はてなキーワード: ファンタジーとは
こういう感じでいいだろうか
俺はHALOとかイース、DQ、FFあたりをプレイしていて、最近はファンタジー
この前、戦争していたら、連携がきれいに決まってスカッとしました
○○さんはアクションゲームとかオンラインゲームはする方ですか?
昨日は豚汁を作ってしまいました
見た目は渋めな感じで、そこそこ見た目には気を使っている方です
それではよろしくお願いします
【身長・体型】175/55
【雰囲気】渋め
【属性】猫
【好きな作品】ハンタ、ブラックジャック、トリガー、シューピアリア、竜と魔
【身分】総菜屋
【生息地】千葉
【生息時間】夕方~深夜
【募集対象】メル友~
【メールアドレス】
【自己紹介】
猫好き
猫を見るとモフモフしたくなります
2chは知らないけど、ネットは真実だったら価値のある情報にあふれてるんじゃないの?
もし「東電は100%減資になる」が真実なら、空売りすればきっと儲かるし、
”実際に”自分と趣味の合う人が書いたライフハック記事なら参考にすると面白いだろう。
楽しめるかどうかだけが重要なものもあるけど、そういうのはたいてい明らかなファンタジーやフィクションで、
グレーゾーンだけどフィクションとしては面白いねっていうタイプは、少数に見えるんだけど。
あ、ひょっとして、アフィリエイトやりたいならどんどん嘘を書けって言いたいの?
そりゃ勝手にすればいいけど、ネット民ほとんどアフィリとかやってるって前提なの?
もうすこし抽象度をさげて、わかるように例をだしてもらえるとうれしい。
圧倒的に高い印象があるけどどうなの?
ご指摘の通り、後者の方がファンタジーを心から信じてる人(プロレス用語的にはマーク)が多いです。
ただ、プロレスはWWEと高橋本というカミングアウトを通り過ぎているからであって、それ以前だとどうなのか、と言われるとどっこいどっこいの様な気がします。
えーとだから
横だけど、
「『ファンタジーの堅守』をするとして、そのためには『自分からバラさなければいい』」
『ファンタジーの堅守』なんてことは今後もう出来ないし、現状でも既に出来てないよね?
そこで、このバレバレ状況下で、
「プロレスと同じように積極的にばらしさえしなければいい」っていう例えだけど
・非処女を積極的に広言して別の価値を模索して見事生き延びた団体はあります
アイドルが同じようになるかは知らんけど、
横だけど、
「『ファンタジーの堅守』をするとして、そのためには『自分からバラさなければいい』」
これは横じゃない方がお答えするけど
このレスはとてもいい疑問だ
(「WWEの全盛期は10年前だもん!」とかいう「言い返せばなんでもいい」レベルのズレズレアンポンタンレスとは大違い)
>プロレスで八百長だって自分からバラさなければいいのと同じ。
というのは、処女じゃないとしても、それを隠しておけば「ファンタジーを堅守(引用)」できるって話だろ?
だとしても、処女じゃないことを積極的にばらす必要はまったくないよな?
