はてなキーワード: ピンポンとは
クソ映画だとわかってて見たのにそれでも見てられないぐらいの凄さだった。
一応全部見なきゃいけないと思い録画して早送りしながらなんとか最後まで見た。
が、『ICHI』では演技が下手っていうレベルを超えているのでまるで演技する気がないように見える。
だいたい綾瀬演じる市は
極度に感情も表情も乏しく能動性の無い女、というつまんない人格に設定されていて
ほとんどのシーンでただ周囲の人の話を無表情無反応に聞いてるだけということになる。
こんな役を大根にやらせるので、本当に「ただ立ってるだけ」「座ってるだけ」をしていて、演技する気がさらさら無い。
(このただ座ってるだけの女にオッケーをだす監督も凄い。
静かな役なんかだけはやらすなと言いたい。
あまりの異様さに「こいつなんなの……!?」と違和感を覚えるのも最初だけで、
視聴者はすぐに市がどうでも良くなる。
他の登場人物も全くキャラが立ってないにもかかわらず。
眠くなるのとも違う新感覚。
悪役は中村獅童演じる「万鬼」という剣客が頭目の不良グループだが、
この万鬼は顔の火傷で仕官出来ないのを悩んでるだけのしょっぱい奴で
万鬼党は狂気と破壊衝動で暴れるだけの、バカが好んで描くタイプの悪役。
経済観念すら乏しくわざわざ住み心地悪そうな岩場に男だけで住んでおり
唯一の寄生先である宿場で無意味な殺戮を始めるようなアッパッパーだから
話の溜めもクソも何も無い。
悪い親分のところに市が上がりこんで行って
下手に出たりとぼけたり脅したりするような駆け引きも全く無い。
ほとんどショッカーレベルの悪役なので中学生以上だとシラフで見ていられない。
日曜朝の30分戦隊物でも『ICHI』よりはマシな脚本を書いている。マジで。
(一方、善良な民衆側の宿場の顔役は復帰直後の窪塚洋介がいつものあの抑揚で演じているが
全てが意味不明な『ICHI』ワールドの中では大変好感の持てる常識的なアンちゃんに仕上がっている。
この映画を見た人間はみんなちょっと窪塚洋介を好きになれる。)
・八州周りが宿場にやってくると街道の民衆が総出で土下座。大名か。
・八州様を宿場の顔役達が供応してるところに脈絡も無く万鬼党襲来。
よりにもよって八州様の目の前で住民の殺戮を始める。
「やや展開が無茶だけど万鬼党に抱きこまれてる八州だったかー」と思って見ていたら
血刀下げた万鬼党は震える八州の胸倉を掴み「見なかったことにしろよな!」と恐喝。
無頼の主人公が八州周りを殺しちゃうトンパチ展開も時代劇では稀にあるが、
田舎ヤクザが八州周りを単純に脅しつけて帰す展開は何気に史上初なんじゃないだろうか。
脚本書いてる奴〇ね。
綾瀬演じる市はただ杖持って伏し目がちにしてるだけ。
盲人の剣客、という役作りが物凄く大雑把に、
2「その上で自分なりの市の癖を作る」
だとして、
1すらやる気が全く無い。
歩き方も話掛けられたときの反応も何もかもが健常者。
一応目をはっきり相手に向けないことだけはしているが
内向的な市の性格なので多分目が見えても同じような動作になる。
平時でも修羅場でも、耳や全身で周りを窺う演技がまったく無い。
市の挙動は常に、ただ物事への反応が鈍い重度の鬱病さんかなんかにしか見えない。
というか、これさあ、製作陣は盲人を描く気なんか無かったんじゃないか?
なんか意図があっての事か、単にめんどくさかったのか、なんだかわからないが。
(少なくとも市の盲目設定を取り除いても『ICHI』には全く支障が起きない。
また、斬り合いだったら斬り合いで、
息を詰めたり飲みこんだりするような演技も綾瀬は全くやらない。実力伯仲の命懸けの斬り合いでも。
クールビューティとかそういう問題ではなく、もはや製作陣は脳や神経に障害がある。
こいつらが持ってる感情演出手法は目の端からポロリと流れるふざけた一粒涙だけ。
ダイジェストでレイプされる市の目の端から同じ涙がポロリと流れるのはもう完全にギャグ)
酷すぎる。
下手とかじゃなくてもはや意味不明。
監督は剣劇なんてもんに全く興味が無い上に勉強する気すら無いのが雄弁に伝わってくる。
動きの流れにケレンミ・リアリティどっちも求めない凄い奴なのはわかっていたが
『ICHI』ではそういう酷さが悪化している。
その綾瀬の棒みたいな動きばっかりクローズアップする撮り方するので
もうどういう攻防なのか誰にもわからない動きをする。
手傷を負うシーンは必ず腕や腿がアップになって服が破れるカットで説明し
どういう流れでそこを斬られたかは多分考えるつもりすらない。
時代劇を見てれば殺陣の下手糞な役者なんかはいくらでも出てくるし
(スローモーションでバチャバチャと血を出すのだけはお気に入りみたいで、
市も蹴られて盛大に血を吹くがあれはどう見ても内臓破れてるレベルの量。
何も考えて無いからどうでもいいんだろうが。)
市が能動性皆無なので
「稽古中の事故で母親に怪我させてから真剣が抜けなくなった」という
万鬼の顔面コンプレックスに匹敵するぐらいしょーもないトラウマでグジグジ悩む男で
万鬼党との戦いに加勢しては刀と鞘を持って「抜けないいいい」とパントマイムをするのが持ち芸。
毎度渾身の力で刀を抜こうとするが
いや、「真剣が抜けない」ってそういうことじゃないだろ。
この演技指導した奴も素直に従う大沢たかおも、脳腐ってんのか。
一応筋を最後まで書くと
それを綾瀬はるかはお得意の何も演技をしてない「本当の無表情」で聞き流し、
でもなんか心が動いて戻ってきて
宿場は救われた!終わり。
だんだん浪人に惹かれていった(ような描写は乏しいので鑑賞者が補わないといけないけど)市の脳裏一杯に
フラッシュバック的に大沢たかおの笑顔が映し出されるとこが感動シーンの最高潮ですが
盲人の市がどうして浪人の顔を知ってんでしょうね。
そこは聞き覚えた声とかかつて握った手とかで演出しろよと感じますが
前述の通り市の盲人性を真面目に扱わない製作陣にはどうでもいいことだった。
根本的な間違いとして、
更に自閉的な性格をあててしまったらどうにも話が成り立たない。
なんだかんだ言いつつ相当な世話焼きで、
腰は低いけど欲も意地もあるし優しいしよく怒る。
これぐらい濃い人格が噴出してくるから目の見えない体と釣り合いが取れる。
主役の人格はやはりアクの濃い悪い奴になっている。)
中学生が初めて書いた小説の主人公みたいにおもしろみのなーい傷心由来の内向的な性格で
こんなもんを目の見えない体に入れたらそりゃ話が動かずつまらん事になるのは当たり前。
おわり。
究極のエコ! 重力と浮力で発電する装置をさいたまの80歳男性が開発
東日本大震災でエネルギー政策の転換が叫ばれる中、重力と浮力だけを利用して電気を発生させる装置をさいたま市浦和区の会社役員、阿久津一郎さん(80)が発明した。パチンコ玉を内蔵したピンポン球を高い位置から落として歯車を回して発電、水の入ったパイプの中で球を再び浮力で上昇させて循環させるもので、平成22年10月に特許を取得した。実用化されれば、天候や時間に左右されない“究極の自然エネルギー”として注目を集めそうだ。(安岡一成)
こういう記事書いてる人達が原発がどうだ放射能がこうだと書いてると思うと段々不安になってくるんだよね。
そもそもこの根本的な原因は、人を誘うスキルが極端に低い事にある。
自分から人を誘っても相手は楽しめないかもしれないし、もしそれが本当につまらなかった場合、そこはかとない責任を感じてしまう。
そんな事を思うと人を誘う事ができない。よって出不精となり、外に出たとしても単独が多くなる。
なかなかピンポンが押せずに友人宅の玄関前で立ちすくむ幼き頃の自分を思い出した。今でこそケータイ電話があるが、電話発信もあまり得意ではない。よっぽど用がなければ掛けないし、掛かってきても用が無さそうだと無視する事もしばしば。
リダイアルを見ると9月まで余裕でさかのぼれる有り様。着信履歴の半分は不在だ。
合コンなどで、私人見知りなんで、と言うと、全然そんな風に見えない、と言われるが、本当の私はこんなカンジなのだ。社交的な人間を装っているだけ。関係の薄い人とはどんどん疎遠になっていって、友人は減少の一途を辿っている。
最近(最近=三カ月以内)告ってみたけどズラされてしまった殿方と、またもやピンポンメール><
せっかく「知り合いフォルダ」に入れたのに…
なんなんだ?どういうつもりなんだ?
