はてなキーワード: マンセーとは
先に結論から書くと、グローバル化のことは、「外資系社員ではなくて、中小企業のオヤジに聞け」ということ。
外資系の人は、大企業の人間に聞くよりはマシだろうけれど、かなりのポジショントークにならざるを得ない。
日本が好きで、日本のことを思い、本当にヤバいという焦りの気持ちを、叩かれるのを覚悟で率直に伝えてくれたのだとしたら
私はむしろ感謝すべきなのかもしれない。それでもあえて苦言を呈したい。
論点が盛大にずれている。というかこれポジショントークだよ。
彼は正しく現実を観て、正しいことを言ってるとは思うけれど、意識的にか無意識的にか、自分のポジションの価値を上げるよう誘導する表現をしている。
グローバル化についてはドラッカーがまだ邦訳されてない論文でこういうことを言っている。適当に要約するとこんな感じ。
まるでグローバル化そのものに価値があって、それに適応することが自分の価値を高めるかのようなことをまくし立てる愚か者のことだ。
グローバル化と呼ばれる流れで変わるのは、単に競合が国内にとどまらなくなるということだけだ。
どれだけ価値を生み出せるか、どれだけ高い生産性を保つか、という今まで私がしてきた問こそが重要であるという事実は変わらない。
新しい競合と比べて、より高い価値を提供できるか、それだけが問題なのだ。
英語や最新のテクノロジーをみにつけても価値を提供できない奴は結局職を失うことになる。
グローバルという言葉に踊らされ、目新しいことをそのものに価値があると信じて意味のない努力をするのではなく、
今まで通り、目の前の客に少しでも価値のある仕事を提供するに自分をどう磨いていくかを考えろ。
繰り返す。グローバル化や最新テクノロジーそのものは技術の変化にすぎず、イノベーションではない。
イノベーションとは現在のサービスの価値を高め、新たな顧客を生み出す変化のことであり、それこそが重要なのだ。
考えなしに新しいテクノロジに乗り出せば成果が得られると思うやつは、考えなしに多角化して失敗した一世代前のエグゼクティブから何も学んでいない。
言ってることは上のtogetterと同じだ。でも印象が違ってくるのではないか?
どちらの説を取るにせよ価値のない仕事をしている、競合と比べて費用対効果が悪いバックオフィスは切られる。この結果は変わらない。
結果が同じならそれでいいじゃないか、という人もいるかも知れないが、そういう考えだと、外資系の人だけが潤うだけだ。
ドラッカーは上の人のように、グローバル化に乗り遅れなければ助かる、というようなミスリードはしていない。
英語なんぞを頑張るよりは、世界に誇れる仕事をして、新しい価値を生み出すことを考えろ。
何でもアメリカルールに揃えようとするな、それよりは自分らしいやり方で独自の価値で勝負しろ、と言っている。
上記記事は、失礼ながら形だけ見たら植民地化された国で、まっさきに奴隷監視役を請け負って中間支配でおいしい目を見ようとする類の人と変わらないように思う。
彼は善意でこういうことを書いてくれたと思うからこそ、この手の微妙な話は伝え方に気を使って欲しい。ちゃんと真実を、誤解のないように伝えて欲しいと思う。
ぶっちゃけ、彼の言いかただと日本やばいですよと煽った挙句に、問題は解決しないどころかよりドツボにはめる結果になりそうだ。
そして彼のような人だけが儲かる結果になる。そういう結果になった時、自分の言った発言に責任が取れるのだろうか。
せっかく外資系で、日本の中に閉じこもってる人より世界の現実を見てるんだったら、
いかにして日本はアメリカ流に屈せずに自立自存の道を歩めるかまでちゃんと「自分の頭で考えて」それを伝えて欲しい。そういう議論ができるのが外資系のいいところとちゃうの?
