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2012-01-03

帰省ラッシュ記事テンプレ

駅名、日付、混雑率などは適宜入れ替えてお使いください。

下り用

東京駅新幹線ホームでは、ふるさとへ向かう家族連れなどで混雑しています

○日の東京発の下り新幹線指定席はすべて満席で、自由席乗車率も140%と混雑しています

××の実家帰省する40歳男性は、「ふるさとゆっくりと両親と過ごしてきたいです。」と答えていました。

また、△△へ帰省する7歳の女の子は、「おじいちゃんに早く会いたいです。」とふるさとへ帰るのが楽しみな様子でした。

JR各社によりますと、この帰省ラッシュのピークは○日で、明日まで続く見込みです。上りのピークは○日で、翌○日まで続くとのことです。

上り用

仙台駅新幹線ホームでは、ふるさとから首都圏などへ向かう家族連れなどで混雑しています

○日の仙台発の上り新幹線指定席はすべて満席で、自由席乗車率も140%と混雑しています

千葉市の35歳の男性は、「ふるさとゆっくりできました。明日への活力になります。」と答えていました。

また、さいたま市の8歳の男の子は、「おじいちゃんと遊んで楽しかったです。」とふるさとでの思い出を話してくれました。

JR各社によりますと、このUターンラッシュのピークは○日で、明日まで続く見込みです。

注意事項

明日から会社憂鬱です」

「親戚に会うのが面倒です」

実家に帰ると嫁の機嫌が悪いです」

のようなコメントカットすること。

2011-11-05

妻のこと~長文失礼

妻は、悲しんだり喜んだりする感情が薄い。ほぼ無いといっても言いぐらいだ。

結婚してから10年以上になるが、涙を流しているのを見たのは1回だけ。

おいらが結婚して仙台から静岡まで嫁を連れていくときに、途中の福島ホテルで夜に「帰りたい」と言って泣いた。

それだけ。しかもそれもほんの10秒程度で、すぐにいつもの嫁に戻っていた。

喜んでいる所さえもほとんど見たことがない。

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妻は実は苦労人だ。

さいころ両親が離婚し、父親側についたが、父親も飲んだ暮れで女遊びや博打がひどく

多額の借金を抱えている。

おいらの会社だんだんと大きくなってくると、何度も無心をしてくるような輩だ。

そんな状況だから嫁は学生時分から兄弟3人を半ば養っていたに近い。

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おいらが出会ったときは、おいらの勤め先で出会ったのだが、

そのとき早朝バイトの後、うちでのバイト、夜中のバイト

いつ寝てるんだ、という生活を8年近く続けていた。

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そのうち嫁の妹が結婚をし、弟も彼女の家に転がり込んだ。

嫁は飲んだ暮れのおやじと二人で滅入っていた。

嫁はおいらが何とかしなきゃと思い、結婚を申し込んだ。

ろくすっぽ付き合ってもいなかった。

嫁はうんともすんともいわなかった。

しかし一緒に来てくれた。

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その後だって、好きとも嫌いとも言われたこともない。

なぜ結婚できたのか不思議だ。

嫁に言わせりゃ、自分を取り巻く環境が変わり、生活のために結婚した、というが

本心なんだろうな、と思えてしまう。

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昨晩、嫁のおかあが無くなった。

癌だった。

今週中ごろに入院をして、あっという間に逝ってしまった。

嫁は二人の小さい子供をつれて、木曜日におかあのところに新幹線で行った。

基本的に連絡もほとんど取り合わないおいらたちの間だが、

金曜日にめずらしく1通だけメールが来た。

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「おかあがあなたに会いたいって。日曜日に来て」

おいらは体調が優れずかつ仕事に追われていたので、特に返事をしなかった。

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そしてその日の夜、突然亡くなった。

夜中の2時56分ごろに電話がなり、不眠症もちで寝れずにもたもたしていたおいらはすぐにピンと来た。

「おかあ、亡くなったから。それだけ」

いつもの通り、感情はまったく無かった。

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嫁はおかあのことだけは、この世で慕っていた。

おかあおかあといつも言っていた。

おかあの面倒を見たいと、柄にも無いことを言っていたことさえある。

しか感情はまったく無かった。

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おいらは今、新幹線に乗り、嫁の亡くなったおかあのところに向かっている。

おいらは感情のない嫁を何とかしてあげたいと思い続けている。

おかあもそれをおいらに言いたかったんだと思う。

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2ヶ月前に癌が宣告され、最後旅行と言うことでおかあをつれて嫁含めて旅行に行った。

おかあは、おいらがそこそこの会社で働き、家も購入し、安定していることに深く感謝していた。

ただただ泣きながら嫁をお願いされた。

嫁は何でこうなってしまったんだろう、と後悔の念も口にしていた。

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おいらは大丈夫です大丈夫です、と声をかけるしかなかった。

でもそれは本心で、いつか嫁が心から笑ったり心から感動して泣いたりしてくれるよう

おいらは妻が安心できる状況を作りだすんだ。

おいらが十分なお金を稼ぎ、健康であり、常に前向きであり。

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おいらはおかあにそれを約束しに行く。

日曜日に行く、と返事ができず、亡くなってしまったおかあ。

もう聞こえないかもしれないけど、嫁のことは約束するからね。

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ありがとう、おかあ。

ーーーーー

ーーーーー

1111月11日追記:

おかあは冷たくなっていた。

おかあは本当に亡くなってしまっていた。

おいら、おかあに謝りたいことがあるんだ・・・

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おかあは貧乏だった。

おかあは離婚後、よせばいいのに飲み屋で知り合った男性と一緒に暮らしていた。

男性日雇い労働者で、お酒が好きだった。

いい人だったが、お金は全く稼いでこなかった。

おかあは毎日、せこせこせこせこと新聞配達や清掃のパートで働いていた。

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また、おかあは殆ど孤独だった。

おいらも嫁もおかあが人と仲良く話しているのを見たことがなかった。

どちらかと言うと気が強く、

平気で近所の人と喧嘩するぐらいの威勢の良さだった。

それはそれで格好良かった。

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おいらはおかあのことが好きだった。

しかしおいらは正直、おかあの家に泊まるのが嫌だった。

おかあの家は、トタンの家で、蚤もゴキブリ野良猫もいて

おいらは全く心が休まらなかった。

言葉は悪いけど、おかあの家で出された食事も気が進まなかった。

嫁がおかあの家に泊まりたい、というと

おいらは何かしら理由をつけて遠ざけた。

嫁はそんな気を察して、おいらに不満をストレートにぶつけてきた。

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震災後、おかあは引越しをした。

2DKの広めのアパートだったが、やはりおいらは泊まるのがいやだった。

広さの割りに家賃がべらぼうに安く、住んでいる住民たちもおかしな感じで、

遊びに来ているおいらたち家族に、聞こえるようにいやみを言ってきたりした。

壁もヒビだらけで、お風呂は今にも崩れんばかりであった。

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おいらはおかあを心のどこかで遠ざけていた。

それは、貧乏だったり、家がぼろかったり、汚かったりという理由だった。

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おかあの葬式殆ど来られる方もいないだろうと

多めに見積もって25名程度の準備しかしていなかった。

しかしおかあのもとには、80名以上の方がいらっしゃってくれた。

おかあは孤独ではなかった。

誰もが感謝言葉を口にしていた。

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嫁の弟が大きな声で呼んできた。

「おかあにお別れの言葉を読んでくれる人が来たよ!」

そんな人いたんだ、と皆驚いた。

どなたか知らない女性の方だった。

物静かで清楚な感じの女性だった。

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お葬式が始まり女性の方が呼ばれお別れの言葉を読み始めた。

