はてなキーワード: マイナスイメージとは
http://anond.hatelabo.jp/20110304145631
私は採用担当をやっています。少し気になったので回答しておきますと、本当にフィードバック欲しいと思ってるとこちらが判断した学生はほとんどいません。
また、本当にフィードバックを求めて具体的にアクションを取ってくださった学生の方にはこちらも礼儀として返答を返させていただいております。
あなたは本当にフィードバックを求めていますか? フィードバックが真剣に必要なのであれば、そのためになにか行動を取られたことはありますか?
あなたはまるでフィードバックがないことが自分の気分が落ち込む原因の中核であるように文章を展開されていますが、
フィードバックがひどくネタティブなものでも受け止める覚悟はありますか?
そもそも「自分の何についてのフィードバック」を求めておられるのでしょうか?
その判断を面接官がすべきだと思っているなら、少し甘すぎると言わざるを得ません。
学校のテストのように「100点満点で何点で、ここを直せば合格できるよ」という保証を与えるようなフィードバックではありません。
あなたの他にもフィードバックを要求するつぶやきをされている学生さんは大勢いらっしゃるようですが、
「フィードバックさえあればなんとかなる」という非実在の薬のようなものを求められていないでしょうか。
また、多くの学生を面接してきていますが、きちんとフィードバックを返せるほど印象に残った学生が
最終面接以外でおちることはありません。少なくとも私はこの段階でお断りすることはないです。
面接は短い時間ですから印象は大事です。大まかに学生さんの印象を分類すると
1:明らかに基準に達していないorあまりに社風に合わないなどでリスクの高い学生(バグ)
3:能力もそこそこありそうだし受け答えもしっかりしているが意欲に不安がある学生(村人)
のようになります。
他の人事の方も細かい違いはあれ代替4~7のレベルに学生を分類されているようですね。
率直に言えば、スライムレベルの学生にまともなフィードバックを求められてもムリです。
フィードバックは率直でないと意味がありませんが、それゆえに率直に語ると傷つけてしまう段階では出来ないのです。
最終面接まで行けば、いやでもフィードバックを貰えるようになります。
実際、あなたの文章を読んでも能力も意欲も全く判断できませんでした。
これはあなたの人格の問題という意味ではありません。技術の問題であり、知識の問題です。
それは私たちがフィードバックする内容ではなく、あなたが自分で学習されるべきことです。
残念ながら、あなたは努力をしていないわけではないのでしょうが、努力の方向がズレているのではないでしょうか。
また、最後の一文で忍耐力や鈍感力のようなものにすがろうとしている傾向が見受けられたのでそれも否定しておきます。
そんなの面接ではキャッチできませんし、それを評価することも多分ありません。
これはネットの力が大きいと思われる。
代表的なのが
”「ドラエもん」でしずかちゃんのシャワーシーン”
過剰な表現規制に対する反応だ。
当初こそこれは分かりやすい、ショッキングな例だっただろう。
だが、都側はこれに対して冷静に「青少年の環境の整備」を主張してきた。
常識的な感覚ならば、条例の目的がこうした過剰な例を目的とする物ではない事は
あまりに明らかだ。
本来は、もっとグレーゾーンの作品を例として出す検証作業に移行すべきだったのだが、そうした議論は積極的に行われなかった。
(”性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発”に対し
作品の性質上、ある程度のリアリティを持って描写、表現する事が必要な作品とそうではない作品)
また、このドラエもんの例を今だに取り上げる輩は後を絶たず、
当初こそショッキングだった例も都側の対応姿勢を充分に聞く期間を経て
「下らない極論をいつまでも挙げるしか反対の理由を持たない」代表となってしまった。
くり返す輩が後を絶たない事で、反対派の主張は議論に値する内容ではない、という印象を裏付ける結果をもたらしたのだ。
・「非実在青少年」の削除
2月の提出案に尤も大きく反対されたのは
被害を受ける存在など実際には居ない、という事だった。
被害も存在しない、という論だ。
今だにBLを代表に被害者も犯罪者も存在しない、という論を持ち出す人間が後を絶たない。
