はてなキーワード: 似非科学とは
併合は国際法上問題無かった
確実に有罪アウトー!ってわけではないだろう。
帝国主義批判で「植民地支配そのものが許されない」という論調は当然あるけど。
ただ、韓国は併合そのものに対して「謝罪と賠償」を求めてるわけではなく、
強制的に併合されたのが屈辱だと言ってるだけだから、なんか論点がずれてる気がする。
「韓国が望んだので日本は嫌々ながら併合してあげた」というのが間違いなのは、ほぼ確か。
これも事実っしょ。
メリットだけを取り上げるのは問題だけど。
名前の話
ということで、これは韓国人の主張と矛盾はしないんじゃないの。
ハングルの成り立ち
ハングルの普及については、日本の影響が大であったということで良いのでは。
一部で使われていたものを日本が広めたというニュアンスのようだが。
まあ、「間違っているなら反論できるはずだ」とは言うけど、
このあたりは「諸説あるうちの一つであり間違っているとは言わないが単純に肯定もできない」という感じだから、
余計に難しいんだよね。
事実は小説より奇なりというが、この言葉は小説の方が奇で当たり前なのに、現実が奇な場合がある時に、使われる言葉だと思う。小説の方が奇とは誰が決めたんだろう?そんな決め付け、現実を売り込みやすく調理しているメディアの方々の思い込みではなかろうか?
決め付けが世の中に横行しているのは、そういうマスゴミの姿勢にも責任の一端はあるのではないだろうか?
マスゴミ側からしたら、逆だ、多くの人に受ける為にやっているだけだ!というのかもしれないが。
内容は悪くないとしても、本のタイトルでも○○○○マンに明日はない、とか○○○○の危険性を指摘するのはいいけど、それは言い過ぎなんじゃないか?と思うようなのをよく付けたがるようだ。(○○にしたのは、そんなような意図で付けられたタイトルだったがはっきりした言葉はうろ覚えだったから)
地震が起きてから2~3ヶ月の比較的早い時期だったかに、元アナウンサーの女の人が、親切な情報とそうでない情報とについて、書いていた。
自分も関わってきてわからないでもないが、というニュアンスもあったような気もするが、ついつい煽ってしまうマスコミの体質と、自分が親切だと思った情報というのは、自分が身内や身近な人に伝えたいと思う情報だ、というような事だった。煽りに煽ればどこまでも煽れるようなショッキングな内容ばかりバレて、不祥事に次ぐ不祥事で、どうしようも無い出来事ばかり続いて、みんな不安なのに、不安に乗じたかのような情報や特集が組まれたり、いや伝えないといけない事だという意見もあるだろうし、中には伝えないといけない情報やそう思って伝えたものもあったのかもしれないけど、何だか入り乱れていて、悲惨な被災地の様子をずっと流していたのを見た被災地の人が、ああいうのより安否確認情報をやってほしいとネットで書いていたりもしたのも見た。
さらに最近ではマスコミではなく不安に付け込む商魂逞しい人も居たりするのか、今日新しくツイッタで私をフォローしてた人のプロフを見たら、HPが載せてあり、水素が体に良いとか水素水がどうたらと・・・、というのと放射能にも効く!とか載せてて、いくら疑似科学っぽくても、見ただけで似非だ!ニセだ!と叩くのもどうかと思ったので、何も言わなかったが、複雑な気持ちになった。
ソースの提示を求めたり、どういう作用でそうなるのかどこかで証明されてるのか、学会に論文は提出されてるのかなどの質問はしても良いのかもしれない。
ちょうど疑似科学の事に触れてしまったが、疑似科学似非科学というものについても、それらを一つ一つ精査して、どこがどういうふうにおかしいのか、科学的でないのか、言及していくのは結構骨が折れる作業だと思う。
科学的でない証明を科学はやる必要はないから、何と言って良いのか、正確にはわからないけど
普通は、棲み分けできていて、害が無いものであれば、いわしの頭も何とやらみたいに、わざわざ権威や本物の科学者が出張ってくる必要も無いのだが、たまに物凄い事が起きていて、何でそんな事になったのか全く理解できないけど、詐欺師的な人に教育機関が引っ掛けられて、冗談のようなビデオが学校で流されていたりする現象もあったりして、さすがに専門家が批判をしていたが、それも色々物議を醸し出していたようだった。
その事は疑似科学という捉え方で良いと自分は思うが、その事だけじゃなくて色んな疑似科学に対して、疑似科学を叩く人たちについての疑問を述べる人や、専門家の中でも頭ごなしに叩くのは如何なものか、という意見もあった。
