「ベッドタウン」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ベッドタウンとは

2012-01-27

村上春樹の猛々しい想像力 (3/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

1 - 2 - 3

翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。

彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである

村上ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツアイロンがけしている、など)が

突然非日常不思議電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。

言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、

たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。

村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界あいだで翻訳をしている。

平凡と奇妙、自然超自然田舎と都会、男と女、地上と地下。

言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ



村上の車の後部座席に戻ろう。

私たちは東京を離れ、ベッドタウンに入った。

多くの企業本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。

およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。

木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。



靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。

自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。

同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。

(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)

オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。

山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。

室内のもう一つの棚には村上人生と作品にまつわる思い出の品々がある。

彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニーウォーカーを描いたマグカップ

はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。

壁にはレイモンド・カーヴァー写真、グレン・グードのポスタージャズ巨匠の肖像がいくつか。

村上もっとも好きなミュージシャンテノールサキソフォンスタン・ゲッツ写真もある。



私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。

村上はヤナチェクの「シンフォニエッタ」を取り出した。

1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である

作品で示唆されるとおり、渋滞で聞くにはまさに最悪の音楽だ。

それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。

同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。

村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。

「一度だけそれをコンサートホールで聴いたことがある」

オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」

彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。

シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」



シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。

彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。

「The Many Sides of Gene Pitney」。

カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。

村上は13歳の時、このレコード神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。

針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初ヒット曲「Town Without Pity」。

劇的な、ホルン即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。

若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」



終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。



1Q84』というタイトルダジャレである

言語をまたいでオーウェル引用したものだ。

日本語では、9は英語のQのように発音される)



1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。

彼は読み直したといい、それは退屈だったという。

(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)



近未来小説は退屈なものばかりだ」と彼は言う。

「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマックマッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」

1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」



オーウェルに親近感を覚えたかと尋ねた。



オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。

ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分政治好きな人間だと思うけれど、政治メッセージを誰かに向けることはない。」



はい村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治メッセージを大々的に言明している。

2009年、批判のなか彼はイスラエルエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルパレスチナについて語った。

この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本原子力行政を批判した。

彼は、福島第一は二度目の核災害だとした。

一度目はまったくの被害者としてだったが。



バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。



「僕は99パーセント小説家で1パーセント市民だ」と言う。

市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」

演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。

人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。

「これは日本にとって転機になると、日本人ほとんどが考えていると思う」

悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」



その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国モデルケースとして見ているのか、と尋ねた。



アメリカはもはやモデルケースだとは思われていないと思う」

「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」



地下鉄サリン事件阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。

地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。

彼は深さのメタファーを多用することで知られる。

登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。

(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。

彼は自分創造性も、深さとしてイメージするという。

毎日机に向かい集中力に満たされたトランス状態の中で、村上村上キャラクターになる。

それは、自らの無意識洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である



「僕は東京に住んでいる。ニューヨークロサンジェルスロンドンパリのように文明的といっていい世界だ。

 魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。

 魔法リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。

 書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」



執筆しないとき自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。

彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。

彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。

人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。

実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。

1995年サリンガス事件があったとき村上被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、

その結果を分厚い2冊組の本として出版した。

のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語翻訳された。



この会話が終わったとき村上ランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日ランニングを通して学んだ」と彼は書いている)

彼のランニングスタイル個性の延長のようだ。

身軽で、安定していて、実践的だ。

たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。

それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。

そんな言い方をした理由はすぐに分かった。

というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。

もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、

地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。

道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。

そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。

まるでどこかの村上世界にある無限階段のように。

上へ、上へ、上へ。

しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。

海ははるか下に見えた。

それは秘められた巨大な水世界日本アメリカあいだの、人が住まない世界だ。

その日見たかぎり、水面は静かだった。



そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。

大通りのサーフショップ漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。

空気は湿っていて塩のにおいがした。

私たちは並んで浜まで走った。

村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。

セミについても話をした。

何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。

私がおもに覚えているのは、村上の安定した脚のリズムだ。



走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂エアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。



数分後、庭から迷い出た変な生物が私の視界に入ってきた。

最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。

が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。

飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。

最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。

見たことがないほど変な蝶だった。

浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、

私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。

それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。



蝶が去ってまもなく、村上階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。

見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分ボトルから水を飲み、私を見上げて言った。

日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」

2011年10月21日

1 - 2 - 3

2011-08-27

通過点の町

自分が住んでいる場所は、東京都の最も端にある。

埼玉県東京都の境界に位置している。

ベッドタウンで、老人と子供づれの家族が多い。

俺はそこで生まれて27年も暮らしているけど、ここにとどまりたがる人間は少ないだろう。

この町で賑わっているのは、昼間はパチンコ屋、夜中はキャバクラ、それくらいだ。

最近キャバクラが増えて夜関係の女がたくさん行きかうようになったせいか美容室が増えた。

それから、今までクソみたいに旧型だった駅の近辺がようやく区画工事されて今風になった。

10年前にはなかったエクセルシオールができた、まあその程度。

それでも、ここにとどまろうとする奴はいないと思う。

ここで育った子供は、いつかは首都圏に通じる路線に乗ってどこかにいってしまうのだ。

残るのは老人くらいだ。

この町はもともと街道沿いの農村から始まっている。

それが町になって、市になった。

たぶん東京都内では随一の田舎だったのだ。

街道沿いだから、目端の利いた奴は車の免許をとってどこかに行ってしまう。

西武新宿線が通ってからは、やはりそいつにのって都心へ行ってしまう。

誰もが、自分の進む道を見極めて、成功切符を掴むためにどこかへ行く。

俺はどうか?10代の頃に済ましておくべき事を済まさず、目的もなく、ただこのクソみたいな通過点の町に留まっている。

しかしたらここで死ぬのかもしれない。

それを考えるととても嫌な気分になる。

でも、自分自身の能力容姿を考えればここらあたりが限界なのかもしれない。

ここが俺がギリギリ生きられるスキマなのだ、おそらくは。

かなりキツいが、もう仕方がない。

諦める時がきたんだろう。

2011-08-17

はてな

http://togetter.com/li/173305

から、そのコミュニティの異様な特性からはてな村」なんて呼ばれているが、2chが板ごとに全然違う文化があるように、サービスごとにユーザーの特性が違う。だからはてな村」というよりも「はてな郡」とよぶほうが実態に正しい。決してはてな州やはてな国でないのは、そこまでユーザーが多くないからだ。

