はてなキーワード: ラーメン屋とは
就職活動で、クレジットカード業界(JCB・三井住友VISA・三菱UFJニコス)の説明会を受けて思った。
どの会社も、クレジットカードの利点は現金より「便利」だと言う。
でもクレジットカードって便利か?
店舗だと、クレカで払うたびにサインしなきゃいけないし、現金で買うほうがよっぽど便利だ。
正直、現金とクレカ両方で払えるなら現金で払うほうがよっぽどよい。
多分これが日本の貨幣の取引率のうち、クレカでの支払いが15%程度にとどまってる原因だと思う。
スーパーでの雑貨の購入や、ラーメン屋での飲食程度にクレカ使わない人が多い。
これからカード会社は、クレカでの支払い率をあげてゆくべきだと思う。
今までのように「便利」を押し出してもクレカでの支払い率は高くならないだろうし、別方法を考える必要がある。
例えば、クレカの支払いという価値観を「便利」でなく「当たり前」にしてしまってはどうだろう。
クレジットカードで支払うことが当たり前で、現金で支払うことは野蛮であるという価値観を蔓延させる。
ドラマのスポンサーになって、ドラマでの支払い方法はすべてクレカにする。(ついでに支払いシーンも無意味に入れまくる)
とにかく現金で支払うことはスマートじゃなく、クレカで支払うのはかっこいい、といったイメージをメディアを通して植えつける。
中年層は既に現金での支払いになれてしまってるし、一度得た価値観は代えづらい。
そして、若年層向けのクレカを作る。支払い限度5000円とかそんなおもちゃで十分だ。
彼ら若年層は、それをきどって使うだろう。
彼女とパスタを食べたときなんかに、ちょっと背伸びをしてカードで支払う。
なぜならクレカで支払うことはかっこいいからだ。サインを求められることはかっこいいからだ。
一度クレカでの支払いになれてしまえば、不慣れな現金の支払いに戻ることは考えにくい。
もちろんかっこいい価値観の普及に合わせてクレカでの決済機能も店舗に普及させる必要がある。
クレジットカード会社は、「クレカを持つこと」を当たり前にしたのだから、
http://www.tokiomonsta.tv/news/article/149.html
付き合ったら牛丼屋で全然いいんだけど、付き合うかどうか考え中のときは安い店や口に合わない店って本当にテンションが下がる。
ソースは無くしたんだけど、アメリカの大学の調査で「無臭の部屋で女性の写真を見たときと、臭い部屋で女性の写真を見たときの、男性の反応の比較」みたいなものを見たことがある。
結果は、男性は臭い部屋で女性の写真を評価すると、無臭の部屋で評価したときよりも、点数を悪くつける傾向にあった。
ざっくり言うと、臭い空間で会うと実際よりブスに感じるってことなんだよね。
それと似たような感じなんだと思う。安い店で会うとその男性が安い男に見えるし、まずい店で会うとその男性がまずい男に見える。
環境による不当な減点を受けて、本来の魅力が発揮できない。
違います。日本の主婦は、頑張っているポイントが間違っているのです。下記を読んでも笑えるかな?
