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2011-10-26

http://anond.hatelabo.jp/20111025233514

TOEIC平均点が600点台とかだっけ…。

これって結局ソースあったの?

奥村教授が調べた限りでは見つからなかったみたいだけど。

http://oku.edu.mie-u.ac.jp/~okumura/blog/node/2560

いくらなんでも英語教員TOEIC平均がこれでは低すぎると思って,調べてみた。 きょういくじん会議小学校教員TOEIC平均スコアは582点―IIBC調査 によれば,

2007年度に行われたTOEICの公開テストで、実施時に行っている職業についてのアンケートで、小学校教員と答えた受験者の平均点が582点であることがわかった。中学校教員と答えた受験者の平均は682点、高校教員と答えた受験者の平均は745点だった。

ということで,これは英語教員だけでなく全教科の教員であり,しかも自発的に受験した人だけであるので,参考にはならない。しか朝日に載った値よりずっと高い。ちなみに中高の英語教採で一次専門免除になるのはTOEIC 900点くらいらしい(教員採用試験TOEIC*: えいごろりん)。

最初に戻ってよく考えてみると,朝日に載った560点,620点というのも,文脈から英語教員の平均点だと思い込んでいたが,はっきり書いていないところにトリックがあるのかもしれない。

2011-05-31

教育が振り回されるわがまま

→今まで通りでした

→なんか変な団体が調子乗るようになっちゃいました

→大停電フラグです本当にありがとうございました

→実は成績上がってました





教育とは洗脳装置であり、政争である

2010-10-30

完璧主義に対する誤解

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6277821.html?from=randq

↑俺はこの質問者の気持ちがよくわかる。

かしこ回答者たちのような誤解をする人も多いのだろう。

どうしてこういう誤解をするかというと、「完璧」の定義最初から違うからなんだ。

つまりこういうこと、テストを受ける、俺は100点のつもりでテストを受けるわけ。100点じゃなきゃダメなんだ。99点じゃダメ。どうダメかっていうと0点と同じなんだ。だから1問目から順に解いていって、解けないところがあればそこで終わり。もうどうでもいい。こんなイラつくものは破り捨ててしまうしかない。100点取れないクソな自分だけが残る。

ところが先生はこう言うんだ。問題全部を見渡して、できるところからやりなさい、って。なるほど、そうすればその人の今現在のその能力がどの程度なのか測れるってわけだ。そしてその当人にとって「ベストを尽くした状態」なわけだな。

この「当人にとってベストを尽くす」ことを持って「完璧」と考えてる人がほとんどなんだ。この世界では。そしてそれは現実的だし、正しいのだろう。

ところがそういう風な基準をどうしても持てなかった人がいるんだよ。俺もその一人なんだ。その人にとっての「完璧」は当人の外部にある。だからその人が考える完璧はもう本当に完璧のことであって、ファンタジーでしかない。センター試験全教科満点を取った人がいるのかはわからないけど、満点じゃなきゃダメなんだ。小学校からずっとオール5じゃなきゃだめなんだ。図工や音楽や体育も。ところがそんなことは無理。

それは頭ではわかってる。でも感覚がついてこない。どれもこれもダメだ。自分は本当にダメだ。もうこんなどうでもいいものは投げ出してしまえ。そして中途半端の山が築かれる。それを見て人は言う「これのどこが完璧主義なんだ」と。

違う、君たちの言う完璧とは意味が違うんだ。俺にとっては君たちは何もしてないのと同じだし、俺もそうだ。そして俺は自分ダメさにおかしくなりそうだ。君はならないのかい?

俺はいつもズタボロになって生きている。だって人付き合いでも全員に好かれないとダメなんだよ俺基準では。そんなことできるわけないじゃん。頭ではわかっていても、、、。

俺はいつもズタボロになって生きている。

※「2位じゃダメなんですか?」のあの人を完璧主義だとは思わない。なぜなら完璧かどうかにとって、順位はどうでもいいからだ。例え1位でも99点なら意味はないのだ。

2010-10-06

チェーンメールは悪

いまさらだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20101005222507

http://anond.hatelabo.jp/20101006011614

とか見て。

内容だとか善意だとかの前に、チェーンメールになってる事、なるような内容を送る事がダメ

授業に情報とかあるらしいが、こういう事を教えておいて欲しい所。

パソコンの使い方とかも良いけど、過去に起こった事件や事故、活用法等を具体的事例も含め教えといてほしい所。

要するに交通全教室みたいなの。情報全教室。

2010-07-26

森毅が亡くなったのか。

http://anond.hatelabo.jp/20100308183630

私は2,3冊しか森さんの著書を読んだことがありません。

ともあれ、森毅さんのご冥福をお祈りします



以下、つっこみ。

この再掲された増田は、いまはウダツのあがらないサラリーマンで、その原因は、(森の思想に影響されて)大学生時代に怠惰に過ごしたことにある、と本人は考えているようだ。

怠惰といっても、勉強しないで友だちとしゃべったり、マンガ読んだりと、ふつうクラス怠惰だろう。大学生ならありがちだ。

だから、この再掲された増田が言うには、自分のように地頭がよくない人間は、受験のときの勉強の習慣を崩すべきではなかった、ということらしい。

で、こんなんなってしまったのは森のせいだと。

そんなときに、森が著書の中で

「ええかげんでいいんや。大学では勉強なんてしなくていい。エリート勝手に育つもんだ」

と主張していたのに、救われた気がした。

再掲増田は、この言葉受験時代に救われたそうだ。そして、この言葉人生を狂わされたと。

だが、森の言っていることは、ぜんぜん間違ってないと思う。

つまり、再掲増田は、「エリートじゃなかった」ということだろう。勝手に育たなかったんだから。

自分現在を「ウダツのあがらないサラリーマン」とか言うのはいいけど、じゃあ、どのようなイメージが「自分のあるべき姿」ということになるのだろう。

なんだか、再掲増田の文章を読んでいると、勉強をしていれば、自分は、「エリート」とか「成功者」になれた、と暗に言っているようにしか見えない。

自分の入った大学について、

大学では、早慶クラスの、名の通った大学に入った。

とわざわざ書いているのも、それを支持するように思う。

けっきょく、勉強云々よりも重要なのは、

本当に自分がやりたいことを模索して、選択して、一心不乱に勉強する……それが大切な時期なのだ。

頭が悪い奴ほど、勉強の習慣を崩してはならないのである。

ただですら、怠惰に流れがちなのだから。

と再掲増田自身が書いているように、「本当にやりたいこと」が見つかるかどうかだろう。

受験勉強と違って、人生では、「全教科を極める」などということはできない。時間は有限だ。みんな必ず死ぬ。

老人はもうすぐ死んで、若者には無限未来がある、などということはありえない。みんな平等に、カウントダウンの真っ最中だ。

だから、勉強するのは、その見つけた目標を達成するためだ。そのための必要最低限で十分だ。

もし再掲増田勉強の習慣が崩れたのなら、それは再掲増田に向いた習慣ではなかったのだ。もともと持続不可能だったのだ。

だから、再掲増田がすべきだったことは、自分のやり方を模索することだったはずだ。

「やりたいこと」だって、大学在学中に見つかれば、かなり運のいいほうだと思う。

再掲増田は、「地頭が悪い」と口では言いつつ、それを本当には認めていないのではないか。

40歳近くにもなって、こんなことを書くなんて、絶望した!