既にチラッと出てるとおり、
そしてこれは、プロレス業界が主体的に選んだことじゃないんだよね
昔の客は
素直に信じてくれる客だった
今の消費者はそうじゃない
きちんと気づいて冷笑的に突っ込むし、
動かぬ証拠まで掴んでネットにアップして共有するようになった
そこで「芝居です」と積極的にぶっちゃけて大幅な路線変更した団体と
状況の変化で否応無くそういう二択を迫られたと言っていい
虚構を維持するエンタメが不可能になってきてるんだよ
そういう意味で、プロレスとアイドルって言うのは、確かに「虚構エンタメ」という共通性のあるいい例えなんだ
で、
だけど、
「バレバレでも自分からバラさなければいい」のポジション選択者は
結局こっちは、「これまでの価値が崩れてるのに新しい価値を創出しない」という保守的路線だったからね
プロレスについて言えば
っていうのは「いい」どころか破滅的な選択だった
そして双方が車の両輪の如く、ほぼ一致していることが理想的なロールモデルと言われるようだ。
大雑把に言って、肉体年齢の2/3くらい。
その幼さ故、正直かなり行き詰まりを感じている。
振り返れば、小学校高学年の時点で戦隊物やドラえもんを卒業していなかったし、中学生になってもコロコロコミックがプッシュするビックリマンシールに興味があったし、高校はファンタジー系ラノベとアニラジとモータースポーツにハマり、大学はテレ東のアニメと声優とプレステのゲームに耽った。
20代はその延長で真面目系クズの社畜としてヘタレに仕事しつつ深夜アニメを毎週チェックし、一方で今更服や髪型に凝り出す。30になったくらいからアニメそのものをほとんど見なくなりニコ動にシフトした。
そして30代半ばの今。
肉体的には美容院でアンチエイジングのスカルプを施し、徹夜ができなくなり、下腹部の膨らみを恐れる状態なのに、見た目的には大変幼いのか、現役の大学生とかから高確率で院生に間違われる。仕事では年下から「ずいぶん若いのが来たなあ・・・」と思われたこともあった。
流石にアニメにはどっぷり浸かってないけど、それでもけいおん!やまどマギやISやあの花は面白いと思ってしまった。
そんな調子なのでもちろん未婚だけど、いい加減落ち着きたい。「一人は寂しい」と思ったときは手遅れだろうし。
要するに自分は、小学校低学年でドラえもんや戦隊物を卒業し、高学年をコロコロとファミコンで過ごし、中学高校でジャンプとサッカーとプロ野球を楽しみ、大学でトレンディドラマ()とミリオンセラーのJ-POP()をハシゴしつつコンパとバイトに明け暮れ、20代後半で結婚して、今は子供が2人いて仕事では役職持ちみたいな、自分の世代にとってごく一般的な道からは、全く外れた人生を歩んできたわけだ。
お陰で、若い人とはそれなりに気が合うものの、周囲の数少ない同年代とはいつまで経ってもスムーズにコミュニケーションを取れないどころか、年を追うごとに相手は大人・自分は子供という精神的成熟度の差を実感するようになるばかり。
ましてや年上の人からは完全に舐められ、軽く見られている。そりゃ年齢の割には不器用だし甘ったれだし色々迂闊だし「こいつは本当にいつまでもガキなんだよなあ。もう少し大人になれよ・・・」と思われるのも無理は無い。
多分、肉体年齢と精神年齢の乖離はこれからどんどん酷くなる一方だろう。精神の成長速度が肉体のそれより著しく遅いのは、これまでの自分の歴史で明らかだからだ。
つまり、このまま行けば30歳の心を持つ45歳、40歳の心を持つ60歳、50歳の心を持つ75歳という具合に年を取り・・・もはやホラーだが、ほぼ確定の路線と思われる。
正直言って怖い。
こんなはずじゃなかったのに・・・。
そうは言っても、これまでもこれからも、他の人と交流しながら年を重ねていくしかないのだが、問題は交流する相手だ。
一体、どういう人達と付き合っていけばいいのか、皆目見当もつかない。
子供じみている自分と、付き合う相手の人生が、お互い少しでも良い方向に変わる可能性のある交流ってなんだろう。
(訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)
村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。
ところがその目論見は外れることになる。
期待していたのは、バルセロナやパリやベルリンのような街だった。
そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ、劇場、文学、シットコム、フィルム・ノワール、オペラ、ロックといった、
西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタンな世界都市を私は期待していた。
誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。
実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。
そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。
アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、
私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。
最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、
どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。
私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。
そして蜂の巣状のガラス製ピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき、
ついにユキという村上のアシスタントに見つけてもらうことができた。
あまりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。
実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。
そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。
村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初の記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなたの最初の記憶はなにかと尋ねる。
それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。
彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。
流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル。
そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。
「明確に覚えている」と彼は言う。
「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」
村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。
その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶は自分の中にある、と感じた。
ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。
村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分の記憶を写し込んでいたのだ。
村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中、
週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。
その結果、電力、公衆衛生、メディア、政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。
大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。
この本はアジアで数百万部を売り上げ、
まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。
62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学の最高峰としての地位を確かなものにしている。
疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界の大使となった。
そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。