これには笑った。
がんばりすぎる日本の主婦(専業、兼業とも)に、もっと力抜け!手抜きしても死なないって、といってあげていいんじゃないのかな
http://adv.yomiuri.co.jp/ojo/02number/200309/09toku2.html
変わる家族 変わる食卓―真実に破壊されるマーケティング常識 岩村 暢子
http://booklog.jp/asin/4326652780
この調査は広告会社アサツーディ・ケイで食卓、家族、主婦などをテーマに長年、調査研究に携わっている方だそうで。読んでみると、
もともとは広告代理店がターゲットの主婦層の状況を調査することから始めてみたら、
それまであったイメージとは違いましたよ、という本です。 フェミニスト必見。
「言ってること(第1ステップ)」と、実際に生活場面で「やってること(第2ステップ)」の乖離が年々大きくなってきており、
若い層ほどこの傾向は顕著になっていることだ。こうした「言ってること」と「やってること」の乖離が、
〈食DRIVE〉調査という同一調査の中で、この3年間に3倍ぐらいになっている。
例えば、
「栄養バランスを重視しているので、毎日のオカズは肉と魚を交互にして、かつ野菜の多い料理を心がけている」と第1ステップの事前アンケートに答えた主婦>(27歳)は、
また、「味噌まで自家製を作るほどの手作り派」を自称する主婦(38歳)の日常料理は、
簡単料理や加工品、出来合い総菜ばかりが続いている。
「夫に子どもの前ではお酒を飲まないように言っている」と語る主婦(31歳)は、
これらを見る限り、アンケートの回答は、
「たまたま、このときは時間がなかったから」「この日は特別で」と答える主婦がいる。
調査期間の1週間の中で「忙しかった」「具合が悪かった」などで、
「仕事で疲れて夕飯を作るのが面倒になった」と夕食をラーメン屋で食べることにした主婦(28歳)の「仕事」は、午後4時に終わる在宅アルバイト。
主婦にとって食事作りは、「どうしてもやらなければならないこと」ではなく、
ほかの「しなければならないこと」「したいこと」、あるいは「その日の成り行き」の中で、結果として「作れなくても仕方がない」「簡単に済ませてもいい」
というものになっている。
個人的には、これもフェミニズムの実現した社会の暗部だと思っているんですけどねー。
あと婚活男性むけにいうと、上記のような女性ばかりではないですよー。
私見ですが最近の女性、30歳以下の女性の中には異なるタイプの女性も増えてるような印象があります(印象だけですけど)
男女とも過剰な期待をしすぎているということでFAだな。
これも違いますよ。
女性:92.1%
男性:30.2%
女性:93.3%
男性:89.9%
女性:96.0%
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h17/01_honpen/html/hm01020101.html
男性の方は「自分の仕事に対する理解」も「家事・育児に対する能力や姿勢」も
女性ほどは求めてません。
収入に関してはいわんやをやですね。 それと未婚男女の可処分所得に関しては、ほぼ並んでます。
追記
「それ、どういう調査なのか書かれてないんだけど…」という指摘があったので、
調査元に関して追記しました。
あんた一昨日くらいに下のような内容を投稿して消さなかったか?
基本設定が似てる。
設定の似た作り話を何度も投稿して何がしたいんだ?ブクマ集め?意見収集?
「二番目」でいるのが辛い
そうなると、もちろん前の彼氏が初めての彼氏で、三年も付き合った相手らしいけれど、僕と付き合うためだけに別れてくれた。
初めてラーメン屋に連れていってくれたのも、初めて一緒にお酒を呑んだのも、初めてカラオケに行ったのも、
初めて一緒に映画館にいったのも、初めてドライブに連れて行ってくれたのも、初めてお泊りをしたのも、
初めての海外旅行も、初めて一緒に手をつないで街を歩いたのも、初めてふたりきりでクリスマスを祝ったのも、
初めてキスをしたのも、初めてのセックスも……前の彼氏はあらゆる「初めて」を彼女に教え、彼女のあらゆる「初めて」を持っていった。
僕は何をしても二番目。すでに恋人ではなかった前の彼氏とは今でもいい友人として続いているらしく、
彼女はとても無邪気なので、あらゆる場面で何のためらいもなく前の彼氏の名前をだしてくる。
僕と何かしようとするたびに、「これ、◯◯君ともやったことがあるんだよ」。
彼女の経験したことのない何かを教えてあげようと、いろんなところに連れていっても、どんなことをしても、
「これ、◯◯君ともやったことあるよ~」と、いつもの愛くるしい笑顔で言ってくる。
下世話な話、セックスにしたって、どんなプレイを試してみても、僕も僕で訊かないほうがいいものを、
つい「これ、前の彼氏ともしたことある?」と訊ねてしまい、その度に彼女は「うん」……。
