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はてなキーワード: 修論とは

2011-08-10

http://togetter.com/li/172419

卒論は「論文を書く練習」、修論は「研究をする練習」、博論は「研究者になる練習」

コンピュータサイエンス分野だけど、おおむね同意

位置づけにあわせて論文の内容に要求される水準もちがっていて:

  • 卒論世界で誰もやっていないことをやり、良くも悪くも何か結果が出ていること
  • 修論世界で誰もやっていないことをやり、既存研究より優れた結果が出ていること
  • 博論世界で誰もやっていないことをやり、全体としてその研究分野の流れに一石を投じる内容であること

だいたいこんな認識で良いと思う。

2011-02-16

twitterかっこわらい

twitterにもmixiにもフェイスブックにもメンヘラなんてごまんといるよね.

手首切ったり乳首したりちんぽだしたオナニーした童貞キャラ処女キャラビッチキャラヤリチンキャラ かまってほしんだからいいじゃない.

周囲は面白い見せ物見れて本人は赤ふぁぼ稼げて満足 結構結構.

ネットでバカやっているから 次の日のバイト頑張れたりすんだよ.

世の中なんて そぉいうバランスの上にあるんだよ.

俺はそう思うよ.



今日ね酔っぱらってバイト先でオヤジ自分のぬぎたてパンツ被せたらお金もらっちゃった(はぁと)ってゆーtweetを見たわけ.

バカだよね もちろん女の子tweetだよ. ビッチ:メンタルヘルス=4:6な女子大生なんだけど.

酒入ってるとはい精神状態ふつうじゃないよね.



でも 結構前から俺 そのメンヘラちゃんのファンなの.

その子バカでいろんな男とすぐやっちゃうけど その子のtweet元気出るの 彼女強く生きているんだよ.

彼氏と別れても 友達に分かってもらえなくても 泣きながら頑張ってさあ.

君はすごいよ. すごいのをみんなにみせないところがすごいよ.

わざとにみんなに馬鹿にされるようなところに堕ちて 女に蔑まれ 男に軽く見られて.

でも普通に普通をこなしているよね 努力してさ. 留年もせず バイトもして 恋もして 悩んで 振り回されて 内定もらって サークルも出て.



最低労力で てきとーに 卒論やり過ごしてると書いていたけれど 君 ずっとまえから卒論の構想をtwitterで書き散らしてたよね.

適当会社内定もらったって書いてたけどさ 君 がんばってネットで知り合った人に 履歴書の採点を頼んでたよね.



メンヘラちゃん たしかにバカっぽいけどさ. 頭もよさそうだし芯も強そうなの でもそれに気付かないで ドヤ顔で遠回しに説教する女が結構いるの.

どうせ後で後悔するのにバカじゃないの お前がレイプされても興味ないしどーでもいい死ね 男あさりはべつでやれ とか

男のtwitter-erがちやほやするからあいつが調子に乗ってんだ あいつはインターネット成人男性の気をひきたいだけなんだから

男達は今すぐアイツをちやほやするのをやめろ. ってね.

わかるよ 女が見たら叩きたくなるtweetだもん. いかにも



俺悲しいの.悲しくなるの

メンヘラちゃんのtweet利用して自分は正しいだって ドヤ顔するのやめて?

メンヘラちゃんだって分かっているんだよ きっとね.

駄目な男の子に引っかかる自分も それにすがる自分

でもさ 彼女ネットでバカなこと書いて 次の日もまた 元気に笑えるようになるなら なにがいけないの.

バイトして がんばって オヤジにケツやオッパイ触られて そして稼いだお金インターネットして

いいじゃん だめなの?

メンヘラちゃんの愚かさを切り捨てないで

蓮舫たいなこと言うのやめてお願い. 本気だよ俺. 心が痛いの.



俺どうしたいいわけ?

メンヘラちゃんのtweetのおかげでなんとか修論書けたよ. ごはんがおいしいよ? 俺まちがってるの? どうしたいいわけ?

助長させているの? 俺も?

メンヘラちゃんが幸せそうだと俺も嬉しいよ?



あぁあ. わかんない



でもさメンヘラちゃん 俺は君のくだらないtweetで何回も癒されたよ.

感謝してる 修論も書けたし 君のエロイtweetで一回抜かせてもらったしさ.

げんきで 体をたいせつに. 周りからはどんなに愚かに見えてもさ 自分楽しいと思ったことをやるといいよ.



ごめんね. 特定されちゃうかもしれないよね.

でも伝えたかったの. どうしても.




ありがとー

2011-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20110208161842

まだ、M1じゃないですか。全然大丈夫だよ。

要するに、問題は、確実に大学院来年修了することだよね。で、最初に言っておくと、修論には最低限の体裁というものがあって、そこで足切りしているはず。どんなに教授の指示を無視したとしても、その最低限の体裁さえ抑えた論文を提出すれば、教授としても修了させないことは立場的にかなり難しくなる。

よく考えてみよう。どの大学院のどの専攻でも、どの人の修論を落とすかは、専攻の教授が参加する会議で決めているはずだ。君以外にも、年に1人程度は修論が提出できなかったり、論文として形になっていない修論を提出したりして、落ちる人たちがいる。が、落ちる人をあまり大量に出すと、専攻としての教育能力がありませんでした自分で言っているようなものだから、落とす人を大量に出すことは通常考えられない。

どこかで、M3になってしまう人と、そうでない人の線引きをしているはずなのだ。その線引きさえクリアできれば、君は終了できる。で、その線引きというのが、修論が体をなしているかどうか、だ。

概要があって、章立て(はじめに、既存研究、提案手法、評価、考察、結論)があって、枚数があって、参考文献がついていて、結論がちゃんと書かれていれば、他の分野の教授には一見、落とす必要がないマトモな修論に見える。他の分野の教授でも、概要、はじめに、結論ぐらいは全員分のをチェックする。君の教授いかに君の研究を嫌っていたとしても、体裁が整った論文が提出されていると、君の教授は君の研究がどのような点で修論として未達であって、なぜ君を落とさねばならないのかを、専攻の他の教授の前で、皆に説明しないといけなくなる。体裁が整った論文が提出されていると、これは、かなり難しいことだ。

逆に、最もまずいのは、教授に色々言われたことを気に病んでしまい、結果的に、修論を書けなくなってしまったり、まずい修論を書いてしまったりすることだ。修論を書かないと、教授に、君を落とす絶好のチャンスを与えてしまう。

