はてなキーワード: 不可思議とは
今月結婚する。今まで2chで「結婚は人生の墓場」という例もたくさん見かけてきた。自分の親もずっと不仲で数年前離婚した。だから「結婚しなければ」というプレッシャーがあったわけではない。それでも今月結婚する。
もちろん、この人と結婚したい、そう思える人が見つかったからだが、それまでの間「結婚したいと思える人」を探していなかったといえば嘘になる。それは、なぜだろうと考える。有り体に言えば「結婚願望があった」ということなのだろうと思う。でも、なぜ結婚願望があったのかは、未だに自分でもよくわからない。
昔から一時的な恋愛にはあまり興味がなかった。寂しいという感情が薄く、性欲もオナニーで解消するほうが合理的だと考えていた。クリスマスにかっこいい彼氏彼女を引き連れて街を歩くといった、恋愛をファッションと考える向きもあるけれど、そういう嗜好性も僕にはなかった。だから、寂しさと性欲のためにいつか終わりを告げる関係性に時間を投資するのは無駄だと思えた。
それでも女性とつきあったことはある。当然、好きだな、と思ったからだが、しかし一方で好奇心(セックス含む)の延長線上、あるいはいつか結婚するためのコミュニケーション力研鑽としてつきあっていたようにも思う。十代の恋愛なぞ、互いがどんどん変化していく中でズレが発生してしまうものだと思うし、どうせ長続きはしないと思ったからだ。実際に長続きはしなかった。それでも、それぞれと数年は付き合ったけれど。
つまり、恋愛願望はかなり薄いが、結婚願望はそれなりにあったということになる。たぶん単純に安定志向だとか、そういう話で片付けてもいいのだけれど、せっかく結婚するのであるから、もうすこし自分の内面を掘り下げてみたい。
結婚したいと思ったのは、両親の失敗例があったからかもしれない。どんなに経済力があっても、夫婦の仲がダメでは家庭はダメだということを理解しているからかもしれない。だから、ちゃんと夫婦仲がしっかりした家庭を作って、なにか「仇」みたいなものを取りたいと思っているのかもしれない。
あるいは、諸々の事情からもう僕には実家がないからかもしれない。僕には何かあったとき「帰れる場所」「セーフティネット」はもうない。ならば、自分の手で作ってしまえ、と思った。僕にとっての「帰れる場所」、あるいは僕の大切な人間にとっての「セーフティネット」を、自分の手で用意したいと思った。生きていく上での何よりも大事な「インフラ」を自分の手で創り上げてみたいと思った。自分のために。あるいは自分の大切な人のために。
単純に、結婚ということにも興味があった。なぜ人は結婚するのだろう?結婚してみるとどうなるのだろう?という好奇心だ。自分は体験主義者であり、世の多くの人が行っている「結婚」をいうことを、自分自身の身で確かめてみたかった。たとえば好きな人と一緒に生活したいのならば事実婚でいいとも思うし、わざわざ結婚届にサインし証人のサインまで取り付ける必要はない。配偶者控除もなくなりそうな感じなのだし、税制上も特に影響はないと言って過言ではない。
でも結婚する人はいる。なぜか。古くさい社会習慣に引きずられているからか?しかし、僕の知人の中には、とても過去の習慣に引きずられてはいないような人も結婚したりしている。しかもどうもそういう人の結婚は幸せそうだし、なにかとても「芯」のようなものを感じる。錯覚の可能性は十分にあるのかもしれないし、自分こそがまさに古くさい社会習慣に引きずられているのかもしれないけれど。そういう意味で、とにかく不可思議で、よくわからない何かを解明したい、という思いがある。
結局未だにわからなくて、それを整理したくて、だからこんな文章を書いてみたりもしたけれど、結局わからないままだ。どれぐらい分かっていないのかというと、「結婚おめでとう」といわれても、何がおめでたいのかよく分からないほどだ。
「就職おめでとう」「転職おめでとう」のように、面接にでも合格した扱いなのだろうか。もしくは、大きな船出の無事を祈っての「おめでとう」なのかもしれない。こんな風に、ひねくれた、とんちんかんな事を考えてしまう程度に、分かっていないのだと思っている。結婚したからと言って「大人になった」「これで一人前」とは、特に思わないからだ。結婚しても、ダメな人間などたくさんいるからだ。むしろ結婚していない人間のほうが、無知無謀ではない、という解釈すらあり得るのが今だからだ。
人は長期的には、自分を否定できない生き物だから、もしかしたら僕も幸せな結婚生活をするうちに「結婚できない人間はダメじゃねーの」と言い出すこともあるのかもしれないし、もしくは結婚に失敗して「あんなものはやっぱり人生の墓場だった」と言い出すのかもしれない。
ただ、これだけひねくれた人間と結婚を決意してくれた人間を、幸せにしたいと強く願っているし、ついでに僕も幸せにしてもらえるといいなあ、と思える程度には、脳天気な心持ちだって、もちろんあるのだ。
そんなわけで、今月結婚する。自分で読んでもさっぱり意味の分からない文章を、ここまで読んでくれた方ありがとうございました。
これはとあるゲーム会社に対する私の雑念だ。この会社は日本でも有名なゲーム会社だ。まあ有名な理由は色々ある。もはや□を通り越して●(穴)に真っ逆さまだとか、いや、もう口にされることもなくなったとか・・。と、そんなことはどうでもいい。このゲーム会社の作品に「最後の幻想」(邦題)と題されたシリーズもののRPGがある。いや、すでに終わっているとか言われているがそんなことは、やはりどうでもいい。最新のタイトルは「13番目の最後の幻想」(以下「13」と表記)だったと記憶している。14番目もあったか?たしか「中国製の海賊版を買収して発売してみました」的なやつだったか?まあ、幾つまで出ていようが別にいいや。私の中では7番目まであれば問題はない。
前振りはここまでにして、私が気になってしょうがないのは今年の冬くらいに発売予定の「13番目の最後の幻想の2番目」(邦題)と名付けられた作品だ。書いていて既に混乱は始まっている。最後でありながら2番目?でさらに13番目?ん?何故誰もツッコんでいないのだ。まあ、そうか。この会社は既に「10番目の最後の幻想の2番目」(邦題。以下10-2と表記)なる訳の分からなくなるタイトルの作品を発売している。今更だ。会社の好き勝手にやらせておけばいい。私が気にしたところで別段なんともなるまい。今の日本なら「はじめの一歩Ⅱ(3巻)」のようなタイトルがあってもいいじゃないか。と、ひたすら自分を納得させている。
と話は少し置いておく。ところで、10-2はアルファベットで表記するとⅩ-Ⅱつまり12だ。当時の開発時にも一部で言われていたことだが、本来はシリーズの12として開発されていたものではないだろうか?と私は今でも思っている。まあ実際は別の12が出ることになるわけだが、どうもこの12というのが曲者だ。この12はシリーズの別枠で作られていた気がする。その根拠は、「このゲームに毎回登場しているポケモンみたいなやつが12だけ異なっている。」というだけなのだが。まあ、得てして「10番目の2番目の最後」は着せ替え型ギャルゲーRPGというなんとも珍妙なジャンルのゲームになったわけだ。
で、「13番目の2番目の最後」これだけなら良かったのだ。まだ、納得ができたのだ。このゲーム会社はこともあろうか「最後の幻想のゼロ型」(邦題)なる更に、はた迷惑なタイトルを出してきたのだ。ゼロ?基本的には0という数字は1よりも前の世界という意味がある。そもそもこのシリーズ、数字は振られていても数字の前後に繋がり等持っていない。1番目も2番目も出した発売した順番程度の意味しかない筈だ。なのに0?あり得ない。いや、このゲーム会社の不可思議な名前など既に驚くことはない。0なのだ。繋がりなどなくとも0なのだ。もう受け入れざるを得ない。0でOKにしよう。いや待て。本当にいいのか?0とは1よりも前という意味だ。つまり「最後の幻想」が始まる前という意味だ。「最後の幻想の一つ前・・。」
「最後の幻想の一つ前」つまりは「ふつうの幻想」ということだよなあ。差し詰め「おっさんたちの妄想」をカッコ良くしてみました(笑)的なノリのタイトルと考えてもいいのだろうか?
