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はてなキーワード: プレーヤーとは

2024-04-11

 社会参画に至る通過儀礼としての自傷特に思春期女性について、ボカロ歌詞ラビットホールやら、人間なんか大嫌いやら、からふと想起する。

 私が自分容姿卑下トラウマトラウマと風聴するのは、ルッキズムジェンダーバイアスに対するシニシズムである、と自己分析していたが、どちらかというとニヒリズム的かもしれないと最近思う。女性男性非対称性に嫌気が差し、弱みを見せる女性モテて弱音を吐く男性モテない古い世界を転換させたいという価値観への承認欲求他者への不信感・不満が、この態度の根源ではありつつも、さして世は変わらないと感じながらも年老いても自傷的に耽るのは、自らの社会性への価値毀損を厭わない虚無的な諦念所以である、と最近思った。

 今の自分ツイ垢沈黙たる自傷的な行動に対する幼稚さ、メカニズム普遍的欲求について類推思索に耽る。自己価値曖昧さや不安による試し行動は思春期的であり、これに私は虚無主義的に該当しないところである。寂しいからかまって、という凡な気持ちはもちろんあるが、最もはイベントに対する愛である公式が今までありがとうも何もなく次のイベントの告知しかせず、蔑ろに感じた憤り、過去への執着だ。そこに対して付加的なイベントたる自傷を作ることで、イベントのものへの関心と尊さをアピールしたい、というところか。ウェルテル効果が近しいか。そう考えると、面白みもないね

 ありがとうスプラトゥーン1。初めてのネトゲ。初めての交流、初めての彼女ブラック企業退職から、全国の顔も見知らぬ友人を巡礼する旅。出会った人たちには様々な背景があり、半グレに手切れ金渡したことも。そんな人たちと甲子園に出て、思い出を作った。

 最後に潜った。ナワバリには誰もきてくれなかった。ガチマでは有名プレーヤーとよくよくマッチした。うまく立ち回れずもやもやした。だんだん酔ってしまい、リタイア。昔はフェス丸一日プレイしたのにね。

 ……なんだこれ。婆やの死に目よりも涙出てきた。別れたくない。

 別れたくない。

2024-04-06

EVについて議論するのがよくわからない

EVからって目的地に早く到着できるわけじゃないし、なんか生活変わるの?

スマホのおかげでポータブル音楽プレーヤーデジカメ駆逐されたみたいな生活の変化あるんかな?

5Gで世界はこう変わるみたいな話みたいに、充電インフラが整備されたらなんか生活変わるの?

ガソリン車では月に1回給油してた人が、車検の時に充電すれば2年くらいノーメンテで乗れる的なわけじゃないんでしょ?

二酸化炭素問題はわかるんだけどさ、消費者に訴えてくるようなやつがもっとこうないわけ?

追記

トラックバックブックマークコメントを読むと、家で充電できればちょい乗りには便利、排ガス蓄電池として利用、加速等の運転性能あたりが利点らしい。

目新しいネタがないな。

もっとこうないの?」ってのはさ、スマホ的なイノベーションがないのか?って聞いてるの。4輪車をモーターで動かしたら、すごいことになんかないの?

個室浴場と接待を合体させたらソープランド爆誕みたいなやつってないわけ?

ガソリンで走る車が電気で走るようになったとかより、車にエアコンがついたとか、パワーステアリングがついたとかの方がらよっぽど画期的じゃねーかなと。

あんま興味ない人からすると、3Dテレビみたいな感じ。3D元年とかもてはやしたけど、モノクロからカラーになったのに比べればみたいな。

そんなんよりデカテレビがうれしいよ。

トラバブコメで唯一、アリかなと思ったのは、蓄電池としての利用くらいかな。

太陽光で発電してBEVに蓄電、そんで夜は蓄電池生活、最高じゃないっすか!

でもさあ、昼間に車で出ちゃったら蓄電できないし、夜に蓄電を使い切ったら車として乗れないじゃないと思うんだけど。

まあ、夜使った残りでも街乗りくらいできるのかもしれない。都民は車所有者でも1日に10kmも乗ってないっていうからアリなのかな?とか考えたけど、じゃあ、車所有しないで自転車生活したほうがエコだと思うんだよね。

EV推進派、なんか嘘臭いんだよ。

ガソリンスタンドに行かなくてよくなるとか言われてもね、時計マニアに「自動巻きだから電池交換不要」って言われてるような感じ。

加速が凄いとか、振動がすくないとかも、「このオメガは水深何メートルでも使えて」みたいな自慢聞いてるような感じ。

都市に住む車を必要としない生活をしてる金持ちが、無知田舎民をバカにしてるような感じで、どうも胡散臭い

スティーブ・ジョブズなら、いまのようなEV(電気自動車)の状況に魔法をかけていっきに天下を取る

なんだってそうだった。

コンピュータ携帯する音楽プレーヤー携帯するコンピュータも。

もっと普及するはずなのに何か行き詰まりを迎えてしまった新しい技術に「特別魔法」をかけることで天下をとってきた。

彼はそういう人だった。

2024-04-01

スタンスミスレスポールも超スタンダード製品なのにシグネチャーモデルっていうのがなんか不思議気持ちになる。プレーヤーの方はそこまで有名でもないし。

アジョーダンマイケルジョーダンの方も超有名だからしっかり名プレーヤーの名を冠したモデルって感じがするし、それでいて長きに渡って人気を博してるのが凄えなって思う。

2024-03-29

anond:20240329114954

Steamチャートだと今でもCSGOの次にプレーヤー人口いる

1日のピーク60万人くらいだから全盛期の数百万人と比べたら大分減ったけど

2024-03-28

発電機 - 産業規模、動向レポート洞察分析、2024-2036年予測

発電機市場規模

発電機市場収益2023年に約280億米ドルに達した。さらに、当社の発電機市場インサイトでは、予測間中に年平均成長率約6.5%で市場が成長し、2036年には約595億米ドル金額に達する見込みであるとしています