オレもこういうおじさんになるんじゃないかと心配だ。



森毅さんのご冥福をお祈りします

2010-01-27

強くなりたい新大学生が本当に読むべき本100冊

この時期になると大学生向けに読むべき100冊みたいなリストが出回る。

あんなリストを真に受ける人も少ないだろうが……はっきり言って悲しくなるくらいお粗末だ。

ずらっと並べられた古典名著。あまりに埃の被ったラインナップにがっかりする。

こういった学問には「原書病」とでも言うべき、くだらない風習が根強く残っている。

原典や本文を極度に重視するのは不健全だ。それ自体は面白いとしても、その後発展と整理を経て洗練されている。

歴史的興味以外であえて出発点に戻る価値はすごく小さい。そんなところに本当の「教養」は存在しない。

難解で時代遅れな文章と格闘したって、趣味以上のものにはならないし、考える力は湧いてこない。絶対誤読するし。

そこで本当に頭を強くしたい人が読むべき書籍リストというものを作った。

これは単なる学問という空気に浸ってみたい人が読むものじゃなくて、日常に根ざした本物の力を分けてくれるものだ。

この100冊さえ読めば考える素材に困らないだけでなく、コミュニケーションの強者にもなれる。

飲み会で古臭い古典の話をしたって煙たがれるだけだが、この100冊をネタにすればそんなことにはならないし、

黙考はずいぶんと深くなるし、ブログネタに応用すれば必ず一目置かれる。

選んだのは現代的で網羅的、そして極めて平易なもの。どの分野にも精通できるように色んなジャンルのものを配置した。

この100冊を大学生活のうちに読み切れば、必ずや一生の財産になるだろう。

ここに挙げられた本が、現代最新型にアップデートされた真の「教養」だ!

新大学生が本当に読むべき100冊

存在論的、郵便的東浩紀

動物化するポストモダン東浩紀

ゲーム的リアリズムの誕生東浩紀

アナーキズム浅羽通明

ナショナリズム浅羽通明

右翼左翼浅羽通明

構造と力浅田彰

『逃走論』 浅田彰

『反芸術アンパン赤瀬川原平

東京ミキサー計画』 赤瀬川原平

ギャルギャル男文化人類学荒井悠介

ディズニー魔法有馬哲夫

テヅカ・イズ・デッド伊藤剛

マンガは変わる伊藤剛

ヤンキー文化論序説』 五十嵐太郎

オカルト帝国1970年代日本を読む』 一柳廣孝

『寝ながら学べる構造主義内田樹

ゼロ年代の想像力宇野常寛

『二〇世紀の批評を読む』 大谷能生

『ぼくたちの洗脳社会岡田斗司夫

オタクはすでに死んでいる岡田斗司夫

アメリカン・コミックス大全』 小野耕世

教養としての〈まんが・アニメ〉大塚英志

おたく精神史』 大塚英志

サンデーマガジン大野

キャラクターとは何か』 小田切博

『よいこの君主論』 架神恭介

『完全教マニュアル』 架神恭介

映画は撮ったことがない』 神山健治

『ポケットは80年代がいっぱい』 香山リカ

戦前少年犯罪管賀江留郎

スペイン宇宙食菊地成孔

東京大学のアルバート・テイラー』 菊地成孔

おまえが若者を語るな!』 後藤和智

封建主義者かく語りき』 呉智英

賢者の誘惑』 呉智英

『現代マンガの全体像』 呉智英

『定本日本の喜劇人小林信彦

カノッサの屈辱小山薫堂

お厚いのがお好き?小山薫堂

虚人のすすめ』 康芳夫

『生き延びるためのラカン斎藤環

ニッポンの思想』 佐々木敦

『シミュレーショニズム』 椹木野衣

ロックミュージック進化論渋谷陽一

日本の10大新宗教島田裕巳

ヒーロー正義白倉伸一郎

『箆棒な人々』 竹熊健太郎

『定本気分は歌謡曲近田春夫

完全自殺マニュアル鶴見済

洗脳原論』 苫米地英人

スピリチュアリズム苫米地英人

苫米地英人宇宙を語る』 苫米地英人

『青いムーブメント外山恒一

マンガ哲学する』 永井均

チベットモーツァルト中沢新一

ベストセラー構造中島梓

嫌オタク流中原昌也

『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書西寺郷太

前衛の道』 根本敬

『花咲く乙女のキンピラゴボウ橋本治

アーキテクチャ生態系濱野智史

タイアップ歌謡史』 速水健朗

自分探しが止まらない』 速水健朗

教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書ばるぼら

NYLON100% 80年代渋谷発ポップ・カルチャーの源流』 ばるぼら

ロマンポルノと実録やくざ映画樋口尚文

70年代日本の超大作映画樋口尚文

アダルトビデオ革命史』 藤木TDC

ワンダゾーン』 福本博文

『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』 ブルボン小林

ゲームホニャララブルボン小林

電波男本田透

喪男の哲学史本田透

世界電波男本田透

セカイ系とは何か』 前島賢

映画の見方がわかる本』 町山智浩

ブレードランナーの未来世紀町山智浩

『なぜ宇宙人地球に来ない?』 松尾貴史

貧乏人の逆襲!』 松本哉

サブカルチャー神話解体宮台真司

『14歳からの社会学宮台真司

『定本アニメーションギャグ世界森卓也

放送禁止歌森達也

職業欄はエスパー森達也

趣都の誕生森川嘉一郎

『興行師たちの映画史柳下毅一郎

殺人マニア宣言』 柳下毅一郎

『新教養主義宣言』 山形浩生

『たかがバロウズ本。』 山形浩生

訳者解説』 山形浩生

『超クソゲー箭本進一

戦後SFマンガ史』 米沢嘉博

戦後少女マンガ史』 米沢嘉博

戦後ギャグマンガ史』 米沢嘉博

漫画原論』 四方田犬彦

日本映画史100年』 四方田犬彦

日本文学ふいんき語り』 米光一成

恋愛小説ふいんき語り』 米光一成

2009-11-10

地球最後の日と自意識拡張について。

みんな乙かれ、

1999年ことを思い出しながら書いている。

激しい自意識の垂れ流しで、自分語りウザイとおもうので、できればスルーしてくれればありがたい。

この年から僕の自意識拡張が始まった。

ノストラダムスフィーヴァーで荒れ狂っていた1999年

散々オカルト番組であおりまくっていたTV局は、実際に1999年7の月を迎えると

何事もなかったかのようにスルーしていた。

すげぇ落ちこぼれだった僕は、数学時間の間この予言を信じて集団自殺した教団のこのことを考えながら、北斗の拳を読んで1999年7月を過ごしていた。

7月1日ぐらいにはまだ少し「このクソみたな現実はおわってしまえばいいのにwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」のどきどきがあったのだが

