はてなキーワード: 優柔不断とは
そういう優柔不断な旦那、一番腹立つな
「金儲けなんかより善いことをしたい、何か社会貢献をしたい」と思う自分がいる一方、
「善いことなんてどうでもいい、金儲けをして贅沢な暮らしをしたい」と思う自分もいる。
これはあくまでも一つの例であるが、このような自身に内在する一見矛盾した関係にある二つの自分の存在に対して自分は深く悩んでいた。
自分の軸はどこにあるのか?そんなに優柔不断でいいのか?というように。
そこで、悩みを解消すべく、この自己矛盾の正体について考えてみようと思った。
まず初めに考えたのは、
仮に自分を中心とした円形に広がる輪(自分→家族→友達→所属するコミュニティ→所属する組織→…という広がりをする輪)
があったときに、「内側から外側に向けて優先度をつけて物事を考えていく自分」と、
「外側から内側に向かって優先度をつけて物事を考えていく自分」という二つの自分がいるのではないか、
それこそ矛盾する二つの自分の正体ではないか、というものである。
しかし、すぐにそれは違うと思った。
そもそも「外側から内側に向かって優先度をつけて物事を考えていく自分」なんて存在しない。
時と場合によって自分と対象との距離が変化することはあるけれど、
人は、自分を中心に輪の内側から外側に向けてでしか物事を考えることができないからだ。
ただ、そこでふと思ったのは、中心となる自分がただ一つとは限らないということだ。
人は自分を中心に輪の内側から外側に向けて物事を考えるが、中心には様々な欲求を持つ自分がいる。
そして、何か物事を考える際、その時の自分の欲求によって判断基準が左右される。
食欲、睡眠欲、性欲、購買欲、顕示欲、愛したい欲求、愛されたい欲求、悪意、そして善意も欲求の一つであるが、
これら判断基準を左右する「欲求」こそが自己矛盾の正体なのではないか。
つまり「金儲けなんかより善いことをしたいと思う自分」と「善いことなんてどうでもいい、金儲けをしたいと思う自分」
が共存するのは矛盾しているわけでもなんでもなく、
そう思う自分にいたるまでに生じた欲求がその時々によって異なるから、ということである。
例えば、誰かから善意を受けたときに自分の中に同様の善意の欲求が生じ、
それが自身の全体欲の大半を占めた場合、「善いことをしたい」と思う気持ちが強くなる。
逆に誰かから悪意を受けたときに自分の中の善意の欲求が削られ小さくなった場合、
「善いことなんてどうでもいい」と思う気持ちが強くなる、という具合に。
ここではあえて「二つ」としているが、実際には欲求の数だけ異なる自分がいるのだ。
ある欲求が満たされると全体欲に占める割合が小さくなり、
代わりに違う欲求の割合が相対的に大きくなることでその欲求が強くなる。
全体欲に占める様々な欲求の割合の変化によって物事を考える際の判断基準にも変化が生じ、
なるほど、と自分の中で合点がいった。
そしてさらに考えた。
様々な欲求を持つ人ほど多くの自己矛盾を抱えるのかもしれない。
満たされない欲求の数だけ判断基準に変化が生じるからだ。
また、欲深い人ほどその自己矛盾に悩むのかもしれない。
満たされない欲求の分だけ判断基準が変化する頻度が増し、それに伴い、物事を不要に多く考えてしまうからだ。
「自分が様々な欲求を持っていて、且つ、欲深い人間だから」なのではないか。
あれもしたい、これもしたい、でも何も出来ない。こういった焦燥がさらに悩みを加速させている。
でも、それならば悩みを解消するのは簡単だ。
欲求が多様性に富んでいるにせよ、欲深いにせよ、一つ一つの欲求を満たしていけばいいのだ。
そうすれば自己矛盾は小さくなり、物事を不要に多く考えることもなくなり、悩みも減るだろう。
では、どうすれば欲求を満たすことができるか。
残念ながら今の自分では多くの欲求を直接満たすことができず、その前段階である「準備」しかやれることはない。
それが結果的には多くの欲求を満たすことに繋がるからだ。
つまり、少なくとも今現在の自分においては、勉強することこそが、悩み解消への一番の近道なのである。
このようなことを考え、勉強机に向かったのであった。
