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2012-01-27

#吉田寅次郎の思想#

・「ことは長州藩内の問題ではない。寅次郎個人の問題でもない。一藩の軍学師範約束を違えることは、長州満天下に恥をさらすことです。最大の不忠なのです!私人としての寅次郎がどうなろうとも、私は公人として立派な行動を取らねばなりませぬ」


・「僕は気が狂っているかもしれません。しかし狂うぐらいに行動して初めて道は開けるのです。家族にも私の突き進む道を見ていただきたい。きっと褒めていただけるはずだ」


・愚かな人間とは自分の信念を曲げてしまう男のことです 自分で一旦決めたことなら生涯をかけて貫かねばなりません


金子くん、使命を見失ってはいけません 私達が守ろうとしているのはあの人々の平和笑顔です

 私も一瞬君と同じ気持ちになりました 我々が命がけで苦労をしているのに、と

 のうのうと遊ぶあの庶民に怒りが込み上げそうになりました。

 しかしだからといって、彼らも苦しまねばならんと思うのはトンデモない誤りです 驕りです!

 私達が守るべき庶民が愉しむ姿に怒りを覚えるのは本末転倒であります

 何のために戦うのか それを忘れてはなりません それが武士なのです

 自らの意思で死地に飛び込むのが武士なのです 我々は決して「戦ってやるのだ」などと思い上がりをいだいてはなりません

 

 逆に、どれほど苦しかろうと事情があろうと、戦うべき時に戦わずのうのうとしている武士を許してはいけません

 我々が武士である以上、それを肝に命じておきなさい


・我米国に渡らんと欲す!我米国に渡らんと欲す!我米国に渡らんと欲す!(投夷書)



密航計画が幕府に知れるのは時間の問題。ならばその前に自ら名乗り出よう。

 「逃げ隠れしたと思われては僕達の誠実さが伝わらない」死刑覚悟密航を企てたとわかってもらわねば役人の心を動かすことはできない。

 私から何かを説くわけではない。私の姿を見せるだけでいい。

 命をかけてこの国の前途を憂えている人間がいると知れば、その人がまた真剣にこの国を考えるようになる

 そんな人を増やすのが、これからの私の使命だ、喜ばしいことではないか

 私は無理だったが、その人達が私の夢を継いでくれる 絶望などないさ


・にげれば僕達は悪いことをしただけの人間になります

 僕は誓って悪いことはしておりません 命を捨てて貴国の船を訪ねたことはいまでも英雄的な行為であったとおもっております

 英雄けが牢に入る資格を持つのです

 ただ、こうして牢にいると顔を動かせないのが辛いであます 

 まさかさらし者になるとは思わなかった

 この状態では悲しい顔を見せればそれが他の理由でも人々は僕をダラしない、情けない罪人だと思うでしょう

 といって怖い顔をしてもニコニコ笑ってもトンデモなくふてぶてしい悪漢だと思われてしましま

から僕はどんな表情もできない… まだ英雄であることに慣れていないのであります・・・



#佐久間象山鎖国制度評価#

 「我が国の祖法」とおっしゃるが、

 我が国の歴史を見るに、学問文字仏教儒学すべて海外より伝来したもの

 そもそも聖徳太子はるばる波濤を越えて隋に試写を使わされ それが遣唐使となりて交流が栄えたところから始まっております

 江戸幕府における鎖国令についても

 これは三代将軍の御代 寛永年間に起こった島原の乱に原因を持つ非常時の措置にほかなりません

 二百余年を過ぎてなおこれに執着するのは弊害のみが多く国家発展の妨げとなり

 神奈川条約が結ばれた今、鎖国事実上死文となっているのではありませんか?

 徳川幕府そのものがすでに町民中浜万次郎くんを直参に登用し重用されているのですよ

 本年よりは急ぎ多くの優秀な若者外国に送り、異国事情を学ばねばならぬ時ではありませぬか?

幕府側の対応自首してこなければこんな問題起きなかったのに」w



#坂本龍馬岡田以蔵#

「以蔵、怒る!詳しく怒れ!何に、どういう訳で怒るのかをよくかんがえて怒らんか!」

「以蔵、お前の言うとおりだ、わけのわからん上の勝手カラクリでわしらはすきにされてるんだ。お前のおかげで分かったぞ!」

エライ人も偉くない人も同じだということを教えてくれる人が偉い人なんじゃ」

「以蔵、もうすぐ世の中は変わる。お前も何でもやれる時が来る。だから短気を起こすな」

→刀振りかぶってる相手に両手広げて真正面から抱きついてくる人間は斬れない。お前には負けた



#日本が勝てない理由#

 戦の相手は米国だ 黒船が撃ってきたらどうやって戦うんだ?

 それぞれの藩が自分の持ち場だけで戦う よそが買っても負けても知らぬ存ぜず それで勝てるわけ無いだろう!

 藩が互いに連携を取らなければ作戦すらタテられないというのに 各藩が共同戦線を組むのは幕府が禁じている

 各藩が仲良くなったら将軍家より強くなることを恐れている 幕府馬鹿か!

