はてなキーワード: ホームランとは
なんJ民のものやけど、ステマ騒動におけるなんJ民の反応・動きを軽くまとめたやで~~
ちなみに2chで他に掛け持ちしてる板は、プロ野球板だけやで~
まとめブログは昨年前半くらいまではよく見てたけど、それ以降はイマイチ見てないんよ
「マジでデモしてる奴らの列にいきなり紛れ込んだ阿波おどりの集団」くらいの認識でOK。
なんJ内でまともにこの問題を議論しようとする人は、相当真面目な人か、vipやニュー速などとの掛け持ちの人だと思う。
野球以外の真面目なことに興味ない、もともと移民なので板の運営などに興味がない、などが理由か。
他の板への侵略も基本的にはネタ。
ひたすら100エーカーの森の畜生どもを相手にホームランを打ちまくる恵体剛打プニキのゲームに熱中。
(なんJの公式ソング(?)が恋愛サーキュレーションであり、柏原の好きな女性がこの歌を歌う花澤香菜であることから)
なんJにも「ステマ」なる言葉が蔓延するが、ネタとしか思っていない。
意味を知らないなんJ民は、「ステマ」を何故か「ステロイドマートン」の略語と捉えてしまい、主に謎の解説者の新たな批判対象となってしまった。
このころ、ニュー速民が嫌儲に移住、アフィブロガーたち、まとめサイトのネタが切れる。
1月7日、ネタ切れとなったハム速がなんJのスレをまとめる。*4
1月10日、アフィブロガーが、なんJで転載を狙ったスレを立てるも、見抜かれ荒らされる。*5
もともとなんJには政治ニュースなどのスレはあまり立たず、立ってもスレタイや本文などがなんJ語で書かれているため、なんJ民には一発で見抜かれるのである。
ただのお祭り騒ぎかアフィブログからに対する報復かわからないが、他の板への侵略を始める。
まず、ブログ板を侵略。理由は「ブログって逆から読んだらグローブやから」「守備力があがるから」。
過疎になっているニュー速も侵略。「ニュー速っていまは旧速って言われてるんやろ?ちゃう、旧速やなくて球速や!野球にはグローブだけやなくて球も必要なんや!」
「ニュー速って今は空き地なんやろ?空き地で野球して何が悪いんや!」と主張。
ちなみになんJ民が侵略を行う際には、もともといた板住民に対して、「なんでも実況Jリーグから来ました」と主張。
これらの侵略はなんj民そのものというより、なんjと他の板の掛け持ちの犯行という説もある。
書くのめんどくさいので、詳細は、なんJ用語集の福貫の項目、自演スレ立て 以降を見てください。
ステマ騒動・他の板への侵略に飽きてしまったなんJ民。なんJは、昨年末までと同じような雰囲気に戻りつつある。
ただ、以前からも叩かれ気味であった自分語りスレ、vip臭いスレがますます叩かれるようになったり、
なんJ内の方言である猛虎弁(関西弁とはことなる)を使う人が増えたり、少し排他的になった、気がする。
だがおそらく、本格的な野球シーズン(2月1日のキャンプイン)が始めれば、なんJも通常運行すると思われる。
なんJの排他性と不真面目さによって、なんJは他の板から侵略をうけなかったと思うで。
ちなみに、この記事は酒飲みながら書いたったわ~
なんかちゃうところあったらいつでも言ってやー
はてなにもあんまり慣れてないから、はてな記法を見て、見やすく編集します。
http://blog.livedoor.jp/yakiusoku/archives/53354661.html
http://blog.livedoor.jp/g_ogasawara/archives/5644012.html
http://wikiwiki.jp/domingo/?%A5%B9%A5%C6%A5%DE
http://hamusoku.com/archives/6570458.html(アフィブログです)
(ここで言うHTML5はcss3とJavascriptも含めた技術全体の事、逆にFlashはAir等の派生技術は含めないブラウザ上のFlashPlayerの技術のみを指します。)
ウェブに携わる人間には常識だけど、HTML5は何でも出来るスーパーヒーローではない。
どちらかというと、中日の高木とか、ヤクルトの宮本とか、巨人の川相とかの方が近い。知らないやつはググれgoogle:いぶし銀。
HTML5の真骨頂は、昨今のリッチなインターネットコンテンツを、非常に簡潔にスマートに記述できるところにある。複雑な事をすれば凝った事もある程度できるけど、得意分野じゃない(標準APIが機能不足だし、JavaScriptの言語仕様が複雑な処理に向いていない)。
ブラウザだけでここまで出来る、とか、
Flashはもういらない、とか、
ってのは、川相だって筋肉付ければホームラン打てるようになるし清原はもういらない、って言ってるようなもん。宮本にパワーヒッターを求めるのなら筋違いだ。生い立ちも素質も違うのに、どうして代替となりうるのか(プログラムと人間を一緒にするのが暴論なのは百も承知)。
HTML5とFlashにはそれぞれ得意分野があるし、淘汰される形で対立しうるものではない。にもかかわらず、ブコメ見てて、いまだにFlash氏ねHTML5マンセーな意見が支配的なのが痛すぎる。
「ブラウザだけで」というと聞こえはいいけど、何のことは無い。5年くらい前のFlash相当のプログラムが、ようやくブラウザに搭載され始めただけのことだ。Flash は重いとよく言われるが、同じことをすれば(今のところ)HTML5 のほうが重いことが多い。
あと、記事を読むと大概「(どれかの)ブラウザだけで(なら)ここまで出来る(けど他のブラウザじゃ動かない)」って言葉が隠されている。HTML5 の仕様が固まれば全コンテンツが全ブラウザで同じように動くようになるよ!なんて本気で信じてるならあなたはネット向きじゃない。
Flashは互換性の点で優位にある。一社提供で基本的に同じコードを同じ開発者が作っているってのもあるけど、そもそも「どのブラウザでも同じように動く」が、セールスポイント=利益に直結するというモチベーションになるのが極めて大きい。
HTML5 と対立するは Flash ではない、HTML4 だ。HTML4の悪い所を直してHTML5にしようとしてるんだから当たり前。
video対応やベクター描画といった Flash が寡占してる技術の一部を HTML5 が食ってるのは事実だけど、Flash と HTML5 の機能は相補的である。HTMLは文章構造を効率的に記述する目的で生まれたものだし、Flashはタイムラインベースのベクターアニメーションを表示するために生まれた。両方ともブラウザ上でリッチなユーザー体験を提供するという目的に向かって進化してるので、お互いの領土を食い合う形にはなってるけど、生い立ちが違うので得意分野も当然違う。
テキスト表示とレイアウトはHTML5のほうが断然得意だし、2D描画はFlashの方が一日の長がある(私見だけど、HTML5はFlashの描画能力の半分にも至っていないし、Flashのテキスト表示機能はie6のそれにすら劣る、と感じる)。
Flash vs HTML5 という構図は、スティーブ・ジョブスのプロパガンダにすぎない。
ジョブスは訴求力を上げるため、しばしば、対抗技術=「悪」とした勧善懲悪ストーリーを作り上げる。簡潔で力強い言葉にのせて、対抗技術の欠点と自社技術の利点を(時には脚色しつつ)徹底的に挙げていく。対抗技術の利点など無きものとしてしまう。そこには自社技術の欠点など存在しない。
