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はてなキーワード: 主義者とは

2012-02-09

差別を批判する差別主義者たち

歴史修正主義を批判する人って、大抵は差別反対とか上辺ではいいことを言ってる人も多い。しかし、彼らは大抵の場合歴史修正主義の思想を持つ奴を口汚く罵る差別主義者であることが多い。

こう指摘すると、「相手が差別的な思想を持ってるから差別していいんだ」的な反論を言ってる人もいて大笑いすることがある。じゃあ、日本人差別的な思想を持ってる韓国朝鮮人中国人個人に対してなら、差別しても良いってのかよ。

「俺は黒人差別が大嫌いなんだ」とかいコピペだかアメリカンジョークだか知らんけど、この言葉は本当に人間の真理をついてると思う。

2012-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20120203122041

横だけど、

ホームステイ先のメシが糞不味すぎた。イギリス人ってほんとに味覚障害者だよな。と言ったらイギリス人差別になるのか?

どこの国にも差別主義者はいるし味覚障害者もいる。

個人的経験に基づいてその国の一側面を言ってるだけじゃねーか。

嫌韓言いたいだけで過敏になっとるんちゃうんかと

2012-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20120119110537

ひとさま捕まえてゴミゴミ言う連中は無精子症とか性的に淡泊とかそういうのは当然人非人ってことですよね。

今君が相手してるのって実は「男性至上主義者」じゃなくて「少子化問題を憂える愛国ニート」くんだから

そういう切り返しは的をはずしてるよ。




このニート君は「独身男女に重負担税金を掛けろ」みたいな話をしょっちゅう増田で喚いてる病人で、わりと増田の名物的存在

本人は妻子どころか彼女も定職も持ってない(以前自分でもらしてた)けど

社会の存続を憂いていて()、独身者フリーライダーと罵る活動に平日日中を全部費やしてる基地外

2012-01-14

日本ってのは没個性というより鏡なんだ」

http://kakopipe.blog38.fc2.com/blog-entry-385.html

さかなくわえた名無しさん :2010/03/30(火)

身体の大きなクマみたいな青い眼のオッサンが、こんなこと言ってた。


  「日本ってのは没個性というより鏡なんだ。

   拝金主義者が見れば拝金主義者に見える。

   スケベが見ればスケベに見える。

   好戦的な者が見れば好戦的に見える。

   差別主義者が見れば差別主義に見える。

   けれど礼儀正しい者が見れば礼儀正しく見える。

   優しい者が見れば優しく見える。

   好奇心旺盛な者が見れば好奇心旺盛に見える。

   義理堅い者が見れば義理堅く見える。

   みんなの言うことを聞くとわけわからないよ。

   確かに日本人は、相手に染まりやすいね

   けど一枚の鏡だと思えばどうだい?

   日本人がどう見えるか聞けば、そいつがどんなヤツなのかわかるんだ」

2012-01-05

大人になってもいいですか

最初に言っておくと、私は中学生でも高校生でもない。大学生だ。もひとつ言うと、ハタチもとっくに過ぎた大学院生だ。

現在絶賛就職活動中。

なんだけど、将来を思って動けば動くほど、「大人になりたくない」という今更な幼稚な悩みがどんどん大きくなっていく一方だ。

楽しく人生を過ごしている自分が見えない、というのが唯一で最大の原因。仕事に追われてプライベート時間がどんどん削られて、仕事から帰ってきたらてきとーにネットみて寝るだけ、休日もやりたいと思っていることは一杯あるけど寝て体力を回復するのを優先させてしまう。そんな姿が容易に思い浮かべられてしまい、このままでいたいと願ってしまう。

 

 

身の回りTwitterなんかを見ていると、大人も大人なりに今を楽しんでいるように見える。楽しいことがひとっつもないなら、きっとみんな生きていけないはずなので、もちろん大人でも楽しいことはあるだろう。けれど、昔ではなく今が楽しいと言う人はおらず、あの頃がよかった、昔の方が楽しかった、と言う人ばかりのように思える。きっと自分もそう思ってしまうんだろう。

 

とすると、大人(社会人)になるより大学生の方が楽しいっていうんなら、やっぱり大人なんかになりたいと思えない。今のままでいたいし、今にしがみついていたい。

「楽しくなくてもいきていかなくちゃないんだ。みんなそうやって生きているんだ」と言うかもしれないけど、それを否定しているの。それが嫌だって言ってるの。そんな社会おかしいじゃん。そんな社会になんて出たくないよ。

 

でも、そんなことはできるはずもなくて。できたとしても、それは「社会不適合者」でしかなくて。

から私は、まあ、大人になるしかないんだと思う。これは仕方ない。今は、大人か社会不適合者かのどちらかしかないんだから(違う道もあるにはあるが、それは才能か運に恵まれた人しかなれないものすごく狭い道でしかない)、私は大人になるんだと思う。とっても嫌だけど。

今の私たちには、楽しくない大人になるしかまっとうでいられる道は提示されてないんだから

 

でも、できるなら。できるなら、私たちよりも後に大人になる人たちには、こんな「楽しくない大人なんて」って思って欲しくない。今の私たちではダメみたいだけど、これから人達にもそういう思いはして欲しくない。こんな思いをする人なんて絶対少ない方がいい。

から、私は、大人になるしかないんなら、「今が楽しい」って言ってあげられる大人になりたい。

一番だとは言えなくとも、「今が(今も)楽しいよ」「だから安心して大人になっていいよ」って言える大人になりたい。

 

狭い窓から社会を覗いてみているだけだから、これから実際にどうなるかわからないけれど、今の情勢やそこから推測される未来を考えると、きっとこれからの人たちは私たちよりもさらにつらい世の中を生きていかなくちゃなくなるんだろうと思う。

そんなつらい世の中で、さらに楽しさが少なくなる大人になりたいだなんて、だれが思えるだろう?

すくなくとも、私は無理。今でだって躊躇しちゃうもん。絶対無理。

希望持てない上にさらに辛くなるっていうんだから、そんなの逃げるしかないじゃん。最悪(究極的には)死ぬしかないじゃん。

から私は、そういうこれから人達のために「今が楽しいよ」「安心して大人になっていいよ」言わなくちゃないんだと思う。言えるような生活をしたいと思う。

 

 

ここで改めて言っておかなくちゃならないのは、私は未来希望を持てないでいる、ということだ。失望と言っていいと思う。

世の中をよくするためには、世の中を悪くしないためには、これからの人たちのためにはどんなことができるんだろう、ということを考えた時に、失望失望を重ねて、撤退線を繰り返した結果、私個人でもまわりの10人くらいの人達のためにすぐにでもできるだろうと思ったことが「今が楽しいと言うこと」だった。(これを読んでいて「どうしてそうなるの?どうしてそれしかないの?」と思われたところがあるかもしませんが、それはこれに起因することではないかと思われます

 

どんな職につこうが、現在の世の中やこれからの世の中に対して自分ができることなんて、きっとたかがしれているんだと思う。

少なくとも、大規模な改変をするには数十年かからなきゃできないだろう。現在生活水準にしがみつこうとしている中年以降の人々の抵抗もあるだろうし。

 

大人にならなくても多くの人が社会不適合者にならずにすむ道を作るのは、他の人に任せたい。

政治的、または社会的システム改善させるのも、他の人に任せたい。

経済をうまく回していく仕組みを作るのも、他の人に任せたい。

技術的な面で世の中をより生きやすくするのも、他の人に任せたい。

歌や小説漫画アニメ映画スポーツや、というような大くくりでの「エンターテイメント」でみんなの心をなぐさめたり希望を持たせたり楽しませたり癒したりするのも、他の人に任せたい。

こういうのは、結局(ちょっとタイムリーアニメのことばをつかうと)「きっと何者にもなれない」自分には多分無理だから。そういう人になれるという夢は、もうない。

 

そんな矮小自分でもできることが、多分「今が楽しい」って言ってあげることなんだと思う。

少なくとも、私がまわりの「何者にもなれなかった」大人たちにして欲しかったこと、言って欲しかったことがそうだったんだと思う。まわりの大人たちみんながそう言ってくれていれば、こんな風に社会に出ることにおびえなくてすんでたはず。

