はてなキーワード: ホビットとは
戦略的に生きている少女が主人公。田中ロミオだと少年ですが。木地さんの『悦楽の園』では、この少女や少年たちの戦略が徐々に破たんしていく。そのときの救済はどこにあるのか。救済の道はふたつあって、ひとつは外部にあるコミュニティに逃げちゃう。もうひとつは教室の中でもう一回戦略を立て直してコミュニケーションをとっていく。これを同時並行にやっていく。田中ロミオのライトノベルは木地さんの作品と似ているけれども、外部のコミュニティでの救済は欠落している
『指輪物語』も歴史的な意味でのループの繰り返し。主要メンバーを歴史のループをなぞるようにして救済していく。でも結局は主人公のホビットは異世界に去ってしまう。木地さんの作品も社会的不適合者の学園みたいなのが、社会の外部にある。教室の中での不適合度が高まるとそこに行く。そこで再生して教室の中に戻っていく。
田中ロミオがいかに社会や大人といったものを信用していないかってことなんですよね。
「浄化」というのは小説空間内で発生している問題への根源的な解法、そして「サプリメント」というのは一時的な対処療法属地ベースだけで考えていると、場所による制約を常に受けることになってしまうでしょう。物理的・空間的な制約が精神的にも窮屈なものとして認識されてしまう。そこにネットベースの発想を加えることで、自身が動ける領域を拡張できるという感覚を持つ
それぞれのSNS、掲示板、動画サイトに独自のコードが存在しており、それを見抜いて、あらかじめ自身がどう振る舞うかを設定し、失敗したらもう一度コードについて思考する能力。このような能力こそがカスタマイズ・スキルである。コミュニケーション・スキルが他人に対して直接働きかける能力だとしたら、こちらはアーキテクチャの性質への正しい理解を介して間接的に他人と接触する能力。それぞれのアーキテクチャごとのルールを察知する能力を身に着けないときつい
それでもMiddle Earthの行く末を考えて、
誰にも属していない、力のないホビットに
あえて役割を与えるというのも彼の考えなのかと。
どちらかというと引きこもり気味の
内気なホビットですので、
(映画ではそのあたりはよく分かりません)
外に出ないホビットに究極の旅をさせる、
と言うのもテーマの一つだと思います。
ヒーローになることを望まない者が、
どこまで頑張っていけるのか、
横ですが
ガンダルフ=ドラエもん
説は面白いですが、原作、映画共にちょっとしっくりこないのでは。
ガンダルフがホビット贔屓だったのは、エルフやドワーフ、人間とは違い、大きな争い事や権力に興味を持たず、農耕を主としてささやかな暮らしの楽しみだけで満足してしまう性格によるものかと思います。
(それこそ、サウロンが実権を握っても、暮らしに影響がなければノホホンとしていたのでは)
”変人”のビルボや目新しい物好きなピピン達ならいざしらず、フロドに旅を、ましてや指輪を背負わした事を、ガンダルフは何度となく後悔したのではないでしょうか。
映画版でも、裂け谷で、フロドが自分が行くと言い出したときのガンダルフの表情は苦しそうで、悲しそうなものでした。
ガンダルフがドラエもん立場で中つ国の種族を見守り、手助けする、という解釈はとてもうまいと思います。
ドラエもんが一人で未来の道具を使えば、全部解決するジャン!というのがまさしく元増田さんの言ですからね。
ガンダルフはフロドを”一人前=主人公=ヒーロー”なんかにしたいとは思っていなかったと。
フロドは十分インテリホビットで、サムに対する主人然たる態度も立派な大人ですしね。
そして、「映画版ドラエもん」の例えはピッタリです。
ドラエもんって、あらゆる事が可能そうな道具を持っていても、危機に対し結構率先して動きません。
(この場合のドラエもんは、”性格上”の問題ですが)
そんな中で、のび太君がまさかの勇気を示し、その勇気に対してしずかちゃんも、ジャイアンも、スネ夫も、のび太がやるなら!と一様に立ち上がります。
ドラエもんの道具が効果を発することもありましょう
けれど、巨大な敵に立ち向かえたのは、そして勝利できたのはのび太がヒーローな事でも、ドラエもんの道具が万能な事でもないのですから。
指輪物語の最後は、ドラエもんのように、
「元通りの日常に戻りました。めでたし、めでたし」
ではないのが切ないですけどね。
他の方々も色々書いていますし、
なんだか釣りっぽいような気もしますが、