「私によくお孫さんの話をしてくださいました。」

「いつもいつもお孫さんのお話をするとき幸せそうでした」

「二人目のお孫さんが生まれたあと、少しでも孫が来やすい様にと、広めの家に越されたんです

・・・・・。

おいらは号泣した。人目をはばからず大きな嗚咽を出して泣いた。

おいらは雷に打たれたような気分になり、自分の気持ちと態度を恥じた。

おいらはどれだけバカなんだ。。

おかあはおいらたち家族が来てくれることを、何よりも楽しみにしていたんだ。

それなのになぜ、相手の気持ちも汲み取れず、自分の気分で判断をしていたんだ。

人間としてクズだ。本当に情けない。自分が許せない。。。ばかだ!ばかだ!ばかだ!!!

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そしてお葬式が終わった。

おいらは自分がなんだか分らなくなってしまった。

とにかく一からやり直さないといけない。

人として、おかあのように立派な人間にならないといけない。

こんなんで妻のことをきちんと養っていけるのだろうか?

小さな子供を立派に育てることができるのだろうか?

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そのなことを考えているうちに、ふと現実に戻った。

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おいらは嫁に聞いた。

お金大丈夫か?」

嫁は抑揚のない声で淡々と言った。

「おかあは、葬式代もお墓も住んでいた家の整理も、その他すべて自分で整理して死んでいった。

 自分のケツは自分で拭いて偉いよな」と。。。

おいらは再び号泣した。

だっておかあは貧乏だったんだよ。

だっておかあはお金もないのに、日雇いお酒好きを養っていたんだよ。

だっておかあは突然あの世に言ってしまったんだよ。

なぜできたの?

おいらだったら延命したいとしがみついて、自分の亡き後のことなんて考えられないよ。

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おいらはもう一度やりなおす。

おいらは会社で若くしてそれなりの立場となり有頂天になっていたのだ。

おいらは新しいマンションを手に入れて、身の丈以上のモノや環境を手に入れていただけなのだ。

おいらは変わる。

おいらはおかあの前に自信を持って出れる人間になる。

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おかあ、ごめんなさい。

そして本当にありがとう

2011-10-17

ムダなことすんな~パンダ

仙台市パンダレンタル希望している話を聞いて、当初は復興の為だと思った。

でもよく考えてみると、パンダ観光客を呼ぶにはちと苦しい立地と条件。

既に上野パンダがいるので、東北南部北陸人達は、東京に出たほうが早いし、関東以南の人達上野を飛び越えて仙台に行くとは思えない。

北海道仙台に行くくらいなら東京に行ったほうが早いし安いし楽しい

じゃぁ、北東北人達限定と言うこととなり、当然被災者もその中に含まれる。

経済復興目的とするなら、被災地以外の人達に来てもらってお金を使ってもらうのが求めるところなんだけど、前述したとおりでそのようにはならないと思われる。

変だなぁと思っていたところ、こんなものを見つけた。

仙台市奥山恵美子市長は17日、ジャイアントパンダつがいで貸し出してほしいと中国政府に求めていることを記者団に明らかにした。東日本大震災被災した子どもたちを癒やそうと、八木山動物公園(同市太白区)での飼育要望している。

どうやら経済復興よりも、子供達を癒すのが目的らしい。大笑いした。バカじゃねぇ~のかと。


つがいパンダで年間100万ドル中国へ支払う必要がある。そして1頭1日1万円のエサ代がかかるのでその他諸経費を含めれば、維持するだけで更に年間1,000万以上が必要。

特定の子供達を癒すには高い買い物だ。

それなら東京にタダで遊びに行かせたほうがよっぽどいい。

2011-10-16

[]人材育成参謀役 八矢浩 (@milestone01) のスパム?!

http://anond.hatelabo.jp/20111015161830

http://anond.hatelabo.jp/20111014165018

人材育成参謀役 八矢浩 (@milestone01) 

[]http://ameblo.jp/maile-book/[]

毎日人材育成のために使える研修、ツール、本など探索を欠かせません。

仙台中小企業人材育成を応援していますマイルストーン

http://anond.hatelabo.jp/20111015212534

こんな投稿をいくつも行ってたらしい。

2011-10-05

自分仙台に住んでいるんだけどさ、内陸だから3月の震災の被害は家が少し壊れるくらいで済んだ。避難所に行かなかったのだからかなりの幸運だ。

それでも震災直後からの1ヶ月間はだいぶ不便な生活が続いた。

ライフラインは全部止まるし、クルマガソリンだって残り少ない。食べ物が、いつどこで買えるかの情報戦も展開されていた。

ある日、朝7時から郊外にあるスーパーへ出かけて、その当時にしてみればかなり多くの食料が確保できた。

地元の人なら知っているだろう、震災のどさくさに紛れて、ぼったくりなんてしたあの店で。

これが人のやることか。この非常時なのに、考えているのは目先の金のことだけか。そう家族と話し、憤りを隠さずに帰った。

自宅に戻ると、電気が復旧していた。急いで充電器に携帯電話を繋げる。あの日、我が家にたどり着いてから間も無く、電池がなくなっていた。

数日ぶりに電源の入った電話に、次々とメールが舞い込んでくる。友人らが、安否確認のメールを送ってきてくれていた。

それらひとつひとつに目を通していると、一通だけ、毛並みの違う文面のメールが紛れていた。

大丈夫からね、みんな繋がっているから、日本は今、ひとつから

東京に行った友人のひとりからだった。

他の友人は、とにかく大丈夫?とか、あるいは自身は無事である、あの時は怖かった、などという内容のメールを送ってきていた。

文面としてはおかしくない。勇気付けようとしてこういうメールを送ったのだろう。

だけど無性に腹が立った。

ぼったくられたばかりだった。余裕がなかった。偽善言葉のように聞こえた。東京に住んでいて、何でもあるのに、何を抜かす、と本気で思った。

から、「メールをくれたのは嬉しいけれど、そんな綺麗事を抜かすな」と返信した。メールは戻ってこなかった。

 

それから数ヶ月が過ぎ、震災前とほとんど変わらない日常が戻ってきた。ニュースさえなければ、一日くらいは震災のことを全部忘れて過ごせるような気がする。

私の街は少し寂しくなった。空いていない店がまだある。建物がめちゃくちゃに壊れて、閉店した店も少なくない。

私自身も仕事が変わった。いつ切られるか分からないけれど、3月よりも前向きに過ごしている。

ついこの間、ちょっとしたことがきっかけで、例のメールをくれた友人のtwitterアカウントを見つけたので、覗いた。

ぞっとしてしまった。なんか気持ち悪い。

震災のことばかりをつぶやいている。ユニリーバ募金のことは毎日欠かさずツイートしているようだ。

毎日毎日震災のことばかりをつぶやいて、宮城が大変だとか放射能がどうとか、福島はかわいそうだとか、そんなことをつぶやいている。

愛とか平和とか、絆とか、積み重ねれば大きな力になる、差別反対、エトセトラ。半分くらいは誰かの言葉リツイート

こんなことは恐らく、普通のことだ。寒気を感じる自分おかしいとは分かっている。だけど腹が立つ。私は被災者様なのだろう。津波に遭ったわけじゃないから、被災者でもないのだけど。

