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はてなキーワード: ファストフードとは

2011-12-14

http://anond.hatelabo.jp/20111214170500

テレビ、持ってたほうがいいよ。

私も一人暮らし始めた頃はテレビ持ってなかったんだけど

テレビ見ない人ってみんなと共通の話題が少ないからけっこう面倒がられるんだよね。

時間と金がないのにファストフードカップ麺を嫌がる人くらい厄介。

2011-10-13

ゼンショーグループ展開ブランド一覧

ゼンショー公式(http://www.zensho.co.jp/jp/group/index.html)より

ミスドモスの一部もそうだとは知らなかった

 


牛丼

  すき家

  なか卯

  

レストラン

  ココス

  ビッグボーイ

   ヴィクトリアステーション

   ジョリーパスタ

   フラカッソ

   華屋与兵衛

   エルトリート

   牛庵

   焼肉倶楽部いちばん

   宝島

   ココス

   キャローズ

  

ファストフード

   久兵衛屋

   北海道ラーメン「伝丸」

    中華料理の「天下一」

   はま寿司

   モリバコーヒー

   カフェミラノ

   ミスタードーナッツ  埼玉県 東京都 栃木県 新潟県 大阪府 宮崎県 奈良県

     http://www.ymtfds.co.jp/ymfd/business/shop_mister.html

   モスバーガー   埼玉県 新潟県

     http://www.ymtfds.co.jp/ymfd/business/shop_mos.html

2011-09-21

いちいち「ファウストフード」を「ファストフード」とか略してる奴なんなの?

自分メタボですって言ってるようなもんだけど恥ずかしくないの?

2011-07-25

移民低賃金仕事を奪うっていうけど

日本じゃ既にリタイア組が低賃金仕事を若年層から奪いまくりじゃん。

ファストフードチェーン店に行けば大体いるし。

おかげでバイトにありつけない若者もたくさんいるんじゃないの?

2011-06-23

http://anond.hatelabo.jp/20110623210400

基本的にはそうだね。

というか、イタリアンの店で酒が飲めないとこってあるのか?見たことない。

元増田最初に言ってたのがイタリアンだったからそういう想定で言った。

とんかつ和幸とか鎌倉パスタとか、もうちょいマトモな層でも色々あるだろ。

これは「ファミレス」のくくりだと思って話してる。

鎌倉パスタイタリアンじゃないよなあ…。

五右衛門とかもイタリアンとは思えない…ファミレスファストフードだよね。

もしかしてみんなこういう店を想定してたんだろうか…だとしたら話はかみ合わないな。

学生と言っても院生くらいだとそういう想定にはならないと思うけど…。

2011-06-05

(※閲覧注意)マクドナルドチキンナゲットって

おいしいよね?俺も大好き。うまいし安いし。

でもあれって元は鳥なんだよな…?

全然想像つかないけど、どんな流れになってるんだろう?

そんな疑問がわいたので調べてみたよ-

(以下、閲覧注意)











そもそも一年間に何羽殺されるんだと思う??

答えは数十億羽。想像もつかない数字だ。


生まれて一日目のひな。かわいい

それを業者が養鶏場に届ける。かごにつめて、トラックに乗せて。


次に業者が来るのは1ヶ月後。回収の日だ。それまでがニワトリの命。

ほぼ一生を養鶏場で終えるわけ。

いかごの中で。

ギュウギュウにつめこまれて。

運動すらできず。


一生で空を見れるのは最初の日と最後の日だけ。

大地も草も風も知らずに死ぬ。


できるだけ早く、安くニワトリを太らせたいからエサには残骸が加えられる。

何の残骸かって?

処理から出る肉や骨の残骸だよ。

つまり、共食い。

なんて効率的!


ニワトリって飛べない。だから外敵が多い。

きつね、スカンク、犬…

もちろん人間

飛べない理由を知りたい?

胸がふくらみすぎじゃったからさ。

人間が大きな個体を掛け合わせて、効率的に肉の量を増やしたからなんだって

中には胸がふくらみすぎて歩けないニワトリもいるんだとか。

自分体重を支えられないから、脚が曲がっちゃって、むくむんだって

死ぬまで脚が痛いんだって



どうやって殺されるか知ってる?

カゴが工場につくと、ベルトコンベアーで運ばれるんだ。

作業員が足をつかんで逆さにして鎖で足を吊るして。

お次は電気風呂。気絶させるのさ。

そして鋭い回転刃によって喉をかききる。ほぼ全てが死ぬ。

もし電気風呂で気絶しなかったニワトリがいたら、地獄のような仕打ちだろうね。

喉をかききられたあとはまた熱湯。ここで羽が取り除かれる。


…というのはまだマシなコースで

1日にニワトリが大量に届く日もあるらしいんだ。

そんな日は作業員も鎖にくくりつけるまで手が回んなくて…

ニワトリを壁にぶん投げる。踏みつける。

そうして気絶させる。

だって、手が回んないんだもの」


こうして出来上がったチキンナゲットが最寄りのマクドナルドに届くって仕組みさ。

…ってのは全部アメリカマクドナルドの話。

日本じゃどうかは知んないよ

ちょっとはマシなのかもしんない。


ユッケ以来、安すぎるものを疑っている。

たまたまマクドナルドを取り上げたけど、

ロッテリアモスバーガーファミマ和民も安くておいしいよね。

でもその裏側は…?

ハッピーセットだの、憧れの外食産業だの、藤田田物語だのでマクドナルド魔法にかかってたけど、

一回冷静になって考えてみてもいいかも。


参考文献:おいしいハンバーガーのこわい話

図書館でも良いから、ぜひ。

あわせて読みたい:ファストフード世界を食いつくす

2011-05-27

スマートフォンの世代を、別視点で分けてみる。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1105/24/news078.html

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.itmedia.co.jp/news/articles/1105/24/news078.html

きっとスマートフォンのすの字も知らない人が、化粧品炭酸飲料マーケティングと同じような手法でアンケート結果を解析したんだろうな。ネットアンケートの割にサンプル数がたった824なので、そもそも統計調査としても役に立っていない。ちゃんとやるなら最低でも2000は取らなきゃ。予想通りはてブでも馬鹿にされている。

遊びで歴史的な観点から日本中心の見方で世代分けをしてみる。

#成熟期も追記してみた

プレスマートフォン世代(〜2004年)

このころスマートフォン的なものを使いたかった人は、京ぽんPDA+PHSという選択肢しかなかった。Wi-MAXどころか、公衆無線LANもあまり普及しておらず、3Gネットワークもまだガラケーのためのものだった。2002年Zaurus OS搭載のSH2101Vなんてのもあったけど、10万を越える高価格であまり売れなかった。

この時代にこの手のものを使っていた人は、ほんとうの新しもの好きというか、人柱になることもいとわない本格的なギークで、多分シリコンオーディオデジタル一眼もHDDコーダも、比較的早い段階に手に入れていたような人だろう。デジタルタモリというかスタパ斎藤のような人たち。多分この世代の人は本当に「ファッションも外見も気にしない」

