はてなキーワード: 全教とは
TOEIC平均点が600点台とかだっけ…。
これって結局ソースあったの?
http://oku.edu.mie-u.ac.jp/~okumura/blog/node/2560
いくらなんでも英語教員のTOEIC平均がこれでは低すぎると思って,調べてみた。 きょういくじん会議>小学校教員のTOEIC平均スコアは582点―IIBC調査 によれば,
2007年度に行われたTOEICの公開テストで、実施時に行っている職業についてのアンケートで、小学校教員と答えた受験者の平均点が582点であることがわかった。中学校教員と答えた受験者の平均は682点、高校教員と答えた受験者の平均は745点だった。
ということで,これは英語の教員だけでなく全教科の教員であり,しかも自発的に受験した人だけであるので,参考にはならない。しかし朝日に載った値よりずっと高い。ちなみに中高の英語教採で一次専門免除になるのはTOEIC 900点くらいらしい(教員採用試験とTOEIC*: えいごろりん)。
最初に戻ってよく考えてみると,朝日に載った560点,620点というのも,文脈から英語教員の平均点だと思い込んでいたが,はっきり書いていないところにトリックがあるのかもしれない。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6277821.html?from=randq
↑俺はこの質問者の気持ちがよくわかる。
どうしてこういう誤解をするかというと、「完璧」の定義が最初から違うからなんだ。
つまりこういうこと、テストを受ける、俺は100点のつもりでテストを受けるわけ。100点じゃなきゃダメなんだ。99点じゃダメ。どうダメかっていうと0点と同じなんだ。だから1問目から順に解いていって、解けないところがあればそこで終わり。もうどうでもいい。こんなイラつくものは破り捨ててしまうしかない。100点取れないクソな自分だけが残る。
ところが先生はこう言うんだ。問題全部を見渡して、できるところからやりなさい、って。なるほど、そうすればその人の今現在のその能力がどの程度なのか測れるってわけだ。そしてその当人にとって「ベストを尽くした状態」なわけだな。
この「当人にとってベストを尽くす」ことを持って「完璧」と考えてる人がほとんどなんだ。この世界では。そしてそれは現実的だし、正しいのだろう。
ところがそういう風な基準をどうしても持てなかった人がいるんだよ。俺もその一人なんだ。その人にとっての「完璧」は当人の外部にある。だからその人が考える完璧はもう本当に完璧のことであって、ファンタジーでしかない。センター試験で全教科満点を取った人がいるのかはわからないけど、満点じゃなきゃダメなんだ。小学校からずっとオール5じゃなきゃだめなんだ。図工や音楽や体育も。ところがそんなことは無理。
それは頭ではわかってる。でも感覚がついてこない。どれもこれもダメだ。自分は本当にダメだ。もうこんなどうでもいいものは投げ出してしまえ。そして中途半端の山が築かれる。それを見て人は言う「これのどこが完璧主義なんだ」と。
違う、君たちの言う完璧とは意味が違うんだ。俺にとっては君たちは何もしてないのと同じだし、俺もそうだ。そして俺は自分のダメさにおかしくなりそうだ。君はならないのかい?
俺はいつもズタボロになって生きている。だって人付き合いでも全員に好かれないとダメなんだよ俺基準では。そんなことできるわけないじゃん。頭ではわかっていても、、、。
俺はいつもズタボロになって生きている。
※「2位じゃダメなんですか?」のあの人を完璧主義だとは思わない。なぜなら完璧かどうかにとって、順位はどうでもいいからだ。例え1位でも99点なら意味はないのだ。
http://anond.hatelabo.jp/20100308183630
私は2,3冊しか森さんの著書を読んだことがありません。
ともあれ、森毅さんのご冥福をお祈りします。
以下、つっこみ。
この再掲された増田は、いまはウダツのあがらないサラリーマンで、その原因は、(森の思想に影響されて)大学生時代に怠惰に過ごしたことにある、と本人は考えているようだ。
怠惰といっても、勉強しないで友だちとしゃべったり、マンガ読んだりと、ふつうクラスの怠惰だろう。大学生ならありがちだ。
だから、この再掲された増田が言うには、自分のように地頭がよくない人間は、受験のときの勉強の習慣を崩すべきではなかった、ということらしい。
で、こんなんなってしまったのは森のせいだと。
そんなときに、森が著書の中で
「ええかげんでいいんや。大学では勉強なんてしなくていい。エリートは勝手に育つもんだ」
と主張していたのに、救われた気がした。
再掲増田は、この言葉で受験時代に救われたそうだ。そして、この言葉に人生を狂わされたと。
だが、森の言っていることは、ぜんぜん間違ってないと思う。
つまり、再掲増田は、「エリートじゃなかった」ということだろう。勝手に育たなかったんだから。
自分の現在を「ウダツのあがらないサラリーマン」とか言うのはいいけど、じゃあ、どのようなイメージが「自分のあるべき姿」ということになるのだろう。
