はてなキーワード: 九龍とは
幸せになろうとする人、そしてそのために正面から努力する人には、心の底から幸せになって欲しい。だからあなたには幸せになって欲しいと真面目に思う。
それと全く同じ理由で、梯子には全然興味が持てない。
私には彼女が幸せになろうとしているようにも見えないし、そのための努力をしているようにも見えない。
多分彼女に関わる多くの人は「それは彼女に努力の仕方が分からないから、見えないからだ」と思っているのだろう。でもそれは嘘だと端的に思う。両目と喉をつぶされ両手両足を切断されて九龍城で無理矢理客を取らされて言葉は分からないながら「そろそろ犬のえさにでもするしかねーな」みたいなことを隣の部屋でつぶやかれている達磨ならば、確かにどう「努力すればいいか分からない」と言う権利はあると思う。しかし、少なくともネットに接続してブログを書くだけの暇と能力のある人間には、そんな権利はない。そんな人間に幸せになるための努力の仕方が「分からない」とすれば、それは幸せになるための努力の仕方を「分かろうとしていない」だけだ。
要するに彼女が「努力」しないのは、彼女が愚かだからではなく、その愚かさをえさにして愚かな人間を食い物にしている情況が楽しいからだ。そしておそらくはそれを無自覚どころか分かってやってるのが悪質な所だ。梯子に言う言葉があるとすれば、一言『釣り乙』。それだけ。
彼女に同情心を傾けている人は、元増田のように、自分の身近で「本当に苦しんで頑張って誰にもそれを言えないで」いる人にその労力を傾注してあげて欲しいと思う。