発電機市場分析

発電機は、機械エネルギーを外部回路で使用するための電気エネルギーに変換するツールである停電時にも電力を供給できるため、日々の活動業務が中断されることがなく、有益機器である発電機には、さまざまな用途に応じた電気的および物理的な構成があります

このレポート無料サンプルはこちから請求いただけますhttps://www.sdki.jp/sample-request-87247

課題

発電機運転中に有害なガスを排出することが多く、環境に深刻な影響を与えます。そのため、排出に関する政府規制が厳しく、予測間中市場成長の妨げになると予想される。

発電機市場地域概要

地域別では、アジア太平洋地域が今後10年間、発電機市場にとって最も有利で有利な機会を提供すると予想される。現在進行中の様々なインフラプロジェクトが、予測間中の同地域市場の成長を促進するだろう。例えば中国では、新規建設契約2021年には10%以上、2022年には15%以上増加している。高出力発電機は、建設現場で一般的使用される大型機械に電力を供給するために使用される。そのため、国家開発計画を加速させるためのさまざまなインフラプロジェクトへの投資が増加すれば、この地域発電機市場繁栄する絶大な機会がもたらされる可能性がある。

調査レポート全文はこちら: https://www.sdki.jp/reports/generator-market-research/87247

発電機市場セグメント

当社は、発電機市場に関連するさまざまなセグメントにおける需要と機会を説明するための調査実施した。タイプ、燃料タイプ、電力、設置、用途エンドユーザーに基づいて市場をセグメント化した。

燃料タイプに基づき、発電機市場調査ディーゼル、ガス、その他に区分される。このうち、ディーゼル発電機2022年に圧倒的な市場シェアを占め、予測間中もその優位性を維持し、2036年までに市場収益の約53%に寄与すると予測されている。. この成長は主に、ディーゼル発電機用途に広く使用されているためであるディーゼル発電機は、メンテナンスコストの削減、効率の向上、信頼性の高い運転など、幅広い利点があるため、産業用および商業用に使用されている。さらに、ディーゼル発電機寿命が長く、過負荷がかからず力率が80~100%の範囲にある場合効率的に動作する。このような要因が、予測間中のこのセグメントの成長を促進すると予想される。

競争環境

世界発電機市場の主要プレーヤーには、Cummins Inc.、Caterpillar、Generac Power System Inc.、Rolls-Royce PlcAtlas Copco ABなどが含まれる。また、日本市場の上位5社は、本田技研工業、澤藤電機、三菱電機であるLtd.、澤藤電機株式会社三菱重工業株式会社日本市場の上位5社は、本田技研工業、澤藤電機、三菱重工業ヤンマーホールディングス日立パワーソリューションである日本市場の上位5社は、本田技研工業、澤藤電機、三菱重工業ヤンマーホールディングス日立パワーソリューションズなどであるLtd.などである。本調査には、世界発電機市場におけるこれら主要プレイヤーの詳細な競合分析企業プロフィール、最新動向、主要市場戦略が含まれている。

出典: SDKI Inc.公式サイト

発電機 - 産業規模、動向レポート洞察分析、2024-2036年予測

発電機市場規模

発電機市場収益2023年に約280億米ドルに達した。さらに、当社の発電機市場インサイトでは、予測間中に年平均成長率約6.5%で市場が成長し、2036年には約595億米ドル金額に達する見込みであるとしています

発電機市場分析

発電機は、機械エネルギーを外部回路で使用するための電気エネルギーに変換するツールである停電時にも電力を供給できるため、日々の活動業務が中断されることがなく、有益機器である発電機には、さまざまな用途に応じた電気的および物理的な構成があります

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課題

発電機運転中に有害なガスを排出することが多く、環境に深刻な影響を与えます。そのため、排出に関する政府規制が厳しく、予測間中市場成長の妨げになると予想される。

発電機市場地域概要

地域別では、アジア太平洋地域が今後10年間、発電機市場にとって最も有利で有利な機会を提供すると予想される。現在進行中の様々なインフラプロジェクトが、予測間中の同地域市場の成長を促進するだろう。例えば中国では、新規建設契約2021年には10%以上、2022年には15%以上増加している。高出力発電機は、建設現場で一般的使用される大型機械に電力を供給するために使用される。そのため、国家開発計画を加速させるためのさまざまなインフラプロジェクトへの投資が増加すれば、この地域発電機市場繁栄する絶大な機会がもたらされる可能性がある。

