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はてなキーワード: 久遠とは

2011-04-22

ネタバレまどかマギカ大乗仏教

過去久遠の昔、インドに大変慈悲深い2人の王がいた。一人は自らが仏となることで人を救おうと考え、一切智威(成就如来という仏になった。だが、もう一人の王は仏になる力を持ちながら、あえて仏となることを拒否し、自らの意で人の身のまま地獄に落ち、すべての苦悩とさ迷い続ける魂を救おうとした

http://ja.wikipedia.org/wiki/地蔵菩薩


地蔵菩薩は、「他者の苦しみが無くなるまで自ら苦しみにとどまる」という誓願を立てる事によって仏(一切の苦しみから解放された存在)となり、逆説的に自らも救済する事になった。


まどかは、全ての魔法少女を救い、その呪いを背負う、という願いによって、魔法少女のさらに高位の概念となり、自らの呪いからも解き放たれた。


要するに、まどかマギカは実は大乗仏教

2008-06-29

法華経久遠実成の釈尊=一切衆生(全民衆)

と、日蓮は言っている。

法華経久遠実成の釈尊と一切衆生の3つには差別が無いと。

しかし、他の宗派では釈尊と一切衆生の間に差別化を図っている。

日蓮仏法において成仏という意味では一切衆生釈尊も仏であることに差別は無いけど、では本仏とは何か?と考えるときに、本仏というのはその一人をして手本となるべき存在となる。

手本であるという存在師匠であっても、教祖様的な階級とは違った存在だ。

あくまでも対等な立場でありながら手本となる存在が本仏だ。

しかし、対等でないものを有り難かって深遠ぶって釈尊を神格化して人間として見ることが出来なくなったのが多くの仏教団体である。

人間を超えた存在なんてこの世に必要ないのさ。

人間を超えた存在を作るとき、その名において人間を犠牲にすることも厭わなくなる。

仏とは生命なり。

2008-05-17

[]

かわいいふりしてあの子 わりとやるもんだねと

言われ続けたあの頃 生きるのがつらかった

振り返れば 遥か遠く 故郷が見える

それでも 恋は恋


多分あなたは いつもの店で

好きだよと言えずに 初恋

進取の精神 学の独立

現世を忘れぬ 久遠の理想

かがやくわれらが 行手を見よや


増田 増田 増田 増田

増田 増田 増田

2007-05-07

[]はてなで記事を書かない人間が書く文章なんざ、ロクなもんじゃねえ

知人からこの日記を改変してくれーと言われたので書く。ということで間借りしますー。


 常々ここをヲチされている、顔も知らない愛すべき増田民たちの想定の範囲内だったかどうかは別として、自分はふだんはてなダイアリー日記を書く人である。いや。1ヶ月ではてなブックマーク100個ブックマークしてそのうち半数をコメントするかどうかも結構あやしいライトはてなダイアラーの自分が、ここを覗いている数多の重度のはてなダイアラーたちを前にしてこう堂々とはてなダイアラー宣言するのもおこがましい話ではあるのだが、世間一般的な基準に従うと、いちおうはてなダイアラーの部類に振り分けられるらしい。もともとがまんが足りなく、「finalventの日記」のいいかげんな書き飛ばし記事がはてブ注目エントリー入りしているのを見た瞬間に心がムズムズして記事を書いてトラックバックを送らずにはいられない、傍目にはおよそ典型的なはてな依存症の自分がなぜそうまでして毎日はてなダイアリーを書いているのかと言えば、これでも物書きの端くれだと思っているからである。モノを書く人間ならはてなダイアリーブックマーク、嗜んだことがなければ文字通り「お話にならない」し、はてなダイアリーを使わない人間が書いた文章なんて、大抵ロクなもんじゃない

 読む価値が無い、とまで言ってしまうとそれは過言として。非はてなユーザーが書いたものでも読むべき文章は無数にあるはてなユーザーが書いたものでもはてブ1発分の価値すらない文章もザラにある。あらゆるものの90%はクズである。はてなダイアリーを使わない物書きがなぜダメなのかと言えば、それははてなダイアリーを使っていないからだ。彼らは「はてなダイアリーがない世界」のことしか知らない。はてなダイアリーを使う人間は、はてなダイアリーを使わなかったこともある人間である。彼らは「はてなダイアリーを使う世界」と「使わない世界」、両方について自らの経験に基づいて一応の見識を持つことができる。モノを書く人間や、ブロガーにとって一番の武器は、彼が持ちうるそのパラダイムの多さだろう

