はてなキーワード: 傭兵とは
http://synodos.livedoor.biz/archives/1877537.html
これは、思うように動いてくれない若者たちに対して「このままだとこんなひどいことになるぞ」と脅かしたり、
「やーいざまーみろ」と逆ギレの悪態をついて溜飲を下げたりする趣旨のものではない。
すでに現実として目の前にあらわれつつある動きを、少々露悪的に(もちろん「本書」のスタイルに倣ったものだ)
書き記しただけのことだ。
まず、エリート的な高機能ビジネスパーソンが国境越えて活動するのは当たり前で、
これを「(露)悪の未来」として論ずる筆者はなにかがおかしい。
防ごうとする意識の方が間違い。
彼らは国に頼らないし、活躍できる場があれば国を選ばない。
彼らに将来を任せれば、わたしたち40代の老後、少なくとも生きているあいだくらいは、
きっと安心していられる状況を保ってくれるにちがいない。
なにを根拠に「ちがいない」のか。
読んでいてなんだか切ない気持ちに襲われる。
国に頼らず「自分の能力を発揮する場」「高い報酬を獲得する場」のみを求めて国境をまたぐエリートが
どういう動機で狩場の原住民の老人の住み心地ケアなんてことに気を掛けるのか。
どうも中高年移民推進論者というのは
を何故か無視する。
(これは移民を「気に入らない日本の若者」のカウンターとして夢想するからで、
いきおい移民若者像は全てが理想的で自分に尽くしてくれる感心な若者として描かれる。)
実際は、せいぜい来日者が比較的貧しいうちは
年金を始めとした日本の高齢者向け社会福祉なんぞ来日者が維持推進する動機があろうか。
彼らにとって年金制度なんぞは「意味不明な控除で自分の手取りを減らすインチキみかじめ料」であり
それではさすがにイヤだという人もいるかもしれない。若者たちはいいとしても、
40代のなかには、あと40年以上生きる方もいるかもしれない。
もし長生きしてしまったらと考えると、現状を「幸福」と感じ、満足してしまっている若者たち、
スティーブ・ジョブズがいうところの「hungry」でも「foolish」でもない若者たちに、
どこの国の「hungry」で「foolish」な若者だったら
あなた達の老後の支えなんかを任されたいのですか
と問いたい。
具体的な答を返せたらたいしたもんだ。
老後の支えというのは
若者個人の才能や情熱やハングリー精神から産まれるものなんかではない。
社会の老後の支えは、よく練られた社会制度と、なにより社会全体の余裕から出てくる。
もう一つの足は構成員一人一人がその社会にコミットする気持ちだ。
日本はどっちも既に破壊したのだから、あとは一人一人が覚悟しましょうということ。
「頼り甲斐のあるニューカマー」なんぞを呼んだところで、
彼等傭兵は絶対に日本社会なんかにコミットをしない(当然で、薄情でもなんでもない)。
安易に助かる都合のいいボートはないのだ。
近々死ぬ人間を除き。
なにより
「見限ろう」もクソも、若者世代はとっくに見捨てられて長い。
「生意気なことを言ってるなら見限ってやるぞ!」なんて、意趣返しにも脅しにもなってねーのだ。
もらったことない仕送りの打ち切り通告で怯える人間が居ようか。
実際に筆者自身、もしくは筆者の世代が、
若者世代に具体的にどんな支援をどれだけしてきたか聞いてみたいもの。
恩着せがましく口にする「実りのないおせっかい」とは具体的になにをしたことだ?
せいぜいが、
「状況も見えてない無責任な若者論で説教していい気になる」ことを
なんとなく凄いことしてあげたみたいに記憶してるだけだろう。
この”暴論”すら結局はそういう匂いが濃厚に漂っている。
「若者を挑発してケンセツ的な議論を導いてあげた」とかなんとか。
「食えもしない”おせっかい”でお為ごかしの恩恵面されてもなあオジサン」
という「本書」の序文をきちんと読みながら
新春のお笑いのつもりだとしても若者から失笑しか買わないだろう。
「暴論」は状況が見えてないことの言い訳にはならない。
若者はこの筆者みたいにあてこすりで人を動かそうとか、なんかを乞うてるとか、そういうことをしてるわけではない。
何よりもう、仮に今から全速力でどのような若者向け政策を打ったって、今の20~30代世代には手遅れだ。
ライフステージにせよキャリアにせよ、取り返しが付かないことだらけだ。
もっと究極的な話をすると、
バブル世代以上中高年が下の世代に何かしてくださるつもりがあるなら、
団塊ジュニアのピークが繁殖期過ぎるまでには彼らの雇用をどうにかしとくべきだった。
あそこを無策に過ぎた時点で日本の人口ピラミッドが回復するチャンスは無くなった。
別にこの山口浩という人がそういう状況わかってたら当時何か出来てたとも思わないが、
ただ何もしてこなかったし何も出来ない人間が吠えんなよということ。
もし「いや違う、俺はやろうとすれば何かが出来る」ということなら、
今の若者世代よりざっと20年長く世に出ていながら何も出来ず今日の状況を招いて
あげく下の世代に恨み節をいうとは烏滸の沙汰だろうバブル世代。
無力を認めたほうが立場はマシ。
要するに、今後はもう全員覚悟するべき。
十年以内に死ぬ予定の人間以外は。
40代は敵に回る?
あんた達にはたいした嫌がらせなんか出来ないし、
なによりあんた達も確実に、絶対に、助からない。子供が居るなら子供もだ。
沈む船の中でまーだ「誰を脅せばいい目見られるかな」「誰を殴れば助かるのかな」
なんてことを考えてる暢気さはさすがのバブル世代の貫禄がある。
繰り返しになるが
「暴論」という体はこの山口浩さんがまるで状況をわかってないことについての言い訳にはならない。
この世代のオッサン達がするべきことは下の世代に喚き散らすことではなく
DeNAがついに新卒にも1000万円出しますよと言い出しましたね。
http://dena.jp/recruit/students/recruitinginfo/Engineer2012.html
業界に片足突っ込んでる自分ですが、この状況に良し悪しいう気は毛頭ないです。
ただ、ちょっと思ったこと。
これってもうレイヤーは違えど、武力紛争。
とにかく名うての傭兵たちを、高額報酬で雇い、企業間の戦争へと向かわせる。
キャッシュが潤沢にあって、とにかく勝利にこだわる事業戦略という意味では、悪くないとは思います。
問題1:傭兵は帰属しない。
傭兵を高値で雇っても、傭兵は部隊や国家に対する帰属意識が低く、報酬次第で敵側に寝返ることはざら。
そして、「自分がより強くなること」=「新しい技術を追求すること」が興味関心の中心として、そのドグマで動いている方も多いです。
そのプライオリティで動くとすれば、組織への帰属意識というのはどこかで限界が来るでしょう。
IT業界の巨人たちが、雇った傭兵たちをどう、「愛国者」にしていくかは、気になるところ。
会社と個人とのエンゲージメントがない状態で、報酬だけをフックにし続けるのであれば、きっとどこかで入社した新卒エンジニアたちは、
得たキャッシュを元手に、起業してスタートアップベンチャーの世界に飛び込んでいってしまうんじゃないか、そう思うわけです。
事実、最近のIT企業の新卒エンジニアは、内定期間中にそこの会社で知り合った同期入社のエンジニアと事業を興して、
そのまま入社せずに独立してベンチャーつくっちゃう、なんてこともあるようですし、
他にも、会社で大きなプロジェクト成功させて表彰された新卒1〜2年目の子が、
(ちなみに、その人は起業はしたものの、仕事がまったくとれず、相当苦労をされているようです…)
問題2:傭兵たちのキャリアと人生設計が狂ってしまうかもしれない。
さらに言えば、異常に年収が高騰してしまった傭兵たちは、次のキャリアをどうデザインしていくんだろうと、思うわけです。
たぶん、今は業界としてものすごく市場価値が高く、どの会社にいっても引きてあまた。年収もかなり保証された素晴らしい時期です。
しかも、年収1000万円という報酬設定も、これはとても妥当な数字です。
なぜかというと、大体5〜10年経験したエンジニアが独立して、フリーランス、SOHOエンジニアとなると、だいたいその周辺の数字が年収としてとれるからです。
自分の腕一つでがんばれば年収1本ぐらいいける実力がありながらも、そこはリスキーと割りきって年収を保証してくれる会社に居たほうが、かなり心穏やかになるはずです。
ですので、20−30代でそうした人生を送れることは、とても安心ができるかと思います。
じゃあ、その後の40−50代になった時のエンジニアとしての人生設計はどうなのでしょうか?