なんだか、再掲増田の文章を読んでいると、勉強をしていれば、自分は、「エリート」とか「成功者」になれた、と暗に言っているようにしか見えない。
とわざわざ書いているのも、それを支持するように思う。
本当に自分がやりたいことを模索して、選択して、一心不乱に勉強する……それが大切な時期なのだ。
ただですら、怠惰に流れがちなのだから。
と再掲増田自身が書いているように、「本当にやりたいこと」が見つかるかどうかだろう。
受験勉強と違って、人生では、「全教科を極める」などということはできない。時間は有限だ。みんな必ず死ぬ。
老人はもうすぐ死んで、若者には無限の未来がある、などということはありえない。みんな平等に、カウントダウンの真っ最中だ。
だから、勉強するのは、その見つけた目標を達成するためだ。そのための必要最低限で十分だ。
もし再掲増田の勉強の習慣が崩れたのなら、それは再掲増田に向いた習慣ではなかったのだ。もともと持続不可能だったのだ。
だから、再掲増田がすべきだったことは、自分のやり方を模索することだったはずだ。
「やりたいこと」だって、大学在学中に見つかれば、かなり運のいいほうだと思う。
再掲増田は、「地頭が悪い」と口では言いつつ、それを本当には認めていないのではないか。
オレもこういうおじさんになるんじゃないかと心配だ。
森毅さんのご冥福をお祈りします。
この時期になると大学生向けに読むべき100冊みたいなリストが出回る。
あんなリストを真に受ける人も少ないだろうが……はっきり言って悲しくなるくらいお粗末だ。
ずらっと並べられた古典名著。あまりに埃の被ったラインナップにがっかりする。
こういった学問には「原書病」とでも言うべき、くだらない風習が根強く残っている。
原典や本文を極度に重視するのは不健全だ。それ自体は面白いとしても、その後発展と整理を経て洗練されている。
歴史的興味以外であえて出発点に戻る価値はすごく小さい。そんなところに本当の「教養」は存在しない。
難解で時代遅れな文章と格闘したって、趣味以上のものにはならないし、考える力は湧いてこない。絶対誤読するし。
そこで本当に頭を強くしたい人が読むべき書籍リストというものを作った。
これは単なる学問という空気に浸ってみたい人が読むものじゃなくて、日常に根ざした本物の力を分けてくれるものだ。
この100冊さえ読めば考える素材に困らないだけでなく、コミュニケーションの強者にもなれる。
飲み会で古臭い古典の話をしたって煙たがれるだけだが、この100冊をネタにすればそんなことにはならないし、
黙考はずいぶんと深くなるし、ブログのネタに応用すれば必ず一目置かれる。
選んだのは現代的で網羅的、そして極めて平易なもの。どの分野にも精通できるように色んなジャンルのものを配置した。
この100冊を大学生活のうちに読み切れば、必ずや一生の財産になるだろう。
ここに挙げられた本が、現代最新型にアップデートされた真の「教養」だ!
『逃走論』 浅田彰
『アメリカン・コミックス大全』 小野耕世
『よいこの君主論』 架神恭介
『おまえが若者を語るな!』 後藤和智
『シミュレーショニズム』 椹木野衣
『箆棒な人々』 竹熊健太郎
『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』 西寺郷太
『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』 ばるぼら
みんな乙かれ、
1999年ことを思い出しながら書いている。
激しい自意識の垂れ流しで、自分語りでウザイとおもうので、できればスルーしてくれればありがたい。
散々オカルト番組であおりまくっていたTV局は、実際に1999年7の月を迎えると
何事もなかったかのようにスルーしていた。
すげぇ落ちこぼれだった僕は、数学の時間の間この予言を信じて集団自殺した教団のこのことを考えながら、北斗の拳を読んで1999年の7月を過ごしていた。
7月1日ぐらいにはまだ少し「このクソみたな現実はおわってしまえばいいのにwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」のどきどきがあったのだが
致命的にヤバイ中間テストが返却されているころには、
そんなことはすっかり忘れてしまい、放課後近所の公民館のPCで2chで見えない敵と戦う現実にすっかり回収されてしまった。PCオタクの友達からは毎日のように海外のPC事情を浴びるほど聞かされた。若干15歳にしてエロゲオタクだった別の友達からはto heartのすばらしさと、leafの次にでる新作エロゲーの話を延々きかされ、「to heartだとマルチが一番かわいいな」と思ったころ、7月の予言のことはすっかり忘れていた。
いや、うちの高校は全教室にクーラーが一台も設置されていないという
昭和丸出しの校舎で、5月ぐらいには最高に居心地のいい図書館も7月にはいると
梅雨時期の蒸し暑さで、手の汗で今読んでいるページが汗でにじんでしまうほどだった。
当時の僕は、名作を読んでいればえらいと思っている馬鹿で、
文芸部員でもないのに司書の先生と仲良くなってしまった関係で、図書の貸し出し業務を行いながらひたすら、せっせと日本文学全集の読破に明け暮れていた。