この辺もパラドックスで、科学的というならきちんと説明すべきだが、そもそも科学は科学的でないものを、科学的でないと証明しなくてはいけない義理は無いのだw 義理と言うか義務と言うか。 そうなんだけど、一般の人の事を本当に思って科学的な考え方を浸透させたいと思っている知に対する深い愛情を持つ人ならそうするかもしれないけど、それは別にしなくても良いことなので、特に権威主義的な人たちは、わざわざしないだろうなと思う。権威を愛する人たちはしないだろうと言った方がいいのかなw
科学に、非科学的なものを科学だと言う疑似科学を、科学的に非科学だと証明しなくてはいけない義務は無いが、ネットでよくある疑似科学を取り上げている時の取り上げ方が、科学的ではないものもあると思う。これらの人たちが口にするのが、「科学には疑似科学を科学的に擬似だと証明しなくてはいけない義務は無い」なんだと思う。しかし、それを見た人への影響を考えると、なぜ科学ではないのかをわかるように説明した方が、良いのではないだろうか?と思わない事も無いが、まあ表現は自由なので何とも言えないとも思う。
疑似科学一つとっても、ここまで入り乱れている。
疑似科学じゃなく、弁護士でも精神病院でも、何でも圧倒的な力の差ができてしまう状態で人と人とが接すると、色々と問題が起こるようで、それについて、また言及する事を仕事にしている人たちが、出張ってきたりして、ますます儲けて自分は大学教授になったりしているという例もあるが、こういう事についても、一面的な捉え方や批判や非難だけでは、どうしようも無い問題もたくさんあると思う。
ジャーナリストたちは、如何にして批判をうまく書く事ができるのか?という事に心を砕くのか、昔から一面的な捉え方が好きなようで、善悪の図式を作ってしまう。
という言葉もあるように、善意だからと言って、必ずしも良い結果が出るとは限らないし、何か問題があるのは悪意があるからとも限らない。
だから、余計怖いと思う。
でも、昔からわかりやすいと思うからなのか、その方が売れると思うからなのか、水戸黄門の悪代官やないんやから~!!と言いたくなるようなキャラ設定がお好きなようで、イメージ戦略にも余念がない。
うつ病の薬と言うと、依存性があって嵌らせられる。医者や製薬会社は薬売りの悪代官!!! すごい人になると、うつ病の薬と自殺率の増加を結びつけてネットニュースの記事にしていて、データの読み方について、はてぶで突っ込まれていた。それを見たのは他のネットニュースの記者の人のツイッタだった。。。 その人に連絡したり相談する気も無くなった。。。
うつ病の薬については、本当に依存性はあると思うし、のまずに済んだらなるべくのまない方がいいと思うけど、正確な医学的知識を持つ医者が処方して、本人の状態をみて用法用量を守って出している場合もあるので、一概には言えない難しい問題だと思う。
自分としては、なるべくのみたくないので、今回の事で精神的にまいって神経内科に行った時も、漢方薬のうつ病の薬と同じ働きをするものを、処方してもらったりしていたが。。。
うつ病の薬については、依存性や危険性もあるが、統合失調症の陽性症状には、薬はかなり効果的だし、服用は必要なような事が、統合失調症の陽性症状について語っている掲示板からも、読み取れるし、統合失調症については薬を受け入れて病気の認識を持ってくれるかどうかが重要なようなので、薬は必要だと思った。
それで、ずっと前に、精神病院や精神科医を批判している人のブログをやっている人に、メールでやり取りしかけた時に、その事も併せてブログに載せた方が良いのではないか?サイトの性質上不安定な人も見るだろうから、薬=危ない!と刷り込まれてしまったら良くない場合もあるのではないか?と送ったら
返事が来なくなった。。。
ということもありました。。。。。
これだって、事実は小説より奇なりな事も、多々あり、入り乱れた世界が構築されていると思う。
弁護士に関しても、私がツイッタで、「弁護士憎けりゃ袈裟まで憎い」という造語で揶揄したような状態に陥っている人もいると思う。
でも、これも、どういう立場の人が言うかによっても違うと思う。
弁護士自らは、これを言う人たちに対して、揶揄したり鹹かったりは慎むべきではないかと思う。
むしろ謙虚に受け止め、これらの人たちの心のケアも含め取り組むべきではないかと思う。
しかし、さらに、入り乱れていて皮肉な意味で興味深いと思ったのは、これらの弁護士憎けりゃ袈裟まで憎いという幻の袈裟まで見てしまうような人たちが、力を入れている企画で、ラディフェミ叩きがあるのだが、ラディフェミ被害はあるにしても、ラディフェミに走る人たちの追い詰められた状況もあるのではないかと思うので、単純に叩いていいのかどうか難しい部分もある事なのに叩いている。
自分達の弁護士憎けりゃ袈裟まで憎い状態の状態が進んだのが、一部の事実の捏造まですると言われているラディフェミだとは思わないのだろうか?
