はてなキーワード: 不和とは
jacobs1971
2.青年期での問題の悪化
自殺に至る5年間に様々な苦難(親の離婚、失恋、逮捕歴、学業不振、親との確執)
問題はずっと昔から続いていて解決不能であり、死が唯一の道
生きたいが今の苦しみには耐えられないし、もう耐えたくない
「死にたいと言ってる奴は死なない」とよく言われるが、そうでもないのじゃないだろうか
「死にたい」という言葉に付帯して、正当化するような言葉や文章が書き連ねているのならば、むしろより重要なサインではないだろうか
母親を自殺で失った女子高生にも「捨てられたのは自己責任」「ウザキャラ」「メンヘラ化したのが悪い」と言えるはてな民すげーよ。
虐待された過去、いじめられた過去、家庭内不和みたいな問題抱えた男は精神に欠陥があってウザいから、女はそういう男と関わり合いたくないって言ってんの。
?????????????
だから、虐待された過去、いじめられた過去、家庭内不和みたいな問題抱えた男は精神に欠陥があってウザいから、
女はそういう男と関わり合いたくないって言ってんの。
※ただしイケメンは除く
高2の長女をヤリ捨てする高3の先輩
そんな長女を、部活の先輩が相談に乗るふりをしながら口説き落とし、呼び出して繰り返しセックスした後、
まず重大な事実誤認が。
長女と先輩は母親のこと以前から付き合っているという設定です。
母親の死の真相にショックを受けた彼女が相談に来て泣いている肩をそっと抱いて・・・というのは
不誠実と言われればそれまでかもしれないが、そこまで非難されることでもないと思います。
そもそも長女の側にも、父親へのあてつけのために男に抱かれたいふしがあったわけだし。
長女はかなりのウザキャラで、父親を嫌悪し家から追い出すのはわかりますが、弟妹にも父親に会うことを禁じたわりには
世話をするわけでもなく、自分は面倒な家から逃げて男に走って朝帰り、弟妹と喧嘩をしては怒鳴り散らすありさま。
メンヘラ度合いも進行していき、先輩に一方的に悩みをぶつけたり、体目当てじゃないよねと問い詰めたり
うんざりした先輩が、じゃあそっちは俺の話を聞いてくれたことあるのかよというと、私のこと嫌いにならないでと泣き
最終的に駆け落ちを言いだして先輩をどんびきさせます。
先輩が女をとっかえひっかえするヤリチンかのような言われようですが、実際は部室で彼女が最近ヤバイという愚痴を後輩にしていたら
「じゃああたしと付き合っちゃいます?」という悪魔のささやきをうけてその気になっちゃっただけです。しかも長女乱入により未遂。
長女に目撃されて開き直れるほどワルでもなく、後日弁解に行き、精神の安定を取り戻した長女から
私は現実を忘れるために先輩に依存してただけでしたと、正式に別れを切り出されます。
よくもわるくも普通の気の弱い高校生という感じで、エキセントリックな登場人物が多いこのドラマでは1、2を争う普通の人だと思います。
苛立ちをバスケ部の後輩たちにぶつけ、キャプテンとしての人望は失墜。ユニフォームをゴミ箱に捨てて非行に走り出す。
そして更につのった苛立ちを、ミタにヤらせてと命令してぶつける。
ミタの脱衣の途中で現場を長女に見つかり、強く非難される。
これはあくまで命令を何事もなく完璧にこなすミタが癪にさわり、何か無茶な命令をということで行われたものであって
本当に服を脱ぎだした時のキョドりっぷりからみても本気でヤる気などまったくなかったのは明らかな描写だと思います。
のちにミタが自分の本心をわかってくれたことに感動して泣き、部員全員の前で謝ってバスケ部に戻ろうとするなど
これ以上なく素直でいい子に描かれてると思います。
力の誇示のために女をヤリ捨てる父の同僚
"父"との不倫が職場でバレてしまい、四面楚歌の状態で出勤する女性を、
父のライバル的な存在の同僚が弱みにつけこんで口説き落とし、肉体関係に持ち込む。
その同僚は出世のため常務の娘との縁談をまとめており、その女性の相手をまともにする気など全く無かった。
要するに"父"への当て付けのために抱いてみただけであった。
こいつはわかりやすい悪者で、常務の娘が本当に好きだった元恋人に結婚式に乗り込まれ花嫁を強奪されるという
わかりやすい天罰を受けます。追いかけて転ぶ時の転びっぷりは一見の価値あり。
セリフもいちいち過剰で非常に漫画チックなキャラですので、あまり男性嫌悪とつなげて考える人はいないんじゃないでしょうか。
どうでもいいけど、不倫女役の野波麻帆のエロ薄幸オーラがすさまじいので、あの境遇もさもありなんという感じで余り同情できません。
おのれの弱さを直視できず怒鳴り散らしてばかりの母方の祖父
娘、義理の息子、孫など、相手を問わずすぐに怒鳴り散らして威圧し、嫌われている祖父。
死んだ母の妹にあたる叔母のことも絶えず怒鳴り散らしていたため、
