はてなキーワード: 下町とは
根拠は↓
1.原作での庶民的な描写
・友人の治療費が払えなかった
・裕福ではない友人がいた(上流階級出身なら、下々の者と知り合う機会があまりない)
・ゾルディック家の富豪っぷりに驚く
・値切り交渉に長けている
2.アニメでの出身地の描写(参考程度)
・旧作では地中海沿岸みたいな国の一般家庭出身ぽい。
・新作では子供のとき下町っぽい所に住んでいる。新作はトガシが口出ししてるらしいので、多少信憑性があるかも?
・気さくで素直、かつ世話焼き
・チンピラ的言動
(レオリオの性格なら、友人のためにできることは全てやったはず。実家が裕福なら、調度品をちょろまかすくらいできただろう)
A.元々は由緒正しい家だったが、落ちぶれた
庶民の友人がいたことから、遅くともレオリオの子供時代までには家は零落していたはず。
自分の奴隷や使用人に、わざと「王」「貴族」みたいな名前をつけてニヤニヤしてた奴が歴史上に存在した。
(2011/12/03追記)
・本誌が発売されてしばらく経ったので、ネタバレについての警告を削除。
なんで興味がないかって言うと、「今の日本」では誰が総理大臣になろうが何も変わらんと思っているからです。
なんで「今の日本」っていう言い方してるかというと、私は今の国の状態ってのが別に政治家のせいだとは思ってないからです。
※ ※ ※
私は人間って生き物は基本「自分が一番かわいい生き物」だと思ってます。それは政治家も国民も変わりません。
で、政治家ってのはうかつな言葉を発したり、キャバクラ行ったところをマスコミに写真とられたりしたらめちゃくちゃ叩かれますよね。
要するに揚げ足とられるし、監視されてるしで、非常に不自由なんですねあのエラい人達は。
あなた、自分の言うことすぐ揚げ足とったり、キャバクラいったら文句言うヤツと友達になれますか?
別に法律違反してるわけじゃないのに、ちょっと刺激的なこと言ったらグダグダ言われ、仙人のような行動を強要してくるヤツ。
オレならそんなヤツ絶対友達なれません。むしろ超うぜえと思う。てめえはオレの親かこのボケがってなるよ。
自分らは平民だから何したって何言ったって自由だけど、お前らは国のリーダーなんだから聖人君子でいやがれっていう存在。
当然ヘタな事言ったら揚げ足とられるから言葉を選びまくるよね。だから政治家の会見って「あー」とか「おー」とか言いながら、
なんか当たり障りのないこといって「まことに遺憾であります」とかで終わるのばっかでしょ。
気付いたかな? 政治家がめっちゃ口汚く過激な発言するときって、決まって今やってる不信任案の討論みたいに「対象が特定の
政治家あるいは政党」に限定してるとき、つまり自分らの身内に対してだけなのよ。
すごいでしょ今日の管首相への言い草とか、下町の酒場でこんな言いあいしたら絶対殴り合いになりそうな勢いよ。
ぶっちゃけこの過激な討論そのものが、オレには政治家の世論をえるために自分らをいかにも人間くさくみせるパフォーマンスにしか
見えないのよね。こんだけ身内には罵詈雑言吐けるのにそれ以外ではいつもあーとかうーとか言ってるわけだから。
つまり政治家は国民のためにうんぬんなんて最初から考えちゃいないと思うのよ。
なんで自分のことは棚に上げて要求ばっかりしてくるヤツのために何かしなくちゃならんのよ。あなただったらそんなヤツのために働くか?
だからオレは政治に興味がない。その一番の理由は政治家と国民がお互いにお互いをどうでもよくしちゃってるから。
じゃあどうすりゃよくなるのか。これははっきりいって「国民側」が基本意識を変えなくちゃいけないと思う。
別に過激なこと言ったっていいじゃない、ちゃんと言ったことを実行してくれるなら。
別にキャバクラ行ったっていいじゃない、ちゃんと仕事してくれるなら。
日本をうまく操縦してくれるなら、些細なことはどうだっていい。離陸してまだ安定しないうちからケチつけてすぐ辞職だなんだと騒ぐから、
国はいつまでたっても安定しないんだよ。それはなんちゃない、国民意識がそういう風になっちゃってるからだと思う。
政治家だって人間なんよ。国民と同じ。彼らだってオレら平民と同じように無責任なこと言いたいし、ハメはずして遊びたいんだよ本当は。
オレもお前も 私もあなたも 吾輩も貴様も わらわもそなたも 皆同じ人間なんだってば。
その辺をまず国民が理解した上で、くだらないことにこだわる前に「やるべきことをやっているかどうか」にのみ注目するようになれば、
おのずと政治家も国民に心を開いて政治と国民が本当の意味で一体となって国をよくすることができるでしょう。
そういう態勢が今の日本じゃ望むべくもないから興味がわいてこないってわけなのですね。
今の日本じゃ、本当に変えたいと思ったら自分が超エラくなって自分で国を変える力を持つしかないもの。
でもそんなん無理だから、オレは国に対してなんも求めない。自分で変えようって努力もできねえのに、要求ばっかするのはカッコ悪いと
思うから。もちろん税金たくさんとられたら、「日本め!」とか思うこともあるけど、しょうがないよね国民なんだから。
もし今の国に文句があるならさ、お前が変えてみせれよ。それができねえなら、黙れ。
それもできないなら、国民意識を変えていくために、政治と国民を本当の意味で一体化させるためには何をすればいいか考えようよ。
まあ今回書いたのはあくまでオレ個人がそう思ってるってだけなんで、そんなわけねえだろアホか死ねとかいろいろあると思います。