黎明期(2004年2006年)

3G+Wi-Fi(W-ZERO3PHSだけど)、タッチパネルサードパーティアプリケーションインストールできるなど、所謂現代的なスマートフォンが本格的に日本で発売され始めた年。2004年ガラケーではDoCoMoが900iシリーズを発売し「パケ・ホーダイ」サービス開始。FeliCaワンセグ、高画素デジカメを搭載し、ある意味ガラケー集大成と言えるようなものだった。

この時期公衆無線LAN各社がサービスを開始し始め、都心部の駅や喫茶店ファストフードなんかで使えるようになる。

はてブにたくさんいる「W-ZERO世代」が日本における事実上スマートフォン第一世代。プレ世代と似たような感じがしそうだけど、一方でビジネス用途でこれらを使い始めたような人も結構いるだろう。あと本当にギークな人は海外製のSIMフリー端末を輸入していただろう。この世代以前の人は、大抵のことはググッて調べる。あまり「情弱」的な人は見かけない。

発展期(2007年2009年)

iOSAndroidが登場し、OSシェアが塗変わった時期。ビジネスでは業務車両や配送車両の運行管理や、営業や販売の現場などでの利用など、より本格的に利用されるようになる。

この時期にケータイショップにいた人は非常に苦労しただろう。ケータイショップ販売員は「ヘルパー」と呼ばれるキャリアから派遣が多いのだが、ガラケーの機能や契約、料金制度については詳しくても、スマートフォン?な人が多く、自分でもよく分からいものを売らなければいけないということもあったはずだ。新しもの好きだけどハイテクに弱そうなおっちゃんと、やっぱりハイテクに弱そうな売り子のお嬢さんケータイ売り場でもめている光景が、この時期にはよく見られた。

この頃、台湾メーカーによる「ネットブックブーム」もあり、2007年後半から2009年頃まで続く。半端な性能とサイズということもあり、性能が上がったスマートフォン/タブレット低価格したノートPCに挟撃され普及は鈍化する。

この時期スマートフォンを使い始めた人は、新しもの好きではあるけど決してマニアックな人ではない。特にiPhone 3Gなんかは「ケータイiPodが合体した物」という感覚で使い始めた人が結構いただろう。実はこの世代が一番ミーハーな人が多そうだ。

あと社用携帯として持たされたなんていう人も、結構いるのではないだろうか。

全盛期?(2010年〜)

すっかり出遅れKDDIシェアを取り戻すべく参入したはいいが、IS01(通称メガネケース)なんて末期には8円施策で配った誰得端末を作る。

どうしてもおサイフケータイとかワンセグとか赤外線とか、ガラケー機能から離れられない人がいて、そういう人向けの端末も揃ってきた。ここから本格的な移行が始まるだろうが、一方で「ケータイなんて電話メールだけでいい」という人も相当数いるので、ガラケーも残るだろう。ただ「フィーチャーフォン」といわれる、無駄に高機能で割高なガラケーは今後先細りするだろう。

あとはPCなしで完全に独立して使えるスマートフォンが登場すれば普及が進むだろう。一応国産メーカーAndroid端末はスタンドアローンで使うこと前提に設計されているらしいけど、そもそも自宅にPCWi-Fiもない人がスマートフォンってどうなのよ?って話。WiMAXやLTEなどの4Gエリアが全国レベルになり、料金もそれなりになれば完全にPCの代わりになるかもしれない。どの時点でゴールとするかの定義もあるけど、FOMAサービス開始から契約数比率で50%超えるのに5年、エリア全国カバーまで6年ほどかかっているので、4Gが日本中で使えるようになるにもだいたい5〜6年ということになるだろう。

成熟期?(2015年〜)

前記のとおり2009〜2010年サービス開始した4G通信が全国レベルで使えるようになるのが大体このぐらいと予測。この頃にはPC仕事で使うとかプログラマとかデザイナとか動画編集とか、そういう需要の人以外は使わなくなるかもしれない。

2011-05-19

首都圏に行きたいんだけどどうしたらいいかな?

ここでの『首都圏に行く』とは『旅行に行く』ではなく『定住する』という定義


俺が住んでるのは割と田舎(近所のマックまで車で30分程度)なのだけれど、「こんな田舎は嫌だ!もっとこう都会に行きたい!!」って気分が日に日に強くなっている。もちろん都会に行ったところで娯楽を楽しめるのは金持ちだけというのは分かっているけど、便利かつ大量の娯楽というのは俺にとって桃源郷。そんなところに住みたい!


はいえ、東京家賃が高い割に部屋が狭いので個人的に今ひとつ。なので俺としては埼玉のような中途半端な都会に住みたい。



ところが、中途半端な都会があるからといって迂闊に今の会社をやめる気になれない。というのも、「もしも仕事が見つからなかったら」という感覚が強すぎるから


今のところなんのスキルもないうえに新卒でもないので会社を辞めてもいい仕事は見つからないと思うし、入社して数年で辞めてしまったら転職しづらいイメージがある。しかし、まだ20代だからこそいっそのこと転職するのもアリなんじゃないかと思う自分もいる。


自分一人だけなので低賃金でもいいかといえばそういうわけでもない。なぜなら借金(ていうかローン)があるから。車のローンと奨学金を合わせて4万円/月。というわけで、それを踏まえて俺の求める条件は次のとおり。



<俺が求める環境

自転車で片道20分圏内にファストフード店・スーパーマーケットがあり、片道30分圏内にツタヤホームセンター漫画喫茶・巨大本屋があり、自転車で片道1時間圏内に映画館がある。

●月に4万円/月を返済しつつASDL以上の回線が利用でき、ガラケーパケホーダイが使える。

正社員



で、こういう仕事に就くために何を勉強したらいいのかな。ていうか勉強してもすぐに就職できる気がしないんだけど。いくら貯金があっても会社辞めたら次の仕事が見つからいままに貯金を使い果たしそうな気がするけれども、今のうちに転職しないと年取ってから手遅れになりそうな気もして(ループオチ