頑固で分からず屋で怒ってばかりだけど、実は不器用なだけで愛情にあふれてて、一度たがが外れると急速にデレ化する。
まさにステレオタイプ中のステレオタイプ、THE頑固親父です。
ミタにつきまとって肉体関係を迫り、ミタの家族を殺した弟
ミタの母と義父(ミタ実母の再婚相手)との間に出来た種違いの弟はミタに執着していた。
弟だけでなく、義父からも肉欲を抱かれていた。
ミタは愛する男性と結婚して息子をもうけ、幸せな暮らしをしていたが、弟から執拗に肉体関係を迫られるようになる。
それを拒絶したことで弟は逆上し、家に火をつけてミタの夫と息子を焼き殺し、自殺してしまう。
ミタの両親とミタの夫の両親は息子を失って嘆き悲しみ、全てはミタが悪いのだと責める。
焦点は一生笑うなといった夫の母親と罪の意識を感じ笑うことを捨てたミタであって
ネタバレ注意です。
4人の子供たち(17歳長女・14歳長男・12歳次男・5歳次女)を中心において、父、叔母、などの続柄表記をしていきます。
http://www.ntv.co.jp/kaseifu/relation/index.html
未視聴の方はわかりにくいでしょうから、公式の相関図片手に読むことをおすすめします。
父が職場の女性と不倫して本気になり、母に離婚届を突きつけた結果、母はショックを受けて入水自殺してしまった。
そのことがきっかけで、父が元々母を愛していなかったこと、妊娠されたから仕方なく結婚したことが判明する。
父は父親になる覚悟が無い状態で次々と4人の子供を作っており、子供への愛情も感じていなかった。
このドラマはミタや子供たちの活躍により、ただの無責任な一人の男が父性を獲得していくストーリーになっている。
大恋愛の末結ばれたはずの隣の夫婦も、夫が不倫しており、疑心暗鬼になった妻がストレスを5歳の息子にぶつけている状態だった。
妻が思いつめて心中騒ぎを起こしたことで離婚になり、息子の親権も夫に奪われ、希望を無くした状態で家から追い出される。
そんな長女を、部活の先輩が相談に乗るふりをしながら口説き落とし、呼び出して繰り返しセックスした後、
長女からの依存が面倒になってくると、今度は別の後輩を口説きはじめた。
裏切られたことを知った長女は先輩に別れを告げるが、はたから見れば"身体目当てのヤリチンにヤリ捨てられた"でしかない。
苛立ちをバスケ部の後輩たちにぶつけ、キャプテンとしての人望は失墜。ユニフォームをゴミ箱に捨てて非行に走り出す。
そして更につのった苛立ちを、ミタにヤらせてと命令してぶつける。
ミタの脱衣の途中で現場を長女に見つかり、強く非難される。
"父"との不倫が職場でバレてしまい、四面楚歌の状態で出勤する女性を、
父のライバル的な存在の同僚が弱みにつけこんで口説き落とし、肉体関係に持ち込む。
その同僚は出世のため常務の娘との縁談をまとめており、その女性の相手をまともにする気など全く無かった。
要するに"父"への当て付けのために抱いてみただけであった。
女性は会社を辞め、有名企業の社員からビラ配りのバイトに落ちぶれる。
娘、義理の息子、孫など、相手を問わずすぐに怒鳴り散らして威圧し、嫌われている祖父。
死んだ母の妹にあたる叔母のことも絶えず怒鳴り散らしていたため、
叔母はいつでも笑顔だが、常に人の様子伺いをして媚びまわり、ネガティブな感情を一切発露できない人間に育ってしまった。
ミタの母と義父(ミタ実母の再婚相手)との間に出来た種違いの弟はミタに執着していた。
弟だけでなく、義父からも肉欲を抱かれていた。
ミタは愛する男性と結婚して息子をもうけ、幸せな暮らしをしていたが、弟から執拗に肉体関係を迫られるようになる。
それを拒絶したことで弟は逆上し、家に火をつけてミタの夫と息子を焼き殺し、自殺してしまう。
ミタの両親とミタの夫の両親は息子を失って嘆き悲しみ、全てはミタが悪いのだと責める。
ミタの笑顔が男を誘うから不幸を招くのだと刷り込まれ、ミタは感情を失った。
散りばめられた男の弱さと肉欲、そして「汚い汚い汚い!!」と断罪する女子高生の長女が印象的だった。
長女は父の不倫によって母を自殺で失い、心の支えにしていた先輩からもヤリ捨てられた被害者だ。
ミタも義父や弟に情欲を抱かれ、その責任がミタの笑顔にあると転化されて苦しめられた。
「欲情させる女が悪い」の理屈だ。そこから生まれた憎悪によってミタは夫と息子を焼き殺され、自分の存在に対する罪悪感を抱えながら生きることになった。
ひたすら高濃度のミサンドリーを感じる家族モノのドラマだった。
物語が進むことで改善された男(父や祖父など)も居るが、「汚い」まま物語からフェードアウトした男もいた。
これが視聴率40%か。
そりゃ曲がりなりにも他人について言及してるというのに「社畜」とか云っちゃうからでしょ。
あと仕事一筋に生きると最終的に「何もなくなる」可能性があるって結論するという暴論もあるね。