男性でもこういうふうに言う人もいる。
http://twitter.com/denzirousann/status/125613385307013120
フェミニンな(特にラディフェミ)人達の抑圧性って彼女らが批判するマチズモをそのままひっくり返しただけに見えることも多いけど、そうなってしまうのにはそれなりの理由があって、だからと言って彼女達の思想主張をそのまま受け入れることは出来ないけど、アレな人扱いしてるだけじゃだめぽ
でも、私はこう思った。知らない人なので返信ではなく、自分で自分用覚えとして、つぶやいといただけだが
http://twitter.com/Tasmanian_good/status/126317550513553
もっともなご意見。でも、元男性で過激な発言「父親はタネとカネを出したにしぎない」をしDVでっちあげてるという疑いだか被害の声も挙がってる性同一性障害弁護士のような人場合は?^^;そんな倒錯的な昔の漫画みたいな人もいるw
そう、本当にそんな嘘のようなストップ何とか君!みたいな人もいるのだ。この弁護士の事を弁護士批判の一つとして行ってる人もいるが、こういう弁護士がいて迷惑した人もいた、というのは構わないと思うが、だから弁護士は~・・・という方向に持って行くには、極例すぎると思った。
このストップ○○○クン弁護士と名づけたくなってしまうほどの倒錯した弁護士さんは、不思議なんだけど、性同一性障害を言いつつ、恋愛対象は男性ではない状態なのだろうか?
あそこまで嫌っていては恋愛対象になどできないと思うのだが (そういう人達を男女どちらについても、今は毛嫌いする人たちとして、名称もできているそうだが、それなのだろうか?)
男のままで、「タネとカネ」という言い方をしていたら、どうなっただろうと想像してみたが、やっぱり変だと思う。責任を放棄して建設的な方向で物事に取り組む事をやめた姿勢とも、捉えられるから。芸術家とかアーチストと言われる人たちの感性に近いのかもしれないが、社会的に責任ある仕事に就くにはどうなのかな?と思わざるを得ないかんじ。。。
女になってしまった事に関しても、自分が女性性を持って生まれて、それによってラディカルなフェミニズムに走らなくてはいけないほどの社会的抑圧やトラウマがあったのではないので、女性性を持った者が受ける待遇--男性ほど社会的に優遇されてない事、経済的に自立しにくい事などの、社会的不公正や、そのくせ別なところでは、甘甘にしてあって、そのせいで更に経済力を手に入れにくくなっている事などの、社会的文化的構造的な歪み--を受けたわけではないのに、弁護士に幻の袈裟を見てしまう人たちのように、男憎けりゃ袈裟まで状態になっているかのごとき極論を振りかざし、人を煽動しているが、その責任の一端は元男であるのならば、自分にも還って来る事なのに、女に性転換したから、自分だけは免罪符を手に入れ、煽っている立場に行っているのは、矛盾を通り越していて、倒錯と言って良いと思う。
自分は男性性を持つ者として社会的には、優遇された立場に居たはずである。なんで、そんな人がラディフェミなのか?意味がわからない。
「過剰摂取」が問題だと言う記事なのに、
サプリメント自体に全く効果が無いとか代替医療だとか言ってる奴がいる。
せいぜいネットには、はてな増田にあったような、エセ科学(ニセ科学だったかも)叩きとネトウヨの類似を指摘するようなものしか、無いのかと思っていたら、実にきめ細かい意見も発信されていて、驚いたが安心した。
http://anond.hatelabo.jp/20081209215136
これは、ちゃんとしてるなぁ、もっと挑発的な感じの、まるでネトウヨ!と決め付けたようなのがあったんだけどな
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
と、上まで書いて、色々探していたら、つい読み込んでしまっていた。
疑似科学については、本当に一つ一つ検証して行くと、かなりの根気が要る。前の水エセの時に、私は知らなかったが、言い方についてだけでなく、反証実験がされてない事に言及していた人もいたようだ。(でも、なぜ反証実験しないかも、書いてあったが。反証実験するまでもない、という説明。それが拷問という議論や色々ある。学術的な論文が提出されてないから反証実験しようがないとも。)
こういうものについて、考える時、科学だけではなく、リテラシーについて、わざとものを考えなくさせている力があるのではないか、みたいな事を考えないでもないので、色々と考え絵しまうのかも。