 普段はてなダイアリーを使っていない人間は、ためしに想像してみてほしい。どうやって「記事を書く」のかを。まずジャンルは? いったいどれを選べば良い? 非モテダイアラーrepublic1963furukatsukiya2014umetenは、それぞれどうキャラが違う? スキンはどれを選択する? hatenaシリーズはともかく、指定なしって結構ディスプレイサイズがでかいユーザーにとってはクセ者よ? キーワードになっている単語はどうやってつける? なにも考えずに記事を書いてるだけじゃ、誰も読まずに流されるだけですよ? どこで記事を書くのを止める? 先っちょだけ書いてほのめかす?真ん中まで書いて読者に思考の道筋を与える?それともギリギリのところまで書いて「続きは後日」? [続きを読む]って、どこまで溜まったらつけてほしいものなんだろう……? 等等。いかに「はてなダイアリーの世界」について無知なのか気づくはずだ。自分の周りには、あんなにもはてなダイアラーが多いと、ずっと思っていたはずなのに。いままで非ダイアラーは一体ネットの何を見ていたというのだろう?



 はてなダイアリーひとつとっても、「こちら側」と「あちら側」でこれだけものの見方が違うのだ。思考の越境はかくも困難なり。しかしおそらくモノを書くことを生業にする人間こそ、常々何かについて考え、不断の「思考の越境」に努めなければならない人種である。それが日常の些細な事象についてなら尚更だ。ここで勘違いしてほしくはないのだが、自分がはてなダイアリーを積極的に奨励し、その欠点を必死に覆い隠してはてなダイアリーの普及に尽力している、と思われるのは心外である。そんなつもりは毛頭ない。どう言い訳してみたところで自分の文章をロハで叩き売るのは毒だ。百害あって一利なしである。それでも、絶望の際に立っておずおずと久遠深淵を覗き込んで尚、闇の底から見るはてなダイアリーシンプルな美しさについて必死に思いを巡らせる。それがモノを書く人間の、最低限持つべき心意気だと思う。

 『はてなダイアリーを使わない人間にものを書く資格がない』と言うわけではない。が、やはりモノを書く人間には何かしらの「はてなhatena)」がなくてはならないように思われる。別にそれがはてなダイアリーであれ、とは言わない。ブックマークでも、アンテナでも、人力検索はてなでも。物書きならば何かのhatenaじゃなければならない。そうでなくては、思考がねばついたものにならない。さらさらした思考からは、何も生まれない。さらさらした文章が生まれるだけだ。思考の「越境」と「拘泥」はものを書くために必要不可欠な要素である。その為には、多くのブログを読むのもいろんなアルファブロガーから話を聞くのもよいが、やはりはてなの「キーワード検索」こそが最も頼りとする素養となるだろう。



 と、ここまで書いてしまえば、これ以上ない決定的な批判に晒されずにはおられないことは馬鹿ではないから自分でも分かっている。

オマエダイアリー、まだはてなアンテナ登録数10人いないじゃないか」と。

いや。まぁ。それはそれで。そっちのほうがマイノリティな界隈にバカ受けな文章が書ける、ということにしておいて。


おまけ

手塚治虫人間関係希薄な人は漫画は描けない。漫画とは読者との会話だからだ』

宮崎駿『ロクに人生経験も無いオタクを雇うつもりはない。火を表現するには火に触れないと駄目だ』

庵野秀明アニメ漫画依存するのは止めて外に出て欲しい。あれはただの絵だ』

富野由悠季オタクは日常会話が出来ない。アニメ作るならアニメ見るな』

藤子・F・不二雄『よく「漫画家になりたいなら漫画以外の遊びや恋愛に興じろ」だとか

「人並の人生経験に乏しい人は物書きには向いていない」だとか言われますが、

私の持っている漫画観は全く逆です。

人はゼロからストーリーを作ろうとする時に「思い出の冷蔵庫」を開けてしまう。

自分が人生で経験して、「冷蔵保存」しているものを漫画として消化しようとするのです。

それを由(よし)とする人もいますが、私はそれを創造行為の終着駅だと考えています。

家の冷蔵庫を開けてご覧なさい。ロブスターがありますか?多種多様ハーブ類がありますか?