あえて質問に答えてみますと、
フロド達を乗せていかなかったのには
いくつかの理由があると言うことです。
(br)
元増田さんの仮説1と4は基本的に繋がっていて、
それが理由の一つになっています。
ガンダルフにとってはOne Ringはあまりにも強力すぎるのです。
他の方も書いていましたし、
映画でも述べていますが、
最悪の事態に至ることもあり得るということです。
(時間については後述)
(br)
またコンドル(鷲)については、
いくつか解釈の仕方があると思いますが、
私は茶色の魔導師によるものというよりも、
ホビットの冒険に出てきた
鷲ではないかと思っています。
ガンダルフの僕ではありませんので、
簡単に物を頼めるのかどうかという事もあります。
(確かホビットの冒険の時には「貸し借り」の話をしていたと思う)
(br)
彼ら(鷲)には彼らの戦いがあります。
リングを届けるのが彼らにとって
果たして最適な選択なのか、
と考えるのも一興かと。
映画でも描かれていたように
Middle Earthのすべての住人が、
サウロンに敵対しているわけではないのです。
(br)
どのみち鷲たちの住処までは
旅をしなくてはならないので、
それ自体も簡単な物ではないはずです。
(ホビットの冒険でも鷲が出てきたのは旅の後半です。)
最後の最後で鷲に乗って出てきたのは
彼にとっても裏技に近い、と言うことです。
(br)
他の方も述べていましたが、
どちらかというと監視役という感じで、
ホビットと必要以上に関わったりするのは
彼の立場からすると
常軌を逸しているというのもあります。
人との関わりも本来なら避けるべきなのかもしれませんが、
(br)
それでもMiddle Earthの行く末を考えて、
誰にも属していない、力のないホビットに
あえて役割を与えるというのも彼の考えなのかと。
どちらかというと引きこもり気味の
内気なホビットですので、
(映画ではそのあたりはよく分かりません)
外に出ないホビットに究極の旅をさせる、
と言うのもテーマの一つだと思います。
(br)
ヒーローになることを望まない者が、
どこまで頑張っていけるのか、
そう考えると最後の最後で
納得できるのではと。
(br)
描かれていますが、
数十年リングの影響を受けていない、
と言う設定もあります。
人がリングに魅了されてしまったことを考えると、
(br)
一つ言えることはガンダルフは万能ではないと言うことです。
実際灰色の時にはサルマンに負けてしまいますし、
交通手段が馬ですから、
移動には制限がかかっています。
(あくまで鷲は裏技ですからね)
彼にとってMiddle Earthの行く末は
関心事ではある物の、
彼の戦いではないわけですし。
(むしろバルログとの戦いなどが
彼の土俵の戦いなのかとも。)
彼にとって可能かつ、
最適と見なした場面に携わることにした、
と言うのも考え方の一つです。
(br)
長くなってしまいましたので、
このあたりで終わりにします。
他の方もおすすめしていましたが、
是非是非原作をお読みください。
映画が10倍楽しめますよ。
原作よりも人に焦点が当てられています。
(br)
最後に:
最終的にドラえもんのゴールは
のび太くんを一人前にすることであって、
のび太くんの替わりに主人公になることではないということです。
劇場版と考えると良いかもw。
他の方々も色々書いていますし、
なんだか釣りっぽいような気もしますが、
あえて質問に答えてみますと、
フロド達を乗せていかなかったのには
いくつかの理由があると言うことです。
元増田さんの仮説1と4は基本的に繋がっていて、
それが理由の一つになっています。
ガンダルフにとってはOne Ringはあまりにも強力すぎるのです。
他の方も書いていましたし、
映画でも述べていますが、
最悪の事態に至ることもあり得るということです。
(時間については後述)
またコンドル(鷲)については、
いくつか解釈の仕方があると思いますが、
私は茶色の魔導師によるものというよりも、
ホビットの冒険に出てきた
鷲ではないかと思っています。
ガンダルフの僕ではありませんので、
簡単に物を頼めるのかどうかという事もあります。
(確かホビットの冒険の時には「貸し借り」の話をしていたと思う)
彼ら(鷲)には彼らの戦いがあります。
リングを届けるのが彼らにとって
果たして最適な選択なのか、
と考えるのも一興かと。
映画でも描かれていたように