とりあえず今の政治討論とかいつ見ても劇団ひまわりにしか見えん。
誰かこういうの得意な人、本当の意味で国がよくなるためにはどうすればいいのか語ってくれw
つーか、昔ながらのご近所の助け合いと言うと聞こえがいいけど
実際はそれも「一方的に利用する側と利用される側に分かれて」るもんだよね。
実家近くが典型的なその手の下町だけど、「利用される側」になってしまった近所のおばさん(おばあさん?)見ていると本当に大変そうだ。
働いているのにやれ民生委員だのボランティアだのも大量に押し付けられて休日もしょっちゅう出かけてる。
昔はそれでもその地域を抜ける事が出来なかったから仕方なく利用されたままの人が多かったんだろうけど
理由は簡単だよ。その大阪の女子大生達は東京の大学生か東京の人にdisられたんだよ。関西の大学を蹴って東京にあるウチの大学に来た友人もおそらく東京の大学生か東京の人にdisられたんだよ。だから理由をはっきり言わなかったんじゃないかな。はっきり東京の人にdisられたと言わないのは優しさだろうね。
>俺はNHKの朝ドラ「てっぱん」も欠かさず観てるし、京都の桜や紅葉は大好きだし、讃岐うどんや稲庭うどんが無きゃ生きていけないんだぜ。
>そもそも、東京の大学生の間では、地方は食べ物や温泉、ゲレンデの事なんかはよく話題になるし
うーん、正直地方の地元人との意識のズレがあると思うよ。彼ら、地方人にとって当たり前のことと、首都東京の人、中央の人から見た地方というのは違うんじゃないかな。観光名所って地元の人はわざわざ行かなかったりするから。観光名所とかテレビで見た地方を知ってるぜと言われてもツライなー。首都東京だって大都市だけじゃなくて、郊外とか下町とかあるからね。
http://anond.hatelabo.jp/20080506041614
誰かやってそうなものなのに誰もやってないので書いてみる。
はてブ界隈に姿を見せる著名人たちを新旧拘らず、割と独断で書いていってみる。
(追記 2010-11-22)見直してみたら、GIGAZINE とかもろまとめ下と被ってて残念な感じだった。まあいいや。
(追記 2010-11-23)たくさんのはてブありがとうございます。はてな村というかホッテントリじゃんという意見があったのでタイトル変更しました。あとコメントの意見や思い出した分を下にぼちぼち追加していきます。政治家とか全然入ってなかったわ。
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サービスの規模を再検討して、VC は投資額を 3 ドルに引き下げたそうだ。
アップデート2:
後ろで爆発音がしたので振り返ってみたら。
(YouTube)
↑こんなことになっていたとは・・・。
普段から後ろにも注意が必要ですな。
いっそ振り返って爆発を浴びればいいんじゃないか。
爆発音がしたので振り返ってみたところに自分の携帯電話の契約者固有IDを、HTTPリクエストのヘッダとして、telnet で手作業で送信した。すると、思ったとおり、突破できてしまった。
「後ろで大きな爆発があったようです。もう iPhone もガラケーと同じようなものと思われつつあるのかもしれませんね!」
(訳:湯木進悟)
糸井「それで、爆発音がしたんですよ。」
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岩田「ええ。」
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糸井「そしたら、振り向かないわけにはいかない。」
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糸井「いかないでしょう。でも考えたらこれってすごいバクチ。だって爆発してるに決まってるんだもの。」
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岩田「バクチですね。でも分かるなぁ。わたしもそれとまったくおんなじなんです。」
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糸井「うん、うん。」
実際に爆発する音ってのを聞いてみると、マンガで書かれるような音。あのドカーンって幼女の近くで爆発が起きて思わずおしっこをパンツからじわり、ポタポタと漏らしてしまうような音じゃなくてバンって乾いた音が一瞬大きく鳴るだけなんですね、実際は。それで振り返りました。
「振り返れ…早く振り返るんだ…」
目が濁った、死んだメザシのような声が後ろから聞こえてきた。
爆発したような音がしたので振り返ると、月がいた。「このマンガは何ネ!?」
嫁バレしました。
後ろで爆発音がしたので、もちろんちきりんはすぐに振り返っちゃいました。
未来を潰されてもう詰んでいる若者たちもどうせ暇なんだし、振り返ってみたらいいんじゃないかな!混乱ラヴァーズですから。
そんじゃーね!
まぁ後ろで爆発音がしたというのは大変物々しい話ではありますけれども、GREE や mixi を巻き込んで爆発などして共倒れを希望してやみません。
後ろで爆発して、何か問題があるの?
「後ろで爆発音がした」何だと騒いでいるようだが、770~806MHz帯FPU(時価4700億円)を開放すればそうした騒ぎも収まるだろう。
爆発じゃ〜〜〜!800MHz帯が解放されないなら爆発じゃ〜〜〜!