正直、壮絶だと思いました。
某転職媒体やハローワークに応募してくる40−50代のエンジニアたちの現状の苦労を聞いているだけで心痛む。
2−30代のころ フリーランスエンジニアで仕事は山ほどきて、自分のサイトや開発アプリのライセンスなどで
年収(業務委託費総額)が1−2000万円を軽く超える優雅な人生を送ってきた人々が、今となっては仕事のルートも減り技術力も低下し、
年収維持のために転職活動を再開し、そして求める仕事が「CTOやシステム開発部長職」とか。
もう上げてしまった年収とプライドを落とすわけにはいかなくなります。
しかし、このご時世、かつ若いスタートアップ起業家が会社を作り、自らの手で開発をすすめる会社が増えてきた中で、
そうした方々が受け入れられる場所を見つけるのも難しくなっています。
CTO待遇で入ったとしても、会社のカルチャーが肌に合わず、すぐに辞めてしまうこともあるそうです。
「年収=自分の市場価値」 という設定をしてしまうと、後々キャリアデザイン・人生設計としては恐ろしいことになります。
「年収=自分の市場価値」として勘違いしたまま、ずっと過ごしていると、
いつか「自分の年齢 と 自分の市場価値が 反比例していく」リスクと必ず向き合わねばならなくなるからです。
「自分の市場価値 と 自分の年齢 が比例していき、それを年収に反映させる」という仕組みそのものを
自分の力で創りだしていかないと、誰しもいつか経験する人生のダウンサイドで痛い目を見るでしょう。
アップサイドでいい思いをしているときほど、それは見えにくくなりますし。
そんなことを思った日。
facebookが全地球上の利用者の行動データを黙々と集め続けているというブログ記事が多くの注目を集めて、ガクブルする人のうめき声や罵詈雑言が飛び交ったことは、これを見ている人はまだ記憶に新しいと思う。
さて、日本語圏の、だいたい日本国と重なるネット社会はどうだと思う?
2ちゃんねるで有名人の殺害予告を書き込んだ奴の家に警察がやってくるというニュースはそんなに珍しくなくなっている。ヤバげな書き込みがあれば、奴らはあっというまにきみの発信者情報を特定してドアをノックするというわけだ。
そういう意味で、すでにぼくたちは「公権力に」よってネット上での行動を監視されているわけだ。
これもよくいわれるんだけど、こういう状況は、ミシェル・フーコーというフランス人が「パノプティコン」と呼んだ状況に似ているかもしれない。
パノプティコンというのは、ベンサムというイギリス人が考えだした刑務所のモデルのこと。監獄がドーナッツ型になっていて、中央の穴の部分に看守の建物がある。囚人たちは、四六時中看守に見られているような気がする。たとえ看守の建物にだれもいなくてもそうなんだ。いつのまにか、囚人は看守の視線を自分の中に取り込んでしまうから、下手なことをしようという気を起こさなくなるというわけ。ようするに、その監獄にいる囚人はどんどん自主規制するような、監視者に都合のいいシステムがパノプティコンだ。
2ちゃんとか自分のブログに何か書こうとしているとき、自分の心の動きを思い出してみて、どうだい?
アイドルを殺すとか、新宿駅を爆破するとか、そういうことを書き込んだら、たとえ冗談でも警官が家に来るらしいってことは漠然と「知って」いるだろ? だからめったなことではやらないだろ? そもそもやろうと思わないだろ?
なぜなら、きみは自分が監視されていることを「知って」いるから。
でもさ、きみはほんとに、どっかの地下司令室みたいな所で、日本中の掲示板やブログの内容を膨大な数の監視員がチェックしているところを見たのかい? SF漫画の中で見ただけじゃないのかい?
たとえそんなところが本当にあったとしても、そこで働いている奴はいま夜食のビッグマックを頬張るのに夢中になっていて、きみの書き込みなんか見ちゃいないかもしれないんだよ?
でもきみは心のどこかで自主規制するよな。だって、ヤバいことを書き込んだら、奴らが来るって「知って」いるから。
ところで、そういうネット上のパノプティコンみたいなものは、べつに「公権力」じゃなくてもこの国では勝手にどんどん作れることは知ってたかな。
ほかでもない、ネット上の風評被害対策とか、「ソーシャルメディアマーケティング」をやっている民間企業だ。こいつらはネット上の自警団というよりは、傭兵だ。金で雇われれば誰でも手にかけるから。
たとえば、きみが2ちゃんか自分のブログである企業の批判をしたとする。傭兵たちは独自のクローラーを毎日ネット上に走らせているので、君の言葉はすぐに見つける。そしたらすぐに2ちゃんの運営ボランティアかブログのプロバイダに削除依頼をかけるか、訴訟をちらつかせながら発信者情報の開示を始める。
誰だって、どこの馬の骨とも知らないやつに自分の居場所を突き止められたくない。弁護士の対応なんてしたくない。
まあ、きみがただ単に相手を傷つけようとして、根拠のない誹謗中傷を垂れ流そうとしてそういう目に合うのなら、自業自得というものだろうね。
でもさ、他人のでたらめを見かけてそれを指摘しようとしたときに、ナイフをちらつかせられたらどう思う?
とくに、企業に雇われた傭兵たちが嘘八百をいい散らしているのを指摘しようとしたときに、訴訟を恐れて自主規制しようとしたら?
そもそも、指摘する声を出せないように傭兵たちが街中の広場をすでに封鎖してしまっていたとしたら?