まどか☆マギカと穢翼のユースティアには共通しているところがある。
優柔不断な桃色の髪をした少女が自己決定で世界を救うということと、生贄の存在。あと黄色おっぱいが死んじゃうこととか
奇しくも東日本大震災が時を同じくして発生し、前者は自粛による放映延期、後者は生産ラインの都合の発売延期となった(たぶん表向き、だと思うけど)
さて、これまた偶然にも、私が双方の作品に触れ、東日本大震災を比較小規模ながらにせよ体験した身としては、霊的なものを感じざるを得ないというか、神のお導きであるとかそういったことを作品の影響からちょっと考えた。
もはやこれはテンプレートにすらなれるのではないだろうか、と。
金髪幼女の王家ももはやテンプレ化しているように、桃色幼女の世界救済もまたテンプレ化しうるだけの衝撃があったのではないか、と。
あ、穢翼のユースティア素晴らしいですよ。個人的には男性キャラの方がいい味だしてるかな、と思います。近衛兵団長とか貴族とか。おまけ見てからもう一度最後見ると胸に来るものがあります。
まどマギはネットじゃそれなりにメジャーだけど、こっちがあまり宣伝されてないようなので、こんなところでサラッと宣伝しておきます。
具体的には買ってプレイしてね☆
彼は仕事中の私が好き。
ゴールデンウィーク中、仕事以外でずっと一緒にいて気づいてしまった。
彼は私の優柔不断さにいらついている。
彼は私の甘えをうっとおしく思ってる。
彼は二人の時間を消費的に感じている。
本当は前から気づいてたけど、
そしたら彼は喜んでくれるけど、
そのたびに私は普段の私を蔑むことになるんだ
ほんとは、
そういうことがしたい。
二度と思い出さないようなテレビ番組を見ながら二人で食べて、
翌々日になっても洗ってない食器が流しにある。
そんな二人はいや
1Kとかの、魚喃キリコの漫画に出てるみたいなぐだぐだの部屋で
私は夏の昼下がりにじっとり汗をかきながら畳にぺたんって座って
折りたたみの鏡を見ながら化粧してアルバイトに出かけていく
貧乏で将来性もないけど、楽しくて
手を伸ばせばそこに愛がある生活
でもそんな未来こなかった
踏み外さずに生きてきたら、そんな未来こなかった
24時間働ける
認めてもらえるから
こんなに私を前向きにしてくれて
向上させてくれて
たくさんのことを教えてくれる
こんな素敵な人はいないと
でもやっぱり、わたしの生産的じゃない部分が、ほんとうの私なんだ
そう思うとやるせない
お母さんは、たわいのない話も聞いてくれた
落ちがなくても
ネガティブでも
じっとずっと聞いてくれた
妻と結婚して3年以上過ぎた。
私たちは中学の同級生である。高校時代から付き合い、途中別れることもなく結婚した。そういう経緯であるから、私たちはお互いをよく知っているものだと思っていた。
結婚前に義母には「うちの娘は全く掃除ができません。それでもいいですか?」と言われていた。そうはいっても、いわゆる「しつけ」のちゃんとした家庭であったから「全く掃除ができません」は謙遜だと思っていた。たしかに結婚前に妻の実家の部屋に行ったときは荷物が雑然と置かれていた。しかし、だからといって「全く掃除ができない」という事はないだろうと思っていた。彼女は高校時代から自分のお弁当は自分で作っていたし、字も綺麗であったし、ノートも整理されていたから、「全く掃除ができない」は冗談だと思っていた。
本当に掃除ができない。正確に言うなら、「物が捨てられない」。
私はその事実に気がつくまで、「物が捨てられない」人は2パターンに分けられると思っていた。「ケチ」と「優柔不断」である。ところが妻はどちらにもあてはまらない第3のパターンだった。
「物を捨てるという概念がそもそもない、あるいは異常に希薄化されている」のである。
具体的にいえば、ゴミをゴミ箱に捨てるということすら、彼女にとっては努力が必要な行為である。自分が鼻をかんだティッシュをそのまま床に置く。使用済みの生理用品もなぜか、床に落ちている。
もちろん全くゴミをゴミ箱に捨てないわけではないが、例えば、ゴミ箱がいっぱいになっていたとする。そこにゴミを捨てたら、ゴミ箱がいっぱいだから当然あふれるわけだが、そうしてあふれたゴミが周囲に散らばっても気にしないで、そのまま放置する。ゴミ箱のゴミ袋を交換するのは、いつも私であるが、必ずゴミ箱周辺のゴミを片付けなければならない。