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やってみて分かったことは。文章の癖が強く出る小説家とは違い時事ネタを盛り込まねばならないので比較的書きにくい。ということ。
本家と比べて分量が全然足りないが疲れてしまったのでもうポスト。
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ただ振り向いただけなんですけど、ジョニー・デップに激似ですよねって言われてしまうんです
ほんとただ振り向いただけなんですけど
「何 今の音?!どうしたの?
とってもチキンとした響きだと思います。アッハッハッハ!」
後ろで爆発音がした際に失敗せずに振り向ける10の方法
はてなユーザーが陥りがちな爆発音関連問題
爆発音がした時の振り向き方10選
爆発音が悲惨すぎる件について
爆発音で覚える英単語
爆発音を使いこなせる上司になろう
爆発音がこの先生きのこるためには
後ろの爆発音を知らない子供たち
爆発音がもっと評価されるべき10の理由
「だるい」「疲れた」そんな人のための爆発音
後ろの爆発音にまつわる噂を検証してみた
全盛期の爆発音伝説50
日本から「爆発音」が消える日
日本を蝕む爆発音
なぜ後ろで爆発音が楽しくなくなったのか
1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/09(水) 19:39:35 ID:BWbXGtNs0
けっこう大きい音したらしいぞ
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39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/09(水) 19:45:03 ID:rwPu6I2u0
http://livedoor.blogimg.jp/insidears/imgs/e/e/ee82931b.jpg
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48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/09(水) 23:41:26 ID:JcyyOxvZ0
>>39
あずにゃんペロペロ(^ω^)
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55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/06/09(水) 23:39:14 ID:2yEVuc7f0
>>39
ペロペロ(^ω^)
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( ゚毒 ゚)<廃村で何か爆発してた。
爆発音に振り向くというモノがなんだか良く分からないのです
(直筆メモ)
今回のビデオは、爆発音に振り返らなかった様子がありありと記録されていた。
【小泉】私は今回の、この件を考えるにつけて、なぜ、もっと早く振り向かなかったのか、そもそもはそこなんです。総理大臣にお伺いをします。
今回の、今日、爆発が起きたという一報を受けて、もっと早く振り向けばよかった、こう思いませんか?
【管】私は、あのー、何度も、おー、ま、あのー、おー、お聞きになっていたと思いますが、今回の一連の経緯の中で、えー、一般の行政情報、
おー、も、扱い、例えば大臣が自分の判断で表に出してもいい、やめとこうという事ができるものと、今回のように捜査がからんで、捜査上の資料という位置づけになったものをどう扱うのか、えー、
私も、総理という立場ではありますけれども、やはり、捜査に関連するものについて、個別案件に、どこまでですね、
えー、こうしろああしろと言えるのかというのは、第一義的には、えー、やはり捜査担当の、捜査当局が判断すべきものだと思っております。
ま、そういう意味で、今回の、おー、振り向くことについては、一定の手続きのもとに、えー、地検が例外的な措置を認める形で、
えー、この、おー、委員会に、出したわけで、あります。ですから私は、あー、そういった手続きの下でやられたことでありますから、
あーっす、必ずしも、おー、そういう手続きを無視する形で、えー、振り向くべきだったとは思っておりません。
ずっと「トカイ」にいかなければと思っていた。育った町は関東に位置している田舎だった。電車に乗れば東京までたかだか一時間半か二時間程度の場所だったが、それでも十分田舎だった。電車を目の前で逃すと一時間は待たなければならなかった。隣駅は無人駅で、最寄駅は7時にならないと自動券売機で切符が買えなかった。バスに至っては二時間来ないこともざらだ。終電や終バスも早くて、夕方が差し迫ってくるともう乗り継いで行った先の終電のことを考えなければならない。東京は近くて、でも遠い街だった。