HTML5推しの本来の意図は、ジョブスの声明から推察するかぎり、HTML5であればAppleが開発してるブラウザエンジンwebkitを通じて自らの手でインターネット体験を提供出来るが、FlashはAdobeが開発している技術なので手を出せない(厳密にはFlashはオープンな技術なので自社開発する事は不可能ではないが)という点にある(もちろん、実際は様々な複合要因だと思うけど)。自社製品におけるインターネット体験、という肝心なところを他社に依存してしまうのは許せない、というのは至極真っ当なコダワリだ。Android にユーザーが流れてしまうという大きなデメリットを背負ってまで、iPhone が Flash を載せないことについては、評価すべきとすら思っている。もともと Mac版 Flash プレイヤーのデキの悪さという恨み節もあり、歴史的な経緯による「Flash は重い」という先入感も利用し、衝撃の声明は完遂された。
かくして、勧善懲悪のスーパーヒーロー HTML5 が誕生した。
Flash と HTML5 両方のコーディング経験者であれば判るけど、HTML5はこれまでに比べて簡潔に記述できる事が最大のメリットであって、複雑で凝った事は得意分野じゃない。にもかかわらず、無理矢理 HTML5 で書かれた凄いアプリが「ブラウザだけで!」とか「Flashいらない!」とかセンセーショナルな煽り文句とともに紹介され、もはや冷笑の対象となっている。
もちろん、凄い HTML5 アプリの作者は何も悪くない。未来の技術をいち早く実験/公開して、われわれにその可能性を提示してくれているのだ。そんな彼らを冷笑の対象にしてしまって良いわけがない。
ここまで読んでくれた人ならわかるだろうが、自分は、川相のゴロ捕球からの洗練された送球フォームが大好きだ。いや、HTML5の洗練された仕様と最新鋭の技術が大好きだ。
だからこそ現状を見ていられない。
現実として、Flashは互換性を気にしないで良いがiPhoneで見れない。HTML5はiPhoneで見れるがブラウザ間の互換性が問題となる見通し。
何が幸せなインターネットの未来なのかわからないけど、今の HTML5 vs Flash という構図は、不幸な方向に向かってるように見えてしょうがない。
今回触れてない話の1つにセキュリティ/バグ関連があります。議論の余地のある話ですが、個人的にはどっちもどっちだと思ってます。
あと、巨人末期の清原は本当にもういらなかったかという話があります。議論の余地のある話ですが、個人的にはどっちもどっちだと思ってます。
ホームラン級のバカばかり出てくるこの騒動
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20110704224139
松本氏も「エセ同和」ってことにすればいいんだよ!
(もう辞めちゃったけど…)
技術系では自分が素人だという自覚があってだんまりの人も、なぜか法律系は自分が素人だという自覚が無くなるようで。
はてなブックマーク - asahi.com(朝日新聞社):サッカーボール避け転倒死亡 蹴った少年の親に賠償命令 - 社会
tama_lion 「ボールが道路に出て事故が起こる危険性を予想できた」えええーだったらゴール置いた学校の責任じゃないの?つーか87歳なんて...いややめとこ 2011/06/2826 clicks
「予想できた」のはサッカーボールを蹴った人。なので責任は一義的にはサッカーボールを蹴った人にある。id:tama_lionは、自分の敷地内で遊んでる人間が他人に怪我を負わせたら、その責任が真っ先に自分に振りかかると思っているんだろうか?
napsucks 87って・・・もう寿命じゃんw 社会的生産性もないし命の残存価値など皆無だろw それに1500万って・・・頭おかしいわ 2011/06/284 clicks 40
1500万円も逸失利益があるわけ無いと思いながら、1500万円が逸失利益だと思っているという。ばーか。
solt-nappa ため息, 社会 うかうかサッカーの練習もできないよのなかになるな。イヤダイヤダ。 2011/06/28 18
半分正解。だがうかうかにも程がある。例えば公道を挟んでキャッチボールしたら「うかうか」じゃ済まされない。程度問題であり、遊ぶ側としては公道にボールを出さないべきだろう。
akawi フリーキックでホームランしたら人殺し呼ばわりされた挙句1500万? どう考えてもおかしいだろ 2011/06/2816 clicks
「どう考えても」の「どう」は空集合。「フリーキックでホームランした」というから悪くないように見えるが、「公道にサッカーボールを出したら交通事故が起きた」場合に何も悪く無いと思うのだろうか?
nextworker 普通、こういうときは学校の管理責任を訴えると思うんだけど、遺族はどうして少年を被告にしたんだろう。少年の両親が金持ってたのかな。 2011/06/28 56
それは「普通」じゃない。少なくとも民法の原則から言えば、責任追及は一義的には過失行為を行った者に対して行う。それが少年であるがために714条で両親に追求したわけだ。過失行為の主体ではない学校の管理責任を問うのが寧ろ裏道であり、学校=市町村からは取りっぱぐれないからという、まさに金のために殴る相手を広げる例。
しかも「少年を被告にし」てもいない。記事を見ろよ。「両親に」支払いを命じたって書いてあるだろうがよ。
こんな何一つ正しくないコメに☆が大量についているのはまさに集合恥。
お前は公園で遊ぶとき、公道にボールを出すなと教わらなかったのか?
過失はある。そして、「ある」ならば、1だろうが100だろうが、損害賠償責任を負う。被害者に過失がない以上、過失相殺はされない。
toronei news, 社会, soccer, sports これ少年側の責任なの? むしろ学校側の安全責任が問われるべき例じゃないの? これではもう子どもに球技なんて親は怖くてさせられないよなあ。 2011/06/28
少年側の責任だろ。少年側に過失がなかったらどうして学校側に責任があるんだよ。
学校側に責任があるとしても、それは少年との共同不法行為ということになるから、少年側の損害賠償責任はびた一文免れない。
Kou_RYU 社会, 裁判, ため息 東電の原発事故でも助け舟がでるのに、19歳がボールを蹴ったら1500万円支払えと言われる国ニッポン。年寄りを狙って蹴ったわけじゃないんでしょ? 2011/06/28
年寄りを狙ってないから過失が無いと?ってかボール蹴ったの19歳じゃねーよ。19歳だったら両親じゃなくてガキに直接請求だっつーの。
sasurai7 裁判, 事故 裁判を起こすのなら、サッカーやってた少年より、学校の施設管理責任(ゴール裏にボール飛び出し防止用のネットを張る必要があったか等)が問われるものでは? 2011/06/28
前述の通り。つーか、加害者より加害者が利用してた施設っていうその発想が馬鹿。
kz78 自分ちの庭で壁打ちでもやってたのかと思ったら、校庭でゴールに向かってボール蹴ったのか。それで賠償責任が発生するのはきつくないか。 2011/06/2813 clicks
自分ちの庭と校庭で何が違うんだよ。
相当因果関係の認定は微妙ではある(後述)。が、全然関係なくはないだろ。
Cai0407 これはひどい なんでボール蹴った少年の責任が問われるの?学校の管理責任のほうが大きいと思うんだが。しかもボール避けて転倒→骨折→認知症発症→誤嚥性肺炎で死亡→1500万賠償とつなぐのは無理じゃね? 2011/06/2838 clicks
「のほうが大きい」とか言ってる時点で馬鹿。共同不法行為だから学校と少年の両者が全額の損害賠償責任を負う。つまりどっちが大きいとか関係ない。
施設管理「も」問題になりうるに過ぎない。
bbk0524 これはひどい 87歳が街中でバイク乗り回すことの社会的責任は一切問われないのかよ。老人のゴネ得社会だなこの国は。 2011/06/28 67
なんで87歳(86歳だがな)が街中でバイク乗っちゃいけないんだ?
