はてなキーワード: リフレとは
http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20110827#p1
首相候補がリフレ政策を表明したのは馬淵が初めてって書いてあるけど、俺の記憶が確かなら橋本が参院選負けた後の自民党総裁選で小渕や梶山静六が積極的な財政金融政策を掲げてたような気がする。昔だからネットで検索しても出てこないし、当時の新聞雑誌も持ってないから勘違いかもしれんが。あと小泉の時も亀井静香が総裁選に立候補して景気対策でいろいろ言ってたはず。総裁選でどういう公約だったかはともかく小渕政権時代に0金利にして長期国債買い切りオペを増やして財政出動するという政策が実行されたのは事実なわけだから20年ずっとリフレを採用する政権がなかったとか小泉だけ試みたってのは違うんじゃなかろうか。
要するに「何でリフレやんねーんだ、インタゲやれクソが」というような論調なんだが。
ベーシックインカム議論の盛り上がりも間違いなくその延長にあると、先日確信した。
特に「ちょっとやそっとじゃ動かないほど飽和した市場にオラオララッシュで現金を叩き込めばどうなるのか」
これは、未だ人類が体験したことのない話であって、ぶっちゃけ何が起こるかわかんないのだ。
中央銀行がそんな施策を取れるわけもなく、「ムリに決まってるだろ」で結論が出る話だ。
一通り何もかもを試し続けて(実際、日銀は色々やっている)その結果として、死ぬか生きるかの最終手段とするなら
話はわからないでもない。しかし、現在の状況で市場への資金供給手段としてのベーシックインカムは、極めて不適当だ。
ベーシックインカム、というものはインフレの中で絶対に切り下げられない。
通貨価値が落ちるほど、供給は増やしていかなきゃならない。ベーシックインカムを払う→インフレ→額面増やす→オワタ
になる可能性が明確に見える施策を、中央銀行がそう簡単に選べるわけがない。
また、リフレの議論にしても「じゃあインフレさせろよ」と言われても、総量緩和も失敗に終わった現在
市場を「ゆるやかなインフレ」に持ち込む方法論って、一つでもあるんだろうか。
こんなことは、人並みの脳があればわかることだ。
リフレ派の議論が無価値とは言わないが、「やれること全部やって死ぬか生きるかになってから」が
議論の終着点であるのは間違いない。リスクヘッジが不可能で、かつ方法論も存在しないからだ。
BI的な、「マーケットの末端にマネーを飽和させる」策は、中央銀行としては絶対にやりようがない。
どちらかといえば、それは政府の仕事なのだ。公共投資の新たな形、適切なる場所に適切なる流動性を供給する
でも、日銀はそれなりに必死こいてるし、現在のところリフレ派さんたちのロジックを支える根拠は
陰謀論だ。
悪の日銀がデフレを起こさせている、日銀は政府と結託して悪企みをしている。
これが、論理の背後にある。しかし、中央銀行というのはその成り立ちとして通貨の信認を守る、通貨の番人だ。
そんなアクロバットが出来るはずがない。その彼らですら、一定のインフレを認めそこへ誘導するという
非常に過激な施策を行っている。この状況下でベーシックインカム、なんてキチガイ沙汰だ。
何度でも言うとおり、マーケットの末端に限界を超えた流動性を供給した場合、どのような結果になるか。
どの程度の供給が、どのような結果を生み出すか。この世の誰にもわからない。
こんな当たり前の結論が、何故かかき消されている。
市場にカタストロフィを「起こしえない」、インフレーション・ターゲティングの方法論を
一つでもご存知の方がいたら教えていただきたい。現状、国民全ての経済生活を秤にかけて、
尚足りる方法論が、一つでも存在し得るのか?
ベーシック・インカムの精神そのものには、私は反対の立場じゃないんだけど、どうしようもなく疑問なんで答えて欲しい。
BIの導入に伴う問題点として、税収の絶対量についてはこの際論じない。それ言えばキリがないので。「国債の自己引き受けで余裕さ、地球の自転が止まらないように輪転機も永劫を輪廻するのさ」という前提を置いておく。お予算の問題は、無いものとしての議論。
その上で、まぁBIを導入したとする。日本の人口一億2000万人×10万(仮にね)×12ヶ月のカネがマーケットに流れていく。すると、まぁ需要は喚起されるよね、間違いなく。みんながどんどんお金を使い、市場はマネーで潤いこの世の楽園となる・・・んだろうか?