興味深いというか、何ていうか、不思議だったのは、本人さんも科学的素養がある女性で、科学者だった過去もある人が、元婚約者のニセ科学やそれに準ずるような全ての事(法事や葬式なども)に対する態度に疑問を感じた話。
これ http://anond.hatelabo.jp/20101225004203 ■アンチ似非科学原理主義者を恋人に持った女のつぶやき。
男女どっちも不思議な気がした。
まだまだ興味深いのはある
http://anond.hatelabo.jp/20081118001843 ■[似非科学]ひとまずメモしておく リンク先増田中身がなくなってるのもある
http://anond.hatelabo.jp/20081119072004
>自然科学者にとって、自然科学で説明できる範囲は普通の人が思ってるよりもずっと狭い範囲でしかない。普通の人は、自然科学だったらもっとたくさんの事柄について断定的に説明・予測できると思いがちだが、自然科学者は自然科学は限定的なもので世の中のほとんどのことについて説明できないのだと、ちゃんと認識している。もし認識していないならそれは自然科学者ではない印なのだ。
ハハハ これって、精神科医についても言えたりしてwww
それを探してて、違うところを読み込んでいた
水科学なら、専門家が出てきて疑似科学や似非科学を批判してたのに・・・
自称ACではなく、自称AC専門家、自称AC心理療法家は、どこのどういう学会でどういう論文を発表し、どういう風に評価されたのか、客観的に分かる形で示して欲しいものだと思います。(論文はあっても正式の医学の学会のではないものが多い)
http://anond.hatelabo.jp/20110919235051 の続き
多すぎたのか最後が入らなかった。
上のに入らなかったので
731 :優しい名無しさん:2007/07/06(金) 10:14:11 ID:dSHhKWfW
1990年には、米国の3つの物質依存治療センターで、アルコール依存症で治療中の患者を対象に、
親のアルコール依存症の有無によって2群に分けて調査を行い、
その結果、米国の正統派の精神科の診断基準マニュアルであるDSM-Ⅲで、
その2群にはまったく統計的な有意差は認められなかったと報告し、
http://mimizun.com/log/2ch/utu/1175555457/
ACを自認する人を責めたり疑ったりするつもりはありません。
前の日記にも書きましたが、このレスの元の論文そのものを論文検索サイトで探しても、見つかりませんでした。英語なので探しにくいです。昔のだという事もあります。
わかる方いらっしゃいませんか?
http://www.geocities.co.jp/Berkeley/3653/archive/kato01.html アダルト・チルドレンの語られ方 -雑誌記事の分析より- 加藤 篤志 『茨城大学人文学部紀要 コミュニケーション学科論集』No. 4 (1998年9月発行) 165-180ページ所収
http://www5.ocn.ne.jp/~misuzu/tamaki.html 書評「心理学化する社会」 -精神医学という名のメタなる怪物-
上記レスの調査ではないようだけど、フロイト先生のウソという本でも、虐待の連鎖については差はあるものの、8%と12%なので、大した差では無いという事になったと書いてあるらしいです。
http://psychodoc.eek.jp/abare/ac.html 中立的なものの見方の精神科医の意見 精神医学界では冷遇されているとしながらも、頭から否定はしていない。1999年書かれたもの。ちょうど流行りかけのころか。
その中にもこう↓書いてある。
http://anond.hatelabo.jp/20110906150347
読んだけれども全部は内容を把握できてないかもしれません。アダルトチルドレンというのは、ずっと前にも自分の今は使ってないgreeの中にも書いたのですが、アダルトチルドレン オブ アルコーリック の前の部分だけを取り出したもので、アルコール依存症患者とともに子供時代を過ごした人(今は大人)について、を指す言葉で、その人たちが大人になった時に同じような精神症状を示し、それがどうも過去に起因するのではないかと、精神医学の分野の人たちではなく、アメリカで心理療法家や臨床で精神的な問題を抱えた人に心理的なアプローチをする実際に身近にいる治療者たちから、言われ始めそのような研究や論文も(英語の論文サイトで見た事もある)少しはできたりしてたらしいです。(少しはと書いたのはアメリカが元だけど、そんなにアメリカで持て囃された理論でもなかったと思うから)