都側は既にそれは焦点ではない事を明確にしているにも関わらず
規制反対理由としてあげる声が残った。
これは反対派の反対理由が2月の提出案から全く進歩していないことの裏づけでもある。
こうした声の繰り返しは、反対派は規制の本質(目的)を正確に捉えていない、とみなされる結果となった。
自分が振りかざした武器のダメージがまさしく自分に返ってきた例である。
今回の規制は、既存の法律でも禁止されている部分を補完する物である。
逆に言うならば、これまでの規制でも充分にグレーゾーンの作品、雑誌も存在したという事だ。
青少年への購読・購買に自助努力をする時間は充分にあったのだ。
2月の提出案の反対の声を反映し、一般社会の興味も格段に上がった。
これまで漫画に興味のなかった層も
と目を向けるようになったのだ。
当然そうなると、前例の「ドラエもん」や「BL」の反対論のような
全体から見た場合に、問題がある雑誌、作品がごく一部だったとしても
取り上げられる問題のある雑誌、作品が極端に目立ち、認識されるのだ。
戦略としては、こうした世間の目に対して、出版社側は過度な守りの姿勢をアピールとして用いるべきだった。
特に目立つセックス描写の多い、有害図書認定されるような作品、雑誌のハードルを上げ
あるいは18禁という明記を行うなど、販売・購入時の防止策を用意しつつ
同時に、年齢規制を行うべきではないが、グレーゾーンの表現が必要な作品とは違う、とするアピールだ。
一部の成人向け同様の作品を載せた青年誌であり
自分達が読みたい作品、雑誌を奪うな、という利己的な購買層に主張であり
あまりに利己的な自己都合の主張はマイナスイメージの植え付けにしかならなかった。
これらによって一部の「規制の目的に該当しない作品である」という冷静な分析・主張が覆い隠され
「販売・購読したいから規制に反対である」という反対派の構図が出来上がってしまった。
「販売の規制対象にする事で表現を守りたい」という意見などもあったが
それを急に大きくあげつらうこと自体が、”ヲタク”というカテゴリの人々が
また、目的を踏まえた上で条例の内容の是非を論議するのではなく
そうした個人の姿勢を大きく上げる行動こそが、確たる反論が尽きた場合に行われる行為だ。
大雑把に分けたが、これらの行為で反対派は2月から、
長く条例を賛成に導く手助けをしてきた事になる。
おそらく2月当初は反対だった一般の人間が賛成に回った理由も
こうした反対派の行動が原因だろう。
都知事の問題行動があってて尚、都側の完全な勝利だ。
こうした敗因に加担した反対派には、本当に必要な表現の自由の為に
表現の自由の息の根を止めようとしているのは誰なのかを。
http://anond.hatelabo.jp/20101018204446
双方向になって相手が本当にきもかったららきもいと思うけど
そうじゃなければ、高いお金払って大変だなあという感情はあるけど
特にマイナスイメージは持ってない。
たとえの意味が良くわからないから、とりあえずどのへんでニートが虐げられているのかについてだけ。
ニートってマイナスイメージしかないだろとりあえず。メディアのニート特集(最近はやらなくなったが)や、その他様々なニートという単語を混ぜた話をしようとすると必ずニートは甘えで、ニートはダメみたいなことになるだろ。
それ。
ニートみたいな人、いてもいいじゃん。って大多数の人が思うようになればそれでいいんじゃないの?
別にむずかしいことなんか全く言ってないんだけどな。人間なんだからどういう生き方しようが勝手なはずなのにそう思えない人がいるようで。
身に潔白を主張する側が立証すれば良いだけで、私が新しい材料を出す必要は有りません。
なにこの「難癖付ける側が一方的に有利」な理屈。
これが当たり前だと思ってるから困る。
こういう理屈を考えつくのは、「難癖付けられる側に立ったことのない人間」だけだ。
ではこの浅尾とかいう人の理屈がどれほどど低能の・・・もといくされ脳みそか考えてみる。
真実を語るために証人喚問と言う場に出るという行為が世間的にマイナスだと思っているのが岩上氏。別に本当のことを言えば最後は世間は理解すると思っているのが(私の)政治倫理。私も小沢さんの無罪を期待したいですよ。でも、何で証人喚問に出て来れないですかね。失うものないでしょ。
「失うものがないでしょ」・・・それはギャグで言ってるのか?
