はてなキーワード: ヱヴァンゲリヲンとは
ヱヴァンゲリヲンのその後
ドクマへと投下されるエヴァ6号幾。胎動するエヴァ8号幾とそのパイロット。
セントラルドグマに幽閉されたリリスはその本来の目的である「物語」生成をはじめた。
ADAMを捕食したゲンドウ
リリスから生まれたエヴァ初号機は綾波レイ(碇ユイ/リリスの魂)と、碇シンジ(18番目の使途/リリン・人類)を体内に取り込み「神」へ続く階梯を昇る。
リリスは「物語」生成により因果律を支配し、時空間に多元宇宙を発生させる。
最終目標リリスを撃破する為にエヴァ初号機もセントラルドグマへ。
そこへ立ちはだかるEVA6号機と渚カヲル、月の裏側の地中深くの遺跡から発掘されたEVA8号機とメガネ。
超絶最終進化形態に差延し続ける碇ゲンドウの三つ巴の戦いの果て、全てを「捕食」する事によってエヴァ初号機は「巨大知性体リリス」を破壊するに至った。
「これで、全て終わる。リリスが発生させた「物語」は多元宇宙内で無限の物語と登場人物の役割を変異させながら、様々な形象を持って「君と僕のセカイ」を数多の数生み出してきたが、「君と僕のセカイ」の、全ての始まりを断ち切った事で劇終し、僕(シンジ)は救われる」
シンジを巡る「物語」は収斂したものの、リリスの暴走によって、多元宇宙はそのままとされ「重力変動源」やら「光の国」やら「蟲と話す少女」程度なら可愛いもので「シュバルツシルト境界面を割ったり」「多元宇宙の先の神」とか「天使」とか「妖精」とか「炎髪灼眼」やら「魔法」とか「FSS」とか「ハードボイルド・ワンダーランド」とか「浮虜記」とか「古事記」とか「日本書紀」とか「聖書」と「カエサルの物語」なんかが生まれた。
でも、その全ては「巨大知性体リリス」の記号的限界に直面している事が後に解明された。それらは東洋の島国に棲む少数民族が太古の昔に使用していた「言語」で書かれていたそうな。。
いや、別にガンダムでなくても良いんだけど。
お台場のガンダムに続いて、兵庫県では鉄人28号が立つらしいですよ。
土地代とかは別に掛かるにしても、47都道府県に1体づつ立てても100億あれば充分おつりが来るよね。
アニメの殿堂なんかよりよっぽど観光客受けすると思うんだよね。
全国巡礼したくならね? 俺、したい。
アニメの殿堂とか言ってるけど、博物館って最低でも半日は楽しめる様なものでないと見ても面白くないんだよね。
でも、半日も博物館で過ごしたら、更に周辺廻るなんて実質無理じゃね?
食事だって博物館の中か、せいぜいその直近だけ。
その点、実物大ロボットは見るだけなら金かからないし、幾ら観たって1時間も居れば飽きるから、その分周辺観光が潤うよ。
大仏とかと一緒。
維持費だってたかが知れてるし、検討段階から赤字前提で国の援助(=税金)が必要とか議論になってる様なものよりよっぽど投資効率良くね?
何より、飛行機で日本見ると、日本中にロボット立ってるんだぜ!
「皆様、右手に富士山が見えてまいりました。その麓には早乙女研究所と鉄の城マジンガーZがそびえております」とか
「当機はまもなく那覇空港に到着致します。右手に仁王立ちするガンバスターから放たれるバスタービームは灯台として活躍しております」とか
SUGEEEEE! CRAZYYYYYY! JAP! BANZAI!
と、外人さんも大喜びですよ。
間違いなく、アニメの殿堂よりもメディア芸術の発展に貢献すると思うんだけどね。
どうすかね?
