「ラピュタ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ラピュタとは

2011-12-10

天空の城ラピュタエンディングテーマ君をのせて」の歌詞意味がわ

天空の城ラピュタエンディングテーマ君をのせて」の歌詞意味がわからない という声は、「君をのせて 意味」でぐぐっても見かけますね。

まぁ、歌の歌詞意味解釈すれば全部意味が分かるというものとは限らないのは前提でしょう。

はいっても、作詞宮崎駿その他関係者の発言を自分は手元に収集してるわけでもないので、調べたら参考資料はあるのかもしれません。

で、ぐぐって見つけたあるページ。

君をのせて授業概要

えーっと、小学生合唱意味をそれぞれにまかせて歌がまとまるんですかね、とか、映画は見てない子どもも多かったようで映画に引っ張られすぎてないなぁとか、それを置いてもこの解釈どうよとか気になる所がいっぱいありますが…。

起・承・転・結のそれぞれがmp・mf・f・mpになっていたのである

あたりは、楽譜も一つの歌詞解釈の資料になりうるなぁとか思いましたけど(常に正しいと主張するつもりはありません)。同様の背景資料で「よく知られている物」の中には、井上あずみがどのように歌ったか、というのはあるかも知れないなぁなどと思ったりするわけですが。

まぁ、それでも敢えて真面目に授業の解釈に突っ込むと

『話者はだれですか。』

 ぼく・ぼくらが出た。「ぼく」と書いてあるから、「ぼくら」と書いてあるからが理由であつだ。話し合ったが決着がつかなかったので次に進んだ。

については、後で映画解釈等で絞られて「ぼく」になっているが、歌詞だけ普通に見れば「ぼくら」は「ぼく+君」と解釈するのが自然だろうから、直前に「君」も出ているし、まぁ話者は「ぼく」でいいんじゃないですかね。地球のどこかにいる<君>を探す旅に出る歌とは言っていいのかしらん。

追記)

映画ラピュタもそもそも構想から完成まででストーリーに変更もあろうからあれなんだけど、少なくとも「公開版の映画ストーリーそのままを歌った」歌ではないものの、公開時点で作詞宮崎駿映画の内容とシンクロして聞くことは当然想定していたと思われるわけで(歌の解釈の唯一の意味というわけじゃなくて)、そのシンクロ解釈では「ぼく」はパズーでいいだろうし、「君」が微妙だけどシータラピュタとどっちもありなんじゃないかな(シータだと固定すると「パズーシータ存在を知ってから近くにいない状態で追跡している時間映画の中ではそう長くない」となって、ラピュタだと固定すると「灯がラピュタかー。空に浮いてるラピュタを乗せて地球が回るのかぁ」とかなる、日本語的には後者の方が矛盾が少ない気はするけどまぁあくまでそれはそれ)。歌の冒険映画の中身を指すのかその前後も指すのかはまぁ自由に、かな。

追記の追記)

映画を前提にした解釈としては映画の前と考えればシータラピュタも不可分な何かとかも言えますね。あと、最初の二行は地平線が輝くのは朝日とも見える、次の二行は灯は普通夜、という対比は何か意図してるやもしれないかなぁとか。