僕は俗に言う処女厨ではないし、今まで付き合った彼女達は別に僕が初めての彼氏ではなかった(僕が初めての彼氏という娘もひとりいたけれど)
彼女が前の彼氏と何をしていようと自由。僕だって前の彼女達といろんな経験をしたんだし、僕が口をはさんだところで過ぎたことはどうにかなることじゃない。
しかし、何をしても、どんなことを試みても、彼女に「初めて」を教えてあげることができない。
僕に思いついてできる限りの彼女の「初めて」を、前の彼氏が根こそぎ持っていった。
彼女の中ではもう過ぎたことでも、「◯◯君とやったことがある」ことを彼女としている間、前の彼氏の幻影が常につきまとっているような気がする。
一体何をすれば彼女の「初めて」になれるのかわからない。彼女のあらゆる経験に前の彼氏の手垢がついている。
身勝手な理屈だとはわかっていても前の彼氏のことを、ずるいな、と思う。卑怯だ、と思う。
男としてこんなことをいうのは酷いのかもしれないけれど、せめて彼女が僕の前に、たった一人ではなく何人かと交際していてくれたなら、少しは気も楽になる。
前の彼女達にはそんな気持ちを抱くことはなかった。彼女が初めてだ。きっと、「二番目」であることが僕には辛い。
彼女にはそんな気持ちを悟られないように努めてはいても、前の彼氏の事を考える度に心がくすんでいくのがわかる。
僕にできるのはせめて彼女の「最後」になってあげることくらいだけれど、「初めて」になるのは「初めて」を過ぎてしまえば終わる話だが、「最後」になれるかは終わりまでわからない。
どうすることもできないがそれでも、醜い嫉妬を抱いてしまうのは、彼女に対して申し訳なく思う。小さい男だな、と我ながら思う。彼女の無邪気さがなおさら、僕に罪悪感を植えつける。
コミュニケーションをするということは、あえて知っていることでも、話のきっかけとして、聞いてみるのがおもしろいと思った。
そんなこと知っていて常識。わざわざ聞くなんて恥ずかしい。
そんな自尊心を満足させることよりもわざわざ聞いてみることは、とても楽しいことだ。
このことに今まで何で気が付かなかったのか、本当に悔やまれる。
あまりよい例えが出せなくて、申し訳ないけれども、ラーメン屋さんで
「しょうゆとみそ、どちらがおすすめ?」と聞くだけでもいい。みそが食べたかろうが、しょうゆが好きだろうが、お店の人との会話がひとつ生まれる。
時と場合によってはこの会話がひとつ生まれることが、自分が食べたいラーメンの種類よりもはるかに価値があるのではないだろうか。
あまり知らないふりをするのもよくないのかもしれないけれども、あえて質問することによって、発生するコミュニケーションに価値を見出すことも人生の確率変動を起こすには有効なのかもしれないです。
昔っていつさ、ってのはあえてぼかして書く。というか私にもよくわからん。
ただ、相対的な話だけれども、錯覚かもしれないけれども、
私が思うに、昔のお客さんって結構手ごわかったはずなのよね。昔はお客さんが店主に負けないくらい賢かった、と。
知識の問題じゃなくて、信用できる人かどうかって見てたんだと思う。
なんせ比較対象が「ほかの店」じゃなくて「自分の家でやるのとどっちが楽か、得か」だったのだろうから。
だからこそ、お客さんをうならせるのって楽しかったのだと思う。
時間も手間もかかるけどやりがいがあったって、うちのばっちゃんが言ってた。(ちなみにうちは香川県)
そもそも客と対話するってのが楽しくないわけはないだろうな、と。
今から考えれば、ばっちゃんたちの時代は、恵まれてたんだともう。
で、今の時代はこうなるわけだ。
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20110915/1316084952
あのさー、うちの店、あなたが来たときに、本来はセルフサービスのコピー機、全部かわりにやってあげてるよね。儲けにほとんどつながらない収納代行だっていやな顔ひとつしないし、手が届かないところにあるおーいお茶の350ペットとか、パートのおばちゃんがよく代わりに取ってあげてるよね。なんでそこまでするかって言ったら「来てくれた」からじゃん。商売やってて「来てくれた」ら、それが理不尽な用事でない限り、できるだけのことはするよね。エアコンの修理依頼で来店ってそこまで理不尽な用事かな。
理不尽ではないと思うが、楽しくはないと思う。少なくともそれ単体を見たら。
nakamurabashiさんのように、コンビニの運営全体を考えて、こういう作業に「意味」を付与できないと、やってられないと思う。
あるいは、凡百のバイトのように、何も考えずに言われたことはそのままやるような思考停止したバイトなら平気なのかもしれないけれど。
nakamurabashiさんのように言われたら納得できるだろうが、
世間一般でいう「お客さんに喜んでもらえたらうれしいやん?」みたいなのは全然ピンとこない。
だって、お客さん全然感謝なんかしよらんやん? 当たり前のことやと思ってるやん?
