はてなキーワード: フリーライターとは
友人数人と都心の広めの物件(築浅ではない)でルームシェア、同居メンバーは全員未婚(恋人の有無はよく知らない)
職業はフリーライター、鍼灸師、大学講師(博士号未取得・非常勤)など(学歴は高い)
週末はほぼ確実にオフなので、広い家に友人知人(職業は編集者とか大手メーカー勤務とか公務員とか色々)を招いて飲み会をしたり、車で遠出したり
みんな顔が広くて、知り合いの中には道楽者の金持ち中年も混じっていたりするので、たまに高級な家具やら服飾雑貨やら酒やら生活小物やらがタダで貰える
俺の知ってる奴らはこんな感じ
書いてみて改めて思ったけど、コミュニケーション能力フル活用で生きてるな
この人たちのこと:
http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1659940.html
http://b.hatena.ne.jp/entry/hamusoku.com/archives/5730351.html
以下検証:
アジア向け「旅行情報サイト」。報道を目的とするサイトでもなければ、CNNが自社の見解を載せる場でもない。
CNN-GO日本語版に曰く: 「東京トラベルガイドで本物のTOKYOをエンジョイ。CNNGoが、東京の宿、食、飲、買い物、遊びを紹介」
また、組織・人員的にも別。CNN-Goサイト紹介によれば: 「私たちはCNNから独立した部門で、各地に独自の職員を有しています。」
著者は韓国在住のフリーライター。CNN-GOが「ご当地情報」をかかせるために雇っている現地の記者の一人で、間違ってもCNN本体の社員ではない。
そして、当のコラムがかかれたのは、「tell me about it...」という自由コラム的な欄で、雇われ記者たちがフリーに思いの丈を発言できる場。
・Roland Kelts「震災後の東京: これからどうなる?」
・Andre Vltchek「なぜ私は日本を旅行するのが嫌いか」
・David McNeill「誰が福島原発事故の真実を伝えたか」
要するに、せいぜい記者個人の意見であって、間違ってもCNNを代表する意見ではない。逆に、これがCNNの公式見解だとしたら、炎上するレベル。
id:rig これがまともなマスコミの対応だと思う。/別に大流行!って煽るのはいいけどさ、批判がタブーだったり、批判書いたら解雇されたりするのは絶対おかしいだろ・・・
id:iijuft 日本でこういう正論言うとクビになるんだっけ?
id:a1101501j 何故日本のメディアにはこの視点がないのだろうか?戦中の翼賛体制からなにも変わっていないじゃないか。今回は韓流だから可愛いけどこれが政治的スローガンに使われたらと思うとゾッとする
『米国CNN 「韓国メディアがK-POPは流行っているという嘘をつくのは不可解」』というまとめブログの釣りタイトルにかかって、CNNの報道だと勘違いしている。そして、このテキトーなトラベルガイドのコラムが「まともなマスコミの対応」であり、日本のメディアに必要な「視点」らしい。
(参考までに、この記事は海外(例えば日本)での韓流ゴリ押しを批判する記事ですらない。この記者は、世界ではまったく相手にされていないのに、国内向けの報道で大騒ぎしている「内弁慶な韓国メディア」を批判している)
・CNNが韓流を批判する報道を行った → ウソ。CNNが運営している「旅行情報サイト」のフリーコラム欄に掲載されただけ。
・韓流はアメリカでも嫌われている → ウソ。記事を書いたのはご当地記事を担当する「韓国在住のフリーライター」。
事件の詳しい経緯はこちらがわかりやすい
http://d.hatena.ne.jp/hagex/20110306#p1
その道のスペシャリストに質問しながらテーマをほりさげていく構成になってるんだけど
自分の知らない、同意できない事でも、頭から否定しないでプレゼンターの話を聞く姿勢がすばらしい
むしろ「それってなに?」「これは無駄なんじゃないの?」って池上個人の意見じゃなくて我々視聴者の代行なんじゃないかと思うほど
反対意見や疑問をぶつけて本音をひきだすというのはこういうことなんでしょう
めがね王の「本音をききだしたくて煽った」てのは言い訳だと思ってるし、本気だとしたら低レベルすぎて成功しなかったってこと
http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/gosyu/statuses/11080509769654272
イラストレーターとかフリーライターとか同人誌作ってて、旦那は普通の会社員だけど趣味はそこそこ合って、専業主婦の片手間にクリエイターっぽい事やりながら、世の中をちょっと面白おかしく斜に眺めたりはしゃいだりして周囲の男から承認欲求搾取するのがサブカル女子の上がりだって先生が……
ブクマでも突っ込んでる人いるけど、女からじゃね?