Middle Earthのすべての住人が、
サウロンに敵対しているわけではないのです。
どのみち鷲たちの住処までは
旅をしなくてはならないので、
それ自体も簡単な物ではないはずです。
(ホビットの冒険でも鷲が出てきたのは旅の後半です。)
最後の最後で鷲に乗って出てきたのは
彼にとっても裏技に近い、と言うことです。
他の方も述べていましたが、
どちらかというと監視役という感じで、
ホビットと必要以上に関わったりするのは
彼の立場からすると
常軌を逸しているというのもあります。
人との関わりも本来なら避けるべきなのかもしれませんが、
それでもMiddle Earthの行く末を考えて、
誰にも属していない、力のないホビットに
あえて役割を与えるというのも彼の考えなのかと。
どちらかというと引きこもり気味の
内気なホビットですので、
(映画ではそのあたりはよく分かりません)
外に出ないホビットに究極の旅をさせる、
と言うのもテーマの一つだと思います。
ヒーローになることを望まない者が、
どこまで頑張っていけるのか、
そう考えると最後の最後で
納得できるのではと。
描かれていますが、
数十年リングの影響を受けていない、
と言う設定もあります。
人がリングに魅了されてしまったことを考えると、
一つ言えることはガンダルフは万能ではないと言うことです。
実際灰色の時にはサルマンに負けてしまいますし、
交通手段が馬ですから、
移動には制限がかかっています。
(あくまで鷲は裏技ですからね)
彼にとってMiddle Earthの行く末は
関心事ではある物の、
彼の戦いではないわけですし。
(むしろバルログとの戦いなどが
彼の土俵の戦いなのかとも。)
彼にとって可能かつ、
最適と見なした場面に携わることにした、
と言うのも考え方の一つです。
長くなってしまいましたので、
このあたりで終わりにします。
他の方もおすすめしていましたが、
是非是非原作をお読みください。
映画が10倍楽しめますよ。
原作よりも人に焦点が当てられています。
最後に:
最終的にドラえもんのゴールは
のび太くんを一人前にすることであって、
のび太くんの替わりに主人公になることではないということです。
劇場版と考えると良いかもw。
イスタリとかマイアとかいう単語を知らなくてもぴんとくるレベル=映画内でわかる範囲で言い換えてみるテスト。
ゴクリ、もといゴラムが元々指輪を拾った何者か(原作ではホビットの祖先にあたる種族って説明されています)が指輪に惹かれるあまりにモンスターな姿に変貌しちゃったものだ、ってのは映画でもわかりますよね。
エルフのガラドリエル様が「指輪やる!」って言われてなんかもの凄く威圧感あふれるお姿に変貌するシーンがありましたよね。結局は「試練に耐えた」つって指輪突っ返すんですが。
同じように、ガンダルフですら指輪を持ったらいつまで耐えられるかはわかりません。素のじいさんフォームですら世界屈指の魔法使いであるガンダルフが、指輪の誘惑に負けて悪に落ちたらどうなるか。サルマンとタイマンで勝てるくらいのパワーアップを遂げる可能性もありますが、その後サルマン以上に世界の脅威、『魔王』に成り果てるかもしれません。それでは本末転倒なので、「自分が悪に落ちたことにより更に世界が危機にさらされる」リスクを避けたと考えるべきでしょう。
幸い、ホビットはそんなに短期間では指輪への誘惑に負けなさそうだし、よしんば誘惑に負けたとしてもせいぜいゴラムがあんな姿になっちゃった程度の影響で済みます。
http://anond.hatelabo.jp/20090928012950
>神々にその能力の直接的な行使を禁止されています
>「じぶんではかいけつできない」設定
とすると、
サウロンの一番の配下である黒の王のリーダーと直接対決するのはOK。
指輪を運ぶ集団を引率し、敵が出たら先頭に立って戦うのはOK。
というのが意味不明になってしまいますよね。
ちなみに映画では、黒の乗り手はたいまつの火を一瞬触れさせるだけで燃え上がってあわてふためき、崖から落ちていきます。
http://anond.hatelabo.jp/20090928091448
>複数出てきているシーンはなかったと思うんだけど。
終盤5匹くらいまとめて出てきてそれぞれが黒の竜達と互角に戦ってますよ。
>それもあってガンダルフは積極的に力を行使できない。