なんのことはない。きみは気がついたら彼らが勝手に作った「民間刑務所」のなかで監視を恐れながら粛々と労役に励んで、傭兵たちが大声でおすすめする臭い飯を、きみ自身の苦役で稼いだ労賃で買いつづけるわけだ。日本語圏のネット社会は、気がついたらそういうプライベートな監獄で何重にも囲まれていたという話。
たまたまそういった「民間刑務所」の看守見習いがヘマをしでかして、刑務所のオペレーションに関する書類を落としてしまったとする。それを拾った奴が広場で騒ぎ出し、市場のゴミ拾いが日課で壁新聞の好きな奴がその書類を市場の外に、街のいたるところに見えるようにして貼り出してしまった。でもそのゴミ拾い人は傭兵たちの訴訟攻撃にぶるってしまって早速自主規制したまま黙っている。その間に市場での騒ぎは手際よく鎮圧されてしまった。傭兵たちは普段からそれで飯を食っているので、自分たちのこととなると作業は早い。
市場の住人たちも、その外で壁新聞を読んでいた人たちも、なにかおかしなことが起こっていることをばくぜんと感じ取っている。たとえ騒ぎが収まった後でも、そのおかしな感じは消えるだろうか。自分たちが「民間刑務所」の中で暮らしていたことに気づいた後で。
えっと、これでいいのかな? トラバしたの俺だけみたいだし。
じゃあ感想文でも書くか。
月村良衛著 「機龍警察」
大量破壊兵器の破壊力が問題視された結果、大量破壊兵器は自粛され、衰退していた。
そして、兵器と装甲を服のように身に纏う強化外骨格「機甲兵装」が発明される。
この兵器は市街戦及び近接戦闘に用いられる新世代の兵器であり、各国の軍隊はこれを正式採用する。
だが「機甲兵装」が世界中に流通した結果、テロに用いられるようになる。
警視庁はそれを受け、機甲兵装を用いたテロに対抗可能な新組織を設立する事になる。
さらに既存の機甲兵装に対抗可能な、最新型の機甲兵装、通称「龍機兵」3機を擁した突入班と、その整備チーム。
Special Investigators Police Doragoon―通称、機龍警察。
この作品は、機甲兵装と呼ばれるパワードスーツが実用化された至近未来の日本をを舞台にした作品だ。
パワードスーツがぶつかりあい、火花を散らすロボットアクションである。
イメージで言うと、機動警察パトレイバーに似ているかもしれない。
なぜなら、この作品はロボットアクションであると同時に「刑事もの」でもあるからだ。
銃が流通してはいるものの、大規模な銃撃戦など起きなかった日本に、突如として現れる「機甲兵装」。
この兵器は、銃や爆薬などよりもたやすく人を殺せる。
装着者は人間の骨や肉を易々と引きちぎり、踏み潰せる。
だが、彼らは既存の組織から選抜された者達で編成された組織だ、それゆえに
既存の警察組織に所属する警察官からは「裏切り者」として見られている。
そして極めつけは、3機の「龍機兵」を操る操縦者。
彼らもそもそも警察官ではない。
一人は日本人の傭兵、一人はロシア人の元警官、さらにもう一人は、元IRAの殺し屋(つまり元テロリスト!)。
これはもう、警察組織内では、完全な「よそもの」扱いされて当然だ
それゆえに、組織に所属する者同士の葛藤とせめぎあいが描かれる。
既存の組織に属するものたちからのシュプレヒコールを浴びながら、刑事たちは捜査へと挑むのだ。
この現場の刑事の葛藤を描いている点が、パトレイバーと機龍警察との違いだ。
これも、非常に見ごたえがある。
従来のロボットものと違い、龍機兵は「装着者の身体を機械で延長する」ものだからだ。
つまり、生身の体では受け止められない銃弾を装甲を身に纏う事で防ぎ、
更に生身では持てないほどの重火器を持ち、狙いを定めて射撃する事が機甲兵装の最大の特徴である。
更に、主人公達の操る「龍機兵」には従来型の機甲兵装にはない秘密がある。
装着者の脊髄に特殊なデバイスを埋め込む事によって、人間の脳と龍機兵のコンピュータを完全に同期させられるのだ。
これにより、装着者は機甲兵装と文字通り“一体化”できるのだ。
本作品の“主人公メカ”ファイアボルグを操る日本人傭兵「姿俊之」。
彼は完全なプロ意識を持ち、任務に当たっている。
すべては仕事のため、なのだ。
そのためには、すべてを利用して恥じない。
さらに、現場に於いてかつての戦友とあいまみたとしても、彼は容赦なく引き金を引く。
いや、そもそも戦場でできた親友すらも、彼は仕事の道具としてしか看做さないのだ。
そして、機械と人間を一体化させる機甲兵装の冷酷なシステムと、人間を機械化させるプロ意識。
それが、本作品のテーマなのだ。
今回の作品の主人公である、突入班姿俊之警部こそが、この特異なロボットアクションの特異性を更に引き立てている。
興味をもった方はぜひ一読をおすすめする。
道が開けたのだって、昨今の萌えブーム、もっと言えば絵描きさんのおかげだと思うんだけどねぇ。
実際、文章は酷評されてるわけだし。(別に悪いとは思わない、携帯小説だって需要はあるし、需要発掘の才があったのは確か)
多くの作品を見るに、小説から漫画になるときは、説明的表現から、直感的表現に変わるものなんだ。
傭兵を登場させる時、それが歴戦の古強者であることを表すのに、漫画なら文章はいらない、それは野暮だ。
ハックルさんが言っているのは、漫画や映画などの表現で使うべきもので、小説で使うべきものじゃない。
折角小説では省いた設定を漫画で説明するなんて逆な事を、なんでわざわざするんだろ?
それで「判りやすく」(難解な文章が安易に、という意味でなく、言葉通りの意味で状況説明が判りやすく)なったのなら、物書きとしては敗北だ、常識的に考えて。
僕は多国籍軍が正義だと訴えたい訳ではなく、リビアの国民、カダフィに対抗する人たちの事を想うからこそ、多国籍軍ができるだけ少ない犠牲で迅速に成果をあげることを願っている。
介入までの経緯を忘れてる人が多いので、これを書こうと思った。
この文章 自体にたいした問題はないのだが、これを読んで「多国籍軍が悪い!カダフィは英雄!」と言い出す知り合いがいるのに驚いた。かなり平易に噛み砕いて説明してるから、仕方ないのかもしれないが、これを読んで「カダフィと反政府側がにらみあっただけで、世論を無視して多国籍軍が急激に推し進めて戦争始めた」と取る人がいる。
自分は、最後の最後までリビア反政府側の人々、つまりリビアの国民殆どを思えば、できることなら介入が行われない方が良いとずっと思ってた。事の経緯を見守ってた人の多くがそんな想いだろう。介入は望まないという大きな旗、あの写真は今でも忘れらない。リビアの民主化は、リビアの民衆の力で行われるべきだった。
しかし、一ヶ月あまりの間、あまりにも多くの民衆が犠牲になった。
今でこそ武装している民衆もいるが、多くが無抵抗やせいぜい棒や投石程度の武装で虐殺された。非人道的な兵器が民衆に対して使われた。爆撃を命令された戦闘機が命令を遂行できず、マルタに亡命したのを覚えているだろうか。掘り出されただけで数百人という単位で、命令に背いた高官が埋められていた。数千人が地下に閉じ込められていた。多くの幹部がカダフィから離反し、同胞を虐殺することを望まない軍も離反し始めたために、カダフィは傭兵を使って国民を攻撃し続けた。