アメリカによる戦後占領を受けた1949年の京都、日本の前首都である。
「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。
「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。
「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。
彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、
そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である。
彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説とジャズに没頭して十代を過ごした。
二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブを東京で開いた。
掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、
作家としての村上のキャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。
どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生を根底から変えてしまう。
29歳の村上は地元の野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴ・ヒルトンというアメリカ人助っ人バッターが二塁打を打つのを見ていた。
平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上は天啓に打たれた。
そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。
そして彼は書いた。
数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。
それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。
アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。
わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。
『名犬ラッシー』、『ミッキーマウス・クラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲、フランスの映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディラン、マーヴィン・ゲイ、エルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストック、サム・ペキンパー、ピーター・ポール&マリー。
以上はごく一部に過ぎない。
そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本の芸術の引用がまったくない。
村上作品のこうした傾向は日本の批評家をしばしば苛立たせている。
そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆に時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。
「時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。
30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。
すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。
彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。
そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。
「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」
そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。
30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンル(SF、ファンタジー、リアリズム、ハードボイルド)と様々な文化(日本、アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。
どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。
そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。
彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。
なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。
とはいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。
特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。
安全な言葉遣いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。
私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。
数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。
彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロン掛けが好きだという)。
靴は履いていない。
彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップでブラックコーヒーを飲んだ。
その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からのお気に入りの小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。
話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。
その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。
「大きいな」と村上は言った。
「電話帳みたいだ」
私は女なので女性向けの二次エロを消費しているけど、これは本当にそう思う。
色黒で筋肉質でテカテカしたいかにもDQNな奴と、白豚のようなオッサンの二択しかない。
また、AVで食っていくという生き方を選んでいる時点で人間的に軽蔑してしまう。
演技力も無いので「知的なイケメン」という役を演じることもできない。
三次元エロは私の性的ファンタジーを何一つ叶えることができない。
しかし二次元は違う。性的ファンタジーを叶えるために生まれたキャラクターだから。
DQNか白豚の二択という悲惨な三次元に比べ、二次元キャラは属性がとても多くて選び放題。
AVに出ている時点で清純派ではないので"清純派AV女優"は破綻しているが、
同様に三次元の知的なイケメンはAV男優などやるはずが無いが、二次元ならその夢がかなえられる。
また異性からの性的ファンタジーを受けとめるのは三次元の人間にとっては苦痛だが、
二次元キャラは苦痛を感じない。なぜならそもそも性的ファンタジーによって生まれているから。
「成功は、他力によるものこそ羨ましい!」という女の心性をひとまず心にとどめておいてください。
(エビちゃんシアターの)話は方便であって、エビちゃんの可愛さとシチュエーション別着回しがあり、イケメンに求愛されつつ、本命と結ばれれば良い。
求愛役となる「間男」にこそイケメンは配置される。そして誠実で優しいが言葉しかよこさない男より、間男(イケメンで金持ちでティファニーをプレゼントしてくれる)のほうが重要、という間男のテーゼが繰り返される。
意識的と言うよりは、作り手と読者の願望そのものが、幾度もコピーされるのである。
しかし、話がどうでもいいからには、むき出しの構造と身も蓋もない本質が現れる。
何の本質か?エビちゃんに自己投影したい女の、ファンタジーの好みである。
本田透は、女が忌み嫌うオタクのアニメやゲームの多くが、女好みのドラマと全く同じであることを見抜いている。
たとえばパソコンゲーム「君が望む永遠」は韓流ドラマ「天国の階段」。
やってることは同じだろ!恋愛!交通事故!記憶喪失!三角関係!嫉妬!妹!