「やらないと買わないから、来ないから」なんて後ろ向きな理由では私には耐えられん。
このあたりは向き不向きの問題でどっちが正しいとおかじゃないと思いたい。
ばっちゃんは2年前に腰がアレになって引退したけど、たぶんその前からやる気失ってたんだと思う。
恵まれた時代に生きていた人は、劇的に時代が変わらんと、もうがんばれないと思う。
プロ意識をしきりに強調されてましたけど、幸せな時代の人は、幸せな時代の意識のまま、客に文句言いながら、フェイドアウトしてくのでいいと思う。
まぁ実際には、国が悪いとか市が悪いとかジャスコ死ねとか言ってるので、私もnakamurabashiさんみたいなことを言いたくなったりもしますが。
でも、商店街じゃないけど、ラーメン屋がコンサルタントとか入れて、無駄にこぎれいにしたりして、「来店動機」だけがんばってるのとか見るとそれもどうかな、と思ってしまうわけですよ。
経営者としてはこっちのほうが正しいのかもしれないけど、それを認めると、社会がくそ、客くたばれ、経済嫌い、とか言い出しそうだから認めにくいよ。
昨今では珍しく厳しいレギュレーション。
お店のwebページもなし。
でも、勝手に誰かがブログを書いたり、食べログだっけかその手の勝手にweb化してくれるサイトに載っているんですね。
一応、紳士のルールは守っているみたい。当然、写真がないものだから、見に行きたくなる。
おいらがいったときは、他にお客さんがいなくて、ゆっくりとお話を聞いたんだけど、シルバーデイなんて企画もやっていて、近所にチラシをまいて、60歳以上のお年寄りをラーメン一杯250円で集めた。とりあずじいさんとばあさんだけど、行列ができたそうだ。めちゃくちゃ大盛り系のお店だけど。
気になったので、次の日にもいったら、高校生の娘さんを配膳に投入。もう販促!、反則!
実にうまいと思った。
先日、ネットで検索しているときに見つけたブログが、面白くって笑いっぱなしでしたよw猫の遊んでいるようすを写真に撮って言葉を入れてあるんです。この言葉が猫の動作にピッタリなんで思わず笑い転げてしまいました。
コンビニの新作スイーツはいつもチェックしてます。ローソンのロールケーキは話題になる前から食べてましたよ。最近は、コンビニのスイーツも美味しい物が増えましたからね。チェックしておかないと限定品は食べ損ねてしまいます。
ほかにも
注射嫌いな息子を、なだめ脅かし予防接種に連れていきました。いやー、大変でした。病院についたとたん泣きはじめて、車から降りようとしないんですよ。
【社会】 「ラーメンが獣臭い」 妊娠シカ殺しの「金髪」銀次郎容疑者、ラーメン屋店主だった…凶暴犬放し飼いで数人噛まれる事件も
ラーメンが獣臭い
ユニクロなんていらない、と息巻いている人が見受けられるけど、
だったら、ユニクロに行かなければいいのでは?
消費者は別にショッピングモールに行くことを強制されているわけじゃない。
本屋も服屋も食べ物屋も、大手チェーン店の売り場を狭くしただけ、
どこもおんなじ街になってしまうのは、消費者がそれを望んでいるからだよ。
「その駅その街に、そこならではの店がきっとあるはず」
でも、それが消費者にとって不要なら、存在する意味がないじゃないか。
文化遺産にでもするのかね?
