はてなキーワード: メルボルンとは
7月の頭には、彼と一緒に念願のメルボルン旅行に行く予定だった。
メルボルンに住んでいたことのある彼から話をよく聞いていて、ずっと行きたいと思っていた。
部屋探しもし始めた。ただ、なかなか気に入る部屋が見つからなかった。
私は新しい会社の寮に入ろうか悩んでいたが、彼が
「俺が少し家賃を負担するから、一緒に住む部屋を借りよう」という提案をしてくれた。
彼の態度や発言から、本当は結婚する気なんてないんだろうな、、と思い始めていた私は、
でも、私が一人で一緒に住む部屋を探しに行っている間に、彼は元カノと会っていた。
彼は、私には気付かれていないと思い込んでいたが、私は気付いていた。
別れたなんて言ってたけど、本当は別れていないのかもしれないな、と思った。
でも、元カノのところに戻る事が彼の幸せなら私はそれを応援したいと思っていたし、
そうならそうとはっきり言って欲しかった。でも、会っていた事を問い詰めても、彼は会ってないとしか言わなかった。
元彼がこの世からいなくなってちょうど2年の日、私は彼と一緒に家具や家電を見に行った。
昔から、結婚する相手と一緒に家具や食器を見に行く事は憧れていた。
彼の態度は、どう考えても結婚しようと思っているようには見えなかった。
勢いで結婚しようなんて言ってしまって、後悔してるんだろうなぁ。と思った。
元カノのところに戻りたいんだろうなぁと思った。
この人と一緒にいるわけにはいかない。決断は早い方がいいと思った。
そして私は、「あの部屋は契約しないことにした」というメールを送った。
旅行は一人で行く事にした。ずっと行きたかった場所だし、英語が通じる国なら一人旅でも不安はない。
その事だけ伝えようと思っていたら、彼から電話がかかってきた。
出るつもりはなかったのに、間違ってボタンを押して通話状態になってしまった。
切るわけにもいかず、仕方なく話す事にした。
私は友達にすら戻る気はないと告げたが彼は食い下がり、とりあえず旅行は一緒に行こうと言った。
さて寝ようかという時になって、彼が「やっぱり嫁においでよー」と言った。
まさかそんな事言われるなんて、思ってもみなかった。
色んな感情が溢れて、大泣きした。彼の前で泣いたのはそれが初めてだった。
本当は、彼とずっと一緒にいたいと思っていた。彼のことを思って、身を引くつもりだった。
でも、結局できず、二度目のプロポーズをOKした。
ある時、物珍しさから彼のスマホをいじっていて、偶然発着信履歴を見てしまった。
ほとんど全てが、私以外の女の名前だった。彼は一人ひとりそれが誰であるか説明し始めたが、
ただ一人、全く説明をしない名前があった。それが元カノだった。
発着信履歴の8割がその名前だった。彼からも何回も電話をかけていた。
やっぱり、戻りたいんだろうなー。と、改めて思った。
日本に帰って来た日の夕方に、新居の鍵をもらう予定だった。
でも、部屋を契約したことを後悔していた。
鍵をもらった後、彼と一緒に家具を見に行ったが、全く楽しい気分にはなれなかった。
私から身を引かないといけない、そう思っているのに、どうしても決断できなかった。
使っていたPCの中のデータを全て消して、返さないといけない。
私が彼に送ったメールは、2460通にもなった。単純計算で、1日2~3通。
コンパイル中とか、残業中の息抜きとか、飛行機の待ち時間とか、そういう暇つぶしの他愛ないやりとりが、
いつの間にかそんな数になっていた。そのやりとりに、どれだけ救われたか分からない。
全て消す事で、けじめをつけようと思った。
痩せてサイズが合わなくなり、全く着る事もなくしまったままだった服が大量に出てきた。
その服を着て彼に会った時の記憶が蘇ってきた。全部ゴミ袋に突っ込んだ。
捨てる事で、全部終わりにできると思っていた。
カレーバッシング「失敗」…豪でインド人留学生が激減
【シンガポール=宮野弘之】オーストラリア政府観光局は30日、同国で学ぶインド人留学生数が、2010年は今年よりも20%以上減少し、留学生関連事業の収入も09年より6900万ドル(約63億円)以上、減るとの予測を発表した。
オーストラリアの白人の若者がインド人学生を狙う「カレーバッシング」と呼ばれる暴力事件が頻発したことが影響した。観光客数は10年には4・3%増が予想されるなかインド人学生の減少が目立つ。インド側が人種差別と反発した暴行事件はオーストラリアにとって高くついたようだ。
政府観光局の観光予測評議会は、10年のインド人留学生数は今年より4000人減り09年比で21%減と予測。同年は対前年比35%増だったので大幅な減少だ。AP通信が伝えた。
インド人学生に対する暴行は主にメルボルンやシドニーなどオーストラリアの都市部で発生、地元の若者数人がグループでインド人留学生を襲い、パソコンを奪ったり、ドライバーで刺したりした。警察によると、ほとんどが「愉快犯」といい、合言葉は「レッツゴー・カレー・バッシング」だった。
とくに4月以降は毎月平均40件にも上り、これに抗議する大規模デモがインドで行われたため、シン首相がオーストラリアのラッド首相に電話で早急な対応を求めるなど外交問題にまで発展した。
オーストラリアの留学生関連の教育産業は、石炭、鉄鉱石に次ぐ規模で、07~08年の売り上げは約100億ドル(約9200億円)に上る。
この件でオーストラリア人批判するのはたやすい。しかし当事者にならなければ分からない、実感できない事もある。同じ状況に置かれた時、彼らと一線を画した行動を我々は取れるだろうか?