ネタバレ有
既に結末は二回描かれている。そして数多の二次創作によって様々なEVAが描かれ、消費されている。
この作品がシンジの成長物語でしかないのであれば、シンジは描かれる度に、「物語」に翻弄され、何度も何度も身を削られ、苦痛に顔を歪まされ、辛い思いをさせられ、凌辱され、蔑まされる。それはあたかも2000年以上も磔にされ続けている「彼」のようである。
「破」はその無限円環に続く原罪からシンジを救う物語であった。
10年前、シンジは全てを失い、その代償として、ここにいても良い理由を見つけた。失ったものは余りに大きく、観る者には不快感と絶望を与えた。庵野は観客からも全てを奪い去っていった。
TV版も劇場版も、共に「大きな物語」に翻弄される「弱い子供のビルドゥングスロマン」だった。
大人になると解る
「この世界には自分の為に用意されたセットなど何も無く、スポットライトすら無く、自らの居場所は自ら創りだし奪い取って行くものだ」
自愛から慈愛への転換。
真希波という新しいキャラクターは「幸せは歩いて来ない、だから歩いて行くんだね」と謡った。彼女は前作へのアンチテーゼとなっている。
その真希波に誘われるように新しい物語は進み、シンジは彼女の信条を転移したかのように、その意志で自らの道を歩み出した。大切な、かけがえのないものを守る為の自己犠牲という愛の形。
綾波の命が失われずに済んだのも、トウジの妹が退院し、トウジの片足が失われずに済んだのも、アスカがメンヘラーにならずに済んだのも、全ては「破」においてシンジが慈愛に目覚めたからである。
アスカは予告において、旧劇場版のラストシーンでTV版第一話の綾波と同じように「包帯」で巻かれた左目を、伊達公宜しく威風堂々たる「漆黒の眼帯」に変えて現れた。アスカは明らかに、前作よりもキュートに、セクシィに、力強く描かれている。
庵野秀明は、「誰も不幸にならない世界」を描こうとしているのかも知れない。稚拙かも知れないが、物語として、純粋に強度のある作品を創ろうとしている。最高のエンターテイメントを。
EVAは、日本製アニメーションには珍しく、海外での評価が低く国内、国外での温度差が激しい。理由としては、特にシンジの評価が低い点が挙げられる。庵野秀明のように才能のある作家の作品としては珍しい。
シンジは、最高のエンターテイメントを指向する際に、庵野自身にとって克服すべきハードルであった。
新劇場版で庵野は「破」において、既に数多描かれている「弱い子供のビルドゥングスロマン」を早々に切り捨て、新たなステージへ観客を誘っている。
乗るか反るか、観客は庵野に試されているとも言える。庵野が今までも、観客の期待を裏切り続けてきた事を鑑みると、私達は新劇場版を、数多のEVAとは全く異なるモノとして観る必要があるだろう。
次世代を担う若者へ、不安が支配するこの世界で希望を与える物語として、新たに書き換えられたエバの全く異なるもう一つの姿に、観客は堪えられるか。
私達の強度が試されている。
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』みてきました。すごく面白かったです。
現時点で2回みてます。たぶんもう1回ぐらいみにいくはず。
感想残したいけど、ブログとか持ってないので、増田に書きます。
とりあえず、結論は2つ。
・劇場版50年後も語り継がれるような大傑作になると思う(キリッ)
・ぼくのかんがえたげきじょうばん第4部、タイトルはA
・劇場版50年後も語り継がれるような大傑作になると思う(キリッ)
ラスト付近「私が死んでも代わりにはいるもの」→「そんなことないよ!ばか!の」くだりについて。僕は人生の多感な時期の多くを2000年代に過ごしているので、(id:y_arimさんやid:maremlinが絶望したのもすごくわかるのですが)この旧劇場版とは正反対の結論に、とても感動しました。
多くの方がすでに指摘されていますが、2000年代の作品に「現実が厳しいかったりトラウマがあったりするのは、もう、しょーがない。そこでどう生きていくかが大事」みたいなテーマが多いのは、少なからず、1990年代のエヴァンゲリオンの影響があると思います。そして、エヴァンゲリオンが、その作中、執拗なまでに現実の不条理と厳しさを描きつつ『それにどう立ち向かっていくのか』と問題を提示し、それを乗り越えようと懸命に努力しながらも、土壇場の25話と26話で「やっぱむりっすわー、きびしすぎ」と全部放り投げてしまったことに対して、多くの人が共感しつつも、「それはないんじゃないか」「もっとほかにやりようがあるんじゃないか」と、新しい25話と26話をつくりだしていった。それが多分、僕が人生の多感な時期に夢中になった『ぼくらの』であり『ダービージョッキー』であり『フラワーオブライフ』であり『木更津キャッツアイ 』であり『EDEN』であり『ソラニン』であり、その他多くの、僕の知らない作品だと思うのです。
