はてなキーワード: 人生の目的とは
「多幸症」という精神疾患がある。
とにかく幸せで、どうでもいいようなことに対してまで幸せを感じる。
笑い上戸の気がある人は、酒を飲んだときのその状態を思い出してもらえば分かりやすい。
この精神疾患が存在するということは、一つの真実を意味している。
つまり、「幸福は、客観的な外的状況ではなく、脳内物質の分泌状況によって決まる」ということだ。
逆に言えば、幸福感を与える脳内物質さえ過剰に分泌されれば、それ以外の外的要因なんてわりとどうでもいいことなのだ。
本当に幸せが欲しいのなら、アルコールなり、向精神薬なり、大麻なり、覚醒剤なり、薬の力を頼ればいい。
ほら、幸福を感じる脳内物質がたっぷり分泌されて、不安なことなんてなくなっただろう。
それが真の幸せだ。
もしかしたら違うかもしれないが、幸せを感じる主体にとっては判別するすべがない。
でもさー。
違うだろ。
http://opitziu.hatenablog.jp/entry/2011/12/14/220016
わかってないよ、おまえ。凡人であることを主張するあまり、自分が「虚栄心の奴隷」になることを恐れるあまり、おまえは大切なものを捨てようとしている。それは向上心や自尊心とかプライドとか誇りとか呼ばれるものだ。そしてこれらは、虚栄心とは異なるのだが、凡人にはすべて同じように見えるのだ。凡庸な人間の目には、すべて同じように見えてしまうのだ。自律できない人間の目には、虚栄心だと映るのだ。馬鹿だ。
向上心を虚栄心だと変換された人間は、どう思う。化粧をする人間は、「少しでも自分を美しくしよう」という向上心、もしくは自尊心を持っているのではないか。これは虚栄心ではない。見栄っ張りではない。現にそこには美しくなれる手段としての化粧があり、肌の手入れがあり、スキンケアがあり、美容のための、半身浴が、食生活が、睡眠が、存在する。これは虚栄心なり哉?
認めてもらいたくてお金を稼ぐのではない。お金を稼ぐことが人生の目的になっているのではない。お金が大切だという人間は、お金を使うことができないからその人生は不毛である。しかし、「お金がないけど楽しめる」というのは、まさに向上心の放棄であり、自尊心の欠落であり、プライドの自堕落である。誰がそんな人間を魅力的だと感じるのだろう。努力することをやめようとしている人間に魅力があるというのか。なぜなら、お金を稼ぐことが目的となっていないのであれば、お金を稼ぐことによって楽しめることが増えるわけであり、それは結果的に人生をより豊かなものにすることになる。
虚栄心の奴隷を扱きおろしたおまえの文章は、どっからどうみても、「向上心を捨てた人間による言い訳」にしか見えない。つまり、向上心の放棄に対する後ろめたさからくる、圧倒的な虚栄心によるものなのだ。誰の目から見ても、虚栄心の奴隷はおまえであり、おまえの虚栄心はそのエントリを書くことによって満たされたことだろう。虚栄心の奴隷はおまえの方だ。
自分がどう思うか、ということに焦点を当てて人生を贈ろうとしているぼくにとって、おまえのそのエントリは心にまったく刺さらなかった。虚栄心はコントロールできないのだ。好きな人によく思われたい。尊敬する人によく思われたい。不特定多数の人に共感されたい。全方位的にモテたい。人の欲望というのは際限がなく、まただからこそ生きる原動力になる。
果たして、本当に「自分」というのは存在するのだろうか。人間は関係性の中で生きている。「自分」というのは、その関係によってその都度その都度規定されていくものであり、枠組みが違えば変化するものである。会社では偉い社長でも、家ではクソダメな親父ということがありえるように、関係が違えばそこの論理だって変わってくる。人は、評価してくれる他人がまずそこに存在して、はじめて「自分」というものを見つけることができる。
だから、虚栄心はあって当然なんだ。自分が思っている自分というものが、そもそも虚構なのかもしれないと思いつく人ならばそうではないのかもしれないが、自分の持っている感覚を疑うことが出来る人というのはやはりどこか人間味があるとは言いがたい。だから不毛であるとわかっていながら、理解されないことを嘆き、「自分」探しの旅に出かけようとし、結果、「自分」が何であるのかわからず終いで終わる。
没個性化が進む大学生ども、自分の頭で考えろ。何のためにその企業へ行くのだ。何がしたくてその企業へ行くのだ。自分に正直になったとして、自分の感覚に正直になったとして、それは果たして本当の「自分」だと胸を張って言えるのか。目標を失った人間はおもしろいだろうか。夢を持っていないと公言する人間はおもしろいだろうか。
騙されるな!