このトゥギャッターまとめみて、まだ失うものがないと信じられるなら、相当ヤバイですよ浅尾さん。
このトゥギャッターまとめを「議員としての自分の証人喚問の場」であると考えてみてください。
ろくな受け答えができなかった浅尾議員ご自身の株がどんだけ下がってるかは見ての通り。
しかも、twitterはリアルタイムで受け答えをする必要が必ずしもありませんよね。それでこの体たらく。
あなた実際に証人喚問になったとき、まともな受け答えができるのですか?その光景を想像すると涙が出る。
実際に証人喚問に出たら、最初にこの記事のように何もない状況で「見出し」でマイナスイメージを植え付けられた揚句、
難癖付けられて、それにまともに受け答えできなかったら、その部分だけ拾われて報道されるんだぜ?
トゥギャッターまとめの場合、まだやりとりを全部見える形にしてくれているだけありがたいと思うべき。
さて、これでもまだ「証人喚問に出ても失うものはないでしょ」って言えるの?
それでもまだ「やましいことがなければまともな受け答えができて株が下がらないはず」
とおっしゃるならば、浅尾議員はどれほどやましいことがあったのか、と。
みんなの党にはもともとあんまり期待してなかったけど、
あなたがいる限り期待するのやめますね。では。
離脱したようだけど疑問だけ残しておくよ。
1. なぜ「2次元"児童"ポルノ嗜好"だけ"変態性癖である」とするのか?
しかしもっと言ってしまえば実写の写真に欲情するのもおかしくないか?
恋愛至上主義に則ったら好きな人以外で欲情するのも変態性癖とされるかもしれん。
ここが無根拠ではっきりしないのに2次元"児童"ポルノだけが標的にされると違和感がある。
無論児童ポルノ自体は規制されるべきだが、これは被害者がいるから規制されるべきとなっているんだ。
決して変態性癖だから規制されるべきとなっているわけではない。
そうであったとしたらスカトロやSM等も児童ポルノ並に厳しくなってないと話がおかしいだろう。
流通段階で表紙が直球でゾーニングもされずに平積みされてることを言っているの?
それならばゾーニングをしっかりするべきだとは思う。
表紙くらいは人目につくものだから自粛するべきだろうとは思う。
3. "コンテンツ業界は「2次元児童ポルノ」を自主規制しろ。"と"どんな変態趣味のエロ作品も(犯罪性の無い限り)存在していい"が相反している
自主規制求めるのは自由だけども、そうじゃないと規制するよとか規制されるよとか脅して自主規制を迫るのは法規制と何が違うのか。
存在を認めるならば自主規制は不要。存在を認めないのならば根拠を出すべき。不安だとかは根拠にならない。
4. "マイナスイメージを払しょくするような方法"ってそれこそゾーニング撤廃しか無くね?