このように「物が捨てられない」がために、掃除ができないのである。それ以外のことはできる。食器を洗うことはできる。食器を食器棚に戻すこともできる。それなのに、それなのに、納豆のケースとあの小さなビニールは流しにそのままだったりする。
これは学習障害のような、あるひとつのことが困難であるような障害なのだろうか?と思ったものである。何度注意しても、ゴミは床にそのまま放置しているし、使用したツナ缶を洗ったまま、流しに放置する。
同居人としては、不思議で仕方ない。なぜ「物が捨てられない」のだろうか。なぜ、ゴミをゴミ箱に入れるということすらままならないのだろうか。
私は注意深く妻を観察した。
そして気がついたのは、妻の実家では、鼻をかんだりするときに、義父がゴミ箱を持ってくるか、義父がゴミを受け取ってゴミ箱に捨てているということだ。流しのゴミも義父が集めて、家の外のゴミ箱に持って行っている。
これで納得した。妻の実家では女は何も捨てないのだ。捨てるべきものは男が回収し、男が責任をもって捨てるものなのだ。そのように育ってきたわけだから、私の家では、私がその役目をやるのが妻にとっての普通なのである。常識としてゴミをゴミ箱に捨てるということを妻は知らないわけではない。ただ、それはあくまで社会的な常識であって、家の中での習慣ではないのだ。
おそらく妻はこのことに気がついていないし、私もそれを言うことは、妻の育ちを否定することになるので言わない。少しずつ軌道修正を行うのみである。
私も、蛍光灯やテレビをつけっぱなしにするという癖がある。これは実父も同じである。この癖があるのは私の実家の中では、父と私の二人だけである。母はもちろんのこと、二人いる兄弟にもこの癖はない。
以前、そのことについて母から「あなたたち二人は若い頃から一人暮らしをしていた。きっと寂しいから自然といろんなものをつけっぱなしにする癖がついたんだと思う」と言われたことがある。納得的な説明だった。
今では、自分のつけっぱなしの癖も相当改善されたので、妻の「物が捨てられない」も、時間をかければ改善できると思う。
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どうも。
入学おめでとう。
本当は新しく大学生になる青年たち全員に向けて書くべきなのだが、とりあえずわたしにできることとして、母校について書く。
君は同志社が第一志望だったのかも知れないし、本当は他の大学に行きたかったのかも知れない。何故かよく分からないままこの大学に辿り着いてしまったのかも知れない。どんな経路でここに入学することになったにせよ、まずは、おめでとう。それはきっと、何かの縁だったのだろう。わたしがこうやってこの文章を書いていることも、君がたまたまこの文章を目にするようになったことも。
君が入学することになったこの大学は、基本的に学生を放置する大学だ。学生は好きなことを好きなだけやれば良し、そういう思想を持っていると思う。パンフレットか何かで既に見たかも知れないが、創立者はこんな言葉を残している。
わが校の門をくぐりたる者は、政治家になるもよし、宗教家になるもよし、実業家になるもよし、教育家になるもよし、文学者になるもよし。かつ少々角あるも可。奇骨あるも可。ただかの優柔不断にして安逸をむさぼり、いやしくも姑息の計をなすがごとき軟骨漢には決してならぬこと。
この大学は奇骨のある青年を求めている。勉強せずに卒業しようと思えば、それも可能だ。授業に一回も出なくても、試験答案さえ良ければいい、という先生も数多くいる。逆に徹底して学問をしたいという人間には、真摯に向き合ってくれる先生もいるだろう。
君は四年間で何をするつもりだろうか。サークル活動だろうか。テニスか、軽音か、環境に興味があるか。ビジネスか。友人と徹夜で騒ぐのもいい。せっかく大学に行っているのだから、本を多く読んでみるのも良いかもしれない。何をするにせよ、しかし、自分の頭で考えて決めることだ。自分に何ができるか、そして、何をすべきか。
それも、走りながら。