こいつは、「理想なんかいらない、理想なんか捨てろ。人生の目標もいらない。それらはみな、叶えられなかった場合に自分を苦しめる原因となる凶器だ。」ということを主張することによって、虚栄心を満たしているクズだ。騙されるな。「俺はその辺の学生とは違う!俺はその辺のクソみたいな凡人とは違う!俺は自分が凡人であることに気付いている!」と主張しているクズなのだ。
凡庸であるということに気付くことと、そこから抜け出す意欲を持つこととは、また別の話だ。それは断じて虚栄心によるものではない。向上心によるものだ。そしてかの有名なKは、向上心のない者を馬鹿だと呼ぶ。これに従うと、馬鹿なのはおまえだ、opitziu. プライドを持て、自尊心を持て、向上心を持て。そうすれば、虚栄心は自ずと消えるのだ。自分を実質以上に見せようとするのではなく、現在の自分以上の存在になろうとするのだ。
「虚栄心の奴隷」で何が悪い おまえが捨てようとしているのは虚栄心ではなく、向上心だ。自分に自信を持て。そして、そのまま加速していけ。自信がないなら、「若さ」を誇ればいい。現状認識が済んだら、足を止めるな。一歩でも前に進め。
「虚栄心の奴隷」から逃れる方法があるとすれば、それは向上心によって常に実質以上の自分になろうとすることであり、現状認識と将来への努力とは別に語られるべきものである。最悪のケースを想定して、それに備えることができたのならば、進め。
おまえは他人の努力を揶揄するような人種になってはいけない。そうそれは、「意識の高い学生(笑)」と笑うことによって虚栄心を満たしている凡庸な学生と同じ人種になってはいけないということであり、おまえの書いたエントリに偉そうにコメントを書こうとするも考えをまとめることすらできない馬鹿な学生(そしてそいつらは総じて「意識の高い学生(笑)」である)と同じ人種になってはいけないということであり、海外の良いところと日本の悪いところを比べて日本オワタ論を唱える外国かぶれと同じ人種になってはいけないということであり、そして、こんなエントリを書くようなクズになってはいけない、ということだ。
要はあんたら2人の間に愛がなかったんでしょうよ、と読んで結論付けた。
相手のことが好きならレストランの予約ぐらいで気にならないでしょうよ。相手もあんたのことが好きなら喜ばせようと自然に努力するだろうよ。好きなのにそれをしないとしたら、普通の生活も送れないと思われる障害者だから相手にするな。
つーか予約とか雑用を男がやるべきと決めつけるルールもおかしい。デートコースなんて行きたい所がある方が決めれば良い。行きたい場所がないなら出かけないデートもあるだろ。あといきなり年収学歴身長とか言い出すのもきもい。恋愛にそんなの関係ねーよ。
要は相手のことが好きじゃないのに付き合うな、欠点なんか気にならないくらい好きじゃないのに付き合うなということ。お互いに時間の無駄。
PART1はこちら( http://anond.hatelabo.jp/20110716110643 )
http://www.maruzen.co.jp/Blog/Blog/maruzen05/P/10946.aspx
丸善様には私の講演会などで著書販売のお手伝いをしていただいています。一緒にいろんなイベント等を盛り上げてくださっていることに感謝していますし、思い出深いです。 -書店にはよく行かれますか。最近はあまり行かなくなりましたが、以前はよく行っていました。書店は大好きです。
http://plaza.rakuten.co.jp/nana111/diary/201106210002/
「カンブリア宮殿就職ガイド村上龍×73人の経済人」を読んで、私が印象に残ったの方は、ワタミグループ創業者、渡邉美樹氏。278ページから、『夢を達成することが人生の目的ではない。目的を追っていくプロセスの中で人間として成長すること、それが我々の生きる目的だ。』
http://bookreview002.seesaa.net/article/170071961.html
「戦う組織」の作り方 / 渡邉美樹。会社の成長のスピードに、社員の成長のスピードが追いついていない。次なる展開ができない。非常に頭が痛い内容である。社員のレベルアップは急務である。そして組織の成長。そのためにはどうすべきか?