2011-02-27

機械や人や未来についてのひとりごと

オートメーションが進めば、なくなるのは「肉体」労働なのか。

機械だけになって機械を作る機械が出来ても、その機械設計する人間は必要になる。だから、肉体で労働するわけじゃないが頭を使って労働する人間は必ずいる。

そして、次にメンテナンスが必要ということだけど、そのメンテナンスをそもそも人間自身も行ってるわけで、

なぜ他の人間がいなくてもメンテナンス出来るかといえばそれは自立行動し自分栄養補給し排泄することが出来るからだ。

とすれば、全てを機械にやってもらうためには自動メンテナンスすることが必要だ。



さらに、知能労働人間だけのものということでもなくなってくる。

自動メンテナンス出来る機械誕生すれば、そもそも自分の意志で何かを考えることが出来る機械が登場してもおかしくはない。

その機械を何らかの方法を使って制御し、ある一定の労働のみを行わせることが出来れば・・

教師ロボット政治家ロボットというのも不可能はない。

だけどその時人間がどうなっているかということだ。


かに教師ロボットなどの知能労働をするロボット過去SF作品でよく出てくるしありきたりな話ではある。

しかし、人間そのものが大幅に変わってしまうという作品はなかったかもしれない。

そこで人間がどうなっていくかを考えれば、やはりこれは機械に近づいていく。つまり、機械のような都合の良い肉体を求めていくということになる。

たとえば、視力が落ちない義眼、怪我に強く疲労しない腕や足、睡眠の必要がない身体。

そもそも人間人間にとって都合の良い世界を作るために必要としたのが機械だ。機械を必要としているのは、人間というよりは人間の脳だ。

だとすれば脳以外の肉体をそっくり人工の、脳にとって都合のいい身体に変えてしまっても問題はない。というより、それが脳の願いなんだろう。




機械が徐々に人間らしくなっていき、人間が徐々に機械になっていく。どこまで行くかは分からない。しかし、今の自分想像力では、機械が完全に人間になるということは多分ないと思うし、人間が完全に機械になるということはない。

機械人間になるということは、本来の機械の役目(都合の良い労働力)が失われてしまうし、人間機械になったら、つまり人間の脳まで機械になってしまったら、それはもう人間とは言えないし、都合の良い身体を欲しがる人間はいても、人間を捨てて機械になりたいと思う人間がいるとは思えない。

でも、人間機械微妙な均衡点というのが一体いつまで維持されるのか分からいし、それを維持するという明確な理由が見つからない。つまり、「人間機械になってはいけない理由」や「機械人間になってはいけない理由」。

人間機械になるなら、都合の良い労働力として工場派遣されても問題はないし、元機械だとしても性質は完全に人間のそれと同じなら彼らを機械カテゴライズする理由もなくなってしまう。

個人的にこの未来は恐ろしいと感じる。この恐れは、多分自分が許容できる未来限界点を示してるんだろう。

人間機械になり、機械人間になる、こんな未来がいったいいつになるのか想像も出来ないが、もしかしたら1000年以内にやってくるかもしれない。500年以内と言っても早くはないかも。




結局、脳は機械になることを望んでいるんだろうか。

脳の持つ性質は、人間味という言葉からはいずれも遠いし、脳が願ったものを見てみても、そこに人間らしさというものはない気がする。

デザインという右脳の意向が強く反映される部分だけ見れば確かにそこには人間らしさがあるが、ほとんどの部分左脳の意向に沿ったもので、そこにあるのは無駄がないすっきりとしたデザインだ。

このまま行けば、もしかした右脳が完全に左脳にとってかわられ、人間らしさというものは完全に失われるのかもしれない。

たとえば、機能ごとに何を選ぶかという自由はあっても、同一の機能で違うデザインのものということはない。

ファッションを見ると、概ね左脳に支配されていない、つまり時間軸的には過去文明でいえば未発展のほうがより派手で無駄が多いデザインになってる。

これは、右脳がそういうものを求めていて、まだ言語世界が発達していなかった世界ではそういう華美なものが求められていたのかなと思う。

逆に現代に近づくにつれ、だんだん右脳よりも左脳デザインに口を出すようになり、より合理的で、無駄がなく、画一的デザインが選ばれるようになっていった。

グローバル化もそれに似ている。素晴らしいものが一つあれば皆がそれを真似し画一的になる。萌え絵ハリウッドの方法論、ファストフード店、郊外店舗などなど。




このまま左脳が優位になればどうなるか。人々は次第に画一的なものを問題だと思わなくなっていく。

たとえば草食系。必要のないものにはお金をかけない、すなわち安い画一化されたものを購入する世代の出現。

ユニクロがバカ売れする時代。もはや重要なのは「機能的かどうか」であって、個性的かどうかではない。

言語も統一される可能性がある。英語かどうかは分からないが、この勢いでいけばやはり英語地球標準言語となる可能性は高い。

しか言語というのはその土地に根差したきわめてローカル存在から、もし英語世界言語を統一するとなれば、よりグローバルな言語となるため進化が必要になるだろう。

ここで考えられるのが、どうやってグローバルな言語となるために進化するのかということ。

かに元々ローカル言語というものは、どうやったってその民族環境などに影響されやすい。




まず環境を考えるとすれば、実は地球上では既に環境グローバル化が起きている。それが、自然環境に左右されない都市化という現象だ。

都市は概ね自然から断絶されており、都市間には自然環境ほどの劇的な違いは見られない。どの都市コンクリートで舗装された地面があり、車が走り、高層ビルが立ち並び、駅やコンビニが点在している。

ということは、実は都市だけを見ればほとんどの都市は似たり寄ったりで、そうなるのは必然なのだ。

次に、民族。これも、実は統一されつつある。都市間の流動が激しくなっている。

日本はそうでもないかもしれないが、アメリカには中国日本韓国インドドイツ系・・いくらでもいる。

たくさんの民族が一つの都市で暮らすことが出来るのは、都市が画一化されていてどこにいても大して変わらないからだろう。

かつての江戸ロンドンはあまりに違う。人々が着ている服も習慣も全く異なっていた。しかし、今は不完全ではあるがすべてが画一化されようとしている。

また、混血も重要だ。日本人アメリカ人先祖に持つ人間というのは珍しくない。移民ネガティブな問題として取り上げられることが多いためまだ混血というのは多くないかもしれないが、確実に今後は増えていく。地球という広い土地の上で、かつて絶対に交わることのなかった複数の民族の血が混ざるという時代に既になっているのだから

