はてなキーワード: 交流分析とは
トラバでもらった「子供と大人の遊び場が一体化しちゃってる」って表現がしっくりくる。
twitterっていろんな切り分け方があると思うけど、大人子供でくっきり分かれている部分は確かにありそうな気がする。
大人からしたら子供たちがわざわざバーにきて、学生飲み屋のノリで遊んでいるのは勿体無い、みたいな印象があるんだろうし
子供からしたら学生飲み屋のつもりなのに、おっさんがバーでの礼儀を説いてくるのでうざい、みたいなに感じてるのではないか。
で、看板見たら「うちはお客さんがお好きなように使ってくれて構いません」と書いてるだけ。
実際、若者同士、大人同士で使ってる間はお互いが自由に使っても全然問題ない。
ところが、その境界をまたいだり、仕切りを開け放って場を共有する時に、どっちがどっちに合わせますか?ってのが決まってない。
殆どの場合はお互い譲りあうというか、自然とそのあたり距離探り合って調整出来てるんだろう。
たいていは首を突っ込んだ側が相手に合わせるかな。
ただ、どうも子供の流儀に固執する子供とか、大人の作法に無理やり子供を従わせようとする大人みたいなのもいる。
(どこいっても俺ルールでつっぱねるどう仕様も無い人間がtogetterなんかでは定期的に晒されているのを見かけるけど、アレは大人子供以前の問題。)
個人単位なら、目の前に相手がいたら、相手の方を見るだろう。
これがtwitterの場合、相手と話していても、周りの人間も同じ場にいて目に入って来る。
すると、子ども側が、同じ子供側の方ばかりを見て大人をはねのけたり、大人は大人で、自分の作法に固執して子供の流儀を軽んじたりということが起こりうる。
そうなると問題が起きるというか、どうやっても話が噛み合わなくなってしまってお互い不毛な会話になってしまう。
で、その後はお決まりのパターンだ。大人でも子どもでも意見の相違から揉め事になった後、
話がものわかれに終わった挙句にあとで仲間内に「なんだろうねあの大人は」とか「これだからガキは困りますよね」とやり取りしている人が多い。
どっちもどっちでお前ら話し相手より普段の仲間が大事なんだな、と悲しい気持ちになってしまう。
というわけで、おとなこどもの話をすると、
少なくともtwitterにおいては、子供か大人かは問題じゃない。どっちが上でも下でもない。
ただ、自分自身がいまどっち側で話しているかを理解していること、
特に他人から見てどういう立ち位置にみえているかをしっかり認識出来ることが大事じゃないかな、と思う。
はそれほど深刻ではないけれど交流分析におけるすれ違いが、個人単位でなくて、その個人を中心とするグループ単位で起きちゃってるというかそんな感じ。
1、まず東大の教授が東大の学生とおぼしき者に対して「お前こんなくだらないことしてないでもっとまともなことつぶやけよ。東大生として情けないぞ」っておせっかいを言った。
これは私もほんまおせっかいだと思う。まして「訂正されたし」は勇み足。実名表示云々にいたっては完全に押しつけ。
2、学生側は「お気遣いありがたいですが、僕はまだ子供なんで自由に使わせてくださいよ」とくらいに軽くいなせればベストだったが
それに対して、学生側が「DHMOの発言は問題じゃないでしょ」ってズレた受け答えをしてる。
この学生はその前にthotonという「大人子供以前の問題」の人に理不尽に絡まれており、この問題について言及する大人はアホだ、くらいのイメージを持ってただろうからしかたない。
3、また、thotonとのやりとりにおいて、もうこの話題に関しては「ネタとして楽しむ集い」のような空気が出来てしまっていた。
もうこの問題は発言した学生個人の問題ではなかったわけだ。そういったことを東大教授側が認識せず、振り出し時点から学生個人に話しかけようとしたのも問題だった。
普段はこんな事考える必要がない。基本的には内側に篭って自由にやる、でいいと思う。
相手との違いを認識してうまく対応できるくらいのスキルはほしいところ。
ネット上における棲み分けとはブロックするとか接触しないということではない
それで問題が解決できるとかんあげてしまう人はなんでも規制したがる都の方々やアルファブロッカーを批判する資格がない。
棲み分けの為にこそ、接したときに生じる問題を軽くやり過ごせる姿勢やルールの共有が必要だ。
http://anond.hatelabo.jp/20110221085704
こういうのが気になって仕方ない人は「タイプ分析」について知っておくといい。
内容に興味がないなら覚えなくてもいい。
そういうものがあるという事を知るだけで
今まで上か下かという基準でしか物を見れなかった自分の頭の固さがよくわかるだろう。
ということでタイプ別分類を種類の少ないものから列挙していく。
といっても基本的なものしか知らないので、他におすすめのものがあれば教えてください。>各位
多分一番単純な横の分類は男女のタイプ別だ。
しかしこれは多種多様なものがあり、今ひとつ決定的なものがない。
また、歴史的背景からどうしても上下関係が絡んできやすいこともあって除外する。