近所のスーパーで買ってきた肉、野菜チーズ牛乳・・・

どの家の冷蔵庫も然して変わりません。

多くの『人並に人生を送った漫画家達』は「でも、折角あるんだし勿体無い・・・」とそれらの食材で賄おうします。

思い出を引っ張り出して出来上がった料理は大抵がありふれた学校生活を舞台にした料理です。

しかし、退屈で鬱積した人生を送ってきた漫画家は違う。

人生経験自体が希薄記憶を掘り出してもネタが無い。思い出の冷蔵庫に何も入ってない。

必然的に他所から食材を仕入れてくる羽目になる。 漫画制作でいうなら「資料収集/取材」ですね。

全てはそこから始まる。

その気になればロブスターどころじゃなく、世界各国を回って食材を仕入れる事も出来る。

つまり、漫画を体験ではなく緻密な取材に基づいて描こうとする。

ここから可能性は無限に広がるのです。私はそういう人が描いた漫画を支持したい。

卒なくこなす「人間優等生」よりも、殻に閉じこもってる落ちこぼれ漫画を読みたい。』

2007-05-06

代官山の西北

代官山の西北 鉢山町

そびえるビルは へんな会社

われらが日ごろの 抱負を知らず

Incの精神 なおやの独裁

現世が忘れた 久遠の理想

かがやくわれらが 行手を見よや

はてな はてな はてな はてな

はてな はてな はてなぉゃ

2007-04-01

[] 1万人のご入学おめでとう

一.

都の西北増田の杜に 

聳ゆる甍は我等が母校

我等が日頃の抱負を知るや 

進取の精神学の独立

現世を忘れぬ久遠の理想 

かがやくわれらが行手を見よや

増田 増田 増田 増田

増田 増田 増田

二.

東西古今の文化の潮 

一つに渦巻く大島国の

大なる使命を担ひて立てる 

我等が行手は窮り知らず

やがても久遠の理想の影は

あまねく天下に輝きしかん

増田 増田 増田 増田

増田 増田 増田

三.

あれ見よかしこの常磐の杜は

心の故郷我等が母校

集まり散じて人は変れど

仰ぐは同じき理想の光

いざ声そろえて空もとどろに

我等が母校の名をばたたえん

増田 増田 増田 増田

増田 増田 増田

2007-02-27

[]

一.

都の西北増田の杜に 

聳ゆる甍は我等が母校

我等が日頃の抱負を知るや 

進取の精神学の独立

現世を忘れぬ久遠の理想 

かがやくわれらが行手を見よや

増田 増田 増田 増田

増田 増田 増田

二.

東西古今の文化の潮 

一つに渦巻く大島国の

大なる使命を担ひて立てる 

我等が行手は窮り知らず

やがても久遠の理想の影は

あまねく天下に輝きしかん

増田 増田 増田 増田

増田 増田 増田

三.

あれ見よかしこの常磐の杜は

心の故郷我等が母校

集まり散じて人は変れど

仰ぐは同じき理想の光

いざ声そろえて空もとどろに

我等が母校の名をばたたえん

増田 増田 増田 増田

増田 増田 増田

2007-01-18

[]

一.

都の西北増田の杜に 

聳ゆる甍は我等が母校

我等が日頃の抱負を知るや 

進取の精神学の独立

現世を忘れぬ久遠の理想 

かがやくわれらが行手を見よや

増田 増田 増田 増田

増田 増田 増田

二.

東西古今の文化の潮 

一つに渦巻く大島国の

大なる使命を担ひて立てる 

我等が行手は窮り知らず

やがても久遠の理想の影は

あまねく天下に輝きしかん

増田 増田 増田 増田

増田 増田 増田

三.

あれ見よかしこの常磐の杜は

心の故郷我等が母校

集まり散じて人は変れど

仰ぐは同じき理想の光

いざ声そろえて空もとどろに

我等が母校の名をばたたえん

増田 増田 増田 増田

増田 増田 増田

2006-11-29

[]

一.

都の西北増田の杜に 

聳ゆる甍は我等が母校

我等が日頃の抱負を知るや 

進取の精神学の独立

現世を忘れぬ久遠の理想 

かがやくわれらが行手を見よや

増田 増田 増田 増田

増田 増田 増田

二.

東西古今の文化の潮 

一つに渦巻く大島国の

大なる使命を担ひて立てる 

我等が行手は窮り知らず

やがても久遠の理想の影は

あまねく天下に輝きしかん

増田 増田 増田 増田

増田 増田 増田

三.

あれ見よかしこの常磐の杜は

心の故郷我等が母校

集まり散じて人は変れど

仰ぐは同じき理想の光

いざ声そろえて空もとどろに

我等が母校の名をばたたえん

増田 増田 増田 増田

増田 増田 増田

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