その間、何度もいまこそ介入すべき時ではないかという論争があった。しかし、リビアの人の誇り高き「死は覚悟の上だ、最後まで自分たちで戦って自由を勝ちとりたい」という命がけの訴えを見て、出来るなら介入なしでカダフィの降伏まで行って欲しいが…と犠牲者数に呻きながら祈るような世論がTwitterでは主流だった。
むしろ、これだけの非人道的な虐殺が行われているのに、介入が今まで起きなかった事に、国際社会は本当によく我慢したとさえ思える。ブッシュだったら半月は前にもうリビアにミサイルを撃ち込んでいたのではないだろうか。オバマは最後の最後まで乗り気ではなかった。(昨日の声明がどっかに上がっているだろうから、読んでいただきたい。)
国連の決議が行われた直前には、反政府側の最後の拠点であるベンガジに総攻撃をかける、残り24時間で全てを終わらせるというカダフィ側からの通告があった。この時点では、介入も致し方なし助けに来て欲しいという意見もリビア国民に見られるようになっていた。もしカダフィ側が本気で空爆を始めれば、多くの国民が一瞬で死ぬ。これを受けたギリギリのタイミングで国連の決議が通った。
決議のすぐあとに、カダフィ側は「即時停戦する」という声明を出した。国連はすぐに攻撃を行わず、カダフィが本当に攻撃をやめるのか見守った。しかし、言っている事とは裏腹にミスラタへの攻撃は止まぬどころか、ベンガジにまで爆撃が行われた。
どうみても崖っぷちの状況だ。
介入はここで始まった。昨日のことだ。
介入を認めたくない、リビア人の手で民主化を成し遂げさせたいと思っていた自分でさえ、これ以上は無理ではないかという瀬戸際のタイミングだった。
しかし、多くの人はこれを聞いて「戦争が今始まった。多国籍軍が戦争を始めた」と取る。違うんだ、一ヶ月前からリビア国民の戦いは続いていたんだ。カダフィの虐殺は行われていたんだ。
一度介入が始まったからには、いかに民衆の被害を少なく、迅速にカダフィを降伏させるかを論点として欲しい。
英国はともかく少なくともオバマは最後まで消極的で苦渋の決断として今回の決定を飲んでいる。米軍は地上制圧しないと言っている。ブッシュのようにやらせまで使って世論を煽って正義を振りかざして攻撃したわけではない。始めに上げたブログで、世論は介入に傾いていないのにとあるが、それはオバマがブッシュのように世論操作しなかった、比較的冷静であった証拠だろう。
イラクがあのような事態になったのは、操作された世論によるところも多く、多国籍軍も正義を振りかざして攻撃しにいった感が強いが、今回は違う。介入が始まったからといって、絶対に最悪のストーリーになると決まったわけではなく、まだどのように被害を最小におさえつつ、どれだけ早くカダフィを降伏させるかという目的が残っているのだ。
たしかに、この介入で得をする国もあるだろうが、これまでのような「反米か親米か」「宗教戦争」「米帝」「イスラム教が悪い」などといったイメージにむりやり押し込めてリビアの状況を捉えないで欲しい。そして、そういうステレオタイプでしか見ない論争によって、カダフィの行った戦争犯罪、虐殺行為、なによりもリビアの民衆の意思と行動と犠牲がおざなりにされることだけは無い様に願う。
カダフィを擁護する意見の中には、カダフィの演説する支離滅裂な内容を信じている方もいます。カダフィは自分の敵を西側諸国の回し者だと言ったり、アルカイーダだといったり、麻薬漬けにされた反逆者だと言ったり、国民が電話を使えないように情報統制しておいて、「国民が私に電話で助けを求めている」等と言ったり、しまいにはアルジャジーラが黒幕だとまで言っていて滅茶苦茶です。最近は「英雄である私が国民を守る為にアルカイーダと戦っている所に多国籍軍を名乗る十字軍が侵略してきた」ことにしたいようですが。次に何を言い出すのか注目しておいてください。
さらに、多国籍軍によって国民が攻撃されたとリビアの国営放送では虚偽の内容を流し続けています。リビア人の中には「カダフィは捏造の為に、冷蔵庫に数千人の死体を用意している」という噂を語る人もいます。そんな噂が本当に信じられるような状況なのです。
多国籍軍が正義だとは言わないけど、それ以上にカダフィの言う事を信じるのは陰謀論がかわいらしくなるほどトンデモな事だと自覚して欲しいです。
http://anond.hatelabo.jp/20100209065146
任期が終わろうとしていた昨年の末位から、あの大陸の北のほうは急にうねりを見せ始めた。
http://anond.hatelabo.jp/20100210201337
の方が書いていたように、インターネット・SNSが遂に大きな力になって、そして、ある側面では、それを見せ付けたかのようだった。
ジャスミン革命前のチュニスは、本当に短期だけなのだが、滞在したことがある。
エジプトは、10日間くらい、ナイル沿いを北から南に移動しながら滞在したことがある。
実にエキサイティングだったし、そんなに贅沢をしたつもりも無かったけど、快適な滞在だった。
そういえば、ギザのスフィンクスの前で、外国人旅行者から盗みを働いたやつがTurist Policeにボコボコに殴られているところに出くわした。
快適に過ごせたのは、やはり自分が外国人だったからかもしれない。
帰ってくる途中、イスタンブールに数日滞在していた。
可愛らしいお子さんを4人もつれた、リビア人のご家族と一緒に、ボスポラス海峡の船上でつかの間の楽しい時間を過ごしたんだ。あの頃は、まさか一気にこんな事態になるとは露にも思わなかった。
「まだ、リビアには行ったことがないんだ」
というと、誇らしげに、
「どうして来ないんだい?こないだまで君がいた国よりずっといい国だよ!」
と言ってくれた、お父さん。
元気にしているだろうか。
一年少し前、最初に「アフリカ大陸滞在中」のエントリで書いたように、僕が住んでいた場所は、確かに少々暮らしにくいところではあった。
ジャスミン革命に触発されたデモがあるや、ないや、という話を聞かないでもない。でも、酷い流血の惨事にはとりあえず今のところ繋がっていないようだ。
やっぱり、色々ある。
同じ大陸だけど、全然違うよな。リビアの件で、「アフリカ人傭兵」っていう表現をいろんなメディアで見るけど、あれほど違和感を覚える言葉は他にない。
エジプトの人を十把ひとからげに「エジプト人」と呼ぶ事だってある種乱暴なのに、それってどうよ、と思う。
それはともかく。
帰国にあたって、一緒に仕事をした現地人スタッフが、寄せ書きをして送り出してくれた。
結構、厳しいことを言ったりもしたので、まさかこんな事をしてくれるとは思わなかったが、とても嬉しかった。
「挨拶を」と言われたけど、感動のあまり何を言ってよいかわからなくなった。
「もう、僕は居なくなる。でもプロジェクトはまだ続く。君たちには全部伝えたつもりでいるし、君たち自身でもう全部できる。
このプロジェクトは君たちの助けをまだまだ必要としている。だから、今まで同様、今まで以上に、協力しあってやって欲しい」
みたいな事を言ったような気がする。
チュニジアやエジプトでは、「何もくれない奴等」をウマい事追い出したようだ。
でも、その後はどうなんだろうか?