 

 

これからの世の中に対しては悲観的だけど、それでも楽観主義者でありたい。

「昔も楽しかったけど、今もちゃんと楽しいよ」「多分きっと、これから楽しいよ」「だから、君たちも安心して大人になっていいと思うよ」って言ってあげられるようになりたい。

 

 

からというかなんというか、その、感情が爆発しそうになって勢いで書き始めたから具体的な方法なんて考えて無くて、さらにどんな展開と締め方にするかもまったく考えていなかったので、論理性がない上にこんなオチになってしまうのは我ながら不服なんだけど、

とりあえず将来にわたって「社会不適合者」ならずにすむようなちゃんとした会社就職できればいいなと思います、まる。

2012-01-03

http://anond.hatelabo.jp/20120103134028

こういうこと思ってる女もいるんだろうけど

理想像が男ばかりだったら「女を見下してるから女を理想像にできないんだろ差別主義者が!」という人もいるんだよな

http://anond.hatelabo.jp/20120103134451

猫至上主義者恋愛至上主義者を見下す傾向にあるけど、どちらでもない人からしたら同レベルに見苦しいからね。

「猫のかわいさがわからないなんて心が貧しい」「恋愛のすばらしさがわからないなんて心が貧しい」ほら一緒。

2011-12-25

風俗売春)を批判する人は、女の生存権が侵されても構わないと思ってるのか?

最近風俗の是非に関する話題が多いので現役風俗嬢からひとこと。


アジア後進国途上国という言い方が気に入らないのであえてこう書く)に女を買いに行くのは日本人として恥ずべきことだ」

性的搾取をやめろ」「売春人間としての尊厳を損ねるので、やめさせるべきだ、買うべきではない」

かいう人多いけど、こういう人たちって、

貧困国の女とその家族仕事を失って野垂れ死んでもいい」って言ってるんだよな、

自分たちが先進国人間から、貧しい人たちの生活なんてどうなってもいいと思ってるんだよな。

とんでもない差別主義者だな。



そんなにかわいそうなら女の子とその家族もろとも養ってあげたらどうだい?

できないしする気もないんだろ?

責任うつもりがないなら干渉してはいけないんだよ。

売春しなくても活きていける社会の実現が必要だといっても、

現在彼女らが直面している生活の危機にあなた個人が打てる具体的即効的な対策なんてないんだろう?



私ら風俗嬢からしたらね、買ってくれるお客さんが何よりありがたい存在なの。

それを批判するって、許しがたい営業妨害なの。

自分生存権労働する権利を脅かす敵なの。

女の為に売春を批判するというのは本当に有難迷惑

私たちの為を思うなら、もっと労働環境や法的権利を保障してくれ。

売春を禁止するというなら、代わりに養ってくれる旦那パトロン提供してくれ。




人間尊厳の為に死ねって、戦前日本帝国軍の発想そのものだ。

勝ち目のない戦いでちっぽけな意地とプライドのために未来ある若者特攻を強制し、

体面のために捕虜になったとき対処方法教育せずに、捕虜になるぐらいなら死ねと、大勢の国民を死に追いやった。

生きていれば一時的に尊厳が傷ついてもそれを回復する機会を得る可能性はあるんだよ。

尊厳の為に死んだら元も子もないわ。

2011-12-24

認知の微視的構造 リマインダー

リマインドしようにも、これを書いた人(=自分)の学力だと読めない本だったから無理。無理ゲーだった。



第一章

1

認知主義、古典認知主義

意味論的に透明なシステムと結びついた心の概念および計算機モデル意味する。

 この主義の限界を

2

 ・チューリング

 チューリングの形式化が持っている特徴

(1)物理的組織によってではなく、記号操作の形式的特性によるメカニズムの集合全体を包括

(2)そのメカニズムいかにすれば十分に明確化された問題すべてに取り組むことができるか示している

(3)万能チューリングマシンを定義する方法を示している

⇒ 素材は重要ではなく、形式的特性が能力を原理的に保証している

フォン・ノイマンコンピュータを設計し、1960s、ジョン・マッカーシーLISPプログラム言語)を開発。

 ⇒ 研究開発が可能に

A・ニューウェルとH・サイモンが物理記号システムという概念を提出

 ⇒理論的に自覚化・明確化される

3

・物理記号システム

①適切に操作可能なトークンに対して任意に意味を割り当てることができるシステムであり、

②正確にプログラミングすればこの割り当てられた意味論的内容と細かい点においても一致した仕方で行動すると信じられるようなシステム

by 1976 ニューウェル & サイモン

・強い物理記号システムの仮説

SPSS strong-physical-symbol-system

「標準的な記号アトムフォン・ノイマン型の操作を行っている仮想機械は、一般的な知的行為を実現するための直接的かつ十分な手段を持っている」

①仮想機械

現実の物理機械上で実行されるプログラムのみによって存在し、

そのプログラムに我々が命令を与える機械を模倣させるような「機械」

 高級プログラムによって定義されるエミュレータ

フォン・ノイマン型の操作

コネクショニズムとは異なった操作

・記号を割り当てる

・変数を束縛する

・記号列の複写、読みとり、修正

・基本的な統語論パターンマッチング操作

等々

③標準的な記号アトム

「テーブル」「ボール」「愛する」「軌道」「電子」のような語

④一般的な知的行為を実現するための直接的で必要かつ十分な手段

そうした機械は、それを支えている特定のアーキテクチュア(その基盤になっている他の現実的もしくは仮想的機械から)まったく独立に真に知的でありうるのであり、逆に言えば他のアーキテクチュアや機械をシュミレートすることなく真に知的でありうる

 このような主張(標準的なLISPアトムのごちゃごちゃした操作が、知能や思考の本質を構成しうるという見解)が、ニューウェルとサイモンのものだとできる動かぬ証拠は、彼ら自身の実践

彼らの仕事の特徴(例:BACON

 ・規則あるいはヒューリスティックス(発見的手法)の直列的(経験則を用いたも多少は運が左右する⇔体系的)適用に依存している

 ・そうしたヒューリステイックスの大部分が、かなり高いレベルで意識的に内省可能

 ・選ばれた課題領域を扱う

BACON:一連のデータから科学的法則を帰納する(ケプラーの第三法則、オームの法則

BACONに対するいくつかのコメント

BACONが取り組んだデータフォーマット化下のは、人間の労苦

BACONは十分に構造化された課題にしか取り組めない。

 ケプラーの第三法則は見つけられても、ペトリシャーレのカビとバクテリアの関係からペニシリンを発見する事はできない

BACONが展開する知識とヒューリスティックスは、人間のプロトコルや実験記録に大いに頼り、われわれが自分自身の思考について内省する思考のレベルからかなり直接的にコード化されたもの

 ⇒この種の思考は原初的で瞬間的なプロセスの上に後から被せられたもの。理解するということを具体的な例で説明する事には役に立たないであろう

 サイモン等は、人間の思考のすべてがただ一つの種類の計算アーキテクチュアに依存すると信じている。

 しかし、筆者は違う考えを持つ。サイモンラングレイの仕事では、洞察のひらめきといったタイプの認識を表現できない。

 心は、多くの仮想的アーキテクチュアからなる複雑なシステムであると考える

 BACONは、人類の一部のモデル

 知的課題や、感覚運動的な課題のような、なめらかに無意識的に行われるものは無視されている

 古典システムは記号アトムの使用に頼り、コネクショニズムはこれを避ける。

 古典主義者:意味論的に透明なシステムの構築に対して、方法論的にコミットしている人々

意味論的に透明、意味論的な透明性

STS semanttically transparent system

システムの振る舞いについての記号的な(概念レベルでの)意味論記述と、システムの形式的な計算活動の内的に表現された対象についての投影可能な意味論的解釈との間にきちんとした写像関係の記述が可能な場合にのみ、そのシステム意味論的に透明であるといえる」

 きわめて大ざっぱにいえば、あるシステムかSTSと見なされるのは、そのアルゴリズム記述レベル2)における計算の対象が、概念レベルの用語で表現されたその課題の分析の記述レベル1)と同型である場合である