これって日本を知らないアメリカ人が自分たちの作法が絶対的に優れてるという前提で語ってることを、日本人側として素直に受け入れちゃってるような気がしてならない。
上の記事の人にはすみません。言いがかりみたいな記事を書いてしましました。完全に憂さ晴らしです本当にありがとうございました。
私が勤めてるSI企業ってのは、この人の何倍も腐ったアメリカマンセーなコンサルタントさんがですねうわなにw
なんだかんだ偉そうに言ってるシステム屋より、実際に海外と勝負して売れる価値を作ってる彼らのほうが偉いし、ずっとよく物事を考えてる。
「私」になるまでの夜空のことなのね。(あるいは「僕は友達が少ない」を「閉じたサークルマンセー」の意味で使って、ぬるいモラトリアムを肯定してるか)
にしても、7巻まで読んだけど、夜空のためだけにあるような話ですな。
どうせ小鷹くんから別れてからいじめられたか友達がいなくなったかで孤立して
幼少時の友達の思い出にすがるというか閉じこもってるわけね。(年取ったから若干「男にすがる」みたいな要素も出てきてる感じだけど)
んで、小鷹くんだけが必要で、二人でキャッキャウフフするために隣人部作ったら余計な奴がゾロゾロ湧いてきてうざったいという感じか。
ただまぁ最終的な結末に向けて、小鷹くんはふたりだけの関係を望まないだろうからこのまわりみちは必要だって話になるね。
夜空の造形と隣人部の関係は「家族計画」の焼き直し的を感じるし、(最後は隣人部解散するんだろうなあ、やっぱ)
夜空の執着は「殻ノ少女」とか「囮物語」の千石撫子によってこのキャラ類型のネタバラシされちゃってるし、
小鷹くんは小鷹くんで手間のかかる妹とか親不在の問題にあって恋愛ができないって話は「こいとれ」に通じるものがあったりと
いろいろな作品を思い出させる要素があって、エロゲオタ的にはおもしろいけど、自分の好きな結末にはたどり着かなさそうで読み進めるのが辛くなってくるなぁ。
ただ、冒頭でエア友達作ったりとかしてたわけで、可能なら女の子の友達が欲しかった、とかそういう所があると可愛いなぁ。
正直はがないを読んでる時はせなさんのことが全く理解できなかったんだけれど、「俺ガイル」のゆきのん読んだからちょっと理解できたかもしれない。
まぁとにかく、この話は夜空さんかわいいよ、でOKっすね。ここまで盤石のメインヒロインも珍しい。
せなさんが魅力的に振る舞えば振る舞うほど、ああ、構造的に圧勝してるからこその思いきりだなぁ、と思ってせなに同情してしまう。
それでも理科さんが煽らなければいけないくらいに(友達に心をひらくことに対して)弱気な夜空がほんまに可愛いわー。
追記
夜空は、ほんとうの意味で友だちを作るために隣人部を作ったわけじゃないよね。
友達を本当に欲しいと思ってない子は、そもそも友達をつくろうとしない。これは友達作りに限らず、社会貢献とか、脱オタとか、なんでもいい。
http://news.livedoor.com/article/detail/5857112/
鉢呂に暴言を浴びせた記者も、私憤が義憤に摩り替わったのが原因なのかなぁ。ぶっちゃけそこまで騒ぐ問題でもないと思うんだけど。放射能を擦りつけられて、えんがちょされたのがマスコミの人間だったのが運の尽きかもね。「人が死んでんねんで!」(元ネタ失念)みたいに、マスコミの人は、私憤と義憤を取り違える環境にあるのは否めないけど。ただ、それを奇貨として、意図的に取り違えてるのがマスコミと言えるのかもしれないけど。「(特定)アジアの人が苦しんでるのに」的な御注進を奉ってた新聞社とか。
もちろん、ささいな失言・言い間違いについて揚げ足を取る形で、大臣を辞めさせたり、任命責任として総理大臣に追及してたのは、当の民主党の議員であるわけだから、まぁどうでもいいんだけど。絆創膏の説明責任とかもあるし。
そういえば、このまえうっかり、TVタックルの番宣をみたら、すっかり民主党バッシングに染まってて笑った。太田光の総理大臣云々の番組はもう終わったんだっけ。TVタックルと太田光の総理大臣の番組は、衆愚政治の象徴だと思う。2年前の民主党マンセーとかを出演者に見せたい。たけしとか太田光はご意見番みたいな位置に座ってるらしいけどなんて言うのかね。
あれだけ広大な関東平野があるのに、明治時代まで皇居が置かれなかったのは何故なのか。