致命的にヤバイ中間テストが返却されているころには、

そんなことはすっかり忘れてしまい、放課後近所の公民館PCで2chで見えない敵と戦う現実にすっかり回収されてしまった。PCオタクの友達からは毎日のように海外PC事情を浴びるほど聞かされた。若干15歳にしてエロゲオタクだった別の友達からはto heartのすばらしさと、leafの次にでる新作エロゲーの話を延々きかされ、「to heartだとマルチが一番かわいいな」と思ったころ、7月予言のことはすっかり忘れていた。

1999年の夏はアホみたいに暑かった

いや、うちの高校は全教室にクーラーが一台も設置されていないという

昭和丸出しの校舎で、5月ぐらいには最高に居心地のいい図書館7月にはいると

梅雨時期の蒸し暑さで、手の汗で今読んでいるページが汗でにじんでしまうほどだった。

当時の僕は、名作を読んでいればえらいと思っている馬鹿で、

文芸部員でもないのに司書先生と仲良くなってしまった関係で、図書の貸し出し業務を行いながらひたすら、せっせと日本文学全集の読破に明け暮れていた。

実に『真面目』な文学少年だった僕は、ライトノベルをよんでいる連中をバカにするといった優越感ゲームを15歳にて展開し、理解できない岩波文庫をひたすらたたえるといった今考えると赤面もののアホだった。

音楽は毎日浴びるほど聞いていた。

PCオタクの友達がMIDIをやっていた。彼は、この曲を自分HPにアップするんだとうれしそうに語り、毎日放課後MIDIコントローラをいじっていた。僕にはさして興味がなく、彼のとなりでサイケロック爆音でききなから、なんでおれは1960年代に生まれなかったのだと、自分運命を呪った。

つまり、以上の書きなぐった文章からなにがいいたいのかというと

①15歳から今までで延々自意識拡張していたという点

創作をほとんどしなったという点。

高校時代に結局文芸部に入り新刊の紹介、大学時代音楽批評みたいなのを少しやったぐらいで、基本的に延々受け手、しかもネタは2chから拾ってきたり、2ch見えない敵と日々戦っていたというのだからたちが悪い。

自意識というのは実にたちが悪い。今でもどうやって克服したらいいのもだろうかと真剣に悩んでいる。

ああ、今度の地球最後の日に僕の自意識の縮小がはじまりますように

2009-08-19

1962年版「学力テストについての声明」

 昨年度おおくの反対意見を押しきって強行された全国一斉学力テストが、はたしていかなる結果を生じたかを検討する慎重さを持つことなく、文部省は今年七月ふたたびテストをおこなう準備をすすめている。それは全教育の体系を国家権力に従属させようとする意図がますますあらわになって来たことである。

 私たち日本文学協会は、前回の場合にも、教育の問題は一行政的見地から取り上げられるべきではなく、教師をはじめとする自由で民主的な国民教育の場において推進されなければならぬことを主張して来た。

 いったい学力とは何か、いかに伸ばされるべきかということは、子どもたちの自主的な判断力・活動力と、全国民未来への望みの上に具体化されるはずのものである。一片の答案を、それも機械的にあらかじめ思考の範疇を限定した回答を選択するといった、受動的・偶然的そして知識偏重の結果のみを拠りどころとする学力の判定は、いかに子ども未来をあやまるものであるかは明らかであろう。

 私たちは日々の教室の現場で、教師の主体的な活動力が働くとき、子どもたちは生き生きと学力を伸ばすことを身をもって知っている。この方向こそが学力向上の唯一の進路である。

 だから学力の問題は、学者・実践者がその総意をもって築き上げ、慎重に進められるべきものである。しかるにふたたび学力テストを強行しようとするのは、こうした国民の真の要求をいささかも取り入れず、行政権力を教育内容にまで介入させようとすることにほかならない。

 私たちの態度はおのずと明らかである。今回の学力テストに反対し、その撤回に向かって働きかけ、もって未来教育をその基盤から築いていこうとするものである。



 一九六二年五月四日 日本文学協会

2009-06-27

勉強嫌いなのでデザイナーになったら、今法律勉強をしてる

意味がわからない。初めて増田になります。

あまり自分自身のことを振り返らないので、たまには振り返ってみようと増田なりすまします。

では簡単に、現在の私のことを書いておきます。

とにかく勉強というのが嫌いで、中でも宿題などの復習は、苦痛でした。

私の最初の、人生の選択というものは高校受験でした。

少し自慢のようになるのかも知れないですが、頭の出来じたいはそれほど悪いわけでもなかったらしく、

当時は勉強をせずとも全教科平均が大体中の下ぐらいでした。

まあ、中学程度なのでそのような方はたくさんおられたと思います。

頭は悪すぎることはない、実際のレベルよりも少し下の偏差値学校に入ると

更にあまり勉強せずとも留年はしないのではないか、といった考えのもと高校を探しました。

探しているうちに、商業科、工業科などの専門学科があることを知り、

それらは普通科の授業が、普通科よりも大幅に少ないという情報に辿りつきました。

 

商業科が少なく、頭が足りないか、余裕でいけるところの2択ぐらいしかありませんでした。

かっこいいから、という理由で、数少ない友人と一緒に工業科のデザイン系の学科の受験を受けました。

当時は、第一次と第二次とわかれて受験がありました。倍率が4倍と2倍ぐらいだったと思います。

この学校に入ると勉強しなくていいと、何故か当時は本当に思っていて、人生で一番勉強しました。

第一次はあっけなく2人とも落ち、友人は別の進路を選びました。

受験前日に、地元同人誌即売会イベントがあり、残念ながら2人で参加してしまいましたが、

それは小学生からのオタク歴を考えると、仕方のないことに思えます。

第二次で、運良く、受験合格を果たしました。

 

結局、甘くはなくデザインにも色々と勉強しなくてはならないことが多かったです。

カメラビデオなどの授業もあり、露出計算や、言葉を覚えることの量、

行ったことがないのでわかりませんが、普通科の方が種類の多さが少ないため勉強しやすかったと思いました。

また、勉強で追いつかない技術の面でのテストなど、留年の危機を3度ほど乗り越えての、ぎりぎりの卒業でした。

デザイン系だったこともあってか、オタクな友人も増えました。(今でも数名とはやりとりが続いてます))

