はてなキーワード: ポピュラー音楽とは
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクLAライブについて、各所で話題になっていたマサチューセッツ工科大サイトの感想も翻訳してみた。初音ミク現象を基に、情報を巡る様々な活動の基盤となるメディア・プラットフォームのあり方について考えたもので、書き手はミクが市民主導のメディア作りをするうえで参考になると考えているようだ。残念ながら一ヶ所、fro-ducerなる意味の分からない用語があったのでそこは翻訳していない。意味を知っている人がいたらご教授願いたい。
urlは以下の通り。
http://civic.mit.edu/blog/condry/miku-japans-virtual-idol-and-media-platform
7月2日土曜日、私は普通じゃないライブショー、日本から来たヴァーチャル・アイドルの米国デビューを見に行った。彼女は市民メディアについて私たちに何かを伝えられる存在だと思う。
初音ミクはアニメ・エキスポにおける催しの一つとして、ロサンゼルスのノキア・シアターで公演した。完売したコンサートには、多くがコスチュームに身を包んだ4000人を超えるファンが訪れ、ステージ上で生の演奏家の横に投影された「人間サイズ」の映像であるミクが床からせり出してくると、彼らは叫びケミカルライトを振った。
ミクは甘く歌い、幅20フィートある放物線状の鏡に沿って跳びはね、大半は熱狂的なテクノダンス・ポップな曲目を駆け抜ける間、決して汗をかかなかった。ステージの脇には彼女と他のバンドメンバーをクローズアップした映像がスクリーンに映し出されていた。彼女はちょっとしたおしゃべりもした。「はじめまして、初音ミクです」。そしてバンド(ギター、ベース、キーボード、ドラム)と6人の弦楽器奏者たちを紹介した。私たちは彼女に拍手を送り続けた。
「あたしたちは歴史を作っているのよ」と、私の隣に座った若い女性が友達に話しかけていた。たしかにそんな気がした。そして政治とポピュラー音楽について私が知っていると考えていることについて、改めて考え直した。
誰もが喝采しているが、何に対して? ステージ上、私たちの注目が集まる場所には誰もいない。単に仮想アバターが存在するだけだ。何のアバター? 一体誰の? それは私たちの。
大衆文化は政治と同様、しばしばステージ上の(あるいはスクリーンに映された)リーダーを前提としているように見えるが、その影響力や、しばしば創造性そのものが、どう転んでもより幅広い分散型の集団行動から生まれてくることを、ミクは示している。ミクは未開拓の可能性を孕む世界、クラウドソースな動員モデル、そして一部はソフト技術(ボーカロイド)、一部は文化的なアイデア(ミクというキャラ)からなるメディア・プラットフォームに関する有益な事例について、言外にほのめかしているのだ。
ミクはYAMAHAが開発し2004年から販売を始めたボーカロイドと呼ばれる音楽合成ソフトウエア・パッケージの声として作られた。ボーカロイドはガレージバンド[音楽制作ソフト]同様、演奏用の道具として音楽を作ることができるが、その際にメロディーと同じく歌詞を書けるという特徴も持っている。別の企業、クリプトン・フューチャー・エンターテインメント[ママ]が2007年、漫画風の画像と経歴設定(16歳、身長、体重、その他)と一緒に、追加音声であるミクを発売した。
http://www.crypton.co.jp/mp/pages/prod/vocaloid/cv01_us.jsp
重要なことに、クリプトンは画像に対する著作権を強く主張しない方針を定め、キャラクターが彼女自身の生命、より正確に言えば私たち自身の生命を持てるよう制限を解いた。いわば私たち誰もがレディー・ガガのために音楽を作り、それを彼女が私たちのために演じてくれるようなものだ。ミクがリアルじゃないってことが問題だって? それじゃレディー・ガガはどのくらい「リアル」なんだい?