というわけで、僕のアドバイスとしては、今は就活に力を入れて、とにかく、確実に次をつないでおけ。研究は、就活が終わってからでいい。バイトは、時間が割かれるなら出来れば辞めたほうがいい。できれば、親に相談して、「この数カ月が正念場だから、数カ月分だけお願いしたい」とか何とか言って、工面してもらう。実際、必要になるのは本当に忙しい数ヶ月分だろ。

教授は、「年度内に結果が出なかったら修了させない」と言っているようだが4月5月になって、まだ残り1年ある段階で、君を公式に留年させることは教授には出来ない。留年や休学を勧めることはできるけど、授業料さえ払っていれば、教授としては君を強制的に留年・休学させることは出来ない。授業料さえ払っていれば、研究室研究機材を使って研究する権利が、君にはある。

「今は次を繋げないといけないので、就活します」とでも、先生メールを一本打って4月とか5月まで研究室に行かずに就活しろ。で、就活が終わってから研究室にやってきて、教授に何を言われても、「頑張ります」とか言ってのらりくらりやり過ごして、ひたすら研究しろ。今年の12月までに、過去修士論文(大抵見れるようになっているはず)を参考にして、修論を書いて、一方的でもいいか教授に送りつけろ。

そうすれば、なんとかなるはず。

http://anond.hatelabo.jp/20110208161842

大丈夫だ。皆が通る道だ。とにかくインフルエンザとノロに重複感染したことにして、研究室から1週間休みを取れ。その1週間にやるべきことは以下。



1.寝る。素敵な布団を用意して、ちょっとでも眠いと思ったらすぐ寝ろ。眠れなくても心配するな、そのうち眠くなる。

2.食べる。栄養なんか気にするな。ちょっとでも食べたいと思ったらばんばん食べろ。食べきれなかったら食べたと思って捨てろ。

3.研究室「外」の人間と会う。というか遊べ。愚痴れ。一人暮らしおかんが恋しかったら実家帰れ。とにかく今まで逢ってなかった人に会え。頭を使わないでいい、気を遣わなくていい会話をいっぱいしろ。「自分は今から愚痴を言う!黙って聞いててくれ!」と宣言してから言いたい事を言いまくれ。そういう相手がいなかったら、匿名ダイアリーってのもあるらしいぞ。

4.部屋を片付ける。掃除洗濯を丁寧にする。気力も体力も消耗しないし、充実感はばっちりだ。古いものを整理して捨てると、ものすごい仕事した感があってさらにお得!

5.「ああ、通常モードになってきたな」と思ったら薄目で現在の状況をぼんやり見つめろ。どうだ?



この時点での1週間のロスが致命的になることはまずない。精神的にまともでない時に人生に関わる判断はしない方がいいぞ。

修論は体力で乗り切るのが基本だから、気力と体力と最後教授土下座する覚悟の3つがあれば必ず終わる。正直研究結果が出てなくても何とかなる。(いたはずだ!そういう偉大な先輩が!修論終わらせるならそれを調べるのが最優先だ!)

基本、就活優先でな。(これは体力気力に加えて運が必要)

2011-02-01

大学院博士課程はどうなるべきなのか?

id:aionarapです自分ブログがなく,ブコメじゃ情報を書き足りないのでこの場をお借りしました


エントリを書くきっかけ

“徒弟制度”や修士論文の廃止求める 大学院博士課程で中教審答申 - MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/life/news/110131/edc11013122040003-n1.htm

はてなブックマーク - “徒弟制度”や修士論文の廃止求める 大学院博士課程で中教審答申 - MSN産経ニュース http://b.hatena.ne.jp/entry/sankei.jp.msn.com/life/news/110131/edc11013122040003-n1.htm



この中教審答申に関して,ブコメでは否定的な意見が多数,というか肯定意見は皆無ですね.しかし,私個人はある程度この試みに賛成です.あ,先に書いときますが,完全肯定じゃないですけどね.修論は書いたほうがいいし,徒弟制の完全廃止もどうかとは思っています.

じゃぁ何が賛成なのよ,という話ですが,Qualifying Examの導入,及び広い範囲の教育に関してです.これは必須,と私は考えています.この辺りのお話に関するご意見を皆さんに聞いてみたいと思い,当エントリを書くことにしました


要約

今回の中教審答申は,博士の現状の問題を反映した意欲的な取り組みに感じる.丸呑みにするには良くない部分もあるが,期待しても良いのではないのか.



博士はなんなのか

さて,そもそもの出発点ですが,博士は「スペシャリスト」でありさえすれば良いのでしょうか?私は否と考えます博士こそ「ジェネラリスト」にもならねばならない.…と書くと誤解を招きますね.要は専門馬鹿なっちゃいかん,ということです

勿論,博士課程の人間自分の専門分野に関して,国際的な第一線に立てるような知識と経験が必須です一生懸命自分研究に取り組む必要がありますですが,それだけではダメで,最低限隣接領域(まぁ定義微妙ですが)に関して,可能であればもっと大きな枠組で知識を深めなきゃいけません.科学技術はどんどん煮詰まってきて,先に進むためには学際分野の融合による新しい概念の創出が必要です.それをイノベーションと呼ぶこともあるでしょう.それを生み出すためには,少なくとも2つの分野に関してよくものを知っていないといけません,そうですよね?

テクニシャンとして分野を極めるのもひとつの道かもしれませんが,博士に求められているのはそういうことではないと私は考えています.



国はどういうつもりで博士を育てているのか

加えて,博士が「スペシャリスト」のみを意識していると,博士課程の人材の活用先は研究者,それもかなり狭い分野に限定されます

ここで,大学院設置基準が定めている博士課程の役割を見てみましょう.昭和49年の時点では,

「専攻分野について,研究者として自立して研究活動を行うに必要な高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とする。」

というものでした.それを,平成元年の時点で

「専攻分野について,研究者として自立して研究活動を行い,又はその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とする。」

と,敢えて変更を行っています.差分は,

「又はその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度の研究能力

が必要,と明文化したところ.その意図を,

社会の多様化,複雑化等に対応し,博士課程において,大学等の研究者のみならず,社会の多様な方面で活躍し得る高度の能力と豊かな学識を有する人材養成する必要から明確化」

した,と説明しています.

(以上,http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/05090501/021/003-3.pdfの2ページ目より引用.)

