はてなキーワード: フランス人とは
他人種と比べて見た目が若い
他人種と比べて肌や髪が強い
他人種と比べて痩せている
他国籍人と比べて男を立てる
他国籍人と比べて歯並びが悪い
日本国籍を持っている
他国籍人と比べて歯並びが悪い
後藤久美子×ジャン・アレジ(フランス人レーシングドライバー)夫妻
クルム伊達公子×ミハエル・クルム(ドイツ人レーシングドライバー)夫妻
中村江里子(元フジテレビアナウンサー)×シャルル・エドゥアール・バルト(フランス人実業家)夫妻
高見知佳(女優)×マーク・エスパーザ(メキシコ系アメリカ人男性)夫妻
寺島しのぶ×ローラン・グナシア(フランス人アートディレクター)夫妻
西川きよし×西川ヘレン(アメリカ人男性と日本人女性のハーフ)夫妻
井上純一(成人男性向け同人作家)×一般中国人女性夫妻(中国嫁日記)
このレシピは私(記者)がフランス取材中、あるフランス人シェフに教えてもらったもので、今でも寒い夜に作って食べています(※このレシピはかなり日本人用にアレンジされています)。
ってわけで、どのへんが日本人向けにアレンジされてるか考えてみた。
・にんにく(丸まま)
・キャベツ
・にんじん
・玉ねぎ
・塩・胡椒
・コンソメ
・パセリの茎
・セロリの葉
・ローリエ
・サワークリーム
ポトフっていったら牛肉と野菜の煮込みというイメージですので、まずここ。
豚肉(特にハムや塩漬け豚肉、ソーセージなど)を使う料理はポテという。
ポトフでも間違いじゃあないんだが。
コンソメ、まあフランス人も使うけど、ポトフみたいに肉!肉!たまに野菜!っていう感じの肉が多い煮込みだと使わないイメージ。
魚のアラ汁を作る時に本だしを使うような違和感。
■作り方
【1】お鍋にオリーブオイルを入れ、にんにく(丸まま)を炒め、その後、玉ねぎ、ウィンナー、ニンジンを順に入れ炒める。
【2】炒め終わったら、お鍋に水をたくさん入れ煮立て、コンソメ、パセリの茎、セロリの葉、ローリエ、塩コショウ(少量)を入れて煮込み、その後、ニンジンを入れ、さらに煮込む。
炒めない。というか炒められるような大きさではなく、肉は塊でドン!野菜はせいぜい皮をむく程度。たまに2つに割る。皮さえ剥かない野菜もって感じなので。
一口大に切って炒めてから煮るのも日本人向けのアレンジだと思う。けんちん汁の技法かな?
【3】ぐつぐつ煮込み、ニンジンが柔らかくなってきたら、じゃがいもを入れさらに10分程度煮込む。
【4】「じゃがいも」も柔らかくなったら、キャベツを入れ煮込んで完成。最後に塩コショウで整える。
【5】お皿に盛りつけして、お好みで「サワークリーム」を入れる。
本来は3時間くらい煮込むと思う。
最後に皿に盛る直前まで塩を入れないのも、味噌汁の技法じゃないかと。
http://sociopouch.files.wordpress.com/2011/11/potaufeu1.jpg?w=580&h=435
各自が勝手に切って食べる。
先日、フランス人が北朝鮮に観光に訪れ北朝鮮の実情を観察するという内容の番組を観た。
その途中、食事を得るために海岸で海藻を拾う住民に近づく場面。「日本海の海岸で海藻を拾う住民たち」というナレーションに違和感を感じた。
北朝鮮の海岸なのに日本海の海岸?頭では分かっていても妙だと感じた。実際に話して聞いたことはないが、韓国・北朝鮮人からするとこの違和感はすさまじいのではないか。
おそらく日本海という名称が東海に変わることはないだろう。東海という名称を支持する国が少ないし、朝鮮半島の「東」の「海」と読みうる名称自体も一方的な見方を含むものであって、日本海という名称が抱える問題点を解決できていない。
ただ、韓国・北朝鮮人が感じている(と思われる)違和感はそれで解決されるものではないだろう。
日本海呼称問題を論じる際は、こうした感情的側面を汲んだ上で、なお日本海という名称を使用すべきだとの積極的な理由(韓国・北朝鮮人をして納得せしめるような)を示して議論すべきではないか。もちろんそういった理由は現在も示されているが、心構えとしてこうした態度を持っておくべきではないか。
慣行上そうだから、とか、東海という名称に問題があるから、といった消極的な理由を示すだけでは、問題(とくに日本海呼称問題をめぐって引き起こされる騒動)の解決にならないと思う。
facebookが全地球上の利用者の行動データを黙々と集め続けているというブログ記事が多くの注目を集めて、ガクブルする人のうめき声や罵詈雑言が飛び交ったことは、これを見ている人はまだ記憶に新しいと思う。
さて、日本語圏の、だいたい日本国と重なるネット社会はどうだと思う?