いまだに男女を上下関係で判断し、横の関係だと認識できない人がいるので一応言及しておく。
次はコンダクター アナライザー プロモーター サポーターの4つのタイプに分類するもの。
(分類の正式名称知らないので知っている方がいたら教えてください。 >各位)
非常にシンプルな分類だがこれを知っているだけで「上から目線」に対する誤解が解けるだろう。
あるタイプの人間から「上から目線」に見える人も、接し方次第ではきっちり話し合いになることが多いのだ。
逆に自分が「上から目線」であると指摘されたときにタイプ間の摩擦があるのでは?と考えてみるだけで、
「相手が下から目線なだけだ」と短絡的な判断をすることにブレーキが掛けられるだろう。
判断が機械的になっている人はまずこれだけでも知っておくべき。
http://www.web-labo.jp/other/typecheck.html
交流分析は人間には「親・大人・子供」という3つの内面があるという点からスタートしている理論なので
上下関係がどうしても気になるというならまずこれを念頭にいれて議論すると良い。
http://plaza.rakuten.co.jp/ryuta99/diary/200801160001/
次はプロセスコミュニケーションモデル。これは6つに分類する。
http://leadershipinsight.jp/dictionary/words/kohler_model.html
次がエニアグラム。これは9つに人を分類する。
これは自分がどういうタイプと付き合っていくとうまく行きやすいかのヒントを与えてくれるので
http://shining.main.jp/eniatest.html
次がMBTI。これは16に人を分類する。
自己改善あるいは自己の強みを自覚し、計画的に改善していきたい人にオススメ。
http://www32.ocn.ne.jp/~emina/
詳しくはググれ。
これらの分析はやってもやらなくてもいい。
だが、まず他人を上下に分けるくらいなら横に分けるという視点を身につけよう。
この視点を持たずにあなた個人の基準に基づいて他人の能力の有無を云々するのは基本的に時間の無駄である。
まして、それを正当化・固定化しようとする人は、おろかを通り越して醜悪であるとすら考える。
この分類で言えばパシスターに当たるであろうと思うが、
誰しもあなたと同じ思考で動かないということを、大学生になったならそろそろ学んでも良い頃だ。
まだ若いのだから、今からすべて自己の論理で整合性が取れる範囲の狭い世界に閉じこもらず
もっと多様性に目を向けたほうが、将来的にその論理思考力を活かすことになるだろう
仕事も私生活も成功してる人はね、要するにマーケがうまいわけ。自分のね。要するに人様の心を掴む能力、相手が何を欲しがってるか察して与える能力。高学歴ワープアや無職、婚活失敗者はこの能力が著しくかけてんの。経営コンサルの時。売れっ子は決して強面系でも凄い専門性があるわけでもなかった。さえないオヤジ風もいた。しかし客の求める物を察するのが凄く早く自然に与えている。意図的じゃなく自然にできちゃうんだね。スタッフの扱いもうまい。スタッフの求める物が分かるから
成功とかマーケティングって言葉がなければ違和感はないのだけれど、成功=マーケティングって短絡的な理屈がなんかすごく気持ち悪い。
マーケティングって成功のためにやるものなの?
takisokこう言った話を聞いていて本当に腹が立つのは、単に貶すだけで全く助けようとはしないこと。特に家人にそういった傾向があるなら他人事ではないだろうに、どうして似た人をコケにするだけで満足するんだろう。
この人は人がほしがっている物、不足している物を理解して、与えるのがマーケティングだと行っている。
そしてそう語っている本人が、ある人に足りないものが分かっている。相手が必要なものが何かも分かっている。
でも与えない。
あるいは本人はこれで与えているつもりなのかもしれない。
はたしてこれがマーケティングのうまい人のやることなんだろうか。
どこかこの人の考えるマーケティングには歪みがあるのではないだろうか?
「これがマーケティングだ」と語るときには、マーケティングは何のためにするのか?という質問が重要になると考えている。
この人はその問になんと答えるのだろう。
この文章からは「自分が得するためにする、自分が成功するためにする」というニュアンスが伝わってくる。
言葉の使い方の問題なのかもしれないけれど、それは、本当にマーケティングなんだろうか?
運よく競争にさらされず、自分の見通しどおりに物事が進んでいる人ほど、それを己の努力の成果にしたがり、理屈付けをしたがるらしい。
厳しい競争の中で努力して大成功した人は、一歩間違えれば失敗する環境を乗り越えて成功する経験を振り返って、自分は運が良かったということが多い。
本当に先が見えない厳しい環境においては、先が見える時代に生きていたおばちゃんが語るマーケティングよりはハップンネスの考え方がもっと評価されるべきではないか?