その事実に気がついたのがあまりにも唐突かつ脈絡の無いことだったので、わたしは心底びっくりした。
夜中に一人でテレビを見ていた最中のことだった。マグカップに紅茶を満たして、いやにCMが挟まれるアクション映画を眺めていたわたしは、ふいにわたしという内実が空虚であることを悟った。
それはもう天啓というか、ピンと光り輝く雫が頭の上に垂れてきたような発見であり、驚愕に眼を見張るだとか愕然のあまり硬直してしまうなんていう身体的反応をも許さず、呆れんばかりの正当性でもってわたしの身に降り掛かった。否定することも拒否することも叶わない。ただひたすらに、ああそうなんだ、と納得することしかできなかった。
わたしという人間は、その精神の底に到底見過ごすことのできない黒穴を孕んでいる。穴は、いわば吸引力を持たないブラックホールのようなもので、わたしが見たり聞いたり触れたりして得た感動なり情動をするすると呑みこんでいってしまっている。
思い返せば、わたしは誰かからよく冷めやすい性格をしているよね言われたことが多かった。マグカップをサイドテーブルに置いて記憶の糸を手繰り寄せてみると、出るわ出るわ、級友や部活友達、先生やサークルの仲間、同僚や上司からも、冷めやすい性格であることを示唆する言葉をたいへん多く頂戴していた。
家族からも頻繁に言われていたくらいだった。ぼんやりと映画を眺めながら、わたしはわたしの中にぽっかり開いた黒穴を意識してみる。
膨らみを持った円筒形のわたしの底に、黒い点がちょこんと穿たれているようなイメージ。上の方から注ぎ込まれたたくさんの感情は、円筒形のわたしに認識されながら、やがて黒穴へと近づいていく。ぎゅーっと引き伸ばされるように圧縮されて、底の見えない穴の中へと落ちていく。
なるほど。確かにそういうことになっている。それは紛れもない事実だった。確認はできないけれど、わたしはどうしようもなく確信してしまったのだ。気付かされて、受け止めてしまった。わたしの中にはびっくりするくらい何でも呑み込む黒い穴が存在している。
わたしは、助け出したヒロインを目の前で殺されてしまった主人公をぼんやり見やりながらふと、黒い穴に落っこちた感動や情動はどこへ行ってしまったのだろうなあと思った。わたしの中にある黒穴に落ちたのだから、当然わたしの中にまだ残っていてもいいような気がするのだけれど、なんとなくそれは間違いであるような気がしてならない。
なにせわたしには、受け取ったはずの感動を絶対的に手放してしまっているという実感があったのだ。いや、実感などというあやふやな判断で論じなくてもいい。事実として構造上わたしはそれらのものを汲み取ることができていないのだった。
記憶として、あるいは思い出としてならば、確かに追想することは可能である。感傷に浸ることだってできる。身悶えするようなこともいくつかは経験してきたのだから、そう言った記憶を思い返すことなら、わたしにだってきっとできる。たぶん絶対にできる。
でも、追体験だけは絶望的に不可能だ。わたしはその時その時で落ちゆく感動を確かに観測してはいたものの、それがいったいどのような感動なのか、どのような実像を持つ『もの』であるかを、記録すること以外に汲み取ることができなかった。いつどんな時であっても、わたしは落ちゆくものどもについて、実体があるものとして肉体的精神的感覚で感じ取ることができなかった。
つまるところ、それらの経験はただただわたしの前を通りすぎていっただけで、最終的に穴に落っこちたのだ。その先のことは全くわからない。どうなってしまったのかなんて今まで考えたこともなかった。
どうしてなのだろう。どうして穴の奥のことがわからないのだろう。考えて、わたしは黒穴の底を覗き込んでみようと意識を傾ける。わたしの中にある黒穴。きっと見つかると信じていた。目の前の画面では派手な爆発が断続的に生じている。誰かが大声で叫び声を上げている。紅茶は半分ほど飲んでしまっていた。結局黒穴の底はちっとも見通せなかった。
不思議なものだ。少し疲れたわたしは眼を閉じて深く息をついた。それからもう一度、不思議なものだと思い直す。わたしの中にあるはずの黒穴は、わたしではないどこかへとその穴をつなげているのである。その精神的構造上の不可思議さが奇妙だった。わたしはわたしとして今ここにいるはずなのに、そのわたしの中にわたしではないどこかへとつながる穴が開いている。わたしはわたしであるはずなのに、同時にわたしでない何か、あるいはどこかを内包している。受け皿としてわたしは、決してその穴の行く末を確認できず、ただただ呆然とすることしかできないのである。
すごいな。素直に感心した。わたしとわたしの中にあるわたしじゃない黒穴との間に生まれた関係性にひれ伏さんばかりに感心してしまった。不思議なことがあるものだ。三度そう思ってわたしは紅茶をすする。ずるずるずるずると。たいへん美味しく頂く。上手に淹れられたのだ。少なくなっていくのが惜しいくらいだった。空になってからも、寂しい気がして紅茶を吸い込み続けた。どんどんどんどん、吸い込み続けた。するとマグカップが、マグカップを持っていたわたしの手のひらがきゅーっと引き伸ばされて口の中に流れこんできた。音もなくわたしはわたしの身体を呑み込んでいく。するするするすると呑み下していく。右手を、肘を、肩を。喉は一度も嚥下していない。それでも勢い良くずずずと呑みこんで、右胸を下半身を、左脇腹を胃を肺腑を心臓を左腕を両耳を頭蓋を眦を鼻頭を、どんどんと口の中に含んでいく。
ついには口まできゅるるんと吸い込まれて、わたしはわたしの中にあった黒穴になる。黒穴がわたしで、わたしは黒穴の中にありながらまたその中に黒穴を抱いており、何度も何度も吸い込み吸い込まれていくことを繰り返している。
わたしという内実は空虚なのだ。
一際大きな爆発音と閃光がテレビから発せられた。はっとして我に返る。いつの間にかマグカップを手にしてぼんやりしてしまっていたようだった。
映画の中で助けだしたヒロインを主人公が抱きしめている。この先彼女は殺されるのだっけ。思ってぼんやり見ていたけれど、結局最後までヒロインは死ぬようなことはなく、悪役は倒されて幸せなエンディングを迎えることができた。
チープな物語。あんまり面白くなかった、と感想を抱きながら、淹れてから一度も口に付けなかった紅茶を飲もうとマグカップに手を伸ばした。
さまざまな問題意識を子供みたいに産んで育てて、それでその子が最終的にどうなるかってことを考えたら
生活も、やるべきことも、考えるべきこともほとんど雲散霧消してしまったのだ。
手元に残ったのは何かよく分からない個別的な、理解しがたい、気持ちの悪い、細かな肉片のようなものばかり。
どこか自分の外に吐き捨てるとしても、なるべく目立たない身近な場所に埋めて隠しておかなければ
後で聡明な誰かにその肉片を掘り起こされて、いかにも正しそうな難癖をつけられてしまう。
その誰かは自分かもしれない。
自分で自分の肉片の埋めた場所を無意識に掘り起こしてしまうことももしかしたらあるかもしれない。
そして、以前よりさらにぐちゃぐちゃに荒らされたそれを見つけて、二度とその周辺に近付けないほどの恐怖を感じてしまう
ということもありうる。
とにかく、今即刻私が身に付けなければならぬ思想は、「どういう形であれ私は変わらなければならない」という切迫感溢れる意識を含むものだ。
今全く興味を見いだせないといって捨てたたくさんの肉片も、いつか醜い欲望に駆られて利用したくなる日が、もしかしたら来るかもしれないのだから。
こうやって、ね。
言葉を並べられるというのも非常に不可思議で、相当自分に酔ってなければできない営みであるように思う。
けれどその論理を見えなくするくらいの肉片が、今日は落ち葉みたいに街にごろごろ転がっているように思えるから
とりあえず外出て、それらを繋げようと齷齪しながら絡まって、遊んでみようと思う。
生きてみようと思う。
京都の道路は碁盤目状だから、バス停も通りの名前を組み合わせたものになる。
例えば、「千本今出川」は千本×今出川、「千本北大路」は千本×北大路という風に変換される。
この場合千本通りはどの通りと組み合わせても名前の最初に来るので、攻め気質のキャラクターだということが分かる。
同様に、堀川通りも攻め側にまわる事が多い。
「堀川上立売」「堀川中立売」「堀川下立売」を順番に聞くと堀川はこの三兄弟の誰が本命なのかとハラハラしてしまう。
中でも、河原町通りは気になる存在だ。「四条河原町」「三条河原町」の時は受けなのに、「河原町丸太町」の時は攻めになる。不可思議極まりない。
けれども、かわらまちまるたまちという音韻の可愛らしさから、この二人は双子気取りの百合カプなのかもしれないという考えに至る。
大宮だって気になる。「四条大宮」と「大宮五条」があるということは、攻めヒエラルキーは四条>大宮>五条なのだろうか。
兄には受けて弟には攻めるなんて、大宮はリバ魔性にもほどがある。
ちょっと待て。今何となく調べたら「河原町五条」ってバス停もあるじゃないか。五条は受け確定なのか。
それに「四条堀川」って何だ。基本的に攻めキャラの堀川もさすがの四条には敵わないってことか。
京都には「四条は攻め、五条は受け」という決まりでもあるのだろうか……
* AnonymousDiary を人力検索はてなの質問の補記に使うことをお許しください(質問文はこちら)。
tcpdumpでネットワーク接続を開始したときに、キャプチャする方法
OSは、Ubuntu 8.04。シェルは、bashをそれぞれ使用しております。
下記、(1)、(2)の手順で、ネットワーク接続を開始したら、
tcpdumpでパケットをキャプチャするような設定を行いました。
OSを再起動さてみたところ、正常に取得を開始してくれません。
そこで
下記、(3)、(4)の手順で試してみると、それぞれ不可思議な挙動を発見しました。
原因が分からず苦慮しております。ご教示いただけないでしょうか。
何卒、よろしくお願い致します。
#!/bin/sh
tcpdump -i eth0 -s 1500 -C 10 -w /var/log/tcpdump/tcpdump`date '+%Y%m%d%H%M%S'`.log