http://blogs.yahoo.co.jp/izakaya_lab/
渡邉美樹さんが都知事選に出馬するニュースが飛び込んできた。 こういうのって突然やってくるんですね。びっくりしてニュースにかじりついてました。 これを気にかどうかは分かりませんが、ツイッターが復活し、またブログも賑わいを…
http://mainichi.jp/enta/book/interview/archive/news/2009/20090904org00m040006000c2.html
インタビュー:渡邉美樹に聞く:民主党政権に望むことは「信」--6月の株主総会で社長から、会長・CEOに就任されました。新たに見えてきたものはありますか。今までは、私の後についていけばいいんだ、という考えない文化がありました。これではまずいなと思い、自分たちで考える文化をつくるために、「伴走」を始めたわけです。大きな意味でワタミグループが100年企業になっていくための教育期間だと思っています。私がリーダーで走っているかぎりリーダーは育たないということが分かりましたから。--ワタミグループの今後の戦略を教えてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/moviefun777
日々精力的に活動されている渡邉さん。その精神力はどこからくるのでしょうか。
気持ちの持ちようとよく言われますが、なかなか実践できないのも人であると思います。
もしかしたら、そのような心の持ち方が何かを身に付けたりすることよりもはるかに高いハードルなのかもしれません。
考えれば考えるほど、深みにはまっていく。渡邉美樹さんやブログから学び取ろうとするが、当たり前ですが同じようにはできない・・・ん~、深く考えずに行動することが第一歩なのかもしれませんね。
・http://booksdiary.seesaa.net/
・http://blog.livedoor.jp/five_products/archives/cat_50091124.html
振り返れば私の人生など、行き当たりばったりで、目標を定め、アクションプランを練り、計画的に目標に向った人生とはまったくかけ離れた道を歩んだ。
世間でいうところの勝ち組、負け組のどちらかと白黒をつけるとするならば、負け組だろう。
アラフォーで結婚もせず、会社の経営不振で解雇の憂き目にあい、現在は非正規の派遣社員として切り詰めた生活を余儀なくされている。
しかし、見方を変え、世間様のステレオタイプな「勝ち組」「負け組」というフィルターを取り払うと、特段、悲惨でかわいそうな人生だとも思っていない。
生まれつき、他人と交流することが苦痛であり、1人でいる方が好きな性格である。
ブランド品に囲まれた生活を送らなくても、卑屈になったりもしない。
真っ黒の手帳を携えている生活は、恐らくストレス要因になるだろう。
そんな理由からか、収入が少なくても、相続した家があるという恵まれた家庭環境のせいか、まぁ、こんなもんだろうという気持ちの方が強い。
何も努力もせず、生まれてから現在に至るまで、ただ心臓を動かしているだけで、飢え死にしない生活。
食う、寝る、働く。
それだけでは退屈だから、人というのはわざわざストレスを溜め込む行動に走るのだろう。
戦争は、人類が暇つぶしをするために希望を抱くところから生じる。
文化というのは、暇人が武力ではなく、創作に注力した結果だろう。
目標を立て、アクションプランを練り、実行し、人々から賞賛されることを目的とした人生。
全てが記号化され、それを他人が羨望の目で捉えてくれているかどうか。
多くの人が、そんな人生を歩みたがっている。
そしてすべての記号に意味を見出そうとしている。
日本人は経済的に豊かになっても、精神的には決して豊かでないと言われてから久しい。
この文脈は、あくまでも豊かさとは精神的なものが満たされて初めて成立するという前提となっている。
私からすれば、その前提は間違っている。
経済的に豊かになりさえすれば万事上手くいくという思考である。
経済的な豊かさを人に承認されることが人生の目的である人の方が多い。
テレビや著名ブロガーをちらっと見回しただけでも、そんなことが見えてくる。
「自分の好きなことをやりなさい」と言いながらも、その人は本当に好きなことをやっているわけではない。
多くの人達から、「好きなことに没頭していて羨ましい。素敵ですね」と言ってくれるかどうか。
そして、人というのは、弱い生き物だから、そういう人生を歩んだ方が楽であるのだ。
例えば、
人からそう言われることが、精神の充足感を満たす。人生の目的。
認めたくないだろうけど、某著名ブロガーさん、あなたはそういう人生しか歩めない、とても弱い人間である。
今まで出版した著作物は、一体何を提供してきた?→ご自身の自慢話が延々と綴られていただけだ。
所属している組織で、どれだけの貢献した?→1ヶ月に数千万円〜数億円の約定を獲得できる支店の営業マンの方が、よっぽど貢献している。
その生き方って気持ちいいの?