ファンはそれにこたえ、さまざまな共通の服装及び像(たとえばネギ)を共有しながら数百数千の音楽ビデオをオンライン投稿した。以来、日本の動画シェアサイト、ニコニコ動画への投稿及びコメントを通じて増幅されたファンの取り組みのおかげで、ミクはスターの座へ駆け上がった。いわゆる「Nicodo」[ニコ動]はユーチューブと似ているが、動画を見ていると利用者のコメントがスクロールしていくところが違っており、それによって参加者の視点というレイヤーが追加されている。
今日ではミクのP(『プロデューサー』)は彼らの作品をオンラインで販売し、日本のカラオケスポットでは好きなミクの歌をダウンロードして歌うことができる。クリプトンは、彼ら曰くクリエイティブ・コモンズの模倣であるPiaproというオンライン・サイトを持ち、連携促進とライセンス供与をするシステムを作っている。ファンの作品は他の販売経路を通じても売られている。2010年11月、東京・池袋で開かれ私を含めた7000人の参加者を集めた完売のファン・コンベンションでは、集められた500のファングループがボーカロイド関連の音楽、ポスター、DVD、イラスト本、テレビゲーム、装飾品その他を販売した。
こうしたファンの興奮ぶりを踏まえると、ビッグ・ビジネスが仲間に加わろうとするのも不思議はない。2009年以来、SEGAはProject Divaというタイトル名でミクの携帯機及びアーケード向けゲームを作成している。トヨタも今や広告シリーズでミクを使っており、彼らはミクのロサンゼルス・デビューの前にCMを公開したほどだ(いくらかの非難も浴びたが、おそらくは善意に基づいて作られていた)。とはいえ究極のところミクはファンの取り組みによって命を吹き込まれており、ミクが商業主義の世界に足を踏み入れるのを見るのが興味深いのもそれこそが理由だろう。
ミクは、以前から知られていた市民メディアのための教訓のいくつかを補強する存在だ。人々が参加するには本当の開放性が感じられることが必要であり、共有と対話がコミュニティー形成のカギになる。管理された知的財産権システムよりも自由な文化の方がより何かを生み出す力があり、新規参入と商業主義化は、特に人気が高まった場合は常にリスクとなる。
だがミクは分散型の創造性について、ウィキペディアとも人間のセレブとも異なる特殊な図式を提示している。ミクにはバックグラウンドが欠けている。彼女には予め定められた人格はない。彼女は唯一の完成した空想世界に存在しているのではない。このウィキ=セレブは、将来がプラットフォームに在る時代において、昔ながらの人間のセレブを白物家電のように見せてしまう。
この事実は民主主義と参加についての考え方にも別の道筋を提供するのだろうか? 行動と人気を生み出すのがリーダーたち以外の社会的現実だとしたら、メディアに関する問いは表現される内容よりも、プラットフォームのあり方、それがどれほど開放的であり、それが許す創造性の形式がどんなものであるかに振り向けられるだろう。
クリプトン社長の伊藤博之は2011年10月、ミクと計画されている英語版を含む関連プロジェクトについて議論するため[MITの]比較メディア論を訪れる。彼はこの現象を、エンターテインメント産業について再考する機会だとみている。「これは普通ではない形の創造性です」と、コンサート前にLAで短時間出会った際に彼は言った。「私たちはコンテンツを作成する過程を作り変えているのです」。ミクが機能するのは分散型のファン=製作者グループの関与があるからだ。おそらくこれはプロ=シューマー[生産消費者]の終焉であり、fro-ducer[残念ながら意味不明]の台頭なのだ。
大衆文化は、市民メディアを分析・設計する際に利用できる社会的力学を照らし出すものだ、と私は信じている。大衆文化は政治的参加のための媒体になり得るのみならず、特に人々に行動を促すという観点からどのようにアイデアが流れ影響をもたらすかについて把握するモデルも提供してくれる。
アニメに関する研究において、私は仮想のキャラクターがそれ独自で生成力のある創造性のプラットフォームになっているとの結論に達した。そこからより多くの種類のプラットフォームが出てきそうであり、創造され、築かれ、共有され、分配され、リミックスされ拡張されるのを待っていることを、ミクは明白に示した。ミクについて考えることで、私たちが未来において行動するコミュニティーを創造するための新たなアプローチについて思い描けるようになること、それが私の望みだ。
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初音ミクLAライブ、外国人感想その2「再生の約束」フリーダム訳
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初音ミクLAライブ、外国人感想その3「ミクノポリスのボカレタリアートたちよ、団結せよ!」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その4「仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来の音色」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その5「オレはAXには行ってないけど、まあとにかく……」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマスと世界征服」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その8「ミクノポリス:コンサート・リポート」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その9「アニメ・エキスポ:初音ミク」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その10「アニメ・エキスポ2011(抄訳)」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その11「世界は彼女のもの:初音ミクはいかにして全てを変えたのか」
http://anond.hatelabo.jp/20110717201147
初音ミクLAライブ、外国人感想その12「アニメ・エキスポ2011でのボーカロイド体験」
たかがコピペ相手にそこまで憤慨している増田が怖すぎる。 思い込みが激しすぎるというか、独善的というか。 リアルでこんな人と関わりあいたくねえええええ. Permalink | トラックバック(0) | 23:34 はてなブックマーク このエントリーのブックマーク ...