当たり前だけど仕事から人脈とか事業そのものとか何らかのものを築くことはできるし、結婚したって離婚や不和を経て「何もなくなる」可能性はあります。
ちょっと独身社畜の経験があるだけで一方的に忠告できる立場ではない。
だいたい自分が「結婚おめでとう」って言われたい=肯定されたいっていうのに、
他人の人生を社畜とか称して「何もない」ことに結びつけて、暗に価値観けなしてるって何様。
ちなみに自分はまさに独身恋人なしの社畜のサラブレッド、ツイッターのフォロワーどころかアカウントも持ってない真性ぼっちです。
ここ数年、恋人に恵まれない人間やそういう人間ばかりのコミュニティを目にする機会が何度かあった。
彼(彼女)らは口々に出会いがないと言い、結婚の見通しを聞けば数年の内には、とかお見合いでもいい、と言う。
率直に言ってその「出会いがない」という言い訳はあまりにもナンセンス。「出会い」という、白馬の王子様がある日突然現れたり、お姫様が空から降ってきたりするようなイベントを期待するのが間違い。
そういう出会いから恋愛に発展し、幸せをつかむ人がいないわけではない。しかし、20年30年と生きてきた人間は人生の節々で何十人何百人という異性と出会ってきているのだから、その機会をこれまで見過ごしてきた人間が、今更次の出会いからチャンスをものにしようなどと考えない方がいい。次も必ず見過ごす。
ではどういう努力をすればいいのか?それは簡単、「1対1で気を許して会話できる友人を、性別問わず作る」ことだ。
これ自体は恋人を作ることとは全く関係がない。要するに恋愛とは関係なく仲の良い知り合いを増やせということだが、中でも仲の良い異性の友人を作ることが必要である。
恋人がほしいと願っているが、気付けば仲の良い異性の友達すらいない、という人はいないだろうか。次のような点に注意する。
①サシでの交流をする
必ず1対1で関係を作る。最初は大勢のグループで遊んだり食事をしたりする仲でもいいが、必ずその中から1人、2人とピックアップして特に交際しておく。
グループの人間関係は一見しっかりしているようで、そのうち1人欠けてもどうってことはないようになっている(それがあなたでも)し、ちょっとした不和が崩壊を招く。
そうではなく、自分がいなければ成り立たない人間関係を作る必要があり、よほどの人徳でもなければ、それはサシの関係が最も簡単。
②「新しい」人脈を作りすぎない
よくあるミスが、人との出会いを求めて新しい人間関係を作ろうと躍起になってしまうこと。これは恋愛だけでなくビジネスの世界で最もよく見られる。これまで知らない人々と出会い、輪を広げるのは確かに心地が良く、出会いの場を増やしているように見えるが、実際はそういう新しい人脈は意外と発展性がなく、簡単に消滅することがほとんど。それよりは、これまでのコミュニティ、例えば中高、大学のサークル、ゼミ、昔の職場、隣の部署、取引先など、既にある程度交流がある人々との関係を見直していく方がよほど自然で、維持しやすい。眠っているコミュニティの人脈を掘り返してみる。
③「サシ飲みに行ける」距離感
これ以上でもこれ以下でもない。毎日言葉を交わす必要も、メールやSNSで交流する必要もない。飲みに行こう、と言えば都合の良い日を教えてくれる、という距離感を作る。異性の場合、無目的にサシ飲みというのはハードルが高いので、最初はプロジェクトの打ち合わせと称してもいいし、週末のミニお疲れ会としてもいい。何かしらの理由をつけて前例を作っておく。そして大切なのは、定期的に繰り返すということ。習慣は身につくもので、最初は理由がなければできないことも繰り返しているうちに違和感がなくなる。その距離を保っておく。
④恋愛対象でない異性こそ大切に
「出会いがない」という人ほど、身の回りの恋愛対象でない異性をないがしろにする傾向がある。それは大きな間違いである。恋愛対象でない異性ほど大切な友人として扱わなければならない。たとえ相手に恋人がいようとも意識的に距離を置いてはならない。恋人がいる人間は逆に余裕を持って異性に接することができるので、関係を深めるのは難しくないし、無用な警戒をされずにすむ(ことが多い)。そして、いったん恋愛対象でないと決めた友人に変な気を起こしてはならない。「この人は男女関係なく人と仲良くできる」という印象を持たせなければならない。
その友人に恋人がいるなら特に、その話を聞くように心がける。相手にとってあなたは自分の恋人と同性であり、その視点からのアドバイスはいつでも説得力とありがたみがある。これは互いに恋愛対象とみなしていない場合にしかできないので、そのような男女関係を目指すべきである。これは自分の恋愛観を形成し見直すのにも役立つし、ますます信頼を得ることができる。
⑥複数、できれば3人以上作る