地上を行くことによって鳥にホビットを乗せてあげるよりもはるかに積極的に力を行使してます。人間の軍勢を率いて(人間のリーダーを殴って気絶させて指揮権を奪って)サウロンの本隊と戦争してます。サウロン本隊のリーダーとは自分が直接対決しちゃってます。
>「ピュッと飛んでって指輪捨てて話が終わったら面白くねえだろ?」に尽きる。
そう考えるなら、最後に敵地からピュっと飛んで帰ってきたり、鳥を何匹も出して竜と戦わせたりとかはやめてもらわないと、物語が興ざめですわ。
http://anond.hatelabo.jp/20090928013858
>黒の乗り手は自分が支配されている指輪の位置を感じることができる。また、その乗騎は鋭い視力で怪しいものを見つけることができる。
映画では、物陰に隠れている2メートル以内にいる指輪を持ったフロドに気付かず立ち去ってます。また、離れていると指輪がどこにあるのかを知ることが出来ないため、ゴラムを拷問して「ビルボ」「シャイア」という単語を聞き出し、そのヒントに従ってホビットの村を探しています。また、火山の近くでもたもたしているフロドを誰も追って来ないので、映画での黒の乗り手は指輪探知能力が非常に低いです。
http://anond.hatelabo.jp/20090928010831
>鳥に乗って空を飛んだり、竜を追い払ったりする力はその時に得た。
転生する前に、鳥を呼んでサルマンの塔から脱出している。エルフの国から出発時のガンダルフが竜の存在を知っていたのかや追い払う力を持っていたかは不明。
>神や精霊が人間の世界に対してやることにいろいろ制限があるのは神話の世界のお約束。
人間集団を率いて火山に向かったり、サウロンの本軍と人間の軍を率いて自分が先頭に立って正面戦争したり(人間の国のリーダーを自分の判断で殴って気絶させて自分が勝手に指揮権を奪って、退却の指示を徹底抗戦の指示に変更して戦闘)、サウロンの一番の部下である9人の王のリーダーと直接対決したりすることは問題無しで、ホビットに乗り物を提供するのはだめというのはおかしい。
まず、もともと指輪はフロド「のみ」に託されたものではありません。
裂谷で、4つの種族がその先を会議した結果、その4つが諸共に争いに発展し、唯一蚊帳の外で正気を保っていたフロドが決断を促した事でも
ホビットの精神的な強健さは卓越していると思っていいでしょう。
あのシーンは「ひとつの指輪」が争いを引き出している、というように見えます。
ガンダルフ自身は、ひとつの指輪の支配下たる3つの指輪の所持者ですから、
指輪を葬る旅は秘密裏に行う事を目的としていたので、空から堂々と、というのはないでしょう。
裂け谷でも、魔法使いとホビットが二人で、と言い出したら、その危険性にどこまで他の種族が納得したか疑問です。
中つ国を代表する4つの種族と、新たに脚光を浴びたホビット、という旅仲間だからこそ
旅が認められたのだと思います。
また、ガンダルフ(魔法使い)は、あくまで「中つ国の人々がサウロンと戦うために結びつく」よう指導するべき立場です。
だからこそ、これまで中つ国をリードしてきた種族であるエルフの裂け谷に、他の種族も呼び寄せ、会議を開かせた。
結果として、フロドとサム、二人のホビットにゆだねる形になったけれど、本来はそうした種族同士の結びつきこそが戦いの中心だったはずです。
…と、ここまで書いてふと気付いたことが。
空路を選ばないのは敵の本拠地に空から乗り込めるほど甘くはないってことじゃないの。
ガンダルフ本人が捨てにいけなかったのは指輪の魔力に耐えられないから。
ホビットは元々指輪の魔力に耐性があってフロドはその中でも強靭な意思を持った選ばれた者という設定。
ロードオブザリングに映画よりも長いバージョンのDVDがあるのを知って最近また見ました。
その際おかしいなと思う点が幾つかあったのですが、一つだけあまりにも理解出来ない事があるのでお聞きします。
最大の謎
「なぜガンダルフは指輪を火山に運ぶ際、コンドルの背に乗って自分で持っていかなかったのか?」
仮説1の否定 ガンダルフは敏感肌なのか、確かに直接指輪に触れることは出来ない様子だった。しかし、封筒に入れた状態でなら問題なく持っていた。それなら封筒に入れた後バッグに入れて持っていけばいいだけである。また、長時間近くにいることも出来ないのではないかという考えも、指輪を持つフロドの間近で長期間徒歩の旅をしていることから否定される。
仮説2 空から行くと空の魔物に襲われるため。