影でこそこそ隠れて何やってるかわからないから異常だとかに思われるわけで普通に流通していて誰でも購入できて気軽に話題にできるようになれば、世間に認知されてマイナスイメージは消えるよね。
"自分の変態趣味を人前で御開帳"はある意味マイナスイメージ払しょくの一手段なわけだ。誰がやってるかしらないけど。
こんな感じ。個人的にはゾーニングで十分だと思う。現段階のゾーニングが適切かと言われれば多分適切じゃないけど、流通規制とか表現規制はされるべきじゃない。せっかく成年向け指定があるんだからそれを利用して青少年の目になんとかつかないような方法をとれば良いだろう。
一般人とかいうくくりは嫌い。一般人と変態なんて区別は無い。青少年を脱して大人になったらどんなコンテンツにだってアクセスできる自由があるのが平和ってものだろう。
色々と同意。
まず俺は、この規制論の根っこには感情論があると思ってる。(他の全ての政治も経済活動も、基本的に人のやる事は感情がベースだと思ってるが)
こういう事を書くとすぐに、「感情論で人を裁くのか!」などと言いだす奴がいるが、個人的には全く否定しないし「その通りだが、違うと思ってんの?」と聞き返したい。
そもそも、法できっちり決められているはずの裁判でも、量刑判断は裁判官の心証(感情)によるところが大きい訳だし、感情論を否定するなら情状酌量なんてのが制度に組み込まれていることを問題視すべきだろと。
日本で死刑制度が無くならないのは、日本人の感情に根差していると思ってるしね。
だから、オタクに対する、「なんかキモい」から始まって、萌え→ロリコン→性犯罪者では? という、主観的なイメージのコンボを変えるような動きが無ければ、この問題はいつまでたっても変わらないと思っている。
非実在青少年問題に対する俺の主張をまとめておく。
自分の考えは下の2エントリに書いてあるし、他の意見を読んだ今でもさほど変わる事はない。
http://anond.hatelabo.jp/20100317121826
■なんでオタクは自分達の安全性をアピールしないの?馬鹿なの?死ぬの?
http://anond.hatelabo.jp/20100319134237
また、これは昨日俺にIDコールでDisってくれた人への返答でもある。コメント100文字じゃ書ききれないので増田に書く。
id:ruletheworld id:Thsc id:bbk0524
そして俺は、この不毛な議論からは離脱(遁走)する事を宣言する。疲れた。
勝利宣言したい奴は、どうぞお好きに。
立花隆が緊急寄稿(2)
ttp://g2.kodansha.co.jp/?p=3545
いまから予言してもよいが、小沢はもう終りなのである。小沢が不起訴で枕を高くして寝られるようになったと思ったら大間違いである。
逆にこれから一歩一歩逮捕の日に向けて詰めの動きが着実にはじまったのである。
それが水谷建設の一件でくるか、税金の問題でくるか、あるいは政党交付金の問題でくるか入り口はまだ定かでないし、多分幾つかの「合わせ技」でくるのだろうがどれとどれを合わせてくるかなど、まだまだ定かでない点が多い。逮捕の日も予算があがる日か、別の重要法案があがるのを待つのか、あるいは別の重要政治スケジュールがあがるのを待つのか、その辺もまだわからない。しかし、事件は、金丸事件になぞらえていえば、「黄色いペンキ事件の日」から「突然の金丸逮捕の日」の間の「いつ何が起こるかわからない危険地帯」に入ったのである。
そして、小沢にもそれがわかっているのだろうから、そして小沢もバカではないから、おそらく予算があがる直前など、いよいよヤバイことがわかった時点で、あるいは自分のマイナスイメージが民主党支持率をどんどん下げだすのが明きらかになるなどの時点で、小沢は幹事長を辞任するだろう。
http://sankei.jp.msn.com/region/kinki/osaka/091101/osk0911010237002-n1.htm
それに代わる呼称を一般公募しようという話のようです。
私は脊椎に先天障害がある、いわゆる障害者です。症状は排尿障害。
障害者になじみがない方の参考になればいいかなと、少し意見を書いてみます。
小学校のころ、学校で知らない女の子二人組に、こう話しかけられたことがあります。
「○○くんって、障害者なの?」
まだ素直だった私はその女の子たちに、自分が二分脊椎という先天障害であること、
どのような症状があるかなど、わかる範囲で丁寧に説明したつもりでした。
しかし、説明を聞いた後の女の子の一言は、私の予想外のものでした。
「じゃあ、やっぱり○○くんは障害者なんだ」