redfox2667 87歳で認知症になったのが子供のせいか? 因果関係が怪し過ぎ。 2011/06/2833 clicks
あとで書こうと思ったが、ここで書いてしまおう。今回の件と関係なく、しゃっきりしてた老人が骨折して歩けなくなった途端に認知症を発症するというのは、かなり頻繁に見られる症例だ。そうすると「認知症になったのは骨折のせい」とは言いうる。そして今回の骨折は少年のせいだから、事実的因果関係は肯定できる。
ただし87歳ともなればもともとボケやすい状態にあったといえる。それゆえ「被害者の素因」によって722条2項の趣旨に照らして損害額を減じたのだろう。記事にそれらしき言及がある。
絶対おかしいとまでは言えない。もちろん報道を鵜呑みにしない姿勢は良いのだが、存在しない情報を求めるだけでなく、報道の意味を正しく咀嚼することも必要だ。
いやいや、(ボケ→窒息はともかく)事故ぐらいは予測しろよ。公道にボール出したら事故ぐらい起きるわ。「ゴールに向かって蹴ったボールが外れるわけがない」ってか?日本代表になれよ。
hatomaguro これはひどい 転倒→骨折→入院で認知症進行→誤嚥性肺炎→死亡の流れはよくある話。"学校"側が転倒までの責任を負うなら判るけど。。。 2011/06/28
なぜ加害者をおいて真っ先に学校側になるんだよ。その方がわかんねーよ。
chi-bit これ重いよなぁ。これじゃ外で遊べなくなる可能性があるし、それを言うなら小学校側の責任は? 2011/06/28
前述のとおり。あるとしても共同不法行為。
okgwa 酷なようだが、87でバイクに乗るリスクを過小評価してた遺族側の過失のほうがよほど大きいと思う。しかしこの判事、事故と認知症との因果関係をよく認めたなあ。司法の常識ではあり得ないという印象。 2011/06/2813 clicks 67
87でバイクに乗ることが「過失」だって?んなわけねーだろ。「司法の常識」とかいうんなら参酌できる「過失」の意味を理解しとけよ。
ERnanchan これって、賠償命令ひどくねえ? 少なくとも記事の文面だけからみれば。トンデモ判決かどうかの第三者評価が必要そうな第一印象。 2011/06/28137 clicks
賠償「命令」?少なくともお前に「第三者評価」は無理だな。
pwiser これで1500万円はヒド過ぎで加害者は不可抗力、学校で練習中にボールが外に出たってことなんだから払うのもどうかと思うわ。それ以前に87歳でバイク運転してた爺さん側が一番落ち度あるから被害者側屑過ぎて笑えない。 2011/06/28
不可抗力の意味を調べて出なおせ。1500万円「は」ヒド過ぎっていうんなら1万円なら良いんか?それなら不可抗力じゃねーよな?
つか何で「学校で練習中にボールが外に出たってことなんだから払うのもどうかと思う」んだよ。練習無罪ってか?
ちげーよ。本田だって外しまくってんだろーが。「せめて公道にボール出すな」だ。
suyntory_junnama jiken p なんて判決だ!! 少年の行為より、87歳でバイクに乗って出かける行為の方が問われるべき。何故家族はバイクに乗る事を止めさせなかったのか、何時か他人を巻き込む事故につながると予測しなかったのか。其方の方 2011/06/2810 clicks
何を「問われる」ってんだよ。他人を巻き込む事故?他人に巻き込まれたんだよ真逆じゃねーか。
shukaido170 asahi, education 子「ママ、サッカー行ってくる」母「サッカーなんかして誰かに怪我させたら大変だから、DSやってなさい!」な世の中になるんだね…。 2011/06/2813 clicks
nippondanji さっぱり理解できない。入院生活が認知症に悪影響を及ぼしたのなら病院を訴えるべきだろ。老人が入院したら認知症になるなら誰も入院出来なくなるだろ。 2011/06/28143 clicks
ftype パソコンでニートになったのでパソコン会社を訴える、オンラインゲームで人生失ったので運営を訴える、2chで人生棒に降ったのでひろゆきを訴えることもできるようになりますか? 2011/06/28 19
ぜんっぜん関係ないじゃん。
BRITAN 極論、校庭から出るのを防げなかった学校の柵が悪いんじゃないの?飛ぶ方向制御なんてプロでないと無理だよw 2011/06/2821 clicks
そう思うんならそんな場所でサッカーするなってことだ。学校が悪くて少年は毫も悪くないってか?ばーか。
TakamoriTarou 社会, 事故 訴えるなら子どもじゃ無くてネットを張ってなかった学校側なんじゃないかな。子どもが蹴ると超える事が予想できるような状況なら、学校側がそういう状況を予想できるはずだし回避義務があるような気がする。 2011/06/28
rakko74 普通に考えれば学校の責任となるはずだが、どうしてこんな判決になるのかよくわからん。 2011/06/28
mmsshhrr これはひどい 「蹴り方によっては道路に出ることを予測できた」( ゚д゚)ポカーン 2011/06/2814 clicks
お前は予想できないのか?
hi_kmd これがアリなら傷害事件も殺人事件に出来そうな気がするぞ。 2011/06/28
しねーよばーか。民事だし過失だし、何一つ記事と関係ないだろ。
naga_sawa そもそもボールが存在する以上、道路にボールが出る可能性は0にはならない/すなわち、急いで全国の学校・家庭・販売店etcからサッカーボールを撤去しろ!間に合わなくなっても知らんぞー!! 2011/06/28
いや0になるだろ。
You-me 事故, 司法 これはもし事故の責任を問うなら、損害の公平な分担を求めるなら両親じゃなく施設管理者じゃないかなぁ/老人の歩けなくなるような事故と痴呆の関係は割と認められてたような気がしなくもないけどどーだったろ 2011/06/28
だから施設管理者はせいぜい共同不法行為責任。被告になってないなら不真正連帯債務だから施設管理者なんて出てこない。「損害の公平な分担」「施設管理者」なんて言葉を使ってみても、民法知らないのな。
「どんなに」は空集合。
shinkichi1986 記事まとめ このガキに罪があるわけ無いだろ、しかも当時小学生だぜ?むしろ学校側の不十分な安全対策が原因だな。だいたい運動場ではボールで遊んでる生徒が多いのに学校の囲いの金網って低いんだよなぁ。しかも外は通勤道路。 2011/06/28
10歳ともなれば、ボール遊びについて、責任を弁識する能力は書くとしても、事理を弁識する能力はある。
kaeru333 これはひどい, 裁判 裁判官は世界がどんな感じで見えてんだろ・・・ それにしても、なぜ遺族は少年を訴えたんだろ。 2011/06/2845 clicks
被告は少年じゃなくて両親な。そしてそれは極めて当たり前の話だ。加害者は少年なんだから。
ze-ki news 色々おかしい。だいたいバイクの87歳男性、足骨折しただけなのになんで認知症と結び付けられてるのか分からん。どういうロジックだよ。 2011/06/2864 clicks
お前は認知症をどれだけ知ってるんだ?前述のとおり、骨折から認知症発症はかなりよくあるパターンだ。
weekly_utaran なぜ学校側の施設管理責任ではないのか、そもそもこの年齢でバイクに乗ることによる事故の危険性は?高裁で逆転判決が出て欲しい、そうしないと全国の学校の校庭でサッカー禁止になる 2011/06/28112 clicks
原告が少年の過失責任を問うたから。問われてないことについて裁判所は答えてはいけない。被告でもないのに急に賠償責任負わせられたらおかしいと思うだろ?