調査レポート全文はこちら: https://www.sdki.jp/reports/generator-market-research/87247

発電機市場セグメント

当社は、発電機市場に関連するさまざまなセグメントにおける需要と機会を説明するための調査実施した。タイプ、燃料タイプ、電力、設置、用途エンドユーザーに基づいて市場をセグメント化した。

燃料タイプに基づき、発電機市場調査ディーゼル、ガス、その他に区分される。このうち、ディーゼル発電機2022年に圧倒的な市場シェアを占め、予測間中もその優位性を維持し、2036年までに市場収益の約53%に寄与すると予測されている。. この成長は主に、ディーゼル発電機用途に広く使用されているためであるディーゼル発電機は、メンテナンスコストの削減、効率の向上、信頼性の高い運転など、幅広い利点があるため、産業用および商業用に使用されている。さらに、ディーゼル発電機寿命が長く、過負荷がかからず力率が80~100%の範囲にある場合効率的に動作する。このような要因が、予測間中のこのセグメントの成長を促進すると予想される。

競争環境

世界発電機市場の主要プレーヤーには、Cummins Inc.、Caterpillar、Generac Power System Inc.、Rolls-Royce PlcAtlas Copco ABなどが含まれる。また、日本市場の上位5社は、本田技研工業、澤藤電機、三菱電機であるLtd.、澤藤電機株式会社三菱重工業株式会社日本市場の上位5社は、本田技研工業、澤藤電機、三菱重工業ヤンマーホールディングス日立パワーソリューションである日本市場の上位5社は、本田技研工業、澤藤電機、三菱重工業ヤンマーホールディングス日立パワーソリューションズなどであるLtd.などである。本調査には、世界発電機市場におけるこれら主要プレイヤーの詳細な競合分析企業プロフィール、最新動向、主要市場戦略が含まれている。

出典: SDKI Inc.公式サイト

2024-03-22

anond:20240321180603

80年代まれおっさんだけれど、恋人同士で送りあう定番なんてものはなかったと思う。

自分で考えて、自分でよいと思うものを送るしかなかった。

さらに上のバブル世代だとブランド装飾品なんかがいい感じのプレゼントだったんだろうか。

あるいは、ブランド装飾品はいつでもいい感じのプレゼントなんだけれど、自分相手もそういうのに興味がなかっただけなのか。

マクドナルドデフレ象徴という印象。

同じく、安かろう悪かろうだったけれど、時々ハッピーセットのおまけがいい感じのだったりしたので、そういうときだけ買ってた。

ユニクロも一段落ちるレベルというイメージだったけれど、品ぞろえ豊富からそれはよかった。

Appleマニア向けブランドみたいな感じだったのがスティーブジョブズが帰ってきて、iMac出したあたりからおしゃれブランド認識され始めたという印象。

携帯音楽プレーヤーなんてiPodよりも安くて軽くて電池の持ちも音質もいいものなんてあの時代普通にあったけれど、すでにステータスだったから買われていたと思う。

OSMacOSからDarwinに変わったところで潮目が変わり始めたというイメージ。単なるおしゃれブランドではなく、ハイセンスな人から技術者まで使える端末になった。