男から承認要求得ようとして男に擦り寄る既婚女は他の女から袋叩きだし下手に不倫でもしようものなら結婚生活もやばいけど、
同人界なんてそういう主婦同人だらけじゃん。知り合いにも何人も居るわ。
非同人の既婚サブカル女もそういうの沢山居るよねー。結婚出来た勝ち組のアタシ!でもただの主婦とも違うアタシ!気取り多すぎ。
お金貸して、と訴えれば台湾に行けちゃうくらいのお金が見知らぬ人から振り込まれる。
フリーライター業もしてたっけ。対談なんかもしちゃってた気がする。
貯金が減ってるのを「嘆く」というよりは、わざわざグラフまでつけて
「ゼロになった清清しい」という感じだったしねぇ。サービスについても「換金するのはイヤ」と書いてあったよ。それ自体の是非はともかくとして。鬱記事を書いてたのも見たことがないなぁ。
んで、客観的に見てこいつ多分再就職出来るよ。
だから、「セーフティラインを保って収入も得てるくせにニートを名乗るな」
って批判ならそのとーりだなぁ、と思うけど。その手の批判はちょっとマト外れじゃないかなぁ。
あと3~4年くらいのうちであれば、この人ごく普通に社会に戻れる気がする。
というか。
こーゆー人もいるねぇ、と許容できない「健全な日本人」の方々が素で気持ち悪い。
山崎パンのベルトコンベアにバナナを置く仕事とかしてるとこういう精神状態になるのかな、とか思う。
大丈夫だ、本当のことを言えばライターなんてのは「だれにでもできるかんたんなしごと」なんだ。
俺のような代わりが山のようにいる業界に少々食い込んだところで、
それはスキルでもなんでもないんだよ。その上な、数万人いる早大生の中で
業界行きの切符を良い形で手に入れられるのはほんの数十人なんだよ。
あと、念のため言っとくけど。
ライターになるより早稲田に入るほうが普通に難しいよ。それくらい、ライターって飽和してる。
コネと人脈がなくなったら終わるおしごとです、俺も含めて。
俺がきみに言えることは一つしかない。
公務員試験はまだ受けれるよ。
http://anond.hatelabo.jp/20100209190712
希望した職種にはまったく就けず、練習と思ってテキトーに受けたスーパーの会社に内定した。
派遣切りとか物騒な話が飛び交ってる中、何にもないよりはマシか、正社員だし・・・と思って入ったのが大失敗。
本社勤務の総合職で入ったはずなのに、蓋を開けてみたら郊外の店舗勤務に廻されてしまった。
環境はいい方なんだと思う。住むところも何もかも用意してくれたし、同僚はみんないい人だし、
いとうせいこう似の店長はよく奢ってくれる。土日もでなきゃいけないけど、毎日夕方四時には帰れる。
でもなんか、「スーパーの店員」という庶民丸出しなステータスが重くのしかかる。
マンガでご飯、食べたかったなぁ・・・。せめてそれ関係の仕事に就きたかった。
わたしの周りにいる人は、みんなみんな、ショボい人たちだ。みんな庶民だ。どこにでもいる人だ。
仕事、頑張れる気になれない。「こんなショボい職業で成り上がってどうすんの?」ともう一人のわたしが笑う。
こんなところじゃ、大した恋愛もできそうにない。「わたしの彼はスーパーの店員」なんてときめきようがない。
大学時代にちゃんと恋愛しとけばよかった・・・。一時仲良くなりかけた彼、今はフリーライターらしい。いいな。
今日、いつものように仕事終えてとぼとぼと一人で駅まで歩いてると、「増田さん!」って声かけられた。
振り返ると、最近バイトで入った男の子がいた。ちょうどあがりの時間が一緒だったらしい。
歩きながらたくさん話しかけられて、気がついたらメルアド交換もしていた。
・・・まだメールは来てないけど、なんだか何かを期待しているわたしがいる。
http://anond.hatelabo.jp/20091030170720
そうね、考えたこともなかった「死ぬという選択肢」が「まぁそういうのもあるか…」と思えてくるんだよね。鬱の人にお金のことを言うと「じゃぁオレがいなければ…」と思うのよね、難しいよね。
あらゆる選択肢は当然考慮してるよね、親を頼る?あなたの親は「そのことを未だに言ってきている」んだもの、難しいよね。だんなさんの実家だってその年代の人で鬱にきちんと理解があるかどうかっていうのは難しいもの、そして今の状態のだんなさんと離れることは怖いよね。
引越しもまとまったお金が出て行く事や、鬱病者の生活環境を変えるとう事の不安を考えると動けないよね。