「出会いがないなぁ」という声をよく聞く。「出会っても関係が続かないんだよなぁ」という声も聞く。素敵な女の子と出会い、そしてその出会いを一度きりにせず、ずっと付き合っていくためにはどうすればいいのだろうか。出会ったその瞬間からすべきことを順に書いていこうと思う。
相手と出会って、まず必要なのは「ツカミ」である。ツカミとは、簡単に言えば「この人の話をもっと聞いてみたいな」と相手に思わせることである。そのためには「あ、この人面白い!」とか、「この人、楽しい人だな!」と思わせればいいのである。
ツカミにはいろんな種類がある。初対面だとまずは自己紹介をするんだろうけれど、それに絡めて「すべらない話」をする人も多いだろう。でも、トークがどうも苦手で…という人もいる。
トークというものは二つに分類できる。自分が話すことと、自分が聞くことだ。基本的に、「うまく聞くこと」が会話を盛り上げるコツなのだが、初対面の相手と話すときには、まず自分が話す割合の方を多くして、つまり自己開示を先に行い、相手の自己開示を促すという作業が必要になる。
そこでは、自分はこういう人間ですよ、というプレゼンの能力が求められる。そのプレゼンはわかりやすく、しかも面白く楽しいものであったほうがいい。でも、これがなかなか難しいのでみんな困っているのである。
そこで、ここでは自己プレゼンをツールを使って行う方法を提案したい。そのツールとは、マジック(手品)だ。マジックにももちろん練習が必要で、マジック中のトークにも練習が必要なのだけれど、トークオンリーによる自己プレゼンのよりは定式化されている分、練習も容易であると言える。
マジックは、デパートのおもちゃ売場などで買うことができる。インターネットでも購入できる。Amazonでも販売されているので探してみて欲しい。練習がそれほど必要でなく、インパクトの大きいものをうまく見つけたい。私のお勧めは「サムチップ」と呼ばれるものだ。シルクのハンカチを消すという単純なマジックなのだが、うまく使えば効果は大きい。
マジックを演じるときに頭に入れておいて欲しいことは、相手を楽しませようという姿勢が大事なのだということ。マジックを完璧に演じること、相手に「不思議!」と思わせることが大事なのではなく、「この人は楽しい人だな」と思わせることが大事だと心得て欲しい。プロのマジシャンをイメージするとしたら、マギー審司のような人をイメージして欲しい。不思議かどうかよりも、楽しいことが大事だ。
ちなみに、マジックよりももっと練習が必要だが、大道芸のようなことをするという方法もある。メジャーなのは、ジャグリング。駅前広場なんかでジャグリングを披露していると女子高生が寄ってきて、楽しくお話ができたりする。私の知人にFという男がいるが、彼の特技は大道芸とマジックだった。別に彼は女の子と話がしたくてやっているわけではなく、純粋に好きでやっていたのだが、横で見ていた私は、これは女の子を惹きつける素晴らしい技術だと感動した。
さて、以上がツカミについてであった。ツカミに成功すれば、女の子は「この人ともっと話がしたいな」と感じるモードに入っている。だが気を抜いてはいけない。ここからが本番だ。出会いをその日一度きりにしないためにはどうすればいいのか。
女の子が求めているのは「理解」だ。女の子のの話をじっくりと聞き、その子のことをしっかり理解しようとする男は少ない。だから女の子は理解に飢えている。
つまり、女の子と信頼関係を築くためには「この人なら私のことをわかってくれるかも」と相手に思わせることが重要なのだ。その日のうちに相手を完全に理解するのは不可能だが、その可能性を感じさせることができればいい。
そのためにはどうすればいいのだろうか。それには、相手の悩みを聞き出せばいいのだ。その人の個性は、悩みに最も現れるからである。
では、どうすれば女の子の悩みを聞き出せるのだろうか。「ところで、君って悩みある?」なんていきなり聞くわけにもいかないし…。
その答えとしては、例えば占いがある。相手の運勢を占ってあげる。あなたはこういう運命ですと。これからこんなことがあるよと。では、占いの結果を踏まえ、どのように会話をすればいいのか。
占いというのは、「このままでいるとこういう運命になる」ということである。なので、占いの結果がいいものならば、今まで通りの努力を続けるといいよと告げる。あるいは自分の生き方の正しさに気づけばいいんだよということをアドバイスする。今どんな努力をしているのか、今どんな生き方をしているのか、ということについて尋ね、それを肯定するという形で話を進めればいい。
占いの結果が悪いものであれば、「じゃあどういう風に変えていけばいいのか考えようか。運命は自分で変えていけるんだよ」と言って、一緒に考えてあげればいい。
占いにもいろいろある。有名なのは手相やタロットや四柱推命だろう。何でもいい。自分が興味を抱けそうなものにしよう。私が好きなのは手相。手相を見てあげるときには、距離的にかなり近づかないといけないし、手を触るというスキンシップもとれるので個人的にはお勧めだ。
なお、「こういう手相ならこういう運命」「タロットでこのカードが出たらこういう運命」といったことを覚えるのは意外と大変。だから、基本だけ頭に入れ、あとは本を持ち歩いてそれを一緒に見ながら占いをするというのもアリだと思う。別に得意げに知識を披露する必要なんて無いのだ。女の子は占いが好きだから、一緒に本を見ながらでも楽しんでくれるはず。「今、占いの勉強してるんだよ」って言いながらカバンから占いの本を出すのは何ら不自然なことではない。