電車に乗ってあの町が近づいてくると、見渡す限りの田んぼとその中をうねうねと伸びる農道が見える。街燈がぽつぽつとしかない道を闇におびえながら全力疾走で駆け抜ける夜も、夏になると井戸からくみ上げて田んぼに水を注ぎ込む小川も、稲穂の上を渡る金色に光る風も、その中を喜んで走る犬も、道端で干からびている車にひかれたイタチも、うっそうと道上に生い茂り時々大きな枝を落としている木々も、なにもかもが呪わしかった。どこへ行くにも遠く、こじゃれた店は大規模なショッピングモールの中にしかなくて、中高生はいつもそこに特に理由もなくたむろしていた。みんな都会に行きたかったのだ。すぐにつぶれてしまう店も、郊外型の広い駐車場も、市街地から外れればとたんに何もなくなって農耕地だけになるニュータウンもみな忌み嫌っていた。
私たちはたまに触れるなにか新しいものを含んだ風にあこがれ、騒がしい日常を羨み、便利さに憧憬を抱いた。都会に行かなければいけない、という思いはまさに呪縛だった。こんな田舎にいてはいけない、田舎はつまらなく、古びていて、垢抜けない。だから都会に行かなくてはいけない。
高校を卒業するとともに私を含めほとんどの友人は都会へと向かった。何人かは都会に住みかを確保し、住処を確保できなかった人たちはどこかに拠点を確保して、毎日何時間もかけて都会へと通った。
私は住処を確保できた幸運な一人だった。山の手の静かな住宅地の中の、学生用の古い汚い部屋でも、私にとってそこは「トカイ」だった。駅に着くまで田畑はなく、家々は軒を並べ、駅では10分も待たずに電車が来る。どの駅でもかなりの人々が乗り降りし、夜が更けても街燈は一定の間隔で並んで闇を追い払ってくれる。都会には月明かりに気付く余裕をもって往来を歩けるほどの安心があった。そのくせ、私が慣れ親しんできた大きな木々や古い河の跡や、四季はきちんとそこにいて、祭りがあり、正月があり、盆があり、そうやって人々は暮らしていた。盆正月は店が閉まってしまうということを知ったのも都会に出てからだった。
都内にありながら広大な面積を有する大学の中には山があり、谷があり、そして池があった。そこにいると、田舎のように蚊に襲われたし、アブラゼミかミンミンゼミくらいしかいないとはいえ、蝉の声を聴くことができた。近くに大きな道路が走っているはずなのに、喧騒はそこまでやってこず、昼休みが過ぎると静寂が支配していた。水辺で昼食をとるのが私は好きで、蚊に食われたといいながらよくベンチに座って、亀と一緒に日を浴びながらパンを食べた。
田舎でそうしていたようにどこへ行くにも自転車で行き、アメ横からつながる電気街や、そこから古書街、東京駅、サラリーマンの街あるいはおしゃれな店が並ぶ一帯までどこへでも行った。都会は平坦につながっているのに、どこかに必ず境目があって、境界付近で二つの街の色が混ざり合い、ある臨界点を超えると途端に色彩の異なる街になってしまうのが面白かった。その合間にもところどころ自然は存在していて、いつからそこに植わっているのか知らない大きな木々が腕を広げて日陰を作り、その下にベンチが置いてある。くたびれた老人がその下に座り、コミュニティが形成される。それが私の見た「都会」だった。
山の手の内側で育ち、閑静な住宅街で育った人たちは、ここは「イナカ」だから、東京じゃないという。私はそれを聞くたびに笑いをこらえきれなくなる。あなたたちは田舎を知らない。電車が10分来ないとか、駅まで10分くらい歩かなければならないとか、店がないとか、繁華街が近くにないとか、それだけで田舎だと言っているけれど、田舎はそうじゃない。
コンビニには車で出かけなければならないことも、コンビニは農協のようなものだということも、、新製品は何か月もしないとおかないような、そのくせいつからあるのかわからないような商品が段ボールで積み重ねてあるということも、あなたたちは知らない。発売と同時に新商品を手に取ることができる喜びにあなたたちは気づかない。駅と駅の間が近くて、自転車で行き来でき、一つの場所に店が集まっていないせいであちこち足を運ばなければいけない不便性は田舎のそれとは違う。
大きな木が育っていてもそれを管理せずに朽ちていくばかりにする田舎、邪魔になればすぐに切ってしまうから、町の中に大木は残らない、それが田舎だ。古いものは捨て、新しいもので一帯を覆い尽くすのが、田舎だ。昔からあるものを残しながら新しいものをつぎはぎしていく都会の風景とは全く違う。人工の整然とした景観があり、そことはっきりと境界線を分けて田畑が広がる区域が広がる。その光景をあなたたちは知らない。人工の景観の嘘くささと、そこから切り離された空間の美しさをあなたたちは知らない。新しく人が住む場所を作るために農地や野原を切り開いて、道路を通し、雨になれば水が溜まる土壌を改良し、夏になればバスを待つ人々の日陰となっていた木々を切り倒し、そうして人工物とそれ以外のものを切り離していくやり方でしか町を広げていくことのできない田舎を、あなたたちは知らない。人々は木漏れ日の下に憩いを求めたりしないし、暑さや寒さに関してただ通りすがった人と話をすることもない。車で目的地から目的地へ点と点をつなぐような移動しかしないのが田舎だ。あなたたちはそれを知らない。
盆や正月に田舎に戻ると結局ショッピングモールに集まる。友人とだったり、家族だったり、行くところはそこしかないから、みなそこへ行く。しばらく帰らない間に、高校時代によく暇をつぶしたショッピングモールは規模を拡大し、店舗数も増えていた。私が「トカイ」で足を使って回らなければならなかったような店が、都会よりずっと広い売り場面積で所狭しと並ぶ。それがショッピングモールだ。上野も秋葉原も新宿も池袋も渋谷も原宿も東京も丸の内もすべて同じところに詰め込んで、みんなそこは東京と同じだと思って集まる。田舎は嫌だ、都会に行きたいと言いながらそこに集まる。