しかし、虐待の連鎖については、調べてみたら有意な差は認められなかったという結果が出た事もあったと、日本の精神科医のサイトで見たこともありました。(この元の論文は探してるけどまだ見つけてない)
日本では、虐待の連鎖も理屈や理由や統計は求めらずに一部専門家が言ったら、確定事項みたいに流布してしまっています。ACの流行の盛りは過ぎたと思ったのに、質問サイトではいまだに虐待の連鎖を心配して、被虐待者が自分が将来虐待するのではないかと相談しています。被虐待者に不安を与えて信者にして儲けようとしている人もいるかもしれないと思ってしまいます。日本の精神医学の学会ではACというものには懐疑的らしいです。なぜかというと、アダルトチルドレン オブ アルコーリックの人の症例や理論を拡大解釈し過ぎだし、誰にでもあるような事や、大して問題とも言えない事まで問題視する本をAC理論を唱える関係者がを出したりしてたからです。
虐待により精神的な問題を抱えるようになった人たちがいるのは事実だと思います。その人たち(自分もかもしれませんが)に適切な治療の場やサポートが与えられる必要はあると思います。AC本批判の医者の中にも極端な考え方をしている人も居ると思います。 精神症状の原因を外部に求めるのがいけないという書き方の本もありますから。どちらとも決め付けられない事だと思います。
こんなふうに意見が別れるのも、抽象的でどちらとも言えないもの決め付けられないものを、AC本は決め付けてしまっているからだと思います。
極端な考え方のものはともかくとしても、精神医学系の学会が、ACという考え方に関して疑問視していたと知って、書かれた疑問も読んで、ほっとはしたものの、なんだ、自分が思ってた事と同じではないか!もっと早く言ってよ!!と思ったことはありました。
認識の問題とか、自分の回復のために、そのような問題を書き綴って確認作業のような事をするのは、本人にとって害はないからよいと思いますが、お金を払って治療を受けに行くと、信者にされる可能性もあると思います。
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昼間に書き始め、途中でやめて、また書いているので、最初言いたかった事とずれてしまったかも。
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こういう問題について書こうとするとよくわからなくなってくる。
ただ、アダルトチルドレン オブ アルコーリックは、アルコール依存症患者とともに育った子供時代を持つ大人を指すので、例えてみれば、中国残留日本人孤児の人たちが今は大人なのに孤児と呼ばれているので、中国残留孤児だった大人と正確に呼び、その後半部の「孤児だった大人」の部分だけで呼んで「孤児だった大人」「孤児だった大人」と呼んでいるようなものだと思うから、何だかこっけいな感じがしてしまうのですが・・・
今自分が書いたものでも、つい「アダルトチルドレン」と繋げて書いてしまいました。 これを言うなら「アダルト チルドレン オブ アルコーリック」とすべきでした。その方がわかりやすかった。子供だった大人、どんな子供? アルコール依存症の人と一緒に居た、ということだと思うんで、そこから、心は子供体は大人、とか 見た目は大人なのに中身は子供で、そうなってるのは本人のせいではない、みたいな理論とか、大人になれない子供とか(これは批判のように捉えて嫌がる自分はACだと思ってる人もいるみたいだけど)、子供時代を失った子供とか(これはある意味そうなんでしょうけど、それを指摘して何になる?当事者でもない専門家が親切にもあなたは子供時代を失ってますよ~と言ってくるというこっけいさ。それって親切なの?かわいそう攻撃じゃないの?) 子供時代に大人の役割をさせられた子供とか(これもそうかもしれないけど、それをACと称する事に、関係者がお布施を募る事ができる以外、何の意味があるかわからない) ...etc
これらの状態を アルコール依存症の人と一緒の子供時代を送って育った大人、とどう結び付けていけるのかわからない。
アダルト・チルドレン という響きが、聞こえが良かったのではないか? 自己愛的傾向を持つ人々の心を掴むのに、格好のネーミングだったからではないか?