友人に哀れまれているようで嫌だった。本人はすごく力になりたいのだと思っているのだろうけど、頑張る方向が違うような気がする。綺麗事だけじゃ生きていけない。

たぶん自分おかしいんだろうけど、とりあえず愚痴らせてもらった。少し冷静になりたい。

2011-09-12

http://anond.hatelabo.jp/20110912194144

いつまでも田舎にいる奴が悪い。

とっとと人口減らして札幌仙台東京大名古屋大阪福岡以外は農業観光業以外使えないようにしちまおうぜ。ついでに姥捨て山と安楽死施設もセットでね。

2011-09-11

http://anond.hatelabo.jp/20110911231043

あーわかるわかる(棒)

考えるのが面倒になったから、あとは任せた。虚構新聞とかbogusあたりなら、もっといいネタを作ってくれそう。


元増田が消えちゃった。自分が何にレスつけたのかわからなくて悲しいのでサルベージ

=========以下元増田

ミスチルコンサート被災地のためにウェーブ…ウェーブ!?

どうやら、ミスチルか各地のツアー会場でウェーブの映像を撮って

それをビデオレターとして仙台の会場で放送する?らしい…

ミスチルファンサイトの書き込み

http://www.ryozzy.net/mchild/special/events/2011_report/bbs.cgi?num=439

    いわゆる被災地と呼ばれている所から家族で「広島ビックアーチ」に、まさかの当選で参戦できました。けれど、広島から帰ってきて10日近く経つ今でも、戸惑いというか、あれでよかったのか、と思っている事があります。

    それは題名どおり、「ウェーブ」。確かに桜井さんは「ウェーブ」という表現はしていなかったかもしれません。けれど、私には「ウェーブ」=波にしか見えませんでした。そして、津波連想させました。

    コンサート中、企画としてそれをやろう、といわれた瞬間、私たち家族は顔を見合わせ、夫とは「え?ウェーブってこと?どうする?参加する?」。。。くしくもコンサート前日(19日)福島県震度5弱を観測し、津波注意報が出され、多くの人が避難しました(既に広島入りしていた私たちはすぐ実家等に連絡しました)。

    コンサートから帰宅後、数人の友人にこの事についてメールしたところ。。。殆どの返信は「信じられない、余震もまだまだあるのに、結局他人事なんじゃない?」

    総合的に考えれば楽しかった、ミスチルコンサートではありましたが。後悔が残ったコンサートは初めてでした。

    皆さんはどのような気持ちであの企画に参加しまたか

2chミスチルスレ

http://music2ch.doorblog.jp/archives/229850.html

    21 :名無しさんお腹いっぱい。2011/09/04(日) 23:13:21.03 ID:YNGRWYEf0

    アリーナのウェーブを2階スタンドから見てたら名取川津波映像を思いだしてしまった 

    33 :名無しさんお腹いっぱい。2011/09/04(日) 23:18:45.82 ID:vmGbpW/F0

    特にアリーナのは前から後ろにやたら勢いと迫力があって

    もろ津波を思い出させたよな 

    133 :名無しさんお腹いっぱい。2011/09/04(日) 23:58:42.34 ID:rf8qnmzR0

    宮城から遠征した。2階スタンドから見たアリーナのウエーブ、

    名取津波映像と重なって本当に恐怖を感じた。

    どう編集するかはわからんけど、あの光景は見たくなかった。 

    485 :名無しさんお腹いっぱい。2011/09/05(月) 08:49:45.80 ID:joh6veWm0

    今週末横浜公演に参加しました。

    各会場でお願いしてると言うオーディエンスによるウェイブボーカルさん自らが撮影したわけですが

    65000人によるウェイブスタンドからアリーナへと回って行く

    その様はまさに津波を彷彿とさせるド迫力!

    この人間津波映像宮城公演で流すって…無神経すぎる。

    あるいは確信犯なのか!?

バンザイリレー、とかバトン、とか

大地の中の種が芽を出すイメージ、とかいってるらしいけど

ウェーブはウェーブじゃないのかな…。

俺が不謹慎厨なだけ?

2011-09-01

http://anond.hatelabo.jp/20110815155139

いいな、俺も仙台に行ってくる

 

でも、キャッと驚かれた後、キモイ奴って思われたら

その後のストーリーが最悪なまでに引っくり返るな

2011-08-15

新たな恋の予感 結婚しちゃうかも

俺、素人童貞、年齢=彼女暦ほぼなし。デートはあるけど、手をつないだくらい。いつもいい人で終わる。振られまくり男だ。

俺の恋バナをするからコメント勇気をくれ。

お盆休みがずれたので、4日間休みを使って東北に行った。

8月8日被災地石巻災害ボランティアの最終日、石巻から仙台へ。

行ったことがある奴はわかるけど、結構たくさんボランティアっているんだ。

ボランティアが終わったというハイテンションがあったかもしれない。

ボランティアをした場所とは違うグループだったんだけど、気になってかわいいなと思っていた子に思い切って仙台七夕を見てみないかと誘った。

ま、ナンパだな。上ずった声で緊張した。

同じボランティア同士、息があったというか、ノリでOKをもらった。

半ば強引だったかも。きっとキモイなんて思われていたかもしれない。

ちょうどその子も帰る日程だったので、バスで一緒に仙台へ。

宿は仙台に着いてから探すことにした。

宿はどこのホテルもいっぱいだったけど、たまたまツインキャンセルで空いていたんだ。

手を出さないという約束でそのツインに。

ロッカーで荷物預けて、商店街七夕を見たり、匂当台公園音楽を聴いたり楽しかった。

祭都仙台ありがとう

駅へ戻ってホテルチェックイン

牛タンを食べて、ホテルに戻って、シャワーを浴びて、寝た。

本当に手を出さなかったんだ。歩いているときは手もつながなかったし。

 

少し寝た後、夜中に起きてしまった。

 

悪いとは思ったが、

 

 

その子の寝顔を見て一人でオナニーした。

暑かったからか、ブラジャーが見えていたし、パンツまで手が届きそうで。

かわいい寝顔に息子が興奮してしまったんだ。

チンチン出しながらティッシュを探していると、その子、起きちゃった。

目が合って見つかった。

キャッと驚かれた。

事情を説明し、手を出さなかったし、いい人だから、いいよと言ってそのままエッチした。

どうせ一夜かぎりだと思ったし、中田氏した。

悪いとは思ったが、中田氏したのは内緒にした。

朝起きて、もう一発した。もちろん中田氏した。

チェックアウトの時間が近づいたので、急いで身支度して、駅でバイバイした。

俺はどうせ一夜限りだと思っていたし、こんな俺には無理な女の子だとわかっていた。

みんなからは不釣合いだと言われるに決まっている。

彼女新幹線東京へ。

俺は、その後、高速バス福島の友人宅に寄って東京へ戻った。

実は、お互いに素性についてはあまり話していなかった。

メアドだって交換していなかった。というより高速バスに乗り遅れないように急いでいたから忘れていた。俺の携帯番号を書いたレシートを渡していたけれど連絡はなかった。 

 