卒業が近づくに連れて二度目の、人生の選択に迫られました。

その時点で卒業が危うかったのですが、私は専門学校に通うことにしました。

それもカメラビデオからは遠い、マンガを描く専門学校です。

オタク全開で、あまり大きな声でまわりの友人に進路は言えませんでしたが、

先行入学の権利のある受験の方を受けてしまい、少し早く進路が決定しました。

 

それからオタクばかりのクラスに身を置きます。

高校で生き別れた友人とも、同じクラスになり、オタクという強い絆を感じました。

まわりはオタクばかりで、ぬるま湯でした。

マンガという単語が履歴書に載ってしまうことを承諾したような、強いオタクなのだから

さぞかし同人活動東京には年に4回行くような猛者が集まるのだと思ってましたが、

実際はそうではありませんでした。私の、オタクとしての視野の狭さを突きつけられました。

当たり前ですが、少女漫画家少年漫画家純粋に目指す、キラキラの瞳の方がたくさんです。

同人誌日本の歴史にはあまり詳しくなくって、などと返されることもしばしば。

漫画家を目指す上で、今では知識として持っていないのは勉強不足にも感じましたが、

そこは勉強嫌いな私が突っ込めることでもないので、オタク知識を分け与えました。

当の私も、同人活動はしたことがなく、漫画も描いたことないので、全くのど素人でした。

それはまわりも余りかわらず、マンガという単語を履歴書に残すには、浅い覚悟の人が集まったと思いました。

歴史は繰り返されました。

マンガを描くにも沢山の知識、それを上回る技術が必要でした。早々に後悔だけがつもりました。

唯一できたのは、高校時代に触ったおかげのフォトショップイラストレーターの授業でした。

 

二年にあがり、進路の話しにだけのために私は学校にいき、たまに絵を描いて帰り、バイトをしました。

クラスじたいはクラス変えもなく、二年目の怠惰空気の中、オタクの話しをだらだらとする、

高校などにあるマンガ部のような感じでした。

私の通う学校学校法人ではなかったため、早々に進路が決まると、

学校ではなく就職先にバイトとして入るなどといったシステムがあることを知りました。

勉強から遠ざかりたい、そんな思いで、思いつきのままに選んだデザイン会社10月からバイトしながら、

やはりマンガもろくに描くこともなく、国への借金だけをこさえて卒業しました。

今でも、専門学校で得たものは、数名の友人と、私の駄目さの理解であったと思っています。

  

匿名だから安心したのか、普段よりも長くなってしまいました。

次書くとしたら、法律の話しまでいきたいです。

2009-05-16

小学校の図書室で働いています。

小学校学校図書館に関して話題になっているので

現場で実際にどんな感じで本を買ったり捨てたりしているかを書いてみます。


ちなみに司書とはいうものの非常勤職員のワープアですw

中学校で働く司書の大半はそんな待遇です。

日本中のほとんどの学校先生方が担任をしながら

司書教諭や図書館主任という形で運営していて、

ボランティアのお母さんたちが手伝っている所もあります。

それは化学に置いちゃダメ! - 子育て歳時記 - 楽天ブログBlog

http://plaza.rakuten.co.jp/honbon/diary/200905110001

小学校から『ぼくらの七日間戦争』が撤去されたそうだ。 - 北沢かえるの働けば自由になる日記

http://d.hatena.ne.jp/kaerudayo/20090515#p2

うちの学校にはどちらも入ってません。

水からの伝言は論外、七日間戦争は私が勤めた時に入っていなくて、

今が旬の児童向けの文庫を優先的に入れたいな、と。

うちの学校は本を買う、捨てるの判断は司書教諭の先生と相談の上、

校長・教頭に許可をもらってさらに市の決済を受けます。

本を買うのは自分趣味です。


・・・そんなわけはありませんW

教科書は全学年、全教科調べます。

国語なら掲載されている作者の他の作品や同じ傾向の他の物語など。

そんな学習に関する本と趣味的な本、読書バランスよく入れるように心がけてます。

捨てる場合はあまりにも壊れたり汚れた本、

内容が古くなって学習に使えない本(市町村合併やら国の独立やらで結構これが多い)など。

でも本の冊数を増やせというお達しがあってそんな本を捨てられず

段ボールに詰めてしまっておくことも。


校長の一言で本が捨てられるか?

これはあるともないともはっきりは言えません。

ただ、幸か不幸かそこまで学校図書館に興味を持っている校長はほとんどいません。

ちょっと調べてみたところ、品川司書の方は派遣のようなので

そんなことがあったとしても学校の方針に意見を言う事は難しそうです。


今の小学生は「リアル鬼ごっこ」とかひぐらしとか携帯小説なども

お小遣いで買って友達同士でどんどん回し読みしてます。

学校図書館にある本があった、なかったは正直なところ

昔ほど大きな影響を与えているとは思っていません。

ただ、いろいろな問題があって本に触れる機会が少ない家庭の子も多くいますし

できる限り幅広い価値観楽しみが得られる図書館

どこの学校にもあればいいのに、と思いながら仕事をしています。


ちなみにうちの市では市民の強い要望によって司書が置かれました。

誰かが骨を折らないと、子どもたちのための環境はつくられていかないのです。

2009-04-07

アップル製の携帯音楽プレーヤーiPod」を使った授業を、埼玉県松伏町の町立松伏第二中学校金沢勝幸校長、生徒数625人)が始めた。アップルジャパン東京)から42台を無償で借り、教師が考えた教材を使って授業をする。デジタル世代の生徒には「集中できる」と評判は上々だという。

<中略>各教科の教諭が教材ソフトを作成。美術なら、水彩画の下書きから色塗りまで各パターンナレーションで説明。数学計算問題を解く場合は文字で解き方を解説し、英語では動画を見ながら聞き取りをする。保健体育を除く全教科のソフトを収め、全校17クラスが交代で使いながら学んでいる。

授業を見学した保護者の中には「集団で学ぶ本来の姿ではない」との声もあったが、大西教頭は「生徒に評判がいいだけでなく、どうやったら興味を持たせられるか、ソフトづくりを通して教師の意識改革にもつながる」と話す。 アップルジャパンによると、同中への無償の貸し出しは特別なケース。貸し出しは新年度の1学期までのため、同中によると、その後はPTAが約40台購入予定という。

http://www.asahi.com/national/update/0330/TKY200903300325.html?ref=rss

つっこみが興味深い.「集団で学ぶ本来の姿ではない」と.

本来の姿ではないにもかかわらず学習効率が上がっているとすると,

それはそもそも学んでいる内容が「集団で学ぶべき内容ではない」ということなんじゃなかろうか.