生活費だってぎりぎりに落としてる。ものすごいつつましい生活をすればまだいけるかもしれないけど、月々に万単位の貯金ができないと、やっぱりまとまったお金が必要になった時に出ていくからリミットが見えてるよね。
あと忘れちゃいけないのはだんなさんがフリーライターに戻るのは本当に無理だってこと。
それは輪から弾かれたからではなく、フリーライターの激務で鬱病になったのだから、その仕事に戻ればまた同じ繰り返しだって事。
欝は完治してもうならない、という病気じゃない。考え方や生き方がかわらなかったらきっとまた元に戻るよ。
そうして死にたいというだんなさんを止めている時に、じゃぁ一緒に死ねばいいのかな、と思い始めるんだよね。
「それならずっと一緒だし、もうお金に困ることはないし」って。
でもね、分ってると思うけどそれは幸せじゃないんだよ。そんなために結婚したんじゃないんだもの。二人で生きていることが幸せ。
それでも自分の時間や自分のためにすることは必要なんだよ。それはだんなさんを支えていくために、自分が立ち続けるために必要なこと。
だからお金のことは伝えないとダメだと思うよ。あなたが立ち続けられなくなってきてるもの。
「二人で生きたいという事」は大前提。それをしっかり伝えたうえで、二人で違う生き方を模索しないとダメだと思う。
うちは奥様が少し働けるようになってやっと今月ジリ貧から抜け出し始めたと思う。1万でも2万でも翌月までお金が余ることがすごく気持ちを楽にするよね。
回復具合を見て少しずつだんなさんにも荷物を渡していいと思う。だんなさんがどん底のうつ状態でないなら、少しの荷物はだんなさんの活力にもなると思うから。
検証もせずに記事書いたとか?>フリーライター
私は週刊誌やポータルサイトなどに記事を売るフリーライターです。
先日、株式会社サイバーエージェントの代表取締役である藤田晋氏が、同社で展開するwebサービスの競合的存在であるtwitter(ツイッター)に自らのアカウントを開設したとの報道が流れましたが、該当のアカウントは別人によるイタズラであると判明しました。
その後、zapaと名乗るブロガーが犯行を名乗り出ました。
http://zapanet.info/blog/item/1680
私が「サイバー藤田」という架空の人物を演じ始めたのは6月5日のことである。
「サイバー藤田」を演じることで、周りにTwitter上での「なりすまし」の危険性を教えたかったのだ。
サイバーエージェント社の藤田晋氏はじめ、関係者、ホリエモン、フォローしてくれた1000人を越える人たち、話題にしてくれた人たち。多くの方々にご迷惑をおかけした。この場をもって謝らせていただきたい。申し訳ございませんでした。
謝られても私には実際に損害が発生しているので許すことはできない。
藤田氏関連の記事数本が今回の件で没になり、金銭的・精神的な損害が発生しています。
私は今回のなりすましの件の真相を法廷の場で追及しようと真剣に検討中です。
私が知りたいのは以下の2点です。
1.なりすましは本当にzapaと名乗るブロガーの仕業だったのか
2.なりすましによる金銭的損害・精神的苦痛が発生した場合、損害賠償を求める事は可能かどうか
以上です。
まず触れておく。blacksorceryは言葉の使い方がまだ分かっていないらしい。
増田でも絡まれたので、マイノリティ=少数の者と思う人は、以下の文章に出てくるマイノリティは、弱者とか被差別側、被抑圧者にでも読み替えて欲しい。
昨日の記事に、女性はマイノリティって書いたのは失敗だったと後悔している。
元々、エロゲー愛好者はセクシャルマイノリティ、女性がエロゲーへ抗議するのはマイノリティへの差別だって人がちょこちょこいた。
で、こういう世界でマイノリティっていうなら女性だよと書いたことがある。
そのときのマイノリティは別に間違いでは無かったと思っているけど、これにも異論をもらった。
けど、今回独立させて書くときに、マイノリティって書くのは自分でもちょっと違和感があるし、誤解招きそうとも思ったんだけど、ここで書かずにいると前に異論出した人が喜びそうなのが癪に障って、いいや、マイノリティって書いておこう。と。
けど、やっぱりわかりやすくするべきだった。 (http://d.hatena.ne.jp/blacksorcery/20090524)