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増田俊樹
増田塾
増田都子
増田 b'z
小田:もうイメージ近いからね…。へっへっへ(笑)あー、やっぱり「ありがとう」でしょう。
小田:うん…、ありがとう、でしょう。
佐野:そうですね。
小田;うん。
佐野:はい。…じゃあ、最後の質問。小田さんは人のために曲を書いてるのか、それとも自分のために曲を書いているのか。
小田:…まあ、人のためにはあんまり曲をかかないだろうね。…でも最近は、タイアップとか、そういういやらしい要素が絡んできて(笑)、要するに、ドラマをやっている人たちが発注してきてとか。でも、その、ドラマをやっている人の思いっていうがあるだろうから、できるだけそれに近く書いてあげたいな、っていう。…だから自分から、その、進んで曲を書くときは、なかなか誰かに向かって書くっていうことは、まあとにかくあんまりないですね。
佐野:まあ、自分のために書くときは作家性を重視して、で、人のために書くっていうときは、あるいは商業性を、ね、取り入れているのかななんて思って。もちろんぼくらは大衆音楽、ポピュラー音楽、エンターテイメントに接しているわけだから、誰かのこと楽しませることが、一義にありますよね。でも、そうした環境の中で、どうしても自分の作家性、アーティスト性がエゴとして片鱗に出てきてしまう。それを押さえつつ、商業性も考えつつバランスよくできる人…、仲間たちをみてるとね、様々だなあって思うんですけどね。小田さんは、どのへんで?
小田:結局、歌うのは自分だからね、その、なんいうか、商業性になんかすごくこう浸食されたようなものは、歌ってて自分がその多分気持ち良くないと思うんだよね。
佐野:そうですよね。
小田:だから、歌うときの自分を考えると、どうしてもどっかに作家性が、素直に歌うためにはね、出てくるわけで。それを無理矢理、こう、しといて…、誰かに歌わすっていうとまた別のものが出てくるかもしれんだろうけど、自分が歌う限りはそれをいつも考えて。素直に歌えるものが、まずは辿りつきたいな絶対、なんて。
佐野:(質問終了して)どうもありがとうございました。
(会場拍手)
(ナレーション、1979年「さよなら」からのオフコースについて、「生まれ来る子供たちのために」について)
佐野:「生まれ来る子供たちのために」これは1980年の作品だと思うんですけど、これはシングル曲としてリリースしようとしたときに、なんかレコード会社から文句を言われたって話、聞いたんだけど…
小田:ぼく…、ぼくは言われてないけど
小田:「さよなら」っていうのはね、別に否定はしないんだけども、でもなんか自分にとって、その、もちろんオレが作ったに違いないんだけど、いつまでも他人の顔をしているような、なんかそれこそ商業的な、なんかこう歌ったら喜ぶのかなって…。もちろん自分が歌ってて不快なことはないけども、なんかこうちょっと自分から距離があるような…。それがまあ最初に売れたシングルだったから。
佐野:うん。
小田:で、次のシングルっていうことで、レコード会社はそれに当然、それに準じたものがすごく売りやすいんだよね。あまり考えないから。「さよなら」第二弾みたいなのが一番売りやすいわけね。聞く方もけっこうそれを待ってたりするから。で、オレは…、けっこう理屈っぽい人間だから、こんなときは必ずみんなが、次の曲はどんな曲だろうって聞いてくれる一番のチャンスだと思ったから、ある種本来っぽいものを、まあさっき言ったような、同級生に聞かせるような、小難しい、問題定義みたいな、やっぱりずっとそういう生活だったから、だから問題定義をするような、…「さよなら」はあんまり問題定義してないからね(笑)
小田:問題定義をするようなのが自分が学んできた路だから、そういうのが常にあるんだろうね、こういうチャンスだし、それはそれでユニークだし。レコード会社はそこを組んで欲しいなと思ったりするんだけど、まったくそういう懐の深さみたいなのがある人なんていうのはほとんどいないわけで。
佐野:ああ。