/etc/network/interfeces に次の1行を書き込みました。
# This file describes the network interfaces available on your system
# and how to activate them. For more information, see interfaces(5).
# The loopback network interface
auto lo
# The primary network interface
auto eth0
iface eth0 inet static
address ???.???.???.???
netmask 255.255.255.0
gateway ???.???.???.???
* ???は、適当な数が割り当てられてます。
OSを再起動さてみたところ、正常に取得を開始してくれません。
そこで、(3)、(4)を試してみました。
user@server:~$ sudo /etc/init.d/networking restart
* Reconfiguring network interfaces... SIOCADDRT: File exists
Failed to bring up eth0.
user@server:~$ sudo ifconfig eth0 down
user@server:~$ sudo ifconfig eth0 up
user@server:~$ sudo /etc/init.d/networking restart
* Reconfiguring network interfaces... Received cookie: SQ_SYSTEM_SESSION=4gqai700bd5s0tdo9f0fafnbr7
tcpdump: listening on eth0, link-type EN10MB (Ethernet), capture size 1500 bytes
被害は海外のヘッジファンド、投資家に集中し、誰も責任をとらない
世界一の企業が倒産するのだから、目立たない中国企業が倒産しても、投資家はそれほど騒がないだろう?
あおりを受けたのか、ゴールドマンサックスは保有している中国工商銀行の4%株式(20億ドル相当)を2010年4月までに市場で売却する方針を固めた(フィナンシャルタイムズ、6月1日付け)。
これらの巨大な金額に比べると、下記の倒産騒ぎなどニュースにも値しないかも知れない。
香港で「マンドラ森林ファイナンス」という魔可不可思議な「会社」が倒産した。この会社は四年前に2013年五月償還の社債を発行していたが、償還前の09年5月15日に二億ドル弱の負債を残して倒産した。
ウォールストリートジャーナル(6月1日付け)に拠れば、この「マンドラ」なる企業は一切の木材加工業務をしておらず、ひたすら設立時の宣伝文句に地方政府高官とのコネの強さを謳っていた。ばかりか、森林伐採の許可も受けていなかった。
半導体製造の「ASATホールディング」社、「アジア・アルミニウム・ホールディング」社などもまもなく倒産と囁かれ、S&P(スタンダード&プア社)に拠れば、合計95社が負債をまかなえず倒産した。
ペーパー上の業績を謳って海外オフショア市場で起債する手口。私募債をいずれ上場するという触れ込みで資金を集めただけの面妖な中国企業が含まれる。
とくにマンドラは、幹事行にモルガンスタンレイの元社員が絡んでおり、NYのヘッジファンド「ブラック・ロック」社などが出資していた。
上海証券新聞は2月24日、中国投資公司(CIC)が2008年度に100億ドルの利益を出した、と伝えた。配当は5%を確保できた、という。CICは中国初の国富ファンドで、外貨準備高から2000億ドルを回して07年に設立。
「ん?」
CICはブラックストーンに50億ドル、モルガンスタンレーに30億ドルを投資し、昨年リーマンショックで株暴落後、時価が20億ドルに減少、「もう海外投資はしない」と言っていたんじゃありませんか?
英字紙『チャイナ・ディリー』(2月25日)によれば、同行は流動性の高い金融商品におよそ900億ドルを投資して配当を得たという。
主な投資商品はと言えば米国債、財務省証券などの配当が30億ドル。これにくわえて国内の中国銀行、中国建設銀行への出資分への株主配当が「相当」あった由。
これって、日本で言う“タコ足配当”。
その中国建設銀行は、58億ドルの社債(劣後債)を新たに発行すると言うから、これも摩訶不思議。同行は時価発行総額では世界第貳位。
10年物の利息が3・2%、15年物が4%の配当を謳っている。中国建設銀行の劣後債を海外投資家が買うとは思えないので、中国国内の「投資家」が買わされるのだろうけれど、お笑いだったのは、中国国内の格付け機関、CICCがトリプルAを格付け。史上最悪の金融詐欺CDSを抱えていたファニーメー、フレディマックにAAAの格付けをした、どこかの国のそれと違って身内お手盛り、ってわけですね。
さらに驚くべきニュースがある。
中国は国内の国有銀行にこれまで禁じてきた株式購入を解禁したことだ。
それもこれも中国政府は景気テコ入れとして四兆人民元(5850億ドル)もの景気刺激策を発表したが、実際に中央政府は30%しか負担せず、残りは地方政府が調達する。
となると行き着くのは銀行からの借り入れ。銀行には預金が増えていても貸し出せるカネがない。だから社債を出し、その銀行の株価を支えるために銀行が株式投資をするのを許可した(もっとも、これまでも内緒で銀行が株式投資をしていたのは中国では常識だけど)。
旧正月は、ことしは1月26日だった。このため実際の一月ビジネス稼働日が少ないため、中国国家統計局は一月統計を発表していない。株式が30%上昇し、バルティック指数が二倍になり、鉄鋼が20%値上がりに動き、運輸人口が60%増えたとは言っても、それらは旧正月の小売り急増によるもので、通年の統計にはならない。
中国人も預金がすきである。国有企業に働いた者には年金もつく。
中国の年金基金は2007年に4397億元規模だった。08年は525億元に増え、当局は上限20%での投資を認めている。その裡の6%が海外投資にまわっているが、理事長の戴相龍は「もっと海外投資に力を入れる」と言明している(ウォールストリートジャーナル、2月26日)。
<お題>
ある日曜の朝早くにスタントン通りを歩いていると、何メートルか先に一羽の鶏が見えた。私の方が歩みが速かったので、じきに追いついていった。十八番街も近くなってきたころには、鶏のすぐうしろまで来ていた。十八番街で、鶏は南に曲がった。角から四軒目の家まで来ると、私道に入っていき、玄関前の階段をぴょんぴょん上がって、金属の防風ドアをくちばしで鋭く叩いた。やや間があって、ドアが開き、鶏は中に入っていった。
鶏が入ったあとも、防風ドアは鶏が通っていったまま開いていた。隙間から中を覗くと家が見える。歴史のあるたたずまいの屋根がとんがった家があり、その玄関に向かって鶏は歩いていった。防風ドアと同じように玄関の古びた木の扉を4回くちばしで鋭く叩くと、木の扉は重苦しいきしみを響かせながらゆっくりと開き、鶏は家の中へ入っていった。
鶏がとる行動に奇妙な不思議さを感じ、好奇心が背中を押す。わずかに開いた防風ドアを抜け、少しだけためらったあと、鶏について木の扉から家の中に入った。
大きな家だった。外観からすると内部は広く、玄関にある調度品がすべて特注品のように大きい。暗い廊下が続いていて、肌寒く感じる。カビの匂いと熟した果実のような甘いにおいが漂い、香を焚いたように煙っている。物音は何も聞こえない。廊下を抜け、リビングに入ると、大きな窓のカーテンが締めきられ、ソファが並んでいた。わずかにカーテンの隙間から光が差し込んでいる。リビングの壁には大きな鏡らしきものが掛けてあった。
「御到着かな・・・・・・」
突然リビングに低く静かな声が響き、奥のソファに一人の男が深々と腰をおろしていた。大きな体と無造作に肩まで伸びた髪、表情は暗い影になって読み取れない。