#適宜追記修正しま

#リクエストを受けて色々追記。

はてなダイアリー

一応はてな郡の中心地。アメーバアメブロ市やライブドアライブドアブログ市やFC2FC2市に比べて人口も少なく、セレブ芸能人有名人)も少ないが、ブログ創世記から有る古都のため、技術ギーク系・ネット文化系社会科学系などで独特な文化を形成する。はてな郡の他の都市に比べやや教育レベルは高め。id:aurelianoid:Chikirinid:finalventなど一般人アルファブロガー化しやすい一方で、森見登美彦平野啓一郎博多華丸・大吉笑福亭鶴光の公式ブログがあることは意外と知られていない。著名人でここの市民っぽく振舞っているのはid:FUKAMACHIとかid:kawangoドワンゴ州知事)ぐらい。ライブドア市やFC2市と違いスラム街2chまとめブログ)や風俗街(エログ)は殆ど無いため治安は良い。ただしまれに放火魔炎上マーケティング)がいる。

はてなキーワード

はてダ市の行政区。開設当初は喧嘩暴動炎上)や落書きが頻発しはてダ市の治安悪化の原因だったが現在は割と平和Google合衆国からはてダ市への訪問者を増やしている。Wikipedia国と競合するが、教育レベルは遠く及ばない。一時期はネット用語流行最先端であったが、近年は衰退している。近年はドワンゴニコニコ大百科町とも競合する。

はてなブックマーク市。

はてな郡最大の都市で玄関口ライブドアクリップ市やヤフーブックマーク市よりも人口が多く、delicious市やGoogleブックマーク市に迫る。かつてははてダ市と同じような人口形成と文化だったが、人口の急激な流入により治安が悪化しており、教育レベルも低め。風俗街(エロホッテントリ)、スラム街2chまとめブログ)や、ゲバルト政治関連)や暴動炎上)も有り、Twitter国と同じような問題を抱えている。

はてなブックマークニュース

はてブ市の行政区はてブ市内の流行が集まりGoogleニュース市やライブドアニュース市へ繋がる。基本的に住人ははてな郡の役人はてなスタッフ)。

人力検索

はてな郡最古の都市だが、近年はYahoo知恵袋市やOKWave市への人口流出が目立ち衰退している。最近税金が安くなった(無料化)の影響かうごメモから人口流入が目立つ。

増田町

はてな郡の中ではやや特殊な位置付け。はてダ市・はてブ市のベッドタウンであるが住民が偽名・匿名で生活している。そのため人口も不明。強いて言えば2ch国に近いが、人口も少なく地区割りも曖昧で住民の傾向もバラバラ。住民は匿名が前提のはずだが、閲覧者を集める目的で敢えて実名で生活するものもいる。

ハイク

はてな郡の中ではのどかで田園風景が広がる。ここもはてダ市・はてブ市のベッドタウン絵描きイラストキーワード)や芸人ネタキーワード)やカフェ(実況)も多く、人口の割には賑やか。近年はうごメモからの若い居住者もいる。女性も多い。Twitter国と似ていると言われるが別物である

うごメモ

任天堂王国との連携京都連合)により人口が増えている村。ハイク村・人力検索町以外のはてな郡の都市への人口移動は少ない。この村だけ突出して住民の平均年齢が低い。

フォトライフ

はてダ市・ハイク村のベッドタウン写真家が多く住んでいたが、最近はもっぱらアトリエという名の倉庫街となっている。

はてなグループ

インフラが整ったオフィス街だが過疎化がすすみ空きオフィスが目立つ。オフィス街なのに村。Google Apps市と比べるまでもない。

はてなアンテナ

人力検索町と並ぶ古都で、かつてははてな郡の中心都市の一つであったが近年過疎化がすすむ。

はてなココ

ハイクから独立したハイク2村から更に分離独立した村。モバイラー向けの今風なコミュニティの割にいまいち地味な存在

モノリス商店街

住民が買ったものを並べて売る商店街モバイラー向けの今風なコミュニティの割にいまいち地味な存在

はてなアイデア自治区

はてな郡の自治体運営に唯一提言が出来る機関として設置されるが、基本的に不具合修正以外の要望はあまり通らない。

はてなポイント

はてな郡内の通貨。1P=1円だが基本的にポイントから円の両替はできない。はてな郡内での買い物や住民同士の送金に使われる。

はてなスター

はてな郡内の贈答品。基本的に黄色だが他の色のものは珍しく送ると喜ばれるが、貰ってもなにか有るわけではない。地区によって価値が違う。

はてなラボ特区

はてな郡の役人により設置された実験区。増田町も本来ここなのだが、近年は人口増加により特区的位置づけが薄れてきている。増田町以外の地域過疎化がすすむ。

大字はてなボトル

はてな郡にしては珍しくカラフルで派手な地域

大字はてなコピィ

現代芸術家コピーライターが居住。

大字はてなニュース

フリージャーナリストが居住。

廃村

はてなランド

本格的な「こどもの国」として設立されたが、治安悪化しかリアルでも)が懸念され設立からわずか2週間で廃村。はてな郡の黒歴史の一つである

RSS

アンテナ町に変わり新興住宅地として開発されたが、人口減少により廃町。

はてなワールド

セカンドライフ国に対抗すべくハイテクヴァーチャル都市として開発されたが、人口が思うように伸びずラボ特区の一時自治区格下げ。その後廃村。セカンドライフ国も規模的には市レベル(町レベル?)であるアメーバ州のアメーバピグ村は人口が増えつつある。

Rimo

Youtube国への玄関口であったが、行政機能の停止により廃村。

おまけ

2011-08-16

絶望格差

S市は大きな都市で、周辺から人口を収奪しながら今も大きくなっています。その中心部が私の生まれ故郷で、小学3年生の秋に、私の一家は郊外のH町に移りました。私の父は、そこそこ社会的成功した人で、広い庭が欲しかったらしく、彼の希望に合致する約600坪というまとまった土地たまたまH町で購入できたので、私もH町を第二の故郷にすることになりました。