あの「革命」、と言われる一連の動きが、「何かをくれる新しい別の人」を求めてのものだったとしたら、その「新しい人」はもしかしたら、ただの「新しい独裁者」に変わるだけかもしれない。
追い出したらから、「自動的に新しいものをくれる人が現れる」と思っているのだったら、そんな事はありえないよ。
追い出して、壊した所で安心していたら、多分何も変わらない。もしかすると、前よりずっと悪くなるかもしれない。
これからが、一番大変だ。言ってみれば、何も無いところから、自分たちの力で色々積み上げていかなきゃいけなくなるんだから。
急に色々頭に思い浮かんだので、何かを主張したいわけでもなく、以上、ちょっと雑駁に書いてみた。
こんなことが頭に浮かぶのは、もしかしたら、ちょっとホームシックなのか?などと言う考えが浮かんでしまい、慌てて頭をぐるぐる振ってみる。
「故郷は、遠くにありて思うもの」
とは言うけど、一ヶ月ちょっと再び日本で生活してみて、やっぱり色々この国は過ごしやすいよ。
@Chiyuky 糸賀ちゆき
AlEnglishを一晩中観ながら泣いた人、今リビアやイエメンその他の国々を心配している人、タイムラインを見ていると日本中がそう思っている様に錯覚するが、実際日本人で中東の危機に関心を持っている人は極わずか。#midjp #egyjp #bahjp #libjp #yemjp
@corobi_oki corobi_oki
【 国連へ向けての嘆願書 】 SEND HELP TO LIBYA!!! 署名サイトが立ち上がりました。リビアで医療援助、メディアの報道が要求されています。 民主主義のための彼らの要求に賛同の方は→http://bit.ly/dRCFUL #libjp #midjp
@john5a18 Kentaro nakamura (引用者注:2/20 PM1:53の投稿)
1258番目 まだまだ足りない 今日中に10000目指そう!RT @hashimoto_tokyo: 請願だん。QT SteFoyLesLyonFr 国連へのリビア救済請願ページ。http://bit.ly/fe5pqc #libjp #midjp
@HAMASAKI Ina 浜崎 伊南
リビアでの虐殺を止めるために何が出来るか。ひとつの方法は、菅総理・前原外相に対して、リビアでの外国人傭兵投入と虐殺を非難する声明を出すよう求めること。外務省「ご意見」 http://ow.ly/3ZMU1 首相官邸「ご意見募集」 http://ow.ly/3ZMUC #libjp
(http://twitter.com/#!/HAMASAKI_Ina/status/39182140176478208)
日本人が中東の民主化運動に首を突っ込んでいいものかどうか、俺には判断が付かないで居る。
我々日本人は民主主義の恩恵を既に貰っているし、虐殺を正当化する理屈など無い(リビアでは対空兵器がデモ隊に向かって使用されている、いう話をTL上で読んだ)。
が、日本政府、マスコミ、そしてネット市民がこの問題に向かってアクションを起こしたからと言って何が変わるのだろうか?とも思う。世界で起きる全ての人権侵害や虐殺に向かって全力でアクション起せる程、俺には時間も金も無いし、感受性も足りない。
全力で支援する事が「正しいこと」と分かっているが、そんな気持ちになれない。
なので、増田に書くことにした。支援法は紹介した。実行するかどうかの判断は読者に任せる。(あと、twitterで公式RTするよりは、こっちの方が多くの人に見てくれると思うし。俺のフォロワーは15人ぐらいしか居ないのだ)
頭の体操で高齢者と柔整師と外国人をつまみ出すっていう発想はいかがなもんなんだろうか?
そりゃあ、100年くらい前だったら実に斬新で魅力ある発想だったのかもしれないけれども。
んじゃーね、横だけどちょっと俺も頭の体操してみる。
まず、国民健康保険、これやめよう。
民営化しちゃおう。
強制加入を義務付けて、(ただし、保険会社はどこでもいい)国民皆保険制度だけは維持って方向で。
いまさ、収入に応じて掛金が決まるけど、普通の医療保険みたいに、病気や事故に合いやすいヒトほど掛金が高くなる方式にしちゃおう。
そりゃ税金は投入はするけどさ、保険会社だってお断りしたいような人も保険にいれないとならんからそのぶんの補填にね。
いまよりずいぶん安く上がりそうじゃない?
セコムあたりに売っぱらおう。
国がしっかり管理しないとダメとか言われそうだけど、薄給なセコムの警備員に警察の給料払ったらいい仕事してくれると思うよ?
有事の際だけ外注のほうが安く上がるんじゃねーの?
え?中国が攻めてくる?
むしろ中国に外注しようぜ。
アメリカ軍雇うより人民解放軍のほうが安くレンタルしてくれそう。
とりあえず東京を。
六本木とか今だってガイジンのほうが多いんだもん、日本じゃなくなってもいいんじゃないかな?
東京を追い出された都民の一人でも、尖閣諸島とか竹島あたりに住んでくれたら美味しいな。
24時間風呂で、50インチ液晶テレビがあって、国産車が五台くらい並んでる大豪邸。もちろんセコムしてるぜ。
しかし、東京に中国人がたくさん住むと、ダサイタマに住んでいても喉元にナイフ付きつけられたみたいで安心出来ないし。
ゴーンあたりに公務員のリストラを頼みたいけど、あ、ゴーンはフランス人か。まあいい。
総理はジョブズに。
神プレゼンに期待。
ジョブズは余命が短そうだから、名誉とやりがいのある仕事を引き受けてくれるんじゃないだろうか。
国営SNSを作ろう。
国民全員にアカウントをつけて、ジョブズ内閣のもとに一人一票を実現するんだ。
法案の可決否決は全部国民投票さ。
アカウントでヒモ付きにすれば都合が悪い意見言うやつとか都合が悪い票を入れるやつを簡単にぶっ殺せるしってのは内緒な。
ツイッターやフェイスブックと競合するようなサービスをして、できるだけ向こうの情報に触れないようにさせたいな。
出会い系っていうか、お見合いパーティーってか、もう面倒臭いからトントンっと合同結婚式だ。
面白くない?すんません。
よくフィギュアは一つ買うと終わりと言うがあれは本当なんだな・・・。
「平沢唯 が あらわれた!」
「平沢唯 は なかま をよんだ」
「秋山澪 が あらわれた!」
「琴吹紬 が あらわれた!」
「田井中律 が あらわれた!」
「中野梓 が あらわれた!」
「・・・おやっ!?本棚 のようすが・・・!」
「おめでとう!平沢唯 は ニート候補 から 軽音部 にしんかした!」
「ATMは自分の口座から財布に好きなだけ紙幣を追加できる!」
「財布に七万円を追加!!紙幣は希望のフィギュアを召喚できる!」
「歴戦の傭兵エキドナ を召喚!」
「流浪の戦士レイナ を召喚!」
「・・・・・・」
「誰がターンエンド宣言をした?」
「逢坂大河 を召喚!」
「フェイト・テスタロッサ バリアジャケットver を召喚!」
「真希波・マリ・イラストリアス を召喚!」
「アリカ・ユメミヤ を召喚!」
「>はい いいえ」
「それをすてるなんてとんでもない!」
「>はい いいえ」
「なんと 不知火舞(1/5スケール) がなかまになりたそうにこちらを見ている」
「なんと 呂蒙子明(1/4スケール) がなかまになりたそうにこちらを見ている」
「まだだ!まだ終わらんよ!!」
\(^o^)/オワレ
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100720
添削よろしくお願いしまーす
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080828
この記事によると、45年前の日本人は、田舎の場合長男だけが地元に残って家を継ぎ・支え
一方次男三男は口減らしに都会に出されることになっていたらしい。
となると、これからは、長男と女性だけが日本に残り、次男以降の男性は必然的に
国外で稼ぐ人生が定められ、そのための教育が実践されるとすれば
出生率は増えるのではないでしょうか?
