「フォークダンス」を含む日記 RSS

はてなキーワード: フォークダンスとは

2011-12-18

http://anond.hatelabo.jp/20111218224105

リムリ。非モテなんて「名簿順にペアになってフォークダンスで手をつなぐ」のですトラウマレベルの傷を負うメンタルなのに

自力でダンスの相手を探すとか天地がひっくり返っても無理

2011-11-25

日記(俺版)

皮膚炎持ち。完治不能。小2頃から顕在化した。

結果として小2頃からだいたいイジメられてた。

主に精神的な暴力に見舞われていた。「キモい」腐るほど聞いた言葉だと思う。

よく「キモい」と言われていた。実際鏡を見ると肌がキモかった。どうしようもないなと小学校2年にして思った。悟ったような心地だった。どうしようもないのでどうしようもないとしか思わなかった。

だが人にいじめられるのは辛かった。

でもそれよりも辛いことがあると知った。

ある時気付いたが、俺は何もしてなくとも、俺の存在アンタッチャブルになっていると知った。俺の机や椅子病原菌の発生源扱いされているのだ。『気持ち悪いのが移る』といった、菌が移るとか、放射能が移るとか、そういった扱いだ。

つのまにか俺自身が罰ゲームの道具と化していた。同級生が遊びで罰ゲームの流れになった時に、罰の度合いによって、俺の椅子を触る、俺の机を触る、俺の頭部を触るというふうに設定されていた。俺と握手をするといったものもあった。俺と握手をすることは、それだけで極めて罰ゲームの対象になるほどの扱いだったらしい。とにかく、俺個人だけが他人と接することは罰に値する行為と設定されていた。

懐かしい話。

小学校給食の時、俺に絶対に配膳をしないで欲しいと頼まれたことがある。私がやるから!と。

プール。何か黄色キモいのが浮いてそうとか言われた。

同級生の転校見送りで全員と握手。俺だけ飛ばされた。

席替えの時、俺と隣の席になっただけで泣いた女子がいた。俺の席は地雷扱い。とても悲しかったが、俺よりも泣いている女子被害者扱いされていた。○○ちゃんを泣かすなと言われた。なんだか自分犯罪でもしたような気持ちになり、謝った。

運動会後のフォークダンス。似たような内容なので省略。

林間学校。同じく略。

中学に入ると更に悪化した。ニキビが酷い。もうどうしようもないので諦めることにした。

ちゃんと洗顔してるの?などと言われたり、不潔にしてると嫌われるよ?と説教されたりしたが、説明すら面倒なので、他人との関わりは事務的に対処することにした。

小学校の頃は泣くこともあったが、それはなくなった。「キモい奴」の感情は、それがどんなものであっても、須らくキモいと扱われることを学習した。泣いても誰も慰めてくれるわけではないのだ。「うわ、泣いてるよキモーイ」という言葉は飛んでくる。泣いたとき、誰かに慰めてもらい、誰かに甘えることができるのは、泣き顔のかわいい子供だけに与えられた特権だ。かわいいは正義

高校の時にネットを始め、その時既にあやしいは現役ではなかったが、油日記(復刻版)を発見した。俺の虐められ方とは違ったし、創作だが、同調した。その後2chに行き着き、喪板などを読んだ。わりと面白く、同胞感を得た。

基本的に話したことは「一般人」の世界観に沿って理解されると学習した。

こういった経験がある。

自分彼女が欲しいなどと他人に表明したことは一度もないのだが、何故か「つまりさあ、彼女欲しいんだろ?それならもう少し清潔な格好をしろよ!それくらいしないのに彼女が欲しいと考えるのは甘えだろ!くどくど・・・」と説教された覚えがある。

意味が分からない。はじめの「つまり」は、何がつまりだったのか今も理解出来ない。

他にも「それオナニーのしすぎでしょ? エロゲ? もう少し運動したほうがいいよ 汗かくと肌の調子良くなるって知ってる?」

皮膚炎が故に面倒なので、オナニーとか殆どしないんだが。下手に汗をかくと悪化するんだが。ちなみにオタ趣味特にない。

ここまで来るともうどうしようもない。そもそも思ってないことを俺が思ってるかのごとく決めつけて説教してくるわけなので、反論すらできない。反論しても「自分のことを隠すのはよくないぞ!友達が出来ないのは自分から拒絶してるからだよ!」と、ズレた説教をされるので、もはや相互理解不能であるとして諦めることにした。

大学での最悪な経験はよく覚えている。

大学に上がる頃には最早、人と接する場合は出来るだけ機械的事務的に接する癖がついていた。情緒交流を行うと、キモがられると理解したから。キモいやつが「人間らしく」話しかけるとキモがられるんだ。経験則である。だから機械的事務的な交流に徹していた。もちろん打ち解けたいとかいう欲求はあった。でも、無理だから。ずっとキモがられて拒絶されてたから、諦念。実現不能な欲求は消すに限る。

で、俺は出来るだけ全般的に対人交流では機械的事務的に接していた。その中で事務的な理由で同学年女性交流する必要が出てきた。それで事務的に交流をしていた。

その後数カ月したある時に女性の友人に話しかけられた。「下心」を持って○○さんに接するなと。嫌がっている。貴方に個人的好意は持ってないし、もっと言えば生理的に気持ち悪い、と。これ以上するならセクハラでもあるから気をつけて欲しい、と。

・・・は?となった。意味が分からない。俺は、出来るだけ、機械的、事務的に、接してたつもりなんだが。当然俺だって人間なので、感情的な部分が透けて見えることもあるだろうが、だが、一連の事務処理の流れの中でのみの対人交流だったはずだ。

弁明はしようと思ったが、「またか」という思いが強く、即諦めた。どうせこのタイプの「勘違い」をされたら、弁明不可能なのだから。そもそも無い下心でも、そんなものは無かったですと言った所で、もっと本心を認めろよ!自分のことを隠すな!とクソ下らない説教をされる経験が頭を過ぎった。

「下心」が見え透いていたらしくて申し訳ないね自分は下心どころか、ほとんど、誰かに「本心」を表明しようとした覚えすら無かったつもりですが。その「本心」も、「セックスしたい」といった類ではなくて「もういい加減に誰か助けてくれないか」というものなのだけども。

セックス欲求は殆ど無い。ある欲求といえばただ。人並みに人と接し、出来るならむしろ、子供の時に、いじめられてた時に歳相応に人に慰めてもらい、もっと言えば甘えたりしたかった。それくらいである。

大学はやめようと考えたが、既に3年次だったしやめなかった。ここまで事が重なると人間、耐性が付くものだなと思った。

就職女性との関わりが少ない職場となった。非定型発達的な気質を感じる職場で、その後はいくらか楽だった。今まで俺を容姿差別してきた人間は主に女性だった。ただ、女性でも自閉症圏に属するような雰囲気を醸し出す個人には差別されなかった。推測だが男性より女性のほうが、特に対人コミュニケーションに長けた女性ほど、生理的に受け付けない人間への嫌悪感が強く、またそれを社会的に排除することに抵抗が無いのではと考えている。男性では女性に対して積極的“女性にやさしい”ほうが露骨差別的だった。

しかセクハラはいうが。懐かしいな。小学校での、あの罰ゲームにそっくりだ。

俺はその時もまた加害者として扱われてたんだろう。だが俺は何の被害によって傷ついているんだろうな。俺の被害は誰も恢復してくれない。被害とすら扱われていないし、俺は常に加害者の地位に押し込まれている。

生理的にムリで申し訳ない。“俺が加害者“で悪かった。キモい、近寄らないで、と思わせてしまったなら謝るよ。

この社会では、人にキモいと思わせる雰囲気があったことが、存在するだけでセクハラスティグマに値するんだろう。

生まれてきて悪かったね。

いや、生まれた時代が悪かったのか。

あと80年くらいすれば「キモい」だけでイコール罪とされない時代も来るんだろうが、現代じゃあ仕方ない。

2010-09-10

甘えるな餓鬼共がっ!