自然災害リスクが高いから関東は都を設置するには適さないということを先人は経験的に学んでいたのではないか。
とはいえ、関西は古くからのしがらみと既得権益が多すぎてゼロベースからの経済発展を実現するのは難しい。
とりあえずちょうどいいタイミングで東京が米軍の空襲によって焼け野原になったので、終戦後に関東平野周辺の山林や農地を開墾して平地を作り、
広告代理店を使ってテレビやメディアを通して東京マンセーと垂れ流して日本全国から田舎者をかき集めて、
老人は巣鴨に住め、バンドマンは下北沢に住め、奇抜な服装した奴は原宿に集まれ、金持ちは千代田区とか港区に住め、柄の悪いヤンキーは足立区とかに住め、など
レイヤーごとに人間を配置するように仕向けたら、特定の街に特定の人種が住むわかりやすい街が出来上がる。
そうなると、特定の層を対象にしたマーケティングがやりやすい。流行というものも作りやすいだろう。
ここまで全て計画されていたようにしか思えない。
今困っているのが年上のパートのおばさんで、同性って言うのもあるし、私を目の敵にしてるしで注意しにくいったらない。
と言うのもこのおばさん、同僚とべったりで、私が褒められるとムッとした顔をするだけではなく、人の目を見て話さない、事前に何も言わずに何でこれしてくれないんですか、と言い出す、そして何かと言うと被害者ぶる、聞いても「知りません」「わかりません」と答える、その癖同僚には声音から違って、マンセーしまくり、率先して何でもしてあげる・・・と限がない。
私が何を正論で言おうと最初から聞く気がなく、ちょっとした言葉尻を捕まえて逆切れ。或いははいはいと返事だけで後から言っても聞いてませんけど、と言い出す。
そこに必ず同僚が仲裁する振りしてこのおばさんの味方になる。
ま、私も抜けたところあるし、忘れることもあるので、そうそう人に偉そうに注意出来る立場じゃないだろ的に見下されてるんだろうな、とは思うけどね。
でも私と同じくらいいろいろ忘れたり抜けたりしてるの、密かにフォローしてんの私なんですよ、と。
おばさんも同僚も人の失敗は偉そうに注意してくださるけど、私黙ってるだけで不完全なことやら失敗やらあなたたちもやらかしてますよ、と。
結局はなるべく足元すくわれない様に、自分の周りを完璧にすることから始めないとダメだよね。
・・・が、それでも今すぐ言いたい。
就業中寝るな。勝手に私用の携帯出て喋るな。後片付けまでがパートのお仕事ですよね?何故拭き掃除して窓ガラスが汚いのか。自分に後ろめたい気持ちがあるから先に攻撃してくるのはわかってますよ。
ガクシャとかヒョーロンカが左右無関係にねじれは悪だ、ねじれのせいで政治が停滞しているっていうけど、結局のところ最近の選挙では(民主党に政権をもたらした衆院選を除き)つねにねじれになるような選挙結果になってる。これを虚心坦懐に受け止めれば、民意は総体としてねじれを欲している、と考えざるを得ない。
ガクシャやヒョーロンカの言説では、(震災復興をはじめ)日本はリーダーシップを必要とする政治課題ばかりだ、なのにねじれでリーダーシップが発揮できない、ねじれを解消しろ、ということが当たり前に論じられているけど、選挙結果だけを見れば、ねじれによるリーダーシップの掣肘をこそ国民は望んでいるわけで、てんで的外れ。
ガクシャやヒョーロンカは単なる馬鹿か、まあそういう一面もあるだろうけどw、間違ってもしゃーない面はある。統計的に妥当かどうかは知らんけど、記憶の限り、街頭インタビューやら世論調査やらでは、リーダーシップを求める声は少なくないみたいなので。素直に考えれば、ガクシャやヒョーロンカの方がまっとうで、民意の方が統合失調みたいなもの。ま、もちろん「民意」なるものを体現する統合された有機体はないので、統合失調という語は適当ではないけど。
まあしかし、多くの人は、リーダーシップそのものを求めているんじゃなくて、自分の意見を実現する力を求めてるのだと思われる。リーダーシップそのものが重要だと思うなら、自分が反対する意見を協力に実現するリーダーシップも評価してしかるべきなんだけど、実際にそういうことになれば、リーダーシップマンセーじゃなくって、強権的だとか、素人だとか、あれこれ批判するわけだ。