状況をメモっておいて、andをとらなければ…
うーん。
昨晩は久々に、殿方とのピンポンメールを楽しみました(笑)いいのう。恋愛初期みたい。(やめて!顔はやめてボディにして!)メールだけでこんなにときめくなんてすばらしいわ。ビバアラフォー。
cyberlicious
phy
http://twitter.com/cyberlicious
http://profile.livedoor.com/cyberlicious/
名前 phy
自己紹介 猫/放送大学(学士取得を目標)/旅/青春18きっぷ/英語・中国語・簿記/美術館・図書館・読書/高校以来の実家暮らし満喫中☆
Twitterでfollow数よりFollower数が極端に多い人とかはてダで記事書く度にいっぱいブ米と星付くような人が羨ましい。
どうやったらああいう風になれるんだろうかとか考えてるけど多分こういうこと考えてなれたとしても面白くないんだろうなと思う。
憧れから入ったなにかが、自分の想像通りだったらいいんだろうけど。
あの感じ。
「俺も月本みたいに無口で我関せずって感じでいてすげー卓球強いの憧れた。俺もあと三年早く始めてればなあ」
「そんなこと言ってる時点でカッコよくねえよ」
みたいな。
なんだろう、憧れてしまう時点でもうそうなる道は絶たれたっていうのかな。
うまく言えないけど自分は一生いいなあって思い続けてる人なんだろう。
##追記;
##当ブログの後半に、自分なりのまとめも書いておきましたので、良かったらどうぞ。
##昨日書きたかったけど眠たくて落ちてしまい、書けなかったことを書いたので。。。
##これを読む人達に、一番伝えたいコトだったんで。
を書いた増田だけど。
ブクマが沢山ついてびっくりした。
でも、良く考えれば、エホバの証人って自分を語る人は少ないはず。だって、自分が書いたように、宗教討論なんて避けるからね。
「あなたの信条を聞きたい」って人には喜んで話すけど、「俺の信条を聞いてよ、君はどう思う?」って言ってくる異教徒には警戒モード、防衛モードに入り、あわよくばその場で心の中で「神よ、試練に耐える力を私に下さい」と祈り始める(※本当です。二世なら解るよな?な?)人達なので。
それを、変とも思わないし、当然って思ってる。そういう概念なんだから、しょうがない。
だから、おいらみたいに、ドロップアウトしようとしてる人、もしくはした人しか、こうした場で話すことはないだろうと思う。
もし、現役でこうした場で話す人がいるとしたら、かなりの幹部とか、そういうバリバリの人で、あなたの家の近所にいるかも知れない身近な人は出てこないよ。
特に女性は公の場で語るのは非とされとるんで、女性なら尚更。まず聞けないだろう。
まぁ、それはさておき、ブクマコメントに自分なりにちょっとコメント返ししてみたい。
コメ返し対象のブクマコメントは下記の二つに寄せられたコメント
討論ではなく説得(証言と言う。証言?なぜ?それは、エホバの証人=エホバの証言ってこと)はOKというスタンスなので、言い方によっては結果的に討論に応じるってことはあると思う。
例えば、「あなたが何を信じているか聞きたい」と言えばきっと証言にやってきます。
で、一通り話を聞いた後に「自分はこう思うんだけど・・・どうかな?」と言えば答えると思う。
ただ、その場合でもエホバの証人は「回答できない時は、調べてきますので今は答えれないと言って沈黙せよ」と教えられてるので、やっぱり突っ込んだ話はできないかもだけどね。
目的が「エホバの証人の話を聞く」ではなく「エホバの証人と議論したい」と判断されれば、来なくなっちゃうし。
追記:公開後に読み直しで修正している中、たまたまついているのを見つけたので、ついでにお返事書かせて頂きましたw
JWって結構明確に、リーダー(幹部)系と一般信者に分けられた扱いがある。
で、自分は幹部系で一時期はエリートか?みたいな勢いがあった。
自分みたいに若いうちから幹部系に持って行かれそうなタイプは、自分みたいに考える人も結構いるようです。
ただ、そう考えながらも慣れたら苦痛じゃないしって淡々と宗教やめない人も多いです。
自分の場合、好きな子がおかしくなったとか、そういうのなければやはり淡々とやっていたかもとは思います。
10年もやってりゃ、何でも習慣化して無意識にできちゃいますからね(家々に訪問する奉仕活動=布教活動とか)
ただ、習慣化するってのもある意味、自我が死んでると自分は考え始め、そう思った時から急激に多大な精神的苦痛を感じるようになりましたけど(自分と同じ経験は時々聞きます)
神の組織である以上、減るはずがない。減るとしたらサタンによる試練がはじまったという証拠である。つまり、聖書にある終わりの日が近いという予言が成就しようとしている!って解釈するんで、どう転んでも良い教理になっとる。
二世で脱退ではなく残るが側を選ぶ人は、一般人より組織に友達が多いってのが大きな理由の人も実際いる。ただ、そうなればそうなるほど、友達のために宗教辞めたくても続けないとあかん。
一旦信者になった後、辞めますと脱退届け(断絶と言う)を出すと、宇宙論争を知らないゆえに悪魔の側にいる一般の人より、宇宙論争を知りながら悪魔の側を自らの意思で選んだ一番最悪な奴、という解釈に基づき、徹底的な排他を受けます。
それがどれぐらい厳しいかっていうと、断絶した人と、信者は一緒にご飯を食べに行くというのも許されない。それが発覚すればその信者も警告もしくは追い出される。
で、これは親子の場合でも、可能な限り、断絶した子とは接触を避けるようにといった教理なので、二世の社会人でもない子供は恐ろしくて脱退など絶対にできないのです。
社会人になっても、幼い頃から仲良くしてた人、みんなが自分をシカトするかと思うと恐ろしいという、人間関係の恐怖心から残っている人も結構います(ソースは自分調べ)
ちなみに、組織のほうからクビにされることを排斥といいます。
行われる制裁は全く同じです。つまり、みんなで一斉にシカト攻撃。
断絶や排斥者は数年すると、「戻ってこない?私が悪かったですと認めれば復帰認めるよ」と、声をかけにいく仕組みも設けられています。
元信者だけど心はJWという人は結構多いです。あと、優しい性格の人が多いのでみんなからの一斉に拒絶されることに本気で参る人もいます。
元信者だけど心はJWという人は、何かにつけて不安定になっています。毎日毎日が罪悪感。
普段は意識してないけど、911のテロ事件をハルマゲドンの到来だと確信して、慌てて、神の側につくので助けて下さい!みたいな問い合わせが組織本部にあった・・・というのも有名な話。
ちなみに、排斥になるよーな人は3割ぐらいは、この宗教は嫌いだけど、宗教の中にいる人達はみんないい人なんだよなーって浮ついた心で居る時に、出来心で・・・とか、