http://anond.hatelabo.jp/20111210084004

欧米場合は、冒険物のアニメ映画は、大抵屈強な男だったりするから



子供が主役で、大人たちを蹴散らす系のはリアリティがない、と思われる。



からラピュタの主人公たちの年齢がもっと上だったらウケたかも。

2011-12-09

天空の城ラピュタエンディング曲を聞くと 2011

どれだけの人が、はじまって5分の映画で、涙するだろうか。

金曜ロードショーラピュタがはじまり

シータが空から降りてくるシーンで、私は既に号泣している。

泣きすぎて頭が痛いし、呼吸困難な状態で、

まともに文章を書けない状態だが、どうしても綴りたい。

匿名日記を書くのは、2年ぶりかもしれない。

仕事を早く切り上げ、雨の中、足早に家路に向かう。

コンビニ弁当を食べながら、金曜ロードショーラピュタをみている。

金曜日だというのに、予定がないのは嫌だなと思ったりもした。

でも、ラピュタをみはじめて、すぐにそんな思いが消し飛んだ。

今日、こうして、一人でラピュタを観ながら、

この思いになれることが、

私にとって、どれだけ幸せなんだろうか・・・

金曜ロードショーでの、ラピュタは2年ぶりだ。

2年前と今は違う。

社会復帰して、それなりに認められ、それなりのお金を手にした。

だが、孤独感は、なにも変わっていない。

好きなとき好きな物が手に入る世の中。

季節を問わず手に入る野菜と同じように

いつでもみられるラピュタ

でも、金曜ロードショーで観るラピュタは、私にとっては特別。

季節を感じながら、食べる食物のように、

時をかんじるようにラピュタを観る。

受動的に情報を得られるインターネットもすばらしいが、

そのときしか観れない、テレビ放送のすばらしさを感じる。

多くの人が、同じ映画をみて、違うことを感じる。

これが、テレビなんだ。

孤独はつらいけど、

これほど、せつない気持ちになれるのも、

孤独からこそだろう。

もっとたくさん綴りたいが、そろそろ限界だ。

ありがとうラピュタ

私は、テレビ放送が終わらぬ限り、

ラピュタを観て、涙するんだろう、と思う。

時代は、変わっていき、

どうなるのかは、わからないけど。

こんな作品が作れること、

作品をみて、感じられること、

やっぱり、人間ってすばらしい、と思う。

から、みんな、つらいけど、生きていこう。

私もつらいけど、これからさきも、生きていこうと思う。

ラピュタをみるたび、多くのことを感じたいと思う。

そして、いつか多くの人を感動させられるものを、私も作ってみたい。



以下、私が前回のラピュタ放送のときに書いた文章です

-----


天空の城ラピュタエンディング曲を聞くと

今日天空の城ラピュタテレビで観て

少し昔のことを思い出してしまった。

この思いを自分ひとりで閉じ込めておくことができなくなったので、

少し綴らせていただきます

私が小学6年生の頃の話です

当時、私は知能が弱い方でした。

私は生まれつきちょっとした障害を抱えています

障害と認定されるレベルではないので、

そう綴ることは失礼になってしまうかもしれませんが、

普通にしていても、普通に見えません。

詳細を書くと個人が特定されてしまう恐れがあるので、

避けさせていただきます

初見の人は、おおよそ目を丸くします。

今まで普通人間として扱われたことがあまりありません。

それが原因であらゆる環境イジメを受けてきました。

イジメだけではなく、冷たい視線や同情、哀れみも受けてきました。

障害のせいかわかりませんが、私は心の成長が遅いようでした。

善悪の区別がつかなく、よく母を困らせていました。

学業音楽運動に対してもまったく興味がありませんでした。

この時代小学6年生と言えば、

好きな音楽アーティストがいたりとか

運動をがんばっていたりするのが普通でした。

そういったことが私にはまったく理解できず、

楽しいこと、いたずらばかりして

喜んでいる本当にイタい少年でした。

ある日、合唱コンクール課題曲を

クラスで決める会が開かれました。

私は毎年、合唱コンクールは歌わず口パクだったので、

まったくその話に興味がなく机に落書きしていました。

クラス女子小学校生活最後ということで

思い出に残る曲をみんなで歌いたいと

言って盛り上がっていました。

そして、ピアノに通っている女子を中心として

合唱曲を天空の城ラピュタエンディング曲「君をのせて」にしたいと

音楽担当教師に持ちかけていました。

当時の私は、天空の城ラピュタすら知らず

物語音楽の良さも、まったくわかりませんでした。

女子意見に対して、

音楽担当教師は、この曲は男女合唱で歌うような曲ではない、

第一、楽譜がないじゃないか

その女子を跳ね返していました。

それでも、女子はめげずに、どこから楽譜を入手して

ピアノ先生変調してもらい、

男女合唱ができるようにしたみたいでした。

しかし、音楽担当教師は、

こういった歌謡曲卒業するときカラオケにでもいって歌えばいいんだ、

と言って結局、よくわからない曲が課題曲に決まりました。

私としては、何事もなかったのと同じで

いつものように、口パクで歌い、それがバレて先生に呼び出され

歌詞原稿用紙に書かかされるといった具合でした。

当時の記憶がどこまで正確かわかりませんが、

そのようなことがあったと思います

小学校卒業後、少し音楽がわかるようになったとき

天空の城ラピュタエンディング曲を聞いて、

この曲いいな、そういえばこの曲、合唱課題にしようとしてた曲か、

あのとき歌えたら素敵だったろうな、と思いました。

その後は、天空の城ラピュタエンディングをみると、

毎回、なんとなく、そのことを考えてしまます

時が経ち、私は大きく成長しました。

心も人並みに豊かになりました。

天空の城ラピュタ物語音楽のすばらしさに感動します。

あのとき女子が取った行動にも感動します。

女子の願いは成就しなかったので

無意味な行動になってしまったのかもしれませんが、

私の心には深く刻まれており、大変、価値のある思い出になっています

私も、もう少し心が豊で

学業運動芸術に打ち込めたらよかったな

と後悔してせつなくなります

今回のラピュタでは、この思いを文章にして表現できるまで、

私の心は成長したのだと思いました。

次のラピュタでは、私はどうなっているのでしょうか。

終わり。

私の近況も少し綴らせてください。

心は成長しましたが、障害の方は変わっていません。

年とともに悪化しました。

いくつかの病院にも行きましたが、治りそうもありません。

未だに世間から冷たい視線を感じる毎日です

ときどき人から注意されますが、

治る代物ではないので、返答に困ります

しかし、イジメを避けるテクニックは身につけました。

自虐です。これをすると、

イジメられなくなるだけでなく、喜んでくれます

私は調子にのって自虐ネタを披露して人を喜ばせます

そのおかげで、ある程度、人気者になれました。

でも、ある日それがとてつもなく嫌になってしまい、

他人とコミュニケーションを絶つようになりました。

今は誰とも接しない日々が続いています

これからどうしていいのかわからないです

テレビドキュメンタリーのように、

障害を乗り越えて何かを生みだしたいなと

思ってはいますが、なかなかうまくはいきません。

努力が必要だと思いますが、努力もできなくて、

泣き言ばかりで・・・

さすがに増田ラピュタ実況はないか

[]2011年12月9日(金)

ラピュタがあるらしい。

みんなバルスとつぶやいたり、2chに書き込みをしてサーバを落とすらしい。



はてな民は、こういうところにクールだよなーとおもったり。

匿名ダイアリーバルスはあるのだろうか。

君たち次第だと思う。

2011-09-18

http://anond.hatelabo.jp/20110918001920

前々からリアルの延長線上だったと思う。自分テキストサイト隆盛期のちょっと前ぐらいかしか知らないけど、それでもリアルの延長線上だったと感じた。ユーザーが少なめでリアルとのつながりが希薄だったっていうのはあっても。

人が増えれば場所が変わっていくのは世の常だし、自分の望む場所じゃなくなったからって、元増田のためにネットがあるわけでもない。

ネットに逃げ込むっていうのは、特別なことじゃない。自分の居心地のいい場所に逃げ込むっていうのと同じことだ。

それが人によっては女装バーになったり、ボランティアサークルだったり、自分の部屋だったり、の、違いであって。

逆にネット環境が整った分、今の子供は恵まれてる気もする。ネットを利用できるから

ネットはツールだから、それを利用して何かしたいことをするっていうのが容易くなった。

知りたい情報を把握するのが楽になった。

把握するのが楽になれば、行動にも幅が出る。いろんな選択肢が見えてくる。

お望みのところに逃げたいのであれば、探すことだって可能だし、逃げ方を考えるヒントはそこここに散らばってる。

状況が変わったことは不幸かもしれない。でも、だからってどうしたいのさ?再度状況を戻すことは不可能だし、自分希望を叶えるのは自分だろ?天から降ってくるなんてないよ。天から降ってくるのはラピュタだけだよ。

2011-08-01

http://anond.hatelabo.jp/20110801071903

こういう反論を待っていました。

なお俺は自称中立を気取るつもりはありません。書き手のバイアスは当然あるわけで、主観が強い場所については意図的に「俺」という一人称を書き足して明示をしたつもりです

2つのアカウントの謎

そもそもPIXIVが注目されたのは

人の絵を勝手に使ってるカオスラウンジPIXIVアカウント

同じく人の絵を勝手に使ってる誰かのPIXIVアカウント

同時に同内容の通報してみたところ

後者だけ停止されたことに端を発します。

この2つのアカウントについて語るのであれば、「誰か」のアカウントが本当にカオスラウンジものと同等なのか、運営に悪質だと即座に消されるような問題を抱えたものだったのではないか?という点まで触れなければ話にならない。

発端となった2つのアカウントの通報を行ったのは誰なのかを調べると、多くのまとめではみかん理事の通報ということになっている。

だがそのみかん理事は「僕が通報したのはどっちもスルーされましたよ。 見てないタイミングで一時停止→復活があったかどうかはわからないですけど。」と発言しており、またtwitterではもう一つのアカウントがどこなのかは触れていない。

さてどういうことだろうか?

単純に考えただけで上の三つの可能性が考えられる。そしてどれが正解なのかは、複数のまとめを参照しても知りえることはできない情報だった。

みかん理事の言動を見ていると、彼がカオスラウンジメンバーとは無関係なアカウント意味もなく晒しあげるとは思えなかった。

ゆえにこの件については何らかの誤りを含む可能性も十分考えられるため、デマの再拡散には慎重な立場からあえて触れていない。

運営の恣意的な削除基準

カオスラウンジと同じこと、同手法の作品をPIXIV投稿してみた人達がいたんだけど

彼ら・彼女らは大量に作品を削除されたり垢BANされたりしてるの。

しまいにはコラージュですらない完全自作のセミの絵とかジャミラの絵とかおにぎりの絵まで削除されてね。

手法が問題視されたわけではなく、運営に対する害意があったから消されたのではないだろうか。

害意があったことを意図的に隠蔽して、手法のみの問題に擦り変えるのは、俺はそれこそが「嘘」だと思う。

カオスラウンジと同じやり方をすることで、削除されるはずのない、運営やコミュニティが望まない画像を大量投稿する、そういう反撃方法面白がるメンタルは理解できるが、賛同はしない。

さて、やがて運営の削除基準はひどく曖昧になり、規約上削除されるはずのない手描きの絵までもが、運営への害意の一点で削除されるようになった。

その恣意性は問題視されて然るべきだが、「俺が描いた絵をpixiv運営は残さなければならない」というお客様幻想もまた問題視されるべきではないのだろうか?

pixivお客様の為に運営しているわけではなく、表現の自由を守るために活動しているわけでもなく、「絵描きコミュニティを構築する」という一点についてpixiv営利目的ユーザーの思惑が合致しているに過ぎない、ということは留意する必要がある。

これはpixivに限った話ではなく、webサービスを利用する際の当然の心構えであると思う。

梅ラボ著作権侵害作品が問題ならば、最初から無断使用された著作権者に働きかけてルールに則った削除申請を行うべきだったし、自分の作品が残されるべきだというならそう運営を説き伏せて残される権利を勝ち取るべきだと思う。