 目の前に巨大な敵が出現しても各藩は互いの顔色を伺い前の敵より後ろの将軍家に睨まれるのを恐れている

 結局江戸湾防備にしても 形だけのことしかしない 幕府も各藩も、国が消えれば全部なくなってしまうのに自分のことしか考えられない

 こんなことではこの国は他の国と戦争なんかできない この国を変えなきゃどこにも勝てない!

 この国を何とか一つにまとめなければすべてが滅びる 



#日の丸の旗の話#

 海軍の創設に際して、薩摩が強く主張し、幕府が反対した日章旗であるが、

 面白い事に鳥羽伏見の戦いにおいては、

 幕府日の丸を掲げ、錦旗を掲げた薩摩日の丸賊軍として攻撃目標にした。

 以来戊辰戦争あいだじゅうは日の丸皇室に背く悪の象徴として、官軍の手によって踏みにじられ引き裂かれ焼き捨てられたのであった



#大災害が起きても、大飢饉が起きても、幕府地方を支援することはない#

 安政東海地震 M8.4 五ヶ月前に安政伊賀地震、翌日に安政南海地震一年後は江戸直下型地震

 しか幕府には蓄えがないし、そもそも幕府は他の班を助けるという発想自体を持たない。

 幕府が支援するのはあくまで御三家親藩だけであり、

 たとえば天明の大飢饉の際には、白河藩は餓死ゼロであるのにたいし、付近岩手藩は最も餓死者が多い結果になった。

 しかもその最中将軍家の祝賀パーティーなどがあったわけで、

 これをみても、徳川日本代表や支配者などではなく、ただの一番強い藩でしかしかなかったことがわかる。

 この不安定さのせいで、思想の取締や、政道への口出し禁止、参勤交代外様藩の力を弱めるなどの措置が取られたわけで

 どうせなら、徳川家が名実ともにもっと強大な支配者として君臨していれば、話は変わったかもなー。



#開明の志を持っている藩は多いが・・・#

 薩摩藩を筆頭に

 九州肥前佐賀藩鍋島直正宇和島藩の伊達宗城

 越前福井松平春嶽下総佐倉堀田正睦水戸徳川斉昭など。

 それはいい。しかし私が知りたいのはその先だ。

 お互いに競争をするのはいいが、みんな自分の班のことしか考えていない。

 私は攪拌の江戸湾警備をこの目で観てつくづく情けなくなった。

 三百も藩があって、それが互いの垣根を取っ払って力を合わせ、西洋列強に立ち向かう方法はないのか?

薩摩西洋化にした所で所詮一昔前を追いかけているに過ぎない。

 イギリスアメリカの最新兵器に比べればおもちゃのようなものよ。

 攘夷も開国も、どちらも無理なんだ。このままじゃどっちにしろしてやられる

 この国が生まれ変わる方法ひとつしかない 貿易だ。

 しかし、やつらは数百年ずっと相互貿易文明を発展させ富を蓄え、その力で東洋へ次々と乗り出していった

 そんな連中を相手に 訳もわからず国を開いて交易を開始してもいいように食い物にされる。

 だからまず船だ! 一隻でもいいから最新鋭の蒸気船を購入するんだ。

 それに志ある若者を乗せる!航海術を覚え、世界の海に乗り出すんだ

 世界中に物を運び文明を知り、やがて貿易国家としてこの国を栄えさせていく

2007-11-20

http://anond.hatelabo.jp/20071120221256

千葉」の名は、「茅(ちがや)」が生い茂る土地で「茅生(ちぶ)」と呼ばれ、転じて「ちば」になったとする説や、葉が多く重なる意味で「千葉」になったとする説。

「ちば」の語は、侵食しやすい地や侵食の激しい地に見られる地名で、潰れる意味の「つばゆ」に由来する説などあるが未詳。

この地の当主であった千葉氏から「千葉」になったとする説もあるが、既に『和名抄』には「下総千葉千葉郷」の地名が現れているため、千葉氏の名に由来するとは考えられない。

埼玉」の名は、武蔵国多摩郡の奥にある土地の意味で「さきたま(前多摩・先多摩)」が転じて「埼玉」になったとする説。

埼玉郷は現在行田市付近にあたり、「さき(前)」「たま(湿地意味)」の意味で、転じて「埼玉」になったとする説。

その他、「さきたま(幸魂)」が転じて「埼玉」になったとする説があるが、いずれの説も根拠となるものがあるわけではなく、埼玉の由来は未詳である。

ただし、奈良時代の『万葉集』には「前玉(さきたま)」「佐吉多万(さきたま)」の例が見られ、「さきたま」が転じて「さいたま」になったのは間違いないようである。

この地に水源地が解からない川があり、「上無川(かみなしがわ)」と呼ばれていたため「神奈川」になったとする説。

「金川」もしくは「狩野川」と呼ばれていた川の名から、「神奈川」になったとする説。

朝鮮系住民が多かったことから「韓川(からかわ)」と呼ばれる川があり、転じて「神奈川」になったとする説。

その他、地形から見た説では、神奈川「かな」は「かま」が転じたもので、「岸の崩れやすい川」「急流の川」を表しているといった説もある。

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