自分という個人ではなく、「障害者」というラベルで見られること、
これはとてもつらい体験だったので、30を過ぎた今でもはっきり思い出せます。
(数多あったいじめや何やより、よっぽどはっきり覚えています)
だから吹田市が「障害者と呼ぶのはやめよう」ということ自体は、理解できる面もあります。
例に挙げて悪いですが、本記事のブックマークコメントでid:A-xtuという方が、
b:id:A-xtu 身内に障害者がいる身としては、ちっともありがたくないどころかむしろ大迷惑。どうせ行政上の諸手続名称もいろいろ変更されるのかと思うとウンザリする。こういう当事者不在の施策はいいかげんにせよと申し上げる 2009/11/01
とまでおっしゃってますが、正直、身内の方の気持ちをほんとにわかってらっしゃるのか、
他人事ながら少し悲しい気持ちになりました。
(ただ言葉が足りないだけと信じたいですが)
追記:ブコメにご指摘あり、上記内容は重度障害者の身内としての立場を表明されたものとのこと。「当事者」という言葉が「障害者本人」を指すと勝手に誤読しておりました。大変失礼しました。
「障害者と呼ぶのをやめる」ことは結構ですが、
「それに代わる呼称を」というのは無意味なことだと思います。
「○○くんって障害者なんだ」が仮に「○○くんって元希者(げんきもん)なんだ」に代わっても、
ちっとも救われないどころか、むしろバカにされてる感がプラスです。
障害者だの障がい者だの元希者(これは高齢者のことですが)だの、字面の問題ではないんです。
何らかの総称で呼ぼうとすること自体が、障害者/健常者という二分論を産み、
総称を全くやめてしまうと行政上の不都合も生じる(障害者手帳とか)場合があるでしょうから、
そこは、個別により適切な単語に置き換えてもらえばいいと思いますが、
「イメージがよくてキャッチーな単語で総称しよう」というのは、
発想の方向が違うのではないでしょうか。
『障害』は個人ではなく社会の仕組みや街のあり方に存在する
については、心より賛意と感謝を送りたいと思います。
吹田市には、このスタンスを大事にしてあまり変な方向に流れないように、
と願いたいと思います。
b:id:quix_que 障害者, 言葉 一応障害者の端くれとして言えば、属性を示すラベルが必要な以上、カテゴライズからは逃れられない、と思っている。2009/11/01
b:id:tatsujik 障害者の親ですが、障害者というカテゴリーは必要だということは自覚されていると思います。カテゴリーはいるが、障害者とは言わないでほしいというと現実的にどう対応したらいいのかわかりません。2009/11/01
確かに行政上カテゴライズが必要なことは理解しているつもりですが、そのことと、
カテゴリに名前が必要かということは別問題ではないかと思っています。
以下に私見、というか、「こうだったら私は嬉しい」を書きます。
例えば、「障害者」という広いくくりではなく、なるべく各病名や症例名で呼ぶようにするだけでもいい。
病気したことない人はほとんどいない、つまり、ほとんどの人は何らかの病名や症例名を持っているので、
これだけでもある程度対等な立場で話をすることができるようになります。
その上で、一部の症例に関しては「障害者手帳」ではなく「障害明細手帳」を交付する。
いや手帳の名前はセンスある人が考えてくれればいいですが、言いたいことは、
と、ここまで書いて思ったのですが…。
私は四肢障害が出なかったので、見た目でラベリングされることはまずありません。
自分もそのテの者です。単に陣痛やら会陰切開やらが痛みが嫌だ+十月十日を無事故で健康に過ごすのがタイヘンだろーなー、仕事もきついしさー、とか言う理由だったんだけどもそれに加えて昨年、子供の産まれた友人宅に行ってさらに理由が増えた。
友人はまだ20代の、結構オシャレな美人さんなのだけれど、頭は白髪が伸び放題、花粉症なのに鼻をすすりながらも「甜茶飲んだけどきかないんだよね〜」と文字通りお茶を濁していた。そっか・・・母乳で育ててるっつーことは、産まれた後も髪染めたり薬飲んだり(+酒タバコ類も)できないんだな、と、同性ながらその時初めて気付いて、子を産み育てることに対するマイナスイメージしか持てなくなった。
まあ、酒飲んだり妊娠期間中から髪染めたりオシャレ優先な格好するというのはいまどき割と許容(?)されてきてるし、案ずるより〜とか言うように、実際出産して子供に会えたらそういう耐性スイッチ入っちゃうんだろうけどさ。しっかし生死をかけて妊娠・出産したかわいい我が子のためとはいえ、前後2〜3年近くそういうことができるのかと言われると・・・。そっから先も親業は続くしねぇ。