それって疲れない?
それをハックするのが、「ライフハック」ってことだよ。
人生の定義自体をハックするんだよ。人生自体をハックするんだよ。
その前提をハックしないで、「人生の目的=子孫を繁栄させること」って簡単に前提条件を受け入れちゃうの?
それってニヒリズムを絶対どこかで招くよ。
だって子孫を繁栄させることなんて、人生の目的として実感としてモチベーションにつながらないじゃん。
漠然と幸せにいきれたらなーって考えるか、徹底的に考えてニヒリズムを打破するか、どっちかしかないよ。
実感が大事なんだよ。
「Don't think, Feel」って状態にどうやって持っていくかってことなんだよ。
ならば早くこの人のようになればいいのに。
今35才なんだが、コイツは16才以降、今まで檻の中に居た時間の方が長い
小・中と、ひどい虐めを受けて、ある日突然キレて生き方を変えた奴なんだが
本人曰く「また、正月前には自首予定」、、、似たように虐められていた他の仲間達が
「もう20年以上たってるんだ」
「もうやめてやれよ」etc
言っても聞かない
何か壊れてしまって
昔虐めていた連中に徹底的に粘着して復讐することが
ケラケラ壊れたように笑うのが怖かった。
お前等が虐めてた過去は、忘れもせず水に流しもしないが
柴田の墓石たたき壊して、骨壺にウンコかけるなんてまともじゃねぇが
止めようもない。
ひき逃げ(4年半)
いたずら電話
嫁と息子、娘への○○○ (5年)
今3人は、何処にいるかまで調べてる
http://d.hatena.ne.jp/hagex/20101029#p1
http://blog.livedoor.jp/ikiradio/archives/51561151.html
それは人にとって「健康であること」が人生の目的になり得ないのと同じ。
社員のやりたいことを目的にしてはいけない。「誰の」会社だい?
社員がバクチを打って失敗しても、そのケツ持ちをやるというのかい?
努力することは美しいけれど、そんなことをしている暇があるのかい?