2ちゃんねるで有名人の殺害予告を書き込んだ奴の家に警察がやってくるというニュースはそんなに珍しくなくなっている。ヤバげな書き込みがあれば、奴らはあっというまにきみの発信者情報を特定してドアをノックするというわけだ。
そういう意味で、すでにぼくたちは「公権力に」よってネット上での行動を監視されているわけだ。
これもよくいわれるんだけど、こういう状況は、ミシェル・フーコーというフランス人が「パノプティコン」と呼んだ状況に似ているかもしれない。
パノプティコンというのは、ベンサムというイギリス人が考えだした刑務所のモデルのこと。監獄がドーナッツ型になっていて、中央の穴の部分に看守の建物がある。囚人たちは、四六時中看守に見られているような気がする。たとえ看守の建物にだれもいなくてもそうなんだ。いつのまにか、囚人は看守の視線を自分の中に取り込んでしまうから、下手なことをしようという気を起こさなくなるというわけ。ようするに、その監獄にいる囚人はどんどん自主規制するような、監視者に都合のいいシステムがパノプティコンだ。
2ちゃんとか自分のブログに何か書こうとしているとき、自分の心の動きを思い出してみて、どうだい?
アイドルを殺すとか、新宿駅を爆破するとか、そういうことを書き込んだら、たとえ冗談でも警官が家に来るらしいってことは漠然と「知って」いるだろ? だからめったなことではやらないだろ? そもそもやろうと思わないだろ?
なぜなら、きみは自分が監視されていることを「知って」いるから。
でもさ、きみはほんとに、どっかの地下司令室みたいな所で、日本中の掲示板やブログの内容を膨大な数の監視員がチェックしているところを見たのかい? SF漫画の中で見ただけじゃないのかい?
たとえそんなところが本当にあったとしても、そこで働いている奴はいま夜食のビッグマックを頬張るのに夢中になっていて、きみの書き込みなんか見ちゃいないかもしれないんだよ?
でもきみは心のどこかで自主規制するよな。だって、ヤバいことを書き込んだら、奴らが来るって「知って」いるから。
ところで、そういうネット上のパノプティコンみたいなものは、べつに「公権力」じゃなくてもこの国では勝手にどんどん作れることは知ってたかな。
ほかでもない、ネット上の風評被害対策とか、「ソーシャルメディアマーケティング」をやっている民間企業だ。こいつらはネット上の自警団というよりは、傭兵だ。金で雇われれば誰でも手にかけるから。
たとえば、きみが2ちゃんか自分のブログである企業の批判をしたとする。傭兵たちは独自のクローラーを毎日ネット上に走らせているので、君の言葉はすぐに見つける。そしたらすぐに2ちゃんの運営ボランティアかブログのプロバイダに削除依頼をかけるか、訴訟をちらつかせながら発信者情報の開示を始める。
誰だって、どこの馬の骨とも知らないやつに自分の居場所を突き止められたくない。弁護士の対応なんてしたくない。
まあ、きみがただ単に相手を傷つけようとして、根拠のない誹謗中傷を垂れ流そうとしてそういう目に合うのなら、自業自得というものだろうね。
でもさ、他人のでたらめを見かけてそれを指摘しようとしたときに、ナイフをちらつかせられたらどう思う?
とくに、企業に雇われた傭兵たちが嘘八百をいい散らしているのを指摘しようとしたときに、訴訟を恐れて自主規制しようとしたら?
そもそも、指摘する声を出せないように傭兵たちが街中の広場をすでに封鎖してしまっていたとしたら?
