はてなキーワード: 中退とは
そしてオシャレは悪だと断じたがり、オシャレをする人間に対して「商業主義に踊らされた馬鹿」「そんな暇があったら資格の一つでも取れ」「見た目ばかりに気を取られるのは中身に自信が無いからだ」と言いたい放題。
彼らに言いたい。ダサいお前やダサいお前の友達はそんなに自己研鑽に勤しんでいるのか?「ダサい奴ほどオシャレをする時間を削ることができるから有能で教養に溢れた人格者である」なんていう傾向があるのか?
俺は違うと断言したい。もちろん才能に恵まれ、研究や芸術などの世界に没頭した挙句、結果的に服や髪型がめちゃめちゃになっている人間は居る。だがそんな例は圧倒的少数だ。5%も居ない。
95%以上のださい男は、オシャレをしないことで浮いた時間をただ「浪費」している。アニメだかエロ動画だかを観てダラダラしている。長時間、無意味なネットサーフィンをしている。「暇を潰しているだけ」だ。
「オシャレをする奴は馬鹿」と主張しているださい男ども、聞け。お前は「俺はださいが、誇れる美点がある!ファッションセンスなどというくだらないものより遥かに優れたものを持っている!」と言えるのか?
「体型、髪型、服装を整えること」を丸ごと投げ捨てて生きてきた分、代わりの何かを得たのか?
正直、お前らの言い分は「オシャレな高学歴高収入男」や「オシャレなスポーツマン」、「オシャレで性格のいい人気者」が多数存在しているという現実を知っている身には、負け惜しみにしか聞こえないんだよ。
そもそも「オシャレはくだらない」って、一度オシャレな人間になってみてから「くだらねえな」と思って選択的に捨てた奴しか言えない台詞じゃないか?
「東大なんてくだんねー!」って言ってる低学歴、みっともないだろ?東大を「つまらない」と言って中退したホリエモンの言葉なら説得力があるけどな。
サラリーマンを「社畜」と馬鹿にするニート。「スタイルが良いからって何が偉いんだ!」とわめくデブ。「スポーツに意味なんてない!」と言い張る運動音痴。「若さに価値なんてないわよ!」と言うババア。
みっともねーだろ。鏡の中のお前だよ!
そうして一生自分の持っていないものを「あれはくだらないものだ」と文句つけながら生きていけよ。
楽しそうなリア充グループを見たら「どうせあいつらは馬鹿に違いない」、彼女持ちを見たら「オナホールで充分だし」、同い年の既婚者を見たら「ATMかわいそうだね」、同い年に子供が出来たら「ガキうぜえ」、
そうして一生、人の生き方や娯楽を否定したいだけ否定して暇つぶししながら年老いていけよ負け犬。実体の無いプライドだけ守りながら孤独に死んで行けよクズ。
小さな嘘をついてしまうのはその過去を自分が自分の中で消化しきれてないときだ。
今日もまた小さく嘘をついて、いろいろと話していることに矛盾が出てきて焦った。
嘘がばれるところだった。
要するに俺がどれだけクズかということをありのまま語ればよかったのだが
嘘が出てそして矛盾が出た。
焦った。
家に帰ったあともなんかモヤモヤが晴れない。
要するに俺はそのゴミクズとやらを自分の中で消化しきれてない。
そのことは今も何も考えたくない。
ただ今日があるのはあのときがあると言えるにはまだまだ時間と結果が足りない。
俺は今単なるサラリーマンだが
俺はあんなゴミクズの死にかけの過去から奇跡的にサラリーマンになった。
でもまだまだ結果が足りない。
おれはもっともっと上に上ったとき、初めてそのゴミクズと対峙できて
おれは正直におもしろおかしくネタ調に自分の過去が語れるだろう。
おれはまだまだ結果が足りない。
おれはまだまだ勉強が足りない。
子育てもしながらおれはもっともっと上にのぼらなくてはいけない。
ニート、ひきこもり、ヒモ、穀潰し、高校中退、Fラン大学中退、友達0、親戚付き合い0、
親への不義理、実の弟と15年しゃべってない、じいちゃん死んでも葬式出なかった、
奨学金で大学入り直したと言ったが本当は親の金、行った旧帝大学院は実はロンダ、大学はマーチ、
バイトをバッくれたこと2回、フリーターだったけど週3くらいであとは親の仕送りと彼女の財布。
だから俺は上に上に上りたい。
上に上って高見からゴミクズたちを見下ろせばネタにできると思っている。