W53SA これはひどい 「判決は『蹴り方によっては道路に出ることを予測できた』と指摘」裁判官の常識のなさに危機感を覚える。学校ではなく親を責める遺族側の発想を是認するのもおかしい。 2011/06/2814 clicks
いや、ボール遊びするときは公道にボール出さないように気をつけるのが「常識」だろ。お前の常識のほうが実害付きで危険だよ。
そして学校ではなく親を責めるのが民法の原則。なんで場所貸してただけで、蹴り出した張本人(の代位責任)を負うのか、そっちの方が例外的な考え方だ。
kumakuma1967 わからん, 児童の権利侵害 100%少年に責任がないとこの額は出ない気がするが、ボールから死亡まで予期できる裁判長はニュータイプか?事故は愛媛なのになぜ大阪地裁?田中敦裁判長名でググると信楽事故のトンデモ判決も出てきた。http://goo.gl/AVqzd 2011/06/28
100%じゃなかったって記事に書いてあるだろ。
つーか裁判所の管轄について疑義を呈してる時点でテメーのほうがよっぽどトンデモだよ。管轄は民訴法で細かく定められているが、今回はおそらく不法行為の結果(死亡)発生地だろう。不法行為においてはできるだけ被害者に都合よく管轄を認めるのが民訴法の立場で、その立場はまったくもって正当だ。
as62 民事は、一方の主張に対して他方が否定主張をせずにほっとくと事実認定されてしまうから、単に少年側の法廷戦略が下手すぎなだけなような。常識的に負けるわけねえと弁護士つけてなかったとか、あるんじゃないか? 2011/06/28
7年もかかってるのに弁論主義で処理ってのは無いだろ。まして本人訴訟なら求釈明する。
toaruR 少年や両親に過失があるなら、爺さんとその家族にもありそうなもんだけど。せめて、学校のせいだろ……地裁にしても酷い 2011/06/28
なんでそこで「せめて、学校のせい」がボール蹴り出した奴より先に来るんだよ。
「使えばいい」って、使えねーだろ。まさか民事に裁判員制度導入しろってか?悪夢もいいとこだ。
iwamototuka 裁判, 事故 そこまで小学生(当時)個人に責任持たせるのかよ。うかつに校庭でサッカーもできないな 2011/06/289 clicks
責任の主体は親、な。
nobuharasawa バイクでこけて死んだのかと思ったら、足を折っただけ。それで1500万円はあり得ん RT@ 2011/06/2810 clicks
「足を折っただけ」なら「1500万円はあり得ん」のに、なんで「足を折っただけ」で「1500万円」の判決が出たと思うんだ?
yukimi1977 これはひどい ボールが原因で死亡事故を起こしたわけじゃないのに。もしそうでも学校の過失で少年じゃない。ぐぐったらこの裁判官、別の判決でも因果関係が?な過失を認めてる。 2011/06/28
少年じゃないって理屈がおかしい。過失がなくってボールが公道に出るかっつーの。そんなんで責任負わされてたら校庭でボール遊び禁止だろ。
Sophitia 「蹴り方によっては道路に出ることを予想できた」のは、ボールを蹴った本人じゃなくて、そんな環境下で蹴ることを許した学校側の責任でしょ。その辺りを取り違ったおバカな判決。絶対控訴すべき! 2011/06/28
いや、本人だろ。なんで本人が予想できないと思うんだ?
また馬鹿か。
これはその通りで、結構な人が東電から賠償もらえるんだよ。東電のせいで倒産とか自殺とか、ちゃんと賠償請求できるってことをアナウンスしてたらもっと減ってるはず。
daisuk-com *その他, 裁判 どう考えてもこれはひどい。施設管理の学校じゃなくて子供側を訴えたのかわからん。 2011/06/2812 clicks
suzuki_kuzilla 東京電力が原発放置したせいで就職活動が長引き巨額の交通費支払いと長期にわたって授業を受けられないという損害を受けました。って訴訟する? / asahi.com(朝日新聞社):サッカーボール避け転倒死亡 蹴った少年の親 2011/06/28
これはちょっと無理筋かも、と思う。
snowdrop386 司法 おかしな判決だ。事故と死因の相当因果関係がなく、さらに学校管理下での行為によるものなのに保護責任を親と安易に決めている点が特におかしい。 2011/06/28
いや、保護責任じゃなくて714だから親なんだろ。子どもの居場所ごとに714の主体が変わるとでも?
Marin_MTB 事故, 裁判, これはひどい これ認めちゃダメでしょう。校外にボールが飛び出さないような校庭をつくるしかないじゃん。 2011/06/2811 clicks
程度問題ではあるが、そういう校庭が普通だろ。ゴールの方向に出口があるわけじゃなければ、出口方向に転がったボールは大して勢いは無く、外に出る前に走って追いつく。
NOV1975 司法 これは検察と弁護側とどっちの質が悪いの?司法と併せて三冠王か? 2011/06/2868 clicks
hk2mr_hu 社会 サッカーボールを避け転倒→足を骨折→認知症になる→食べ物を気管につまらせ死亡。これでどうして死亡責任まで問われるかが理解できない。しかも問われるとしたら少年の責任ではなく、学校の管理責任だろう。 2011/06/28
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異常に読みにくいのでやむを得ず購入して自宅で読むことに。
作品の舞台は高校野球。プロ選手を目指していた教師が監督として乗り込んでくる話。それなんてルーキーズ?