なんのことはない。きみは気がついたら彼らが勝手に作った「民間刑務所」のなかで監視を恐れながら粛々と労役に励んで、傭兵たちが大声でおすすめする臭い飯を、きみ自身の苦役で稼いだ労賃で買いつづけるわけだ。日本語圏のネット社会は、気がついたらそういうプライベートな監獄で何重にも囲まれていたという話。
たまたまそういった「民間刑務所」の看守見習いがヘマをしでかして、刑務所のオペレーションに関する書類を落としてしまったとする。それを拾った奴が広場で騒ぎ出し、市場のゴミ拾いが日課で壁新聞の好きな奴がその書類を市場の外に、街のいたるところに見えるようにして貼り出してしまった。でもそのゴミ拾い人は傭兵たちの訴訟攻撃にぶるってしまって早速自主規制したまま黙っている。その間に市場での騒ぎは手際よく鎮圧されてしまった。傭兵たちは普段からそれで飯を食っているので、自分たちのこととなると作業は早い。
市場の住人たちも、その外で壁新聞を読んでいた人たちも、なにかおかしなことが起こっていることをばくぜんと感じ取っている。たとえ騒ぎが収まった後でも、そのおかしな感じは消えるだろうか。自分たちが「民間刑務所」の中で暮らしていたことに気づいた後で。
小学5年生の頃。
すると、誰かがボールを蹴っている。
よく見ると、かなり大柄な外国人だった。
田舎の小学校に外国人がいるという不思議な状況に興奮した俺は勢いで話しかけた。
幼少の頃海外で住んでいた俺は英語が得意だったので、拙い英語で自己紹介をし、相手の反応を待った。
すると、相手は満面の笑みで自分のことを話し始めた。
フランス人で、自国の下部リーグでプレーするプロのサッカー選手である、妻が日本人なので日本にきている、とのことだった。
サッカー選手を目指していた自分としては海外のサッカー選手が目の前にいるという状況に興奮を抑えきれなかった。
案の定サッカーを教えてもらうという展開になった。
1対1の勝負をしたが、やはりプロなだけあってレベルが違う。しかし、やはり子供ということで少し手加減をしてくれる。
サッカーは国境を超えると誰かが言っていたが、まさしくその通り俺は彼とすぐに意気投合した。
すると、急に彼がが切ない顔をした。
俺が「どうしたの?」と聞くと彼は「明日フランスに帰らなければならない。」と言った。
何故自国に戻るのに悲しそうなのかが理解できずに怪訝な顔をしていると
「僕はサッカー選手をクビになってしまった。実力が足りなかったんだ。今はゆっくりしようということで日本に来ている。帰ったら工場で働くんだ。」
と今にも泣きそうな顔で彼が言った。
知り合ったばかりの見知らぬ外国人のことなのに何故か俺も泣きそうになった。
そんな俺を見て彼は続けた。
「坊や。君に人生で重要なことを教えてあげるよ。この世には感謝すべき人も多いけど、それと同じくらい敵も多いんだ。でも自分だけは自分のことを信じていなければいけないよ。
誰かに『お前には無理だ』なんて言われても絶対に諦めちゃいけないんだ。僕はそれに負けた。『自分には無理なんだ』と思った瞬間今までのように頑張ることができなくなった。
そして大好きだったサッカーから離れなければいけなくなった。僕は絶対に理想を曲げてはいけないと思う。理想を曲げて楽に生きるより、理想を追って苦しんだほうがはるかに
いい人生だと思うんだ。」
そう彼は言って「サッカー頑張るんだよ。」と俺の頭を撫でて帰っていった。
俺はサッカー選手にはなれなかった。まさに「お前には無理だ」という周りに負けてしまった。自分に賭けることができなかった。
今は次の目標ができてそれに向かっている。でも、そこでもすごい人達を目の当たりにして動けないでいる。
俺には才能がない。もう遅いんじゃないかって。
そんな時に彼と出会ったことを思い出して勢いで書いた。
彼が言っていたことを本当に痛感している。俺は諦めない。
1
デカルトっているじゃん?
カルト教団? お前が通ってるあれ?
違うよあれは世界基督教統○神霊協会って言って、各人が愛による家庭完成をめざし、性の乱れを憂い、サタンの血統から生まれた我々が血統転換による神の子の血統への復帰をめざし、来たるべき地上天国のために、日本の美女たちが朝鮮半島の貧しい農民に次々と嫁いで行って…。
どうでもいいよ!デカルトの話じゃねえのかよ
ああそうだった。「我思うゆえに我あり」って言った人。
なんか聞いたことあるね。何人?