レベル1:計算理論:(高い抽象レベルにおいて)どのような関数が計算されるかについての考え

レベル2:表現とアルゴリズム:それを計算する(具体的な)方法

レベル3:インプリメンテーション:現実の機械において計算がいかにして肉体あるいはシリコンなどで実現されるか)

古典アプローチコネクショニズムの重要な違い

(1)古典理論は――コネクショニズムはそうではないが――統語論意味論を組み合わせた記号システムを仮定している

(2)もし何らかの種類の構造化された表現が利用可能であれば、それらの表現についての計算操作を、その構造に鋭敏に反応するかのような形で規定できる。

 もしそのような構造が存在していなければ、(すなわち、どんな記号表現も存在していなければ、)計算操作を規定することはできない

◎要するに、古典システムは、統語論的に構造化された記号的表現を仮定し、そうした表現の構造によって、それに適用される計算操作を規定するものである


第二章

 古典認知主義に対する懸念

 ドレイファス:古典認知主義の問題は、人間の常識的な知識を表象として再現し表現しようとする形式主義の妥当

 サール:形式的なものと志向的なものとの間に、あるいは統語論意味論との間にギャップが認められる

 この二つの種類の懸念について検討する。

あなたの持っているのはそんなにいいボールじゃないわ。それを私にちょうだい。そしたら私、このキャンディーをあなたにあげるわ」

 この言葉を理解するために、ミンスキーちとパペートは膨大な概念リストをあげる。

 ウィノブラードのSHRDLUでは不十分。

 ウィンストンの、フレームを使ったアプローチも不十分

 ・フレームは、常識がうまく対処している偶発的出来事のすべてをカバーしているとは思えない(バースデーケーキに立つ黒いローソクに、フレームは対処できるか?)

 ・フレームからフレームへの移行を促す規則(メタフレーム?)をいつ適用すべきか、システムはどうやって知るのだろう?

 ドレイファス:互いに関連しあった特徴や可能性のすべてを、文脈に依存しない事実や規則によって形式的に把握するという課題には際限がないのではないか

ドレイファスの二つの主張

(1)身体問題

「このシャンプーが目に入らないようにご注意ください。もし入った場合は、ぬるま湯でよく洗ってください」

 コンピュータは、身体、欲求、感情、共通言語や社会習慣も持たない。だからコンピュータは、この文章が何を洗うように言っているのか理解できない

(2)コード

 人間は自分たちを取り巻く状況がどんなものかを絶えず感じ取ることができる。

 このノウハウは、何らかの知識表現言語によって、一種の知識として表現できるものなのだろうか?

 

 AIプログラム(=言語)が知識を表現する仕方が、現実の課題に対して根本的に不適合だと懸念する。

「強いAI仮説」を、サールは批判する

強いAI仮説:適切にプログラムされたコンピュータは、文字通り認知的な状態をとり、その際プログラムは人間の認知を説明するものとなる

Schank and Abelson 1977の、「ストーリーを理解するという志向的活動をシミュレートしているかに見える特別なプログラム」に対して、「中国語の部屋」を使うことで批判する。

サール:形式的に区別される要素に対する計算操作を行っているだけでは、どんなコンピュータも〈理解する〉ことはできない。したがって、そのような計算操作を規定するプログラムが、心の固有の性質について何かを示すこともあり得ない。

具体例:英語話者が英語を理解することと、中国語の部屋操作者が中国語を「理解すること」の比較

「人間は何も理解していなくても形式的な原理に従うことができる」

 以下、サールの誤りについて論じる

 

 サールに対する仮想反論「脳シュミレーター説」

 脳シュミレータ説:あるりプログラム中国語を理解する実際の中国人の形式的な構造をモデル化したと仮定すると、そのときそのプログラムは間違いなく真の中国語の理解を構成したことになる

↑(サールの再反論)

(1)脳の形式的な性質は志向性を構成しない(三章にて説明)

(2)脳の形式的な性質が志向性を構成しないのは、ある種の素材だけが思考を支えることができるからである

 ↑(アナロジー

 光合成光合成の形式的な記述を手に入れても、素材が違えば光合成は再現できない

 では、思考をもたらすような脳の物理的性質とは?

  :外因的および内因的な刺戟に対して脳に大規模な変動が引き起こされること


↑(コメント

中国語の部屋』が大規模な構造的変動を必要としないシステムなら、中国語の部屋による反論は無効

 微視的機能主義

 機能主義は、心的状態の本質を、

 入力、内的状態の変換、出力からなるプロフィールと同一視した。

 (適切なプロフィールを持つシステムはどんなものであれ、その規模や性質や構成要素にかかわれなく、当の心的状態を実現するであろう)

↑(批判)

中国国家脳のような)心的状態を実現する見込みがないようなシステムも、「入力、内的状態の変換、出力」のプロフィールを持つシステムへと組織することは可能であるよように思われる。

 こうした極端な寛大さは、機能主義の立場を掘り崩してしまいそう

・問題は、「入力、内的状態の変換、出力」の系列をどこに位置づけるか

×大まかなレベルに位置づけ

  ⇒感覚質の欠如、極端な寛大さ

ライカンの「小人機能主義」

○微視的機能主義

・機能主義の批判はゲシュタルト盲に陥っているのでは Lycan 1981

ゲシュタルト

 :機能的な構成要素があまりにも大きい、極度に小さい、それらしくない等であるために、そうしたものからなるシステムに志向性を帰属させるという考えに抵抗するということ

ライカン「小人機能主義」

 :機能的な下位システムは、それがエージェントのために何をしているかということによって同定される)

 微視的機能主義

  :システムの内的な機能的プロフィール(内的状態の変換)を、

   内容や目的に関連づけからはかけ離れた用語で

   記述しようとするもの

   ・処理ユニット間の形式的な諸関係を記述する

   ・諸関係が得られたとき、システムには大規模で柔軟な構造的変動が引き起こされ、またそれによってさまざまな創発敵的性質が得られるようになる


第三章

 認知科学における民間心理学の役割はあるのかないのか

「民間心理学

 :自分や他人が、信じたり、希望したり、恐れたり、欲求したりしているということについての日常の理解

 民間心理学は、行為・運動を説明するときに、信念や欲求という表現を用いる

チャーチランド & スティック

「民間心理学は、人間の行動に先立つ内的原因についての素朴で原初的な科学

 民間心理学問題点

(1)民間心理学は、偏狭な、特定の人々に限定されたような理解しか与えない。

 民間心理学は、子供狂人外国人を前にすると、まごついてしま

(2)民間心理学は停滞したまま、なにも生み出さず、長い間ほとんど変化も進化も発展もしていないところが他の諸科学と異なる

(3)民間心理学は、これまでのところ科学の主要部分にうまく統合されていくような徴候をまったく示していない。残念なことに民間心理学は自然を神経生理学的ないみで妥当な要素にまで分割することには関心がないようである

 最近の分析哲学

  :頭の状態に関する科学理論というゲームと、民間心理学というゲームを比較することが、そもそも不適当なのではないか

Daredevil believes that Electra is dead.

Mary hopes that Fermat's last theorem is true.