やっぱりと思った。俺には無理な女の子だよな。あんなにかわいい子 夢だったんだ。

翌週、お盆前のこと。

その子が俺の会社派遣社員として職場入社してきて、お互いにガチビックリ

その子も、最初、俺だとわからなかったみたいだ。ウソーって。

連絡がとれなかったのは携帯番号を書いたレシートを亡くしてしまっていたとのこと。

今、俺は有頂天。あんなにかわいい子と毎日会えるなんて。

今ここ

 

これって恋のドラマのはじまり

それとも恋のトラウマのはじまりか。

2011-07-16

東北六魂祭(初日)が失敗した理由

各種報道にもあるように、安全を確保できなかったため、パレードで竿頭とねぶたを巡行できなかった。

理由には警備の不備があるわけだけど、なぜ警備の不備が起きたのか。

それはひとえに、仙台市(民)にパレード型の祭のノウハウが無かったことによる。

 

仙台七夕にせよ定禅寺ストリートジャズフェスティバルにせよ、観光客が(終日)歩いて見て回る祭。それゆえこれらの警備では、見られる側を中心とした警備になる。

他方、パレードでは観光客は主として歩道を占拠し止まって見、しかし少なからざる移動客を整理する必要がある。だから交通整理こそが命。

今回の祭では、パレードであるにもかかわらず交通整理の人数が驚くほど少なく、その割に運営側の居場所にはそこそこの人数が残っていた。

10万人の人出を予想していたとのことで、今日の実際の人数がどの程度であったかはまだわからないが、人数の見積もりよりもむしろその人数が(仙台七夕と違い)密集するという想定が、不足していたのだろうと思う。

七夕等の成功体験却って失敗を招いたのだとすれば、それはチリ地震津波成功体験で逃げ遅れたのと近い構図が読み取れ、皮肉にすら思え。

ともあれ仙台七夕以外の祭はパレード型であり、他県には警備の知恵があるはずなので、(プライドの高い)仙台人がそうした知恵を借りれるか、明日の祭は見ものである

 

っていうかこの祭は成功しても仙台一人勝ちなので(青森市さんマジごめんなさい)、成功して「これで他の祭は見に行かなくていいや」ってなるよりは、失敗して「やっぱ五所川原に行かねば!(違」ってなった方が良いのかもしれない。

2011-06-27

http://anond.hatelabo.jp/20110626002546

間違ってエントリ消してもーたw

物心ついた頃から宮城住みで仙台に一番長く住んでいるけど

食卓を思い起こせば、味噌豆腐納豆漬物、梅干、スーパーで買って来た食品も良く食べてる

添加物結構摂取している事になるかな?”

ってのに対して「買い物ヘタ?」ってトラバが付いた

仙台佐々重の味噌って無添加だとは思うが

とりあえず、自家製以外の買ってきた加工食品添加物有り?とのスタンスで書いた

と言うより、自家製の食品しか口にした事無い人って居るのか?

2011-06-26

http://anond.hatelabo.jp/20110625213536

田舎の人は(普段なら)あんまり喰わないんじゃないかなぁ。

少なくとも父の実家(仙台近郊、まわりたんぼ)でそういう食事が出た記憶はないなぁ。

まぁ、都市部の人はそうかもしれないね

2011-06-23

http://anond.hatelabo.jp/20110623192217

仙台は線量も大したことない

県庁の屋上から80cmの高さで計測してるからね^^

http://anond.hatelabo.jp/20110623183502

距離よりも、実際に放射性物質が行くかどうかが問題だから

仙台は線量も大したことないし、個人的にはもんじゅがどうこうなっても方角的に近畿への直接ダメージは少ないんじゃないかと思ってる

(ただし琵琶湖の汚染は十分考えられるので、その意味では深刻)

敦賀福島と同じような量の放射性物質が出てしまった場合、前述した通り「今度はかなりの量が直撃する」ってことと、

「この上また原発事故ダメージを受けることになる」っていう2つの意味で、「もんじゅが逝ったら日本やばい」は間違ってない(「終了」かはともかく)

http://anond.hatelabo.jp/20110623182719

なるほど。複合要因としては考えられる。

でもそれだけでは関西がヤバいとか日本がヤバいっていうのは煽りすぎに見える。

もんじゅ大阪福島第一→仙台より遠いよね。

2011-05-29

東北関東大震災の日は

いろいろ大事なのが通ってる仙台が被災したんで

北海道の人たちがネット孤立する直前だったらしい

2011-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20110512030210

心配になるよね。陰謀論者じゃないけど、関東内陸部の地震も続いてるし。

「○月11日」説はいったん終了したけど、約1カ月周期は微妙に当たってるし。

そんな私は仙台民。

2011-04-29

便りがないのは死んだ証拠

「便りがないのは無事な証拠」っていう慣用句があるけど、現代においては逆の意味になるんじゃないかなーって思った。


僕は首都圏に住んでいるのだけど、東日本大震災が起こってすぐのテレビ地震津波ニュースを見たとき仙台に住む知り合いがすごーく心配になった。すぐに連絡してその時は連絡付いたんだけど、しばらくしたら連絡取れなくなった。
結局その知り合いは無事だったのだけど、連絡がとれるまでの3日くらいは死んだと思ってた。無事を願ったりは殆どしなかった。


関東に住む僕の知り合いも何人か福島とか宮城かに友人が居たみたいだけど、無事だって知ったときに"死んだと思ってた"みたいな事を言っていた。
精神的には、無事を信じて(願って)連絡を待つよりは、死んだものだと思って連絡を待ったほうがもしもの時の精神的ショックが多少減るというのはあると思うのだけど、それにしてもだなーって。


つの時代から言われ始めた言葉かは知らないけども「便りがないのは無事な証拠」って言葉が出来た時代と比べると連絡手段が増えて、いつでも気軽に連絡取れるようになったと思う。
手紙とかしか無かった時は、ちょっとした連絡も凄い手間だったと思う。俺だったらよっぽど良いことか悪いことが無ければ連絡しなかったと思う。それでも多分親は元気にやってるんだろうなーって思うんじゃないかな。


いまだと、気になったらとりあえずメールして、返信して。
今まで即レスだったメール半日でもあこうものなら不在着信とか未読メールもっさり溜まってる、みたいなことになる人も居るんじゃないかな。


なんだかよくまとまらないけど、もうちょっと心に余裕を持ちたいなって話しでした

2011-04-20

大手デベロッパー総合職は、復興にダンマリを決め込むな、江頭になれ

デベロッパー社員として投稿する。

政府部内(国交省内)で復興計画の議論が盛んだが

こういう「場」で発言しているのは、大学都市研究者とか、

建築家とか、建設コンサルタントとか、街作りNPOである

彼らがダメだとは言わないが、果たして大規模な街作りに対して、どれだけのノウハウ、知見があるのか、

甚だ疑問である

実際、今後「2,000戸の街作り」とか「1万戸の街作り」とかが現実となるわけで、

そういうノウハウを一番有しているのは三菱地所等の大手デベロッパー社員である

(実際、三菱地所仙台パークタウンの実績がある)