地球人という考え方が当たり前になれば、次第に言語も統一される。次はやはり宇宙の時代になるんだろうか。

宇宙でも人間土地を拓き画一化された都市を築き、ますます便利になって、ますます遠くへ行く。

その先に何があるのか、まったく分からない。自分想像力はここまでだな。

2011-01-26

適正価格

漫画少年少女誌) 420円  適正

漫画青年誌)   560円  適正

漫画大判)    980円  適正

文庫本一冊     600円  適正

小説大判)    1200円 高い

ゲーム       8800円 高いか

シャツ       1000円 適正

洋服        3000円 高いか

靴         3000円 高い

ソックス      500円  適正

下着        500円  適正

ファストフード   500円  高い

ファミレス     800円  高い

シングルCD    1200円 高い

アルバムCD    3600円 高いか

飲料ペットボトル)150円  適正

ドーナッツ     100円  高いか

ケーキ       300円  高いか

パフェ       500円  高い

コーヒー      300円  高い

2011-01-06

http://anond.hatelabo.jp/20110106175139

ファストフードだって店員の対応に失望したリピートしなくなるよ。

以前、安くて速い中華チェーン店で、四角いままのほぐしてない麺に、トッピングいかにも袋からしたまんまの出されて

もう二度といくものかと思ってたら、しばらくしてそのお店つぶれてたし、そういうものだよ。

2010-11-15

http://anond.hatelabo.jp/20101115105809

よく分からんけど、財布を何回も落として戻ってこなかった経験がなかった俺から言わせてもらえば、

自分が訪れた場所に電話を入れれば」まず間違いなく財布見つかると思うぜ。

喫茶店でもファストフードでもパチンコ屋でも全部一緒。ネコババ犯罪ですから、そうそうくすねる人なんぞいやしません。

ということは、たいてい見つけた人はその店の人に落とし物として届けているわけで、警察まで落としものは行きません。

警察よりもまず店です。道端で落としたのなら、後ろにいた人が「落としたぜ」と言ってくれます。

ういうもんです。

なので、今すぐにでも。自分が行った店すべてに電話をかけるがいいだろう。財布の落とし物なんてそうそうあるもんじゃないから、ちゃんと対応してくれると思うぜ。

2010-10-24

できるだけお金をかけないで長時間いられる場所

図書館

ファストフード店(ドリンク代のみ)




その他ある?

博物館美術館もいいけど、長時間座っていられる屋内ていう条件てことだと椅子がほとんどないので外す

2010-10-12

愛人を作った2

 「愛人を作った」が各方面で話題になり。有名ブロガーにも取り上げていただいた。

 2000円の食事が高いというのに反応した人が多いのにびっくりしました。

 彼女は高校出たばかりで、家ももともとそんなに裕福でないのでファミレス位しかいったことなかったんです。だから2000円くらいでも彼女からすると高いんです。だいたい最初のころデートのとき必ず彼女が「ジョナサンいこう」っていってたんだけど、私がそれじゃつまらないので、お互い酒も飲めないし洋食が好きなので、とんかつハンバーグなどを食べログうまいとこさがして行くんです。そのときがだいたい二人で4-5000円、たまに焼肉いったときだけ10000近くかかりました。つまり、ファミレスファストフードに比べて高いということ。たぶん皆さん居酒屋とか酒飲むところに行ってるんだと思いますがチェーン居酒屋とかって実は安くないですよ、別にうまくないし。酒飲まない僕からするとなんであんなとこ行くんだろうと思いますね。ただし、いつもは彼女の家で一緒にご飯作ります。外食デートは月1くらいです。

 

http://stockkabusiki.blog90.fc2.com/blog-entry-1146.html

上記「愛人税金を申告しなきゃいけない」と書いた方がいます。世の中の愛人でまともに申告して税金を払っている人がそんなに居るのかどうか知りませんが、私の文をよーく読んでほしいですね。彼女自分マンション提供しているのです。その場所代、ベッドのリネン代などもろもろが当然必要経費なのです。もちろん、衣装代もです。私は彼女アイドルの時着る衣装もきてもらったりもしますから。本来はマンション代を出した上で月いくらというのが愛人の本道だと思いますが、それは無理なので、以前から彼女が住んでるアパートにとめてもらってます。

 あと月15万が高いという人は愛人風俗と間違えてるんじゃないですか?実は募集前に、出会いカフェリサーチ(よい人が居たらそのままあいじんにしようとした・・)したところ週一くらいで会う愛人になるとしたらいくらほしい?という質問に20歳前後の人は「8万-20万」というのがほとんどでした。年食って贅沢覚えた女じゃなければそのくらいなんです。8万って言った人はすごいガングロギャルでしたけど、そういうのが好きな人ギャル愛人持てます。てか正社員結婚してなくて30歳以上なら多少の節約すればだれでも愛人もてるんじゃないでしょうか?結婚して専業主婦のがコストがかかるのは間違いないですから。家事なんてやってくれる人の必要性を感じたことは一切ないですからね。圧力鍋洗濯機電子レンジ掃除機があれば専業主婦は一切要らないです。専業主婦持つことのほうが愛人持つことよりよっぽど贅沢だといえますね。もちろん子供がほしいとなったら別ですが。


 それと、私のことを「この人は本当の愛を知らないひとだ」とか「かわいそうだなひとだ」とコメントした人も何人も居ますが、そのとおりなんです。私は本当の愛なんかないと思ってます。すべて脳内麻薬が見せる幻想に過ぎない。とおもってます。フェニルエチルアミンです。ドーパミンです。ひとつだけいえるのはこういうことを言う人はじつはその裏返しで私のことをうらやましいと思っている可能性があります。うらやましいことをしている人を貶めて自分の心の安寧を保つということですね。わかります

 実は前の記事に書かなかったのですが、どなたか指摘したように「岡田斗司夫さん」の本「フロン 結婚生活・19の絶対法則」「恋愛自由市場主義宣言! 確実に「ラブ」と「セックス」を手に入れる鉄則」にヒントを得たところがあります。岡田さんそして森永卓郎さんヒントをありがとう。

 

 これからなんですが、まだ一緒に旅行いったことないんで、行こうと思ってます。私は外国に行きたいんですが彼女パスポートもってないし飛行機がいやということで近場の温泉になりそうです。来月行く予定です。

2010-09-27

http://anond.hatelabo.jp/20100927102623

あのさ、自分でも自覚しているとは思うが君の話は無茶がある。

これからの時代、新規事業を立ち上げるための資金を集めようとするような人は何を頼りとするべきか?(そもそもサラ金に頼るなという話は置いておいて)

置いとけるわけないでしょ。

新規事業の為の融資が大切なのは当たり前だが、それとサラ金を結びつけるような事を書くのはばかばかしい。

たとえるなら、これは健康の為ファストフードジャンクフードの食べすぎには注意しましょう、という主張に「食べ物をとらなければ死んでしまう」と言っておきながら、(ファストフードジャンクフードばかりたべるのは良くないというのは置いておいて)と付け加えているようなものだ。