抑圧されてきたマイノリティの反逆

pixiv運営がコミュニティを守るため、大多数のために少数を切り捨てたのは、実は今に始まったわけではない。

例えば現代アート用のコラージュ素材を用意した高橋けんじは、かつて初音ミクデザインで有名なKEIランキング1位を取るのを妨害する意図からラピュタパンの絵を投稿し圧倒的支持を得たにも関わらず、健全な絵ながら理由もなくグロテスク表現のレーティングに強制移動させられた、という過去がある。

例えばpixiv批判の絵を複数投稿しているK田は、かつて東方ファンアートランキングを賑わせた際に、それを快く思わずアンチ東方イラスト投稿し、運営から強制削除処分を受けた一人だ。

彼らの行為コミュニティの大多数を不愉快にさせたのかもしれない。だが問題ある一部のユーザーを切り捨てることは、多数派を優遇するということだ。その優遇された多数派にとっては、運営の行為は居心地の良いコミュニティ保護した正義だったのかもしれないが、切り捨てられたユーザーにとっては到底容認できたものではなかったはずだ。

本来中立平等が望まれる運営が独善的に削除基準を振りかざすことには議論の余地はあるだろう。まして、そこに「(pixivにとって都合の良い)絵描きコミュニティを構築する」というpixivの営利企業としてのエゴがあったことは疑いないのだから

もっとも俺には万人を納得させる解決手段があったとは思えないが…。。

ともあれこの騒動はpixivカオスラウンジ著作権侵害作品の後ろ盾とみなされたことだけではなく、運営の優遇政策により、「抑圧されてきたマイノリティ」たちの不満が爆発したという側面もあるのだろう。

現代アート投稿による運営やコミュニティへの攻撃が、解決の道しるべだとは思わないが、運営はその裏にある「意図」を単純な「荒らし」だと切り捨てるべきではないという指摘も正しい。

活動内容にまで支援は働いているのか?

片桐社長に〇〇を紹介していただいたおかげで今回のイベント成功しました。」

片桐社長のご協力を頂いて今回のイベントも…」

黒瀬君は”えらいひと”への挨拶だけはちゃんとできる子だね。

既に書いたことの繰り返しになるが。

カオスラウンジが活動すること自体は罪ではなく、カオスラウンジがその活動の中で著作権者の心証を無視したコラージュ作品を展開したことが罪なのではないだろうか。

pixiv立脚地とするカオスラウンジメンバーが、pixiv社長プライベートな付き合いを持ち、人脈のきっかけとなったり、交流を深めることまで責めるべきだとは思わない。

pixivカオスラウンジに対して受賞作品を素材として提供するなど、企業としての立場・権限を悪用して著作権侵害幇助した事実があれば批判されるべきだろう。現時点でpixivはそうした事実はないと否定している。

ただ近づきすぎたpixivカオスラウンジが襟を正さなかったから、癒着関係と見なされて批判されるのだ、という指摘は正しく、近しい距離感ユーザーならばこそ厳しい対処に当るべきだったと思う。

無償の投稿と場への愛憎

pixivにおける場とユーザーはの関係は、商業イラストレーターのそれよりも、90年代投稿雑誌文化メンタリティに近いように思う。

雑誌という場に対してハガキ職人が無償で投稿し、採用されれば金一封で応じる。編集雑誌カラーに合わない投稿に対しては冷徹に切り落とす。

雑誌文化ハガキ職人を食い物にしていたのか?そうではなくハガキ職人がその雑誌に対する愛を、場に対する愛着を持っていたからこそ成立した文化だろう。

だが運営の優遇政策は、愛され続ける場を作るために、切り捨てられた場を憎む人をも作り上げ、それがコミュニティに歪みをもたらし、今の混沌とした状況を作り上げた。

pixivにおける場は今や崩壊の分岐路にあり、運営の手腕が試されている。命綱である場への信頼を取り戻すことができるのか、或いは憎まれる場として生きながらえるのか、滅びるのか。

言葉を発し、行動を起こし、正しい選択へと導くことは、ユーザーにとっても運営にとっても利益があるだろう。

ならばこそ、事実に基づく批判は歓迎されるべきだが、解釈による非難の扇動に対しては慎重になるべきだと思う。

事実による批判と、解釈からの非難を同一視すべきではない

ネット上で伺える事実は、「pixivカオスラウンジ癒着し支援していた」ともそうではなく「pixiv平常運転が招いた事態だ」とも解釈することができる。

それは所詮ネットを通じて得られる情報しかなく、いずれも解釈であって真実ではないし、なおも癒着を批判するならば相応の証拠を示すべきだろう。

俺はカオスラウンジ憎さに活動の内面(問題の本質である著作権侵害)に直接関与したわけではない人々まで焙り出して魔女狩りする風潮が正しいとは思わない。

ただpixivカオスラウンジの活動を間接的に支援したことで、彼らの行為助長したのは事実であり、身内であったことも踏まえて癒着と見なされないためにも、通常よりも厳しい処罰に臨むべきだったと思う。

そういう「見せ方」の拙さ、信頼を失うやり方を続けていけば、何者かが擁護を書いたとしても、いずれ自滅するだろう。



あと俺はネット言葉に「強さ」があるとは信じていない。

人は広大なネット自分が望む結論を探し、そこに落ち着くだけで、何者かも分からない俺が、何か書き残したからといってそれで誰かの結論を変えられるなどとは考えていない。

pixivに対してこれだけ非難が集中するということは、それが多くの人にとって「望む結論」だったというだけだろう。そしてその種を蒔いたのは他ならぬpixiv自身である

追記・出回っている文書について

Togetter - 「PIXIVから送付されたというメールについてまとめ」

感想としては大体同じだと思う。やはりpixivユーザーとの距離の測り方に完全に失敗しているという印象。

「退会」という運営否定の最強のカードを切るユーザーまで出てきている、その意味を甘く見積もり、この非難の高まりに対して、コミュニティへの影響は僅かだという言葉が沈静化になると考えるのは、コミュニティ志向なあまりユーザーに対する敬意が疎かとなっている証左と見える。

運営サイドの論理ユーザー論理とでは別物なのだということが、恐らくは分かっていないのだろう。その危うさはいくらでも悪意でデコレーションできるし、単なる身内意識なのだと好意的に解釈することもできる。



もっとも私信を流出させる方法には賛同したくないので、あの内容に対して第三者である俺には文句を付ける権利はないと考える。

願わくならば、受け取った人間が、一言ガツンと文句を言って欲しい。「運営がそんな考え方でいて、俺たちが気持ちよくpixivを使えるとでも思ってるのか」と。

2011-05-21

あの夏、火垂るの墓

僕は中学一年生、まだ12歳だった。いいことばかりではなかったはずだが、今振り返ってみると、毎日笑ってばかりいたことだけが思い出される。部活に熱中し、友達にも恵まれ、告白なんてできなかったけれど、小さな恋もしていた。楽しい日々だった。未来のことなんて考えもしなかったけれど、ただ明日も、その次の日も、今日のように、昨日のように、笑って生きていくのだと思っていた。

夏休みに入る前の週くらいに、小学校一年生の従姉妹がやってきて、夏の間中、うちに滞在することになった。

小さな従妹ははにかみ屋で、しばらくはもじもじしていたけれど、すぐにうちにも馴染んで、僕のことを「お兄ちゃん」と呼んで、まとわりつくようになった。僕の両親も、姉も、従妹を可愛がり、相手をしてやったが、そういう点では一番邪険な僕に特になついていたのが不思議だった。僕もそう意地悪な少年はなかったと思うけれど、少年少年なりに忙しかった。部活もあれば男同士の付き合いもあり、そうそう従妹の相手をしているわけにはいかなかった。