大手デベロッパーで、こういう「街作り」の経験がある総合職人材は、

1社内に20~30人はいる。

日本全国のデベロッパーを合わせれば、100人以上はいるだろう。

しかし、国交省が、そういうデベロッパーに、ノウハウ人材提供を求めた、というハナシは

まだ自分の所には聞こえてこない。

まあ国交省は「それどころじゃない」ということかもしれない。

むしろ嘆かわしいのは、自分の周りの開発経験者(街作りのことを、業界では「開発」という)が、

この震災復興を「まるで他人事」のように「評論家然」でいることだ。

自分デベロッパー内でも傍流で、開発業務には殆ど従事経験ないのだが、そのような自分ですら、

拙い復興素案を取りまとめようとしているのに、である

デベロッパープロパー復興がよそ事なのは、理由はカンタンだ、「カネにならない」と思っているし、

また三陸に拠点がないからだ。

せいぜい仙台しか拠点を有してないので、石巻とか釜石復興、となると

「拠点もないし、そもそもカネにならないから・・・」と無視を決め込むのである

しかし、カネを出さないまでも、ノウハウ提供程度は出来るのではないか

例えば、都内某所にデベロッパー総合職100人日曜日に集まって、1日潰してブレーンストーミングする、

その程度のことはできるだろう。

というか、その程度のことができないのであれば、この社会デベロッパー存在価値はない。

一番問題なのは、「ブレーンストーミングする能力があるにもかかわらず、能力を出し惜しみしている」ことである

この震災に関して、2人の芸人を思い出した

一人は、有名私立N高校を出た「頭がいい」勝谷誠彦である

もう一人は、お下品で「頭が悪い江頭2:50である

勝谷は、「原発事故の真因は東電社員が誤操作したいであり、その社員は当日郡山に遁走した」と

愚にも付かぬ評論を行っている。

一方、江頭は「アコム借金して」風評被害いわき市に救援トラックを走らせた。

能力がある」デベ総合職は、口だけの評論家勝谷を目指すのか、アホだけど行動する男江頭を目指すのか。

自分能力は劣るかもしれないが、愚直に江頭を目指したい。

2011-04-18

謝謝台湾運動について僕が思うこと

 3月のはじめにボーナスが出た。今までのボーナス生活用品に消えてきたけど、今回は少し余裕があった。

自分眼鏡を新調して、弟の眼鏡も買ってあげた。母にはギフト券プレゼントした。その後、例の地震があって

ボーナスの残りは募金にまわした



 僕の叔父は仙台に住んでいたけど、特に被害はなかったようだ。他に被災地に親戚や友人はいない。むしろ、

僕の方が被災地に近いくらいで、親戚や友人に心配されたくらいだ。この震災日本に、世界に、確実にダメージ

与えた。でも僕個人には直接関係のない話だった。どちらかというと、これから日本経済をどうやって渡り歩いて

いくかの方が僕にとっては重要テーマだった。



 そんな僕でも、大量の車が流されている津波映像を見ると恐怖を覚えたし、児童の大半が亡くなったという

小学校の話を聞くと心が痛んだ。僕は多少サバイバル生活の心得があるので(雪洞で生活したり)、被災地に行っても

被災者邪魔はならないように自活してボランティアできるだろうなと思って色々調べたけど、結局行かず

じまいだった。物資を送ったり、募金したしただけで、僕の罪悪感や不安感は取り除かれたらしい



 そんな中、台湾募金運動の話を聞いたのは確か3/22のことだったと思う。どこかのブログで目にした

チャリティー番組による台湾から義援金が40億円に達した

 台湾の人はなんでそこまでしてくれるんだろう?台湾韓国で同じことが起こったら僕たちは同じことをしていた

だろうか。台湾親日国家だという話は前から聞いていたけど、不思議だった。今でもなぜかはわからない。

僕は猛省した。できるだけ募金に協力しようと思った。自国民がこんなことではいかん。



 何かの折に募金するようになった。プライベートでもチャリティーに参加するようになった。



 謝謝台湾計画はTwitterで発せられたMaiko Kissakaさんの

台湾メジャー紙に有志で意見広告(お礼広告)出せるのかぬ?」

 の一言から始まった。



 僕は謝謝台湾計画以外はKissakaさんのことをなにも知らない。なにかネット有名人とかが絡んで、計画が

広まったようだけど、ネットにも疎いのでよくわからない。たまたま震災関連の情報を探していて見つけた。



 良くも悪くもKissakaさんの姿勢は一貫している。台湾人にお礼を言ってみたい。それだけだ。



 僕には台湾人の知り合いはいない。台湾に行ったこともない。台湾がどんな国なのか、人並み以上のことは

からない。日本政府台湾新聞にお礼広告を出していないという話は後から知った。そういうことは関係ない。

感謝状は送ってるそうじゃないか。きっと、Kissakaさんもそうだろう。だけど、お上に楯突く気はないけど、

個人としては台湾にお礼を言いたい



「なんでそこまでしてくれるの。すまん、ありがとう




謝謝台湾計画のまとめサイトこちら

最新情報こっち

2011-04-15

http://anond.hatelabo.jp/20110415221339

地元のおじいちゃんおばあちゃんが「住み慣れた土地に住みたい」と言って聞かないか

から津波で家屋もインフラ完膚なきまでに破壊された場所に、賃貸住宅家賃数年分も掛かる仮設住宅を建てて、道路修理して、電線引き直して、プロパンガス持ち込んで、毎日自衛隊給水車出さないといけなくて、医者毎日往診しないといけなくて、そこまでやってようやくおじいちゃんおばあちゃん住み慣れた故郷暮らして下さいねという流れになってる

ただでさえ政府政局野党に包囲されてるから野党の基盤である老人と建設業喧嘩売れないお……

本音では仙台でも東京でも大阪でもいいけどインフラ医療完璧に整備された町に仮設住宅より遥かに安くて質の良い賃貸住宅があるんだから、それを公費で借り上げて住んで貰えば金は安くつくしケアも行き届くし被災地を一旦更地にして復興するのも捗るのに、ってのはみんな分かってるよ!でも今もし政府が「おじいちゃんおばあちゃんちょっと邪魔からどいててね」なんてことを言ったらどれだけ遠回しに言っても政局にされて袋叩きだよ。いか真実でも言えるわけがない。

関西なんて橋下がめっさ意気込んで「ここは大阪の出番やな!2万人分の受け入れ準備できたで!ばっちこいや!」って言ったのに閑古鳥でかわいそう。

2011-04-13

http://anond.hatelabo.jp/20110413224909

だって実際に関西では3月11日には地震は起こっていない。

君は大阪神戸震災の時に仙台に居ながら被災者の思いを共有したのかね?