京田辺の別館が、ローム館が、そしてキャンパス内にある様々な穴場が。今出川の明徳館が、寒梅館が、そして近くにある天下一品が、君の生活の一部になることに、わたしは興奮している。わたしもまた、あの場所で人生のひとときを過ごした人間だからだ。これから様々な発見があるだろうが、君の世界がこの四年間で大きく広がることを願う。
http://anond.hatelabo.jp/20110308212302
元エントリーは「よくない」ばっかりで、「悩んでる人はそんなこととっくにしってるよ!それができないから悩んでるんじゃないかお!」だと思うので、できるだけ「それをどうすればつまらなくならないのか」を具体的に書いてみる。
この考え方は、誰にでも合うわけじゃないと思う。エニアグラムで言えば、5(研究者)のタイプに向いてる考え方で、5の得意なことを生かしながら、7(楽天家)の要素を取り入れていい感じにしようって事かも。エニアグラムはツリー読んでてさっき知ったばっかりだけど、自分で診断したら 5と7が突出してるタイプだったので参考までに。追記: 指摘を頂きました。エニアグラムでは5に7が合わさると良くないらしいです。書き終わってからエニアグラムというものがツリーにあるのを気づいて診断したので、以下の内容にエニアグラムは一切関係ありません。内容が心理学的に崩壊してるのかは俺には判断できません。安易に心理学の用語を使ったことをお詫びします。あくまで俺の経験に基づくやり方であって、心理学等の体系的な学問に基づくものではないということを念頭において読んで下さい。
元ネタに合わせてタイトルつけたけどいまいちだった。あなたの人生はつまらないって言い方、それこそだるい。考えてるときも、やってしまってからそれを見直してるときも、つまらないなんて感じた事は無いし。本心としては「沢山考えて生きる人の考え方」にしたい。
これはあらゆることを、自分の経験や知識にしようとすることなんだ。
一つの事実に対して、様々な角度から思考実験をし、客観性の高い見方や自分自身にあった見方に繋がる可能性が深い思考にはある。ステレオタイプな見方や決めつけにはまらず、リテラシーや認識力を育てるために深い思考は役立つ。
一つの見方に固執して深く掘り下げるのではなく、一つの事実に対して様々な角度から掘り下げるられるようになればいい。そうすれば、一見関係ない事実の裏にも他の経験とリンクする部分があることに気づき、経験や知識の応用が利くようになる。物事の共通点を見出せるのは大きな武器になる。これは、物事の表面だけ見て思考停止しているのでは得られないことだ。
大体、深読み思考という呼び名が「だからネガティブッ」って感じで命名がよくないと思う。思考してる=ネガティブ=よくない、なんて短絡だ。深読み思考の良い呼び名を考えたかったんだけどスーパー認識タイムとか変なのしか思いつかない。
極度の反省で悪循環に陥らないために必要なのは、「自分が良いのか悪いのか」に拘らない事。「自分がそのとき良いと思ってやったこと」についてあとから「良いと思ったこと自体」に対して反省してもたいして得るものはないよ。それどころか周りから見ると、被害妄想や自己中やかまってちゃんに見られてしまうから注意だ。(追記: 反省とお詫びをしっかりわけてやろう)
例えばバグのあるプログラムを作ってしまったとしよう。バグを作ってしまったことを悪い悪いと反省していても何の解決にもならないし、経験にもならないよね。まずはデバッグしないといけないし、そこからバグの出にくいプログラミングを学ばなければならない。
反省が生きるのは、「自分が何をしたか」「それによってどんな影響がまわりにあったか」「そしてどういう結果になったか」を自分だけの視点でなく、様々な角度から再体験したときだ。それは経験のデバッグとも言える行為だ。デバッグを繰り返すことで、バグの出にくいプログラミングが身についていく。
反省は、過去の過ちを許してもらう為にするんじゃない。成長する余地があるからすることなんだ。沢山反省してしまうのは、沢山成長したいことの裏返しなんだよ。だから、これからの為に反省すればいい。
実際よくあることだけど、
