」ならそのレベルでも到達できるけど、「日本郵船で新航路を開拓してえ」とか「日本の教育制度を改革してやらあ!」みたいな野望は、この手の大学ではかなわない。自分が現場で働く人になりたいか、それとも指揮をし企画する人になりたいかは、十分考えて進路を決めよう。ぶっちゃけ、進路が決まっていれば大学の段階でそれが叶うか否かは8割くらい決まる。スゲー大事。超悩もう。
②進路があやふやな場合
文系なら、とにかく必死こいて偏差値の高いところ。具体的に言えば、私大なら早慶以上、国立なら旧帝以上に入ろう。
学習コスパが高いのは早慶。三教科で受かる割りには社会的評価が高い。ぶっちゃけ、底辺国立に入る実力があれば早稲田慶応なんて入れちゃう気が俺はしてるんだが、何故こんなに社会的評価が高いんだろうか。その辺りを勘案しても早慶はお得感があるな。デメリットは学費。高すぎだろクソが。
理系の場合は、自分の適性に見合ったところに行こう。若干就職は文系に比べて有利だ。ただ、大学生活が文系に比べてダルいと聞くので、好き嫌いで選んだ方がいいんじゃないかと思う。俺文系だから知らないけど。
大学の価値は「肩書き」以外に、「人脈」っつーものがスゲー多い。例えば、俺は早稲田の出で起業した人間だけど、大学のときの人脈がなければ起業なんてまったく覚束なかっただろうと思う。借金抱えて早稲田に通った甲斐はあったと思ってる。
ただ、貧乏人が私大に行くとカネの面で相応のリスクになることもあるので、そこは自己判断、自己責任。
んで、一定レベル以上の大学は、金持ちの師弟が非常に多く、また一流企業に勤める人間も多いので、人生通してかなり使える。スゲー便利。また、学閥っつーキモチ悪いコネクションも日本社会には蔓延ってるので、これもかなり使える。どこの企業に行っても、東大・早稲田・慶応の門会は大体ある。俺も外資含めて企業3つハシゴしたけど、全部あった。特に早稲田。ゴキブリかおまえら。
たいていの人は初めての就職活動が終わって内定者の学歴を見たときに「うわ…学歴って大事なもんだな・・・」と思うだろう。
東・東・東・ハ・慶・東・東・東…みたいな学歴って大企業だとフツーだからね。「俺低学歴ワロタ」って感覚になる人も多いと思う。俺そうだった。
③学びたいものがあるが、それは進路には特に結びつかない可能性が高い時
「文学やりてー」とか思ってるヤツ。俺もそうだったけど、コレ辛い。
特に、大学でやりたいことをやるには必然的に「院」って選択肢が浮上してくるが、やべーこれ詰むぞ?って感じになるよね。
俺も修士出だから結構怖かった。これ対策は、「やりたいことをとにかく必死にやる」。ことしかないと思う。
だってさ、大学って就職予備校じゃねーんだからやりたいことをきちんとやらないと意味が無い。
じゃあ、どうするかって例えば俺は文学を専攻したんだけど、そーいうの必死でやれば普通語学くらいつくだろってことだよね。
院試で英語使うしさ、TOEIC800とかまで最低でも伸びるだろうと。一生懸命勉強して、結果として付加価値をつけるしかないと思うんだよね。それでも、結構な高確率で就職詰むけどさ。個人的に、就職のことだけ考えて大学を選ぶのは薦めない。おもしろくねーし。大学選びは「やりたいこと」でいいと思う。ただ、その中で自分の付加価値を発見するなり習得するなりしてけないと、この先しんどいだろーな、と思うよ。それでもダメなら公務員試験。あれもやりゃ受かるし。Ⅰ種の難度は過大評価されすぎてると思う。やれば受かるレベル。ただ、その先の面接は「俺低学歴ワロタ」になるから早稲田・慶応辺りだと場所によって辛いが。
なんにせよ、高校生に大事なのは「何がしたいか」「どうなりたいか」の明確なビジョン。
高校一年生なら、とにかくこの将来のビジョンを作ることに専念したらいいと思う。目標が出来上がってれば結果なんてついてくるし。
俺の場合、小説大好き⇒文芸批評家になりてえ⇒早稲田だったけど。こんな冷静になれば「それ食ってけると思ってたん?」って夢でも、大学受かるくらいのモチベーションにはなる。それが大事。今の高校生さんだと、多分大学入試のモチベーションも捻出できないと思う。1年生なら東大まで十分射程距離に入るし、よく考えてよく選んで欲しい。俺この歳になっても「二浪までなら東大目指せばよかったな・・・真面目に数学やってりゃ…」って思うことがある。東大・京大・一橋辺りは入試難度が別格なんで、高校3年の秋から勉強しても受かる時は受かる早慶とは比較にならんほど、早いうちに進路決めたやつが有利。逆に言えば、「三年ありゃ東大は受かるんじゃね?」と俺は思ってる。受かったことねーけど。受けたことはある。落ちた。日本は何やるにせよマジで東大最強伝説なので、東大いけるんなら進路なんて一ミリも考えなくてもOKってフシはあるんだよな。
高校一年生で進路も全く見えてないんなら「とりあえず東大目指す」ってのは戦略としてかなりオススメ。「自分は東大なんてムリだな…」と思うなら、早慶狙いの三教科特化に切り替える手もあるけど、ぶっちゃけオススメしない。旧帝狙いとかなら東大狙いがミスった結果で受かるだろうから、一年生は目標を大きく持った方がいいと思うよ。
内定蹴って一留して目指してた院試に失敗していよいよ詰んだんだが、
どうしてこんな糞野郎になったのか半生を振り返ってみる。
中学3年生の時私はいわゆる保健室登校をしていた。今考えると理由はよくわからない。