数日仙台を離れて東海関西を見てきた。

何でも売ってるし、どこの店もやってるし、地震なんて無かったみたいだったなー。

2011-04-12

福島には原発は必要なかった

福島には原発が必要だった http://d.hatena.ne.jp/ayua/20110411/1302526954



3月11日から一カ月。今日震度5余震がありました

福島第一原発冷温停止にもまだ時間がかかります

福島震災はずっと現在進行形です



地震津波原発事故風評被害の四重苦だ——。そんな声を、あちこちで聞きます



原発によっておいしい思いをしてきたんだろう。交付金をハコモノじゃなく安全のために使うべきだった。他県の方はそう思うかもしれません。原発が相双地区福島県太平洋側)の一部の財政を潤してきたのは事実です福島県民ならみんな知っています。しかし、産業が少ないながらも自然との調和がとれた美しい魅力的な土地だというのもまた、福島県全体の共通の認識はないでしょうか。



かに福島経済的に豊かな土地ではありません。



大学進学率は、一昨年は47都道府県中40位でしたが2010年には3つ上がって37位になりました女子だけだと42位で、女子の早婚率は全国1位です。だいたい女子は高校を卒業するとちょっと働いて結婚する、という流れが福島はとても一般的でした県庁所在地若者休日になると、片道800円で高速バスに乗り、仙台で遊びます。そんな土地です学校一生懸命勉強した人は県外の大学へ行き、首都圏などで就職していきます。「こんな仕事したい!」と思っても、会社がないのです過疎化がどんどん進んでいました



それでも、福島県民の多くは、原発の誘致にはあまり積極的ではありませんでした。私も内心では反対派でした土地提供すれば、交付金が貰える。建築業も潤う。発電所雇用生まれる。人が増えれば周辺産業も潤う。でも、よくわからいからなんだか怖いし毎日のように新聞で報じられる自動停止、手動停止のニュースをうざったいと感じていました



2年前、福島市で高レベル放射性廃棄物ワークショップが開かれました。放射性廃棄物の地層処分がいかに安全か説明された後、いくつかのグループに分かれ議論する…という趣向でした経済産業資源エネルギー環境課長大学教授市議環境エネルギー関連のNPO…そこへ来ていたのはほとんどが推進派で、原子力発電環境整備機構(NUMO)の職員も来ていました



「もし、絶対に安全なら、あなたの家の下に放射性廃棄物が保管されてもいいですか?」

そう問われ、私は考え込んでしまいました日本科学技術を心から信じていましたが、絶対に安全、なんてあるでしょうか?



佐藤雄平知事原発推進派だった、知事責任があるという意見もありますが、的外れです知事は安全・安心を原子力政策の根幹とし、プルサーマルに関しても「凍結を含め考えなければならない」と従来より否定的な考えを示しており、経済産業省での検討会でも原子力安全保安院の分離の必要性を訴えていました。乗り気だったのは双葉郡の立地町と、関連企業たちです。国・東電・立地町長VS県…という構図だったのです



プルサーマルの導入は遅れに遅れ、国から核燃料サイクル交付金は打ち切りになり、その後の共生交付金は当初の金額よりだいぶ減らされたものでした。交付金の申請も安全運転を確認してからとされました



この新聞記事を読んだ当時、私は複雑な思いを持ちながらも、できることならやめてほしい、と思っていました双葉町は交付金を福祉・教育と、債務返済に充てる予定でした。それほど町の財政は悪化していたのですしかしそれでもどうにかやめてくれないか、と願っていました



2010年8月6日、知事プルサーマルの受け入れを表明しました

以下はそれに対する福島第一原発の立地4町長コメントです



富岡町長「知事の結論を評価し、敬意を表したい。」

大熊町長「地元として県の判断を歓迎する。」

双葉町長「エネルギー資源の乏しいわが国では、核燃料サイクル確立は大きな課題だ。プルサーマルスタートすることは意義深い。」

楢葉町長「プルサーマル受け入れの表明は、わが国の原子力政策を推進する上で大きな転換期を迎えたもの。」



昔の資料は手元にないので40年前の様子は私には分かりませんが、プルサーマルでこうなのだから原発設立当時はもっと歓迎されたのではないかと思います。



そしてプルサーマルの次は、7・8号機の増設案です。「古里の将来を考えた場合、増設は悲願。東電と県の前向きな姿勢に期待したい」これは双葉町商工会長の言葉ですしかしこれら一部の推進派以外は、実に多くの人が原発を「できればなくしたいもの」と思っていました



もちろん、こんな結末が待っていると知っていたら、もっと強硬に反対していたでしょうし、推進派の意見も変わっていたでしょう。

でも、分からなかった。

福島には原発は必要なかったんです

40年前から、あの日あの時までずっと。



東京の大手メディア事故が起こると、一目散に逃げました。でも地元報道局はずっと被災者の声を伝えていました。そこには原発で働く人やその家族原発関係者で成り立っていた地域の人たちの声もありましたが、農業漁業、その他の産業で働くより多くの人たちの悲痛な声がありました。それは複雑な構図ですが、それぞれ生の声した



原発は必要ありませんでした

首都圏のために電気を送って、その代わりに様々な恩恵を受けました

からといって今回の事故を許してはなりません。

我々の無関心と無知も、この人災の一因なのだから

私は福島県民として、東電や国をただ糾弾するのではなく、自分自身の過去を振り返ってじっくり反省し、考えたい

たとえ賛成派でなかったとしても、なぜ止められなかったのか、よく考えるべきです



農業漁業も少しずつ元に戻っていくかもしれません。

それでも福島は「原発事故のあった土地」として世界中記憶されてしまいました。残念ながら事実です県民はそれを受け入れなくてはなりません。そしてそれでも生きていくために、風評被害と戦いながら新たな産業を開拓していくしかない。そう思うのです



原発は必要なかった。

やっぱり、いらなかった。



原発はやっぱりいらない。

2011-04-09

日本復興への課題3/3

http://anond.hatelabo.jp/20110409170039からの続き)

安心と不安
情報統制という妄想

上杉や広瀬は、政府東電対応についてこうも批判している。

事故発生当初から「東電は事故に関して隠している、嘘を言っている」、「政府は騙されている。メディア記者クラブは、東電が最大の広告主、クライアントだから遠慮して言えないのではないか」と、自分の出演しているメディアラジオ番組で言い続けていました

いま再び、70年前(太平洋戦争末期)の大本営発表と同じことが、起こっているんだなと思います歴史教科書をみて「こんなことがあるわけないだろう」と思っていたことが、実際に、目の前で起こったことに、びっくりしています。まさか自分がそんなことの当事者になるとは思わなかったので(苦笑)。

日本人は小さい頃から新聞テレビは正しい。雑誌インターネットは嘘ばかりだ。と思い込まされているんですよ。ただ、新聞テレビ情報は、政府の発表を記者クラブとしてそのまま報じる。彼らが独自に取材した情報と内容が違っていたとしても政府の発表を採用する。だから新聞テレビは正しいと思っている国民は常にその情報を信じるから、今回も同様の洗脳が起こっている。ただ、これまでとちょっと違うのは、若い人たちを中心にインターネットを通じて「あれ、何か違うんじゃないか?」とわかって来ていること。私のツイッタータイムラインも今朝ぐらいから「新聞テレビの言っていることと事実が違うぞ!」と結構大変なことになっています。まるで、エジプトとかチュニジアたいに。明らかにそこが変化して来ていますね。

大本営発表の再来という誇大妄想と、自分が時代を動かすんだという自己陶酔で完全に正気を失っている。

だが、科学誌『Nature』は上杉などと全く逆の見解を示している。

JS: 〔…〕私としては、現在データの量と質は、満足できるものだと思います。でも、ご質問のとおり、計測方法なんかの情報が抜けてたりして、データ解釈かしずらいのは事実です。これは、ひょっとしたら、翻訳の問題なのかもしれません。もしかしたら、日本語データレポートは、もっと関連情報がしっかり網羅されてるのかもしれません。