そのような「異性の友人」を1人に絞ってはいけない。それは相手にとって負担が大きすぎるし、警戒されてしまう。あくまでもドライな関係を維持するためには、3人以上そのような友人を持つことが望ましい。そして、それらの友人はできるだけコミュニティを分散させる。
このように、仲の良い異性の友人、しかもサシ飲みをして恋愛の話に踏み込める友人を作ることがなぜ恋人を作るのに役立つのだろうか。それは以下のような効果による。
(1) 異性に触れられる
要するに「異性慣れ」
(2) 距離をコントロールできるようになる
異性の友人と適切な距離感を保つことができるなら、さらに踏み込むこともいずれできるようになる
異性の友人は自分たちの輪の中であなたの話をし、広告塔として働くことになるだろう。つまり、多数の異性と交流することなく自分の存在をアピールし、友人をパイプにしてさらなる交流を生み出すことが可能になる。これこそが、恋愛に発展しうる最も起こりやすい効果である。
「出会いがない」という人は自分の人脈をフル活用して異性の友人を作りましょう。
なお、筆者は男性であるが、高校、大学、大学院、勤務先、取引先のコミュニティにそれぞれ1、2人ずつの異性の友人がいる。恋愛をしたことがない女性から既婚者まで様々で、筆者が恋愛の仲立ちをしたこともある。facebook、mixiやメールを使っていつでも酒に誘うことができるが、上に挙げたとおり彼女らと恋愛に陥ってはいない(大学時代、上記のような関係だと思っていた女性から交際を申し込まれたことはあるが、断っている)。
大学〜現在の勤務先の間に交際した女性は5人だが、全て上のような心がけをしてからのお付き合い。高校時代は振られてばかりだった。
ttp://anond.hatelabo.jp/20111025181753 (この記事はただの私の愚痴だからトラバは貼らないよ)
↑の人ご苦労様です。
↑の人は、多分社会人経験をされているせいか、かなり責任感が強いのか、少なくとも他人のことを悪く言わない良い人なのだろうなぁ。
私はあまり偏差値の高くない中学の教師を教師やってるけどすごくよくわかる。というかコレでもだいぶ控えめに書かれていると感じる。
煩わしい人間関係とか、頭痛くなる研修について書かれてないし、個人の事情についても愚痴らしきことが書かれていない。誠実だ。
ゆとりのない生活をしてるせいで家族を十分にかまってやれず、家庭内不和に陥りかけていたりと夢も希望もありゃしない生活を送ってる。
自分で言うのも悲しいが、子供の手本となるには役者不足というかむしろ最悪のモデルであると思っている。
だから、子供たちを胸を張って叱ったり励ましたりも出来ない。むしろ下手に口を開くと呪詛を投げかけてしまいそうで怖い。
そもそも、こんなことを言いたくないけど子供どころではない。
私(34です)より若い先生がうつになりかけた時ですら、私を含めてみんなで十分にフォローしてあげることが出来なかったくらいだ。
まして大人よりずっと難しくて、手間も時間もかけなければいけないはずの子供に対して十分なフォローなど出来ない。
したくないのではなくて、出来ない。申し訳なく思うけれど、言い訳してでも逃げないと自分がもたないと感じている。
教師の不祥事がニュースで取り上げられるたびに「ああ、この人も壊れちゃったか・・・」と思ってしまうくらいだ。
世間の人は、なんであんなに教師に対して厳しいのだろうか。私もだけどやっぱり学校や教師に悪い思い出を持っている人が多いのだろうか。
教育崩壊についてよく子供がダメに成ったとかいうけれど、子供は悪く無いと思う。
親だってよくネットで騒がれるほどひどい人は少ない。(たまにDQNネームの子がいて、その子の親はやっぱりちょっと・・・と思うことがあるが)
割合的には結構真剣に子供のことを考えてくれている親のほうが多い。
「大変でしょうけど」とこちらを気遣ってくださるなど、わが子のことだけでなく他人に思いやりもある親が多くて、それが励みになっているところもある。
一番の問題はやはり教師である私たちに在るのではないか。私がこうした期待や励ましにに十分に応えられてないのがつらい。
ここまで自分で書いてみて、意外と他人の悪口を書けないものだなと思う。
↑の人もそうだったのかもしれない。
しんどいとかツライとかあいつが憎いとか感情をぶちまけられれば楽なのかも知れないけれど、
やはり、いつも子供に対してキレイゴトを教えている手前、この一線を超えたら戻れないという恐れもある。
ままならないな。
そもそもの問題解決にも使えるのだが。人類が数千年に渡り人と人とが協力をする事によってあらゆる問題を解決してきた事から今回はその論理の応用編。論理を用いたコミュニケーションについて解き明かしていきたいと思う。
人が人に意思を伝える時にはどんな種類があるだろうか?
