はてなキーワード: 偉い人にはとは
言い訳とか、隠れ場所があって、自分の名前が表に出ないと、ストリート・スマートの訓練にはなりません。ストリート・スマートには、自分の名前に課してやる、失敗を被るという訓練が必要なのです。
勝間さんの言うストリート・スマートって言いたいことはなんとなくわかるんだけれど、
先にストリート・スマートという単語を掲げて、それになるためにはどうすれば良いのか、という説明をいくらされても
そのストリート・スマートという考え方にどれほどの正当性があるのかわからんのだよね。
って回りくどい言い方早めにして率直に言いましょう。
そのストリート・スマートって言葉、「マッチョ」って言葉でよくね? 完全に一致してるよね。
「世の中に自分を合わせることが自然にできる」って本質をイロイロ周りくどく言ってるだけだよね。
なにかそこから1つでも新しい要素が提示されてます?言葉をスタイリッシュにしただけじゃね?
いつから「結局自己啓発はキレイな言葉が勝ち」みたいなせこい事になってんだろ。
本の外側、お化粧の部分ばかり気にするんじゃなくて、出来れば中身をもうちょい突き詰めてほしいです。
私は、偉い人には「正解」を教えて欲しいのではなく「反論」や「疑問」に答えて欲しいと思うわけです。
例えば、上のまとめ記事を見ただけでも、勝間さんの理屈の中にはものすごい矛盾というかツギハギっぽさを感じるわけです。
勝間さんの理屈は私のような下の人間から見たら矛盾の塊であって、その矛盾をどうやって統合しているのかが知りたいわけです。
私は、その矛盾を全部内在したまま突っ走れる精神力とかマッチョぶりの方に興味が有るわけです。
それこそが、勝間さんの本当の強みだと思うので。ストリート・スマートってそういう事だと思うので。
なぜそう感じてしまうかというと、ストリート・スマートを目指すメリット・デメリットを比較考慮した形跡が見られない。
最初からストリート・スマートという素晴らしい物があって、それを目指すにはどうしたらよいかという狭い視野狭窄を目的意識と言ってる気がする。
その概念にしっかりした土台がないから(あるのかもしれないが説明されてない)、全部の理屈が後付けに聞こえる。
こちらも分かりにくいので一行で率直に言いましょう。
「この人、他人のことはよくわかってるけど自分自身のことが一番わかってないんじゃないか」というのが一番の違和感なんですよ。
他人から見て膨大な矛盾を抱え込んでるように見えながら、それをそのまんま他人に開陳してしまえるという部分がどうしても理解出来ない。
自分のことは考えない、あるいは化粧してごまかす、というのが成功の秘訣と言われているように見えて少し気持ち悪い。
そういう意味では上記発言を撤回することになりますが、他のマッチョとはちょっと違うのかもしれませんね。ストリート・スマートって。
政治家が東北・関東への物資の補給について安心できる具体的な施策を提示できるなら、買い占めてしまった我々は政治家を信じ、新たに買わずに買い占めた食料を食べてしまえば良い。その間、買わなくなった分によって理屈の上では買い占めていないのと近い結果になるのだから。
^^
震災当日、嫌というほど都市交通の脆さを味わい、震源の移動に関東大震災を意識させられた関東の人々に、「買い占めるな」と口先で言っても無理に決まってることが何故偉い人には分からんのか。
少し在庫が減ったと意識した時点から集団心理は止められる訳も無く、逆に事態が悪化した場合は買い占めてでも飢えなかった者がいやしくも賢い選択をしたことになってしまう。。私も含めて、自分一人なら飢えてもいいという心理の人は多いと思うが、家族や大切な人を他の人より先に飢えさせたくないという気持ちは中々に抑えがたい。
それが、指導者に対する信頼があまり無く、安心して頼れないのであれば尚更のこと。
逆に政治家が震災後の関東で買い占めが起きないと本気で思っていたのなら無能としか言いようがない。
政治家が言うべきことは「買い占めるな」ではなく、「西日本と海外で〇〇万人分の保存食と燃料、必要物資を手配し、〇〇日までに東北・関東の各地に届ける手配を整えた」というような具体的な施策ではないだろうか。その上で「(安心できるようにしたのだから)、買い占めるな」というメッセージで国民に訴えるべきでは無いか。
補給に対する施策は震災の数時間後から継続的に発信されていればベストだったのだが、今からでも決意が伺えるようなメッセージと、具体的な施策を提示するべきだ。もし「買い占めるな」で買い占めないなら、「お金を使えば景気は上がる!」といえば景気対策は済む。それができれば政治がどれほど楽か(それもできる政治家が本当は最強だが)