夏のある日、ふと空いた一日に、だらだらと寝転がってテレビでも見ていたら、暇ならば従妹を映画につれていけと母が僕に命じた。従妹は最近、公開されたばかりのアニメ映画となりのトトロ」を見に行きたいのだという。たまたま僕以外の人の手がふさがっていて、まあ僕としても、いつもいつも愛想よく従妹に付き合っていたわけではないから、罪滅ぼしの気持ちもあって、従妹と二人、映画館に出かけた。

まだ、ジブリ映画国民的な動員力を獲得する前のことだ。映画館はわりあい空いていて、お菓子を食べながら僕と従妹はトトロを見た。

ラピュタは好きだったが、トトロ子供向けだなあとその時の僕は思った。その一年か二年前に、休日の父をせかせて、ラピュタを見に行った僕だったのに、もうそろそろアニメ魔法を心からは信じないようになっていた。従妹の表情はスクリーンの変化に合わせてめまぐるしく変わり、どちらかというとそちらを見ていた方が面白かった。

トトロを見終わって、僕は従妹に聞いた。

「もう一本あるんだって。えーと、ひたれるの墓?暗そうな映画だなあ。どうする?もう帰る?」

「ううん、みたい。みていっていいでしょ?」

それは僕くらいの年齢男の子と従妹くらいの年齢女の子の話だった。作画が公開に間に合わなかったらしく、一部が描線のまま映し出されていた。普通に考えればジブリ黒歴史と言うか、前代未聞の汚点(なにしろ未完成品を映画館にかけておかねをとったのだから)と言ってもいいと思うのだが、そんなことは気にならないくらいに僕はその映画に引きずり込まれていた。

誰が想像するだろう。トトロの次に上映される映画が、あんな作品だなんて。

今この歳になって考える。なぜジブリはあの時、あの作品を作ったのだろうかと。ああいテイストの作品はその後はジブリは作っていない。安心安全のジブリブランドだ。他のジブリ映画の好き嫌いを僕は即座に言える。一番好きなのはラピュタだ。でも火垂るの墓は。好きなのか嫌いなのか分からない。二度と見たいとは思わない。でも、場面の細部まで、あの夏のあの映画館のように、今でも頭の中で上映できる。

とにかく、火垂るの墓を見終わった後、僕たちは疲れ切っていた。そのまま映画館の座席にうずくまっていたかったけれど、そうもいかなかったので、僕は従妹をおぶって、またバスに乗って家に帰った。帰ってすぐに、飯も食べずに僕は寝た。

8月も終わるころに、従妹の父、つまり叔父が死んだ。末期のガンだった。叔母が看病に専念するため、従妹をうちに預けていたことをその時になって僕は初めて知ったが(叔父が入院していたのは知っていたがそんなに悪いとは聞いていなかった)、従妹は知っていたのだろうか。

葬儀の際中、従妹は僕を隣に置き、ずっと手を握っていた。たったふたりきりで生きようと思ったあの少年女の子のように。

先日、三十路のその従妹がようやく結婚した。もう結婚しないのかと思っていたが、どこからか朴訥な年下の青年を見つけてきて、あれよというまに披露宴を開いていた。花嫁衣裳を盗み見に行った時、何を思ったか、僕の手を握って、従妹が言った。

「ねえ、お兄ちゃん、あの時、手を握ってくれていてありがとう

あの時ってどの時?と僕は疑問に思ったが、野暮なことは言わずにうなづいていた。分かったふりをするのがいいことは人生はいくらでもある。もちろん僕は彼女幸せになって欲しいと思ったけれども、先のことはわからない。けれども生きていればとにかく人生は続いてゆく。それはどうであれ、おしまいになるよりはいいことなんだろう。

記憶はただ頭の中にだけあるのではない。夏のにおい。まぶたに焼付くような熱い色。いつか彼女は、夏の日に夕焼けを見ると、彼女をおぶったあの夏の僕の背中を思い出すと言った。体温や匂い。いろいろを。その中に彼女は、小さな女の子だった時の、あの日々の思い出を縫い付けている。笑ったり、泣いたり、どうしようもなくてたちすくんで、ただそばの人の手を握ったりしたあの日々のことを。

そして僕も夏が来るころにはあのにおいを思い出すのだ。生きようとした少年女の子を。彼と彼女を。僕とあの子を。

2011-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20110419173602

寡聞にして偶像出会えたケースが人それぞれにあるとまでは聞かないが、たとえば槇原敬之とかは出会ったことがあるとされ、その体験を綴った歌がリリースされてるぞ。ラピュタは信じる者の前にのみ現れる!

2011-03-20

とある飛空士への追憶 映画キャストに関する噂

真実性は誰も担保しません。信じるか信じないかはあなた次第です

『とある飛空士への追憶』楽曲 | tmsm.cz.cc

キャストは決定。後日、イマジン斉藤さんより報告予定。

時点で未公開だけど、メインキャラ声優外しでタレント内定。ファナ役はグラビアアイドルだとか。スポーツ新聞とかでプロモ打たれちゃう展開っぽい。

企画サイドのおえらいさんの誰かが、ジブリ的なアレと勘違いしたってとこですかねー。姫様と空飛ぶ冒険譚⇒ラピュタっぽいと思えなくもないしー。劇場公開を選んだ以上、タレントの知名度で一般人へのリーチを広げたほうが興業収入は伸びるかもしれんけど、作品の出来やパッケージの売上にはどう響くことやら。

2011-01-04

芋とイカが理解できない

結局最後まで、あのキャラクターになじめなかった。老ヲタ限界を見たというか。

昔のアニメなら、ナウシカラピュタ台詞を全部暗唱できる程度には、自分にはアニヲタだった既往があって、昔はビデオがなかったものだから中学生ヲタなら誰でも、テレビの音を録音して、絵コンテ片手に画面を回想する訓練を積んでいたものだった。

プアなメディアは老ヲタを鍛えて、旧ガンダムはもちろん映画館で見て、ゼータちょっと見て、ずいぶん離れてGガンダムをなぜか見て、そのへんまでは、アニメはきちんと楽しめた。

で、そのあとずいぶん長い中断があって、ローゼンメイデンアニメネットで見て、これは楽しめて、ハルヒほとんど見ていないんだけれど、それでも部分部分を youtube で見る機会があって、見ると決めたら、本編はちゃんと楽しめた。

で、らきすたアニメは良くできていて、あれは近所の本屋さんが環境ビデオ代わりにずっと流していて、チラ見して面白そうで、あとからニコ動であれを見て、十分に楽しめた。最終回はたしかネット越しに誰かと感想を喋ってた記憶が。

で、最近の「けいおん」と、「ストライクウィッチーズ」とは、あれは両方とも面白かったし、老ヲタでも楽しめた。「けいおん」のゆるい流れは、ぼーっと見ている分には全然苦にならなかったし、ストパンの裏側には呆れるほどの情報が詰め込まれていて、ああいうのこそ、古参ミリヲタは解説に燃えたのだろうし。

そんなこんなでこの1年ぐらい、ヲタ系のアニメにはつかず離れずのつき合いがあって、その流れで評判になっていた2本を見て、全くついて行けなかった。

俺の妹」は、こう、好き嫌いとかじゃなくて、始まってものの5分ぐらいで、もう駄目だった。

主人公の動きかただとか、会話がどうしてそういうつながり方をするのか、自分には全く理解できなくて、見るのが苦痛になった。原作はちゃんと読んでるし、ラノベの絵だって万人向けの、ある意味ありふれた萌え絵であったし、アニメにはきちんとお金と手とがかかっているのに、あれはどうしてだか、自分には全く受け付けなかった。

元ネタエロゲの話題とか、プレイこそしたことないけれど、その界隈の話題ぐらいは全部分かる程度には、自分ヲタであったはずなのに、どうして見るのがこうも辛いのか、不思議だった。