iPhoneを取り扱えるように携帯キャリア間でし烈な争いがあって、Softbankしか当初取り扱ってなかったというのもブランド戦略には寄与したと思う。

中身大して変わらないと思うんだけれど、Androidは格下みたいな感じだったよね。

キャラクタービジネス別にからそう変わらないと思う。むしろ、お高く留まっているものから市中で手に入るものに変わってきていると思う。

キャラクターグッズはかつては専門店しか見かけなかったのが、西松屋しまむら100均とかでも見るので、暴露率はすごく上がったなとは思ってる。

いや、むしろそういうところがコラボ商品しまくりなのかな。

かつての若者ハイソなブランドで身を包むことでステータスを感じていたけれど、

今の若者はどこでも出会えるブランドで身を包んで安心感や快適さを得ているって感じなのかな。

その意味ではマイルドヤンキーって感じなのかもしれない。

経済がしぼんできたということかもしれないし、そこそこの生活でそこそこ楽しく生きられるようになったともいえるかもしれないし。

2024-03-15

ゲームが発売20周年を迎えたことを知った

発売当時のプレーヤーみんな寿命で死んでるだろ

どうりでガキしか見ねえと思った

2024-03-10

チャゲアスASKAモンハンストーカーの件はどうなったのか

2016年に薬物逮捕

ミヤネ屋などワイドショーネタにされる。

ブログで謎の怪文書が出て、5chのゲーム実況モンハンプレーヤー自分勘違いしてるんじゃね説が出る。

https://zapanet.info/blog/item/3024

あの後結局どうなったのか。

ミヤネ屋との訴訟に勝ち、ソロ活動として復帰。

薬を止めたことで回復したんだろうか。

2024-03-04

需要があって、いろんなものがでて、競争が起きて、安くなって、種類

当たり前なんだけど。

PDA中国産の怪しいスマホ、いろんな音楽プレーヤーが出て、消えていった。今はスマホといえば、これかこれかこれ、くらいに落ち着いている。

予想できなかったのはソシャゲ。新しいリリースのたびにセルランは変わっていくものだと思ってた。

そういえばPCメーカーもたくさんあった気がする。DEC ALPHA, GatewaySOTEC,コンパック

30年前、親に「映画勉強したい」と話したら 「今は日本映画産業は衰退した後だ」と言われて「そうなの!?」となった。昔はたくさんの邦画があったと。

カメラメーカーも減った。車も昔はもっといろんな会社があって、いろんな車種がでてたんだろう。

スポーツも、今よりもっといろんなスポーツがあったのかもしれない。

なんとなく、いろんなものがでてくる、カオスが始まる時がチャンスなんだろう。

今はモバイルPCゲーム機にそんな匂いを感じる。SteamDeckが需要の扉を開けた。

AIもそうなのかな。

需要があって、いろんなものがでて、競争が起きて、安くなって、種類

当たり前なんだけど。

PDA中国産の怪しいスマホ、いろんな音楽プレーヤーが出て、消えていった。今はスマホといえば、これかこれかこれ、くらいに落ち着いている。

予想できなかったのはソシャゲ。新しいリリースのたびにセルランは変わっていくものだと思ってた。

そういえばPCメーカーもたくさんあった気がする。DEC ALPHA, GatewaySOTEC,コンパック

30年前、親に「映画勉強したい」と話したら 「今は日本映画産業は衰退した後だ」と言われて「そうなの!?」となった。昔はたくさんの邦画があったと。

カメラメーカーも減った。車も昔はもっといろんな会社があって、いろんな車種がでてたんだろう。

スポーツも、今よりもっといろんなスポーツがあったのかもしれない。

なんとなく、いろんなものがでてくる、カオスが始まる時がチャンスなんだろう。

今はモバイルPCゲーム機にそんな匂いを感じる。SteamDeckが需要の扉を開けた。

AIもそうなのかな。

2024-03-02

アメリカ画像生成AI規制することはない

単にアメリカテック聖地からという話ではない。

あの国は「AIけしからんのでお上の一声で規制する」という事態が発生しない社会という話だ。

まず第一自由市民活動で生まれAIお上一方的にどうこうして、それに市民大人しく従うということがない。

なぜならアメリカという国はそもそもお上に唾吐いた者同士の集まり移民国家からだ。でもそういう人間でも最低限のルールを守って力を発揮すれば自由経済活動できる。そうして生まれ化学反応こそがイノベーション原動力なわけで、ここに国が口を出すということは基本的にやりたがらない。物申したければ各人が裁判所でやれ。そういう国だ。まぁそういう国だから未だに銃規制すら満足に進まないわけだが。

じゃあ倫理的にはどうなのか? もちろんアメリカ人にも倫理はある。奴らの倫理根底にあるのはキリスト教だ。アメリカという国は日本人が思うより遥かにキリスト教の影響が強い。それはもうどんな小さい田舎町にも教会があるし、日曜の礼拝堂地域の社交場みたいな感じでメチャクチャ人がいる。大統領の締めの言葉はいだってGod Bless Americaだ。

で、キリスト教における労働とは基本的には神が与えた罰だ。だからアメリカ人は仕事自体をどうこうする施策には基本そんなに頓着しない。仕事自体をどうこうした結果によって発生した損害は訴えて勝ったら請求はできる。その勝ち負けはAIがもたらす将来的な公益や機会との天秤にかけられることになるだろう。

まぁそういう感じなので今後AIは各プレーヤー間で最低限のレギュレーションを設定してガンガン運用されると思いまふ。

2024-02-24

今日21時から配信される崩壊3rd公式 第二部スペシャル番組『いざ、火星へ!』は、当作には触れていないmiHoYoユーザーあるいは業界人でも参考にする価値があるかもしれない。

この第二部というのは、7年間のメインストリー展開を経て到達したもので、そこからmiHoYoが新しいコンテンツをどう切り開くかを見極めるベンチマークとなるからだ。

Ver.Upを目前に、その中身を、各国の著名プレーヤーを招きつつ詳しく紹介するのがこの番組になると思われる。

この節目のインパクトは、原神で例えるなら七国とカーンルイアを経て「旅の終点」に辿り着いて物語が一段落する頃、運営が「まもなく第一部が完結し、来年から第二部が始まります」とアナウンスするようなもの

スターレイルで例えるなら……この作品は明確なロードマップがないが、これもおそらく7年程度を目処に「宇宙を揺るがす結末」に至る「脚本」の始終が語られるだろう。その先にあたるもの

いずれにせよ、2次元ゲーム業界の風雲児と囁かれる同社が7年に1度レベルの節目をどう扱っていくかは、見方によっては新作発表よりも注目すべき事かもしれない。

なぜなら、運営ゲームいかに盛り上げていくかというセンスは、今後ますます重要視され、見習っていくべきモデルケースになるだろうから

2024-02-21

サッカー選手とかお笑い芸人とか

大昔、ダウンタウンスポーツ選手を呼んでひな壇トークする番組を見た

ある女性トッププロゴルファーマイナースポーツ選手に向かって

「なぜそんな金にならんスポーツをしているのだ?」と突っ込んだ

 

俺はなるほどと膝を打った

漠然とした思考が頭の中にあるが、深くは考えず言語化もしていなかったテーマが一気に晴れた瞬間

 

同じ身体能力や知能があっても選択するスポーツ(に限らず職業人生)で収益性は変わる。当たり前だ

人気があり金が回るスポーツの方が実入りがいい、損なスポーツとそうではないスポーツが生じる。

プロとはそういう世界

金になる分野は競争も激しいが、リスク含めた費用対効果がきれいに均衡することは無い

特にトッププレーヤーとなるとその差は大きく広がる

 