まず、政治家は安心できる施策を訴える。で、買い占めてしまった我々は政治家を信じ、新たに買わずに・・
この未曾有の国難に政治家は現実主義で実効性のある施策で先手を打たなければ事態は悪化するばかりである。今後、物流が落ち着いた頃には間違いなく経済が危機的な状態になるだろうが、それに対する施策で後手に回れば本当に最悪の事態になってしまう。補給の初動にも概ね失敗したが、次こそは失敗が許されない。経済の安定だけは何としても保たれなければ復興は成し遂げようがないのだから。
"人は己の努力や昇進の限界まで達したらそこで成長がストップする"って原則はすでにご存知かと思うけど、
その人は成長が止まった時点からも仕事はしていく。そのなかで「無能という能力を熟練させていく」って話があるのよ。
ひとつの閉じた環境、とくに代わり映えのないオペレーションが続く職場で働いていると、
その上司は、まず外との複雑なつながりが見えなくなる、かつ
内側においては俺に分かっていないことなどなにもないという認識を持つことになる。
「(ミスが起こった段階では)この場にいる誰のせいでもない問題がある」って考えることが出来なくなる。
問題が外にある可能性もある。あるいは内側のシステムに問題がある。常に物事は変化する。
そういうところを考える思考が死んでしまう。
だって、今までずっと問題なくうまく出来てたんだからこれからだってそうだろうと考える。
その結果、もし問題が生じるとしたらそれは誰かのミスだろう、という考え方になる。
問題に対する対処の思考スケールが小さくなり、柔軟性をかいていく様が、熟練された無能という言葉で表現されている。
(熟練される無能、かもしれない。)
だからこういう事例がどこの会社でも起こるのは当たり前なんよね。
http://d.hatena.ne.jp/gothedistance/20110307/1299467367
仮に糸をたぐって狂った場所がわかったとしよう。でも、そこで言う言葉は「なんでそんな簡単なことに気づかないの?何を確認したんだ?」っていう小言か罵声でしかないのではないか。もう終わった事に対して言える言葉は、行き場のない声でしかない。それを特に立場の弱いヒトに投げるのは、ホントによくないことだと思う。更に理詰めで「そもそもXXをやってないことが原因なんだろ?違うのか?」みたいな追い込みがあった日には最悪ですなぁ・・・。そういうヒトの下についたら、いくら上が能力あってもほとんどは伸びないよね・・・。ミスそのものを怖がるようになってしまうし、その上司のいうことに耳を貸さなくなる。
たぶんこれってどの会社でもある、いわゆる「あるある話」なんだと思う。
つまり「よく訓練された○○」のひとつの種類として上司というのもありうるというだけの話。
例えばオタなら古いオタは古いことならよく知ってるけど、新しいオタにはついていけない。
でも俺のほうがえらい、オタのことなら俺の方が正しいと思ってるから第三世代はアレとか言っちゃうのとなにも変わらない。
自主的に新しいものに接していかないとだれだって腐っていくもんだ。
それが今成長過程の偉い人にはわからんのです。(こういうふうに、ガンオタに閉じてる人って表現が硬直化しててつまらないよね)
で、それ自体は自然なことだし別に問題じゃない。
何が問題かというと、こういう上司が存在するのは当たり前なのに、
http://anond.hatelabo.jp/20091016125826
増田だからざっくりと。気が向いたらダイアリで書き直す。
私は680円のデニムは買わないなー。買うんだったらcuneの15000円のを買う。トシヨリだからちょっと恥ずかしいけど、680円のデニムを西友で買うかcuneのデニムを買うか二択だよと言われたらcuneを買う。
で。cuneのデニムと680円のデニムには全く異なるベクトルがあるわけね。cuneのデニムにはウサギのプリントが施されているという方向だし、680円のデニムは安いという方向。そのどちらを選択するかは企業次第なんだけど、勝間さんの「目立つ力」じゃないけど、他の人と同じ事、他の人がやって成功している事例に乗っかっても「勝つ」ことは出来ない。ロールモデルというのはロールモデルが提示された瞬間に陳腐化するんです。