もちろん、商店街の人たちがご飯が食べられなくなって可哀想だって問題はある。
プライドがあるせいで、全くモテないし滅多に恋愛が始まらない。
性的魅力の意味では自信が無いけど、恋愛無しでも生きていけそうかどうかという意味では自信ある。
人見知りが激しく、第一印象は本当にノリが悪い。ノリ悪いとモテないのわかってるんだけどね。
でもノリの悪さを面白がってくれる人も居るので、別にそういう立ち位置でいいやと思ってる。
これは同意。
男女ともにライトオタって苦手。自己愛発のオタだから、社会的なヘマはしないけど、生き方がダサい。
重いことは言わないな。
悪口全般言わない方がいいとは思ってる。
これも同意。上からのほめ方にならないように注意しなきゃって神経使うけどね…
やられた方がやった方に元々好感持ってたらカワイイ行いだし、
脈ナシだったらキモがられるところだと思う。
前を歩かないようにするっていうの、したいけどできないんだよね。先にドンドン歩いて行ってしまう。
そういうの、大多数の男は嫌がるかもしれないけど、許してくれる人も少数いるんで、まあいいかと思う。
変なの。
床があぶらっぽいラーメン屋とかホルモン屋とかに、飾らない感じで女の子が居るっていうギャップ演出ができるよね。
あえてマニッシュな服装することで女の子らしさを引き立たせる手法のような。ぶかぶかワイシャツ女子の発展型みたいな。
誘われたら付き合うけど、自分から誘うほどのサービス精神は無いな。うちで作るので十分。ホルモンは味が嫌い。
交代でおごるっていうの好き。割り勘は面倒で嫌だな。
するとしても千円札単位。私が多く払ってもいいから、店の外で硬貨のやり取りしたくない。めんどい。
正直、安アクセって使わない。そんなんだったら何ももらわない方がまし。
男の目にはそういうのが女子中高生っぽくて可愛いとうつるのかもしれないけど、
ていうか高いものでもプレゼントは要らない。買い物は自分で選んで自分の金で買うのが一番いい。
なんかよくわかんないな。
そういうの、できないから諦めた。
可愛くなさの埋め合わせはマッサージでやっているつもり。
肩もみだけやってたのが、背中、腰、眼窩、頭皮と範囲拡大して行って、はじめは自己流だったけど今は本も読むようになってきてる。
短所の克服よりも、他のことで短所を埋め合わせたほうがモチベーション上がるみたい。
お互いの短所がどうしても許せない、他のことで埋め合わせてもらっても許せない!っていうのは、相性が悪いから結婚とかしてしまう前に別れた方がいいと思う。
会津に観光旅行に行った。会津地方で観光客が激減しているというニュースを月曜日にみて、折よく暇だったため翌日朝一の電車に飛び乗り2泊3日の観光旅行、昨日7日夜東京の自宅に帰り着いた。せっかくなので、一観光客が見聞きした会津の現状や観光したうえで感じたことを書きたい。無計画性が災いして時間が足りず磐梯には行っていないので、会津若松と喜多方のみの話となります。
# # #
1.地震の被害
会津若松駅前の地下道が冠水、未だに復旧せず通行止めであったり、マンホールが隆起していたり、蔵の土壁が壊れていたりと、地盤のよい会津地方も少なからぬ被害を受けており、極一部の観光スポットが休業している。とは言えその数は少なくまた有名どころはたいてい営業しているし、会津内での交通インフラも問題ないので、観光への影響は少ない。
2.原発の直接的影響
大気中の放射線測定値についてはさすがに東京より高く毎時0.2マイクロ・シーベルトあたり(健康には問題のないレベル)だが、野菜や水からはほとんど検出されていない。
http://www.city.aizuwakamatsu.fukushima.jp/index_php/info_hazard/view.php
ちなみに、現地の某ラーメン屋に入ったら使用している野菜の原産地をしるす貼り紙があったんだけど、そのなかに福島産の文字がない。つまり暗に福島産は使ってないですよと言うアピールをしていて、なんかすごい切ない気持になった。
3.観光産業の現状
機会があればなるべく現地の人と話すようにしていたんだけど、異口同音さっぱりお客さんが来ないとのこと。前年比で95パーセント減と具体的に数字を挙げてくれた方もいた。これから景気は悪くなるだろうし、外国人観光客も減るだろうから、地震前に戻るというのは何年たっても無理かもしれないが、さすがにこの減り方は異常事態。しかもゴールデンウィークの予約もキャンセルが相次いでいるということもあり、その異常事態のおわりが見えないことが怖い。しばらく続くとバタバタとお店が倒れてしまうかもしれない。
4.今観光すべきなのか?