H町は旧炭鉱地で、私たちが越した頃から急速にベッドタウンとしての開発が進みましたが、私がH町民になった頃はまだ開発が本格化する直前で、住民は貧しい人がたくさんいました。私が大学生になって、東京に出ていく頃には、町の人口は私が来た時の3倍になっていて、今ではH町の一部の地域は高級住宅地として知られています

引っ越した頃、私は「お高くとまっている」と言われて軽いいじめをうけました。でもそこで、正面からぶつかっていったのでかえって仲良くなって、みんなに溶け込むことが出来ました。私は他の人たちを見下していたわけではないのですが、H町の同級生の目に「お高くとまっている」ように見えたとしても無理はなかっただろうと思います男子女子ジャージを着ているような土地で、かわいらしいフリルのついた服で登校していればそれは異質感がきわだちます。私はS市では当たり前だったことをそのまま当たり前に続けていただけだったのですが、それらがすべてH町民への批判になってしまっていたのでした。

とは言っても、私もそうですし、うちの家族は基本的にだらしないというか、ずぼらな人たちなので、すぐにH町に染まってしまいました。「お屋敷みたいな家に住んでいて、どんな人たちかと思っていたら、気さくな人たちで良かったわ」とはよく言われたものです

私は学校勉強は出来たのですが、H町の子供たちの学力はS市に比べればずっとずっと劣っていました。そして意外かもしれませんが、子供たちはそれを自覚していました。なんとか頑張ろうとしている子もたくさんいて、でも、出来ない子が多すぎるので授業の進みは遅いし、家に帰っても勉強を教えてくれる人もいないし、塾とかもまだH町にはありませんでしたし、あったとしても、経済的には行けなかったりで、私が勉強を教えてあげると、「増田さんっていい人なのね」ということになって、私はすぐにクラスのまとめ役みたいになりました。

放課後には一緒に原っぱをジャージで走り回って、楽しい子供時代を過ごすことが出来ました。

でも、その頃から、町のあちこちで住宅開発が本格化して、それが本格化する直前にH町民になった私は、「原住民」の立場から町の歴史の移り変わりを眺めることになりました。ある日突然、遊び場だった山や原っぱが立ち入り禁止になって、重機が入って、造成していくのです。しばらくして瀟洒な家が立ち並ぶようになって、こぎれいな格好をした人たちが大量に「入植」してきました。

遊び場を奪われて、自分たちとかけ離れた生活をする新住民とその子供たちに、原住民子供たちが素直に好意を抱けるでしょうか?

中学の頃にはずっと新住民と原住民子供の冷たい対立がありました。大量に入ってきた新住民の子供たちは町に溶け込むこともなく、自分たちの色に塗り替えてしまいました。私はそれを原住民の立場から、でも、社会的な立場としてはむしろ新住民に近い人間として、対立や調停に巻き込まれることになりました。どちらから自分たちの側の人間だと思われて、なおかつどちらからも疎外されるような、そういう難しい立場に立たざるを得ませんでした。私の苦悩はむしろ先生たちと共有できていたと思います

新住民と原住民では利害が完全に異なるので、新住民は「出来ない子は切り捨ててどんどん授業を進めてください」と言うし、原住民教育学校に丸投げしてそのくせ自分たちの子にあわせろと主張します。先生は間に入ってかなり大変だったろうと思います

けれども年を経るごとに新住民は数的に圧倒的になって、原住民やその子供たちは自分たちのホームタウンにいながら、次第次第に切り捨てられるようになりました。高校生の頃にはもうこの種の問題は私の日常生活では見えなくなっていました。というのは、そもそも私が通っていた高校は地域ではわりあいレベルが高かったので、そもそも原住民子供ほとんどいなかったかです

小学校の頃から原住民であった同級生の多くは、今はおさだまりの底辺生活者になっていますフリーターだったり、肉体労働者だったり、18歳で子供を産んだりして、私が勉強を教えた子たちもほとんどは結局、貧困連鎖から抜け出すことは出来ませんでした。


ロンドン暴動を見ていて、なんとなく感じることがあります。あの生活費の高い都市で、高度に都市化された生活がかいまみられる状況で、決してそれには手が届かないことを知っている子供たちがどんな風に感じているのだろうと。

「頑張れば抜け出せる」

それは確かにそうなのでしょうし、そのためのアシストもあるのでしょうが日本の、一億総中流幻想があった頃でさえ、実体験から言えばやっぱり貧乏人の子の多くは貧乏人になったのでした。それがどれだけ難しいことなのか「新住民」の人たちは分かっていないと思います母親でさえ四大卒の家庭で育てられた人に、九九も満足に言えないような親に育てられることがどういうことなのか、わからないと思います

頑張らない、頑張らないことをむしろ奨励するのが貧困なのです。親や周囲を敵に回して、そういう中で子供ががんばるのは無理です

2011-02-01

http://anond.hatelabo.jp/20110201122744

ヴィトンモノグラム田舎のおばちゃんというイメージがある。

以前地方中核都市中心部から地方都市郊外ベッドタウンに移った時(どっちも田舎だろと言われたら困るけど)

普段着(適当Tシャツジーンズならまだマシ、上下スウェットのようなDQNファッションもあり)にヴィトン持ったおばちゃんを

バイパス沿いのスーパーでよく見たんだよね。本物か偽物か知らないけど。

中心部ではあまり見なかったのに。

あの印象が強すぎて一生ヴィトンモノグラムは持ちたくないと思ってしまう。

2010-12-29

http://anond.hatelabo.jp/20101229095918

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010122700728

同市は中選挙区時代の旧衆院東京7区に含まれ、いわば菅直人首相の「お膝元」。千葉県松戸市議選、茨城県議選に続く惨敗となり、党内には「このまま統一地方選を迎えれば最悪だ」(都連関係者)と悲鳴が出ている。

西東京市都心部近郊のベッドタウンで、現在衆院東京19区に含まれる。首相地元東京18区の隣で、4年前の前回市議選では、民主党候補5人全員が当選。今回は7人を擁立したが、公認候補の得票総数は前回より約1200票減った。