うっかりミス☆(いや真意は知らんが)みたいなので、いきなり翌日に排斥措置とられて真っ青って人もいます。
そういう半端者は排斥システムで本当に参るので、以後は真面目に・・・ってこともなく、二回目する人も結構居る。
多分、不倫するようなタイプの人は何度もやっちゃうと思う。知らんけど。ごめん、この行はテキトーに書いた。
いや、その理解はちょっと誤解がある。これは自分の書き方がまずかった。面白く読ますためにちょっと歪曲してた。
「がんばってこの試練を乗り越えれば」ってのは結果であって、目的ではないんです。
詳しくは、http://anond.hatelabo.jp/20080723230708 の 回答03を参照してください。
最も、それでも結局はそゆことだろ?って言われたら、そうだねぇとしか言いようないけどさ。
現役でも目的と結果を勘違いして、マゾになる変態がいるのも一言付け加えときます。あれは見ていて最悪だった。
苦しいのは当然だ!アハハ!ってのはさすがにJWでもいかれた奴にしかいないよ。
残念ながらJWの教理上、増えることはないです。カミングアウトしはじめてる時点でそいつはもはやJWではない。形だけの奴ですよ。よってこれも、読書感想文みたいなもので、リアルタイムではないということを付け加えておきます。
そう、それをテーマにしたかったんだけど、歴史とかがテーマじゃないけど比率的に多くなってしまって・・・こうした考察を得てもらったのは当初の目的だったので嬉しい限り。結局、自分自身、その一人と言えますしね。
知らない方が幸せという言葉もあるので、プラスであるとも言えるのではないかと。実際、脱退したために一般社会の厳しさ、複雑さ、面倒さについていけず、エホバの証人にも一般の社会人にもなれない元二世も結構いる。ああ、こう書くとやっぱりマイナス面ばかりかなあ。
でも、どうして今の世は不条理なんだろうって鬱な人が希望を持つのが宗教の役割の一つではあると思うので、こういう仕組みは(宗教という性質上)しょうがないようには思います。
デメリット、問題点は同意だけど、プラスマイナスだけで簡単に片付けれない所が宗教にはあると思う。
他の具体例が、当ブログの上記で述べてる「断絶」というシステムです。
脱退自体は自由にできるようになってるんだけど、その場合の心理的制裁が半端ない。自由意志は尊重してますよ、責任は求めますがという側面は一番二世を悩ませてる性質です。自分もこれにはほんとうに克服するのに苦労した。
合わせてお読みあれ。
今度、見かけたら優しい言葉をかけてあげてください。
補足というか寝ぼけて中途半端に書きました。「リベラリズム」自体は初期より歪んだ形で持ってます。詳細は 当ブログの「断絶」の話とか、http://anond.hatelabo.jp/20080723230708 の 回答03とか。
具体的に言うと、以前より開放的に見えるけど、一方でますます抜けたくても抜けれない二世が増えているというほうが正確だったのかも、です。詳細は上記の通り。
現世救済主義は一時的に信者を増やすのには有効ですが、質の悪い信者ばかり集まります。
それで、今の世に救いはないと明言し、天国に希望持てと言ってしまう宗教もあるのかなと。個人的感想ですが。
自分の親友だった学会員も二世ですた。JWとは違う形で葛藤しとったのは印象的でした。そっちはそっちでいろいろおありのようで。
そうやね!「リング」に出てくる呪いのビデオって例えはいいね。書いたのは全体的な傾向とか、自分なりの考察や感想なんで、全てのJWがそうだとは言いませんよ→宗教論争。
ナチの件は自分はどうでもいいので検証してません。事実であるかどうかも興味ない。テキトーですんません。
そしてそれを自分の精神基盤としている人間には当然、理論で話し合うのは難しいのです。
相手の話を聞いて、相手の価値観(もはや異国の異文化同士の交流と同じ)を理解しないと、話が全く噛み合ないと思う。
あと、別に宗教やってる人間が、サイボーグな訳じゃないっすよw
人間誰だって中身は同じです。欲望を自己否定したり抑圧する人と認める人、その行為を平気な人と苦しむ人、そのあたりの個人差じゃないかな。
表情だけならいい、感情(罪悪感、恐怖心、不安感、多幸感)までプログラミングされるのは経験してほしくはないけど、経験した者にとっては本当、恐ろしい体験です。二度と味わいたくない。
彼女は結果として得た世界の一つであって、役割ってもんではないかも。勿論、新しい世界は見せてもらってるけど。
自分の場合は、医者に薬もらって休職するぐらいまで自分の精神構造を一回バラバラにした。一ヶ月寝たきりになった中で自分の精神を再構築して、客観的に見れるようになった。
役割という言葉を与えるべきなら、その時、自分が壊れそうになっても自分と向き合った、あの時の自分だと認識してるよ。
最も、二度とあんな精神崩壊寸前の経験なんてしたくないけどね。
小さい頃から、この生き方が「真理」ですと言われた場合、そうではないと考えると今迄の自分は何?という自我崩壊になる。
と言われて悪魔主義になる奴なんてのは、なかなかいない。普通に生活して幸せに生きたいって思う人間ならね。
でも、そもそも、神か悪魔か?っていう概念、何よりも二択しかない?二択?何の?この世界って何?
そのレベルまで自分の人格を分解しない限り、幼少から育てられたエホバの証人の子供は、無意味な罪悪感から脱却できない。
増田でトラバくれた、元二世のお二人(http://anond.hatelabo.jp/20080723123951 と http://anond.hatelabo.jp/20080723111359)はどちらかというと軽症だっただけと言える。
ただ、http://anond.hatelabo.jp/20080723123951 は、役に立ったと思ったり(いや、本当に役立ってるのでしょう。良かった良かった)
オフ会開いて共有してみたいと思うあたり、まだ完全には脱却できていないと推察します。
何かのきっかけで、完全復帰はしなくとも、気持ちが囚われることはあるはず。
あと、http://anond.hatelabo.jp/20080723123951が文中で書かれた「高校でグレちゃった子」の話。
こういう子は、しばらくすると懺悔して復帰する可能性が高いです。
行動すればするほど、心に埋め込まれた精神の規定を成す概念が自分自身を締め上げていくはずだから。
遅かれ早かれ、何らかの行動起こすんじゃないかな。
それか、それを否定したくてもっと自虐に走るかも。
ちなみに、俺はJWの中で好きな子つうか、仲良くお互いにしてた子もいたよ。
男でも本当にいい友達とかおった。
でも、自分の育つ時代が一番、最悪なあのスパルタ時期でさ、みんなおかしくなっちまった。
頭良くて学校でも成績優秀な子が、どうしていきなり停学になるような不良行為を起こすんだい?