弟・なんとなく学校休む

妹・生理痛で4日前に休んでから休みっぱなし、今日学校の友達が校欠なので休む

なにこのクズ

意味わからん

弟はまだ運動会フォークダンス彼女以外と手を繋ぐのが嫌だから

運動会当日は休むとか言い出してる

彼女以外の女を部屋に連れ込んで、同じ布団に入ってたくせに…

頭わいてるわ

2009-05-09

踊りたい

踊ったことがほとんどないまま、二十代も半ばに差し掛かってしまった。愕然とする。

最後に踊ったのは小学生中学生の頃のフォークダンスだろう。

音楽を聞いてリズムを取ることはあるが、体を積極的に動かして踊った経験はない。

クラブディスコが別のものを指すということを、今日本を読んで初めて知った。

食わず嫌いではなくて、踊ること(と、踊るための音楽)が脳の中から完全に抜け落ちていた。

もし踊ることができたら、憂鬱な心が晴れることもあるのだろうか。

そもそもどこに行けば踊れるのか、踊るための文法がどうなっているのかを全く知らない。

社交ダンスみたいなものはちょっと違うんじゃないかと思っている。

2009-04-29

お見合いパーティー体験記

興味8割、期待2割で行ってきた。なんともいえない暗い気分になったので、書いておく。

俺は30代前半、金融正社員彼女いない暦1年。キモメンではないが、かっこいいと言われたことは無い。普通コミュニケーションはとれる。自分では中の下だと思っているが、人からは下の上くらいと思われているかもしれない。

先週の日曜日、一日予定も無く暇だったので、以前から友人と「いってみてーな」「どんなかんじなんだろうな」と話していたお見合いパーティーに行ってみようとふと思い立ち、ネット検索。最大手のお見合いパーティ会社サイトで、当日すぐに参加できるパーティーを探してみた。すごいな、東京のいろんなところで、平日も含めて一日何ショットパーティーが開催されてんのな。友人を誘おうかとも思ったが、なんとなく一人で行くことに。

とりあえず、銀座で16時半スタートパーティーに申し込む。参加費は、男性4,500円。女性1,500円。男性大卒年収が600万以上という条件付き。この条件が無くなると、男性の会費がもうちょっと高くなって、女性の会費はもうちょっと安くなる。年齢は男女とも26歳〜40歳ということだったけど、実際にはそれ以上の人も以下の人も来ていた。

会場に行くと、男女別に受付があって、そこで会費を払って(俺はネットクレカ払いしてあったので不要)、身分証明書と名刺を見せて、番号の入った胸バッジと書類を色々もらう。受付の雰囲気は、結婚式の2次会みたいな感じかな。

中は高校の教室くらいの広さで、椅子がたくさん並んでいる。どの椅子も、1対1の対面式。そこに男女が向かいあって座る訳だ。ざっと見ると、結構かわいい子もいるけど、ちょっといまいちな女性もいる。その比率は普通に街中を歩いている女性ランダムサンプリングした場合と、ほとんどかわらないと思う。男性も、普通の世間のレベルと同じくらいだろうと思う。純朴そうなやつもいれば、さわやかなイケメンもいる。どうやら男性の方がだいぶ多いみたいで、男性55人くらい、女性40人くらいがいた模様。

番号で指定された椅子に座って、まずは「プロファイルシート」というのを書く。要するに自己紹介ペーパーだ。名前職業年収趣味好みタイプとかを書く。

16時45分ごろになったところで、スタッフの人のアナウンスパーティーというのが始まる。最初は、とりあえず全員、すべての異性と話てみようというコーナーだ。まずは対面の女性挨拶し、プロファイルシートを渡して、会話をする。黙ったまプロファイルシートを熟読するのもなんかまずい気がするけど、それ以外にきっかけが無いので、とりあえず「趣味」とかの欄をざっと見て会話を始める。「仕事大変ですか?」とか「あ、家近いですね」とか毒にも薬にもならん会話をしていると、スタッフが「時間です!男性は席を立って、次の女性の前に移動してください」とマイクアナウンスする。そうなると、会話を手じまいさせて、渡していた自分プロファイルシートを返してもらい(相手のプロファイルシートを返して)、男は一つとなりの女性の前に移動する。そして、挨拶プロファイルシート渡す、会話、「移動してください」、移動。それをひたすら繰り返す。体育の時間にやったフォークダンスみたいなもんだ。一人の人と会話できる時間は1分くらい。スタッフは開始時に「2分くらい」と行っていたが、実際始まってみたら1分単位でどんどんまわしはじめた。この会社サイトを信じるならば、通常は1人との会話に3分くらい与えられるらしい。今回は人数が多かったので、時間を短縮したようだ。当然、1分でまともな会話なんかできない。そして、これもフォークダンスと同じなんだけど、男の方が多ければやっぱりあまる男が出てくる。余った男は男と踊る…わけじゃなくて、ところどころ「1回やすみ」の席がある。女性と話ながら椅子をどんどん移動していって、対面に女性がいない席にきたら、そこは「1回やすみ」というわけ。その隙に、直前に話した数人の女性の「評価」をメモする。1分の会話では性格なんかほとんどわからないので、ほとんどは顔と年齢(個人的に年上は好みじゃないので)だけで決める。

全員との会話が終わったところで、アプローチカードというものを記入させられる。一人あたり2枚ずつ渡される。要するに、自分が興味をもった女性を2人選んで、その人にメッセージを伝えられるというものだ。ちょっと複雑なんだけど、これはパーティーの最後にある「カップル成立」のためのアンケートとは別物だ。このアプローチカードは、単に相手に渡して、自分が興味をもっていることを伝えることだけが目的だ。スタッフが回収して、後で相手に渡してくれる。

その後、フリータイムが始まる。これは、好きな女性の席に移動して、その人と会話できるというものだ。フリータイムは3分間×4回。ただ、かならず1対1でなければいけないので、人気の女性の前の席は椅子とりゲーム状態になる。中には、1回ぶんを犠牲にして、「順番待ち」をしている男もいた。また、男の方が多い訳なので、当然余る男も出てくる。そうした男は、ぼーっと立ったり、トイレに行ったりして時間をつぶすことになる。そして、これが何よりも残酷だと思うのだが、男が余っているにもかかわらず、人気のない女性の前の席はからっぽだったりする。そんな女性にとって、その3分間は地獄だろう。

フリータイムの間に、スタッフが紙を配りはじめる。さっき記入した「アプローチカード」だ。自分に対して興味をしめしているアプローチカードを、本人に配るのだ。残念ながら、俺の所には1枚も来なかった(やっぱり下の上か?)。見ていると、男も女も一部の人がたくさんのカードをもらっていて、大部分の人はゼロだったようだ。

4回のフリータイムが終わると、いよいよ最終的な「気に入った異性選び」だ。所定の紙に、カップルになりたい女性の番号を書く。第6希望まで書ける。これをスタッフが回収していく。10分ほど待たされる。スタッフが登場して、成立したカップルの番号を読み上げていく。今回は11組が成立したらしい。俺の番号は呼ばれなかった。

そして、パーティーが終了。まずは女性が先に退出する。「カップルが成立した女性は、ビルの下のカフェの前で相手の男性を待っていてください。」とスタッフアナウンス。なるほど、さすがに会場の中でカップル成立組と不成立組がはっきりしちゃうとまずいだろうからね。

女性が全員退出したところで、男性が退出。エレベーターに乗って、会場を出る。帰り際、1Fのカフェの前を見ると、もじもじと恥ずかしそうに立っている女性が数名と、あと成立したと思われるカップルが見えた。

これが俺のお見合いパーティー体験記の顛末。

もうね、始まって30分くらいで面倒くさくなって帰りたかった。

お見合いパーティーって、合コンとかと比べるとより「確実」「堅実」なイメージがあったんだけど、実際は全然違ったよ。合コンの場合なら、例えば4対4で飲みにいけば、一人の子と30分くらいはしゃべれる。4人のなかにはかわいい子もいまいちな子もいるかもしれないけど、いちおう全員とそれなりに会話をしなきゃなという意識くらいはみんな持つと思う。話せば、最初は気づかなかったいいところが見えてきたり、意外と話があったりして驚いたりすることもある。