単に教科書の理解だけで済む内容ならば,レベルに合わせたケアがちゃんとできない教育体制で教えること自体が変な話なわけで.

レベルの違いを利用して教え合いをする,といった感じで集団を活かした学習スタイルだってありうるとは思いますが)

ITが教育を劇的に変えてくれると個人的には期待してますます.

2009-02-26

子ども犠牲にする国」へのツッコミ

http://voiceplus-php.jp/archive/detail.jsp?id=105

もうどっから突っ込んでいいのかわからん…

 

老人介護の車=共産党の回し者なのか?なんで共産党の話が出た?

子供の件に関しては日教組教員共産党支持者が多いことと矛盾するし、

大体どこの国と比べてるんだ。

 

…釣られましたか。そうですか。しかしちと酷すぎる…

 

 

 

PS:Wikipediaを調べてみたら、現在日教組には共産党支持者はあまりいないのかな?

どうも20年以上前に分裂して全日本教職員組合全教)になってたっぽ。

勘違いしてましたのでこの場で訂正します。

2009-01-29

http://anond.hatelabo.jp/20090129192454

まず全教科の学力をチェックする。本人に直接聞いてみること、成績表をチェックすること、必要なら簡単にテストしてみる。

あとは本人が将来何になりたいのか、とりあえず高校受験ではどのあたりの学校に行きたいのかを教えてもらう。



学力チェック(と指導方針について若干)

国語数学小学生レベルにつまづきがないかをチェックする。

英語はどの程度の文法事項を理解しているかを聞いてみる。

理社については成績表を確認させてもらう。



国語については小学生レベル漢字が読めない書けない、文章が読めない書けないは致命的なので、

もしそうだとしたら、そこに戻って指導をはじめる必要がある。

なぜ致命的かと言えば小学生レベル国語が出来ないということは、

自分参考書を読んで自習ができないってことだから。

小学生レベルクリアしている子だったら、

とりあえず定期テスト対策に漢字練習と読解問題を少しずつ解かせていけばOK。

好み読書ジャンルを聞き出して、そのジャンルの本をたくさん読んでもらうのも効果的。



数学についても国語と同様で、小学生レベル計算問題につまづきがないかチェックする。

小学生レベル数学(というか算数)ができない場合は理科化学物理分野が危ぶまれるので

やはり克服しておく必要がある。

たとえば、少数の四則計算、分数の四則計算ができるかどうか確認してみるといい。

できていなければ、そこから学習スタート

できていれば、中学段階でつまずいているところがどこなのかを把握し、そこから学習させていく。

授業には、解答・解説が丁寧で、要点のみを太字にしてあるようなシンプル印刷で、かつ薄い参考書を選んで使用する。



英語学力チェックは中一・中二の文法事項をまとめた小テストを用意して解かせてみる。

中一の小テストで8割取れていない場合は中一から学習をはじめる必要がある。

中一の小テストクリアしていたら中二の小テストも解かせてチェックする。

中二のテストも8割とれるなら英語はとりあえず問題なしなので、

定期テスト対策をしてあげればいい。

中一、中二のどこかでつまづいている場合には、そこに戻って指導をする。

授業には、これは数学同様だが、

授業には、解答・解説が丁寧で、要点のみを太字にしてあるようなシンプル印刷で、かつ薄い参考書を選んで使用する。

英語は基本的な文法をおさえることが第一。長文読解が第二、必要に応じて単語暗記が第三。



理科社会については、成績表を見ればだいたいどの分野が苦手なのかわかる。

定期テストの出題範囲をおさえつつ、苦手な分野を一課ずつつぶしていく。

理社の指導は自習がメインになる。そうしないと指導時間が足りないから。

英国数を中心に指導することで、生徒自身が勉強のコツを理解してくれれば、

理社に関しては生徒にお任せでも何とかなる。

適度に宿題を出して分からないところを授業で聞いてもらう形式で良い。



目標確認

学力チェックで生徒の現状を確認したら、高校受験目標を知る必要がある。

こちらから目標押し付けるのではなくて、どうなりたいのか、どうしたいのかをゆっくり聞いてあげると良い。

生徒が将来どんな方向を目指すのか、そのために高校はどのあたりを受験するのかをはじめに確認すれば、

どの教科をどの程度まで指導すれば良いのかが分かり、必要以上に力を入れなくて済むようになる。

特に、受けたい学校を早期に絞り込むことができれば、

たとえば英・数・国だけで受験可能な高校などを探し出して、効率的に対策に取り組むことができる。



参考書について

参考書カテキョ派遣会社から借りてコピーでも構わないが、

自分で大型書店に足を運び、より生徒にフィットする参考書を探してきて紹介するほうがベターだと思う。

参考書を生徒に買ってもらう場合には、

まず親御さんに対して、その参考書がなぜ必要なのかを説明し、参考書代を出してもらうよう了解を取る。

もちろん無駄な出費はさけてもらうため、購入する参考書は精選する。



目標確認に付随すること

地域によっては、公立高校受験時に中学校の成績が重視される場合がある。

目標が国公立オンリーなのか、私学もOKなのか、

また、受験学校の成績がどの程度加味されるのかも、

生徒や親御さん、家庭教師派遣センターネットでの情報などを通して確認しておきたい。



メンヘラってのと、毎回の指導時間が1.5時間しかないのが厄介だね(普通は2時間)。

指導開始当初に、生徒がどうしたいのか、親御さんの期待していることは何かというのをよく聞いて、

無理の無い最終目標を設定をし、それを親御さんに納得してもらえないと途中で契約を切られてしまうかもしれない。

親御さんの期待したとおりに成績が伸びなかったから指導打ち切りになるケースはわりと良くある。

親御さんが期待し過ぎな場合は期待値現実的なレベルまで下げるのも大事だ。

2008-12-26

最近勉強のできる子はそれが理由でいじめられるってネタの文章がたくさん書かれてるけど、私は小学校の時の知能テストでIQ175って出て進学塾では小5の時に飛び級して小6受験クラスで授業を受けてて学校テスト全教科100点以外取ったことがないどこから見ても「勉強のできる子」だったけど、特にそれが理由で虐められることはなかった。

良家の子女ばかりいるような私学にいたわけじゃなくて、むしろ暴力団員の子供とか結構いるような公立校。確かに浮いてはいたと思うけど、虐められるというよりは「宇宙人」扱いされてただけで、学級委員長も児童会長もやった。

自分に「勉強ができる」ことが優れてることだって意識がそんななくて、単に自分とは違うロジックでものを見ているらしい他の人たちの思考経路が知りたくて対人関係は常にそういうスタンスで臨んでた。こちらも周りを宇宙人扱いして溢れる知的好奇心で相互理解を試みようとしていた感じ。