ちょっとだけまじめに考えてみると、この問題は
子供は負債なの?資産なの?ぜいたく品なの?ってわりと使い古された問いかけやね。
人格批判しかできないド低の・・・いや腐れ脳みそのはてなブックマーカーになると思ったら
子供なんか産みたくないよね。
そこまでひどくなくても、今の日本で「ただの子供」は昔みたいに労働力にカウントできないよね。
知識を持たない日本人は生きていけない。
むしろ高等教育を受けても仕事が手に入らない学生が多い状態で、何の教育も受けてない人間には相当厳しかろう。
それは国の教育制度の論外さが先だったのか、企業の凋落が先だったのかは知らんけど。
「ヤバイ経済学」いわく、いらない子供は犯罪者にしかならないらしいし、
せいぜい「貧困大陸アメリカ2」みたいに学生ローンビジネスとか刑務所ビジネスのえさになるだけだろう。
一方で、学校なんかやめて「社会体験」を若いときにつんでいたほうが
今の世の中有利だという「神話」は根強いし、ある程度真実かもしれない。
もしかしたら倉科遼の妄想みたいにキレイな闇社会という謎世界が実現するかもしれないし
100人に一人くらいありまーくんみたいな天才が生まれるかもしれないし、
ドロップアウトをスカウトして傭兵ビジネスとかで外貨を稼ぐ企業が生まれるかもしれない。
ならば、冒頭の例とは逆に長男長女は自動的に15歳になったら
第九地区って映画を見てきた。
感じた事は、それぞれの立場からは正しいことをしているのに、それが全体にとっては正しくないんだってこと。
地球人はエイリアンを違う地区に移すことが正しいと思ってるし、エイリアンは移動することよりも猫缶を手に入れることが最優先。
研究者はエイリアンの生体を解明することしか考えてないし、傭兵はエイリアン殺しにしか興味がない。
それが仕事だからいいんだけど。
ただ主人公がだんだんエイリアン側に近づいて行くにつれて、やる事はエイリアンに近づいて行くかと思いきや、
結局はエイリアンも地球人もおんなじ部分で共感することが出来て最後はちょっと感動する感じで終わる。
ちょっと違うと排他的になるのが人間の性だけど、違う色も受け入れていく勇気があれば
もっと違う世界が見えてくると思いました。
きゃとらんが言ってたけど、金なくなってくると「食事は味よりカロリーだ」「食事は娯楽じゃない、義務だ」って感じになってくるんだよな。
(1)
「時間を潰すための幾つかある選択肢のうちからあえてゲームを選ぶ意味がわからない」
って感じで、「いかに金をかけずに適度に時間を潰すか」って目的があるような気がするんだけどどうだろうか。
ゲームが生活の比重のそこそこを占めてる(実績月1000目標)立場から考えると「ゲームをしてると勝手に時間が潰れる」わけで、「今日どうやって時間潰そう、安いから映画のレンタルでいいか」とか考える暇もないんだよ。
「映画なら必ず2時間以内に終わる」とは言うけど、上にも書いたとおり「時間を潰す」こと自体が目的化してないか?5時間余ってる時に2時間だけ潰したってしょうがないわけじゃん、映画2本借りてきて4時間潰すのか?まあ、2本目をトランスフォーマーにしたら5時間潰れるけどな。
無理に時間潰したいだけなら寝てた方がいいと思うよ。
(2)
増田のやってる「オタク系趣味」の例示がないのでわからないんだけど、例えばアニメを1クール=13話観たら7.5時間持ってかれるじゃん。2クールなら15時間だ。
リアルタイム視聴なら週1で30分ではあるけど、アニメを趣味にする場合週1本ってのはちょっと少なすぎるしな。
増田はそんなに時間ないの?時間ないなら無理に潰さなくていいんだよ?
(3)
俺は映画は話題作を中心に毎週1本以上観てるんだけど、話題の共有に成功したためしがほとんどない
A「アバター観ようと思ってるんだけどどうだった?」
俺「結構面白かったよ。君も観に行くといい」
3ヵ月後
俺「アバターどうだった?」
A「結局観てないんだ、まだやってるかな」
俺「賞とったからまだやってるみたいだけど…」
アバターですらこんな感じになったりするからな。テレビでやってるタダ映画だと結構うまくいくけど。
まあ、話題を共有するために映画観てるわけでもゲームしてるわけでもなく、好きだからやってるから、話題が共有できなくてもいいと思ってる。趣味っていうか好きなものってそういうもんじゃない?
増田は好きでやってることないの?話題の共有がしたいだけならニュースみなよ。
(4)
例えばダンスをやってたら
「俺、ゲームしないんだ」
「えっ!?なんで?」
で「ゲームやってて当たり前」みたいな空気をいとも簡単にやり過ごせると思うんだけど、増田は何かフィードバックのあることしてんの?俺は趣味にフィードバックはいらないと思うけど。
「編み物やってて忙しいからさー」
でもいいしさ、自分の趣味の話にもっていけば話題逸らせるだろ。
ちなみに音ゲーはポップンだけはそこそこやりこんでる(頑張ってLv42だけど)けど、ゲームはゲームでそれに似た何かとは別物だから「DDRやるならダンスした方がいい」って発想はずれてると感じる。「FPSやるくらいなら傭兵部隊にでも入ったら?」とは思わんでしょ?RPGやるならドラゴン退治に行きたいけどな。
あとついでだけど就職面接で趣味について聞かれたときは和裁って答えといたわ。そんなに頻繁にやるわけではないが浴衣くらいなら一晩で縫えるし嘘はついてない。
何かに打ち込んでいたらゲームしてないくらいでそんなに突っ込まれない(突っ込まれても回避できる)と思うんだが。
元増田が
「時間が余ってるから趣味を持ちたいんだけど、何やっていいかわからない。ゲームはこういう理由で消去したので、何かいい趣味あったら教えてチョ」
って話だったら気持ちがわからないわけじゃない。オススメは和裁な。
そもそも増田はゲームする気ないんでしょ?反論させてどうしたいの?まともな反論があったとしても聞く耳持たないわけでしょ?それにもし反論に対して反論できなかったら増田の気分が害されるだけだし。「なんでゲームしないの?」って奴を論破する方法でも尋ねたほうがよかったんじゃないかな。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091209-00000008-maip-soci
9日午前0時10分ごろ、神奈川県相模原市相模原4のJR相模原駅付近の歩道で、近くに住む危機管理コンサルタントでタレントのテレンス・リーさん(45)=本名・加藤善照=が自転車で帰宅中、すれ違った男と接触して口論となり、殴るけるの暴行を受けた。加藤さんは顔の骨を折る重傷。通行人が駅前の交番に通報し、県警相模原署員が男を傷害容疑で現行犯逮捕した。
逮捕されたのは、同市相模原5、アルバイト、稲葉暁容疑者(42)。同署によると、稲葉容疑者は酒を飲んでおり、「自転車でぶつかってきたからやった」と容疑を認めているという。【山衛守剛】
いつかの須藤元気みたいに通り魔に不意打ちされる状況なら格闘家でも軍人でもなかなか反応できないだろうけど、「接触」、「口論」があった後で「殴るけるの暴行」って。
元傭兵で素人にケガさせるわけにはいかないってんなら、その場から離脱するなり、ダメージを最小限に抑えるなりすればいいのに、「顔の骨を折る重傷」って。
民営化とは、端的に言って、国民の税金で作ってきたインフラやサービスを、バーゲン価格で民間に差し上げることだ。たいていの場合、その交渉は秘密裏に行われ、安値で手放す上に買い手側(投資家)に有利な条件がつく。
たとえばアリゾナ州は予算不足をまかなうために、州が所有する刑務所や州議会などを含む約30の建物を売却した。売却代金として、州は7億3,500万ドルを手にする一方、建物を使い続けるための賃貸料として毎年6,000万から7,000万ドルを払い続けていかなければならない。
シカゴでは昨年、市のパーキング・メーターが民営化された。ある報道では実際の価値の半額で売却されたともいわれている。この民営化による市民への大きな影響は、パーキング料金が2倍から4倍に値上がりすることだ。
さらにはペンシルバニア州では、2人の判事が民営化された少年刑務所から賄賂をもらい、少年を投獄するという事件もおきた。保護監察官の反対にもかかわらず、この判事によって2002年からおよそ5千人の未成年者たちが刑務所に送り込まれたという。