でも、お見合いパーティーでは1分。あいては40人、50人。そして、これは男も女も同じだと思うんだけど、40人とか50人の異性がずらっと並んでいたら、無意識に相手を「あり」と「無し」にレベル分けしてしまう。どれくらいの相手を「あり」と思うか、つまり興味を持つかの比率は人によって違うと思うけど、40人に平等に興味を持つなんて言うことは絶対に無いと思う。普通は、1〜2割だけを「あり」になって、それ以外は第一印象だけで検討対象から外れるんじゃないか。少なくともそうしないと、あの場所では処理ができない。そして、男性がその1〜2割に選ぶ人は、ほとんどの男性がおなじ女性だろ。そして、女性が選ぶ1〜2割も同じだ。だって、みんな外見でしか選ばない(選べない)んだから。

つまりだ。

40人、50人があつまることで、トップ1〜2割以外は必然的に「雑魚」になる。男性女性も50人いたって、実際に可能性があるのはトップ10人同士だけのことなんだ。

なんとなく、お見合いパーティーって合コンよりお見合いに近いイメージがあったけど、実際は合コンよりも弱肉強食世界で、トップ1〜2割だけが一人勝ちする世界だった。逆に言えば、イケメンかつ1分間でトークを盛り上げる自信がある男は、お見合いパーティーに行ってみるといいと思う。多分入れ食いだよ。

2009-03-26

とある男子校の場合

http://anond.hatelabo.jp/20090326132240

共学って、青春できていいよなぁ~

僕の出身の群馬の場合、いわゆる進学校に分類される県立高校は、一部の例外を除いて男女別学になっている。

僕の通っていた高校も、県内有数の進学校だったのだけど、例に漏れ男子校

で、男子校恋愛事情なんだけど、これが恋愛のレの字も無いw

一部の部活動では、近所の女子高と一緒に練習する機会があったりするらしいのだけど、あまりそこでカップル誕生したという話は、意外なほど聞かなかったなぁ。

(そもそも、女子高の女の子はブs・・・以下自粛)

文化祭イベント女子高生と一緒にフォークダンスというだけで、異様に盛り上がってたたし。

で、僕たちの専らのアイドルは、家庭科教師。

ほとんど唯一の女性教師で、赴任してきた当初は、みんな用も無いのに職員室を覗きに行った思い出が(笑)

まぁ、校内に「恋愛カースト」が存在しなかった分、ある意味、のびのびと育つことができたのだけど、大学へ入ってからが大変だった。

僕の観察によると、男子校出身者が大学へ入って男女ともにいる環境に曝された場合、その環境変化への対応は、大きく分けて2つのグループに分けることが出来る。

タイプ1「恋愛暴走型」

これまでの不遇な環境を埋めるべく、やたらめったとくっつきまくる。元々、恋愛というよりエロへの強烈な欲望を持っていたにもかかわらず、不遇な高校時代に欲望を極度に抑圧してきた事への代償と思われる。変態ちっくな方向へ走る者も多い。

タイプ2「完全無視型」

そもそも、女子という存在自体に無視を決め込むタイプ。まったく未知の生物である女子にどう接していいのかわからず、心の平静を保つため、初めから存在しないものとみなして行動する。主に、学部自体に女子学生の少ない理系で多く見られる。

僕は完全にタイプ2。ほんと、女アレルギーを治すだけで、5年以上もかかったよ・・・

2008-12-17

http://anond.hatelabo.jp/20081217205943

中学フォークダンスダンス型乱交の場にしようぜ

そうすれば処女厨なんて一人もいなくなるよ

2008-12-14

http://anond.hatelabo.jp/20081213220509

これ見るとなぜだか↓のコピペ思い出す。

俺の周りは馬鹿が多い。特に学生時代はすごかった。

こういっちゃ何だが一般学生の年間馬鹿接触率の8倍ぐらいだったと思う。

そこで学生の頃の俺の一日を紹介させてくれ。

まずは朝、学校に行く。

同級生は「あろは」と言いつつ俺のチンコを揉みに来る。

ノーリアクションで席に着く。HRまで軽く寝る。

先生フランスパンで叩かれ目覚める。

2時限目の休み時間弁当を食おうと弁当を開ける。

半分食われている。いらつく。

隣のヤツのバッグにフランスパンがささっている。半分食う。

教室のストーブの上にスルメが乗っている。イカくせぇ。

休み、購買にジュースを買いに行く。

自販機の前にピクニックシートを敷いているヤツが居る。

シートの上を歩きジュースを買い、何もいわず立ち去る。

踊り場でコタツ麻雀をしているヤツがいる。ガラガラうるせぇ。

教室に戻る。ストーブの上にスルメが乗っている。早く食えよ。

午後の授業が始まる。後ろのヤツがヤニくせぇ。

隣のヤツが黒板を写している。筆ペンを使うな。馬鹿か。

机の中にフランスパンが入っていた。いじめか。何もいわず捨てる。

放課後。バッグを持って席を立ち、教室を出る。

ストーブの上のスルメが恨めしそうに俺を見ていた。

ロッカーに行くと隣の席のヤツがいた。クツが無いらしい。

見るとクツの代わりに上履きがたくさん入っている。何もいわず立ち去る。

こんな感じで俺の一日が終わっていく。

馬鹿ばっかりだ。どうでもいいけどね。

文化祭とかイベントの時はもっとひどかった。

さらなる俺のエピソードに耳を傾けてくれ。

待ちに待った文化祭

当日、学校に行くとさやわかに同級生がお出迎え。さっそく俺のチンコに群がる。

ノーリアクション開店準備をする。出し物はダンスフロア。俺の役目は準備と片付けだ。

準備が終わったので他のクラスを見て回る事にする。

校庭に出る。やたらイカ焼き屋が多い。イカはもういい。

「俺の生写真」と言う店を見つける。そいつの生写真を売っている。出店許可すんな馬鹿

「闇たこ焼き」と言う店を見つける。買ってみる。中に消しゴムが入っていた。いらつく。

説教屋」と言う店を見つける。覗いてみると隣の席のヤツが説教されていた。何もいわず立ち去る。

体育館教員ライブを見る。「ポケモン数え歌」を熱唱するいい大人。馬鹿か。

ライブが終わり、劇が始まる。タイトルは「ジャンボなお姫様」。馬鹿か。

所狭しと舞台を駆け巡る巨体(メス)。見苦しい。いらつく。

特殊教室の棟へ行く。

看板を見つける。「ドキッ!男だらけのフォークダンス大会」。何もいわず立ち去る。

焼き物屋」で隣の席のヤツを発見。粘土で真剣ウンコを作っている。何もいわず立ち去る。

化学室から呪文らしき声が聞こえた気がした。何もいわず立ち去る。

後片付けの為、教室に戻る。

誰もいないダンスフロアで後ろの席のヤツを見つける。

半狂乱でただ一人踊り続けている。見苦しい。いらつく。

後片付けをせず、家に帰る。

馬鹿ばっかりだ。もういやだ。

2008-12-11

十三年ぶりに知恵遅れの同級生と会った

知恵遅れ、いわゆる、精神発達遅滞の同級生と地下鉄電車で会った。正確には電車内で騒ぐ声を聞いて彼だとわかった。

彼と会ったのは十八、九年前、小学生のとき、先生から学校の特別枠、児童擁護組(花の名前といった●●組)の生徒と紹介された。体育や図工の時間など合同で授業するので、クラスのみんなとは面識はあった。

 彼はいついかなる場所もえへらえへらと笑い、日本語をはっきりと喋ることができなかった。クラスのみんなは早い時期から自分達とは違うんだと気づいた。児童擁護組にいるからという理由で“ヨーゴ”というのが彼のあだなだった。

小学五年生のときだったか、彼は知恵遅れ(当時は精神発達遅滞という言葉を教えてくれなかった)という先天的な障害だということを理解した。しかし、クラスは同じいじめを続けていた。中には彼をかばう女子もいたが、彼がいなくなると決まって陰口を叩いていた。頭の中ではわかっていても、彼を同じ人間とは認めていなかった。

で、というオレも同じようなもので触れるのも触るのも嫌だった。顔からただれる涎がばい菌が移ると思ったこともあったし、フォークダンス時間、彼と手を握るのも吐き気を覚えたぐらいだ。そして何よりもオレをヨーゴと呼ぶヤツがいたから、余計、彼とは一緒にいたくなかった。わけもわからず、なぐりたかった。