そして帰り道に高層マンションを見上げてはいつかここに住みたいと思っている。
おれは30になったがまだまだあきらめていない。
これは語るべきものではなく
だからおれは今がんばれるわけで
これは人に見せて聞かせるものではなくて
このことはまだ話したくなくて
ここが原点となって死ぬほどがんばって
どうしても結果がほしい。
おれはどうしても上りたい。
そこから自分ので中で咀嚼して消化して最後はネタに昇華して自叙伝でも出すか。
最後ふざけてごめん、でもそんなところ。
精神病であるのならばどれだけ理不尽な主張であっても許されるのだろうか。扶養家族はそれを受け止めなくてはならないのだろうか。
姉の話です。姉は高校を中退してからというもの、もう十年以上も精神科に通っている精神病患者です。重度の欝と統合失調症とを抱えているのだそうです。詳しくは知りません。もうかれこれ何度か入院も経験しています。癇癪持ちでもあるようで、今なお家庭内暴力を振るいます。
お陰で、愛犬からも怖がられている始末です。以前は暴走(感情が昂ぶって、家族と口論したり自殺未遂をしたりする状態)が始まると心配そうに間に入ってくれたそうですが、今やそそくさと部屋から逃げ出してしまうのです。
私も含め、家族にはもう諦めしかありません。姉の過去にどのような問題があったのか、具体的に把握できない上に、過ぎ去ってしまったこと故に施しようがないからです。にも関わらず姉は過去のことを持ち出し、家族に、とりわけ母にあたります。どれほど謝ったところで意味など無いのに。姉自身が謝罪を受け入れようとしないのです。
姉は、謝罪を拒絶し徹底的に信じないことによって、かえって母を脅迫し返してくるのです。自分など居なければいいのだろう、死んでしまえばいいのだろう、そう思ってるんだとだけ繰り返し、否定は一切受け付けない。それどころか、ますますひどい猜疑心に陥っていくばかりなのです。
例えば、母の体を抓ったり手に噛み付いたりしていてその行為を拒まれた場合や、恥ずかしい話ですが頭を撫でて貰えなかったりすると、暴走への種火が付いてしまうのです。そもそもにおいて姉は、自意識と自己愛、プライドといったものが極端に高い人なのです。そういったものが高すぎるがゆえに、絶えず他者に対して劣等感を抱いているのです。姉自身が一番嫌っている他者との比較を、意識的にか無意識のうちにか、率先して行なっているのです。
その苦しみなり憤りが内側で爆発しないのが姉なのです。自身の存在意義を徹底的に見限っているくせに、他者には、とりわけ最後の砦としての母だけには認めてもらいたいのです。しかしながら、存在意義を全肯定してくれる母の言葉を信じることができない。結局、堂々巡りなのです。
姉は自らの価値観を傷つけられることに敏感である割に、平気な顔して他者のことを貶してしまえる人間です。無論それは家族の前での面なのでしょうが、性根が悪いと言わざるを得ないこともまた事実であろうと思うのです。家族として、こんな分析をし憶測までしてしまうことはひどい行為なのかもしれませんが、過去の問題もまた然るべきして生じた出来事であったのではないかと思ってしまうのです。
正直なところ、私は姉が大嫌いです。この世の中で唯一具体的な嫌悪感を覚えることのできる相手であるのです。
とは言え、このまま放置することもできない。姉がどうこうと言うよりも、母の精神が心配なのです。
昼過ぎまで寝ていて、ネットとゲームだけして、食ってまた寝る姉の歪んだ生活サイクルに、母は振り回っされぱなしなのです。昼過ぎまで寝ているので夜眠りにつきにくい姉は、睡眠導入剤を呑んではいるものの、深夜になると暴走への兆しがぽつぽつ見られるようになります。気持ち悪いくらいに母に甘えたり、ろくに運動もしていないのにマッサージを強制するのです。拒めば暴走が始まって、死んでやるからと家を飛び出す始末です。
母には母の生活があり、仕事があるのです。にも関わらず、毎日夜一時ぐらいに寝て、六時には起床しなくてはならないのです。姉のご機嫌を取りながらです。疲れなどとれるはずがありません。ここ数年で白髪がめっきり増えたように思います。