小田:今は時代が変わってきたからね。でもまあ当時はそんなこともあって、で、何考えてんだ、みたいな。で、ぱっと聞いたときに、ああこれはこう来たなみたいに理解してくれる人はなかなかいなかった。
佐野:なるほど。この「生まれ来る子供たちのために」小田さんの中ではどのような曲として位置づけていますか? 先ほどから、なにか同世代にアピールしたい曲だったっていうふうにおっしゃってますけど。
小田:この曲に関しては、日本、っていうことを、すごく、純粋に…若いときはプライド持ちたいし。欧米はかっこいいなと思っているその裏で、なんとか日本を、本気で日本を好きになりたいっていう思いがあったりして。こういうテーマは常にありましたね。この先いつまでもこんなんじゃしょうがないだろ、みたいな。だからわりと本音の、そういうふうに思って書いた曲です。
小田:シングルとして出しててよかった、ってね、時間が経つとね。…その、シングルを出した当時は、うんともすんとも反響がなかったけれども、今年20年30年経ってから「あの曲が好きだった」とか言ってもらえると、なんかね、ああ良かったんだ、みたいな。
(小田和正「生まれ来る子供たちのために」スタジオライブ映像)
(了)
テーマは歌詞。つまり、音楽における言葉一体どのように産み出され多くの人に届いていくのか、学生達と探求していきます。
ぼくは、ポピュラー音楽のソングラーターこそが現代の詩人なんだと思っています。
記念すべき第一回のゲストは、シンガーソングライターの小田和正さんです。
(始業のチャイムの音)
ポップソングは時代の表現である。時代を超えたポエトリー。ぼくはそう思っています。
佐野:こんばんは。「ザ・ソングライターズ」、今日は第一回目ですけれども、一回目に相応しいゲストを今日は呼んでいます。紹介します。小田和正さんです。
小田:こんばんはあ(と言いながら登場)
小田:いやあ、緊張しましたね。
佐野:そうですか。
小田:はい。
ナレーション:…小田和正さんのソングライティングの世界に、佐野元春さんが迫ります。
佐野:今日は集まってきてくれたのは大学生ですので、小田さんを紹介するのにまずここからぼくは紹介したいなと思ったのですが、神奈川県横浜市出身、東北大学工学部、その後早稲田大学理工学部の建築科修士課程卒業、なんですね。ということは、若かりし頃は建築の勉強をなさっていた?
佐野:そうですか。
小田:うん。
佐野:ぼくちょっと単純に思うんだけれども、建築のデザインっていうのは、音楽のデザインと共通するところがあるんでしょうか?
小田:まあ何もないところから作るっていうのは、まあ一応共通しているけれど、やっぱ最終的にディテールを決めていかなくちゃいけないいっていうところ、具体的に言うと、ぼくは、音楽は、たとえばサビへむかっていくときはこう盛り上げてってサビにはいるみたいのが、そこは最後に決めばいいじゃんみたいにほっとくことが多かったんだけど、その、建築の課題で、トイレと階段を必ずつくらなくっちゃいけないって。
佐野:ああ。
小田:で、階段とか面倒くさいじゃん? で、そこを最後に描いて、で二階に繋がっていく感じとか、そこがずごく「トイレと階段」に似てるなと思って(笑)それで、最終的にそういう規格に入れてやるとき(?)「ああ、後はトイレと階段だ」って自分に言い聞かせてやったりしてたけど、だんだん、もう30年もやってくるとそういう感じもなんかなくなってきたね。
佐野:うん。ぼくと小田さんの関係は、だいたい小田さんがぼくの10歳くらい年上、そうすると、60年代末から70年代、そのころの時代背景はよく言われるところの団塊の世代、ですよね。そうすると、政治の季節、世代はその中でもスチューデント・パワーなんて言ってずいぶんと荒れていて授業なんかできる状態じゃなかった、と。学生達が理想を強くアピールした、まれな時期だったと思うんだけど。そう考えると、歌の、取るべきテーマがたくさんあるような時期だったと。
小田:ストライキとかやってた時期だったからね。大学立法もあったり。でもそれは歌にならなかったね。
佐野:そもそもぼくたちが詩をかく、曲をかくっていうのはきっかけがあると思うんだけど、最初に曲を作る、詩をかく、作曲をなさるのは、いろいろと苦労しました?