 のthat以下を、心的状態の内容と言う。

 心的状態が考えられる傾向

  :われわれの心理学的状態が、本質的に、周囲の世界がどのような状態にあるのかということによって決まるのではなく、

  われわれにとってどのように見えているかによって決まる

 ↓(言い換え)

 我々の意識や無意識に何らかの形で影響を与えられないものはどんなものであれ、

 本質的に我々の心的状態の正確な限定に関わることはあり得ない

⇒我々の心的状態が現に持っているような内容を持つものは、われわれ自身のあり方ゆえであって、

 知られていないかもしれないような周囲世界の事実とは関わりがない……☆

・双生地球……☆に対して疑いを投げかける

双生地球で、「海に水がある」と発話される。

地球A:海にH2Oがある

地球B:海にXYZがある

 この違い以外は同質だとする。

 すると、

 地球上の発話と双生地球の発話は、それぞれH2OがあるかXYZがあるかによってその真偽が決まる

(たとえば、地球Aの海にH2Oがなくて代わりにXYZがあるとしたら、地球Aでの発話は偽になる)

 もし意味が真理条件を確定するのだとすれば、

 自然種に関する表現(水、金、空気など)を含む陳述の意味は、

 単に主体の限定的に規定可能な状態に言及するだけでは十分に説明できない……☆に反して

二つの選択肢

(1)心理学的な内的要素(地球の話し手と双生地球の話し手に共通)と、

 世界関与的な外的要因(仮定上、二つの地球を越えて不変ではない(H2OとXYZ))の両方によって内容が決まるとする、意味と信念に関する合成説

(2)そういったケース(地球と双生地球のケース)は

  〈心的状態の純粋に内的でまったく心理学的な要素(☆のこと)〉という観念にさえも疑いを抱かせるものであると考えることもできるだろう

プティ と マクダウェル

「頭の中にあるものが、心の状態と因果関係を持っていることは疑いがない。

 しかし、

〈頭の中〉にあるものが心の状態に対して構成的関係にあると考え必要があるのだろうか?」

 筆者

 :あらゆる内容が根本的に世界に関与している(選択肢(2))ということが判明したとしても、

 そのこと自体は必ずしも〈認知科学は心の理解に深く(ことによると構成的にではないかもしれないが)関わる研究である〉という主張を覆すものではない


 その主張に対する仮想反論と、それに対する再反論をHornsbyは行った。

 仮想反論

 :「「行動傾向(心性はこれに随伴して生じるとされる)が二者の間で異なるためには、

 内的構成に違いがなければならない。」

 という考えを保持すべきである」とするならば、

 心的内容は限定的に規定されねばならない(自然種を指示しない)

(「「行動傾向(心性はこれに随伴して生じるとされる)が二者の間で異なるためには、

 内的構成に違いがなければならない。」

 という考えを保持すべきである」までが、プティとマグダウェルの、「頭の中にあるものが、心の状態と因果関係を持っていることは疑いがない」に対応する。)

 仮想反論の詳細

:仮定①:

 二人の動作主の心的状態は、彼らの行動傾向に何らかの違いがある場合にのみ異なる

 (そこに赤いボールがある、と信じなければ、ボールを投げようとは思わない)

 仮定②:

 行動が異なる(すなわち、行動が異なる)ためには、内的な物理的状態に何らかの違いかなければならない

 結論:それゆえ、心的状態に対応する内的な物理的状態に何らかの違いがなければ、心的状態が異なるということはありえない

「(民間心理学的な心的状態を帰属させることは、限定的内容のみに関わることであるという)結論は、深刻な疑義にさらされることになる。

 限定的内容といっても、それを妥当概念として了解できるかは明らかではない」

 なぜなら、

「民間心理学的な内容を(物理的状態に?)帰属させることは、身体的な動きを規定するような頭の状態についての独我論的な研究から引き出すことができるような切り口とは

 まったく違った切り口で現実を切り取ることであるように思われる。

 その具体的理由として、

 ボールをひろうことは、「そこにボールがあると私は知っている」という心的状態と関連するが、そのときの細かな指の動きはそのような心的状態と関連するものではない。

筆者

 :広域的内容を伴うによ伴わないにせよ、

 民間心理学カテゴリーや分類が

 頭の中で起こっていることに関することに関する科学カテゴリーや分類に

 きちんと還元されるなどということは

 とてもあり得ないように思われる。

・民間心理学は、科学心理学と同じゲームを行ってはいないかもしれない

 世界を記述しない信念であり、なおかつ

 ある人が同じ考えを抱いているといえるような別のケースに投影可能な述語が(科学記述の上には)存在しないことも可能

 民間心理学の道具立て(信念と欲求という概念によって、命題的態度を帰属せさるという道具立て)を用いて、心的状態を二者が互いに帰属させあうという日常の慣習(傍点)の目的は?

 :

 他人の頭の内的状態を追跡しようと試みることによって、

 その人の身体の動きを予測し説明するための手段

民間心理学の主要な目的

 :

 世界の中で活動している仲間たちの行動を、(傍点開始)我々が(傍点終わり)理解できるようにすること

(予測したい対象であり主体である)われわれの仲間たちの四つの特徴

①世界に対する感受性、すなわち感覚生得的な原書的概念の道具立てをわれわれと共有している

②世界をわれわれと共有している

③彼らは我々自身のもっと根本的な関心と必要の大部分を共有している

④彼らの思考の有用性は、

(我々自身の思考と同様に、)

 彼らが世界の実際の有様をたどっていることと関わっており、

 彼らの思考作用が、世界の実際の有様に十分適応していると我々が(進化論的な理由から)考えるような目的と関わっている

 この特徴があるので、

「~したい」という欲求さえ同じであれば、

 神経生理学的な詳細は関係なく、地球人にも火星人にも有効。

・民間心理学は、脳の状態の違い(that かなり目の粗い、行動上の違いとしては現れてこないような)に対しては、敏感に対応しないように設計されている

・民間心理学は、個人の間の差異を覆い隠し、

 さらには種の間の差異さえも覆い隠してしまう(長所であっても短所ではない)

 筆者の見解

 :私の見解では、われわれが信念を帰属させるのは、

 行動の全体に一種の解釈の網をかぶせることによってである

 ……関連する行動を可能にするものとしての、

 根底にある物理的あるいは計算論的な構造がどのようなものであれ、

 そうした構造における自然な区分に、網の結び目(すなわち信念と、欲求の特定の帰属)が

 対応している必要はない。

――

 筆者の意見は全体論である。(行動全体に網をかけるから。)

 ということは、Davidson(全体論者)に対するFordorの批判は、筆者の意見にも当てはまるのではないか

<Fordor>

意識の全体論というのは、

命題的態度の同一性――特に志向的内容――が、その認知的連関の全体によって決定される」

 という考え方。

 これに、Fordorは懐疑的

命題pの認知的連関というのは、主体がpの意味論的評価、すなわちその真偽の決定に関係するすべての命題のこと)

われわれは、信念や志向的状態を共有している。が、そのとき、すべての命題認知的連関)を共有しているとは思えない。

 なので、意味全体論はありえない。

 →信念の内容が、その認知的連関に依存するということを否定。

 信念は、その内容をそれぞれ別に持つ。

 外延的意味論の一形態に賭ける

:信念がその状態を獲得するのは、脳の状態が逐一、世界と因果関係を結ぶことによってである

「ある生物が『牛』という概念を持とうと持つまいと、その生物は『馬』という概念を持ちうる」

</Fordor>

筆者

 :Fordorの間違い

 全体論は、もしそうであれば、人間の心の理解が芋蔓式に進んでくれるのにという、いわば願望。

 Fordorが軽蔑したものの通りに進んでくれるかは別問題。

Fordor:バラバラになったブロックを一つの全体に組み合わせるやり方が、全員同じになるはずがない。

筆者:一つのブロックの組み合わせ全体を理解するために、各人が別々のやり方でバラバラにしている

 全体論という言葉の使い方が違うから、Fordorの批判は筆者には当てはまらない(という、批判をかわすための節)


 一章3節での、チャーチランドによる民間心理学批判に、今では応答できる。


(1)民間心理学は、狂人や言葉の通じない相手には使えない

(2)民間心理学は、長い間停滞している不毛な学問である

(3)民間心理学は、神経科学ときちんとつながっていない

(3)に対して、

 民間心理学の関心事は、他の主体の顕著の行動パターンだけを可能な限り効率的に分離することである神経科学とつながることを目的とはしていない

(1)に対して、

 民間心理学の道具としての適用範囲は、仲間。狂人の理解は、そもそも目標としていない

(2)に対して、

 民間心理学の目的は限られたものである

 なので、その中核部分が時間的および地理的な次元を越えて相対的に恒常的であり続けてきたことは驚くべきことではない。

整理。

 心的状態に関するわれわれの常識的理解と民間心理学は、違う。

 民間心理学には、きちんとした定義がある。

 これまで「民間心理学」として使われてきた言葉の、新たな用語法:「素朴心理学」、「メンタリズム的な理解」

 因果関係と、構成的関係の区別

構成的関係

 :

 研究の主題と何らかの形で密接に結びついているということ

因果的に関係

 :

 因果的に関係している様々な要素は、それほど密接に思考と結びついているわけではないので、

 それらの要素を差し引いてもそれによって思考という観念そのものが存続しえなくなる

ということはない。

チェス盤がなくなっても、チェスの続きは打てる。石を駒に見立てたり、口頭で)