母だけではなくて、私もまた姉という負担を負わなければならないのだとは思います。姉が母に要求をすることがないよう気を配ったり、意識を逸らしたりするべきなのかもしれません。暴走が始まった時も、上手く立ちまわることが出来ればいいのです。首に包丁を当てて自殺をほのめかす姉を、どうにか押さえ込むことができたらいいのかもしれません。
私は卑怯者なのです。臆病で面倒くさがり屋で、家族とさえもそれほど距離を縮めようとは思わない、またそう思うことで責任逃れをはかっている最低な人間なのです。
ただ、私にはもうどうすることもできないし、どうすることもしたくないのです。無視してしまいたい。姉なんて、いなくなってしまえばいいと思うのです。
それでも、現実問題として姉は依然として母に寄生しているし、お陰で母が苦しんでいる。私はどうにかするべきなんです。でも、どうすればいいのかわからない。
行動を起こすことが怖いのです。大嫌いな姉だけど傷つけることが怖いのです。私は責任を負いたくない。誰かと真っ向からぶつかって、何かが決まってしまうことが嫌なのです。
反面、もう傷つけられ続けることだけには我慢ならない。自分でも我侭なことを言っていると思います。どっちつかずのまま愚痴ばかり言うしか脳のない人間なんです。
ただ精神病患者だから、過去の出来事の被害者だから、弱者だからといって、泣き叫び喚き散らかし、依存できる環境に浸りきったまま我欲を他者に押し付けることは、被害者であったはずの人物が加害者の側に立ち変わっていると言っていいのではないでしょうか。姉の言動を病気なのだからと受け入れ、容認することは、加害者に優しくしているのも同然なのではないでしょうか。
母を筆頭に、私たち家族は姉のお陰で随分と傷つき苦しんでいるというのに、あんまりじゃありませんか。
私たち家族にできることなどたかが知れています。そんなことはわかっているのです。私たちは耐えなければならないのだし、待たなければならないのです。いつになるともわからない姉の快方を、息を潜めたままじっと待ち続けなければならないのです。そうするしかないじゃないですか。誰の言葉も届かないのですから。
母が姉の甘えをやんわりと拒むことができたらいいのかもしれない。あるいはいっそ、家族のことなんて見捨てて考えないようにしてしまえばいいのかもしれない。もちろん、私自身がうまい仲裁役を買って出るのが一番なのかもしれません。及び腰の癖に問題意識は一著前、なんていかにも卑怯で格好悪いですから。
劇場で上映されている、『オペラ座の怪人』25周年記念公演 in ロンドンは音がずれています。
これから見に行こうと考えている方(特に絶対音感のある方)は、ご注意ください。
私は、途中で気持ち悪くなり、退場いたしました。
なぜ音がズレているのか問い合わせメールを出したところ、
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観させていただきました。
音が半音下がっている箇所がありました。
私は絶対音感があるので、音のゆらぎが気持ち悪くなり
ご回答のほどよろしくお願い致します。
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ご指摘の件、ロンドンのUniversal Pictures International(UPI)に
問い合わせたところ、以下のことが判明いたしました。
この公演の撮影は、フレームレイトが25フレームの規格の機材で行われました。
DCP(Digital Cinema Package)という世界規格に変換する必要がありました。
この規格のフレームレイトは24フレーム、すなわち1秒間に24コマの映像が収録
されます。
収録音声を早回しにすると音が高くなり、
遅回しにすると音が低くなる現象は、容易に想像できるかと思います。
今回は、1秒間25コマの速度で収録された音声を
1秒間24コマのスピードで再生することとなり、25分の1秒分遅回しにすることに
よって、
その分、音程が低くなったというのが、理論上考えられることです。
非常に微少なスピード差であるので、これによって半音以上の音程差が生じると
は考えにくく、
絶対的に音感の鋭敏な方には判る可能性がある一方、
UPIでは、DCP上映にあたり同様の指摘を受けたのは、今回が初めてという説明です。
