はてなキーワード: ペテンとは
岩崎さんの、はてなでの言及には一切耳をかさないという芸風は十分理解しているつもりだが、今回のはひどいのでちょっと文句を言っておく。
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20110812/1313128129
もっと大人な対応でも十分説得できたでしょう?
書店員とみなみの二人の組み合わせは偶然のものではなく、奇跡的なものであった。運命的なものであった。
結果として書店員が自分の責任で薦め、みなみも自分の責任でそれを受け取り、ちゃんと活かした。
だからこの作品はすばらしんだ。
でいいじゃないか。なぜこれを「書店員が客の話を聞かないのは正解」になるんだ。
なぜ一般的にも自分が正しいとか言っちゃうわけ?なぜコレが分からない人は常識がないとか言えちゃうの?そんなの岩崎さんじゃないよ。
「一般的にみたら問題になりうる行為かもしれないけど、この二人の間では奇跡的に良い出会いになった」でいいじゃないか。
書店員もすごい、みなみもすごい。傍から見たら変に見えるかもしれない。
でも実はこの二人すごいんだよ、だからこの話はおもしろいんだよ、って言えばいいじゃない。
まず「一般的に見たら納得しにくいかもしれない」という相手の主張を受け入れて、その上で「この二人は特別なんだよ」て返せばいいじゃない。
少なくとも、相手は納得できてないと言ってるのに、
そこで返す言葉がよりによって「分かる人にはわかる。わからないのは経験が足りないから」とか小説家としてどうなの?
それがわかる経験を積んでる人にはこの小説いらないし、わからない人には小説を読んでも無駄になる。
どうせそれは「小説を経験に変える技術」がないからだって言いたいんだろうけれど、それならなおさら「技術的に」説明しろ。
経験の有無とかで逃げてるのはそっちじゃないか。ここで逃げておいて「小説の読み方」本を出すのは許しがたい。ちゃんとここで説明しろ。
あと、ここの主張はみなみの力を低く扱っているという点で気分が良くないし、なによりこの主張は有害だ。
それは、例えて言うなら「泣いて嫌がる病気の子供に注射を打つ」ようなものなのだ。もし医者が、病気の子供を前にして、顧客(子供)が泣いているからと言って注射を打つのを拒否したら、あなたはその医師を真摯だと言うだろうか? それと同じである。書店員にとっては、みなみは注射が怖いと泣いて嫌がる子供と一緒で、彼女が何を言おうが思おうがそれは基本的には関係ない。書店員は、みなみにとって重要なことを、むしろみなみ本人よりよく知っているのだ。それゆえ、医師が子供の病気を正しく診断するかのように、みなみが『マネジメント』を欲しているということを正しく突き当てた。だから、顧客のことを考えていないなどということはなく、むしろギリギリ真剣に考えた結果、その言葉をあえて聞かなかったのだ。
ホメオパシーを権力を持って子供に強要する無知な母親と、「十分な知識もある資格を持った医師」の中間に位置する書店員が「診断」できる理由として全く使えない。
全く妥当でない喩えを出して自説の正しさを主張するのはペテン師のやることです。作家の誇りがあるならこの部分は取り消していただきたい。
その上で、書店員の子の判断が「お話の都合として結果的に正しかった」ではなくて、この時点で「プロの行動として正統である」とみなすその根拠を示しなさい。
書店員と母親を明確に区別できると主張するその根拠を「この話はフィクションだから」という説明を排して説明しなさい。
この行為とホメオパシーなどで「子供のため」に嫌がる子供に不確実な療法を強要する母親は少なくとも行為の時点ではなんの区別もない。
究極的には両者を分けるのは結果だけである。
しかも、もしドラの結果はフィクションで作者が用意したものである。
自分で用意したフィクションの結果を持って、不確実な行為の「正当性」を主張するのは論理がひっくり返っている。
それは有害以外の何者でもない。もちろん「そう判断するに足る十分な知識や経験を持っているか」によってその判断の正当性が変わる。
だから作品中で書店員の判断の「正当性」がどれほどものかと問うているのだ。
それに対して「十分に経験のある人ならこういうふうにできるもんなんです」って書店員はいつからベテランって設定になってんだよ。
それは読者に当然求められる想像ではない。合理的な解釈でもない。読者に「つじつま合わせ」を要求している。
よくそんな要求を当然のごとく読者に求められるな。読者依存だ。自分の小説を読む人がみんなマルケス読んでるとでも思ってるの?