平成元年の時点で,大学院設置基準は博士課程学生に「社会の多様な方面で活躍しうる」人材たることを求めているのです



博士はどこで活躍できるのか / あるいはすべきなのか

「おいおい,博士研究者にならなくてどうするのよ…」という意見もあるでしょう,それは理解します.ですが,包含関係を取り違えてはいけません.研究者として生きて行けるのは,博士号を取得したうちの一部の人です研究者になるのは博士号取得者でしょう.です博士号取得者は全員研究者はなれません.国家として,限られた国庫の中から博士を全て取り込めるほどポストを恒久的につくるのなら別ですけどね….



それに,(ありえませんが)もしそうなったとしても,全員研究者になるのもどうかと思います.一人ひとりが研究テーマを持って,プロジェクトリーダー的な役割を果たしつつ,世界最先端を突っ走ってきた人間が,その経験と知見を他の分野に持っていくことは非常に意義があるでしょう.ある意味,一人でプロジェクトチームに求められる役割を全て果たす必要があるのですから,その能力は推して知るべしです.是非,社会のあちこちで活躍するべきです



非常にポピュラーなのは,専門を活かした職業でしょう.企業での研究開発を初めとした「明示的に博士を求めている」職業は多いです.…まぁ敢えて書く必要はないですね.

初等,中等教育の教師もいいでしょう.勿論高専も.起業もいいですね.



そして,本当はその他の「博士が求められていない」と考えられている職業にも行ったほうがいいと思うんですだって,ずっと知的体力を鍛えてきたわけですから,同年代博士号非保持者と比較してその辺りは大きくリードしているはずです

彼ら/彼女らが持っている問題発見能力は,必ずや企業にとって大きな助けになります



現状はどうなのか

前節の内容に関して,同意して頂けましたでしょうか?して頂けた方も,そうでない方もいらっしゃるでしょう.

でも,同意/非同意にかかわらず,ほとんどの人は「夢物語乙!www」という感想を抱くのではないでしょうか.いえ,私もそう思います.

だって現状が全く異なるのですから



例えば,id:scicom 氏の快著,「博士漂流時代「余った博士」はどうなるか?」(http://goo.gl/Pd0ls amazonへのリンク)には現状の博士号取得者,特にポストドクター(PD)の状況が整理されています.

簡潔に言えば,現状は散々たる物です企業博士号に魅力を感じていません.これは伝聞ですが,採用担当者は「博士は当たり外れが大きい」と感じているようです.ハズレを引くリスクを恐れて採用を控えるそうです



そもそも,皆さん,博士号をとっている人間が「最低限」「共通して」何を出来るか,分かりますか?

言い換えると,博士号が担保しているものは何か,知っていますか,ということです

公開されたばかりの中教審の資料から引用しましょう.

特に,博士課程では,①学生特筆すべき顕著な研究業績を求める大学院もあるなど,博士学位が如何なる能力保証するものであるかについての共通認識確立されていないこと,②博士課程(後期)の教育が,個々の担当教員がそれぞれの研究室等で行う研究活動を通じたものにとどまり,学位プログラムの整備という観点から不十分であること,③大学産業界等との間において,大学院養成する人材像と産業界等の評価や期待に関する認識の共有が十分でなく,修了者が産業界等の社会の様々な分野で活躍する多様なキャリアパスが十分に開かれているとは言えないこと,といった問題点が見られる

(http://goo.gl/Jq0LU, pdfファイル,5ページ目)

文科省は,博士号が担保するものに関する共通理解は無い,と述べています.また,教育の質もバラけていることを指摘しており,このことも共通理解の妨げになるかと思います.



個人的には,博士号は「専門知識」と「プロジェクト(研究)遂行能力」は担保していると思います.…が,サンプル数が少ないので断言はできません.



この「一般的な博士像の不存在」が,世間一般への博士の浸透を妨げていることは想像に難くありません.



現状は問題なのか

敢えて節を作って強調しますが,現状は問題です



当の本人たる博士号取得者は活躍の場が減る,すなわちたつきの道の選択肢が減ります

納税者の皆さんは,せっかくお金をつぎ込んで育てた人材が有効に活かされず,「税金無駄だ!」と感じるかもしれません.

後進の学生は,この惨状を見て博士に進まなくなります(というかそうなってます).

こうして,本丸たるアカデミック世界ごとジリジリと衰弱し,…あとは言わずもがな.



どうすればよいのか

勿論,「これさえやれば万事解決!」みたいな簡単な処方箋はないでしょう.でも,チャレンジは出来ます

私は,そのチャレンジの一環が今回の中教審答申だったのではないか,と考えています.(というか資料はそれを物語っています)



すなわち,博士の質を担保すれば良いのです



専門の知識だけではなく,基礎知識や計画力語学力倫理観などもちゃんと持っていることをQualifying Examで保証しましょう.

教育の質がばらけない様に,たくさんの先生教育しましょう.

どこに放り出しても生きて行けるほど強くするために,総合的な教育もちゃんとしましょう.



そういった取り組みが,今回の答申意図はないのでしょうか.

この新課程を出た博士がその有用性をアピール出来れば,在野の博士号取得者にもスポットが当たり始めるでしょう.



さて,ここで,「大学院に進んでまで人に教育を受けるとかwww自分で学べよそれぐらいwww」という気持ちになる人もいるかもしれません.

正直,私も「それぐらいじぶんでするわい」と思ってたりします.

でも,主眼はやっぱり「質の保証」なんだと思います.ちゃんと大学院は「最低限」「共通して」一定の能力を持った博士を輩出しますよ,という保証

さぁ,雇用者の皆さん,安心して雇用してください.

さぁ,経営者の皆さん,安心して共同事業を博士経営するベンチャーと行って下さい.

さぁ,保護者の皆さん,安心して博士教員を迎え入れてください.

そういう事を,皆が自信を持って主張できるように,ということでしょう.


ちょっとやりすぎじゃないのか?

ええ,上記の効果を狙ったとしても,逆効果になる部分もあるでしょう.

徒弟制を完全廃止すると,一本軸の通った研究ができなくなって,結果として「スペシャリスト」にもなれなくなります

(念の為に再度主張しますが,博士は「スペシャリスト」の能力を最低限備えてなければなりません,と考えています)

博士課程に進学希望学生修士論文書かないと修士/博士の間のフレキシビリティを損なうことになります



なので,細かい部分は考える必要があるでしょう.