「対称なる時、対称なる街、対称なる道順」
「あと必要なのは、対称なるいけにえ・・・・・・」
暗い部屋に響く男の言葉に、冷たく刺すようなくぐもった笑いが混じる。原始的な危機の感覚が呼び覚まされ、リビングを去ろうとするが、体が動かない。
足元を見ると、足元の黒い床に丸い円と不可思議な見慣れない文字、そして数々の文様が白いラインで描かれている。
「すでにもう始まっているんだよ」
こみあげてくる恐怖に声をあげると、鶏の鳴き声が室内に響いた。
リビングの鏡が見える。
鏡の中には見慣れた自分の姿は無かった。そこに映っていたのは、白いラインの円の上でもがく一匹の鶏の姿だった。
いつの間にか男は左手に鶏を持っていた。
ソファからゆっくりと立ち上がり、円の上でもがく鶏に、男は右手を伸ばした。
祭壇の上で祈祷を行っていた男は空を見上げ、いぶかしく思った。高く澄み切った蒼天に、輝く星の如き光を認めたからである。光はやがて大きさと輝きを増し、光の尾を引いてぐんぐんと祭壇の方へ近づいてきた。男の周囲で祈祷を捧げていた従者たちも、光の存在に気づいたが、男に決して動かぬように指示を受けていたために動く者はいなかった。光は祭壇が築かれた丘からほど近い草原に突き刺さるように落ち、轟音を響かせた。光を中心として直径20メートルほどの巨大な陥没が、草原に突如として現れた。陥没の周囲には、焦げくさい匂いが満ちて、もうもうと煙が立ち込めていた。
光の中心に、赤い甲冑を身に纏った少女が立っていた。甲冑そのものが持つ朱色とは別に、高熱による灼熱の赤色を放っていた。時間とともに灼熱の赤色は色が薄くなっていく。
祭壇に立っていた男は、この不可思議な少女の出現に、ついに祈祷を止め、その心と同じように定まらない足取りでふらふらと陥没に向かって近づいた。すると、男の近づく速度と同じような速度で、少女もゆっくりと陥没から歩いて男の方へ向かった。
男が口を開こうとした時、それより少しだけ早く少女が声を発した。
「いかにも」
男は少女が自分の名前を知っていたことに驚きながらも、短くそう答えた。
「そう・・・良かった。時間がないから簡単に言うわ。このままだとこの時間軸、いいえ、この世界では東南風(たつみかぜ)は吹かないわ。そして、あなたは死ぬわ」
少女が言った言葉を聞いて、コウメイと呼ばれた男は絶句した。毎年この時期にだけ吹くはずの東南風が、今年は吹かないということをコウメイは気づいていた。それも、祈祷を始めた三日前には吹くという星の配列だったものが、急に変わったのだ。呉軍が勝つとはっきり出ていた卦が消え、自分の命運が尽きるということが、卦の中にはっきりと現れていた。
「こちらの手違いでね、この世界にある男が逃げ込んで世界を変えようとしてるの。天候を変えて東南風を吹かなくしたばかりか、呉軍があなたを2時間ほど早く捕らえに来るように工作したのよ。あなたは今すぐにここから逃げて。私はすぐに東南風を吹かせてから、バテイに化けてるその男を捕まえにいくから」
コウメイは少女の言うことを理解した。従者に祈祷を止めさせ、馬に乗った。
「馬上から失礼する。ご尽力、かたじけない」
「気にしないで。これが私の仕事だから。シリュウはもう来てるはずよ。急いで。私、もう行くわ」
少女はものすごい速度で山を駆け下りて、曹軍の中に消えて行った。コウメイは少女の後姿を見送り、馬に鞭を入れた。
http://q.hatena.ne.jp/1231366704
彼女が欲しい。
ふと気付けば大学生活も終わる。
2年以上彼女と付き合っているというやつもいれば、3ヶ月で別れて今新しい彼氏がいるという奴もいる。
交友関係は狭いわけではない。
男女ともそれなりの人種と付き合いがある。
学業の片手間、バイトにいそしみ、学生レベルなら金には困らない。
それなりの蓄えもできた。
なんら不足することは無い満足のいく生活のはずである。
彼女がいない程度で何の問題があろうか。
現に女友達もほどほどにおり、
恋愛がらみの相談もドンと来い超常現象のごとく耳を傾けている。
仲間内で遊び歩くこともある。
酒も飲む。
だが、生まれてこの方彼女と言うもののぬくもりを知らぬ。
これは非常に不幸なことだと男友達は言う。
お前ならば彼女の1つや2つ用意に出来ようとも言う。
ぐらりと来た女性もいる。
だが私には彼氏として振舞える自信がない。
数々の修羅場を乗り越えたり、
友人をそっちのけにして彼女に熱中するだけの脳内麻薬が足りない。
そして何よりも、
男は話し上手聞き上手、おまけに器量よしならば最高という単純な生き物である。
私もその端くれであるがゆえその単純さはよくわかっているつもりだ。
だが、彼女とはまことに欲深く、不可思議で難解なエイリアンのようであるそうだ。
たまに光学迷彩を纏っていたり、溶解液を垂れ流すものもいると聞く。
女友達とは全く別次元から来た、そう。ヤプールのような生き物であるそうだ。
私はそのような異次元超獣と戦える技量も持っていないし、
友人の男どものように洗脳されて骨抜きにされるような柔な脳を持っているわけでもない。
そう。何よりも理性が彼女を拒むのだ。
だが、脳の深遠より響いてくる「彼女欲しい」というこの声。
あぁ。私はどうすればいいのだろうか。
反響が思ったよりあって(無視されるか、せいぜいブクマが3つくらいつく程度かと思っていた。無駄に長いし)今日は驚いた。
私はあんな事を書いたけれども、そこまで悲観的になっているわけでもない。今は。あくまで今は、だが。
高校生のときは一番酷くて、小中はほぼ皆勤だったにも関わらず、高校生時は積もり積もった何かがあったのか、突然鬱状態になり学校を休んでしまったことがあった。2ヶ月ほど。電車に乗り、学校が近づくにつれ逃げたしたい思いでいっぱいになり、途中下車して科学館などへ足を運び宇宙のでかさを目の当たりにすることにより「現実なんてこまっしゃくれたもんだぜ」「私の存在なんてちっぽけもいいとこだぜ。皆宇宙から見ればとるにたらないものよ」と現実逃避を決め込みまくったりした後、ついに学校へ行けなくなった。親は心配し、私を精神科へ連れて行った。鬱じゃないかと医者には診断されたものの個人的にはしっくりこなかった。ぶっちゃけ今でも鬱じゃなかったと思う。「何もできない」わけじゃなかったし。実際ネットとかやったり図書館行ったりしてたので、自分では単なる思春期によくある登校拒否、ぶっちゃけいうと甘え、現実逃避、だと思っていた。しかし親は「本とかネットで調べたけど、鬱の人ほどそう思うらしいよ。とりあえず医者へ通いなさい。お母さんもついていくから」といい、仕方なく薬を飲んだり「最近気分はどうかな」と医者と軽く話したりしていた。しかし精神科の病院はやはり考えられているのか、内科や外科と違って部屋の中がしゃれた喫茶店のようになっているのには驚いた。クラシックなど流れたり、いかにも病院の椅子ですよ!といった感じの椅子ではなく木で出来た椅子が並べてあり、診察ルームではまた、アメリカの考古学者の部屋的な(意味不明だが)感じで後ろには木の本棚が並んでいた。少し話して薬をもらったり血液採取したりして終わるのだが、正直、たいした話もしていないし効果なんてあるのかどうか期待はしていなかった。何より自分が「てーか鬱じゃなくないか。医者も気使って鬱ってことにしてくれてるだけじゃね」と思っていた。その中年の優しげな女医さんと話していると気分は晴れたため病院へ行くのはそれなりに楽しみだったものの、親に無駄に労力をかけさせているようで悪い気もした。薬屋の人も「鬱は脳の風邪ですからね。薬を飲めばちゃんと治りますから大丈夫ですよ」とやけに医者と薬屋の人たちが優しかったのは幸いだと今では思う。
その成果かやはりもともと鬱ではなかったのか分からないが、2ヶ月ほどした時先生から「そろそろこないと、出席日数的に厳しくなってくる」と告げられ、「……じゃあ行くか」とあっさり復帰した。後に医者の先生が言うところによると「登校拒否の子が2ヶ月ほどでしかもあっさり復帰というのは珍しいパターン」だそうだがやはりそれは私が鬱ではなかったからであるように思う。
で、そんなこともあったが今では案外平気だ。