もう一点、岩崎さんはかなり深刻な勘違いをしているようだからいっておく。
本の読者に求めるのは、自分が理解できなかったら「理解したいとも私は思わない」という態度を取るのではなく、「これを理解できるようになったら、自分の人生がもう少し豊かになるかもしれない」と考えて、「今の理解できない自分がダメなんだ。この状態を脱するために、虚心坦懐にこの本を読もう」と思ってもらうことである。そういう「自分を否定する気持ち」があって初めて、「物語で触れられていない部分」に「イマジネーション」が「働」き、「辻褄が合うように」読めるようになる。つまり、読み取れなかったものが読み取れるようになるのだ。
これを主張していいのは時の試練を経てなお支持される古典のみである。
もしドラは1年半支持されている。300万部近く売れた。それは本当にすごいことだと思う。別にそのことを否定するつもりではない。
だが、「まだ」1年半である。しきりに「もう」1年半だという主張をしているが、この主張をするには「まだ」早い。
思い上がるな、と言ってるわけじゃない。むしろあなたはこの成果を誇っていい。
でも、だからこそその基準はまだ使えないってことくらいはわかれよ。
本人が主張していらっしゃるように、普段はこんなにねちねちと他人に嫌味を繰り返すような記事を書かない人だと思っている。
論理には必ずしも賛成しないけれど、少なくとも自分ではよく考えたんだろうな、と思える文章を書いていらっしゃる。
今回は感情垂れ流しで読んでて不快な文章だった。次からはこういう文章を書かないでいただきたい。
あーもう腹立つから書いちゃう。
前から何度も何度も何度も思ってたけど、岩崎さんの文章はねちっこいよね。ねちっこい。
何度yaneuraoさんを「実生活でそういう経験のある人」と対比して否定しようとしてんの。
あなたのその粘着気質な所が心底気持ち悪い。その卑屈な性格が出ていて吐き気がする。
一回でスパッと決定的な表現を書けないからってそうやって何度も何度も繰り返すのはやめようよ。
どうしてそんなに繰り返すほど大事なことなら、もっと表現を磨こうとしないの?
どうしてそんなに繰り返すほど表現に自信がないなら、その表現をやめようとしないの?
どうしてそんなに繰り返すほど自分の正しさを信じてるなら、どうしてそんなに自己正当化めいた文章を書くの?
自分でもわかってんだろ。
自分では自分の言いたいことを表現するだけの文章力がないってことを。
他人の読解力にケチつけてる暇があったら、もっと自分の文章力磨けよ。
はっきり言うよ。
あなたの作品、構成とかテーマは悪くない。着眼点は素晴らしいと思う。これは素直に認めよう。
でも、あなたの小説家としてあまりに稚拙な文章表現が、その素晴らしい物をスッキリ受け取らせてくれない。
問題はあなたにもあるんだよ。
そのことをちょっとでいいから認めようよ。
山田悠介だって初期作品と比べたらだいぶましになった。でもあなた全く変わってない。
この先に期待できない。
使命云々を次々乗り換えていくのも結構だけど、
ただ小説を書くだけじゃなくて、人を教化していきたいなら、
もっと人をうならせる文章書けよ。こんなgdgd繰り返すループみたいな文集書いてないでさ。
本当だろうか?