ファストフードジャンクフードだけ、というのは良くないが、それらにもそれらなりの良いところはある。

サラ金についても新規事業への融資のような明らかにサラ金の良い使い道とは思えないものを持ち出すんでなくて、消費者の消費のスムージングの有益性を言うべき。

さらにもし目的サラ金ではなく事業への融資なのなら、そもそもサラ金の事にふれるべきじゃないしね。

2010-08-24

一般論リスカする人は大抵長袖をまくるときに一瞬誇らしげな顔をする

長いよ。ごめんね。



発端は、実家に行ったときに駅で中学の同級生に会ったこと。

時間もあったので、1時間ほど近況報告をしながらお茶を飲みました。

携帯番号とメールアドレスも教えあいました。



1年ほど前に離婚して、現在子供と二人暮らし。

慰謝料はもらえず、養育費アルバイトで生活しているのだとか。

実家の近所に住んでいて、アルバイト中は子供実家に預けているという。

離婚してから精神状態が悪くなり、重いうつにかかってしまい、入院経験

今もぜんぜんよくならなくて、薬をたくさん飲んでいて、よく死にたくなるのだそうです。

ほら見てと腕まくりをすると、無数のひっかいたような白いリスカのあと。

彼女とは、その後もたまにメールのやり取りをするくらいの付き合いが続きました。



ある日、友達と旅行に行く直前になって、彼女から添付ファイルありのメールが届きました。

死にたい、もう死ぬ、私もうダメ」という本文と、腕に切りつけたような傷の写真

でも、先日ダンボールを切るときに勢い余ってカッターで切った傷よりぜんぜん浅い。

旅行をあきらめたとしても、彼女の家までかけつけるには、少なくとも2時間はかかります。

いろいろ考えて、彼女実家へ連絡をしました。

子供を頻繁に預けていることでわかるとおり、彼女の家から実家までは徒歩圏内です。

両親と祖父祖母、社会人の弟妹がいるので、人手もあります。

卒業アルバムをひっくり返して電話番号を見つけ、なんとか連絡をつけました。

すみませんと謝る妹さんに、早く行ってあげてと声をかけて、その件は終わりました。



終わったと思っていました。



旅行に行って早々に、携帯メールがうまく受信できなくなりました。

(単純に自分の設定変更によるミス

旅行先でショップに持ち込み、原因がわかって、設定を変更しました。

受信できるようになったとたんに、ものすごい数のメールが届きました。彼女からです。

最初のほうのメールはこんな内容です。1文1通な感じ。絵文字も使っています。



ひどいどうして返事してくれないの?

ずるいよ来てくれたっていいじゃない。

どうして○○(妹)ちゃんに電話したの?



まだまだ続いています。漢字絵文字がなくなります。200通を越えたころです。



おこらないであしわるくない

いたいよちがでてまっかだよしんじゃうよ

かぎかけてはいれなくした××(私)さんだけいれてあげる

なんできてくれないのなんでめるめるしたのに

たすけてたすけてたすけてなんでこないの



そして、数えるのも面倒になった最後の方。ご丁寧に赤文字です。



しねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしね(以下略

ひとごろしひとごろしひとごろしひとごろしひとごろしひとごろしひとごろし(以下略



とんでもない通数に、パケット定額に入っていてよかったと思う反面、

何で私がそこまで面倒見なきゃいけないわけ?と不満に思って、内心ムカムカしていると、

友達が教えてくれました。(同じ中学出身で実家住まいなので、地元情報には強い)



噂なので話半分に聞いてね、と言われたことによると、

彼女離婚の原因は、彼女自身の浮気と散財、家事放棄。

洗濯掃除は旦那さんの仕事彼女は買い物と食事の準備が担当専業主婦ですが)

旦那さん(夜勤もあり)の不在のときはほとんど彼女も不在。

貯金を1ヶ月、給料を3日で使い果たし、実家に金の無心「ダンナが安月給だから」

朝食が食パン牛乳、夜はファストフードスーパーのお惣菜、カップめん。

子供が出来たら、食事の準備も旦那さん。気晴らしに一人で遊びに行き、朝まで戻らない。

あげく、生まれた子供は明らかに人種が違う。日本人じゃない。すったもんだして離婚

実家に戻るも、資金不足とワガママが通らないことで頻繁に自殺未遂。別居になる。

そういう状態なので、地元にはもう相手にする人がいないらしい。



そうかー、私はいいカモだったのねぇ。メールアドレスを拒否設定にしました。

その後は平和です。

自宅の住所と電話を教えなかったのは、何か感じるところがあったのかも。

2010-06-06

性別の、差別と区別。

性別について考えるきっかけ、は色々ある。




大学研究室は数人しか女性がいなかった。

不思議なことに、女性が極端に少ない場合女性の行動は両極端な2パターンになる。

一つは“女王様”もう一つは“同化”だ。

男を顎で使うか、どんどん混じっていくか。私は後者だった。なぜか中途半端はやりにくくて仕方がなかった。




こんな事を書こうと思ったきっかけはある先輩とのやりとりが原因だ。



ある時作業が遅くなってしまい、先輩と帰ることになった。私は大学の最寄り駅の近くで一人暮らし、先輩は実家だった。

夕ご飯を食べていなかったので、何か食べて帰ろうかという話になった。

大学近くは学生向けの店が多くあったが、どこかに入るそぶりもなく先輩は一直線に駅まで向かった。

私が「何処行くんですか?」と聞くと

先輩「え、君の家で何か出して貰えると思ったんだけど・・・」

私「いや、そういうのはちょっと・・・もう遅いですし」

先輩「そっか、いやーそれぐらいには仲良くなれたかと思ったんだけどなー。ごめんごめん。」




ご飯出すだなんてそんなこと言ってない。確かに会話中に一人暮らしで家と駅が近いといいはした。

先輩が自分を襲うとは思ってはいなかったが、あんな遅い時間に男と2人なんてありえないと思っていた。

正直なところ自分がそう言うことに対して神経質であることは自覚していたが、

もしもなにかあったら取り返しがつかないし、そのような場合被害者も非難されるので防犯意識が高いことが悪いことだとは思っていない。

それぐらいで丁度いいと思っていた。

ショックは受けたが、そのときは男性はあまりそう言うことを考えないのだろうと思い、ファストフード店に入った。

なんとなく違和感を感じていたが同時はあまり気にしていなかったように思う。




それから大分たってその先輩は就職したが、OB会があった。

先輩が、「君達は旅行とかしないの?」といった。

私「特にないですね。今女子私しかいないんで、せっかくみんなで旅行しても一人部屋になっちゃいますし。」

先輩「え、部屋別々なの?」

私は絶句した。すると同輩が

「やっぱ女性ですし。そりゃそうでしょー。」と言った。




このときになってダメだと思った。何か勘違いされている、と。






私は確かに男と同化していた。重い物を運ぶときは体力腕力の違いはあれどできる範囲で運んだ。

重い物を誰かに持って貰うことは、私にとってお得なことだろう。でも私は女性だからと言う理由で優遇されたりはしたくなかった。甘えたくなかった。女性武器にしたくなかった。

人それぞれとは思うけども、同じように何かすることの方が私にはよかった。




でも私は、彼らの前で服を着替えたりはしない。

私は女で男ではないから、女子トイレ女子更衣室と言った区別は必要だ。

私は確かに、男と同化していて、女っぽくないと評されるけれど、人によってはいい意味で女っぽくない、いい友達だと言われたりする。

でも私はやっぱり女性なので、女性的なものを完全に捨てているわけではない。



これを読んでくれた人の周りにも、さばさばしてたりとか、男性に混じって女性とは思えないような働きをしていたり、女捨ててるように見える人がいるかもしれない。

元々そう言う気質の人もいるだろうし、その方が楽という人もいると思う。

でもやっぱり何でも言っていい・していいというわけではないのだと、そう思う。

2010-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20100418180708

無駄な消費をやめることになると、文化芸術、娯楽が真っ先に衰退すると思う。

こういう分野って、へんな言い方をすると他の産業の成長の「おこぼれ」を貰って成り立ってるわけで、

社会無駄な金と時間が余ってないと回っていかないんじゃないかと。

出版音楽映像、みんな金が稼げる仕事じゃなくなっていくと思うよ。

ネットサービス基本無料なのも、広告を出す会社があるから成り立つわけで、

広告なんて会社が傾いたら真っ先に切られるところだと思うし。

衣食も、高級なところとか個性的なところは軒並みダメになって、ファストファッションファストフードばっかになるだろうし。

性風俗産業とか、クラブキャバクラスナックとかも全滅するんじゃないかな。



経済成長のない「持続可能な社会」って、エコロジカルで地産地消で、みたいなイメージがあるけど、

実際にはその前に不景気地方は軒並み衰退して、大都市でないと生きていけないようになる上に、

すべての消費が個人の趣味嗜好ではなくて、必要性で選ばざるを得なくなるような社会になるんじゃないか?