疑問は二点ある。
一点目は「喚起された需要が果たして国内に向かうのか?」ということ。我々の消費生活は、多くの場合輸入に依存している。中国産製品、例えば100均ショップにある小物類のお値段は、つめ切り一つにしても国内生産のものの四分の一とかそんなものだ。現時点でも、高品質・高価格帯を除けば国内生産品はほとんど壊滅に近い惨状にあると言っていいと思う。これは、皆さんが周囲を見渡せば容易に理解されることだ。メイドイン・ジャパンのチェアで増田を嗜むブルジョワ御仁がどれだけいるか?
すると、国内のマーケットに供給されたマネーは個人の消費性向の問題として、国内を潤わせることなく海外へと流出していくのではないか?インドの綿製品が流れ込んだイギリス状態になる気がするのは私だけかな。
例えば、日本銀行は最近になって通称「成長基盤オペ」と呼ばれる金融政策を打ち出している。これは、銀行にどれだけカネを供給してもマーケットに出て行かないことに業を煮やした白川さんが、「じゃあピンポイントでヒモつきのカネをブチこんでやるよ!」という、局所療法に出たわけだ。これは、理解しやすい。しかし、それに対して全く逆の効果を持つのがBIではないか。
確かに、総量緩和による政策は果てしないマネーを預金に積もらせただけで、観念的バベルの塔を築く以外にはほとんどなんの効力ももたらさなかった。しかしまた、同様にグローバル化の世界において民衆にカネをばらまくことは、海に向かって魚を放流すること以上の意味を持ちえるのだろうか。もちろん、マグロが近海を泳ぐようになるならいい。しかし、そのイワシは大方が真っ直ぐ中国に向かってしまうのではないか?
もちろん、魚を囲う「網」になり得る可能性は存在する。マネー総量の爆発的な増加による円安傾向、並びに通貨価値の下落(これを、通貨信認の毀損と呼ぶことも出来るが、それはめんどくさい議論になるので後述。また、「バーナンキの背理法は間違っている」という可能性も排除する。)これが天然の関税として作用する可能性はないか?
円の価値が思いっきり落ちて1ドル150円になったとする。確かに輸出産業は活況を呈するだろう。しかしその一方、我々の消費傾向が国内回帰する可能性はあるか?私は難しいと思う。仮に、中国産製品の値段が二倍になったところで、それでも我々はメイドイン・チャイナの椅子に座り、メイドイン・チャイナのつめ切りを使うのではないか。
この段階で、議論はフィフティ・フィフティだ。どっちに転がる可能性もある。輸出と輸入は美しいバランスを保ち、冷戦構造のような調和ある対立を得るかもしれない。しかし、BIの性質そのものがメイドイン・チャイナを強力に後押しする可能性を考慮して欲しい。というのも、こういうことだ。労働価値というのは、A・スミスの慧眼が予見したとおり通常市場における神の見えざる手で決定付けられている。それに対して、半ばマルクス的な色合いを持つ「最低賃金」や「基本的人権」の観念、ひいては労働法規がその下限を決定付ける。翻ってこのBIの制度、これはかなり強力に労働単価を引き上げる効果を持つのではないか。
平たく言えばこういうことだ。働かなくても食える世界で、時給640円で働く労働者は存在し得るか?ということ。これは、人間の性質に関わる議論なので、ソヴィエト連邦の国家運営がうまくいくかどうかと同じくらい「やってみないとわからない」。しかし、偉大なるレーニンやサン・シモンに敬意を払った上のこととしても、私は多分ダメだろうと思う。いや、ダメだろ?BIには、鎖国、ないしは強力な関税政策が必要になる。
そして、更なる恐怖がBIには待っている。これが疑問の二点目だ。それは、わが国の根本的性質に深く関わっている。
それは、わが国は「カロリーベースですら食料が自給出来るか微妙」ということ。そして、更に絶望的なるもう一点。「資源がありません」ということ。円高になればなっただけ、輸入コストは増大する。これに更に追い討ちをかけたのが先日の震災だ。原子力抜きで、エネルギーの自給が果たして出来るのか?1ドル150円になれば単純計算でガソリン1リットル300円くらいだろうか。さて、果たしてこれはどうなる?