入試の成績1番で入った中高一貫進学校では虐めの対象になったけど、別に成績が理由ではなかった。小学校の頃近所に住んでた同級生が男ばかりだったのでそのノリで同級生の男とジャンプネタとかで盛り上がってたら「男に色目を使っている」とされて同級女子からハブにされた。机の中をゴミだらけにされたこともあるし、椅子の上に画鋲を置かれたこともある。体育等のペアでやらなきゃいけない体操とかでいつも余って先生と組むことになるのには閉口したけどそれ以外は特に困ることもなかったので勝手にしろって感じで毅然と振る舞ってたら事情を知らない人たちからは「周りの女子が畏れて距離を置いている」と受け取っていたようだ。

そんなわけであまりあのエントリーはぴんとこない。受け取り方とか対処の仕方とかの問題ではないのかなと思わないでもない。「口が立つ女」を嫌う男から個人的に敵視されることはあるけどあくまで個人間の問題で他の性質による気が合う気が合わないと同じようなものだと思っている。でもあんなに共感エントリーがついてるってことは、私の周りの環境がずっと特殊だったのかなあ。

2008-12-08

http://anond.hatelabo.jp/20081208222608

さすがにそれは先天的要因を軽視しすぎだろうし、仮に教育しだいでどうとでもなるにしても男女で分ける必要もないと思うが。現状は男女ともに全教科同じようにやってるのが不満なのか?肉体労働とかは男のほうが向いてるのは遺伝的に明らかと思うんだが、介護とかは腕力的に男がすべきとか思わないの?

2008-11-26

http://anond.hatelabo.jp/20081126220947

うーんなにぶん昔のことなのであまり覚えてないし塾なんかも通ってなかったんで私の楽しいに君のそれが一致するかはわからないが、

  • 試験前に見返すためのノート(全教科が入っているもので特に統計をとってみて苦手な分項目+みると安心する項目)というのを目次付きで何冊か作る
  • 模試Z会の傾向を徹底的に解析して予想問題集を作り的中回数をグラフにつける
  • 数学の問題で目についたものをとりあえずメモ用紙などに書いて「数学問題ボックス」に放り込んでおき、一日3問??10問くらいそのボックスから問題を引いて解く、解けなかったものは戻す
  • 何日で一冊の問題集が終わるか試してみる
  • 一度やった問題集を複数回繰り返すとどれだけタイムが短くなるか試してみてグラフにつける
  • 速読英単語の和文を英訳する。意味が通じていればOKとする
  • ひたすら構文解析
  • 海外ドラマ台詞をディクテーション・まねして遊ぶ
  • 洋楽縛りでカラオケ

とかまぁそんな感じのことをやった

まぁ多分そんな珍しいことではないと思うが。普通参考書をといたりとかもしてたけど。

2008-11-04

http://anond.hatelabo.jp/20081104232353

小学校先生って一通り全教科できないといけないから、水泳とか音楽とかもできないといけないと聞いた1969年生まれの俺。ちなみに橋本知事も同じ年のはず。

いまじゃ違うのかなぁ。

今はオルガンとか無くなってるのか?

専門の先生っていたっけなー。あ、図画工作の専門の先生は覚えている。

2008-10-19

http://anond.hatelabo.jp/20081019032147

大阪経済的衰退は経済政策の決定的失敗が大きいというのは別に間違ってないでしょう。

日教組については確かにそう。全教がそこそこ強い。ただ全教足しても他府県より左翼労組が強いかというと微妙かな。どちらにしても橋下なんかは日教組と言ってるので理解はしていないと思われ。ってか日の丸ageようがsageようが学力は変わらんのでそもそも労組のせいで子供がバカになったという論自体が根本的に筋悪い。逆に日教組の唱える少人数学級を実施してたら教育は劇的に良くなってたかもね。

創価アカが強いという点については、創価が強いのは合ってるけど、アカが強いというのは微妙。確かに1970年代共産党知事が出たことがあるけど、それを除くと基本的にはやはり保守が強い。自民公明が一体化してからはほぼ保守王国と言ってもいい。アカが強いのは京都ですな。

大阪敬遠された理由が労組というのは全然違うと思う。大阪衰退の原因になった「大阪から逃げた企業」は最初から御用労組を持っている大手メーカーだ。純粋経済的に彼らが大阪に踏みとどまる利点を大阪が提示出来なかったということに尽きる。潤ってた当時に経済政策を破滅的に間違ってしまい、大阪経済の壮大な墓標としてWTCのようなものが残った。

先代知事の頃にシャープ必死誘致とかしてるけどああいうのを大阪がもっと栄えてた時代にやっていたら今の大阪は違っていたはず。労組が悪い教育が悪いという総括は溜飲下げるには良いのだけど何もしないのと変わらんよ、ほっといたら衰退する以上この方向性では悪くなっても良くはならない。ちゃんと経済問題と向き合わなきゃダメ。今から向き合って間に合うかどうかは知らないけどさ。先代の太田なにげによく頑張ってたのだけど「全てが手遅れ」というふいんき漂ってるんだよな。

http://anond.hatelabo.jp/20081018182055

ハコモノで衰退」はあまり合理的な説明じゃないなあ。宿題のせいとは言わんけど。

一般的に言われる所では、大阪の衰退は工場三法と東京一極集中のおかげで、バブル以前からの傾向。

それと大阪日教組が分裂して共産党系の全教が結構強い。大阪創価アカが強いんだよ。

これも貧乏人が多いせいだろうが、それは教育労組がガンではないという論拠にはならないね。

つか関西教育関係に限らず異様に労組が強い。これも企業投資敬遠する一因になっていた。

2008-10-11

統計分析を批判して「通」ぶりたい人向けの記事

自分にとって不愉快統計分析が出ると「相関関係であって因果関係ではない」というのは定番だ。逆に自分にとって好都合だとまったくそういわないのも定番中の定番だが。相関関係であって因果関係ではない」というのはとてもわかりやすいし汎用的だ。しかしそれゆえみんな口々に言うようになってしまった。その結果「相関関係であって因果関係ではない」だけではもはや通ぶれず、自分に不都合な意見を批判しながら自己顕示欲を満たすことはできない。そこで「相関関係であって因果関係ではない」ほど汎用的ではないが、わかりやすフレーズ発表してみよう。それは「勝手に自分で指標をつくるな」だ。題材は「組合と学力に関連性はあるか? 低学力地域は日教組票多く」。ポイントは「学力とはいったいなにか?」ということだ。記事によると「小中2学年の全教科の全教科の今春の平均正答率の合算」だ。どこが問題なのだろう、具体的に考えてみよう。正答率だと面倒くさいので平均得点とする。A, B, Cという3つの県があったとする。テスト対象数学国語としよう。テストの結果は次のようになった。