これ真に受けてたら、思考×反省タイプの人は前に進めない。だからネガティブだと言われても真に受けるな。
反省してると「あんたってほんとネガティブだよね!」→反省は経験を無駄にしないために、次にいくために、成長するために必要なこと。上でも書いた通り、「自分が悪い悪い」の反省にはたいした意味はないけど、ちゃんと経験を検証する反省なら次に繋がる。先の為に反省してんだよ。過去を無駄にしないために反省してんだよ。これのどこがネガティブだっていうんだ。
諦めて見直してやり直そうとしてると、「あんたってほんとネガティブだよね!なんですぐ諦めるの!」→先に行くために諦め=決断と効率の良い見直し=反省は必要なんだよ。途中で諦めてもちゃんと見直し=反省して次に生かすつもりなんだから、ネガティブじゃないよ。むしろ、失敗を認めず、まずいまずい無理だーと思いつつやり直せないでぐだぐだに成長せず続ける方がネガティブかもしれない。まあそれを世間では頑張りなんて言うので、そこはうまく結果出して認めさせるしかない。
先の反省と繋がるんだけど、反省を前向きにできるようになるとリスキーな選択でも決断できるようになるから、同時に優柔不断さは収まっていくのだと思う。
優柔不断を改善するのに必要なのは、生きてる時間は有限なんだって考えること。すっごい単純だけど、人があれこれ考えて途中で思考を打ち切る時って、殆どが「考える時間と見合わせて結果でペイできないから」なんだよ。生きてる時間も考える精神力も有限だし、真の答えではなく、近似的な答えでどっかで計算を打ち切らないといけないなんてことはしょっちゅうある。
「考える時間と見合わせて結果でペイできないから」をもうちょっと説明してみる。
ずっと考えてる→いつまでたっても実行できない→実行されないから反省の機会がない→反省(デバッグ)の経験値があがらない→経験値があがらないから思考精度があがらない→思考精度があがらないからずっと考えてる→ループ
時間が勿体無いから思考を途中で切り上げてとりあえずやってみる→実行→反省(デバッグ)の経験値があがる→経験値があがるから思考精度があがる→思考精度があがるから、少ない時間で思考を切り上げて実行に移せるようになる→ループ
投げやりですまないけど、時間は有限だからとりあえずやってみるというのがとにかく必要だってことだよ。
成功体験。成功の味を知ること。逆からいうと負け癖をつけないってことなんだけど、そういう言い方すると反省するのがいけないとか失敗がいけないって思う人いるからそう考えないで。とにかく、成功の味を一度は知らないと、人はそのためにリスキーな選択や冒険をしようとはなかなか思えないんだ。
自分で、成功の味を味わうのが難しかったら、だれかからおすそ分けしてもらうのでもいい。成功する人の応援をする、手伝うとかで、少しずつでも成功するということがどんなに気持ちいいことなのか味わえばいい。
だいたいこんな感じだと思うんだけど、
4つの思考のうち、先の二つを磨くことで、あとの二つを変化できるってことになったよ。ってことは、もともと二つが軸なのかもしれないね。
そしてそれは"直す"ようなものでもなく、生かせるように磨いていけばいいんじゃないかな。
(ちょっと上級者向け: もっと言えば、深読み思考は事実の認識、反省は経験の認識でどちらも認識をどうするかという一つの問題になるんだ。そして、そのどちらも「一つの事実に対して様々な角度から掘り下げる」という所を磨けばいい。深読み思考の所に書いたことも、反省の所に書いたことも、結局同じ事な気がするよ)
の4つである。
尚、ここで挙げる4つの思考は殆どがマイナス思考の一部と思ってもらっていい。
1つずつ説明していこう。
これはあらゆることを必要以上に深読みしてしまう思考のことである。
「相手がこのように言ってきた。率直に意味を汲み取るとAという解釈が出来るがもしかしたらBということを伝えたかったのかもしれない。」
これがプラス的なことだったらいいかもしれないが、マイナス的に深読みしてしまった場合、精神的に来てしまう。
極端な例を挙げる。
これが深読み思考である。以前の私はこの傾向が顕著であった。