企業家にとっては恐ろしい未来が待っている。労働単価は高止まりし、原料費は高騰する。こうなると、「円建てで取引するのがそもそも間違ってんじゃないか」という思考に陥る可能性すらある。折角需要が喚起され、天然の関税障壁に守られたかに思えた国内生産品も価格競争力を持つことが全く出来ない。
そして追加的な怖さはこれだ。確かに、私もバーナンキの背理法は間違っていないだろう、と思う。確かに、マネーの総量が経済に影響を「与えない」と仮定するなら、世界はすぐに楽園になるだろう。なるほど、どこかで必ず飽和点は訪れ、円高は終わりを告げる。問題は、緩やかに落ちるかキリモミ落下して地面に突き刺さるか、だ。確かに円は高い、しかしわが国の財務状況は決して明るい未来を指し示してるとは言えない。つまるところ、通貨バブル、国債バブル(私は現在の状況をそう認識しているが、これには異論があるかもしれない。むしろ、通貨の絶対価値とはスイスフランによって計測されるべきである、という考え方に対しては一理を認めるしかない)が大爆発するリスクはどうだろうか。BI,とはベーシックなインカムである。それは、やはりベーシックなインカムと呼びえるだけのキャッシュフローでなければいけない。しかし、それだけのマネーを市場に放った結果について、我々は誰も知りえない。バーナンキの背理法は「リフレ政策の効力を約束した」わけではない。むしろ、「長期的に人は必ず死ぬ」といったニュアンスに近い。老衰で死ぬか、腹下しで死ぬか、爆散して骨も残らないか、誰にもわからない。
しかし、これは端的に私の知識不足、ないしは知能・理性の絶望的不足に根ざしている可能性も否定できない。
私は、BIの精神性を否定しない。むしろ高く評価するし、すばらしいと思う。ここがウクライナだったり、あるいはアルゼンチンであるなら、是非にもやるべきだと思う。また、日本が産油国であればもっといい。しかし、そうではない。
ベーシックインカム論者の反論を求む。
あ、ごめん。労働単価の高止まりの根拠として、「BIは高税率が回避できない」ってのがあった。多少働いても、まぁかなり少なめに見積もっても半分は税金で持ってかれる。厳密に計算したわけじゃないけど、「どんなに少なくても」それくらいは要る。労働意欲の喚起はかなり難しいだろうと思うよ。
デフレ脱却議連の主要メンバーには、外国人参政権に反対し、靖国神社にも参拝している代表的な議員がたくさんいます。彼らを売国呼ばわりする人は、外国人参政権賛成&靖国粉砕という思想を持っているのでしょう。バレバレすぎる尾崎っぷりに引くわ。 #defle
https://twitter.com/smith796000/status/71184832067153921
リフレクラスタとネトウヨクラスタの融合が見られるとはw リフレ派はリフレ政策への賛成という紐帯が存在するのみで党派性がないなんて寝言をほざいていた方々は、上念氏をきちんと批判するんでしょうな? そういう言動が、リフレ派に党派性があるという誤解を招くのだから止めろ、と。
ついでに、リフレへの賛意がネトウヨ的主張への政治的動員に流用されるのではとの懸念を表明した人々に対して、
まあ、率直にいって、いまさら右派と左派とかよく本人もわかってないような対立軸持ち出して、ある特定の経済政策を主張する人を批判する場合は、1)その主張する人が感情的に嫌、2)別な私的利益を守りたい のいずれかでほぼ間違いないと思う。そうでなければ、ただの古臭い思想ボケ
http://twitter.com/hidetomitanaka/status/21626737559
と的外れ極まる言いがかりで応じていた田中センセは、当然謝罪してしかるべきだけど、謝罪できるだけの知能と誠実さがあれば、そもそもこんな言いがかりはしませんわなw