ニッチ向け産業が成立しなくなって、マス向けの大量生産、大量消費だけが残ってしまうんじゃないか?

日本以外の国が経済成長を指向してたら、日本だけ経済的に取り残されて、経済的な地位もなくなり、

娯楽もなく、モノやサービス画一的で、昔の共産圏みたいな国になっちゃうんじゃないか、と根拠なく推測するんだが。

2010-02-25

もうプロ記者は要らない?

編集長コンピュータ!記事は一般公募

“ファストコンテンツ”メディアの衝撃

ttp://diamond.jp/series/beyond_valley/10083/

検索を逆手に取ったメディアビジネスが今、アメリカで大きな羨望と非難の的になっていることをご存じだろうか。



 その名は、デマンドメディア。数々のサイトを傘下に持つメディア会社だが、そのビジネスの核心は、ネットユーザーがたった今、知りたいと思っている情報を探り当て、そのコンテンツをほぼリアルタイム制作し、それをネットに上げてページビューを稼ぎ、広告でボロ儲けすること。創業から4年足らずの同社は、この手法で2009年には2億ドルの売上げを稼いだと言われる。



 仕組みはこうだ。



 同社が開発した独自のテクノロジーがミソだが、それによってまず現在ネット上で話題になっている事柄、キーワード抽出される。これに基づいて、競合他社の動きも考慮して予想広告収入をはじき出し、さらに独自のアルゴリズムによって、コンテンツ制作するにふさわしいテーマが吐き出される。テーマには、検索ですぐにひっかかり、検索結果では上位に表示されるような目立った表現が盛り込まれている。



 さて、いったんテーマが決まると、デマンドメディアは「コンテンツ募集」というかたちで告示する。同社のデータベースには、何万人ものフリーランスライタービデオ制作者が登録されていて、彼らは自分に合ったコンテンツを見つけると、さっそく手をあげて執筆撮影制作に取りかかる。



 制作されたコンテンツは、他サイトコンテンツからの無断流用がないかどうかを調べるために、これまたコンピュータにかけられ、合格すればデマンドメディア傘下のサイトに掲載される。これが一連の流れである。



(中略)



 1日にサイトにアップされるテキストビデオコンテンツは、何と4000件を数える。これもファストフードならぬファストコンテンツとでも呼ぶべき量産体制の賜物だ。この体制を支えるライタービデオ制作者は、同社のサイトで常時募集している。



 フリーランサーたちは、テキスト記事では15ドル程度、ビデオ制作では30ドル程度の報酬を受けている。失業者があふれる昨今では、珍しくペイされる“開かれた機会”を提供しているということにもなるが、ペイの水準はよくてファストフード店員並みか、それ以下。一時ユーザーが生み出すコンテンツUGC)という動きが話題になったが、デマンドメディアは、そんな悠長な善意に頼るのではなく、もうスウェットショップ並みのコンテンツ工場なのである。



(中略)



 こうした人気に羨望が集まる一方で、批判も決して少なくない。批判の中心は、他でもないコンテンツの質である。ライタービデオ制作者はプロ級の人材とは限らず、「数打ちゃ、当たる」式のデマンドメディアの方法に則って、ともかくコンテンツを量産し続ける。あまり質の高くない、使い捨て的ファストコンテンツで収入を稼ぎまくるというアプローチに、メディアサイトのかたちをとった「あこぎ」な商売だという非難は多い。

2010-01-05

http://anond.hatelabo.jp/20100104221648

名実ともに認める非モテだが

ゲームという自分趣味への理解」だけじゃなくて、「自分と同レベルガチゲーム好き」

自分といつでも趣味の話をしてくれる親友がわり

上記以外は何も求めてません。

それでいて、黒髪に清楚な格好で化粧してなくても美人な子。

いい歳して化粧しないってありえないから。

可愛いのに自分みたいに恋愛経験が少ない処女

処女に興味なし。むしろビッチスイーツと付き合うほうが、オタク処女厨性犯罪者予備軍のような嫌疑をかけられずに済むから良いと思う。

出来れば割り勘をすすんで言い出してくれて、いつもおごらなくて済む子。

割り勘どころか自分がおごってもらいたい。

アウトドアとかスポーツとかせずに家の中でごろごろするデートでも満足してくれて、

自宅には誰も入れたくない。書棚やPCの中身を見られたら困る。だからずっと外に出ているほうが好都合。

ラーメンとか牛丼とかカレーとか一緒に食べに行ってくれるのにスレンダーな子。

ファストフードくらい自分一人で食べに行くっつーの。

服とかアクセサリーとか化粧品とかエステとかに金かけなくても可愛い子。

化粧同様、女性ファッション無頓着なのはありえない。できれば自分よりオサレなほうがいいと思っている。

2009-10-31

http://anond.hatelabo.jp/20091031100134

それで侮蔑された!とか本気で言うファストフード関係者もまたいないんじゃないの。

実際のところ味覚面でも健康面でも問題が多いってのは半ば社会常識で、そこを完全に無視して「うちのバーガー世界一おいしくて健康にもよいのです!」って考えられる人は少ないと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20091031092215

まあ、無理にIT業界にたとえなくていいんじゃないの。話がすごいねじれてきてる。

風俗嬢の場合、利用者とは関係なく、もともと差別されていて、「立派な職業だから差別しちゃだめだ」という正論もあるけど、やっぱり本来は望んでつくべきではない特殊な職業でしょう。自分の娘に「お前は美人だから将来はソープ嬢とかどうかな?」とか夢を託したりはしないわけで。

その差別の是非はともかくとして、風俗に行く男が蔑まれるというのは風俗嬢に対する差別とはあんまり関係なくない?