恋愛・結婚に関しては、ハナから期待も自分がそうするという想像すらもしてこなかった(諦めているとかいうより、本当に考えた事が自然となかった、という感じである。ほとんどの人が「石油王になる」ということを考えもしないような感じに)ため今でも考えていない。ほとんどの女性が仮に結婚することを当然のように考えているとするなら、私はその逆で、当然のように一人で生きるだろうと予測していたため、そのように動いている(つもりである)。大学もだから医学部にした。食いっぱぐれないためである(まあ医者だからといって食いっぱぐれないとは限らないのだけども)。最悪世界が崩壊しても、医者という技術を持っていたらその技術を売りにし生き延びれるのではないか…と人からすれば大げさな事を考えこうした。何の映画だったか忘れたが、強盗の親分が瀕死で、主人公か何かが医者で、「おい、そこのお前医者なんだろ。じゃあ親分を助けろ。親分を助けたらお前だけは逃がしてやる」的な事を言い、主人公は治した後も殺されない為「まだ様子を見ないと危ない。俺がいないとヤバい」的なことをいいなんとか切り抜けるという図が記憶にこびりついている。何故か。あの影響もあるかもしれない。「暴力を知的技術で回避する」というところに私は大きな憧れを抱いたのだ。まぁ現実はそううまくいかないだろうが(ていうかそんな状況があまり無いだろうが)。
近頃は将来美容整形外科医になりたい気持ちもある。技術を磨き、私のような人をうまく変えられてあげたらばと思う。何か新しい技術が入ってきたとき自分で試すこともできる(実際それをしている医者はいるらしい)。元が酷いからこれ以上酷くなることはないので大丈夫だ。
私のこれからの希望としては、一人でもなんとかなる仕事につき、なんとか一人で暮らしていける生活を確立させ、時々ニ次元に浸り、そのままひっそりと死ぬといった感じである。一人で生きていけるよう、とりあえず今は家事を身に付けている。一人暮らしではないが、家族の料理は大学入ってから全て担当するようにしている。もう二年ほど経ったのでそろそろ脱初心者ができたと、料理は一通り自炊できるようになったと思う。甘いか。最近は「いかに早く・栄養バランスのよい料理をするか」を研究中である。
そして更に贅沢を言うなら、最期は長野の山奥で天気のよい日に川の近くで寝そべりながら眠るように逝きたい。これが出来れば最高だ。そしてそのまま山、ひいては地球と同化していきたい。なぜ長野の山奥かというと小さいころそこへ遠足だったか何だったかで行った際、陳腐だがその自然の素晴らしさに感動したからである。あれはキレイだった。昼ご飯を川沿いで食べたのだが、あまりに自然が美しく、寝そべっていると地面と山とどんどん一体になっていくような気がして感動して泣きそうになったものだった。川が本当に「光っている」。まあ単に太陽の光を反射しているといえばそうなのであるが、それにしても美しすぎるのではないか。こんなところで屍になれたらば、それはどんなに幸せな事かと思った。私の屍は鳥等の栄養分となり、残った分は雨が降ったときなんかに川に飲み込まれて細分化していき、土に流れ着いたり、川底へ沈み川底の土と同化したり、そうして山と一体化していくのだと考えると初めて「死んでもいいな」と思えた。それまでは死が怖かったのだが。まあ……実際には、燃やされ、葬式を開かれてしまうのかもしれないが……いや、待て。一人身だと葬式はどうなるのだろう?この辺もその内調べておかないとな。宇宙葬なんかもあこがれるところではあるが…宇宙にばらまかれた私の灰がどこかの星に着陸したらと思うとワクワクしてしまうな。私を構成していた原子から、他の星で何かが生まれたらと思うとゾクゾクする。というかそれはまるで「生まれ変わり」のようだ。
出来れば最期には井上陽水の氷の世界などを聞いて死にたい。音楽をあまり知らない私が唯一好きな歌手だ。傘がない、帰れない二人、紙飛行機など何度中学生時に聞いたか知れない(といっても、詳しいわけでは全くない。陽水オタからすれば失笑ものレベルである)。高校生のとき、一人で陽水のライブにも行った。陽水と席が近かった。嬉しかった。「ああ井上陽水って人は幻想ではないんだ。本当にいるんだ。今触れようとしたら、係員に止められるだろうけどもしかしたら触れられるかもしれないんだ。実体があるんだ。陽水もこの後何かを飲んだり食べたり、排泄したり、眠ったりするんだ。陽水って概念上の存在じゃなくて、実体が存在してたんだ。タンパク質や脂肪やカルシウムその他もろもろで出来た有機物という実体があったんだ」と当たり前の事をしみじみとかみ締めた。と同時に、その単なる一有機物であるはずのものが、井上陽水という名前を初めとした色々な概念がまとわりつき、下手をするとひょっとしてニ次元のものなのではないかと思わせるほどにイメージ化というか、偶像化したという事のギャップになぜかゾクゾクした。これだけ有名でファンも多く名曲も多い陽水だが、しかし同時に睡眠や排泄等を他の哺乳類と同様に行う、単なる人間、単なる有機物なのだ。その同時に成り立たないようでいて成り立ってしまっている、その二つを含めた「井上陽水」というものの(陽水に限った話ではないのだが)不思議さ、面白さに頭がクラクラした。それはCDなどを聞いているときには余り気がつかないけれど、ライブに行くと「実体」がそこに存在しているのに、観客は皆どちらかというと概念の「陽水」をそこに見ている、という不可思議さを目の当たりにできてしまう。実体のはずなのに、あの実体はあくまで概念の陽水を伝える媒介物でしかない、主体のはずなのに、サブで終わってしまっているという本末転倒さというのか……自分でも何を言っているのかよく分からなくなってきた。いまだ私の中で整理しきれていない感覚なのだ。
そういえば、女子の友達はいなかったのか、とかいてあった気がしたが、友達と知り合いの間のような子ならいた。しかし、私とつるんでいると可愛い子であっても一緒くたに「ブサイク死ねwwww」と罵られてしまうので、妙な距離は常にあいていた。それで女子を恨む気は全く無い。私が逆の立場であれば、私もそうしていたように思う。なかなか学生のレベルで、「でも敢えて友達になるよ!」という勇気を出せる子は少ないだろう。しかもそれだけのリスクを介して得られるものは何かといえば、私という友達である。んな、リスクとリターンが全然つりあってないよって話だわな。寧ろ女子からのイジメは特になかっただけでありがたいことだ。まあ、「ブス視ねw」といってくる男子の彼女とか、その周辺の子は、一緒にクスクス笑ったりはしていたが、その程度ならば中学時代でも既に「その程度の重力……」のベジータ感覚でいられた。それに如何せん下手にそんな男子と私なんぞのために対立して、殴られたりなどしたら洒落にならんし、まあクラスの女子が私を放っておいたのは本当仕方ないことだと思う。気の毒そうに見てくれる子もいたしそれで十分だ。
綺麗な女性を妬ましく思った事はあまりない。嘘だろといわれるかもしれないが、羨ましくも特にない(モテるという観点では、の話だが)。自分に持っていないものを持っている、という観点で「羨み」や「妬み」が生ずるとするならば、美人だけでなく私は際限なく誰かを妬まなければならない。何もその対象は美人だけではない。金持ちや、運動神経のいい人、頭のいい人。キリがない。というかほとんど全ての人は私より何かは秀でているわけで、少しでも自分より上回ってるなら妬むという理屈だと、もうこっちの身体がもたない。妬むのも面倒になるのだ。
私は、恋愛をしたいけどできないというよりも(奥底ではそうなのかもしれないが、無意識レベルの事など意識では判断不可能なのでとりあえず意識レベルの話をする)、恋愛心などが生まれる前に、既に恋愛・結婚なるものを「私の人生には関係の無いことだ」と学習してしまったため、美人な女性がモテたりしていても、関係があまりに無さ過ぎて、ピンとこないのである。妬むも何もないといった感じ。大食い選手権に出るような人を見て、その凄さに感心はしても、でも別にほとんどの人がああなりたいとか羨ましいとか思わないのとおそらく似ていると思う(思う人がいたら申し訳ないが)。「ブスとか言われないで済む」という点では、「美人」が羨ましいというよりも「そう言われないで済む人たち」が羨ましいので、その中には勿論美人は入っているが、かといって特別美人だけが羨ましいわけではない。