だが、小学五年生の時に、先生(小学一年のときとは別の先生)が必死に知恵遅れについて熱く語ってくれたのを最後に、オレは心を変えた。彼を特別視するのをやめ、付き合っていけるように自分偏見と戦いながら、残りの小学生時代を過ごした。

中学からは彼は児童擁護専門の特別学校へ行ったので会っていない。きっと立派な人間になって、自立した人間になるんだと希望を持っていた。

そして、十三年後、地下鉄電車内で甲高い笑い声が聞こえた。オレは、ああ、またか、いるんだよな、と思いながら視線を向けると、十三年前に別れた彼だった。

自分と同じ障害を持った友達と一緒だった。

彼らが電車に乗ると友達に、「欧米か」「欧米か」と言葉足らずに言い、友達は「南米か」「南米か」と応えた。近くに居たおばさんは彼らを見て、ああ、今日運が悪かったな、と絶望的な表情を浮かべていた。

なぜ彼だとわかったか? それは彼の小学生のときから一つも変わっていない顔を見たからだ。まさかと思いつつ、友達が彼の下の名前を呼んだことで、やっぱり、そうか、と確証を得たのだ。

彼を遠くから観察していると、同じ言葉を繰り返してはきゃきゃと笑っていた。

彼はいきなりカバンをあけて「お茶飲もう」と言って、500mlのペットボトルお茶を飲んだりして、まさに自由奔放だった。一方、友達は通路口で隣の電車内に行き来して、彼にかまってもらいたいという合図を送っていた。

彼は小学校の居た時と変わらないまま、大人になった。精神的に大人になったわけもなく、ましてや世間というものについて学んではいない。大きくなったこどものままだった。

いや、オレは何処かで期待していたのかもしれない。どんなヒトもいつかは自立した人間になって、立派になれるんだと夢を持っていた。しかし、それはない。それはなかった。

オレもハロワ仕事を見つけられず、家に帰っていた。時を重ねなれば自動的に立派になれるんだというエスカレーター式な幻想はない。何かが欠けているとずっとそのままなんだ、と面食らった気分だった。

到着駅に着き、俺は電車から出る前にまだ居残っていた彼を見た。午後四時に地下鉄電車に乗っているオレを見て、笑っているかもしれない。まるっきり成長していない自分偶然会った彼と重ね、オレは電車を後にした。

 

精神発達遅滞の方を悪くいうつもりで書いたわけではない。地下鉄に乗車した彼の一面を見ただけに過ぎない。

先日の事件で世間にご迷惑をかけ、精神発達遅滞の社会的立場が弱くなった中、捨てたはずの偏見をまだ持っていた自分気づき、それをなくす意味増田に書いた。

不愉快を感じた方がおられましたら、ごめんなさい。拙い文面失礼しました。

2008-11-19

で、解決策は?

処女にこだわる奴を気持ち悪がるのはいい。

そうすると次のステップは「この地球上に処女にこだわる奴が一人もいない世界」の構築なわけだ。

どうすればいいのか?

発生原因が自信なら、全員に同程度の自信を与えることは不可能だ。全てのことは相対的だから、自信のある人、普通の人、自信のない人、必ず発生する。

これを発生させないような何か、やりようはあるのか? 

しかも生理的なことだとするとかなり若いうちに仕込まないと大人になってからでは変更不可能なことが多い。

母語以外の言語ネイティブになれないようなもの。

だとすれば、いつくらいの時期に、どうすればいいのか? それは社会政策としてやれるのか?

一つできるとすれば、中学くらいでフォークダンス式に順番に全員とセックスさせることだ。こうすれば性的劣等感は発生しないだろう。

これが全員に自信を与えるやり方。

もう一つは、全員に自信を与えないやり方。男女を分けて育てる。こうすれば条件がイーブンになる。

この二つを極端だとして、その間の穏健なやり方は何かあるのか? それは効果を発揮できるのか?

ヒューマニズムを教え込み、相手も人間だから性的にばかり見てはいけないよ、と教え込むのか?

それが感覚を変更させるか? させないか? 

そこで私の方法論思考は行き詰まるのである。

2008年秋

2007-12-20

夏休みの終わりに

「終わりなき日常」って言葉がある。「平坦な戦場」って言葉がある。20世紀も終りの四半世紀に生まれた僕等は、ジャスコ化 する郊外にまでモノが溢れる一方で、決して歴史が生を意味づけてくれない世界に生きてきた。モノが溢れるその一方で、物語のない「平坦な戦場」は延々と続 く。あるのはただひとつ残された自意識ゲームだけで、それはこの世界生きる限り毎日繰り返される。そう、「終わりなき日常」は辛いのだ。

 だが、本当にそうだろうか。

 

 本当に日常は「終わらない」のだろうか。

 この世界にあるものは、自意識ゲームだけが渦巻く「平坦な戦場」だけなのだろうか。

 

 そんなわけはない。例えば人は、大人になる、老いる、そして死ぬ。「終わり」はかならずやって来る。そう、本来、「終わりなき日常」も「平坦な戦場」も 存在しないのだ。

 この世界には「入れ替え可能」なものの方が実は少ない。「終わり」がある限り、「いま・ここ」は基本的に「入れ替え不可能」な唯一無二の時間なのだ。

 だから「モノは溢れても物語がない」と嘆く態度は、ただの甘ったれた言い訳なのかもしれない。少なくとも、「終わりなき日常」幻想を打破する程度の可能 性は、この世界に溢れている。

 テレビドラマ野ブタ。をプロデュース』はそんな世界の豊かさを背景に、そっと背中を押してくれる優しい作品だ。

 主人公の修二は、そんな「自意識ゲーム」を周囲の人間関係メタ視することで(自分を「演じる」ことで)軽やかにクリアしている少年だ。彼は「平坦な 戦場」というゲームの有能なプレイヤーなのだ。

 だが、彼は薄々だが気付いている。このゲームは、教室という狭い世界でしか通用しないルールに基づいて行われている。そして、このゲームを楽しんでいら れるのは、ほんの僅かな時間なのだ……。

 修二は、ひとりの少女出会い彼女ゲーム楽しみ方を、世界の豊かさを教えていく。そして、やがて修二も気付いていく。このゲームの外側にこそ、本 当に自分を支えるものがあることを。それを手にいれれば、きっとどこへ行っても、どんゲームに参加しても生きていけることを……。

 

 「ジャニーズ主演の学園ドラマ」ってだけで「なんとなく<敵>のような気がして」嫌う人もいるだろうし、この「時間をかけてじっくりと豊かな人間関係を はぐくんでいこう」というメッセージを素直に受け取りたくない人って多いと思う。まさに、蒼井のように(笑)

 このメッセージは「身近な人間関係」っていういちばんリアルなところを突いている。だから、耳に痛くて逃げ出したくなる人の気持ちはよくわかる。

 そういう人に限って「こんな処方箋じゃ俺の深い心の闇は救われないぜ」って「酸っぱい葡萄パフォーマンスに走りがちだ。たしかにこうすると「楽」には 違いない。等身大の自分に向き合うことから逃げて、「自分たちは深い心の闇を抱えた特別な存在」みたいなナルシシズムを確保できる。でも、これって世界一 安直な道の一つだ。

 だから、そんな人は胸に手を当ててじっくり考えて見て欲しい。蒼井が凡庸であったように、ここで「素直になれない人」という時点で凡庸なのだ(というよ り、「特別な欠落を抱えている自分」というキャラ売りが大流行したのが95年からのこの10年だったわけだ)。でも、それこそ「キャラ売り」をテーマにし たこの作品の手に平の上にいる証拠なのだと思う。「こんな処方箋では自分の欠落を埋められない」と思っちゃった人こそ、むしろ、この作品の射程内にある。

 文化祭クライマックス焚き火を囲んだフォークダンスが催されている。輪に入って楽しそうにしている人もいれば、輪に入れずに寂しそうにしている人も いる。

 本当はもっと他にやりたいことがあるのに無理して輪に入っているのが修二、輪に入りたくても入れずに指を加えているのが野ブタ、輪の周辺でひとり大騒ぎ しているのが彰、そして本当は輪に入りたいのに「あんなものくだらない」と「酸っぱい葡萄」反応をしているのが蒼井だ。

 そして、この物語は0(無理して輪に入る)でも1(本当は入りたいくせに「酸っぱい葡萄」反応)でもなく、ほどよい距離を取れるようになっていけばいん だよ、それも時間をかけて、仲間と一緒にじっくりやっていけばいいんだよ、という優しいメッセージで背中を押してくれる。

 だから、全国の「酸っぱい葡萄」反応しちゃう人はまず、この作品をきっかけに出来る範囲でいいから素直になる練習をしてみたらいいと思う。今すぐには出 来なくてもいいし、ひとりでやらなくてもいい。何年かかってもいいので、ちょっとずつ歩んでいけたらいい。

 いや、今は「酸っぱい葡萄」をやっていてもいいのかもしれない。

 でも、そんな自分が嫌になるときが必ず来る。

 そのときにふとこの作品のことを思い出してもらえたらいいなと僕は思う。

 誰にも言わなくていいのでこっそり「野ブタパワー、注入」してもらえればいいんじゃないかって、今はそう思っている。

2007-11-15

スクイズ

その花への思いを言葉に出して

この世界を傷つける気なんて微塵もなかったんだ

もしそれを聞く者がいなければ

何をやってもいいというの?