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子供時代に受けたトラウマが、精神症状を引き起こす事はあると思います。それを否定するものではありません。それに対しては個別にそれぞれの現在の状態に合わせて対応するべきだし、親に限らず他人から受けたトラウマで精神症状が引き起こされる事はあるでしょう。親と言う人と接するのは、自意識や自我が発達してなくて判断力がない時期からだから、混乱させられやすいという事は言えるかもしれません。
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アダルト・チルドレンというものを考える上で、こういう事も念頭に置いた方が良いのでは無いかと思ったので書いてみました。
心に傷を持つ人、空虚なものを持つ人、家庭に問題があった人、孤独な人、こういう人は都会に出たら、何とか商法や、壷や絵を買わされやすい傾向にあると思います。怪しい宗教なんかも付け入ろうとするかもしれません。(孤独なお年寄りが布団売りつけられるようなものです。)
それよりはマシかもしれませんが、本買ったり心理療法に通わされたりするのも、同じような面もあるのではないかと思います。
手を変え品を変え、有名人を引き込んだり、NHKで有名作家にカウンセリング体験を語らせたり・・・
これで得をするのは誰でしょう?
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追記
アダルト・チルドレンがキーワードになってたので、読んでみたら
今はACは、機能不全家庭で子供時代を過ごした子供たちの総称になっているそうです。
機能不全という言葉で用いられている機能というものが、そもそも抽象的なものでしか無いので、そのあたりが問題ではないかと思います。
自助団体 (自助という言葉が適当かどうかわかりませんが、そう自身で名乗られているので) からも、AC本の人には抗議文が送られていると、はてなキーワードで見ました。やっぱりねw
わかるとは思いますが アダルトチルドレンではなく、キーワードがACなので、リンク貼っときます。 http://d.hatena.ne.jp/keyword/AC
追追記
837 : 没個性化されたレス↓ : 2010/04/20(火) 00:09:36
ACを商売にしてる人はACに根拠が無い事がばれてくると今度は
「負の連鎖」とか「虐待の連鎖」というこれまたまっったく根拠の無い概念で
新たなお店を開いているようです
838 : 没個性化されたレス↓ : 2010/05/01(土) 18:57:32
根拠あるでしょ。十分に。
839 : 没個性化されたレス↓ : 2010/05/02(日) 13:58:54
ACに根拠があるかどうかに関わらず、
(傷付きやすく騙されやすい)ACをターゲットに商売をする人たちは
距離の近い親の本質を暴くことは、世の中の危険な人の本質を見抜くよりも簡単。
世の中、表面的にはイイ顔をしてても、中身は毒親みたいな搾取的な
結果として騙されたり、時間を無駄にすることだって多いのかもしれない。
840 : 没個性化されたレス↓ : 2010/05/08(土) 19:27:01
それに騙されて身動き出来ない人がいるということ。
>ACが自身の主体性を取り戻し、社会性を得ることの難しさに、
ウソ概念で騙されているんだから主体性を取り戻せるわけがない。
カネを搾り取ったがもうカネも出て来なくなったら主体性を取り戻せという。
AC業者の糞なやり方には本当に腹が煮えくり返る。
986 : 没個性化されたレス↓ : 2010/06/29(火) 22:37:15
アメリカのソーシャルワーカー達がアダルトチルドレンという無根拠なレッテル貼りを始めてから
もう40年という月日がたってしまった。
それを利用したAC業者やマスコミが被害を拡大させて、日本でも30年近くこの無根拠な概念が暴威をふるった。
このAC概念は無根拠なくせに極めて専横的で疑いを許さなかった。マスコミとAC業者がそうさせなかったのだが。
AC概念は人々を苦しめ、裁き、断罪し、この概念のくびきのもとで生きる事を強い、いささかの救いの道をも与えなかった。
ACは無根拠であるが故に疑いを許さなかった。ヒットラーのように。北朝鮮のように。
AC収容所の人間は小石のようなあきらめをしゃぶり乾きを癒すしか無かった。
ACに根拠は無いのに。
そして強制収容所の人々が「ここにいるから私は友と知り合えて生きていること許される」と心理的な合理化をするように
「ACを知ったからこそ私の人生がある」と合理化をするようになる。
商業主義の暴虐に痛めつけられ囚われの身となった人の心が、最後の誇りを失わないようにするために
強制収容所に30年幽閉された人が解放されてもとまどうように。
30年と言う月日をAC商業主義の暴虐に晒された心に「ACには何の根拠も無い」
と言われてもすぐには受け入れらないのはもっとなことだ。
このスレも次スレもこうしたAC被害者のリハビリをどうするかという問題も検討されるべきだろう。