地方議会選でも連敗中。

2010-08-17

http://anond.hatelabo.jp/20100817230944

東京生まれ東京育ちとはくっつかなくても、千葉とか埼玉とかに住む女性結婚するんじゃないかなぁ。

実家に近からず遠からずの所に住んで、遠距離通勤ってとこじゃないかな。

朝は少し早いし、あんまり遅くまで夜の街を楽しんだり出来ないけど、ほどよく喧騒から離れたベッドタウンに安いマンションを買って慎ましやかながら平穏な日々。

当初は共働きの予定が、やっぱり専業主婦となり、小学校入学した頃に派遣パートとして社会人復帰。

田舎だから車は一家に1台必須。

安いファミリーカーを普段は主に嫁が買い物なんかに使って、休日増田の運転でジャスコに行ったり。

年に一回は海まで車で連れて行ってあげたり。

子供が1人なら大学まで出せるんじゃないかな。

どう?気分は楽になったかい?

2010-08-16

ママ同調圧力+党派攻撃バッシング」は医学トンデモを超える

http://ameblo.jp/moonsun3/entry-10618363273.html

http://b.hatena.ne.jp/entry/ameblo.jp/moonsun3/entry-10618363273.html

女性誌から考える代替医療ホメオパシー

これは良エントリなんだが、なぜか「はてなー」は当エントリ前半部分の

女性誌がホメオパシー好きな理由」の部分のみクローズアップしている。

こんなもの、「星占い」とか「血液型」とか「幸運の石の通販」とかが紙面を占める女性誌に

おいては「さもありなん」という話で、「今さら驚くに値しない」。

(勿論、問題がない、と思ってませんよ。問題大アリですが、既知の話です)

むしろ、自分が心底「恐ろしい」と感じたのは、殆どのはてなーが取り上げていない、当該エントリ後半部分。

>B氏が語った「母親コミュニティーでの、医者は信じられないし厚労省も信じられないといった意見

>について、私とのやりとりでは長くなるので割愛しましたが、

>彼はここで子宮頸ガンワクチン(HPVワクチン)接種の話をしています。

関東の大型ベッドタウンでのできごとです。

>いま小学生女の子を持つ母親の間で、HPVワクチンを打つべきか、打たないほうがよいか迷いが生じています。

母親コミュニティーで、打つか、打たないかが話題になったとき、ある母親医師厚労省から情報を集め、

>安全性と効果が確認できたので接種すると発言しました。すると、多くの母親ワクチン危険だから

>接種させないと、猛烈に反論の声を上げたというのです。

危険性の根拠はインターネット情報と「黄色いチラシ」でした。

インターネット検索すると、ホメオパシーなどの団体や個人が発信するワクチン危険論と

>HPVワクチン危険論の記述が多数飛び込んできます。ワクチンの有用性を支持する論調がかき消されているのです。

>次に「黄色いチラシ」とは黄色の紙に黒く大きく「危険」と印刷され、「接種で不妊になる」

>「ワクチンを推進していのは共産党系の団体である」と書かれているものです。

>する派の母親が、「黄色いチラシ」の出所は論調からあきらかに右翼系の団体で、危険を煽ってHPVワクチン

>問題を政治利用しようとしていると反論しました。しかし、左翼は恐いと声が上がり袋だたき状態になったそうです。

危険派の母親自然志向派の人と、自らは情報強者医療の闇を知っていると自認している人だったということです。

>余談ですがB氏は、30代は何よりもweb情報を正しいとし、それは雑誌を含むメディア以上の信頼度だと感じています。

>真偽の判定は、検索して出てきたサイトの数の多数決になっている傾向があり、同数だったとしても何かを肯定する

意見より否定する意見や、陰謀論が好みのようだと言っていました。(すべての30代がそうだという話でありません)

実は自分は、以前増田

医学リテラシー豊富はてなーはにわかに信じがたい話かもしれないが、

 はしかパーティ水疱瘡パーティは、ママネットワーク内部では、そんなに違和感なく実践されている」と投稿し、

「その中には、ママ友の同調圧力によって、内心疑問に感じながらも参加している母親もいるのでは?」と投稿した。

http://anond.hatelabo.jp/20100715105846

この投稿をした際、自分は「可能性としては、ママ同調圧力なんてのもあるの『かもしれない』(ないかもしれない)」

ということで投稿した次第。

実際のママ同調圧力現場を見聞きした訳ではないし、願望としては「そのような同調圧力存在しないで欲しい」と願っていた。

しかし、仮に先述のブログのB氏の発言が正しいとすれば、HPVワクチン接種の現場では、

ママ友の同調圧力によって、「本来科学リテラシーが高い側が、バッシングを受け、接種を断念せざるを得なくなっている」

という最悪の状況になっている。

しかも、「お前は新日本婦人の会系・共産党系だ」というネトウヨ的陰湿な党派攻撃で以って。

ホメオパシー新生児ビタミンK2欠乏問題は、こういう言い方しては何だが、

助産師の実態を調べて、自宅出産回避すれば防げ得たかもしれない話である。

もっと冷酷に言えば「自らの科学リテラシーを高めることで、防ぎえた」

しかし、今回のHPVワクチン問題は、たとえ自身の科学リテラシーを高めても、

それとは全く無関係な党派性(というより陰謀論)で以って、子女の接種機会を奪われる、という由々しき事態である。

私見だが、朝日新聞は、新生児ビタミンK2欠乏問題より先に、

一部右翼勢力が仕掛けた同調バッシングによって、接種機会が失われてしまうというHPVワクチン問題こそ先に特集すべきでは?