ABABというティーン向けの店でたむろする中高生を見ながら、私は思う。下町を中心としたチェーンのスーパーである赤札堂が展開しているティーン向けの安い服飾品を、田舎の人は都会より二割か三割高い値段で喜んで買う。これは都会のものだから、垢抜けている、そう信じて買うのだ。確かにその服はお金のない中高生が、自分のできる範囲内で流行りを取り入れて、流行りが過ぎればさっさと捨てるために、そういう目的に合致するように流通している服飾品だ。だから安い代わりに物持ちが良くないし、縫製もよくない。二、三割その値段が高くなれば、東京に住む若者はその服は買わない。同じ値段を出せばもう少し良いものが変えることを知っているからだ。田舎に暮らす私たちにとってのしまむらがそうであるように、都会に住む彼らにとって最低限の衣服を知恵と時間をかけてそれなりに見えるように選ぶのがABABだ。そのことを彼らは知らない。
ABABのメインの事業である赤札堂は、夕方のサービスタイムには人でごった返し、正月が近づけばクリスマスよりもずっと入念にかまぼこやら黒豆やらおせちの材料を何十種類も所せましとならべ、思いついたようにチキンを売る。あの店はどちらかというと揚げ物やしょうゆのにおいがする。店の前には行商のおばさんが店を広げ、都会の人たちはそれを喜んで買う。若いこどもはそれを見てここは「イナカ」だという、そういう光景を彼らは知らない。
そうして私は「トカイ」という呪縛から逃れていることに気付くのだ。私はABABでいいものがあれば買うし、同じようにしまむらで掘り出し物があれば買う。田舎よりも安くで手に入れることのできるものは都会で買い、田舎で安く買うことのできるものは田舎で買う。どちらもよいところはあり、悪いところはある。便利なところはあり、不便なところもある。都会の人も「トカイ」にあこがれ、ここは田舎だというけれど、「トカイ」というのは結局幻想でしかないということを、私は長い都会生活の中で理解したのだ。便利なものを人は「トカイ」という。何か自分とは違うと感じるものをひとは「トカイ」のものだという。それは憧れであり、決して得られないものだと気づくまで、その呪縛からは逃れられないのだろう。
「イナカ」はその影だ。「トカイ」が決して得られない憧れであるなら、「イナカ」は生活の中に存在する不便さや不快さや、許し難い理不尽やを表しただけで、「トカイ」と表裏一体をなしている。「イナカ」も「トカイ」も幻想でしかない。幻想でしかないのに、私たちはそれを忌み嫌ったり、あこがれ、求めてやまなかったりする。だから田舎はいやなんだというときのイナカも、都会に行けばきっとと願うときのトカイも私の心の中にしか存在しない、存在しえない虚構なのだ。
私はオフィス街の中で聞こえるアブラゼミの声が嫌いではない。でも時々その声が聞こえると、田畑を渡る優しく澄んだ夕暮れ時の風を思い出す。竹の葉をすかす光とともに降り注ぐ、あの鈴の音を振るようなヒグラシの音が耳に聞こえるような気がする。
記憶の片隅に、一面に広がる田んぼと、稲穂の上で停止するオニヤンマの姿が残っている。
父方の田舎は、人口の一番少ない県の市街地から車で一時間半かかるところにあった。周りは山と田畑しかなく、戦前から10軒もない家々で構成される集落だ。隣の家は伯父の家だったはずだが、確か車で15分くらいかかったと思う。幼いころにしかいなかったので記憶はもうほとんど残っていない。免許証の本籍地を指でなぞるときにふと頭の中によぎる程度だ。父はあの田舎が嫌いで、転職と転勤を繰り返して、関東に居を構えた。あの村で生まれて、育ち、その中から出ることもなく死んでゆく人がほとんど、という中で父の都会へ行きたいという欲求と幸運は桁はずれだったのだろう。時代が移り変わって、従兄弟たちはその集落から分校に通い、中学卒業とともに市街地へ職や進学先を求めて移り住んでしまった。今はもう老人しか残っていない。日本によくある限界集落の一つだ。
引越をした日のことは今も覚えている。きれいな街だと思った。計画的に開発され、整然と並んだ町並み。ニュータウンの中には区画ごとにショッピングセンターという名の商店街があり、医療地区があり、分校ではない学校があった。電柱は木ではなくコンクリートだったし、バスも来ていた。主要駅まではバスで40分。駅前にはマクドナルドも本屋もミスタードーナツもある。旧市街地は門前町として栄えていたところだったから、観光向けの店は多くあったし、交通も車があればどうとでもなった。商店に売られているジュースは何種類もあったし、本屋に行けば選ぶだけの本があった。子供の声がして、緑道があり公園があり、交通事故に気をつけろと学校では注意される。
バブルにしたがって外側へと広がり続けたドーナツの外側の淵にそのニュータウンは位置している新しい家を見に来たとき、祖父母はすごい都会だねぇと感嘆混じりに行った。