芸能人が「一般人」というセリフを口にするたびにイラッとしていた

自分たち特殊人の自負からくるのだろうが

 

特殊人の彼らはテレビ電波を使い自分能力に最大限レバレッジをかけて収益を得る

彼らと同程度面白くアタマの回るやつは世間に腐る程いるが、

芸人を目指すか、他の職業選択たかの違いでしかない

 

プロゴルファー芸人も皆自分収入自分の才能、労働の正当な対価だと勘違いしている

 

スポーツ選手芸能人スキャンダルメディアスクラムが起きると

自分たちも一人の人間だ、と言い出す。でも特殊人だよね?

 

そういうリスクも含めてその職業を選んだんだよね?

今更何いってんの?

プライバシーやある種の自由を商材に変えたのは自分ではないか

大衆ウケる人間を演じる対価として効率の良い人生を得ながら、損失、リスクは受け入れられない

甘くね?

 

お笑い芸能人サッカー選手強姦をしたのかどうかなんて真実はどうでもいい

大衆はそれを面白おかしく扱い、あるいはそれが虚偽であろうが叩き、社会から抹殺するゲームコマとして消費するだけだ

 

健全な世の中だ?

そう思うよ、クソだ

 

でもそんな不健全な世の中でなければそもそも君らの職業不要なんだよ

人はゲスく、無知享楽的から君らの見せる芸やパフォーマンス職業として成り立つのだ。

 

かつて一億総白痴なんてセリフ流行ったが

バカ番組をアホみたいに垂れ流し、その片棒をかつぎ、自分バカ啓蒙育成しておきながら、

自分がそのせいで理不尽に責められる側になると

自分を責めるやつはバカだと罵る

いやぁぁぁぁぁwww

オモロ

仕事でこの人ヌルいなあ、って人がいる。

なんか適当というか(悪い意味で)肩の力抜けてて、アウトプットイマイチ

しかし実は高校野球甲子園出場経験もある人だと聞いてびっくりした。

ウチの高校もそこそこ強かったし、野球部の連中はとんでもなく厳しい練習してたから、あん地獄乗り越えられる人はどの分野でも結果出すんだろうと思ってた。

あとプロテニスプレーヤー目指してたという人でこちらもイマイチな人がいる。

自分は昔テニスサークルにいたのだけど、(自分は違うけど)周りはかなりテニスに力入れてて、びっくりするくらい上手いけど、プロ目指すレベルではない。

それを目指せるってことは努力半端ないはずで、先の野球部同様他分野でも結果出す人種だと思ってた。

自分の好きなこと(野球テニス)は妥協を許さないけど、そうでないこと(仕事)は適当なのだろうか。

2024-02-19

ゲームって二つのストーリーが同時に進んでるよな

前置き(「なんとなくわかった」と思った時点で飛ばしていいよ)

第4の壁によってそれらは真っ二つに区切られている。

「一度もゲームオーバーになることなく最終決戦まで生き延びる主人公たちの物語

「何度もゲームオーバーになりながら、リトライを繰り返しながら成長するプレイヤー物語

もちろんこの二つを両立させることは出来る。

それはゲームオーバーと死を結びつけないことだったり、周回プレイさえも含めてキャラクターの設定に組み込んでしまうことがそれだ。

クリアと同時にセーブデータを消去したり、更にはセーブデータを消した事実さえゲームの中に組み込んでくる作品も出てきた。

それでも、新しいゲーム機やPCを購入すればプレイヤーは0から世界スタート出来てしまう。

同時に、まだプレイしたことがないゲームネタバレを知ってしまえば、0からゲームを始める機会は永遠に失われる。

ゲーム物語」と「プレイヤー物語」は絶対的独立している。

それを打ち破ったのがMMOゲーム凄さであると語る人もいるが、たとえゲームの中の時計を止めることを不可能にしても、プレーヤー物語ゲームの中に組み込もうとしても、結局それらはゲームであることから脱することはないと私は考えている。

ゲームスポーツとしての側面を追求することでプレーヤー物語ゲーム勝敗に引きずり込むことは出来ても、そこまで来ると今度はゲームの中におけるストーリーは形を失い、競技のための触媒しかなくなるのではないか

将棋盤の上に広がっていた国盗りの物語は、プレーヤー技術向上に伴いただの記号となる。

本題

その昔、「物語が素晴らしい」と語られるゲームは「ゲームの中の物語」に対して送られる言葉だった。

だが、時代と共にそれは変化し、ナラティブ重要性が語られるようになる内に「プレーヤー物語」こそが重視されるようになった。

たとえばSEKIROだ。

主人公では死の淵から蘇る設定こそあるが、ボスキャラクターに敗北したとき世界時間のものが巻き戻る。

第二形態になるまで痛めつけたはずの敵は無傷へと戻り、登場人物は同じ会話を何度も繰り返す。

主人公物語」は「ただ一度の敗北を除けば、不死の力により強敵を打ち破り続けた豪傑」であるが、プレイヤーは「何度も敗北しながら相手のモーションを盗み、時に攻略サイト動画を覗いて対策を練り上げることにより遂に勝利した」という物語を歩んでいる。