2010-07-11

1週間くらい前に見た増田が消えてたのでEvernoteにあったやつからうp

レイアウトとか行が前と違うかもしれないけど文章はそのまま。

増田だからといって消してごまかせると思ったら大間違い。



http://anond.hatelabo.jp/20100627204354  

うちの祖母がボケ介護施設に入ったのは2年前。

それまで老人というものをひとくくりにして見てきたが、

病院老人ホームに入った老人はまさに負け犬のような余生を強いられることが分かった。

これがゆえに老人はどこまでいっても社会福祉に満足することないのだということもわかった。

まず、老人が圧倒的に優遇されている。これは事実だ。

社会福祉制度のおかげで医療費での優遇はハンパない

高齢者医療制度等のおかげでそもそも医療費は9割が国負担だ。

(一般の国民も7割は国負担だが、そもそも一般人はそんなに利用しない)

他にも色々な補助があり、

この間脳の手術を行った際には、なんと220万円の手術費のうち、

祖母の負担はわずかに(といっても多いけど)9万円だった。

若者年収200万という時代になんともぜいたくな話である。

この制度がなければ祖母は手術を受けられずに死んでいただろうから

私たちにとってはありがたかったが、そのせいで金がいきわたらない人がいるのも事実だ。 

我が国の老人は実に自分勝手教育がいき届いていない人が多い。

暇つぶし感覚で」「国民税金をじゃぶじゃぶ使って」「何の罪悪感もなく」「頻繁に」医療制度を使用する。

田舎はどうか知らないが、中途半端ベッドタウンだと本当にひどい。

ジジババどもをできる限り死ぬ直前まで医者から遠ざける為の

ビジネス宗教にはどんどん税金を使って援助をしても良いと思うくらいだ。

この「行きすぎた」保証と「老人たちのアホみたいな浪費」が何をもたらすか。

老人にできる限りこの制度を使わせたくない、という発想だ。当たり前ですね。

そうはいっても元気で暇を持て余している老人たちは医者に通うのをやめない。

じゃあどこを削るか。

老人ホーム介護施設に入った老人」の医療費を削るのだ。

祖父は自宅で脳卒中で死んだ。医者にはかからなかった。

祖母は気丈だからか医者嫌いだからか、民間医療の信奉者だったからか、

とにかく今まで全く医者を利用しなかった。国にとってはありがたい老人だと言える。

その老人が、いざボケてしまい、介護が必要になったとき、

介護老人ホーム彼女(とつきそいの私)に対して何を言ったか。

 「ホームの許可なく医者に診療をうけに言ったら即出て行ってもらいます」

最初は彼らの態度にブチ切れたが、話を聞くたびに印象も変わってきた。

調べてみると、老人ホーム側も国の締め付けがきつくて、

できる限り老人たちに医療行為を受けさせるな、さもないと認可が・・・と脅しを受けているようだ。

要するに「声のでかい暇な老人」の声は怖いからご機嫌をうかがうが、

ボケてまともに活動できない老人」については徹底的に締めつけてもかまわんというわけだ。

で、いざ問題が起きても責任は全部介護ホーム。

マスコミ報道についても

「明らかに偏向報道だ」「まるで見せしめのようだ」とホームの人間が言っていた。

どうせ印象の悪い介護ホームが何を言っても誰も信じないぞ、と。

お前たちは国の政策に従ってせいぜいボケ老人を預かっていればよいんだ、と。

そう言ってるように感じたのだと。

詳しくは省くがつまりこういうことらしい。

老人たちは、健康なうちは時間ゆとりもあるし、社会福祉も充実している。

30年前に政府約束した通りの充実した老後がある。

しかし、一度ボケたり病気になって入院したりすると、とたんに立場が弱くなり虫けらのように扱われる。

自分人生は何だったのか」とか「まるで姥捨て山だ」と嘆きながら死を迎えることを強制される。

これが、戦後高度経済成長を支えてきた自負からか妙にプライドの高い老人たちには耐えがたい。

自分たちの死がこんなに安っぽいものでよいのか、と恐怖すら感じる。

だから、老人たちは、ちょっとの健康不安も見逃すことができない。不摂生のせいであ地獄に落ちるのはいやだ、と。

ボケないように常にコミュニケーションをとる相手を求める。ボケたら人生終わりだ、と。

いざというときのために頼れるのは金だけで、だから手放すこともできない。金の切れ目が人生の終わりだ、と。

より一層の社会福祉の充実を求める。彼らはただみじめな死を避けたいだけなのだ。

過剰なところは削ってもいいから、一番大事なところでもっと安心させてほしいと願って。

その意味で、彼らの必死な行動には多少同情もする。

というよりも、彼らが人の話さえ聴く耳を持っていれば、協力して日本は何とかできると思う。

しかし、彼らは哀しいほど学がない。涙が出るほど現状認識能力がない。

私からしたらボケていなくてもボケ同然である。田舎根性のせいか、長い社畜生活のせいか、

彼らは自分の主張をロクに整理もできない。自分の頭でモノを考えない。

ただ不満や恐怖だけがあって、それをマスコミや周りの人間意見に踊らされて喚き散らす。

そのくせなぜか息子たちは年長者である自分たちの言うことに従え、とか言う。

本当に彼らは、戦争中も戦争後も、労働面や生活では苦労はしたのだろうが

頭を使わずに生きていける幸せな時代に生きてきたのだなぁ、と笑ってしまう。

 

 

この国は、老人に安心を与えて自主的に金を出させるか、

逆に老人から金をだまし取ることでしか生き延びることはできないのではないか。

ただ思うに、私は老人たちが大嫌いだ。

どうみても害悪でしかないのに純粋な善人気取り被害者気取りというのが許せない。

この2年間、老人ホームに通い続けて思ったのは彼らに生きている価値はあまりないということである。

そう思われたくなかったら、彼らには「過去の栄光話」とか「年長者を敬え」みたいな

あほな話ばっかりして迷惑をかけながら汚く生き延びるのではなく何か尊いものを見せてくれ。

ああでも、彼らも国を今まで信じて支えてきたのは事実だ。

彼らがいなければ私たちはいなかった。

ああもうどうしたらいいんだ、全く分からない。


追加 ちなみに私は40過ぎのオッサンですので、

この記事のせいで若者たたきをするのはやめてあげてください。

2010-03-15

阿久根市長と市民感情

阿久根市関係のニュースが昨日の新聞に載ってたので、ちょっと書いてみる。

市長障害者切り捨て容認発言は、はてなでも取り上げられて大炎上を起こした。もちろん常識的に頭で考えればとうてい容認できるような内容ではなく、私も何言ってんだこいつは、と思ったんだけれど、そんな市長が強く支持されているのには感情的な理由があると思う。