菅直人首相は10日午前の衆院決算行政監視委員会で、退陣時期に関し「二つの法案が成立した時には、これまで申し上げてきた私の言葉を実行に移したい」と述べ、「退陣3条件」のうち残る特例公債法案と再生可能エネルギー固定価格買い取り法案の成立に合わせて退陣する考えを明確にした。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110810k0000e010077000c.html]
この衆院決算行政監視委員会での発言の段階では、今回も鳩山由紀夫氏が言うところのペテンではないかと思った。
6月2日(民主党代議士会) 震災の取り組みに一定のめどが付いた段階で、若い世代にいろいろな責任を引き継いでいただきたい
6月27日(記者会見) この三つ(11年度第2次補正予算案、再生可能エネルギー固定価格買い取り法案、特例公債法案の成立)をもって一定のめどと考える
7月6日(衆院予算委) 「辞める」「退陣」という言葉を私自身に対して使ったことはない
8月9日(官邸で記者団に) これまで自分で言ったことについては責任をもちます
8月10日(衆院財務金融委) (3条件が)成立したら、代表選を速やかに行い、新代表が選ばれた時は首相の職務を辞して新たな首相を選ぶ段階に入る
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110811k0000m010082000c.html]
※8/10の衆院財務金融委員会は、「これまで申し上げてきた私の言葉を実行に移したい」と発言した衆院決算行政監視委員会よりも後。
少なくとも10日午前の時点では退陣を明言していない。菅直人氏の「これまで申し上げてきた私の言葉」には、「「辞める」「退陣」という言葉」は含まれていないからだ。それどころか菅直人氏は任期満了までの続投に意欲的な発言ばかりしていた。同氏の言動を見ていれば、「これまで申し上げてきた私の言葉を実行に移したい」とはむしろ総理の座に座り続けることを意味すると見た方が自然とさえ言える。
というわけで衆院財務金融委員会での発言を探してみた。動画が今のところ見当たらず、マスコミによる恣意的な切り貼りの可能性もあるからだ。
菅直人首相が10日の衆院財務金融委員会で、自身の進退に関して発言した要旨は以下の通り。
野田毅氏(自民=比例九州) 退陣3条件が整ったとき、8月中に首相は身を引くのか。明確にしないと、対外的には政治空白が続く。
首相 (2011年度第2次補正)予算、法案の3点について、成立したところで一定のめどが付いたと判断すると申し上げてきた。きょう特例公債法案が(同委員会で)採決され、再生エネルギー特別措置法案も今国会中に結論が出る。きちっと成立したときには、速やかに次の段階に移る準備を始めなければならない。民主党代表選(を行い)、新しい代表が決まれば、当然、私自身が首相として身を処す、そういう段階に入っていく。
竹内譲氏(公明=比例近畿) 3条件が整ったら首相を退任するという理解でいいか。
「要旨」という点に不安もあるが、これが現状で最もソースに近いと思われる。
野田毅氏に対する答弁では、「もし民主党代表選が行われ、新しい代表が決まれば」という発言とも思え、民主党代表選が行われない限りは「身を処す」(これも真意不明)ことは無いとも思える。
ここで、民主党代表選が行われるには現在の民主党代表つまり菅直人氏が民主党の代表を辞する必要がある。他の者が民主党代表を強制的に辞めさせられない以上、他の誰も、民主党代表選の開催を決定できない。
そして菅直人氏は代表選の日程について「私から日程的なことを申し上げるのは適切ではない」と述べている。他の誰も日程を決められないのにである。
したがって、菅直人氏はこの時点でもなお、退陣を明言していない。
そういうわけで、竹内譲氏に対する答弁で「まず党の代表選を速やかに行う」と言った、この発言で初めて菅直人氏は退陣を明言したのだと思う。
とにかく、菅を批判する声には具体性が欠けている。
復興基本法が成立するのに100日以上かかっているのは遅い具体的な例だし、そのくせ節電大臣・ボランティア大臣は震災2日後に決定は人気とりの具体的な例だし、鳩山に辞めると匂わせといて内閣不信任を回避したのなんてペテンの具体的な例だし。
(多大な成果を上げているという意味ではない、念のため)
とにかく、菅を批判する声には具体性が欠けている。
だから菅を追い詰めきれない。
いまだに菅は逃げ切れている。
問題なのは、自民党だけでなく身内の民主党までが、このような漠然とした理由で菅を批判していることだ。
有力な後継候補もいないし、総選挙をやって政権交代なんて悠長な状況でもない。
それはつまり、先のことはともかく今すぐに菅を降ろさないと我慢できない、ということである。
よく考えればこれは凄いことじゃないか?