そして、SEKIROで評価されている物語は、この後者、「プレーヤーの敗北と復讐物語である

ゲームごっこ遊び場所だ。

プレーヤーコントローラーを通して画面上の何かをラジコンのように操作し、それによって何者かを演じる。

独裁政権暴君であったり、愛らしいマスコットであったり、不気味な怪物英雄たちの指揮官、様々なものに乗り移り成り代わる。

ゲームがまだ全くリアルでなかった頃、ゲームセンターや喫茶店レバーを握っていたプレーヤー達が演じていたのは画面のキャラクターではなかった。

「難しいゲームスイスイ攻略するゲーマー」という役を演じていた。

レトロ世界人間想像力を掻き立てはしたが、そこにある没入感には限界があり、プレーヤーと画面の中のキャラクターの間にある第4の壁の厚さは現代の比ではない。

そんな中、ゲーマーを名乗る者達は「ゲームというごっこ遊びを上手にこなす自分」を演じたくてコインを投入し続けたのである

段々とゲーム映画のように物語を見せるものへと変化していき、プレーヤー側も「キャラクター冒険追体験する」という感覚を求めるように変化していく。

そのうちにゲーマーは観客となり、コントローラーを握る行為が本のページを捲るのに似通ったものとなっていく。

ゲームを薦めることはストーリーを追うための手段であり、それ自体目的ではなくなっていった。

そんな時代が続くと今度は、「自由度」「選択の影響」といったものが重視されるようになった。

単に決められたフラグを順番にこなすだけの作業は、ごっこ遊びとしては退屈になってきたのだ。

選択ゲーム世界に影響を及ぼすことにより、その世界構成要素としての没入感がより強まることが発見される。

だが、その時代も少しずつ陰りを見せ「結局はトゥルーエンドがある」だとか「何周もするのが面倒だ」とか「どうせ全部動画で見る」だとか、そういった体験が積み重なることで、自由選択もまた単なるフラグ管理確認作業へと認識が変化していったのである

自由選択」や「選択責任」といった要素が飽きられだした今、ごっこ遊びはどこへ行ったのか。

再び「ゲームを遊び倒しているゲーマー自分」を演じる遊びへと帰ってきたのである

これには配信SNS関係している。

トロフィーの獲得状況を見せ合ったり、考察を語り合ったり、配信で盛り上がったりと、プレーヤー同士の交流が盛んになることによりゲーセン時代の「ゲームやりまくりな俺凄くね?」の遊びがインターネット上で繰り広げられるようになった。

その中で伸びていったのが、「高難易度と成長しやすさを両立したゲーム」だ。

「遊びにくさと難しいを履き違えるな」という金言があるが、これを完璧に守りきり「遊びやすいが難しい」を完成させたゲームがこのジャンルだ。

一見理不尽なほど難しいが、プレーヤーが成長することによって確実に強くなれる丁寧な階段がその中に仕込まれているゲームである

それの亜種として「入り組んだ設定があるが、情報を整理すれば読み解けるゲーム」も人気となっている。

考察が盛り上がるタイプゲームということだ。

苦戦した強敵を軽々と倒し、まだクリアしてないプレーヤーが苦戦しているのを高みの見物をするゲームと、何回な設定について考察サイト議論を重ねたり盗み見て理解し、それに初めて触れたプレーヤーに「いずれ分かるさ」と上から目線かますゲームコントローラーを握っている間の難易度こそ違うが、そこの性質は良く似ている。

「やり込んだプレーヤー自分の成長(成功)を感じることが出来る」という点だ。

ゲーム内外にプレーヤーの成長(成功)の物語が散りばめられており、その成長(成功)を「つい最近始めたばかりで苦戦しているプレーヤー」との比較によって実感できるようになっている。

人は、昨日よりも優れた自分になりたいという願望がある。

だが簡単はいかない。

現代人気のゲームは、その願望を実現したかのような気持ちにさせてくれる機能があるゲームだと言えるだろう。

カルトな人気を誇るゲームを「ものすごい体験をした」と持ち上げるプレイヤーの中にある心理も、「物凄い体験をした自分」と「その体験をまだしてない自分」を比べて、成長や成功感覚を、自分物語として味わっているのである