http://logsoku.com/thread/academy6.2ch.net/psycho/1035617398/
某巨大掲示板のログですが、学問板なので、それなりにそれなりのモノの見方をする人も出てきてますが、残念ながらACと言われる人を責めるレスも時々あります。しかし、それに反論レスもあります。反論するのはAC理論が正しいとは思ってない人たちの場合も多いです。AC理論は否定するけどACと言われる人たちの中には精神的な症状がある人がいるのも事実だろうという認識です。
AC理論を唱えて儲ける専門家たちは、自分たちにとって一番楽な状態の人しか相手にしません。具体的な事をしなくて良くて、心理的なものの具合だけを診ていれば良い状態の人、過去の事で精神的に問題がある人、これらの人たちなら過去の事だから、今現在具体的に人権救済しなくてよいわけだし、ただでさえ、親の事で肉体的な暴力でもない精神的心理的抑圧なんて、そんな昔の事で・・・と言われるのが落ちで、グチや不満ではなく本当にわからなくなったり混乱したりして話したとしても、親の変な話をするというふうにしか受け取られなかったりする傾向にあるから、そういう専門の心理の療法家しか、自分たちの事をわかってくれない!と思いつめさせそこに依存させたり、信仰させたりする事もできる。
自分たちのところに来ない人たちの事はサバイバーと呼び、さも来ないのが変みたいに思わせる。
成人後も困った親から逃げている人たちもいる。そういう人は助けないのだから、おかしい。
413 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/22(木) 10:43:37
おばさんになってからの自認でしたから、既に生き辛さへの改善は進んでいたのですが、
嗜癖と自責の負のループに陥っていたのですがACと自認した途端、解放されました。
2. 思考の偏りの起因を知り、改善が進む。その際自己嫌悪から解放される。
AC論が正しいとしても、正しくないとしても、また自称だとしてもそれが役に立てば良いのではないかと思います。
極論、機能不全家族が原因で無いとしても、その考えに辛さを預けて進めれば良いのでないかと。
ただ、ACが免罪符であってはならないのでしょう。自己の努力が不可欠であり、その時こそ、AC自認が有効に働くと思います。
(意外にこの特効薬を求めてACを知りたがっている人が多いような気がする)
今抱えている問題は過去に起因していても、今の自分の問題であるという事ですよね。
414 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/26(月) 09:00:50
>413
誤った疑似科学的概念が人に仮の安定をもたらすというのはよくあることだ。
ここは学問板なので出て行ってもらいたい。
またそうした方が幸せは長続きするだろう。
それに耐えうる概念のみが生き残る。
事に気づいているからこそ、
415 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/26(月) 09:52:07
仮の安定ですか。
仮の概念により得た安定の方が私にはしっくりきます。勘違いなのかな?
そういう意味でも学問板に書く資格が無いのは確かでした。本当にそうですね。
申し訳ありませんでした。
416 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/26(月) 11:59:34
>415
例えば「全ては神の思し召し」ということで安定する人もいる一方、
そこと格闘しなんら安寧を獲得せずこの世を去る人もいるわけです。
AC概念は控えめに言って「視点を固定した時そう見えるだけという誤認」にすぎません。
それでもよければどうぞ。
親に対して、細かい指摘ができる(細かく正当な指摘ができると言う意味)はてなブログの方でも、心理療法家についてはあまり疑ってないみたいだったけど
この方の親程度に自分に都合が良い事をするその手の専門家はくさるほどいると思う。
精神科医でも、ACとはまた別の話で、NHKでもうつ病の薬について、医者がわかっていて儲けのために依存させる事もあるかのような特集も前やっていたのを見た。わかっててやったかどうかはわからないが、今は規制されてると思うけど、リタリンで依存症を起こし、離脱症状などでわけがわからなくなりまだ若くて健康だったのに、自殺されてしまった方の遺族が訴訟を起こしていたのもニュースで見たことある。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1271342947 目を通すだけでも通してほしいのですが、(タイトル)
抜粋
>心療内科、精神科に行ったら、もっと惨めな気分にさせられ実際泣いて帰ってきた…
>これはあくまで私の私見ですが、
>精神科医の半分強、カウンセラーのほとんどが、ほんとうはその本人がケアを求めていると私は思っています。
>「あなたは甘えている」
>という言葉の裏には、