しかし、このような惨状を見聞きしながらも、会津を助けるために今すぐ観光すべしと人に強く勧める気に僕はなれない。理由はふたつ。今一番困っているのは被災民なのだから、観光する暇と金があるならボランティアしろよ寄付しろよという正論がそのひとつ。そして会津地方は避難民を多く受け入れているというのがもうひとつの理由。関係ない所で自粛だの不謹慎だのと言うのはバカらしいが、さすがに避難民の目の前で呑気に観光と言うのは気がひける。じゃあどうすればいいのか? 現地の人にいろいろ話を聞いてみて思ったのは、今観光客が激減していることよりも、その異常事態のおわりが見えないというところに不安を感じている様子だった。ならば、被災者避難民に配慮しつつ、会津人の不安を解消するには、この異常事態には終わりがあるんだよというメッセージを送ればいいのではないかと思う。それにはちょっと先、例えばゴールデンウィークのホテルの予約を入れるというのがいいんじゃなかろうか。先が見えれば会津の人も安心すると思う。もちろんそこまで被災者避難民に配慮する必要はないよと言う人は、空いている今が好機だと思うので、どんどん行った方がいい。じっくり見学ができるし、スタッフさんと話し込むことができるし、サービスしてくれる店もあったし、写真も撮りやすいし。酒造りはほとんど終わっており、桜はまだと言うことでオフシーズンなのが残念ではあるが。
5.アクセス
東北新幹線・東北本線が運転見合わせで、東部鉄道だと時間がかかり、高速バスはキャパが少ないということを考えると、現状では車で行くのがベターかなという印象。車がなければバスにするか、新幹線・東北本線の復旧待ち。郡山・会津間を結ぶ磐越西線も現在間引き運転中。まあゴールデンウィークまでには意地でも復旧するでしょう。
# # #
以下蛇足。ガイドブックではそれほど注目されてないが印象に残ったところをいくつか、ご旅行のご参考までに。
A.さざえ堂(会津若松)
平面六角形の木造二重螺旋建築。前々から見に行きたいと思っていたもので、今回会津旅行を即断したのもこれがあったから。世界に類をみない奇妙な建築物でありながら、中を廻れるというのが魅力。ずいぶん痛んでいるが、昔から多くの人が入ったという証左であり、歴史の重みを感じる。10年くらい思いを熟成させかなりハードルが上がっていたが、それをはるかに上回る感銘を受けた。
B.長床(喜多方)
新宮熊野神社の拝殿。イメージとしては木造のパルテノン神殿(ただし規模は劣る)といった感じの、壁のない建物。70年代に解体修理復元工事をしており、建材は再利用しているものの建物自体は古くはない。しかし、中にのぼれるという魅力には抗しがたいものがある。また木造の大鳥居も時代がついていていい。
蔵座敷で有名な甲斐本家だけど、注目は売店のなかにある螺旋状の吊階段。彎曲した側桁が一枚で、しかも曲げたのではなく削り出したのだという贅沢なつくり。店主が話好きのおじさんで、面白い話が聞けた。
名物輪箱飯(わっぱめし)の元祖。値段は高いが当然のようにうまい。カウンターの隣には、とある形をした黒塗りの木造が鎮座ましましている。珍妙なことに、その木造には色々な国の紙幣が貼ってあった。訊くと、賽銭感覚で外国人観光客が貼っていったものらしい。ちなみに、2泊3日の旅行中外国人を一人も見かけなかった。
35歳前後、長くとも40歳までが妥当なラインだろうか。
根拠はポスドク。
ただ実際問題として30過ぎた大人が、
「俺はミュージシャンになる!」
とかいってF押さえる練習してたりするのは、ね。
とりあえずライブである程度の箱使えるようになってればおkかな?
もしくはスタジオで指名されるようになるとか。
でもあれってコネだと聞いた。
漫画家は際どいってかアウトかな。
作家は問題なさそう。
というかそんなの大学生の暇な時期にちまちまでいいから始めとけよって話。
「お金を転がして儲ける」系、呼び方わからんけど金融系はいつからでもいいのかな?