科目 A B C
数学 50 70 60
国語 60 30 10
合計 110 100 70

単純合計ではA県がトップだ。従って産経新聞の分析ではA県の生徒がトップということになる。しかしそれでいいのだろうか?よくないだろう。同じ70点でも平均50点のテストにおける70点と平均80点における70点は異なる。また同じ「平均点プラス10点」でも得点分布のばらつきによって異なる。こうしたことを考慮しなければならない。こうしたことを考慮すると例えば平均からの差を得点分布のばらつきである標準偏差で割った数値の合計で比較する方法が考えられる。これは次のようになる((慣れないopenofficeでやったのでミスがあるかもしれない))。

科目 A B C
数学 -1 1 0
国語 1.0 -0.13 -0.93
合計 0.06 0.87 -0.93

平均との差を標準偏差で割ったものだとB県が一番ということになる。単純合計よりましだが、この指標にだって問題がないわけではなく完璧ではない。それについては置いておくとして、要はいくつかの指標から比較可能な((正確には比較に意味がある))指標を作り出すのは難しいのだ。逆に言えば分析者の作った指標についてはつっこみが入れやすい。公正な指標を作り出すのはほとんど不可能なので、ほとんどの場合「その指標は恣意的だ」という指摘が成り立つ。つまり自分に気にくわない統計的分析があり、それが自分で指標を作っていれば「その指標は恣意的だ。勝手に自分で指標をつくるな」といえばいいのだ。これからは「相関関係であって因果関係ではない」という馬鹿の一つ覚えを止めて、これを使って「俺は他の奴とは違うんだぜ」と自己満足に浸ってほしい。




それにしても「相関関係であって因果関係ではない」というのはよくいわれるのに、同じくらいわかりやすい指標の危うさについてはまったくいわれないなんて、日々自分に不愉快な分析に対して相関関係であって因果関係ではない」といってる人の素性がよくわかる。

2008-09-20

テスト全教科帰ってきた

合計は483点。

ヤバイな。本当に失敗した。

次は絶対頑張ろう。

それにしても家庭科。自分の組の授業の板書にだけ書いてなかっことが問題に出てた件。

そんなことを誰かが突っ込むと先生言い訳した。

「これは1学期の調理実習でやりましたから・・・。」

ふざけんな!

2008-06-25

国語談義

http://anond.hatelabo.jp/20080624134951

教師に恵まれなかった元増田には同情するけどそれで理解の範囲を自ら激しく限定してしまったのは何と勿体無い。

国語コミュニケーションの型を学ぶ教科だから指導者次第で大きく左右されるのは仕方ないかも知れないけど。


私が仮に元増田のような子供に授業をする国語教師なら教科書を渡して「ここからここまでの範囲をカバーするテスト問題を一度自分で考えてきて」とやるかな。で、それをクラスの他の子達に解かせる。

問題を実際に作ってみると出題者の意図想像できるし(全教科に応用可能)、本人の自己顕示欲も満たせて、うまくすればクラスメート達との交流も深まると。

クラスでローテーションさせて小テストの出し合いにするのもいいね。二手に分かれてのディベートもいい。こんな事はもう全国の小中学校普通にやってることだけど。

後は授業ごとに必ず一つの疑問点を紙に書かせるようにして、次回の授業の頭に回答をまとめて発表する。

とにかく対話する機会を多く設ける。担当教師が嫌だというならそれ以外にも相手を拡大してやる。

とりあえずこんな感じだろうか。

教師に反抗しながらでも、自分の意思伝達や他者との言葉キャッチボールが満足にできるようになればそれで目的達成できたようなものだから。

2008-06-20

1984年生まれの見た世界

幼稚園年長(1990年度)

記憶にある時事ニュースで最も古いものは幼稚園児代。

先生砂場で遊んでる自分たちに向かって

「海の向こうでは今『せんそう』(湾岸戦争)が起こってます。

なんで人は殺し合うんでしょうね・・・」

というようなことを言ったのがそれで、その時はとにかく

「遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こってるんだ・・・。」

くらいにしか感じなかった。

あの先生がそうつぶやいた日の空は澄み渡ったきれいな青空で、

平和そのものの天気」と「遠くにあるおそろしいもの」がひどく対照的で違和感を感じた。


小学校低学年(1991-1992年度)

父はある日「すごいお土産だぞ」と、

灰色でかわいくて格好いい形をした機械を持ってきた。

パイロットウイングス

あの頃、飛行機を巧く操縦できる奴は神だと思った。

機体を傾け、緑の輪をくぐる。静かな着地。

教官のきつい言葉に、甘やかされていた俺はたじろいだ。

当然ながら一緒に買ったマリオばかりプレイしていた。


少し経ち、マリオカートぷよぷよを持った友達の家に皆が遊びに行くようになる。

スト2はみんな持ってた。↓R↑LYBXA。

子供らしく野球だの公園遊具だので遊ぶこともあったが、

おれらはもっぱら「ファミコン」。

プールや川で波動拳ソニックブームしたり春麗で興奮したり。

もう、昔何やってたなんてそのくらいしか思い出せない。

信号機を自在に操れる熊の親父とか。


小学校中学年(1993-1994年度)

クラスで元気のいい女子が「スナックがかっこいい」だの同級生を

ヤマタク」なんて略して呼んだりするのが流行ってた頃、

テレビでは米不足米不足うるさかった。

小3か小4の頃。そーりだいじんは

「名前の読みにくい徳川家康の子孫」や「眉毛ぼーぼーの爺さん」で、

なんとなく面白く感じていた気がする。

暗闇の中、ベッドから飛び起きて「何事か」と

あわてふためいてる映像ばかりテレビに映っていた頃、

向こうから一時的に「疎開」のような形で来た転校生

関西弁ペラペラ」なだけで人気者だった。


この頃の記憶は割とある。

バブルが・・・」「バブルのせいで・・・」と大人がよく言っていた。

バブルというのは何か「イベント」か「夢」か、

なんか今苦しんでる(ように大人が見える)原因のようなものなのかなあ、

漠然とした理解しかなかった。

バブルなんかよりも目先のジーンダイバーとか恐竜惑星の方が重要だった。

フルハウスとかアルフの方が大切だった。

横取り40万とか嘘つき四択とかヤングチームとかNGワードとかの方が

小学校中学年の俺らにとっては刺激的だった。


小6(1996年度)

自分で自分を褒めたいアトランタオリンピックはよくわからんまま終わった。

男子は全員ポケモン。「ミュウの出し方分かった・・・!!!」と、

どこかで聞いた情報を興奮気味に話す奴とか。

そんなものに皆が夢中の中、クラスの「最先端野郎」は

ペラペラキャラがラップするゲームをやっていてすごくおしゃれに見えた。

6年時、その「機械」を持っていること自体がある種のステータスだった。

田舎だったから特に。


余談だが、「1984年度」生まれは1991年=小1、1992年=小2、

と一の位が学年なので西暦を言われると何年生だったかがすぐ分かって便利。


中1(1997年度)