それは、阿久根市鹿児島県内でも切り捨てられていると住民が感じても仕方がないような状況だから。

それを象徴するような出来事のひとつに、九州新幹線開業がある。地図を見てもらえればわかるように、旧鹿児島本線は南から

鹿児島-(薩摩)川内-阿久根-出水

の順番で並んでいる。過疎化が進んでいるとはいえ、それでも限界集落だらけの県内では都市部であり、かつては博多からの特急つばめも停車している駅だった。

しかし、九州新幹線開業によって状況は一変した。阿久根市には新幹線が通らず、川内から出水直行するコースをとった上に、採算のとれない川内以北は肥薩おれんじ鉄道として分離されてしまった。新幹線の通った鹿児島市には篤姫効果も重なって観光客が大きく増え、川内出水にも鹿児島市に対する一種のベッドタウンという役割が生まれた。一方、収益のとれる路線はJR九州に残され鹿児島市出資していないこともあり、阿久根市民に与えられたのは膨大な財政負担と割高な料金、快速しか止まらない不便な駅だけ。

開業前からこのようなデメリットを指摘する声も無くはなかったものの、建設を推進する鹿児島県・市の大きな声にかき消されて県内マスコミなどでも大きく取り上げられることはなかった。ほとんど黙殺されていたといっても過言ではない。

過疎化で、経済的には負担だからということで切り捨てられている、と感じている人たちが、自分で働いて稼ぐことのできない障害者は切り捨てられても仕方がないという意見同調してしまうのは何も不思議な話ではないと思う。

2010-01-23

http://anond.hatelabo.jp/20100123213359

東京のとあるベッドタウン。俺は引っ越してから地元とは仲良くしておきたいと思っていたので、飲み会とかよく行っていたし、アパートに人が来たこともしばしばありました。いつしか同人作家であることは周知の事実になっていたし、それは別に恥ずべきだとは思わなかったですね(死ぬまでダマテンすべきだったと言われたらそうだったかも知れない)。だが、私生活に色々言われるようになると、さすがにウザイんですよ。

話を元に戻すと、あなたは別に私の私生活に文句をつけないかも知れませんが、私の経験では、恋愛しろという人は他人の私生活破壊しようとします。だって彼らは世間一般の人で、彼らがそういうのなら世間一般はそうなんだろうとしか思えない訳ですね。

2009-10-27

子供手当てのバラマキよりも幼稚園建てて待機児童問題を解消しろ

っていう意見をこないだ聞いたがこれは違うと思う。

待機児童がいるからと、公立の幼稚園の数を増やしても、

立地条件やコストの問題で必ずしも待機児童の分布と一致するようにはならない。

そもそも待機児童がいる地域は、都市部ベッドタウンが多く、新たに立地を選定して

用地を取得し、工事をしていたら、待機児童はそのまま小学生になってしまう。


だが、親の側に金が回れば待機児童解消の手段が増える。

親に金銭的な余裕が出来れば私立の幼稚園ビジネスに出来るし、

子供が複数いる家庭ならば、ベビーシッターを雇ってついでに家事もやってもらえばいい。

いちいち国や自治体が施設を建てるよりも、民間が全部やってくれたほうが簡単じゃないか。


蛇足になるが、今の日本は、教育コストが高すぎる。

自力で宿題もできない小学生小学校の問題も解けない中学生

中学校の問題も解けない高校生、高校の問題すら解けない大学生が多すぎる。

そのくせ、皆こぞって塾に行かせたり、大学に入れたりするから高コストなのだ。

高卒専門学校卒をもっと一般化させて、大卒以上の資格を与える人間を絞ればいいと思う。

2009-10-22

http://anond.hatelabo.jp/20091020194015

逆だよ。都心はむしろ保育園に空きがある。郊外ベッドタウンのほうが待機児童が多いんだ。ああいうところのマンション買う層って30代前半で小さい子どもがいる家だから仕方ないけど。相当山奥まで行かないと首都圏保育園に余裕がある街ってないんじゃないかな。

2009-10-05

http://anond.hatelabo.jp/20091003030504

ここで言われてる田舎って大都市近辺のベッドタウンみたいなのを想定してるのではと思えてきた

まあ、田舎が閉鎖的なのは否定しないけどね

2009-09-26

中途半端ベッドタウンの近くの職場に配属された。

週末に近所のショッピングモールに行くと最早幼稚園状態。

やかましすぎるのでとっとと買い物を済ませて逃げ帰る。

とっとと本社周辺の都市部に戻りたい‥

もしくは過疎化してる地元に帰りたい‥

2009-09-24

http://anond.hatelabo.jp/20090924131119

学校で習う地理では三重県近畿地方に分類されてるけど

そんな地図あったっけ?

兵庫育ちの25歳だけど、小・中・高と三重県中部地方だったし、近畿は2府4県だろう。

もっとも、ここ10年ぐらいはテレビ天気予報なんかで関西広域圏として三重も取り込まれてる感はあるけど。

あと、亀山以北は名古屋圏、名張近鉄大阪線経由で大阪ベッドタウン、それ以南はよくわからんってのは同意。

2009-07-23

頭金ゼロ住宅購入・・・の恐怖

http://anond.hatelabo.jp/20090721233850

元増田です。

増田で箸にも棒にもひっかからないようなエントリーを書き始めたのが5日ほど前。

思いのほかブックマークされててビビってます。

トラバにあるリセールバリューについては、その通りかなぁと思う。最初は下落率の低い都内の中古マンションを探していたのだけど。都内で子育てしていくのは、どうプランニングしても我が家の所得では厳しいという結論に至り、断念した。学級崩壊非行を考えたとき、小学校から私立に入れる以外に選択肢がなかったりする。

30歳以上で頭金ゼロの極端な例

10年来の先輩 (43歳 戸建 3500万)

去年購入したらしい。頭金ゼロ。35年ローン 月額8万/ボーナス36万。完済時 79 歳の予定。

可処分所得は約 600 万。中高生子供が二人いる。そして今年の夏。業績不振を理由に彼のボーナスは全額カットされてしまった。彼個人のヘソクリも献上することになったという。一応、カットになるのは今回の夏のボーナスだけという話だが、冬のボーナスまでカットされれば、かなり厳しいだろう。