実に『真面目』な文学少年だった僕は、ライトノベルをよんでいる連中をバカにするといった優越感ゲームを15歳にて展開し、理解できない岩波文庫をひたすらたたえるといった今考えると赤面もののアホだった。
音楽は毎日浴びるほど聞いていた。
PCオタクの友達がMIDIをやっていた。彼は、この曲を自分のHPにアップするんだとうれしそうに語り、毎日放課後にMIDIコントローラをいじっていた。僕にはさして興味がなく、彼のとなりでサイケロックを爆音でききなから、なんでおれは1960年代に生まれなかったのだと、自分の運命を呪った。
つまり、以上の書きなぐった文章からなにがいいたいのかというと
②創作をほとんどしなったという点。
高校時代に結局文芸部に入り新刊の紹介、大学時代に音楽批評みたいなのを少しやったぐらいで、基本的に延々受け手、しかもネタは2chから拾ってきたり、2ch見えない敵と日々戦っていたというのだからたちが悪い。
昨年度おおくの反対意見を押しきって強行された全国一斉学力テストが、はたしていかなる結果を生じたかを検討する慎重さを持つことなく、文部省は今年七月ふたたびテストをおこなう準備をすすめている。それは全教育の体系を国家権力に従属させようとする意図がますますあらわになって来たことである。
私たち日本文学協会は、前回の場合にも、教育の問題は一行政的見地から取り上げられるべきではなく、教師をはじめとする自由で民主的な国民的教育の場において推進されなければならぬことを主張して来た。
いったい学力とは何か、いかに伸ばされるべきかということは、子どもたちの自主的な判断力・活動力と、全国民の未来への望みの上に具体化されるはずのものである。一片の答案を、それも機械的にあらかじめ思考の範疇を限定した回答を選択するといった、受動的・偶然的そして知識偏重の結果のみを拠りどころとする学力の判定は、いかに子どもの未来をあやまるものであるかは明らかであろう。
私たちは日々の教室の現場で、教師の主体的な活動力が働くとき、子どもたちは生き生きと学力を伸ばすことを身をもって知っている。この方向こそが学力向上の唯一の進路である。
だから学力の問題は、学者・実践者がその総意をもって築き上げ、慎重に進められるべきものである。しかるにふたたび学力テストを強行しようとするのは、こうした国民の真の要求をいささかも取り入れず、行政権力を教育内容にまで介入させようとすることにほかならない。
私たちの態度はおのずと明らかである。今回の学力テストに反対し、その撤回に向かって働きかけ、もって未来の教育をその基盤から築いていこうとするものである。
あまり自分自身のことを振り返らないので、たまには振り返ってみようと増田になりすまします。
では簡単に、現在の私のことを書いておきます。
とにかく勉強というのが嫌いで、中でも宿題などの復習は、苦痛でした。
少し自慢のようになるのかも知れないですが、頭の出来じたいはそれほど悪いわけでもなかったらしく、
まあ、中学程度なのでそのような方はたくさんおられたと思います。
頭は悪すぎることはない、実際のレベルよりも少し下の偏差値の学校に入ると
更にあまり勉強せずとも留年はしないのではないか、といった考えのもと高校を探しました。
探しているうちに、商業科、工業科などの専門学科があることを知り、
それらは普通科の授業が、普通科よりも大幅に少ないという情報に辿りつきました。
商業科が少なく、頭が足りないか、余裕でいけるところの2択ぐらいしかありませんでした。
かっこいいから、という理由で、数少ない友人と一緒に工業科のデザイン系の学科の受験を受けました。
当時は、第一次と第二次とわかれて受験がありました。倍率が4倍と2倍ぐらいだったと思います。
この学校に入ると勉強しなくていいと、何故か当時は本当に思っていて、人生で一番勉強しました。
第一次はあっけなく2人とも落ち、友人は別の進路を選びました。
受験前日に、地元で同人誌即売会のイベントがあり、残念ながら2人で参加してしまいましたが、
それは小学生からのオタク歴を考えると、仕方のないことに思えます。
結局、甘くはなくデザインにも色々と勉強しなくてはならないことが多かったです。
カメラやビデオなどの授業もあり、露出の計算や、言葉を覚えることの量、
行ったことがないのでわかりませんが、普通科の方が種類の多さが少ないため勉強しやすかったと思いました。
また、勉強で追いつかない技術の面でのテストなど、留年の危機を3度ほど乗り越えての、ぎりぎりの卒業でした。
(デザイン系だったこともあってか、オタクな友人も増えました。(今でも数名とはやりとりが続いてます))
その時点で卒業が危うかったのですが、私は専門学校に通うことにしました。
オタク全開で、あまり大きな声でまわりの友人に進路は言えませんでしたが、
先行入学の権利のある受験の方を受けてしまい、少し早く進路が決定しました。
高校で生き別れた友人とも、同じクラスになり、オタクという強い絆を感じました。
マンガという単語が履歴書に載ってしまうことを承諾したような、強いオタクなのだから
さぞかし同人活動で東京には年に4回行くような猛者が集まるのだと思ってましたが、