破の作中、シンジの聴いていたウォークマンは、いつもトラック25と26をいったりきたりしていました。
シンジによって救い上げられたレイの手には、トラック25と26の入ったウォークマンが握り締められていました。
『るろうに剣心』の単行本のおまけページで和月伸宏さんはエヴァについて、「途中までは面白かったけど、ラストはあんまり好きじゃない」とコメントしていました。
『るろうに剣心』のラストエピソード、自分自身の過去と向き合う人誅編は結局、不恰好ではありましたが、ハッピーエンドで終わりました。
2003年、大槻ケンヂが「グミチョコレートパイン」パイン編を出しました。不恰好なハッピーエンドでした。
『「グミチョコレートパイン」パイン編を読んで号泣。8年間待ちつづけて本当に良かった』
僕も今回の破をみたとき、同じようなことを思いました。
・ぼくのかんがえたげきじょうばん第4部、タイトルはA
新劇場版第3部のタイトルが急からQへと変更になった時点のを次回予告をしったときに、「じゃあ第4部は多分Aだなゲラゲラ」とか言って笑ってたんですが、
今回の新劇場版のテーマとかをゆっくり整理した今「もしかすると本当にAかも知れない」「むしろAであってほしい」と思いはじめています。
結論に至った背景は以下。
ウルトラシリーズとの類似点の多さと、「QときたらAだろ」という安直な連想の元、仮に第4部が『A』だとして。そこから当然に連想されるのはウルトラマンA(エース)です。
ウルトラマンAは、歴代ウルトラマンシリーズの中でもっとも多く敵に倒されました。それでも何度も復活しました。
ウルトラマンAは、シリーズ中唯一男女2人が力をあわせることで変身します。1人では何もできません。(途中からできるけど)
『瞬間、心、重ねて』のエピソードは破において、まるまるカットされました。(ちなみに個人的にTV版のベストエピソードだったので、すごく悲しかった)
ヱヴァンゲリヲン新劇場版は、再び執拗なまでに現実の不条理と厳しさを描きつつ『それにどう立ち向かっていくのか』という問題に対して、それに対して立ち向かっていく姿勢が強く示されました。しかし具体的な方法までは、まだ示されていません。僕は、その『Q』に対する『A』が、ウルトラマンAの出した答えと同じであってほしいと願っています。
「優しさを失わないでくれ。弱い者をいたわり、互いに助け合い、どこの国の人たちとも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。
たとえ、それが何百回裏切られようと……それが、私の最後の願いだ」
東のエデンを見ている最中は、これが新しい物語を作る00年代というものかと思ったが
あの最終話では終わらない物語を終わらせるという事にはならなかった。
終わらない物語というものは物語自体の繰り返しであり、物語の外へと広がる物語も
含まれるが、エヴァンゲリオンはその意味で終わらない物語のエポックメイキングだった。
そしてミームは広がりエヴァは終わらない物語を何やかんやで10年も続けたわけだ。
しかし世の中の大体が80年代、90年代で括られるように00年代というアニメがそろそろ
規定される頃だろう。そして00年代は東のエデンになる、という人も居た。
確かに東のエデンには、エポックメイキングたらしめる要素があっただろう。
特に、ノイタミナという枠は流行という面で他のアニメには真似できない要素である。
流行=面白さでない事は確かだろうが、流行⊆面白さという側面はある。
ガンダムは終わった物語だったが、流行したからこそ面白さはより深くなっていった。
時代を規定するものにはやはり流行というものが必要だろう。
しかし様々な要素を含んでいた東のエデンも結局物語を閉じて一つの面白いアニメ
で終わった(劇場版を残しているので現時点で)
結局物語のパッケージの中で引き出すものが無い時点で、象徴的なものにはならない
のだろう。
何故こんな事を思ったかというと、ヱヴァンゲリヲン 序に次いで破においても、終わ
らない物語を終わらせるという点を意識出来るからだ。何故かは破を見て欲しい。
庵野秀明は10年に渡ってエヴァを超えるアニメは無かったと書いていたが、終わらない
物語を終わらせる役割が居なかった事を言っている、と思う。だからこそヱヴァで
古い人類を消して新たな生命を誕生させるという試みを見せるのだろう。
(という事を誰かが書いていたような気がするものの見あたらなかったので頭を整理してみた
大事な話が抜けている気がする)
今年、26歳になるオンナです。
新聞の折込求人広告で見つけた某学校の受付事務として就職をしました。
自分なりに頑張ってやってきたつもりでしたが、職場でどうしても合わないお局がいたので、
結局、今年の3月一杯で辞めました。
頑張っても合わない人間というのはどうしてもいるものなのです。
お昼休みは約1時間あるのですが、同じ部屋でご飯を食べるのが物凄く嫌で、