で、そのフランス人がどしたの?
「我思うゆえに我あり」ってどういう意味だと思う?
知らね
ちょっとはやる気出せよ!
あー。だから…。私は考えているから私はいるのですね。私がいるのは、私が考えているからこそなのですね。だから、物を考えてない奴は存在しないも同然なのですね。私たち人間にとって、考えることがとても大切で、みんな、もっと考えなきゃダメだよ、ってそういうお説教たれた人?
それ誤解。「人生において思索が大切」とかそういう話じゃない。俺も中学のころはそう誤解してたけどね。
じゃあどういう意味なんだよ。
まずね、デカルトは学問を始める上で、確実な知識を求めたんだ。せっかく知識を得ても、それがほんとなのか怪しかったら、信頼できないでしょ。
まあそうだな。
そんで絶対確実な真理を探し始めた。
うん。
「いまおれはキーボードを打ってる」、これは確実な知識だろうか。
確実なんじゃねえの、実際打ってるし。
うーん、まあ、それは確かにな。
もっと確実な知識はあるだろうか。
1+1=2とかは? 確実じゃん
確かに確実そう。でも、おれたちって計算を間違えることあるよね?
いやまあ。そりゃあるけど、1+1=2は間違わねえよ
でも万が一ってこともある。それに、なんかお前が悪霊にとりつかれてて、「けっけっけ、あのバカの思考回路をいじくって、1+1=2を正しいと思い込ませてやろう」と思われてたらどうすんだよ
悪霊とかアリなの? じゃあどうしようもねえよ。いくら確実だと思っても、「それも悪霊に思い込まされてるだけかも」って言われたら終わりじゃん。
お前に凡夫とか言われたくないけどな。でも凡夫じゃなかったら終わらないのかよ。
そこでまさにデカルト登場。すごいこと言うよ! これからすごいこと言うよ!
うるせえよ。早く言えよ。
「疑いだしたらキリない。わしはフランス人や、でも、そう思ってるだけかもしれん。わしはイスに座っている…、と思ってるだけかもしれん。あれもこれも、そう思ってるだけかもしれへんのや…。いや、待てよ。確かに、わしは色々なこと考えて、真実やと思とるけど、それは真実やなく、そう思ってるだけかもしれん。しかしどうや、そう思ってること自体は、よう疑わんのとちゃうか。わしは思ってる…、と、思ってるだけかもしれん。…それ、思ってんのやないか!」
うーん。
どうだ!
関西弁分かりづらいわ。
つまり、俺の信じてる内容は全部「そう思ってるだけかも」って疑えるけど、そのとき「そう思ってる」こと自体は疑えないんじゃね?、確実なんじゃね、ってことだよ。
ふーん。
どうすか?
どうだかねえ。怪しいねえ。だってさあ、悪霊が出るレベルだろ。悪霊が出なきゃ、色々考えられたけど、悪霊が出ちゃったらなあ。
おまえの中で悪霊をどんだけ評価してんのか知らないけどな。
悪霊つったら無敵だからな。例えば、デカルトがいま実際は何も思ってないのに、「俺、いま○○のこと思ってる」って思い込ませるようなこと、悪霊ならできるだろ。
いや、できるか?
できるだろ
逆ならできるよ。デカルトは今、本当は色々と思ってるんだけど、悪霊に騙されて、「あー俺いま何も思ってないわー。信じがたいほど何も思ってないわー。無だわー。」って思ってる状態。だけど、この反対は無理じゃないか?
いや、ほんとは何も思ってないのに、悪霊に騙されて、「あーいま俺色々思ってるわー。頭フル回転だわー」って思い込んでることはありうるだろ。
だからそこでさあ、結局「思い込んでる」わけじゃん。思ってるんだよ。
ああ、そうか。
こういうわけで、「思ってることは確実だ!疑いえない!」。これがデカルトの発見。
なるほど。でもさあ、それ「我思う、ゆえに我あり」と違くない? 「我思う」が確実な真理と分かったって話なんだから、「我思う」だけ言えばいいんじゃねえの?