イカ娘」も、ネットでは評判がよかったのに、駄目だった。同じくゆるい時間が流れるアニメにしても、らきすたの緩さには同調できて、イカの緩さはなぜかそれが苦痛になってしまって、楽しめなかった。

同じように「駄目だこりゃ」になってしまったのが「とらドラ」のアニメであって、あれは原作を全部読んで、十分にそれが楽しめたのに、アニメで動くと、原作での、キャラクターの痛い振るまいが、笑うべき場所がもういたたまれないぐらいに痛々しく見えて、見るのが辛くて、無理だった。

芋とイカにあって、ストパンけいおんはない何か、若い人たちはそれを楽しめて、「ピーキーすぎてお前にゃ無理だよ」なんて、老ヲタ絶望させる、濃さだとか、緩さだとか、あるいは作画の品質だとか、そういうものとはまた違う何かが断絶を作り出していて、自分には、それが何なのかすらよく分からない。

年をとるってこういうことなのかもしれない。

2010-04-13

http://anond.hatelabo.jp/20100413135314

ナウシカ放映数>ラピュタ放映数だと思うんで、

偶然としてもテレビ見ないくせにラピュタ知っててナウシカ知らない、で驚かれたんじゃないの?

別にアニメ映画なんて、周りがヲタクだらけでもない限り、まともには見てない人が大半だと思うんだけどな…。

確率的に見てない(目にしないまますごした)は、ビックリだろうけど、だからどうした、という気がする。


というか、紅の豚を推したヤツは間違いなくヲタクだから、

その感覚が絶対じゃないのは確かだ。

http://anond.hatelabo.jp/20100413133246

そもそもテレビを見る習慣が無いのよ

ラピュタ見たのも二十歳すぎてからたまたまテレビつけたらやってたから見たくらいだし

リアルタイム小学生だったトトロ魔女宅は見たけど。「うしろのしょうめんだあれ」はジブリ?)

もののけ姫千と千尋も実は見てないんだよな

なんか人に言いにくいし話題ふられたときにめちゃ困る

http://anond.hatelabo.jp/20100413131715

作品としてどうこうというよりも、

死ぬほどテレビでも放映されてるからな。

よほど意識的に避けないと

「一度くらい見てみるか」

って事になりやすい作品だと思う。

ラピュタじゃなくて、もののけ姫とどう違うの、が良かったかもしれない。


ちなみに俺も「紅の豚」派だけど、一般向けに「面白い作品」ではないと思う。

森山 周一郎も良かったが、ナウシカラピュタも良い声優選択だったよなぁ…

またジブリ新作、素人声らしいな。

ナウシカ見たことない

と言ったら死ぬほど驚かれた

ラピュタとどう違うのって聞いたら絶句された

紅の豚も見たことないって言ったらそれはまあ・・・って言われた

でも一番面白いのは紅の豚とも言われた

2009-12-10

http://anond.hatelabo.jp/20091210134224

来ちゃダメぇーーーっ!

 

 

って、ナウシカからラピュタへ跳躍。

2009-09-28

誤解を恐れず言えば、姫島村のは「ワークシェア」ではない(長文注意

だって西洋ワークシェアという概念が編み出されたのとは全く独立に、かつ、全く異なる動機・背景で発案されたものだから。

姫島村方式』とワークシェアとの共通点と相違点

リーマンショックからこのかた、雇用情勢の悪化で「今度こそワークシェアしかねえ……!」という機運が国内でも出てきている昨今、大分県姫島村、つうか姫島村役場の事例が「国内におけるワークシェアの元祖」であるような文脈で各マスコミで持ち上げられている。うんまあ、『賃金を抑えてその分たくさん人を雇いましょう』という手法そのものはワークシェア的ではあるし、かかる手法において国内最古と言われればその通りだ、っていうか下手したら先進資本主義世界全体において最古かもしれないw(*1)

ただ、姫島村の場合は当時から現在に至るまで一貫して『公共セクターに於いて賃金を抑え雇用を増やす』形態になっており、この点で既に一般的なワークシェア概念――民間ないし官民全体で、『同一労働同一賃金の原則』の徹底を背景に、主として一人当たりの労働時間を短縮することにより、一人当たりの賃金抑制しつつ雇用を増やすこと――とは形態を異にする。

この形態の相違は、姫島村方式の創案そのものが、一般的な意味でのワークシェアとは起源を異にすることに由来する。

http://www.zck.or.jp/forum/forum/2590/2590.htm

http://www.zck.or.jp/essay/2681.html

において姫島村藤本昭夫村長(40年前にこの制度を創案した村長の息子であったりする:後述)自らが詳しく述べられていることだが、この施策のそもそもの動機は雇用不安の解消などではなく、『昭和四十年代前半に、過疎化人口減対策として若者を村に残すための取組みとして始められ』たものなのである。昭和四十年代前半といえば、オイルショックすらまだ到来していない、高度成長でイケイケドンドン右肩上がりな時代である。しかしながら姫島村ということろは、田舎である大分県の中でも、更に隔絶した離島だ。高度成長の恩恵はさほど大きくはなく、村内の仕事は限られる。とはいえ、今のような雇用不安とは様相が全く異なる。島の外に出て行けば、仕事はいくらでもあるのだから。

村内に仕事はないが、村外には仕事はいくらでもある。この状況下で、村内の仕事を増やすべく始められたのが、姫島村方式である。

効果

では過疎対策としての効果の程如何かというと、これが結構効いている。今なお過疎の村には違いがないものの限界集落は発生しておらず(*2)、また現在でも村職員の人数は村内全人口の約7.7%を占める『大口就職先』だ(*3)。この村職員の人数を背景に、保健や福祉など現場の業務――行政の合理化に於いて真っ先に民営に移されがちな『現業』の分野だ――にその過半を裂き(*3)、結果として村民の居住環境に対する満足度は過疎の村にもかかわらず悪くはない(*4)。一方で、村職員の給与は高度成長・バブルを経た現在でも低廉なまま据え置かれ、その水準は夕張市につぐ低さである(*4)。

とはいえ、一方で人口減は続いており、人口増に繋がる地域振興の決め手とまでには至っていないことは、上掲手記において藤本村長も認めるところである。

姫島村方式の成功』の背景にある姫島村および姫島村役場の特異性

さて、かように長期にわたり姫島村方式が受容され続け、いまなお続いている背景には、その効果が評価されていること以外にも、姫島村社会および姫島村役場の特異性があることを指摘せざるを得ない。

姫島村では、藤本村長の父である故・藤本熊雄氏の代から半世紀以上にわたって村長選が行われていない(*5)。最後の村長選で村全体が『懲りた』のだ、と言う。一方で、熊雄氏は、姫島村出身である自民党の有力者・西村英一にきわめて近しい立場で、二人三脚のようにして姫島インフラを整備していった。『おらが村の西村先生』を錦の旗(*6)に、姫島村政治意識保守自民党への支持を基盤としてまとまっていった。

そこに到来した高度経済成長の波。人口流出の危機。熊雄氏は言った。『役場での共働きは原則、禁止。女性出産育児を機会に退職する。ただ、家庭の事情に応じて優先的に雇用する』と(*7)。これが革新の強い地域であれば、かかる意見昭和40年代の当時ですら『女性出産を機に退職せよ、と強要するとは何事ぞ』と一悶着起きたであろう。都市部であれば首長リコールもありえたかもしれない(*8)。しかるに、ここは姫島村である。保守は絶対優位であり、(大分県内他自治体では今なお猖獗を極める)自治労系の職員組合すらここには存在しない(*9)。反対する者は居なかった。