でも,今回みたいに,現在抱えている問題に対してちゃんとコミットメントしたということで,私は文科省をちょっと見直しました

というかなんか雰囲気で「お役人は肝心なことに取り組まない」みたいな思い込みがあったのですが,やっぱりそんなこともないよなぁ,と思いました

なんせ,前述の「博士漂流時代」を読んで気になったことを調べ始めたら,殆ど中教審の資料にまとめられていたのですから



さて,長くなりましたが,これにて本エントリはお終いです.お付き合い下さり誠にありがとうございます

意見コメント,批判,大歓迎です.皆さんの意見を知りたいです

私のtwitterアカウントhttp://twitter.com/aion_a_rapですので,何か有りましたら.

2011-01-24

http://anond.hatelabo.jp/20110124015917

論文は読んでないってだけで、研究の立案とか実験とか (専門は林業からむしフィールドワークとかかな?) については指導してたんでは。「学生が何をやったかは知っている」と書いているので全く放任していたわけではあるまい。

で、卒論重要なのは仮説の立て方とか検証の過程であって、最終的にそれを記す卒論自体は好きに書いたらいい、って方針なんでしょう。実際、理系で100ページにもなる論文なんて他に投稿しようがないから、その「書き方」にとやかく口を出す意味はあまりないかもしれず。同内容を投稿論文にまとめる場合は見てたんじゃない? 特にその点についてはtogetterでは触れられてないけど。

自分卒業した学科は、卒論の枚数には上限があった。30pだったかな。ダブルスペースでその枚数だと、投稿論文two columnフォーマットで12pくらいに収まるから、そのくらいに制限をかけるならまあ意味があるかな。もっとも教授本人に見てもらうのはほぼ最終段階だったけど。

元増田修論を「書く」のにのたうちまわったということだけど、それはほんとうに「書く」こと自体で引っかかってたの? 仮説も実験データも全部揃ってて、「書く」だけの段階で?

http://anond.hatelabo.jp/20110124015917

この教員学科に所属しているのではな研究センターに所属している。

www.life.shimane-u.ac.jp/kyoin_ichiran/gakubu_shozoku.html

この種のセンターに所属している教員は、学科と兼任していない場合研究室を持たない可能性がある。今は卒論修論を指導する立場にないんじゃないか

もしそうだとしたら、大学に問い合わせたところで無駄だろう。「本学の教育研究に対しご意見いただきありがとうごいます。当該教員センター所属の研究者であり、現在この教員は学部生および修士研究指導を行っておりません。本学において卒論修論指導を担当している教員は適切な指導を行っております。ご安心下さい。この度の貴重なご意見は然るべき手段にて当該教員にお伝えいたします。」とまあ、こんなところだ。この手の先生は主に『講義』と『自らが研究をすること』が仕事になるため「こんな教員科研費を渡すな」「税金を使うな」みたいな指摘は的外れ、というわけだ。


発言者バックグラウンドをもう少し考えてみる。ご本人のプロフィールによると、京都大学准教授までやっていたらしい

forest102.life.shimane-u.ac.jp/yosimura/self_j.html

その頃はもしかした研究室を構えていて、学部生や修士を指導していたのかもしれない。京都大学学生相手なら卒論修論なんて読んでやらなくてもよかった、ということなのだろう。そりゃ京大ならそうだろうな。今時の学生にとっては不幸だろうけど。強く生きてね京大生。

twitter.com/pukuma/status/29158496909922304

査読論文ガチッと指導してたみたいから、その体験があれば卒論修論くらい余裕だろ? って言ってたんじゃないかな。旧帝大クラス(『研究大学』)なら卒論修論書く前に査読論文書くくらいのことは普通にやるんだろうし。で、それに比べて現在勤めているらしい島根大学での指導方針にびっくりしているよ、と、そういうことなのだろう。旧帝から駅弁に流れた先生の典型だな。早く新しい職場に慣れるといいですね。慣れる前に京大に戻れるともっといいですね。

卒業論文の指導を放棄した大学教授」の件で大学に質問状を送った

卒業論文の指導を放棄した大学教授

http://togetter.com/li/92395

学生卒論とか読んだことないので、卒論添削やってる先生がいることに驚く。学生が何やったのかは知ってるし、それをどういう言葉で書こうと彼らの自由。私はそこまで興味はありません。

卒論はしばしば100ページくらい書かれていたりするが、そのほとんどはどうでもいい無駄記述。数ページで書ける内容が無駄情報で水増しされている。論文というのは短ければ短いほどいい。5、6ページも書けば十分だろう。

学生卒論を書くことにより未知の世界に立ち向かっているが、我々には彼らが研究を始めた時点で、それがどれくらい価値のあるものなのか、最終的にどこまでできるのか、何もかもすべてわかっている。答えを教えてしまうのは簡単だが、それでは勉強にならないので黙っているだけ。笑

学生卒論修論の発表会で、こんなの3日もあればできるだろう?というのがある。学生に考えさせるためにわざと回り道させたんだろうかというとそうではなく、実はたいてい学生がさぼっていたというケース。

博士論文は3日で書き上げてしまった。笑

吉村教授博士論文を3日で書く天才らしいけど、俺は出来の悪い学生でのたうち回って修士論文を書いて、博士には行かずに就職した卒論修論の面倒を見てくれた指導教官には感謝している。こんな風に「興味ない」で済まされなくてよかった。論文を書いているときは心細くて、不安で、修了を逃した内定も取り消しだし、大げさだけどそのとき人生を賭けて泣きながら取り組んだ。もしこんなDQN指導教官にあたったら大学院中退になって、内定も取り消しで職歴なしニートになっていたかも知れない。

この教授とは面識がない。だからこのTogetterのまとめがどういう意図でできているかからない。博論を3日で書ける天才なのか、単なるビッグマウス野郎なのか、ネット弁慶なのか知らない。それで少しぐぐってみたら