まあ一理ある。「我思う、ゆえに我あり」については、当時ガッサンディが「三段論法じゃねえか!」つって批判したんだけど、「ゆえに」とか言ってたら推論と解釈されても当然だしな。
うむ。
まあだけど、その「我思う、ゆえに我あり」は以上のようなことが言いたい言葉なんすよ。
分かったよ。それで?
実は、デカルトよりも前、アウグスティヌスというキリスト教哲学者が…、
あっ、ちょっと今日お母さんの誕生日だからケーキ買いに行かなきゃ。じゃあな。
良い子かよ!!
<つづく>
http://ima-ikiteiruhushigi.cocolog-nifty.com/nature/2008/07/3_e9bb.html
福島第一の事故の前なら、日本のほうがマシなんじゃね?ってレベル。
天賦人権説(てんぷじんけんせつ)とは、すべて人間は生まれながら自由・平等で幸福を追求する権利をもつという思想。ジャン=ジャック・ルソーなどの18世紀の啓蒙思想家により主張され、アメリカ独立宣言やフランス人権宣言に具体化された。
自然権(しぜんけん、ius naturale/jus naturale)とは、人間が、社会の仕組みにたよることなく、自然状態の段階より生まれながらに持つ不可譲の権利。人権はその代表的なものとされている。今日の通説では人類の普遍的価値である人間の自由と平等を中心とする基本的人権及びそれを基調とした現代政治理論においてもっとも基本的な概念・原理であるとされている。ただし、その由来については神が個々の人間に付与したとする考えと人間の本性に由来する考えが存在する。
書き始めたのが追加記事の後だったと仮定して、書いた内容が誤りになるのか?というのがひとつ。追加記事がひどいので、また同じことが起こりそうで楽しいかもよ?というのがもうひとつ。
追加記事は結論だけ読むと多分間違っていないが、結論の補強に使われているデータがとんでもない。同じ人数当たりで比較するとフランス人の56倍Facebookを検索するトルコ人が、極端に東京に偏って旅行している。検索内容はスペインのFacebookをスペイン語で探すものがとても多い。そんなデータをもとに書いた記事に対して、どんな納得コメントがつくのか楽しみじゃないか。
頭の体操で高齢者と柔整師と外国人をつまみ出すっていう発想はいかがなもんなんだろうか?
そりゃあ、100年くらい前だったら実に斬新で魅力ある発想だったのかもしれないけれども。
んじゃーね、横だけどちょっと俺も頭の体操してみる。
まず、国民健康保険、これやめよう。
民営化しちゃおう。
強制加入を義務付けて、(ただし、保険会社はどこでもいい)国民皆保険制度だけは維持って方向で。
いまさ、収入に応じて掛金が決まるけど、普通の医療保険みたいに、病気や事故に合いやすいヒトほど掛金が高くなる方式にしちゃおう。
そりゃ税金は投入はするけどさ、保険会社だってお断りしたいような人も保険にいれないとならんからそのぶんの補填にね。
いまよりずいぶん安く上がりそうじゃない?
セコムあたりに売っぱらおう。
国がしっかり管理しないとダメとか言われそうだけど、薄給なセコムの警備員に警察の給料払ったらいい仕事してくれると思うよ?
有事の際だけ外注のほうが安く上がるんじゃねーの?
え?中国が攻めてくる?
むしろ中国に外注しようぜ。
アメリカ軍雇うより人民解放軍のほうが安くレンタルしてくれそう。
とりあえず東京を。
六本木とか今だってガイジンのほうが多いんだもん、日本じゃなくなってもいいんじゃないかな?