ただ、趣味がゲーム、アニメのイラストを描くことで、2chに入り浸り、
体重は60kg超えのデブ、色黒、毛深い、眉毛も整えない女は迫害されて当然だろう。
実際男子からの扱いはひどく、女子にも話しかけられず、中学時代の今でも友達と呼べる友達は2人しかいない。
よく思い出してみると、毎日家まで迎えに来てくれたり保健室に様子を見に来てくれる子もいたので、
ただの卑屈な思いこみだったんだろう。後悔している。
中学校は進学校(?)だったので3年間勉強はしていた。成績が良かったので塾は嫌いではなかった。
その間ずっと、いつか好きなだけ漫画を読みゲームをし、イラストをたくさん描く時間ができるのだろうと思っていた。
結局、保健室登校による内申の低さが祟り、第一志望の高校には入れず第二志望の公立へ行った。
高校時代は、言い方は悪いが、周囲がバカに見えること以外は楽しかった。
がコンプレックスは引きずったままだった。変わることを意識し、中学時代は無所属だったが部活に入り、化粧もした。体重はそれでもデブだが少し落ちた。
高校でも勉強は続けた。1年生の時、美大へ進学したいから予備校へ行かせてくれと親に行ったが遠まわしに却下された。
進学塾の費用は出してくれたので、そちらに精を出すことにしたのだ。畢竟、イラストはあまり描かなくなった。
共学校だったが、3年間で男子と言葉を交わした記憶は殆ど無い。
大学は、金融関係に勤めている父の影響と、単純に金持ちになりたかったので、経済学部に行きたかった。
数学は好きだができなかったのであまり勉強しなかった。そのうえ厨2病をこじらせたのか現実の人間社会に興味がわかず、
政経ではなく倫理に興味津々でセンターも倫理選択で、地理はやらなかった。
結局、途中で妥協し経済学部志望を諦め、目指していた大学の中で一番楽に入れるところを受けなんとか現役で合格した。
サークルに入った。大学の人間はさすがに素晴らしい人が多く、素晴らしすぎてついていけなかった。
「いつか時間ができたらやろうと思っていたこと」を勉強と一緒にやってきた人たちばかりだった。
絵もかけなければ楽器もできないスポーツも出来ない自分との圧倒的な違いに絶望した。まあ仕方ない。
ふてくされたわたしは、投げやりに決めた進学先に成績がからまないのをいいことに彼氏をつくって遊んでいた。
私が周囲の人間と疎遠になったところで、「悪かった、俺が間違っていた」といい自分の人間関係はそのまま。
わたしがなにか新しいことをしようとするととたんにねちねちと難癖付けてくる。
教職をとれば「教師はもっと神聖な仕事だ」就活をするといえば「女は働くもんじゃない」
じゃあ公務員試験の勉強のために予備校へ行くといえば「簡単だって親父はいってたけどな」
(彼の父は法学部出身。わたしは大学の専門がまったく試験と関係ない。)
まあそこでやる気を失うわたしも悪いのだが、初めてできた彼氏で、しかも自分のことを「好きだ」といってくれるからにはなかなか切れない。
共依存関係でずるずると引っ張り続け、4年生になり、就活も勉強もほとんどできないままほぼ大学受験の貯金で受けた試験で内定をもらった。
しかし、わたしがしたいのはそんな仕事じゃなかった。海外に長期滞在するチャンスが欲しかった。
仕事をするからには、自分の仕事を通じて社会の課題を解決したかった。
「おにぎり食べたい」と書き残して死んでいく人を放っておくような国をかえたかった。
それでわたしは専門を変えて大学院を受けることに決めた。
親に頼み込んで、留年させてもらった。これからは頑張ると決めていた。
にもかかわらず、彼と別れられなかった。他にも男性との間でトラブルを起こした。
通院することになり、紆余曲折を経て結局完全に別れたのが今年の6月。
なにかやらねばならないと思っても、もはや、頑張るということを完全に忘れていた。
勉強の仕方も、忘れていた。到達すべきレベルも、やらなければいけないことも、わからなかった。
とりあえず英語の試験の勉強をした。貯金があったので、合格者平均くらいは、とれた。
けれども、その後机の前に座ってみても増えるのはらくがきばかり。
そもそも問題意識が低いから目的を達成するための手段としての勉強に身が入らないのだろうと思い、
問題意識の根底にある原体験の不足を補うためにボランティアに参加してみることにした。
東北支援と、NPO系のもの。いかないよりはいってよかったとおもう。そこそこに感動もした。
というのは、人は変わるということを目の当たりにしたから。しかし怠惰さは残った。
よくこういう文章でみる、「ここで俺は覚醒した。狂ったように勉強した。」みたいな一文が頭にちらつくが、なぜかそうならなかった。
そうしようと思って机に12時間むかってみても、そうならない。没我という状態はついぞあらわれなかった。
それでも最後の4週間、それまでの4年間に比べれば勉強したと思う。結果は駄目だった。
能力が、ないのだとおもう。
頭の回転はそんなに悪いとは思っていない。ディスカッションの進行や即興でのプレゼンはほめられる。
でも、決定的に打たれ弱くて、入念に、継続して何かにむけて努力することがどうしてかできなくなってしまった。
意志の力の決定的な不足。親に申し訳なくて、泣いた。
これからどうすればいいのか正直わからないでいる。やりたいことはあるが、そのために学士入学したところで、仕事にありつける可能性がさらに狭まるのは必至だ。
これなら頑張れると今は思っていても、こんな経過を振り返っては、親どころか自分すら説得できない。