更に日本国内のスタジオに取材してみたところ、楽器や声の音質や、旋律、音の
高低により、
特に差が目立って聴こえる箇所があるのかも知れない、ということです。
音程の問題を解消する手段としては、音声のスピードを変えずに再生するため、
映像を毎秒1コマずつ間引いて24フレームに合わせる方法がありますが、
これを用いると、今度は映像の方に飛んでいるような現象が生じる可能性があり、
なぜフレームレイトの違う機材で撮影を行ったのか、という疑問が生まれますが、
これはアナログ時代から世界各地で異なるビデオ信号が採用されていた歴史があり、
それに伴い英国では25フレームというフレームレイトが一般的で、
UPIとしては、日本での上映を心待ちにされているお客様のために最速の実現を
目指した結果、
限られた時間と環境の中で出来うる限り最良の映像と音声を送ったつもりだった
ということです。
これまでの説明で我々の理解するかぎり、ご指摘くださったお客様は、
ごく少数の並ならぬ鋭敏な音感の持ち主でいらっしゃるということが言えそうです。
我慢を強いることとなりましたことをお詫び申し上げるとともに、ご理解を賜れ
ればと存じます。
今回のご指摘を真摯に受け止め、今後の課題とさせていただきます。
なお、DVDおよびブルーレイにつきましては、音程の問題を修正し、
Really Useful Group(RUG)の監修と承認を受けたものを発売する旨、UPIの確
認を取りました。
日本で発売されるDVDおよびブルーレイは、UPIの制作するマスターに基づくもの
です。
いやややや
横だけどさあ
つーなら
君が君の言ってる通りなら
誰もバカにしないよ君みたいな奴
ひたすら「じゃまくせー」って思うだけ
「○○が死んだ」
聞いた瞬間頭が真っ白になった。
アガリ症で人前で話すだけでも頭に真っ白になることはあったが
そんなレベルではなく本当に何も考えられない。
何も聞こえない。
そんな感覚だった。
〇〇は俺の弟だ。
死因は窒息死。
原因はイジメにあっていた。
警察の厄介になった。
そして親父にこっぴどく叱られた。
なぜやったかも聞かない。
ただただ怒鳴り、責め上げ、殴る。
そんなこともあり、弟は塞ぎこむようになっていったため、
高校に上がってもイジメられることになる。
そして高校を中退した。
その頃から人前に出ると恐怖を感じる対人恐怖症になった。
そのため、早朝に人目につくことのない新聞配達をするようになった。
派遣では扱いが酷かったらしく、すぐに辞めて新聞配達に戻ってしまったが
ちゃんと生きようとはしていたんだと今は思う。
そして一昨年の暮れにずっと続けていた新聞配達を辞めた。
理由は人のいない家に新聞を入れ続けていたのに責任を感じたと言っていたが
思えばその時にもう覚悟を決めていたのかもしれない。
二度と帰って来ない。
それから数ヵ月後、皮肉にも会社の都合で実家から通わされることになり
俺は実家に帰ってきた。
早く帰ってきていればという思いもあったが、
それ以上に酷い実家の実状を知ることになる。
俺からしたら死んだ弟の遺品を使うことなど考えられなかったが、
親も立ち治ろうとしているのだろうと思ったのでテレビを居間に移動した。
それから親と食事をしていて気付いた。
テレビを見てても
「こんなん絶対うもないわ」
「こんなもん家でも作れるやろう」
人と話していても否定しかしない。
「そんなもん買ってなんになる?あ?」
姉の旦那にも
「お前が家を買う?ちゃんと金払えるんか?ムリやで、
俺が孫の面倒みらんといかんな」
と否定しかできない。
そんな親父だ。
いつもいると気が滅入ってくる。
病んでいた弟ならなおのことキツイだろう。
家を出ていく手段は死しかない。
俺を頼って来てくれても良かったけど、
子供の頃から親に相談すれば全部自分が悪いと怒鳴られ殴られていたからだ。
もう何もかも親父が弟を殺したようにしか思えない。
弟が新聞配達を辞める直前にも、パソコンが欲しいからという理由で
弟の車を売っぱらった。
プリペイドから月額の携帯に変えたいけど機種代がもったいないからという理由で
親戚が家に集まったときにも、親父の兄さんが甥っ子を連れてきていて
テレビを近くで見ていた時に
とかいう始末。
弟がなぜ死んだかなんてこれっぽっちも考えていない。