※分類できるというわけではなく要素として
一、命令(相手に何かを要請)
一、伝達(単に事実や事柄を)
とまあ色々あるけれど、個々に主観的なものと客観的なものがある。
ではこれらの情報交換を人と人が行う時にお互いの共通認識が多いか少ないかだけでその人とその人が仲良くなったり仲良くならなかったりというのではなんとも勿体無い。
だって誰でもそうだろう。例え偶然でも似たような過去の経験があったり似たような将来像や様々な物事に対して個々に思う感覚が似ているかどうかだけで大概の人は親近感を抱いたり、はたまた嫌悪感を抱いてしまう。
自分はそれは非常に非常に勿体の無い事だと言いたいのだ。
だって、たまたま誰かにとても嫌っている同僚だとか上司がいたとする。お互いに相容れないのがもしこの世に生を受けてからの全ての経験の似通りにたまたま距離があった事で様々な物事に対する認識が離れてずれてしまったのだとするのならば、もし、もしも今後共通の体験をしたり、または知識として何かしらの経験を得たのならば、“今”は協力できないと思っている相手とでもいずれ協力でき、お互いに“楽しい”と思える時間を人生に内に占める部分が増えるのではないだろうか?
例え話しに基づいて解いていく
さてここはある雑談の場だ、そして誰かが話しだす。
※実際はどちらの発言にも主観と客観が交じりあっているが便宜上無視
まず主観的例文
次に客観的例文
「なんか怖い親に育てられた人って背が低いよね」
強引な例だが、こういった雑談の場では今までに聞いた事の無い意見に対して聞いた側がどう思うのかがこれからの検証を進めていく上でとても重要になってくる。なぜなら既に自分の中で“自分はこれに対してこう思う”という一つの自我が既に形成されていると、案外素通りで他者の自分とは異なる意見を受け入れてしまうからだ。
例えば、雨降りの天気に対して
「嫌な天気だね」
と誰かが言ったとする。かなり住んでいる地域の影響も受けるかもしれないが年間数日しか雨が降らない地域の人は絶対にそんな事は思わないだろうし。例え日本国内でも雨に対して一切の「嫌な感じ」を抱かない人もいる。それにその時の状況として洗濯物を天日干しにしよう!などと予定していたのであれば嫌だと思うかもしれない。この場合客観的例文だったので状況に左右されやすいのだが、例えば
「えーっ、不味そう」
と誰かが言えば、味に対しての感覚の相違なんていうものは人それぞれだという前提が多くは幼い頃から経験しているので、さほど相手はそう思うのか程度にしか自分とは相容れない主張に対して不快感を抱かない。
では、何かの物事に対して新規の見かた、新たな捉え方を意見として雑談の場で表明された場合はどうだろう?
「なんか怖い親に育てられた人って背が低いよね」
どうだろう?実際に身体の成長と日常的ストレスまたそれによる日常的な筋肉の緊張には関係があるので、そうだ!と思う人もいれば、関係無いよって思う人もいるだろう。だがここで言いたいのはそんな事ではない。
命題の因果関係が成立するかしないのか?という部分に目を取られてしまうから“こいつとはなんか合うな”とか“こいつとは合わないな”なんていう思い込みで他者との相性を判断してしまうのである。
「なんか怖い親に育てられた人って背が低いよね」
という主張に対し論理の技法にのっとって哲学し分解考察して行こうと思う。では
A “親が怖い”のならば“子の背が低い”
B “子の背が低く”ないなら“親は怖く”ない
C “親が怖く”ないからといって“子の背が低く”ないとは限らない
解りやすくすると
A´ 親が怖いと子の背が低い
B´ 子の背が高いなら親は優しい
C´ 親が優しいからといって子の背が高いとは限らない
そして、それぞれに反論すると
A” 怖い親に育てられても背の高い子はいるはずだ
B” 背の低い子の親でも優しい親はいるはずだ
何かを“そうだ”と言いたい時に、その物事が“在る”事を証明するのは簡単だ。その主張のたった一例であってもそれを相手に提示すればいいだけの事だから。
しかし、何かを物事や事実を“ない”と証明する事は非常に困難を極める。今回の場合で言うと
「なんか怖い親に育てられた人って背が低いよね」
に対して“そんな事は無い”と思った時に、因果関係は別として世界中の全ての怖い親の子が背が高い事を明らかにできればそもそもの因果関係を抜きにしても“そんな事は無い”という事を文字通り証明できるのだが、世界中を調べる事は物理的にも時間的にも不可能に近いしそもそも過去現在未来においてその事実が存在し得ない事を証明するのはそもそも文字通り不可能だ。
ではあなたがだれかと物事に対する感覚や捉え方で不一致を感じた時に、どう考えたら、無駄かもしれない不和発生の原因を取り除けるだろうか?