ある程度働いて資金調達→参戦って流れか。
ただ、手持ちの少ない資金ぐらい化けさせられないと生きていけない世界のような印象。
ただ新規参入厳しいから修行して独立とか支店もらうとかの方が現実的かな。
ということで周りの目を気にしない、
かつ
ならば
文書内の行為を実践した際の免責に関しては全力で逃げますので、
性別 男
年齢 20代前半
身長 165
BMI 35→30
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%96%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3
国内でも処方されているらしいが、いちいち通うのも、ふんだくられるのも嫌なので
シブトラミンを配合している、ジェネリックの医薬品オベスタットを選んだ
「輸入代行 オベスタット」でググり、100錠ほど注文、どのサイトでも6千円以下で購入可能
といっても昼間まで寝て、すき屋で大盛り牛丼を食って家に帰ってきたら届いてたので
夜間の仕事をし、休憩時間に大盛りのカップめん、おにぎりを購入
机に戻り、コンビニで買ってきたおにぎりを1つ食べ始め食べ終わる頃には
「もう食べたくない」「これ以上食うのはやめよう」
という感覚があることに気がついた
ただ、頭も冴え渡っていたし、その後の力仕事も問題なくこなせていた
頭も体も問題はないが、昨日の食べなかった晩飯を見ても
「食べる必要はない」と思った。
食べることは好きだし、お腹いっぱいになることにものすごい幸せを感じていたが
まったく興味を失ってしまった
昼になっても、まだ何かを食べたいという発想が出てこなく
食うことによる暇つぶしができなくなってしまったため、外に散歩がてら遊びに出た。
水分は細かくとっていたが「さすがに何か食べないと危ないのかも」という怖さがあった、
20年間気がつかなかった事に気がついた。
というか、どんな所に行っても「食に関する誘惑」が存在している。
クソあたりまえの事に気がついたのは、その「食に関する誘惑」が
家に帰る頃には、「ついに脳が壊れたか…」と思い始めていたが。
「おいしそうだなぁ」と思えるようになっていた。
淡々と用意し、食べ始め完食、どうやら無事に薬が切れてきたらしい
ふだんなら24時間も食べなければ、お腹がはちきれんばかりにドカ食いをするはずが
その日は休みだったが、朝起きると普通にお腹がすき、コンビニでおにぎりを2個買い
家で食べる、強烈な食欲もなく、まるで昨日24時間食べなかった事がうそのように
いつも通りに戻っていた、「投薬を中止することで元に戻る」という確信を得て
食後一錠飲んでから、遊びに
やはり昼、晩ともに、食欲を感じなかったが、何かを食べようと思えば食べれる
「食欲がまったくなくて食べれない」という不健康な状態ではなく
「食べることをはじめることも、終わらせることも自在」になっている
薬が効いてる時は、おいしそうなラーメン屋を見ても「食べたい食べたい食べたい!」という
意欲もないので、「食事に固執しない人」に生まれ変わったようだった。
長年の習慣は恐ろしく、癖で大盛りを選んだり、自炊の時にたくさん作ってしまうが
食べようと思えば食べれるので、カロリー制限を「考える」必要があった
ただし、減らすことに絶望だったり苦痛を覚えることはなかった。
ラーメンの大盛りをおいしく食べたいと思えば、一日薬を飲まなければ
次の日にはラーメン屋の看板を見ればよだれが出て、ウキウキしながら
いつものように食べ始めることができていたからだ。
しばらく乗っていなかった体重計に乗るとすでに5キロ落ちていることがわかった
デブは体重が減りやすいとはいえ、運動せず、苦痛もなく、だらだらと減っていく
それがこの薬のすごさであることに気がついた
その時点ではある感覚がしっかりと根付いた、「数字が減っていくと楽しい」
すでにこの時点で継続さえすればダイエットは成功すると確信していたが
それがシャワー浣腸だった
http://www.sexyboy.jp/note/note53.html
「男が一人暮らしを始めて最初にすることはオナニーの研究である」
オナニーの試行錯誤をしている時に経験があったので抵抗はなかった
これを直腸だけではなく大腸に至るまでやると、未消化の便が大量に出る
当然、筆舌しがたい状況になるが、やればやるほど体重計の数字が減る
投薬増量による効果は持続時間の延長と、食欲の完全排除を感じた
食事はあくまでも機械的に行なった
食事を楽しみたい、または付き合いで大酒を飲み、食う用事があれば投薬をいったん中止
『急に痩せたけど大丈夫?』とか『なにかの病気にかかった?』と心配されるようになった
自分自身は苦痛どころか気持ちよくて、死ぬほど食っても取り返せるので
心配することはなかったが、あまりに急激だったため、投薬を中期的に中止することを決意
そこから、また普段どおりの無意識の大盛りをするようになったが
胃が小さくなっていたため、大盛りを頼んで残すのようなことがしばらく続いた後
3キロほど増量、しかし、それ以上のリバウンドは発生しなかった
98キロ→83キロの気持ちの良い減量期間が終わった、薬もまだ20錠は残っていたので
結果的に1錠/1dayを超えなかった事になる。
特に心配されることもなくなった。
よく語られる、痩せたことによるポジティブな要素よりも、
食欲のコントロール、食事の楽しみ方の広がりを得ることが
とてつもない有意義を生み出した.