小田;しましたねー。
佐野:ぼくも。
小田:しましたか。
佐野;はい。
小田:ぼくらは、その、オリジナルを書く、ということを、ようやくまわりがスタートしだした時期だったから、まあ拓郎さんが出てきて、なかなかこう神秘的なね…。それでね、実はぼくは早稲田に行ってるころ、そこのすぐ近くに千歳橋、っていう交差点があるでしょ、あの近くのアパート借りて、そしてそっから早稲田に通ってたんだけど。で、学生しながらそんな仕事をやってたり。で、バンドで部屋に集まってオリジナルを書こうって話になって。
小田:はい。で、曲なんて書いたことないからどうかいていいかわかんない。でも作ろうって言って。でね、まだ覚えてるんだけどね、「いーつでもー♪」って、いうの、作って、「おうできたじゃん」って。で、その後なんにもできないで一日終りました(笑)
小田:どうにもにっちもさっちも(笑)。コピーすることと作ることは全然違うじゃない?
佐野:はい。
小田:全然違うんだよね。アマチュアのときはうまくコピーできればできただけウケる、みたいな。まあ、プロっぽくなったときに、どんなに洋楽をうまく演っても全然ウケないんだよね。
佐野:初期は、小田さんが独占的につくるというよりは、4人による共同作業?
小田:けっきょくね、同級生がひとりいたんだけど、そいつと二人で手分けして作っていくっていうのが最初のスタイルで。で、基本的には、歌いたいことないから、
佐野:そうだったんですか?
小田:全然なかったですね。で、コピーしてきた曲は、まあ、たわいのない愛の歌か、それからまあ当時の反戦フォークみたいな。で、戦う相手みたいなのがはっきり見つかる時代じゃなかったから、戦争もないし、だからなかなかメッセージソングっていうのは…。それでもまあ泉谷にしても拓郎にしても、青春ののたうちまわっている感じを歌にして。でもなかなか無理があって…。で、そのときいつも意識にあったのは同級生のことで。
佐野:あー。
小田:同級生が聞いたらどう思うだろうって。あいつ、建築やめてまで何やってるんだろう、って思われるんじゃないかってね、脅迫観念みたいのがあるから、それも書けない。じゃあ何を書いたらいんだろう、みたいな。それで…。今は聞いてくれる人がいるじゃん? その人たちに対して書くっていう、なんかその横暴性みたいなのが。当時は聞いてくれるやつなんていないわけだから。だから、同級生がどう聞くんだろうみたいなことが大きなテーマだったね。
(続く)
その程度の音楽知識は最低持ってるべきだろう。
あと、古賀政男の曲もピンキリだろうけど、安易に「平凡」とかいうと
猛烈なツッコミくらいかねないぜ。
音楽性
クラシック音楽を基礎とし、極めて器楽的である。使用楽器も室内楽のものに準じることが多い。ギターが使用されることもあるが、クラシックギターである。譜割りも現在のポピュラー音楽と違い一定の規則を守っており、その中で個性を出すことに作曲家の才能が試されていた。
後世からは「演歌」と混同されることが多いが、音楽性の面から見ても大きな誤りである。流行歌の音楽性は現在の演歌・歌謡曲に加え、クラシックの声楽曲などさまざまな分野の要素が渾然一体となった様相を呈しており、演歌以前の独立的な音楽性が認められるからである。
ちょっと高尚すぎるな。
おれはもっと低レベルでいいとおもうぞ。