占いよりももうちょっと科学的なものの方が話しやすいという人なら、心理テストがいい。心理テストも女の子の大好物。大学でも心理学科なんて女の子ばかり。。大学で心理学を学んだような人なら、こちらの方がいいかもしれない。交流分析・エゴグラムなどというものは、女の子との会話に使いやすいと思われる。興味のある方はインターネットや書籍で調べてみて欲しい。
心理テストの種類もいろいろあるが、どれを使うにしても「あなたはこういうタイプだよね。当たってる?そうか。じゃあ、こういう苦労があったりするんじゃない?」っていうふうに話を進めていけばよいのだ。
占いを使うにしろ、心理テストを使うにしろ、一番大事なことは、相手の悩み、相手の話をじっくり聞いてあげることだ。そしてここで意識すべきなのは、相手の考えや行動を否定するアドバイスはしないこと。相手が「○○で困ってるんだ」と言ってきたら「それは君が○○だから悪いんだ」とか、「それなら、こうすべきだよ」というアドバイスをするのは基本的にはNG。「そっかぁ、それはつらいよね」と同調する。これが一番大切。僕は君の味方だよ、ということをアピールするのが正しい。そうすれば、相手は「この人は私のことをわかってくれている」と感じることになる。そう感じてもらうことを目標にして会話をしよう。
以上で、だいたいの流れは見えただろうか。具体的にイメージしてみて欲しい。目の前に現れた初対面のきれいな女の子。簡単な自己紹介を終えたあなたは、カバンからマジックグッズを取り出す。マジックを披露し、女の子に楽しんでもらう。「ところで、今、占いの勉強してるんだけど」とあなたは切り出す。そして彼女の運命について二人で熱く語る。最後に彼女は言う。
「また話、聞いてね!」
ここに書いたことは、そんなに難しいことには思えないはずだ。やる気になれば誰にだってできる。さあ、君も今日から占いの本とマジックグッズをカバンに入れて持ち歩こう!そこからすべてが始まる。あなたに素敵な出会いがありますように。
http://anond.hatelabo.jp/20100314173747
専門家に相談しようか?と言ったところ、人を病人扱いするつもりか!と烈火のごとく怒られたことがあるので、多分、カウンセリングとかは絶対に受けないと思います。
ここを押し切れないようでは、通院は不可能に近いと思いますので、わかった部分から、ちょっとアドバイスしてみます。
ちなみに私だったら「そういう風に怒るところが精神不安定な部分なんだよ。子どもを叩いたりするのも、みんな、そういう部分に問題があるんだ。病気なんだよ。だから、病院に行こう。治療してもらおう」と説得しますが、それで話が通じるくらいなら、元増田も苦労はしてないと思うんで、大変だなと同情申し上げます。
コメントで気になったのは、この部分です。確かに自分でさんざん身内の悪口を言っておいて、同調しようもんなら「私の肉親の悪口言った」と騒ぐ向きもあるので、同調すればそれでいいとは限りませんが、「私は親に虐げられたの」と言うのなら「そうか。大変だったな」と返事をすればいいのじゃないかと思います。この場合、虐待が本当か嘘かということは問題ではないのです。奥さんが言ってるのは(私って不幸なのー)なのですから「そうか不幸だったのか、大変だったな」と返せば、通常は(気持ちを汲んでもらえた)と満足して、それで奥さんの気は済むのです。
ただし「交流分析」にもあるように、「他人を遠ざけるパターンを繰り返す人」というのもいます。「私って不幸なの」と声高に訴えてくるので「そうなの」と同情しようもんなら、「こんなに不幸こんなに不幸」とどんどん押してきた挙げ句、「じゃあ、幸福になればいいんじゃないの?」と建設的な話をしようとしたとたんに「同情してくれないのね」とヒステリーを起こして、さんざんこきおろされ、こちらは疲れ果てて関係を絶つことになるといったパターンを踏襲していきます。奥さん、他の人との付き合いはどうですか? 友達いますか? 町内会の役員とか、引き受けてます? そもそも、他人と交流出来ない人なんじゃないですか?
なんだか、元増田の奥さん、私の母を見ているようで身につまされます。母はそういうことを言う人でした。子どもである私は母の言うことを鵜呑みにして育ったので、母は虐待されて育った可哀相な人だと思ってました。実際は母がわがままなだけだったんですけど。父もなんとなくアスペ傾向のある人です。たぶん、他人の感情に敏感な人は、母のようなヒステリーを起こしやすい人とは付き合えないのじゃないかと思っています。父は他人の感情が読めないので、母がヒステリーを起こしても「何を怒ってるんだ?」とキョトンとしているような人です。
母は私をいたぶって育てました。母にかかるストレスは、すべて、私で発散されました。私は、その話を誰にすることも出来ません。なぜなら、他人の前では決してしないからです。他人に「私は虐待されて育った」と話しても「被害妄想」の一言で片づけられてしまうでしょう。母の勝ちです。