コミュニケーションって無神経と気遣いのバランスだと思うんだよね。5分5分くらいがちょうどいい…かと思うところだが、自分の感覚としては6:4から7:3くらいのあたりがちょうど良いような気がする。
無神経とか図々しさってマイナスイメージが強いと思うけど、実は相手に胸襟を開いているように思わせたりとか頼られてるとか必要とされているとかちょっといい気分にさせたりとかそういう良い面もある。逆に気遣いって良いことばかりではなくて、他人行儀だと思われたりある程度の距離感を生み出してしまうこともしばしば。馴れ馴れしい自信家の方が、顰蹙買いつつも愛されたりとかするのはそういう理由なんじゃないかと思う。
自殺って昔はすごいマイナスイメージだったけど(今でもプラスのイメージはない)
何年も前に少しだけ仲良かった人に、「自殺っていいと思う。だって自分でその日を決められるから」と言われ、
とても驚いた記憶がある。それからは、自殺は自分の都合のいい日を選べて、それまでに準備もできるから、いいのかなーなんて思うようになった。
人に迷惑かけるような自殺方法は良くないと思うけど。
どんな死に方したって、どんな形であれ最低限親族は葬式をあげるんだろうから、
自殺でもいいじゃんなーと思う。ただ、周りはショックだよね。事故よりも。
私の友達や仲の良い人が自殺したら私は絶対自責の念にとらわれ続けると思う。
でも、自分だったら自殺前夜、大好きな友達と会うとか、電話するとか、すると思う。
聴きたいことはただひとつ。
自分のことを好きでいてくれたかどうか。
うそでもなんでもいい。好きだとか大事だとか、そう言われてから死にたい。
二年ほど前の話。某大手小売チェーンの店舗に就職氷河期世代の超イケメンが非正規で入社してきた。キンキの堂本光一似。あれをもうちょっとワイルドにした感じで、堂本光一よりも身長が高かった。街ですれ違う女たちを振り向かせるくらいのオーラがあった。
女連中の間ではすぐに噂になって、あっという間に人気が出た。「かっこ良過ぎて話しかけられない」とか、ちょっとしたアイドル的存在になった。パートにも昇給試験があるような会社なのだが、彼はあっと言う間に昇給を果たし、そろそろ正社員と同等のランクへと上がるんじゃないか、と噂までされていたほどだった。
面白くなかったのは男性正社員たちだった。イケメン君は非常に大人しい性格だったので、DQN系というだけでそこそこ女を食っているような正社員連中がこぞってイジメを開始した。立場を利用したパワハラや無視。スーパーは男と女がはほぼ区分けされているような職場なので、男性正社員たちはまずイケメン君のマイナスイメージになる噂を捏造して店内にばら撒き(物覚えが悪い、言うこと聞かないで勝手なことをやる、など。そもそもの原因は、正社員たちがまともに仕事を教えていないことなのだが)、内部的立場を悪くしておいて、孤立させたところでクビにしていた。
コミュ力を発揮しようにも、既にそういう壁がある場合はどうしようもない。立場が絶対的な人間から勝手に恨まれてしまうとどうにもならない。周囲に相談しようにも、周囲はみな同じ立場なのだから、解決策が見出せない。イケメン君は最終的には鬱病みたいになって辞めていった。彼は今、一体どうしているのだろうか。
http://rikunabi2010.yahoo.co.jp/bin/KDBG08400.cgi?KOKYAKU_ID=2754616001&MESSAGE_ID=15&MAGIC=
<中略>
残念ながら遅刻はかなりの原点となります。
残念w
おまえが減点www
↓を読んで一理あるかもと思った。
http://d.hatena.ne.jp/commentOut/20081206/1228569077
俺も悪い癖があってオフィスでちょっとイライラしているときに椅子に座った状態でつま先を立てて床を「コンコン」とすることがあるんだけど、これ周囲からは「怖い人」「感じが悪い人」に見えるのかもしれない。
おかげで去年の忘年会のときなんか「結構(俺が)機嫌悪いと八つ当たりされそうで怖くて気軽に声かけれないんですよね」なんてことを言われてショックを受けたことがあった。
ブログ主みたいにフォローしてくれるような人がいる場合は別として、対人関係における印象ってそういうところで自分からマイナスイメージを出してるだなと反省。
読んでいるなら読んでいると言えばいい。しかし、その私の問いにこれまで一言も応えていないのだから、こちらとしては判断のしようがない。エスパーでもあるまいし。
著者のインタビューがアブストに当たるとして、ひとまずは読んだことにしておこう。
そして誰が書評をしたのかね?