民営化といえば忘れてはならないのがアメリカのイラク戦争だ。イラクに駐留する米軍の次に大きな駐留部隊は民間企業に雇われた傭兵である。これまで米軍がやっていた、兵舎の建設、食事の供給など、そのほとんどを今では民間企業が行なっている。またロジスティック面だけでなく、ブラックウォーターUSAといった傭兵派遣会社は、戦術訓練を受けた人材をイラクに送っている。そしてこうした民間企業は膨大な請求書をアメリカ政府に送りつけ、結局それは国民の負担となるのである。
民営化の本質は、国民の負担が増え、一部の人が富を手にするということだ。日本でも今になってようやく、郵政民営化で誰が富を手にしたのかが衆目にさらされ始めた。もし国民が、国の資産が一部の人々の利権にすり替えられるのが「郵政民営化」の本質だと認識していれば、多くの人が郵政民営化に反対したことだろう。
ちまたで賛否両論、9割否定、と大変話題の雑誌「コミックギア」を購入いたしました。遅きに失した感がありますが、ここでダラダラと感想を述べさせていただきます。
このマンガ雑誌の特徴は、漫画家さんだけで雑誌を作っていく、ということ。互いに互いの作品に対してあーだこーだを繰り返して、各々が漫画製作に励むというわけです。では「編集者がいないのか」というと実はそうではなく、公式ブログによると「漫画家全員で意見を出し合って出来たネームを、まとめて編集者に見せる」という形をとっているようです。なんだか詐欺にあったような気がしますね。
まぁ、そんな作り方などどうでもよいのですよ、読者にとって。ようは、面白ければいいのです。とかく厳しいマンガの世界。あるものは巨万の富を得、またあるモノは借金まみれで放り出される。このマンガ砂漠で生き残れるのは、「面白いモノ」を描いたものだけなのです。あとのモノは砂漠にて自分のひり出しか糞を食いながら水分を補給するような人生を歩むだけなのです。
ちょっと言い過ぎのような気もしますが、とりあえず個々の作品の感想を述べさせていただきます。べんべん。
このマンガの凄いところは作者が頭蓋骨の奥に秘めた人類の宝物である脳味噌を一片も使った形跡がないことです。
「一挙2話、94ページ掲載!」と表紙に銘打ってありますが、94ページも使って進んだのは起承転結の「起」くらい。四コマで言えば一コマ目です。ヒロユキ氏は自作四コママンガ「ドージンワーク」がアニメ化されるほどの人気作家ですが、どうやら同じ手法でストーリーマンガを描こうとしているようです。画期的です。インディーズコミック(?)で活躍なさっている大橋浩之さんの作品に「音楽」というのがありますが、こちらのページ数は100ページほど。その100ページで1時間半の映画ほどのストーリーをやっておられる大橋氏に対してのこのプロの仕打ち。さすが、プロは違いますね。
あと、これはコミックギアに載っている全ての作品に言えることで、ほかでもさんざん指摘されていることですが、見開きや1ページぶちぬきが実に多い。通常、見開きなどというものは、一つにマンガ作品に一回くらいあればいい様なもの。それをヒロユキ氏は、とにかく乱発しまくっています。しかも、絵はうまいが構図が下手なので、全体的に書きこまれているのにスカスカ感を味わってしまいます。コップ一杯分のカルピスをドラム缶で薄めたような味わいが口の中に広がり、さわやかな水を飲んでいるかのような錯覚を味わってしまいます。カルピスなのに。二次元美少女にぶっかけるのに不可欠な白濁色はどこに行ったのでしょうか。
見開きと云うのは使いどころが難しいもので、例えば現在ビッグコミックスピリッツで連載されている花沢健吾著「アイアムアヒーロー」では、見開きが異常に多用されているシーンが出現します。しかし、スカスカでないどころか、迫力と恐怖がこれでもかというくらい倍増されている。また、「ディエン・ビン・フー」などで知られる大西大介さんも大ゴマ、見開きを多用する作家さんですが、こちらもそれらが見事に活かされています。要は使い方を誤らなければ連発してもよいのですが、ヒロユキ氏のそれは、先ほども言いましたように、「連発」ではなく「乱発」です。これが銃なら大変なことで、マイケル・ムーアにドキュメンタリーのネタを一本提供してしまうことでしょう。実に恐ろしい結果となります。
つまり、基本的なマンガの描き方をヒロユキ氏が一切把握していないどころか、そのことに対してなんら疑問も抱いていないのです。実に自信満々に作品を提供しておられる。ヒロユキ氏はインタビューで「自分がつまらないマンガを描くわけにはいかない」という旨の発言をしておられますが、残念ながら収録作品中、一番つまらなかったです。
ヒロユキ氏の作品をずいぶんと長く言及してしまいましたので、あとのは軽く流していきます。疲れてきましたので。
この「マシンガンソウル」という作品はダメな傭兵が主人公で、そいつが頑張る、という内容なのですが、こちらも絵はうまいのですが構図の取り方が下手です。79ページの一コマ目などは、あまりに下手過ぎて映画「デビルマン」のうんこ演技を思い出してしまいます。「おれ・・・でーもんになっちゃったよ~」とか「ぐわわぁぁ」とかいう、あれです。観ていない人はレンタルして後悔して下さい。
物語の途中で主人公は負傷した上官と、助けるべき人質を抱えて敵陣をひたすら疾走します。その猪突猛進ぶりや凄まじく、足を撃ち抜かれても崖から飛び降りても止まりませんし、最終的には頭突きで壁を打ち砕きます。その理由が、すべて主人公が持っている「根性」。凄いですね。「元気があれば何でもできる」という某アゴプロレスラーの名言を地でいくような主人公です。
しかし、やはり「根性だけでそんなことできるわけねーじゃん」的な思いを読者に抱かせてしまう。ここはひとつ、次回にて「実は主人公には謎の力があって、それを狙って謎の組織が…」と言った感じに、謎だらけな感じにしてしまうのはどうでしょうか。そうすれば何とか連載も続けられると思いますが、その前に雑誌が終わりそうな気もするので、やはりこのままでいいような気がします。
・若林稔弥著「大魔王ザキ」
よく作品を評価するのに「主人公にまるで共感できない」などと言った言葉をよく耳にしますが、主人公に共感できない=ダメ作品、というわけではないことを、ここに記しておきます。そもそもまるで主人公に共感できない作品など有史以来、大量に存在し、しかもそのうちの多くが評価を得ていることを考えれば、その一点でもって作品すべてを否定することなどできないはずです。映画「ドーベルマン」や山本英夫さんのマンガ「殺し屋1」など、どうしようもない人間ばかりでてきますが、高く評価されていることからも、そのことが判るというものでしょう。個人的な好き嫌いはともかくとして。
この作品「大魔王ザキ」もそうした「主人公に共感できない作品」の一つとして挙げられると思います。しかし残念なのは、作者がそのことを理解していないこと。読者に対して「こいつ(主人公)に共感して下さいねぇ~」と言った感じのオーラを放っています。「どうしようもない悪党が主人公なのに、最後はそいつに同情してほろりと涙してしまう」作品として映画「マーダー・ライドショー2/デビルズ・リジェクト」がありますが、これは実は高い演出力がないととてもじゃないけど出来ないことなのです。作者のじゅら氏はおそらく何も判らずにその壁にぶち当たって行った。結果、何も判らないまま崩れていったようです。素直に悪党は悪党にしておくか、最初から共感を得やすいような主人公にしておいた方が無難だったと思われます。
一つ疑問なのですが、物語のラスト。主人公の師匠は主人公を山から降ろさないようにしようと画策していたのに、なぜあっさりと降ろしてしまったのでしょう?「けがをして動けない」と言った描写もないですし(けがはしてるけど、日本の足で立っているのだから、止めることくらいは出来るはず)。どうせだったらベッドにでも縛り付けておけばよかったのではないかと思います。
怪物退治をする潔癖症な主人公とその使い魔のお話。どうでもいいけど、なんで扉に作者の名前がないのでしょうか。名無しですか。としゆきですか。覆面座談会でコミックギアの内情を暴露ですか。ぜひやっていただきたいところです。
ちょっとホラーな雰囲気を醸し出そうとしていますが、ものの見事に失敗しています。犬を吠えさせ、カラスを啼かせておけばアトモスフィアが形成されると思ったら大間違いなりよ、キテレツ。コロッケ食べたいなりよ、キテレツ。私、ボディーだけ病気なりよ、キテレツ。言いたいことが他の作品とかぶるので(コマ割りが下手、構図の取り方が下手、主人公に共感できない、それを作者が判っていない)、適当に埋めておきました。
あ!女の子が触手に襲われているのに、えっちぃ絵を描かなかったことは許せませんね!えっちぃのは嫌いか!金髪ぶってんじゃねぇ!俺は大好きなんだよ!えっちぃのも金髪もな!