俺は、俺の好きだった子や、可愛がってた子、遊んでくれた年上のお兄さん達、が否定したいけど否定もできず、
そして自分を責めるという行動にしか走れずに混乱していく様を何度も見たよ。
自分の場合は、あまりに親が厳しくしたせいか、叱られる時に、叱られる自分と、叱られる自分を見つめる自分を作るようになった。
教理にも納得する自分と、納得できない自分、色んな所で自分が体の中に二人いるそんな精神構造になった。
これ、二世ではけっこう「自分もー」って言う人、いるんだけどね。
ただ、大抵の人は、客観的な自分を肯定しないんだよね。
それを何とか殺そうと努めて、結局、自己否定になり(そりゃそうだ、その精神だって自分だもお)おかしくなったり
それは私が不完全で救いを必要する人間だからなんだわとかいう変な自己解釈(俺の両親とかキモいから解らんがきっとそうだと思う)しちゃったり。
自分の場合は、その二つなっている自分は結局、どちらも自分であり認めなければならない。
おかしいのは俺か?違うんじゃないか?と、考え始め、しかし二人の自分を一緒にしようとすると、この考えは教理に違反している!という罪悪感と、俺はこう思っているんだ!と叫ぶ自分が脳内で騒ぎ立て、まともにまっすぐ歩けなくなるぐらい苦しんだりもした。
もっとも、学校卒業しなきゃ負け、と思い、10日でノコノコ返ったけど。そんなヘタレさ、どうせ。
自分はおかしくない、俺が思うことを俺がその通りに行動するのはおかしくない。これが人間。
それをいちいち、正しいか、正しくないか?と考えて誰も見ていないのに、勝手にビクビクしたり、これは聖書ではNOとあることだ・・・と脂汗が出るのは、俺が信じているからではなく、そのように作られてるからだ。
そうやって、自分で自分にカウンセリング?リハビリして、死ね!クソ宗教!とようやく言えるレベルにまでなった。長い苦労だったよ。
だからって、必死になって幸せになりたいと思わない。
俺の仲良しだった良い奴ら、同じ宗教というきっかけで知り合えたいい奴らは、本当、みんな社会的にドロップアウトしたり、「僕も信じてないけどさ・・・行く所ないじゃん」とかいいながら、今日も宗教活動してる。
俺をこんな目に合わせたのは・・・誰だ?
とか、思って叫んだ日もあったよ。親を蹴り上げて、会衆を燃やしてしまえとか本気で考えた時もある。
でも、そんなことをしたって、何か変わるか?変わらない。
失われた時間、失われた人間関係、無くした友達、好きだった子はもう目の前にはいないんだ。
俺はもうこんな歳だ。社会的にも働き盛りであるべき年齢。
俺がここで止まっても、世界は崩壊しないし、誰も困らない。
明日は淡々とやってくる。
だから、俺はだだっ子のようにぐちぐち言わず、自分で考えて自分で行動して、自分で生きていきたい。
だが、俺は一生、親の愛情としてあなたにああいう教育したのよと言う両親を、憎む事も否定することもできず、振り上げた拳をどこにも持っていけないまま、生きていかなければならない。
俺は、ここでみんなに知って欲しい、知って欲しかったんだ。
あの家にピンポンしてくる変な宗教団体の陰で、俺みたいな奴が一人、世界中に何百万人もいる教団のたった一人の小さな存在だけど.
こうやって、静かに戦ってた奴がいたんだぜ?ってことをさ。。。
ただ、すごく疲れる人生だった。
正式に脱退できたら、彼女と祝いたい。
そして、しばらくゆっくりしたい。。。
俺は、彼女がどういう選択するかも兼ねて、彼女にも教理を他の信者を通して学んでみてもらったんだよ。
彼女は「納得できる部分というか精神的に高い志をもとうしてるのはいいんだけど、自分の望まない話になるとシャットアウトするね」とさらっと言ってくれた。
それで、俺の心の最後のつっかえはとれた。
彼女が入信していれば俺はまた苦悩してただろう。
賭けには勝った。もう俺は大丈夫だ。そうさ、俺だってね俺は一人じゃない、俺を認めてくれる人は欲しかったんだよ。
でも、JWの複雑で独特な背景を好奇心で見てはくれても、俺自身を見て、俺の背負ってきた人生の一部がどんなもんか?みたいな視点から見てくれる奴は、彼女だけだった。
貴重なかけがえのない存在なんで大事にしたい。
俺はこの決断、こういう道を葛藤なしですんなり選べるようになるまで本当に苦労したんだ。
その自分の中に埋め込まれた変な宗教の精神構造のせいで、それを取り除くのが精一杯で、友達を作るのも途中で辞めていた。
恋愛するぐらい余裕ができたのもほんの数年前だ。それまで、自分は生きてるのか死んでるのか、俺は何?俺は誰?俺の本当の気持ちはどこ?って自問自答してたよ。
宗教は否定しない。
でも、誰もそれを強要してはいかん。
何より、子供に必要なのは自分で考え人生を選んで行くための能力と機会を与えるべきだ。
籠の中に突っ込んでも死ぬだけだ。
まぁ、そんな感じ。
言いたい事言えてすっきりした。
これが多くの人の目にとまると思うとすっきりする。
いい時代になったよ。
ネットなければこんな声、絶対に残せなかったから。
#追記
#このエントリの続編というか、まとめ(このブログで言いたかったコト)書きました: http://anond.hatelabo.jp/20080724004506
#おまけ: http://anond.hatelabo.jp/20080723230708
エホバの証人・・・家に時々やってくるアレ。学校で格闘技とかあると見学してる人。クリスマスとか参加しない、年賀状を送ってこない人。略称JW
二世・・・二代目。親が信者で生まれながらにして家庭がエホバの証人だったり、途中からそうなったり。片親二世てのもある。
背教者・・・アンチ。元エホバの証人だったり、親族がそうって人も少なく無い。二世の人もおる。この日記のスポット。
自分はもうすぐ辞めようと思ってる現役なんだけど。二世だし、生まれた時からこの世界だった。
まぁそのあたりは自分史は今回はどうでもよくて、そういや、俺みたいに辞めようって人はどんな感じなのかな?とググってみた。
結論からいうと、エホバの証人は、組織(統治体と言う)の指示によりネットで、宗教関係などに手を出してはいかんとある。
だからJWとわざわざ公言して日記してる人は信者の中でもあんまり熱心じゃない人がデフォルト(立場は関係ない。)。
で、どっちかつうと元信者、アンチJW=JWからは背教者と言われる人、のサイトが多い訳。
だから、要は辞めようか辞めまいかっていうグダグダな人はほとんど居なくて、もう辞めちゃった人か、アンチのサイトしか出てこないんだよね。
それは知ってたので、どうせ辞める次いでだしなといわゆるJWから背教者と呼ばれる方達の内容ってのぞざざっと見てみた。
ざざっと、とは言っても16時間ぐらいぶっ通しで今朝4時半までやってたんで、それなりには、見た。
で、今から現役として、なるべく一般の方にも解りやすい形で雑感を書こうと思う。
元JW、幽霊部員状態のJW、バリバリなJW・・・は1秒でこの日記を読まないと思うのでグダグダなJW、
あとはJWはせいぜい輸血しない人?ぐらいの認識の方達がここにトラバなりで意見とかくれるを期待したい。
要は自分の本音が外部からどう見えるのか、興味あるもんで。
まず、前提条件。JWは宗教においては基本的に素直な人とのみ話しなさいという方針がある。
つまり、議論するな、討論するな、宗教論争は避けろ、自分の信仰=信念のほうが解りやすい?を試してはいけない、とお達しがある。
これはどーゆー事かというと、JWの聖書おかしいよ!訳が変!とか、JWの教祖(会長っていうんだけどね)は