これが明確化されない状態では、どんな利益を
やめたりしなければいけない訳ではない。
いま相当頭が硬くなっているだろうし
視野もすごく狭くなっていると思う。
頭が硬くなっているならば、柔らかくすればいい。
一番良いのは組織から完全に離れることだけれども
そこまでしなくても、2週間くらいの休憩をとれば
頭を柔らかくすることだって出来るかもしれない。
苦しんでいることが分かっただろう。
熱中出来ていない状況は、半年後に会社全体の業績に現れてくる。
スタッフを路頭に迷わせたくないのであれば
ツイッターにも書いた(現在はそのツイッターは削除しています、復活は出来ます)「私の外見とアニメを見るのは関係ない」という事さえ理解してもらえれば、
このような嫉妬も評価も嘲笑もしなくて済むと思うのですが…
一回イジメを始めた集団が、後から改めるってことはないです。
理由は2点
・もう貴女を弄ること自体が目的化している。理由は後から幾らでも付けられる。
・動機も責任も放棄しているから改めようがない。曰く、「だって皆も笑ってたし」
ではどうすれば良いか。逃げましょう。
可能なら引っ越しましょう。
数で攻められたら、どんな名将でも勝つのは難しいです。
しかも、戦争なら相手を殺して数を減らせますが、現代でそれは無理。
しかも相手は貴女を弄るのが目的ですが、
割ける気力の割合がそもそも違います。
理不尽な話ではありますが、勝ち目はありません。
逃げるにあたって重要な事。
・味方・理解者を作る。
→言い出しにくいでしょうが、信頼できる友人知人に現状を相談しましょう。
敵よりも味方の絶対数が多ければ、精神的に追い詰められる事はあんまりないです。
・一人で出歩かない。
→これも難しいでしょうが、出退勤時になるべく集団で動きましょう。
児童ばかりの集団登下校でも、集まってるだけで変態は尻込むものです。
況や大人なら。
また、イジメ等では、いじめっ子はまず対象を孤立させるところから始めます。
10対1と20対2では、全く展開が異なります。
(殴り合いでもすれば同じ結果になるでしょうが、
イジメる側は絶対安全圏から出られないので。)
どうしても、逃げたくない、または、周囲にオタばれしたくない場合…
・暫くは、ストーカー共との戦いに全てを捧げる必要があります。
中途半端はナシにして、全力で戦って、痛い目を見せるしかありません。
連中の首謀者を特定し、そいつだけを徹底的に、こっちが悪役になるくらいの気持ちで向かっていき、
社会的に完膚なきまでに殺す(くらいの心構え)で当たらなければ、見せしめにもなりはしません。
特にこのケースだと警察は役に立ちませんが、それでも一回は話を通しておきましょう。
理不尽ではありますが、ある程度失う覚悟をして、本当に大事なものを守ってください。
ネタならそれに越したこと無いし
万が一ガチなら可哀想な御話。
心配するな
あの涼宮ハルヒの憂鬱でさえ持ってた悩みとほとんど同じじゃないか。
古今東西、昔も今も関東人も関西人も、たいてい悩むことだ。悩んだ事が無い奴は逆に悩まなかったことを悩め。
たいてい、世界が回っているのに合わせて回っていれば、そのうちそんな欝も無くなる。時間の問題だよ。少なくとも自分はそうだ。適当にやっていれば人生の目的も見つかってくる。寝る間も惜しむ、人生時間が足りない、と思うくらいな。
あえて言うなら、与えられた環境では何も見つからない。一年くらいニートしててもいいが、家庭内ホームレスは屋外ホームレス同様ろくな仕事に就けなくなるぞ。なんでもいいから仕事してみろ。新聞配達とか。
確か、新聞配達で金貯めて自費でアメリカ留学してIT系だかの社長やってるって奴の話を聞いたことがある。とりあえず新聞配達してみろ。
やりたいことがあるふりをして、生きてきた。
でもあるときに、人生に目的なんてなくてもいいだろうし、その時その時のやることをきちんとやれることの方が大事だろうと考えて、「やりたいことは無い」ということを明言するようにしている。
一番親しい友人も「人生の目標や目的は無い」と言い切っている。
さっき、彼女に「やりたいことは?」と聞いたら、「わからない、、、たぶん無い」と言っていた。
ここで、「やりたいことを見つけないといけない」、「やりたいことをやる人生がすばらしい」という価値観は残酷だ。だいぶ変化してきたと思うが、それでもなお「やりたいことをやりきる人生こそが善」という考え方を押しつける人が多い気がする。