彼らだってろくすっぽ対案出せてない以上菅の対応が悪い悪いと言いつつ自分たちがやっても良くなりようがないって分かってるだろうし、この状況下で政局仕掛けたら全てが悪化するという自覚くらいあるだろう。その上で対応を悪化させてでも政局仕掛けてるくらい政局至上主義な連中が、今更リフレと政局天秤に掛けてリフレだけは譲れない!とか言うかぁ?と思うんだが。
自民党の中川秀直元幹事長は27日、内外ニュース東京懇談会で菅直人首相の東日本大震災や原発事故への対応を批判し、「非常時の首相にふさわしくない。民主党が後継を作れないなら大政奉還するのが憲政の常道だ。(自民党の)谷垣禎一総裁が首相、仙谷由人官房副長官が副総理で、期間限定1年間の内閣なら自民、公明両党はまとまる」と語った。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110427/stt11042723000005-n1.htm
さて、リフレ派の反応が見物である。リフレ理解者として持ち上げてきた中川元幹事長が、反リフレ巨魁の一としてdisってきた仙谷副長官の下に入ってもいい、と爆弾発言したのである。
リフレ派が誠実なら、
のいずれかしか選択の余地はないんだけど、それぞれ不都合だ。1.は当面楽だけど、今後ずっと敵対していく覚悟ができるはずない。2.は、とりわけ復興国債引受の議論で、すぐに妄想であることがばれる。3.だと、1年間は国債引受の議論を封印しなければならないけど(だって、引受反対の仙谷を担ぐことを「許容」するんだから)、そんな自制を課すなんて想像できない。
さて、どういう反応かな。
「リフレ派は増税に反対してるから多数派になれず政治戦略が拙い」みたいなこと書いてあるけど、
そもそも政治戦略について論じたいなら主要政党の公約とか実際に行われた政策に触れるべきなんじゃなかろうか。
参院選の公約ではみんなの党以外でも自民とか新党改革がインフレ目標かかげて、改選議席では過半数とったし、みんなの党以外は消費税増税も公約してたわけで増税に反対してるとか多数派になれないとかいうのは現実の政治と真逆。
それにリフレを主張してる有名人でも増税に賛成してるのは勝間やら高橋含め何人もいるわけでいったいどのあたりが観測範囲なのか気になる。原発推進とか小泉改革の片棒担いだような奴は嫌がられるから戦略が悪いとかいうかもしれんが、それを言い出したら増税派の与謝野は小泉政権で閣僚歴任してたり、原発会社出身で原発を所管する通産大臣やってたわけでリフレより消費税引き上げ派のほうが政治戦略つたないとか批判する気にならないもんなのだろうか。
しかもリフレはゼロ金利量的緩和で外貨や株社債の購入とか不十分ではあれ少しずつ実現してるのに、消費税引き上げのほうは大新聞は賛成派ばかりで民主や自民とか大政党が公約に掲げてたこともあるくらい後押しされてるのに1%すら引き上げることもできずに税収を超える財政赤字で福祉充実のために必要な額まで賄うにはほど遠い。今回も震災で引き揚げれそうだったのに野党が反対して無理そう。本気で引き揚げたいなら不人気で失脚寸前の管内閣に提案させないほうがいいだろうに。
(もっとも「もしくはウソを言っても一般人にはばれないことをよく知っている」という推論が正しい確率がどの程度あるかについては疑問があるけど、まあ、論理的にはそういう可能性ががることを否定はできない。)
しかし、「いずれにしてもクズ」って、どうして付け加えちゃうんだろ。
それを言うことで、リフレ(でもなんでも、とにかくデフレ脱却)に何かプラスになることがあると考えたんだろうか。
それとも、単に感情的になってるだけだろうか。
前者だとすれば、その考えには同意できない。肝心なのは巷に溢れてる「国債の日銀引き受けは禁じ手です」っていうもっともらしい解説を見聞きして「ああ、そうか、禁じ手なんだ」と素直に受け入れちゃう人達に、いや、少なくともデフレの時はそうでもないです、っていうことをちゃんとわかってもらうことじゃないのか。で、そういう人たちに向かって「あの池上さん」のことを「クズ」って言いきって見せることで、何がしかの望ましい効果が起こるとはとても思えない。せいぜい最初から同意見の人たちがちょこっと気持ちよくなるくらいで、少数派同士で気持ち良くなっててもしょうがない。