これは精神病の原因にもなりかねないので出来るだけ早く修正するべきである。
修正方法としては「そんなことはない」「気にしすぎだ」と割り切ることである。
ある程度の反省思考は自分の行動を矯正し、より良い人生を送ることができるが、ここで挙げる極度の反省思考はそうはいかない。
Aに仕事を頼まれた。「はい」と言って受け取ったがあそこは「分かった~」とフランクに返した方が良かった。
これはそこまで害は無いにしても直した方がいい。
「過ぎてしまったことはしょうがない」と割り切ろう。
普通の人ならすぐに実行してしまうが、この思考は何かをしようとしたときに色々思いを巡らせて、開始が遅れたり、最悪の場合中止してしまったりする。
Aに仕事を頼もうかな。でも無理すれば自分で出来るけど、時間的に厳しいな……どうしよう……頼むのは止めよう
上が例である。
良く言えば「じっくりと考える」と言えよう。
判断基準を設けたりして、フィルタリングして決定していこう。
これが出来る様になったら普通の人と同様にすぐ実行できるよう努めよう。
能動的でなく、誰かにアクションを起こしてもらうのを望む思考である。
この仕事一人じゃできないなぁ。でも頼みづらいし……忙しそうにして向こうから手伝ってくれるよう仕向けよう。
上が例である。この思考は非常によくない。
まず貴方の印象が悪くなるし活動の開始が遅れる。
この思考は優先的に直すべきである。
解決方法は能動的になる、だけである。
http://anond.hatelabo.jp/20100920004945
電話もほぼ毎日くれる。
優しくて、少し優柔不断だけど、なんだかんだで尽くしてくれる。
私の事が大好きのようだ。
時間さえあれば会いたがるって、何なの?
男ってそういうもの?
その気持ちはとても嬉しいけど、
私は家でボーっとしていたい時もある。
彼氏は私にとって、とても大切な存在で、会ってる時は寧ろ私の方が彼にベタベタしてる。
だけど、会ってない時は一人の時間を楽しみたいと思う。
時間があれば会いたがるってのは、正直、うぬぬ・・・という気分になる。
ねぇ、私みたいな人っている?どう?どう?どう?
エッチの時もものすごく尽くしてくれる。
エッチだけじゃない、マッサージもものすごく入念にしてくれる。
ク○ニだって、一生懸命ペロペロペロペロしてくれる。
その度に私は歓喜の雄叫びをあげまくってるよ。
カラダの相性も良い。
外ではいちゃいちゃするのが苦手な彼でも二人きりになると、いちゃいちゃラブラブ。
私が「イキそう・・・すごい気持ち良い・・・」と言うと
『いっぱいイッて!』と言って、ものすごく頑張ってくれる。
でも、ちょっと密に連絡を取りたがり過ぎる傾向があるかな。
でも、大切な存在ですぞ。
私みたいな人いる???
先日、交際を申し込まれた。
よい人だし、一緒にいて楽だ。相性が合う。
しかし、結婚したいと思えるような相手ではない。
優しいのだけど優柔不断、一緒にいると楽しいのだけど、心からの尊敬はできない、そんな方。
きっとお付き合いすると毎日楽しく一緒に過ごせるだろう。
でもその方との将来は残念ながら考えられない。
しかし、別れることを予期しての交際というのはいかにもビッチ的な発想なのではなかろうかと思うと、今ひとつ踏み切れない。
ビッチであることを受け入れて行きてゆくことにすれば問題はないのだろうけど、それほどの勇気もない。
こんなことを考えたところ、ひとつの結論に思い至った。
私は”付き合いたい”ではなく、”結婚したい”と思うような相手と付き合いたいのだ。
そしてその裏返しで、自分も”付き合いたい”ではなく、”結婚したい”と思ってもらえるような人間になりたいのだ。
確かに思い返してみると、過去に付き合ってきた方はすべて”結婚したい”と思える男性だった。
今回、付き合いたい、でも結婚は考えられないという方に交際を申し込まれ、揺らいでいる自分がいる。
このことは、私自身が私のこの価値観に納得しきれていないということを示しているようで、不安になる。
私は結婚には至らないであろうこの方とお付き合いすべきなのだろうか。
それとも未練を残しながらも割り切ってお断りすべきなのだろうか。
世間の人たちは結婚しないだろう相手と交際しているのだろうか。