たとえば「ファストフード食べるような奴は味覚が終わってる」とか、「インターネットでごちゃごちゃ書き散らしてる奴は負け組」とかサービス利用者を一緒くたに蔑む視線ってのは他のサービスでもいろいろあるわけで、IT業界のたとえだと「自社開発もせずSIerに投げる時点でダメ企業」とかいう意見を持つ人もいるって感じか。で、それは必ずしもサービス提供者への侮蔑とは一致しないと思うが。

2009-10-08

「バカでブス」のほうが「バカで美人」よりも不幸になりづらい

この論を読むにあたっての前提

「バカ」とは単に学力に限らず、知的活動全般(コミュニケーション芸術なども含む)における能力が劣っている人物を指す

・それだけで商業価値を持つような美貌は除く

・それだけで不利益を被り迫害を招くようなブスは除く

・「美人/ブス」をx軸、「賢い/バカ」をy軸とし論を進める。(「学力/EQ(学力以外を暫定的にこう括る)」というz軸は議論を煩雑にするので省略する)

・「不幸」の定義が非常に曖昧ですが、「幸せが少ない」よりも「苦しみが多い」寄りのニュアンスで捉えてください

自意識を植え付けられた現代人に共通すると思われる欲望の一つとして、「自己承認欲求」というものがある。これは己が他者から承認されたいと思う欲望である。これが満たされない場合、人間フラストレーションを募らせ、不安定な状態に陥りやすい。

しかし、当然ながらこの自己承認欲求は万人に対して保障されているわけではない。ここの自己承認欲求の不均衡が起きる。そして、危険なことに、この自己承認欲求を満たすために女性には安易な「性」という交換価値が与えられている。

しかし、「性」を交換して得られる自己承認欲求は概して薄っぺらく浅いものであることが多い。「性」と交換に承認を得た女性たちは、結果的により深い、より切迫した欠乏感に苛まれる。

典型例としては、「ヤンキー娘が男をとっかえひっかえした挙句に妊娠して高校中退」のようなものである。この場合、彼女は「勉強ができない」という劣等感や、不幸な家庭環境による愛情への飢餓を、「性」というエサに群がる男性から求められることによって補おうとしたものと考えられる(ヤンキー娘の家庭環境が不幸とは限らないという反論に対しては、前提条件で挙げた「バカ」知的活動全般を含むという点に注意を喚起しておきたい)

しかし、概して、このような過程を経た出産、それによって形成される家庭というのは同じ末路を辿りやすい。これが文化再生産・階級の固定である。彼女の、「性」をエサにして自己承認欲求を満たすというプライドファストフード店は、妊娠出産というクライマックスを経て閉店に追い込まれる。生まれる子供が女子であれば、その子供「バカ」で「美人」である可能性が高い。

では、「バカでブス」の場合を例にとってみよう。彼女たちも「自己承認欲求」が満たされず、苦しい時代を余儀なくされるという点ではバカな美人と同じである。しかし、この場合、彼女たちには交換価値となる「性」がそれほど高い価値を持たない(まあそもそも若いってだけでブスであろうとデブであろうと性的価値はあるんだろうなとも思ったけど、飽くまで二者間の比較において)

よって、どうなるか。彼女たちは男性たちから得られる浅薄愛情すら受けられず、非常に厳しい環境で生育することになる。最初は男性から求められるバカな美人を見て羨望に身を焦がすこともあるだろう。しかし、やがて気付くのである。あんなことをしても何にもならない。

質的に同等の知力を持つと仮定した場合、大人と子供では大人のほうが賢い。なぜならば、それはそれまでに培われた経験、そしてそこから得られた「情報」が存在するからである。よって、「子供でバカでブス」よりは「大人でバカでブス」の方が賢い。そしてこの場合の「経験」は必ずしも自分自身によってなされる必要はないのである。バカなブスはバカな美人の失敗を見て学ぶ。

ここで、「でば、バカな美人であっても、経験によって己をブラッシュアップすることは可能なのではないか」という質問が成り立つ。それは正当な反論であり、その場合は「美人」というカードが役に立ち始めることもあるだろう。しかし、彼女たちの場合、それ以前に妊娠結婚において、人生再チャレンジにおける不利なカードを引かされている可能性も高いのである。

バカなブスは少しだけ賢くなって漕ぎだしていく。

バカな美人は錨を下してしまったため港から離れられない。

そのような意味において、「バカで美人」よりも、「バカでブス」のほうが、不幸に「なりづらい」という結論が成立する。

以下は余談

平たく言えば「同じバカならモテるよりモテないほうがむしろ幸せなのでは…

幸せが言い過ぎなのだとしたら受ける傷は少なくて済むのでは…」ということを加護さんについて考えて思ったのでした(彼女はそれで生活の糧を得てるから上の論には必ずしも当てはまらないけど)。しかし、「モテ」を分水嶺にすると知的能力云々のあたりがややこしくなるので(「モテる時点でバカではないんじゃん」等)今回は容貌を用いました。

とりあえずイメージとしては、

高卒派遣OLひとりでバラエティ番組を眺めながら食べるオリジン弁当の夕食」

ヤンキー上がりシングルマザー母子家庭ワーキングプア水商売はじめました」

の対比としてイメージしてもらえるといいと思います。

それでも「ひとりじゃないだけ後者のガマシ」という人に関しては私とは価値観が違うとしか言えない。

「賢くて美人」と「賢くてブス」とを考えた場合は、個人的にそこに(不幸になりやすいかどうかという点において)あまり差はないんじゃないかと思います。幸せになるために踏まねばならない手数の多さという意味では「賢くてブス」のほうが上だろうけど、それをきちんと踏襲するというニュアンスも「賢い」にはこめてあります。

そもそも、(前提で述べたような極端なケースを除けば)「美人」と「ブス」という分け方が極めて恣意的なものなので、この場合の「美人」というのは単に「多くの人がその人を美人と思う」という事実に過ぎず、また「ブス」も然りです。そして、重要なのは、「需要多寡は必ずしもそのものの優劣と比例するわけではない」という点です。

よって、例えば「ブス」だったとしても、自分需要する層というのを的確に判断する能力があれば、それは決して弱いカードではなく、単に使いどころの難しいカードであるに過ぎないのです。むしろ、場合によって強いカードにもなりうる可能性を秘めているのです(RPGで、人魚キャラが陸上戦ではHP少なくて弱いけど、水中戦では無敵みたいな感じ)

以上をまとめて「不幸になりづらいランキング」を作るのであれば、

賢くて美人≧賢くてブス>バカでブス>バカで美人

という図式が成立するのではないかと思います。

2009-09-30

貴重だった浪人時代の一年とそこから得た「幸せ

十八才の時、自らの進路を決めるために志望校を決めた。本当は十八才なんて若さで将来のことなんか分かるわけないのに、その時の感情のおもむくままに、また周りの友人に流されるままに進路を選んだ。

冬になってセンターを経て受験が始まった。どこの会場に行っても、殺気に似た息づかいがひそひそと聞こえてくるようだった。寒い校外とは別に、教室の中だけは熱気に満ちていた。

第一志望の受験は一番最後だったのだけれど、その前にいわゆる「滑り止め」をいくつか受けた。受験しているときは自分自分でないような気がして、もしこのまま受かってここに来ることになったら、いったいどんな四年間(以上)を過ごすことになるのだろうと不安にも思っていた。