そして俺たちは人生の中で最もださく恥ずかしい時代を迎えた。

例のあれの時は「赤い実はじけた」中1だったが

「あんたと年が近いのにあんな残酷なことするなんてねえ・・・怖い時代だねえ」

なんてよく大人から言われた。一方おれらは、

ナイフで生きた屍を切り裂いたり脳天をショットガンで撃ち抜くことに夢中だった。

気が付けばクラス男子のほとんどがあの「うすっぺらでCDを入れて遊ぶ機械」を持っていた。

一時期、どこでも買えなくてイライラしていた。

中1の冬は原田笑顔にしびれた。彼らは本当に格好良かった。


中2(1998年度)

ドラエモン」が流行した。

一番強かった奴(モンスター系統図の完全な情報を持っている奴)は

「あいつんち、『インターネット』ができるらしいね」

と言われていて羨ましかった。学校では出来なかった。

ていうか誰もパソコンなんて持ってなかった。

グレイとかラルクとか、「なんとなく格好いい」ものが増えてきた。


中3(1999年度)

あの日までカウントダウンしておびえていた。

結局あの日(月)はなにもなかった。

地域振興券使わしてくれ使わしてくれとずっと言っていた。

卒業間近、学校で「インターネットPC)」の学習をするための教室が出来た。

OSは2000Proでメモリ256MB。

家のボロパソがメモリ64MBだったからか「超」最先端に感じた。

数回しかなった情報の授業中、

好きなバンドを検索すると掲示板のようなものが結果の上位に出てきたのでクリックした。

口汚く罵倒されていて身が震えて泣きそうになった。

ハンドルネームを誰もいれていないのが非常に不気味だった。


・・・社会的経済的な用語とはいえ、

ここまでの人生を「失われた10年」なんて言われた。

俺たちは何かを得たし、間違いなく楽しく生きていた。


高1(2000年度)

ミレニアムミレニアムうるさくなった。

高校は、全教室にネットの使えるパソコンが設置された。

部活が楽しすぎてゲームはほとんどやらなくなった。

進化を遂げた機械」は発売日に買ったが大学2年まで

ファンタビジョンしか持ってなかったのはいい思い出だ。

DVDプレイヤー代わりだったもん。


ミレニアムだの新世紀だので盛り上がっていたころからだ。

どこに行ってもカチカチやってる奴が増えたのは。

最初、ちらほらと増えていく「カチカチ病」に違和感を持っていたが

自分が感染するのに時間は掛からなかった。

田舎なのに、7??8割は所持していた様に思う。

auじゃないやつが心底羨ましかった。

小遣いが多かったのか料金親持ちだったのか知らんが、

docomoってだけで「裕福な家庭死ね」なんて思ったものだ。



高2(2001年度)

音楽家のような髪型のおっさんが総理大臣になっていて笑えた。

高2の運動会前日。遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こってるようだった。

開会式でも全くふれなかったのが今思うと印象的だった。


CDを小さいデータに変換してパソコンにたくさん詰めこんで、

それをMDプレイヤーより小さい機械にたくさん詰めこめる」

ということを説明するのは当時、骨が折れた(今もあまり変わってない気がするが・・・w)。

マッキントッシュを作っている会社が白色でかわいくて格好いい形をした機械を世に出した。

全く流行らなかったし、説明しても誰も興味を持ってくれなかった。

MDの方が格好いい」「“えむぴーさん”だっけ?オタクくさいね」

なんて言われたり。俺は流行らないと思った。

パソコン音楽を取り込む」こと自体が一般人にとって非常に抵抗のある行為だという感覚は理解出来たから。



高3(2002年度)

W杯休み時間の談話室(テレビがある部屋)の盛り上がりがすごかった。

高校卒業してからゆとりだのなんだの言われ始めた。

その頃「ゆとり」という言葉は非常に美しく感じられた。

複素数を知らないこどもたち」


大1-大3(2003-2005年度)

大学文系学部だったが

常時接続が安く使える時代突入」+「工学部情報系学科の知人との出会い」で、

高校リア充だった自分が一気に地に落ちることとなった。

その知人は「本名出して私生活を晒しまくる」ウェブサービスを教えてくれた。

本名顔写真・所属している(していた)集団と私生活全部暴露。

変態か?」これが最初見たときの素直な感想

今でこそ「知人以外には非公開」が多いけど、

当時はとにかく誰も彼も晒しまくり。俺は使うのに気が引けた。

携帯さえあれば、とりあえずコミュニケーションには事欠かない。


そのころ「文中にやたらと下線が引いてあるブログ

を目にすることが多いのに気付いた(それまで気付いてなかっただけかもしれんが)。

シンプルで、どことなくおしゃれなデザインだが書いている内容は気持ち悪いものが多い気がした。

冴えない青年は綺麗な女性を助けて本になって皆に読まれた。

その頃大学内で「それっぽい」奴は「萌えってどういう意味?w」だの

「お前の時代来たぞw」とかからかわれていた。

そして街に、キャンパス内に、増えていく白い機械

ホリエモンだの球団再編だの買収だのヒルズだのセレブだの勝ち組だの負け組だの格差だの、

なんとなくカオス

いつの間に「無職」の状態を「ニートやってるんでw」なんて明るく言えるようになったんだろうか。


大4(2006年度)

就活は、売り手市場なんて実感はなかったが内定先は大手メーカー

ブラックを避ける」という消去法で選んだ。



社1(2007年度)

街はパカパカ開け閉めする機械であふれた。

家ではリモコンで遊ぶ奴が急増。

ファミ通の売上チャートを見て(10年前から毎週見てるが)頭がくらくらした。

他はサブプライムローンがどうこう、原油高がどうこう、環境が、民主党が、

安倍さんが、携帯小説が、もう、断片。

・・・食品会社に行った知人はえらくストレスを抱えている様子だった。


社2(2008年度)

最近中国あたりが色んな意味でアツイ。

相変わらずの原油高は鬱陶しい。台湾もなんか変。

そう言えばちょっと前は、遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こっていたようだ。

傍観していた人がその動画を撮ってアップしたりそれが罵倒されたり。派遣がどうこう。


さいごに

俺はこんな感じだが、他の俺「たち」はどうか知らない。

俺は約150万人いる「1984年生まれ」の中の一人に過ぎない。

高校携帯を持ち、家ではPCを夜11時からネット繋ぎ

大学ではADSLになってブログだのmixiだのでどうでもいい自分語りをしていた人間だ。

そして今は匿名ブログはまっている

それだけだ。

- 転職ならen
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