とここまではいいのだが、頑張って最初の30ページまで読んだところだけど、とにかく疲れる。
・登場人物の間のやりとりが全くないため単調な印象
単調なイメージで住めばいいのだけれど、もしドラの時と同じように
主人公である監督が何か働きかけると、特に抵抗もなく物事が進んでいく様子が
・文章の流れを遮る唐突な引用がすごい多く、非常にテンポが悪い。
地の文でうんちくを聞かされていたと思ったら実は監督の言葉だったとか、監督の言葉だと思ったら実は地の文だったとか。いろいろと切り替えがおかしい。
・なにか変化があるたびにいちいち
「そうしてこの習慣は、迷径学園野球部同好会が部と昇格した以降も、変わらずに受け継がれる伝統の一つとなった。」
って表現が入るのがうざい。
と私がいっても伝わらないと思うから実物を見てもらおう。
P12~P13
二週間の合宿期間中、続(監督の名前)は、夜のミーティング時間を利用してくり返し整備の大切さを生徒たちに説いて聞かせた。すなわち、用具を大切に出来ないものは、野球に限らず、その道での上達を望めない。用具の中でも、まず大切なのがグラウンドだ。練習をするうえで、すべての土台となるグラウンドが荒れたままでは、技術の進歩はないし、何より野球をしていて楽しくない。グラウンドを粗末にすると痛い目に遭うとか、罰が当たるとか、そういうオカルト的なことを言うつもりはないが、荒れたまま練習をしたのでは、全くの時間の無駄となってしまうのだと、続は説いた。
ここで続は、平成元年のプロ野球ペナントレースにおける、あるエピソードを持ち出した。その年のパ・リーグは、近鉄、西武、オリックスが、終盤まで激しい優勝争いを繰り広げていた。その最後の決着をつける西武対近鉄のダブルヘッダーで、近鉄は、ブライアントの奇跡的な連続ホームランで連勝を遂げ、優勝をほぼ手中に収めた。このダブルヘッダーの第二試合、近鉄に負け、優勝の望みをほぼ絶たれた西武ナインは、大きな落胆と共に、自らのホームグラウンドである西武球場を引き揚げていった。その際、当時西武の主砲であった清原和博は、帽子を取ると、グラウンドに深々と一例をしてからベンチを後にした。目の前で優勝を持ち去られるという大きなショックを受けていたにもかかわらず、例を忘れなかった清原のこの行いは、テレビ中継でも放映されたから、ちょっとした話題となった。その年のオフ、テレビ番組「プロ野球ニュース」の企画で、落合博満が清原と対談した。その席で落合は、「どうしてあの場面、グラウンドに礼をしたの?」と、清原に尋ねた。落合の目には、清原の行為は奇異に映り、それを一種のスタンドプレーか、あるいは何らかの意図を持った行動と勘ぐったのだ。しかし清原は、そんな落合の邪推とは裏腹に、こともなげな顔をして「いえ、あれはいつもやってることなんで、あの日もそうしたまでです」と答えた。つまり清原にとって、グラウンドに感謝の礼をすることは、単なる日常的な行為であった。いつも行っている、当たり前の習慣だったのだ。そうして清原は、かつてないほど大きなショックを受けたこの時も、そのことを忘れなかった。それほど、肝の据わった男であった。
「つまりおれの言いたいのはそういう事だ」と、続は言った。このエピソードから、何を感じるかは皆次第だが、俺は何かを感じた。端的に言えば、そんな清原を格好良いと思った。だから、おれはそんな姿勢を見習いたいし、皆にも勧める。続は、生徒たちにそんなことを話して聞かせた。するとこの話は、生徒たちにそれなりの影響を与えた。次の日から彼らは、グラウンド入出時の礼を欠かさないようになった。そうしてこの習慣は、迷径学園野球部同好会が部と昇格した以降も、変わらずに受け継がれる伝統の一つとなった。
ずっとこんな調子で
「監督が問題発見→監督の説教→監督の主張を補強するやたら長い引用→作者による引用の解説→問題がすぐに解決」の繰り返し。
エースを描くはずが、監督しか描いてねー。しかもこの監督の視点がどうみても部外者のスポーツライター。
うざい文章で有名な初期の禁書目録でさえ、説教が始まったら自分の言葉で語るというのに・・・。
これ小説じゃなくてコラムだろ、といいたいが著者曰くれっきとした小説だそうだ。
引用元のコンテンツが主体のもしドラは別に良かったんだけれど、文章が主体の小説で同じことをやるとは思わなかった。
この人はこの作品で、何を描きたいのだろうか。
引用部分に込められた熱量や主張と比べると、選手たちのトレーニング光景も、成長も、苦悩も、試合も、すべてが軽く扱われているように見える。
私はこの引用部分を語るために形ばかりにストーリが添えられているようにしか今のところ感じられない。恐ろしくバランスが悪い。
と、文章にはかなりネガティブな印象があるが、内容は良くもないが悪くもないと思う。まだ判断下すには早いかもしれないが。
目次を見るに、ちばあきおの名作「キャプテン」を下地にして、そこに監督を放りこんで、監督主導でストーリーを再構成するつもりなのでは、と思う。
しかし、それをどうしてハックルブログの文体そのままの文章を編集なしで本にしようとおもったのだろうか。
別に天呉くんレベルとは言わずとも、もう少しましなライターさんが文章を担当して、岩崎さんは原案で良かったんじゃないのか?
コミカライズの予定らしいが、その際には上のような引用はバッサリ刈り取られるのだろうか。ぜひそうしてほしい。
それとも「球場ラバーズ」のように引用部分の選手たちのエピソードを削ることなく、それでいてキャラを活す、そんな演出が出来るだろうか。
「たけしー ご飯よー」
母さんの声が階段の下から響いてくる。人が落ち込んでるってのに、うるさいな…
「いらないってば!」と俺は怒鳴った。
俺は8番サードで出場。ここ最近の試合で打率.022の俺だが、今日は気合が入っていた。
なぜなら、どういうことか俺の好きな綾香ちゃんが観戦に来ているからだ!
俺はこの試合で活躍したら綾香ちゃんに告白するつもりでいた。そのことをチームメイトに伝えようと
バーッターズサークルに行く前に「おれ・・・この戦争が終わったら・・・結婚するんだ 」
と少々オーバーに伝えた。仲間は「え?」とキョトンとしていたが。
さて、俺の前のバッターは『田代砲』と恐れられている田代正樹。
カキィーン!!
見事ヒット!さすがだ。ワンナウト一塁で、バッター俺。脳内で「8番、サード吉田君」と
ガキンッ
ボテボテのピッチャーゴロ。オワタ…と思いきや!意外と難しいコースに転がっているので
ゲッツーを逃れる可能性が!俺は全力で一塁に向かい激走!そしてヘッドスライディーング!!
その瞬間、俺のズボンとパンツが脱げ、すべすべなお尻が丸出しに。
ざわ・・ざわ・・となる球場。そして判定は…!
「アウトッ!」
野球少年にとってプロ野球選手というのは神なのである。野球界には、たとえば「守護神」という言葉がある。「代打の神様」という言葉も。古くは、「神様、仏様、稲尾様」というのもあった。
今日は日本シリーズの第1戦だった。ふとつけたテレビのスポーツニュースで、ひどく悲しい場面を見た。
番組で、ロッテの成瀬のメールを紹介していた。インタビュー収録ではなくメールの紹介という時点で本当にプロ野球まわりは不景気なのだなぁと感じたのだけれど、あろうことか、成瀬のメールの最後にこんな文章があった。
「(番組の司会だったくりぃむしちゅーの)上田さん、ホームランを打たれない方法を教えてください」
最悪だと思った。日本シリーズの第1戦に出てくるピッチャーということは、日本最強を争うチームのエースということだ。そのエースが、芸人風情に「ホームランを打たれない方法」を伝授してもらおうというのである。