吉村哲彦の高齢者蔑視と生涯学習蔑視

http://togetter.com/li/89704

吉村哲彦の性差別観をまとめたら血液型性格判断信奉というトンデモも釣れた

http://togetter.com/li/88371

英語言語ねこぱんち~吉村教授の語りから

http://togetter.com/li/84675

日常的にTwitter乱闘している痛い人なのはわかった。

なぜ質問状を送ったか

返事が来たら増田でまた書く。

2011-01-20

すべてに疲れた

大学とき修論で躓いた。

自分の頭では何も考えられなかった。

本当に辛かった。

毎晩逃げるように丘の上に行き、煙草を吸ってなんとか正気を保とうと必死だった。

部屋に首吊りのロープを作って首をかけてみたりもしたけれど、

結局死ぬ勇気なんてなかった。

けど、他人の力を借りてなんとか卒業することができた。

就職が決まっていたから、なんとかしたかった。

働くことで僕に内定をくれた人や周囲の人にお返しがしたかった。

初めてのボーナスを貰ったとき、僕は親に色んなものを買った。

本当に喜んでくれて、嬉しかった。

でも、就職して1年半後、僕は休職した

身体の疲れが全く取れず、日に日に動けなくなっていく自分が手に取るようにわかった。

周囲の期待に応えることが全くできなくなっていた。

組織人として失格。

評価のつけようがない。

色んなことを言われた。

僕には能力なんかない。

才能もないし努力をする根性もない。

当為はあるが意欲と才能がない。

努力して負けるのが怖かった。

自分が才能がないと思われることが嫌だった。

から上辺だけプライドで固めて、誰もそこに入れないようにした

気づいたら周りには誰もいなくなっていた。

ノックをしても反応しない扉の前にずっといる人なんかいない。

暗いトンネルの中を歩くのはもう疲れた。

から僕はここで人生に終止符を打とうと思います。

2010-12-06

http://anond.hatelabo.jp/20101206114118

まー先にやられちゃったのは不運だったね。

けれども、よっぽど徹頭徹尾自分仕事絶望してない限り、つまりあなたの作るものが一切新しい知見を付け加えないというのでない限りは、たとえ納得がゆかなくても、修論としてまとめるところまではやることをおすすめするよ。

つうかさ、何か作ってく上で、そうそう納得ゆくものはできないわけよ。いつだって心残りも後悔もある。けれどほんの少し、実現できた部分もある。それを足がかりにして、また上に登ってゆくわけさ。もし納得ゆくものが一生のうちに一度でも出来るとすれば、それは自分の積み上げたゴミの山の上に立ったからこそ手が届くものなんじゃないかと思うのさ。

ゴミを産み出すことを恐れるな。それが積み上げる足場になるなら、ゴミにも意味はある。避けるべきは、登ることを恐れるようになることだ。

2010-11-05

http://anond.hatelabo.jp/20101105124432

個人と企業ではその社会的道義的責任の重さが異なるのは当然のこと。社会常識であり自明である。

「俺は悪くない」を前提にしてるからだ。

私は現時点で契約どおりすべての金を延滞なく支払っているのだから、全く悪くない。

修論は今後の体制の改善であり、契約過去にさかのぼって無効化することを求めたものでは無い。

最初の末文で「お金かえして(;ー;」と一言書いたのは、蛇足で感情表現した冗談のようなものだ。本文及び続く返信ではあくまでもシステム自体の改善を求めている。

じゃあ零細企業だったら許されるのか?

5人ならOK?20人は?50人は?100人になったらダメなわけ?

個人より企業中小企業より大企業社会的道義的責任は大きくなる。力を持ち行使する者に課せられる責任だ。

零細企業は多少いい加減な行いをしたところで大きく咎められることは無いが、大企業は別だ。影響も大きい分責任も大きいのは当然のこと。

誤読、読解力の部分は失敬。

私の読解力不足により、あなた意見がただしく伝わっておらず、誤解が生じている部分が他にもあるなら明示してほしい。

その部分だけならは、そんな些細な部分で良い気になるな。

2010-07-17

http://anond.hatelabo.jp/20100717162606

まともな修論なら既にいくつか論文書いてるはずだろ

それコピペでだいたい完成するじゃん

6年弱大学に居続けてわかったが向いてないので修士辞めたい

小生M2内定はまだ無い。


ボスの言われるままに進学したが、僕のレベルは周りよりはるかに下だった。

まず英語ができない。まわり頭いい。英語論文の訳なんてできるわけがない。

課題もできない。なんでこんなの理解できるんだ。

やる気もない。そんな熱心にやらなくったって、もう実験の細かいところにこだわったって結果が極端によくなるわけないか適当でいいだろが。



死にたい」とか「ワシ病んでるねん」などは思わないが、本当に修士に進むべきでなかったと思う。



大学教授は少しでも手駒が欲しいから頑張って進学を勧める。

私立の不人気学科ならなおさらだ。

すぐには働かなくていいし卒業後にもしも働けたときは学部卒より給料もいいだろうけど、よっぽど勉強が好きでないかぎり進学は禁止。おじさんとの約束だ。


さて、リクナビでも見るか。



7/19追記ー。

しい言葉ありがとうございます

キュアサンシャインけいおん!!のおかげで生きながらえてます

研究勉強の違いくらい理解してるよ!って言い訳しようかと思ったけど、また今度暇があるときに。



2/23追記。

内定とって修論発表も無事終えました当時精神的にかなり辛かったけど、とにかく胸をはってやることをやればなんとかなった。

就職できない人、修了できそうにない人の事を思うと胸が痛む。

昔の自分アドヴァイスをするとしたら、とにかく前向きに自分より下と比べて自信を持って、元気よく出来うる限り最善を尽くして内定を取りにいってください、とエールを贈る。