もう「菅と一緒に仕事をするくらいなら復興が遅れるほうがマシだ」というレベルで嫌われているとしか思えない。
菅には地盤がない。盟友がいない。取り巻きもいない。国民様の大嫌いな「二世議員」でもない。
いじめられっ子なのか?
なぜ菅は退陣を求められるのか。
俺は「菅=いじめられっ子」説を推すぜ!
鳩山グループ、菅首相の辞任求める両院議員総会開催の方針確認
菅首相の早期退陣か年明けまでの続投かをめぐって、鳩山前首相は「約束を守らなければペテン師だ」と、菅首相の態度を批判した。
菅首相を交代させようとする勢力にとっては、戦略は2段階で、まずは両院議員総会の開催。
そして本番は、国会審議ストップの責任を追及するということになるとみられる。
そのためには、問責決議案の可決などがあるが、「とにかくあの手この手で、ずる賢くやっていく」というふうに幹部は話している。
3日の鳩山グループの会合では、党の両院議員総会を開いて、菅首相に辞任を求める方針を確認した。
開催に必要な署名は集まりつつあるが、党の規約には、両院議員総会で党の代表を交代させる規定はない。
仮に解任動議を採決したとしても、強制力はなく切り札にはなりえない。
それよりも、参議院で野党が提出した問責決議案が可決され、すべての審議がストップした場合や、公債特例法案などの重要法案が成立できなくなった場合に、民主党の参議院側から事態打開のため、菅首相に辞任を迫る戦略が語られている。
しかしこの場合は、国民生活を人質にとったチキンレースとの批判も招きかねず、その時点での世論にも非常に左右されるとみられる。
2ちゃんねるにこもって日本は平和ボケしてるとかなんかそれっぽいこと語って良い気になってた場合じゃなかった
そこに何の意図があるのかとか考え出すとそこでたたずんだまま行動するための解析が止まってしまう
一週間ほど滞在してみたがなんだあれはお前らどんだけ高度な世界で生きてんの?俺とお前らの世界どんだけ違ってたんだよ?w
鳥取で俺を生んで育てた両親及びそれに何の文句もつけなかった一族とかは冗談抜きでくたばってほしい もうなんかこの時点で予感できる 得に社会に影響を及ぼすことができないまま俺のシナリオ終わりそう
国家ってこういう意味で顛覆可能だよって語れない奴は為政者になって欲しくない?ああそういうことかよつまりは 10年以上前に教育しとけそれぐらい
何かこういう人たちに聞きたいのは、アジアでも同じような事を言ってるのは朝鮮人だけっていう事なんだよね。
中国人でさえ、もう既に日本にそういう戦争責任を強く言う声って消えかかってる。日本を悪く言うのは国内情勢が悪化してた時にやってた仮想敵だったって国が認めちゃって、今後は日本とよくしていこうって主席が言っちゃってるもの。
他の全てのアジアの国は、国の意見として、日本に植民地時代の事を感謝してるわけで。朝鮮人がいかに異端かって事だね。アジアとか口に出すなアジアが穢れるだろって。
こんな前時代的な事を言う人には「日韓条約って何か言ってみろ」といいたいよ。あんたらの本当の敵って韓国政府だろと。
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http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100828/plc1008280701006-n1.htm
こんな良識的な韓国人もいるんだねぇ
一族総ペテン師じゃなかったんだ
いよいよ明日から起案4連発です。それに加えて模擬裁判の記録も検討しなければなりません。泣きそうです。