・広域的内容の理論認知科学は心を解明しえない

・消去主義的唯物論:民間心理学が、心に関する科学に対して歪んだ影響を及ぼすのではないか民間人は自分自身の心を知らないと、消去主義的唯物論は思っている


科学(物質、プログラム

(構成的関係)

科学と心とを結びつける構成的関係。その得難さが二つのスタンスの対立を生んでいる。が、どちらの立場も同じく、認知という地形に同じ隆起とくぼみを見ている。

では、構成的関係とは何か。


構成的関係←→因果関係

構成的関係:研究の主題(この場合は心)と、何らかの形で概念上密接に結びついていること

因果的関係:因果的に関係している様々な要素は、それほど密接に思考と結びついているわけではないので、それらの要素を差し引いても、それによって思考という観念そのものが存続しえなくなるというひとはない

(駒はなくてもチェスは打てる)

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2011-12-21

http://anond.hatelabo.jp/20111221151913

今度はキミが、「うるさい音漏れにはちょっとくらいのシャカシャカ音は含まれないと皆思ってる」っていうデータを探してみるべきじゃないかな。

という意見に対しては色々探っているんだけど、統計というかきちんと議論をしているコンテンツがないんだよね。

そもそもこれにいちいち反応しているのはマナーモラルを理由に大声で0.1dbの音漏れも許さんぞっていう人間は実は少数派の声がでかい神経症なんじゃないかという主張だ。

http://anond.hatelabo.jp/20111221124303

音漏れ=爆音=難聴」というのもおかしい決め付けだと感じる。

これはもう脅迫観念なのかもしれないけれど、ほんの微小な音(プレイヤーの最小設定)で聴いていても「シャカシャカ音」が漏れているんじゃないか不安になる。

もちろんそういう奴もいるかもしれないけれど「シャカシャカ音」に関してはそういう場合だけではない。

本質として音楽は自由なものだし携帯プレイヤーがこれだけ普及しているのに屋外で音楽を聴く人間ジャンキーなんて意見は頭がおかしいとしか思えない。

まとめると音漏れが良い・悪いの話ではなくて

「盛大に音漏れするのはもちろんダメ。だがイヤホンや音量にも気を使っているのにほんの微量の音漏れだけでも許されないなんて息苦しい。」というのが通勤時に音楽を怖々最小音量で聴いている自分の考え。


たとえば以下のページを見てみると大体わかるんだけど

http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=47922

音漏れはどこまで許せるのか、というような議論になると大抵過激な電車内無音至上主義者マナーやらモラルやらを盾に音楽を聴くのがそもそも悪いというような論になるのだけれど(統計をとったわけではないが)シャカシャカ程度なら気にならないという意見もある程度あるなかで「音楽をいつでも楽しむ権利」を阻害されるのはいかがなものなの?

電車の雑音やら雑踏ノイズを通り越して微小なシャカシャカ音にだけ目くじらを立てるのは神経症だろう?

2011-12-20

弱者男性」は敵を間違ってなんかいねーよw

男性差別男性弱者を巡っての或る日のやりとり - Togetter

http://togetter.com/li/180876

http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/180876



いや、お前等はそもそもあいつらを馬鹿にして敵視してるじゃんいつも

まずさあ。

フェミ系の人間で、

弱者男性」ってクラスタについて、

礼儀正しく接したり考えたりしてる奴、

真摯に共闘を呼びかけてる奴?

みたいなのを俺は一度も見たことないんだけどw

居たら教えて。

具体的な名前でな。




おまえらが殊更「弱者男性」話を好む理由

弱者男性男性という特権性から免れることはできない」

笑っちゃうよね。

弱者男性」って言うあいつら、

低学歴で頭が悪くて体力もなくて友達も少なくて…

みたいな男にどんだけの特権が付与されてるの一体?

コンビニバイトに男女賃金格差があるなんて聞いたことないけど。

「同階層の底辺男女で素手で取っ組み合いしたら男が勝つかも」ぐらいか




百歩譲ってあいつらが特権を持ってるとしよう。ゴミみたいな特権を。

で、それを取り沙汰するのってフェミ世界観にとってどれぐらいの意味があんの?

そんなことやってる間に「強者男性」に果敢に戦いを挑んで「支配体制」を転覆すればいいと思うんですガー?




なぜわからないと思うのかわからない

っていうか俺にはとっくに答えがわかってるよ。

特に弱い奴等の「特権」にばっかり執着してあーだこーだ言いたがるのは要するにさあ

自分が弱そうな奴ばっかり狙って憎しみを叩きつけて回ってることへのいいわけだろ?wただの。

ばれてねーとでも思ってんのかってwww




だいたい「強者男性」っていうのが誰なのかは

弱者男性」に比べてイメージしにくいしさあ

それを突き詰めていくと権力分配」「支配構造」なんていうおどろおどろしいけど中身がよくわからん世界観の出来と向き合わなきゃいけなくなるし、

それにそれに、強そうな男は怖いし、ほんとに怖い相手にはいまいち憎しみが湧きにくいのが人間だしね?w




「私たちを敵だと思うな、ちゃんと強者男性を憎め!」って

それ言ってる奴等自身からして「本当の敵」を回避して弱いとこばっか狙って祟ってるんだから

ギャグならそこそこ笑えるしマジなら寒いよねw





まあ人間っていつの時代もそういうものだけど

おめーらってつまりさあ

昔の中国共産党みたいなんだよ。

看板では「日本軍と戦う」って言いながらろくに決戦するでもなく近寄りもせず、

村々を回って武装もしてない住民を狙い「おまえは日本軍に協力した反動分子だろう!」ってボテクリ回して見得を切る。ちょっとすっきりするし軍資金ゲット。




まあ別におれは中国ギライとかじゃないよ。

中国人けが別にだらしなくてアホ、とかじゃなくて、どこの国にもこういうのって現れるんだよ。

強大な正面の敵と戦うガッツ戦術を出すのは怖いしダルい能力が足りないってんで、

「敗北主義者」「裏切り者」「反動」の処刑にばっかり血道を上げる奴。

憎しみが強くて臆病者で、個人的ルサンチマン大義名分つけて暴走するタイプ

全共闘世代の左翼なんて、「憎むべき官憲」を殺した数より同じ学生に批判付けて殺した数の方がずーっと多いw





俺はお前らも別に嫌いじゃないよ。

とっても人間くさいと思うし、その情動は手に取るようにわかるし。




それはそれとして戦いは戦い

でもお前らが「弱者男性」どもの敵じゃないとか、味方だとかいうのは無理ありすぎだろw

ボケが濃すぎて突っ込まずにはいられねえよwww

当時の中国民衆共産党なんてただのゴロツキ略奪者だと見抜いていたように、

頭も学歴も悪い「弱者男性だってそんなもんは騙されないよ。

お前等がストレス解消にせよ権利拡充にせよ、常に「弱者男性」を狙うことで達成しようとしてることぐらいは本能で気付く。

自分へのそういう扱いについては犬や猫だってピーンと感づくもんだ。




お前らがもう少しマシな人間であったとしても戦いは避けられない

仮にお前らみたいな「弱者男性」への嗜虐心を持たない

「公正で私心の無いフェミニスト」っていうのが日本のどこかに現れたとしても

そいつでもやっぱり「弱者男性から敵だと思われる可能性はあるよね。

そのフェミニストが全ての男を弱らせるようなガスをまいたとして、死んでいくのは弱い男だもんw

よっぽど「強者男性」を狙って刺すような限定的で指向的な攻撃を考えない限りは、フェミニストは「弱者男性」の敵だろう実際。

でも刺すっつっても、「強者男性」という幼稚な概念上の存在がどこにいるかはだれにもわからないとw




まとめ

お前等はこの先もずーーーっと殴り合う運命なんだから

しょぼいバレバレ詐術はやめて正々堂々と殴り合ったらいいと思います

自称弱者による全自称弱者に対する闘争を頑張ってね。

GANTZに呼ばれた人みたいな感じに。

2011-12-18

http://anond.hatelabo.jp/20111218225312

非モテなんてどこに書いてある?