・友吉著「GOOD GAME」
もう少し少ないページ数でまとめられたのではないかと思うのですが、ヒロユキ氏の作品に触れた後では、ちょうどいいような感じがしてしまいますから厄介ですね。もしかしたらヒロユキ氏は、他の作品を引き立てるためにわざとあのような作品をお描きになったのかもしれません。涙がちょちょぎれますね。嘘ですけど。
タイトルから林静一さんの「アグマと息子と食えない魂」を思い出してしまいましたが、全然関係ありませんでした。
柔らかくゆったりとした空気感を醸し出す絵柄に、ほんわかとした話。天野こずえさんの「ARIA」を想起させるような作風で、コミックギアの中では比較的読める作品に仕上がっております。「比較的」ですが。
途中で繰り出されるトリックの謎解きが、いまいちよく分かりませんでした。私がバカなせいでしょうか。いやいやまさか、そんなはずは…
女に振られたら死ぬ話。明らかな構成ミスが目立つ作品です。
主人公は心臓に病気を持っているらしく、女に振られるたびに激しい痛みに襲われます。主人公はそれを「失恋の痛みだ」と解釈していますが、いけませんね。異変を感じたらすぐさま病院に馳せ参じないと。手遅れで死ぬかもしれません。
主人公は友達の女性のことを「まさか俺に気があるのでは」と童貞丸出しな妄想で突進するのですが、実は彼女にはすでに恋人がいます。そのことが序盤で明らかになるものですから、主人公がその女友達に告白して振られることを読者は分かり切っている。それで引っ張るというのは、土台無理な話です。実は作者は「序盤で明らかにした」つもりはなく、「伏線を張った」つもりだったのかもしれませんが、だとしたら伏線の張り方が下手過ぎます。しかも、その女友達の彼氏は主人公の友達なのですが、その友達が最初にちょっと出ただけ。一回もアップになってないので、全然印象が薄いです。
物語の構成の仕方がまるで分かっていない作者だったのでした。いや、コミックギアは掲載作家全員で作品のネームを回し読み、意見を出し合っているのですから、むしろコミックギアの作家全員が物語の構成を分かってないといった方が正しいような気もしますが、私はとても心優しく繊細な人間なので、そのようなひどい事は言わないようにしておきます。罵詈雑言は、人の心を荒んだ物にしますからね。
いきなり盗賊の頭になった女の子の話。これも比較的読める作品だと思いますが(「比較的」、な)、これで連載はちょっと厳しいような気がします。個人的にはコミックギアの中で一番好きな作品なのですけどね。
カードゲームで闘う話。最近、テレビでアニメを観てますと「おれのターン!」とか「場に出ているカードをすべてケツに突っ込んでターンエンド!」とかそんな叫びばかり聞きます。流行ってるみたいですね、カードゲーム。
これもその流行に乗っかった作品なのでしょうが、「負けたい」人間と「勝ちたい人間」を闘わせて、それがうまくいかない、という展開は結構面白かったです。コマの使い方も比較的順当で(「比較的」、な)、読みやすかったのもポイント高し。そういえばポイントたかしさんって、まだエロマンガ描いてるんですか?結構好きだったんですけど。
ただ面白かった要素がこの一話で使い切られているような気がしますので、今後どうなるのか不安です。まぁ、コミックギアの今後の方が不安なのですが。
・総評
「プリンセスサマナー」と「アシュラ」と「アグマと息子と食えない魂」だけは他の雑誌に移行して、あとは全部打ち切り、廃刊でザッツオール、みたいな感じです。ヒロユキさんはコミックギアのために自腹を切って仕事場を借りたそうですが、競馬で負けたと思って、大人しく四コママンガを描いておいてください。うまくいけばまたアニメになるかもしれませんしね。知りませんけど。
しかし、ネットでの評判でシコタマ「ダメ」を喰らったこの雑誌。それによって世間では「コミックギア=面白くない雑誌」という見方が定着してしまったような気がします。一度そういう印象が付いてしまうと、次回でよほど頑張らないと挽回は不可能。次は11月に発売だそうですが、その頃にはどうなっているのか、とても楽しみです。
本に掲載されている人工無能が難しくて、泣きそうになった。
それで簡単なランチャーを作った。
WAVファイルから某サウンドカードで使われていた形式のファイルに変換するツールを作ったこともある。
いいプログラムが作りたくて、構造化の設計手法について勉強したこともあった。
AthenaProjectというエミュ鯖のコミュニティに参加して、ペットを改造したり、日本ではまだ未実装の傭兵を実装したこともある。
ソフトを買うお金がないので、AccesのVBAで複式簿記の家計簿を作ったりもした。
でも、なぜ、知らないが、その後プログラムを組むこともなくなり、ゲームばかりするようになってしまった。
それから二年後、ふとしたはずみでプログラマーになりたいと思った。
でも、Cなどの構造化言語の使い方は知ってるが、オブジェクト指向は全く知らなかった。
C#やJavaなどの言語を学校に通って勉強し、ストップウォッチやモグラたたきゲームなどを作った。
でも、それだけでは足りなさそうなので、オンラインゲームもどきを作った。
これだけあれば中小なら就職できるだろう。
そう思った。
でも、冷静に考えてみたらおれの年齢は26歳。
今更プログラムが組めるようになっても遅いんだよ。