「火の七日間」と呼ばれる最終戦争から千年余り。高度な文明は滅び、世界は瘴気が充満する腐海とその住人である獰猛な蟲たちに浸食され続けていた。そんな腐海のほとりにある辺境の小国「風の谷」は、大国ティターンズとの戦乱に巻き込まれた。「風の谷」の族長レコア・ロンドは、攻め入るティターンズの将軍達に取り入ってかろうじて国を存続させていたが、女将軍エマ・シーン率いる大軍による攻撃で「風の谷」はとうとう滅亡の危機に瀕する。
苦悩の末、レコアは腐海の奥深くに封印されているという古代兵器「パラス・アテネ」を探すため腐海へと赴くが、蟲たちにあっさりと捕らわれるのだった。しかし、人間の女と蟲との邂逅こそが、古代兵器「パラス・アテネ」の封印を解く鍵だったのである。
ただ、事はそううまくは運ばない。蟲との邂逅時、レコアは無垢な肉体ではなかったことによって、「パラス・アテネ」の封印解放は不完全なままに終わり、「パラス・アテネ」は暴走を始める。自ら呼び寄せてしまった「火の七日間」の再来に、既に深く傷ついたレコアはそれでも立ち向かう……。
――シロッコ「フハハハハ!見ろ!クズどもはやはりクズだ!」――
――あのお姉さんは まだオーストラリアにいるのです。たぶん。――
1950年代のオーストラリア、メルボルン郊外にある開拓移民たちの暮らすとある小さな街。界隈では仲睦まじいことで有名なカップル、カツ・コバヤシとサラ・ザビアロフであったが、「結婚するまではダメよ」と頑なに身体を許してくれないサラに対して、カツのフラストレーションは溜まる一方であった。
そんなカツの誰にも言えない趣味は、隣人ベルトーチカ・イルマの寝室を覗くことである。今日もまた部屋の明かりを落として双眼鏡を強く握るカツであったが、黒と赤に染められた服に身を包んだ集団に、ベルトーチカが掠われてしまう現場を目撃する。
忽然として姿を消したベルトーチカ。日が経つにつれて街はその噂で持ちきりになった。ベルトーチカの身を案じ、軍から街へと戻ってきたフィアンセ、アムロ・レイの悲壮な姿に心動かされたカツは、ベルトーチカが掠われた現場を目撃したことをアムロに告白する。「黒と赤」というカツの言葉にはっとした表情を浮かべるアムロ。これによってカツは、思いもよらぬ巨大な暗躍との闘争の中に身を投じることとなり、そこでガール・フレンド、サラとの悲痛な遭遇を果たすのだった……。
――やさぐれたりしたけど、今は反省してます――
ホンコン・シティに住むどうしようもないワルガキ、ヤザン・ゲーブルは、両親にも愛想を尽かされ、13歳の誕生日に、女主人ミライ・ヤシマが運営する更正施設「シャングリラ」に預けられた。
ミライは、持ち前の運動神経も生かしてハングライダーによる宅急便の仕事をやってみたらどうかとヤザンに薦める。迅速な仕事、また、エイのような形が特徴のハングライダー、派手な黄色の仕事服も相まって、ヤザンの宅急便は瞬く間に街で有名になった。しかし、その裏でヤザンは更正施設内で意気投合したダンケルやラムサスらとつるみ、昼間の仕事の傍らで物色していた家に夜中に押し入っては盗みを繰り返し、ジャンク屋ゲモンから盗品と引き替えに回してもらったマリファナを楽しむ日々を送っていた。
そんなヤザンであったが、いつものように強盗する家を物色していたある日、街の学校で飛行クラブに所属しているという女の子、ロザミィに出会う。ヤザンのことを何故か「お兄ちゃん」と呼ぶロザミィを最初は煙たがっていただけのヤザンであったが、ロザミィと徐々に親しくなるにつれ、また、ロザミィの背負う過酷な運命を知るにつれて、次第に更正の道を歩んでいく……。
――愛とは、こういうものか――
最重要国際指名手配犯シャア・アズナブルは、人口の極端な減少でしか、これ以上の地球の汚染を食い止めることはできないという思想の持ち主であり、これまで数々の無差別大量殺人テロおよび要人暗殺に手を染めてきた。その過激だが確固たる思想と綿密かつ鮮やかな犯行によって、市井のごく一部ではあるが影で支持する者が後を絶たないシャアは、クワトロ・バジーナという偽名を取得し潜伏した次の要人暗殺計画先のミラノで、身寄りのない少女ハマーン・カーンと出会う。