ただ、オタクコンテンツと女が女のために無意識で作ってしまうコンテンツの間には、たった一点、違いがある。
古来、ドラマというものは苦労人の方に感情移入するように作られてきた。シンデレラを思えばいい。
それが女性誌型のドラマだと、「苦労知らず」の方が一人勝ちするのである。
それは本来はドラマにはならない。「冬のソナタ」野本ネタとも言われる日本の漫画「キャンディキャンディ」になぞらえれば、
いじめっ子の金持ち娘イライザが美人で性格もよくもちろん金持ちで男全員にモテモテ!みたいな話なのである。
それが、女の人生ファンタジー。何だろうこれ、妄想というのさえ疲れてきたが・・・。これが女がオタクを近親憎悪する理由なのだろうか。
エビちゃんが演じさせられることの、あり得なさがやたらにリアルなのである。背後にいる女たちの夢の在り得なさ、そのもののようで。
エビちゃんの演じさせられるOLは、手持ちの服と旬のアイテムをいかに効果的に組み合わせ自己プレゼンするか。そしてお話能力と関係調整能力だけ、
すなわちほとんど見た目とその個人の愛される質だけにたよった仕事であるとしか読めないようにできている。
エビちゃんが演じるOLの内実がどう描かれているのかをよく見ると、作り手が彼女に託したい夢の自画像のようなものが見えてきて、胸が苦しくなってくる。
それは、男女雇用機会均等法が決して果たさなかった約束であり、これからも果たすことがないと定款ないし絶望している女たちの夢のようである。
要するに、韓流ドラマっていうのは今で言うと豚向けアニメってことだな。
女は男がブヒィィ言うはるかに前から韓流ドラマでブヒブヒしてたわけだ。
女のほうがはるかに欲望に忠実で、それを早くから、しかも現実の人間を使ってドラマに仕立てあげてたわけだ。恐るべし。
で、オタクどもはそれの後追いにすぎない。
オタクって、偉そうなこと言ってるけど、想像力や執念においてそんじょそこらのブヒ女にはるかに劣る。まだまだ常識に囚われてる奴が多いってことがわかるね。
ついつい「これはやり過ぎなんじゃないか?」とかブレーキが掛かっちゃうんだろうね。
エロ方向だけは際限なく好奇心旺盛だけれど、もっと本質的な所で欲を持てない。弱い弱い。
もっとシャルとか牧瀬紅莉栖みたいなキャラをどんどん創り上げて、エロ方向よりもっとえげつない所で欲望を満たしていけばいいのに。
「肉食系」は女性にとって都合のいい積極的な男性を指すんだから、「ヤリチン」とは違って当たり前だろ。「自分だけに股開くエロに積極的な女性」と「ビッチ」が違うのと一緒だ。
女性向けの文化の観点だとそう。 まぁファンタジーだからなぁ。
あと西炯子「娚の一生」は諸兄にもオススメですよ。教授かっこいいっす。老眼鏡紳士好きにはたまらない感じ。
こういうコンテンツが『女性の作者から出てて』かつ『女性に売れてる』って状況は男性諸氏も考慮しておいて良いと思う。
嫁に貸したら1週間くらい繰り返しうっとりしてた。
あと女性と長く付き合おうとすると、女性のファンタジーと付き合う場面がある。なんつーか男性観点だと
「いやそれ、君の中のファンタジーなんじゃないの?」みたいな状況が。
あらかじめ慣れておくと、カチンと来ないので楽ですよ(女兄妹がいるなら別に不要かも)
よこだが。
ナニイッテンダ
「肉食系」は女性にとって都合のいい積極的な男性を指すんだから、「ヤリチン」とは違って当たり前だろ。
次々複数の女を食いまくりーの渡り歩きまくりーのの男を肉食系と言うのはどうなの
それはただのヤリチンでしょ。
それは少女漫画的観点っすね。 男性観点だと一緒じゃないかな。
少女漫画だと明確にヤリチンと肉食系って分けれてるよね。 そういうファンタジー、大好きですw 西炯子「娚の一生」とかね
肉食系だってたったひとりの女を熱烈にアプローチの末ゲットして死ぬまでその女の肉だけを飽きずにずっと食っとくことは可能なはずだ
そういう男性もいるとは思うけど、そうじゃない男性もまぁいる訳で。そういう男性にも有用性ってあるものですよ。と思います。
以下はショッピングカートに入れておいたけど買わずに削除することにした作品一覧。(☆はAmazonじゃなく書店で買った本)
◆社会
第三の波 (中公文庫 M 178-3)
富の未来 上巻
レクサスとオリーブの木―グローバリゼーションの正体〈上〉
余震(アフターショック) そして中間層がいなくなる
いま〈アジア〉をどう語るか
☆困ってるひと
西洋哲学史 1―古代より現代に至る政治的・社会的諸条件との関連における哲学史 (1)
チーム・ファシリテーション 最強の組織をつくる12のステップ -
チーム・ビルディング―人と人を「つなぐ」技法 (ファシリテーション・スキルズ) - 堀 公俊
白熱教室の対話術