2010-07-11

主体的な人間であることと結婚

こんな場所があるのね。

せっかくだからつらつら書かせてもらおう。

自分は今修論書いてる。彼氏社会人三年目。遠距離三年。

お互い結婚は早い方がいいと考えている。

彼氏は私に専業主婦になってほしいとずっと前から言っている。

極限までシンプルにするとこんな感じなんだけど、色んな要素が関わって悩んでいる。

彼氏は今年試験を受けて職場を変えるつもり。

といっても、受かるかどうかはまあ分からないし、受かっても配属になる土地は全く分からない。

受かっても落ちても今の職場やめるらしいから、来年以降の見通しは半透明な感じ。

私は働きたい、と思っている。それはそうだろう。

専門教育を受けさせてもらったぶん、社会還元したいと思っている。

これは彼氏にもずっと前から伝えていて、彼としてもその感情は認めてくれていた。

だけど、問題は「どこで働くか」が明確でないということだ。

もしお互いに試験合格したとして、遠隔地に配属になってしまったら一緒に暮らせない。

三年も遠距離してると、もうこれ以上無理、って気分になる。

彼は激務だ。週休一日で平日は夜日付回るまで帰れないみたいなのが一年デフォ

帰ってきた彼への「おかえり」は今みたいに電話じゃなくて、顔を見て言いたい。

たまにうつ症状が出て薬出してもらう状況にまでなるのも心配だ。

私自身もストレスがすぐ自律神経の変調に出るタイプなので、似たもの同士でメンタルが弱いのだろう。

一人と一人で頑張れるのも、来年には二人で頑張れるんだから、とお互いに言い聞かせてるからだ。

でも一緒にいるためには、どう考えても今年、私が希望仕事につくのを諦める方がいい。

この事実は受け止めている。

でも、教育を受けさせてもらったのに、それを還元できないのが辛い。

私の志望は専門職だけれど、ほとんど正規の職員の採用なんて無いような分野だ。

給料も知れている。それでもいいと思って勉強してきた。

大学院まで行っているけれど、あまりキャリア志向はない。

けど、彼は二年働いて、かなりの額を溜めた。結婚資金にすると言ってくれている。

苦労させたくない、と言う。

彼は過保護だ。

私を専業主婦にしたい理由は色々あるけれど、「心配」が一番大きいようだ。

セックス一回するだけで頻繁に38度台まで熱が出る。筋力がとても弱い。季節ごとに風邪ばかり引く。

虚弱体質とでも言えばいいのか、とにかく生物として弱い。

何もしないよりマシかと思って軽い運動を毎日続けているけれど、どれほど効果があるのかも分からない。

お互い子供が欲しいとは思っているけれど、私は体質と遺伝を考慮したときにリスクを感じずにはいられない。

出来れば、まだ体力があるであろう若いうちに出産できたらいい。

そのことを考えると、やっぱり就職してすぐ休職なんていうのも不誠実な気がして余計に悩む。

加えて言えば、私の両親は共働きだ。母はどちらかというとキャリアを重視するタイプ

母は私に就職して欲しいと思っていて、私が彼との悩みを打ち明けようとすると不機嫌になる。

私同様体はさほど強くないのに、仕事をこなし、管理職にもついている母のことは、尊敬しているからこそ、辛い。

すぐに結婚なんて考えなくていい、地元就職したら、と。

でも、いつか結婚するために、そうやって得た仕事を途中手放すのだろうか? 想像すると、私には苦痛だ。

一番困るのは、「じゃあお前はどうしたいんだ」と言われること。

私がしたいのは最初から「その専門の仕事」なんだ。

これに関わる活動は、実は就職しなくてもある程度可能だ。

プロフェッショナルとして、給金をもらう形でしようと思うから辛いのであって、他の道はある。

だから、専業主婦になることは、必ずしも夢を諦めることにはならない。

けれども、彼はそれを「自分の為に我慢させようとしている」と取る。

あるいは母は、「きちんとした職についていない」と取る。

私は、そう思わせること自体が苦しい。

実際、両親には学費を出してもらったのに職につかなかった、という自責の念にかられるだろうとも思う。

今指導していただいている先生方も、私を「社会的に役に立つ」人間にしようとしてくれているのに、と思うと、辛い。

きっと、誰かが何らかの形で心的ストレスを抱えることになる。

それだけはどんな道を選んだって間違いはない。


例えば、どこが勤務地なのかギリギリまで分からない、なんていう制度がなくなったらいいのに。

例えば、子供を産んで、ある程度の歳になってからでも、仕事を始めるのが簡単だったらいいのに。

例えば、私が彼に心配されないくらい、強かったらいいのに。

みんなこういう悩みを処理しながら一所懸命生きてるんだろうな、と思う。

決して緊急の問題ではなく、絶望するほど深刻な問題でもない。

私は体が弱いけれど大病を患っているわけではなく、彼の貯金仕事につくまで二人で数カ月暮らすには十分だ。

もっと厳しい状況にある友人の話を聞くと、こんなことで悩んでいる事自体が申し訳ないような気分にもなる。

でも、このもやもやとした感情に折り合いをつけないと、今夜も眠れない。

2010-06-17

http://anond.hatelabo.jp/20100617012550

横からだけど、正直、君がダメなんじゃなくて先生ダメな気がするなあ。研究者としてじゃなくて指導教官として、ね。

別の提案をする(Aがありますが、こういう問題がありますので、Bと組み合わせるといい結果が出そうです)→組み合わせただけ?

「組み合わせただけ」で修論としては上出来だよ。「いい結果が出そう」という見通しすらなしに単にやってみただけの修論だってごく普通なんだから。学生がそこまで自分で言えるようになっただけで十分なのに、修士課程学生先生なにを求めてるんだろ。「組み合わせただけ」の上に何か積めるならそりゃ博論レベルと言っても過言ではない。

多分、教授は君が持ってきたネタの関連分野一筋に一生捧げてきたから、君の言うことがトリビアルなように錯覚しちゃってるんだろうね(本当は修論なんて、表面上の新規性さえあれば、トリビアルネタでもいいはずなんだけど)。

そこで提案だけど、助教とかポスドクとかにこっそり相談してみたらどうだい?で、助教ポスドクが詳しくて教授があまり知らなさそうな分野のネタと、現在君が関心を持っている分野を「組み合わせ」てみる。そうすれば「組み合わせただけ」でも教授にはつまらなく見えなくなるよ。

要は、あんまりしがらみがない人に「単に相談に乗ってもらっているだけ」という形で、実質上、半分裏の指導教官みたいになってもらうわけ(ただ、このもくろみ自体はできるだけ伏せておくこと。助教ポスドクは立場が弱いので、教授に逆らうリスクを負わせてはいけない。あくまで、君が個人的に周りの人を質問攻めにした結果、その分野に詳しい人に相談に乗ってもらうことが多くなったという形にする。これ重要)。それで何とか乗り切れるんじゃないかなあ。

http://anond.hatelabo.jp/20100617010005

畑違いだから、なんともいえないけれど、

修士って「努力賞」でもらえるもんだよ。

学問的に新しい発見とか、そこまで期待されてないから。

大学教員図書室みたいに、修論が保存されているところがあるなら、

そこで近そうな分野のものをパラパラ斜め読みして、

どういう方法論をとってるのか、どの程度実験時間と手間をかけてるのか、

「ウチの院の修論の実例」を見てみたら、ちょっとは不安の霧が晴れて、

あるいはヒントも何かしら転がっているんではないだろうか。

いきなり学会レベルじゃ、ハードルが高すぎる。



ちょうど俺も今日、ある先生経験談を聞いたんだ。

その先生場合は、このままじゃ永遠に就職できない! と一念発起して、

二日ほど何もしないで精神集中させてから、そのあと、論文書きに毎日十四時間

週に一日は完全休養、というのを一年続けて、博論を完成させたんだと。

集中力があれば何とかなるぞ、という話。それが、難しいことではあるんだが。



とにかく、独りで悩んで、独りでドツボにはまって、

呆然として時間無駄にするのが一番よくない。

無駄努力もしないよりはマシだが、周りに聞いたら、だいたい、もっとよい方法を教えてくれる。

どんなに不愉快で気が進まなくても、

先生とか研究室の連中には、できる限り頻繁に会った方がいい。

まだ半年あるんだろ? まわりを必死に引っかき回してたら、

点と点がつながってくるって。

2010-06-16

ダメ修士課程学生研究テーマ決定

愚痴です。

テーマが決まらない

指導教員はやりたい事をやりなさいという。色々読んで自分の興味に近くて自分でも出来そうなことを考えて報告してみた。そんなことはとっくにやり尽くされていると言われた。そんなことの繰り返しで半年以上gdgdやっている。