――そしてこの言葉姫島村方式の発端となった。

今なお姫島村同調圧力は強い。少し前からインターネットに居たはてサ諸君におかれては、「姫島村成人式」を記憶する人もあるかもしれない。「成人式には晴れ着などもってのほか、それが『常識』である」との主張。それがまかり通る社会であればこそ、通用している制度である、という認識が必要だ。

無論、『空き缶デポジット制度の徹底』など、ほかにも同調圧力の強い村社会だからこそ成功した政策を幾つも擁する村なのであり、『みんなで保守化すればいいじゃん!』という解釈もできるかもしれないが、ねえ。

結語

畢竟、姫島村方式は『過疎化の抑止』『過疎地における公共サービスの維持』に対しては一定の有効性を持ち、そういう意味では地方自治体、とりわけ過疎地を抱える自治体が真似するには良い物である。だが、だからといって『雇用不安を解決するためのワークシェア手法の先駆』としては一般化しがたいものだと考える。雇用不安対策としては民間を幅広く巻き込む必要があり、そのためには保守革新使用者労働者の枠を越えた妥協が必要であるところ、姫島村で起きたことは良くも悪くも『保守使用者的立場による善政』の枠を越える物ではないのだから。

……ってわけでな、あれを『ワークシェアだ! ラピュタ本当にあったんだ!!』って言われると、もにょるのだよ。

脚注脚注記法使えないのな面倒くさいな!)

(*1)オランダワークシェア事例が1970年台創始、姫島村方式も「40年ほど前に創始」「昭和四十年代前半」なのであるからほぼ同時期、ないし下手をしたら姫島村の方が古いかもしれんのよ。

(*2)http://kotobank.jp/word/%E5%A7%AB%E5%B3%B6%E6%9D%91%E3%81%AE%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0 ただしソース朝日

(*3)http://www.oita-press.co.jp/featureNews/12294210095/2009_123180887708.htmlおよび上掲の藤本村長手記から。パーセントで言ってもぴんと来づらいかもしれないが『村民の13人に一人が村職員』と言い換えると尋常じゃない。

(*4)http://arch.oita-u.ac.jp/urban/ppt/2008/B/yamamura.pdf

(*5)http://www.oita-press.co.jp/localNews/2008_122533025626.html

(*6)上掲手記中http://www.zck.or.jp/forum/forum/2590/2590.htm#section8に『西村先生は、「村の誇り」であり、西村先生を皆で応援しよう、皆で頑張ろうという意識』の言及あり。

(*7)http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/children/227551/

(*8)同じ大分県内の日田市で、近年『共働き職員の給与削減』を言った市長が居た。http://www.nikkansports.com/ns/general/f-so-tp0-060207-0011.htmlそして、その市長は次の選挙落選した。

(*9)上掲手記中http://www.zck.or.jp/essay/2681.htmlに「職員団体はない」旨言及あり。

2009-09-07

http://anond.hatelabo.jp/20090907140328

いやいや、今回の見所はラピュタの最後のようにバラバラになっていく民主党


というのは冗談でw

マスコミ民主党政権に対して、どういうスタンスを取るかが気になっている。


今までどおり、反体制視聴率稼ぎのために、徹底的なネガティブキャンペーンをやってくるか。

政府マンセー民主党マンセーの大合唱になるか。


後者だと日本\(^o^)/オワタって感じだが。

2009-08-31

http://anond.hatelabo.jp/20090827005932

同感。

というか全ては程度の問題だと思う。

知り合って1時間しか経ってない人に、アニメキャラの話とかしたら駄目だけど、ある程度親しくなって、「オタクって思われるかもしれないけど、実はアニメとか好きなんだよねー」って言うのは案外オッケーだったりする。

もし変な顔(オタクが嫌い)されたら「ラピュタとか好きなんだ」って言えばいいんだよ。

2009-05-26

http://anond.hatelabo.jp/20090526105904

バカどもにはちょうどいい目くらましだ

あっはっは、私と戦うつもりか

素晴らしい!!最高のショーだとは思わんかね!?

あっはっは、見ろ人がゴミのようだ!!はっはっはっは・・・。

ラピュタは滅びぬ、何度でもよみがえるさ、ラピュタの力こそ人類の夢だからだ!!

次は耳だ!!ひざまずけ!!命乞いをしろ!!小僧から石を取り戻せ!!

小僧!!娘の命と引き換えだ!!石のありかを言え!!

2009-04-14

http://d.hatena.ne.jp/F1977/20090413/1239596219

在日特権について思ったことをだらだらと書いてみる。

 

通名は特権なのか。そうか。まあ日本の方々は大抵は本名のみを使って暮らされているからな。

私は通名を使って暮らしている。通園通学通勤全て通名利用。各種保険年金税金の支払いも通名貯金通名

家族も親戚も友人も通名でしか私を呼ばない。免許証外国人登録証明証などの公的な書類には本名通名が併記されている。

自分家族以外の在日との付き合いが無いので(親戚はほぼ帰化済みでもはや在日ではない)、

それ以外の他人である在日の方々がどうだかは知らんが、とりあえず自分通名のみを使って暮らしてきた。

他界した祖父が付けてくれた大事な名。本名よりも先に付けられた通名。それは私の「本名」な感覚であり、今後通名を変える予定もない。

乱暴だが例えるなら、天空の城ラピュタの「シータ」が通名、「リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ」が本名みたいな感じだ。数年単位で使わんし普段はほぼ忘れている。

 

そんな感覚だったので、通名だから何か犯罪を犯して隠れられる、などと考えたことがなかった。驚いた。

通名報道される=偽名で報道される=いくらでも偽れる、ということなのだろうか。

そもそも犯罪目的日本に住みついたならまだしも、普通に定住していて通名を使っている自分のような人の場合は、まず通名を変えようとすることなんて滅多にないんじゃないかと思う。

それに、通名は先述の通り、公的な書類などにも本名と共に併記されているので、今日明日とコロコロと変えることも出来ない。

親族で実際に変更した人がいるが、変更の際にはその理由や、新しい通称名の利用実績を役所へ提示する必要があるようだ。

よって、もし万が一私が法に触れる何かをしでかしたと仮定して、私の名前社会報道されるとしたら、

本名だけの場合家族にしかそれが誰だか分からないので、通名報道の方が世間様に対して分かりやすいと思う。他者にその名が私を示しているのだということが分かりやすいと思う。

まあ、一番はもちろん、本名通名共々の報道だろうけれど。一番分かりやすい。

犯罪者の名を広く喧伝するのは、その意義上、世間に対し分かりやすくあるべきだと思う。

 

それにしても在日税金優遇とかあるの?そんな優遇は受けたこと無い。詳しい人優遇の受け方教えて下さい(冗談です)。

各種税金は、この国に暮らし公共的な恩恵を受けている身として(道路も使うし夜道の街灯も有難い。警察の方の見回りも助かる)、支払う義務を負うのは当然と思っている。けっこう高くて毎月泣くけど。

年金もしかり。将来の自分の為だからな。義務は行使しておかないと、将来権利を主張できない。

なので個人的には、税金払っているから参政権云々というのはまた別の話じゃないかな、と思うわけで。

暮らしている国ではあるけれど、政治に一票を投じられないのは外国人である以上仕方のないこと。当たり前だ。

ああ!それももしかして特権なのかな。「投票日に投票へ行きましょう!」と強制されない特権だな。

投票日なのに大手を振って遊びに行ける!「行かなくても良い権利を有している」と言える!