父は喜んでいた。田舎には戻りたくない、と父はよく言った。都会に出られてよかったと何度も言った。ニュータウンにはそういう大人がたくさんいた。でも、都心で働く人々にとってニュータウンは決して便利の良い町ではなかった。大きな書店はあっても、ほしいものを手に入れようとすると取り寄せるか、自分で都心に探しに行くしかない。服屋はあるけれど、高いブランド物か流行遅れのものしかない。流行はいつも少し遅れて入ってきていた。都心に日々通う人たちはそのギャップを痛いほど実感していたに違いないと思う。教育をするにしても、予備校や塾は少なく、レベルの高い高校も私立中学もない。食料品だけは安くて質のいいものが手に入るが、都会からやってくる品は輸送費の分、価格が上乗せされるので少し高かった。都会からじりじりと後退してニュータウンに落ち着いた人々にとって、言葉にしがたい都会との微妙な時間的距離は苦痛だったのだろう。
子供にはなおさらその意識が色濃く反映された。簡単に目にすることができるからこそ、もう少しでつかめそうだからこそ、都会は余計に眩しいものに思えた。引力は影響を及ぼしあうものの距離が近いほど強くなるように、都会が近ければ近いほどそこへあこがれる気持ちも強くなるのだ。限界集落にいたころには市街地ですら都会だと思っていたのに、ずっと便利になって都会に近づいた生活の方がなぜか我慢ならない。
そして子供たちは大きくなると街を出て行き、後には老人だけが残った。さながらあの限界集落のように、ニュータウンもまた死にゆこうとしている。幸運なことに再び再開発が始まっているようだが、同じことを繰り返すだけだろう。
祖父母にとって東京は得体のしれないところだった。彼らは東京駅で人込みの歩き方がわからなくて、父が迎えに来るまでじっと立ちつくしていた。若いころだってそうしなかっただろうに、手をつないで寄り添い、息子が現れるまで待つことしかできなかった。そういう祖父母にとってはあのニュータウンですら、生きていくには騒がしすぎたのだ。あれから二度と都会へ出てくることはなく二人とも、風と、田畑と、山しかないあの小さな村で安らかに一生を終えた。
たまに東京に出てくる父と母は、あのとき祖父母が言っていたようにここは騒がしすぎて疲れる、という。どこへ行くにもたくさん歩かなければならないから不便だと言う。車で動きにくいから困ると言う。智恵子よろしく母は、東京にイオンがない、と真顔で言う。私が笑って、近くにイオン系列のショッピングモールができたし、豊洲まで出ればららぽーともある、といっても納得しない。田畑がない、緑が少ない、明るすぎるし、どこへ行っても人が多い。すべてがせせこましくてあわただしくて、坂が多くてしんどい。それに、とことさら真面目な顔になって言う。犬の散歩をする場所がない。犬が自由に走り回れる場所がない。穴を掘れる場所もない。彼らはそう言う。
あんなに都会に出たいと願ってやまなかった若いころの父と母は、あのニュータウンの生活に満足し、さらに都会へ出ていくことはできなくなったのだ。それが老いというものかもしれないし、身の丈というものなのかもしれない。生きてゆくべき場所を定めた人は幸せだ。幻想に右往左往せず、としっかりと土地に根を張って生きてゆくことができる。
私の住む東京と千葉の境目も、不満に思う若者は多いだろう。都内とはいっても下町だからここは都会ではない、と彼らは言うかもしれない。都下に住む人々が都会に住んでいない、と称するように自分たちの住む街を田舎だと表現し、もっともっとと願うのかもしれない。引力は近づけば近づくほど強さを増すから逃げられなくなるのだ。でも、もしかすると、都会の不便さを嫌って、彼らは田舎を志向するかもしれない。一つのところへ行きさえすれば事足りる、点と点をつなぐだけの便利な生活。地をはいずりまわって丹念に生きる必要がある都会と違って、郊外は行く場所が決まっているし、ネットがあればなんとかできる。彼らには、私たちが引力だと思ったものが反発力として働くかもしれない。未来は分からない。
それでもきっといつかは、みんな、どこかに愛着を抱くか、よんどろこのない事情で立ち止まるしかなくなるのだろう。祖父母がそうであったように、父と母がそうであるように、どこかに満足して、ここ以外はどこにも行きたくない、と主張する。それまではきっと都会と田舎という幻想の間を行き来し続けるのだ。
昨日、京都の恵文社一乗寺店に行ってきた。ネットでは話題になり雑誌等にも多く取り上げられ下町の一乗寺という立地なのにうっそうと流行っている。昨日行った時も人ゴミで店内は覆われていた。なぜAmazonなどのネット書店が席巻する現代でリアル書店が今尚健在しているのか。そんな疑問が気になって京都まで足を運んだというわけなのだが、結論を先にいうと、おそらく店内に並べる本のチョイスが斬新な点にあると思う。決して、店内の雰囲気がいいとか、雑貨が置いてあるとか、本の並べ方がいいとか、そういったことではないと感じた。
振り返ってみよう。現代の本屋さんとはどんなのがあるか。大きく分けて二つあって、一つはランキング形式を重視した1から100まで網羅している大型チェーンの書店。それともう一つは、対照的に、とある商店街の一角にひっそりとある「なんで潰れないの」的な亭主一人の本屋さん。もしくは、駅前の売れ筋商品だけを置いた小書店。・・・以上二つに分かれるわけだが、そもそも個人的には紙媒体の文化というのは、後数十年でマイノリティになると考えているので、前者はアマゾンと置き換わり、後者は間違いなく潰れると思う。