ここに、本件の逆説が成立する基礎があるはず。自分の意見の実現より、自分が反対する意見の阻止を重んじるなら、それぞれリーダーシップが必要といいながら、実際には相手のリーダーシップの足を引っ張る方が好ましい。ねじれにしておけば、自分の意見は実現しづらいだろうけど、自分が反対する意見だって実現しづらいからね。
本来、こういう価値観の持ち主が多いなら、リーダーシップなんかいらないから、みんなの意見をよく聞いて調整をしっかりしてくれ、ということになってもいい。でも、そうはならないのは、調整こそが官僚と(かつての)自民党の特長だから。それらはダメだからカイカクを、ということをこの20年ほどガクシャやヒョーロンカは担いてきた。この20年は間違ってました、実は調整型政治がいいんです、じゃあ認知的不協和だ。
野田氏は大連立を目指すらしいけど、大連立とはまず与野党の調整。たぶん、その調整がうまくいかなくって、大連立は成り立たないから、また短命政権だろうね。すんごい政治力があって何とかなる、と予想が外れてほしいけど、この手の政治力はカイカクすべきものとされているので、どんどん失われている。小泉元総理がすごかったのは、実はリーダーシップじゃなくてこの政治力の部分で、清和会という基礎をがっちり固めた上で、参院自民党と公明党を最後まで離反させなかったところなんだけど、なぜかリーダーシップばかりが評価されてるのが現状なんだし。
540 :おさかなくわえた名無しさん:2008/06/22(日) 19:09:24 ID:cl6Dkdg/
看護師目指してるんだけど、彼氏がもう看護師マンセーになって、
私の事をずっと応援したいと言う。
卒業してすぐは大変だし、しばらく考えさせて、と返事。
「夜勤とかあるよね」とか、「収入はいくらになる?」とか聞いてくる。
まだ考えたいからと言っても、なんだかんだ。
そんなある日「専業主婦ってどう思う?」と聞かれ、
また結婚の話か…と思いつつも「まあ本人が良ければいいんじゃない?」と答えると
「お前はいいって思うんだ!実はさ、最近料理とか目覚めちゃって、
「へーすごいねー。」
「なんつーかさ、俺結婚してもお前より稼げる自信ないし、
せっかくの資格を生かせるんだからさ、俺お前のサポートに徹しようかと思ってるんだ。
もちろんバイトはするよ、
でも家の中の事やってくれる人が欲しいってキャリアウーマンってよく言うじゃん?
だったらいっそ俺がそうなってあげようと思ったんだ」
とまぁこんな感じで早口で語りだした。
「専業主婦って主夫の事?」と聞いたら「良かった、お前が賛成してくれて!
もちろん別れたんだけど、何か男女平等とかすっごい言われた。
世の中の女は専業主婦になっても文句言われないのに、男はつらいとか
これからどうしようとか。
一度辞めると決めてしまったから、出勤するのがすごく辛いとか。
知らんがな(´・ω・`)
541 :おさかなくわえた名無しさん:2008/06/22(日) 19:27:35 ID:Vlp5VbQT
540みたいな話は男女逆だといくらでもあるよね。
542 :おさかなくわえた名無しさん:2008/06/22(日) 19:54:18 ID:NsxFjzlz
逆でも冷めるっしょ。
543 :おさかなくわえた名無しさん:2008/06/22(日) 20:13:16 ID:d4B34eXo
逆でも冷めるって。寿退社してる女がどれだけいると思ってるんだよ
546 :おさかなくわえた名無しさん:2008/06/22(日) 20:33:37 ID:xVkHxosD
まずこの男、満足に家事をできるとは思えない。
「これなんて自分でアイロンかけたんだ」って台詞にそれが如実に現れている。
547 :おさかなくわえた名無しさん:2008/06/22(日) 20:36:22 ID:i7cmWPvA
だな。
とりあえずテンプレ化しといたよ
ウェブに携わる人間には常識だけど、HTML5は何でも出来るスーパーヒーローではない。
どちらかというと、○○の○○とか、○○の○○とか、○○の○○とかの方が近い。知らないやつはググれgoogle:○○○○
HTML5の真骨頂は、昨今のリッチなインターネットコンテンツを、非常に簡潔にスマートに記述できるところにある。複雑な事をすれば凝った事もある程度できるけど、得意分野じゃない(標準APIが機能不足だし、JavaScriptの言語仕様が複雑な処理に向いていない)。