仮説2の否定 映画では空の魔物はサルマンの偵察鳥と、サウロンの竜が出てきた。しかしガンダルフは偵察鳥の拠点であるサルマンの塔からコンドルに乗ってエルフの国まで逃亡していることから、偵察鳥ではコンドルを妨害することは不可能であることが分かる。また、竜に対しては杖を光らせて追い払えることが作品中で示されている。
仮説3 火山のある土地の大気には、コンドルが近づけない何かがある。
仮説3の否定 火山の噴火している最中に火山の地表まで接近している様子が作品中に描かれている。
仮説4の否定 それならば指輪を持たせたフロドも一緒に乗せればいい。一匹では一人しか運べないとしても、コンドルは何匹も居る。
他にも小さな理由は幾つか思いつきますが、わざわざ、戦闘経験も冒険経験も無いホビットの若者に持たせて地上を歩いて火山まで行く方法を選ぶほどの理由は思いつきませんでした。別に指輪の運搬や処分方法について難しい条件があるわけではないのだから、普通に飛んでいってバッグごと火口に投げ込んでくればいいのにと思うのですがどうでしょう。なぜ300世代分(1万年ほどですかね)も生きてきた彼が陸路を選択したのでしょう?最初から空路を選択していれば殆ど誰も死なずに済んだでしょうに。
※回答は、ガンダルフがどう考えたのか、の形式でお願いします。
余談ですが、サウロン弱すぎますよね。肉体も指輪もある状態でも、指先をちょっと切られたら即死ですからね。攻撃力もせいぜいトロルくらいだし、打たれ強さは登場キャラクター中最弱と。そんなに脆いなら前線出ないで後方支援に徹すればいいのに。王の剣だって別に特別に良く切れる訳ではなく、オークの鎧も上手くやらなきゃ切れてないですからね。そんな普通の切れ味の剣にあっさりやられるくらいなら、指輪と同じ製法で、火山の火でしか変形しない自分用の鎧を作っておけばよかったのに。
それはそうとして、映画は感動しつつ大いに楽しめました。
9/29追記
謎は解けました。
寄せられた情報によると、あの鳥はガンダルフが魔法で呼ぶのではなく、茶色のラダガストという魔法使いの友人で、ラダガストの気が向いた時だけ助けに来てくれるので、ガンダルフが自由に呼べる訳ではないそうです。それならガンダルフは空路を選べるはずがありませんね。
教えて下さった方、ありがとうございました。
中世風ファンタジーと言えばまあ「指輪物語」が源流だと言われることが多いし、トールキンは作品世界を異常なくらい作り込んだ人だった。
(まあエルフ語を作り込んでた、という方が正確だけど)
しかし、その「中つ国」でも、ホビット庄に限定すればまあまあ元増田の言うような感じだが、謎の「ミスリル」精錬技術はさておいても、モリアの坑道とかミナス・ティリスとか、現代工学でも建設不能だろ、みたいな巨大建築もごろごろ出てくる。
「ドワーフだから」という言い訳もあるけど、別にドワーフが建設クレーン持ってるわけじゃないしな。
終盤に至っては、ホビット庄にも謎の機械化工場が建設されるわけで……どう考えても中世じゃないわな。
ゲド戦記にしたってエルリックサーガにしたって事情は似たようなもので……っていうか。
「現実の中世を学ぶべき」という声は、中世風ファンタジー華やかなりしころにもたくさんあった。
ただ、そこには「嘘は自覚的につくべきだ」という認識が前提としてあって、地味で退屈で陰鬱な「リアルな」中世を舞台にすべきだ、と考えてた人はいないんじゃないだろうか。
料理に香辛料が盛んに使われたのは肉の腐臭を消すためで、香水が使われたのは体臭を消すため、なんて話、リアルに使いたい人はいないだろ。
(かといって、香辛料も香水もない中世風「ファンタジー」世界、ってのも味気ないわな)
「自覚的な嘘」の中には、理由付けを考えて書かれた設定もある(アースシーでは魔法使いが風を操ってくれるので外洋航路が発達している、みたいな)けど、たぶん全然考えられてないもの(あんな孤島ばかりで文明の発達を支えられるのかよ?飲料水とか金属資源とか木材とか……)も相当ある。
確かに最近の「中世風ファンタジー」は、昔以上に世界観の整合性を気にしなくなってるかも知れない。
(「中世風ファンタジー世界」が、一つの「お約束」として成立してしまったのが原因だろうと思う)
でも、どっちみちそれは「ファンタジー」なのであって、つきつめて考えたら整合性の取れてる作品世界なんかない。
結局は楽しいお話を描く良い舞台であればいいんだから、「昔は良かった」みたいなこと言っても始まらないんじゃないかな?