寧ろ私が一番羨ましいのは金持ち(の強いて言えば子供)である。金があれば何もせず暮らせるのだから。嫌な事を言ってくる男と会うこともなく環境の(自然的な意味で)いいところで本を読みふけって暮らす、そんなことが可能になるのだから。
私の今までの人生では男、というと前述した彼らしかいないので、美人になったとしても男にモテたところでしょうがない、嬉しくない、という気持ちにしかなれないのである。悪口等を言われない、という点では嬉しいが、モテても嬉しくはない。ま、ブスがこんな事を言ってるのだからお笑いだが。美人が変な男と付き合って、DV被害にあったなどと聞くと心が痛む。あんなに美しい人であるのに、せっかく歩いていても何の悪口も言われず、平穏に過ごせる人なのに、何故自ら火の中へ飛び込むようなマネをするのか……と勿体無く思ってしまう。まあ、しかし、他人の事。向こうには向こうの考えがあるのだろうし余計なお世話というものだろう。
そんなわけでモテない事に特に苦悩はしていないので(多分)、心配してくれた方には大丈夫ですと言っておきたい。
ただ罵倒等されなければそれでいい。何か辛い事があっても宇宙図鑑があるとどこかすっきりする。ま最初言ったとおり現実逃避なんだが。銀河だのなんだのの話をしていると、自分の悩みなどあまりにちっぽけで笑えてくるというもの。地球の歴史などもいい。所詮ぽっと生まれたちいとばかり頭のいい哺乳類の、その中のほんの一部の時代の、更にその中のほんの一部の地域の人間たちがあれこれ騒いでるなど、地球にとってはカスに等しいものだ。地球がちょいとばかりプレートを動かしたりちょいとばかり温まってみたりするだけで人間など瞬殺なのだ。大体人間の歴史という地球に比べたら大分コンパクトなそれであってもまだ私の苦悩などに比べるとでかい。なんだかんだいって、ブスというだけで殺されないだけでまだおそらくマシな時代なのだ。今の世の中不満足な事ばかりだけれども、それは理想の、あるべき世界を想定し、それに比べ不満足な部分ばかりを見ているからで、やはり過去に比べれば、現代というのはそこそこマシな部類に入るのであろう。ブスや未婚の女が冷たい視線を投げかけられるといっても、殺されたりはしない。殴られれば警察がある。私にも人権が与えられているし、こうして自由にネットで発言できる。だからといって「これで満足」ってわけじゃ全くないが、まだマシな方ではあるはずなのだ。ちょっと時代や国を間違えて生まれていたら、そもそも嬰児殺しにあっていたかもしれない。今その気になれば、車を走らせ、コンビニへ行って、じゃがりこサラダ味を買ってきて食べることができる。それだけでも全然マシではないか。車など庶民の乗るものではなかった時代も、そもそも発明されていない時代もあった。車は好きだからそれは嬉しい。最近ガソリン高いけど。
全くだらだらとした独り言で申し訳ない。こうして書いてみると、色々私にも思うところがあったのだなあと気付かされる。
なんかうんざり。
なんつーのか「女性も男性に負けない働きをしていて云々」みたいな事を言いながらすぐさま「やっぱり女性はいつまでも女の子だし男性がエスコートすべき」みたいなことを言ったりする。この感覚がうんざり。
男女平等の世だよ、とアピールしたかと思いきやすぐさま「やっぱり女の子だから」的な事を言い出す。どっちやん。どっちやねん。
はっきりしない。どういう方向性でいきたいのかわからない。
おそらく男女平等の手前、昔の古臭い「女性は家庭にいるべき」とかそういうことは言えなくなった、それはいいが、それならば「男は○○すべき」「男らしくすべき」等も言えないはずなのだが、何故かそれは寧ろ積極的にテレビ上でまかり通っているのである。
男女平等というものが、過渡期だからこその不可思議な(?)現象なのだろう。
男女平等の世の手前、とりあえずは女性蔑視的な事は言えない。しかし同時にこの世は、完全に男女平等がしみこんだわけでもない世の中、男らしさ女らしさの概念がまだまだ残る世の中でもあるわけで、そんな中テレビは迷走しているように見える。迷走ってわけじゃないんだろうが、まあこっちから見ると。
とりあえずタブーとして女性蔑視はあるけど、その他はあまり定まってない。そんな観点で番組を作ると結局、「タブー以外のことを全部やる」つまり「女性蔑視は無いけどその他はあるよ」みたいな事になる。とすると、必然的にというか結果的に、「女性持ち上げ」になる。男女平等を建前とするなら男性蔑視もあってはいけないのに、それは何故かある。あまりタブーになっていない。どころか寧ろ、男性蔑視をすれば相対的に女性が持ち上げられるので、積極的に使われてすらいる(最近はそうでもないか?)「いやはや、女性には敵いませんな」的な感じ。書いていても非常に鬱陶しいのだが、結構そういうスタンスが近頃のメディアでは主流であるように思う(といっても勿論それはテレビの画面に現れる表面上の事だけだが)。それはおそらく、そもそも男女平等というものが、虐げられていた女性がその権利を回復させた、という流れのもと存在するからだろう。その流れのもと成立したものだから、女性蔑視の方には皆気をつけるが、男性蔑視の方は気をつけられていない。手を抜かれている。
そういうわけでテレビやあるいは雑誌なんかは表面上女性優遇みたいな感じになっている。しかしそれはあくまで「表面上」、テレビの中の世界だけのお話であり、実際はというとやはりまだ女性差別は存在するのである。
勝手に「男はダメだー、女性ってスゴイ!」とかいって浮かれているテレビは見なけりゃいいのでどうでもいいが、しかしそんな表面上の女性優遇の世界を描いている暇があったら、現実的にたとえば職業上の女性差別をなくす方向へ流れろよ、と思う。んなこと言ってる暇があったら、M字カーブなんとかせえよ。「女性はいつでも綺麗になれる」ゆーとる暇があったら、別に女性が皆綺麗を目指さんでも何も言われん社会にしようや。「かわいいはつくれる!」とか言ってる暇があったら子育て支援しようや。「40になってもこの肌」とかいってる暇があったら高齢独身女性でもマンション賃貸断られない世の中にしようや。
もういいっちゅーの、そういう不自然で気持ち悪い表面だけの持ち上げは。
ああいうのを男衆が見て、「いまの女はこんな傲慢なことを考えているのか!」とか勘違いしかねない(つーか、現実してるけど)。迷惑。非常に迷惑。テレビを真に受けて勘違いする方もどうかと思うが、勘違いさせるテレビもテレビだ。自重しろマジで。見なけりゃいいとはいったがやはり自重しろ。
真に受けて「やっぱ女ってこうじゃなくっちゃー☆」とか言ってる一部のバカ女以外、女性らは皆迷惑してるだろ。
望んでもいないのに表面上だけえらく優遇された図にされた上、現実生活はちっとも優遇のゆの字もなく、それなのに男衆からは「傲慢だ!」と言った覚えも無いことで責められる。勘弁してくれマジで。ひっそり一人で生きたいんだよ。
追記
ちなみに女である。なんか勘違いされている気がするので。
Aは先輩との付き合いに嫌気がさしていた。Aは寮暮らしだったので先輩達は何かにつけてすぐAを呼び出した。本当は嫌なのだが体育会系なので先輩の命令は絶対だ。断ることなど許されない。だから仕方がなく先輩の呼び出しに応じて酒を注いだり場を盛り上げたりしていたのだが、それももう限界だった。Aが本気で辞めようかと悩んでいると、同期のBが声をかけてきた。Bとは気心知れた仲だったし、Bはアイデアマンでもあったので、Aは今まで誰にも打ち明けたことのなかったそんな思いを打ち明けた。
本気で悩んでいて辞めようかと考えている。でも本当は好きだからやめたくはない。付き合いさえなければいいのに。全てを伝えるとBは腕を組み何かを考え始めた。Aは藁にもすがる思いでBに頼んだ。謝礼は俺に出来る限りのことをするからどうにかしてくれないかと。Bは本当に出来る限りのことをするのか?と尋ねると、Aは喜びながら即答した。先輩との付き合いがなくなって、本当は好きなここを辞めなくて済むなら、それくらい安いもんだと。するとBはわかった、後は任せろと言いその場を去った。Aは喜びの余りその日はなかなか眠ることができなかった。