俺には元増田差別主義者の既婚子持ち女にしか見えない。

2011-11-18

http://anond.hatelabo.jp/20111118122934

君が器用な完璧主義者で体力もありあまってるって事はわかったけど

みんながみんな君程器用なわけじゃない事も理解して欲しいし

普通専業主婦にとっては世話をする相手は二人以上いることも想像してほしい。

普通専業主婦子育て中か介護中か、もしくはその両方ですよ。

2011-11-14

TPP賛成派の人にも足をひっぱる人がいるという話

TPP反対派は反原発派よろしくヒステリックで目立ちやすい馬鹿が多いけれど、

賛成派にも、足をひっぱる人がいるので実はどっちもどっちだよね、日本の議論っていつもこうだよね、トイウ話。


http://www.tachibana-akira.com/2011/11/3452

私はTPPに対して「大枠としては反対はしないけど細かい所気になるよ派=消極的賛成派」だという前提で話を聞いてくださいませ。




TPP賛成派というより「TPP反対派がばかだからからかってやれ派」のこういう人達はなぜみんな農家やら関税の話をするのだろうかと不思議に思う。

自分意見の正しさを確信して、誰かを見下す時、人はわきが甘くなるのだなぁということを感じる。

関税をかけることが常に有利であれば、(たとえば)静岡県は、県内のみかん業者を保護するために和歌山県産のみかんに高率の関税を課すべきです。でも真剣にこんな主張をするひとがいたとしたら、あなたはきっと、いちど病院で診てもらったほうがいいと思うでしょう。

日本でも江戸時代までは関所で商品の流通管理していましたが、いまでは県境での〝関税〟を撤廃して国内市場を完全自由化しています。それなのになぜ、国境では自由貿易を制限するべきなのでしょうか。国内ではみんなを幸福する「自由貿易」が、世界規模に拡張されると一転してみんなを不幸にする、などということがあり得るのでしょうか。

反自由貿易主義者”は、このシンプルな問いに答えることができません

この文章には2つ突っ込みどころがあります

1 自分論破しようとしてる相手がどういう人達

2 自分の話を聞く人がどういう人たちか

これがわかっていない状態で記事を書いているのがすぐ分かってしまうということです



まず論破対称を間違えてるという点。

つのまにやら反TPP派が「反自由貿易主義者」ということになっていますが、

TPP者に「自由貿易は嫌いですか?」と聞いたら、「いや、別に?」と応えると思います

自由貿易について反対していない人に、自由貿易はいくら素晴らしんだよ、といっても全く意味がありません。 

要するに、「頭の中の敵」に向かって話をしているだけで、実際には意味のないメッセージを発しています

RPG世界だったら「おまえはだれにむかってはなしをしているのだ」と突っ込まれるレベル




次に読者のニーズ全然わかってないという点。

ネットTPP反対派に農家農協)を本気で守ろうとしている人なんかいません

読者が知りたいのは、賛成スべき理由あるいは反対スべき理由です

馬鹿に対する揚げ足取りは、賛成反対を判断する際の参考になりません。

ただの馬鹿は、賛成派か反対派かを問わず、読者には関係のない話なんです

で、大概の読者ですが、農家のことなんかどうでもいいとおもってます

私は祖父方が農家をやっている関係で多少他の人よりは関心があるというか、

こないだ規制したときにずっとその話を聞かされて、あー大変だなーくらいには思ってますが、

都市に住んでて血縁農家関係者がいないなら、農家関税関係でTPPに反対する人なんかいないでしょ?

そんなところを一生懸命語っても「こいつずれてるなー」としか思いませんよ。

それよりかは、TPPを導入したらどういう業界が有利になるかの話をしたほうが、就職活動中の学生とかが必死になって読んでくれると思いますよ。






繰り返しになるけれど、

TPP賛成派というより「TPP反対派がばかだからからかってやれ派」のこういう人達はなぜみんな農家やら関税の話をするのだろうかと不思議に思う。

なぜ「こういう理由で賛成します」という言い方ができないのか。

「こういう理由で賛成します」という理由で納得できれば、誰も文句は言いません。

でも、賛成派の人は、そういう理由で賛成して、もし問題があったら叩かれるのが嫌だ、という理由でそれを言いません。

それで、中途半端に「反対派の言ってることは馬鹿だ」というポーズを取ることしかできないわけです

彼らの賢しらな態度が、「要するに、自信を持って賛成できるほどのものではないのだな」というメッセージを発していることに気づいてください。


賛成する理由が言うまでもなく自明だというなら、胸を張ってそうおっしゃってくださいな。

デメリットも十分考慮した上で、メリットデメリットを上回るといえばいい。

「なぜいままでそうなっていなかったのか」、そして「なぜいまこのタイミングでそうすべきなのか」を説明してくださいよ。

私は今の時点では反対派が言う人のデメリットほとんど的外れだと思うので、反対する理由はあんまりないわけですが、

かといって、賛成してる人が、こういう話ばっかりして、他のデメリットについてまったく触れようとしてない様を見ると、いろいろ疑念が生じます

「いろいろあるから慎重に」って言いたいだけなら、それだけ言えばいいから。余計なことは言わんでいいから。

賛成だと言いたいなら、アホでもわかる反対派の揚げ足取りばっかりしてないで、賛成の根拠を示しなはれ。

2011-11-11

http://anond.hatelabo.jp/20111111013911

理想が高い完ぺき主義者かー。

からシングルマザーなんだろうね。

父親がどんな人かわかんないし、離婚したのか結婚せずに産んだのかもわからんけど。

自分理想が高いのはいいけど、子供自分理想押し付けて、子供の気持ちを踏みにじる事にならないように祈るわ。

2011-10-30

TPP中野先生お話をまとめてみた

ルール策定政治力で決まる 米韓FTAより酷いTPP】中野剛志

http://www.youtube.com/watch?v=NEf6bzEe1R8

http://www.youtube.com/watch?v=O9ghcF_M2CI

http://www.youtube.com/watch?v=-Qmac-tclMM

の要点を文章でまとめてみた。

どうも反市場主義者偏見みたいな部分もあって、すべての意見に賛成できたわけではないけれども、実際の事例などを元に具体的に問題点を解説されており、概ね説得力はある。

もしも、TPPがよいものであると言うのであれば、ここで掲げられている問題点杞憂であることを示し、同等かそれ以上に説得力のある意見を提示しなければ、単なる妄言しか受け止められないであろう。

TPP推進論者には、個々の間違いや重箱の隅への反論ではなく、これらを問題視することが根本的に間違っており、TPP受け入れにより大変なメリットを享受できることを、実例を交えてご紹介いただきたいものだ。

……にしても、最後の方、先生、投げやりだなぁ。



TPPは、環太平洋の発展を願ったもの

TPP日本が加わったとしても、全体のうち(GDPが?)アメリカが7割、日本が2割と日米で9割である。実質、日米の貿易協定といえる。さらに、アメリカは輸出倍増戦略をとっている。TPP日本ものを売りつけるためのものといえる。

米韓FTAや、アメリカカナダメキシコによる北米自由貿易協定(NAFTA)と似ており、アメリカに都合いいルール押し付けられ、搾取される。

そもそも自由貿易協定とはどういうもの

一般的には、関税の撤廃で物を自由に行き来できるようにし、公平な競争を促す協定であると捉えられている。しかし、かつてはそうであったが、70年代くらいからは意味が変わってきた。

それまでは各国の関税が高かったため、関税の撤廃が主眼に置かれていたが、70年代くらいからは関税が低くなり、農業以外の大抵の製品関税は低くなった。そのため、関税の撤廃による自由競争よりも非関税障壁の撤廃、すなわち各国の制度を変更することが主眼に置かれるようになった。

各国の制度を変更するということは、相手の国の制度を自国企業に有利なように変更させることを意味する。そして、どのように制度を変更できるかは、その国の政治力によって決まる。

また、アメリカ企業70年代以前よりも競争力が低くなり、公平な自由競争では他国企業に負けることも多くなった。そこで、アメリカの強大な政治力を利用して、他国の制度アメリカ企業に有利になるよう変更させることで競争力を高める手段がとられ始めた。自由貿易協定の対象となる領域の範囲が広まったのも、70~80年代のことである