JS: 私もGeoffと同感です。難しい状況を鑑みても、日本側のデータ収拾の努力を批判するのはどうかと思います

GB: 私がひとつ言いたいのは、報道側がこの危機をどう報道していったかは、結構問題だったと思います報道は、最大値ばっかりをレポートする傾向にあります。とくに、放射能汚染の場合は、最大値じゃなくて、ある一定の時間内での積算値が問題なわけで、最大値は、それだけじゃ、あんまり関係ないわけです。実際、低レベル放射線長期間続くほうが、ほんの瞬間の最大値よりもあぶなかったりするわけで。

すでに紹介した早野龍五と辰巳創一も、これを支持している。

また、辰巳はこうも呟く。

さきほどのツイートに関連して,こうした抑制的,かつ整理された情報発信を日本の信頼出来る科学コミュニティーから出来なかったことは,今回の本当に大きな反省点だと思う.少しこんな話をするのは早いけど,望まぬ”次”が来た時,きちんと役割を果たせる体制を作ることは我々の世代の使命だと思う.

門外漢ながらこれには同感。今回の震災で、日本の学会学会誌は何とも頼りない。下手に東電を擁護しようものなら石を投げられそうな現状には同情するが、それでもバカなマスメディアとバカなネットユーザーに好き勝手させず、学会や有志が連名で声明を出すくらいのことはして欲しい。

煽られる不安

TBSの松原耕二は、震災発生当日から報道特番で「政府不都合な真実を隠しているんじゃないでしょうか」と明言し、「「念のための避難命令」という政府の説明はどうも納得できませんね」と連呼していた。

僕らは不安であっていいんだ。それは僕らの中の危険の感知装置が鳴っていることだから。自分で量りきれない恐怖があるときに僕らは不安になるだろう。そして、僕らは今存在する危機に対して、その可能性の正確なサイズや輪郭をつかめいでいる。その不安は僕らのものだ。警報を切ってはいけない。

不安を増幅してはいけない、というのは、政府既存権力が望むことだ。なぜなら、不安は人々を駆り立て、秩序を破壊することがある。けれども、今、政府が恐れていることは、人々がどこかに殺到して怪我人や死者が出ることではない。暴動が起きることでもない。そうではなくて、原発政策が根本的に覆されることだ。今すぐ原発を止めろ、という人が増殖することだ。彼らは事故に寝るヒマもなく対応しながらも、今もそこを必死に守ろうとしている。

不安を煽るということを許さない自警的感情は、すぐに不安であることを許さない、という事態につながっていく。しかし、全員の心をそのように一つに塗り込めていくことは危険である不安は自然であり、この危機に不安を持たないことは不自然である不安はない、ということを強制すれば、その感情はいずれなんらかの形で暴発する。あるいは一人一人の心がこわれ、あるいは集団的な行動を誘発する。

どこかの気持ち悪い物書きの文章。

風評被害」というのは「悪いことでも異常なこともなく」、情報不足した時に起こる「正常な人間社会活動」ということです。だから、風評被害をなくすには、一にも二人も人間自分を守りたいという本能に適した「正確な情報を提供する」ということなです

中部大の気持ち悪い教授の文章。

最近、このような主張が散見される。その理由はきっとこうだ。「政府東電原発行政を守るために偽りの安全を強調するに決まっている。だから安全だと強調されればされるほど不安になるのは当然だ」と。

では、何故不安を煽ってはいけないのか。それは、人は不安になると冷静な判断ができなくなり、誤った衝動に駆られるからだ。注意を促すことはよいが、不安を煽ることは絶対にすべきでない。

また、正確かつ十分な情報を人は必ず判断できる、ということもまた大いなる幻想だ。「自分が安心できないのは政府東電からの情報が不十分だからだ。何故そうだと分かるかと言うと、それは自分不安いるからだ。自分不安でいる理由は、それ以外に考えられない」。このような自己欺瞞責任転嫁はもう止めてもらいたい

群衆の行動や心理について詳しい新潟青陵大大学院の碓井真史教授社会心理学)は「現在自分が普段と違う心理状態だと自覚する必要がある。一部の極端な行動で多くの人が脅かされる。そういうことを皆が理解し、協力しようとすれば、パニックは避けられる」とアドバイスする。

「落ち着いてください」「安心してください」と言われれば言われるほど落ち着かず不安になるのは、政府東電が悪いのでない。それはそうなる人の心理が異常を来たしているのだ。「情報や説明が不十分不正確だ」と思うのは、ただそう思い込んでいるからではないだろうか。

東電魔女狩り

人災論批判

東電の武藤栄副社長は25日の会見で「連動地震による津波は想定していなかった」「(貞観地震に対する見解が)定まっていなかった」と釈明。東電対応に、岡村さんは「原発であれば、どんなリスク考慮すべきだ。あれだけ指摘したのに、新たな調査結果は出てこなかった。『想定外』とするのは言い訳に過ぎない」と話す。

震災の発生以後、殊に原発事故の発生以後、「1000年に1度の大地震を想定していなかったのは怠慢だ」「これは天災でなく人災だ」という声がよく聞かれる。こういった東電非難の意見が、私にはよく分からない。

もし国や地方自治体東電以外の企業などがすべて1000年に1度の大地震を想定していたのならば、今回の原発事故は人災と言ってよい。だが、そんなものを想定していた団体はどこにも見当たらない。東電だけを非難するのは全く不公平だろう。

仙台に巨大津波が押し寄せる恐れがある」と16年前に警告を発していた郷土史家がいる。津波の歴史研究し、対策の充実を訴えていた仙台市宮城野区の飯沼勇義さん(80)。東日本大震災大津波を目の当たりにし、「行政も住民も危機管理が不十分だった」と悔やんでいる。

飯沼さんが暮らす宮城野区蒲生アパートも津波で壊滅的な被害を受けた。身を寄せる避難所で飯沼さんは「歴史は繰り返す。震災を教訓に、津波対策や避難誘導のシステムを早急に構築するべきだ」と語っている。

仙台への大津波を警告していた郷土史家もいたが、その本人のアパートでさえ津波で甚大な被害を受けるほどの、つまり想定以上の大津波だった。

WSJ:東電は甘かった?