虐待は再生産されるので、私は子どもを虐待しないようにするのに、かなり苦労しました。何度、窓からおっぽりだそうと思ったことでしょう。母のように後先考えずに叩ければ、どれだけスカッとするだろうと思ったでしょう。でも、絶対にしませんでした。私のような子どもを作ってはならないのです。
交流分析やってみました。うつ傾向になりやすいタイプですと出ました。自分自身は楽天的な人間だと
思っていたので、意外でしたが。そう言われてみれば、昨年、妻との関係に悩み果てて自殺未遂を図っ
たことがあるので、やっぱりあんまり楽天的な人間ではないのかもしれません。
確かに私はよく空気が読めない人間と言われるので、知らず知らずに妻を傷つけているのかもしれませ
んが、それでもそこまで激昂させることも言っていないつもりなんですけどね・・・もう少し言動に気を
つけたいとは思います、再構築するなら。
専門家への相談も考えました。しかし、妻が産後に明らかに精神的におかしかった時に、産後うつじゃ
ないのか?と心配になり、専門家に相談しようか?と言ったところ、人を病人扱いするつもりか!と烈
火のごとく怒られたことがあるので、多分、カウンセリングとかは絶対に受けないと思います。
DVするような人間は子供にも、というコメントがありましたが、確かにその通りです。お尻とか頭を
ですが、怒った時は反射的に叩いているのを何回も見かけました。その後に妻が激しく落ち込み子供
にも謝っている姿を見ると、むげにも攻められず、どうにも出来ない自分の力不足に悩みます。
子供に対して、という意味で少し最近気になっているのですが、妻がよく「○○(子供の名前)はお母さん
のこと嫌いだもんね。」とか「(当て付けがましく)○○は本当にお父さん大好きだね~」とか子供の目の
前で言うことです。本人曰く、私が愛情を注いでいるのに、子どもが応えてくれないという点に不満の
ようなのですが、傍目から見ても十分子供は妻に懐いているのに、何が不満なのか理解できません。
多分、親に虐げられて育ったという被害者妄想(決してそんなことはないと思うのですが)があるので、
常に自分は人に嫌われていると思う癖があるようです。こんなことをしょっちゅう言われている子ども
が不憫であり、精神的な発達に問題が生じないか、実はかなり深刻に心配しています・・・
http://anond.hatelabo.jp/20100123172306
はっきり言って、元増田が娘さんの状態を悪化させてるんだ。
元増田は、しょっちゅう、娘さんの食行動を気にしているだろ? 食べなければ「食べろ」食べすぎれば「食べるな」。毎日なんのかんのと娘さんに文句言ってるだろ? 言いたいんだ。元増田は。娘さんが自分から離れていくのが寂しくて寂しくて寂しくてしょうがないんだよ。そんなときに、娘さんの精神状態がおかしくなった。このまま、おかしいままでいてくれたら、ずっと娘さんは自分の手許にいる。娘さん本人はすげー迷惑だ。ペットじゃねえんだから、一生親に養ってもらうわけにはいかない。自分で食い扶持を稼げるようにならない限り、親が死んだら後追い自殺するしかないかんな。
元増田が死ねば、娘さんの一生も終わりだ。元増田は、そういう悲劇に一直線に進んでる。なぜか? 寂しいからだ。本気で娘さんに立ち直ってほしいのなら、まず、勉強することだ。
私には「自律訓練法」と「交流分析」が有効だった。まあ、こんな情報流したところで「うさんくさい」とか言って、真面目に取り組んだりしないんだろうがな。だって、元増田は一生娘さんに摂食障害でいて欲しいんだから。
http://anond.hatelabo.jp/20100120061450
元増田は自暴自棄になった男の怖さを知らない。考えてもみてくれ。出世の芽があるのにセクハラするか? 女にモテる男がセクハラするか? 友達がたくさんいる男がセクハラするか?
セクハラをする男=会社および社会から脱落しかけている男 だ。
元増田にちょっかい出しているのも、最後の一押しが欲しいからだ。
どういうわけだか、人間って奴の中には、物事がうまくいきかけるとぶち壊したくなる人種がいる。
交流分析の一番簡単な紹介を載せておく。
下記アドレス参照
http://www.kokoro-lab.info/exindex/kyakuhon.html
「実生活では「幸せになれず、健康であれず、孤独で、成功しない」という人生脚本通りに、人生に幕を引きました。」とあるだろ?
今、元増田が仕掛けられているのは「ゲーム」と呼ばれる相手を不愉快にするためのちょっかいだ。相手の手に乗れば、お互いが(主に元増田が)不愉快な思いをするだけだ。
相手が嫌なことをしてきたら、「良いこと」をしてやりたまえ。そしたら(いつもと勝手が違う)と思い始める。いつでもどこでもどんなときでも、その男のことを褒めちぎって回ればいい。嫌なことをする相手を褒める。相手にとって、こんなに不気味なことはない。
例えば、こんな風だ。
男「じゃあな。クサマン」
元増田「えええええ? なんですか? クサマン? クサマンっ言いましたよね? ねえねえねえね、クサマンってー? 教えてくださいよー。先輩。いよ、大統領」と大音響で騒ぐ。
この反応をされて、セクハラを続けるような根性の男だったら、上司はクビにしようと手ぐすね引いてるはずだから、この件で相手の男は呼び出しを食らうだろう。
いいかい。