誰かが何かに対してある考えを持つ時に、自分も相手と同じ境遇、同じ体験、同じ経験をしていたならば同じ事を“今”思うかもしれない。
だって相手は“そう思う”という事実も自分も沢山見聞きしていたら“そう思う”だろう事は、ここまで読んだあなたなら想像つくだろう。
それにそのあらゆる相手の主張する事実は勿論、あなたにとって想像可能な事かもしれないしもしかしたら想像不可能な事かもしれない。けれど、ただ“違う”や“こいつとは違う”と思うのではなく先ほどの“悪魔の証明”により“(自分が)そうとも思える可能性”があるよな!と論理の帰結として言えるのだという事だ。
人生とは様々な物事や関わる相手に対して
なんとなく常に“判断”をしてしまう。
“いいな”とか“やだな”とかなんとなく思ったり・・・
確かに本能として“好感”を持つ対象には関わろうとして“不快感”を抱く相手とは関わろうとしないという現実はある。だがしかし、これは自分自信の経験でもあるけれど、なんかむさ苦しそうだなと思っていた奴が凄い楽しくて面白い奴だったり。なんかいつも不機嫌そうで関わりたくないなと思っていた人が実は共通の趣味がとても多い人だったりという事が多々あったりする。またその発見は良いものだとも自分は思う。
あなたは、ここまでこの日記を読み「論理の技法」を手に入れた。
ある命題に対しては「肯定」「否定」「対偶」があるという事。対偶とは超訳すると、ある意見に対して肯定できないからと言って否定した事にはならないというとても重要な考え方だ。
くどいけれどもう一度おさらいで例文をだす。
アルファベットでないならAではない
さらに拡大解釈をしてみよう!
さらにこの考え方と飛躍拡大していくと
どうせなら自分にとって都合の良いように考えた方が得のはずだ
だって水が低い方に流れるのと同じで人も楽な方に流れている
当たり前の考え方になるだろう
「相手の立場に立って考えなさい」
などと言われているのではないかと思うが
逆の考え そして更に、逆の裏(上記★の部分)を“一念”に置く事で世の中のだいたいの悩み、問題は晴れるだろう。まさしく世界の見え方が変わってくるのだ。そしてこの考え方を上手に活用すればより多くの人と協力が可能になるだろう。
なぜなら
人類は“協力”によって様々な問題を解決し、そして発展してきた。
そしてこれからも
@awaikumo
>卑猥でひれるな掲示板やウェブサイトを立ち上げ、インターネットにアクセスした無垢な中高生が彼らに騙されたり苛められたりすることにより、精神的衝撃を受け、その結果自殺に走る事例が増加していると思われる。
これと
>すなわち、増加している中高生の自殺は、インターネットを通じて暴力団員等の卑劣な価値観が社会に流布され、99年以前に存在した学校教育の成果による健全な社会的風潮がかなりの程度汚染され、社会内に誹謗中傷や疑心暗鬼が蔓延し、その結果、うつ病等の精神的疾患を発症したり、人間不信に陥ったりした中高生が厭世観に囚われて自殺を決意するようになったと思われる。
これ
前者はいわゆる出会い系サイトや売春を促進するサイトといった、性に関わる暴力の事を言ってるのか
また、後者は誹謗中傷を日常的に行い、歪んだ価値観に基づいた情報を発信がされているという事を言ってるのか
つまりは、具体的にどのような現象が中高生の精神に影響を与えているのかが伝わらなかった
また、その精神への影響がどうして自殺に繋がるのかがいまいち理解ができなかった
ところで、警察庁が公表した「平成22年中における自殺の概要資料」による結果は以下のようになっている
まず、19歳以下の自殺者数は543人であった
家庭問題が理由の自殺者は男女合わせて97人であった
学校問題が理由の自殺者のうち、「その他進路に関する悩み」が47人で、「学業不振」が43人であった
健康問題が理由の自殺者のうち、「病気の悩み・影響(うつ病)」が58人で、「病気の悩み・影響(統合失調症)」が28人、「病気の悩み・影響(その他の精神疾患)」が32人であった
家庭問題が理由の自殺者のうち、「親子関係の不和」が38人、「家族からのしつけ・叱責」が29人であった
健康問題のうち、統合失調症は脳の神経物質の分泌異常であるとされている
なので、インターネットなどの影響によって統合失調症になることはないと考える
うつ病に関してはインターネットなどから受ける影響によって発症する可能性もある
だから、パッケージ管理ツール範囲外の物は、どっちにしたってされないよね。
そうすると、自動アップデート対象になるように、「公的に登録しろ」って事だよね。