アニメスクイズ刹那の台詞。これって世界に向けての台詞なのか。

最初何言ってるのか分からず最後の

「何をやってもいいというの?」の部分しか聞き取れなくて誠に対してと思ったんだが、

刹那の回見て考え改めた。花=誠か。


てめー誠に片思い中の私の応援といいながら席替え

私が誠の隣の席引き当てたのを知った途端

「席かわって!」とか言い出すその顔についたケツの穴から

本当は好きだったの・・応援するつもりだったけど・・って冗談だろ。

実は刹那より前から誠のことが好きだったって、ならなんで応援なんて言うんだよ。

誠の隣の席当ててなかったら私にも言うつもりはなかったってよーく分かった。

バレなければいい、バレたらバレたで被害者面。

今まで遠慮してた時は不幸だったからこれからは私も幸福になっていいよね?

ってアホかおんどりゃいいとこ取りでフォークダンスかましてんじゃねーよ

応援=自分と誠の間埋めてただけかよふざけんなクソアマ

もうお前本当・・ムカついたパリに行く

という刹那の言い分ってことでいいのか?

2007-11-09

ウォール伝 2007-11-09 「キュッ」。 整形バージョン

俺さー芸人になったらさぁー相方見つけてさぁー「マルチチュード」っていうコンビ
名でデビューしたいんだよねぇー。「どうもー!マルチチュードでーす!」みたいな
感じで出てきて「ネグリ君一号でーす!ネグリ君二号でーす」とか、もしくは「どう
もーマルチチュードネグリでーす。ハートでーす」みたいな感じでさ、基本的にネタ
は左翼パロディネタばっかなの。

で、たまに真面目な政治批判を繰り広げつつもシリアスになり過ぎないっていう
ね。ってことで相方は相当教養のある人じゃないといけないわけだけど、悪くないと
思うんだよなぁー。あと妙にアカデミックなネタとかね。「ききききさまぁー!!さ
ては修正主義者だなぁ!!」とかさ、そんな感じ。

分からない人さっぱり分からないみたいな。で、この修正主義者ってのも実際はAVに
モザイクは必要か否かみたいな議論をペダンティックな語り口調で進めていくんだけ
ど、相方が「やっぱり倫理的にモザイクは必要である」なんてことを言ったときに、
さきほどのツッコミを俺が入れるわけ。

ただボケ突っ込みっていう役割は無しで、基本的に両方ボケて突っ込む感じね。別に
笑い飯パロディとかじゃなくて。悪くないと思うんだよなぁー。あとは相方だけな
んだよなぁー。あとハワードジンソーホーマルクスを下地にしたマルクスとバ
クーニンの言い争いをネタでやるとかさ、悪くないと思うんだよなぁー。アイデアは
いっぱいあるんだよねぇ。世界の左翼テロリスト集団カルトQとかね、片方が司会者で
片方が回答者で、プロジェクターかなんかに世界の左翼テロリスト集団のロゴを出し
て早押しとかさ、もう絶対テレビ放送無理みたいなネタばっかなのね。あと日本共産
党ネタとかもいいかもね。すげーシニカルに繰り広げていくわけ。

で、ネタを見ると日本共産党ナスティな歴史が分かっちゃうっていう、笑えて勉強
にもなるみたいなね。共産とか左翼っていいお笑いネタになると思うんだけど、誰も
やってないんだよね。せいぜい思いつところだと駕籠真太郎ぐらいかな。漫画家だけ
どね。拳を上に上げて「レボリュースィオン!」とかいうのを一発ギャグにしたり
ね、キャッチーでもあると思うんだよね。分かりやすいっていうか。

あと過去の独裁系共産主義者を連想したネタとかね。ようは毛沢東と側近とかを想像
で演じちゃうわけ。スターリンレーニンやりとりとか、ポルポトと側近のやりと
りとかね。あんまお笑いって放送できるできないでリミットがかかるべきじゃないん
だよね。だってお笑いって表現なわけだから、作る前にセンサーシップのことを考え
るなんてのは完全にリミテーションですよ。

そんな意味でも鳥居みゆきのことが心配でしょうがないわけですよ。テレビってーの
に巻き込まれるとダメになりそうで。ようは本人の意思に関わらず無理やりテレビで
放送できるような感じで編集されちゃったり、全然テイストが出せないような無駄な
企画やらされたりとかさ、そういうので才能を潰しちゃいけないのね。ただテレビっ
てどうしようもないからダメなんですよ。そういうのが。全然才能を生かせない。だ
から本当にやりたいことをやるならラーメンズみたいになるしかないわけ。セルフプ
ロデュースだよね。ようは。

で、テレビに出るのはCMとかちょっとしたインタビューとか、ようはお笑いの部分は
テレビではやらないわけ。あとやっぱ本人が繊細そうだからダークなテレビ業界のや
りとりに巻き込まれて精神的にダメになったりしないかな?って不安なのね。基本的
にフォークダンスの桶田がそんな感じだったらしいじゃん。精神を病んでたわけじゃ
ないけど、テレビ業界にうんざりしてお笑いに興味がなくなっちゃったっていう。

本質的な人こそああいう俗っぽいものを嫌うしアダプトできなかったりするからさ、
結果的にその才能をテレビ側が生かせないどころか殺しちゃって永久に失われちゃっ
たっていうようなさ、本当にフォークダンスは悲劇ですよ。もう残念でしょうがな
い。あんなことを二度と繰り返しちゃいけないから、だからっつって俺が何を出来る
わけでもないんだけど、基本的にお笑いファンも昔松っちゃんが書いてたお笑い指
数っつーかお笑いレベルじゃないけど、お笑いレベルが高くないと需要も低くなっ
ちゃうっつーか客が程度の低い笑いを要求するようだと本物たちがテレビでやりたい
ことができなくなっちゃうわけ。

ようはレベルの高いデマンドが必要ってことなのよ。だからホント、うちの妹とかも
口癖のように言ってたけどお笑いってのがブームになるとホント、質の低いつまらな
い芸人ですらテレビに出られるようになってさ、で、その業界に寄りかかろうとする
ダメ芸人が本当に増えるわけじゃない?で、結果的にそういう悪循環お笑いの全体
の質を下げちゃうっていうようなさ、それって最悪だよね。

だから常に鑑賞者側はお笑いに対してレベルが高くなきゃいけないし批判的じゃない
といけない。お笑い番組見ててクソつまらねー芸人ネタとかで笑ってる客とか見て
るとぶっ殺してやりたくなるんだよね。ホント、その存在自体が邪魔だから死んでほ
しいって切実に思うもん。

それっていつも書いてる音楽シーンとかに置き換えることが出来るんだけど、基本的
にやっぱね、レベルの高い鑑賞者っつーかデマンドが無いと、本物を発信してる側の
活動場所がなくなっちゃうんですよ。それが一番マズイのは、本物の活動場所が無く
なることで、才能が失われちゃうってことなわけ。ところでエレクトロニカとか前衛
系に言えることだけど、なんだかんだですげー排他的で若手育成みたいなのやらない
じゃない?