さて、昨日に引き続き、事実認定の話をしたいと思います。
眠いので資料も見ずに殴り書き。
証拠には、大きく分けて、書証と人証の二つがあります。
書証というのは平たく言えば、書類のことです。契約書、とか、領収証とか。
ですが、現実は甘くありません。書類だけで、事実関係が全て分かるなんてまれなことです。
そういったときに、書証を補充してくれるのが、人証です。
人証というのは、つまるところ、誰かの証言・供述のことです。要するに、証言台に立つ証人の発言ひとつひとつです。
これまた非常に重要なのですが、書証と違って、人証は非常にやっかいな特徴を持ちます。
それは、証拠として固まっておらず、変動しやすいと言うことです。
たとえば、証言台に立つ証人の気持ちを考えてご覧なさい。
しっかりと準備をして臨んだとしても、慣れない法廷で、衆人環視の中、相手方当事者から詰問され、裁判官からも矛盾をつっこまれ、
そんな状況の中で、きちんと思った通りの答えを言えるとは思えません。
それに、外部から見ても、大嘘をつく証人だっています。
では、そのように儚い人証は、どのように信用できるかを判断すればよいのでしょうか。
これについては、具体的な裁判例の蓄積により、何を考慮要素とすべきかについて、ある程度の類型化に成功しています。
1.利害関係
証人の場合、どちらかの当事者に利害関係があると、そちらの当事者に有利なように発言をねじ曲げがちです。
たとえば、親子関係にあったら、普通はかばい合って、互いに有利なことを言うはずです。
そうでなくても、金銭関係や主従関係があっても同様です。
2.他の証拠との符合
真実を述べているのなら、他の動かしがたい証拠と符合する証言になるはずだ、という経験則によるものです。
実務では、非常にこれが重視されます。
3.供述の経過
供述自体の内容の移り変わり、ということです。
具体的には、発言の内容がコロコロ変わっていたりすると非常にうさんくさい。
供述の変遷といって、これもよく検討事項としてあがっています。
4.供述態度
おどおど、言葉を選びながら話している人を見ると、嘘をついているように見えます。
自信を持ってはきはきとしゃべる人は、真実を述べているように見えます。
もっとも、慎重な人は真実を述べていても前者のようになりますし、一流のペテン師は、顔色一つ変えずに嘘をつくでしょう。
なので、これはあんまりあてには出来ないとされることが多いです。
5.核心部分かどうか
証人が嘘をつく場合、まさに争いなっている部分、核心部分で嘘をつくはずです。
どうでもいい事項について嘘をついても得をしないからです。
したがって、核心部分で、上記1~4の判断要素が満たされるなら信用性は普通以上に増すことになります。
というわけで、供述の信用性についてはこのような判断をしていくのですが、さらに人証の特色を考える必要があります。
なにかというと、100%嘘をつく人も、100%真実だけを述べる人もいないということです。
あっさりと、「あいつは嘘しかつかない」と決めつけてしまうのは思考停止に他なりません。
こういう判断ってのは、ネット上で「あ、こいつ嘘ついてるw」というような場合にも応用できるかも知れませんね。
「だってあいつら歌詞が中学生から進歩してないじゃない。吐息漏れすぎ。世界終わりすぎ。ガラス割れすぎ。僕狂いすぎ。鼓動張り裂けすぎ。あの頃に戻れなさすぎ。冷たい雨降りすぎ。虹追いかけすぎ。薔薇咲きすぎ。桜散りすぎ。永遠求めすぎ。都会冷たすぎ。心からっぽすぎ。夜長すぎ。独裁者出てきすぎ。ペテン師も出てきすぎ。遺伝子書き込まれすぎ。僕が壊れすぎ&貴方を壊しすぎ。記憶鮮やかすぎ。吐き気がしすぎ。ナイフ突き立てすぎ。声枯らしすぎ。桜散りすぎ。胸にトゲ残しすぎ。空を見上げすぎ。あと、それから……」