スペック

中堅理系私立大学修士課程来年から就職予定なので修了したい。中退留年は避けたい。

やったこと

研究の仕方を調べる

ぶっちゃけ何も知らなかったから研究方法から調べる。学部の卒論は指導教員がいくつか手頃なテーマを与えてくれて、その中から選んだ。授業のレポートの延長みたいなもので、やるべき事をやるだけだったから乗り切れた。今回は完全放置

他の研究室の人は先生から入るべき学会とか論文の読み方とか色々指導を受けているらしい。俺は放置されている。俺がアホなのか、指導教員が面倒見が悪いのかわからないけどとにかく困っている。誰に相談していいか分からない。大学院にもなって研究の仕方がわからないなんてなかなか言えない。

ネットを見てAかBかどっちかの学会には入っとけという話を読んで、AとB両方入ってみた。JournalとMagazineの違いとか大学院生なら普通知っているだろという常識も一応調べた。査読付きのJournalを読んだ方がいいらしい。

図書館に行った

図書館に行って自分の専攻分野に近いJournalを読んできた。読んだと言っても10年分くらい集めてパラパラ眺めて、明らかに自分とは関係ないものは読み飛ばして、ちょっとでも気になったものだけを読んだ。その中でもさらに興味の強いものをコピーして1枚目に簡単に理由を書き込んだ。こうして、興味があるかも知れない論文の山ができた。

論文の参考文献とか著者名に注目した

文献リスト研究者名前リストが出来上がった

行き詰まった

ここまで来て方向性を見失った。山のような論文コピーリストは手元にあるが、何をしていいかわからない。有名な学会のJournalに載るような研究に、アホ学生、しかもこれから修士号を取ろうというレベルで何か出来る気がしない。輪講とかで論文紹介するのが精一杯だ。自分でこいつらよりcoolなやり方を考えましたとか論文を書ける気がしない。

論文の新規性という言葉がわからない。意味はわかる、他の人の真似をしたんじゃだめだということだろう。じゃあどうすればいいのか皆目見当も付かない。

俺みたいなやつが理系はとりあえず修士まで行こうと思ったのが失敗だったかも知れない。もう死ぬしかないんじゃないかとか思考がネガティブになって困る。修論落としたら人生終わる気がする。かといって、どうしようもない壁を感じる。

2010-02-23

派遣待遇

今日はじめて派遣バイトに行ってきた。内容は家具小売会社の商品の仕分け。

自分修論を書き上げ4月に就職を控えた大学院生で、今までにやったバイト家庭教師塾講師TAと、

いうなれば学歴という資格をいかした楽な仕事だけ。

自分は学部生時代は体育会系部活に所属していて、その辺の奴より体力は断然あると思っていたけど、10時から19時の

バイトが終わる頃にはヘロヘロになっていた。それだけ働いて給料は5000円ちょい。今までのバイトなら温かい部屋で一切体

を動かさず、多くても3時間働けば稼げる額。

仕事場にいた他の派遣人間はどう見ても自分より年上の人ばかり。この仕事で食っている人だろう。

休憩時間に話を聞いてみると、高卒大学中退フリーターという人が多かった。

この給料で、福利厚生もなく毎日働くなんて自分には考えられない。

世の中は不況というが、少なくとも自分大学の友人は皆どこかの会社正社員になっている。

それなりに勉強していい高校に入り、またいい大学に入るってことが幸せになる一番簡単なルートなんじゃないかと思った。

2010-02-10

これから修士研究室配属になる学生のための研究室生活で失敗しないようにするための自分なりのコツ。

工学系の学生向けなので、すべての学生に役に立つかは分かりませんが。

研究ノートをつける

一番最初は、「研究ノートをつける」ということだと思います。自分今日何をやったのか、何が分からなかったのか、などを書いておくことで、自分はやってるんだ感を出すという事と、時系列的に何をやってきたのかが明確になるので、修論を書くときに便利になります(分野によって違うかと思いますが、修論普通論文と構成が違っていて、序論、問題設定、アプローチ1、実験考察アプローチ1の問題点を改良(アプローチ2)、実験・・・まとめ という風になっていると思います)。あと毎日何をやったかまとめることによって、問題が整理され、新たな解決法を思いつくネタにもなります。

私自身は、普通キャンパスノート研究ノート替わりにつかっていますが、だいたい1ヶ月1冊のペースで使い終わります。

・平日はなるべく研究室にいく

M1のあいだは講義があって、講義が終わってから研究室いくの面倒だなと思うこともあるかもしれませんが、なるべく行くようにして、少しでも(それが論文を30分読むとかだけでも)研究に関連したことをやることによって、習慣付けされることを狙うということと、研究室に顔を出さないとやる気のないやつというレッテルを貼られたり、研究室にいかないことによって疎遠になって後々行きづらくなるということから避けられます。基本的に先輩たちは教えるのは好きなので、早い段階から周りと慣れておくと、研究スムーズにいきます。

私はここに関して失敗した人間で、配属当初はボスのことがすごく嫌い(自分の興味のある研究テーマを悉く否定(否定理由:私はそれあんまり好きじゃないんだよね)され)で研究室にいくのがイヤだったのと、ちょうど1つ上にあたる先輩同士が、裏で貶しあってたりしている様をみて人間的に好きになれなかったのもあり、殆ど図書館でひたすらM2の先輩が卒業するまで図書館論文参考書を読み漁る日々でした。しかし、図書館でいくら論文をよんでみたところで、所詮学部からあがってきたばかりの学生能力では、論文の表層しか読み取れないという問題もあり、今思うと非常に非効率的だったと思います。

・サイクル化する

研究をやっているとどうしても、もうちょっと・・・もうちょっとだけ・・・とやってしまい帰るのが遅くなり、睡眠時間が削られる、或いは、活動時間がずれていく。というような悪循環に陥ることがあります。なので、なるべく何時には研究室から帰るという時間を決めておいて、研究をこなしていくとよいと思います。