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.asahi.com/politics/update/1026/OSK200810260045.html
>id:Dursanみたいな野郎が一番タチが悪い。お前が子供やその親にむかついたことなんて知らねーし関係ねーよ。それと公に体罰を認めることとは全く別だっつーの。
ごめ、読解力のない子がいるのを忘れてましたぁ(てへっ)
>塾講師時代、モンペの子供が親が教育委員会に訴えて教師をとばしたことを得意げに自慢した瞬間、おいらは体罰容認になりました。
っていうのは本当に世○谷区の小学生に言われた言葉。もちろんその子はおいらを脅したつもりだったわけさ。
まあ、絶望したね。もう、この段階でこれかと。こいつはこちらをコントロールしようとしてるな、と
いままで話には聞いていて、ホビットとかエルフみたいな存在だったのが、
急にゴラムになって現れましたよ。ほんとに頭が真っ白になったのを今でも覚えている。
塾なので、他の子の邪魔になると判断された時点で放逐される。
それは分かっていたみたいで、それ以上はなかったけどね。
チョット想像してごらんよ、そんな小狡いガキをいまの公立学校で担当したとする。
チョット怒っただけで、親が怒鳴り込む。
こちらが何の罰も下せない
(もちろん、隔離したところでモンペは精神的な虐待だと文句を言う)
のを知って、挑発し放題。周りの子も影響されて制御不能で学級崩壊。
こっちはもう投げ出すか、壊れるしかない。
ってこれがたぶん現実に起こっていることなの。
こんな状況で働いているの、公立学校の教師か勤務医ぐらいだよ。
悲しいけれど、力なき正義は無力というのは本当で
こんな平和にのほほんと暮らしていられるのも、
戦後日本が平和だったのも国際間の暴力が拮抗していたおかげだし。
おそらくこれから世界大戦が起こらないのも、暴力のバランスが保たれているからだと思う。
放逐するにしても統制するにしても
実力行使ってそうそう使えないじゃない。使えば使うだけ目減りするし。
使わないに越したことはないが、抜けない刀に意味はない。
刀が抜けないのなら、気迫なんて感じさせられるわけがない。
まあたぶん「気迫w」って言うんだろうね。
教える場面での「気」の流れが結構大事だって
言うのは分かってもらえると思う。
まあ、長くなってしまってすまん。
最初の部分を3行で言うと、
「○チガイが刃物を持っているから
絶望した」
最後の部分は
「暴力の裏づけを伴わない統制なんてありえない
抜けない刀に意味は無く、またそこから気迫も生まれない
しかし、目減りするのでそうそう使えない」
ってこと。
ごめん、なんだかまとまってないが推敲せずにアップする。
>「大人だって怒ったら手を上げるかもしれない」ことを抑止力とするのに、必ずしも制度的に「体罰を容認」する必要はないと思うのだ。あと、百歩譲って手を上げざるを得ないときがあっても、正当化はよそう。
『制度的に「体罰を容認」』しないと、『「大人だって怒ったら手を上げるかもしれない」ことを抑止力』にはならないと思うのは、おいらだけかい?
もちろん体罰が上策だなんて露ほど思ってないから。ただ『制度的に「体罰を容認」』しないために教師が萎縮してしまっていることの方が問題じゃないかと思うがどうだろう。
>ならその親とやりあえよ。校長も交えて親の教育方針を徹底的に批判しろよ。それがプロの教育者だろ。私の親は小学校の教師だったが、体罰を使わず何人もの親とそうやってやりあっていた。
本当ならそういうのが望ましいし、そのように目指すべきだというのはみんな分かってるって。
最悪の場合
親呼び出し→教育委員会にクレーム→校長萎縮→教師混乱→児童増長→問題行為
となる可能性があるから言ってるだけ。
>これ、少なくとも教室から出すことができれば、済む話じゃん。体罰いらんやん。
教室から出してからどうするの?
立たせておくなら体罰です。
ほっとくと徘徊するよ。他のクラスの迷惑になるよ。
どうする?
みんな忘れてるのは小中は義務教育だってこと。
(教育を受けさせる義務があるのは親だけど、実質子供にも教育を受けなければならない義務があるようなもの)
極論だけど
体罰を含めて強権を発動させる権限を学校に付託できないのなら、
義務教育なんてやめちまえとも思う。
全部大検みたくすればいいんだ。
>「言葉」で「子ども」を押さえ込めないんだったら「暴力」でだって押さえ込めませんよ、馬鹿ですな。
では、どうすればよいのか
いい案があるなら示して欲しい。
なんだかグダグダになってきたので、
新しくたててみた。