どうでもいいではないか、そんなこと。
あ、それが人生の目的か、、、。でも、いわゆる「成功を内包した」あるいは「成功と等式で結ばれる」目的などというものは持ち合わせていない。
そんなものを持つつもりもない。
久しぶりにシラフでゲロ吐きそうになった。
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高校中退後、俺はバイトを転々として大学に入ったため通常とは5年遅れで会社に入った。
で、よく聞かれるのが「え?○○歳? それまで何やってたの?」
まあなんだっていーだろって言う気持ちには毎度なるんだけど
適当にはぐらかして適当に嘘こいて何とかその場しのぎでやってきた。
そんな矢先、まあこいつになら本当のことを話してもいいかなって
言う奴がいて本当のことを結構話した。
詳細は避けるけどやってきたバイトの中には水商売周辺のバイトから
ギリギリグレーゾーンなバイトもある。パチスロ三昧だった期間もある。
とにかく人生の目的も当てもなく時に親の金も彼女の金も踏んだくりながら転々としてきた。
そんな話をして家に帰った途端、急激に気分が悪くなった。
なんていうか動悸と船酔いがいっぺんに来たかんじだ。
原因はさっきの会話と自分自身にあった。
自分の辿ってきた道をちゃんと整理して言葉に出したのは、実はこれが初めてだ。
自分ですら封じ込めたい記憶として思い出さないようにしてきた。
だから時系列に沿って「あれやってこれやって今があるんだ」っていうストーリーを
話してみて、自分ですら「あー、俺はそんな人生歩んできたんだ・・・」という
気持ちになった。今となっても全く肯定できなかった。
俺は本当に何やってたんだろう。そして何を得意気になって自分の過去を語ってしまったのだろう。
ヤクザがどうとか水商売がどうとか、俺は中2病か。俺は何をしゃべってるんだろう。
でも実際俺の辿った道はそんな汚泥にまみれた道だった。
人生に一貫性などなく、その場その場で暗中模索した結果、今なぜか新卒社員として
なぜか年増の技術者として俺はここに立っている。
同期に俺みたいな人生を辿った奴はもちろんいない。
みんな曲がりなりにも真っ当に生きてきた奴ばかりだ。
基本的にはいい大学のいい子たちばかりだ。
そんな君たちが俺の人生をどう見てるのだろうか。
面と向かってチンカス負け組野郎って言ってくれたほうがましなんだけど
ただ苦笑いしてたっけ。でも興味深く聞いてくれて俺の方も少し調子に乗って
話しすぎたかもしれない。
うえwマジ吐きそうw。
無責任だが自分の辿った人生を俺は全く肯定することができない。
おれが傷つけたあの子たちや不義理を犯したあの人たちに何も言い訳できない。
全力疾走で近視眼的に好きなようにやってきた結果、俺に残ったのは
一貫性のない人生と俺の周りから去って行った人たちの残像だけだ。
過去に対しては何も言い訳できず、ただただ無意識に記憶から消し去りたいと思っている。
俺は俺の人生を肯定できない。俺は自分の人生を曝け出すことが心底恥ずかしい。
今日おれは恥ずかしさと情けなさのあまり本当に吐きそうになった。
何なんだ、俺は。ああ知られたくねえよ、でもしゃべっちまったチクショーおれバカすぐる。
でもどこかでそんなおれのクソにまみれた人生を1ミリでも肯定してほしいと思ってるんだろうね。
だからしゃべったんだろうな。俺ばかだな。
「へー、すごいねー。でも今頑張ってんじゃん」とでも言ってもらいたかったってか。
肯定か否定かどっちやねん、しっかりしろ気を確かにしろよく考えろ俺。
そんでもってこれからも何十回も何百回も「大学入るまで何してたの?」って聞かれんだろうな。
俺何してたっけ?
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で、この日記の結論。今考えた。
でも俺は自分の人生を肯定できるときがいつか来ると信じたいんだ。
それはきっと今の仕事で生き甲斐を見いだして、自分の夢を叶えたときだろうと思う。
「あの時があるから今がある」
あの時より少しだけ長期的な視野を持って全力疾走で駆け抜けるつもりでいる。
人一倍努力したい。俺はいつからでもどこからでもやれると思う。
こんなゴミクズ人生を辿った俺でさえ、何だってやれることを自分自身に示したい。
人の評価は2の次で俺は俺の人生を肯定するために今俺自身のために頑張るんだわ。
振り返るのは後でいい。