東京を追い出された都民の一人でも、尖閣諸島とか竹島あたりに住んでくれたら美味しいな。
24時間風呂で、50インチ液晶テレビがあって、国産車が五台くらい並んでる大豪邸。もちろんセコムしてるぜ。
しかし、東京に中国人がたくさん住むと、ダサイタマに住んでいても喉元にナイフ付きつけられたみたいで安心出来ないし。
ゴーンあたりに公務員のリストラを頼みたいけど、あ、ゴーンはフランス人か。まあいい。
総理はジョブズに。
神プレゼンに期待。
ジョブズは余命が短そうだから、名誉とやりがいのある仕事を引き受けてくれるんじゃないだろうか。
国営SNSを作ろう。
国民全員にアカウントをつけて、ジョブズ内閣のもとに一人一票を実現するんだ。
法案の可決否決は全部国民投票さ。
アカウントでヒモ付きにすれば都合が悪い意見言うやつとか都合が悪い票を入れるやつを簡単にぶっ殺せるしってのは内緒な。
ツイッターやフェイスブックと競合するようなサービスをして、できるだけ向こうの情報に触れないようにさせたいな。
出会い系っていうか、お見合いパーティーってか、もう面倒臭いからトントンっと合同結婚式だ。
面白くない?すんません。
友人のフランス人留学生が、「日本に来て驚いたのは日本人はどこでもお礼を言っている、素晴らしいです」と言っていた。
お店で何も買わずに出ても言うし、バスや電車に乗ってもアナウンスでお礼を言っている、それが新鮮らしい。
特に印象に残ったと言っていたのが、レシートやコンビニ弁当の箸袋にも毎度ありがとうございますと書かれていること。
「人間じゃなく物からもお礼を言われるなんて、日本人の心遣いの細かさスゴイでーす」と少しテンションが上がっていた。
そんな感じで彼女と話していたらカバンをモゾモゾして何か取り出して、「コレを見てください」と私の前に差し出した。
私がなにこれ?と尋ねると「トイレットペーパーの真ん中です、ちょっと見てください」と言う。
トイレットペーパーの真ん中というのは芯の事なんだけど、トイレと全然関係ない場所で芯だけ見せられたら意外と分からなかった。で、そのトイレットペーパーの芯を手に取ってみるとそこにも毎度ありがとうございますと書かれていた。
これは日本人の私も初めてだった。彼女がトイレにいったとき丁度紙が切れたのだが、トイレットペーパーを交換しようとして気がついたらしい。そして芯に書かれたお礼に気が付いていたく感激し芯だけ持って来たそうだ。
「日本人はお礼言わないと死んじゃう病気です、でも良い病気です。世界中の人がお礼を言う病気にかかると世界は平和になりますヨ~」と妙にスケールの大きな意見を聞かせてくれた。
そんな話をしてからしばらくして彼女の部屋にお邪魔させてもらったら、パソコンのディスプレイの左右にまるでスピーカーのように一個ずつ、毎度ありがとうございますと書かれたトイレットペーパーの芯が飾られていた。どこからかもう一つ調達してきたらしい。
ルノーは日産と提携している。ルノーが中国に売り飛ばした技術は、すべて、日産の技術である。というのも、ルノーにはEVの開発能力が無く、そのコンセプトからデザインに到るまで、日産製である。日産の社長であるカルロス・ゴーン氏は、親会社にあたるルノーの会長兼最高経営責任者(CEO)を兼ねる事から、日産とルノーの間の提携もすんなりとまとまったが、ここに来て、フランスらしい汚職が出てきたわけである。
機密を賄賂で漏洩するというのは、フランス人の常習みたいなもので、欧州の賄賂大国の名は、伊達ではない。売れる機密があれば、確実に売り飛ばすのがフランス人である。そして、同じような性質の中国とは、相性が良いのであろう。
ルノー社の幹部社員3人が、中国の電力会社から賄賂を受け取っていたという口座の記録が暴露されて、容疑は固まったわけである。
日産の社長が外国人であり、賄賂が通用する国の企業と親会社子会社の関係にあるという事のデメリットが、表面化したのであった。
多国籍企業はスケールメリットを追求したり所得移転で節税するという点では効率的であるが、それぞれの国家ごとの民族性による適性の違いが、表面化しやすい。メリットは過大評価し、デメリットは過小評価するというのは、人として平均的なミスであるが、他人の資金を運営したり、企業のトップにある人には、凡人ならば許されるようなミスであっても許されない失敗となる。それが、責任の重さである。地位や報酬にふさわしい能力を持っていない人が、そういう地位につき、報酬をうけとっているというのは、どんなに失敗をしても犯罪をしても、表沙汰にならないような閉ざされた環境であれば通用するが、そのような環境は、現代においては、中国にでも行かなければ存在しないのであった。