「桜散りすぎが二回出ました」
あと、それから。真夜中に歌い出しすぎ&踊り出しすぎ。翼折られすぎ。一人で凍えすぎ。風に抱かれすぎ。月の光冷たすぎ。闇にそっと囁きすぎ……あたりか。
別解を作ってみたくなった。魔法かけすぎ。マシュマロみたすぎ。視線合いすぎ。それだけじゃ不満すぎ。想い複雑怪奇すぎ。自分ありのまますぎ。出会いはいつも奇跡すぎ。明日がここから始まりすぎ。どんなことも希望に変えすぎ。きっと空を飛べすぎ。願いはいつか叶いすぎ。瞳開きすぎ。そっと手を差し伸べすぎ。小さな勇気を欲しがりすぎ。臆病な自分追い越しすぎ。怖がることは何もなさすぎ。あと、それから……
そして、恋愛や結婚をしないと、どうしてこんなに惨めな気分にさせられるのだろう?
なんかものすごくペテンにかけられている気がして仕方がない。
とってもよくわかる。
俺も彼女を作ろうというアクションをしなかったまま20代後半になっている。
アクションをしなかったのは結局、そういうことへの憧れや欲求が薄かったんだが、
それをよくわかっていて自己分析も出来ているのに元増田と同じような気分になったことがある。
自分がそれに参加させて貰えなかったような。
俺のような人種にあまりそういう嫌な気分や惨めな気分を押し付けて煽っても
「女に相手してもらえなかったからだ」とか変なミソジニストになるだけだと思う。
よう、3年前の俺。お前はその後なんかんだ行って大学に残り続けるんだろう。なんせ、何もない部屋に寝続けるなんて選択肢を選ぶぐらいだからな。そんなお前は結局8年かかって、つまり4留して大学を教授先生のお力半分のみでペテン的に潜り抜けることになる。当時としたら2留は大問題で、もうなんの望みも残されていないようにしか感じなかったんだが、今にして思えばあと2年使えたんだよなと思うよ。しかも最後の最後で先生の就職先斡旋まで受けることができる超高待遇。3月末だぞ、こんな時期に面接さすんだからな。よくわからん。と言ってもまぁおまえはそれ、乗り気じゃなかったから落ちるがなww。んで卒業後どうするかって?また先生のところでお世話になったよ。お世話になりながら4月から就職活動したよ。遅いし既卒ってやつなww自分の希望から5社ぐらい受けて、それなりに名の通っている特殊装置メーカに内定もらうことになる。実験してたらお世話になるようなトコだ。しかしだ、どこからわいたかよくわからん、この最後の一年、お世話になった研究室での経験がたまらなくなっていたのもまた事実。また、当時出入りしていたベンチャー企業の人と会ったのもあったが、妙に楽しそうでな。いろいろ話を聞いているうちになんかそこでやってみることにした。まぁ、元来群れたがらないヒキオタ系なので内定先よりはいろいろ無茶聞きそうだったし、何よりうまくいったときの報酬が。いや、そんな言うほど期待してないけどね。世の中、大不況とかでそんな小さい会社持つのかどうかも正直分からないけど、既に全てなくしてしまったと思いつめていた2留の頃から考えれば、十分な着陸地点ではある。
もはやどうやって生きていくか?なんてことより、どう生きていくか?にシフトしてしまっているのだ。
これはフィクションだから現実の世界とは関係ない、ただの物語である。
ちなみに筆者がこの後、面白さに満ちた幸せな日々を送れるようになれるかはわかりません。