>「私はあなたより苦しいのに、なんであなただけ治療を受けられるんだ!私だって甘えたいんだ!」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1425822034 うつ病の診察中に精神科医からの言葉に精神的ショックを与えられました。
はてな日記の親の心理的搾取を理性的に指摘されている方も、機能不全という言葉は信じて使ってらっしゃるようでしたし、自分が精神科医にかかった時に、医者に言われた事で、微妙な事でカチンと来た事や無駄なアドバイスだと思ったと言うような指摘は書いてありましたが、精神医療の構造的な欠陥 (昔 医師会の当時の会長に「家畜経営」と言われた精神病院の経営の仕方など、自分たちの利益のためなら人を壊す事も構わない、人間を獲物にしてる) までは、関係ないからという事もあるでしょうけど、全然言及されてません。
弱みがある人間が行けば、いい餌食にされる可能性は、弱みの無い人より高いと思います。 悪い医者ばかりではないと思いますが、精神医療はいろいろと矛盾を内包して闇の部分が多すぎます。
ACというものについては、学問板といっても、2chなのでスレ内では、自称とか言って責めるような意見も煽りとして存在してました。しかし、アダルト チルドレン オブ アルコーリック でも アダルト チルドレン オブ アビューシブ ペアレンツ でも アダルト チルドレン オブ ディスファンクショナルファミリー でも アルコール依存症の人と一緒に子供時代を過ごし大人になった人 という意味や、虐待する両親の元で子供時代を過ごした大人 という意味や、機能不全家庭で子供時代を過ごした大人 という意味なら、ACは居る、存在している、と言えると思います。
しかし、AC専門家?サイトで13の特徴とか、非科学的な啓蒙活動をするのは、間違っているのではないかと思うし、そこに挙げられているようなACというものについてなら、居ない と言えるのではないかと思います。
そんなくだらない理由で別れたの? くだらね。
お前が不幸になりますように。(って書くとその似非科学撲滅なんたらの同志と思われそうだが全然そういうことに興味ないんだぜ)
昔、強固なまでのアンチエセ科学原理主義者とも言える人と婚約をしていた。
私はそれを否定しなかったが、それでも日々積もる不信感は拭えなかった。
一人おみくじを引かない彼。
ここで、この強固な思想についていくことに限界を感じて別れを決めた。
私も科学者だったことがある。だが、心を病み、それどころでなくなっていた。
エセ科学が人を騙し、お金を吸い上げ、騙された人は何の効果もない「作業」を
することになる。
それを彼は許せなかったようだ。
生活の中で科学的な思考が問われる瞬間など、
実はそれほど多くない。
マイナスイオンドライヤーのうさんくささも、科学的云々の手を離れて
ユーザーからの「効果があるようなないような」という評価に落ちついている。
七五三参りをすること。
これらは、科学を模しているわけではないからエセ科学ではないけど、
科学以外全部撲滅派にとってはこういった「慣習」すら悪になるんだと
あちこちで言いふらして回る。
者をほめる、気に入ることが許されない。
でも、祖母の葬儀にはきちんと参加するという。
「生まれ変わっても君と結婚する」
結局、生まれ変わらなくても私たちは幸せにならなかった。
それでも私は言う。
祈りというものに効果がないことがわかっていても、
似非科学云々は科学畑の人にはてサがまとわりついて形成されてる気がする。
攻撃対象がわかりやすいし、インテリっぽく見えるし格好のネタなんじゃないか。
違う人達だけど態度はそっくりだよね。
はてサと似非科学でID使い分けてるだけだとしても全然不自然じゃないけど、まあ多分本当に違う人達だろ。
人間、動機ややりたい事が一緒なら態度も一緒になるんだろうな。
そうかなあ。
極度の老人と、かなり若い層でしょ。
あと今時の若者に右が増えてると思うけど高尚だと思ってはいないでしょ。
そこだよ。
そこをピークにその後の世代もその気分を浴びてる。
一番のボリュームゾーンでありこれまでの社会は彼らが形成してきた。
ネトウヨもはてサもうぜーしあいつらと同類扱いされたくないけど
仲間グループでつるんで敵グループを叩きのめす快感を得たい人たちが
似非科学云々話に一斉に飛びついて、やけに嫌味で攻撃的な言説撒き散らしてる。
あれなんとなくサの出張所だと思ってたけど(態度がそっくりだから)違う人達なの?
あんまよく見てない…
本来はかぶれないかどうかパッチ等で調べなければならないのは何でも同じ。化粧品だってそう。
かぶれたら皮膚科にGo。接触性皮膚炎として治療してくれるはず。
でもそれはアロマテラピーとはまた違う話だよね。
精油の中には妊婦禁忌(流産の原因になるらしい。エビデンスがあるかどうかは知らん。似非科学叩きクラスタの誰かが調べてくれないかなー)
のものも多いので、妊婦に使うなら当然その程度の知識はあるだろ。
んなもん一般妊婦だってちょっとアロマかじってれば知ってる話だから(本どころか雑誌の数ページのアロマ記事程度でもよく載ってる話だ)