ブラウザだけでここまで出来る、とか、
Flashはもういらない、とか、
ってのは、○○だって○○○○れば○○○○○○ようになるし○○はもういらない、って言ってるようなもん。○○に○○○○のなら筋違いだ。生い立ちも素質も違うのに、どうして代替となりうるのか(プログラムと人間を一緒にするのが暴論なのは百も承知)。
HTML5とFlashにはそれぞれ得意分野があるし、淘汰される形で対立しうるものではない。にもかかわらず、ブコメ見てて、いまだにFlash氏ねHTML5マンセーな意見が支配的なのが痛すぎる。
Jリーガー(現役)版
ウェブに携わる人間には常識だけど、HTML5は何でも出来るスーパーヒーローではない。
どちらかというと、柏の明神とか、ガンバの橋本とか、甲府の伊東輝とかの方が近い。知らないやつはググれgoogle:いぶし銀。
HTML5の真骨頂は、昨今のリッチなインターネットコンテンツを、非常に簡潔にスマートに記述できるところにある。複雑な事をすれば凝った事もある程度できるけど、得意分野じゃない(標準APIが機能不足だし、JavaScriptの言語仕様が複雑な処理に向いていない)。
ブラウザだけでここまで出来る、とか、
Flashはもういらない、とか、
ってのは、伊東輝だってシュート力つければゴール決められるようになるしハーフナーはもういらない、って言ってるようなもん。橋本に年間10ゴール以上を求めるのなら筋違いだ。生い立ちも素質も違うのに、どうして代替となりうるのか(プログラムと人間を一緒にするのが暴論なのは百も承知)。
HTML5とFlashにはそれぞれ得意分野があるし、淘汰される形で対立しうるものではない。にもかかわらず、ブコメ見てて、いまだにFlash氏ねHTML5マンセーな意見が支配的なのが痛すぎる。
(ここで言うHTML5はcss3とJavascriptも含めた技術全体の事、逆にFlashはAir等の派生技術は含めないブラウザ上のFlashPlayerの技術のみを指します。)
ウェブに携わる人間には常識だけど、HTML5は何でも出来るスーパーヒーローではない。
どちらかというと、中日の高木とか、ヤクルトの宮本とか、巨人の川相とかの方が近い。知らないやつはググれgoogle:いぶし銀。
HTML5の真骨頂は、昨今のリッチなインターネットコンテンツを、非常に簡潔にスマートに記述できるところにある。複雑な事をすれば凝った事もある程度できるけど、得意分野じゃない(標準APIが機能不足だし、JavaScriptの言語仕様が複雑な処理に向いていない)。
ブラウザだけでここまで出来る、とか、
Flashはもういらない、とか、
ってのは、川相だって筋肉付ければホームラン打てるようになるし清原はもういらない、って言ってるようなもん。宮本にパワーヒッターを求めるのなら筋違いだ。生い立ちも素質も違うのに、どうして代替となりうるのか(プログラムと人間を一緒にするのが暴論なのは百も承知)。
HTML5とFlashにはそれぞれ得意分野があるし、淘汰される形で対立しうるものではない。にもかかわらず、ブコメ見てて、いまだにFlash氏ねHTML5マンセーな意見が支配的なのが痛すぎる。
「ブラウザだけで」というと聞こえはいいけど、何のことは無い。5年くらい前のFlash相当のプログラムが、ようやくブラウザに搭載され始めただけのことだ。Flash は重いとよく言われるが、同じことをすれば(今のところ)HTML5 のほうが重いことが多い。
あと、記事を読むと大概「(どれかの)ブラウザだけで(なら)ここまで出来る(けど他のブラウザじゃ動かない)」って言葉が隠されている。HTML5 の仕様が固まれば全コンテンツが全ブラウザで同じように動くようになるよ!なんて本気で信じてるならあなたはネット向きじゃない。
Flashは互換性の点で優位にある。一社提供で基本的に同じコードを同じ開発者が作っているってのもあるけど、そもそも「どのブラウザでも同じように動く」が、セールスポイント=利益に直結するというモチベーションになるのが極めて大きい。
HTML5 と対立するは Flash ではない、HTML4 だ。HTML4の悪い所を直してHTML5にしようとしてるんだから当たり前。