さて誰が書評すると信用足りえるのか。片方の言語学の専門家とやらになると、学歴経歴がはっきりしないのだから、全く信用にたるとはいえないだろう。海難記の人はわりとはっきりしているし、梅田氏も同じ。となると、元増田が判断を何処に求めているのかさっぱり不明。専門家が常に信用できるなら、世の中こうはならないだろう。
また似非科学の伝道者とて、一応あやしげなところから博士号を取得しているわけなのだから、ひょっとすると学位においては程ほどの信用力を獲得していると見なされるのかもしれず、元増田はこれを信用してもおかしくないのだが。
あの本を引用して書評してるのはいくらでも見つかるし、その引用部分見ただけであの本がトンデモなのはすぐにわかるんだけどね。
そもそも数ある書評の中から、梅田氏の書評もどきのやつだけを否定することが可能なのか、その理由さえ示されていない。どうしてだろう。教祖様が梅田氏を否定しているから??
さらに、引用部分が、著書はいうまでもなく過去の学問においてどのように敷衍されているのかを理解しないといけないのだが、元増田はそれが可能であろうと推定するに十分な学歴や相応のトレーニングを積んできたとも思えない。つまり理解する能力がないにもかかわらず、トンデモと非トンデモを分類していることになるのであるが、これはあまり奇妙で且つ不可解すぎて。
なにより教祖っていうのがすばらしくいいひびきです。元増田の教祖様を教えていただければ幸いですが、その前にこのような発言をしている人は、あまり頭が良くないと見られるんじゃないかと思うのですがいかが?書評の良し悪しにも、たぶん主のオーラが直結しているように推測されるのだけど、そうするとこの元増田も自身でマイナスイメージだけを積み上げているようにしか見えないです。
最後に、総表現社会になれば、本当に権威があるのか不明な権威にすがりつくトンデモクンがイナゴのように大発生する。何しろ自分には権威もなければ、判断する能力も何にもないんだから。このようなプチ教祖様にすがりつく信者様がイナゴ。ネット社会は大変だあ。殺虫剤を作れば一儲けできるね。
まず、中絶の件は置いておいて、元増田は、「中絶を繰り返したことを言ったら、どう思われるか心配」程度には自分で思っているわけだよね?
「中絶を繰り返した」という事実が、自分にとってマイナスイメージになり得ることを知っているわけだ。
それでいて、それを彼氏にも黙っている、と。
まぁ、彼氏の段階ならまだ言う必要はないのかも知れないけれど、結婚・出産といった話になっても黙っているつもりなら、中絶を繰り返したことよりも、「その段階になっても黙ってればバレないからと、隠し通そうとする考え方」の方に引くわ。
逆に、いずれ時期が来れば話すつもりなら、友人としてなら特にそれほど嫌いにはならない。
もし、それでいて出産願望だのがあるようなら、「中絶することのリスクや、中絶は胎児を殺すことだとも考えられない、馬鹿な子だったんだなぁ」と思うくらい。
いずれにせよ、「好きで中絶を繰り返したわけではない」と言っても、10代前半から20代前半に何回もレイプされたとかならともかく、当時の恋人等との関係の結果であれば、妊娠したのも中絶したのも、半分は自己責任。
毅然とした態度で避妊を要求出来なかった時点で、「好きで中絶を繰り返したわけではないが、中絶せざるを得なくなるような行為を行っていた」ということになるのだから。