常に冷静沈着なクワトロことシャアであったが、何かにつけて目の前に現れるハマーンに心を許し、うっかりと暗殺計画に関するメモを見られてしまう。ハマーンを始末することを一度は決めたシャアであったが、拳銃を突きつけられてもひるまずに「撃ってみて」と呟くハマーンを見て殺すには惜しいと思い、部屋に軟禁する。
暗殺計画を着々と進めつつ、軟禁したハマーンに対して辛辣に応対するシャアであったが、その裏腹でハマーンにどんどんと惹かれ、ついにはベッドを共にする。事が済んだ後、ハマーンの凛々しくも優しい眼差しに、シャアは、かつて狂おしく愛した女ララァ・スン、ひいては、うっすらとのみ記憶に残る母のぬくもりすら感じるのだった。今や、シャアの精神はハマーンの虜となってしまった……。
サイド2宙域において廃棄されたと見られる小規模コロニーを発見したアーガマ一行は、ティターンズ艦隊の追撃をかわすため一時的に身を隠すこととし、リック・ディアスに搭乗したアポリーとロベルトをコロニー内探索に派遣する。
生命維持システムはいまだ稼働しており、空気も存在し広大な草原が広がっているコロニー内に驚きながらも探索を続けるアポリーとロベルトであったが、突如としてカラス型MA「ユ・バード」を駆るバーバ・ユ・バーバの襲撃を受ける。廃棄されたと思われたコロニーは、巫女バーバ・ユ・バーバを教祖とし、八百万の神々を崇拝する海賊ゲリラ宗教組織「ユヤ」の根城だったのである。
バーバの猛攻をなんとか凌いだアポリーとロベルトではあったが、2人を除くアーガマ乗員は既に「ユヤ」に捕らえられており、投降を余儀なくされる。2人は先の戦闘振りからパイロットとしての腕を買われ、「ユヤ」の新人パイロット養成を言い渡される。
バーバの命令通り従順にパイロット養成を行いながらも、人質解放と脱出の機会を窺うアポリーとロベルト。しかし、バーバは新人パイロット養成と同時に、アポリーにロベルトを、ロベルトにアポリーを名乗ること、アポリーに口髭を伸ばすこと、ロベルトに口髭を剃ることを命じており、2人は次第にどちらがアポリーでどちらがロベルトなのかがわからなくなり、アイデンティティの喪失に悩まされるのだった……。
――シロッコ「ジ・O!動け!ジ・O!何故動かん?!……あ、動いた。」――
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080406-00000016-rcdc-ent
以下、コピペ。
■その1
1956年 メルボルン五輪 選手団が現地に到着後にボイコット(理由は台湾問題)
1964年 東京五輪 ボイコット(理由は台湾問題)■■開会式当日に合わせて核実験強行■■
1976年 モントリオール五輪 ボイコット(理由は台湾問題)
■その2
彼らこそが本物のスターだよ
日本の自称スター達の様子を見てると飽きれるね
普段は狂ったようにラブ&ピース(笑)を謳う
声明を出さないんですか?
そりゃあそうだよな?所詮偽善者の謳うラブ&ピース(笑)なんて
売り上げのための宣伝売名活動にすぎないもんな?
お前らが活動するときは事が終わって完全に安全になってから
お前らには心の底から失望した
抗議した人達こそが真のスターだよ
一応つっこんでおくと、「オーストラリアの地図は上下逆」というのが迷信なのはその通りだけど、リンク先の「解答」もあんまり正解とは言い難いです。
正解はこちら
元は素朴な疑問を抱いた12歳の少年スチュアート・マッカーサーが作り出し、その後、彼がメルボルン大学在席中の1979年、オーストラリア・デーに合わせて発表した物でしたが、話題性と知的議論の喚起用、および、商品デザインの一つとして、彼の国で広く受け入れられ作られ続けているわけです。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1211859002
いわゆる「アップサイドダウンマップ」は、ジョークや観光みやげのためでなく、よりシュアに政治的主張、メッセージを込めた考えのネタ、宣伝素材ってことですね。