女好きでヤリまくりだったっていう証拠があるんだぞ!おまいらおかしくね?みたいな話には、
見ざる・聞かざる・去る、が鉄則ってことなんだ。
だから、創価学会の方には申し訳ないのだけど、心行くまでJWとしては自分も討論したことがない。
すること自体が、JWのアイデンティティー違反になっちまっていたからだ。(ずっと昔の話。俺の親友の一人は学会員だった。いい奴だったよ)
えーと、だから、背教者さんってものすごく熱くサイトでJWの矛盾を列挙されたりしてるのだけど、
実はあまりJW側には影響が無かったりする。
JWを良く知っている元二世の背教者さんなら尚更。
吠えても相手は聞かないんだから、討論なんて成立せんのだ。
聞きにくるのは放っておいてもJW辞めるような奴だ。相手にしても物足りないと思う。
「そうだそうだ」っていう同調者としては嬉しいだろうけど、説得とか、引き込んだって感覚は味わえんはず。
だから、自分などは親と言い合いなど全くしない。
眠たそうな目で、空に舞う羽のように、のらりくらりとしてやりすごす。
長老(牧師みたいな人)とかに突っ込んだ質問されても、強く反応しない。
聞いてるのだか、聞いてないんだか、みたいな。。。
何せ、腹を割って話そうとすれば上記の通り、一定レベルの濃さになるとシャットアウトする
脊髄反射的な対応が始まるので、ロックな気持ちで「こう思うんだぜ」と言うのが無駄なのだ。
聞かないんだもの。
だから、自分は辞めるための理由などもJWにはいちいち説明せんことに決めた。
説明しても聞かないだろう。
でも、元信者の背教者さんほど、すげー熱くJW批判されとるってのが解った。
何とか、ココがおかしいよ現役!おまいらこれ変じゃね!とか一生懸命なのね。
聞く訳ないのに。雑魚(辞めかかってる人間)のトドメの演説にはええだろうけど
あんたらの目的(大抵のサイトに趣旨とかで公言してある)は現役を辞めさせることだろ。
引退間際の老兵を相手にしてもなーって自分は思うのだ。
で、まぁ、何でじゃあこんなに必死なんだろ?って考えてみた。
少しずつ解ったのだけど、元JWでも未だに心のどこかにJWって人が多いらしい。
で、ある人はそうした葛藤が苦しくて、過剰反応し、一生懸命、間違っているところを
声高々に言うっぽい。
もう少し解りやすい例で言うと。
振った女のことを、毎日mixiに、あいつはあんな所がダメだったとか、
あの女とつきあう奴は馬鹿。とか、そんな日記ばかり書いているマイミクいたら、どうする?
まだ未練あるんだろうなー、プププって思うだろ?
そんな気持ちになった。
JWの矛盾を立証するために聖書の隅々をあれこれ指摘してる人、
組織(はてなで言えば、信者=ユーザー、株式会社はてな=組織)の教理の矛盾点を
がーっと連載している人。
まぁ、初めて背教者サイト見たけど、「何だ、こんなもんか」ってがっかりだった。
別に、クドクド書かなくてもいいんじゃね?
元JWだけど今はフツーに楽しく暮らしてるよって、ブログのプロフにちょろっと書くぐらいで
JWでは北風と太陽を、具体化したような信者になるので、
正面切っての攻撃(批判、いや指摘)にはかなり固い。
どれぐらい固いかって、ドイツのホロコースト(そんなの無かった論はまた今度にしようや)にも
抵抗しとったし、ソビエト連邦時代、KGBにカルト認定されても地下活動を辞めず
結局、ソビエト崩壊時には、一気に信者であることを公言した人が続々出たって話もある。
でも、JWはびっくりするぐらいの弱点がある。
それは日常のささやかな事。
JWを知らない人のためにざっと組織が良く無いって上げてる点を列挙しとく。
ちなみに一般ピーポーへの解りやすさ重視なんで、ちといい加減。最近行ってないしな。
破門になるもの
・輸血
・組織や教理、聖書への組織が推奨する以上の研究や矛盾点の指摘にこだわること(背教者認定)
・長老や組織からの指示にあからさまに反対し続けること(背教者認定)
イエローカード、場合によっては制裁(会衆=協会での行動制限、発言制限など)
・異性と二人で歩いた(ボディタッチは死)
合コンなんてとんでもない!女友達も結構監視が厳しいことがある
若い男女間の携帯メールはデート同然という扱いでNG(でも実際は横行しとる。そりゃそうじゃろ)
・会衆=協会を、数回サボった(地域差あり、バカンスのためにお休みしたとかだと結構危ない)
流行を追いかけてると噂されるのもあんまよくない
・スポーツ観戦に熱心だとやばい。サポーターになるなんてのは危険行為。
・奉仕(家にやってくるアレです)をサボりがち
・おにゃのこ場合、私服でも下着がチラ見えするような服とか、谷間の見える服はまずい
・男の子も、髪型が耳かくれてツンツンヘアでピアスみたいなのはまずい
・宗教活動時は、男はスーツ、おにゃのこは、ノスタルジックなワンピースとか。
推奨されること
・エホバという神に使える=新世界訳聖書と組織の本に精通する=そこに書いてあることを適用する
・会衆=協会で、より責任のある立場に任命される模範的な人となること(禁欲的生活+熱心な宗教活動)
・仲間の信者に親切で気遣いを示すこと、地域住民にも優しくあること
・聖書を研究すること。ただ、聖書を学術的に研究したり、JWが発行している新世界訳聖書以外の聖書を
熱心に用いて研究するのは危険視される。組織が発行している本と新世界役聖書をセットで研究するとOK
・宗教イベント(新しい会衆を建設する、とか)にボランティア(無償)で積極的に参加すること
他にもあるけど、まぁこんな感じ。
つまり、短いスカートはいてたりとか、若いおにゃのこと男の子が、協会の隅っこで
最近どうよ?とかメールやり取りを頻繁に行っていると、即笛が鳴るのですな。
ああ、自分も何度鳴らされたことか、畜生。
もっとも、イエローカードのものって明確な基準はない。
個人の良心次第です、でも他人の良心に配慮しようねってのが組織の基本スタンス。
だから、地域格差がすごい。
短いスカートでもおとがめ受けず、フツーの女子高生やってる子もいれば、
三つ編みモッサリスカートに分厚い牛乳瓶の底メガネっていう子もいる。
この地域差は、会衆の空気=会衆の長老(その町にある協会の牧師)の基準が結構、大きい影響力を持つ。
なぜって、長老に「おまえ、いい気になるなよー」って言われると、「長老には従いましょう」という
基本原則があるので、悔い改め=行動と考え方(実際に考え方変える人は少ないかもじゃが)改正しないといかん。
そうしないと、上述の通り、長老=組織=聖書=神の取り決め=神に任命された人、なので、
要は反逆者=アンチ=背教者認定・・・まではないくことは滅多にないけど、何らかの制裁を食らう。
例えば今迄、会衆の寄付の会計係だったけど、明日からはもうしなくていいよ=お前は謹慎だよって言われたり。
(例は極端な書き方してます。どういうもんかは説明面倒なんで入信して確かめれw)
まぁ、だからね、派手な人は叩かれやすい。
もっともJWは地域変種が熱帯魚のプレコなんて目じゃないぐらいすごくて、
例えば、国によっては家々に訪問するの禁止、だけど広場で雑誌を持って立っておいて
声を掛けられたらその人に宗教活動するのOKってところもある。
そういう国の信者と、日本のようにピンポンしまくりな信者は、根底は同じでもやはり差があるのだ。
だから、派手なのが叩かれるって書いたけど、派手って行っても、普通の人からすると
高校生デビューぐらいの可愛いもんだと思ってもらえればいいと思う。
山田優の格好を真似たら、スカート短い!服がぴったりしてて胸が強調されてけしからん!