で、有名レーベルはいつまで経ってもベテラン勢の作品ばっかリリースし続けるって
いうさ、ああいうプログレッシブな音楽やってるように見えてレーベルの体質が保守
的だとね、それ自体がダメになるのよ。つまらなくなっちゃう。

ただ大半のレーベルはそういったことに意識的じゃないから勝手に腐っていくんだけ
ど、例えばさ、ELMAって昔、ちょっと関わりがあった鳥取でノイズやってる人なんだ
けど、未だにこの人以上のハーシュノイズって聞いたことないんだよね。はっきり
いってハーシュって意味だと今のメルツを平気で越えてるし、クオリティは世界レベ
ルなんだけど、なんで大手のレーベルから何かしらのコンタクトが無いわけ?マイス
ペースとかあるんだからさ、誰かは見てたり聞いてたりするわけじゃない?で、なん
でELMAの新作が割と有名な電子音楽系のレーベルから出ないわけ?ELMAが無理だっ
たらSMKなんて絶望的ですよ。はっきりいって。もう嫌なのね。ああいうの見てる
と。ELMAみたいなのが有名にならないこの現状。

なんなのよ?みんなの耳は節穴か?ちゃんとみんな音をちゃんと聞いてるんだろう
か?全くさぁーホント、ちゃんとした芸術家達が本当に食えない時代になってる
なぁーって思うよね。いつの時代もそうだったかもしれないけどさ。

俺に金があったらホント、最高のレーベル経営できると思うんだよね。経営っつーか
まぁ人材発掘ね。経営は他に任せたほうがいいや。経営っつーか運営っつーか。とこ
ろで岩村学って今、何してるのかな?全身にニートっつーかヒモみたいなオーラがあ
ふれ出てた人だったけど、ああいうヒモ系の作り手って嫌いじゃないんだよね。ミラ
ノ在住っつって何して食ってるの?っていうああいう雰囲気。

あのなんだっけツジコとかとやってる青木だかなんだかってやついるじゃん?あいつ
もすげースポイルチャイルド系の雰囲気出てていいんだよね。音楽的にはさっぱり好
きじゃないけど人間の雰囲気が好き。ああやって親とか愛人から金をもらってやって
ける連中はいいけど、そうじゃない人達も大勢いるわけだから、アートシーンっての
がそういう人達のケアをしてあげないとダメなのよ。それは国が保護しないとダメだ
と思うね。

ニューヨークってそういうシステムあるらしいじゃんね。まぁ相当限られてるとは思
うけど、でも無いよりはマシでしょ。基本的にでもそんなのね、文化の一つなんだか
らシリアスに保護しないとダメよ。保護っつーかサポートっつーかアーティスト達が
やっていけるようなシステムが必要なわけ。

ところで今朝、なんか妙に呼び鈴が鳴ってるような気がするなって思ったら案の定、
誰か来てたんだけど、ドアにチラシが挟まっててさ、それがエホバの証人だったの
ね。しかも日本語。ようは日本人向けの勧誘をニューヨークでもやってるってこと
だ。あー怖い。ニューヨーク統一教会の本場みたいな感じだけど、あんな暴力教
団、国が規制をかけないとダメでしょ。エホバはともかく統一教会なんてあんなもん
強制的な解体をさせないとダメよ。

何が言いたいのかっていうと、ラガ系の人がエホバって言うときは恐らく「ジェホ
バ」って感じなヤーマンな発音になるんだろうなってキットカット食いながら思った
んです。今朝。もう明らかにモト信者の証言から暴力とか洗脳があったってのが明ら
かな教団があるのに、なんで国はキチガイ教団扱いをしないんだろう?あんなもんの
存在を許してたらね、よりどころの無い人達がガンガン入信して不幸になっていくん
だからね、ダメですよ。禁止しないと。

こういうの禁止しないでガンジャ禁止してるんだから世の中ってのは狂ってるよ
なぁー。だったらガンジャ教みたいなの作ればいいのに。もちろん名前は「ジェホバ
の証人」ね。挨拶はみんな「ヤーマン」。持ってきた?っていうブリングとブリンブ
リンをかけて、教団内ではみんな「ブリンブリン」言いまくってるっていう、極めて
ラスタな環境にあるわけよ。とっととオランダみたいにさ、ガンジャなんて解禁す
りゃーいいんだよ。どんだけの泉じゃなくてどんだけの人が救われるか分かってんの
か?マジでガンジャがあるだけで凄まじい境遇の人もガンジャだけを心のよりどころにして生き
ていけるような人も出てくるのかもしれないのに。もちろん酒みたいに逃げになっ
ちゃいけないけど、でも救われる人は相当多いと思うんだよね。労働者が「この昼休
みの一服のために働いているようなもんなんです」ってタバコのことを言うけど、こ
れがガンジャでもいいわけじゃん?まぁ作業中はマズイから仕事終わりとかに「一杯
行く?」じゃなくて「一服する?」みたいなさ、酒みたいに中毒にはならないんだ
し、少量でブリンブリンになれるわけだから、あれほど機能的なものはないわけよ。
全くタバコとか酒とか許してるのに、なんでガンジャが禁止されてるんだか意味分か
らないよね。政府が国民に苦しめって言ってるようなもんでしょ。これは。

ところで練馬ザファッカーのさ、キラキラしているやつを総称で「ブリンブリン」っ
て言うって言ってたけど、あれをガンジャトリップのブリンブリンのメタファーって
のに気がついてる人少ないんだろうな。日本ってマジでドラッグについての教養が全
く無いからね。そういう意味だとアメリカは凄いよ。やっぱ歴史があるからみんな詳
しい。少なくともマリファナを鼻で吸うみたいに思ってる馬鹿はいない。ガスパンが
流行ってるとかいってさ、ああやってちゃんとドラッグに対する教育しないから馬鹿
なことするやつが増えるんだよね。ケミカル系の危険性も分かってないで乱用するや
つがいるってのは教育がなされてないってことでしょ。あえて選んでケミカルやって
るやつならしょうがないけど、基本的にトリップしたいんであればガンジャで十分な
わけよ。

で、コークとかLSDとかの副作用っつーかダークな面を知ってればさ、明らかにあの
取ったときの「スッコーン!」って感じよりディスアドバンテージのほうが多いっ
つってやらないやつが多いはずなのに、やるやつがいるってのは問題だよね。さっき
も書いたように、ちゃんと知識があってやってるなら選んでやってるからしょーがな
いやつになるわけだけど、分かってなくて興味本位でやってるのってマジでヤバイよ
ね。

学校で「ケミカルは中毒性があって脳がダメになるから絶対やらないこと。やるなら
ガンジャにしなさい」って教えれば相当ケミカルの乱用は減ると思うんだけどねー。
で、ガンジャを合法にしてタックスでも取ればさ、国益になるわけじゃない?なんて
幸せなタックスだろうね。ガンジャ税だなんて!

でも分かるよ。あんな閉塞した社会で薬も酒も無いんじゃやってられないよね。だか
らなんつーか若者がアノミー状態に陥っちゃってて、ドラッグに手を出すぐらいしか
脱出する方法が無いっていう、あの社会状況がマズイわけで、それはニートネット
カフェ難民も一緒でしょ。

全面的に彼らが悪いんじゃなくて、そういった人とか循環を生み出す社会構造に問題
があるわけでさ、その人達を批判するのはお門違いもいいところだよ。うちのオヤジ
がこういうお門違いな批判をしているんだけど、まぁオヤジみたいな世代の人はああ
いう観点でしか物事を考えられないんだろうなっていうのは凄く思うし、親父には悪
いけど、ああいう考え方をする上の世代の連中が多いから、いつまでたっても問題が
解決しないどころか、若者とおっさん世代のコンセンサスの乖離ってのがガンガン進
んでいくわけだよね。

基本的に社会を動かしてるのとか会社の上の連中とかって大体おっさん世代でしょ。
で、おっさん世代の考えが古いんで、前に書いたマテリアルカルチャーとノンマテリ
アルカルチャーカルチャーラグじゃないけど、基本的に社会を牛耳ってる連中たち
の考えが古いんで、社会構造が変わらなくて、マテリアルカルチャーとの差が出てき
ちゃう。だったらとっととおっさん世代は引退して次の世代に役割を任せなきゃいけ
ないっつーか、そのためにも若者の雇用と雇用後の社内での教育ってのが必要なの
に、人件費削減だとか馬鹿なことを抜かしてやがるから若い世代が育たないっつーか
アノミー状態になっちゃう。ね?