2年後には固定資産税の優遇も終わる(現在の2倍に跳ね上がる)し、長男くんが大学に入る予定だ。そして彼が大学卒業する頃には、次男くんが大学へ。学費だけ考えても、人生設計の中でも最大級の支出増が8年間続くことになる。

会社が基本給を下げるということは、そう簡単にはできない。しかし、残業カットや賞与カットは比較的簡単に実施されるものとして計算しておくほうがよいように思う。特に労組のない中小企業などでは、おそろしく簡単に実行される。それを踏まえて、基本給ベースで返済を考えることが大事だと思う。ボーナスはあてにしない。あてにしていなかったボーナスたまたま支給されたら繰上返済する。


実父(当時48歳 マンション3500万 頭金300万)

14年ほど前のお話。頭金は300万ほどなので、正確にはゼロではないのだが、35年ローンで3200万円借り入れをした。月額6.3万、ボーナス38万。大阪市のお隣の市。いわゆるベッドタウンで、地下鉄が近くまで来ると言われていた物件だった。(そして結局来なかったw)

親父の当時の可処分所得は750万ほど。余裕でやっていける予定だったのだが、家を買って2年ほどして親父は突如として失踪した。捜索願いを出して、1週間ほど経過した頃、山口県ビジネスホテルに停めていた車のナンバーから身元が割れた。警察に連れられて帰ってきた父は、ほどなくして自主退職した。

1年ほど失業手当を貰いつつ、職探しをした。50過ぎて再就職したが、可処分所得は250万。一気に1/3にまで落ちた。

月額 6.3万を支払うことはできたが、ボーナス払いの40万がどうにもならない。自己破産を何度か勧めたが、結局、親戚などから借りて返済を続けていたようだ。当時大学生だった俺は、学費を自分で払うことになった。最初はキツかったけど、そのうち自分の学費ぐらい自分で稼いで当たり前に思うようになった。

5年前。母が大腸ガンで亡くなった。57歳だった。平均寿命よりはずいぶんと短かった彼女の命と、無理なローンの支払いを何年も続けてきたことは無関係ではないだろう。

今年に入って、親父の勤める会社がかなり危険な状態に陥り、まともに月給を払ってもらえなくなった。当然、ローンを支払うこともできなくなり、そのまま半年が経過した。祖母の四十九日を終えたその日、金融機関からの最期通告を突然見せられてギョッとした。

購入時3500万だったこのマンション現在の評価額は1300万。残債は2000万以上あるため、いま処分しようとすると 700万ショートしてしまう。どう考えても自己破産するしかないと思い、父にもやんわりとそれを伝えたのだが。。。結局、金融機関との話し合いの中で、リスケすることになってしまった。そもそもローンを組んだ段階で完済する年齢は83歳だ。この時点で平均寿命を超えているというのに、更に保証料を上乗せして、93歳までローンを伸ばそうということになったらしい。無茶苦茶な話だが、金融機関としては自己破産されるよりはマシということだろう。保証会社的にはどうなんだろうか?

月額8万。これなら今の父の給与でも、なんとか支払っていける・・・が、それでも老後のことを考えると、自己破産して月額4~5万で住める単身のアパートにでも移って、差額を老後資金として貯蓄したほうがよいのではないかと感じる。その一方で、母との思い出が残るあの家を残したいという、父親の気持ちもわからなくもない自分がいる。いつかは一緒に暮らすつもりではいるので、なるべく早く引き払ってもらいたくはあるのだが。


結論

10年来の先輩の所得はそれほど低いとは思えないのだが、ボーナスカットされただけでかなり厳しい状況に立たされてしまった。人生で最もカネのかかる時期を迎える直前に住宅購入に踏み切ったのも、その計画性を疑わざるを得ない。

親父もそれほど所得が低いわけではなかったが、両親ともに家計運用管理する能力が極めて低かったが故に、頭金を300万しか用意することができなかった。その上、ローン開始後わずか2年で失業し、再就職するも可処分所得が1/3に。金融機関にリスケしてもらい、現在も何とか支払い続けてはいるものの、実情としてはとっくに破綻している。

以上を踏まえて、30歳以上、頭金ゼロでそれでも3500万程度の住宅を購入したいなら・・・。

  • 賞与、残業手当を除いた基本給だけでも十分返済可能なプランニングをする
  • 失業を想定して、再就職までの間、生活できるだけの貯蓄をまず確保する(これは最低ライン)

この2点をおさえた上で、世帯の可処分所得から出費を引いた額(キャッシュフロー)が250万ぐらいはあることが望ましいのではないかと思われる。平均的な給与だとしても、DINKSで倹しい生活を送るようにすれば十分に可能な額だと思う。(その場合、4年我慢して1000万貯めた方がより安全だし、支払総額も減らすことができる)

もしくは、お金を持ってるパートナーを探す方が手っ取り早いかもしれない。

2009-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20090530053301

中部圏の地方都市で30万人っていうと、愛知県春日井市三重県津市とかだらぁ。

これをもとに、どんな状況か書いてみる。まず、愛知県人口は、750万人で、うち名古屋市が突出して225万人。続いて、豊田45万人、豊橋37万人、岡崎37万人、一宮36万人、春日井30万人、ってな具合だ。


愛知県春日井市(70年代からの名古屋ベッドタウン、老人多し)

駅前は、夜になるとさみしい状況。住民の普段の足は、自動車自転車くらいか。駅前もこれといって何もないし、スタバとかもない。コメダは近くにあったかな。いずれにしても、ちょっと距離がある。


三重県津市(県庁所在地)

駅前は、ちょこっと商店街ぽいのがあるが、あまり活発な感じはない。だべる場所とかもない。

..


あ、やっぱし、うまく説明できないけど、スタバとかドトールとか、マックファミレスで長時間勉強したりするのはないわ。移動はクルマになるし、自転車移動して、よそで長時間占有ってのも迷惑な話で。勉強するなら図書館やろ。地方図書館もどえりゃぁとは、いいおらんけど、すいとる。


それこそ、春日井図書館もよく通ったが、コメダで長時間占有して、勉強するとかいうのもなかったな。それ、迷惑ですから!