しかし3日経っても、5日経っても、先輩の呼び出しは止まらなかった。Aはどうなってるんだ!?とBに問いつめたが、Bは気にすることもなく効果が現れるのは明日からだと言い、また去っていった。明日になったからと言ってどうなるというんだ。明日は金曜日。平日だし何のイベントもないじゃないか。強いて言うなら金曜日だから資源ゴミの日か?ちくしょう!Bになんか話して損をした!Aは諦め半分で眠りについた。
だが翌日からは先輩の呼び出しが減っていった。呼び出されることはあるのだが、なぜか先輩が一人の時は呼び出されなくなったので、回数は半減し、呼び出される時間も短くなった。不思議に思ったのでBに尋ねるとこれから毎週金曜日が来る度に減っていくと言ってまた去っていった。金曜日に何かあるのだろうか?Aは首を傾げたが結局わからなかった。
Bの言葉通り呼び出しの回数は減っていった。先輩が呼び出すのは事務的な用事があるときだけになり、それも玄関の前で済まされたので、私用の場合や酒の席には全く呼ばれなくなった。Aは喜びBの部屋へ行った。感謝の言葉と、謝礼の件と、そしてどうして呼び出しが減ったのかという謎の種明かしをしてもらうために。Bの部屋に行くとBはおもむろに雑誌を出した。こいつを毎週捨てただけさと。肌色に埋め尽くされたその雑誌を手に取ると男同士が抱き合っている雑誌だった。どういうことだ?とAが聞くとBは解説を始めた。「男しかいない寮でゲイの雑誌が捨てられている。そんなことは去年までは恐らくなかっただろうから、すぐに俺たちの誰かだと目星がつく。一つ下だとは言えども、ここは体育会系だから一歳の差なんてどうにでもなるくらいのガタイの良さはみんな持ってる。例えば俺なんか先輩達よりガタイ良かったりするだろう?」確かにBはガタイが良かった。Aは同期の中では体格が良い方であったが、それもBと比べたら可愛いものだった。そんな先輩達と比べても一二を争うBが言うと説得力があった。「すると、どうなるか?普段から厳しくしてる俺たちに仕返しついでにそういうことをされるんじゃないかと不安になるわけだ。酒の席なんてとんでもない。酔ってる間に何をされるかわからないからな。毎週捨てられるゲイ雑誌に、そんな不安が大きくなって、ついには部屋にも呼べなくなる。そういうカラクリだよ。」
Aは感心したが疑問にも思った。一つ下とは言っても数多くいる。だが、同期全員の呼び出しが少なくなったかと言えばそんなことはない。確かに減少はしているが、自分以外の同期はそれでもまあ数多く呼び出されている。それはどうしてた?とBに尋ねると、悪びれることなく答えた。「Aがゲイだって噂を流したからな。」
「は!?」AはBが何を言ってるか理解できなかった。「お前何してんだよ!」そして理解できた後に怒った。しかしBは平然と答える。「大丈夫。噂を流しても問題ないよ。」「何が問題ないんだよ!大いにあるだろうが!」「なあ、A?」Bが真剣な顔をしたのでAは思わずたじろいだ。「…なんだよ?」「この雑誌は一体どこから用意したと思う?」「…え?」言われてみれば不可思議だ。毎週捨てているという話なのに、まだ山のように置いてある。古本屋だろうか?それにしても多すぎる気がする。Aが考えているとBが続けた。「これ実は俺の私物なんだよ。」「は!?」これ全部!?こんなに!?というかゲイ雑誌が!?頭の中が?でいっぱいになるAにBはなおも続けた。「おい、A。謝礼は出来る限りのことをしてくれるって約束だったよな?」Aは嫌な予感がした。「…ああ。約束はしたけど…」「それじゃあ――」
Bの言った通りAに関して流した噂は何の問題もなかった。なぜなら噂は真実になったのだから。
何かとお世話になっているので何か出来ないかと思い、ちょうど一年前くらいに増田さんが書いてた異性の乗り方的な日記を書いてたので真似して書いてみる。
・・・早い話が行為時間に流れてる殺伐とした空気の読み方なんだけどな。
前提条件
私が書こうとしてる女性の乗り方はこんな条件です。
- 首都圏在住
- 主に前立線
関西圏はきっと他の増田さんが書いてくれると思う。…いや、きっと書いてくれるはず(他力本願)
服を脱いだら
まずは女性に向かおう。最近はSexy専用改札って言う女性専用の改札が出来てるから、女性じゃ無い男性陣が持ってる場合は注意。
(もっとも首都圏在住で前立線のみ利用の場合は十中八九Sexy定期犬になると思うけど)
ホックに向かう
ホックに向かう際に、大体の場合は右手か口を利用する事になると思う。簡単な注意事項でも。
右手の場合
大体ブラの中央を境に右・左と分かれてます。間違えると人の肌に挟まって外れません。強引に押し進めると絡まれる危険性もありますので、必ず右・左を確認して下さい。
口の場合
関東地方は右側を空けて乗ってればOK…と言う訳でもなかったり。行為時間帯は舌は動く右手と化してる場合があります。左側に乗ってても前の人が進んでいたら立ち止まらず自分も進みましょう。
ベッドで相手を待つ
ベッドには「7号車乗車位置」とか書かれたプレートや看板はありません。ベッド上に枕が2列か3列かで並んでいます。同じように並んで下さい。並ばないと乗る気が無いと判断され、最悪女性に乗れません。
早い話、既に並んでいる枕の上に並びましょう。
もし、枕も並んでない状況だったら、乗車位置の布団カバーを探してその前で待ちましょう。
(補足として、並ぶ際に枠線が書かれていたら枠線内に並ぶようにしましょう。)
女性到着
女性に飛び込まないで下さい(笑)
飛び込まないにせよ、停車する前に異性に触れると接車事故とされて、5分から10分位女性が止まりますのでご注意を。
女性停車
右側か、左側かは各自の判断に任せます。列が分断される際に割り込む人、後方に居た人が何故か自分の前に居たりと不可思議現状が起きますが気にしないで下さい。
股が開く
股が開いたからと言ってすぐに乗車出来る訳ではありません。
先に下車する方を一通り下ろしてから乗車する事となります。
降りた女性の一部が自分の前に割り込んだりするかも知れません。割り込んだからと言って怒らず騒がず。その人はドアの近くに居た為にベッドから押し出されてしまった人なのです。暖かく迎えてあげましょう。
発車メロディーが鳴り始めた
ペケペケ何やら喘ぎ声が流れます。この段階でまだベッドから人が降り続けていても慌てず騒がず待ってて下さい。
降りる男性が全員下車した
押さず前から順々に乗車して下さい。乗車したら女性の奥の方へ。・・・言われなくても背後からグイグイと押し込まれますが、なるべく詰めて乗車するようにして下さい。
電車は大体[顔][胸][お腹][両腕][太股]の順に空間があります。
指に座るのは至難の業として、掴めるなら必ず二の腕を掴んで下さい。胸はそれほど大きく揺れませんが、加減速が激しく前後に大きく揺さぶられます。
二の腕に掴むのが無理なら髪が垂れ下がっている後ろ首を掴んで下さい。掴めるものであれば何が何でも掴んで下さい。
イチモツについては、なるべく足元に。背負ったり、腰の辺りに持つのは周囲に相当なる邪魔になります。また、顔に置くって手もあるとは思いますが、そもそも顔までイチモツを持ち上げるほど余裕が無いと思います。
「股が閉まりまーす」と放送が流れた
乗車済みの場合
ベッドからはみ出た女性を駅員が無理矢理押し込めます。ドアが閉まるまで油断せず乗客の圧力に耐えて下さい。
乗車出来てない場合
都内なら行為時間帯には2分-3分間隔で興奮が走ってます。今乗ろうとしてる女性に乗れないって思ったのなら次の女性を待って下さい。強引に乗車しようとしてもそもそも乗れませんし、男性がいつまで経っても発射出来ず大勢の方に迷惑を掛ける事となります。
男性発射後
痴漢と間違われぬよう怪しい動きは禁止です。
また、二の腕に掴んでいるがどうも前の人の後頭部に肘があたっちゃってる…て状況の場合には追加攻撃せぬよう、二の腕を掴む場所を変えるなど柔軟な対応が必要です。