その点を少し掘り下げてから、恵文社の魅力にシフトしたいので少し寄り道をして欲しい。
なぜ、リアル本屋さんが今の経営だと淘汰するかというと、単純にデジタルネイティブ。つまり物心ついた時から活字はデジタルで読むものと教育されてくる子供たちが今後増えるからで、現在のアナログ世代とごっそり入れ替わった時には本屋さんの存在はマイノリティになるだろうと。それはこんな根拠があるからで、まだ日本語版のキンドルやiPadなどの電子書籍母体は発売されていないが、他の先進国ではもう地に根付いているといっていい。なんでかというと、公的機関、つまりは教科書がデジタル化に大いに役立っているからなのだ。アメリカの教科書というのは日本と違って、独学ができるように膨大の情報が詰め込まれており、分厚い専門書籍と化している。そんな分厚いものを何冊ももって移動となると、それだけで疲れてしまう。それを補ってくれるのが電子化による、データを持ち歩く方法で、子供の頃からそれが当たり前となると、どうなるか。先ほども言った、活字はデジタル画面で読むものという常識が固定されるわけで、それは必然的に、アマゾンでデータを購入してデジタル画面で読むという行為になり、リアル本屋さんというのが、今で言う、レコード屋さん状態になるだろうと推測せざる得ない。
さて、余談が長くなったが本題に入ろう。
そんな絶望的な本屋さん市場なのだが、それでも希望の光はあって、その光を感じさせたのが今日の主役の恵文社というわけだ。簡単に説明すると、恵文社というのは大型書店の後ろの方に眠っている良書を一般客に触れさせている点にある。人は皆、食わず嫌い性質が備わっており、変化を嫌い、予測できない事、物はさける行動をとる。それは本屋さんでも適応され、好きなジャンル本コーナーしか行かない。例え興味本位で哲学とか医療とかの書棚にいったとしてもちんぷんかんぷんで足を止める時間というのは刹那だろう。その点、恵文社はそれをごちゃまぜにしている。東京では最近オープンした松丸本舗がそれにあたるだろうか。漫画や古書を隣に並べるなどして、お客に刺激を与え、ハードルを下げ、好奇心、自分探しの森へ引き込ませる。それが最大の要因であり、恵文社が好まれる理由にあると思う。
しかしだ!! それでも甘いと私は思っている。もっと振り切れる必要があるのではと考える。
確かに、恵文社や松丸本舗という質に拘り一般人の琴線に触れるチョイスをする本屋さんというのは魅力的であり、集客力も案外ある。しかし、それが購買に繋がるというと、やや懐疑的な部分もある。絶対数が増加したからある程度は増えただけであって、どうもそういった第三のリアル書店というのは、雑貨屋さん、つまりは見て楽しむ本屋さん、ファッション的書店になっているのではないかと思う。
はっきり言って、今のやり方ではネットでも十分にできる。ごちゃまぜ方法的なやり方なんかだとネットの方が有利ではないか、立ち読みも楽勝にできるし、棚の入れ替えもすばやく展開できる。恵文社ネット版は安易に作成できるのだから、やはり今の経営方針ではまだまだだと個人的には考えている。恵文社にいるときに自分ならどうするかを思考していたので、それを少し紹介すると、ネットでできなくてリアルでしか通用しないもの。それはなんなのか。それはこんな事ではないか。
本を選択してくれるサービス。
本を購入するというのは、大きく分けて二通りあって、目的がはっきりしている買い方と紹介による買い方。反論を防ぐ為におさえておくと、ぶらっと立ち寄った本屋さんでふと手に取った本をペラペラと立ち読みし、なんとなく気に入って購入したとか、ジャケ買いしたとかは、前者に含まれる。それはあくまでも自分好みのものを手にとって見たからで、目的が決まっていると言っていいと思う。それで重要なのが、後者の紹介による購買で、書評をみてとか、本屋さんのPOPを見てとか、尊敬する人から進められたとか、誰かに決めてもらって本を買うという方法。わたしはこれがほとんどを占めているが、あと、好きな著者つながりとか。
要するに、数多ある書籍を目の前に置かれても、選択できないのが人間で、それは時代の流れて確かに収斂されてはきている。この恵文社のように、ある程度本屋さん側にチョイスしてもらって、その中からお客さんがまた選択すると。ただ残念ながら、わたしはそれでも多いと思っている。やはりある程度絞ってもらっても、本選びの時は不安なものは不安だし、お金のある人は別だが、数千円を投資するわけだから、何かにすがりたいのが世の末だろう。
そこでだ。もっともっと絞ってみてはと思ったわけで、想像していただきたい。とある本屋さんがあったとする。そこには、10冊しか本棚に並んでおらず、本と本の間のスペースは2,3冊分はあいており、そこには亭主が厳選した書籍がたっぷりの書評と並べて置いてある。まさに、セレクト書店というべきか、ポイントなのはそこでしか、その選択のサービスは受けられない点にある。有名人なら一人で経営しても問題ないだろう。例えば、書評で有名な弾さんなんかがセレクト書店をオープンすればそれなりに流行ると思うし、もちろんネットでは同じサービスは止める必要がある。しかし、知名度がない人や法人がやるとなれば、コツコツとやるしかない。