実際はそうではありませんでした。私の、オタクとしての視野の狭さを突きつけられました。
当たり前ですが、少女漫画家、少年漫画家を純粋に目指す、キラキラの瞳の方がたくさんです。
同人誌?日本の歴史にはあまり詳しくなくって、などと返されることもしばしば。
漫画家を目指す上で、今では知識として持っていないのは勉強不足にも感じましたが、
そこは勉強嫌いな私が突っ込めることでもないので、オタク知識を分け与えました。
当の私も、同人活動はしたことがなく、漫画も描いたことないので、全くのど素人でした。
それはまわりも余りかわらず、マンガという単語を履歴書に残すには、浅い覚悟の人が集まったと思いました。
歴史は繰り返されました。
マンガを描くにも沢山の知識、それを上回る技術が必要でした。早々に後悔だけがつもりました。
唯一できたのは、高校時代に触ったおかげのフォトショップやイラストレーターの授業でした。
二年にあがり、進路の話しにだけのために私は学校にいき、たまに絵を描いて帰り、バイトをしました。
クラスじたいはクラス変えもなく、二年目の怠惰な空気の中、オタクの話しをだらだらとする、
私の通う学校は学校法人ではなかったため、早々に進路が決まると、
学校ではなく就職先にバイトとして入るなどといったシステムがあることを知りました。
勉強から遠ざかりたい、そんな思いで、思いつきのままに選んだデザイン会社で10月からバイトしながら、
やはりマンガもろくに描くこともなく、国への借金だけをこさえて卒業しました。
今でも、専門学校で得たものは、数名の友人と、私の駄目さの理解であったと思っています。
匿名だから安心したのか、普段よりも長くなってしまいました。
次書くとしたら、法律の話しまでいきたいです。
現場で実際にどんな感じで本を買ったり捨てたりしているかを書いてみます。
ボランティアのお母さんたちが手伝っている所もあります。
それは化学に置いちゃダメ! - 子育て歳時記 - 楽天ブログ(Blog)
http://plaza.rakuten.co.jp/honbon/diary/200905110001
小学校から『ぼくらの七日間戦争』が撤去されたそうだ。 - 北沢かえるの働けば自由になる日記
http://d.hatena.ne.jp/kaerudayo/20090515#p2
うちの学校にはどちらも入ってません。
水からの伝言は論外、七日間戦争は私が勤めた時に入っていなくて、
今が旬の児童向けの文庫を優先的に入れたいな、と。
うちの学校は本を買う、捨てるの判断は司書教諭の先生と相談の上、
校長・教頭に許可をもらってさらに市の決済を受けます。
・・・そんなわけはありませんW
国語なら掲載されている作者の他の作品や同じ傾向の他の物語など。
そんな学習に関する本と趣味的な本、読書をバランスよく入れるように心がけてます。
捨てる場合はあまりにも壊れたり汚れた本、
内容が古くなって学習に使えない本(市町村合併やら国の独立やらで結構これが多い)など。
でも本の冊数を増やせというお達しがあってそんな本を捨てられず
段ボールに詰めてしまっておくことも。
校長の一言で本が捨てられるか?
これはあるともないともはっきりは言えません。
ただ、幸か不幸かそこまで学校図書館に興味を持っている校長はほとんどいません。
そんなことがあったとしても学校の方針に意見を言う事は難しそうです。
今の小学生は「リアル鬼ごっこ」とかひぐらしとか携帯小説なども
お小遣いで買って友達同士でどんどん回し読みしてます。
昔ほど大きな影響を与えているとは思っていません。
ただ、いろいろな問題があって本に触れる機会が少ない家庭の子も多くいますし
どこの学校にもあればいいのに、と思いながら仕事をしています。
米アップル製の携帯音楽プレーヤー「iPod」を使った授業を、埼玉県松伏町の町立松伏第二中学校(金沢勝幸校長、生徒数625人)が始めた。アップルジャパン(東京)から42台を無償で借り、教師が考えた教材を使って授業をする。デジタル世代の生徒には「集中できる」と評判は上々だという。
<中略>各教科の教諭が教材ソフトを作成。美術なら、水彩画の下書きから色塗りまで各パターンをナレーションで説明。数学の計算問題を解く場合は文字で解き方を解説し、英語では動画を見ながら聞き取りをする。保健体育を除く全教科のソフトを収め、全校17クラスが交代で使いながら学んでいる。
授業を見学した保護者の中には「集団で学ぶ本来の姿ではない」との声もあったが、大西教頭は「生徒に評判がいいだけでなく、どうやったら興味を持たせられるか、ソフトづくりを通して教師の意識改革にもつながる」と話す。 アップルジャパンによると、同中への無償の貸し出しは特別なケース。貸し出しは新年度の1学期までのため、同中によると、その後はPTAが約40台購入予定という。
http://www.asahi.com/national/update/0330/TKY200903300325.html?ref=rss
つっこみが興味深い.「集団で学ぶ本来の姿ではない」と.
本来の姿ではないにもかかわらず学習効率が上がっているとすると,
それはそもそも学んでいる内容が「集団で学ぶべき内容ではない」ということなんじゃなかろうか.