それとも結婚を考えられる相手としか付き合わないのだろうか。
どんな女がビッチと呼ばれているのだろうか。
悩みはつきない。
昨年の10月に振られた。
昨年の12月に、相手から仲直りを求められた。
そこから、何度か崩れ掛けながらもズルズルと友達なんだか恋人なんだか分からない関係を続けてた。
こき使ったり、暴力された事もあったりと、良い扱いを受けてたとは言えないけど、甘えさせてくれてたし、たまに甘えてきた。
「みんなの前じゃ恥ずかしかったから」とか可愛い事も言ってた。
自分については書くと恥ずかしいのだけど、容姿は良いとは言えないし、なかなかふとっちょでもある。
それ故、今まで女の子と付き合うなんて経験をした事もなく、昨年の4月に告白された時なんかはもう舞い上がっていた。
相手の言っている事を疑いもせずに信用した。「好き」だとか、「愛してる」だとかいう言葉が嬉しくて、労力もお金も消費する事を惜しまなかった。
当時の自分では、精一杯相手のことを大切にしたつもりだった。
ただ、相手を取り巻く環境はそれなりに特殊で、それが原因で次第に相手に対する愛情は崩壊していった。
しかも、その事を僕に事前に告げた上での告白に踏み切っている。何かがおかしい。
更に、その彼氏は家族ぐるみでの結び付きで、親同士が仲が良いので、別れるに別れられないと。
その上、その彼氏はかなり優秀な奴だった。通うところからして自分たちとはレベルが違う。
第二に、親がかなりのキチガイだった。
いつも親に自分の行動を制限され、身体的、精神的、経済的にも暴力を受け、家内は父と母が対立して居て、そのどちらの味方にも敵にもなれない彼女。
「両親から愛されないから、他に愛を求めた」とかこれまた可愛い事を言ってくれた事もあったけど、
家内での苛立ちのはけ口になるのも、これまた僕に対する暴力だった。
10月に振られた時には「やっぱり元の彼氏の方が良いから」、と言われたので、それなりに吹っ切れたつもりだった。
でも、12月に仲直りを求められた時には「あの時彼氏の方が良いと言ったのは、あなたに自分を責めて欲しく無かったから、私が悪い事にした」と言われてしまったので、承諾してしまった。
なにより、自分が他に仲良くしている人達が、彼女とも交流があるので避けるに避けられないと言う事もあった。
本当ならこの時点できっぱりと「ふざけんなよこの野郎」とでも言ってスッパリ関係を断ち切っておけばベストだったんだろうけど、
正直な所、女子が親しくしてくれる事なんてそうそう無かったので、ズルズルと友達以上恋人未満を続けていた。
ある時、他の知人が彼女に告白した。しかも時期こそズレるが、2、3人と。
彼女は「付き合ってくれ」と言う事には応じる事も拒むこともせず、ただ相手の望む事(一緒に何かをしないか、等)には応じていた。
決して自分はもう彼氏でもないが、それでも比較的近くにいたかった気持ちもあったので、もちろんその都度追及はした。
返事は決まって、「ただ相手のしたい事に応じているだけ。来る者は拒んでいないだけだし。」だった。
ムシャクシャするくらいならもう縁を切ってしまおうかと何度も考えたけど、優柔不断な僕は結局ズルズルと関係を続けた。
今日、彼女とIMで会話をして居た時に、ふとした事で本音をぶちまけられて、そして本音をぶちまけた。
本当に色々な事を吐露された。
以下に羅列したいと思う。
…何がどうなってるのか分からない。
もう、正しいのがどれで間違ってるのがどれとか分からない。
多分彼女を手放せば、僕に親しくしてくる女子なんてほぼ居なくなるだろう。
それが嫌だったから、ズルズルと続けて来た。
でも、これだけの事を暴露されちゃってなお、どうすれば良いのかが分からない。
承知した上で、自分も泥沼に浸かってしまえばいいのだろうか。
それとも、彼女の言うとおり、一刻も早く泥沼から抜け出すべきなのか。
自分が考えている事が正しいのか、彼女の言った事が正しいのか。
もしこれで僕が決裂する道を選んだら、これからの交友関係はどう変化していってしまうのか。
ただの友達以上恋人未満のはずなのに、一体どうなっているんだろうか…。
支離滅裂な文章で失礼しました。