video対応やベクター描画といった Flash が寡占してる技術の一部を HTML5 が食ってるのは事実だけど、Flash と HTML5 の機能は相補的である。HTMLは文章構造を効率的に記述する目的で生まれたものだし、Flashはタイムラインベースのベクターアニメーションを表示するために生まれた。両方ともブラウザ上でリッチなユーザー体験を提供するという目的に向かって進化してるので、お互いの領土を食い合う形にはなってるけど、生い立ちが違うので得意分野も当然違う。
テキスト表示とレイアウトはHTML5のほうが断然得意だし、2D描画はFlashの方が一日の長がある(私見だけど、HTML5はFlashの描画能力の半分にも至っていないし、Flashのテキスト表示機能はie6のそれにすら劣る、と感じる)。
Flash vs HTML5 という構図は、スティーブ・ジョブスのプロパガンダにすぎない。
ジョブスは訴求力を上げるため、しばしば、対抗技術=「悪」とした勧善懲悪ストーリーを作り上げる。簡潔で力強い言葉にのせて、対抗技術の欠点と自社技術の利点を(時には脚色しつつ)徹底的に挙げていく。対抗技術の利点など無きものとしてしまう。そこには自社技術の欠点など存在しない。
HTML5推しの本来の意図は、ジョブスの声明から推察するかぎり、HTML5であればAppleが開発してるブラウザエンジンwebkitを通じて自らの手でインターネット体験を提供出来るが、FlashはAdobeが開発している技術なので手を出せない(厳密にはFlashはオープンな技術なので自社開発する事は不可能ではないが)という点にある(もちろん、実際は様々な複合要因だと思うけど)。自社製品におけるインターネット体験、という肝心なところを他社に依存してしまうのは許せない、というのは至極真っ当なコダワリだ。Android にユーザーが流れてしまうという大きなデメリットを背負ってまで、iPhone が Flash を載せないことについては、評価すべきとすら思っている。もともと Mac版 Flash プレイヤーのデキの悪さという恨み節もあり、歴史的な経緯による「Flash は重い」という先入感も利用し、衝撃の声明は完遂された。
かくして、勧善懲悪のスーパーヒーロー HTML5 が誕生した。
Flash と HTML5 両方のコーディング経験者であれば判るけど、HTML5はこれまでに比べて簡潔に記述できる事が最大のメリットであって、複雑で凝った事は得意分野じゃない。にもかかわらず、無理矢理 HTML5 で書かれた凄いアプリが「ブラウザだけで!」とか「Flashいらない!」とかセンセーショナルな煽り文句とともに紹介され、もはや冷笑の対象となっている。
もちろん、凄い HTML5 アプリの作者は何も悪くない。未来の技術をいち早く実験/公開して、われわれにその可能性を提示してくれているのだ。そんな彼らを冷笑の対象にしてしまって良いわけがない。
ここまで読んでくれた人ならわかるだろうが、自分は、川相のゴロ捕球からの洗練された送球フォームが大好きだ。いや、HTML5の洗練された仕様と最新鋭の技術が大好きだ。
だからこそ現状を見ていられない。
現実として、Flashは互換性を気にしないで良いがiPhoneで見れない。HTML5はiPhoneで見れるがブラウザ間の互換性が問題となる見通し。
何が幸せなインターネットの未来なのかわからないけど、今の HTML5 vs Flash という構図は、不幸な方向に向かってるように見えてしょうがない。
今回触れてない話の1つにセキュリティ/バグ関連があります。議論の余地のある話ですが、個人的にはどっちもどっちだと思ってます。
あと、巨人末期の清原は本当にもういらなかったかという話があります。議論の余地のある話ですが、個人的にはどっちもどっちだと思ってます。
こういう人って、出されりゃあ「こんなのミトメナイ!」「報じてるメディアがシンヨウデキナイ!(なぜかフジには無限の信頼w)」
って喚くだけなのが判りきってるからなー。
すごく卑小な例で「プルコギピザ」でググっては?
四に関して、フジテレビの報道番組および情報番組を見る限り、韓国に関して意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点がピックアップされていた。
ソースをどうぞ!