単に教科書の理解だけで済む内容ならば,レベルに合わせたケアがちゃんとできない教育体制で教えること自体が変な話なわけで.
(レベルの違いを利用して教え合いをする,といった感じで集団を活かした学習スタイルだってありうるとは思いますが)
ITが教育を劇的に変えてくれると個人的には期待してますます.
まず全教科の学力をチェックする。本人に直接聞いてみること、成績表をチェックすること、必要なら簡単にテストしてみる。
あとは本人が将来何になりたいのか、とりあえず高校受験ではどのあたりの学校に行きたいのかを教えてもらう。
英語はどの程度の文法事項を理解しているかを聞いてみる。
理社については成績表を確認させてもらう。
国語については小学生レベルの漢字が読めない書けない、文章が読めない書けないは致命的なので、
もしそうだとしたら、そこに戻って指導をはじめる必要がある。
なぜ致命的かと言えば小学生レベルの国語が出来ないということは、
とりあえず定期テスト対策に漢字練習と読解問題を少しずつ解かせていけばOK。
好みの読書ジャンルを聞き出して、そのジャンルの本をたくさん読んでもらうのも効果的。
数学についても国語と同様で、小学生レベルの計算問題につまづきがないかチェックする。
小学生レベルの数学(というか算数)ができない場合は理科の化学・物理分野が危ぶまれるので
やはり克服しておく必要がある。
たとえば、少数の四則計算、分数の四則計算ができるかどうか確認してみるといい。
できていれば、中学段階でつまずいているところがどこなのかを把握し、そこから学習させていく。
授業には、解答・解説が丁寧で、要点のみを太字にしてあるようなシンプルな印刷で、かつ薄い参考書を選んで使用する。
英語の学力チェックは中一・中二の文法事項をまとめた小テストを用意して解かせてみる。
中一の小テストで8割取れていない場合は中一から学習をはじめる必要がある。
中一の小テストをクリアしていたら中二の小テストも解かせてチェックする。
中二のテストも8割とれるなら英語はとりあえず問題なしなので、
定期テスト対策をしてあげればいい。
中一、中二のどこかでつまづいている場合には、そこに戻って指導をする。
授業には、これは数学同様だが、
授業には、解答・解説が丁寧で、要点のみを太字にしてあるようなシンプルな印刷で、かつ薄い参考書を選んで使用する。
英語は基本的な文法をおさえることが第一。長文読解が第二、必要に応じて単語暗記が第三。
理科・社会については、成績表を見ればだいたいどの分野が苦手なのかわかる。
定期テストの出題範囲をおさえつつ、苦手な分野を一課ずつつぶしていく。
理社の指導は自習がメインになる。そうしないと指導時間が足りないから。
英国数を中心に指導することで、生徒自身が勉強のコツを理解してくれれば、
理社に関しては生徒にお任せでも何とかなる。
適度に宿題を出して分からないところを授業で聞いてもらう形式で良い。
学力チェックで生徒の現状を確認したら、高校受験の目標を知る必要がある。
こちらから目標を押し付けるのではなくて、どうなりたいのか、どうしたいのかをゆっくり聞いてあげると良い。
生徒が将来どんな方向を目指すのか、そのために高校はどのあたりを受験するのかをはじめに確認すれば、
どの教科をどの程度まで指導すれば良いのかが分かり、必要以上に力を入れなくて済むようになる。
特に、受けたい学校を早期に絞り込むことができれば、
たとえば英・数・国だけで受験可能な高校などを探し出して、効率的に対策に取り組むことができる。
自分で大型書店に足を運び、より生徒にフィットする参考書を探してきて紹介するほうがベターだと思う。
参考書を生徒に買ってもらう場合には、
まず親御さんに対して、その参考書がなぜ必要なのかを説明し、参考書代を出してもらうよう了解を取る。
もちろん無駄な出費はさけてもらうため、購入する参考書は精選する。
地域によっては、公立高校受験時に中学校の成績が重視される場合がある。
生徒や親御さん、家庭教師派遣センターやネットでの情報などを通して確認しておきたい。
メンヘラってのと、毎回の指導時間が1.5時間しかないのが厄介だね(普通は2時間)。
指導開始当初に、生徒がどうしたいのか、親御さんの期待していることは何かというのをよく聞いて、
無理の無い最終目標を設定をし、それを親御さんに納得してもらえないと途中で契約を切られてしまうかもしれない。
親御さんの期待したとおりに成績が伸びなかったから指導打ち切りになるケースはわりと良くある。
最近勉強のできる子はそれが理由でいじめられるってネタの文章がたくさん書かれてるけど、私は小学校の時の知能テストでIQ175って出て進学塾では小5の時に飛び級して小6受験クラスで授業を受けてて学校のテストは全教科100点以外取ったことがないどこから見ても「勉強のできる子」だったけど、特にそれが理由で虐められることはなかった。
良家の子女ばかりいるような私学にいたわけじゃなくて、むしろ暴力団員の子供とか結構いるような公立校。確かに浮いてはいたと思うけど、虐められるというよりは「宇宙人」扱いされてただけで、学級委員長も児童会長もやった。