…ただ。行為時間帯は女性の加減速が激しいので何処かに捕まってないと周辺の女性を自分の体重で押し潰す危険性があるので極力何も掴めないって状況にならぬよう注意して下さい。
女性停車直前
周辺の男性で下車したそうな素振りをしてる人が居ないか確認してください。
女性に停車(自分が降りない女性)
女性の流れに合わせて動いて下さい。下手に動かずに居ると下車する男性の邪魔にしかなりません(特にベッドの横のスペースに止まられると下車する男性の邪魔になります。)
一旦ベッドに降り、ベッドの近くに並んでいる列に並んで下さい。最後尾に並ぶか、割り込みになるかは分かりませんので臨機応変に。
(自分が降りない女性では割り込みしても良いって訳でも無く、推奨する女性でもありませんのでご了承を。)
女性に停車(自分が降りる女性・乗り換えの女性)
同じく人の流れに合わせて動いて下さい。降りる女性だからって前の人をプッシュプッシュ無理矢理押すのはNGです。無事にベッドに降りれたら改札・乗り換え先女性のホックに向かって下さい。
口・右手は、先ほどの「ホックに向かう」欄で記載した項目を参照。
その他雑記。
山手線とかには枕が無いベッドがあります。6人ベッド。
元の文章ってさりげなくエロい表現多いよね
何かとお世話になっているので何か出来ないかと思い、ちょうど一年前くらいに増田さんが書いてた電車の乗り方的な日記を書いてたので真似して書いてみる。
・・・早い話が通勤時間に流れてる殺伐とした空気の読み方なんだけどな。
私が書こうとしてる電車の乗り方はこんな条件です。
関西圏や私鉄はきっと他の増田さんが書いてくれると思う。…いや、きっと書いてくれるはず(他力本願)
まずは改札に向かおう。最近はSuica専用改札って言うICカード専用の改札が出来てるから、ICカードじゃ無い定期券を持ってる場合は注意。
(もっとも首都圏在住でJR線のみ利用の場合は十中八九Suica定期券になると思うけど)
ホームに向かう際に、大体の場合は階段かエスカレータを利用する事になると思う。簡単な注意事項でも。
大体階段の中央を境に上り・下りと分かれてます。間違えると人の波に流されて降りれません。強引に押し進めると絡まれる危険性もありますので、必ず上り・下りを確認して下さい。
関東地方は右側を空けて乗ってればOK…と言う訳でもなかったり。通勤時間帯はエスカレータは動く階段と化してる場合があります。左側に乗ってても前の人が進んでいたら立ち止まらず自分も進みましょう。
ホームには「7号車乗車位置」とか書かれたプレートや看板があります。プレートや看板の前に多分人が3列か4列かで並んでいます。同じように並んで下さい。並ばないと乗る気が無いと判断され、最悪電車に乗れません。
早い話、既に並んでいる人の後ろに並びましょう。
もし、誰も並んでない上京だったら、乗車位置のプレートを探してその前で待ちましょう。
(補足として、並ぶ際に枠線が書かれていたら枠線内に並ぶようにしましょう。)
電車に飛び込まないで下さい(笑)
飛び込まないにせよ、停車する前に電車に触れると接車事故とされて、5分から10分位電車が止まりますのでご注意を。
右側か、左側かは各自の判断に任せます。列が分断される際に割り込む人、後方に居た人が何故か自分の前に居たりと不可思議現状が起きますが気にしないで下さい。
ドアが開いたからと言ってすぐに乗車出来る訳ではありません。
先に下車する方を一通り下ろしてから乗車する事となります。
降りた乗客の一部が自分の前に割り込んだりするかも知れません。割り込んだからと言って怒らず騒がず。その人はドアの近くに居た為に電車から押し出されてしまった人なのです。暖かく迎えてあげましょう。
ペケペケ何やら音楽が流れます。この段階でまだドアから人が降り続けていても慌てず騒がず待ってて下さい。
降りる乗客が居なくなったら電車に乗車します。
押さず前から順々に乗車して下さい。乗車したら電車の奥の方へ。・・・言われなくても背後からグイグイと押し込まれますが、なるべく詰めて乗車するようにして下さい。
電車は大体[座席][つり革][通路][つり革][座席]の順に空間があります。
座席に座るのは至難の業として、掴めるなら必ずつり革を掴んで下さい。電車はそれほど大きく揺れませんが、加減速が激しく前後に大きく揺さぶられます。
つり革に掴むのが無理ならつり革が垂れ下がっている金属パイプを掴んで下さい。掴めるものであれば何が何でも掴んで下さい。
荷物については、なるべく足元に。背負ったり、腰の辺りに持つのは周囲に相当なる邪魔になります。また、網棚に置くって手もあるとは思いますが、そもそも網棚まで荷物を持ち上げるほど余裕が無いと思います。
ドアからはみ出た人を駅員が無理矢理押し込めます。ドアが閉まるまで油断せず乗客の圧力に耐えて下さい。
都内なら通勤時間帯には2分??3分間隔で電車が走ってます。今乗ろうとしてる電車に乗れないって思ったのなら次の電車を待って下さい。強引に乗車しようとしてもそもそも乗れませんし、電車がいつまで経っても発車出来ず大勢の方に迷惑を掛ける事となります。
痴漢と間違われぬよう怪しい動きは禁止です。
また、つり革に掴んでいるがどうも前の人の後頭部に肘があたっちゃってる…て状況の場合には追加攻撃せぬよう、つり革を掴む場所を変えるなど柔軟な対応が必要です。
…ただ。通勤時間帯は電車が加減速が激しいので何処かに捕まってないと周辺の乗客を自分の体重で押し潰す危険性があるので極力何も掴めないって状況にならぬよう注意して下さい。
周辺の乗客で下車したそうな素振りをしてる人が居ないか確認してください。
人の流れに合わせて動いて下さい。下手に動かずに居ると下車する人の邪魔にしかなりません(特にドアの横のスペースに止まられると下車する人の邪魔になります。)
一旦ホームに降り、ドアの近くに並んでいる列に並んで下さい。最後尾に並ぶか、割り込みになるかは分かりませんので臨機応変に。
(自分が降りない駅では割り込みしても良いって訳でも無く、推奨する訳でもありませんのでご了承を。)
同じく人の流れに合わせて動いて下さい。降りる駅だからって前の人をプッシュプッシュ無理矢理押すのはNGです。無事にホームに降りれたら改札・乗り換え先路線のホームに向かって下さい。
階段・エスカレータは、先ほどの「ホームに向かう」欄で記載した項目を参照。
http://anond.hatelabo.jp/20070312221151
(; ̄ー ̄)oO(自分で書いといてアレだが、言ってる事は1年前増田さんが言ってた内容そのまんまだな;)
(; ̄ー ̄)oO(気が向いたら「振り替え乗車の受け方」とか書くかも。需要無さそうだけど。)
本当唐突にさっき寝転がって思ったんだけど
子供が出来たらさー
この今ある自分の腹の中にさー
自分と違う動く何か、ていうか生命体が、出現してくるわけなんだよね。
子供いらねーし非モテだし結婚無理やな、一生独身だと何となく高校生の頃から確信してたから、自分の腹に子供ができたらなんて想像すらしてなかったんだけど。今ちょっと想像してみたら凄い不思議な感じがした。
いっつも何か食ったもんを消化してうんこにしてるこの辺りの腹が膨れてその中に生命体が…ってなんかもうそれSFじゃね?エイリアンじゃね?そんでそれを力んで股から出すわけじゃん。なんか面白っ!と思わず感じた。
一年ほど自分の腹の中に自分と異なる生命体がともに暮らしてるとは。なんかすげー不思議だ。不思議だ。スイカの種食ったらヘソからスイカが生えてくるーとか小学生の時はやったけど、まさしくそれと似たような状況になるわけじゃん!よく考えてみたら!
そんでしかもそれを出すときた。出したらもうそいつ、完全に自分と違う一人の人間なわけじゃん。ピッコロ?これピッコロじゃん。なんか妊娠出産ってすっげSFチックで面白いな。と思った。実に不可思議な体験だろうな。腹の中に異生物がいるってすげえ。自分の腹の中に自分の意思とは違った意思で動く物体がいるってどんな気分なんだ??すげえー。
だからといってよし!産もう!って気分になったわけじゃないけどね。