私は大人だから、それが番組を盛り上げるためのひとつのギミックであることは理解できる(それにしても面白くもなんともないが)。だが、野球少年たちはどうだろう。あれを見て、明日もキャッチボールの練習をしようと思うだろうか。子どもはそのまま受け取るよ。「上田は成瀬より野球がうまいのか、へんなの」と、そう受け取るよ。
この国のスポーツマスコミは、いつからプロ野球選手を尊敬しなくなったのだろう。スポーツの感動というやつを、そのまま伝えることをやめてしまったのだろう。試合やイベントににぎやかしでタレントを呼ぶのはいい。だが、冗談でも言っていいことと悪いことがあるはずだ。
成瀬は、全国の野球少年の夢を背負ったエースとして、この依頼を断らなければならなかった。テレビスタッフの依頼に対して、激怒しなければならなかった。プロ野球選手として飯を食っている限り、その場所には、真剣に練習をして、真剣に試合に臨んで、勝ち続けなければたどり着けないのだということを、明確に示すべきだと思う。
上田は、「とんでもない、冗談じゃない、あなたに教えることなどあるわけがない」と、真剣に否定しなければならなかったと思う。狼狽さえしなければならなかったと思う。スポーツマスコミとして飯を食っている限り、プロ野球選手の価値を貶めるような言動や態度は、意識的に排除していかなければならないと思う。スポーツが死ねばスポーツマスコミも死ぬ。それは上田自身の食い扶持を減らすことでもあるのだから。
テレビのスポーツマスコミはもうダメになる寸前だ。今日、はっきりとそう思った。現場がスポーツに尊敬を持っていないのだから、それを伝えられた視聴者がスポーツを尊敬できるわけがない。何もかも、バラエティに侵食されて、成瀬がどれだけすごい訓練と技術を持っているのか、誰も理解できなくなってしまっている。
だけど思うんだ。もしスポーツマスコミに復興があるとすれば、そのヒントはきっと、テレビバラエティの中にあるんじゃないかと。
ここ10年、バラエティ番組は字幕テロップに頼ってきた。「めちゃイケ」も「エンタ」も「ロンハー」も、面白いところを全部字幕で流す。視聴者にわかりやすさを提供し、より広い層にアピールする努力を重ねてきた。昨今のお笑いブームを牽引したのは、まちがいなくこの字幕テロップという工夫だったはずだ。
バラエティにはバラエティの、スポーツにはスポーツの面白さがある。だったらスポーツだって、その面白さをそのままわかりやすく伝える努力をすればいい。成瀬と上田の軽薄なカラミなんかより、もっと面白いことが野球の試合のなかで起こっていることは、現場だってわかってるはずだ。
各局のバラエティ班は、バラエティの面白さを伝えるために血の汗をかいて字幕テロップという武器を手に入れた。それにより、バラエティは隆盛した。現在のテレビのスポーツマスコミは、そのバラエティ班の努力によって知名度を得たタレントや芸人におんぶにだっこで、本来、自分たちが伝えなければいけないスポーツの魅力を表現する努力を怠っている。
かつて、日本シリーズやプロボクシング、プロレスは国民的関心事だった。それは、スポーツにしかない感動がそのまま伝えられていたからだ。スポーツマスコミが、「こいつらはすげえんだ」と言い続けていたからだ。今だって、オリンピックやワールドカップになれば、スポーツマスコミは節度と敬意を取り戻すことができる。確かに野球の人気は下がっているだろう。だけど、せめてスポーツマスコミの現場だけでも、「プロ野球の日本シリーズは神々の戦いなのだ」という主張を怠ってはいけない。建前でもいいから、それを怠ってほしくない。野球少年から、夢を奪ってほしくない。それは、夢を与える仕事や、夢を伝える仕事に就いた者たちの責務だと思う。
今日の現場スタッフは、想像してみてほしい。ワールドカップのあの試合の直後に駒野がくりぃむしちゅー上田に「PKを外さない方法を教えてください」と言ったら、どんなことが起こったか。
笑いたくて野球を見ている者はいない。野球にはみんな、別の感動を求めているはずだ。もう一度、自分たちの仕事が何を扱っているのか、見つめなおしてほしい。
丁寧にググれと言わず答えてくださってありがとうございます。
タッチアップはさっそく調べましたがとんでもなく難しいことがわかり挫折しました。
空たかーく打ち上げればランニングホームランになるのではないかと思っていましたがそれも防止されるためのルールなのですね?と理解することにします。
ボールをぶつけるのも危ないから、でわかりました。
セパも理解しました。
ランナーがいない場合の走り抜けがよいはやはり理解できませんでした。それならばどの塁までいっても走り抜けてもいいのではないのでしょうか。と思ったら教えてヤフー的なところに回答がありました。おそろしく難しいですね。
そういう、本気で尊敬できる人たちが「雲の上の人」ならば、そこまででもないけれども人よりも得意な私たちは「雲らへんにいる人」なのかもしれない。
私たちは雲の上の人に憧れ、少しずつ上昇していって、いつの間にやら雲らへんにたどり着いて、それでも雲の上の人には全然届かないと嘆いている。
けれど地面の人たちから見ると、いつの間にやら私たちは、手の届かないところにたどり着いている。地面の人たちから見ると、まぁなんとなく雲らへんの人よりも雲の上の人の方がすごいとは思ってはいるものの、実際のところどこまで明確に区別が付いているのかは怪しい。誰かが高さを測った結果を聞いているから、そんな気がしているだけかもしれない。
私には他の野球選手に比べてイチローが特に優れていることを、打率やホームラン数などのデータなしに自分で判断できる自信はないし、コンピュータプログラミングにしても、私が書いたソースとLinusの書いたソースの差なんて、プログラミング言語を学んだことが無い人間には分からないだろう。
当然、雲らへんの私から見れば、雲の上の人の書いたコードと雲らへんの人の書いたコードなんて明らかだし、雲より下からでもある程度上昇してる人には明らかだろう。
ところで、雲の上の人たちにも分類があって、成層圏あたりの人、月らへんの人、太陽までたどり着いた人、というのがあるのかもしれない。
実に困った話
ttp://linux.papa.to/?date=20100224
実に困った話
俺、ここではあんまり会社の話書かない。サイトは上司バレしとるし、昔実名で書いてた名残りで会社知ってる連中沢山おるし。
でも、もう言いたい。書きたい。
何人もいる取締役の全員が反対しないようになるまで、技術者が試作も始められないとしたら、 もう何も生まれないと思うんだが….俺何か間違ってる?
ここで任天堂のイワッチをひきあいに出すのは、さすがに気がひけるから、キングジムのポメラの話にしよう。役員15人中14人まで反対してたけど、実際にポメラは複数種ラインナップ持つ、キングジムの看板商品になったのはご存知の通り….ここで必要なのは「自分はよくわからんけど」「これはイケるかもしらん」という 社長の決定だったわけね。
新規商品ってのは概ねそういうモノ。判断材料をいくら探したって、この世になけりゃ判断できないのです。あたりまえですね。
結局、ウチは誰も 決定ができない経営陣なのね。あーだこーだ批判してるだけ。だから、商品ラインナップも、今まで何十年も売ってきたようなもの、穏当でつまらない商品ばかりになっていく。 なぜなら決定しなくてもいいから!で、売上がどんどん縮小して….という悪循環をたどってる。
既存商品の焼き直しは野球でいえばバント。バントでも稀にセーフにはなるかもしれないけど。そりゃ振ればかなりの高確率で三振になるだろう。でもバット振らなきゃ、ヒットやホームランは打てないとは思いませんか?