自分に「勉強ができる」ことが優れてることだって意識がそんななくて、単に自分とは違うロジックでものを見ているらしい他の人たちの思考経路が知りたくて対人関係は常にそういうスタンスで臨んでた。こちらも周りを宇宙人扱いして溢れる知的好奇心で相互理解を試みようとしていた感じ。
入試の成績1番で入った中高一貫の進学校では虐めの対象になったけど、別に成績が理由ではなかった。小学校の頃近所に住んでた同級生が男ばかりだったのでそのノリで同級生の男とジャンプネタとかで盛り上がってたら「男に色目を使っている」とされて同級女子からハブにされた。机の中をゴミだらけにされたこともあるし、椅子の上に画鋲を置かれたこともある。体育等のペアでやらなきゃいけない体操とかでいつも余って先生と組むことになるのには閉口したけどそれ以外は特に困ることもなかったので勝手にしろって感じで毅然と振る舞ってたら事情を知らない人たちからは「周りの女子が畏れて距離を置いている」と受け取っていたようだ。
そんなわけであまりあのエントリーはぴんとこない。受け取り方とか対処の仕方とかの問題ではないのかなと思わないでもない。「口が立つ女」を嫌う男から個人的に敵視されることはあるけどあくまで個人間の問題で他の性質による気が合う気が合わないと同じようなものだと思っている。でもあんなに共感エントリーがついてるってことは、私の周りの環境がずっと特殊だったのかなあ。
うーんなにぶん昔のことなのであまり覚えてないし塾なんかも通ってなかったんで私の楽しいに君のそれが一致するかはわからないが、
とかまぁそんな感じのことをやった
大阪の経済的衰退は経済政策の決定的失敗が大きいというのは別に間違ってないでしょう。
日教組については確かにそう。全教がそこそこ強い。ただ全教足しても他府県より左翼系労組が強いかというと微妙かな。どちらにしても橋下なんかは日教組と言ってるので理解はしていないと思われ。ってか日の丸ageようがsageようが学力は変わらんのでそもそも労組のせいで子供がバカになったという論自体が根本的に筋悪い。逆に日教組の唱える少人数学級を実施してたら教育は劇的に良くなってたかもね。
創価とアカが強いという点については、創価が強いのは合ってるけど、アカが強いというのは微妙。確かに1970年代に共産党の知事が出たことがあるけど、それを除くと基本的にはやはり保守が強い。自民と公明が一体化してからはほぼ保守王国と言ってもいい。アカが強いのは京都ですな。
大阪が敬遠された理由が労組というのは全然違うと思う。大阪衰退の原因になった「大阪から逃げた企業」は最初から御用労組を持っている大手メーカーだ。純粋に経済的に彼らが大阪に踏みとどまる利点を大阪が提示出来なかったということに尽きる。潤ってた当時に経済政策を破滅的に間違ってしまい、大阪経済の壮大な墓標としてWTCのようなものが残った。
先代知事の頃にシャープ必死誘致とかしてるけどああいうのを大阪がもっと栄えてた時代にやっていたら今の大阪は違っていたはず。労組が悪い教育が悪いという総括は溜飲下げるには良いのだけど何もしないのと変わらんよ、ほっといたら衰退する以上この方向性では悪くなっても良くはならない。ちゃんと経済問題と向き合わなきゃダメ。今から向き合って間に合うかどうかは知らないけどさ。先代の太田はなにげによく頑張ってたのだけど「全てが手遅れ」というふいんき漂ってるんだよな。
自分にとって不愉快な統計分析が出ると「相関関係であって因果関係ではない」というのは定番だ。逆に自分にとって好都合だとまったくそういわないのも定番中の定番だが。「相関関係であって因果関係ではない」というのはとてもわかりやすいし汎用的だ。しかしそれゆえみんな口々に言うようになってしまった。その結果「相関関係であって因果関係ではない」だけではもはや通ぶれず、自分に不都合な意見を批判しながら自己顕示欲を満たすことはできない。そこで「相関関係であって因果関係ではない」ほど汎用的ではないが、わかりやすいフレーズを発表してみよう。それは「勝手に自分で指標をつくるな」だ。題材は「組合と学力に関連性はあるか? 低学力地域は日教組票多く」。ポイントは「学力とはいったいなにか?」ということだ。記事によると「小中2学年の全教科の全教科の今春の平均正答率の合算」だ。どこが問題なのだろう、具体的に考えてみよう。正答率だと面倒くさいので平均得点とする。A, B, Cという3つの県があったとする。テストの対象は数学と国語としよう。テストの結果は次のようになった。
| 科目 | A | B | C |
| 数学 | 50 | 70 | 60 |
| 国語 | 60 | 30 | 10 |
| 合計 | 110 | 100 | 70 |