……あほか。

 

#上記と直接関係ないけどちなみに。現在自分帰化手続き中。面接も終わって結果待ち中。

ネット上で難しい難しい言われてたけど自分でやったら別に難しくはなかった。ただ面倒なだけで。時間がいる。

行政書士さんに数十万だかのお金を払ってやろうとされている在日の方は、もしお仕事とかでお忙しい方じゃなければ充分ご自身で可能だと思いますよ。

帰化が終了すれば、私の「通名」は「本名」になる予定です。

2009-01-08

降ってくる女の子

降臨賞】空から女の子が降ってくるオリジナル創作小説漫画募集します。

http://q.hatena.ne.jp/1231366704

条件は「空から女の子が降ってくること」です。要約すると「空から女の子が降ってくる」としか言いようのない話であれば、それ以外の点は自由です。

字数制限 : 200??1000 字程度

あー、もう期末テストの出来は最悪だったと思って空を見上げたら、なんか黒い物体が空に浮かんでた。飛行機かと思って見ていたらだんだん大きくなってくる。微妙に落ちてくる感じだ。世界史は他の科目との兼ね合いで、一夜漬け勉強しなければならなかったから徹夜になってしまって、目が疲れてるのかもしれない。下を向き、目頭を二、三度両手で揉むようにして、もう一度、空を見上げた。やはりどうみても何かゆっくりと落ちてきている。しかも、はっきりと視認できたが、人間のような形をして、水着っぽい何かを着ている女の子にように見える。

待て。落ち着け常識的に考えろ。こんなにゆっくり落ちてくるなんて自由落下の法則を無視してるだろ。ニュートンが困るだろ。ニュートンの身にもなれ。そんなことを考えているうちに、スク水である事が判明し、しかもどうやらこっちに目がけて両手を広げるような姿勢のまま、目をつぶって落ちて来てる。自由落下の法則を打ち破っている事が一番の問題のような気がしていたが、本当に大事なことはそれで良かったのかわからなくなってきた。

第一、なんで空から降ってきてるんだ? 昔何かの本で、空から魚が降って来たという話を読んだ事がある。その話によれば、何でも竜巻とかで空に巻き上げられた魚が降ってきたことがどこかの国であったそうだ。竜巻って牛も空に浮かべる力があるらしいから、案外学校プール時間水泳していた女の子竜巻に飛ばされて今落ちてきているのかもしれない。問題は、今、季節が冬という事くらいで、竜巻に飛ばされたにしては随分長い間空に浮いてたんだなあという事くらい。この説はありえるかもしれない。

いや、待て落ち着け。ここはベタ宇宙人説だろう。今空から降ってきてる女の子は、やっぱり宇宙人だよ。そうしないとゆっくり落ちてきている説明がつかない。たぶん地球では開発されていない反重力エネルギーか何かの力を込めたペンダントをしてるというありがちな設定だろう。そのまんまラピュタじゃん、あれ、シータ宇宙人だっけか? もう何年も見ていないから忘れてるだけかな? シータ海賊のオバサマの若い頃とそっくりというのは、アニメの中で最もきついトラウマの一つだ。

などと考えていたら、どきりとするくらい近い距離まで女の子は落ちてきてる。黒いツヤツヤの髪は肩のあたりまでありそうな長さだ。反重力が効いているのか、黒髪は緩やかに広がっている。目は閉じているけど顔は、かなり可愛くて、色白って感じ。日本人っぽい宇宙人なのだろうか。えーっと、ペンダントは・・・してない。これはラピュタではないみたいだなと思いながら、胸元の白い肌を見ていた事を再認識して顔がかあっと赤くなった気がした。

このまま行くと、恐らくこのスク水で可愛い女の子を持って返らないといけない流れになるのでないだろうか。突然現れた女の子と繰り広げるどたばたラブコメディ。もうベタすぎて困るくらいだが、一生に一度はそういうベタな展開があってもいいだろう。許す。

まず、ゆっくりと女の子を着地前に抱きとめて、しっかりとお姫様抱っこするだろ、すると女の子が目覚めて、「ここどこ?」と言うんだろうな、日本語だな、当然。「大丈夫。心配ないよ」と言いながら学生服の上着を着せるだろ。しかし、スク水学生服。これは想像しただけで凄まじい破壊力

とりあえず、家までつれて帰って部屋に入れるだろ。待て、飯はどうしよう。着替えもないぞ。それよりもまず、親にはなんて言えばいいんだ? 「ごめん、降って来たから拾って来ちゃった」とここは正直に行くべきか。「自分でちゃんと世話するのよ」という話の流れになるのだろう、ベタに。まあ、最初からベタだからそこはベタでも問題無さそうだ。

うわ、もう2メートル上空。

緊張で喉がカラカラに渇いて、思わず、唾を飲み込んだ。落下速度はますますゆっくりになっている。

そして1メートル上空。手を伸ばして、女の子に指が触れるのを待つ。いやらしくないところをキャッチしないと、いやいや、安全が第一。いやらしいとか考えていること自体がいやらしいわけでこの場合、下に落として怪我させたりしない事が何よりも優先されるから多少アブナイ場所をさわってしまう事は不可抗力であり、「どこ触ってんのよ!」という言葉を引き出すことこそがラブコメ王道であり、使命であり、ファンの総意であり、正義であるはずだ、うわわ、あと30センチ、10センチ、3センチ・・・

これ以上ないというくらい女の子おっぱい体に伸ばした右手が、まさに体に触れようかという刹那・・・


ぎゅおおおおおおおおおんんんんんんんん・・・・・・・・・


音が『あと』だった。女の子の体が、音速を超えて空の彼方に消えていくのが先だった。

女の子は右手が触れるほんの一瞬前、空に向かって信じられないような速度でバックしたのだ。

まるで、右手に触れて、バウンドしたボールのようにどこまでも青い空に吸い込まれるように飛んで行った。触れてないけど。

虚空をむなしく彷徨う右手をズボンのポケットに入れた。無意識に一言だけ口から漏れた。

「なんだったんだよ、全く・・・」

----------------------------------------


m9(^Д^)プギャー 、なんだったんだよ、全く・・・来た!」

「いやーベタですねー」

ベタだねー」

新ジャンルニュートンの身になれ」

「途中、微妙に勘がよくてあせった(^^;」

ラピュタ思いつくあたりもベタでいいよね」

「俺もオバサマ、トラウマだよ」

「このベタさがいいよねー」

「和むわー」

掲示板に書き込みが相次ぐ。

ここは、銀河2ちゃんねるの『バウンドガール』スレッド。バウンドガールという女の子を降らせるおもちゃを使って、地球人の反応を見て宇宙人が喜ぶスレッドだ。降ってくる女の子を見た地球人が色々な妄想をするのをモニターしつつ、掲示板に書き込みする。

もちろん、最後に女の子が飛んでいったあとの反応を見て楽しむのが、最後の山場だ。

地味に宇宙人の間でブームになっている。

そして今日も、どこかの地球人の所に女の子が降り、宇宙人が喜んでいる。


http://d.hatena.ne.jp/g616blackheart/20090108/1231398885

http://anond.hatelabo.jp/20090108151602

http://d.hatena.ne.jp/pal-9999/20090108/p1

http://anond.hatelabo.jp/20090109102413

2008-11-11

彼氏が猫バスに乗ってた。別れたい…

猫だとオカリナで呼ばれた時なんか恥ずかしいww

下向いちゃうしww

男にはせめて動く城に乗って欲しい・・・

駅とかで迎えにこられたら・・・・もう最悪ww

せめて普通にサボイアS-21F後期型やカーチスR3C-0ぐらいは乗って欲しい。

常識的に考えて欲しいだけなんです!

猫で迎えにこられた時の恥ずかしさとか分かる?

あのね?たとえば週末10??20人ぐらいでどんぐり拾いとか行くでしょ?

それぞれ彼氏の車とかで来るわけじゃない?

みんな普通ラピュタやヤックルやニギハヤミコハクヌシやメーヴェで来るわけでしょ?