そんな格好してはいかん!って怒られる。そんな感じなのだ。
実際、JWの若手にはこの制限が大変不評でこれはもはや伝統的なものとなりつつある。
もうね、毎年、わざわざ雑誌に「こんな格好するんじゃないよ」っていうようなテーマの
記事が特集で発行されるぐらい恒例なのだ。
だから、JWの信者てのは、町中で手を繋いでるカップルとか、奇麗な格好したOLに
いいなぁ・・・って目で見てる。
もう一つ言うと、熱心なJWであればあるほど、世俗の仕事=宗教外の仕事=つまりフツーの仕事よりも
これは、なぜか?理由が長くなるが、これ抜きではJWがまったく理解できないので説明する。ただしすっ飛ばして。
これは、アダムとイブに蛇(を操っていた悪魔)が禁断の実を食べさせた時のこと。
人間は神なしでも自分たちで正しい判断、自治できるはずです、その実を食べたらそれができるよ。
って言ったという経緯があるのね。
それまで人類史上つうか人類以外に聖書の世界は知的生命体は神と天使(JW的には、み使い と言う)、
で、この蛇がそそのかした時の言葉は、宇宙始まって以来、初めて
神が神たる主権を持つことが正当か?という問題提起になったということらしい。
で、それを証明するためには、問題提起者である悪魔サタンと、それに同調したこと(実を食べたから)
になる人類が自治をし、やっぱり駄目でした☆
神しか、人類そして宇宙を支配できませんってでしたっていう証拠を作らないといけない。
今の世の中はその証拠作りの期間である・・・という世界観なのだ。
JW的な解釈(自分は他の宗派は知らんし)では、聖書はこれがメインテーマ。
つまり、今の世がなぜこうなのか=神が介入していないのか、これかは神はどのように
宇宙主権の正当性を立証し、復権し、人間が人間を支配してもうまくいかんから
人間の支配権は神に戻し、神が支配する世界で人類繁栄しよーぜっていうことになっている。
それが、JWが言う「希望」であり「楽園」ってやつね。
楽園実現の過程で不老不死とか死者復活とかいうイベントも起きる予定とのこと。
ちなみに、神が人間と悪魔サタンに、そろそろ支配権を返せって言う時、
それが、ハルマゲドン、人類史上最悪の天変地異(疫病、地震)/人災(戦争、飢餓)/死が
横行するイベントとなるらしい(黙示録、JW的には啓示の書という聖書の最後のセクションの話はこれが中心)。
さて、ハルマゲドンを通過し、楽園で生きたい!って思った人への
参加条件は下記の二つ
→神かサタンか選択権が無かったので復活する権利が得られる。
死ぬのは老衰でも自殺でも事故でもハルマゲドンの巻き添えでもOK
(ただし、ハルマゲドンが近づくとJWの宣伝はいよいよ派手になり
知らなかったは許されなくなる可能性大とのこと)
復活後、JWから聖書を教えてもらえる。
その時、神か?サタンか?の二択が選べるので神を選ぶと合格→楽園行き
ちなみに、JWが発足する100年前以前の人は
絶対に選びようがなかったので全員復活が内定済みとのこと。
・JWの信者になる
→神の側を選んだのでハルマゲドン通過。
ただし、ハルマゲドン通過後、復活者達と一緒にみんなで
最後の試練、神かサタンかを調べられる最終確認試験があるらしい
めでたく通過すれば→楽園行き
ちなみに、次の人は楽園いけない可能性が高いが明確な基準が
聖書にもないので不明とのこと
・JWの自殺者
→輸血と同様、命を粗末にってことで背教者か!と思われるが
ただ、どこまで復活するかとかあやふやで実は
教理が何度かアップデートされた。
面倒なのでおいかけてない、最近は解釈違うかもしれん。
で、何の話だっけ。。。
ああ、そうそう。
だから、JWってのはこう考えるんだよ。
今の世の中の不条理、神はいるのか!?と考えて絶望している人に
神が支配する世界が来るよって教えてあげなくては!!と。
そして、どうせ滅びる世の中。
この世で成功して何になろうか、とも考える。
だから、熱心な信者であればあるほど、宗教活動を頑張る。
生活水準をギリギリに落とし、一人でも多くの人に、今の支配権は神にあらず!
神の側を歩もう!と呼びかけなければ!ってね。
でも、非JW的には、聖書を知らなければどうせ復活ルールが適用されて
復活後に神か?サタンか?と教えてもらええて選択権もあるんだから、全然オッケーじゃん
今の世は世で楽しめばよくね?って思うはず。
でも、今の世で成功する=神の側ではない、なぜなら今の支配者、サタンの社会に適用しているから。
というルールが発動したり、自分だけ真実を知っておいて他人に教えないのは冷酷です。
そういう人は神の側ではありませんっていうルールもあるので、そうする訳にはいかんのだ。
結果、歯を食いしばってででも、質素な生活で地味な服で、ギリギリの収入で生活して
毎日のように家々の戸口を叩くというJWの信者が形成されるのです。
でも、宗教心で自制しているのであって、別にエッチが嫌いな人間など
エロい格好で男から注目されまくって、ちやほやされたいのが女心。
車とかPCとかの機械ものいじって男脳の欲求を満たしたいのが男心。
別にJWは精神異常者じゃない。だから、本音はみなそうだよ。変人もおるだろうけど。
でも、そういうのをやったことがないし、毎日それをやるのは恐ろしいこと、
みたいな教育を受けて育ったいわゆる二世のJWってのは、やりたいけど、どうやればいいのか解らんし
逆に、やってみたところで、心の奥底で、これはいけないことなんだ・・・って葛藤するのね。
だから、元JWで今は信者でもないのに、聖書の解釈にこだわる人=背教者が出るんだと思う。
要は聖書は聖典ではなくただの本なんだ、気にしなくていいはずなんだっていい聞かせたいのだろう。
そもそも、二世は自分が知る限り、聖書の解釈にこだわる奴が多い。
多分あれって、聖書=自分の根本、みたいな精神構造になっているから、
自己肯定のために重要なのだろう。
普通の人で言う、髪型を気にするようなものだと思う。
ちなみに、この流れは90年代から現代に至るまでのメインの流れで、
昔(〜80年代)は聖書の解釈をめぐって離脱する人が多かった模様。
JWはその歴史の上で、1914年を筆頭に、何度かハルマゲドン到来を
年数指定で確定宣言しちゃったことがある。
でも、実際のところ、それって、ツインタワーに飛行機が突っ込む前、
これはツインタワーだ。きっと、俺の彼女は特殊な予知能力があったんだ。
みたいなぐらい、アホな解釈である。
つまり、こじつけって奴ね。
彼女と目が合った!あいつは俺に気がある!フヒヒ!と同じ。
まぁ、それでJWは何度か大コケしてる。
で、3回目か4回目ぐらいのハズレで、いい加減、リスクおかして
折角集めた信者減らすまいって話になったのかは知らないけど(JWらしく神託としておきますか)、
1970年代後半からはハルマゲドン到来日ってのは不明ですって言うようになった。
でも、1回目(1914年)の頃はまだ信者少なかったけど、
1970年代(いつか忘れたよ、どうでもいいし)の最後のハルマゲドン到来予定年が
発表された時は信者は大いに盛り上がった、つうか、発狂したらしい。
(自分の親に言わせれば熱心になった、らしい。)
で、家財とかさー、もう手放す人もおったらしいよ。
だって来年、今の日本政府が終わります。日本円も無価値になりますって言われたら
みんなだってそれが本当になるって信じていたら痛いことやるだろ?