仮に恵文社程度の規模で私がプロディースするとすれば、ネットで書籍を沢山読む人を集めて書籍を選んでもらい書評を書いてもらう。そしてそれを店の本棚にならべる。ポイントは一人につき書棚一つ。それと個性的でバイアスのある書評家を選ぶ必要がある。となるとだ、かなり特殊な本屋さんになるのは自明だろう。無造作に置いてある本をお客さんが決めて買うではなく、数冊に絞ってやり本をお客が不安満載で博打買いするのではなく、この書評コメントに感化されたから買おうと、そしてその書評を書いた人が魅力的に感じてきて、その人が選ぶ本なら自分と結構趣味が合うので買おうと、最終的にはその選ぶ人のコアファンになればいうことなしだ。なぜなら、好きな人のお奨めする本は、本を購入するという行為に直結するからだ。
ってな感じで、本を選ぶのではなく、人が選ぶ情報を買うにシフトする必要があると考え、それと重要なのが、ネットではその情報を流さないこと。これさえ徹底すればリアル本屋さんも当分はやっていけるのではないだろうかと思う。本の種類を抑えるとコストもさがるし。ただビジネスとしての初期段階では本屋というビジネスモデルは選ばない方がいい。もしやるとしても、ローカルな趣味経営で止めておいた方がいい。現段階で書店経営している場合は考えるべきだろう。
ttp://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20080925
いまの時代は夢を持っているやつのほうが、
なんの夢もないやつよりよっぽどいいとされてるじゃない。
だって、夢を持っているんだからって。
でも、現実は同じなんだよ。
いま何もやっていないことに変わりはない。
それなのに、いまの時代は強制的に夢を
持たせようとし出したから、夢のないやつが
それを社会のせいにして、ナイフで刺しちゃったりするでしょう。
でも、夢なんて持たなくていいんだって
言わなきゃいけないんだと思うよ。
下町だったらさ、
いいんだよ、お前バカなんだからで終わるから(笑い)。
別に、人に誇れるものなんてなくていいんだよね。
ないやつだっているし、ない自由だってあると思うよ
東京っっても浅草・新橋・中野みたいな下町もアレば、六本木・青山みたいな高級地もあらなぁw。
ピンキリ場所次第でしょ。このご時世で、潰れて居抜きってのも増えてるだろうが・・・
潰れた店の跡地は、立地が悪くて流行らないから潰れるわけで・・・まぁ、いろいろあるよね。
そのスペックなら、一通りどんな店でも、自分たちだけで、増田抜きでやろうと思えば回せるんじゃない。
頼られるのはあとがつらいよ。お互いに。人生は長いからねいろいろあると思う。基本自立だと思う。それがお互いのため。
飲食なら、とりあえず、他のメンバーは飲食店住み込み仕事だと思う。スキル見につけないと。
ほかだと、資格物になっちゃうけど、介護とかは人が足りていないとは、たまに聞く。
とりあえず、店を持つだけの資金を貯めないとどうにもならんと思う。
タネ銭がないと何もできない。増田はタネ銭担当でまとまった資金を貯めるのを当面の目標にして
結局、家庭持ってなんだかんだを考えると、最終的日は店を4店舗まで増やさないといかんのだろう?やっぱり、本人たちの希望もあろうし。
言い方は悪いけど、恵んでやるんじゃなくて、引っ張り上げる。んなら、自立支援だから・・・。本人たちが考えることが重要だと思う。
あとは、増田が英語が得意なら、輸入か、輸出も考えるといいかもね。海外では安いけど国内では高いもの。もしくはその逆。があれば、それはそれで商売になるし。
60歳前後の夫婦二人で切り盛りする、カウンター7〜8席ばかりの小さなお店だ
マスターはちょっと見頑固そうなおっちゃんだがさにあらず、話が好きな人の良いおじさんだ。
おばさんも世話好きなお母さん、という感じ。
常連さんが次々に訪れ、食事と会話を楽しんでいく、そんなアットホームな下町の洋食屋。
と、自分でここまで書いてみても非常に憧れる良い店に感じるんだが、問題が一つある。
料理がしょぼい。
まず盛りつけが微妙。付け合わせの野菜が不味そう。事実不味い。要するに汚らしい。
味付けがはっきりしない。良く言えばソースの味に頼らない、素材本来の味を生かした云々とかいうことに
なるんだろうけど。
この店は揚げ物が売りなのでそちらはまだよい。
今日食べた牛肉の炒め物は、肉はぼろぼろ、一緒に炒めた玉ねぎにはなんか焦げ付き成分が付着して食べる
気をそぐ。
出されたとき、失敗作かと思った。でも自信満々で出すんだよな。確かに牛肉のうまみは感じた。しかし
全体的にぱさぱさで、残してしまおうか本気で悩んだ。
おばちゃん「こればかり頼むお客さんもいるんですよ」
ま じ か。
この店の常連は、アットホームな雰囲気があれば料理の味などどうでも良いのか。
……いや確かに俺の舌が超絶狂っている可能性も十分にあるだろう。
でも料理歴長いおっちゃんだったら、もう少し全体的な完成度をもう少し高められると思うんだ。
外食をするという体験を、もっと充実したものに出来るはずなんだよ。
…おばちゃん。他のお客からオーダーの入ったコーヒーを、コーヒーメーカーで作り始める。
ガラスのサーバーの底に1センチほど前回作ったコーヒーを残したまま作り始めてしまったよ。
まあ行かなきゃ済む話だよな。気に入らなきゃ。
みんな甘やかしすぎだ。