中国市場において、日産の技術を丸パクリしたEVが出てきて、中国独自技術の製品として輸出される事になるであろう。日産やルノーの株価に致命的な影響が出てくるのは、その後となる。
いままで色んな趣味に手をだしてきたが、ドクターストップか人間関係の不和で破綻している。
スポーツ系のドクターストップならとにかくとして、およそ怪我のしようがないインドアな趣味でさえドクターストップがかかるまで熱中する危ない人だ。
飲まず食わずではないにしろ、一旦没頭しはじめると水分とカロリー補給の時間以外は止まらない。
当然、家事は手につかなくなる。
家族から文句は出るが、
母の趣味友は
「あなたが頑張ってる姿をみて、みんな勇気付けられるんだから」
そんな母の友人たちも母の激しすぎる性格を嫌って、遅かれ早かれ去っていくわけだが。
今度きたブームは海外旅行だ。
苦行のようなスケジュールで出かけては疲れ果てて帰ってくることを繰り返していた。
車の運転が出来なくなって帰れなくなったりもした。
車の運転が出来ないってのは、故障とか、眠気とかじゃなくて、俺には理解できないんだけど頭の中が沸騰しすぎて運転出来なくなるらしい。
そして、今度は海外旅行の熱が高まってきている。
ヨーロッパをさらっと巡る旅をした。
得意気に添乗員に説明された文化遺産にまつわるエピソードなんかを家族にしたものの、たまたま母以外にとっては常識だった。
なんか悔しくなったらしい。
久々に帰省したら、教科書の最初の数章の余白にはびっしりとメモ書きがされ、付箋が挟まれ。ページは擦り切れかかるほどだった。
エジプト文明、インダス文明ときたら、メソポタミア文明のイラクは渡航できないだろうし次は中国あたりかな?っと思ったが甘かった。
せめて英語が通じる国とか、せめて先進国とかいう発想はないらしい。
もちろん、どの旅行も友達も家族も連れ立たず、一人でツアー参加だ。
「夫の稼ぎで暮らしてる専業主婦なんだからもう少し大人しくしとけ」
っと誰かいうべきなんだろう。
あるいは言ったのかもしれない。
しかし、言ってどうなるというのだ。
言って聞くような、理性的な人間じゃないことは誰よりも知ってる。
そして、母がいない家は母がいるときよりもずっと平和なのである。
欧米人ってさ、たまに極端な人がいるじゃん。
毎食ずっとビッグマックしか食わないアメリカ人とか、ヒョウに憧れて裸で暮らすフランス人とか。
そして、少なからず自分と弟にもその病的な凝り性の血は流れてる。
「バーベルを上げ下げするときに叫ばないで下さい」
と注意されたことがある。
反動をつけずにゆっくりとストレッチをしていただけなのに、肉離れするまで伸ばしてしまったことがある。
弟は考え事があると左右を確認せずに道路を渡る。
気付いてないだけで自分もそうなのかもしれない。
なんか怖い。
俺はいま、ペリーヌ物語を見ている。まさに見ているところだ!
お母さんはインド人だ。 だが本当はハーフだ。ゆえにコスプレする。写真も撮るよ。
出演しているロバさんはの名前は、パリカール。ガン×ソードにも出演なすったベテランだ。
お母さんは死んじゃうけど、おじいさんは金持ちだ。工場経営している資本家なんだ! みんなの共産党の敵だ。
でもペリーヌは体を売りはしないが苦労しておじいさんに取り入る。
どうするかというと、英語がしゃべれるバイリンガルを売りにすんだった。トイック何点だ? うらやましいほど感動する。
けど最も感動的なのは、お母さんが死んだりおとオサンが死んだりおじいさんが頑固だったり貧乏だったり苦労したりすることではない。
最も感動的なのは、ペリーヌが自分で靴つくったり生活用品作ったり池の小屋に不法侵入して勝手に住んだりすることだ。
子供に針ポッタを見せるなんて害悪以外の何ものでもなく、ペリーヌ物語を見せるべきだ。もしくはロミオの青い空。
ペリーヌ物語を見て子供が学ぶべきことは、以下のことに尽きる。
人生は、才能と生まれ育ちがものをいう。
高卒大卒問わず、社会に出てないと困るスキルというと、中象的だけど
・ 引き際を間違わない技術。
の四つかな。
社会に出ると、正しいか正しくないかは別として押し通さないとならないことたくさんある。