シャアザクはシャアの乗ってるザクだけが赤いから目立つんであって、他の人もこぞって「よーしパパ、ザクを赤く塗っちゃうぞ」とか「赤が駄目なら黄色なんです。偉い人には(ry」とかなったらもう目立たない。価格競争が足の引っ張り合いなのは製品自体に差が認められにくい、少なくとも消費者はそう感じている程度の差-ザクで言うところの色の塗り方-くらいのコンセプトが提示されていない事に問題があるんだ、と私は思っている。
倉敷というとBIG JOHNが有名どころなんだけど、BIG JOHNだってリーバイスの劣化コピーだったわけじゃないですか
劣化コピーが勝てたのは価格の安さがブランドパワーだったからで、他の企業が劣化コピーをロールモデルにしたら劣化コピーじゃ勝てないわけですよ。みんながザクの色を変更しはじめたなら、ザクじゃなくて百式に乗るべきなんです。いやむしろアクシズを落とすとか。
cuneが「いいな」と思うのは、独自の世界観を製品にフィードバックさせているからなんだけど、じゃあ似たようなウサギのプリントをするアパレルが他に現れて、そこが680円だったらどうなるんだろ、と考えるとちょっと怖いよね。
だから「他に真似されないくらいの圧倒的なブランドパワー」を持ちつつも、常に最先端且つ誰もやっていないような商品を手がけていくしか「生き残る」道はないんだと思うよ。
一番偉い人がお金の印刷機を持っていてお金を印刷して流通させている
みんなはこのお金を信用している
一番偉い人は、個人的に借金を背負っている
みんなからの税収で少しずつ返しているが、借金の額が大きく返しきれない
また税収でみんなのために橋を作ったりダムを作ったりしてるが、それも計画が滞ってる物がかなりあり、みんなの不満が少しづつ高まっている
何とかみんなに豊かな生活をして欲しいが、徐々に難しくなっている
自殺する人もかなり増えてきた
借金を税収で返せる額にまで減らしたいという誘惑と戦っている
実際それをやった場合どのくらい問題が起こるのか、悲惨な事になるのか、たいした事がないのか、一番偉い人には正確な予測ができなくて悩んでいる
http://anond.hatelabo.jp/20090929145122
開発系の社内SEって間口は狭いけどもし入れたら増田みたいな何でも屋にはぴったりの現場になると思うよ。管理職でも手ェ動かしてる人多いからね。ただパッケージのカスタマイズみたいな業務が圧倒的に多いし、あくまで技術を求めてと言う話になると退屈になるかもしれん。ベンチャー系のBtoCシステム開発とかはその辺の欲求も満たせそうだけど、内製でやってるところがどれくらいあるかなぁ。
資格に関しては現場じゃ全くいらないけど、特に非IT系企業の偉い人にはわかりやすい「俺出来る人」アピールになる。その場合情報処理技術者試験以外はあまり役に立たないけど。ベンダー資格はSIerに勤めてると売られるときに単価がアップするぐらいだ。
本エントリは
http://blog.riywo.com/2009/02/27/120733/
に対するコメントとして書いたら非常識な長さになってしまったため,
仕方なく日記にしてしまったものです.今更推敲するのも面倒だし.修論締切やばいし.
以下コメント.
私,ちょうど現在修士論文の提出用最終稿を書いている真っ最中です.
卒業を諦めかけ,それでも卒業できることになりそうな身の上の者が,修士までの研究や卒業について書きます.
あなたのエントリを読ませていただいて,一番強く感じた疑問は,「卒業は誰のためのものか?」です.
私は卒業とは自分と保護者のためのものではないかと感じています.
「日本的お優しい環境なので(学部)卒業できた~」とありますが,研究室の先生は研究者.純粋な教育者ではありません.
あなたの保護者ではないのであなたが卒業研究から何か得ようが得まいが関係はありません.
たとえば博士課程後期にでもなれば自分の研究に利益をもたらす可能性が多少高まるので積極的に構うでしょうが,
学部生レベルじゃ「留年すると担当教諭として面倒だから単位やっちまえ」くらいに思っているかもしれません.
(特に東大ではその傾向を感じるのですが,ここでは言及しません.根拠となるデータなんてないので.)
だから卒業できた,いやさせられたのではないかと感じました.
何しろ卒業生の優秀さはその先生の研究者としての評価に直接は関係ないのですから,ある意味当然の振る舞いかもしれません.
あ,念のために注釈すると,それでもやる気のない生徒を卒業させようと頑張ってる先生は大勢います.
理由は研究者を育てるという教育者の責務に駆られたとか単純に甘いとかはそれぞれなんでしょうが.
結局,卒業にこだわるのは本人とお金出してくれてる人だけ.あと内定先の採用担当もいれましょうか.