そうすると今度、依存関係の問題が出てくる。
Linuxでも毎回警告が出てるが、依存関係で不和が生じた場合、その解決をどう図るのかって問題がある。
アップデートされない古いパッケージは、毎回毎回警告が出るようになるんだろうか。
上と絡むんだが、リポジトリの概念があったって、それがきちんと更新管理されてなきゃ意味がないわけで、それをパッケージベンダーに委ねるわけでしょ。
だからちょっと前に「正しく申告」と書いたんだけどさ。
そうした、外的要因に依存してしまうよりは、少なくともあるバージョンに関して間違いなく動くことを保証できる、「まとめてインストールシステム」は、初心者に優しいよね。
私感的な答えとしては、普段1〜2時間そこそこの残業という意味ならば2〜3割(SIerや、その下請けを除く)
残業のほぼ無い環境もあるけど、大抵PGとしてエキサイティングではないかな(PHPとかで、まったりとした開発)
(いわゆるエキサイティングな職場≒残業が多い職場 は間違いない)
以下話しがちょっと変わるけれど、知っての通りソフトウェア業界は必ず修羅場が発生する、それですぐ家庭に不和が生じるようならちょっと面倒。
修羅場は「いつまでに終わる」なんて見通しが付かない事が多いので、「いつまで続くの?」なんて相手から責められたら即負け戦。
約束が破られれば火に油となるし、約束できないなんて言ったら冷たい目で見られる。さらには約束が守れても、理解の無い人の多くは(実に理不尽だが)最初から譲歩している気分でいるので、機嫌がよくなるわけでもない。
自分も凄い大変なのに、愛する人に理解されずに責められるのは味方に背中から打たれるようなものだし、つらいよ。
…という事で、仕事を理解してもらえなさそうなら(理解する気が無いと宣言されているなら)、両立は難しいのでは。
結婚&同人活動してる「姉」がいる設定なのに、なにが疑問なんですかね?
「一般的には」同人活動は結構大変で、好きなジャンルの消化と昇華を同時にやらなきゃならないから時間を取る。
それこそ、「好き」か「商売と割り切る(エロ分野)」かでないと続かない。
原作があるなら、原作に愛もあって相当な時間を割いてるんだろうしさ。
私の周りという狭い範囲の話で大変申し訳ないけれど、仲が不和になるのは、大概日常に支障をきたすからなんだ。
相手も同人をやっていたりして、利害ではなく活動そのものに理解がないと、続かないんだ。
きっと、あなたのお姉さんは、家事分担を完璧にこなしつつ、パートナーとの日常も問題なく構築でき、その余暇で同人活動ができる素敵な人なんでしょう。
500冊程度の本から得られる収入で、「収入があるから活動続けても良いよ」なんて、旦那様もとても素敵なツンデレに見える。
ニートを、ただの怠け者だと叩く人々が居る。
それに対抗する人々が、ニートの知的障害・発達障害率の高さを持ち出し、
でもそう主張する連中は、DQNやビッチの病気には寄り添わない。
家庭の不和、貧困、虐待などに直面し、家に居られずにコンビニにたむろする行動を笑う。
自分の中にも身近な人間の中にも希望がなく、現在も未来も真っ暗で、享楽的に暴走、薬物などに走る行動を笑う。
性的虐待を受け性倫理が欠落し、貞操観念が無くなって尻軽になったビッチ女を叩く。
親に捨てられる恐怖から口ばかり達者になり、ホストやヒモやウリ専になったチャラ男を叩く。
彼らの親は本当に、むちゃくちゃだ。
フィクションじゃないのか、昭和の話じゃないのかと、信じられなくて耳をふさぎたくなるような話が出てくる。
彼らの価値観は病的だ。
彼ら自身に自覚が無く、治療できるような金をねん出できないだけの話で、彼らは病気だ。
ニートのみ擁護するのはニートに共感できる人間のポジショントークでしかない。
実家の経済力、容姿、コミュ力、知性、運動能力と健康。それらをより多く持っている人々が強者であり、
「実家の経済力」しか持っていない弱者であるニートが、「コミュ力」しか持っていない弱者であるDQNを低能だと笑う。
「コミュ力」しか持っていない弱者であるDQNが、「実家の経済力」しか持っていない弱者であるニートをキモイと笑う。
そのつぶしあいを、多くのものを持って生まれてきた強者が笑っている。
大学生になり、もうじき4期目が終わる。
有り余った時間はひたすら堕落した生活につぎ込み、勉強も労働も人間関係も遊ぶことさえ蔑ろにしていた。
愛していた物語も音楽も絵も、その場限りの感動しか与えてくれないことを悟った。
波が引いては押し寄せるような感情、同じところを延々と周回する思考。