現代ゲームに求められるのは「自分成功したという物語」をプレーヤーが味わえることだ。

ゲームにおけるストーリーの良し悪しは、脚本ではなく、プレーヤーナラティブによって決定されている。

2024-02-13

ソシャゲのメインストリーは2年で終わりが一つのラインな気がする

しんどすぎるだろ。

5年10年かけてメインストリーが一段落するのは。

そっから第二部突入とか言われてもプレーヤーもかなりの覚悟がいるだろ。

いっそ別のゲームに作り直せとかなるだろ。

2024-02-07

anond:20240207114227

からマジレスするとCDプレーヤーなんてそもそも動きながら聞くようにできてないしイヤフォンで聴いて問題になる事態が想定されてなかった

悪いという感覚が出てきたのはかなり後期の話

2024-01-30

anond:20240130044646

増田が正しいんだよ

インフルエンサーソシャゲ宣伝してるのはお金もらってるから

ソシャゲが売れれば儲かる人たちが面白い!って言ってるだけ

そもそもゲームとしては面白くないんだよ

プレーヤーボタンを押すとエサが出るのを覚える猿みたいに調教してるだけ

課金しないと強くなれないのも当たり前

ほとんどテキ屋みたいな人たちが運営してるんだから

頭が良ければあまり馬鹿馬鹿しさにやる気が出ないのは当たり前

宣伝にまんまと引っかかる人が搾取されてるだけ

本でも読みなさい

2024-01-26

anond:20240126172252

【苦手な傾向】

ホラー

アクションが難しいゲーム



あえてSEKIRO

SEKIROから逃げるな

https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R11CFCIDNWJZD5/

ここまで難しいと、ゲームというより何かの修行をしているような気分になってくる。

忍耐力、反射神経、分析能力。そういったものを養うための修行。そう考えれば、この苦行にも納得がいく。

しかし私は修行をする為にゲームを購入したわけではない。

楽しさを求めてゲームを購入したのだ。

それなのに何だこれは……。

プレーしていると、どんどん気分が滅入ってくる。

全体的におどろおどろしい雰囲気が漂っており、登場人物の顔も怖い。

無精ひげを生やしたむさくるしいおっさんたちが寄ってたかって襲いかかってくる。

日本刀で斬りつけてきたり、槍で突き刺してきたり、火縄銃をぶっ放してきたり、火矢を放ってきたり、

大勢で取り囲んで滅多斬りにしてきたり……もうやりたい放題だ。

殺されては蘇り、殺されては蘇る。悪夢のような無限ループ

やられてばかりいるわけにはいかないので、こっちもおっさんたちを倒すことになるのだが、

おっさんたちの絶命時の表情が凄まじい。

苦悶絶望さらには何かこの世に訴えたいことがあるような顔をして死んでいく。

トマトジュースのような血を大量に撒き散らせながら。

殺して、殺されて、殺して、殺されて。

地獄絵図。

そんな表現がしっくりくる。

ゲームに登場するキャラクターは、プレーヤーを含め、ほぼ全員、隙あらば誰かを殺そうとしている。

全員殺意の固まりだ。

ボスキャラに至っては、殺意メーターが完全に振り切れてしまっていて、もうわけがからない存在だ。

出会った瞬間、死を覚悟するしかない。

新しいボスが登場する度に絶望的な気分になる。

もう、新しいボスは出てこないでくれ。

そう思う。

やめたい。

つらい。

でも、なぜかやめられない。

刀と刀を激しく打ちつけあい最後は『忍殺』でフィニッシュという一連の流れが、

すでに病み付きになっているのだ。

やめようと思っても次の日になると、また忍殺している自分がいる。

忍殺中毒だ。

最初から忍殺が好きだったわけではない。

やりはじめた頃は『忍殺システム』がどうもしっくりこなかった。

今までの剣戟アクションゲームは剣で敵の体を斬るというのが常識だった。

隻狼の場合こちらの攻撃はほぼ100%ガードされてしまう。

敵の体ではなく、敵が持っている刀を狙って攻撃しているような気分になってくるほどだ。

なぜ刀を狙うのか?

体を斬らなければ意味がないじゃないか

そもそも、これじゃあ爽快感が無い。

でも、何度も何度もプレーしていると、刀と刀を激しく打ちつけあう攻防が無性に気持ち良くなってくる。

そして『隻狼』が、とても奥深く、よく練られた極上のアクションゲームだということが分かってくる。

これこそ本物の剣戟アクションゲームであり、

今までやっていた剣戟アクションゲームはニセモノかもしれない。

そんな気さえしてくる。

2024-01-23

anond:20240123171549

素人じゃん。

せめてこんなのにして。

この新作は、ポケモンパラダイムを踏まえつつ、モンスターテクトニクス進化トリガーにおいてユニークプロスペクティブを導入しています

コンセプチュアルなマルチレイヤリングがなされ、ゲームエンジンディープラーニング機能により、プレーヤー選択に応じた自律的モンスター行動のアジャストメントが成されています

これにより、ポケモンとの類似性を超越し、本作独自シンクロニシティを実現しています

2024-01-22

パルワールド統一感のなさが批判されてるけど、

日本ゲームって任天堂みたいな一からルックを開発するところ以外ルックなんかガチャガチャバラバラじゃない?

ましてや今はソシャゲなんやデザイン統一感のないものの方が多いし、ましてやインディーゲームから

プレーヤー側は面白ければなんでもいいわってなるだろ

2024-01-12

anond:20240112142641

なんか気になるブコメがあったので言及しておく(長いのでトラバで)

ミホヨはインフレキャラを次々に出してて課金ヤバい印象しかないが、やってる人らが軒並み「ミホヨだけは違う」みたいな論調狂気を感じている。

そもそもゲームを実際にプレイしてない人が煽ってなんぼのまとめ記事かなんかを見て「インフレヤバい」「課金ヤバい」という認識を正確にできてると思うことのほうがおかしい。

結論から言うと、トータルで見ると外野が思うほどインフレしてないし、課金圧も業界水準と比べてもだいぶ低い。基本の調整クオリティそもそも高水準で、繊細で周到なバランスの枠内で、異例かどうかで大仰に騒いでるようなもの