いっそ仕事で満足するのを諦めれば良いのかもしれない。仕事以外に人生の楽しみを見出しそれに傾注するのも幸せかもしれない。
しかし、自分の中で仕事をステータスと捉える側面が未だあって、そのせいで現在すでに、働いている友人たちと連絡が取りづらい。
公務員試験を受けるも、わりといいとこまで行って、落ちた。落ちてしまえば、いくらいいところまで行こうが、まるで意味をなさない。次の試験といっても、気力が減耗して、とても勉強する気にならない。形だけ、就職活動めいたことをしていないわけではないけど、既卒者は書類審査で門前払いというのが、定石らしい。
おりしも長く連れ添った彼女にはフられ、家の外も内もクソのような暑さ。アンラッキーというのは、こうもまとめてお徳用でやってくるものなのか。どんなバリューセットだ。
今日もひどい気分である。親はもっとひどい気分なのであろう。無理はない。私立に行かせた息子が、今、バイトすらしていないのだから。勉強するとなると、一点集中型にならざるを得ない人だから、大学を出て以来、ズルズルとここまで来てしまったのだ。申し訳ないという気持ちはある。
このモヤモヤを、いつ、どのように脱することができるのだろう。そう考えたとき、真っ先に思い浮かんだのが、彼女をつくるべきではないか、ということだ。身体的なふれあいも含め、励まされるようなことがあれば、どんなに良いだろう。友人の励ましがないわけではないし、彼らには感謝しているが、やはり根本的に交際相手のそれとは性質が異なるのだ。段違いにがんばれる気がする。
だがしかし、そこは職歴なしの既卒。周囲が働き始めている年齢だけに、今後の株価下落は必至である。何とまあ、世知辛いことであろう。
ああ、でも彼女ほしい。将来設計はこれまで何度となく揺らいできたが、ここだけはブレない。適度な罵りなんか交えつつ、何だかんだで応援してほしい。最近、会うようになったあの子に、救援要請してみようかしら。
20歳過ぎの時にうつ病と診断され、それから10年くらいうつ病とおつきあいをしてきている。せっかく入った大学も、通い続ける気力が出ずにしかたなく中退。働くのも不定期のバイトをちょくちょく入れるという程度。うつ病を抱える人ならわかると思うけれど、調子がいいときしか働いたりできないから定期的には働けない。毎日実家に引きこもり、まるまる1ヶ月一歩も外に出なかったこともあった。ストレスがたまったら物にあたるしかなかった。だからうちの家は壁も家具もボロボロ。
4年くらい前、少し状態が改善したから働こうと思った。ハローワークに行ったけれど、自分が希望する仕事はすべて大卒を求めている。中退の私には応募すらできない。そこで、勉強だけは自信があったから公務員試験を受けようと思った(公務員は学歴面では受験資格なし)。そして頑張って1年間勉強して筆記試験には合格。でもその後の面接で落とされた。それもそのはず。勉強のストレスでまた精神の状態が悪くなり、薬をたくさん飲んで泥酔みたいな状態になって面接を受けたから。公務員には年齢制限があるから、そのときの自分の年齢も考え、一度だけのチャレンジにすると決めていた。こうして公務員受験生時代を終える。
公務員試験で法律の勉強に自信を持った私は、次に司法書士を目指した。今度は大型資格。10年かかって合格する人もいる。そういう世界。1年半、ちょくちょく休んだりしながらも予備校に通った。でもこっちも結果的には失敗。長期間の受験生生活に耐えられなかった。勉強の効率がどんどん落ちていく。やっぱり精神が持たなかったのだ。
でも今年になって変化が訪れた。急に物事がうまく回り始めたのだ。バイトでも探そうと思ってプチ就職活動のような物を始めたんだけれど、なぜかフルタイムの仕事と出会ってしまった。今までフルタイムでなんて働いたことなかったし、バイトですら一番最後が5年くらい前。だから自信はなかった。「3日で辞めてしまってもしかたないかな」って思って始めてみたら、続くんだ。もう始めて3ヶ月くらいになる。プライベートでもこの歳で始めて彼女ができた(!)。
朝から夜までずっとパジャマ。友人と遊びに行く約束をしても精神状態の悪化でキャンセルもしばしば。そんな私が今はスーツに身を包み、朝から満員電車に揺られて会社に通ってる。初めての社会人だからもちろん仕事はスムーズができてるとはお世辞にも言えない。けれど、他人から見たら普通に会社勤めをしているどこにでもいるサラリーマンに見えるだろう。うつに苦しみながら「普通の人になる」ことにどれだけ憧れたことか。今やっと、あこがれの「普通」になれたのだ。
物事が急にうまく回り始める時ってあるんだと思う。もちろんこれが「偶然」だなんて言わない。こうなるために努力は続けてきた。でも何一つうまくいかなかったんだ。資格スクールに通った経験も10くらいある気がする。でもそのすべてが2、3回しか続かなかったし、ひどいのになると入校試験だけ受けて入学辞退とか。でも公務員とか、司法書士とか、少しずつステップを上ってここまでこれた。あとは友人の支えかな。(親以外に)応援してくれる人がいるっていうのはすごく大きい。