で、来なかった。
それで、責任とってくれと恨んだ人もいるし、どうしても諦めれなくて自分なりに
当然、それに迎合する人も出る。
そりゃ、いつ来るか解らないより来るのが解った方が嬉しいもんな。計画立てれるし。
で、そういう人が目にあまるので、背教者としてバッサリ切り離す・・・ってことも昔はあったそうだ。
で、当たり前の話なんだけど、
大きな台風が来るって解っていれば、家族持ちのパパーやママーなら
家族を守ろうと必死になるじゃんね?
そのために、言う事聞かない子がおったらしかるよね?
外で遊んでくるって家を出ようとする子供がいたら、どうする・・・?
何が何でも守ろうと、叱り飛ばしてでも、行かせまいとするだろ?命にかかわるもんな?
そういう、心境を、JWの親達は抱いていた。過去形なのは後述する。
昔は、ハルマゲドンを通過できる人の条件(設定)が今より厳しかった。
詳しくは忘れたけど。
だから、1970年のハルマゲドン到来が外れた後も、その余韻が残ってるから
JWの親は必死に子供達を、JWの信者にさせようと必死に悲しいことに親心で厳しく指導した。
1日でも早く聖書に信仰を抱くと誓ってくれ、神の側につくと宣言してくれと。
ちなみに、JWではバプテスマという、儀式をうけると、明確に神の側についたと見なされる。
それまでは、どっちつかずの奴っていう評価を受ける。
ただ、バプテスマって大変なのよ。
奉仕(他の家に訪問)していて、集会(協会)で聖書朗読や講義(割当という)を開催できる能力を身に付けた上で、
かつ、バプテスマを受けたいと長老(牧師)に言うと、試験がある。
教理の理解度を試す試験で今はかなり簡単になったが昔は難しかった。(自分は1度で余裕だったけどな。嬉しくない。)
不合格して、もう少し時間をおいてみましょうってなると、親も子もしょんぼり。
まぁそんな世界なのだよ。
だから、70年代のハルマゲドンは外れたけど、近いうちにくるはず!と
信じている親達は、80年代〜90年代は特に、服装から友人関係から仕事まで、びっくりするぐらい
進学を認めない。宗教活動しなさい。
あの子は信者ではないから口を仲良くしてはいけません。
みたいな感じにね。
で、一時的に信者は増えた。
が、二世の子供達は考える。
どう考えても、これ、カルトじゃね?って。
でも、もう、生活の根底から友好関係や読み物すら制限を受けて育った子は、
カルトって思えないんだよね。
違和感は感じる。
どうも、自分の家はおかしい。
学校の友達らは楽しそう。
でも何で自分はこんなにつまんない気持ちになるんだろう・・・?
だから、90年代の後半は特に、JWの二世が離脱しまくるという非常事態が起きた。
自分の在籍していた昔の会衆を例すると、
90年代前半・・・集会に来てた10代の子達:18人ぐらい
99年・・・3人、うち二人は辞める寸前
会衆の中で行状の模範者として求められる、長老という任にいる家族の子だって
大勢が、JWをうまく否定できないけれどもかといってもう限界だと感じながら
ある者は無理矢理、停学処分になる行動を起こして破門される道を選んだり、
数少ない非JWの友達を頼って家出した奴もいた。
当然、子供がそんなことをしているのに、子供を神の道に!なんて
口が裂けても他の信者に堂々と言うことなんてできない。(言ってた奴も多いがな!)
多くの長老がバタバタと辞めていくという騒動も起きた。
で、今、ネットで声を大にしてJWは偽りの教理だ!と言う元二世の人って
上記のような流れで離脱した、もしくはそういう人を目の当たりにした人が結構多いのよ。
で、かわいそうだけど、一見今はうまく社会復帰しているように見えるけど、
JWスマイルなどと言われる、無意識に笑顔を作る癖が抜けないキモい奴だったり、
好きな奴とSEXしても(結婚していても)罪悪感に悩む子がいたりもする。
それはなぜかって、教え方なんだよなあ。
てのと、聖書は神の言葉です。
ってのはもう何度も何度も子供は叩き込まれる。
会社でさ、我が社が業界トップです。うちの会社以外はみんなクズゴミです。
って言われたら、はあ?って思うよね?
その上で、例えばバイト経験がなく新入社員だった場合、我が社より良い待遇はないぞ。
君のような無能者は我が社ぐらいでしか居場所はないんだって言われたらどうする?
普通なら死ね!って思うだろうけど、上記の条件は
他の会社を一切知らない人っていう前提がある。
結構な人は、不安な気持ちで、今の会社にしがみつこうとか、自分は後が無いんだって思うんじゃないかな。
JWが唱える、この宗教だけが正しいのです、神の言葉は絶対です。
ってのも、そういう子供だましな論法だけど、日本語話せるようになる前から
そんな話を聞かされて育ったら、そういうのを冷静に判断できると思う?
ぐだぐだ書いたけど、要は、背教者が声高く、ああやって教理やJWの組織、
そもそも、元いた、もはやどーでもいいはずの宗教にこだわっているのって、
それほど深いダメージを与えているからなんだろうなぁと。
まぁ、それを自覚した上で、他の現役JWを救いたいって必死な人も結構いるようだ。
ただ、ちょっと書いたように、一番JWを動揺させるのは、リア充だ。
元JWであることにこだわった姿勢を見せれば「ほれみろ、本当は気になるんだろ、戻りたいんだろ」
って思われるだけで逆効果。
ってにっこり笑顔で生きていればいいと思う。
そうすれば、あれ?何で自分は?あんな風に思えないのかな?って思う現役が増えると思うんだ。
それから、昔の親は必死だった。過去形なのは後述するって書いたけど。
今は、黄昏の時かは知らないけど、割り切ったJWが急激に増えてる。
終わりこねーよ、どーせってマジで言ってしまうような信者も増えた。
そもそも、親も、お疲れモードだったり、聖書は正しいと思うけど、私を育てた親のやり方はおかしいと思う!