何度もいうが、「マイノリティ」は基本的に「少数(派)」のことだ。だから、とくだん数の多寡に重点をおかないのなら使わないほうがよいだろう。なぜか。重点となるものに関した用語(例えば被抑圧者、とか)を使うほうが自然だし、それについて語るときに問題点などがはっきりするからだ。これはくどいほど説明したし、辞書での定義ではこう、wikipediaの記述ではこう…と示しもした。「女性はマイノリティではない」という女性たちの声も示した。だが、blacksorceryはあくまでそれに抵抗しつつ、しかしちっとも「"なぜ"マイノリティは『少数派』の意味ではないのか」を語ろうとしない。そもそも、http://anond.hatelabo.jp/20090518024234で私が書いているのは
だ。別に、「マイノリティかつ女」などあり得ない、という話でもないし、だから女は守られるべきではない、という話でもないし、だから女は文句を言うな、といった話でもない(「人の間違った論を引かずに自分の意見を言え」「気分ではなく論理を結論にせよ、話し合いや権利の意味を考えて」というようなことは書いたが)。そしてもしこれが気に入らないのなら、「なんのことだ」という問いには「~が~だから、~ということだ」と論拠(むろん、マイノリティが基本的に少数派とかいう意味を持つ、という論拠と同レベル以上には説得力のあるもの)をもって語ればいいのである。ただそれだけのことをblacksorceryは語らない(ほかのブックマークコメント者もまるで語らないが。何の根拠も示さず、だが揶揄だけはできるようだから始末におえない)。また、マイノリティをどう遇するか、レイプゲームをどうするか、表現の自由をどうするか、について私が何ひとつ言っていないのに、blacksorceryは
だから君らはマイノリティ。 (http://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20090518024234)
だの
元々君の友達が自分たちは少人数で被害者みたいな科白を書いてたから (http://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20090518225205)
だのと勝手な定義付けをする。彼には自分と意見を異にする者がみな「仲間」であるように見えるのか? 女性という「マイノリティ(???)」にも「その嗜好を満たす商品」が提供されている事実を認識できず、
などと書く。彼には事実ではなく自分のイメージだけが見えているのか?
さて、そろそろ本題に移ろう。本題とは有村悠のことだ。先にあげたhttp://b.hatena.ne.jp/entry/http://anond.hatelabo.jp/20090518024234で、彼はいの一番に現れてこう書いている。
y_arim anonymous, gender, society, あたまがわるい マジョリティ・マイノリティが単純に数の多寡で決まるとでも思っているのかね? たとえば少数民族が多数民族を統治する国家の社会構造について考えてみな。 2009/05/18
当初、私はこれをあまり大したことと捉えなかった。ほんの少しだけ彼の文章を読んでいた私は、彼が馬鹿だとは思っていなかったからである。私はこう思ったのだ、「ははあ、何か勘違いをしているのだな」と。ゆえに、続くhttp://anond.hatelabo.jp/20090518225205では皮肉半分、憂慮半分の文章で返しておいた。しかし有村悠は一向に反応しない。まあべつにいいけど―と思いかけたそのとき、そのエントリはあげられた。http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090521/1242967919である。ちゃんと読ませれば小学生でも分かる内容だが、こんなもの「昔のオタク史にはそんな事実はなかったじゃないか、出してみろよ」と言うamamakoが「事実はもちろんある」と反論を食らっただけの話なのである(細かくはhttp://anond.hatelabo.jp/20090523030043を見てもらおう)。引用されたNaokiTakahashi氏の言も、あくまでamamakoの「昔のオタク史」説に対するリアクションに過ぎない。amamakoこそは昔のオタク史を「知ったこと」だと思っており(ただし、知ったつもりなだけ)、NaokiTakahashi氏たちこそがその「(嘘まみれの)抑圧」に対して反発しているのだ。なのに有村悠には一連のやり取りがまるで逆かのように見えているらしい。私は困惑した。有村にはこんな簡単な状況が見えていないのか? なぜ?