ネットにある砂場で穴を掘っては埋め掘っては埋め。それで良いと、それこそが正しいと思いながら、甘えながら自分を内側から痛め続けていた。
それは今、内側だけにとどまらず、外側に滲み出るように人との不和を引き起こしているようにも思える。
それなのに自分を信じられないから人も信じられない。そろそろ見捨てられる気もしてきた。
もう自分を貶して反省するのも疲れた。ブチ切れたことないけどブチ切れるのかもしれない、気が違ってしまうかもしれない。
俺の心は今までで一番疲れきっている。
物心ついた時から両親は不仲だった。
父は金遣いの荒い営業マンで自分の趣味を率先し、子供と接するのが苦手
母は明るいが口うるさい人。一度これと決めたら回りの意見は無視。
昔は仲が良かったと母は言うが
私は20数年生きてて両親が仲よさそうにしている所を見た事がない。
そして、それ以降冷え切ってた夫婦仲は更に冷め、家庭内別居状態になる。
その余波は私達兄弟にも来た。
長女である私は母の愚痴を一身に受け、恋愛と結婚に恐怖を抱くようになった。
好きな異性が出来ても、「この人も将来父の様になるかも…」と思うと
それ以上近づく事が出来なくなった。
母が悲しむのを見た次女は父を憎み、世の男性に異常に厳しくなった。
弟はゲイの方向へ進んだ
そんな私達に親戚や母は「良い年なんだから結婚しなさい」と口うるさく言う。
どうして娘達が不幸になる事を願うのか?
勿論、うちの両親が特殊なだけで世の夫婦はもっと仲が良いと思う。
しかし、20数年間家庭内別居夫婦を見て、恋愛や結婚に希望を持てと
言うのは酷じゃないのか?
聞けば母方の祖母も祖父のお陰で苦労したそうだ。
祖母、母と因果が続けば次は私。おお怖い。
それでも、仲良く手をつなぐ夫婦を見てると羨ましくて泣けてくる。
むしろ一夫多妻制を制度化しても、わざわざ複数人を娶る男があまり出て来ないという可能性もあるのでは?
その理由
追加
いままで色んな趣味に手をだしてきたが、ドクターストップか人間関係の不和で破綻している。
スポーツ系のドクターストップならとにかくとして、およそ怪我のしようがないインドアな趣味でさえドクターストップがかかるまで熱中する危ない人だ。
飲まず食わずではないにしろ、一旦没頭しはじめると水分とカロリー補給の時間以外は止まらない。
当然、家事は手につかなくなる。
家族から文句は出るが、
母の趣味友は
「あなたが頑張ってる姿をみて、みんな勇気付けられるんだから」
そんな母の友人たちも母の激しすぎる性格を嫌って、遅かれ早かれ去っていくわけだが。
今度きたブームは海外旅行だ。
苦行のようなスケジュールで出かけては疲れ果てて帰ってくることを繰り返していた。
車の運転が出来なくなって帰れなくなったりもした。
車の運転が出来ないってのは、故障とか、眠気とかじゃなくて、俺には理解できないんだけど頭の中が沸騰しすぎて運転出来なくなるらしい。
そして、今度は海外旅行の熱が高まってきている。
ヨーロッパをさらっと巡る旅をした。
得意気に添乗員に説明された文化遺産にまつわるエピソードなんかを家族にしたものの、たまたま母以外にとっては常識だった。
なんか悔しくなったらしい。
久々に帰省したら、教科書の最初の数章の余白にはびっしりとメモ書きがされ、付箋が挟まれ。ページは擦り切れかかるほどだった。
エジプト文明、インダス文明ときたら、メソポタミア文明のイラクは渡航できないだろうし次は中国あたりかな?っと思ったが甘かった。
せめて英語が通じる国とか、せめて先進国とかいう発想はないらしい。
もちろん、どの旅行も友達も家族も連れ立たず、一人でツアー参加だ。
「夫の稼ぎで暮らしてる専業主婦なんだからもう少し大人しくしとけ」
っと誰かいうべきなんだろう。
あるいは言ったのかもしれない。
しかし、言ってどうなるというのだ。
言って聞くような、理性的な人間じゃないことは誰よりも知ってる。
そして、母がいない家は母がいるときよりもずっと平和なのである。
欧米人ってさ、たまに極端な人がいるじゃん。
毎食ずっとビッグマックしか食わないアメリカ人とか、ヒョウに憧れて裸で暮らすフランス人とか。
そして、少なからず自分と弟にもその病的な凝り性の血は流れてる。
「バーベルを上げ下げするときに叫ばないで下さい」
と注意されたことがある。
反動をつけずにゆっくりとストレッチをしていただけなのに、肉離れするまで伸ばしてしまったことがある。
弟は考え事があると左右を確認せずに道路を渡る。
気付いてないだけで自分もそうなのかもしれない。
なんか怖い。