はてなキーワード: ユーゴスラビアとは
ネット上ではほぼ同義というか、一緒になって叩かれてるように見える。
二言目にはネトウヨネトウヨ言って叩かれてるようにも見えるんだけど
少なくとも国ってものが存在する以上は、自分の国に帰属したい、他国とは区別したいって思うのは当然なんじゃね。
まあ、明日から国境が無くなって、国境がなければ紛争も無くなって
世界中の人と平和に暮らせるならそれはすばらしいとは思うけど。
でも実際にはソ連やユーゴスラビアは細分割したし、なんでもかんでも一緒なればいいってものではないんじゃないか。
文化や価値観を共有する人同士が固まって生活したい、って思う人が多いから、国というものは存在してるんじゃないのか。
この地球上で、違う文化、違う価値観の人々が共存するために国って仕組みがあるんじゃないのか。
国境を作ることで、無駄に衝突するのを防いでるんじゃないのか。
だから、日本人が日本列島で日本の文化や価値観を共有する人で一緒に暮らしていきたいってのは
まあ島国根性とかも言われるけど、一概に批判されるべきものではないと思うんだけど。
それを、何かってえとすぐ差別だ排外主義だって言われてもなあ。
パスポートも国籍も存在するんだからそりゃ区別は必要でしょうよって。
もちろん、外国人留学生を奴隷みたいにしてたりするような問題とかあるけど
そういう諸問題は個別に解決すべき事案であって。
なんでもすぐ攘夷だ開国だ、右だ左だって二者択一迫ったり、罵り合ったりするのはなんだかなあと思う。
少なくとも、日本の領土に不法に居座ってる韓国や条約破棄して占領しっぱなしのロシア、領海侵犯を平気で繰り返す中国とは
今すぐ全面的に仲良くするのは難しいと思うんだけど、そういう考えは悪なの?
自分の国が潰れたら国際貢献も何もあったもんじゃないと思うんだけど。
で、こういう考えの持ち主の俺はやはりネトウヨなのかね?
原発には反対なんだがなあ。
ネット上ではほぼ同義というか、一緒になって叩かれてるように見える。
二言目にはネトウヨネトウヨ言って叩かれてるようにも見えるんだけど
少なくとも国ってものが存在する以上は、自分の国に帰属したい、他国とは区別したいって思うのは当然なんじゃね。
まあ、明日から国境が無くなって、国境がなければ紛争も無くなって
世界中の人と平和に暮らせるならそれはすばらしいとは思うけど。
でも実際にはソ連やユーゴスラビアは細分割したし、なんでもかんでも一緒なればいいってものではないんじゃないか。
文化や価値観を共有する人同士が固まって生活したい、って思う人が多いから、国というものは存在してるんじゃないのか。
この地球上で、違う文化、違う価値観の人々が共存するために国って仕組みがあるんじゃないのか。
国境を作ることで、無駄に衝突するのを防いでるんじゃないのか。
だから、日本人が日本列島で日本の文化や価値観を共有する人で一緒に暮らしていきたいってのは
まあ島国根性とかも言われるけど、一概に批判されるべきものではないと思うんだけど。
それを、何かってえとすぐ差別だ排外主義だって言われてもなあ。
パスポートも国籍も存在するんだからそりゃ区別は必要でしょうよって。
もちろん、外国人留学生を奴隷みたいにしてたりするような問題とかあるけど
そういう諸問題は個別に解決すべき事案であって。
なんでもすぐ攘夷だ開国だ、右だ左だって二者択一迫ったり、罵り合ったりするのはなんだかなあと思う。
少なくとも、日本の領土に不法に居座ってる韓国や条約破棄して占領しっぱなしのロシア、領海侵犯を平気で繰り返す中国とは
今すぐ全面的に仲良くするのは難しいと思うんだけど、そういう考えは悪なの?
自分の国が潰れたら国際貢献も何もあったもんじゃないと思うんだけど。
で、こういう考えの持ち主の俺はやはりネトウヨなのかね?