って言うんだっけw
だいたいお台場のデモすらその事実も主張についてもろくすっぽ報じられてないのに
これでもあなたから見れば「多くの角度からの論点を明らかにしてる」んでしょw
特定の国のプロパガンダに尻の穴売ってても
政治的に中立なんでちゅよねw
最初から何がどうあったってフジと韓国かばうつもりしかないんだから
あほらしくって屁が出るわw
お前は俺か、というぐらい同意。というか同じこと考えてた。
結局ね、ニセ科学を批判する奴の中にも二種類いるんだよね。本当に専門知識に基づいてやってる系と「ネットde真実」系。
前者はきくち先生とかNATROM先生とかまあ本職の人たち。自分の専門性の範囲を踏み越えないから内容にも安心感がある。
後者はまあはてなとかついったとかに多い「日曜ニセ科学ハンター」。ホメオパシーとか血液型とかに「これはひどい」タグを付けまくるけど実際のところ自分では何もわかってない。そして今度原発事故みたいなのがあると「小出先生」とかをマンセーして早野先生や野尻先生みたいな、むしろ脱原発寄りの「善意の第三者」を「エア御用」(笑)認定したりする。自分たちがトンデモ異端審問官になってることに気づいてないんだよね。
なんでそうなるかっていうと、体系的な勉強をしないで「トンデモ批判」系のわかりやすいまとめを読んだだけでわかった気になっちゃってるから。だから逆にトンデモが作ったわかりやすすぎる解説(もんじゅデマとかガンダーセン「先生」とかスターンバーグ「大先生」とか、あるいは巧妙さは一段上だけどECRRとかね)にも簡単にひっかかる。その極致が誰とは言わないけどほら、菅直人に会ってきたとかはしゃいでた某IT馬鹿のなんちゃって「エンジニア」とかさ(逆に言えばそういうのを信用しちゃう菅自身が「ネットde真実」レベルなんだよね。あれで東工大とか信じられない。同僚の東工大OBも口を揃えて「母校の恥」って言ってたよ)。
http://anond.hatelabo.jp/20110726182058
ぶっちゃけこんなに伸びると思わなかった。
まず、認識を改めないといけないと感じたこと、やっぱりそうだよなと感じたこと
色々あったのでこの記事に対してトラバしてコメントする形でまとめる
http://d.hatena.ne.jp/usatome/20110727/1311720122
まず、「ガラパゴス」という表現は吹コン中心の日本の現状に対してのもので
吹奏楽というジャンルそれ自体に関して問題視したわけではないです。
自分が言いたかったのはusatome氏の言葉を借りるとこれが近い。
ただ、自分はショボくしている原因は編曲だけのせいじゃないと考えてる
あのうやうやしく演奏する様だったり壮大な曲調だったり
とりあえず基本はクラシック"的なこと"がやりたいんだよね?ってのを前提で話を進めた
「ぱっと聞いたり見たりした印象はクラシックかジャズかポップスかと聞かれればクラシックでしょ」
という程度の話でしか無く、そこまでクラシックマンセーしたり追従すべきだと主張したりそもそもの起源から論じたいわけじゃない。
で、そういうような吹奏楽曲(=クラシック風)と、着席してるくせにマーチングみたいに踊りながらやるジャズと
ちょろっと曲数稼ぎのJ-POPと、なんでもかんでもなそういうステージは悪趣味じゃない?
(あと、クラシック風なのにビッグバンドみたいにスタンディングしてソロ吹くのも嫌い)
魅せ方・選曲・編曲色んなとこでそういう中途半端な精神が蔓延ってるのを「イロモノ」って表現した
表現の多様性っていうとポジティブな表現だけど完全に履き違えてるでしょう
(まともに纏めてるバンドがちゃんと一定数存在してるのも知ってます)
吹コンで入賞するようなとこはみんなやってるんだと思ってた。
で、こういうのを元増田が言うように、アホな弱小校が真似すると大変なことになる。実体験でわかるぜ。なんで顧問に演奏中の動きまでコントロールされにゃいかんのだ。
でも正しくはこのパターンらしい。要するに自分が出会ってきた「そこそこ」な人は弱小の部類だったわけだ。それは考えを改めないといけないみたいだね
転勤してきた「そこそこ」の顧問と大学・一般で出会った「そこそこ」高校出身者が
さも当然のように同じこと言うもんだからそこそこ以上の総意だと思った
あと本当に審査に影響してるかは知らないんですけど(僕はさすがにそこまでは見てないんじゃないかと思う)、吹奏楽部はなぜか見栄えにもこだわる。ニコニコとかでコンクール演奏見れば分かると思いますが、いわゆるトップ校は、奏者の「動き」が揃っている。文字通り「動き」ですよ。マジでフルートの角度とかまで揃ってたりするからシャレにならない。