80年代後半からは、日本アメリカに頻繁に制度変更を強いられている。日本企業努力は、勝手制度変更によって台無しになる。オリンピック浅田真央が苦しんだのと同じ構図だ。

現在TPPの議論では、農業vsその他の産業といった形でしか情報が出ていないが、問題はそればかりではない。

米韓FTAとは、どのようなもの

韓国コメ以外の農作物に関して、猶予はあるものの実質関税撤廃とする。また、アメリカ関税も撤廃してもらった。そして、関税撤廃を理由に、いくつもの不利な条件を飲まされることになったが、そもそも関税撤廃は韓国にとってそれほど大きな効果をもたらさない。

例えば韓国が得意とする輸出品である自動車関税は2.5%、テレビは5%と、もともと関税率は低かった。また日本企業もそうだが、韓国企業アメリカでの現地生産を積極的に行っており、当然その場合関税はかからない。このように、グローバル化を行うとそもそも関税はあまり重要でなくなってくる。また、さらに悪いことに自動車関税は、アメリカ自動車メーカーが「脅かされている」と感じたら復活させることができる。

アメリカ韓国自動車市場に参入しやすくするため、韓国に対し排ガス規制アメリカと同じにすること、安全基準や排ガス関係の装置の設置義務をアメリカに一時的に猶予するよう要求した。また、小型車が有利な韓国に対し、アメリカ大型車が有利であるため、税制大型車に有利になるよう変更させる。

農協漁協など協同組合共済保険や、郵便局保険サービス、つまり日本で言うところの簡保FTA発効3年以内に解体させ、アメリカ保険会社が参入しやすいようにする。

また、韓国で薬価が安く設定された場合に、アメリカ医薬品メーカー韓国政府に不服を申し立てできるよう、第三者機関を設置する。

その他、法律会計・税務事務所をアメリカ人が開設できるようになり、放送局外資規制も緩和される。

これらのように、環境安全に関する基準や共済保険のような相互扶助の仕組みなどを、アメリカ企業に有利にするために踏みにじられる。

また、もし韓国が他の国と貿易協定を結び、米韓FTAよりも市場開放した場合は同じ条件を自動的に適用できる制度も導入される。

さらに、ラチェット規定や投資家と国の紛争解決手続き(ISD)といった、問題の大きい制度も受け入れることとなった。

ラチェット規定とは何か

ラチェットとは、爪のついた、決まった方向にしか回せず、逆回転ができない歯車を言う。ラチェット規定とは、一旦、自由化や市場開放を認めると、今後は元に戻せないとする規定である

例えば、アメリカに対して牛肉の自由化を認めた場合、仮にアメリカ狂牛病が発生したとしても、輸入を禁止することができない。

投資家と国の紛争解決手続き(ISD)とはどのようなもの

NAFTAで導入された、非常に問題の多い制度である外国投資家が、例えば韓国カナダで、国の政策によって損害を受けたとき世界銀行傘下の国際投資紛争解決センターに訴えることができる。国際投資紛争解決センターは、その規制が必要であったか考慮せず、単に規制のせいで受けた損害のみを考慮する。また、非公開で、判例に拘束されず、上訴できない。圧倒的に投資家に有利な制度で、国家主権を制限してグローバル化を推し進めるための協定である。以下に、これまでにカナダメキシコ政府が訴えられたとき判例を紹介する。

こういった事例が頻発している。

米韓FTAでは、韓国はこのISD条項を受け入れた。ただし、アメリカ韓国を訴えることはできるが、韓国アメリカを訴えることはできない。

また、仮に、双方に訴えることができるとしても、投資訴訟アメリカが得意とする分野であるアメリカは、自国に有利な分野に戦いを持ち込もうとしている。

このISD条項は、TPPでも導入が議論される。

国際間での条約と、力関係

TPP推進論者は、話し合いの場には参加して、合意できなかったら離脱すればいいと言う。ところが、そういったことをすると国際関係や日米関係を損なう恐れがある。

また、米韓FTAについて、韓国にもメリットがあるから合意したと言う者もいるが、そんなに単純な話ではない。合意たから双方にとってよいものであるならば、不平等条約詐欺など存在しない。

力で押し切られるか、契約当事者がバカだった場合メリットの無い条約を結んでしまう。日本場合、力はないし、当事者はバカだ。

韓国場合は、アメリカに押しきられた。アメリカの要求があまりにひどいので、昨年11月までは抵抗しており、一旦決裂した。ところが12月に突然合意。その間に何があったかというと、北朝鮮砲撃があった。米韓FTAに関して、国民には内容はほとんど知らされていなかった。

日本は、バカなのか

民主党の資料によると、ISD条項は、拒否したいルールではなく、導入したいルールに含まれていた。その理由は、日本企業海外に進出したとき海外の政策によって不利益を被ったら問題を解決できるから日本政府が訴えられる可能性を一切考慮していないし、地下水を汚染されても何も言えなくなる可能性も考慮していない。日本政府TPP推進論者には、日本にとって有利になるルールとは何か、国益とは何か、それが全く分かっていない。

韓国の前大統領秘書官は「主要な争点において我々が得た物は何もない。アメリカの要求はほとんどすべて一つ残らず譲歩した」と述べており、官僚責任をとらないと付け加えている。

TPP推進論者はTPPに対する不安を煽るなと言ってるが、この状況を羨ましいと思うのか。

日本もうだめぽ。99%手遅れ

もう手遅れで、抵抗しても99%無駄だろう。

管前首相が交渉参加の検討を表明し、マスコミはそれに賛成した。その時点で賛成してしまったので、今更反対に回れなくなっている。

マスコミが賛成したことに気をよくした政府は、国民の支持を得るため、開国フォーラムと称した説明会を行ったところ、騒ぎになった。この開国フォーラム震災を機会に中止され、国民への説明は行われなくなった。

国民を説得することができなくなったので、現在は「交渉だけならいいじゃないか」と主張して、説明責任を放棄している。

米韓FTA締結でオバマセレモニーを行うので、それに対し日本も遅れるなと煽る。反対の声は矮小化する。

TPPが結ばれることは、既に決まりきっている。TPP条約なので、締結は国会承認が必要だが、交渉参加表明は政府の専権事項で阻止できない。そしてその後は日米関係、国際関係から抜けられない。阻止する手段がなかった。

私はこれまで反対しつづけていたが、もう無理だ。どうしようもない。

大きな被害が出たら、TPP推進論者はどう言うか

農業が壊滅すれば、農林水産省ダメだ、構造改革しないといけない。俺たちならもっとうまくやっていたと嘯くだろう。

何かがダメになれば、グローバルな流れに乗り遅れて淘汰されたのだから、仕方ないと言うだろう。

TPP推進論者は、自己責任と他人に責任押し付けて、自身は絶対に責任をとらない、新自由主義者である

新自由主義者による政権として、サッチャー政権レーガン政権小泉政権があるが、敵が多いのに長命政権であった。負けたものの面倒を政府が見るのはおかしい、自己責任だ、と責任逃れをして、長期政権になる。

もう手は無い

もうどうにもならん。植民地への道を。

2011-10-28

http://anond.hatelabo.jp/20111028052607

一応、嫌悪差別は別じゃない?