私は友人には恵まれてます。友人はたぶん生きていく上で一番大事なものだと思う。ちょっと極端な価値観かもしれないけれど、私の価値観はこうです。「もし自分にお金が全くなくたって、世話してくれる友人がいれば生きていける。でもお金だけあっても友人がいない人生なんて耐えられない」この価値観に賛同しない人もいると思う。でも賛同する人は、友人(あるいは「知り合い」)を大事にしてください。私は友人の誕生日はGoogleカレンダーに入れているから、毎年忘ることがない。そしてプレゼントを贈ったり、午前0時に「おめでとう!」ってメールしたり。何人かの友人にはひょっとしたらうざいと思われてるかもしれない。でもそれでもいんです。大事にしてるっていう気持ちはいつか伝わるんじゃないかなと思ってます。他人を愛する気持ちはきっと自分に返ってきます。「情けは人のためならず」と同じですね。
働いてないことが恥ずかしくて出られなかった高校時代の同窓会にも、今年は胸を張って参加してこようと思います。楽しんできたいです。
少し長い文章になってしまいましたが、高専の特徴とその後の進路、メリット・デメリット(高専に向いている人、向かない人)をまとめました。
6/1追記・想像以上に多くの方が読んでくださったようで、嬉しく思っております。その中のコメントで数点ご指摘を頂きましたので、訂正および追記をいたしました。少々見づらくなってしまいましたが、ご了承ください。コメント及びご指摘をしてくださった方々に感謝いたします。
まず、高専はご存知のとおり普通高校とは違い5年間の学校です。ですが、普通科高校+短大のような学び方をする学校でもありません。エンジニアを育てるという目的をもつ高専では、入学した年からすぐに数学や英語、国語のような一般科目の他に、その学科の専門科目の授業が始まります。
もちろん専門といってもいきなり高度なことをするのではなく、中学校を卒業してすぐの学生(高専では「生徒」ではなく「学生」と呼ばれます)でも出来る内容から始まるので、入学前からなにか特別なこと(例えばプログラミング、電子工作、製図など)ができないといけないという訳ではありません。
ちなみに私のいた学科は情報科だったので、簡単なプログラミングや簡単な電子回路を学ぶ授業(というよりも「体験」に近い)が1年目からありました。中学生の頃からパソコンが好きだった私にとっては専門科目は楽しい授業でした。
この専門科目は高学年になるにつれて増えてゆき、4、5年生のころには一般科目よりも多くなります。
一般科目はどのような事を学ぶのかと言いますと、1〜3年生で学ぶものは「基本的には」普通の高校(理系)と同じです。数学や英語、国語はもちろん、物理、化学、生物、地理、歴史なども学びます。しかしここで注意して欲しいのは、良くも悪くも高専生には大学受験がないという事です。5年制ですので3年生が終わっても4年生になるだけです。地理や歴史、古文や漢文などは普通の高校よりも低いレベルまでしか学べません。高専生は英語が苦手、と世間ではよく言われるのですが、それも大学受験がないためでしょう。
逆に専門科目に直結する数学や物理、(物質・材料系の学科では化学)は3年間で高校生よりも高度なところまで学びます。
高専の目的は「5年間でエンジニアを養成すること」ですので、そのための勉強をするというわけです。
専門は学年が進むごとに時間も増え、内容も高度になります。また毎週のように専門の実験・実習があり、レポートを書くことになります。これによってかなりレポートの書き方、まとめ方を鍛えられるのですが、この力は卒業してからも非常に役に立ちます。実際に内部生(普通に大学受験して1年生から大学にいる人)よりも、高専を卒業した編入生のほうがずっと良いレポートを書いているように思います。
また高専では専門や高校よりも高度な数学や物理を学ぶわけですが、その内容ゆえに学校の他に勉強を教えてくれる、いわゆる「塾」のようなものはありません。そのため自分でしっかりと勉強する、分からないところは友達や先生に聞く、という自立学習の習慣がないと厳しい環境だと言えます。
高専はやはり普通の高校とは異なった環境であり、個性的な学生が集まっています。
6/1追記・高専生はオタクだ、と言われることがあります。しかし、高専生=オタクというとこれにはかなり語弊があるので、個性的な学生、と表現しました。もちろんアニメ、フィギュアなどの趣味を持っている人もいます。しかしながらそういったものに興味がない学生ももちろんたくさんいます。”どんな趣味も否定されることはない環境”と言えば分かりやすいでしょうか。音楽、プログラミング、サッカー、アニメ、工作、麻雀、カメラ、銃、ゲーム、バスケなどなどいわゆる”オタク趣味”を含めた様々な趣味を持った学生がおり、こういった学生らが高専の自由な校風を作り出しているとも言えます。
またエンジニアを目指す学生が集まるところですので、どうしても女子の数は普通高校よりもかなり少なくなります。男子と女子の比率が1:1、ということはまずありえないと思ってもよいでしょう。(6/1訂正・学校や学科によっては1:1もありえるそうです。高専のホームページで確認してみてください)機械系の学科では男子38人、女子1or0人、などということも珍しくはありません。
クラス編成は学科単位なので、5年間クラス替えはありません。(6/1訂正・学校によっては混合クラスの編成もあり、クラス替えがあるところもあるようです。)ですので確かに刺激は少ないのですが、クラスメイトとはかなり親密な仲になります。