戦闘バランス設計は、ものすごく多面的な要素で構成されてる。局所的には革新的ゲームチェンジャー的役割を果たせるキャラが次々に出たとしても、使い所やビルドなどの影響でソシャゲみたく「ほとんどの人がこの最強パ使ってる」みたいな事にはならない。理想的な状況で(というのがほぼないが)、チームDPSが最も高くなりがちな編成に対して、最新アタッカーを活かす編成をぶつけると10%くらい伸びることがままある、というレベル感だ(星5完凸前提みたいな過剰で趣味レベル領域バランスについては言ってない)。

ただその差が常に発揮できるわけではなく、最近メディアで騒がれたスターレイルの飲月や鏡流についても、実際にプレイすると強さの反面デメリットがそれぞれに目につくようになっていて、トータルでは納得感のある範囲に収まっている。

デメリットをうまく吸収するためにチームをビルドする楽しさがあり、そのためのパーツとして色々なキャラスポットライトが当たるようになっているので、ユーザーはむしろ「どんだけ先まで見据えて調整されてるんだ」という部分に舌を巻く印象のほうが強くなる。

それでもとりわけ強い感じがするキャラがたまにいるが、世界観的に意図してそう設計されていることが分かるようになっており、そう頻繁に登場するものではないのでインフレと騒ぐものではない。

ヴィレットの強さなどはむしろ物語に対する憶測と感動を誘導する先出し演出の一環だったと今なら言える。メディアだけ追っているエアプ勢はそういうキャッチアップをせず飛ばし記事だけ真に受けるので、いつも先走った見当違いな印象ばかり持つことになる。キャラゲーでも戦闘ゲーでもなく、物語世界観大事にしているからこそ忖度しなかったと受け取れ、ゲーム全体として見たときユーザーに不満を抱かせない説得力をもたせるのが巧みだ。

それにそもそも、原神の元素反応システムにしても、スタレの敵が複数の弱点をもつ靭性システムについても、従来のソシャゲのように平面的な有利不利属性理解できる単純な代物ではない。属性縛りゲーのような画一感を打破しつつ、多様な攻略可能にする基礎ができあがっている上での単純比較が困難なお話だという前提を非プレイヤーの人が想像しきることは至難の業だと言える。だからメディア記事にすること自体そもそも誤解を誘発するのだ。

課金圧に対しても、ここまでの話では常に環境に合わせたキャラを補充しつづけなきゃついてけないように思えるかもしれないが、エンドコンテンツにあたる高難度のもの含めても難易度基本的にゆるめで、ステージ優遇措置がある最新キャラを取っていればより低い育成具合でも楽に突破できるが、既存キャラでも正しい組み合わせと立ち回りを考えてそれなりの育成ができていれば突破は難しくないくらいの、ライト層に対して過剰に苦痛を抱かせない設計になっている。言葉説明する限りじゃ「そんなのはどんな量産ソシャゲだってそうしてるわ」と思うだろうが、その具体的な細かい部分のクオリティが異様に高い。

凸に関しても、無凸や無モチーフ武器でどんなコンテンツも(特性を正しく理解していれば)十分に攻略できる。それ以上を課金して求めるのは、数字を増やす自己満足の類だ。なにせ対戦・競争コンテンツ存在しないから(崩壊3rd以前は除く)。あるいは、週次の戦闘コンテンツを、環境接待効果無視できるほどのキャラパワーを備えた推しキャラで強引に突破したい!的な、ゲーマー的にはナンセンスなP2Wゲー的遊びをしたい人のためにあるようなものだ。凸などを強いられていない、なんなら星5ですら好みで取る程度で問題いくらい星4で編成を極められることは現役ユーザーが一番理解している。もちろん、ミホヨゲーを始めて間もない人が、従来のガチャゲーのノリで凸などの過剰な課金へと行き急ぐ可能性はあるが、ゲーム的にそれを推奨するような表現がされることはない。そもそも、ここのゲームが売れてるのはキャラ取って使うみたいなガチャゲー的遊び方がどうこうじゃなく、本編やイベントの作り込み具合がスマホゲーの常識を超えているから。そこのオフゲー的な感動を与える部分がありつつ、それ以外の日課的な部分では時間的束縛も少なく、あらゆる部分で圧が低くて、遊び方を押し付けずに委ねる姿勢が強いことで、ユーザー安心や信頼感を与え、運営ユーザーが互いに敬意を持てるコミュニティを作っていることに成功の核心がある。ネトゲ時代からオンラインゲームプレーヤー運営を敵視あるいは蔑視しがちだったが、そういう関わり方を越えてきたところを俺は評価しているんだよ。もちろんユーザーに愛される運営自体ネトゲスマホゲーでもあった。でもそれはあくまクリエティティに関してくらいで、ビジネス面まで含めてうまくやっててここまでユーザーから運営批判が生まれない(批判しようとするとまずヨソにぶっささるから自嘲へと化けてしまう)会社は見たことがない。個人的00年代からゲーム審美眼ビジネスモデルが優れてたと評価してるネクソンでさえ、運営に対しては結構厳しい意見が多かったのを見てきたか特にオンラインゲームの開発としての上品思想と実力に優れたところとして、ミホヨ出現以前まではdevCAT推してた俺だが、今オンラインゲーム世界にすごいやつが登場してるってことを広く知ってもらいたいな。

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