単純合計ではA県がトップだ。従って産経新聞の分析ではA県の生徒がトップということになる。しかしそれでいいのだろうか?よくないだろう。同じ70点でも平均50点のテストにおける70点と平均80点における70点は異なる。また同じ「平均点プラス10点」でも得点分布のばらつきによって異なる。こうしたことを考慮しなければならない。こうしたことを考慮すると例えば平均からの差を得点分布のばらつきである標準偏差で割った数値の合計で比較する方法が考えられる。これは次のようになる((慣れないopenofficeでやったのでミスがあるかもしれない))。
| 科目 | A | B | C |
| 数学 | -1 | 1 | 0 |
| 国語 | 1.0 | -0.13 | -0.93 |
| 合計 | 0.06 | 0.87 | -0.93 |
平均との差を標準偏差で割ったものだとB県が一番ということになる。単純合計よりましだが、この指標にだって問題がないわけではなく完璧ではない。それについては置いておくとして、要はいくつかの指標から比較可能な((正確には比較に意味がある))指標を作り出すのは難しいのだ。逆に言えば分析者の作った指標についてはつっこみが入れやすい。公正な指標を作り出すのはほとんど不可能なので、ほとんどの場合「その指標は恣意的だ」という指摘が成り立つ。つまり自分に気にくわない統計的分析があり、それが自分で指標を作っていれば「その指標は恣意的だ。勝手に自分で指標をつくるな」といえばいいのだ。これからは「相関関係であって因果関係ではない」という馬鹿の一つ覚えを止めて、これを使って「俺は他の奴とは違うんだぜ」と自己満足に浸ってほしい。
それにしても「相関関係であって因果関係ではない」というのはよくいわれるのに、同じくらいわかりやすい指標の危うさについてはまったくいわれないなんて、日々自分に不愉快な分析に対して「相関関係であって因果関係ではない」といってる人の素性がよくわかる。
http://anond.hatelabo.jp/20080624134951
教師に恵まれなかった元増田には同情するけどそれで理解の範囲を自ら激しく限定してしまったのは何と勿体無い。
国語はコミュニケーションの型を学ぶ教科だから指導者次第で大きく左右されるのは仕方ないかも知れないけど。
私が仮に元増田のような子供に授業をする国語教師なら教科書を渡して「ここからここまでの範囲をカバーするテスト問題を一度自分で考えてきて」とやるかな。で、それをクラスの他の子達に解かせる。
問題を実際に作ってみると出題者の意図も想像できるし(全教科に応用可能)、本人の自己顕示欲も満たせて、うまくすればクラスメート達との交流も深まると。
クラスでローテーションさせて小テストの出し合いにするのもいいね。二手に分かれてのディベートもいい。こんな事はもう全国の小中学校で普通にやってることだけど。
後は授業ごとに必ず一つの疑問点を紙に書かせるようにして、次回の授業の頭に回答をまとめて発表する。
とにかく対話する機会を多く設ける。担当教師が嫌だというならそれ以外にも相手を拡大してやる。
とりあえずこんな感じだろうか。
教師に反抗しながらでも、自分の意思伝達や他者との言葉のキャッチボールが満足にできるようになればそれで目的は達成できたようなものだから。
「海の向こうでは今『せんそう』(湾岸戦争)が起こってます。
なんで人は殺し合うんでしょうね・・・」
というようなことを言ったのがそれで、その時はとにかく
「遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こってるんだ・・・。」
くらいにしか感じなかった。
「平和そのものの天気」と「遠くにあるおそろしいもの」がひどく対照的で違和感を感じた。
父はある日「すごいお土産だぞ」と、
灰色でかわいくて格好いい形をした機械を持ってきた。
あの頃、飛行機を巧く操縦できる奴は神だと思った。
機体を傾け、緑の輪をくぐる。静かな着地。
少し経ち、マリオカートやぷよぷよを持った友達の家に皆が遊びに行くようになる。
スト2はみんな持ってた。↓R↑LYBXA。
おれらはもっぱら「ファミコン」。
もう、昔何やってたなんてそのくらいしか思い出せない。
信号機を自在に操れる熊の親父とか。
クラスで元気のいい女子が「スナックがかっこいい」だの同級生を
テレビでは米不足米不足うるさかった。
小3か小4の頃。そーりだいじんは
「名前の読みにくい徳川家康の子孫」や「眉毛ぼーぼーの爺さん」で、
なんとなく面白く感じていた気がする。
暗闇の中、ベッドから飛び起きて「何事か」と
この頃の記憶は割とある。
「バブルが・・・」「バブルのせいで・・・」と大人がよく言っていた。
なんか今苦しんでる(ように大人が見える)原因のようなものなのかなあ、
と漠然とした理解しかなかった。
バブルなんかよりも目先のジーンダイバーとか恐竜惑星の方が重要だった。
フルハウスとかアルフの方が大切だった。
横取り40万とか嘘つき四択とかヤングチームとかNGワードとかの方が
自分で自分を褒めたいアトランタオリンピックはよくわからんまま終わった。
男子は全員ポケモン。「ミュウの出し方分かった・・・!!!」と、
どこかで聞いた情報を興奮気味に話す奴とか。
ペラペラのキャラがラップするゲームをやっていてすごくおしゃれに見えた。