また大半の高専には学生寮があります。学校によっては全員が必ず入るところもありますし、学校によっては希望者のみ、あるいは1年間は必ず入る、などのルールがあります。ちなみに私は寮に5年間入っていましたが、一晩中友達と部屋で喋ったり、勉強会をしたり、週末に談話室で夕飯を作ったりと楽しい環境でした。
6/1追記・高専によっては寮が厳しいところもあるようですね。ちなみ私の高専の寮では1年生から基本的に自由で毎日楽しく過ごしておりました。ただ挨拶と消灯に関しては厳しく、1年生のうちはきちんと挨拶をし、消灯時間には寝るよう指導されました。また風呂掃除などの当番も基本的に1年生の仕事でした。2年生になると当番や消灯の拘束はなくなりました。いわゆる「寮のルール」は高専によってかなり差があると思いますので、知り合いがいれば聞いておくとよいでしょう。
部活動もちゃんとあり、3年生までは普通の高校の大会にも参加できますし、高専大会では4、5年生も参加できます。
高専卒業後は就職するか進学するかの二択になります。このご時世でも高専の就職率は非常に高く、ほぼ100%を維持しているところがほとんどです。高専からの就職は基本的に「推薦」という形で行われるので、大学生のように就職活動をする必要がありません。企業の方から来た求人と学生の希望を担任の先生が調整してくれるのです。これが高専が高い就職率を維持している理由でもあります。
自分で行きたい企業に応募する(自由応募といいます)ことも出来ます。(ただし、自由応募で就職する人はほとんどいません)また、人によっては公務員試験を受ける人もいます。(地方上級、国家二種、三種など)
しかし、ここで注意して欲しいことは、高専卒はあくまで高専卒であって、大卒とは違うということです。高い就職率ではあるものの、給料や昇進の面からみて高専卒が大卒と同じように扱われることはないようです。
さて、進学の方はといいますと、基本的に高専が設置している専攻科へ進むか大学3年への編入するかのどちらかです。
専攻科とは高専が作ったさらなる専門の学習機関で、2年間あります。基本的には自分がいた高専に設置された専攻科に進むことが多いです。卒業後は学士(4年制大学卒と同じ学位)がもらえます。
もうひとつは大学3年次(大学によっては2年次)編入です。地元の国立大学に編入する人もいますが、東京大学や京都大学をはじめとした旧帝大のような難関校への編入も全く珍しいことではありません(もちろん受験勉強は必要です)。高専によっては毎年かなりの学生を東大や京大に送り込んでいるところがあります。(各高専のホームページの進学状況を見てみるといいでしょう)ちなみにどの大学でも高専からの編入生は優秀だと言われるそうです。
6/1追記・普通の大学入試とは違い編入試験の日程は大学ごとに異なっており、そのため日程が被らなければ何校でも受験できます。(例えば、6月に広島大学を受けて、7月に筑波大学を受けて、8月に大阪大学を受ける、など)複数の国立大学を受験できるのも高専の大きなメリットの一つです。ただし、大学によっては「入学確約書」の提出や「(入学金を振り込むなどの)入学手続」を求められるところがあるので、この期限を確認して受験することになります。
・圧倒的な就職率
・自由な校風
・就職や進学の場で、普通の人とは違う、というアピールポイントになる
・学んでいる専門が嫌いになると非常に辛い
・留年、という普通高校ではほとんどありえないことがそれほど珍しくない
・女子学生が少ない(6/1追記・学校によっては女子学生が多いところもあるようですが、ほとんどのところが少ないと思われます)
・5年間クラス替えがない(6/1追記・学校によってはクラス替えがあるところもあるようです)
・普通高校が羨ましくなる
・大学1、2生が羨ましくなる
これまでの説明で高専がいかに普通高校と違うかがわかっていただけたと思います。この違いを楽しめる人が高専に向いている人といえます。
高専は5年間で一つのパッケージになっているため、3年で退学して大学入試に挑むことも可能ですが、やはり普通高校に比べると難しくなってしまいます(一般科目の学力が足りない、など)。大学編入でいい大学にいけるから、という理由で高専に入るのはやめた方がいいでしょう。5年間ずっと専門を学びますし、特殊な環境なので一度嫌になったらかなり辛い場所です。毎週のようにレポートがあり、テストで求められる点数もそれなりに高いので、留年するということが普通高校ほど珍しくありません(もちろん、普通に勉強していれば大丈夫ですが)。遊びすぎたり、無気力になって留年や退学していった人を何人も見ました。
しかし逆に、専門が好きでエンジニアになりたい、という人にはとても良い環境だと思います。先生も個性的で距離も近いので、親身になって教えてくれます。
当然ながら高専への合格基準は明確に示されているわけではないので、あくまで参考として読んでください。
推薦は中学校の内申点と面接、作文などが評価されます。出願には一定の成績(5段階評価の平均が4以上、など)が必要なところもありますので、推薦を狙う人はきっちりと定期テストで成績をキープしておきましょう。作文では専門に関すること(例えばインターネットの将来を予想しなさい、自分の住んでいる街の良いところと悪いところを説明しなさい、など)をテーマに出されるところもあるので、普段からいろんなことを観察したり本を読んだりして視野を広げておきましょう。
中学生に専門知識を求められる事はないはずなので、面接では自分がどうして高専に行きたいのかということを明確にしていれば大丈夫でしょう。