こんな卑劣な男の手にのることはない。公衆の面前で、思いっきり恥をかかせてやればいい。たった今から、絶対に会社に一人になるなよ。もし、一人になりそうになったら、ウィルコムかソフトバンクの携帯電話を持って、誰か友達(ほんとは切れててもいい)と常時電話を繋いでおきなよ。「他人の目」があれば、無茶はしないはずだ。たぶん。
http://anond.hatelabo.jp/20090918221206
私はかつて物心ついた頃から毒家族の奴隷として使役されていた。全ては命令形て、従わなければ暴力が待っていた。そんなわけで、男性の身の回りをさせられることには過剰に反応してしまう。
相手の家で家事をするほど近しくなったら、まず、ここのところを説明しておいたほうがいいと思うよ。特に『従わなければ暴力』ってとこね。いわゆるトラウマになってるんじゃないかな。
「おちゃー」と言われて包丁投げつけるのは過剰反応だもの(いや、今回やらなかっただけで、やりそうでしょ?)。信頼関係があるとね、そういう通常使う言葉で傷つく場合に「あたしゃ、あんたの奴隷じゃないぞ」と言い返せる。彼がどう反応するかは未知数だけど、強烈な支配欲を持っているのでない限りは「お茶いれてくれる?」くらいには言いなおすだろう。
簡単に言うと、人には5つの自我状態があって「自由奔放な子供の心」「従順な子供の心」「大人の心」「他人を受容する母親の心」「厳格な父親の心」と分かれている。この5つの状態をいったりきたりしながら、他人と関わっていくわけ。他人とまさつを起こしてしまう人は、このうちのどれかに固まっていて、ほかの反応が出来ないことが多い。元増田はいつでもどこでもどんなときでも「従順な子供の心」でいることを求められ、従わざるをえなかったから、自分の判断で「従順になること」が出来ないんだ。
「自由奔放な子供の心」と「他人を受容する母親の心」については、もう、何を言われているのかわからないほど、イメージが掴めないだろうと思う。「自由」とか「他人を受容する」なんて、どこの世界の話さと思ってるんじゃないかな。私もそうだったんだ。母親は叩いて言うこと聞かせるタイプで、私が大きくなって殴り返そうとしたら「親を殴ろうとした」とかいって泣き崩れるんだもんよ。母親なんて「子供を操ろうとする支配欲の塊」ってイメージしかなかったから、子供産んで、子供が幼稚園行くようになって、他の母親をじっくり観察する機会が出来たとき「子供を可愛がる母親って実在するんだ」とえらく感動したことを覚えてる。
男の身の回りの世話なんて、やりたくないならやらなきゃいいんだ。
なぜ要求するのかって、通常は「自由奔放な子供の心」で甘えて「他人を受容する母親の心」に応対してもらいたがったりするからだよ。
そういうことは、別に男だから、女だからなんてことは関係ない。
私はとてもしんどいことがあったときに、男友達にどうしても愚痴りたくて、ちょっと約束あるんだけどというのを強引に呼び出して、愚痴ったことがある。別れ際に喫茶店のお金を払ったら「いや、俺が払う」とか言い出したんで、噴き出しちゃった。「あなた。呼び出されて、愚痴られて、さらに奢らされるつもりだったの? いいんだよ。呼び出したほうが払うもんだよ。こんなの」と言ってようやく引き下がってくれたけど。女のわがままに引きずり回されるのが当たり前になってるんじゃないかと、ちょっと心配になって、それからは、あんまりわがまま言わないようにしている。
男もいろいろいるよ。
http://anond.hatelabo.jp/20090617044849
元増田の彼女さんは、まだまだ修正の余地があると思う。なぜなら「反省して泣いてる」から。変わろうという気持ちがあるのなら、どこかで変われるはず。元増田が手助けするための知識になりそうなことを紹介しとくね。
「自尊感情」
http://homepage3.nifty.com/selfesteem/sectheory.htm
このページの特に「傷ついた子供」を参照のこと。ただし、ここにも書いてあるけど、周りは理解を深めることが出来るだけで、どうしてやることも出来ない。本人がなんとかしようと思わないと。いわゆる、馬を水場に連れていくことは出来るが、水を飲ませることは出来ないってこと。
「交流分析」
http://www.ops.dti.ne.jp/~iwh/kokoro/ta.htm
こちらは関わり方が書いてあるので、相手の自我状態がわかれば、刺激しないような対応の仕方もわかるかも知れない。
元増田の彼女さんみたいな人は、愛された経験がなく(まー、つまり私だ)、愛してると言われるたびに否定したくなるんで、言葉より行動のほうが大事かも。セックスをするわけではないときも、日常的に肌を触れ合わせて、優しく丁寧に体を扱ってやっていると、(大事にされている)ということがダイレクトに伝わって、そのうち落ち着いてくるかも知れない。
がんば。
http://anond.hatelabo.jp/20090214092152
↑これ書いたものです。
http://anond.hatelabo.jp/20090214135356
私の書き込み、かなり空想を混ぜてしまったんで、こんなにまともな返事をくれるとは思ってなかったよ。いろいろと誤解をしていたようで失礼しました。
被害妄想かもしれないが、彼女らが私を嘲笑しているように見えてくる。
いやだってそうでしょ。