そして,本人以外は卒業の事実だけで充分.学校生活の内容にこだわるのは本人だけ.
卒業までの短い期間で自分が満足いくまで研究するのも,就職予備校と割り切って卒業に必要なだけの研究をするのも,
こんな短い期間じゃ研究なんてできっこないと決めて何もしないのも本人次第.
大学ってある程度自由な選択肢があるところなんですよ.授業出席やテスト勉強に限らず,卒研さえも.
勿論明言はされませんが.
それに気づけるかどうかも本人次第.
そこに18歳だから気づけないとか22歳だから気づけるなんて因果関係はないと思います.
私は齢22にして卒研の意義が分からず,とりあえずやってみて,そんなもんかとがっかりしたクチです.単純ですね.
あなたは,同じ状況で頭を働かせ,とりあえずやらなかった.それだけのことでしょう.
そこに新卒採用制度が絡んであなたの問題を複雑化させているのはわかりますが,
就職先で卒業研究の内容を駆使することが求められるわけでもありませんしね.
そうそう,私がなぜ卒業を諦めかけたかの話が抜けてました.
(どうでもいいなら一段落すっ飛ばしてください)
すごくありがちな話で,ビョーキです.
学校に行きたくても行けない期間は辛かったでした.
なぜって,内定をもらってるのに卒業できないかも,という恐怖が常に襲ってきたので・・・
その時に再び思ったのですよ.
あー,やっぱり卒業研究は成果じゃなくて,本人が頑張ったらOKの世界なんだな,って.
この曖昧な文章に無理矢理結論づけるとすれば,
あなたが「学問」できなかった,しなかったのは,他でもない,あなた(のせい)だということ.
そしてそれにうちひしがれて自分から退学を願い出たということ.
担当の先生でもなく,就職予備校でもなく,学の府でもなく,あなたがね.
あなたは学問したいのであれば,きっと研究者を目指せばよかった.
でも,卒業研究ができなくて就職,という(逃げ)道を選んだから,あなたの中で大学で学問する意義がわからなくなってしまった.
大学院に行くということは,就職のために行くのではないという,オトナ達からの刷り込みによる思い込みのためだけにね.
大学院での研究生活は就職だろうと研究だろうと,人生の糧になりうるものですのに.
そして私がこれを書きたいと思った動機は,あなたが研究室に入ってくる生徒達にとてもよく似た考えをしているから.
研究室に入りたてだった頃の彼らに.
毎年,あなたみたいな考えの人が研究室にきて,無駄なことはいやだと最短ルートの入口を探し,
それが正しいのか,抗うべきなのかはわかりません.
でも,私は毎年こう声をかけてきちゃいました.
「とりあえず,研究っぽいことやってみなよ.
頭で考えられる範囲で研究になるかどうかわかるようなテーマは研究ではないから.単なる演習だから.
卒業研究は成果よりもやってみることが大事だから.
やってもみいくちゃ無駄かどうかわからないことにチャレンジするのも,長い人生,たまにはいいんじゃない」と.
私は今でもそう思っていますから,うっかり言ってみたくなったんです.
卒業研究や大学の意義について悩んだ挙句,私とは別の選択肢をとったあなたに,私の考えを.
所詮は終わってしまった選択肢,戯言ですがね.
なにはともあれ,就職おめでとうございます.
あなたなりに納得のいく人生が送れることを切に願いつつ.
「まだだ、まだ終わらんよ!」とか
「見える、私にも見えるぞ!」とか、
「やらせはせん、やらせはせんぞ!」とか、
「たかが○○ひとつ、○○でなんとかしてみせる!」とか、
「なんとぉ!」とか、
「死なば諸共!」とか、
「僕にはまだ帰れる場所があるんだ……」とか、
割と口に出すと元気になれるので使いどころは多い気がするけどなあ。
「○○なんて飾りです。偉い人にはそれが分からんのです」とかも汎用的じゃない?
偉ぶってるとかじゃなくて、なんとなく、慣用句的な用法で使ってる人が大概だと思うよ。うざいかどうかは、きく人の器の狭さに依存するんじゃねえかなあ。
http://anond.hatelabo.jp/20070807041956
まーそーですけどね、今のご時世、それすらわからんバカだか勘違いだかがはびこりすぎていますからね(´Д`)y-~~~~
「足なんて飾りです、偉い人にはそれが分からんのです」っていうのが、一番上から現場の数ミリ上まで着てるのは、流石にまずいでしょーっつーことで。