どうせいっちゅーんじゃ!(絶叫)
んま、こういうわけで、社内に複数モノになりそうなアイデアがあるのに、世間には出ないのです….ハァ….俺はもう疲れた。
実名・あるいは投稿者の一意性がそこそこ確保できる場における発言と、それが出来ないいわゆる匿名掲示板とを比較した場合、やっぱり争いになった場合は前者の方がフェアだよ。どちらが正義か云々は置いといて。たとえばブログ主の場合、やっぱり「隙」を蓄積しているのがこの印象を持てる理由として大きい。匿名が卑怯だとは言わないが、もし実名と匿名がひとたび議論や争いになった場合、匿名者は(やましい気持ちが無いなら)なるべく表に出てきた方が良い。両者にさほど興味の無い観衆が評価した場合、匿名側に軍配が上がることはあまりないと思う。「池田信夫も罵声を不特定多数に浴びせたことがある」というのは確かに事実だ。だけど、残念だけど匿名側にその理屈で池田信夫にタマゴを投げつける資格は、無い。俺は匿名によるコミュニケーションを否定しない。その点で池田信夫とは考えは違う。だけど、何も背負う必要が無いというメリットを理解している反面、「個」を放棄していることも認めている。匿名で発言するということには「個」がついてこない。そのデメリットは甘受するしかない。だから、池田信夫が不特定多数を罵倒した場合、匿名で批判するようなことはしない。個を放棄しているくせに、批判するときだけ自分の個を尊重しろと言っているようなもんだからだ。それはムシが良すぎる。匿名が卑怯だと言われる一番の理由って実はそこなんじゃないかと思ってる。
あと、別に「本名」である必要があるとは思わないけど、自分の発言をそこそこ蓄積している人でないと、やっぱり公正に評価してあげられないんだよね。Twitterやブログでも、ニックネームで簡単にアカウントが取れてしまうわけ。はてブ見てても、強烈なバッシング浴びせてる奴のブックマーク見たらそれしかブックマークしてなかったり、ダイアリーが非公開だったりするんだよ。こういうのは匿名も同然なので、やっぱり卑怯。というより、損してる。批判するときは、なるべく蓄積しておくべき。そして蓄積するリスクを負うべき。池田信夫は、三振が記録に残るリスクを負っている。匿名側は、三振したら別人を装って直後に打席に立つことが出来てしまい、ホームランを打ったときだけ、その記録(例えば、はてブなど)が残せてしまう。やっぱり、アンフェアだよ。
http://anond.hatelabo.jp/20091011164125
これを読んで、思ったことをつらつらと。
まず、池田先生のネットに対する姿勢がよく表れている、この記事を引用させていただく。
ひろゆきは「賠償金を取る方法はない」と高をくくっているようだが、バブルの処理のときは、同様に開き直る不動産業者を警察は「競売妨害」などの罪で大量に投獄した。要は「あいつは悪い奴だ」というコンセンサスができるかどうかが問題で、そういう「国策」があれば犯罪は(よしあしはともかく)いくらでもつくれるのだ。ライブドアやWinnyには擁護論が高まったが、2ちゃんねるが閉鎖されても同情する人はほとんどいないだろう。
前にも書いたように、排泄物を見れば健康状態がわかるという意味では、2ちゃんねるにもいくらかの意味はあるかもしれません。異様な匿名志向の強さは、「表」の生活で彼らが強く抑圧されて「本音」を押し殺していることを示しています。ふだんはおとなしくて礼儀正しい日本人の「裏」の顔が、実はこんなにおどろおどろしいというのは、まぁ他では知ることのできない貴重な情報でしょう。
端的に言わせていただく。池田先生は、下品である。
刑事犯でもない人間を犯罪者がごとく扱い、呼び捨てにする。亀井大臣を、「亀」などといった明らかに侮蔑をこめた呼称で呼び、「あいつはヤクザとつるんでいる」などと公の場で言う(仮に事実だとしても、確たる証拠もないのに言うのはちと問題。ちなみに私だって亀井大臣の政策は大反対だし、正直早々に辞めてほしいとは思っている。その上で言っている)。公の場で人をクズ呼ばわりする。twitterで罵倒してきた人間をわざわざ晒し、わざわざ「こいつをブロックしてやった」と宣言する。2chを排泄物に例えるなど、あまり上品とは言えない例を平気で出す(「便所の落書き」というのは自嘲ネタであって、外部の者がそれを踏まえて揶揄するにしては、いささか下品すぎる)。
2chの経験もまったくない人のために少し基礎的すぎることから話すけれども、2chのヘビーユーザーはIEやFirefoxといったwebブラウザで閲覧・書き込みをすることはめったになく、Jane Doe Style(余談だがJane Doeとは「山田花子」的なありふれた名前、つまり事実上の「名無しの権兵衛」を指す。2chの名無し文化を象徴しているセンスのあるソフト名である)などといった「専用ブラウザ」を用いている。これが非常に便利で、自分が好かない言葉を表示させないようにしたり、気に食わない人間のIDを指定してその日の彼(彼女)の発言をすべて抹殺することができる。これを「あぼ~ん」というのだが、世の中にはいちいち「てめぇなんてあぼんしてやったからwwww」とばかりに対象のレスが消えた状態を相手に見せつけてくる趣味の悪い輩がいる。
これと、池田先生の「twitterブロック宣言」(参照1)(参照2)(参照3)(参照4)は同じなのだ。いわゆるネット弁慶のねらーとやっていることは大して変わらない。私は池田先生のそういった幼稚なところが一人の人間として大嫌いなのだ。本質的には池田先生と彼の発言をいちいち取り上げて「ネットいじめ」に近いことをしている連中は、同じ穴の狢なのである。
ここで、「名無し」と実名でやってる学者を対等に語るなという批判はもちろんある。さきほど挙げたブログにも、コメント欄にこんな氏の発言がある。
2ちゃんねるに対する評価は、そこに書かれる可能性のある(名前の知られた)人とそうでない人とでは、まったく違うと思います。事実無根の悪口を書かれる不快感は、そういう経験のない人にはわからない。他人に対する想像力もない人が「お前はわかってない」などと説教するのはやめてほしいものです。
なるほどなるほど、正論、と私は思う。
そもそも何故匿名が叩かれるのかといえば、攻撃の一方向性にあるのだと私は考えている。反論する場所を与えられていないのは、苦痛だ。言われっぱなしはつらい。学校や職場における1対多数のいじめが何故いけないのかというのも、ここにある。殴り返す相手もいないまま、自分だけボロボロになっていく。これは卑怯だ。事実私も、はてブのホッテントリに池田先生の自転車云々の発言が載っていたのを見て、ドン引きした。これはひどいよなと思った。これ以上アクセス数を伸ばすことに加担するのはよくないと思ったので、ブコメは読んだものの私は登録しなかった(したらますます上に上がるから)。
話が散漫になってきたので、改めて私が一人の人間として池田先生を好かない理由を述べる。
それは、下品で甘ったれた世間知らずの幼稚なオヤジだからである。ひとつじゃない?言語化するとそうかもね。でも「こういう人間」だというのに形容詞がいくつも必要だっただけだ。ていうかまぁ、ぶっちゃけるとタイトルは切れ味がいい方がいいじゃん。
匿名の集団による叩きは卑怯である。じゃあ実名は正義か。そんなわけないだろう。
池田先生の発言は公ですべきものとはとてもじゃないが言えない。2chの煽りに「お前、じゃあそれ俺と面と向かっても言えるんだな?」と返している人をたまに見かけるが、それに対し「ああ、言えるさ」と平然と答える人間は私は軽蔑する。反撃される覚悟を以てして言ってるからいいのだ。そんなわけないだろう。路上で一方的に殴っていようが殴り合っていようがおまわりさんが見かけたら怒られるに決まってる。一方通行の煽りは、卑怯だ。でも双方向ならいいかっていうと、それは違うでしょ。
そして、暴露してしまうと、実は池田先生は正々堂々としているかというと、そうでもないのである。
何故なら罵倒してきた人間をクズ呼ばわりして、公衆の面前に晒しておいて、そこで「あぼん」をしたからである。「あぼん」された側は以降池田先生に反論ができない。クズ呼ばわりされた弁解もできない。一方通行の罵倒で終了である。本来、ブロックにせよあぼんにせよ黙って各自が勝手にするのがスマートというか、マナーだとは思う。捨て台詞吐いてフタを閉めてるようじゃ、2chの卑怯者とやらとなんら変わらない。
私は以前からそれを池田先生に対し実名アカウント等で直接本人に何度も言ってきた。無論、反応はない。先生は多忙なのだからそれに対しては文句は言わない。一人の人間としてそれはどうかと思ったから、一人の人間として抗議というか忠言というか、そういうのをしたまでだ。学者先生とか、そういう肩書の問題じゃあない。メディア論を語る人として、ネットの言論を引っ張っていくアルファブロガーとして、そういったレベルぐらいはちゃんとしようよ、ということだ。私から言わせれば先生、あなたの罵詈雑言こそがネットのノイズなんだよ。そういうことなんですよ。
というわけで実名でも匿名でもネット空間を活用してる一小市民の私が、池田先生に対する反感を代弁してみた。多分、いわゆるネットイナゴ的な動機で騒いでいる人だって多いだろう。ただ、私のように「てめぇだって卑怯じゃねぇか」と思った上で抗議している人間が存在することも池田先生は分かってほしい。
ちなみに今回は、増田が「匿名」でしたので、私も「匿名」でトラバを送らせていただいております。繰り返すけど実名でも抗議はしてますけどね。
そこそこの反響があったので、追記。ブコメで「なげぇよ」といったのがあったので、上の論点もまとめとく。
・一方通行で殴るのは卑怯
・だから匿名は卑怯
・でも実名でも罵倒しておいてその後にブロックしたら双方向性がないよね
別に私自身匿名でも実名でもそんなにお上品ではないんですけどね。実況板で「見えたっ!」とか言ってるアホですしね。でもまぁ、事実無根の中傷とか、本当の意味で下劣なことは好かないんですよね。本当に何度も繰り返しちゃうけど、S/N比が高まることを望むなら、イナゴが沸かないような言葉回しを覚えることも必要だと思うんですね。池田先生の著書は一般向けに面白く書かれているものもあるし、アゴラといった活動も応援しています。だからこそ「ネット上での私語は、居酒屋でオヤジとやってる時の私語ほどフリーダムであってはならない」ということを自覚してほしい。聞いてる人の数が問題なんですよと言えばいいのかな。
正直に相手にしてくれないことが悔しいと書け
嫌う必要がない。嫉妬では?