米倉氏:甘かったということは絶対にない。要するにあれは国の安全基準というのがあって、それに基づき設計されているはずだ。恐らく、それよりも何十倍の安全ファクターを入れてやっている。東電全然、甘くはない。

GB: 原発は、すべて、ある程度のリスクはこえられるように設計されてます。ここで留意しておきたいのは、福島原発は、設計段階で考えられていた最大の災害よりも何段階も上を行く大災害にみまわれたにもかかわらず、一応は、破壊されずに、まだ残っているわけです

今回の震災では、2万数千人が大津波の犠牲になった。筆舌に尽し難い被害だ。しかしこの被害について、「国や地方自治体が1000年に1度の大津波を想定し、沿岸から数km圏内の住民に立ち退きを命じていれば2万数千人は死なずに済んだ。だからこれは天災でなく人災だ」と非難する人は誰もいない。沿岸に原発は造っちゃいけないが人間は住まわせてもよい、などということにはならないだろう。

しかも今回の原発事故では、将来を悲観して自殺した農家を除いて、まだ誰も死んでいない。これは事実だ。まだ誰も死なせていない原発事故は2万数千人の津波被害と比べて軽微だ、などと言うつもりは毛頭ない。原発事故によって多くの福島県民の生活が破壊されたことも、また事実だ。しかし、東電のみを非難して国や地方自治体を非難しないのはどう考えても不公平だ。

「津波が想定を大きく超えた」という。早い話が、東電の想定が間違っていた。地球や自然への畏敬(いけい)が足りず、結果として津波に負ける原発を海辺で動かし続けた。天災が暴いた人災である

東電に「地球や自然への畏敬(いけい)が足り」なかったのであれば、庁舎ごと津波に飲み込まれた南三陸町なども同然なのではないか

ここぞとばかりに反原発を唱えてる人へ

警鐘を鳴らしていた(キリッとか知った事言ってるけど

今回の津波は日本最高新記録なんだけど予想できたの?

あ、予想してた?

こんな津波来るって予想できたなら

先に堤防が無い町に警鐘を鳴らしてやってくれ

放射能汚染は元に戻るまで長い年月が掛かるから次元が違う、という意見もあるかも知れない。しかしそれだったら、犠牲者の埋葬は1年も掛からないから大したことはない、ということにならないか。死者はもう二度と元には戻らない。

そして、妻は自分にいい聞かせるように、こういった。「これは天災だからね。天災に勝てる者はいないよ」

ただし、「私は東電を許します」という発言は記事に見られないので、そこは印象操作かも知れない。

東電への迫害

上記のような東電非難を口にする人は、そもそも原発が嫌いな人が少なくない。また原発いでなくとも、こういった大災害では誰もが怒りや悲しみの捌け口を求める。東電は格好の悪玉候補だった。しか理不尽不公平な非難は決してよい結果を生まない。

原発事故処理最前線は如何に苛酷な環境かが報道されても、聞かれるのは「やっぱり東電は酷い企業だ」「国はちゃんと東電監督しろ」といった非難ばかり。「現場作業員のために、みんなで食料や寝袋を送ろう」なんて応援活動は全く聞こえてこない。

激励慰問の手紙を送ったアメリカ小学生の方が、人としてよほど真っ当だと思うのは私だけだろうか。

危険な状態が続く東京電力福島第一原子力発電所国民不安といらだちが募る中、東電社員への苦情や脅迫嫌がらせが目立ち始めた。東電社員の安全を守るため、社員寮の表札から社名を消した警視庁も警戒を強める。

護憲反核薬害問題に対する活動をしている女性・星アカリさんが、インターネットコミュニケーションサイトTwitterで「東京電力社員子供を全員がボイコットしなさい」などの発言をし、インターネット上で炎上状態となっている。

社員やその家族が身の危険を感じるほどの東電叩き。なのに流石は糞っ垂れのガジェット通信

果たして現在国民政府東電を正しく冷静に評価することが出来ているだろうか。

今、国民がすべきこと

冷酷な減点法からの脱却

こうした政府対応について、災害時の心理に詳しい広瀬弘忠東京女子大教授災害リスク心理学)は、「パニックを恐れて、余計な情報は出さないという心理が透けてみえる」と話した避難指示の範囲が拡大された理由の説明も遅れた。広瀬氏は「わかること、わからないことをはっきりさせて、説明するのが危機管理の基本だ。大変なことが起きているのは、すでに皆がわかっている。私たちのリスク観はもっと成熟しているのにバカにしている」と批判した

週刊現代も同様のバカ記事を書いている。

政府東電対応情報公開に問題があることは事実だ。これらの記事は、不適切な対応情報公開はすべて故意や怠慢によるものだと決め付けている。だが、このような冷酷な減点法こそが不適切だろう。

1000年に1度の大震災が発生した時点で、すでに満点の対応を期待することは出来なくなった。譬えるなら、100点満点のテストマイナス数十点のハンデ付きで受験するようなものだ。政府東電さえしっかりしていれば何も問題は起こらなかった、などという仮定は成立しない。

しかも、政府東電もまた被災者だ。負傷者がより深刻な負傷者を手当てしているようなものなのだから、対応に不備があったからと言って叱責するのは余りに冷酷で不当だ。

原発内にいる人達は、みんな命懸けです。きっと、報道されてること以上にやってることもあると思うし、報道されてほしいことが報道されてなくてってこともあると思う。私は、東電社員だったことを誇りに思うし、今原発内にいる東電社員の方々を本当に誇りに思います。予想外の津波がきて、原発での事故が起こってしまった。でも誰も悪くない。東電が悪いわけじゃない。誰も悪くないんだよって思う。色々な批判や、文句がある。でも今も寝ずに国民の安全の為に、一生懸命原発内で戦ってる東電作業員がいることを忘れないでほしいと思います

WSJ:当局への不信が国民にみられる。東電責任問題情報公開問題はどうか?

米倉氏:一生懸命やっている。考えられていないが、東電自体が被災者だ。従業員が津波に流され、機器も津波に流されているところがある。そういったなかで一生懸命努力をしている。

これらを関係者による身内贔屓などと切り捨てるべきでない。

GB: 〔…〕あと、付け足しておきたいのは、今の状況は、計測するにしても、かなり難しい状態だ、ということです。日本側の行っている計測やサンプリングいちゃもんつけるのは簡単なことですし、まあ、そうやって、批判的に事態を見つめていくことも、大切だと思います。でも、特に震災の直後は、計測用の計器もままならなかったし、交通網もやられて、原発の周辺へ近づくことも、簡単ではなかったんです

政府東電とも一つに

震災以前において、菅政権を信頼することは明らかに狂気の沙汰だった。それは同意しよう。私も数年前から一貫して、民主党などに投票するのは狂気の沙汰だと考えてきた。しか震災以後、政府はかなりよくやっている。完璧ではないが、それでも国民から糾弾されるべきほどには酷くはない。

サッカー試合で観客がすべきことは、「ドリブルで繋げ」「ディフェンスを上げろ」などと指示を飛ばすことでない。そんなことをしても大歓声で掻き消されてしまい、監督選手たちの耳には届かない。たとえ届いたとしても、観客一人ひとりの指示に従っていたら試合を戦うことは出来なくなる。また、味方の監督選手たちにブーイングを飛ばすことはもっと間違っている。もし味方のチームに勝って欲しいなら、観客は声援を送るべきだ。それが選手たちの士気を高め、勝利を引き寄せることになる。

現在の日本には、政権交代どころか、与野党国会で議論している余裕すらない。国民はもっと政府を信頼すべきだ。政府東電を信頼し、激励し、慰藉すべきだ。それが問題解決の何よりの手助けとなるだろう。

また、マスメディアは徒に政府への不信や不満を煽ってはならない。政府東電の説明に不十分なところがあれば、その意を酌んで誤解のないよう報道しなければならない。政府東電を叩いて足れりとするような報道は厳に慎むべきだ。

政府は日本の政府であり、東電は日本の電力企業だ。日本が一つになって頑張るために、今は政府東電とも一つになって頑張ることが求められている。文句があるなら試合が終わってから伝えればいい。

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