原発には反対なんだがなあ。
日本が過去に基準値(370 Bq/kg)を超えたからと税関で止めた食品一覧
H1.1.11 きのこ(くろらっぱたけ) フランス 650 Bq/kg
H1.10.23 きのこ(あんずたけ)フランス 532 Bq/kg
H2.2.28 ハーブ茶(ダンデリオン)スイス 1,167 Bq/kg
H2.10.3 ハーブ茶(セイヨウノコギリ草)アルバニア 814 Bq/kg
H3.2.14 乾燥きのこ(ヤマドリタケ)ユーゴスラビア 556 Bq/kg
H3.3.13 ミックススパイス フランス 1,028 Bq/kg
H6.11.8 燻製トナカイ肉 フィンランド 388 Bq/kg
H10.1.21 乾燥ポルチーニ(ヤマドリダケ) イタリア 731 Bq/kg
H13.11.8 乾燥ポルチーニ(ヤマドリダケ) イタリア 418 Bq/kg
戦争と戦闘行為は違うよ。
クラウゼヴィッツがいうには、「つまり戦争とは、敵を自分たちの意思に屈服させるための暴力行為」、軍事的手段は、政治のひとつの手段にすぎない、んだって。逆をいえば、政治や外交は、軍事力を使わない戦争、ということなんだろうね。
そして、戦闘行為は、戦争において実際行われる行為の中の軍事面だけを示していて、「戦闘行為は成功したけれど、戦争は失敗だった」と、いう事もあるそうだよ。
だから、戦争でかならず兵器が使われるわけでもないし、人が死ぬワケでもないけれど、戦闘になると話は別、みたいな?
まあ、私もよくわかってないんだけど、元増田も、ちょっと、ごっちゃにしているね。(上から目線でゴメンね!)戦闘の目的は「敵を倒すこと」「勝つこと」だけど、戦争の目的は、そうでは無いんだね。
そして、意外(?)と、経済的な動機が、戦争の原因になったことは、歴史の上ではあまりないそうだよ。
皮肉なことに、戦争が不可避であるという確信が、戦争を引き起こす主要な要因だったのである。
んで、戦争に負けたらどうなるか。
以下は、スターリンがユーゴスラビアの指導者ミロバン・デュラスにいった言葉。
「この戦争は、過去になかったものだ。ある土地を占領したら、占領側はかならず自分の社会体制を押しつける。その軍隊が強制する力を持つかぎり、かならず自分の社会体制を押し付けるのだ」
お読みいただく前に
これから書き進めていく体験談は、筆者が可能な限り客観的な視点に基づきつつ書き記したものである。フルヴァツカ紛争やスロベニア紛争に端を発した一連の所謂ユーゴスラビア紛争に関して、筆者はどの国家・民族・宗教・勢力に対しても賞賛や批難・中傷を行う旨はないと予め表明しておく。
これから読み進めていく読者の中には、見知らぬ言葉や表現を多々目にすると思われるが、それに対して出来る限りの補足を付け加えていく。この中では、多くの歴史的背景や宗教が絡むが、どうか一つの物語のように読んでいただけると本望である。
なぜなら、これは戦争の悲惨さや愚かさを伝え、平和主義の啓蒙を行う為のものではなく、そこで何が起きたかを一つの体験談として記し、読者の方々に何かしらのものを感じて頂きたいからである。そして、一般的なマスメディアが活字や映像といった媒体を通して語りかけてくる途方もない情報群の中において、絶対というものはないという事を感じていただきたい。
戦争とは悪であるかもしれない。しかし、戦争において絶対的な悪というものは存在し得ないのだ。全ての勢力や人々に、各々が信ずる正義や大義名分というものが存在しており、それがぶつかり合い、折り合うことが不可能になる故に戦争が形となって現れてくるのだ。以上の事を、どうか読み進めていく前に考えて欲しいのである。
はじめに
これから先読み進める前に、読者の方々へは登場する人物がどのような結末を迎えるか先に記しておく。
ソニア…彼女はスルツキ(セルビア人)民兵によって殺害される。
サニャ…彼女は爆発に巻き込まれ死亡する。
メルヴィナ…彼女はスルプスカ警察によって強姦された後、連行される。
メフメット・カマル・ミルコの三名は行方不明となり、生存は未だ不明である。
カミーユ…彼もまた、スルツキ(セルビア人)民兵によって殺害される。
http://d.hatena.ne.jp/ytoz/20090320
総体として言いたいことは判らんでもないが、
南京が幻になったとき、ヒロシマも幻になるでしょう。そして第二の南京、第二のヒロシマが生み出されることでしょう。いや、すでに朝鮮で、ベトナムで、イラクで、ユーゴスラビアで、第二、第三の南京、ヒロシマが、続々と生まれています。次はどこでしょうか。どうしたら止められるのでしょうか。
は正直笑った。何が「南京が幻になったとき、ヒロシマも幻になるでしょう。そして第二の南京、第二のヒロシマが生み出されることでしょう」だ(笑)。
南京もヒロシマも幻になんかなっちゃいないが、「すでに朝鮮で、ベトナムで、イラクで、ユーゴスラビアで、第二、第三の南京、ヒロシマが、続々と生まれてい」るんだろう?