私自身もそれをやってしまい、昼夜が逆転しかけたことがあります(もちろん、そんなときはゼミ時間に起きれるはずもなく、ボスから怒られました)。なので、今はなるべく21時には帰宅、1時間ほどお風呂リラックスして、22時から3時間~4時間論文や本を読む時間にあてて、1時~2時に寝て、4時半におきるという生活をしています。

サイクル化を達成するための方法として、公共交通機関をつかって学校へ通うというものが考えられます。公共の交通機関には最終便という制限があるので、それまでに終わらせないと帰れないわけです。自家用車だと、いつでも帰れるという心境が油断を生み、だらだらとすごしてしまいがちになります。

学校には泊まらない

忙しくなると泊まったりしますが、泊まるというのは非常に効率的じゃなかったりします。その理由は、

(1) きちんと布団で寝ないと疲れが取れない

(2) 遅くまでのこってみたところで、殆どだらけていて意味がない

などがあります。

他にも色々あると思いますが、私はこんなところです。

2010-02-05

http://anond.hatelabo.jp/20100205040525

卒論参加賞修論努力賞、って俺の学科じゃ言われてたな

今は大変に感じてるのかもしれないけど

振り返って見れば、金を貰ってする仕事より断然楽だよ

2010-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20100107020557

研究お疲れ様です。自分でもがき苦しんでいるのに脛をかじるように、しがみついてくる後輩、

よくいます。さぞかし大変でしょう。

ところで、後輩が自分へ相談をあきらめてくれる方法は?とのことですが

諦めてくれるのを考えるのではなく、なぜM1に聞かないか訪ねてみては?

B4M1を毛嫌いしているのかもしれないし、M1がちゃんと教えない。とかあるのかもしれないけど、

大学院生に「ものを教える」経験を積ませるため

というのであればM1B4を指導するような機会を与えなければならないし、

M1にその力が無いというのであればM1にその力がつくような指導をしなければならないと思うのです。

人として他人から頼られるというのは嬉しいことかもしれませんが

貴方はその仕事をすべきでは無く、もっと研究室の将来のことを考えるステージにいるはずです。

そのためには、M1をもっと育て頼られる人に育てるのも貴方の仕事だと思います。

最後に、修論の追い込み時期でそんなことも考えている余裕もないと思いますので

最終的に、B4にはM1に聞けと怒鳴りつけ、M1にはB4にちゃんと教えろボケっ!!と言うのが正解かと思うのです。

以上

頼むから勘弁してください・・・.

現在M2

修論追い込みの時期に少しだけ現実逃避で少しグチをこぼしてみる.

うちの研究室は,「できるだけ大学院生が後輩の指導をするように」ということになっている.(教員が忙しい&大学院生に「ものを教える」経験を積ませるため)

自分B4の時は,M1の先輩がメインで指導,M2の先輩は研究内容が全然違うため,全く指導せずと言う状況だった.

自分M1の時は,僕がメインで指導(去年の今頃は,自分研究就職活動そっちのけで,毎日のように終電近くまで指導していた),M2の先輩は9月以降は指導せずと言う状況.

で,今年.

自分修論もやばいのでそろそろ修論の追い込みに没頭したいのだが,B4の後輩がそうさせてくれない.

M2も最後までB4の面倒を見るのが「当たり前」だと思っている様子.

今までも「基本的には○○くん(M1)に見てもらうようにしてね! 僕も△△くん(B4)と同じように,研究論文としてまとめて提出しなきゃいけないから見てあげられる余裕はないよ!」と何回も言ってきたんだけど,右から左に受け流している様子.

「個別相談を受けないようにすれば良いのに,それができない性格」である自分が悪いのは分かっているけれど,どうすれば僕への相談を諦めてくれるだろう…?


研究する時間がなくなってしまっているので,毎日のように睡眠時間を大幅に減らして研究…というのもちょっと辛い.

2009-12-17

どうしてお前は大学院に来たんだ

ある日の研究室学生教授に呼び出されて説教されていた。

ある実験結果のグラフに、明らかに不審な点があるのに、それを放置していたからだ。

教授曰く、

「おかしい所があるのにそれを不思議に思わないようでは、研究はできない。お前は研究に向いていない。」

くその通りだ。もちろん疑問を抱かないこと自体は悪いことではない(いちいち全部気にしていたら生きていけない)。

だが、少なくとも研究者には絶対に向いていないだろう。

続けて教授は言った。

研究者に向いてないお前がどうして大学院に来たんだ。」

研究者に向いてなかった学生研究の場である大学院に来てしまったのは、果たしてこの学生のせいなのだろうか。



現在理系大学生の多くは大学院に進学する。進学するか就職するかは、就職活動が始まる3年生の後半ぐらいまでに決めなければならない。

しかし、それまでに研究をしたことのない学生が、自分研究に向いているか向いていないかがこの時点でわかるはずがない。

結果として、多くが大学院進学するので、という理由で進学を決めるのも仕方のないことだろう。



そして院試大学院重点化が進んでいる大学大学院の定員も多く、ほとんど受験すれば全員通ってしまうような状況である。

研究に向いてない学生も向いている学生も、どちらもいるのはもちろんのことだが、全員通せば研究に向いていない学生まで入ってくるのは当たり前である。

せめて面接でしっかり研究する気があるのか、せめて形の上だけでも確認すればいいものを、筆記試験の点が足りてれば、面接も素通しである。

こんないい加減な試験をやっていて研究に向いていない学生まで通してしまう、大学側の責任はどうなるのだろう。



それでは、いざ進学してみて、やはり向いていないということが分かったら針路変更できるだろうか?それは難しい。日本企業新卒以外で就職するのは難しい。

だいたい、学部はもう卒業しているのに、卒業していない新卒予定者より扱いが下というのも理解できないわけだが。

また、修士卒を要求している企業もあるが、研究職ならともかく、その他の職種でどうして修士卒が必要なのか、これまた理解に苦しむ。

そうして、研究に向いていないと分かってしまっても、研究室にい続けるしかないわけだ。



かくして、研究者に向いていない大学院生のために研究室リソースを浪費し、修了するためだけの修論を書いて修士をもらって出て行き、そして修士価値は下がる。


定員を絞って、試験でちゃんと研究の適性があるか見極め、研究する気がある人にリソースを集めたほうがどんなにいいことか。




間違って大学院に来てしまったのは、この学生のせいじゃないと言いたい。でも彼はどうやって修了するのだろう。

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