それでも私はまだ疑っていたのだ。彼はそんなに馬鹿ではない、ないはずだ、と。だがまたしても、そんなときにエントリはあがる。"「○○は人間の本能《だから正しい》」というありがちな論法"(http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090525/1243251389)だ。彼はjoe11111氏のつけたブックマークコメントを引いてこう書く。
子供を産み育てることは人間の本能。本能に(義務とか趣味とか)理由などない。そもそも発端はタバコと子育てを同じ次元で見た駄文でしょ?あんなの最初読んだ時にコメントする価値すらないと思うのが普通
というコメントの前半についてなのですが、これが赤木智弘氏の主張(個人が自らの幸福を追求するために子供を産み育てる行為=子育ては趣味といってよい)への反発であることを踏まえると、
という部分には「本能《だから正しい》」という価値判断が含まれているように読み取れます。「本能《だから当然》」でもいいのですが。
しかし、《》の部分は実は偏見なのですね。本能であるということ自体は、本来いかなる価値も帯びないのです。そこに《だから正しい》《だから当然》という価値を「勝手に」与えているのは、実はjoe11111さんである――となるのです。
なぜ? 確かに「子供を産み育てることは人間の本能。本能に(義務とか趣味とか)理由などない」という文章は分かりにくい。率直に言えば、私にもはっきりした意図がまるで分からない。が、これはそのまま読めば(「子育ては趣味」という論への反発としても)「子育ては本能だから、義務だからやるとか趣味だからやるとかいう理由などない」としか読みようはないだろう。そこに「正しい」とか「正しくない」とか言う価値判断は必ずしも入ってこないのだ。「当然かどうか」についてはなおのことである。善人が善事をなすのは当然、悪人が悪事をなすのもまた当然。「当然」に価値判断などありはしない。この価値判断は、有村も書くようにただ「含まれているように読み取れ」るだけであり、それさえもさしたる根拠はなく、「有村が」自身の解釈においてそのような意味を「与えている」というのに過ぎないのである。にもかかわらず、有村は書く。
そこに《だから正しい》《だから当然》という価値を「勝手に」与えているのは、実はjoe11111さんである――となるのです。
そこに、joe11111さんの主張と同じように《だから正しい》《だから当然》、あるいは《だからやむを得ない》という価値判断を含ませると、戦争や暴力行為のようなものでも正当化できてしまいます。
正確に読み取ることなどできなそうな「joe11111さんの主張」をなぜ有村は読み取れるのか。さらに続く
joe11111さんは、子供を産み育てることは理由などないほどに当然の行為だとおっしゃりたいのだと思いますが、それは結局倫理的・道徳的に好ましいという意味です。
については失笑するほかない。兎のつがいがさかって子育てし始めたらどうか。それは理由もないほど当然の行為だろうが、それも倫理的・道徳的に好ましいのだろうか。
いや、根拠の薄い憶測解釈も、結果的に当たっているのならそれはそれでいい。しかし、その解釈は当たってなどいなかった。有村の解釈が披露される以前に、joe11111氏はコメントの補足をしている。
ご指摘に関しては、まさに仰る通り「論点のすり替え」です。「だから正しい」がどれにかかっているのかはハッキリしませんが、「子育ては義務議論」にかかっているのであれば私はどちらの味方でもありません。どちらかを正しいと主張したいがために持ち出した論点のすり替えではありません。
私が言いたかったのは
人間が子供を産み育てることに誰にでも共通する普遍的な真理などあるはずがない
↓
発端の記事
(http://news.livedoor.com/trackback/4109939?tc=cf328439421c63bb4f2056d5d3d1a1fd)
はそれを「趣味」と決め付けた