猫でノコノコついてったら大恥かくでしょうがww


--------

彼氏軽自動車に乗ってた。別れたい…

http://anond.hatelabo.jp/20081111000645

2008-08-28

今が旬の「相手の親に顔合わせ」してきたよ

眠れずにうとうとしながら、自分の居ない間の為の引継ぎも滞りなく済ませて休暇前の仕事を終え、

夜行バスに乗り込み、殆ど眠れないまま12時間彼女の住む町にやってきた。

いつもは渇望する気持ちばかりでバスを降りるのだが今回はちょっと違う。

大丈夫、怖い父親じゃないから」

「母は父さえ陥落すればついてくるから」

そうは言ってもおカタい仕事をしている体と声の大きな(と彼女に聞いている)父親、

先月、一泊お泊りのお伺いを立てただけで激怒した父親、それは怖くないわけがない。

 

到着した日は彼女とふにゃふにゃ過ごす。

ウィークリーマンションの手続きを済ませ、9日もの滞在のために必要な品をダイソーで買い込む。

彼女とマグカップを選んだり安い食料品店を物色したり。

その夜は浴衣花火

ほぼ二徹の身には普通はキツいスケジュールだが好きでたまらない優しさあふれる彼女と居れば不思議と辛くない。

ただ、明日に向けた緊張のせいか急に虫歯が痛み出す。尋常じゃなくて痛い。

強い痛み止めを薬局で買う。

 

正直、面接は自信がある。

今まで面接が原因で落ちたと思われる試験は一度もない。

2ch突発オフ板の住人だったこともあるから人見知りなわけもない。

付き合った女性の親に気に入られなかった事は殆どない。

でも、彼女だけは「絶対に、失敗が許されない」という点で緊張がある。

そしてやわらかい自分の仕事と対極にある、彼女の父親とは価値観の相違も相当ありそうなのも一因だ。

 

当日16時45分。

間に合った。開店前なので店の前のベンチで彼女煙草を回し合う。

彼女にセッティングを頼んだお店は普通のチェーンの居酒屋

「親のことは私が一番分かってるんだからまかせといて」

なるほど、お互いリラックスできそうではある。

彼女は喋り方はゆっくりだがなかなか聡明なところがあるので信用していい。

痛み止めは馬鹿みたいに効き目を発揮し、体調はすこぶるよい。

 

あれこれシミュレーションする内に店員がやってきた。

そして案内されて店の奥へと向う。

ふいにラピュタの台詞がでてきた。

「はっはっは!どこに行こうと言うのかね」

部屋の前まで案内された。

個…個室じゃない。さっき一緒に開店を待ってた気のよさそうなオヤヂ達と同じ空間。吹きそうだ。

そこでご両親が現れる。

僕「はじめまして増田○○と申します」

お父様「まぁかしこまらんでいいよ(ニコニコ

えええええ?!話が違う。

もっと真っ黒に日焼けしたガチムチ強面カタブツ男を想像していた。

やけにフランクスマートでいかにも良い人そうだ。

考えてみればこの善良そのものの優しい天使のような彼女の、親だ。当然だ。

 

部屋の中にはお父様とお母様とさっき外で会った知らないオヤヂ達二名w

どうしたら緊張出来ると言うのだ。

僕「今日はお忙しいところわざわざありがとうございます。お父様、明日は出張で早いんですよね?それなのに・・ありがとうございます。」ありがとう言いすぎ。

僕「これ、つまらないものですが・・いえ、とても美味いんですよ!地元でご進物といえばこれと言われているものすごい美味い煎餅で。自分も大好物なので、ぜひ食べて欲しくて」ちょっと調子付きすぎ。

ここから10分程は雑談

付き出しの蛸が苦手なこと。これは彼女にバラされてしまった。黙って食うつもりだったが少し助かった。

彼女が美しくて優しくて気の利く素敵な女性だということ。(事実そうだ)

彼女とのなれそめ。あの日この地のショッピングモールで粗忽な僕がふわふわしている彼女にぶつかったこと。

それが急速に意気投合し、お互いかけがえのない存在になっていること。(sneg?)

かけ放題の携帯のおかげで距離など問題にならず、隣同士に住んでるへたなカップルよりもたくさん会話していること。

僕が毎月欠かさず高速バス12時間かけて会いに通っていること。「いやー寝てりゃ着きますから楽なもんですよー。あっはっは」

彼女のどこが好きかということか。彼女過去の過ちを全て聞いてそれを踏まえてなお手に入れたいこと。

彼女がいかに自分に心開いて接してくれているか、そして自分が彼女にいかに心開いて向き合っているか。

お父様は今の僕の住居の隣駅に10年前住んでたことが判明。現在地と僕の家は飛行機相当の距離なのに。

僕がギャンブル嫌いなこと。お父様はパチンコ昔ちょっとやってたこと。

僕の仕事のこと。食いっぱぐれがないが少々立場は弱い、しかし安定を考えていること。

そして1時間くらいが経過した。

少し酒が進み・・打ち解け切った頃お母様が切り出した

「○○さん、結婚前提なんでしょ?」

「はい。真面目にお付き合いさせていただいています」と言った。

もっと良い言い方他にあっただろうか。

「将来のことはどう考えているの?」とお父様。

何だそりゃ?前後関係が無いし質問として曖昧過ぎないか?

普通メモとか用意してくるものじゃないの?

彼女ニコニコして終始黙っている。

僕「将来・・?ですか?」

僕の視線「(将来・・の何のことだろ?>彼女)」

彼女ニコニコ(*^-^*)」

軽くなごんで微笑み返す僕。いやいやそうじゃなくて。

僕「少し二人きりで居たら、子供が欲しいなとお互い話してます」

お父様「そうかそうか」

この質問の真意は今だよく分かっていない。

これでよかったのか・・?

年収は聞いてこない。だいたい想像ついたというのもあるかもしれない。

 

不意に、隣の席のオヤヂ達が「これ、よかったらどうぞ」と焼酎を呉れる。

こちらは僕・彼女・お父様とも相当酒飲みだ。嬉しくてお礼をぺこぺこして早速お冷を頼んで勝手に水割りにしてがぶ呑みwカオスwww

なんでも、隣の席のオヤヂのうちの一人が僕と同郷らしい。先ほどの地元名産で分かったらしい。

途端に僕・彼女・お父様とも良い気分でふわふわ。

以後にこやかに話は進み、とりあえず顔合わせとしては成功かと。

 

「じゃ、そろそろおれ明日早いから」と席を立つお父様。

「じゃあここまでの分は払っておくから。見送りとかはここでいいからね。ゆっくりしていって」とお母様。

なんと!まさかおごってくれるとな!

「いえいえいえいえいえ!とんでもないです。ここは私が!」と僕。

丁重にお断りされたので「じゃあ・・ごちそうさまです!」と満面の笑みでお辞儀をする。

ご両親を下駄箱のとこで見送って、あとは若い二人で酒だ酒だー!

1時間後、彼女の提案で焼肉屋にハシゴ。そこでも呑みまくって彼女べろんべろんw

ただでさえふにゃっとしてる彼女がもうふにゃふにゃwカワユスwww

 

翌日。二日酔い彼女が僕のウィークリーマンションを訪ねて来る。

彼女尊敬した!かっこいい!ちゃんと喋れるんじゃん!」

そりゃそうだ。ふにゃふにゃしてるのはおまいの前だけだよ。

仕事だってきりっとしてやってるんだから。

彼女携帯が鳴る。お母様から早速ランチのお誘いでした。

またもやご馳走になってしまって、本当にありがとうございます。

勿論払おうとしたのだが、頑なにお札を拒否されてしまい。

その分彼女に服をプレゼントしましたとさ。

 

※ ご家族バレ対策のため、細部はフィクションです。念のため。

- 転職ならen
- 派遣ならen
3ページ中1ページ目を表示(合計:56件)