学力試験は過去問が7割程度解ければ良いと言われています。高専の問題は普通高校の入試問題とはすこし変わっているので、過去問は絶対に解きましょう。学習指導要領を超える難関私立高のような問題は出ないので、基礎をきっちりと押さえておけば大丈夫だと思います。
こんな質問をされることが高専生(あるいは卒業生)の間で必ずあります。即答で「うん!」という人はあまりいないのですが、なんだかんだで入ってよかったと思っている人は私の周りでは多いです。私自身、在学中は「普通高校に行っておけばよかった」、と思うこともしばしばあったのですが、卒業して大学に編入してから振り返ってみると実はいい環境だったんだな、と思います。大学に入ってから高専出身の人と出会うと仲間意識が芽生え、「高専トーク」で盛り上がりますし、高専卒というのは自分の中のアイデンティティにもなっています。
中学3年生の人はそろそろ進路を決めなければならない時期かと思いますが、高専のことが気になる人は夏のオープンカレッジにぜひ参加してみてください。高専の雰囲気がよくわかると思います。
繰り返しますが、高専に進学するという選択は良くも悪くもかなり特殊な選択です。しっかりと自分の将来を考え、情報収集をし、保護者の方ともよく相談して決断してください。
しかし起立命令の件に限って言えば、「ある」と証明すべき立場の人達が証明した事は、おそらく一度もないんだわ。あったかもしれんけど、判事を説得に至らしめた事は殆どない。
そもそもの話、卒業式で起立する事なんて学校教師目指す人間なら最初から分かりきっていた事なわけで、それを承知で教員免許取って公務員試験受けてる時点で彼らの主張の説得力は皆無に近い。たとえるなら、生物教師になった後で「進化論を教えるなんて神への冒涜だ!」と騒ぐようなもの。
剣道の件は対象が学生だったので事情が違う。「剣道を履修しろ」は地方公務員法で定められた職務上の命令じゃないからね。
この点も、ただ起立しろという命令に過ぎず認めろとも敬えとも命じられていないって事で突っぱねられたケースが大半だったはず。
そもそも、日の丸や君が代を侵略の象徴だとする考え方自体がその個人特有の思想なわけで、行き着くところは「公務員が自身の思想を職務に優先できるかどうか」という基準でしか判断されない構造的な問題がある。起立拒否が何らかの社会正義に資するとすら認められてない。ただの「わがまま」。
しかし彼らがその主張を取り下げないのは、日の丸や君が代が悪であるというそもそもの前提の無謬性を盲信しすぎて、それを第三者に証明する必要性を認識出来ていないからだろう。つまり君が代・日の丸への嫌悪を「証明する必要すらない普遍的な感情」だと思い込んでそれを判事に理解してもらう努力を全然してない。だから裁判で負け続けている。通用するのはせいぜい、最初から同じ思想を持ってる判事だけ。
http://anond.hatelabo.jp/20110520152213
お前「そもそも彼らはゴネたいだけで、侵害される思想は持ち合わせていない」
俺「そうは言い切れない。彼らが信条を持っていることを否定できない」
という流れだと思ったのだけど。
別にそれでもいいけど。
「信条を持っていることを否定できない」って部分に関しては「信条を持っていることを証明する立場にある彼らが、それを証明した(証明を試みた)事は過去に一度もないし、あったとしても判決に影響を与えた事例はない。だから容易に否定出来る」というのが俺の考え。
地方公務員法より
第三十五条 職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。
問題の「A」とやらは、「当該地方公共団体がなすべき責を有する職務」に限られている事が前提。
「上司におっぱいをもませる」が果たしてこれ含まれているかどうか。
部下に訴えられて裁判で勝つ自信があるならどこかで誰かが誰かのおっぱい揉みまくってるかもな。
これも追加。
第三十二条 職員は、その職務を遂行するに当つて、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。
「法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規定」の中に、「上司におっぱいを揉ませること」が明記されてる地方自治体が実在するんなら教えて欲しいわ。今から全力で公務員試験勉強するから。
振り返って見れば何事も上手くいってないように思える。
就職したらバリバリ働いて業界のエースになって社会に貢献するんだとかマジで考えてたんだよ。
しったけ、就活に失敗しあーもうどうしようとか迷っててもさすがに無職にはなりたくないから
適当な会社に入ってみたら残業に殺られ、電車の窓に移る自分の顔みて泣き出す有様で、
ついカッとなって会社を辞めてニートになってみたものの、日々減ってくだけの貯金と
コンビニの店員の視線が怖くて怖くて、もう将来のことが不安で不安でたまらなく
いっそ死んだ方がマシだろとか思って自殺してみるもここでも失敗し、
今はまた適当な会社に再就職して充実感の無い日々を過ごしてる。
将来のことを一切考えずに。
親には申し訳ない。本当に申し訳ない。こんなダメ息子に育ってしまいました。
地元に帰ろうとは思ってるんだけど、また公務員試験落ちました。すいません。
どうやって俺人生歩んでいけばいいんだ?