↓
joe11111氏はどちらが正しいかなど主張しておらず、「論点のすり替え」も(話を正邪や好悪などにすり替えているのでない以上)「自然に訴える論証」でもなんでもない。つまり、有村の論は全く・完全に誤読であった。有村解釈の部分は実は偏見で、《だから正しい》《だから当然》という価値を「勝手に」与えていたのは、まさしく有村悠であったのである――さあ、有村はどうしたか。
追記
この記事をタラタラと書いている間に、joe11111氏のブログのほうでお返事をいただいていた。
こちらを更新したあとでトラックバックに気づいた次第、申し訳ありません。(http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090525/1243251389)
y_arim 2009/05/25 20:45
わあ、すみません。この記事がアップされたことに気づかず、ぼくのブックマークコメントの内容を改めて書き直したブログ記事を上げてトラックバックを打ってしまいました。ご笑覧いただければ幸いです。
とりあえず、joe11111さんの意図は了解いたしました。(http://d.hatena.ne.jp/joe11111/20090525/1243242720)
これだけ。これだけである。誤読で「偏見」だの「自然に訴える論証」だの「誤謬」だの「戦争や暴力行為のようなものでも正当化できてしまいます」だの…散々に難じておいて訂正もない。無礼について謝罪のようなものもない(「申し訳ありません」「すみません」は単にエントリアップのタイミングについての話である)。
泡沫フリーライターめ、なぜこんな文章を書いて恥ずかしくないのだ。事実ではなく自分のイメージだけが見えているのか? 有村には事実に基づいてものを論じるという資質そのものが欠けているのではないだろうか。なにがモノカキだ、なにがライターだ? おまえはblacksorceryと違ってそれを自称しているのではないのか。矜持の差は、覚悟の差はないのか。
作家になるのは無理だと思って、何でも屋なフリーライターになった。
それから、もう5年くらい。
正直、上手くいっているほうだと思う。
5000部程度とはいえ、自分の名前で単行本を何冊か出せたし、得意分野の仕事では評価もしてもらえた。
儲からない職業なのはわかっていた。雑誌は潰れるものだとわかっていた。
そもそも、この職についてから景気のいい話は、まったく聞かない。
それでも、そこそこはやっていけていたハズだ。
でも、今年になってからは酷いものだ。
とにかく仕事の依頼は減る一方だ。
先輩のライターたちから「単行本を出すと仕事が減るから気をつけろ」と言われていたけど、実際そうなった。
誰が書いてもいいようなエロ本とか実話誌のページを埋める文章で家賃分くらいは稼げていたのだけれど、そうした仕事が回ってこなくなった。
いや、自分に問題があるのかと思ったけれど、どうもそれだけじゃないみたいだ。
よく年齢が上がると、若い編集はウザがって仕事を持ってこなくなると聞いていたけど、単行本を出すと一冊あたり年齢で5歳分くらい上がるんだな。
いまの50代くらいは、ちょうど80年代の雑誌黄金時代を体験した人たちなワケだけど、早死にしている人が多いな。
こっちは、そこまで生きられるかも不安だけどね。
ま、そんなところにきて不況のあおりなのか書いてた雑誌も潰れたりして、ほんと今年は悲惨だよ。
で、現実逃避して藤子A先生の『愛・知りそめし頃に』を読んでた。(『まんが道』の続編ね)
そこで書かれていたのは、A先生が編集から自分が中堅漫画家扱いされていることを知って悩む姿なんだ。
中堅ってことは、後からは新人が追い上げてくるし、上を見れば手塚先生とか大家がいるだけ。
今更、辞めることもできないし、かといって大家になる自身なんかないわけ。
結論から言えば、藤子先生は無事に大家になれたんだけど、きっとここで挫折して消えていった人たちも多かったんだろうな。