全然難しいことじゃないでしょ。いかに社会が若者達に対して理不尽に回っている
かっていうのがね、凄まじくクリアなのよ。だからニートだとか若い世代にワーキン
グプアなんてのが出てくるのはある意味で必然なわけで、全部を結びつけるわけじゃ
ないけど、アノミー状態というのは色々なネガティブなことを生み出す原動力になる
わけだから、っつーかさっき書いたドラッグ問題も含めてね、まぁあと犯罪とかの原
因の一因でもあるよねっつーか一刻も早く環境の改善が必要なのに、なんかシリアス
に取り組んでる感じがしないんだよな。

あとさっきも書いたようにおっさん世代と若者世代との意識の違いってのが凄いで
しょ。で、おっさん世代は若い世代を批判してばっかいるからさ、悪循環が終わらな
いのよね。すげーもったいない状況にあると思うんだよ。日本は。さっきのアートの
話も含めて基本的に社会が殺している才能とか人材ってのが凄まじく多いと思うの
ね。教育は馬鹿を増やして、社会は優れた人を育てないっていうような、お金でヘド
ロ買って家を埋めてるみたいな、そんな非建設的な状況がもうずーっと続いてるよ
ね。

だからね、若い世代が「もうくだらねぇ。こんなのやめだ」って思うのは当然なの
よ。まぁ全部の若い世代じゃないけど、でもそう思ってる人多いと思うんだよね。俺
はああいうアホな社会のおかげで批判的な目がより養われたというのもあるから、
まぁ日本社会ってのは究極的な反面教師だったし、今でもそうであるわけだけど、
まぁでも俺も逃げ切れたわけじゃないからいまだに怖いんだよね。

杉並区中野区を飲み込むかのごとく、日本が俺を侵略してきそうで怖いのね。だか
ら俺は逃げ切らなきゃいけない。うわー怖い。マジで。常に走ってるような気分だ。
そう思うとランナウェイ。ましてや日本って侵略が十八番だからね。そういえば社会
学の先生がまぁ話の文脈のディティール書くと面倒なんでやめるけど、人種のキャラ
クターっつーか歴史を語るときに「日本はまた特殊な国なのよね。しょっちゅう戦争
してた国だから、バトラーの血があるでしょ」みたいなことを言っててさ、これは別
に日本の侵略戦争のことじゃなくて、恐らく戦国時代のことを言ってたと思うんだけ
どでもあれだよね、日本人って平和を愛する民族だなんてあくまで戦後の話で、実際
は凄まじい血みどろの歴史がある国なんだよね。

日本って。だから全然なんつーか農耕民族でもなんでもなくて、みんなウォーバト
ラーだよね。みんなじゃないけど。そういう見方ってのを全然してなかったから、
ちょっとパラダイムが変わったね。俺の中で。ようは俺の中で日本人って民族的に野
蛮っていうイメージが無かったんだけど、でも野蛮っつっちゃー野蛮だよなって思っ
たわけよ。

まぁ武士とかサムライとかっていうとかっこいいかもしれないけど基本的に戦士じゃ
ない?戦士=野蛮ってわけじゃないけど、でもまぁ平和的ではないわな。ようは戦
士っぽい血を引いている部分も相当あるというのには全面的に先生に同意だなって
思ったんだけど、やっぱこれって教養のある西洋人からの観点じゃないとなかなか見
えてこないことなのかなとか思ったわけね。

そう思うと今後が楽しみでしょうがないな。どんだけパラダイムが広がっていくんだ
ろう?あー楽しみだぁー。まずその前に算数やらないといけないけどさ、でも楽しみ
だよねぇー。でもあれだよ、やっぱさ、客観性ってのが重要で、いくら自分が色々な
ことに懐疑的で批判的な人間であっても基本的に日本人について悪く考えたりしない
わけだけど、この社会学の先生の視点というのは、事実はさておき、ようは客観的な
視点でしょ?

ただ俺は日本人だからやっぱ当事者としてなんつーかあんま日本人ってことを否定し
たくないっつーか良く考えたいみたいに思うところがあるんだけど、これは物凄く危
険な視点なんだよね。ようは愛全般がそうよ。恋は盲目とかいうけどさ、基本的に恋
人とかに限らず、自分が好きなものに関しては入れ込んじゃってるから批判的になれ
ないし、客観的になれないんだよね。

ようは凄まじく主観的でガーッってそれに入っちゃってるっていう。それが趣味とか
ならまだしも、それが歴史とかになってくるとマズいんだよね。それこそ歴史修正主
義じゃないけどさ、日本の都合のいいように歴史を塗り替えちゃうっていうさ、まぁ
昨今の盲目的なバカバカしい愛国心の台頭にも言えることだけど、客観的ではない批
判的ではない見方なんてのは大概危険よ。

やっぱ。そんな意味だとっつっていつもアメリカとの対比になっちゃうけど、こっち
で勉強してて目立つのは、よく先生が特にリーディングとかの授業だと「批判的でい
ろ」って言うんだよね。ようは何かを読むときでも読むだけではなくて、書き手がど
ういう人間なのか?例えばアメリカの保険制度について書いてある記事でも書き手が
保守系のシンクタンクから来ている人間なら、それは保守側の意見で書くだろうしっ
つーかそういう記事が実際あったんだけど、ああいう教育を幼い頃から受けていれば
さ、全然違うよなって思ったわけ。

ましてや記事の書き方とかオーガナイズとかの仕方も批評するんだから。これはちゃ
んとまとまってるか?とか要点がクリアかそうでないか?とかさ、俺ってまぁ中学以
来学校行ってないけど、でも中学まででこういった読み方の教育を受けてきた記憶が
さっぱり無いんだよね。

勝手な思い込みだけど、一般的に日本ではこういったクリティカルリーディング的な
教育は広くは行われてないんだろうなって凄く思ったんだけど、ようは批判的である
とか懐疑的であるってことは別にそれが左翼的であるってことじゃなくて、常にモノ
を考えながら何かを捉えるっていう一連のプロセスの一つなわけで、そこに政治的な
イデオロギーなんてないわけ。俺が左翼臭いって言われるのは本当に分かるんだけ
ど、そんなこといったらニューヨークなんて基本的に左翼臭いんじゃないか?とかっ
て思っちゃうね。

特に社会学なんか凄いからね。アメリカ批判も平気でするし、アメリカ政府暴露話
とかも授業の脱線であったり、教科書にもアメリカ政府に対して相当痛烈なことが書
いてあったりするからね。それに比べて日本って何なんだ?って気が本当にしてくる
ね。教科書を日本の都合のいいように改ざんするなんて愚の骨頂だよね。少しはアメ
リカ見習えって思っちゃう。

ただ基本的に思うのがまともに俺の今受けてる社会学の授業ね、あれを受けてたらみ
んな左翼的になるよ。だって社会学教科書もそうだし、先生もグローバリゼーショ
ンには否定的だし、ましてやナイキとかギャップとかのさ、ようはDeindustrialization
とかさ、 downsizingみたいなことがガンガントピックで出てくるし、労働力の搾取な
んてのがあからさまに書いてあるわけだけど、別にこれはマルクス主義とか共産主義
みたいなドグマに立脚したようなものではなくて、あくまでグローバリゼーションの
弊害の一環として、社会分析として書かれているわけだけど、果たしてんじゃあこれ
が左翼的か?っていうとどうかなぁ?って感じするでしょ?左翼も何も当たり前の事
実っていうかさ、それを認識するだけのことなんだから。

ましてやアメリカパトリオットアクトについてのまぁ割とドライな分析と割と批判
的な分析なんかも教科書に載っててさ、アメリカ教科書ってこんなにレベル高いん
か?って関心しまくりだったわけよ。政府からクレームこないのか?ってぐらいなこ
とが書いてあるんだけど、そこはさすがになんつーかインディビジュアルアクトに対
する自由がやっぱりまだまだ保障されているアメリカならではなのかなって気がして
きて、このフリーダム具合と比べると、日本って独裁共産国みたいな感じだよなって
コントラストで凄く感じちゃったね。