えとね。物事に対して「上下がある」と考えない人も存在するんですよ。働くことは尊い。社会で働くことも尊いし、家庭を支えることも尊い。両方出来る人はほとんど神だと思う。そういう考え方もある。つまり、最初から「シーソーに乗せない」んだよ。もちろん、上下で考える人も多い、むしろ、そのほうが一般的かも知れない。でも「会社で働くこと」と「家庭で働くこと」をシーソーに乗せるのは一般的じゃないよ。なぜなら「単位」が違うから。でしょ? お金もらえる仕事と愛情だけでやる仕事を一緒にできるわけないじゃない。
小咄を思い出したよ。子供が学校で「児童福祉法」というのを習ってくるんだ。
第1条 すべて国民は、児童が心身ともに健やかに生まれ、且つ、育成されるよう努めなければならない。
2 すべて児童は、ひとしくその生活を保障され、愛護されなければならない。
こんな奴ね。そんで子供が得意気に言うわけだよ。「ママはボクの生活を保障して愛護しなくてはいけないんだよね?」って。でママは言うわけだ。「そうね。生活を保障するだけなら、食べさせればいいわけでから、今日はがんばったから好きな物作ってあげようとか、誕生日だからケーキを用意しようとか、そんなことしなくてもいいのだけど」って言うわけだ。
児童福祉法というのは戦後孤児になった子供たちを保護するための法律だから、現状恵まれ過ぎている子供たちが振りかざすとアリを潰すのに大槌を使おうとするようなチグハグなことになる。
義務感ですることと、愛情をもってすることは別のことなんだよ。専業主婦と外でキャリアを積むのは持ち合いにしちゃならないんだ。それで不公平ということはない。だって、家事育児はもちろん介護だの近所づきあいだの「お金にならなくても、しなくてはならない仕事」は全部「専業主婦」に回ってくるからね。元増田は町内会入ってる? 近所の掃除とか町内会のお茶酌みとかしてる? 下校時のパトロールとかゴミ置き場の清掃とかしてる? 近所の賃貸アパートに住んでる共稼ぎの女性は「えー? 私仕事忙しいんですけど、タダで働けっていうんですか? そんなの専業主婦にやらせりゃいいじゃないですか」とまたえらく非協力的な態度で敵を作ってたけど。元増田は大丈夫かな? ああ、ごめん。なんか話がズレてるね。
そうだね。仕事とただ一人の愛する人と一緒に居ることは、どうしても時間的な都合で持ち合いになるね。愛情を得る方法はわからない。私は得たいと思ったことがない。だって他人の気持ちはコントロールできないもの。相手にとって何が一番良いことか? ということを考え続けた結果、今カレシいるけど結婚したいとは思わない。私は最近専業主婦をやめて仕事をしているのだけれど、仕事なら仕事する時間が決まっていて、ほかの時間は好きに遊べるし、カレシともたまに会ったほうが新鮮な気持ちで会えて深く付き合える感じがする。
えーと。ごめん。言いたいことは、こんなことじゃなかった。「交流分析」って知ってるかな? 「あなたもOK、私もOK」って考え方なんだ。もし、今の状態がつらいのなら調べてみるといいよ。
■「毒親といふもの、 (と自己責任論)」
http://anond.hatelabo.jp/20090117102440
を書いた増田です。
◆導入・指針・要約
「常に親の都合やニーズが子供のそれより優先する自己中心的な人間で、愛情というものが決定的に欠けている」 = 毒親。
そんな家庭で、軽度の近親相姦をされたりしながらサバイブしてきました。(軽く触れますが、詳しくは↑で)
高校では、毒親による毒親のための毒家族宗教からの脱却を図り、健全な人格を作り直しました。
・・・・でも、まだ序章です。
「あなたは生きる価値がないのよ」というメタメッセージをたっぷり吸って育てられたので、僕の潜在意識は「僕は生きる価値がないんだ・・・」と死にたがっている感じ。
大きく差し支えます。まともな人間関係を維持するのにも、何らかの労働をするのにも。学業にも。
毒親による精神的な影響を断ち切らないといけない。
そしていつかは「今日はカッコウと毒親がにぎやかだなあ、いとおかしや・・・」程度にまで、心を防衛する術を身に着ける必要がある。
毒親と対決して「勝つ」。毒親を扱った本「毒になる親」「不幸にする親」には、そうすることが かつて蹂躙された人格の復権に大いに貢献するといっていました。
(注意:ご自身が毒親と対決される場合、長期的で綿密な計画を立てる必要があります。思いつきで勝てる相手ではないので、専門家か、関連する書籍で味方を作ってからにしてください。)
・・・最初の一手を打って見ました。
◆最初の一手
「親の『言語運営能力』ひいては『思考力』の低さが、(もしかすると無自覚に)支離滅裂な行動に走らせていて、育児に際してとても有害であった。今現在もそうである。」
ということを冷静に母親に言ってみました。 参考書籍や、↑のエントリーでいただいたコメントにとても勇気付けられて助かりました。 ホントにありがとうございます。
◆毒親の背景
前のエントリーでは書いていなかったこと。
・虐待されて育った母、父ともに元チャイニーズorz(ちなみに俺の国籍は日本。中国語カタコト。あたまン中は完全に日本人。)
・母父ともに北京に住んでた。過激な政治抗争の焦点となって、家に暴徒や政府の人が襲ってきたり、
・母の家、書を政府の令で燃やされたらしい。
・母、家での親による虐待+政治的な居心地の悪さから身一つで脱中・来日。25歳くらいのことかな・・・?