幸か不幸か、その学校には合格した。あとは第一志望の受験を残すのみとなった。

第一志望の受験会場に行ったときには、足が震えていた。それは決して寒いからではなくて、周りのあまりの士気の高まりに自分がついて行けず、怖くて震えていた。それぐらい周囲の誰を見てもやる気に満ちあふれていた。

この時点で負けは決まっていた。当然ながらその学校には落ちてしまった。それも完敗だった。受験会場を後にした時点で負けを自認していた。

親には反対されたが、もう一度、第一志望の学校来年受けてみようと思った。自分の進路に対する思いというものが、この敗北により徐々に明らかになっていくのが分かった。そう考えると、一度落ちたということは良かったことなのかもしれない。

四月になり、みんなの新生活が始まった。無事進学した者はそれぞれの場での活動が忙しいし、自分たち浪人組もまたこれから一年の戦いが待っていた。

最初は不安だった。勉強をするのは苦ではないが、それだけでこの貴重な十代最後の年を過ごしていいものか。また、勉強したからと言って確実に受かる保証をいったい誰が与えてくれるというのか。

これらの不安を払拭してくれたのは友人たちだった。授業が終わると一緒にファストフードカラオケにいってお互いを励まし合った。自分が一人でないことを確認できた。みんなで一緒に壁を乗り越えていこうという気持ちになった。

やがて夏になり、秋が過ぎて、冬が来た。

今年もセンターの季節になった。しかし一年前とは違っていた。自分が進むべき道は自分の頭の中ではっきりと描かれていた。だからモチベーションを維持できた。この一年間、友人たちとも話しながら、決して遠くない将来の自分たちの姿を語り合ってきた。こうあるべき、とまではいかないが、こうなりたい、という希望や願望を夢とともに話し尽くした。

そんなバックボーンを抱えたまま、センターの会場に向かうと、周りの人間を圧巻した感じになる。自分自分の力で道を切り開いて進んでいるのだという自負がある。

その年のセンターは大成功だった。予想以上といってもいいぐらいの成績を収めることができた。

二月になって、試験もいよいよ本格化してきた。昨年、事情により「蹴っ」た学校にも再び合格することができた。そしてまた、いよいよ、第一志望校受験の日がやってきた。

受験会場に着いたときは、去年の自分とは違っていた。去年の自分のような人を横目に見ながら、さっそうと会場を練り歩き、目的の教室へと向かっていた。昨年と同じ会場で、二回目の会場なので、余裕もあった。

試験中は自分の最大限の力を発揮した。迷いはなかった。緊張もどこかへ吹き飛んだ。あるのは目の前にある真っ白な答案用紙のみ。そこに思いの丈をこれでもかとブチ込んだ。周りを威嚇するために、わざわざ大きな鉛筆音を出してカリカリ答案用紙を真っ黒にしてやった。

試験が終わって会場を出たときには、何とも言えない達成感があった。自分はやり遂げた。目標や夢というものに向かって歩き続けているという現実感を感じていた。そこに結果は必要ではなかった。自分の成長具合に自らが興奮していた。

約二週間後、合格発表があった。

自分の番号はなかった。

もちろん泣いたが、そこには進歩した涙があった。これはあくまで予定調和で仕組まれた道なのだと、後になって十分に納得した。やるだけやって、自分が進んできた道は間違ってないと確信していた。結果というものは運命の導きであるから、それは胸を張って受け入れなければいけないと思った。

…結局、その後に受けた第二志望の学校に無事合格した。そして入学した。そのことについて、何ら負い目はなかった。確かに自分が想定していた進路は変更になったが、それについてはこの一年間で十分に吟味して、いろいろな可能性を考えていた。人間、どういう道をたどることになっても、そこで自分の力を発揮できればいいし、そうでなければいけないということを分かっていた。

結果的に受験自体は成功はしなかったけれど、この一年で得たものには限りない財産性があることを実感した。

一年前と比べると、自分の意志が確固としたものになっていたし、この一年間は決して無駄ではなかった。単なる時間つぶしのためのものではなかった。この一年がなければ、自分人生において大きな欠損を抱えたまま生きていくことになるのだと思った。

浪人を勧めているわけではないが、人はどんな状況においてでも自分価値見出し、その価値を実現するために行動できるということが分かった。その信念に基づいて行動すれば、一般に辛いといわれる浪人の状況でも前向きに生きていくことができた。

今ではこの一年というのは、自分人格形成を司った、極めて重要一年だったということができる。そして友の存在。彼らとは未だに全く関係が切れていない。むしろ年々盛り上がっている。

自分は、こんな素敵な一年をこんな素敵な友と過ごせたことに感謝している。この時点において、自分人生はまだ「点」に過ぎなかったが、今やそれは現在につながる「線」になっている。「点」が多くなければ「線」は存在し得ない。

そして今もまた、mixiインターネットを経由した色々な面から「点」の形成をなしえている。感謝してもしきれない。

思えば、自分がもし第一志望に合格していたら、今の自分はなかった(もちろん別の自分があるのだけれど)。そう考えると、今の「線」のつながりを振り返り、また、前を向いて「線」を展望するに、不合格だったことはまさに運命のなせるものだったのかもしれない。

今、友人として多くの人と交流させてもらっている。これは運命なのだと。そしてその運命を今は楽しんでいるし、受け入れている。加えて、運命の「線」を先に延ばそうとがんばっている。その過程がとても楽しくて幸せである。

人によって「幸せ」といったものの定義は違うだろうが、少なくともここに一人、人生において「幸せ」をありがたく享受している人間がいる。たとえささやかなものであれ、それがみんなに行き渡ることができたらこれほど素晴らしいことはない。

人は、どんな状況からでも「幸せ」を獲得することができる。無駄時間は一秒たりともない。自分が「幸せ」になろうと思えば、誰だってそうなることができる。間違いなくできる。「幸せ」になる権利がある。

これが、自分浪人時代の一年間で得たもの(の全て)である。

2009-09-14

http://anond.hatelabo.jp/20090905184450

前の( http://anond.hatelabo.jp/20090905184450 )の続き。

 

 国家人格的な「犯人」である殺人事件、というものを想像してほしい。

(『虐殺器官』p.72)

 ・著者インタビュー伊藤計劃先生 http://www.sf-fantasy.com/magazine/interview/071101.shtml

みなさん言われるように「虐殺」は黒沢さんの「CURE」から影響を受けていまして、というよりそもそも「単位が個人でなく、国家民族レベルの『CURE』」というのが出発点だったと思います。

とうわけで黒沢清CURE」を見てみました。

そのまんまでした。(主人公のキャラはかなり違いますが。)

虐殺器官』は、SF版「CURE」である、といえばだいたい事足りると思います。

 

ちょっと余談。ラストシーンで主人公がファストフードを食っている、というのも同じですね。「CURE」がファミレスで、『虐殺器官』がピザ、というところに日米の差が。

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