いっちゃいましゅうううううううううとか遊んでたし
痩せるよりも、そっちの開眼がやばかった。
初めて増田を使ったから、なんだかよくわからないトラックバックの投げかたしてしまった
http://anond.hatelabo.jp/20110303234236
確かにネット・ツィッターなどは最新情報の収集にはマッチしているかもね。
「自社マンションについて、ブログや掲示板でどのような評判が立っているのか」
「現在注文住宅を検討している人が、検討過程で自社や他社ハウスメーカーと
どのようなやり取りをしているのか」を毎日数回巡回ウォッチングするのが重要業務となっている。
※結構、注文住宅建てる人は、「家作りブログ」を書いている人が多い。別名「施主ブロガー」
マンション・注文住宅は「BToC取引の中では最高金額」なので、
C側(個人側)も必死になって情報収集している。
たかが数百円~数万円の「ラーメン屋やレストランの評判を調べる」のとは、個人側の必死さが違う。
なので、彼等の言動は、B側も必死になっウォッチングしなきゃいけないし、それもリアルタイムで
情報収集しなければいけないので、そういう情報収集にはツィッターは最適。
でも、調査の仕事からすれば、「ツィッター・ネットだけじゃわからない調査事項」も、結構ある。
非公開情報を探れない、という点でツィッター・ネットに限界があるのは当たり前だが(その場合は聞きに行くしかない)、
意外と「過去の公開情報」をネットで調べるのは限界なんですよね。
先日、地方の某市に不動産の調査に行ったのですが、そこで参考になったのが地元図書館。
「●●小学校 100年史」とか「●●市の歩み 70年」のようなホコリ被ったような資料が、
非常に役に立った。
昼前に軽く飯を食べ、家を出て最寄の駅に向かい、1時前に面接場所に着いた。
そして面接も、緊張して経歴をかんだりして余りいい印象ではなかったのかと思う。
その後、ゆっくりと家に帰る。
家からの最寄りの駅から家に帰っている途中、ようやく雨があがって日が出てきていた。
少し着込んできたためか若干暑く、5月を思わせるような陽気に感じた。
駅から帰っている元気良い数人の女子高生が自転車をこいでいる姿が眩しい。
地元では最近大型のマンションやスーパーが建設中で町並みが少しずつ変わってきている。
十数年前と今では町も色々と変わり、近くにあった中華料理屋がなくなり
エロ本屋ができては潰れていった。残るは、焼肉屋とラーメン屋だけだ。
そして、私も変わっていくだろう。
そして最後には、朽ちて死んでいくだろう。
今日死んでも後悔しないだろうか?
しかし、その店主(女)がイイと思った客(男)しか食べられない。
どうしてそんなラーメン屋に客が来るのか??
店の雰囲気も悪く無い。
看板に載っている写真はどれも美味しそうなラーメンの写真である、隣には餃子も写っている。
そして客は店主に入店許可を貰う為、毎日ラーメン屋に通い、店先で立ち話をし店主の心を解きほぐしていく。
時には、ラーメン屋を営む愚痴を聞いたり。昔の客の愚痴を聞く。
「いやぁ、こんな美味しそうなラーメンは見たことが無いよ」
「ここのラーメン以外今は考えられないね、他のラーメンは食べ物とは思えないよ」
やっと食べる事の出来たラーメンは格別である。しかも値段は100円。
これからは毎日100円でラーメンを食べることができると客は一安心である。
しかし大変なのはこれからである、100円のラーメンを狙う他の客に注意を払いつつ
店主の機嫌も取らなければならない。
そしてある日、レシートにテーブルチャージが追加されるようになり、ラーメンの値段も徐々に上がっていく。
しかし外に置いてある看板には相変わらず100円の表記、写真は前よりももっと魅力的になっている。
気付けば客は他のラーメン屋を探し求め、店主は新しい客に愚痴を漏らすようになる。
「経営が上手くいかないのだから、唯一の客が助けるのは当たり前でしょ」
店主は前回と同じように感動する。
あとチャーシュー1枚1000円ね!!」
客は店を飛び出し、それと入れ違いに新しい客が入ってくる。
そして店主は言う
「あなたが入店してくるのを待ってたの」
「俺もうこの店以外行かないよ」
と客は返す。