答えとかじゃなくてさ、歩き方がそもそもわからねぇ
手取り14万とかでどうやって将来両親を養ってけばいいんだ?
彼女とかどう作るんだ?
休みの日は何すりゃいいの?
わっかんねぇまじわっかんねぇ
WEB系の会社入って開発要員として配属され、新卒二年目を終えようとしてる。
格別いままでやってきた仕事といえばデータ作成とちょっとしたプログラムの改修。
スクラッチで何かを書いたことをない。
高校の頃から情報系の学科で、大学も情報系。両方共底辺レベルだったけど
ひと通りのプログラミングに必要な知識はつけてきたつもりだった。
ただ今の会社に入って、全くもってこういう会社に向いてないんじゃないかと思えてきた。
そう思ったのは
そこからだった。
この業界、休みの日も絶えず新しい情報に触れ、自分のものとして体得できる人しか生き残れない。
そう実感した。
かつての日本の高度経済成長期くらいの時代であれば、受験勉強を勝ち抜いて大学に入るだけの能力があれば社会に入って活躍できた。
例えば東大法学部出身の官僚があらゆる省庁のトップでも、その能力があれば色々な事態に対処できた。
ゼネラリスト志向の企業の採用方法や、公務員試験で人材を集めることが出来た。
一つ前の時代には、日本の平均的に高い水準を保つ教育制度が、研究や学問ではなくて経済成長という観点からみれば最も上手くいった。
けれど、より複雑化した現代社会にはそれでは対応できなくなってきた。
だけど、未だに採用制度はゼネラリスト志向から変わらないし、そもそも院卒の人を上手く使うような社会基盤が構築されていない。
欧米の教育制度や企業採用は最初からスペシャリスト志向だったから今の時代に上手く適合しているのではないかな。
と、思ってみたりするわけですが、
日本の研究者育成の問題とか、ポスドク問題とか、日本と欧米の大学院卒の扱いの違いとかを、社会制度のような観点から書いてあるような本ないですかね。
まあ、どんな恵まれているように見えても、死にたいと思うやつは思う、ってのはわかるけど。
これでも恵まれてる、とお前らは言うかもしれないが、民間企業に就職した友人は軒並み30万越え始めている。高卒で介護やってる幼なじみでさえ、手取り20万は超えている。俺は一応それなりの大学を出て、それなりに難関の公務員試験を受かったはずなのに、なぜこうなるんだ。
給料の額面みたいなわかりやすい部分もあるけど、福利厚生とか雇用の安定とか、そういう周りの目に見えづらい(しかし金銭的にアドバンテージになる)待遇について一切触れられていないのが気になった。
なんか、週刊誌や書籍で各業種・企業の給料の額面だけ見て友人とあーだーこーだ言いあっていた学生時代を思い出した。
バブル経済最後の頃、Sラン大学を卒業した。大学時代、サークルでイベント企画とかしていた関係でマスコミを志望していたが全滅。結局某端くれの都銀(当時はこういうカテゴリーがあった)に就職した。自分なりに頑張って仕事をしたつもりだったが、社風が合わなかったのか俺がウンコだったのか、やることなすこと全てが裏目に出て、会社から完全に浮いてしまい、鬱病になって1年で退職した。
その後、Ⅰ種国家公務員試験を受けて官庁訪問しまくって、なんとか1箇所だけ引っかかり、今は某省職員として働いている。
「Sラン卒、キャリア官僚、非童貞」って書くと、一般的にはギリギリ勝ち組、中の上くらいの扱いなんだろうか。
でも、全然そう思えないん。むしろ、不幸のどん底にいるような気がしてならない。
この前、Ustで自殺した人がいたけど、彼は現役銀行員だっけ。俺と似たような感じだったのかもしれない。
まず、仕事のきつさの割に給料が少ない。もうすぐ40歳だというのに、額面45万、手取り30万台だ(これでも一応課長補佐である)。残業はほとんどサービス。季節によっては役所で朝焼けを見ない日はない。ってか今頃がそうなんだけど。今日この時間に家にいられるのが奇跡。役所のロッカーには汗まみれのワイシャツと下着が腐臭を放ちながら溜まっている。しかも給与は、毎年、定期昇給分くらいカットされるので、全く増えない。
これでも恵まれてる、とお前らは言うかもしれないが、民間企業に就職した友人は軒並み60万~100万。司法浪人くずれの予備校講師でさえ、手取り50万は超えている。俺は一応それなりの大学を出て、それなりに難関の公務員試験を受かったはずなのに、なぜこうなるんだ。
第二に、仕事がつまらない。何かを企画したり制作したりするクリエイティブなプロセスは全て有識者に丸投げ。役人がすることといったら、ひたすら利害集団との調整と国会議員への根回しとその結果を法律の条文にすることだ。しかも、議員根回しと条文作りには無意味なルールが山程あって、しかも民主党が政治主導とか言ってややこしい調整ごとだけやらずに残してくれているので手間だけはかかる。
第三に、転職が無理。資格もない、職歴は1年でやめた銀行と公務員だけ、留学こそしているけれど、もう少しで40歳、という条件では、このご時世まともな転職はほぼ不可能であると思う。なんだかんだ言って、墓場のような今の職場で飼い殺されるのが、現時点では最もマシな選択なのだ。
こんなはずではなかった。民間に就職した友人は、会社幹部候補の有力若手として業界に名を馳せる存在だったり、労働組合の委員長だったり。学者になった友人は、グーグルで名前を検索しても数万件のヒットがある。起業した友人は、事業が軌道に乗ってきて会うたびに表情が輝いている。外資に行った友人は、資産5億円を余裕で越え、都内の立派なマンションを資産運用と称して買った。
そこまでエリートになれないとしても、もうちょっとマシな人生はなかったのだろうか、と考えてしまう。自殺して一からやりなおせるなら自殺したい。
どこで間違ってしまったのだろう。国立文系を選んだ時点? マスコミを志望した時点? 都銀辞めてしまった時点?