という3世を育児中の二世の親も増えている。
聖書は基盤で、間違っていたのは自分の親っていう解釈ね。
で、最近は、バランス、極端なのはいけませんねーってのが組織レベルで言われ始めてる。
今回、未だに70年代のJWをテーマに、JWはこんな組織だ!って声を高々に書いている背教者に
「もう情報古くね?今の現役はそんなに熱心じゃないっすよ」みたいなメールをしたんだけど
「そうなんだよね・・・今のあの軟化はなんだろ・・・」と、はりあいがないのか、しょんぼりされとった。
そんな訳で、21世紀のJWは歴史まれにみるヌルいJWになってる。
今なら昔のように弾圧受けたら速攻崩壊するんじゃないだろーかって
もうすぐ他人事になるけど、ちょっと心配だったりする。
原理主義的ではなくなったことにより、昔より、過激な形でJWを辞める二世は減った。
代わりに、自然消滅する二世がすごく増えてる。
気が向いたらまた戻るよーみたいな人も少なくないかも。
続き
どの作品を読んでそう考えたのか知らんが、普通は何らかの理由付けがされてるよ。
「やさしいところ」って
んなわけないだろと内心ツッコミながら読むのは野暮
ナンパだって普通はナンパが許されたナンパスポットでやるでしょ。
そうではない場所でナンパするのはただの迷惑な人だし、繰り返せば不審者として通報されても文句は言えない。
ピンポンだって同じだよ。
自分の場合だと飲み屋で隣の席とか、外国で同じ電車とかが女性に声をかける勇気の限度だけどさ
人によっては違うんじゃないかな
まぁ、住宅街でナンパは普通はしないだろと言うのは確かにそう思うし
ピンポンも通報されてもおかしくはないと思う
だが、ピンポンでやってくる宗教と新聞の勧誘との迷惑度の違いはよくわからないな
ピンポンナンパの彼が壮絶なキモオタだったてのなら主婦が恐怖を感じるのはわからないでもないが
それこそイケメンならOKの本人次第なんじゃないのかと思う
それはさておき
ある種の相手は自分に好意を抱いているはずだという妄想を抱いていない限りは
場数を踏んで勘が働くようになる前の初心者ならなおさら
一種のKYだと思うが
女の子同士はお互いの腹の探り合いがあるから
女性にはわからないかも知れないけど思春期の男子は基本的に妄想的で人の気持ちが読めない
成人になっても男の告白なんて断られるケースの方が多いわけだからさ
絶対成功すると自分に暗示かけるくらいじゃないとやってらんないよ
それができない奴が非モテになる
扉を開けた女性が一目自分を見て気に入ってくれると思ってるの?
だれでもいきなりインランになるとか?
暇だったら遊んでもらえるかもくらいは思うんじゃね
ナンパだって99%断られるのに一応は社会的に認められた声のかけ方じゃん
ピンポンして声をかけるのも同じだろうよ
「だれでも」なんて期待するアホもいるかも知れないけど
100人に一人いるのを期待してやるんだよ
俺はセックスがそんなに好きじゃないからしないけどさ
俺なんて、抜かれたあと、戻す段階になって針が血管を貫通しているのがわかって、そこで中止になったぞ。
だから500cc近く抜かれた状態で終了。こりゃ、抜かれ損だろ。
幼い頃、俺はキャプテン翼に憧れ、毎日壁に向かってボールを蹴っていた。友達と遊ぶことなど興味はなかった。ボールだけが友達だった。その様子を見ていた近所の少年サッカークラブのコーチに「サッカーが好きなら来てみないか」と言われた。まだ小学生にもなっていない俺にだ。彼は俺の才能に気づいてしまったのだろう。しかし悲しいかな。小学生低学年のチームを見学させてもらったが、あまりにも低レベル。ボールに子供が群がるだけのくだらない練習試合を見て、俺はグラウンドを後にした。
やがキャプテン翼熱も冷めてしまい、しばらくそのままでいた俺だが、中学校に入ると同時にやはりサッカー部に入部した。俺にはサッカーしかない。眠っていたその想いは揺るぎない事実として俺の芯で固まった。体力面の問題からレギュラーにはなれなかったものの、バレーボールでのドライブシュートを体得するなど、俺はすさまじいスピードで技術を会得していった。もしかしたら、自分の才能に恐怖を感じていたのかもしれない。それが原因かはわからないが俺はサッカー部を去ることになってしまった。
「本当にやめるのか」
「はい、お母さんが受験に集中しなさいって……」
「……もったいないなあ、センスあるのに」
そう言って顧問は俺の退部を惜しんだ。だが、俺はもうサッカーから離れるべきだと感じていた。勉強をしなくて母親に怒られたからではない。俺自身の才能の恐ろしさゆえだ。
高校以降、サッカーにほとんど関わることはなかったが、俺の才能は日常生活でも黙っていてはくれなかった。たとえば文化祭の準備のとき。廊下に出したテーブルで他の生徒がピンポンをしていた。ラケットはスリッパだ。
「おい増田、次やろうぜ」
「・・・ああ」
そういって俺はスリッパから足を抜いて浮かせ、胸元まで蹴り上げて素早く掴み取った。
「いつでもいいぜ」
何気ないことだ。しかし……
「あはははははははは!」
それを見ていた女子が狂ったように笑い出した。驚いた。俺にとっては当たり前の一連の動作。しかしそれは何の罪もない女子生徒を狂わせてしまうほど、恐ろしく高等な技術だったのだ。サッカーの神様・ペレが、俺の中にいるのではないか。スピリチュアルにそう感じた。しかし……サッカーの技術は封印しよう。そう心に決めた。
だがしかし、人生は長い。咄嗟の瞬間にはそれを忘れてしまうこともある。大学生のときだ。後輩がサークルの部室の鍵を投げてよこした。だが、コントロールが悪い。俺の手前で落ちようとするその鍵を俺は蹴り上げ、2、3度リフティングして手元に収めた。
「うぉっ、先輩すっげ!」
後輩はバカだから助かった。俺の才能に気づかず、ただ驚くだけで済んだ。思えばこれは幸いだった。
以降、俺は足技を本格的に封印する。時折俺の中のペレが騒ぎ立てるが、俺は耳を貸さない。ペレ、いやペレ以上のサッカーの才能というのは、ときに人を壊してしまうのだ。
だが先日、俺はまたペレの存在を思い出すことになる。会社の飲み会の帰りだ。みんな楽しく話している輪になかなか入れなかった俺はむしゃくしゃしていた。凡人どもめ……。俺が才能を隠しているから無事でいられるのに……。そんなことを考えていたら、目の前に小さな立て看板があった。恥ずかしい話だが、俺はそれを蹴飛ばした。だがしかし。蹴ったものの、看板は全く動かなかった。地面にガッチリと固定されていたのだ。ああ、サッカーの才能がない人間なら、何の問題もない。だが俺は、ペレの生まれ変わりだ。足に走る激痛。骨が、折れていた。くそっ、忘れていた。俺の脚力はこんなにも常人離れしていたか。後悔しながらも、俺は空に向かって叫んだ。
「サッカーの神よ!なぜ私にこんな才能を与えたのです!なぜペレの魂をそのまま眠らせてやらなかったのです!」
実際は叫ばなかったが、心の中で繰り返した。