幸いにも、この不況にもかかわらず原稿料を前借りさせてくれた編集がいたので、なんとか切りつめては暮らせそうだ。
仕事が少ないことを逆手に取って、自分の興味ある分野の取材でもやることにするよ。
なにも考えずに書いているので、文章が変でごめんね。
好きな仕事ができるってのは恵まれている。
だから「辛い」とか言っちゃ、バチあたりだと思う。
そういうわけで5年ほど、「辛い」って言葉をどっかに置いてやってみたが、
いよいよどこかで吐き出したくなっちゃったよ。
ちょっと変な病気にかかったもんで外出しなくてもできる仕事を選ぶ境遇になった。興味があったゲーム制作に飛び込んでみた。病気持ちでも興味持てる仕事に出会えて幸せ、なんだけど。
1ヵ月12万もらえたらいい方か。
高い給料もらうには売れてる人にならなきゃいけないのかな。それどうやってなるんだろう。
テキストとスクリプト組む契約のはずなんだけど企画からディレクションみたいなことまでやる。そんな仕事ばっかり。でも分が悪いからと断って仕事こなくなるのはマズイからやるっきゃない。
やることになったらイイモン作らないと買ってくれる人に申し訳ないから結構頑張る。頑張ればまた仕事はもらえる。満足して頂けたなら少しお給料上げて……要請してみるがあがらない。
「安いことしか意味がないものしか作れなかったか」と自分の才能のなさに意気消沈。
ゲームはゲームでも、こう単純に女をいたぶるようなゲームの業界で働いてる人は割と羽振りがいい。こっちの仕事紹介するよ、と言われるが空想上とはいえなんか心が痛む。そんなこだわりは飯一粒と等価交換なんだろうけど。
でっかい会社と契約とれるように頑張ろうって。生活費稼ぐ仕事で手一杯でなかなかそういう時間が作れない。時間の使い方も下手ですか。はあ。良いとこなし。
でもこの5年、どの取引先も待遇が良くなることは全くなくて、ちょっと疲れてきたよ。
で、愚痴。
頑張ったところで自分じゃたいしたもん作れないんだ。
売れるもんが作れないんだ。
羽振りのいい業界でも時代でもないから待遇なんか良くならなんだ。
所詮外注。
とはいえなあ。もういい年になっちゃったし、この仕事始めるて結構重要な20代って時間を割いてきたし、仕事がこないわけじゃないしもうちょっと頑張ろうかなあ。
愚痴めきながらも、お客さんに「このゲームのストーリー良かった」って言ってもらえるまでは粘っちゃうのかなあ。我ながら、なんとかならないものか。
年金なんか払えないよ。長生きしたらどうしよう。
ホッテントリ読んでてこの程度なら私にも書けるよなーと思ってキャラ変えて増田で書いてみたらあっさりホッテントリ入りして一瞬で萎えた(※今日の話じゃないですよ)。なんだ、この程度か。
つまり、ブックマークがつくような記事を何本も書けたところで、何ら面白い人生は歩めないってこと。頑張ればフリーライターの末端でお小遣いくらいは稼げるかもしれない、ってのが上限なんですよ。なんか、そんなんじゃないんだよね欲しいものは。
インターネットのおかげで入り口が広くなった分、いろんなところの限界が見えやすくなって、夢を抱きにくい世の中なのかもしれないですね。今の子どもたちなんて小さいころからこういう限界をたくさん見ながら成長してるわけで、そりゃ社会のために身を粉にして働こうなんて考えが生まれるわけないよな。
フリーライターなんてそもそも信用のおける人間でない場合が多いのだけど
特にこの人の書くことは信用しないほうがいい。
亀田家批判は誰もが思ってることを、ネットをソースに書いてるだけだったのだが、
今回の菅原叩きの件はひどい。
結局、昔から佐野と菅原のことを嫌いだっただけじゃん。
佐野や菅原にはもちろん、遺族にさえ取材すらしていない。
現場にいたとされる複数の人物にさえ話を聞いていない。
飯のネタにするくらいなら、この事件で亡くなってしまった人に対して
花や線香を供えてもバチは当たらないと思うんだけどね。
記事のあとに関係者が連絡しようとしたら逃げ回っている片岡氏。
何故逃げるんだろう? 不思議だね!