こういうのを読むとなんだかなぁ、と思う。一方向性と双方向性について書いて、「前者は卑怯だ、でも後者でも品はよくないよね、しかも池田先生って前者を否定してる割には実は双方向性がないよね」と説いてみたわけなんだが、私の書き方が悪かったのかしら。「みんながみんなノリで騒いでるわけじゃないんだよ」ということを知ってほしかったから書いたまでであって、タイトルが示す通りこれは価値の問題です。結局、正誤は問えん。嫉妬なのかなぁと一応まじめにしばし考えたけれど、そういう感情はないな。
池田信夫の場合は最初から、自分が傲慢に振舞うことを恐れていない。
だから考えながら読む必要があまり無い。言葉の裏を読む労を閲覧者に強いていない分、やさしいよ。
だから読者が多いんだと思うよ。
人と仲が悪くなることを恐れて書くブログって、すげーつまんないから。
これは同意かな。mixiで昔はすっげーはっちゃけた日記書いてた人がいたんだけど、知名度あがったら「ライブやります☆」みたいな宣伝日記とか「ファンの皆さんに感謝です♪」とかなんの面白みもない言葉しか書けなくなった人がいて、あれは残念だった。池田先生もキレがあるから池田先生なのかもしれない。でも、やっぱり、さきに述べたようなことは少しは改善してほしいな。
匿名側は、三振したら別人を装って直後に打席に立つことが出来てしまい、ホームランを打ったときだけ、その記録(例えば、はてブなど)が残せてしまう。やっぱり、アンフェアだよ。
そうね、これも同意。双方向性に欠けるだけじゃなく、発言の蓄積がない者が急に正論めいたことを言ってもな、というのはある。属人的な考えだけど、否定はできないな。
まだ見てるかな?↓これ、書いた本人です。
http://anond.hatelabo.jp/20091007012948
なんかさ、元増田を見ていると、過去の自分みたいなんだよね。ま、俺、男だけど。以下、ちょっと自分語り。ウザいと思ったら読み飛ばしてください。
今、20代後半。筋金入りのオタク街道。周りもヲタ友ばかり。大学の時はRPGツクールで遊んでたり、はぴまて運動もしてた。
小さいころから勉強は得意だったので、一般に高学歴と位置づけられる大学に入学(でもオタク)。
勉強は得意なので、大学の成績も良好。教授に気に入られ、研究室推薦で有名企業に入社(でもオタク)。
・同期の男→会社の名前を使って合コンを取り付けることに躊躇わない。
・同期の女→高校入学のときに叔母が買ってくれた筆記用具、中学入学のときにじーちゃん(故人)が買ってくれた腕時計を使っている俺に対して「せっかく給料貰っているんだから良いモノ揃えようよ~」と。
・上司→「1着20万円のスーツを買えとは言わないが、それなりのモノを買わないと示しがつかない。若いうちはボーナスで道具を揃えろ」
休日は同期や近い人たち、誰が呼んだのか、近くの会社の人たちで集まってバーベキュー。同期の男たちが学生時代から乗っている車はボロくても、かかっている音楽は流行りのモノ。平日は平日で、「会社を早めに終わらせてプロ野球応援に行こうぜ!ホームランとっちゃうかも~」、「今日は○○のライヴだーー。仕事たりー」みたいな。
自分も、この空気に馴染もう、せっかく社会人になったんだから、お金もあるんだから、と思って最初は積極的に参加していました。でも、なんかイマイチ楽しみきれない。隣でビール飲んで顔赤くなって大笑いしている人たちを見ても、自分はそこにはいない。「ああー、同世代の人たちってこういう風に楽しんでいるんだー」って感覚。楽しむんじゃなくて、経験値を積もうとしている感覚。エセだけどリア充していたので彼女ができた時期もありました。でも自分の趣味を言えない。好きなマンガの話をしても「藍より青し」「いちご100パーセント」でアウト。ましてや二次元ドリームマガジンを買っていますなんて言えるわけがない。自宅に呼んでもサウンドホライズンを流せない。結局、彼女とは続きませんでした。でも、スイーツ的には恋愛はそれでいいらしい。
結局、俺は俺が信じる俺を信じるしかない。20年+アルファの人生で染み付いた思考はなかなか変わらない。
今では会社の付き合いをそこそこにして、家で楽しく「く、くぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」と叫んでいます。
俺さ、↓って書いたでしょ。
たぶん、将来、金を稼いで、あなたはリア充、スイーツになったと主観的に思ったとしても、なんとなく自分の心の中で物足りなさを感じると思う。そしてやっぱり覚悟を決めて自分が好きなフィールドに戻ってくる。もしあなたが彼氏が欲しい場合、そのフィールドを受け入れてくれる男を探した方がずっと良い。無理しなくていいから。
やっぱり、こんな経験に基づくのね。
元増田は今まで「女の子」になったことがない。お金も手に入れたので、「女の子」装備を整えてみたい。
気持ち、凄いわかる。別にそれを否定するつもりはない。俺も、リア充になってみようと思って色々歩き回った経験で、自分とは違う世界の存在も体験できたし。それに、自分はやっぱり二次元の住人だって自覚できたから、二次元には前よりも愛着があるよー。一度、故郷を離れてみるからこそ、故郷の良さが分かる、みたいな。
だからさ、一度、やってみなよ。エセでもいいから、「女の子」装備揃えてみて。「あー、やっぱり私にこれ、装備できない」と思うことになるかもしれないけど。経験値を積むのは悪いことじゃないよ?それから、自分が楽しめないと自覚したら、すぐに喪に戻ること。自分は、二次元の住人に戻ることにちょっと時間がかかってしまった。なんで早めに戻らなかったんだろう、と今でも反省。
なんか、まとまりはないけど、私は元増田、応援しています。