後者だとすれば、まあ共感はできる。ただでさえ震災やら原発やらでガックリきてるのに、この蔓延というか猖獗を極めるデフレ愛のことを考えると、本当にお先真っ暗で絶望的な気分になるもの。毒の一つや二つは吐きたくなるだろう。
で、僕としては後者だと思っておこう、そして、あの黒木掲示板の黒木さんですらこういう毒を吐くくらい状況は暗い、ということをせめて多くの人にわかってもらいたい、と考えている。
元増田ですが、やっぱり「リフレ派」は黙ってたね。矢野さんぐらい? みんなの党支持じゃないよ、程度でも言及したのって。
>徒党でないという錯覚は、ここでも言われているように一つのテーマ以外実際意見がばらばらで、しかも、、、ようは個人が自分のパソコン見てるだけですから、「徒党」になってる自覚・実感をそもそも感じにくい(あ、でもシノドスの「飲み会」とかには行くんだな)。
>ところが現実には徒党になっているいい証拠の一つに、みんなの党がああいう超緊縮予算案を発表したら「リフレ派」の人たちはみな黙った、煽っていた大学の先生方も黙ってスルーした。それに対して、おおっぴらな疑問が内部からあまり出てこない。
>こういうの、徒党と言って悪ければ、立派な「党派」という以外、なんと言えばいいのかよく理解できないんですが。
>だから、自覚のあるなしに関わらず、すでに徒党・党派と化しているのが現実で、それが認められないのがもう、自己欺瞞以外のなにものでもない。
http://d.hatena.ne.jp/jura03/20110325/p1
まあなんで予想できたかって言えば、たとえば昨年の松原議員や金子議員が歴史修正主義者じゃないかって議論があったとき、田中さんが「リフレ派」への攻撃だとか大騒ぎした際、rnaさんと松尾さんぐらいしかいなかったんだよね、歴史修正主義には反対だってはっきり言ったの(BUNTENさんも言ってたかも)。
jura03さんの指摘を言い換えれば、松原議員や金子議員、みんなの党といった「リフレ派」の「看板」を傷つけないように、歴史修正主義や緊縮予算を批判しないというビヘイビアは、どう見ても党派的行動であり、徒党を組んでいるということ(歴史修正主義や緊縮予算に賛成だから批判しないというのであれば党派的行動ではないけど、この場合、党派的でない代わりにバカだってだけ)。もっとどぎつく言えば、ウチとソトとでダブスタなんだよね。
このダブスタはメタ的でもあって、党派的だとソトから言われると党派的じゃないと反発するくせに、
>増税・デフレ・名目ゼロ成長・失業個人責任・天下り容認・日銀財務省擁護・権威主義・御用学者という一連の言葉には密接な関連ありそう。増収・リフレ・名目成長・失業回避・天下り根絶・日銀財務省批判・非権威・名無し学者が反対側
http://twitter.com/YoichiTakahashi/status/34977101610225664
というウチからの党派の色付けに対して、「リフレ派」は党派じゃないんだからそんな色分けをするな、なんて批判は一切しない。こういうビヘイビアをとりながら、ボクたちは党派的じゃありませんなんて言ったって、信じてもらえるわけないのに。
bewaadさんと同じ結論。そこをすっ飛ばしてるのがリフレ派。リフレ支持の経済学者が多数だという記事を書いてるリフレ派がいたけど、ならそういう経済学界隈の声をまとめて日銀なり財務省にぶつけりゃいいんだ。。。たぶん、リフレ「も」やればいいと思っている人は結構いるんだと思うが、リフレ「派」となると引かれてるんじゃないの。知らんけどさ。