6年時、その「機械」を持っていること自体がある種のステータスだった。
田舎だったから特に。
余談だが、「1984年度」生まれは1991年=小1、1992年=小2、
と一の位が学年なので西暦を言われると何年生だったかがすぐ分かって便利。
そして俺たちは人生の中で最もださく恥ずかしい時代を迎えた。
例のあれの時は「赤い実はじけた」中1だったが
「あんたと年が近いのにあんな残酷なことするなんてねえ・・・怖い時代だねえ」
なんてよく大人から言われた。一方おれらは、
ナイフで生きた屍を切り裂いたり脳天をショットガンで撃ち抜くことに夢中だった。
気が付けばクラスの男子のほとんどがあの「うすっぺらでCDを入れて遊ぶ機械」を持っていた。
一時期、どこでも買えなくてイライラしていた。
一番強かった奴(モンスター系統図の完全な情報を持っている奴)は
と言われていて羨ましかった。学校では出来なかった。
ていうか誰もパソコンなんて持ってなかった。
グレイとかラルクとか、「なんとなく格好いい」ものが増えてきた。
あの日までカウントダウンしておびえていた。
結局あの日(月)はなにもなかった。
地域振興券使わしてくれ使わしてくれとずっと言っていた。
卒業間近、学校で「インターネット(PC)」の学習をするための教室が出来た。
家のボロパソがメモリ64MBだったからか「超」最先端に感じた。
数回しかなった情報の授業中、
好きなバンドを検索すると掲示板のようなものが結果の上位に出てきたのでクリックした。
口汚く罵倒されていて身が震えて泣きそうになった。
ハンドルネームを誰もいれていないのが非常に不気味だった。
俺たちは何かを得たし、間違いなく楽しく生きていた。
ミレニアムだの新世紀だので盛り上がっていたころからだ。
どこに行ってもカチカチやってる奴が増えたのは。
最初、ちらほらと増えていく「カチカチ病」に違和感を持っていたが
田舎なのに、7??8割は所持していた様に思う。
auじゃないやつが心底羨ましかった。
小遣いが多かったのか料金親持ちだったのか知らんが、
docomoってだけで「裕福な家庭死ね」なんて思ったものだ。
高2の運動会前日。遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こってるようだった。
開会式でも全くふれなかったのが今思うと印象的だった。
「CDを小さいデータに変換してパソコンにたくさん詰めこんで、
ということを説明するのは当時、骨が折れた(今もあまり変わってない気がするが・・・w)。
マッキントッシュを作っている会社が白色でかわいくて格好いい形をした機械を世に出した。
全く流行らなかったし、説明しても誰も興味を持ってくれなかった。
「MDの方が格好いい」「“えむぴーさん”だっけ?オタクくさいね」
なんて言われたり。俺は流行らないと思った。
「パソコンに音楽を取り込む」こと自体が一般人にとって非常に抵抗のある行為だという感覚は理解出来たから。
W杯。休み時間の談話室(テレビがある部屋)の盛り上がりがすごかった。
「複素数を知らないこどもたち」
「常時接続が安く使える時代突入」+「工学部・情報系学科の知人との出会い」で、
その知人は「本名出して私生活を晒しまくる」ウェブサービスを教えてくれた。
本名・顔写真・所属している(していた)集団と私生活全部暴露。
今でこそ「知人以外には非公開」が多いけど、
当時はとにかく誰も彼も晒しまくり。俺は使うのに気が引けた。
携帯さえあれば、とりあえずコミュニケーションには事欠かない。
そのころ「文中にやたらと下線が引いてあるブログ」
を目にすることが多いのに気付いた(それまで気付いてなかっただけかもしれんが)。
シンプルで、どことなくおしゃれなデザインだが書いている内容は気持ち悪いものが多い気がした。
その頃大学内で「それっぽい」奴は「萌えってどういう意味?w」だの
「お前の時代来たぞw」とかからかわれていた。
ホリエモンだの球団再編だの買収だのヒルズだのセレブだの勝ち組だの負け組だの格差だの、
なんとなくカオス。
いつの間に「無職」の状態を「ニートやってるんでw」なんて明るく言えるようになったんだろうか。
就活は、売り手市場なんて実感はなかったが内定先は大手メーカー。
「ブラックを避ける」という消去法で選んだ。
家ではリモコンで遊ぶ奴が急増。
ファミ通の売上チャートを見て(10年前から毎週見てるが)頭がくらくらした。
他はサブプライムローンがどうこう、原油高がどうこう、環境が、民主党が、
・・・食品会社に行った知人はえらくストレスを抱えている様子だった。
相変わらずの原油高は鬱陶しい。台湾もなんか変。
そう言えばちょっと前は、遠くで何やらすごく恐ろしいことが起こっていたようだ。
傍観していた人がその動画を撮ってアップしたりそれが罵倒されたり。派遣がどうこう。
俺はこんな感じだが、他の俺「たち」はどうか知らない。
俺は約150万人いる「1984年生まれ」の中の一人に過ぎない。
大学ではADSLになってブログだのmixiだのでどうでもいい自分語りをしていた人間だ。
それだけだ。