じゃあ幻になろうがなるまいが「ヒロシマ」はできちゃうんじゃないのか。
だいたいこの文の構造から言えば、「第二、第三の南京、ヒロシマが、続々と生まれてい」るのを止めるためには「ヒロシマも幻になる」のを止めるべきで、
そのためには「南京が幻にな」るのを止めなければならない。つまり「南京」も「ヒロシマ」も存在する必要があるわけだ。ならば「第二、第三の南京、ヒロシマが、続々と生まれてい」るのは
なにも問題あるまい。きっと「南京」を、「ヒロシマ」を、幻でない現実として骨の髄まで覚えるだろう。覚えられなければドリル学習で何度も覚えればよい。
ところで疑問だが、当の南京のほうは南京を幻にしているのか、していないのか。ほれ、チベットの件をみんなも覚えてるだろう? あれはどうなのだ。
ホテル・ルワンダを見た後に感じた憤りはいつのまにか忘れていた。
シティー・オブ・ゴッドを見た時には、自分の送っている生活とはあまりにもかけ離れた環境はあまりにも非現実的に思えた。
イタリア旅行したときに見たアドリア海の向こうにはユーゴスラビアがあって、テレビの中で見た空爆が少し現実味を帯びたけど、それも結局はそれだけ。
雪山を越える人々が狙撃される映像を見たときも僕には何もできなかった。
今回の事も、半年後にはまた忘れるだろう。そしてまたふとしたときに思い出して、無力感を感じるんだろう。
もちろんこれは僕の戦いではなくて、彼らのものだから誰かが、砂漠好きの某超大国のように直接的行動にでるのはお門違いだ。
先日飲みの席で中国人女性になじられた。60年前の祖父の世代の蛮行で。
でも彼女は知っているのだろうか?過去形ではなく現在進行形で彼女の世代がそれを行っていることを。
無知は知でなく、罪だ.
イラクで何人死んで、パレスチナで何人死んで、フォークランドで何人死んで、カシミールでは、スーダンでは、ダルフールでは、アフガニスタンでは、モロッコでは、チェチェンでは、チベットでは、ユーゴスラビアでは、ルワンダでは、コソボでは、北アイルランドでは、カンボジアでは、東ティモールでは…
そんな知識いくら持ち出してきたとしても日本で生まれて日本で生活している限り「失礼じゃなく眠たくない人」なんて一人もいやしないよ。「俺はイラクに行ってきた」なんて自慢げに語ったテレビタレントさんもいるけどさ。
と小学生の自分が反応してみる。
だからもっとお前に身近な臨場感のある例え使った方が説得力あるよ
そもそも「単なる電気信号のやりとりを、さも実弾のやりとりであるかのように例えて本気の殺し合いのように語るのはアレ」という話をしてたんだけどなー。何が「ネット【紛争】」だ固羅と。そう意味では「事故紛争」とか「生活紛争」という言葉にも同じく突っ込みを入れたくてしょうが無くなる。