ご機嫌な職場
ゲームストーミング ―会議、チーム、プロジェクトを成功へと導く87のゲーム
ロジカル・ディスカッション
☆ディシジョン・メイキング―賢慮と納得の意思決定術
☆話し方入門 新装版
◆マネジメント論
なぜリーダーは「失敗」を認められないのか―現実に向き合うための8の教訓
◆人事・モチベーション論
「見せかけの勤勉」の正体
モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか
図解 きほんからわかる「モチベーション」理論 (East Press Business)
人を伸ばす力―内発と自律のすすめ
リーダーの値打ち 日本ではなぜバカだけが出世するのか? (アスキー新書)
「働きたくない」というあなたへ
日本人事 NIPPON JINJI~人事のプロから働く人たちへ。時代を生き抜くメッセージ~
会社は変われる! ドコモ1000日の挑戦
働きながら、社会を変える。――ビジネスパーソン「子どもの貧困」に挑む
「発達の最近接領域」の理論―教授・学習過程における子どもの発達
心の仕組み~人間関係にどう関わるか〈上〉
☆わたし、公僕でがんばってました。
◆自分の演出
あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント (講談社文庫) -
対話のレッスン
演技と演出 (講談社現代新書)
見城徹 編集者魂の戦士―別冊課外授業ようこそ先輩
「しがらみ」を科学する: 高校生からの社会心理学入門 (ちくまプリマー新書)
パブリック―開かれたネットの価値を最大化せよ - ジェフ・ジャービス; 単行本
「ヒットする」のゲームデザイン ―ユーザーモデルによるマーケット主導型デザイン
◆その他
幸福優位7つの法則 仕事も人生も充実させるハーバード式最新成功理論
残念な人の仕事の中身 ~世界中の調査からわかった「組織で評価されない人」の共通点
ベスト・パートナーになるために―男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール
新・絶望に効く薬
千の顔をもつ英雄〈上〉
はじめて考えるときのように―「わかる」ための哲学的道案内 (PHP文庫)
☆料理の四面体 (中公文庫)
結ぼれ - R.D. レイン
あるヨギの自叙伝
◆読み物
☆ダイナミックフィギュア〈上〉
☆ひとびとの跫音〈上〉 (中公文庫)
MOTHER(マザー)―The Original Story (新潮文庫)
☆空の都の神々は (ハヤカワ文庫FT)
ゼウスガーデン衰亡史
生贄のジレンマ
Carver's dozen―レイモンド・カーヴァー傑作選 (中公文庫)
塩壷の匙 (新潮文庫)
☆姫椿 (文春文庫)
☆お家さん〈上〉 (新潮文庫)
ストレンジ・プラス 1 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)
聖なる血 (扶桑社ミステリー) - トマス・F. モンテルオーニ
スノウブラインド - 倉野 憲比古
少年の国―MYSTERY OF NEW RELIGION
ソドムの百二十日
悲惨物語
娼婦を募集したら給料次第で来てくれる時代です。ただし、現代でも生活苦で「風呂に沈められる」人がゼロではないように、当時ももちろん望まず娼婦になっている人はいました。
朝鮮半島は当時、既に日本であったので、内地同様に、軍の進軍先で風俗を営業してくれないかな?儲かるよ?と募集すれば業者が応じてくれました。朝鮮半島の業者は多分日本人を集めましたね。朝鮮半島の女の人は日本人ですからね。
その業者が誘拐してようが詐欺しようが借金のカタに女をとっていようが軍は知ったことではありません。集められた女達もちゃんと報酬をもらって働いているわけです。兵隊は金を払って女を抱いています。現代のソープと同じ感覚でしょう。
普通に暮らしていた朝鮮半島の女の人のところに憎き帝国陸軍が現れて片っ端から誘拐し、軍の備品のように奴隷として連れ歩いて暇さえあればレイプするというようなことが起こった、と偽証が罪になるような状況で明確に証言してくれたという記録を私は探すことができませんでした。多分それファンタジーじゃないですかね。
戦後早く結ばれた条約で日本はすでに韓国に賠償を払っており、個人的な請求を別立てにしようとした日本を制して大韓民国はまとめて受け取るのを選んでいるので、レイプされた韓国人は自国に請求するべき。日本が払う必要はありません。
もうしてるし。
みかじめ料を請求したり車に当たって治療費をせしめたり精神疾患を装って生活保護をもらったりするのとおなじでしょ?単にお仕事で「元従軍慰安婦」をやってる伝統芸能ですよねそれ?