2009-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20090419175359

例えば千葉埼玉辺りのベッドタウンで一軒家60坪のところに住んでると。4人家族です。2階建てですと。

家が30坪として、2階建てなんで単純に2倍の60坪。庭も居住スペースとすると建物60坪+庭30坪で90坪。これを4人で割ると一人当たり約22坪。

2坪はおまけして1人20坪。

東京都人口1300万と、周辺ベッドタウン人口から都内へ通勤通学してる人さらには専業主婦で本来千葉埼玉から出ないような人も一緒に住むとして、その算出は首都圏人口3400万のうち2700万人が該当するとする(根拠はカンです)。

2700万人が20坪ずつ確保する(一律その割当じゃなくて、ワンルームでいい独身者もいるだろうし、一戸建てのように住みたい家族もいるだろうし、金持ちで広く取りたい人もいるだろうから、あくまで平均値としての20坪)としたら、東京との面積は665961025坪なので、20で割ると33298051人が一階に住めることになる。

ということは計算上、東京都のすべてを居住地とすれば9階建てにみんな住めることになるわけだけど、これは道路公園商業地工業地皇居も入ってないから、まあ商業地公園皇居もこの際高層化してもらって幅は取らないとしても2/3は居住面積以外に使われるとしたら、9階建てに住めるはずが22.5階建てに住まなくてはならなくなる。

あれ、22.5階なら意外と現実的な高層ビルみたいな感じもしてきたぞ、、、。まったくナシではないよね。ただまあエレベーターの移動はうっとうしいだろうけどね。

まあ満員電車に比べたら遥かにマシか。

満員電車撲滅案の一つとして今俺の中にしっかり刻まれた。東京高層化計画。

http://anond.hatelabo.jp/20090419150554

現実的じゃないってのは過激ってことだと思うんだけど、そのくらい過激なことをやらんともう動かんと思うよ。この世界は。

そのことによって損する人、得する人、色々出てくる。でもそれも時代の変わり目の犠牲者なんだよね。仕方がない。

都内の土地を高税率にするのもいいけど、それは実際には土地価格の高騰という形で出てきてる。

その結果がドーナツ化現象で、周辺のベッドタウン化。都内にはとても住めないからね。

これは人を分散させる第1段階としてはまあまあ良かった。

でも結局人々はそのベッドタウンから満員電車にぎゅうぎゅうに押し込められて都内へ通ってるんでさ。

もしやるんならベッドタウンにすらあり得ないほどの高税率をかけて、さらに外へ分散させるくらいは必要よ。第2段階。新しい時代の「国土の均衡ある発展」が。

2009-03-09

http://anond.hatelabo.jp/20090309173605

はいはい横から。

公務員(というか市町村職員)の業界では比較というと

多くの場合は人口輪切りで行われたりする。

A市は人口15万なので、人口の似通った団体を

いくつか類型団体としてあげるようなことが行われる。

現実的にはそれくらいしか切り口がないというのが事実

公共セクターに勤めて、そいで各地に出張で行くと

大きく違うって事がわかる。

当たり前なんだけど地理的条件・歴史的条件とかで

同じ人口であっても異なってくるわけだ。

たとえば隣に大都市があるためにベッドタウンになって

人口の割に個人商店とか壊滅してるような町もあるし

離島なんかに行くと人口規模が小さくても、商店が充実してたりする

(同じ規模の町であったとしてね)

産業構造とかも当然大きく異なる。



都市と対比するために地方という概念を置くのは仕方がないけど

地方は地方でかなり色々違うもんだと。

2009-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20090213213404

千葉埼玉あたりのベッドタウンに住んで、早起きして満員電車に押し込められて通勤しろ。

普通の人はみんなそれをやっている。それで家賃はうんと下がる。

2009-02-07

公務員ってロクでもない。

人づてに聞いた話。

Aさんは学校事務員で、Aさんの夫は市役所勤め。

夫婦ともに公務員の家庭である。

Aさんが住んでいるのは、とある工業地帯近くのベッドタウンだ。

主に、自動車工場に勤める人達とその家族が住んでいる。

今の経済状況のため、ベッドタウン人達の大半は生活が苦しい。

Aさんの夫は車(10年以上乗っていて、ちょうど車検の時期がきていた)の買い替えを考えていた。

Aさんの近所の人は、Aさんによく「おたくはいいですよね、お二人とも公務員だから」と言っていた。

あまりにもよく言われるために、Aさんは夫に車の買い替えをやめるよう促した。

買い替えてしまったら今よりもっと非難の目で見られるに違いないからだ。


好景気の時には「公務員やってるなんてバカじゃないの?」と言われ、

不景気の時には「公務員だけ給料がいいなんてズルイ!」と言われる。

職業によって状況は違うにも関わらず、「公務員」でひと括りにされてしまう。

本当、公務員ってロクでもない。

2009-01-27

通ってる大学の近くに住んでるんだが、近隣都市ベッドタウンなのでほぼ住宅地

そういう土地だからなんだろうけど、今日ちょっとすごいもの見た。



今日午後2時くらいに、今年卒業してしまう後輩と大学の近くのファミレスに行ったら、お茶してる主婦っぽい女性たちでいっぱいだったのだ。

けっこう広いファミレスなのに、数席しか空いて無くて、座ってる客の9割が女。

30人以上居たんじゃなかろうか。

あまりの光景に、ちょっと唖然とした。

何かの集まりの後で集団で来てたとかじゃないっぽい。

年代は20代から50代くらい。大体が2~4人でいて、ケーキパフェドリンクバーを注文して、くっちゃべってる。

自分と後輩は1時間くらい居たけど、俺らが帰るまで誰も出て行かなかったw

おそらく3時間とか余裕でいるんだろう。

ドリンクバーのあるファミレスは、近所にあといくつかあるけど、どこもこんな感じなのだろう。

夕ご飯時しかファミレス入ったこと無かったから、今日初めてそんな光景を見た。すごいなしかし。



日本平和だな、と思いました。アレ? 作文?

- 転職ならen
- 派遣ならen
2ページ中1ページ目を表示(合計:40件)