「動き」もそうなんだけど、道具から練習方法からすべて"統一"することが何よりも重視されてると感じた
「そこまで出来ないけど理想はやりたい」「絶対やれ」など込みで耳に入ったもの列挙
材質・メーカーを統一するために個人持ちの良い楽器使わせないとか、マッピとかリードリガチャーも完全指定されるとか
音質統一させるために普段3半リードなのに3にさせるとか
(3を3半にさせるのはギリギリじゃ無理だからね、ペーペーに揃えてどうすんだと)
まぁあと細かいところだと休符の構えがどうのこうのとか、
そういうのばっっっかりたくさん押し付けられたので
どれが妥当でどれがやりすぎか吟味するんじゃなくて思考停止で信仰するか拒絶するかしかなかった。
基礎をないがしろにして(そもそも顧問が間違った基礎練押し付けてくると地獄なんだけど)
そういうことばっかり気にして音楽ごっこしてる人がいっぱいいる印象なんだよね
県で金賞→地区落ちコース程度を「弱小は酷いことやるよね」と
マイノリティみたいに片付けるのはねーどうかねー。
まぁ私怨が大いに絡んでるのは自覚してるし、自分が関わったのがたまたまアレだっただけみたい
でも吹奏楽・オケ・室内楽みたいのといくつか団体渡り歩いた結果
君には「思考停止」「逆張り」って言葉の意味わかってるのかから聞きたい。
「逆」があるならまず先に「表」があるのが道理だから
そのブコメ欄の「表」を見てみようか。
yteppei まみぺこさんが写真の中でマミられてる…!!! 2011/04/084 RT
4 RT
k_wizard -
一輪社先生かっけー 2011/04/08
泊まって×××したいお。 2011/04/0818 clicks
人気ブコメ順にこれだぜ。
ちなみに文中に出てくる「まみぺこさん」は紹介者、「一輪社先生」はその同行者、
どれもこれも紹介されてる作品の感想ですらないのは見事だろう。
ちなみに☆振ってるのは紹介者の「まみぺこさん」本人。
彼女も作品に対する是非のコメントより、自分への挨拶みたいなコメントやネタコメに☆振ってるわけだ。
(別にそのことに批判的な気持ちは全くないよ俺は。)
でもって「まみぺこさん」をガイドしてホテルを案内してる「一輪社先生」は
カオスラウンジの知り合い・お仲間で
要するに内輪のお付き合い宣伝記事にお付き合いブックマークです本当にありがとうございました。
わかる?
そのお付き合い記事とお付き合いブックマーク群には
「表」にあたるようなまともな作品批評や感想がそもそも無いし、思考もなんにもない。
意見も思考もなんにもないのにどうやってここで「逆張り」出来るのか説明して欲しい。
そのとろんとした世間とお付き合いだけの泥沼の中にあって
お付き合いの予定調和から外れて自分のコメント書いてるのがmaro_masaだけだったということ。
君が「いや、maro_masaもたいしたこと言ってない、maro_masa含めて全員ゴミだ!」って言うなら
それはそれで、筋は通ってるんだろう。
俺は〇〇年代アートみたいな薀蓄は全く興味が無いから詳しい人はずっと詳しいのかもしれない。
そういう話であれば俺は全く文句が無い。
で、もっと醜悪臭いのは君。
oh…
彼女は「教祖」ではなく「狭い世間のネットアイドル」って匂いが漂っていると思う。
いや別に彼女に恨みは無いからいきなりこんなこと書くのは心苦しいけども。
よくわからん言いがかりに返答するために書いてるだけなので許して欲しい。
あのブログ記事にもブクマ群にもカオスラウンジ信者など居ないと思う。
お付き合いで「わーすごーい」って言ってるのありありの投げやりさが漂っていて味わい深い。
「知らないんだけど」なんて言って客観的に論じた気になってる分なおさら醜悪。
???
俺が知らないって言ったのはそのブログ書いてる「はなぺこさん」だよ。
「今をときめく」という紹介のしかたから知ってなきゃまずい人らしいけど俺は知らんから知らんと書いた。
君が何をどんな読解してるのかもはや見当もつかない。
これのなにが「曲がりなりにも頭使って」るのかね。ただの思考停止の逆張りじゃないか。
そいつは「素材が新しい」「昇華されてない」って断言してる割には「思えない」「感じる」とか感想文に逃げるし、
およそ自分の審美眼には自信がないけど、ブコメに書けばきっと誰かがスター付けてくれる(承認してくれる)という期待から行動してるだけ。
こんなんで面目躍如になるわけない。
で、もっと醜悪臭いのは君。
マンセー側を信者に、アンチの側に知性をあるかのような装いをしているだけ。
「知らないんだけど」なんて言って客観的に論じた気になってる分なおさら醜悪。