で、日本の保守が共産主義に対して批判してるんだからお笑いだよね。実はてめーら
が一番封建的で右翼的な共産主義ドグマを信望してるんじゃねーかって思っちゃ
う。一部の保守が言ってることってツァーリズムとあんま変わらなかったりするから
ね。んだったらロシアにでも亡命すればって思っちゃうよ。日本の保守見てると。あ
んなの保守の風上にも置けない感じがして、ちゃんとした保守の人達が本当に迷惑し
てるんじゃないかなって思ったりちゃうよね。

だからいつも俺が金玉を酸っぱくして言ってるのが、馬鹿でもとりあえず保守的でい
るよりかは進歩的でいたほうがまだマシってことなわけ。馬鹿が石原をサポートする
より馬鹿がデモしてたほうがまだマシ。やヴぇーな、サービス精神旺盛になってき
ちゃってる。もうそろそろやめようかな。っつーかね、昔と違って書こうかなって
思ったこと全てを書けてるわけじゃないんだよね。一応、やらなきゃいけないことが
あったり、占領されてる時間があったりするからさ、そういうので中断されると思考
が止まっちゃうわけよ。

で、思い出せなかったり忘れちゃったり勢いがなくなっちゃったりして、そのトピッ
クについて書かなかったりするわけ。だからね、まぁ今日の分もだいぶ長いけど、で
も本当はこんなもんじゃないんだよね。特に最近はウォール伝的に色々失ってること
が多いわけよ。

書くべきだったのに書かなかったことってのが多いわけ。まぁいいや。でも十分だ
ね。そりゃ最速インターフェース研究会のmalaさんが「誰か要約してください」って
書くわけだよね。ホント、malaさんありがとうね。

なんでため口なんだか分からないけど。で、墨滴には全然これ長くないんだよね。長
いウォール伝ってもっと長いからっつーかいきなり思い出したんだけど、16ぐらいの
時に通ってたフリースクールの同級生っつーか会ったこと無い女の子メールのやり
とりをしていたんだけど、あるとき、この子から返事が来なくなって「なんで返事を
書いてくれないんだ?」ってメール書いたら「いつもそっちの書くことが長すぎて疲
れた」なんて言われて相当ショックだったんだけど、昔からだったんだよね。

長文癖というか書いたら止まらない癖。当時、ヒノッ君っていう名前でやりとりして
たんだけど「私、いつもヒノッ君とのメールやりとりで4時間も使っちゃってるん
だけど、もうアタシ疲れたの・・・」とか言われてさ、そりゃ今考えれば疲れるよ
なって思うんだけど、俺って別に長く書くのにそこまで時間がかからないから、相手
の気持ちが分からなかったんだよね。

ましてや4時間もかかってるなんて想像もできなかった・・・。ジーザス!なんて
こった!あと前にも書いたけどスカイプで両親と話すときもさ、ウォール伝みたいな
感じでさ、社会問題とか政治とかオヤジが割と喋れる人だから色々喋るんだけど、結
果的に一時間半ぐらい俺が喋りっぱなしで、残りの三十分を母と父が喋ってる感じな
んだけど、いつもスカイプの終わり際に母が「もうそろそろね・・・終わりにしよう
よ」なんて言うわけ。

そりゃあっちとしてもゲンナリだろうなぁーって思ったんだよね。1時間半も勝手に
喋られたんじゃーたまらないでしょう。だから俺からの提案で「毎週スカイプやるん
じゃ、そっちも忙しいだろうから、二週間おきぐらいにしようか?」って言ったら、
心なしか両親は快諾していたような気がしたね。

だから俺は思ったね。この長文とか長い喋りを極めまくって、それこそジジェクみた
いに、ゲンナリするぐらい喋りまくるおっさんになるしかないなって思ったわけ。ま
してやこんぐらいのことを英語で書けたり喋れるようになればね、なかなかの進歩で
しょ。やっぱ英語なんだよねー。問題は。まぁいいや。そんな感じで。誰か俺の話聞
いてくれる人いないかなぁー?大抵途中で嫌がられるんだよね。話が長いっつって。

だからやっぱウォール伝が一番の出力先なわけです。今日は革命的なオーラのまま
色々書けたんで、反革命的な投票してくださいっていうURLは載せないことにしま
す。それにしてもアクセス数が明らかに増えてて不気味だわ。ただ別に見られてると
かって思わないことにするわ。でもあれだもん、今日なんてのもさ、やっぱあれだ
ね、俺みたいなスケールの小さい人間の場合さ、学校行く前から「アルファブロ
ガー・アワードノミネートされた人がニューヨークコミュニティーカレッジに行
くんだ」って全てを「アルファブロガーアワードノミネートされた人が」っていう
風に考えてたからね。「アルファブロガーアワードノミネートされた人が水を飲
んでいる」とか、授業の合間とかも「アルファブロガーアワードノミネートされ
た人が嬉しさのあまり、ジェフミルズのChange of Lifeを鼻歌で歌っている」とかね、
思うにジュリアナ東京を肯定するためには、ジュリアナ系でかかってた曲の全ては
Change of Lifeだったって思えばいいんだなって思った。

あとDJ Camがハゲているのは、同じような曲作りをしすぎだからということも分かっ
たね。もうさ、あのなんかラップの一部分を「キュッ」って一回コスった後、リリー
スして丸々ぶち込むって手法やりすぎだよね。いい加減変えたらどうなんだろう?っ
て思っちゃう。

あれはやっぱあれだよ、DJのジレンマよ。ジャズが好きでも譜面書けないみたいな、
どっかから取ってくるしかないみたいな、ようはコスるしかないんだよなぁーってい
うDJのジレンマよ。あのさ、ブルーノートリミックスのやつさ、ジャザノヴァとか
ありえないぐらいいい仕事してるけど、DJ精液のはヒドいよね。すげーやる気ない。

っつーかレコードで持ってるんだけど、あれ聞いてるとき「あ、笑点だ。飛ばそ
う」っつって飛ばしてるのね。なんで笑点かっていうと、やる気なさげに鳴ってるワ
ウのかかったミュートトランペットの音が笑点のオープニングテーマみたいだから。
みたいだからって終わるの良くない?みたいだからなんだよね、じゃなくてみたいだ
から。なんか山ちゃんの嫁っぽい感じでいいよね。頭が良くない感じが。

まぁーね、実際はURLを載せないことにしますって書いたのが昨日で、それからを
今、書いてるんだけど、なんか疲れちゃってさ、恥知らずが腫れてるんだよね。基本
的に週末になってくるともう疲れちゃう。体力ないよなぁー。仕事してから学校来て
る人なんていっぱいいるのに俺は学校だけで疲れてる。しかもそんな別に一日何十時
間って占領されてるわけでもないのに疲れちゃう。

今日の出来事で書くこともいっぱいあるんだけど、明日だな。今日は寝かせてくれ。
あーちょっとサービス過剰過ぎるかしら。選挙期間中っていう意識がなかなか取れな
いなぁー。っつーか何気にアクセス数がすげー気になってるんだよねっつって見てみ
たら明らかに増えててさ、予想以上に増えてたからちょっと不気味なんだけど、増え
てるからこそあえて普段のウォール伝でいかないとなって思った。最近、ちょっと良
いこと言いすぎてるでしょ?なんか「おおー!良いこと言うなぁー」っていうような
感じのが多い。別に意識して書いてるわけじゃないんだけど、あんまらしくない
なぁーとか思ったね。

たまにはズリネタのことだけで一回分書くとかさ、そういうのも無いとダメだよね。
リーディングクラスで一人、可愛い子がいるんだけど、プエルトリコからの移民な
んで勝手に「プエルトリ子」ってあだ名つけてるんだけどね。頭の中で。「あ、プエ
ルトリ子来た」みたいな。俺って相当いろんな人のあだ名を頭の中だけで作ってる
よ。前にも書いたけど、こっちに来てからさ、特にロードアイランドからマンハッタ
ンの英語学校に至るまで、凄まじい数のお笑い芸人似のやつがいたからね。ゴリ・川
ちゃん・ますだおかだのますだ・おぎやはぎのおぎ・創価久本・あと芸人じゃないけ
どエロサイトバナーで見かける不細工なPermalink | トラックバック(0) | 18:53

- 転職ならen
- 派遣ならen
 
1ページ中1ページ目を表示(合計:14件)