他人に相談しても「キャリア官僚なんて恵まれてるんだから、贅沢言うな」としか言われないので増田で愚痴らせてもらった。この死ぬまで続く絶望から逃れる方法はあるのだろうか。
旧就職氷河期最後の頃、Bラン大学を卒業した。大学時代、サークルで映画を撮ったりしていた関係でマスコミを志望していたが全滅。結局某中小企業に就職した。自分なりに頑張って仕事をしたつもりだったが、社風が合わなかったのか俺がウンコだったのか、やることなすこと全てが裏目に出て、会社から完全に浮いてしまい、鬱病になって1年で退職した。
その後、公務員試験を受けまくって、なんとか1箇所だけ引っかかり、今は都道府県庁職員として働いている。
「Bラン卒、公務員、非童貞」って書くと、一般的にはギリギリ勝ち組、中の上くらいの扱いなんだろうか。
でも、全然そう思えないん。むしろ、不幸のどん底にいるような気がしてならない。
この前、Ustで自殺した人がいたけど、彼はBラン卒の銀行員だっけ。俺と似たような感じだったのかもしれない。
まず、給料が少ない。もうすぐ30歳だというのに、額面22万、手取り17万台だ(これでも一応都会である)。残業は全てサービス。毎年、定期昇給分くらい給与カットされるので、全く増えない。
これでも恵まれてる、とお前らは言うかもしれないが、民間企業に就職した友人は軒並み30万越え始めている。高卒で介護やってる幼なじみでさえ、手取り20万は超えている。俺は一応それなりの大学を出て、それなりに難関の公務員試験を受かったはずなのに、なぜこうなるんだ。
第二に、仕事がつまらない。何かを企画したり制作したりするクリエイティブなプロセスは全て業者に丸投げ。職員がすることといったら、ひたすら書類を作るだけだ。しかも、書類作りには無意味なルールが山程あって、無意味なのに遵守しなければならないので手間だけはかかる。
第三に、転職が無理。資格もない、職歴は1年でやめた中小と公務員だけ、大学は私立文系、もう少しで30歳、という条件では、このご時世まともな転職はほぼ不可能であると思う。なんだかんだ言って、墓場のような今の職場で飼い殺されるのが、現時点では最もマシな選択なのだ。
こんなはずではなかった。民間に就職した友人は、億単位の金が動くプロジェクトを任されたり、海外を飛び回ったりしている。起業した友人は、事業が軌道に乗ってきて会うたびに表情が輝いている。外資に行った友人は、年収1千万を余裕で越え、都内の立派なマンションを買った。
そこまでエリートになれないとしても、もうちょっとマシな人生はなかったのだろうか、と考えてしまう。自殺して一からやりなおせるなら自殺したい。
どこで間違ってしまったのだろう。私立文系を選んだ時点? マスコミを志望した時点? 中小企業辞めてしまった時点?
他人に相談しても「公務員なんて恵まれてるんだから、贅沢言うな」としか言われないので増田で愚痴らせてもらった。この死ぬまで続く絶望から逃れる方法はあるのだろうか。
高校ならあなたのおっしゃるとおりの現状。養護教諭まで視野に入れろってのはそういうこったね。
ただ、臨採が常にあるだけ教師は非常に恵まれている面もある。
五年や六年は昇給アリの公務員待遇で繋げる。頑張った人間は大体受かってるよ。2010卒の俺の経験談で悪いが。
もっとも、俺は教師にはならず地方公務員になったんだけどね。
教員免許を複数種類とって、大学一年から真っ直ぐ教師を目指すっていうのは
その過程で公務員試験対策にもなるし、中々リスクの少ないやりかたなんですよ。
この先公務員の採用がどうなるかってのはちょっと怖いにしても。
教師志望の母数には、非教育学部で免許だけ(それも高校のみ一教科のみとか)取った人間がかなり含まれてるからね。