ある集団に対する問題提起を行うと

その集団に対する差別だと返されることがあるけど、これにはいつも納得がいかないんだ。

自分達に向けられる反論を差別だとし、差別主義者認定することによって相手を黙らせるやり方ね。

2011-10-13

だれかから聞いた言葉。「女は好きな男以外は嫌い。男は好きな女以外も好き」は傑作だと思う。

と言うブクマコメントを見て、丁度感じた事があったので以下自分語りをする。



勉強会的な集まりに定期的に行っている。

参加は自由なのでメンバーはよく入れ替わるが常に女性しか居ない(講師も全員女性)場なんだけども

この間行ったら珍しい事に男性が一人居た。

たまたま普段女性しか居ないと言うだけで別に女性に限定している場ではないから居たっておかしくないんだけども、

その人を見て真っ先に「何でここに男が居るんだよ」と思ってしまい、不快感が生じた。

別にその人は何も悪くないんだけど、会の間中何だかずっと居心地が悪かった。



自分でも気付かなかったけど、そこがそれまで「女性だけの場所」であったと言う事は私にとって相当重要な事だったらしい。

最初から「男女混合の場所」だと思っている場であれば男性が居ても何とも思わないけど、

今までその会では一度も男性を見た事がなくて、自分の中でその場は「女性だけの場所」だと認識していたから、

それが崩された故の不快感だったんだろう。

「女は」なのかどうかは知らないが、どうやら「私は」好きな男以外は嫌いな人間だったのだ、と言う事を実感した。



これを差別と言うなら差別だ。

しかし「嫌いな事を表に出すな」と言うだけなら簡単だけど、「心の底から好きになれ」と言うのなら

そんなに容易く自分の心理を操作など出来ないとしか返せない。

好きにならなければ差別だ、と言うのなら、差別主義者のままで居るしかないんだろう。



まとまりオチも無く終わる。

2011-10-06

http://anond.hatelabo.jp/20111006150949

ベタネタ安定供給完璧主義者ではベタネタ安定供給の方が「コミュ力がある」とみなされやすいし、

わかる。「みなされやすい」なんて何かを担保する書き方はいらない。「コミュ力がある。」でいい。

先輩に可愛がられやすいし、面接も有利だし、女にももてやすいし、リア充になりやすい、要するに今の社会から歓迎されやすい。

わかる。

完璧主義者の中に、その状況にキレていて「完璧主義者の方が知的なのだからそこは認められて優遇されるべき」とわめいている奴が居るが、

まりここだけがからない。

どこに「わめいてる奴」がいるのかわからない。

それは君の中の完璧主義者への反感がだんだん育って

言い掛かりをつけやすいような形態完璧主義者として受肉した存在なんじゃないの。




もしくは君も本来は完璧主義者気質であって

しかし日頃は社会性の方を採り、苦痛に耐えながらベタネタ供給をしている。

自分と同じ苦労をしてない同族を見るとむかつく。




更には同族同士のこと

社会性に魂売った俺を見下してるんじゃないのか」という疑心暗鬼




なんにせよ君は「コミュ力」側に身をおきながらも

それに没入すること・その価値観を信じきることができないでいるのは間違いない。

そのジレンマ藁人形じゃなく自分と向き合うことでしか解決しないよ。

http://anond.hatelabo.jp/20111006145721

ベタネタ安定供給完璧主義者ではベタネタ安定供給の方が「コミュ力がある」とみなされやすいし、

先輩に可愛がられやすいし、面接も有利だし、女にももてやすいし、リア充になりやすい、要するに今の社会から歓迎されやすい。

完璧主義者の中に、その状況にキレていて「完璧主義者の方が知的なのだからそこは認められて優遇されるべき」とわめいている奴が居るが、

社会完璧主義者の一存では変わらないし、優遇されたいなら最初に挙げたような

ベタネタ8割、エッジ2割」のバランス良い人間を目指すしか無いだろうと言いたいだけ。

優遇なんてイラネ、自力で生きていくわ、って人なら変わる必要なんてそもそも無い。何も言うことは無い。

http://anond.hatelabo.jp/20111006143924

次にモテるのはベタネタしか出来ないけど安定供給できる人たち。非モテが一番嫌ってる層。

でも100%エッジ効かせようとする完璧主義者よりも頼られ、誘いがかかっている。必要とされている。

とてもよくわかる。

見るのも嫌だし、もっと恐ろしいのが自分にあの役割を期待されることなんだよね。




からいつでも輪の中心から少しはなれたところにいるんだ。

進行役はできないし、なにより絶対やりたくない。

あんまり面白くないことを大きな明るい声で言って愛想笑いもらうのも、

逆に愛想笑いするのも、耐えられない。




まれな幸運で同じ考えと波長の仲間に会った場合

お互い目をあわさず横に並んで立つ感じ。

面白いことを思いついたときだけボソッとしゃべる。二人で忍び笑いをする。

また何か面白いとあるまで黙る。 

どんだけ沈黙が続いても平気。




こういうのは人が多いとこでは許されないのはわかってるんだけど。




結局自分が「頭が良くて面白い人」だと思われたい気持ちばかり先立って、場のことを一切考えてないからそうなる。

どこまでも自分自分、だからモテない。

場のことを考えてないことは正直に認めるしかないけど

モテいからそうなってるんじゃあないんだ。

面白くないことを場を繋ぐために喋り捲るようなことに、羞恥心が耐えられない。

進んでやってる人はえらいなと思うこともあるけど。

(つか俺たちの行動様式が「結果的にモテない」ってお話なら甘受するしかないけど

なんで「モテるためにああいう行動様式を採っている」になるのかはわからん論理ワープしている。)




俺達が場のことを一切考えてないなら、

逆に世の中の基準は場のことを考えすぎてるんじゃないか

それもバラエティお笑い芸人が見せるような場を基準にしてる気がする。

特別な訓練を受けたプロが特別な目的で作る場を、ご家庭で再現しようだなんて。

もてない人の笑いは全部エッジが効きすぎてる

・斬新なネタは安定供給が出来ない。好調時と不調時の波が激しいので、話題を振りづらい。

・その集団の全員が笑いどころを理解できる頭の持ち主なら良いけど、普通は理解できない人が一人二人出て空気が悪くなる。

有能な人は普遍的・ベタネタを8~9割で、エッジの効いたネタを1~2割くらい挟んでくる。

安定して場を賑やかせるし、バカとも思われない。その人たちが一番モテる。よく誘いがかかる。

次にモテるのはベタネタしか出来ないけど安定供給できる人たち。非モテが一番嫌ってる層。

でも100%エッジ効かせようとする完璧主義者よりも頼られ、誘いがかかっている。必要とされている。

完璧主義者自分的に完璧面白いネタを思いつかないときは喋らない。

結局自分が「頭が良くて面白い人」だと思われたい気持ちばかり先立って、場のことを一切考えてないからそうなる。

どこまでも自分自分、だからモテない。

2011-10-04

ネット流言い訳の仕方

正義と悪で判断するなと言って見る

遅刻するものを悪、自分達を正義と判断するのは動なのだろうか」

・別のものを持ち出す

遅刻が悪いことなら

・議論をしよう!

「じゃあ遅刻について議論しようじゃないか」「なぜ反遅刻派は議論しないんだ?」

日本人が悪い

遅刻が悪と言う日本社会自殺率を上げている」

レッテルを貼る

遅刻をとやかく言う人は他人に厳しく自分甘い人だ」

ネトウヨ認定

遅刻に反対するなんてネトウヨだけだ!この差別主義者!」

・ただの○○なので大きな影響はない

遅刻はただの誤差であり問題はない」

・おこらないといって見る

遅刻する事によって人に迷惑がかかるなんておこるわけがない!」

2011-09-26

http://anond.hatelabo.jp/20110926114743

また最近オタクは駄目だ的な世代論か。第一世代か第二世代かルネさんス主義者かなんだかしらんけど乙。

まぁでもちょっとわかるけどね。オタクって基本的には自意識に凝り固まったところが特徴だ、そうでないといけないんだってこだわりは。

他人が不特定多数に送り出したアイテムをたとえそうでなくても「これは自分宛に贈られたものだ」として受け取って

見境なく全力で褒めたりけなしたりする空気読めないけど熱いやつこそオタクと呼びたい。

あんまり賢しらぶったというかマーケター臭というか、他人の目を気にした発言をして欲しくない。みたいな?

お前の勝手オタク幻想だけど、信じていればいいことあるよ。うん。

http://anond.hatelabo.jp/20110926002342

TOEICと比べるなら、AKBに夢中になるほうがまだ健全だよ



釣りなら仕方ないけど、素でTOEICを引き合いに出したらなAKBオタ以上に気持ち悪い



もし釣りなら、TOEIC(その他資格とか学歴とか世間的な評価)至上主義者の、将来とか世間なんかを気にしないで役に立たない趣味ばっかりに時間とカネをかけてるヤツはどうしようもない馬鹿だなみたいな、好きなことを一生懸命やってる人を見下すような、哀愁というかなんというかが滲み出ていて実にうまい

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