当たり前。経済学は金融だけじゃないし、政策となるといろんな分野との兼ね合いを考えなきゃならない。「トレードオフ」てやつだ。だから学会は金融政策を否定はしないが「インタゲ最優先しろ」なんて単純バカな主張を採用したりしない。何年やろうと無駄。
http://anond.hatelabo.jp/20100820200245
18: ドラエモン 2009/06/03(Wed) 22:20 ID:FVI/6pSxncJq [ va4qsJNk0c ]
現時点で普通に考える限り、いわゆる「リフレ政策」の必要性は明らかだと思うが、
1)状況が変わればリフレ政策が望ましくなくなる可能性は十分ある。
2)そもそも「現時点で普通に考え」ていることが間違いである可能性は決してゼロではない。
3)そうした場合、政治的なプロパガンダであるなら、引っ込みが付かないし、そうしたものとして
支持してきた人もはしごを外されて困惑する。
4)そもそもコメント欄を検閲するブログで信者だけ集めても無意味であり、批判や疑問に対して
オープンであることが、匿名掲示板で議論している理由だし、メリットである。考えずに支持
ドラエモン氏は的確すぎたな
横だが。
一般論で言えば、景気の腰が弱い時の緊縮財政は経済学各派共通認識の悪手。
リフレ派と言えど経済学徒であり、この原則を破って緊縮財政を採用するなら、あえて悪手を取る大きな理由を必要とする。
例えば「財政再建が最優先だ」のような主張であれば、この大きな理由になりえるが、リフレ論からすると、そもそも財政赤字も
マネタリーベースの緩和→デフレ脱出→税収増、のサイクルで処理できるはず。
特別な理由が見当たらないのに、現状で超緊縮財政に賛成できるのは、真のリフレ派ではなかろう、という推定はそれなりに
ロジックとして通るように思う。
ただしあくまでこれは「真のリフレ派はYesと言えない」だけの話で「形だけのリフレ派」が「真のリフレ派」と同じく「NO」と
言うことは妨げない。従って元増田氏の「識別になる」という言には賛成できない。たまたま一部を「偽だ」と識別できるだけで、
特別に明確な識別基準となるとは思えない。
多分割り出せない、っていうか、ほとんどのリフレ派は反対しないよ。
もともと、小泉政権の「改革なくして成長なし」というイデオロギーに対して、それは間違いだと言ってたのがリフレ派。すんげえ乱暴に言えば、需要と供給のどちらが問題なのかといえば、需要だ、というのがリフレ派だったわけ。It's the demand, stupid! 小泉構造改革は、これに対して敵は供給にあり、と。
ところが、ここにキメラがいたわけだ。竹中、中川(秀)、高橋の3氏が代表的だけど、小泉構造改革のエヴァンジェリストであり、かつ、リフレ派。最初のうちは整合性がないことが明らかで、だから例えば高橋氏は「暗黒卿」と呼ばれてたわけだけど(もちろん褒め言葉じゃなかったよ、念のため)、亀の甲より年の功、時間が経つうちに、うまいこと整合的な理屈をひねり出した。
「反官僚」
というやつ。日銀という官僚組織をぶち壊さないとリフレは実現できない、と。「反官僚」が膠となって、リフレ+構造改革というキメラには、血が通い始めた。
このキメラに染まって、「改革なくして成長なし」に反対してたというオリジンから「進化」しちゃったリフレ派がまずいる。たとえば田中氏。もともと岩田(規)氏みたいに、ミクロ的には政府介入大反対という素地があって、この「進化」はハードルが低かった。
「進化」してない人でも、「敵の敵は味方」理論によって、日銀から見て「敵」のリフレ派にとって「敵の敵」である「リフレ派」批判者は、それがリフレそのものには反対していなくても日銀の「味方」になってしまうということで、みんなの党の批判はしないとか、田中氏あたりに噛み付かれるから黙ってようとか、そういう人が多い。昨年の「はてサ」との絡みとか、bewaad氏関連の騒動とか、ああいうのを見れば明らか。