私は昼ドラを見ながら、さっさと昼食を済ませ、いつも駐車場の自分の車の中に居ました。
たまに近くのコンビニや、書店に行って、暇を潰していたりもしました。
まぁ、便所飯でなかっただけ、マシだと思いますが、一歩手前まで来ていたと思います。
勤めだしてから約3年の月日があっと言う間に過ぎてしまったように、
私が勤めていた会社は、週休1日で、ほぼ毎日のように午後9時まででした。
それでもまぁ、繁忙期以外は、午前10時からの出勤で、
シフトによっては午後1時からの出勤の日もあったので
それ程、キツイ毎日ではありませんでしたが、
でもまぁ、普通の人達よりも出勤時間が遅かった分の引き換えだと自分では思っています。
3月の20日付けで、会社を辞め、しばらくの間はゆっくりと過ごすつもりでした。
でも、週休1日だった私にとって、連続での休みに物凄く嫌悪感を覚えるようになりました。
最初の内は、部屋の片付けをしたり、要らないマンガを古本屋に売って、
5,000円儲かったので、喜んだりしていました。
古本屋で5,000円も儲かるというのは、かなりの数のマンガを売った事になります。
そう言えば、無職になってから初日に古本屋でマンガを売りに行った時に、
しょうもない打撃を受けました(苦笑)。
マンガを売却する際に、自分の名前や住所を記入する用紙に、
自分の職業をチェックする欄があったのですが、私はどうしても【無職】の欄にチェックする気持ちになれず、
何をカッコ付けているのか、【その他】の欄にチェックを入れました。
無職になってから、1週間が経ち、私はようやく重い腰を立ち上げ、
区役所で国民健康保険の手続きに行ってきました。
病気になった時に困るからね。
丁度同じ頃に辞めた会社から、『ちょっと印鑑を持って会社に来てくれ』と電話があり、
嫌々ながら、足を運ぶと、『【退職届】を無くしてしまったので、申し訳無いが、書き直してくれないか』と頼まれ、
私と同じ日に辞めた社員の退職願をお手本に書き直しをさせられました。
どうやったら、【退職届】なんか無くせるんだ?と思いながらも、その場を早く立ち去りたかったので、
無駄話をせずに、さっさと済ませました。
【離職票】が無い事には職安に行く事が出来ないので、1週間近く待っていたのですが、
ハッキリとは言わなかったけど、上司はすっかり忘れていたみたいです。
何という・・・。
そりゃぁね、辞めた人間の事なんて構ってる暇が無いかどうかは別として、興味無いだろうけど、
それでも、会社として、そこはキチッとやっとくべきだと思うのだけどなぁ。
その後、何とか【離職票】を手に入れて、職安で失業給付金を受ける為の手続きを済ませてきました。
出来る事ならば、失業給付金を受け取る前に職を決めたかったけど、
中々見つける事が出来ずに、4ヵ月が過ぎ、
失業給付金を受け取る羽目になってしまいました(口座への自動振込みだけどね)。
一人暮らしをしている人にとったら、失業給付金が振り込まれるのは実質4ヵ月後ってのは
結構辛くないか?と思うのだけど。。。
まぁ、その前に次の仕事を決まるまでに4ヶ月もかからない人が多いと思うけどね、
一人暮らしをしているというバイタリティがある時点で。
私は・・・と言えば、自分の納得出来る仕事を中々見つける事が出来なくて、
その間にパソコン教室に通って、Microsoft Office SpecialistのWord2003とExcel2003の
全く意味の無い資格を取得して、ドブの中に10万円捨ててみたり・・・。
住民税を減免してもらう為に区役所に足を運んだり・・・。
年金を支払う為に、初めて銀行の窓口で手続きをしてみたり・・・。
兎に角、無職でいるにも物凄くお金がかかるという事がよく解った。
ニコニコ動画にハマってみたり・・・。
[らき☆すた]、[さよなら絶望先生]、[School Days]、、、、。
此間なんか、平日の昼間(レディースデー)からヱヴァンゲリヲンの映画を観てきました。
ラミエルが超格好良い・・・。
それにしても、何でこんな平日の昼間から、20代前半ぐらいの人間がわんさかいるんだ・・・と
将来が不安になりま・・・せんでした。
うん、痛いんだ(´・ω・`)ショボーン
でも、メンバー3人と学年齢が同じだから、セーフかな?って思ってる。
でも、決して、働いたら負けかな?っては思ってないんだ。
26歳のオンナと言えば、明日の子供の幼稚園のお弁当のおかず何にしよう・・・って考えてる年頃だと思うんだ。
でも、今の私は全然違うんだ。
私みたいなオンナやオトコっているかしら?
何か支離滅裂でごめん。
昨日の[ジャイケルマクソン]で、チュートリアルの福田が、家賃33万円のマンションに住んでるって話をテレビで見て、
売れたら凄いんだろうな・・・って思った。
私は今日のウォーキングの時にローソンで、toto BIGを買う事にするよ。
何てたって、当たれば凄いからね。