売りたくないものだって売らないとならないし、したくないことだってしなきゃならない。
持てる力(論理力、法律、知識、コネ、時に腕力)を総動員して、勝たないとならん。
絶対に勝たなきゃいけない時がある。
たとえ相手がフランス人社長だろうと説得しないとならん時があり、モンゴル人力士だろうと屈服させないとならん時がある。
基本的には、他人の喧嘩には首を突っ込まないほうがいい。
でも、それをおさめることが出来るか出来ないかってのは大きな差。
喧嘩に勝つためには相手より少しでも強ければいいのに対して、他人の喧嘩をおさめるためには狡猾さとかも含めて当人たちよりも数倍強くないと無理。
たまに、落ちている勝ちを拾うような勝負というものがある。
数十万を扱っていたときは冷静な判断が出来ても、数千万、数億の判断を委ねられると途端にミスを犯す。
とくに、うまくいかなくなった時にその傾向が顕著だ。
元後輩で、俺がよく教えてた関係で、俺の事を慕ってくれてたと思う。
一度、教えてるときに、異常に接近された事が何回かあって、
職場ではそういう事は頭から追い出すようにしてたので、反射的に「近づかないで」的に体を離した。
もちろん、そういうときにどういう反応を取ればいいか分からなかったというのもある。
いままでそんな風に近づかれた事が無かったから。
でも、そのままほとんど密着したまま教えるには、その子はかわいすぎた。
それで悟ったのか、その子はそれから近づいては来なくなった。
ほとんど異常っていえるぐらい髪や外見を奇麗にしてる子で、
自殺の原因は分からないけど、もしその子の中で、その行動が「世界からの拒絶」になってしまったんだとしたら、俺もその子の自殺の原因の一つなんだろう。
その子ならもう少し違う付き合い方があったんだと思う。
でも、もし今度僕が拒絶しなきゃならない立場になったら、体を急に離したりするのはやめようと思う。
人間にとって、言葉で拒絶されるより、体を拒絶される方が嫌だろうから。
今読み直して、自意識過剰だと思った。
でも、前もこんなことがあった。その子もやっぱり自殺した。
今付き合ってる子も、やっぱり自殺未遂を何回かしてる。若いときにだけど。
俺に取ってはやっぱり必要以上に他人と仲良くなるのは怖い。
特に女は怖い。値踏みするような目線。
男を性的に拒絶するのは僕には不可能だ。でも女の子は簡単にそういう危険領域に入ってくる。
なんで俺みたいなほとんど性不能者に近づいてくるんだろう。
変な人、気持ち悪いと思われてた方が楽だ。
こちとら、言ったら100%特定されるので、言えない。
更に、別にこちらが悪いことは100%無い。
ある業界の話なのだけど、自分は最高品質のものを低価格で提供してる。
で、類似品が出てる。
類似品は高いうえに品質が悪い。ぱっと見酷いと判るもの。普通なら買わない。
だけど、その業界ではウチのモノが品質が高いというのは知れ渡っており、それに似てるので、その類似品はそこそこ人気がある。
ここが微妙なんだけど、類似品の方が出てるのが先。
更に、ウチの成功を見て、他のところも介入してきた。どこもウチの劣化コピーで、品質が極悪な上に高い。
そのせいで、最近「この分類の製品は、質が悪くて高い」という評判がジャンル自体に出てきてしまっている。
そうなると、ウチの製品は安くて品質がいいのに「品質が低い」と思われてしまう現象が発生してしまう。
はっきりと、ウチのが他のと違う!という事は製品を並べた写真とか載せて、それに専門知識の披露でもくっつければ誰にでも判るように解説できる。
ただ、それやったらウチが顰蹙を買うだろう。
いくら正しくても、そのやり方は駄目だ。
結局いいたい事は「(ちゃんとした専門的知識と経験の裏づけがあった上で)ウチ以外の製品はみんなクズで、後から入ってきたのが軒並み評判を落として、ウチはいい迷惑です」という事なんだけど、具体的な話が出来ずこうやってぼやかして書くことしかできなくて、ああ、イライラするなぁ。
---
[追記]
ativecuteの「バカがこの国を滅ぼす。」がサッパリ判らない……何がどうして国の話になるの?
ちなみに俺の業界は、製作も顧客もほとんど外国に関わらない、日本国内だけのもの。ここ10年やってて「一般の」イギリス人とフランス人、ドイツ人それぞれ1~2名ぐらいが買っていった程度で、相当モノズキだなーと思っている。
「全方位への批判を!」を標榜しておきながら、一方行への批判しかできないフランス人の顔を思い浮かべた。