・ジリ貧だった。
・・・今考えてみると盛り込むべきだったかも・・・すみません。
・・・同情はしてます。
というか、経済的な支援をしてもらってる段階で僕は親に感謝すべきなのでしょう。 その件に関しては・・・。
でも、これ以上性的な虐待をされるのも、うつになるのも、死にたくなるのも、2年で35キロやせるのも、願い下げ。
◆母はいつも言うこと為すことが支離滅裂だったのに、自覚症状がない。
毒親に関する本をいろいろ読んでみました。
↑のエントリーのトラバで紹介してもらった交流分析の本も読んでみた。id:masuda_oyuriokokさんありがとう。
いくつかある典型的な毒親の特徴のひとつとして、
・「支離滅裂な言動で子供を混乱させる」
・「そして情動的な追い討ちをかけて服従させる」
・「本人にはその自覚がまったくない」
というのがあげられていました。
我が家もこれが当てはまるような・・・
20代後半で日本語を取得した両親は、日本語が怪しい。 ものすごく怪しい。
送ってくるメールのすべてが、日本語崩壊してる。日常会話も怪しい。
せめてネタで「・・・でアルね」とかいってくれれば笑えるものの・・・
さて、そんな本人は今では日本語で思考してるらしい。
「言語は思考・思索の礎だ」というのなら、そんなに危険なことはない。
思考の車輪が、幼稚園児が書いた車の車輪みたいなものでは・・・考えが支離滅裂になりやすくなる可能性がある。
・・・恐ろしいことに本人は(コンプレックスも手伝って)それを認めることはありえない。
◆よろしい、ならばセンター試験だ。
その毒性に対する免疫をつくり、毒親を毒親として扱う情報収集の一環として、母親の論理思考力を点数化してみます。
・・・というか、それを受け入れるのかを見てみる。 拒否されたら、「拒否した」という事実が残る。
センターの現代文は、「論理思考能力」を図るにはとても便利。昨日、国語を受けてきたしね。さっき、現代文のセンターの過去問を母親に渡しました。
実際にやれば母親の論理思考力を測れる。 現代文の100点中、50点でも出れば諸手をあげて喜ぼう。
・・・俺は理系だけど、国語は得意科目。 センターなら満点狙う。
・・・化学に関しては触れんでやってください。
本人はものすごい勢いで拒絶していました。 さすがアグレッシブお母さん。
これが、僕の、初めての反逆。
これでいいのかあまり自信はありませんが・・・・
そしてもうすぐ、毒親から離れての一人暮らしが始まります。 寮で一緒だった友達が近くにいるので心強い。
なんとか「離れて暮らす」ところまでこぎつけることができました。
点数が出たり、大きな進展があったら、また。
まあ既出だと思うので繰り返しなんだろうけどさ。
自分でやってみて「そ、そうだったのかーーーー」と思ったので書く。
それは「交流分析(Transactional Analysis、略称TA)」と呼ばれるもの。
3歳~12歳くらいの経験(主に外部からの影響)がその人の「人生脚本」を決め、
それに従うように無意識的・感情的な判断を死ぬまで繰り返してしまう・・・という話。
俺は非常に共感できた。
たとえば俺の場合は母親が早くに親を亡くし、一家取り潰しに遭い、若くして病気を発病したことが物理的きっかけで、
その教育および態度から受けた影響が形作っているものが多くある(母親を恨んでいるわけではない)。
俺の場合は、「世の中は理不尽(であるべき)である」とか「他人は自分を責める(に違いない)」とか
「優れていなければ生きる価値はなく、それが出来て当然」とか「愛は求めてはいけないし、手に入らない」とか。
そういう信条を無意識に持っているために、そういうことを確認するための行動・判断をしてしまうというもの。
うまくいっていないことが多いと感じる人は、自ら気づかぬうちにそういう結果を招くように
行動していることが多いと思うよ。もちろん、その逆もあるんだと思う。
とにかく、何がそれを招いているのか分析してみるといいと思う。
まあ、分析できたからといって改善できるかどうかは別だけどさ。
「交流分析」という心理学の分野があって(有名なエゴグラムなんかもこれから派生してます)、これは人間関係がなぜこじれるのかを解き明かそうとする学問です。その「交流分析」で使われる重要な概念として「ゲーム」というものがあります。この分野において、「ゲーム」という語は、「人間の行動の中で、予測可能で定式化し、一般に破壊的な結末で終わるもの」と定義されています。はてなキーワードだと「優越感ゲーム」とか言うときの「ゲーム」の意味がこれに近いと思われます。
この「ゲーム」の例がいくつも知られているのですが、そのなかに『ラポ』というものがあります。引用すると
●『ラポ』
「さあ、とっちめてやるぞ」と同じタイプのものだが、性的なニュアンスがより強く、女性が演じやすいゲームである。男性の前で、華やかな服装で魅惑的に振る舞う。男性が引かれて近づいてくると、急に態度を変えて、肘鉄砲を食らわす。「心と心のふれあいを大事にしたかったのに、結局は私の肉体に引かれたのネ。男はみんなケダモノ」と、激しく攻撃する。基本的な構えでは、「男性はOKでない」の構えである。常に、それを確認するために、被害者から迫害者に転じるゲームを演じる。
男性と親密な関係になると、恋愛関係をこわしてしまう女性。また、一見偶然のようだが、いろいろなトラブルに次々に巻き込まれる人たちは、このゲームの可能性が強い。
特に、ヒステリー性格(自己顕示欲の強い性格)の女性に多く、また、成熟した女性性が確立されていない場合に、演じられるゲームである。彼女たちの多くは、自分は被害者と思い込んでいる。
ちなみにラポとは、レイプをもじったもので、軽い男女の戯れから、複雑な三角関係、果ては、こじれてしまう離婚問題まで、さまざまな男女模様を含む。
(『万能感とは何か』、ASIN:4101291314、p122)
「ラポ ゲーム 女性」などで検索をかけるといくつか記事が見つかります。
心理学の『交流分析』では、こういった女の行為を『ラポ・ゲーム』と名づけ
男性への敵意から発している行為であると分析している。
幼少期か少女期に何らかの形で男性への反感、敵意を植え付けられた女が、
ラポ・ゲームでその復習を果たすことによって、満足を得るという。
交流分析という心理学の分野では、「ラポ・ゲーム」というものがあります。
女性が男性に好かれた瞬間に、その男性のことを嫌いになってしまうという行動パターンのことです。
ここには、無意識のうちに男性のことを憎む心理が働いている、といわれています。
そのために「男性に好かれ、自分は男性のことを嫌う」という図式を作ることで、無意識のうちに男性に対して「復讐」をしているわけですね。